ゲーテ

(Johann Wolfgang von Goethe、1749〜1832)


『ライネケ狐』 "REINEKE FUCHS"

 これはゲーテの創作ではなく、古くは13世紀迄遡ることが出来る寓話である。ゲーテは韻律を改作するに止まり、物語に殆ど手を加へてゐない。数々の危機を弁舌と狡智で切り抜ける狐のライネケ。その手口は常に相手の欲望を引き出し、旨い話にまんまと目を眩ませるもの。欲望の前に理性を失ふ輩を嘲笑する如くライネケはかく語りき。「つねに不満を訴へる心は、多くの物を失ふのが当然。強欲の精神は、ただ不安のうちに生きるのみ、誰にも満足は与へられぬ。」[☆☆]

『ヘルマンとドロテーア』 "HERMANN UND DOROTHEA"

 運命に導かれ唯一度の機会を勝ち得た若き男女の愛を、牧歌的に綾なした抒情詩の名作。恋しい女の目に愛の眼差しを読み取れず、図らずも告白を断念するヘルマンの純粋さ。男を慕ふ女心の殊勝な誇りを謳ひあげるドロテーアの健気さ。恋の機微が詩的に描かれる後半はことのほか美しい。全編に亘つて鏤められた処世訓や人生論はゲーテ特有のもので、分別臭く好嫌ひが分かれるだらう。[☆☆]

『西東詩集』 "WESTÖSTHIEHER DIVAN"

 ゲーテが晩年に産み落したオリエントへの憧憬と道ならぬ恋への苦悩が混然と融合した問題作。ペルシアの詩人ハーフィズに霊感を受けたゲーテは、予てより抱いてゐたオリエント世界への傾倒を深め、知の巨人として西洋と東洋の境界を超えた世界市民的な地平を切り開いた。折しも人妻マリアンネとの邂逅と詩情の交流が、ズライカといふ美しく賢い古の女性の姿を借り、秘めた恋文となり、異教的な神秘とエロスのアラベスクを形作つた。詩集の頂点を成す「ズライカの書」を準備する一遍の詩「至福の憧れ」の句を解する者は、恋の神聖な秘密を知る者である。[☆☆☆]

『箴言と省察』 "MAXIMEN UND REFLEXIONEN"

 ゲーテはヴォルテールと並ぶ箴言の巨人だ。膨大な断片を後代の編集によつて8つに分類し並べたのがこの『箴言と省察』であり、ゲーテが意図した著作ではない。走り書きや覚書といつた性質が強く、教訓的な警句集とは些か趣を異にする。科学技術、藝術、歴史、哲学など、広範多岐に亘るゲーテの叡智が散りばめられてをり、基礎知識や時代背景の理解が要され、かつ断章の羅列といふこともあり、極めて晦渋である。その中でも矢張り人生論や処世訓は普遍的な価値がある。[☆☆☆]



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