小林多喜二

(明治三十六年〜昭和八年、1903〜33)


『防雪林』

 未発表のまま残された最初期の作品。後に幾つかの情景が『不在地主』に転用されたが、未だプロレタリア文学の手法、連帯や共闘の思想を深めてゐない時期の作品『防雪林』は、北海道の貧農らの苦しい生活を描いた自然主義の流れを汲む作品だ。より高次の社会主義運動への理念を持たない為『防雪林』は放棄されたと考へられる。しかし、名作である。北海道の厳しい大地から生まれたやうな荒々しい言葉遣ひと自然描写の圧倒的な生命力。何よりも主人公源吉の人物造型。奥底に闘争心を秘めた独立不覊の男源吉の行動は非凡人或いは超人と形容したい凄みがある。最後の壮絶なる場面に、現代の読者も唸るだらう。この傑作を未定稿として看過してはならない。[☆☆☆]

『一九二八・三・一五』

 プロレタリア文学の旗手、小林多喜二の誕生を告げた出世作。運動に投じた人々の諸相が描かれ、信念の強さと弱さが主題であつて、プロレタリア文学といふ枠では捉へきれない名作。そして、当時の特高による拷問の証言であり、作家の行く末を暗示した不吉な作品とも云へるが、不思議と暗さはない。[☆☆]

『蟹工船』

 日本プロレタリア文学の金字塔。資本家の手下としての職権を濫用する監督に、虫けらのやうに酷使される労働者たち。逃げ場のない地獄絵図と化した蟹工船に、読者は知らずと救済を求め出すに違ひない。思想や階級の柵を超えた迫真の作で、寧ろ団結や教化の件が野暮に感じた。エイゼンシュタインの映画『戦艦ポチョムキン』を併せて観ることを薦める。[☆☆☆]

『不在地主』

 情景や着想において『防雪林』との共通点があるが、改作を施した決定稿といふ位置付けは当て嵌まらない。多喜二の視点が小作争議へと注がれた全く別の作品である。貧農と都市労働者が共闘する後半は全きプロレタリア文学である。断章的な細切れの叙述により感情の昂揚を排し、理知的な作品になつたが、人物描写は狭小となつた。多喜二の理念と野心は理解出来るが、現代に訴へる力があるのは『防雪林』の方だ。[☆☆]

『独房』

 壁に囲まれた囚人生活を描いた作品であるが、陰湿な想念を伴ふ独房を描かうとはしない。理念高い共産党運動の結果入獄したのであり、逆境を笑ひ飛ばす。ユーモアと不屈の意志を持ち続け、未来への希望を捨てない。楽天的過ぎる姿勢故に、独房で飼ひ馴らされる危険を孕んだプチ・ブル的作品と非難を浴びたとは云へ、イデオロギーを超えた名作である。[☆☆]

『党生活者』

 最後期の作品である『党生活者』は小林多喜二の真の代表作と云ひたい。自然主義的作品『蟹工船』はゾラのやうな陰惨な描写で読み手に覚醒を促すが、それが巨大な反帝国主義運動となるには継続的かつ広範な展開が必要である。国家権力からの圧力を受け、共産党の活動は困難を極めた。軍需工場で酷使される労働者への働き掛けを仲間を通じて行ふ地下潜伏活動の諸相を描く『党生活者』では、仲間に危害が及ぶのを懊悩し、母との今生の別れを決意する主人公の内面的な逡巡に深みがある。その最たるものが、窮地を救ひ同居までして主人公の為に身を危ふくする女に、世界観の違ひから次第に齟齬を感じる件だらう。結果、女を生活の為に利用した格好だが、非情な世界の中に生きる難題を描くのは新境地だ。綺麗事で欺いてはならないのだ。人間的な弱みを曝け出す小林多喜二の作品は紋切り型なプロレタリア文学とは一線を画す。[☆☆☆]


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