チャペック

(Karel Capek、1890〜1938)


『ロボット』 "R.U.R. (Rossum's Universal Robots)"

 ロボットの語源となつた作品。この戯曲が投げ掛ける警告と問題意識は、チャペックの独創性と先見性を立証するものだ。機械化によつて人間を労働から解放することは幸福をもたらすことなのだらうか。機械を人間に似せることは善行なのか愚行なのか。人間が神の如き創造者として越権行為を濫用することは許されるのか。ロボットの叛乱に諦観し、絶望的な抵抗をする場面は黙示録的な様相を帯びる。チャペックが近代合理主義の行き着く先に見たのは、機械を大量殺戮兵器に用ひ、生殖活動を放棄した人間の姿である。救ひのない筋書きにチャペックは、再生への期待を愛に託すが、自身空頼みと映じたことだらう。フリッツ・ラングの映画『メトロポリス』を併せて観ることを薦める。[☆☆☆]

『絶対子工場』 "TOVÁRNA NA ABSOLUTNO"

 微量の燃料から無限のエネルギーを発電するカルブラートルなる炉を発明した技師は、重大な副作用をもたらす欠陥に恐れをなしてカルブラートルを手放す。今日我々が直面する原子力発電の危機を彷彿とさせる設定に注目を浴びるに違ひない作品だ。しかし、チャペックの狙ひはやや異なり、物質を分解し尽くした先に生じる純粋な成分「絶対」が及ぼす人体への影響である。神的な感化をまき散らす「絶対」は人々を狂信へと駆り立てる。来るイデオロギーによる大戦と陣営対立を予見した偉大なる書で、細切れの多重的な叙述を用ゐた野心的な作品だ。「誰でも自分自身のすばらしい神様を信じてゐるが、ほかの人のことは信じないんだ」「誰でも人類のことはとてもよく考へてるんだが、個人個人については、それはない。おまへを殺してやるぞ、でも人類は救つてやる、ってわけだ」に集約された警鐘には慄然とする。[☆☆☆]

『ダーシェンカもしくは子犬の生活』 "DÁSENKA CILI ZIVOT STENETE"

 チャペック自身のイラストが付いた愛すべき小冊子。特に愛犬ダーシェンカに語り聞かせる短い8つの御伽噺はSF作家チャペックの別の一面を覗かせて呉れる。[☆☆]

『山椒魚戦争』 "VÁLKA S MLOKY"

 近代合理主義社会が陥る反自然的行為を破滅への道程と告発し続けたチャペック晩年の集大成とも云へる名作。惜しむらくは、人類滅亡といふ筋書きの収拾をチャペックが抛擲し、投げ遣りな落ちを付けて仕舞つたことだ。この作品は叙述の原則を悉く放棄し、類例を見ない多重的な構造による実験的な作風を持つ。ヴァン・トフ船長が未曾有の可能性を秘めた山椒魚を発見する冒険小説は導入部に過ぎず、チャペックは山椒魚の科学的な分析や歴史に紙面を費やす。架空の言語を登場させるなど手が込んでをり、知的な刺激に満ち溢れてゐる。また、反ユートピア小説として読める一方、総統といふ名称がヒトラーを暗示するやうに、ミュンヘン会談前夜におけるチェコの危機的情勢を予知した深刻な諷刺小説と読むことも出来る。山椒魚との戦争で日和見主義の埒が明かない議論をする人々の姿は、危険因子を増強させた宥和政策への痛烈な揶揄だ。[☆☆☆]


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