コルネイユ

(Pierre Corneille、1606〜84)

 ルーアン生まれ。イエズス会の教育を受けた後、弁護士となつた。1630年前後に上演された喜劇『メリット』の成功で劇作家として登場。演劇を奨励するリシュリューの文化政策とも合致し、コルネイユは数々の喜劇・悲喜劇作品により名声を確立した。1636/37年上演の悲劇『ル=シッド』は空前の当たりをとつた一方で、成功を妬む輩により『ル=シッド』論争―三一致の法則に従つてをらず、古典主義から逸脱した作品で、内容も反道徳的な作品であるといふ非難―が引き起こされた。これに応へたコルネイユは心理悲劇の傑作を次々と発表し、悲劇作家コルネイユの黄金時代を築いた。その後、再び喜劇作品の傑作を物すが、1660年代以降は、喜劇はモリエールに、悲劇はラシーヌに株を奪はれ、引退した。


『幻影喜劇』 "L'ILLUSION COMIQUE"

 作品全体が劇中劇といふ類例のないバロック劇の傑作。巧妙な詭計が仕組まれてをり、読了時に解明されると共に、新たな謎を生む。第二の劇中劇が全て創り話なら、第一の劇中劇の信憑性が危ふい。仮に第一の劇中劇も全て虚構なら、劇を眺める父親の真実性も危ふい。作品全体が魔術に掛けらてをり、多義的な解釈が可能である。当時の理解度を越えてゐたであらう前衛的な作品。読んだ印象で、直訳に近い作品名が相応しいと考へた。[☆☆☆]

『嘘つき男』 "LE MENTEUR"

 感心する程嘘をつく男で、劇の巧妙さもあつて痛快な作品である。嘘と云つても精緻さに欠け、辻褄合はせもないので、嘘つき男と云ふよりは壮大な妄想男。結末はドン=ジュアン宜しく地獄落ちを期待したが、大団円なので一寸物足らない。もうひとつの難点は嘘つき男に口説かれるお嬢様方の心理が軽薄で生硬な点。[☆☆]


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