アリストパネス

(Aristophanes、前445?〜前385?)


『騎士』 "Ε?ΙΠΠΕΣ/HIPPES"

 アリストパネスはペロポネンソス戦争において和平論を貫いた。それ故悪名高いデマゴーグであるクレオンに激しく糾弾された。前半はクレオンに対する攻撃が露骨で、諷刺の枠を超えた品格のない悪質な罵倒であり、意図を理解してゐたとしても興が湧かない。しかし、後半、デーモス旦那―アテナイ民会―に取り入る為の舌戦は機知に富み、当時のデマゴーグの手腕と市民の腐敗振りが窺へて俄然面白くなる。古代も現代も衆愚政治と金権政治の実体は何ら変はる処がないのだ。[☆]

『雲』 "ΝΕΦΕΛΑΙ/NEPHELAI"

 アテナイを席巻したソフィストの害毒を痛烈に戯画化し、こともあらうにその代表格としてソクラテスを登場させた問題作だ。奇人として名の通るソクラテスだけに喜劇で諷刺されることは詮方ないことかも知れぬが、イオニア自然哲学の諸説空論から無神論までを綯ひ交ぜに語らせ、負け目の議論を掏り替へと三段論法で勝ち目の議論にする弁論術の達人ソフィストの第一人者として描くことは暴挙と云へる。しかし、当時の一般市民がソクラテスとソフィストを同一視してゐたことも事実なのだ。珍妙な屁理屈が論理として通るアイロニーの趣向が強く、喜劇の題材としては打つて付けだ。ロゴスの発展したギリシアにおける言葉の快楽と危険な誘惑が刺激的で、猥雑なだけの作品とは一線を画す。[☆☆☆]

『女の平和』 "ΛΥΣΙΣΤΡΑΤΕ/LYSISTRATE"

 性交拒否といふ奇抜な発想が秀逸。卑猥な隠語の連想が多い滑稽劇としての印象が強いが、その実、長期化しギリシア文明を衰退させる原因となつたペロポンネソス戦争に対する反戦劇である。諷刺を多分に含むが、主題が戦争と政治であるからはぐらかされて辛辣さも減退してゐる憾みがある。アリストパネスが愚弄する対象は常に一面的ではない。笑ふもの笑ふべからず。禁欲比べは女の勝利であるが、はて、性欲の強さ比べならどちらか。[☆]

『女の議会』 "ΕΚΚΛΕΣΙΑΥ?ΣΑΙ/EKKLESIAZUSAI"

 参政権のない婦人が男装して議会に潜り込み、女性上位を決議するといふあべこべの喜劇なのだが、女の井戸端会議や隠語の連想で獲た笑ひの隙間から仕掛けられる体制批判が諷刺を超えて寸鉄人を殺す。劇中盤で観客全員を告発常習者と揶揄する台詞は、アテナイが陥つた衆愚政治に対する痛烈な批判である。劇後半で施行される原始共産主義社会の試みは、私有財産がもたらす諍ひへの安易な否定とは済まされない。プラトンの国家論に先行して描かれた理想社会への希求は、この喜劇の意義を計り知れないものにしてゐる。[☆☆☆]


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