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世界文学渉猟

寸評


『ギルガメシュ叙事詩』の成立

 前2600年頃に実在したシュメール人の王の物語が源流とされる。シュメール人は民族系統が不明であるが、人類史上初めて高度な都市国家文明を築いた民族であり、楔形文字を創始した。セム語族の進出によりシュメール語が衰退していく中で、物語の原型が粘土板に刻まれて、伝承されていつた。前1800年頃にアッカド語で編纂されたものが西アジアに流布し、前1200年頃に標準版が成立した。文学的な記録としては最古のものであると云つてよい。

『ギルガメシュ叙事詩』 "The Epic of Gilgamesh"

 最初の旅での目的が、森の神フンババの退治であり、勝利の暁にはレバノン杉の伐採が盛大に行なはれる。人類最古の文学作品が環境破壊から語られることに衝撃を覚える。有名な洪水伝説は挿話なのだが、強烈な印象を残し、苦難の末に手に入れた若返りの草が忽ち失はれてしまふなど、生者必滅の無常観が漂ふ。また、野人エンキドゥが遊び女と寝ることで獣性を失ふ件、男の社会的な優位と、女の存在的な優位といふ深淵まで覗かせる。[☆☆]

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ホメーロス(ΟΜΗΡΟΣ/Homeros、前8世紀?)


ヘシオドス(ΗΣΙΟΔΟΥ/Hesiod、前750?〜前680?)

『神統記』 "ΘΕΟΓΟΝΙΑ/THEOGONIA"

 叙事詩の大半がギリシアの神々の系譜に費やされるので散漫な箇所も多いのだが、『神統記』は多くの意味で重要な作品である。ムーサから賜つた霊感に導かれて詠つたヘシオドスの出世作であること。ホメーロスの実在を半ば伝説と留保すれば個人による最古の著作であること。ギリシア神話―取り分け創世を扱つた最も古い作品であること。ヘシオドスはゼウス讃歌といふ明確な意図の下、故意に伝承を改変してをり、文藝創作の萌芽も見て取れる。[☆]

『仕事と日々』 "ΕΡΓΑ ΚΑΙ ΗΜΕΡΑΙ/ERGA KAI HEMERAI"

 不埒な弟ペルセースに対して勤勉に仕事に従事することが神々の御心に適ふと訓戒を垂れる前半と、農事暦や日の吉兆などを諭す後半から成る。道徳的で宗教色が強く、古代ギリシア人の世界観や倫理観を形成した作品だ。雄渾な神話や遠大な伝説による叙事詩ではなく、非常に個人的なことを述べた文学黎明期としては特異な教訓詩であり、朴訥とした質実剛健たる趣も稀有だ。後代に創作された『ホメーロスとヘシオドスの歌競べ』で牧歌的な平和を讃へたヘシオドスの方に勝利を与へたことに一役買つた『仕事と日々』は、面白みには欠けるが、厳格で偉大な著作である。[☆]

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アイソポス(ΑΙΣΩΠΟΣ/Aisopos、生没年不明、前619?〜前564?)

 アイソポスはイソップのギリシア語読みによる正式な表記である。イソップの名とその寓話は余りにも有名だが、イソップの生涯については伝説に包まれてをり、実在性を確と証明出来る資料がない。しかも、実はイソップによる真作と確定出来る寓話はひとつもない。だが、古典古代の時代、既に寓話の始祖としてイソップの名は確立してをり、サッフォーと同様に伝説に彩られた歴史上の人物と見做すのが妥当だ。近代になつて集成された、イソップに関する、もしくはイソップに帰せられる、もしくはイソップの名を負ふ文学伝統と密接に結びついた、寓話集『アエソピカ』には、ギリシア語による471話とラテン語による254話が収録されたが、後世の作品と断定出来るラテン語の作品は別物として扱ふのが妥当だ。ギリシア語による寓話も明らかに後世の作が多く混じるが、よりイソップ寓話の原型に近いと判断して、第一資料とするのが良いと思ふ。

『寓話』 "ΜΥΘΟΙ/MYTHOI"

 ホメーロスに帰せられる二大叙事詩と共に、古典古代ギリシア人にとりイソップ寓話は智慧の結晶であつた。寓話といふ文学様式を創始した知者は、全人類の偉大な先哲として永劫に祭壇に祀られる。確かに後代の文学作品に比べると、余りにも素朴過ぎて現代の読者には物足りないかもしれないが、全ての寓話はイソップのミメーシスに過ぎないことを忘れてはならない。寓話は動物らが登場する単なる子供向けの教訓などではない。道理を重ねても説き伏せられない相手を、暗喩の力で懐柔し、覚醒させ、跳躍的に思考の転換を行はしめる叡智である。ソクラテスがイソップ寓話を大変好み、獄中で韻文化を試みたことは、イソップの処刑伝説とも重なり象徴的だ。智慧深まれば命取りとなる人間最大のパラドクスもまた寓話に数多く物語られてゐる。[☆☆☆]

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アイスキュロス(ΑΙΣΧΥΛΟΣ/Aeschylus、前524/5〜前456)


ソポクレス(ΣΟΦΟΚΛΗΣ/Sophocles、前496/5〜前406)


エウリピデス(ΕΥΡΙΠΙΔΗΣ/Euripides、前485/4?か前480?〜前406)


アリストパネス(Aristophanes、前445?〜前385?)


旧約聖書


孫武(前5世紀頃、生没年未詳)

『孫子』

 かのナポレオンも座右の書とした兵法書の古典的名著。洋の東西を問はず2500年も読み継がれてきたのは、『孫子』が単に戦略を説いた書ではなく、「百戦百勝、非善之善者也」「知彼知己者、百戦不殆」に代表されるやうに戦はずして勝つことを究極の目的としてゐる為だ。大半が駆け引きの肝要を説き、情報収集に労を惜しまず、状況を冷静に判断して物事を有利に進め、相手の機先を制し、最後は勢ひを付けて一気に討つ。敵を完全包囲することを危険視すること、「迂直の計」なる奇策を用ゐることなど、心理戦は現代にも通用する。人心掌握の手管は霊妙を極め、固定観念を排した変幻自在のあり方を水に譬へて説く件は凄みがある。[☆☆☆]

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呉起(?生年未詳〜前381)

『呉子』

 『呉子』は呉起が魏の文侯と武侯に仕へた時代の言行録である。儒家から身を起こしただけあり、兵法にも徳による動機付けを与へ演繹的論法を展開する一方、信賞必罰に基づく軍隊組織の規律を重んじる本書は、儒家思想と法家思想を結ぶ鍵となる。人心掌握の法を冷静に分析・分類し、思惟を合理的に敷衍する様は非情なまでの厳格さを覚える。卜占が未だ強い影響力を持つてゐた時代にこれを無視する件があるのは驚きを禁じ得ない。呉子の説く組織のあり方は普遍的で、特に指揮官の心得は核心を突く。現代の企業社会に対しても強い啓示を与へてゐることに何ら不思議はないが、全体に理知が過ぎるからか『孫子』と比べると含みに欠ける。[☆☆]

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列禦寇(前400頃?、生没年未詳)

 『史記』に名が登場しない故、かつては実在を疑はれた。しかし、『戦國策』、『呂氏春秋』、『漢書』には列禦寇の名が見えるし、『荘子』にも列御寇篇があるから架空の人物とするのは強引だ。

『列子』

 8篇からなる『列子』は『老子』『荘子』に次ぐ道家の書であるが、少々問題がある。先秦時代に成立したのは天瑞篇の極僅かだと思はれ、残り殆どが後世の手によるもので、仏教思想の混入も認められる。恐らく漢代から魏晋時代にかけて補筆されたとするのが妥当だ。だが、『列子』の寓話には普遍的な魅力がある。「杞憂」「朝三暮四」「愚公移山」の故事成語は『列子』を出典とする。また、描かれる列禦寇はまだ修行中の身で先生たちに諭されてばかりなのも何だか愛嬌がある。『列子』では儒家の作為を批判し、老子の説く「道」の偉大さを不可知論の立場で絶対化した「虚」が説かれてゐる。「或謂子列子曰、子奚貴虚。列子曰、虚者無貴也。」 この一文に列子思想の蘊奥は集約されてゐる。[☆☆☆]

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孟軻(前4世紀前半[前372頃?]〜前3世紀初頭[前289?])

『孟子』

 孟子の言説は譬へが豊かで機知に富んでゐる。当意即妙な受け答へは、深い学識と人間洞察に裏付けられた叡智の証である。しかし、孟子は生涯登用されることなく在野で燻り果てた。清廉潔癖で理想主義的な孟子の思想が戦乱の世にあつて迂遠とされたのも無理はない。謹厳な孟子は妥協を許さず、高邁な精神を持ち続けよと説く。利益追求はその場の繕ひに過ぎないと窘め、唯仁義を貫くことが王道なのだと語る孟子の説得力は強い。異端を排し、偉大な孔子の道を継承して儒家思想を大成しようとする孟子の気魄がひしと伝はつてくる。その反面、常に過去の聖人を引用する言説は学者然としており、更には孟子の弟子たちが孔子のそれらのやうな精彩を放つてをらず、孟子唯一人の言説で編まれてゐることが親しみ易さを欠く原因ともなり、人間味豊かな『論語』の魅力には及ばない。[☆☆☆]

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荘周(前369?〜前286?)

『荘子』

 内篇7篇、外篇15篇、雑篇11篇の計33篇からなる『荘子』だが、形而上学的な内篇よりも、寧ろ後世の作とされる外篇と雑篇の方が処世や政治を扱つてをり、書物としての面白みがある。儒家の形式主義を批判、超俗的な老子思想との融合、そして「無為自然」に集約される独自の境地は、齷齪した現実世界に病んだ精神に一縷の光明を差し込む。象徴的な寓話の技法と美麗な押韻は藝術的で、諸子百家中異彩を放つ。内篇も荘子の真筆に近いとされるのは「逍遥遊」「斉物論」のみだが、事実この2篇の内容は極めて純粋で荘子の思想を直裁的に表してゐる。極めて難解で意図の掴めぬ寓話が多いが、狐につままれたやうな趣こそ醍醐味なのだ。「逍遥遊」では人間は限られた智慧で全事象を捕へようとしてゐるが、それで真理に到達出来ると思ひ上がるのは甚だ愚かだと述べ、「斉物論」では人々は物事に細かな区別を付けるが、大宇宙の大局から見れば相対化され、就中視点も変はれば差異の理などないとする「万物斉同」を説く。有名な「胡蝶の夢」に代表されるやうに荘子の思想は不可知論や唯名論の極限を行くものである。だが、荘子の思想を単なる反駁やアンチテーゼに用ゐては詰まらないではないか。ソクラテスの「無知の知」同様、智慧の出発点となる筈の試金石。[☆☆☆]

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荀況(前298?〜前238頃?)

『荀子』

 『荀子』の特徴は批判精神と現実主義にある。諸子百家が撩乱する時代において儒家の位置付けを相対的に正当化するべく徹底した批判を行ふ。熾烈を極めるのが墨家への攻撃で呵責ない。孟子の古代聖王に倣ふ先王思想すら伝承を美化した理想論と退け、実在の人物に倣ふ後王思想を説き、更には、伝統的な天の思想を迷信と喝破する。他力本願を排除する件はニーチェにも比せられよう。名家反駁の為に言語論から唯名論までを展開した一章は西欧哲学に通じる。孟子の性善説に対し、性悪説で語られることの多い荀子だが、思想の根幹は修養による人格矯正にある。礼と信賞必罰を重んじる徹底した形式主義の側面を歪めて肥大した弟子たちが法家を大成したことは歴史の皮肉であるが、荀子の姿勢は訓詁学の先駆けであり、朱子以前の儒家思想の本流は寧ろ荀子にあつたと云へるのだ。[☆☆]

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韓非(前280?〜前233)

『韓非子』

 法家思想の集大成とも云へる全55篇の大著。そして百家争鳴を総括した戦国時代の精華である。後代の作が相当数混入してゐるが、かの秦王政が感嘆したとされる真作「孤憤」や「五蠹」の筆力には凄みがある。韓非の説は信賞必罰、法術思想の二語に尽きるだらう。論理は非常に明快で、智慧比べや人情に働き掛ける詭弁の横行を厳しく糾弾する。その根底にあるのは徹底した人間不信だ。荀子の性悪説や後王思想を継承し、極限まで押し進めてゐる。人間は肉親や恩義ある者をも容易に裏切る利己的な存在で、利害だけが行動を規定すると韓非は考へる。だから、罰せられてまで利益を追求しないし、賞に釣られて身を呈すと云ふのだ。非人情な論説は好む好まざるに拘らず真実を抉る。戦国末期の思想が行き着いた現実主義の果てだ。至高の法のあり方については語られてをらず具象性を欠くが、法治主義を補完する「術」に『韓非子』の蘊奥があり、法を施行する為政者から末端の官吏までのあり方を説く件は厳格だ。殊に、君主は臣下に意中を読まれて先回りを謀られぬが為に無策のやうに振る舞へといふ諭しは慧眼だ。また、「難」篇等では、儒家らによつて説かれた故事における徳行や智慧の顕現を挙げた後に、それらこそが社会秩序の乱れや狡知の萌芽なのだと非難し既成概念を覆す。大変読み応へがあり、論駁の規範となつたことは特筆したい。儒家が唱へた理想主義による社会変革が空論となり、韓非の法術が始皇帝の天下統一の支柱となつた歴史的事実は重い。[☆☆☆]

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『大学』

 大学教育のあり方を述べた本書の特徴は、国の繁栄は家の安定にあり、家の安定は個人の修身にあり、個人の修身は道理を弁へることにあると、内面追求を説くことだ。儒家思想の大要を平易に纏めた素朴な小篇だが、朱熹が拡大解釈を施したやうに奥は深い。[☆]

『中庸』

 古来、洋の東西を問はず中庸こそは最高の徳と考えられてきた。本書は正面切つて中庸を論じたものだが、定まつた道のない中道ほど保つことの困難なものはなく、本書も具体的には説いてゐない。中庸を実践する為の原理とされる「誠」の概念は空論に思へた。[☆]

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司馬遷(前145?か135?〜 前86?)


キケロー(Marcus Tullius Cicero、前106〜前43)

 古代ローマ共和政末期の雄弁家・政治家・散文家。弁論術で名を挙げ、前63年には執政官にまで登り詰めた。共和政主義者として三頭政治を批判した為、政界から干されて、著述生活に向かふやうになつた。カエサル暗殺後は、アントニウス弾劾演説を行ひ、オクタヴィアヌス側に付いたが、第2回三頭政治成立時に暗殺された。著述における功績としては、ギリシア哲学をラテン語で紹介したことにある。キケローのラテン語散文は、修辞学の範とされ、中世ヨーロッパに絶大な影響があつた。

『大カトー(老年について)』 "CATO MAIOR DE SENECTUTE"

 大政治家カトーが若者2人に老いについて語ったもの。死に隣接し、醜くて、悦びもないとされる「老い」。この見解に様々な実例を挙げて反駁する。伝統的な対話篇形式を採つてゐるが、カトーが一方的に訓を垂れてゐるので、プラトンのやうな面白さはない。[☆]

『ラエリウス(友情について)』 "LAELIUS DE AMICITIA"

 『大カトー(老年について)』の姉妹篇。実利ではなく徳による友情の結び付きを最高のものとし、難局に当たつて離反のないやう友情は軽々しく持たないことを奨励する。ラエリウスが友情論を一方的に展開するため、思想書としては生温く、目新しい論旨もない。[☆]

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オウィディウス(Publius Ovidius Naso、前43〜後17)

『恋愛指南』 "ARS AMATORIA"

 初期の代表的作品。ローマ随一の恋愛詩人の名声に溺れたオウィディウスが、恋愛を成功に導く為の秘訣を男女両方に得々と教授するといふ奇書。熟爛し頽廃したローマの風俗を写し取つた自由奔放な言説が痛快だ。今様に徹したオウィディウスは洗練された風流を重んじ、ウェルギリウスなどの質実剛健たる教訓詩を本歌取りしてパロディー化する洒脱さも忘れてゐない。後にこれら一連の性愛に関する筆禍で、オウィディウスはアウグストゥスに疎まれ不遇な余生を送る。[☆]

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セネカ(Lucius Annaeus Seneca、生年未詳[前4?〜後1?]〜65)

『幸福な生について』 "DE VITA BEATA"

 前半はセネカによる幸福論が展開され、「幸福な生とはみずからの自然に合致した生のことだ」と定義される。ストア派の目指した心の平静は自己を律することで得られるとされ、精神修養による徳の追求こそが幸福に繋がるとセネカは云ふ。そして、同じ心の平静を目的としてゐても、困窮のない状態である快楽を追求するエピクロス派との違ひを鮮明にする。理想が過ぎた空論も多く論点が纏まらないのだが、終結部でセネカは己を俎上に載せ、徳には程遠いと告白する。そして、先ず「自分の悪徳を省みよ」と諭す。これは敵から論難されたセネカの弁明の書なのだ。[☆]

『心の平静について』 "DE TRANQUILLITATE ANIMI"

 絶えず心配事に悩まされる人生において、禁欲を旨とするストアの賢人セネカが実践的な知を説く。「心を柔軟にし、予定したことに過度に執着し過ぎないやうにしなければならない」「生を嘆くより生を笑ひ飛ばすほうが人間的なのである」「たびたび自己に立ち返るやうにしなければならない」「四六時中精神を同じ緊張状態に置いてはならない」等々、知足と内面探求で指南する。外的な動揺に翻弄されない叡智が詰まつた名著。[☆☆]

『生の短さについて』 "DE BREVITATE VITAE"

 長寿を願ひ短命を嘆くことに対し、「人間の生は、全体を立派に活用すれば、十分に長く、偉大なことを完遂できるやうに潤沢に与へられてゐる」とセネカは喝破する。「何かに忙殺される人間の属性として、生きることの自覚ほど稀薄なものはない」と日々生を浪費してゐるのが真相だと云ふ。蓋し真理であらう。過去をなほざりにし、不確実な未来を勘定に入れる生き方を愚かしいとし、「ただちに生きよ」とセネカは説く。皮相な他人事に時間を蕩尽し、己の魂の世話をせず死の準備をしない人間こそが生の短さを詠嘆するのだといふ考へは、ソクラテスにも通じる。[☆☆☆]

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ペトロニウス(Titus Petronius Niger、生年未詳[20年頃?]〜66)

『サテュリコン』 "SATYURICON"

  元来16巻から20巻以上もあつたとされる長編物語であるが、大部分が散逸し、現存するのは終盤と思はれる3巻分に過ぎない。断片の連続故に鑑賞に堪へない部分も多いが、有名な「トリマルキオンの饗宴」の場面は古代ローマの狂乱振りが生々しく描かれてをり読み応へがある。享楽的で頽廃的な人生観はネロ時代の投影であり、不道徳で無軌道極まりない内容ながら、端倪すべからざる悪漢小説の元祖として特異な光彩を放つ。ギリシア古典を戯画化した表現は、模倣の多いローマの文学作品の中で異端と云へる。[☆]

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アプレイウス(Lucius Apuleius Madaurensis、123年頃?〜没年未詳[180年頃?])

