スティーヴンソン

(Robert Louis Stevenson、1850〜94)


『その夜の宿』 "A LODGING FOR THE NIGHT"

 スティーヴンソンの処女作。フランソワ・ヴィヨンを主人公とし、1456年に起こした窃盗事件直前のある一夜の出来事を描く。物語の後半、裕福な領主の家に逃げ込み一夜の宿を得たヴィヨンは、領主の説教に傲然と不服を表す。戦争に正義があり、強盗に正義がないとは何事ぞ、食ふや食はずの人生にも名誉はあると。野心作。[☆☆☆]

『水車屋のウィル』 "WILL O'THE MILL"

 渓谷の水車屋に生まれたウィルは人生に何度か訪れた誘惑―冒険や結婚を退け達観した人生を全うした。「好奇心をもつて探りを入れる価値があるのは世界なのか、それともこの私自身なのか」―後者を選んだウィルの静かな人生を描いた観念小説。[☆☆☆]

『天の摂理とギター』 "PROVIDENCE AND THE GUITAR"

 旅藝人の夫婦が意地悪と軽蔑を散々受け乍らも善意を失はず、音楽の力で人々を融和させる。主人公のレオンは根つからの楽観主義者で藝術至上主義者であり、冗談好きの戯け者である。天性のフマニオーラを描き、読者を高みへと誘ふ理想主義小説。[☆☆☆]

『新アラビア夜話』 "THE NEW ARABIAN NIGHTS"

 最初期の作品で、3つの物語から成る「自殺クラブ」と4つの物語から成る「ラージャのダイヤモンド」の7つの連作短篇集だ。それぞれの物語で軸になる登場人物が異なり、独立して完結する仕組みになつてゐるが、事件の調停者として活躍するのが、ロンドン社交界切つての貴公子であるボヘミア王子フロリゼルだ。自殺を幇助する闇の組織の追跡、手にする者の人生を狂はせるダイヤモンドの行方を描いたフロリゼル殿下の冒険譚が、作品通しを結びつける重層的な役割を担つてゐる。勇敢かつ高貴な人徳によるお裁きが天晴。数寄を凝らした探偵小説の傑作。[☆☆☆☆]

『ねじれ首のジャネット』 "THRAWN JANET"

 スコットランドを舞台にした怪奇小説。何の因果か悪魔に狙はれた牧師は雇ひ女ジャネットに憑依した悪霊によつて恐怖体験をする。珠玉のゴシック・ホラー。[☆☆]

『宝島』 "TREASURE ISLAND"

 不朽の冒険小説。主人公がジム少年だからといふ理由で児童向け作品と看過して仕舞ふのは惜しい。『宝島』で最も生彩を放つ登場人物が一本脚のジョン・シルヴァーであることに異議を唱へる者はゐないだらう。人望があり人心を操る術を持つ海賊が一方で見せる紳士的な義侠心に読者は魅了されるに違ひない。海賊と宝探しといふ魅惑的な素材が、語り口の巧さと相俟つて永遠に輝き続ける名作だ。[☆☆☆]

『マーカイム』 "MARKHEIM"

 骨董屋の主人を殺害し金を奪ほうとしたマーカイムだが、殺人の恐怖に怯へて分身とも思はしき対話者の幻覚を見る。善悪の問答が交はされ、内面の変化が描かれる。人生に不満を抱かなくなつた時に表れる厳粛さが骨子だ。『ジーキルとハイド』を先取りした観念小説。[☆☆☆]

『プリンス・オットー』 "PRINCE OTTO"

 作者自身も表明してゐるやうにリアリズム全盛時代の19世紀後半にあつて斯様にロマンティックな時代遅れの作品を書いたことは並並ならぬ覚悟が必要だつたであらう。森と丘陵だけの小さな領邦グリューネヴァルトを舞台に、名ばかりのプリンスが宮廷での陰謀に悩まされる。政務を抛擲し飄々と遍歴に興じる腑甲斐無いプリンスの評判は頗る悪い。だが、物語が展開すると悪意を持つ登場人物がひとりずつ減つて行くことに気付く。何れもプリンスの寛大さと善意に頭を垂れたからだ。しかし、プリンスは決して偉大な人物としてでなく、寧ろ親しみ易く欠陥だらけに描かれる。このロマンスを生温い御伽話と読むのは不幸だ。かういふ作品こそ古びない。爽快なヒューマニズムに貫かれた理想主義的な名作で、人生の闇と救済の秘密が隠されてゐる。[☆☆☆☆]

『ジーキル博士とハイド氏』 "THE STRANDE CASE OF DR. JEKYLL AND MR. HYDE"

 二重人格の代名詞ともなつた不滅の怪奇小説。ジーキルとハイドの秘密が明らかにされるまでは、奇怪な探偵小説としての面白みで読ませるが、次第に社会小説としての暗部を垣間見せる。作品中に善と悪の精神領域とあるが、その境界を分けるものはエゴイズムの是非である。19世紀末においては最も重要な社会的問題であり、分岐点を向へた時代であつた。エゴイズム解放への警鐘を鳴らした寓話と読みたい。しかし、21世紀は残念ながらハイドの時代となつてしまつたやうだ。[☆☆☆]

『バラントレーの若殿』 "THE MASTER OF BALLANTRAE"

 スティーヴンソン畢生の大作。『宝島』が持つ展開の面白さと『ジーキルとハイド』が持つ異なる人格の対峙といふ要素を併せ持つた長篇小説で、史実を丁寧に再構成した歴史小説としても第一級だ。悪の華を具現する兄ジェームズの危ふさと悪魔的と形容したい不可思議な魅力、対する弟ヘンリーは堅実な性癖で善良だが人望に欠ける。この作品の軸は、死んだと思はれても生還し、悪霊のやうにヘンリーに付きまとふジェームズの波瀾万丈の物語にあるのだが、耐え忍ぶヘンリーの心理の葛藤にこそ価値が宿る。語り部を務める忠実な執事にして参謀であるマケラーの視点からも義憤が滲み出るが、そのマケラーさえもジェームズの男気に魅惑されることもあるのだ。ヘンリーが手に入れた財産、妻、爵位の正統性の控えめな主張はやがて兄の死を切望する迄に変容する。善悪の境界は何時しか逆転し渾然となる。気高い忍従も自尊が加はれば徳は失はれる。人生に勝利者がゐないことを冷徹に解剖した傑作だ。[☆☆☆☆]

『壜の小鬼』 "THE BOTTLE IMP"

 南太平洋に移住した後の気楽な創作。これが滅法面白い。所有者の願ひ事を何でも叶へる小壜―中に醜悪な小鬼が入つてをり、最後の所有者は地獄の呪ひを受けると云ふ。壜は入手した額より安い額で売らないと手放せない。限界まで値下がりした壜を巡る愛と自己犠牲を絡めた説話で、平明な語り口の巧さは文学史上最高の境地にある。[☆☆☆]

『声たちの島』 "THE ISLE OF VOICES"

 ハワイを舞台とした摩訶不思議な綺譚。錬金術紛ひの秘密を知つて仕舞つた主人公が魔術師から命を狙はれる恐怖を描く。西洋の世界観から自由になつたスティーヴンソンだからこそ描けた荒唐無稽な小噺。[☆☆]


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