フローベール

(Gustave Flauber、1821〜80)


『ボヴァリー夫人』 "MADAME BOVARY"

 フローベールの出世作にして写実主義小説の嚆矢となつた名作。後に自己錯誤を示すBovarismなる言葉までも生み出し、後世に多大な影響を与へた金字塔でもある。とは云へ、現代の読者からすれば『ボヴァリー夫人』は平凡な女性が不倫と虚栄の末に破滅する物語くらゐにしか最早映じないかも知れぬ。総じて事件性に乏しく全てが月並みな事柄ばかりだ。だが、そこが最も重要な点である。フローベールは一人の女性が日常の凡庸な現実から逃避し、節度を失つた為に転落することを描きたかつたのだから。客観的で冷静な叙述が無情で露悪的で、悪写実とも云へる。しかし、決して早計してはならない。フローベールは『ボヴァリー夫人』で世に出る前は極めてロマン主義的な作家であつた。フローベールは『ボヴァリー夫人』で己のロマン主義と決別し、分身である夢想するエマを葬つた。有名な「ボヴァリー夫人は私だ」の意味は単純ではない。新たな文学の可能性を切り拓く為、フローベールは自身を解剖し、踏み台としたのだ。エマ以外ではプチ・ブルの俗物振りを具現したオメーの人物像が秀逸だ。[☆☆☆]

『感情教育』 "L'EDUCATION SENTIMENTALE"

 物語の手法を悉く解体したやうな感がある。軸は自伝的性格を帯びた主人公フレデリックの精神彷徨であるのだが、それにしては求心力がなく散漫だ。親友デローリエは対を成すには均整が取れてゐない。『感情教育』を語る上で二月革命といふ背景を逸することは出来ない。成長したブルジョア階級と未成熟な労働者階級による七月王政打破の目的と結果の違ひをかくも丁寧に描いたことに讃嘆の念を抱かざるを得ない。その上で登場人物らが紋切型ではなく、言動に変節があるのも実に見事なのだ。だが、『感情教育』は二月革命期の群像を描いただけの作品ではない。矢張りアルヌー夫人への結実することのなかつた思慕が核である。契機が訪れた時に限つて重要な選択を迫られる場面が何度もある。フレデリックは好機を逃し続けたのだが、それは想ひが崇高だつたからに他ならない。人生の辛辣さを描き、現実に流されて俗物となることを描いた『感情教育』だが、奥底に大切に仕舞はれた感情だけは綺麗なままなのだ。繰り返し読んで、満たされぬからこそ美しい想ひを噛み締めたい名作。[☆☆☆]

『聖アントワーヌの誘惑』 "LA TENTATION DE SAINT ANTOINE"

 フローベール生涯の一作とされる。第一稿を友人らに酷評されてから一旦方向転換を計り『ボヴァリー夫人』を書き上げた。『聖アントワーヌの誘惑』の挫折がなければ『ボヴァリー夫人』は誕生し得なかつたのだ。その後も再三改訂を重ね約30年の歳月を掛けて完成されたが、壮大な失敗作であると云ほう。聖アントニウスの誘惑を題材に、魑魅魍魎が百鬼夜行の如く騒然と行軍し、異端・邪教・淫欲の揺さぶりとなつてアントワーヌを通り過ぎて行く。しかし、蘊蓄が過剰で雑然としてゐる。全てが幻影であり支離滅裂だ。終盤の悪魔との対話は絶望的な様相を示し深遠だが、借り物のやうな結末を肯定出来る読者は僅かだらう。[☆]

『紋切型辞典』 "LE DICTIONNAIRE DES IDÉES REÇUES"

 フローベールの遺稿。試み自体が壮大な逆説によつて企てられた異色作。三文批評や俗説や云ひ回しを羅列し、19世紀半ばの大衆の間に敷衍した観念を徹底的に愚弄する。それは知の刺激に充ちた文豪の意地の悪い遊びである。当時の社会を知らねばこの風変はりな辞典を堪能することは出来ないが、言語に関する鋭い感性に溢れた試みは現代においても再創造が可能だ。[☆]


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