『メタモルフォーセス(黄金の驢馬)』 "METAMORPHOSES(ASINUS AUREUS)"

 原題は有名なオウィディウスの作品と同じ『メタモルフォーセス』だが『黄金の驢馬』の通称の方が流布してゐる。『黄金の驢馬』は現存する世界最古の長篇小説といふ栄誉を冠する。『源氏物語』よりも約千年も前のことだ。物語の大枠は魔法を使つてルキウスは梟に化ける積もりが驢馬に変身して仕舞ひ、更なる不運が重なつて何度も命の危険に晒された挙げ句、イシス神の思し召しで再びに人間に戻れるといふ綺譚であるが、驢馬の目を通して人間世界の醜悪を暴き出す諷刺小説だと云つてよい。残虐な欲望と陰謀の無慈悲さが露に描かれるが、厭世観を説くのではなく、因果応報に基づいた世界観に立脚してゐることに注意したい。また、枠物語としての性質も重要で、魅惑的な挿話が沢山鏤められてゐる。「クピードーとプシュケー」はその精華である。長大な作品を起伏をもつて魅せる手腕には脱帽で、淫猥な表現も作品が発散する生命力となつてゐる。[☆☆☆]

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ルキアノス(ΛΟΥΚΙΑΝΟΣ/Lucianos、120頃?〜180頃?から192頃?)


ロンゴス(ΛΟΓΓΟΥ/Longus、生没年不明)

『ダフニスとクロエー』 "ΠΟΙΜΕΝΙΚΑ ΤΑ ΠΕΡΙ ΔΑΦΝΙΝ ΚΑΙ ΧΛΟΗΝ/POIMENKA TA KATA DAPHNIN KAI CHLOEN"

 牧歌的といふ形容はこの作品にこそ相応しい。レスボス島で共に育ち、自然と愛し合ふやうになる無邪気なダフニスとクロエーの愛の物語は、立ちはだかる障壁も全てが呆気なく乗り越えられ、最後には出生の秘密が解明され幸福な結末となる。予定調和が支配し、起伏が殆どない物語は退屈かと云ふとさうではない。美しい善意が全篇に溢れる物語は後代に強い影響を与へ続けた。露骨な性描写は純朴なだけに却つて官能的だ。現実と乖離した類例のない理想的な牧歌であるから尊ばれ霊感の泉とされたのだ。[☆☆☆]

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張文成(張さく[族+鳥]、生没年不明、657頃?か660頃?〜741頃?)

『遊仙窟』

 初唐の伝奇小説の中では最も長大な作品。奈良時代に伝来して重宝され、訓点の重要資料となり、日本においては絶大な影響を及ぼしたが、中国では早くに散逸し、魯迅によつて再発見されるといふ数奇な運命を辿つた。桃源郷に迷ひ込んだやうな設定、美女との恋の駆け引き、淫靡な一夜と忍びない別れを描いた妄想的官能小説として軽視された為だらうか、或いは唐代の古文復興運動から敵視されたのかも知れぬ。『遊仙窟』は六朝末期に隆盛した駢儷文を継承し駆使した唯一現存する伝奇小説として重要である。浮世離れした物語同様、美文調による耽美的な文章と、当意即妙に交はされる詩句の応答が妖艶かつ幻惑的だ。大陸の質実剛健な気風からは抹殺されたが、本邦で性愛に対する細やかで優美な情緒を育む下地となつた奇書としての価値を評価したい。[☆☆]

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ナーラーヤナ(Narayana、生没年不詳、9世紀頃?)

『ヒトーパデーシャ』 "HITOPADESA"

 王子たちの教育係ヴィシュヌシャルマン先生が寓話を用ゐて処世訓を説くといふ構成で、4つの主題があり、友を得る道、仲違ひ、戦争、講和から成るが、前半と後半の2つに大別出来る。寓話はアイソポスと同じく動物らを主人公にした話が多く楽しめる。但し、ナーラーヤナは古来から伝はるこれらの寓話を集成したに過ぎず、形骸化した詩句の引用も多い。何と云つても『ヒトーパデーシャ』の特異性は挿話の中に挿話を織り込む重層構造にある。脱線が著しく主筋が分からなくほどで、教訓が活かされないのも愛嬌だ。奇書と云へよう。[☆☆]

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『竹取物語』

 実に良く出来た物語で、周到な人物の配置と筋の展開に感心する。格段の落ちとして掛詞で語源を捏造するなど何とも洒落てゐる。物語で最も興味を覚えるのが、終段でかぐや姫が人間界への未練を表明する点だ。浅ましい求婚者らは問題外としても、誠意を尽くした中納言、高貴で思ひやりのある帝、親の愛を一心に降り注いだ翁と媼との触れ合ひを通して、作者は人間愛を讃美する。天人の世界―人智の及ばない非人情な世界は依然圧倒的だが、人間社会が確実に成長してゐることを示し、人文主義の黎明を告げた作品と読んだ。[☆☆]

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『伊勢物語』の作者

 在原業平を想定して「男」が描かれてをり、平安時代には作者を単純に業平としてゐた。しかし、後代になつて異説が唱へられ、伊勢、紀貫之、源順などが補筆者あるいは作者と考へられるやうになつた。『古今集』に採られたものから比較し推論されるに、根底に業平の家集があり、歌に詞書を伴ふ「歌語り」の特徴を拡大して、『伊勢物語』が成立したと考へられてゐる。また、内容から検討して、作者は一人ではなく、度重なる加筆があつたと考へるのが自然であり、作者は不明とするのが妥当である。

『伊勢物語』

 歌を配列してひとつの物語を造形するといふ「歌物語」は、在原業平といふ歌仙がゐなければ成立し得なかつた。『伊勢物語』以後、歌物語といふ構成が継承されなかつたのは、物語の主人公足り得る魅力を備へた歌人が輩出されなかつた為にある。叶はぬ恋、忘却への旅路。その背景に藤原氏の政略が潜むのが、この作品を単に色好みの物語に止めない重要な要素であり、作品の後半では、主君の不遇に寄せる哀調の念にも影を落としてゐる。人生の様々な局面において詠まれた歌には、機智と風流と雅があり、高い調べに感じ入ることの出来る名作。[☆☆☆]

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紫式部(生没年不明、天延元年(979)頃?〜長和五年(1016)頃?)


『大鏡』

 道長を頂点とする藤原北家の栄華を叙述する歴史文学。帝記から始め、大臣らの列伝へと続く紀伝体によるが、物語の進行役が生き字引である仙人のやうな翁たちで、単なる歴史の事件や人物を配置することに終始せず、機微をうがつた性格描写に迄及ぶ。外戚となり天皇家と同化することで絶大な権威を手に入れていく藤原氏。天皇の廃立をも左右し、菅原道真ら政敵を巧みに蹴落として行く。仕舞ひには藤原北家内での兄弟間の謀略となり、最後は摂関政治の集大成として道長の全き栄華が現出する。摂関時代の光と闇を描いた第一級の歴史書であり、讃美と批判を織り交ぜた多面的な人物像を描くことで、歴史の背後関係を炙り出さうとした文学的な価値も高い名著。[☆☆☆]

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『ロランの歌』 "LA CHANSON DE ROLAND"

 778年のロンスヴォーの戦ひを中世キリスト教世界及び騎士道精神の視点で気高く綴つた武勲詩。ガヌロンの陰謀と処罰を最初と最後に配し、ロラン伯の壮絶なる最期を中心に配置した作詩術は天晴だ。名誉を重んじるロランは奸計を察しつつもシャルルマーニュの為に殿を務め、討ち死にを覚悟する。累々と屍が並ぶ戦闘場面は激烈だ。史実を曲げてゐることや紋切り型な構図といつた点を難ずることは出来るが、異教徒との戦ひを眼目とした勇壮な叙事詩として見事に昇華されてゐる点で不朽だ。[☆☆]

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朱熹(1130〜1200)

『大学章句』

 『礼記』の中の一篇に過ぎなかつた『大学』を四書のひとつとして権威付けた注釈書。原典の拡大解釈甚だしく批判は絶えないが、「格物致知」に独自の解釈を加へた補伝こそは、東洋のイデア論として瞠目に値する。朱子曰く、事物に内在する形而上としての理―プラトンのイデアに相当する―は現実的には形而下としての気に歪められ正しく窮められないので、個別に現はれる理を探求し続けることで、万事の理を極めることが出来るはずだと。[☆☆]

『中庸章句序』

 朱子学の根本理念と云へる「性即理」「理気二元論」が展開されてをり興味深い。それにしても、歴史を自らの理論に引き寄せて体系付ける朱熹の方便は、ヘーゲルを先行するものと云へる。[☆]

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『ニーベルンゲンの歌』 "DAS NIBELUNGENLIED"

 「ドイツのイーリアス」と称される民族叙事詩で、ブルゴント族が全滅に至る荒々しい死闘は戦慄を禁じ得ないほど壮絶だ。英雄ジーフリトの気高く爛漫な活躍も、貴婦人たちの暗躍により陰を帯びる。親族を血祭りに挙げてまでハゲネに復讐を果たすクリエムヒルトの怨念は真に凄まじい。4行1節を特徴とするニーベルンゲン詩節が厳格で力強い印象を与へる。殊に4行目を暗い預言で結ぶ手法は、作品全体の調子を貫く格調高さとなつてゐる。騎士道精神が加味されてゐるものの、ゲルマン民族の部族制社会を今に伝へる記念碑的傑作。[☆☆]

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鴨長明(久寿二年〜建保四年、1155〜1216)

 鴨長明が10代の頃、賀茂御祖神社の正禰宜であつた父の死により家門は傾いた。窮乏の中、歌人俊恵門下で研鑽を積み、歌合で着実に才を示していつた。また、琵琶を中原有安に学び、管絃の道においても第一級の腕前を誇つた。やがて、後鳥羽院が再興した和歌所の寄人となり、歌壇における絶頂期を得た。後鳥羽院の後楯を得て、念願の下鴨神社河合社禰宜への地位が開かれた矢先、妨害運動により阻まれた。これを根に持つた長明は出家し、大原に遁世してしまつた。法名は蓮胤。5年後には遁世者が多く居た大原を去り、ひとり日野の外山に方丈の庵を移した。この草庵で『方丈記』『無妙抄』『発心集』が綴られた。

『方丈記』

 前半は鴨長明自身が体験した天災・人災を克明に述べ、人生に執着することの空しさを説く。後半は自らが辿つた、限られたものに満足する生活を述べ、内面追求の優位を説く。ここまでなら、無常観の強い厭世主義的な賢人による遁世のすすめである。ところが最終章において遁世へも批判の目が向かひ、『方丈記』それ自体が批判に晒される。従つて真意が難読とされる末尾の「不請の阿弥陀仏」の解釈が読み方を決す。考へるに、一切の執着を捨てるなら信仰や念仏もまた捨てるべきと悟ると同時に、原始仏教への回帰の為し難きを悟る諦観。底流にあるのは末法思想。[☆☆]

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親鸞(承安三年〜弘長二年、1173〜1262)
唯円(承久四年?〜正応二年?、1222?〜89?)

『歎異鈔』

 親鸞の直弟子に当たる唯円が、師の死後に起こつた異端説を歎いて綴つたものされ、前半では生前の親鸞の言説を伝へ、後半は唯円による異端説反駁で構成される。その主張は詰まる所、懐疑主義の止揚に結集する。解脱は超人にしか得られないもので、凡人は阿弥陀如来の本願に縋るのみであり、学識があらうと無学であらうと差異はない。要は本願を信じるか否かである。一般に「南無阿弥陀仏」と念仏すれば浄土に往生出来るとされるが、それを確信するまでの道は解脱への修行と大差ない。外見は易しく中身は難し。真宗中興の祖蓮如が本書を秘籍とした理由もそこにあるのだらう。[☆]

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ダンテ(Dante Alighieri、1265〜1321)

『新生』 "LA VITA NUOVA"

 ラテン語ではない俗語による清新体詩を我が物とした若きダンテが、人生を決定付けた運命の淑女ベアトリーチェとの出会ひから死別迄を献身的に謳つた詩文集。ベアトリーチェを敬ふばかりに暗喩が多く、詩だけでは本意を掴み辛いのだが、詩の成り立ちを物語る散文の有機的な結合により各詩が不滅の生命を吹き込まれてゐる。偽装の恋愛やベアトリーチェ死後の誘惑など人間ダンテの迷ひや弱さが顕はれる件がある一方で、一個人の思慕が世界精神の頂へと昇華される狂気にも等しい感情にはたぢろいで仕舞ふ。しかし、詩に加へた解説と区分は蛇足であり、著しく感興を殺いでゐる。[☆☆]

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ペトラルカ(Francesco Petrarca、Francesco Petracco、1304〜74)

『自己自身および他の多くの人の無知について』 "DE SUI IPSIUS ET MULTORUM IGNORANTIA"

 この書物を理解するには当時の精神世界の構造を知つてをかねばならない。教父哲学が廃れ、スコラ学が勃興した後、アヴェロエス(イブン=ルシュド)によつてもたらされたアリストテレス注釈学が絶大な影響を持つやうになり、弁証学が隆盛を極めた。信仰とは乖離した哲学体系の進展に、ペトラルカは反発を抱き距離を置いた。これによりペトラルカはアリストテレス哲学に疎い、無知な人間であると烙印を押された。これはその反駁書であり、盲目的なアリストテレス崇拝を危惧し、信仰の危機を憂ふと同時に、キケローを軸に人文主義に立脚した無知の知への回帰を述べる。ペトラルカはルネサンスに先立ちプラトン哲学に着眼した先駆者でもあつた。この書は来るプラトン主義―人文主義―ルネサンスへの第一声をあげた重要な魁であつた。しかし、当然のことなのだが、カトリックの世界観に立脚してをり限界がある。時代を超えて現代に訴へる力はないが、歴史的意義は絶大だ。常に徳の問題から離れなかつた偉大なるウマニスタによる時代を変へた書。[☆]

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『結婚十五の歓び』 "LES QUINZE JOYES DE MARIAGE"

 題名とは裏腹に、男にとつて結婚とは受難以外の何物でもないことを物語る底意地の悪い15のコント集。作者は結婚を男が入り込む魚梁に見立て、結句を常に「いつまでもその状態にとどまつて」「悩みやつれ果て、生命を磨り減らし」「惨めに生涯を終へることとならう」と締める。一見羨ましく見える魚梁の中だが、一度入つたら最後、決して抜け出すことは出来ない。姦通を美化する宮廷風恋愛が持て囃された中世フランスの頽廃を土壌に、女の鉄面皮を醜悪に描くと同時に、計略に陥る男の蒙昧を愚弄する。反結婚を礼賛する秘匿の名著。[☆☆]

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ヴィヨン(Francois Villon、Francois de Montcorbier、1431/2〜没年未詳、1463頃か?)

