ディドロ

(Denis Diderot、1713〜84)


『肖像奇談』 "MYSTIFICATION OU HISTOIRE DES PORTRAITS"

 心理的な要因が人間の生理へ影響を及ぼすといふことを主題に展開する軽妙な対話篇。肖像画を取り戻す依頼を受けて練られた算段が、病気の原因を忌まわしい所有物―即ち肖像画に帰することであつた。現代の霊感商法にも似たやりとりとお粗末な落ちが洒脱だ。[☆☆]

『ダランベールとディドロとの対談』 "ENTRETIEN ENTRE D'ALEMBERT ET DIDEROT"

 対話篇の様式は止揚を基調とする哲学談話に相応しい。ディドロは生物学や生理学に取り分け関心を示した。食品が血肉となり死骸が土となる例へを用ゐて無機物と有機物の境界を取り払ひ、全てのものは連鎖してゐることを説く。デカルト以来の物心二元論を否定し唯物論を押し進めたディドロは、不可知論に逃げ込むダランベールを遣り込める。『ダランベールの夢』を準備すると共に、その序章を担ふ作品。[☆☆]

『ダランベールの夢』 "LE RÊVE DE D'ALEMBERT"

 ディドロに吹き込まれた唯物論の消化に悩まされるダランベールは悪夢にうなされ奇怪な寝言を口走る。曰く「生命とは一連の作用と反作用だ。生きてゐるときは、僕は塊をなして作用し反作用する。死ねば、無数の分子となつて作用し反作用する。」 それを聞いたレスピナッス嬢と医師ボルドゥーが交はす対話篇といふ手の込んだ作品。ボルドゥーがディドロの唯物論を代弁し、人間を医学的・生物学的見地で解剖し尽くして魂の存在を否定する。唯物論の応用は遂には観念にまで及ぶ。曰く「命題をもつと一般的なものに、言語活動をもつと敏速に、もつと便利にする、習慣的な黙説法や省略法があるだけです。言語活動の記号が抽象科学を生んだのです。」 人間は認識といふ行為の際、言葉を用ゐることで限界を設けて仕舞つてゐることを気付かせる深遠な作品。[☆☆☆]

『対談の続き』 "SUITE DE L'ENTRETIEN"

 上記2作品と合はせて3部作を成し、そのエピローグと云へる掌篇。レスピナッス嬢に乞はれて再来したボルドゥー博士が、性の問題を大胆に扱ひながら人間が動物に過ぎないことを説く問題作。だが、それ以上に詩を定義した件を看過してはならない。曰く「存在してゐるものに似せて存在しないものを作り出す術」。『夢』の言語論と併せ、ディドロの慧眼が光るアフォリズムだ。[☆☆]

『或哲学者と×××元帥夫人との対談』 "ENTRETIEN D'UN PHILOSPHE AVEC LA MARÉCHALE DE ***"

 無神論に到達したディドロによる底意地の悪い対話篇。刧罰への恐れから敬虔な素振りをする元帥夫人にさり気なく「人間が依然として無知で怖がりである間は」「人間は迷信なしですませること」が出来ないだけであることを悟らせ、信仰の基盤を揺るがす。しかし、ディドロにとつて重要なのは無神論ではなく、迷妄に陥らない覚醒した理性のあり方なのだ。結句の偽善者然とした台詞が傑作だ。[☆☆☆]


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