エウリピデス

(ΕΥΡΙΠΙΔΗΣ/Euripides、前485/4?か前480?〜前406)


『アルケスティス』 "ΑΛΚΗΣΤΙΣ/ALKESTIS"

 結末から思ふに悲劇ではなく悲喜劇と呼ぶのが相応であらう。劇としての緊密度は薄いが、思索的で懐疑的な台詞に富んでをり、エウリピデスの特質を示した名作だ。避けられぬ死への恐れに直面した人間のエゴイズムが様々な姿をとつて正当性を主張する。殊にアルケスティスの自己犠牲によつて余命の永らえたアドメトスの惨めな苛立ちが痛々しい。曰く「もし死が間近に来ようものなら、誰一人として死にたいと思ふ者などありはしない。」[☆☆]

『メデイア』 "ΜΗΔΕΙΑ/MEDEIA"

 伝承を改変し、子殺しといふメデイア像を膾炙させたエウリピデスの代表的悲劇。恩義を仇で返されたメデイアが貫徹する夫イアソンへの復讐心は唯事ではない。気性激しき女であるメデイアはその魔力で数多くの凶事を為遂げて来たが、イアソンから全ての希望を奪ふ為に敢行される神をも恐れぬ仕業には身の毛が弥立つ。悲嘆にくれるイアソンを残して閉じられる壮絶な筋書きで、裏切りへの報復といふカタルシスはあるものの、道義的な面に縛られない悲劇を創作したエウリピデスの野心が賛否両論を呼び起こす問題作。[☆☆☆]

『ヘラクレイダイ―ヘラスレスの子供たち』 "ΗΡΑΚΛΕΙΔΑΙ/HERAKLEIDAI"

 この悲劇の主題が、ヘラクレスの子供たちに執拗な迫害を続行するエウリュステウスの末路なのか、犠牲を所望する神託に献身するマカリアの殊勝さなのか、積年の怨みを断固として晴らそうとするアルクメネの偏狭なのかと、纏まりが弱く優れない。ペロポンネソス戦争当時のアテナイの反スパルタ感情を背景とした政治劇と読むのが一番妥当な作品なのだらう。[☆]

『ヒッポリュトス』 "ΙΠΠΟΛΥΤΟΣ/HIPPOLUTOS"

 現代においても形を変へて人間を悩ます普遍的な愛の悲劇である。出口なしの愛に絶望するパイドラ、潔癖故に冤罪を被るヒッポリュトス、裏切りに逆上するテセウスの三者三様の悲劇が折り重なるやうに迫る名作だ。殊に如何なる選択によつても救はれないパイドラの死を急ぐ姿が痛ましい。道ならぬ恋が辿らねばならない哀しき宿命を愛欲の女神アプロディテと永遠の処女神アルテミスに語らせる手法は、エウリピデスが多用したデウス・エクス・マキナの一種であるが、卑俗な不倫の愛憎劇に貶めない為の周到な配置と云へる。[☆☆☆]

『ヘカベ』 "ΕΚΑΒΗ/HEKABE"

 娘と息子を失ふといふ二重の悲劇に打ち砕かれるヘカベの凄惨な運命。プリアモス王が妃ヘカベのトロイア陥落後に受けた屈辱があはれを催し、曲全体を栄華の夢が支配する物悲しさが秀逸だ。特に前半、ヘカベの娘ポリュクセネの健気な自己犠牲には胸を打たれる。毅然と流される処女の鮮血には一種特別な凄みがあり、その情景の美しさは白眉である。しかし、残念なことにエピローグに当たる復讐劇が通俗的な様相を呈し、劇全体の品格を落として仕舞つた。[☆☆]

『ヒケティデス―救ひを求める女たち』 "ΙΚΕΤΙΔΕΣ/HIKETIDES"

 子を失ふ母親らの嘆きが劇全体の動力で、やや起伏の少ないしめやかな作品だ。しかし、テーバイの使者が挑戦的な台詞を述べる箇所は秀逸で、衆愚政治に転落するアテナイへの内部告発と読める。曰く「言葉巧みに国民を煽て」「悪事を働き」「他に非難を向け」「罪を逃れる」。これを受けてテセウスが専制君主政治を非難する台詞には通り一遍の説得力しかない。最後にアテナを登場させる件はペロポンネソス戦争で苦境に立つアテナイの虚勢が感じられて作品を貶めてゐる。[☆]

『アンドロマケ』 "ΑΝΔΡΟΜΑΧΗ/ANDROMACHE"

 辛苦を嘗め尽くしたアンドロマケが不幸な境涯を切々と訴へる冒頭の台詞など格調高い部分もあるが、反スパルタ感情を煽動する余りだらう、嗜虐的で劇的な筋運び、型に嵌つた人物の設定と配置、関連しない複数の主題が展開しないままにデウス・エクス・マキナによつて収拾されることなど、エウリピデスの作劇術の悪い面が出た作品である。しかし、紋切り型の感傷的な対話が大衆的な人気を博したことは想像に難くない。[☆]