『形見の歌』 "LE LAIS"

 殺人や窃盗の罪でパリを出立、放浪の旅を始めるに際して創作したとされる詩集。8行詩40節からなる。無頼の詩人が今生の別れを気取り、敵たちに対して有難くない品々を形見分けをするといふ趣向は、実に皮肉と諧謔に充ちてゐる。[☆☆]

『遺言詩集』 "LE TESTAMENT"

 長き流謫の後、1461年以降は幾度も牢獄に繋がれ、余命幾許も続かないことを悟つたヴィヨンは遺言を気取つて想ひの丈をぶちまけた。8行詩186節の詩句の間に20ものバラードなどを配置したヴィヨン畢生の詩集。深い教養を持ち高度な技法を駆使し乍らも、卑俗な感情表現を露にした破天荒な作品は、現代に至る迄類例を持たない異常な趣を発散してゐる。全篇これ悪態と狂言で塗りたくられ、徹頭徹尾反権力反道徳を謳ひ上げる。英仏百年戦争末期に生きたヴィヨンを取り巻く事件や人物らを知ることは作品を理解することに不可欠なことだが、煩雑過ぎて却つて邪魔に感じた。詩そのものの生命力が凄いからだ。バラードでは卑猥な愛情に充ちた「でつぷりマルゴーの賦」と頽廃的な「教訓のバラード」が白眉だ。[☆☆☆]

「雑詩集」

 上記2つの詩集に属さない16の独立した詩。初期の作品とされる「勧告のバラード」「諺のバラード」「零細卑近事のバラード」「逆説のバラード」は常套的で、異端の詩人ヴィヨンらしくない。「フランスの敵に対する歌」「ロンド」にも同様のことが云へる。「ブロア御歌合のバラード」と「マリー・ドルレアン姫に献詠の賦」はシャルル・ドルレアン太公の宮廷で活躍した際の作品で、迎合的だが詩人としての名声を確立した詩であることは間違ひない。逼迫した状況に陥つた1461年以降の詩、「手紙の歌」「ブルボン太公に懇願の賦」ではヴィヨンの困窮振りが窺はれる。『遺言詩集』より後の詩、「心と肉体の諍論の歌」「運命のバラード」では調子が一変し、反抗的で冷笑的な諦観が顔を覗かせ深みを増す。1463年の世に云ふフェルブール事件に連座した廉で、前科を含めた量刑により死刑を宣告されたヴィヨンは「四行詩」と「絞首罪人の歌」を詠む。無常観漂ひヴィヨンの最高傑作とされる。控訴の結果、追放処分に減刑された。この際に書かれたのが「最高裁判所に嘆願の賦」と「上訴のバラード」である。これ以後ヴィヨンの消息は杳として知れない。[☆☆]

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ラブレー(François Rabelais、1483?〜1553)


シェイクスピア(William Shakespeare、1564〜1616)

『オセロー』 "OTHELLO"

 四大悲劇の中では超自然の存在―亡霊や魔女―が劇の動向を左右しない作品で、空間移動の少ない閉鎖的な舞台で終止する家庭悲劇は全作品中でも却つて異色だ。人智を超えた世界をも表現する詩句の力強さをシェイクスピアの神髄とするなら、世話物劇である『オセロー』は分が悪い。だが、劇としての緊密度は随一で猜疑に苛まれる主題は普遍的だ。一世一代の大悪党イアーゴーの注ぎ込む毒の狡猾さも然る物乍ら、周囲から信頼を寄せられる二面性には凄みがある。オセローは何故イアーゴーの奸計に陥つたのか。秘密結婚といふ経緯が喚起するデズデモーナの背信性と、ムーア人といふ容姿への引目を突かれたのだ。猜疑は一滴で充分だ。後はオセローが自滅した。『オセロー』は讒言の悲劇である。讒言をする人格こそ最も信用出来ないのに、過ちは繰り返される。人間の悲しき性が描かれた不滅の心理劇。[☆☆☆☆]

『マクベス』 "MACBETH"

 四大悲劇のひとつ。全作品中でも特に短いが、疾風のやうに展開され、弛緩がなく凝縮された作品である。だが、刺激的な趣向に眩まされてはゐけない。マクベスは魔女の予言を好機と捉へ、もうひとりの魔女であるマクベス夫人の後押しで、血で血を拭ふ責苦に落とし込まれる。魔女の謎掛けは常勝の成就ではなく、死の呪ひであることに気付かないマクベスの転落。「きれいは穢ない、穢ないはきれい」は劇を一貫する主題で、正反合の絡繰りに嵌り込む悲劇なのだ。マクベスは未来を知るといふ全知全能を味方にしたと錯覚し、流転する運命を強迫しようとしたが故に破滅した。[☆☆☆]

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『ラサリーリョ・デ・トルメスとその幸運と逆境の生涯』 "LA VIDA DE LAZARILLO DE TORMES,Y SUS FORTUNAS Y ADVERSIDADES"

 作者不詳ながらピカレスク小説の嚆矢となり、全欧州にこの悪漢小説と云ふ様式を流行させた金字塔とも云ふべき作品である。幼くして寄る辺を離れたラーサロの苦渋に充ちた体験が語られるが、生きる為に絞られる悪知恵が醍醐味であり、不敬なまでの生命力が読者を虜にする。ラーサロの主人となつた世知辛い盲人、吝嗇の我利我利坊主、見栄張りで甲斐性無しの従士の肖像には、日の沈まぬ王国スペインが吐き出した陰の世界が描き込まれてをり、作者の洞察力に感服したい。最初の3話に対し、後の部分が生彩を欠く不格好な作品なのが残念だ。[☆]

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ロペ・デ・ベガ(Lope Félix de Vega Carpio、1562〜1635)

『オルメードの騎士』 "EL CABALLERO DE OLMEDO"

 自ら創出・大成した3幕から成るコメディアの代表的傑作。想ひ焦がれた相手が相思相愛の仲とは知らず、魔女の手管を経て恋を実らせるドン・アロンソとドニャ・イネース。順風満帆の展開とは裏腹に作品は冒頭から悲劇の予感を漂はせてゐる。鏤められた暗示が幕切れで具現される効果の鮮やかな手腕は見事だ。一寸先は闇。人生の明暗は窺ひ知れないことを数々の隠喩で浮き上がらせた名作。[☆☆☆]

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セルバンテス(Miguel de Cervantes Saavedra、1547〜1616)


カルデロン(Pedro Calderón de la Barca、1600〜81)

『人生は夢』 "LA VIDA ES SUEÑO"

 数奇な運命が鮮やかに展開するスペイン・バロック文学の傑作。呪はれた預言の為に捕はれたセヒスムンドの解放劇、ロサウラ親子の再会劇が本筋。しかし、秘跡劇なる哲学的な台詞が多い作品故、筋だけでは真価は量れない。「生きてをる人間は、目の覚めるまで、生きてをるといふ夢を見てゐるのだ。」と悟つた時、運命が開けるといふ一寸難解な人生論が骨子。[☆☆☆]

『サラメアの村長』 "EL ALCALDE DE ZALAMEA"

 村にやつてきた大尉の邪な懸想によつて穢されてしまつた娘の復讐を、鉄壁の意思をもつて遂げる村長。司令官、果ては国王の向かふを張つて、一個人の名誉の尊さを宣言する件、これは時代を考へれば問題作だ。軍人の横暴に泣き寝入りは無用といふ痛快劇。[☆☆]

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グリンメルスハウゼン(Hans Jakob Christoffel von Grimmelshausen、1621/2か1625〜1676)

『ジンプリツィシムスの冒険』 "DER ABENTEUERLICHE SIMPLICISSIMUS"

 6巻より成るドイツ・バロック時代の最大にして最高の長篇小説。ピカレスク小説とビルドゥングスロマンを混合させるといふ離れ業を用ゐた清濁併せ呑む異形さは正にバロック小説。古典古代の引用と諷刺を織り込みつつ、錬金術や魔術など中世的な要素も共生するごった煮小説である。『ジンプリツィシムス』を語る時に絶対に忘れてならないのは、この作品がドイツ三十年戦争といふ史上屈指の最悪の時代を舞台にしてゐることだ。殺戮と略奪が日常と化し、人道が荒廃し尽くした時代の生々しい証言であり、読者を戦慄させるだらう。主人公は兵隊の襲来で両親と生き別れる。隠者に拾はれた主人公は無教育のまま育てられたので親の名前どころか自分の名前も知らず、ジンプリツィウス(単純、阿呆者)と名付けてもらふ。隠者に知恵を授けられたジンプリツィウスは世に出て荒波に揉まれるのだが、起伏に富んだ物語は読者を決して放さない。『ジンプリツィシムス』の深みは主人公が最初に感化を受けた隠者の善良さと厭世観を穢れても終生持ち続けたことにある。道化となり舌鋒を用ゐた時も、狩人といふ名声を恣にし知略を縦横に用ゐた時も、色男として嬾惰を極めた時も、没落して詐欺師の生業になつた時も、隠遁生活を始めた時も主人公は悪意に導かれることはなく、人生への無常感が根底にあつた。主人公は時代に翻弄されるピカロとして描かれるも、人文主義に基づいた人間成長の物語を踏み外さない。正しく生きることの難しさを描いたグリンメルスハウゼン畢生の傑作。[☆☆☆☆]

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デカルト(Rene Descartes、1596〜1650)

『理性を正しく導き、学問において真理を探求する為の方法序説』 "DISCOURS DE LA MÉTHODE POUR BIEN CONDUIRE SA RAISON,ET CHERCHER LA VÉRITÉ DANS LES SCIENCES"

 近代合理主義の出発点となつた古典的名著。『屈折光学』『気象学』『幾何学』の3つの論文に附された序説は、「われ思ふ、故に我あり」といふ命題だけで語られるべきではない。序説の丁度折り返し地点で登場するコギト以降に述べられた神の証明や二元論の件は今日でこそ輝きを失つたが、コギトへ至るまでの数学的思考に基づく学問全般の新構築の件には偉大な知性と理性の軌跡があり、普遍的な感銘を受けるに違ひない。明証性、分析、総合、枚挙の4つの規則、第一原理に基づく演繹法は、スコラ哲学を打破しアリストテレス論理学からの脱却を成した―同時にガリレイ事件の暗き影響も刻印されてをり興味が尽きない。数学的論理を基盤とした近代合理主義の原点がこの書物にはある。[☆☆☆]

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コルネイユ(Pierre Corneille、1606〜84)


モリエール(Molière、Jean Baptiste Poquelin、1622〜73)


ラシーヌ(Jean Racine、1639〜99)


パスカル(Blaise Pascal、1623〜62)

『パンセ』 "PENSÈES"

 パスカルの遺稿は断章の羅列であるが、主題や内容で分類を施した版で読むのが一般的。最初の数章は実存主義に繋がる人間存在の近代的認識が随所に見られるのだが、かの有名な「考へる葦」を境に、キリスト教弁証論の深みに入り、中世キリスト教史観に逆行してしまう。特にイスラーム世界や中国をキリスト教を絶対とする世界観で捉へる件は鼻持ちならない。天才パスカルが到達した地点を思ふと不可解である。この辺りは当時フランスを席巻したジャンセニスムの知識がないと理解が難しいだらう。しかし、それを補つて余りある名言の数々。大き過ぎても小さ過ぎても正しく認識出来ないこと、想像力が誤謬の原理であること、幸福とは気を紛らすことに過ぎないこと、不合理なことが最も合理的になる人間社会のこと、人間は自分の惨めであることを知つてゐる点で偉大であること、等々。我々は数といふ概念が無限であることを知つてゐるが、無限が奇数なのか偶数なのかも解らないことを引き合ひにして人間の限界を示し、無限の先に神を見るところは物理学者パスカルの面目躍如。[☆]

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ラ=フォンテーヌ(Jean de la Fontaine、1621〜1695)

『寓話』 "FABLES CHOISIES MISES EN VERS"

 全12巻237篇からなる寓話集は、アイソポス(イソップ)寓話の翻案が大半を占めるが、最大の相違点は『詩で書かれた寓話撰』とあるやうに韻文で書かれてゐるといふことだ。このことにより人口に膾炙され易く、親しみ諳んじることの出来る古典となつた影響力は計り知れない。後のフランス文化が潜在的に持ち得た機微への因果関係も無視出来ない筈だ。第1集は全6巻124篇で成り立ち、簡潔で平易な教訓が多く無駄がない。単純であるからこそ偉大なのであり決して古びないのだ。冒頭に掲げられたイソップの生涯も機智に富んでゐる。古典の中の古典として絶賛を惜しまない。第2集は全5巻89篇で成り立つが、東洋の寓話や近代の事件も取り込み、イソップ寓話に典拠しない作品の割合が多くなる。ラ=ロシュフーコーの箴言に接近した人間の闇の部分を抉る寓話が目立ち、教訓に厭世的な諦観すら混じる。第3集は1巻24篇で成り立ち、悲観主義に彩られ教訓や寓意が謎めいた作品もある。叡智の宝庫。[☆☆☆☆]

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井原西鶴(平山藤五、寛永十九年〜元禄六年、1642〜93)


近松門左衛門(杉森信盛、承応二年〜享保九年、1653〜1724)


デフォー(Daniel Defoe、1660〜1731)

『ロビンソン・クルーソーの生涯と不思議で驚くべき冒険』 "THE LIFE AND STRANGE SURPRISING ADVENTURES OF ROBINSON CRUSOE"

 無人島で28年間も過ごした余りにも有名なロビンソン・クルーソーの物語の第1部。ルソーが、マルクスが、マックス・ヴェーバーが刮目した本書には人間の叡智が詰まつてゐる。過酷な状態で生き延びるサバイバル体験は確かに興味深く読める。根気よく難事を解決して行くロビンソンの行動には時代を超えた力が宿つてゐる。だが、本書の真価はデフォーが示す厳格なピューリタニズムと敬虔な理性に導かれた人生観にあるのだ。ロビンソンは父の忠告を無視し、己の冒険心を充たす為に航海に打つて出、難破し無人島に漂着する。そこで数々の苦難に遭ひ乍らも死なずに救はれて来たことに、ロビンソンはやがて神の意志を見出す。一方で、困難な時には神を忘却して仕舞ふことも正直に告白してをり、実践的で合理的なプロティスタンティズムに立脚した人間の典型像として描かれる。だが、信仰を抜きにしても、倫理感に律された行動が読者を唸らせる筈だ。終盤に登場する従者Fridayへの感化も然り。絶望的な状況でも人生に意味を与へ、理性の働きで希望へと転換し、孤独の中で粛々と生きるロビンソンの精神歴程こそが本書を偉大ならしめてゐる。折々に示されたデフォーの省察は近代を先取りしてをり、現代にも深く息づいてゐるのに驚きを禁じ得ない。一読に値する名著中の名著。[☆☆☆☆]

『ロビンソン・クルーソーのその後の冒険』 "THE FARTHER ADVENTURES OF ROBINSON CRUSOE"

 無人島から奇蹟的に生還した後の物語で第2部と云つて良いだらう。一般的には『ロビンソン・クルーソー』は第1部しか読まれないが、第2部も価値は劣らない。第2部は再び放浪癖が擡げ出し、自分の島への再渡航を試みた後、アジアを巡つて再び帰国するといふ壮大な物語だ。孤独の中で省察を糧とし、罪と罰の意識によつて己を律した第1部に対し、異なる主義や文化との折衝の中で相対主義の寛容を示してデフォーは人間の善意を問ふ。勿論、18世紀初頭の英國人が抱く偏見の限界―アジアで遭遇する迷信への嫌悪の件など―があるが、幅広いジャーナリズム精神に基づいた公正な視野には頭が下がる。フランス人カトリック司祭の異端審問を恐れぬ宗派を越えた発言の件や悪漢アトキンズの改心の件に表れる頑迷を捨て良心に忠実であることの尊さを説くところに本書の真骨頂がある。また、ロビンソンは人権の尊重を実践してをり、植民地政策に付きまとふ必要悪への反省が込められてゐる。無骨で淡々とした叙述には大言壮語を避けた禁欲的な理性の輝きを感じさせる。それだからこそ従者Friday絶命の場面には胸が潰れる思ひがするのだ。尚、デフォーは第3部と云ふべき『ロビンソン・クルーソー反省録』なる注釈書を残してゐる。[☆☆☆☆]

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スウィフト(Jonathan Swift、1667〜1745)


アベ=プレヴォー(Antoine François Prèvost、1697〜1763)

 一般的に冠されるアベとは神父を意味する。前半生は放埒と流浪による波瀾に充ちたものだつた。気が多く、学問や軍隊生活も長続きせず、オランダでは二人の女と結婚したとも伝へられる。突如として長い僧院生活に入つたが、原因は杳として知れない。その後、宗法を破つた為にイギリスに亡命。この頃よりプレヴォー=デグジル(追放といふ意味を含む)といふ筆名を用ゐるようになつた。オランダで7冊よりなる『貴人の手記』を出版、その7冊目が『マノン・レスコー』であつた。再び渡英し、派手な浮名を流した。1743年に漸くパリに帰ることが出来た。以後、旺盛な創作活動を展開し、生涯に及ぶ著述は200冊を下らないといふ。中でもイギリス文学の翻訳に功があつた。晩年は修道院長の位を得て、静かな余生を送つた。

『マノン・レスコー』 "HISTOIRE DU CHEVALIER DES GRIEUX ET DE MANON LESCAUT"

 前半は不道徳で無軌道だといふ印象が強いが、読了後に不可思議な浄化の焔を見るであらう。最果て迄マノンを追つたデ=グリューの姿には跪かずにはゐられないし、マノンの可憐さには全てを捧げたいと思ふに違ひない。満足し、安心しきつてしまつたら、それはもう恋愛ではない。恋の神秘を知る者といふ賛辞をマノンに送るのは慎みがないだらうか。若い友人たちは力を貸し、年輩は阻止するといふ構図からも知れるやうに、恋は守るものではないのだから。[☆☆☆]

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ヴォルテール(Voltaire、François Marie Arouet、1694〜1778)


ルソー(Jean-Jacques Rousseau、1712〜78)


ディドロ(Denis Diderot、1713〜84)


ボーマルシェ(Beaumarchais、Pierre-Augustin Caron、1732〜99)

『セビーリャの理髪師』 "LE BARBIER DE SÉVILLE"

 フィガロ3部作の第1作目。後見人といふ立場を悪用する医師バルトロに囲はれた美しきロジーヌに一目惚れしたアルマヴィーヴァ伯爵が、フィガロの知恵を借りて愛しき人を奪取する痛快喜劇。バルトロの疑り深さの上を行くには味方をも騙しつつ状況を攪乱させるしかないと、フィガロの生き生きした策謀が跋扈する。フィガロの反語を多用した無窮自在で当意即妙な台詞が骨子。[☆☆]

『狂ほしき一日もしくはフィガロの結婚』 "LA FOLLE JOURNÉE OU LE MARIAGE DE FIGARO"

 フィガロ3部作の第2作目。前作から3年後の設定で、ロジーヌと倦怠期を迎へたアルマヴィーヴァ伯爵が、フィガロの婚約者に懸想して、廃止した初夜権を振り翳すが、フィガロらの機智に阻まれる傑作喜劇。一難去つてまた一難の迷走した展開で、盛り込まれた要素は沢山あるが、最も重要な箇所は第5幕第3場のフィガロの長台詞に尽きる。「御自分では偉い人物だと思つていらっしゃる! 貴族、財産、勲章、位階、それやこれやで鼻高々と! だが、(中略)生まれるだけの手間をかけた、ただそれだけぢゃありませんか。おまけに人間としても根から平々凡々。」 何度となく死と紙一重の立場に置かれた大革命の時代、不遇であつてもボーマルシェの一命を救つたのは、この反権力的な檄文にあつたと云つても過言ではない。貴族の惰眠を痛罵し、フランス大革命の精神を牽引した問題作。[☆☆☆]

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レッシング(Gotthold Ephraim Lessing、1729〜81)


上田秋成(上田東作、享保十九年〜文化六年、1734〜1809)

『雨月物語』

 9つの幻想怪奇な物語よりなる奇書。説話の手法を土台とした怪異小説としての娯楽性を持ち合はせながら、全て和漢の文献を下敷きに創意を自在に展開してをり、教養ある読者をも唸らせる翻案小説としての奥深さがある。歴史や伝承に添つたリアリズムに準拠することで、作中の人物の深層心理を抉り出す奇想の飛翔に凄みを与へてゐる。欲望や怨念が現象を伴ひ具現する不合理が、人間心理の否定しきれない魔術的な因果律を帯び、読者を現実と虚構の境界線上で幻惑する。恩人との約束を守る為に亡霊となつて顕はれる「菊花の約」、待てども帰らぬ夫を死してまで待ち侘びる「浅茅が宿」、裏切つた夫を取り殺す迄怨念を募らせる「吉備津の釜」、蛇が変化した妖しき美女の淫欲に呪縛された「蛇性の婬」は取り分け印象的だ。幻想の力を借りて現世の不条理を映し出した永遠の傑作。[☆☆☆☆]

