世界文学渉猟

ラブレー

(François Rabelais 1483?〜1553)


"LES HORRIBLES ET ÉPOUVANTABLES FAITS ET PROUESSES DU TRÈS RENOMMÉ PANTAGRUEL ROI DES DIPSODES,FILS DU GRAND GÉANT GARGANTUA"

『パンタグリュエル』

―大巨人ガルガンチュワの息子にしてディプソード国王、その名も高きパンタグリュエルのいと恐ろしき武勇伝―

 大食漢の巨人が活躍する作者未詳の『ガルガンチュア年代記』に霊感を受けたラブレーは、ガルガンチュアの息子にパンタグリュエルなる巨人を配置して奇想天外な書物を著はした。パンタグリュエルの暴飲暴食振りは父君に勝るとも劣らないが、糞尿の放出量も唯事ではない。一方で知の深淵を探求する君子としての役回りが当てられ、時正に開花したユマニスムの具現者としての性格を帯びてをり、御下劣な奇書と断じるのは早計だ。特にパンタグリュエルの分身とも云へるパニュルジュは性的な面を一身に荷なひ、卑猥な言動を隠れ蓑にスコラ学への辛辣な当て擦りを展開して作品の要を果たす。また、2つの興味深い挿話―ダンテを想起させる地獄巡りとパンタグリュエルの口腔中に存在する別世界の物語―はルネサンスと大航海時代における価値転換が如実に語られ刺激に充ちてゐる。最後のディプソード人制圧の件も、ホメーロスと騎士道物語のごった煮のやうな記述で大いに楽しめる。[☆☆☆]


"LA VIE TRÈS HORRIFIQUE DU GRAND GARGANTUA,PÈRE DE PANTAGRUEL"

『ガルガンチュア』

―パンタグリュエルの父親、大ガルガンチュアの、いと恐ろしき物語―

 作者未詳の『ガルガンチュア年代記』がラブレーにより独創的な奇書へと刷新された。『パンタグリュエル』が先に著はされたが、『ガルガンチュア』から読み進めるのが常套だ。御下劣な隠語が垂れ流される滅法痛快な書物ではあるが、明らかに諷刺や揶揄が込められてをり一筋縄では済まない。隠された意図は注釈の手助けがなければ皆目理解出来ないのだから、難解な作品だと云へる。特にアナグラムの豊かさには驚嘆の念を覚える。だが、ルネサンスに開花したユマニスムと福音主義さえ踏まえてゐればラブレーは自由に読める。スコラ学を批判し、人文主義的な教育方法に基づく人格形成を礼賛する件は興味深い。兎に角深読みは禁物だ。肩すかしを楽しもう。でもいくら隠れ蓑とは云へ、過剰な糞尿趣味は殆どラブレー個人の性癖なのだらう。知の冒険にはうんこが付きものなのだ。[☆☆]


"LE TIERS LIVRE DES FAICTS ET DICTS HÉROÏQUES DU NOBLE PANTAGRUEL"

『第三之書』

―第三之書、気高きパンタグリュエルの英雄的言行録―

 知の巨人ラブレーの破天荒な奇書の続編。『第三之書』に仮に題を付けるとしたら『パニュルジュ』となるだらう。主人公は明らかにパンタグリュエルの家臣パニュルジュだ。借金こそ円滑な社会の仕組みと拗くれた借金礼賛をするパニュルジュはトリックスターである。次いでパニュルジュは結婚に意欲を見せる。のっけからコキュになることを忌避したがるパニュルジュに、逆にコキュになること間違ひなしの宣告が下され、抵抗するパニュルジュの悪足掻きが始まる。知者愚者取り混ぜて言葉の解釈を巡る押し問答が繰り広げられ、作品の大部分を費やす。諷刺に充ちた韜晦な書で、時代の制約を受けるが、言葉の不確定性を露にした点で先進的だ。言葉の洪水の中からフランス語の沃野が誕生した歴史的意義は大きい。[☆☆☆]


"LE QUART LIVRE DES FAICTS ET DICTS HÉROÏQUES DU BON PANTAGRUEL"

『第四之書』

―第四之書、良きパンタグリュエルの英雄的言行録―

 『第三之書』の続きで「聖なる酒壜」のお告げを頂戴するべく大海原の旅に出ることになつた一行の冒険譚である。だが、この『第四之書』が成立した時代背景に大きな問題があり、エラスムスの衣鉢を継いだ人文主義が特色であつた『第三之書』までとは様相が異なる。『第四之書』が完成され出版されたのがラブレーの死の前年1552年であり、フランス国内で宗教対立が激化してきた時期と重なる。ソルボンヌから敵視され禁書扱ひを受けてきた中で、国王の特認を得て出版に漕ぎ着けたラブレーの立場は薄氷の如く危ふく、1548年には不完全版と称される執筆途中の流出原稿が出版されるなど不穏な要素が満載だ。極めて政治色の強い『第四之書』は忖度が付き纏ふ。旅先で遭遇する諷刺の対象は多岐に及ぶがどれも抉りが弱く散漫なのだ。これまで作品の顔として躍動したパニュルジュは難儀な航海に臆病風を吹かせ役立たずだ。冗漫さが極まつた頃合ひで、目的であつた「聖なる酒壜」の結末が語られることなく終はるのは衝撃だ。これぞラブレーの凄み。[☆]


"LE CINQUIESME ET DERNIER LIVRE DES FAICTS ET DICTS HÉROÏQUES DU BON PANTAGRUEL"

『第五之書』

―第五番目にして最終の書、良きパンタグリュエルの英雄的言行録―

 当初から偽書として扱はれてきた。『第五之書』が公刊されたのは1564年のことである。ラブレーは1553年に鬼籍に入つてゐる―当時は消息不明とされ生きてゐるか死んだのかもわからなかつたのだから真偽を疑ふ根拠もなかつた。内容は『第四之書』の続きで、目出たく「聖なる酒壜」のお告げを得て大団円となるのだが、この予定調和的な運びをラブレーが意図したかについては大いに議論が分かれるだらう。また、叙述の密度にムラがあり、残された断片遺稿を元に組み立てられた説も否定し難い。何にしても、『第四之書』の終はり方を気持ち悪く思ふ向きによつて完結作『第五之書』は成立した。その価値はラブレーの精神を受け継いだに止まる。[☆]


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