太宰治

(津島修治、明治四十二年〜昭和二十三年、1909〜48)


『晩年』

 出世作となつた第一創作集で15の短篇から成る。ここには後の太宰作品のあらゆる諸相が包括されてゐる。中核を成すのは半生を振り返つた『思ひ出』と最初の自殺未遂直後の戯画『道化の華』だ。これらは『人間失格』へと繋がる太宰文学の原点であるが、滑稽な道化を装ふ泣き笑ひの精神が既に完成された形で結晶してゐる。『道化の華』の不思議な明るさと、重層的な語り口が印象的だ。そして、この2作品以上に評価したいのが『ロマネスク』と『地球儀』で、『お伽草子』で開花する物語の名手としての実力が遺憾無く発揮されてゐる。特に『ロマネスク』の技巧的な落ちが洒落てゐる。創作の裏話を開陳した『猿面冠者』も重要な作品。『彼は昔の彼ならず』は自己を客観的に戯画した愉快な傑作。寓話的な『魚服記』『猿ヶ島』、洞察力に充ちた『列車』も気が利いてゐる。第1回芥川賞の候補になつた『逆行』は初期の技巧的な手法による晦渋な作品だが、硬さがあり太宰の本当の魅力ではない。『陰火』は『逆行』と対を成す。冒頭の実験的かつ前衛的な断章『葉』は意気込みが感じられるが、寧ろ最後に置かれた『めくら草紙』と対を成してゐるところに着眼すべきだらう。自虐的に『晩年』と銘打つた作品集には自信と哀感が交錯してゐる。[☆☆☆]

『女生徒』

 太宰の奇蹟的な才能が結実した名作。女学生のある一日の心情を綴つた『女生徒』は、ちょっぴり残酷で直情的な処女の秘めた内面と、西欧の書物をかじる開明的で禁欲的な理性の成長との相克が描かれてをり、本音と建前の苦悩に揺れる乙女心が鮮やかに描かれてゐる。時に背伸びをし、時に未熟さに甘える告白体が醸し出す親密感は天才的と云ふ他ない。男の太宰がよくも書けたと関心するのは無論だが、実はこれは当の女には書けない類ひの文章だと思ふ。大人の女性へと変貌する時期の刹那的な心の襞は、女の羞恥に美を見出した太宰のやうな繊細な作家でないと描けないのだ。太宰の最高傑作に『女生徒』を選ぶ方も多いだらう。[☆☆☆☆]

『畜犬談』

 「私は、犬に就いては自信がある。いつの日か、必ず喰ひつかれるであらうといふ自信である。」中期の太宰に特有な邪気のない軽妙な書き出しから読者を魅惑する。犬嫌ひを必死に述べたてる可笑しみには腹が捩れるほどだ。懐かれた犬に対する感情の変化に太宰の情愛の深さを甚く感じる珠玉の作品で、読む者の内にいぢらしさと愛ほしさを湧き上がらせる名文に感服する。[☆☆☆]

『駆込み訴へ』

 西洋人には決して書けない作品。イエスその人を描くことは危険なことだ。それ以上に裏切り者ユダを正統化しようとする行為など考へも付かないことかも知れぬ。信仰を離れて福音書を読むと、著述されなかつたイエスと弟子たちの日常の欠陥が見えてくる。それを支えた人物にユダを当てるのは太宰の創作だが、少ない福音書の記述から内面の葛藤を抉り出した手腕は瞠目すべきだ。イエスの為に生き、イエスを本当に愛した唯一の人物として描かれたユダの心理は、痛切故に真に迫る。愛が憎しみに転じ、裏切りを使命と述べる件は恐ろしい。現世の安寧を願ふユダにはイエスの神性を理解することは永遠に叶はない。同情と憐憫をもつてユダに共感した太宰の慧眼は、キリスト教のタブーを超え人間の最も美しい部分と暗い部分を見詰める。息急き切る口上の自棄的な吐露も素晴らしい。太宰の名作数多くあれども、最高傑作はこれだ。[☆☆☆☆]