『春雨物語』

 10の猟奇的な物語からなる奇書。耽美的な怪談集『雨月物語』と比べると超現実的な幻想色が減退したが、国学の研究から得た独自の歴史観と人生観を深めてゐる。即身仏になれず世俗的な生活に戻つた僧が軽蔑される廃仏的な「二世の縁」、親の許しを得られない相思相愛の男女が壮絶な結末を向かへる「死首の咲顔」、望まぬ敵討ちの関係となつた男同士の義侠心を描いた「捨石丸」、周囲の悪意により遊女となり露と消える儚き佳人の物語「宮木が塚」、豪放磊落な男が父兄を殺して強盗となるが果ては改心するといふ当時の倫理観を超越した雄渾な大作「樊かい(口會)」 。艶こそ抜けたが、不条理な宿命への視点が多角的に描かれた奥深き傑作ばかりだ。[☆☆☆]

『膽大小心録』

 晩年の随筆。歯に衣着せない物言ひが滅法痛快だ。これ程迄に遠慮や酌量を欠いた批評や痛罵は尋常ではない。浮世に対する不平不満を漏らしたうだつが上がらない固陋な老人の放言とも読めるが、独立不羈の審美眼を貫いてゐる芯の強さが魅力だ。簡潔を旨とする文章の潔さも天晴。[☆☆]

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シラー(Johann Christoph Friedrich von Schiller、1759〜1805)


ゲーテ(Johann Wolfgang von Goethe、1749〜1832)


ヘルダーリン(Johann Christian Friedrich Hölderlin、1770〜1843)

『ヒュペリオン』 "HYPERION"

 孤高の詩人の格調高くも思索的な形而上学的小説。独立戦争前夜のギリシアを舞台に僅かに友情と愛の物語が展開されるだけで殆どが古典古代を崇拝する理想主義者ヒュペリオンの独白で費やされる。理性が幸福への道標とはならないとし、啓蒙思想やドイツ観念論への密かな反抗が織り込まれる。ヘルダーリンの止揚は諦観を帯び悲劇的だが、己の中に全世界を見ることの出来た特異な詩人の内面探求はウパニシャッド哲学に通じる神秘の淵へ到達する。この書にニーチェは傾倒したといふ。「血は心臓の中で別れては帰つて来る。その総てが燃え上がる合一した永遠の生命なのだ。」といふ結句は永劫回帰の霊感になつたと云へないだらうか。[☆☆☆]

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ノヴァーリス(Novalis、Georg Philipp Friedrich von Hardenberg、1772〜1801)


ホフマン(Ernst Theodor Amadeus Hoffmann、Ernst Theodor Wilhelm Hoffmann、1776〜1822)


オースティン(Jane Austen、1775〜1817)

『分別と多感』 "SENSE AND SENSIBILITY"

 この出世作は最初、書簡体形式による『エリナーとマリアン』といふ題名で起草されたオースティンの最も古い作品のひとつだつた。分別を持つた姉エリナーと多感な妹マリアンの結婚を廻る対比的な構造に妙がある。理性の世紀であつた18世紀が終焉しロマン主義が勃興した19世紀初頭の趣向が反映されてをり、美貌で情熱的な恋を夢見るマリアンに共感が集まつたが、オースティンの立場は勿論エリナーにあつた。残念ながら他の作品に比べて登場人物らの癖が弱く、結末は何とも無難で拍子抜けだ。対比を捨て、エリナーが忍耐強いブランドン大佐と惹かれ合ひ作中唯ひとり仕合はせになる物語の方が素敵であつたと思ふのだが。[☆☆]

『高慢と偏見』 "PRIDE AND PREJUDICE"

 最高傑作は矢張りこの高名な作品だらう。聡明で機智溢れる主人公エリザベスは作品中唯ひとり―ガーディナー夫人は例外として―独立心と尊厳を持つ女性として描かれる。先進的な1800年前後の英國においてもエリザベスのやうな知情豊かな女性は稀有で、理想化されたヒロインのロマンスに惹き付けられない読者は少ないだらう。女性の心理の襞まで描いたオースティンの畢生の名作だ。第一印象では高慢に思へた貴公子ダーシー氏への見方が物語の進行と共に変化するのは実に心憎い仕掛けで天晴だ。最初『第一印象』といふ題名で一旦は完成され、改作の際に『高慢と偏見』と定まつた。『第一印象』も捨て難いが『高慢と偏見』といふ題名により普遍的な世界文学の主題を炙り出すことに相成つた。脇を固めるベネット夫人、コリンズ氏、キャサリン夫人などの俗物が生彩に富んでゐる。殊に皮肉を真情とするベネット氏が良い味を出してゐる。深刻な絶望とは無縁の、宝石のやうに眩く輝く幸福な喜劇。抗し難い魅力を具へてゐる。[☆☆☆☆]

『エマ』 "EMMA"

 オースティン円熟期の傑作にして代表作。オースティンは主人公のエマを「作者の私以外は誰も好きになれない」人物として構想した。皮肉と諧謔を主人公へも容赦なく向けるのだ。エマは極めて独善的な人間として描かれるが、自分の生きて来た狭い周囲の延長が世界そのものだと考へてゐるからだ。エマは自分の感情を制御することに長け、分析的な性分を具へた冷めた女性であるが、それが自惚れと勘違ひを増幅させた。だが、エマは本質的に良識を強く意識した気高い淑女で魅惑的だと感じた。作品全体はエマが大人へと成長する契機を描いてゐるが、移ろひ行く心理描写と人間模様が醍醐味だ。人物相関図の展開に読者を惹き付ける秘技があり、結果は予定調和なのだが、叙述の手法に妙がある。癖のある登場人物らが良く、多彩さではオースティンの作品中最高だらう。特にウッドハウス氏は秀逸。[☆☆☆]

『説得』 "PERSUASION"

 オースティンの遺作となつた名作。アンは全作品の中で最も謙虚な主人公だ。主張をしないので派手さがなく、耐え忍ぶ性格が特徴だ。しかし、魅力がない訳ではなく、オースティンの他の作品同様、極めて理知的で思慮深い主人公として描かれる。恐らく作者に最も近い性質を持つてゐると思はれる。前半は徹底的にアンを除け者に描くが、軽卒な周囲との違ひを丁寧に描いて隠れた魅力を発見して行く後半の転換が巧い。家柄、格式に拘泥はる父らの滑稽さが意地悪く描かれてゐるのが秀逸だ。偽善的な態度で巧妙に近寄るエリオット氏がより暗躍すると作品に起伏が出たであらうがやや生温い。勘違ひの恋愛感情や臆病による諦観が幾重にも繊細に張り巡らされてをり、心理描写の深みでは一番だ。[☆☆☆]

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スコット(Walter Scott、1771〜1832)

『湖上の美人』 "THE LADY OF THE LAKE"

 時正に国王の下に中央集権化が進んだ近世初期。作品の背景を成すスコットランド国王とハイランド諸侯の反目は歴史の趨勢を理解してゐるとより深く味はへるが、ゴシック風の騎士道精神を縦横に飛翔させた筋運びだけで読者は魔法に掛けられた如く魅了されるだらう。カトリン湖宛らの清廉たる美女エレンの徳性、流浪の騎士に窶したジェイムズの胆力と気位も魅惑的だが、黒鬼と称されるロデリックの剛毅な義侠心には胸打たれる。殊にジェイムズとの数奇な一夜を過ごす件は男気に溢れ感銘深い。高名なアヴェ・マリアをはじめ作品を彩る詩歌の格調高さも特筆したい。19世紀ロマン主義に絶大な影響を与へた不滅の傑作。[☆☆☆]

『アイヴァンホー』 "IVANHOE"

 影響を受けぬ者がなかつた歴史小説の最高傑作で、ロマン主義の大潮流を作つた。舞台は獅子心王リチャード1世時代のイングランド。時代背景が丁寧に深く描かれてゐることを特筆したい。ノルマンの征服以来、支配下にあるサクソン人の怨念。アンジュー帝国成立後のフランス人とフランス文化の流入と優位。第3回十字軍を巡る各国の陰謀。リチャードと弟ジョンの確執。一大勢力を築いたテンプル騎士団の存在。迫害されるユダヤ人の金融力。中世騎士道の行動規範。全てが綿密に絡み合ひ見事に統一されてゐる。読者は3度熱くなるだらう。馬上試合での勘当の騎士の活躍と黒騎士の助太刀の場面、悪代官フロン・ド・ブーフの居城を一致団結して攻略し落城させる場面、満身創痍のアイヴァンホーがレベッカを救出すべく宿敵ブリアン・ド・ボア・ギルベールと一騎打ちに臨む場面だ。更には、巡礼、勘当の騎士、黒騎士、弓の名手ロクスリー、コプマンハーストの僧らの正体が巧みに語られる叙述の妙。森林法にまで踏み入り、義賊ロビン・フッドの伝説を自由に飛翔させ読者を掴んで放さない筆の冴え。[☆☆☆]

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バイロン(George Gordon Byron、1788〜1824)

『海賊』 "THE CORSAIR"

 時代の寵児となつたバイロンが世に放つた悪の華。トルコ情趣と情熱的な詩句で魅せる疾風怒濤の物語詩。バイロンは、海賊の首領コンラッドを近寄り難い孤高の士として描き、人を射竦め征服する悪魔的な性格を与へた。それは詩人自身の理想を具現した姿である。その抗し難い魔法に掛かるのは2人の美女だけではない。名誉と高潔な愛を貫く男気に読者も惚れるに違ひない。[☆☆]

『マンフレッド』 "MANFRED"

 自我を意識した近代的苦悩を扱つた作品の先駆と云へる。「智慧の樹は生命の樹ではないといふあの命とりの真理」を悟つたマンフレッドは、ファウスト宜しく邪悪な力との交流を始める。マンフレッドの願ひは「自己忘却」であり、たとへそれが死であつても厭はないが、暗黒の力はそれを与へず、「まどろむことも死ぬことも許されない」責苦に苛まれる。自己欺瞞による和解を拒否し、英雄的な葛藤の中で亡ぶ姿には戦慄を感じる。近親相姦といふ背徳的な私生活の影響が強く見られる反キリスト的な作品ながら、汲めども尽きない魔力がある。[☆☆☆]

『カイン』 "CAIN"

 『マンフレッド』の智慧の樹の主題は疑ひなく『創世記』が源泉であるが、『カイン』では主題そのものへと踏み込んだ。蛇の誘惑で智慧の果実を口にしたアダムとエヴァは生命の樹を永遠に失ふが、死のことは一切わからない。智慧が死を知らぬ訳がないと喝破する息子カインだけが智慧の種を蒔かれた人間であり、ひとり近代的懐疑主義の衣を纏つて神の摂理に反抗し、全てを見せると誘惑するルシフェルに存在の神秘を知るべく従ふ。老ゲーテの『ファウスト』第2部に暗示を与へたであらう悪魔主義崇拝の件を含む形而上学的な神秘劇が展開される。死と矮小な生命を目の当たりにし帰還したカインは、自ら死そのものを現出させる。緊迫したアベル撲殺、エヴァの呪詛、妻アダの健気さの描写は力強い。直截的な禁忌への跳躍を断行し、善悪と生死といふ永遠の謎に挑んだ異端の書。[☆☆☆]

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クルイロフ(Иван Андреевич Крылов、1769〜1844)

『寓話』 "БАСНИ"

 ロシア文学黎明期に偉大な足跡を残したクルイロフの代表的な偉業。ラ=フォンテーヌと同様に、詩文による口承文藝としての役割は殊にロシアにとつて計り知れない。クルイロフが生み出した箴言はロシアの俚諺となり、文化の礎となつた。否、民衆に対してだけではない、かのプーシキンもクルイロフの開墾がなければかくも萌芽しえなかつたとさえ云へる。全9巻と補遺の計203の寓話には確かにイソップやラ=フォンテーヌからの焼き直しがあるが、大半がクルイロフによる創作である。古代の寓話では普遍的な処世訓や教訓などが語られるが、クルイロフは寓話を諷刺や揶揄として活用した。ヨーロッパの憲兵と呼ばれ保守反動体制の旗手となつたロシアの検閲下における智慧比べの所産なのだ。クルイロフの寓話で看過してはならない特徴は、剛胆にも前後に寓意を開陳してゐることだ。反骨と啓蒙が込められた近代的寓話の痛快さは新鮮さを失はない。[☆☆☆]

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プーシキン(Александр Сергеевич Пушкин、1799〜1837)


レールモントフ(Михаич Юрьевич Лермонтов、1814〜41)

『現代の英雄』 "ГЕРОЙ НАШЕГО ВРЕМЕНИ"

 ロシア心理小説の先駆的な傑作。主人公ペチョーリンは反逆の詩人レールモントフの分身であり、この作品を理解することは作者を理解することに他ならない。デカブリストの乱後に敷かれた反動体制下で、自由な精神が見出した道は懐疑主義といふ静かなる反抗である。公爵令嬢メリーに対しての内面告白は分裂を強いられた絶望的な時代精神の縮図である。ペチョーリンは既成の観念に服従しない代わりに、それらの価値を肯定もしなければ否定もしない。あるのは批判精神と自己分析から卑俗な社会通念や自己欺瞞を排除する強い意志である。ペチョーリンは語る。「われわれは、いかにしばしば感情の欺瞞や分別の錯誤を確信と思ひ込んでゐることだらう!」と。ペチョーリンに触れるものは価値観の動揺に迫られ、精神の安静を失はざるを得ない。ロシアのバイロンが放つたもうひとりのマンフレッド。[☆☆☆]

『ムツイリ』 "МЦЫРИ"

 代表的な叙事詩。主人公はカフカスの部族に生まれた。幼い頃ロシア軍により連れ去られたが、強い反抗精神の為に修道院へと送られ育てられた。ムツイリとは勤行に与らない修行僧のことである。青年の内に渦巻く生と自由への渇望から逃亡を企て、初めて人生を謳歌した3日間の後、死の床に就く。美しい讃歌と気高い反抗の歌は詩人の真骨頂である。抑圧された若い魂による抵抗の精神といふ主題にまで敷衍することは可能だが、設定が特殊な為、現代の読者に共感を呼び覚ますには至らないだらう。[☆]

『悪魔』 "ДЕМОН"

 レールモントフが短い生涯を通じて繰り返し稿を重ねてきた畢生の作品。極めてバイロン的な悪魔主義の傾向を認めることは出来るが、この作品の魅力はそれだけでは尽きない。冒頭に歌はれる悪に倦み疲れた悪魔の虚無感は、現実社会に絶えず失望する詩人の内面から生まれた亡霊と云へよう。悪魔は己の救済に乙女の愛を切望するが、「お前の愛といふ神聖な衣を纏ひ、新しい輝きに包まれた新しい天使として、おれは天國に現れたい。」といふ願ひは誠に痛ましい。美しきタマーラにじわりと誘惑の毒を注ぎ、死の口づけで処女の魂を得たと思ひきや、天使に奪はれ悪魔は再び孤独な絶望の境涯に落とされる。時代から超越し孤立してゐた詩人の病的な愛憎が結晶した哀しくも美しい叙事詩の傑作。[☆☆☆]

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グリルパルツァー(Franz Grillparzer、1791〜1872)

『サッフォー』 "SAPPHO"

 ギリシア古典古代の女流詩人サッフォーの悲恋を、現実世界と葛藤する詩人といふ藝術的な主題にまで高めた傑作。悲劇はサッフォーが恋人に理想を付与しようとしたところに始まる。崇高な世界を求める魂が現実世界で苦しむのは妥協への歩みである。藝術は人智を超えた神々の世界へ至る道に他ならぬといふ藝術至上主義は、勝者の悟りか敗者の妬みか。刹那的快楽を追ひ、移気で恩知らずといふ二重の俗物性を体現する向ふ見ずなファオンと、彼に無慈悲な諫言を与へるラムネスの台詞は、藝術の存在意義を問ふ暗い深淵だ。[☆☆☆]

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ビューヒナー(Georg Büchner、1813〜37)

『ダントンの死』 "DANTONS TOD"

 一気呵成に書かれたといふ代表作。大革命の立役者ダントンに享楽主義者の衣を着せ、禁欲家ロベスピエールとの対立を劇的に描く。現実主義者ダントンへの共感に偏りながらもビューヒナーは政治思想劇を意図した訳ではなく、崇高な理念に導かれたはずの革命が迷走し、翻弄される人間たちの運命劇を創造したと読むのがよい。目紛しく場面が転換し、冷笑的な台詞が矢継ぎ早に繰り出され、右派ダントンの処刑まで息つく間もなく展開する。従来の作劇術を悉く無視した破天荒な作品ながらも時代を先駆けた感性が閃く傑作。[☆☆☆]

『ヴォイツェク』 "WOYZECK"

 再構築して読まねばならない未完の戯曲だが、筋の断絶箇所に秘められた暗示の力が却つて作品の恐るべき深淵を生み出す。強迫観念や精神錯乱の兆候を示唆されるヴォイツェクの心理が次第に凄惨な殺人へと赴く件は読んでゐて背筋が凍る。不安とリビドーが影を落とした台詞の数々はブレヒトを筆頭に後世に絶大な影響を残した。無限の可能性を宿した問題作。[☆☆]

『レンツ』 "LENZ"

 『家庭教師』『軍人たち』などで知られる疾風怒濤期の作家レンツは、恋した女の死により精神を病むやうになつた。狂気の世界を彷徨ふ瀬戸際の心理が解剖学的に描かれてをり、表現主義を先取りした作風はビューヒナーの骨頂である。救済のない魂の叫びは現代にも強い訴へを投げ掛ける。[☆☆]

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スタンダール(Stendhal、Marie Henri Beyle、1783〜1842)


メリメ(Prosper Mérimée、1803〜70)


バルザック(Honoré de Balzac、1799〜1850)


ネルヴァル(Gérard de Nerval、1808〜55)

『火の娘たち』 "LES FILLES DU FEU"