『ヘラクレス』 "ΗΡΑΚΛΗΣ/HERAKLES"

 エウリピデスはヘラクレス伝説に大胆な変更を加へ、十二の難業を果たした後のヘラクレスを襲ふ底なしの悲劇を創作した。最後の難業を成し遂げ帰還して、困窮する父、妻、子供らを助け出したのも束の間、ヘラの怒りの為狂気に憑かれ、妻と我が子を殺める。栄光からの転落は完膚無き迄に英雄を打ちのめす。惨劇の後に訪れた友テセウスの慰めと恩情もヘラクレスには役立たず、ゼウスを呪ひ、死への想念に赴く。如何なる者をも廃人とする絶望ほど恐ろしいものはないことを示す珠玉の名作。[☆☆]

『トロイアデス―トロイアの女』 "ΤΡΩΙΑΔΕΣ/TROIADES"

 『アレクサンドロス』『パラメデス』『トロイアの女』で三部作を成したが前二作は断片が残るのみ。娘らが略奪され、孫が屠られ、都が炎上し、自らも奴隷として連行されるといふ救ひのない責苦が続くプリアモス王が妃ヘカベの絶望が観る者を恐れさす。エウリピデスの作品中最も悲愴感が著しく、上演の前年に同胞らが起こしたメロス島虐殺事件といふ暴挙に衝撃を受けて書かれたとされる。ヘラス勢によるトロイア殲滅の非道さを描くことで、反戦劇としての重い一石を投じた作品として読みたい。[☆☆]

『タウリケのイピゲネイア』 "ΙΦΙΓΕΝΕΙΑ Η ΕΝ ΤΑΥΡΟΙΣ/IPHIGENEIA E EN TAUROIS"

 エウリピデスの劇作は後期に至ると幸福な結末による独自の境地を示すやうになる。数々の困難を機知により解決して行く筋運びの巧さが心憎い傑作だ。取り分け、ふたりだけが共有する幼き子供時代の追慕により姉弟の再会が果たされる件は、アリストテレスも激賞したアナグノリシス(認知)の最も美しい情緒に充ちてをり、胸熱くなる名場面と云へる。[☆☆☆]

『エレクトラ』 "ΗΛΕΚΤΡΑ/ELEKTRA"

 悲劇詩人が挙りて扱つた母殺しの主題を描くに当たり、エウリピデスは設定を改変し観客の度肝を抜く。即ちエレクトラを剃髪の襤褸を纏つた惨めな姿で登場させ、復讐鬼としての性格を激烈に煽りたてる。手始めに刃に掛けたアイギストスの遺骸への侮蔑は嗜虐的と云ふ他ない。そして、母への仇討ちを躊躇ふオレステスを鼓舞し、更には止めの一撃に加担する。父への思慕と母への怨念は心理学の格好の材料とされたが、エウリピデスの劇作法の特色が発揮された傑作として読みたい。[☆☆☆]

『イオン』 "ΙΩΝ/ION"

 進行する筋の展開に依るのではなく、隠された真実がひとつひとつ明らかにされ、劇的なアナグノリシス(認知)とペリペテイア(急転)へと凝縮されて行く作劇術は理想的と絶賛したい。イオンの出生が明らかにされ、生き別れの母との再会を果たすといふ幸福な結末を持つ故に悲劇とは分類されず、エウピリデスの新傾向が遺憾なく発揮されたロマン劇とされる。首尾よく欺かれたクストスの立場は喜劇的で、デウス・エクス・マキナによる神意の完成は、劇を主導するポイボス・アポロンを正当化する為とは云へ不条理に充ちてゐる。[☆☆☆]

『ヘレネ』 "ΕΛΕΝΗ/HERENE"

 エウリピデスはトロイア戦争の発端であるパリスによるヘレネ略奪の設定を大胆に変更して新解釈の劇を創出した。ヘレネは神々の謀で事の初めからエジプトへ隠され、トロイアに居たのは幻影であるといふ荒唐無稽な設定で、トロイア攻略後難破し漂流してきた夫メネラオスとの再会を果たし、ヘレネを拘束するエジプト王の手から計略でメネラオス共々脱出をするといふ筋はとても悲劇とは云へず、『イオン』と同様ロマン劇と分類してよい。因習に捕はれず、解放劇といふ様式を完成させた名作である点は高く評価したい。[☆☆]

『ポイニッサイ―フェニキアの女たち』 "ΦΟΙΝΙΣΣΑΙ/PHOINISSAI"