『走れメロス』

 教科書で読んで大袈裟な友情談義に辟易して以来、この名作を敬遠する人も多いだらう。だが、太宰の意図はシラーの原作から理想主義を抽出し、明朗な古典劇を再創造する処にある。友情を蝕む近代社会の打算に対する揶揄を道化の仮面で覆ふ太宰畢生の名作。純粋な眼差しで読み返したい。[☆☆☆]

『正義と微笑』

 太宰のみが書き得た青春文学の傑作。機会あつて目にした俳優志望の青年の日記に着想を得て、大人への扉を叩く瞬間を鮮烈に描く。思想や感情が青臭さを脱皮して行く過程を、日記による独白体を駆使しながら瑞々しく捉へる。しかし、この種の作品は成人である書き手の照れが子供つぽい無邪気さの発露を阻害し、実際よりも分別臭くなつて仕舞ふ。太宰もその弊害を免れてはゐないのだが、若い魂の彷徨を太宰以上に表現するのも困難であることを認めねばなるまい。キリスト教の精神が随所に現れ、戦時中の作品とは思へない理想主義の羽ばたきがある。後半、ぼんやりとした願望が形を取り始め、俳優への道を歩み始める件は秀逸で、これから世に出る青年よりも、世に出て挫折しさうな人に読んで欲しい。主人公の気骨に倣ふのだ、挫けるには早い。[☆☆☆]

『津軽』

 太宰は津軽に生まれ津軽に育つた。しかし、津軽では死ねないとばかり上京してからの破滅的な人生が繰り広げられたのは周知の通りである。だが、戦時下の苦難の時代に精神の安定を得た太宰は日本文学の灯火をひとりで守り抜いた。この時期に太宰は因縁の地、津軽を正視すべく巡礼の旅に出た。途中志賀直哉のことが語られる件があるが、これは太宰の『和解』であるのだ。認知度の低い津軽の風土記といふ側面を取り入れ乍ら、異邦人然として斜に構へた諧謔と戯けた自虐を織り交ぜて軽妙な道中が語られる。友人や親族との邂逅に継いで巡礼の最後に、幼少期の仕合はせな思ひ出を残して呉れたたけとの再会を果たす。込み上げた感情に読者の泪が乾かぬうちに、太宰は照れ隠しで不意に筆を置く。太宰には虚飾がない。一見散漫に思へる紀行文が感動的な名文に昇華する奇蹟の一瞬に太宰の天才の秘密がある。[☆☆☆]

『パンドラの匣』

 実際に太宰が目にした闘病日誌を元に構想された書簡体小説で、療養所での日々を友へと書き綴つた作品だ。主人公の若々しい感性が読者を朗らかにする。特異な環境における甘酸つぱい恋の懊悩が描かれた青春小説で、希望を追ひ求める健気な心意気は戦中期の太宰のみが発揮し得た暗澹たる風潮への反骨である。ところで、この作品は戦中の混乱期に焼失した『雲雀の声』を復元したといふ紆余曲折があり、『パンドラの匣』と改作される過程で終戦を迎へ、通底する気分や時代背景が変はつて仕舞つた。どこか白痴的な明るさが垣間見られ、不首尾な作品となつたことは否めない。[☆☆]

『ヴィヨンの妻』

 後期作品群中の珠玉。太宰が得意とした女性一人称の作品だが、これ迄の作品とは趣が異なり、枯れた語り口で淡々と綴られる。それは主人公である妻には希望がないからだ。次第に、生きるといふ残忍な宿命を斟酌なしに描く凄みが飄然と浮かび上がる。妻の目を通して語られる夫の生き様は無頼詩人ヴィヨンが如く偽悪を重ねる痛切なものだが、一種特別な軽妙さがある。救ひがないのに清明なのは、諦観といふ境地に達してゐるからだらう。希望がなく生き続けることと、絶望して死に赴くことの境は僅かな違ひかも知れないことを太宰は描いた。しかし、此岸と彼岸の隔たりは果てしがない。恐るべき境を軽業師のやうに渡り行く畢生の名作。[☆☆☆]


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