 中篇「アンジェリック」「シルヴィ」、エセー「ヴァロワの民謡と伝説」、短篇「ジェミー」「オクタヴィ」、論考「イシス」、戯曲「コリッラ」、短篇「エミリー」からなる作品集で、題名のほぼ全てに女性の名を冠してゐる。このうち「ジェミー」と「エミリー」は翻案で真作とは云ひ難い―しかし、皮肉なことに起伏ある物語の面白みは抜きん出てをり、作品集に生彩を与へてゐる。また、大半は発表済みの再掲作品であるのだが、女の計り難い心理を軽快な筆致で描いた「コリッラ」などは大層魅力的だ。だが矢張り、作品集の要を成す2作品―自らの運命に従ふ屈強な女の物語を古書探索の主筋に絡めた「アンジェリック」と、3人の女の残像を追ひ求める「シルヴィ」―がネルヴァル独自の深みを備へてをり素晴らしい。特に過去と現在の思慕が境界を失つて渾然とした「シルヴィ」は、夢と現実、詩と幻滅の間を彷徨ひ続けた幻想の作家の切々たる魂の浄化である。妖しき美しさを抒情的に滴らせた珠玉「シルヴィ」はシュルレアリスムの先駆としても重要である。[☆☆☆]

『幻想詩篇』 "LES CHIMÈRES"

 ネルヴァル最後の詩集。異教の匂ひのする魔術的なソネット集で、独自の世界観が広がつてゐる。神話的な詩趣と内面の超現実的な観想が融合した形而上詩集は、解釈に無限性を与へ、原題のキマイラの如く時代を超越して鑑賞者を幻惑する。[☆☆]

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ミュッセ(Alfred Louis Charles de Musset、1810〜57)

『ロレンザッチョ』 "LORENZACCIO"

 上演を目的としない読まれるための戯曲「レーゼドラマ」を提唱したミュッセの代表的散文劇。5幕で39場は異常だ。カール5世の傀儡政権としてフィレンツェ市民より憎まれてゐた「イル・モーロ」こと暴君アレッサンドロ・メディチ暗殺事件に題材を得た陰謀劇。敵対する共和派のストロッツィ一族は娘の死で報復に乗り出す。チーボ枢機卿は義妹がアレッサンドロの愛人になつたことを利用しやうとする。だが、身内のロレンツォ・メディチこそが軟弱を装ひ、男色に興じてまでアレッサンドロの放蕩を助力し、忠実な相棒と成り下がつて油断をさせ暗殺実行を出し抜いた。だが、自身をブルートゥスに例へても暗殺が正当化されることはなく、悲劇的な末路を辿る。秘めた思惑が交錯して目紛しく同時進行する劇には隠喩が鏤められてをり、頽廃的な愛欲と権利欲が腐敗臭を放つ。時代を先行した怪物的で革命的な作品。[☆☆☆]

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ユゴー(Victor-Marie Hugo、1802〜85)


ゴーティエ(Pierre Jules Théophile Gautier、1811〜72)


ジョルジュ・サンド(George Sand、Amandine Aurore Lucile Dupin、1804〜76)

『愛の妖精』 "LA PETITE FADETTE"

 読む者を幸福感で抱き込んで仕舞ふ小説である。色眼鏡で他人を見て仕舞ふのは人間の悲しき性である。判断の基準を安易に求めるからで、容姿や身なり、地位や財産、何よりも噂に目が眩む。その為に苦しむのは、不遇な人々であり、彼らを落とし込む社会の悪循環を図らずも作り出して仕舞ふのだ。これらの過ちを、愛しきファデットが気付かせてくれる。些か御目出度い性善説に貫かれた作品だが、序文にあるサンドの真意を看過してはならない。この世の中に嫌気が差したら、静かにこの作品をひも解きたい。[☆☆☆]

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アナスン(Hans Christian Andersen、1805〜75)

『絵のない絵本』 "BILLEDBOG UDEN BILLEDER"

 貧しい絵描きに語りかける月の光。月が物語る世界の様々な情景は散文で書かれた象徴詩である。哀惜と憧憬と異国情緒に彩られた着想は多くの画家にとり霊感の源になるであらう。絵画藝術のやうに刹那的な詩を基調とするので深い抉りはないが、月明かりが照らす夜の抒情的な美しさは格別だ。[☆☆]

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ポー(Edgar Allan Poe、1809〜49)


エミリー・ブロンテ(Emily Jane Brontë、1818〜48)

 教区牧師の四女としてヨークシャーに生まれた。ブロンテ三姉妹では真ん中である。内向的な性格で、少女時代から読書と夢想に耽る一方、牧師館周辺の荒野を愛した。20歳の頃に短期間だけ教師をするが、精神の均衡を失ひ帰郷。以後は大半を家事に専念する閉鎖的な生活を送つた。姉シャーロットの『ジェイン・エア』の成功によつて、唯一の小説『嵐が丘』が陽の目を見た。しかし、当時は不道徳で粗野であるとされ、作品が理解されることはなかつた。翌年、兄弟を次々と亡くした折に結核にかかり、30歳で夭折した。妹アンもその半年後に29歳で亡くなつてゐる。

『嵐が丘』 "WUTHERING HEIGHTS"

 全てが謎に包まれたヒースクリフといふ恐るべき人物を生み出しただけでも、この作品は世界文学史上に名を残すだらう。不可思議なキャサリンとの愛憎劇、2つの家を滅ぼすまで執拗に企てられた復讐劇、果ては亡霊と交信する心霊小説といふ様々な側面を持つ。曖昧な語りの形式も加はつて混沌とした作品なのだが、全てがヒースクリフといふ個性に統合され、破天荒で荒涼とした作風を象つてゐる。[☆☆]

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シュトルム(Theodor Storm、1817〜88)

『みずうみ』 "IMMENSEE"

 シュトルム畢生の名作と云ふに止まらず、ドイツ文学の精華とも云へる作品である。想ひ出を永遠にする詩人は、生き身の女の恋情を捉へることが出来ない。憧憬と夢想、そして喪失感が漂ふ詩情はシューベルトやシューマンの音楽に通ずる抒情的な美しさに充ちてゐる。エリーザベトが船べりから湖に手をすべらす情景は、ロマンティッシュこの上ない。[☆☆]

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マイアー(Conrad Ferdinand Meyer、1825〜98)

『聖者』 "DER HEILIGE"

 中世イギリス、プランタジネット朝開祖でありフランスの大部分をも領有したアンジュー帝国を打ち立てたヘンリー2世と、その大法官(国璽尚書)として蜜月を築いたトマス・ベケットとの愛憎の物語を描く壮麗な歴史小説。カンタベリー大司教に叙階されたベケットは国王と対立した末、暗殺され、殉教者に列聖された。マイアーは聖者ベケットの出自に異教徒の血を混ぜるなど、独創的な性格付けを加味し、浪漫的な広がりで読者を魅せる。語り部を国王の寵愛を受け、聖者とも浅からぬ因縁で結ばれた弩師ハンスに担はせ、国王と聖者の間に生じた葛藤と苦悩を側近の目から掘り下げて行く。創作で華麗な人間模様を描く一方、ノルマン人とサクソン人の主従関係といつた背景も重厚に描かれてをり、第一級の歴史小説と絶讃したい。[☆☆☆]

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ゴーゴリ(Николай Васильевич Гоголь、1809〜52)


ネクラーソフ(Николай Алексеевич Некрасов、1821〜78)

『デカブリストの妻』 "ДЕКАБРИСТКИ"

 史実に準拠した2つの長編叙事詩「公爵夫人トゥルベツカーヤ」「公爵夫人ヴォルコーンスカヤ」から成る畢生の傑作。改革派の立場を一貫した詩人はデカブリストたちへの共感を英雄的に昇華させた。徒刑に処せられたデカブリストたちではなく、その妻たちを主人公にし、圧政にも拉がれることのない自己犠牲の愛を格調高く謳ふ。財産を投げ打ち流刑地まで夫を追ふ道中で、中央の指示を受けた知事により足止めを食らふが、強い意志で知事を根負けさせる「トゥルベツカーヤ」。夫の逮捕で人生が急転するも、周囲の反対を押し切つて過酷なシベリア行きを敢行し、遂には強制労働に従事してゐた夫との再会を果たす「ヴォルコーンスカヤ」。プーシキンが登場する件は興味深い。理屈を超えた熱病のやうな詩句は、読者の魂を心から揺さぶるだらう。[☆☆☆]

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ゴンチャロフ(Иван Aлeксандрович Гончаров、1812〜91)

『平凡物語』 "ОБЫКНОВЕННАЯ ИСТОРИЯ"

 ゴンチャロフの処女作。田舎出の夢と希望に溢れた青年アレクサンドルがペテルブルクで挫折を味はひ尽くし萎んで行くといふ極めて悪意に充ちた反教養小説である。世俗的な出世や金銭には重きを置かず、詩人としての成功を夢見る主人公のロマンティシズム或いは詩的な感受性を次々を打ち砕く『平凡物語』は理想主義者にとつての鉄槌とならう。『平凡物語』の魅力の殆どは後見人役となつた叔父ピョートル・イワーヌィチにある。実利的な俗物である叔父との遣り取りは抱腹絶倒で、容赦なく主人公の綺麗事を茶化す。作品全体を一貫する失笑感が深刻さを和らげてゐる。しかし、ゴンチャロフは叔父の近代市民的な合理主義にも軍配を上げてゐない。終盤、厭世主義に陥つて行く主人公に対しては適切な助言が出来ず、更にエピローグにおいては滑稽にも立場を逆転させて、叔父を敗者にしてゐる。叔父の衣鉢を継ぐことになつた主人公の変貌に読者は騙されぬようにしたい。重要なのは主人公の分身としての役割を担ふ叔母リザヴェーダで、中庸を得た叔母は良心を代弁し、為に理想と現実の軋轢に疲れて道を見失ふ。ゴンチャロフは希望なき人生の危険を示唆する。遠大な伏線もなく、紋切り型の叙述や対話の羅列で一見稚拙に思へるが、人生の問題、生活の問題を戯画として描いた点に良さがある。[☆☆☆☆]

『オブローモフ』 "ОБЛОМОВ"

 小説の始め三分の一迄、主人公オブローモフは寝床から一歩も動かない! 19世紀になつても農奴制が残存したロシアにおいて地主階級が貪る怠惰な性情の一典型を描いたゴンチャロフの代表作。オブローモフの夢の中で具現されるやうに、生まれながら生活の懊悩から切り離された特権を享受する桃源郷のやうなオブローモフ主義は、近代合理主義時代の到来で終焉を迎へ、勤勉で能力のある人間が好機を掴む世界に取つて替はられた。オブローモフと旧態依然とした愛すべき従僕ザハールは、現代人の我々から見れば生活能力のない屑であり、唯一の救ひはお人好しといふ点しかないが、この作品を19世紀ロシアの一面を描いた作品と読むだけでは詰まらない。『オブローモフ』は人間の生き方といふ重大な問題を抉る。読者の多くは、詐欺に騙されたり恋愛を実らせられないオブローモフに苛つくことだらうが、作中で語られる「生活の詩人」といふ言葉を看過してはならない。日本人は現在に至るまであくせく働いてきた。何の為だらう。楽して暮らす為だらうか。ならばオブローモフを目指すといふことだ。惰眠を忌避してきた人間の何といふ矛盾だらう。では働かずにゐられないからか。果たしてそれは真情だらうか。現在日本は引きこもりと呼ばれる問題を抱へてゐる。親の勤労で既にロシア地主のやうな裕福な生活を得てゐる成年らはオブローモフ同様に生き方を正当化出来ずにゐる。一方でシュトルツやオリガの生活も完全と云へるだらうか。美しい人生とは如何なるものかを深く思索させられる傑作。[☆☆☆☆]

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トゥルゲーネフ(Иван Сергеевич Тургенев、1818〜83)

『あひゞき』 "Свидание"

 『猟人日記』の中の一章。森の中で目撃した男女の逢引を描写した他愛無い掌篇だが、二葉亭四迷の翻訳が本邦の文学界に絶大な影響を与へたとはトゥルゲーネフは知る由もないだらう。[☆]

『三つの邂逅』 "ТРИ ВСТРЕЧИ"

 かつてイタリアのソレントで女の歌声と共に奇怪な体験した男が、ロシアで同じ歌声を聴いた。真相を探らうとしたら従僕が縊れて死んだ。後にペテルブルクの仮面舞踏会で女に再開するが、謎は解けぬ侭終はる。ホフマン風の綺譚だが熟れてゐない。[☆]

『夢』 "СОН"

 毎晩のやうに夢に出て来る父は、幼き頃死別した父とは別人である。ある日、夢で見た父に出会ふと母にも異変が起こる。錯乱した母が物語るのは出生にまつわる秘密であつた。堪らず実の父を再度探すが、猟奇的な体験をして生存すら確認出来なかつた。幻想文学と云へるがゴーゴリ作品には及ばない。[☆☆]

『アーシャ』 "АСЯ"

 ドイツに逗留していた主人公がロシア人ガギンと知り合ひ交友を結んだ。ガギンには年の離れた妹アーシャがゐた。複雑な出生に悩むアーシャは情緒不安定で奇行も目立つ。謎めいた交際の末、お互いの気持ちがすれ違つた侭アーシャとは二度と会ふことが出来なかつた。素直になれなかつた故に実ることがなかつた純愛の美しさが際立つ名作。[☆☆☆]

『初恋』 "ПЕРВАЯ ЛЮБОВЬ"

 自伝的な作品と云はれ、生涯独身を貫いた理由を垣間見ることが出来る。16歳の主人公が隣に引つ越してきた5歳年上のジナイーダへ片想ひをする。ジナイーダはコケットで主人公や取り巻きを翻弄する。やがて、ジナイーダが何者かに恋をしてゐることを察知するが、相手は伊達男の父であつたといふ衝撃の結末だ。期待や嫉妬などの瑞々しい表現が美しく、トゥルゲーネフの抒情が最も結実した代表作だ。[☆☆☆]

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ドストエフスキー(Фёдор Михайлович Достоевский、1821〜81)


トルストイ(Лев Николаевич Толстой、1828〜1910)


フローベール(Gustave Flauber、1821〜80)


デュマ=フィス(Alexandre Dumas-fils、1824〜95)

『椿姫』 "LA DAME AUX CAMÉLIAS"

 小デュマは親父のやうな娯楽小説を書かなかつた。舞台にもオペラにも映画にもなつたこの余りにも有名な悲恋物語と雖も強い問題提起を行ふ社会小説なのである。己の美貌と肉体でしか生活出来ない高級娼婦を廻る諸相を描き、19世紀パリの虚栄と偽善といふ暗部を抉り出す。しかし、この作品の普遍的な価値は純粋な愛の言葉にある。死の今際にマルグリットが書き綴つた日記に、胸が締め付けられ涙を誘はれぬ者などゐるのだらうか。アルマンとマルグリットの愛の形に永遠を見出し、それを引き裂いた良識に憤りを覚える読者に幸ひあれ。[☆☆☆]

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ゾラ(Émile Edouard Charles Antoine Zola、1840〜1902)


アラルコン(Don Pedro Antonio de Alarcón y Ariza、1833〜1891)

『三角帽子』 "EL SOMBRERO DE TRES PICOS"

 『スペイン短篇の王者』と讃へられたアラルコンの代表的傑作。ルーカスの美人妻に懸想してきた市長の悪巧みを撃退する痛快な物語だ。成り代はりの絶妙な駆け引きが展開される中盤以降は抱腹絶倒だ。素朴な叙述の間に奥深い心理描写も織り込まれてをり、近代小説の手法による語り口の巧さには兜を脱ぐ。「お前を信じなくなつたら、途端に死んぢまふか、それとも全然別の男になつちまふかだ。」は『オセロー』に対する強烈なパロディーである。ファリャのバレエと併せ楽しみたい。[☆☆]

『本朝雑話』 "HISTORIETAS NACIONALES" より 『割符帳』 "EL LIBRO TALONARIO"

 第二短篇集『本朝雑話』に収められた珠玉の名作。作物に異常な迄の愛情を注ぐ男の綺譚。収穫直前に盗まれた作物を執念深く追つて市場で探し当て、その証拠にと持つて来た切り口を次々と符合させるといふ藝当をやつてのける物語。[☆]

『事実らしからぬ物語』 "NARRCIONES INVEROSÍMILES" より 『モーロ人とキリスト教徒』 "LOS MOROS Y CRISTIANOS"

 第三短篇集『事実らしからぬ物語』に収録された傑作。廃墟からアラビア語らしき文字で書かれた羊皮紙が見つかつた。発見した男はこれを宝の在処を記した書付と見込んだ―かつてイベリア半島はコルドバを中心としてアラブに支配されてゐた訳で、このやうな冒険譚がしばしば成立したことだらう。数奇な運命を辿る羊皮紙は秘宝に幻惑された者どもに呪ひを振り掛けて行く。スペイン短篇小説最大の名手アラルコンの神髄。[☆☆]

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スティーヴンソン(Robert Louis Stevenson、1850〜94)


モーパッサン(Henri Rene Albert Guy de Maupassant、1850〜93)

『脂肪の塊』 "BOULE DE SUIF"

 出世作となつた短編、間然する所がない名作である。心優しい娼婦の哀れな境遇に同情し、彼女を犠牲にして何の罪悪感にもとらはれない利己的な人々への憎悪を感じる。否、これは自己欺瞞といふべきであらう。人間とはエゴイズムの塊なのだといふ真実を突付けられたことへの腹立ちなのだから。[☆☆☆]

『モントリオル』 "MONT-ORIOL"

 温泉地事業に関はる人間模様が軽妙洒脱に描かれた傑作長編で、モーパッサンの異色作と云へる。騙し騙される男女の思惑が複雑に絡み合ふが、不思議と暗さがない。金銭に目が眩む男どもと恋の芽生える神秘に弄ばれる女どもは何処かしら滑稽ですらある。恋の機微と打算が手厳しく描かれ、忘我的な男女の結びつきも唯一寸近寄つたに過ぎないとする孤独感に人生の深淵を覗かせるが、逞しく再生する女主人公クリスチァーヌの姿に救ひがある。[☆☆]

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ランボー(Jean Nicolas Arthur Rimbaud、1854〜1891)

 フランス北東部シャルルヴィル生まれ。家出を繰り返す不良少年で、パリ・コミューンの動乱時には首都を徘徊。詩人ヴェルレーヌと出会ひ、関係を深めた。間もなく、妻子を捨てたヴェルレーヌと放浪の旅に出た。相方は泥酔すると人格を失ふ質で、発砲事件を起こし、ランボーは左手首に傷を負つた。この直後『地獄の季節』書き上げたが、この時弱冠19歳であつた。『イリュミナシオン』を監獄を出所したヴェルレーヌに託した後、筆をとることは絶えて無く、後半生を交易商人として過ごした。早熟の天才詩人として脚光を浴びる頃は、既に死の床にあつた。

