ノヴァーリス

(Novalis、Georg Philipp Friedrich von Hardenberg、1772〜1801)

 本名フリードリヒ・フォン・ハルデンベルク。ノヴァーリスは開拓者といふ意味から採られた。ドイツ敬虔主義者の家庭に育つが、少年時代から虚弱体質だつた。22歳の時、10歳年下のゾフィーと出会ひ、運命に導かれて密かに婚約を交はした。その2年後にゾフィーが急逝、その墓を訪れた際に湧き上がつた幻想体験が詩作の源流となつた。鉱山学校での知識を交へ、人間と世界が変容して融合を果たす「魔術的観念論」といふ独自の自然観を形成。シュレーゲル兄弟やティークらと「ロマン派の集ひ」を形成。4歳年上のユーリエと婚約を交はすものの、今度はノヴァーリスが肺結核で急逝した。憧憬と幻想を絡めた詩的な着想で、ドイツ・ロマン派の先駆者となつた。


『サイスの弟子たち』 "DIE LEHRLINGE ZU SAÏS"

 ウパニシャッド哲学にも通ずる神秘的な自然との結合を究極とする世界観を展開した自然哲学的作品で、「創造的観察」と云ふ観念はノヴァーリス作品の秘密を解く鍵である。未完の作品ながら幻視的な霊感で彩られたドイツ文学の秘宝であり、象徴主義の先駆として時代を超越した意義を持つ。中世の錬金術を想起させる魔術的な叙述と暗示に充ちた独創的な詩情はノヴァーリスにしか書けなかつた独自の境地だ。智慧の迷妄から脱し純潔なるものに至福の憧れを見出す挿話「ヒヤシンスと花薔薇のメルヒェン」は『青い花』の萌芽であり、旅の果てが回帰を意味するといふ示唆は遠大だ。[☆☆]

『キリスト教徒またはヨーロッパ』 "CHRISTENHEIT ODER EUROPA"

 ノヴァーリスは幻視体験から神秘主義への傾倒を深め、中世カトリックに接近した。カトリックのヒエラルヒーの下に中世ヨーロッパは調和されてゐたが、宗教革命がヨーロッパの分断を起こしたとノヴァーリスは断じる。ノヴァーリスの時代においてはフランス革命はヨーロッパの崩壊と映じ、この危機感から反動的な論評が書かれた。ノヴァーリスの歴史観は科学的な土台を持たぬ故にシェリングらから猛烈な顰蹙を買つた。しかし、アナクロニズムと切り捨てるのは早計だ。心情や観想に沈み込むノヴァーリスの霊感が、神秘に彩られた中世カトリックへと憧憬を抱くのは当然の帰結であり、全てを白日の下に晒そうとする科学とは逆行する思想に辿り着いた唯一の個性を評価したい。余りにも詩的な歴史認識の創造者。[☆☆]

『聖歌』 "GEISTLICHE LIEDER"

 キリストを讃へる詩は素朴さと純真さを基調としながらも、ノヴァーリス独自の霊感を帯び、東洋的な神秘の趣すら散見される。救済を待望する狂ほしい憧憬が健気だ。[☆]

『夜の讃歌』 "HYMNEN AN DIE NACHT"

 諦観と憧憬が融合し、青白き焔となつて夜と死を讃美するノヴァーリス畢生の名作。その想念はドイツ・ロマン主義者に脈々と受け継がれた暗き情熱の源泉となつた。結句に置かれた「死への憧れ」こそは、時代を先駆けた孤高の精神による透徹した結晶である。[☆☆☆]

『青い花』 "HEINRICH VON OFTERDINGEN"

 未完に終はつたドイツ・ロマン派文学の嚆矢。ハインリヒ・フォン・オフターディンゲン青年の詩人への道程が挿話を絡めて綴られるといふ、伝統的なビルトゥングスロマンを踏襲してゐる。ところが次第に、過去と未来の予定調和を求めた神秘的な内面探求が始まり、独自の世界を築く。最後のクリングゾール・メルヒェンは幻視的な詩の世界となり、彼岸からの啓示のやうだ。[☆☆☆]


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