 エウリピデスの後期の傑作として重要な大作。ギリシア悲劇は神話を素材に人間の苦悩を突き詰めてきたが、出典が同じなら方法の違ひしかない。エウリピデスは新機軸を打ち出すべく設定を適宜変更し、新たな悲劇としての蘇生に成功した。この『ポイニッサイ』は『テーバイ攻めの七将』と『アンティゴネ』を包括させた壮大な劇的空間を纏め上げ、オイディプス悲劇の大絵巻を構築した。クレオンの息子の自己犠牲などの新要素も加へ、元凶オイディプスの追放まで弛緩無く段階的に悲劇を積み上げて行く手腕は円熟の極みだ。全ての者に不幸が降り懸るエレオス(いたましさ)はギリシア悲劇のひとつの頂点と云へる。[☆☆☆]

『オレステス』 "ΟΡΕΣΤΗΣ/ORESTES"

 母を殺めたオレステスは、姉エレクトラ共々拘束されて、死刑の裁きが下るのを待ち受ける。そこへ唯一事態を打開出来るメネラオスが帰還するが、無情にも叶はない。そこで親友ピュラデスを交へ、若者たちの暴走が始まる。ヘレネを殺し、娘ヘルミオネを人質にメネラオスへの抗議を行ふといふのだ。エウリピデスは一流の新解釈で不条理への抵抗といふ側面を肥大させた。全ての登場人物の主張には正当性が含まれるが、それでは悲劇の連鎖は止まらない。破滅寸前でポイボスによるデウス・エクス・マキナで解決が訪れるが、非常に効果的で、エウリピデスの集大成とも云へる名作だ。[☆☆☆]

『バッカイ―バッコスの信女』 "ΒΑΚΧΑΙ/BAKCHAI"

 エウリピデスの遺作で死後上演され、一等賞を獲得したと伝へられる―生前に優勝は4回だけといふことに留意したい。悲劇の上演がディオニュシア祭で行はれたものであるのに、ディオニュソスに題材を採つた作品は殆ど残らない。酒神ディオニュソスの信仰は狂気乱舞を伴ふ故、道徳的に危険視されてきた。享楽的な東方宗教と融合してギリシア社会に浸透した際に起きた既存社会との軋轢を描く『バッカイ』は異色作だ。迫害者ペンテウスらを嘲笑ふやうにディオニュソスと催眠にかけられた女たちが報復をする。残虐な八つ裂きの描写は気違ひ沙汰だ。不敬か風紀か、主題は重く、悲劇の構造としては王道である。最期まで貪婪な創作力を注ぎ込んだエウリピデス渾身の作。[☆☆☆]

『アウリスのイピゲネイア』 "ΙΦΙΓΕΝΕΙΑ Η ΕΝ ΑΥΛΙΔΙ/IPHIGENEIA E EN AURIDI"

 本作は未完で、息子らによつて補完されたといふ説が有力である。トロイア戦争への出航を阻止する神意を翻す為、総大将アガメムノンの娘イピゲネイアが犠牲となる。アガメムノンの苦悩、メネラオスの苛立ち、名を利用されたアキレウスの憤怒、イピゲネイアの嘆き、不条理を前に思念がぶつかり合ふ。特に非道な仕打ちに激昂したクリュタイメストラの非難には後の復讐を正当付けるだけの根深さがある。火薬庫のやうな緊張感に包まれたエクソダスでの神秘的な転換が美しい。イピゲネイアの自己犠牲の決断が唐突であるし、結末もエウリピデスが好む大胆な新解釈とは趣を異にするのだが、悲劇の構造と展開は秀逸で、節度ある結末の語り口も評価したい。屈指の名作。[☆☆☆]


『キュクロプス』 "ΚΥΚΛΩΨ/KUKLOPS"

 断片を除けば、現存する唯一のサテュロス劇。サテュロス劇は三部作上演の後に、悲劇を浄化し、観衆の心理を解放する為に上演された卑猥で気楽な短い劇で、ディオニュソスの従者サテュロスらがコロスを構成してゐるのが特徴である。一つ目巨人キュクロプスに捕はれたオデュッセウスが機智を働かせ、酒の力を借りて脱出をする『オディッセイアー』第九歌に題材を採つてをり、ディオニュシア祭に相応しい演目と云へる。エウリピデスの多才を示す名作のひとつだ。[☆☆]


『レソス』 "ΡΗΣΟΣ/RESOS"

 今日ではエウリピデスの作品とは看做されず、偽作扱ひされるが、その確証もない。『イーリアス』第十歌から題材を採つてをり、膠着状態を打破すべくオデュッセウスとディオメデスがトロイア陣中に潜入する緊迫した場面を別の視点から描く。イーリオン応援に駆け付けたばかりのレソスが運悪く討たれる悲劇だが、全体に散漫で深みに欠ける。[☆]


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