『地獄の季節』 "UNE SAISON EN ENFER"

 散文詩の臨界点のやうな作品である。余りにも詩趣の転換が速く、言葉は象徴として複合的な意味を張り巡らせる為、難解極まりない。詩人と同様、読み手もまた霊感をもつて当たるべきだ。これは無限の受容性と独我的な狭小さを併せ持つた頽廃的藝術だ。[☆☆]

『イリュミナシオン』 "ILLUMINATIONS"

 主体はサーカスの如く落下する悦びに挑戦し、太古の預言は身体から浮遊して、一昨日の記憶がもたらす汚泥と飲み明かす。幾何学で設計された廃墟は半音階のドリア旋法と一夜の結婚を繰り返す。寸評も象徴詩風に創つてみた。読もうとすると乗り遅れる。浸ると見失ふ。[☆]

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マーク=トウェイン(Mark Twain、Samuel Langhorne Clemens、1835〜1910)


イプセン(Henrik Ibsen、1828〜1906)


ストリンドベリ(Johan August Strindberg、1849〜1912)


ガルシン(Всеволод Михайлович Гаршин、1855〜88)


チェーホフ(Антон Павлович Чехов、1860〜1904)


ローデンバック(Georges Rodenbach、1855〜98)

『死都ブリュージュ』 "BRUGES-LA-MORTE"

 ベルギー象徴派の代名詞ともなつたローデンバック畢生の名作。中世に繁栄を極めたブリュージュは15世紀以降衰退して死の都と化した。死んだ妻に生写しの女と出逢ひ破滅の淵へと沈む男の愛惜が、死の都の想念と重なる。未来を諦め拒み、過去への追慕とひっそりと死ぬことを希ふ沈鬱な世界観が、現実と幻想の境を曖昧にし、神秘的で唯美的な作品に結実した。異常な愛に耽溺した男の生が女の死で結ばれるといふ美学は頽廃の極みである。クノップフ、デルヴィル、ロップスらの絵画と共にベルギー象徴主義藝術の精髄を味はひたい。[☆☆☆]

『霧の紡ぎ車』 "LE ROUET DES BRUMES"

 25の掌編からなる遺作短編集。全ての作品を紡ぐ主題は「死」であり、愛と信仰が死に絡めとられる作品が並ぶ。しかし、陰鬱さはなく、醒めた人物描写が軽妙で、人生を精巧に切り取つて構築した語り口に無駄がなく、読み手を毎度感嘆させる。文体は厳かな静謐に充たされてをり、物語と云ふよりも散文詩を思はせる象徴派詩人ローデンバックの精華で、フランドル職人が培つてきた手工業にも譬へられる一種特別な藝術作品だ。[☆☆]

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メーテルリンク(Maurice Maeterlinck、1862〜1949)

『ペレアスとメリザンド』 "PELLÉAS ET MÉLISANDE"

 ベルギー象徴主義に国際的名声を齎したメーテルリンクの代表的傑作。光の差さない森、冷たく暗い城内や洞窟、作品全体を覆ふのは沈鬱な死の影だ。メリザンドは水の精霊のやうであり、儚く美しい。惹かれ合ふペレアスとメリザンドの想ひは静謐で月の光のやうに朧だ。だが、禁断の愛は無邪気な二人の言の葉と相反して淫靡な秘匿を宿してゐる。配置された象徴的な道具立ては音楽的なmotifとなるものばかりで、ドビュッシーら多くの音楽家に霊感を与へたのは故なきことではない。[☆☆]

『青い鳥』 "L'OISEAU BLUE"

 幸せはいくら遠くに探し求めても手に入れることなんて出来ず、実は最も近くにある―身近な幸せに気付かない人間は幸せを得ることなんて出来ない、といふことを教訓にした余りにも有名な夢幻劇。幸せの象徴である青い鳥を探す旅先で様々な人生の諸相を見聞するチルチルとミチルは、死や苦しみや罪悪、偽りの幸福と真の幸福、そして生の悲しみなどを表す世界を経験する。象徴的な登場人物らや舞台は、童話といふ体裁によつて自在な表現を与へられ雄弁だ。徒に神秘的な趣向に陥ることなく、晦渋さを免れた象徴劇の精髄。[☆☆]

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ワイルド(Oscar Fignal O'Flahertie Wills Wilde、1854〜1900)


アナトール=フランス(Anatole France、Jacques Anatole François Thibault、1844〜1924)

 本名ジャック・アナトール・フランソワ・ティボー。パリ生まれ。父が古本屋を経営してゐた為、幼い頃より書物に親しみ、古典や歴史の教養を身に付けた。筆名は古書店「フランス」から採つた。最初は高踏派詩人として出発したが、37歳の時に発表した小説『シルヴェストル・ボナールの罪』で一躍脚光を浴びた。懐疑主義の作家として文壇で重きをなし、1896年にはアカデミー・フランセーズ会員となつた。ドレフュス事件ではゾラと共にドレフュス擁護に立ち上がつた。この頃より社会主義に接近し、1921年には共産党入党。同年ノーベル文学賞受賞。アナトール=フランスは象徴主義や耽美主義が主流であつた世紀末文学とは一線を画し、理知的・批判的精神をもつて20世紀文学の先鞭をつけた。

『学士院会員シルヴェストル・ボナールの罪』 "LE CRIME DE SYLVESTRE BONNARD MEMBRE DE L'INSTITUT"

 古文書の蒐集と研究に生涯を費やし、象牙の塔に隠る老学士院会員の浮世離れした言行の醸す可笑しみと、穏健な人柄が引き起こした予期せぬ善行。アナトール=フランスは細心の注意を払つて劇的な展開や情熱的な語り口を避け、端正に滋味豊かに綴る。だからこそ、第一部の鮮やかな結末や、第二部の自己犠牲が感動的なのだ。高い教養、典雅な趣味、鋭い皮肉、深い懐疑、アナトール=フランスの美質が充溢してゐる。[☆☆☆]

『エピクロスの園』 "LE JARDIN D'ÉPICURE"

 アナトール=フランスは懐疑主義の作家とされる。それは間違ひない。だが、ニヒリズムからは最も遠く、最大限の注意を払つて迷妄と狂信に陥らない自由で開明的な精神の持ち主なのだ。反合理主義、反進歩史観に立ち、近代思想が抱く知性の勝利に対する幻想に警鐘を鳴らす。しかし、不可知論で歩みを止めず、常にモラルの問題に還元して真剣に向き合ふアナトール=フランスは「無知の知」を受け継ぐユマニストの末裔である。快楽主義者として誤解されるエピクロスの真意を汲取り、著名に掲げたのは慧眼で、より良き精神への止揚に満ち溢れた珠玉の随筆集。[☆☆☆]

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フィリップ(Charles-Louis Philippe、1874〜1909)

『若き日の手紙』 "LETTRES DE JEUNESSE"

 35歳で夭逝したフィリップが、1896年から1907年にかけて親友アンリ・ヴァンドピュットへと宛てた書簡集で、死後公刊された。役所に勤め乍ら孤独な創作に喘ぐ20代の熱情が溢れ出てゐる。代表作となる「ビュビュ・ド・モンパルナス」の主人公となる娼婦ベルトとの逸話は憐れで美しい。一途な文学への想ひに彩られてをり、若い時分に読んでをきたい。老いてから手に取ると失つたものの大きさに愕然となるだらう。[☆☆]

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シュニッツラー(Arthur Schnitzler、1862〜1931)

『死』 "STERBEN"

 医学者でもあつたシュニッツラーだからこそ書けた経過的な死への観想。気取りを捨てた死への直視は恐ろしさすら覚え、甘き殉死を申し出た恋人の虚心を追求する件には真理が宿る。「未知の事物に対しては、恐怖を感じなくてはならない。」といふ台詞に込められた力は壮絶だ。死の想念に取り憑かれた世紀末ウィーンの倦怠感をよく伝へる名作。「景色が本当に好いといふ事は、暇乞ひをする積りで見なくては分らないのだ。」とは至言だ。[☆☆]

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リルケ(Rainer Maria Rilke、1875〜1926)

『マルテの手記』 "DIE AUFZEICHNUNGEN DES MALTE LAURIDS BRIGGE"

 孤高の詩人リルケが残した唯一の長篇小説―否これは小説ではなく正しく手記なのだ―は何人にとつても狭き門であらう。形而上学詩人が精緻に紡ぐ言語感覚は読者に極度の集中力を強いる。頑に筋を拒絶し、死と愛の想念のみを断片的に散らしてマルテといふひとりの孤独者の内面を描いた余りにも特異な作品である。身体感覚による言語表現、記憶の彼方から甦る観想、書物から得た啓示、始まりもなく終はりもない文章は詩人の苦悩の遍歴のやうで切ない。時に美しい階調を奏でる詩句がある。しかし、それは詩の飛翔ではなく墜落であり、詩の沈殿なのだ。孤独な生の敗残者マルテの想ひはやがて愛の拒絶といふ彼岸へと踏み入り昇天する。[☆☆]

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ロマン=ロラン(Romain Rolland、1866〜1944)


坪内逍遙(坪内雄蔵、安政六年〜昭和十年、1859〜1935)

『役の行者』

 修験道の開祖で伝説に包まれた役小角を描く。逍遙はシェイクスピア研究の成果として小説ではなく、戯曲で実績を残した。この作品は様々なヴァリエーションを持つ畢生の代表作だ。第二幕で前鬼・後鬼、一言主と魑魅魍魎どもが跋扈するのも怪奇的で痛快だが、この作品の蘊奥は第三幕の廣足と行者との対話にあるだらう。凡人の思想を代弁する廣足と超人である行者の隔たりは大きい。誘惑する女妖怪葛城との対決も緊迫してゐる。史実では母を人質に取られて捕縛され流刑になるが、劇では鬼神となり孤絶する。民俗的な象徴劇として解釈は無限だ。[☆☆☆]

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二葉亭四迷(長谷川辰之助、元治元年〜明治四十二年、1864〜1909)


樋口一葉(樋口奈津、明治五年〜二十九年、1872〜96)


尾崎紅葉(尾崎徳太郎、慶応三年〜明治三十六年、1868〜1903)

『三人妻』

 加賀に土百姓として生まれた葛城余五郎は幕末維新の混乱期に一代で財を成し、知らぬ者なき大尽になつた。大方の悦楽は有り余る金で得ても女色漁りは一筋縄では行かぬもの、一寸した意地からか金に物言はせて妾を三人も持つことになる。前半は三人の妾を手に入れる為の手練手管が述べられ、後半は囲はれた妾たちのその後の生活が描かれる。名代の藝者才蔵、雪村なる富豪が妾紅梅、地元で好いた女の娘お艶、玄人から素人まで三者三様の描き分けが巧みである。後半存在感を増すのが、余五郎が正妻矢場女上がりの麻子で采配が実に気ッ風良く天晴だ。急展開を見せる結末に至り紅葉の天才に唸らされる。女の境遇の儚さと心理の脆さが交錯して描かれた『三人妻』は『源氏物語』の紅葉流翻案で、特異な設定こそ現代では隔世の感と否めないが、雅文体の美文と共に文学作品としては高みにある。[☆☆]

『多情多恨』

 最愛の妻を亡くした鷲見は泣いてばかりゐる。女々しいこと甚だしい。その程度は常軌を逸してゐる。執念深い間貫一をも凌ぐ異常な人物造型だ。しかも重度の人間嫌ひで妻の他には親友唯ひとりにしか胸襟を開かない。だからこそ毛嫌ひしてゐた親友の妻に我知らず魅せられ、愛情を寄せて仕舞ふ展開の何と恐ろしい効果だらう。お種が皮肉家で女遊びも御構ひなしの夫から受ける愛情には寂しさを感じ、丸で子供のやうに無邪気で野暮な鷲見の想ひに呼応して仕舞ふ伏線も丁寧に描かれる。親友葉山の諧謔と戯言は鷲見の度外れた慟哭を和らげると共に、作品が流れ行かうとする悲劇性から目を逸らす役割を果たす。飄然とした後日譚は精神的な姦通を明示し不気味ですらある。もう1点、『多情多恨』は二葉亭四迷が『浮雲』で開拓した言文一致を完成形迄昇華させ、近代日本語の道標となつた画期的な作品であることを特筆してをきたい。[☆☆☆]

『金色夜叉』

 余りにも有名な貫一お宮の愛憎の物語。一時代を築いた紅葉の絶筆となつた未完の大作だ。古いと云へば古臭い。近代日本小説黎明期の作品で、感覚も表現方法も江戸戯作文学人情本の潮流を色濃く残す。筋は劇的に展開し読者を虜にして止まない。大見得を切り過ぎだと難ずることも出来ようが、かつては小説で万人を泣かせることが出来た黄金時代があつたのだ。否、それが出来たのは紅葉といふ巨人の魔術。金の縁で己を裏切つた女への怨念と、金そのものに対する蔑視から高利貸しとなり、金権社会に壮大な復讐をする夜叉と化す―『金色夜叉』とは妙なる命名だ。死ぬるも無念、生きるも煩はしと悩む貫一は本邦のハムレットである。一方、前近代的な女性像として一蹴され勝ちな宮の深層心理の移ろひを見落としてはならない。我執の強い宮といふ女の姿は寧ろ現代に通じる。また、一途な満枝の執念も天晴だ。『金色夜叉』の絶対的な価値は名文にある。臨場感ある会話文は天下無双の技。一転、地文は格調高い名調子。紅葉こそは豪華絢爛たる美文調の開祖にして頭領。戯作から継いだ伝統とハイカラな欧風化を均衡させた紅葉の文章は一世一代の美しさだ。「さらば往きて汝の陥りし淵に沈まん。沈まば諸共と、彼は宮が屍を引起して背に負へば、その軽きこと一片の紙に等し。怪しと見返れば、更に怪し! 芳芬鼻を撲ちて、一朶の白百合大さ人面のごときが、満開の葩を垂れて肩に懸れり。」―絶頂の一文には魔神が宿る。[☆☆☆☆]

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幸田露伴(幸田成行、慶応三年〜昭和二十二年、1867〜1947)


泉鏡花(泉鏡太郎、明治六年〜昭和十四年、1873〜1939)


田山花袋(田山録弥、明治四年〜昭和五年、1871〜1930)

『重右衞門の最後』

 出世作と云へる名作。前近代の典型として描かれる信州の集落において共同体から弾かれて生きた重右衞門の非業の最期を描く。山村の梗塞的な空気感、近代化に呑まれてゐない人間の素朴な感情などが丁寧に描かれてをり自然主義文学の嚆矢と云へる。美しい自然表現も冴えてゐる。完成度の高い傑作で、後年の平面描写論の作風よりも好感が持てる。[☆☆☆]

『蒲団』

 日本の自然主義小説が私小説といふ特異な性格を帯びる原因となつた功罪相拮抗する作品で、日本文学史上の金字塔。秘めてをかねばならない心理を俎上にのせた命懸けの作品であり、その後追随するやうに現れた亜流の私小説とは心構へが違ふ。開明的な文学者が、ひとりの男として持つ性欲と葛藤し矛盾に喘ぐ姿は、読む者を震撼させる。一線を越えることが出来なかつた偽善振りと後悔への猛省は、残り香を嗅いで咽び泣く情景において寂寥感にまで昇華されてゐる。恋と理想を抱く文学青年は読むべからず、自己を取り囲む現実世界に幻滅と限界を味はつた三十男になるまで待つべし。[☆☆☆]

『田舎教師』

 自然主義文学の代表作。実在の人物の日記を元に構築された。主人公は同志らと文士を志してゐたが、貧しい家庭を支へる為に小学校教師で糊口を凌ぐことにした。しかし、想ひ人への失恋に引き摺られるやうに次第に無気力に陥り、片田舎で燻り朽ちていく。平面描写を主張する花袋の特徴的な作風で、心理描写が避けられ故意に散漫な叙述が続く。寧ろ女郎屋に通ふ創作箇所に精彩がある。実のところ、克己心のない主人公の性格もあり、この作品から得られる教訓はない。それだけに最期の憐れみは作為とは無縁で強い読後感を与へる。[☆☆]

『一兵卒』

 戦地において孤独に死んでいく兵士の哀れな心境を克明に描いてゐる。英雄的幻想を排し戦争の悲惨を捉へた反戦文学と云へよう。因みに、日露戦争において日本軍は脚気衝心による多数の死者を出したが、その張本人は森鴎外であつた。[☆]

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島崎藤村(島崎春樹、明治五年〜昭和十八年、1872〜1943)


森鴎外(森林太郎、文久二年〜大正十一年、1862〜1922) 鴎=區鳥


夏目漱石(夏目金之助、慶応三年〜大正五年、1867〜1916)

『我輩は猫である』

 漱石の原石で成り立つ滑稽で冗漫な非芸術作品。周到な設計のない作品だけに漱石の地が語られる。それだけに辛辣で難解であり、小学生に推薦する人たちの気がしれない。近代化批判、個人主義批判、金権主義への嫌悪、女性不信などが冗談と諷刺と猫の視点といふ隠れ蓑から容赦なく襲ひかかる。美学者迷亭の饒舌は日本語の豊かな洪水である。[☆]

『硝子戸の中』

 『こゝろ』で初めて死を描いた漱石は、死に対峙するやうになつた。自殺で結末を着けた漱石の創作には行き詰まつた感がある。最後の随筆集である『硝子戸の中』は死の想念と諸相から始まり、幾度の大病にも拘はらずまだ生きてゐる不思議を、故人たちの思ひ出を絡めて描く。やがて、記憶は幼少期の彼方へと彷徨ひ、『道草』の萌芽となる。『硝子戸の中』は再生への掛け橋といふ重要な位置付けを与へられよう。枯れた文章の清澄さは瀟酒と寂寞を入り混ぜた晩年の境地を写してゐる。[☆☆]

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カフカ(Franz Kafka、1883〜1924)


チャペック(Karel Capek、1890〜1938)


バーナード=ショー(George Bernard Shaw、1856〜1950)

『ピグマリオン』 "PYGMALION"

