ワイルド

(Oscar Fignal O'Flahertie Wills Wilde、1854〜1900)


『アーサー・サヴィル卿の犯罪とその他の物語』 "LORD ARTHUR SAVILE'S CRIME AND OTHER STORIES"

 ワイルド初期短篇集で5つの作品から成る。最高傑作は『カンタヴィルの幽霊』だ。幽霊屋敷にアメリカ人一家が住み着いた。物質文明を体現する一家は古臭い幽霊の肝試しを完膚なきまでに嘲弄する。抱腹絶倒、かくも愉快なワイルドの作品は他にない。『アーサー・サヴィル卿の犯罪』は手相占ひを信じて、幸福な結婚の為には殺人が必要条件と思ひ込む青年の物語。絶妙に遂行されない計画から預言が実現されて仕舞ふ伏線が見事。その他、自身を謎多きやうに見せた平凡な女性を描く『謎のないスフィンクス』、純粋な善意と人を色眼鏡で判断しないことの素晴らしさを描く『模範的百万長者』。何もワイルドの才気が充溢してゐる。尚、『W.H.氏の肖像』のみ未読である。[☆☆☆]

『幸福な王子とその他の物語』 "THE HAPPY PRINCE AND OTHER TALES"

 この第1童話集は5つの掌篇から構成される。傑作は表題の『幸福な王子』で、神以外の誰にも知られることのない王子とつばめの自己犠牲の美しさを描く。それを感じることが出来ない俗物たち。人間が大事にしなくてはいけないものをそこはかとなく描く珠玉。唯美主義者ワイルドだからこそ生み出せた愛と死と美の結合だ。『ナイチンゲールと薔薇』も同様で、見返りを求めない愛こそが純粋に美しい。夜啼き鶯が自らの血で染めた真紅の薔薇の神聖さと比べて、結果を求める学生の狭小さが醜く描かれる。だがここに教訓はない。哀しい哉、愛の束縛は人間を苦しめ続ける最大のアポリアなのだ。『わがままな巨人』はエゴイズムを捨て去り隣人愛に目覚める巨人の話。幸福への扉を開いた使者がキリストであることを暗示するのが印象的だ。『忠実な友達』は友情といふ神聖な言葉を悪用する男が、殊勝で正直なハンスを死に追ひやり良心の呵責すら感じないといふ救ひのない話だ。教訓を危険視するワイルドの姿勢が如実に顕はれた問題作だ。『すばらしいロケット』では自尊心の塊であるロケット花火の独白は滑稽を超えて哀れを催す。これぞ正しく井の中の蛙大海を知らずと云へるが、ロケットは最期まで己の幸福を疑はなかつたことを考へれば、ワイルドの逆説は辛辣味を帯びる。[☆☆☆]

『柘榴の家』 "A HOUSE OF POMEGRANATES"

 第1童話集から4年後に編まれた第2童話集は4つの短篇から構成されるが、ひとつひとつの作品の厚みと深みが増してゐる。純粋な御伽噺であつた第1童話集とは異なり、唯美的な性格を帯びて大人が読むメルヒェンへと様変はりしてゐる。『若い王』は三度見た示唆的な夢によつて生とは苦しみであることを知る物語。人民たちの生活の実態を王が知り、深い哀しみに捕はれ足掻く。「富める者の豪奢から貧しき者の生活が出てくる」「この世の重荷はひとりの人間が背負ふには大き過ぎ、この世の哀しみはひとつの心がたへるには重きに過ぎまする」とは強烈な箴言だ。『王女の誕生日』では満ち足りた無邪気な王女の世界と、蔑まれた醜い侏儒の世界の対比が残酷だ。最も長大な大作『漁師とその魂』は唯美主義の極みで、愛の為なら人間世界の価値観を全て抛つといふ頽廃的な作品だ。漁師は人魚の愛を勝ち取る為に魔女との取引をし、魂が宿る影を切り離す。「愛は知恵に勝り、富よりも貴く、人間の娘たちの足よりも美しい」といふ言葉にワイルドの美学が集約されてゐる。『星の子』は贖罪型の貴種流離譚と読める。貧しい樵に育てられた美しい星の子は見た目で判断する傲慢さによつて罰せられるが、辛酸を嘗めて優しさと憐れみを知り、遂には出生の秘密を解き明かすといふ教訓的な物語だ。[☆☆☆]

『ウィンダミア卿夫人の扇』 "LADY WINDERMERE'S FAN"

 緊密に設計された4幕の風俗喜劇。謎多きアーリン夫人の素性を巡つて劇が進行する。堕落した毒婦なのか、先進的で開明的な婦人なのか。次第にアーリン夫人の過去が明らかになる中で、ウィンダミア卿夫人の危機を救ふ自己犠牲が絡んだ緊迫した展開が素晴らしい。だが、この作品は筋書きよりも皮肉たつぷりの台詞の掛け合ひに真価があり、社交界を魅了したといふワイルドの精髄が全て詰まつてゐると云つても過言ではない。[☆☆☆]

『サロメ』 "SALOMÉ"

 社会に激震を与へた問題作は今尚光彩を放つ。世紀末藝術、リビドー、デカダンス、ファム・ファタール、性的倒錯、猟奇趣味―幾つもの観点からこの傑作を解剖することは出来るが、矢張り唯美主義あるいは藝術至上主義―醜悪なまでに美しさを追求した作品として、社会・道徳とは無関係に読みたい。古典劇の体裁を遵守して最高潮まで到達する点は特筆したい。新約聖書に題材を採り史実にも添ひながら、妖しき美を淫らに這はせ、猶しもビアズリーの挿絵が卑猥な臭ひを漂はせる。[☆☆☆]

『スフィンクス』 "THE SPHINX"

 世紀末藝術を具現したやうな絢爛たる長詩。古典の教養を盛り込んだこれ見よがしの耽美的な語彙の連続で幻惑させられる。ワイルドの精髄が詰まつてゐるが、ゴテゴテしてをり外連を強く感じる。[☆]

『真面目が肝心』 "THE IMPORTANCE OF BEING EARNEST"

 1990年代前半、伝説的なワイルドの時代の最後を飾る作品となつた風俗喜劇。不真面目に積み重ねた嘘が本当になるといふ、他愛もない笑劇ながらワイルドならでは機知を味はへる。都合良く架空の人物を作り上げたが、すれ違ひの末に結局自分がその架空の人物に成るといふ凝つた仕掛けが組まれてゐる。特に題名のEarnestと名前のErnestが巧妙に掛けられてゐるのが乙だ。この作品でもユーモアたつぷりのワイルドの毒舌が冴える。[☆☆]


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