ヴァレリー

(Ambroise-Paul-Toussaint-Jules Valéry、1871〜1945)


『ムッシュー・テスト』 "MONSIEUR TESTE"

 ヴァレリー唯一の小説だが成立過程は複雑を極める。各章は様々な時期に独立して書き継がれたが、その実テスト氏のことを描いたのか、ヴァレリー自身の観想を述べたのかすら判然としない箇所すらある。極めて実験的な手法で書かれてをり、小説といふ概念を超越した作品だ。テスト氏とは何かを一言で表現するのは乱暴で至難なことであるが、敢て規定するなら覚醒者と云へようか。テスト氏は超人的な覚醒者として曖昧なもの不純なものを注意深く排除する人物に描かれるが、生身の弱さも垣間見せる。人生を明晰な知性で監視し続けることは不可能に違ひない。詩人ヴァレリーが言語の純粋さを保とうとして絶望した体験がテスト氏を生み出した。典型や常套に陥らない孤高のテストはヴァレリーの肖像なのだ。[☆☆☆]

『エウパリノスもしくは建築家』 "EUPALINOS OU L'ARCHITECTE"

 ヴァレリーが孤高の詩人として脚光を浴びた後の作品。黄泉の國でソクラテスとパイドロスが語り合ふといふプラトンの対話篇形式を踏襲してゐるが、完全にヴァレリー独自の世界観が展開される。建築家エウパリノスの藝術観から自然の造型と人間の意志による造型との差異に論点が置かれる。人間の認識は全体を把握することは出来ず、人間の感覚が捉へられる範囲で都合良く原理や法則を手前勝手に作り出したに過ぎない。人間が心地よく感じる幾何学的な美とは、実は自然な状態を分離させ、部分だけで醜く接合したものに過ぎないとする。ソクラテスを借りてヴァレリーは人間が拠り所とする理性の嗜好を根底から揺るがす。[☆☆]

『魂と舞踏』 "L'ÂME ET LA DANSE"

 『エウパリノス』と同様にソクラテスとパイドロスが登場し、医者エリュクシマコスを加へて舞踏について論じる対話篇。踊り子たちの描写を交へ乍ら、身体の陶酔的な昂揚である舞踏について詩的な形容が続く。徹頭徹尾ヴァレリー独自の世界であり、極めて難解かつ象徴的な示唆に充ちてゐる。精神活動をも呑み込む身体の作用として舞踏を讃美する長大な散文詩とも云へる作品だ。[☆]

『樹についての対話』 "DIALOGUE DE L'ARBRE"

 ルクレティウスと牧人ティティルスによる対話篇。ウェルギリウス『牧歌』に霊感を受けて書かれた作品で、超俗的な気風が漂ふ。擬古典様式ではあるが、矢張りヴァレリー独自の世界観が展開し、『カイエ』に見られるやうな認識論の蘊奥を随所に見せる。しかし、焦点がなく散漫な作品だ。[☆]


戻る