 バーナード=ショーの最高の成功作。現代版シンデレラ・ストーリーの原型―女性解放運動が大きく前進した20世紀において現実味を帯びた―を作り上げたことは賞讃すべきだ。だが、この作品を喜劇的なロマンスと読んで仕舞ふのは惜しい。ショーが目論んだのは言語と人格の連関性を示唆し、言葉を矯正することで品性と人生を矯正出来ると仮説を立てたことだ。主人公は汚いCockneyで喋るイライザで、その変身振りが軸だが、最も興味深い人物は矢張り音声学のヒギンズで、その変人振りが出色だ。エゴイズムの権化で侮蔑的な性格は滑稽極まりなく、自ら大成した学問の恩恵に与つてゐないのが何とも皮肉だ。取り分けピュグマリオーン伝説とは異なり自らが人生を与へた娘とは結ばれないところにショーの諧謔がある。映画「マイ・フェア・レディ」と併せて鑑賞したい。[☆☆☆]

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ロレンス(David Herbert Richards Lawrence、1885〜1930)

『息子と恋人』 "SONS AND LOVERS"

 ロレンス初期の長篇で自伝的作品として重要だ。ロレンスの投影であるポールがこの作品の主人公であることに異存はないが、『息子たちと恋人たち』といふ題名から実は母が真の主人公とも読める。第一部は甲斐性のない父に対する聡明な母の奮闘、優秀な長男ウィリアムに託す希望が飾り気のない文体で語られ、ロレンスの魅力が充溢してゐる。知的だが遠慮のない次男ポールの成長を描く青春小説となる長大な第二部は、宗教的で禁欲的、愉悦のないミリアムとの恋愛と苛立ちに多くを割かれ、人妻クララとの当て付けのやうな恋愛もあり、母の存在が薄れる為に散漫となる。それでも支配的なのは母への敬愛である。母の死は解放ではなく喪失であつた。ポールの恋人は母だけであつたとも読める。多重的な解釈が可能な作品だが、ロレンスが母へのオマージュを込めたことは疑ひない。[☆☆☆]

『チャタレイ夫人の恋人』 "LADY CHATTERLEY'S LOVER"

 我が国でも記憶に残るチャタレイ裁判だが、現代の観点から見ればもはや猥褻文学とは云へないかもしれない。確かにこれは性愛小説であるが、貴族の若奥様が森番と隠れ処で行ふ性交の描写を読む為の作品ではない。文学にとつて性による束縛と性からの解放は、永遠の主題である。何故なら、精神は肉体と不可分な関係にあり、幸福といふ観念も両者から得られるものだから。不能になつたクリフォードが文学に生き甲斐を求めること、炭坑をめぐる社会問題などの副主題も重要だ。[☆☆☆]

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ジョイス(James Augustine Aloysius Joyce、1882〜1941)

『ダブリン市民』 "DUBLINERS"

 一癖も二癖もある登場人物らの悲喜交々が描かれた15作品で成る短篇集。その実、通底する主役は舞台であるダブリンと云へよう。登場する人物や出来事が『ユリシーズ』でも再登場するので関連性も重要だ。小説としての物語性と描写性は保持しつつも、それぞれの短篇で様々な手法が用ゐられてをり、新時代を告げる傑作短篇集だ。取り分け斬新な言語表現は刺激的だ。どの短篇も漫然と始まるが、終盤において突如止揚する瞬間がある。鮮やかだ。[☆☆☆☆]

『若き藝術家の肖像』 "A PORTRAIT OF THE ARTIST AS A YOUNG MAN"

 この自伝的長篇小説の着想は『ダブリン市民』よりも前だ。『藝術家の肖像』から『スティーヴン・ヒーロー』へと変遷があり、極めて独創的な教養小説へと止揚した。ほぼジョイスその人であるスティーヴン・ディーダラス―ギリシアの工匠ダイダロスを由来とする―の幼少期から青年期までが5つの章に分けて描かれるが、回想ではなくその年齢に合はせた言語表現を用ゐて等身大の文体で語られるのが斬新だ。冒頭は幼児言葉で始まり、次第に成熟する。5つの章は各年齢で浸る世界観が詳細に語られるのだが、特筆したいのは章の最後でその世界観の閉塞感を打ち壊す転換が用意されてゐるといふことだ。体罰教師を告発して英雄視される件、恋愛と大人の世界への関心から娼婦を知る件、罪を告解し救済される件、学力を買はれて推薦された聖職者の道を袖にし藝術家を選ぶ件、最後は藝術家として生きる受難の道を力強く決意する。「ぼくは自分が信じてないものに仕へることをしない。家庭だらうと、祖国だらうと、教会だらうと。ぼくはできるだけ自由に、そしてできるだけ全体的に、人生のある様式で、それとも藝術のある様式で、自分を表現しやうとするつもりだ。自分を守るためのたつた一つの武器として、沈黙と流寓とそれから狡智を使つて」。最後が突如日記形式になるのにも驚く。スティーヴン・ディーダラスは『ユリシーズ』の最初の3章では主人公を担ふ。『ユリシーズ』を解読するのに『若き藝術家の肖像』は絶対に必読だ。[☆☆☆☆]

『ユリシーズ』 "ULYSSES"

 このモダニズム文学の金字塔については、充分過ぎるほどの研究がなされ注釈が行はれてきた。専門家の見解に新しく何かを付け加へることはひとつもなく、これからこの難解な書物に手を出さうといふ人への道標となり踏破への助言をするに止めたい。『ユリシーズ』は誰にとつても難解である。理解は疎か読むことすら困難な箇所が大半を占める。だが、気に病むことはない。ジョイスは意図して文章を重層的にしたり、無意味にしてゐるのだから。一般的に『ユリシーズ』の方法論としては「意識の流れ」が着目される。従来の物語の叙述とは異なり、意識したこと―目に入つたことや耳にしたことが言語になる現象全てが記述される。広告の文字を読んで仕舞ふ、連想が始まる、思ひ出せなかつたことを急に思ひだす、曖昧な記憶を延々と手繰る、男は1分に一度は性的なことを考へるといふが頻繁に卑猥な発想へと連結する、等々、不必要なものも全てジョイスは盛り込んだ。だから、1904年ダブリンの限定的な事柄が多い。膨大な注釈がなければ読めない最たる理由だ。「意識の流れ」は一要素に過ぎず、寧ろ文体への挑戦が重要だ。「ゴーマン=ギルバート計画表」は巨大な事業を立証する。だが、第6挿話までは明確な違ひがあるとは云ひ難く、18の異なる文体とは云へない。第12挿話「キュクロプス」は人称と視点が不明瞭にされ難解だ。有名な第14挿話「太陽神の牛」は古文からの発展と変容が空前絶後の凄みだが内容は空虚だ。最終形のスラングには文章を鑑賞するといふ意義は最早ない。第18挿話「ペネロペイア」での句読点のない連綿たる独白は偉大な地平を切り開いた。「神話的方法」「百科全書的方法」も『ユリシーズ』の重要な基軸である。エゴイズムが支配的となつた19世紀文学への反旗を翻し、神話や古典作家の引用を復活させ個人的感情を葬つた。ジョイスの分身スティーヴンはこの実験劇場に必要な錬金術師である。『ユリシーズ』は『オデュッセイアー』の激烈なパロディーだ。智謀豊かな英雄オデュッセウスは20年間帰還を果たせなかつたが、小市民ブルームの放浪は僅か1日である。貞淑な妻ペネロペイアの操は強固だつたが、モリーはいとも簡単に姦通する。命懸けの冒険に対して、特記すべきことのない時間潰しが対置される滑稽さ。カトリックに改宗したユダヤ人ブルームの根無し草と独立運動が萌芽するアイルランドの情勢が、屈折した『ユリシーズ』の世界を複雑にした。構へる必要はない。文学の可能性を感じ取ることが出来れば充分だ。[☆☆☆☆]

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ヴァレリー(Ambroise-Paul-Toussaint-Jules Valéry、1871〜1945)


ジッド(André Paul Guillaume Gide、1869〜1951)


ベナヴェンテ(Jacinto Benavente、1866〜1954)

『作り上げた利害』 "LOS INTERESES CREADOS"

 古典的な作劇術、紋切り型の登場人物、常套的な展開であり乍ら、偽悪的な意図に貫かれた斬新な作品だ。艱難を打破する為に絞られた悪智慧が劇を進行して行くのは目新しくないが、構築されて仕舞つた利害関係を登場人物らが道徳的信念を翻して積極的に肯定して行くのは滅法痛快だ。だが、この劇の価値は偏に悪漢クリスピンに帰せられると云つても過言ではない。スペイン文学が培つてきたピカロの権化クリスピンの厚顔無恥な騙りは窮地をものともせず、建前をやり込める。豪語して曰く「真実が見えなくなつた人間は、二度と再び自分を見ることも、知ることも出来ずに、人間そのものまで虚偽になり終るんだ。」[☆☆]

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トーマス=マン(Paul Thomas Mann、1875〜1955)

『混乱と幼き悩み』 "UNORDNUNG UND FRUÜHES LEID"

 第一次世界大戦後のドイツ市民の家庭生活を描いた作品。主人公であるコルネリウス教授は作者マンの直截的な投影であらう。大戦前の栄光と戦後の閉塞感を受け入れられない大人と、順応する若い子供らの世代の対比がある。ドイツ帝国の崩壊と新生を手際よく伝へる掌篇である。[☆]

『マリオと魔術師』 "MARIO UND DER ZAUBERER"

 あるドイツ人一家がイタリアのリゾート地にて遭遇した珍奇な事件を手際よく物語る名品。チポラなる奇術師の興行が観客を幻惑し次第に魔法に掛けて行く様を、主人公の冷静で客観的な描写が見守る。チポラの妖し気な術は近代化の遅れたイタリアの空気を伝へる。また、この作品はイタリアを煽動したムッソリーニを揶揄してゐるとされ、そのやうに読むと面白い。同時に既にヒトラーが躍進してゐたことから、意地悪い読み方も出来る。高貴な魂を愚弄されたマリオの復讐で峻烈な印象を残す幕切れは、この作品を鮮やかにした。藝術的に完成度が高い作品だ。[☆☆☆]

『ファウストゥス博士』 "DOKTOR FAUSTUS"

 藝術的な総決算ともいふべき後期の長篇作品。だが、極めて観念的でドイツ的である為、読者が容易に近付ける作品ではない。まず、この作品はかの文豪ゲーテが昇華させた「ファウスト伝説」のトーマス=マン版ではない。主人公である作曲家アドリアン・レーヴェルキューンの物語であり、由来は彼が畢生の大作「ファウスト博士の嘆き」による。否、もう1点、マンの『ファウストゥス博士』にも悪魔が登場するから、強ち無関連とは云へないのだ。作品の丁度真ん中で描かれる悪魔との対話こそが山場であり核心なのは間違ひない。天才的な頭脳を持つが諧謔家で高踏を気取る主人公には真に創造的な藝術家の素質がないが、悪魔と契約を交はすことで作品の啓示を受ける―契約とはシューベルトやニーチェの如く娼婦からもらつた梅毒なのだが。従つて、悪魔はレーヴェルキューンが生んだ幻覚とも取れるが、この作品のひとつの主題は藝術の凡俗を超えた神秘、世俗と藝術家の間の深淵なのだ。もうひとつの主題はこの作品がドイツ的なものの集大成といふ意図をもつて書かれてゐることにある。世界に冠たるドイツの音楽藝術を中心にしてゐること―ドイツでは音楽が諸学藝のみならず政治経済までを牽引したことを認識したい。叙述がドイツ観念論に根ざしてをり、二元論と止揚の激しい混濁があり、難解さを増してゐること―これには語り部である古典語学者ツァイトブロームの性格設定も絡んでゐる。そこかしこにルターの劫火がくすぶつてゐること。そして、帝政ドイツ崩壊やナチスによる戦争が編み目のやうに絡む。『ファウストゥス博士』の執筆はドイツとドイツ人の滅亡と終焉の予感をもつて書かれた。マンはこの作品をドイツに捧げる挽歌として書いたことを念頭に置きたい。[☆☆]

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ヘッセ(Hermann Hesse、1877〜1962)


ブレヒト(Bertolt Brecht、Eugen Berthold Friedrich Brecht、1898〜1956)

『三文オペラ』 "DIE DREIGROSCHENOPER"

 劇を中断してソングを挿入する音楽劇『三文オペラ』は総合藝術であり、その魅力はクルト・ヴァイルの音楽抜きには語れない。ヴァイルのソングがなければこれほどの名声を勝ち得なかつたし、ブレヒトとの共同作業でなければその音楽は残らなかつたに違ひない。ゲマインシャフトが崩壊しゲゼルシャフトに移行した時代の人間性の歪みを生々しく表現したところにこの作品の価値がある。悪党メッキー・メッサーの市民性や潔白性を暗示する台詞や、茶番のやうな結末も意義深く、結句の解釈は鑑賞者を試す。「不正をあまり追求するな/この世の冷たさに遭へば、/不正もやがて凍りつくさ/考へろ、この世の冷たさを。」[☆☆☆]

『肝っ玉おっ母とその子供たち』 "MUTTER COURAGE UND IHRE KINDER"

 ブレヒトの代表作。舞台は人類史上最悪の戦争のひとつドイツ三十年戦争の時代で、肝っ玉おっ母ことアンナ・フィアリングは女酒保だ。それぞれ父親の違ふ息子二人と娘一人を全て戦争で失つて行く筋立てだ。この劇は御上や戦争に翻弄される庶民の生き様といふ永遠不滅の主題を扱つてゐる。ブレヒトは肝っ玉への同情心を抱くことを拒絶してゐる。事実、劇中で肝っ玉は矛盾に充ちた言動を繰り返してゐる。生きるか死ぬかの瀬戸際に綺麗事は通用しない。主義主張も変へざるを得ない。戦争を呪ひ乍ら戦争の恩恵によつてしか生きられない肝っ玉。子供たちを失ひたくない一心でゐても、捕まつた次男を見捨てる場面は印象的だ。長男は残虐行為で武勲を上げたが、情勢の変化により同じ行為で処刑される。唖の娘は役立たずだつたが、敵軍の襲来を告げる為に太鼓を打ち鳴らし銃殺された。この作品は大戦勃発と共に書かれた。為政者のやうに戦争の齎す利益に便乗しやうとした肝っ玉は子供を失ふ。それでも野垂れ死なない為に戦争に寄生する最後の場面は憐れを誘ふだらう。だが、読者は肝に銘じなくてはならない。如何なる大義名分があらうと戦争を必要とすることが悪であることを。[☆☆☆☆]

『ガリレイの生涯』 "LEBEN DES GALILEI"

 ブレヒトの最高傑作であらう。天文学の父にして当代最高の物理学者であつたガリレイの後半生を史実と資料を入念に研究して描いてをり、異化効果や叙事的演劇で知られるブレヒトにしては穏健な作風だ。古典的な趣向は後退とも見なせるが、寧ろ普遍的な主題を展開した面を強調したい。思想の広がり、アポリアとジレンマを包含した主題は様々な解釈を受け入れる器を具へてゐる。着眼したいのは大別して初稿と改訂稿の2種が存在するといふことだ。初稿は大戦前夜の1938年に脱稿してゐることに注目したい。権威に真実を突き付けて迫害され、生きる為に屈服するガリレイの姿にナチス・ドイツ下の文化人の苦悩を重ねることが出来る。この段階では地動説撤回は研究続行の為の妥協として、後世への貢献といふ弁明の側面を持つてゐる。だが、アメリカ亡命中に起こつた原爆投下の報を受けて改訂された第2稿は、科学を権力の手に渡したことを悔い、自らを断罪する厭世的な立場に変貌した。民衆を権威の軛から解き放つ為にあつた地動説を封印したことで、科学は権力の婢となり原子力は人類を殺戮する道具となつた。この作品の持つ今日的な意義は巨大だ。曰く「科学の唯一の目的は、人間の生存条件の辛さを軽くすることにあると思ふんだ。もし科学者が我欲の強い権力者に脅迫されて臆病になり、知識のための知識を積み重ねることだけで満足するやうになつたら、科学は片輪にされ、君たちの作る新しい機械もただ新たな苦しみを生みだすことにしかならないかもしれない。」[☆☆☆☆]

『アンティゴネ』 "ANTIGONE"

 高名なソポクレスの原作をヘルダーリンがドイツ語に翻訳したテクストを使用し、ブレヒトが現代的な脚色をして世に問ふた作品。晩年のブレヒト作品は大半が改作を占めるが『アンティゴネ』はその成功例だ。基本的に筋や設定は原作に沿つてゐるので、主題は個の論理と国家もしくは社会の論理との対決と云つてよいが、細部に現代的なアレゴリーがあり刺激的だ。ブレヒト劇ではコロスの立ち位置が重要で、保身的な批判をするだけの衆愚として描かれ、結果的にデマゴーグに右往左往する。「恐れに震へ乍らも耳に栓をしてきた。/あなたが手綱をギュッと引き締めると、眼を閉じた。/もうひとふんばり、あとひと戦さ必要なのだと、あなたは云はれた。/ところが今やあなたは、私らまでも敵扱ひしはじめた。/残忍にも、二重の戦争をやろうとしてゐる。」 現代においても繰り返される危機を警告した作品だ。[☆☆☆]

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ツヴァイク(Stefan Zweig、1881〜1942)

『ジョゼフ・フーシェ ある政治的人間の肖像』 "JOSEPH FOUCHE,BILDNIS EINES POLITISCHEN MENSCHEN"

 フーシェの名に感応する者はフランス大革命の核心に精通した者に違ひない。極端な主張や時流の見誤りにより断頭台の露と消えた激動の時代にあり、歴史に燦然と名を刻み消えて行つた為政者とは対照的に、フーシェは表舞台に身を晒さず、それでゐて権力の中枢に長く居続けた。闇で暗躍した陰謀家であり、その無党派振りは破廉恥で不気味といふより、マキャベリズムの権化と形容出来る。華麗なる変節家タレーランとは一対で、この二人抜きにフランス革命は語れないと云つても過言ではない。フーシェの凄みはロベスピエールとの一騎打ち―テルミドール反動の画策、ナポレオン失脚―王政復古の手引きを策謀したことに集約されようが、ツヴァイクの着眼は、認知こそされてゐないが歴史上最初の共産主義と無神論に基づくリヨン時代のテロル首謀と、秘密警察を創出した警務大臣時代に向けられる。フランス革命は近代政治のあらゆる紀元となつたが、フーシェこそが先駆となり後代及びもつかないほど急進的なお手本を示したことをこの伝記は詳らかにして呉れる。悪党も極まれば天晴、ツヴァイク会心の一作。[☆☆☆]

