ストリンドベリ

(Johan August Strindberg、1849〜1912)


『父』 "FADREN"

 男は生まれた子供が自分の子であるかを知ることは出来ないといふ主題を軸に、夫と妻、男と女の間に横たはる永遠の溝を掘り下げた問題作。信じたくても疑つて仕舞ふ男の悲しい性を、ストリンドベリは伏線を張り巡らして顕在化させる。これを狂気と見なし夫を敵視するやうになつた妻は、哀れな夫を追詰め廃人にする。愛娘が発する止めの一言を周到に配置する作劇術の見事さもあり、大変完成度が高い。[☆☆☆]

『パーリア』 "PARIA"

 二人の男の対話だけでなる思想劇。手形偽造者の男が、不意に老人を殴り殺した男を同罪に落とし入れやうとするが、罪を自覚する男は自分の無罪を主張する男の浅ましさを糾弾する。罪は軽重が問題ではない。自覚せざるか否かが問題なのだ。[☆]

『債権者』 "FORDRINGSÄGARE"

 軽佻浮薄な妻を持つ夫のもとに現れた前夫。妻の旅の間に意気投合した二人だが、前夫は元妻の過去の精神的な負債を請求しに来たのだ。色香を使つて男から精神や地位などあらゆるものを引き出し、吸収して我が物とするが、形なきものとして代価を払はないばかりか、裏切りをも辞さないといふ、男を骨抜きにする精神の吸血鬼のやうな女性像をストリンドベリは辛辣に描く。[☆☆]

『死の舞踏』 "DÖDSDANSEN"

 ストリンドベリの女嫌ひは伝説的である。後期の作品である『死の舞踏』は、一方的に女を排撃する姿勢から人間そのものへの不信へと絶望的な主題を突き詰めてゐる。夫婦間の地獄絵図を描いた家庭悲劇ながら、人間存在に関はる象徴的な台詞が多い深淵な作品だ。夫は人生の救済を期待せず、他者の理解をも求めない。唯我独尊の境地から周囲を撹乱し、人間不信の毒を巻き散らす。しかし、妻ひとりは抵抗し復讐を企て、周囲を巻き込み利用しながら、夫からの解放―夫の死を願ふ。夫が倒れた時に発した「万歳!くたばつた」といふ台詞は真恐ろしい限りだ。常軌を逸した狂気の世界は、読者を限定する。人間を信じたい方は読まぬがよい。[☆☆☆]

『復活節』 " PÅSK"

 女嫌ひを徹底した自然主義作品から一転し、魂を救済する宗教劇への転換を示す作品。父の犯した罪により社会から虐げられ人間不信に陥つた一家族の運命が、傷付き易いこころを持つ無垢な乙女と純情な青年の挙動により自ずと好転する。警戒し拒んでも仕合はせにはなれない。信じ愛することこそ人間の道である。[☆]


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