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芥川龍之介(明治二十五年〜昭和二年、1892〜1927)


菊池寛(明治二十一年〜昭和二十三年、1888〜1948)

 本名も菊池寛だが「かん」ではなく「ひろし」と読む。

『真珠夫人』

 通俗小説の代名詞となり、映像化でも人気を博した大衆文学の金字塔である。菊池は意欲をもつて通俗小説に取り組んだ。痛快である。実は作品中で通俗小説論を戦はせる場面がある。主要登場人物のひとり渥美信一郎は菊池の代弁者と云へよう。渥美は明治文壇の第一の文豪を紅葉と意見し、読まれ過ぎて通俗化した『金色夜叉』を擁護する。純文学と大衆文学の差異を通俗化で計るか否かといふ文学論は興味深い。さて、『金色夜叉』を作中で語つたのには強い意図を感じずにはゐられない。成金の邪な意地によつて恋人と引き離され、不本意な結婚をしても処女を守り、金権社会に踏み躙られた運命に復讐すべく男どもを翻弄する瑠璃子の物語は女版『金色夜叉』であるからだ。男を誑かす妖婦と純愛を貫く処女の二面性を重層的な構造で描き、金と愛といふ普遍的な主題を展開する『真珠夫人』を通俗小説と断じるのは浅薄ではないか。嗜虐が過ぎ浮世離れた絢爛華麗な設定とは云へ、開明的な淑女である瑠璃子の魅力は存分に出てをり、読者を虜にする伏線の巧さは古びない。菊池は自負をもつて『真珠夫人』を書いて新境地を拓き、潮流を作り出した。文学史上意義のある作品であることに疑念の余地はない。[☆☆☆☆]

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有島武郎(明治十一年〜大正十二年、1878〜1923)

『カインの末裔』

 厳しい北海道の大地で生きる男の姿が荒々しく描かれる。小作人である仁右衛門は規則を破つて耕し、獣の如く欲情しては女を抱く。だが、仁右衛門の横暴は続かない。子供の命や馬を失ふ。耕作しても収穫を得られないカインの運命に比された仁右衛門は、神に祝福されない呪はれた末裔として描かれる。健気に連れ添ふ妻の存在も印象的だ。荒くれた言葉遣ひの力強さも野卑な効果を存分にあげてゐる。不条理に反抗する仁右衛門の苛立ちは有島武郎の投影とされ、凄まじい印象を与へる作品だ。[☆☆☆]

『クララの出家』

 物語はクララが見た官能的な夢から始まる。アッシジの聖フランチェスコに心酔し、密かに出家を準備し断行する敬虔な子女クララの逡巡が描かれる。神の道を求め崇高なものへの憧れを持ち続けたクララだが、世俗への未練、殊に輝く美しさに恵まれた少女の疼き擡げる官能が淡い苦さを残す。史実を元に深みのある心理小説として昇華させたキリスト教文学の珠玉。[☆☆☆]

『或る女』

 美貌と才気に恵まれた為、時代を先行して仕舞つた一人の女の悲劇。女性解放を惹起した作品として重要だ。明治後期の世相や価値観が丹念に描かれてをり、時代の証言としても価値が高い。しかし、この作品の真価は心理の壮絶な葛藤にある。葉子の視覚、嗅覚、聴覚を通した生理的な感受性や、天候や時間が及ぼす心理への作用を克明に述べる手法は作品を古びさせない。他の登場人物も緻密に造型され、複雑な感情で移ろひ行く人間関係が構築される。諦観に沈む木部、理屈を貫く古藤、憧憬に溺れる岡の生き方が示すやうに、作品を貫くのは、他者を理解することなど不可能であり接近と離反は利己的な感情に導かれてゐるといふ絶望的な観念だ。唯一人包容力豊かな倉地が葉子に光を投げかけるが、周囲の無理解と圧迫、そして自立を求める葉子自身の気質が破滅をもたらして仕舞ふのだ。リアリズム小説、社会小説、心理小説の何れとして読んでも秀逸な名作。[☆☆☆☆]

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志賀直哉(明治十六年〜昭和四十六年、1883〜1971)

 生まれは宮城県だが育ちは東京で、祖父母に養育された。その為、実業家の父とは疎遠で、文学への情熱、女中との恋愛騒動などで悉く対立。この葛藤が初期作品の重要な主題となつた。東京帝国大学を中退した年に、「白樺」創刊に加はつた。30歳の時、電車にはねられ重傷。翌年、武者小路実篤の従姉の娘康子と結婚。34歳の時、父との和解が成立。この頃より価値観の変化がみられ、長編『暗夜行路』の執筆は紆余曲折し、完成に約17年を要した。戦時中は沈黙し、戦後は身辺雑記のやうなものが多く、作品数も少なくなつた。同業者からも絶賛された文章は、作為がなく自然、簡潔で洒脱、明るく倫理的であつた故、志賀は「小説の神様」と称された。

『和解』

 純然たる私小説なので普遍性には乏しく、和解の場面は白樺派特有の理想主義的な色調が濃い為、読む側は力瘤が入らない。しかし、失はれた命と授かつた命に導かれた父子の魂の静かな邂逅は、神様にしか書けない機微と妙趣に充ちてをり、清らかな救済がある。『暗夜行路』を読み解く上で重要な作品。[☆]

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武者小路実篤(明治十八年〜昭和五十一年、1885〜1976)

『友情』

 白樺派の代表的な名作として余りにも有名な中篇小説。拘泥りのない平明な文体、理想主義的な思弁を空々しく思ふやうになる前の多感な青春時代に読んでをきたい作品だ。恋愛を廻るエゴイズムの葛藤が真摯に語られる件が白眉で、読者を何時しか内観に誘ふ不思議な魅力を持つてゐる。[☆☆]

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萩原朔太郎(明治十九年〜昭和十七年、1886〜1942)

『猫町』

 西欧に抱く憧れの心象風景―それは殆ど幻想と云つてよい―と、日本古来の化け猫怪談が美しく混じり合ふ綺譚。この作品は現象の認識といふ形而上学の問題を詩的に変容してゐる。異界への入り口は日常の認識への懐疑から開かれる。是即詩。[☆☆]

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知里幸惠(明治三十六年〜大正十一年、1903〜22)

『アイヌ神謡集』

 神謡、即ち「神のユーカラ(kamuy-yukar)」とは、神々が主に動物や自然現象の姿を借りて人間世界に現れ、その際の様子を自ら謡つたものである。中には神のやうに強い人間オキキリムイの手にかかつて仕舞つたことを嘆く神もゐる。狩猟の民として北欧神話に近い系統と云へる。知里幸惠の日本語訳が清廉でこの上なく尊い。冒頭の「銀の滴降る降るまわりに、金の滴降る降るまわりに。」といふ詩句からその美しき世界に吸い込まれて仕舞ふだらう。[☆☆☆]

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小林多喜二(明治三十六年〜昭和八年、1903〜33)


谷崎潤一郎(明治十九年〜昭和四十年、1886〜1965)


中島敦(明治四十二年〜昭和十七年、1909〜42)


太宰治(津島修治、明治四十二年〜昭和二十三年、1909〜48)


老舎(舒慶春、1899〜1966)

 本名、舒慶春。字は舎予。老舎とは「舎さん」といつた意味。北京で、満軍八旗の下級兵の家に生まれた。義和団事変で父を亡くすと零落し、裏長屋に居住するやうになつた。師範学校で文才を現し、19歳から小学校校長を勤めた後、5年間渡英した。ロンドン滞在時代に、文学革命・白話運動の影響下で著作を始め、帰国時にはユーモア作家としての確固たる名声を築いてゐた。抗日運動に投じる傍ら、意欲的な創作を続け、代表作『駱駝祥子』は各国で翻訳された。1946年より渡米してゐたが、中華人民共和国が成立して、周恩来の要請を受けると帰国した。以後、文化・教育界の重鎮として活躍。人民の為の戯曲を旺盛に創作した。しかし、文化大革命で不当な暴行を受け、非業の死を遂げた。

『駱駝祥子』

 朴訥な働き者で車引き稼業に誇りを持つ祥子―駱駝は綽名―が、貧困と差別と不運によつて道を踏み外していく半生を実直に描いた作品。祥子は性根がよく、ささやかな理想があり、車引きの才覚を備へてゐた。そのやうな人間が報はれないどころか、目を背けたくなるやうな地獄に陥る。彼よりも不遇な者たちは一層悲惨だ。ここには希望はない。半植民地時代の中国における最下層民が連鎖的に社会悪に飲み込まれるのを描いて、老舎は何を伝へたかつたのだらう。想ふに、社会は善くならないが、祥子のやうに絶望だけはするな。[☆☆☆]

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ブルガーコフ(Михаил Афанасьевич Булгаков、1891〜1940)

『巨匠とマルガリータ』 "МАСТЕР И МАРГАРАРИТА"

 生前日の目を見ることのなかつた長篇にして渾身の代表作。奇想天外な幻想文学と評されるが、核心は緻密に設計された諷刺文学だ。ポンティウス・ピラトゥスの物語は枠物語としての側面を持つが、かなり凝つた仕掛けが張り巡らされてゐる。特に冒頭のモスクワとイェルサレムを往来する件の巧さは完璧な魔術と云へる。ピラトゥスの物語は巨匠の創作であることを見失つてはゐけない。入れ子状に進行する物語は悪魔による幻視であるともに、巨匠の破棄された原稿の復活、再現に他ならない。巨匠はブルガーコフの投影だ。創作を否定され、発表の場を奪はれ、社会的に抹殺されたブルガーコフと巨匠は一体化する。巨匠を葬り精神病院へ送り込んだのは体制と文壇である。文壇の頭領たるベルリオーズの首を落とし、その組織員らが次々と奇怪な事件により追ひ詰められる。ヴォランドなる悪魔によつて巨匠の復讐がなされたと読むと痛快だ。イエスの存在を否定するベルリオーズが真っ先に手にかかるのは枠物語の伏線である。そして、「原稿は燃えないものなのです」とはブルガーコフの不屈の信念と再発見の予見なのだ。さて、この作品は『ファウスト』と密接に連関する。エピグラムにも掲げられ、2部構成であることが示唆をする。マルガリータはマルガレーテ、即ちグレートヒェンであり救済と昇天の結末は『ファウスト』そのものだ。一方、この作品ではマルガリータが能動的に変容してゐるのが面白い。ピラトゥスの物語も自在で、ユダの殺害など刺激に充ちてゐる。[☆☆☆☆]

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ラーゲルクヴィスト(Pär Lagerkvist、1891〜1974)

『バラバ』 "BARABBAS"

 福音書を現代的に再創造したラーゲルクヴィストの傑作。四福音書には、バラバは暴動に関与し殺人を犯したとも強盗とも記されてゐるが、キリストの代はりに特赦され放免された人物としか登場しない。釈放された罪人バラバはキリストの十字架上での死をどのやうに受け止めたのだらう。自分の身代はりとなつた男が救世主と呼ばれ、死後3日で復活した神の子であるなら唯事では済まされない筈だ。バラバはキリストとその思想、形成されつつある教団に無関心ではゐられない。根底にあるのは、キリストの代はりに生き延びた自分の存在価値の探求である。バラバには真理を掴むことは出来なかつたが、ある意味バラバもまたキリスト者であつたと云へよう。イエスを否認したペテロを登場させるのも見事な創意だ。[☆☆☆]

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サン=テグジュペリ(Antoine Jean-Baptiste Marie Roger de Saint-Exupéry、1900〜44)


マルロー(Georges André Malraux、1901〜76)

 20世紀のフランスを代表する偉大な文化人。パリ生まれ。青年時代より美術・考古学に熱中、文筆活動を開始。23年、仏領インドシナのアンコール・ワット近くで女神像を盗掘し、有罪に問はれた。また、隣接する中国での五・三〇運動や上海クーデタに関心を寄せた。左翼系知識人として一躍頭角を表し、36年のスペイン内乱では義勇軍を組織して反ファシズムの旗頭となつた。大戦中はレジスタンス活動を展開、ド=ゴールに邂逅。戦後、情報相として初入閣。ド=ゴール退陣後は執筆業に専念。第五共和政成立後、マルローは文化省創設に加はり初代大臣になつた。パリの美化、美術館整備、地方文化振興など文化政策で成果を挙げた。69年、ド=ゴール退陣に伴ひ、文化相辞任。晩年の重要な活動は、集大成とも云へる「空想美術館」開催であつた。

『王道』 "LA VOIE ROYALE"

 マルローの出発点とも云へる作品であるが、実体験と虚構が凶暴に入り組み、謎が多い。クメールの遺跡発掘の為に密林奥深く分け入るクロードに、マルローの投影を見出せるが、ペルケンといふ人物は何か。この作品は、東洋それもインドシナといふ全く異なる価値観を示して、西洋の没落を仄めかしてゐる。死すべき文明と野生の混沌。人間の存在を危ふくする世界に戦慄がはしる。云はばペルケンとは、死の意味を捉へ直す冒険者。[☆]

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ボーヴォワール(Simone Lucie-Ernestine-Marie-Bertrand de Beauvoir、1908〜86)

『人はすべて死す』 "TOUS LES HOMMES SONT MORTELS"

 もしも人間が不老不死を手に入れたら―古来からの主題でありながら正面切つて主人公を不老不死にし、物語を展開した作品は意外にもなかつたやうに思ふ。1297年にイタリアの小都市カルモナに生まれたフォスカは政争に巻き込まれた末、ひょんなことから不死の薬を試す。以来、カルモナの君主として野心を燃やすフォスカ。しかしだ、これは超人的な能力を手に入れた人間が不可能を可能にして読者を興じさせる古典的な物語ではない。ある種の人間は限られた人生の中で何かを成し遂げようとする。それは存在の証であり、死した後も残る儚気な業績や記憶に縋り付いて、永遠への憧れを幾許か叶へようとする個体の本能的な保存欲なのだ。だが、フォスカを知るとそれらは相対的に矮小とならざるを得ない。フォスカの不死を知つた人間は限界による虚無感に突き落とされるのだ。一方で、不死を得たフォスカは生きる刹那の神聖さを失ひ、生そのものを失ふパラドクスに陥る。実存主義者ボーヴォワールは死ぬことを拒絶された人間の存在は無意味となることを喝破した。存在を第一に考へた実存主義だからこそ不死は地獄なのだ。断片的な叙述で真相への段階的な接近を巧みに表現したプロローグは、他者への干渉を避けるやうになつた現代の人間関係が描かれてをり秀逸だ。フォスカの過去は主に5つに分けられ語られるが、何れもフォスカの不死に対抗すべく死によつて誇示される生の焔を描く。特に未だ不死の苦悩に気付かないカルモナ領主として権謀を縦横に駆使した第1部、カール5世の右腕としてハプスブルク世界帝国の野望に加担する第2部は歴史小説としての生気を帯びてゐる。[☆☆☆☆]

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カミュ(Albert Camus、1913〜1960)


小林秀雄(明治三十五年〜昭和五十八年、1902〜83)

『本居宣長』

 この書は国学者本居宣長の伝記とは趣を違へ、古学を通して言霊の深淵に降り立つた宣長の学問の本質に迫る小林秀雄畢生の大作だ。小林は宣長の特異性を再三述べる。取り分け、上田秋成との論争に端的に見られるやうに宣長の独善とも云へる確信の強さには圧倒される。文字の歴史として避けられない漢文化の障壁を取り除き、古学でありながら実証的な方法を「さかしらごと」として背を向け、宣長は古語そのものを甦らせようとする。小林は宣長の業績を通して言語論の深みに分け入る。古学において宣長のみが死んだ古い言葉に生命を見出した。遡らず直に言葉に迫つたからだ。「姿ハ似セガタク、意ハ似セ易シ」といふ遠大な真理に到達した宣長を見出した小林の驚きがこの書を貫いてゐる。この逆説的な言葉を果たして現代は受容出来るだらうか。[☆☆]

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ベケット(Samuel Beckett、1906〜89)

『ゴドーを待ちながら』 "EN ATTENDANT GODOT"

 不条理演劇の金字塔であり、余りにも超越した単純性の為に後続の追随を許し得なかつた演劇史上類例のない名作。非常に多くの議論が尽くされてきた作品であり、付け加へることはないが、兎に角それだけ解釈の余地を与へる曖昧さと簡素さが凄みを帯びる。ゴドーとは恐らく神と解釈してよいだらうが、如何なる神なのかは不明だ。解放をもたらすのか、転換をもたらすのか、終焉をもたらすのか。不可知だから神なのだと云へるし、そもそも来ないのを待つてゐるとも設定出来る。この作品は人間の存在そのものへの苦悩、即ち「何の為に存在してゐるのか」への強烈な問ひに充ちてゐる。勿論誰も答へを出せない侭、最初と何も変はらず―盲になつたポッツォすらも―舞台は動かない。[☆☆☆☆]

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ルルフォ(Juan Nepomuceno Carlos Pérez-Rulfo Vizcaíno、1917〜86)

『ペドロ・パラモ』 "PEDRO PÁRAMO"

 ラテン・アメリカ文学の巨星『ペドロ・パラモ』を一読しただけで理解することは不可能だらう。何度も読んで全体を組み立てて行くことが要される。70の断片で構成され、連続性を拒絶される為に読者は読み落としの不安に駆られる一方で深読みの虚無感に疲弊する。この前衛的な手法は決して古びることはなく『ペドロ・パラモ』は常に革命的なのだ。冒頭、主題は神話的な要素も匂はせる父親探しかと思はせるが、滅びた町コマラの亡霊たちの物語が読者を苦しめ、遂には語り部もが亡霊だといふことが判り難解さが極まる。『ペドロ・パラモ』に欠点があるとすれば生者のゐない亡霊だけの物語にして仕舞つたことだらう。それでも、焼け爛れたやうな死の臭ひがする不毛な土地の描写は秀逸だ。狂女スサナと父親の近親相姦を暗示する件も陰惨さを加へる。後半、メキシコ革命前夜の不穏な空気も前近代的なひとつの時代の終焉を象徴してゐるやうだ。終盤に登場する重要人物アブンディオが一体何者であるのか、最後以外にも登場してゐたのかを読者の誰もが探すことと思ふ。直線的ではなく円環・交錯・逆行を持つた構造の妙は驚異的で、語り尽くせるものではない。[☆☆☆]

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