世界文学渉猟

ポー

(Edgar Allan Poe 1809〜1849)


"METZENGERSTEIN"

『メッツェンガーシュタイン』

 ポーの処女短篇。隆盛だつたゴシック小説を模倣し、当初「ドイツ人に倣びて」と副題が添へられたパロディ的作品だ。怨念が産んだ魔の馬が復讐を遂げる怪奇小説である。[☆]


"THE DUC DE L’OMELETTE"

『オムレット公爵』

 ユーモア作品。頓死したオムレット公爵は悪魔と決闘する羽目になるが、剣は悪魔から拒絶されトランプで勝負することに。公爵が圧勝する結末は誰が予想出来ようか。[☆☆]


"A TALE OF JERUSALEM"

『イェルサレムの物語』

 ローマ軍に包囲され陥落寸前のイェルサレム。祭壇に奉る羔に窮し、銀と交換でローマ軍に乞ひ願うが、送られてきたのは忌み嫌ふ豚であつたといふ底意地の悪い掌篇。[☆]


"LOSS OF BREATH, A TALE NEITHER IN NOR OUT OF 'BLACKWOOD'"

『息の喪失―「ブラックウッド」の中にも外にもない話』

 呼吸を失つた男が死体と間違はれ奇想天外な体験をする荒唐無稽な綺譚。側から見ると死んでゐるやうだが、不死身であるのが抱腹絶倒。冗談作品でも突き抜けてをり天晴。[☆☆]


"BON-BON"

『ボンボン』

 ピエール・ボンボンは一流の料理店主と当代一の哲学者といふ2つの顔を持つ。そして、取引に目が無いことが性格上の弱点だ。ある夜、悪魔の訪ひを受け、対話が始まるが、魂との取引の段になると、まさかの不成立。滑稽な諷刺作品の傑作だ。知的巨人ら過去の哲学者評は実に痛快。[☆☆☆]


"MS. FOUND IN A BOTTLE"

『壜の中の手記』

 大海の只中で無力な人間と自然の苛烈さを対比させ乍ら幻想的観想に沈み込む。メルヴィルへと継承される思弁的短篇。[☆]


"THE ASSIGNATION"

『約束ごと』

 頽廃的なヴェネツィアの雰囲気に包まれたロマンス。侯爵婦人と青年の穏やかならぬ関係を匂はせるも、急転直下、示し合はせて服毒自殺を遂げる結末は衝撃だ。[☆]


"BERENICE"

『ベレニス』

 猟奇的な結末が陰惨で見事だ。偏執狂の主人公が語る叙述は精神衰弱が著しく危ふい。決定稿から削除された文には阿片幻覚が臭はされてゐるやうだ。ベレニスは仮死状態で埋葬されたのか、遺体損壊ではなかつたのか、空白の真実は明かされないが背筋が凍る傑作。[☆☆☆]


"MORELLA"

『モレラ』

 ゴシック小説の系譜。東洋的な輪廻思想は生を流転させるが、死が繰り返される着想はポーの独自性だ。妻モレラの呪詛は時空を超えて主人公を狂はす。[☆]


"LIONIZING"

『名士の群れ』

 滑稽譚の系譜。主人公は鼻の権威である。結句「名士の偉さは彼の鼻の高さに比例する―しかし、倅、全然鼻を持たない名士に敵ふ者はゐないのだよ」は痛烈な落ちだ。[☆]


"THE UNPARALLELED ADVENTURE OF ONE HANS PFAALL"

『ハンス・プファールの無類の冒険』

 怪奇・恐怖・幻想だけがポーの取り柄ではない。ヴェルヌやウェルズを先駆した空想科学小説もしくはSF小説の元祖とも云へるのが『ハンス・プファール』だ。気球で月に到達したといふ噴飯物の筋書きで、類似する物語ならそれまでにもあつた。だが、ポーの創作姿勢は徹底した科学的叙述で煙幕を張り読者を狂信させることにある。ポーの天才的独創力による力作。[☆☆☆]


"KING PEST, A TALE CONTAINING AN ALLEGORY"

『ペスト王―寓話を含む物語』

 冗談作品。ペストが蔓延する死都で立ち入り禁止区域に逃げ込んだ二人の水夫がペスト王を自称する一団の酒宴に遭遇する。恐らく癲狂者らで破茶滅茶な展開となる。[☆]


"SHADOW, A FABLE"

『影―ひとつの寓話』

 恐らくは疫病が忍び寄る状況だらう。亡者たちが見え出し死の世界に入つたことを描く掌篇。[☆]


"FOUR BEASTS IN ONE, THE HOMO-CAMELEOPARD"

『四獣一体―人間麒麟』

 滑稽譚の系譜。古代アンティオキアの王が麒麟に姿を模して民の歓心を買ふといふ解釈困難な話。[☆]


"MAELZEL’S CHESS-PLAYER"

『メルツェルのチェス人形』

 発明家ケンペレンが1770年に作成した「トルコ人」なるチェスを指す機械仕掛けの人形は大いに物議を醸した。これは中に人間が入つてゐたといふインチキであることが後に判明する。持ち主がメルツェルに移つた「トルコ人」のからくりをポーが大真面目に暴き立てるといふ珍作。[☆]


"THE NARRATIVE OF ARTHUR GORDON PYM OF NANTUCKET"

『ナンタケット島出身のアーサー・ゴードン・ピムの物語』

 ポー唯一の長篇小説で特異な存在感がある。海洋冒険小説であり次々と襲ひ掛かる生死の境を彷徨ふ難事が精緻な叙述で物語られる。これ迄にも大海原を舞台にした漂流譚はあつたが、御伽話のやうな娯楽的な読み物に過ぎず、『アーサー・ゴードン・ピム』の壮絶さには及びもつかない。物語は大きく3部に分けられ、船内の叛乱、難破と漂流、南極圏で遭遇した土人の襲撃に区分出来る。特に衝撃的なのは第2部の漂流で飢餓が限界に達した末、籤引きで食料として選ばれる人肉食ひの場面だらう。後世にも強い影響を与へてゐる。最後は未完とも完成とも取れる絶妙な幕引きだ。[☆☆☆☆]


"MYSTIFICATION"

『煙に巻く』

 一時、欧州では決闘が加熱したが、決闘そのものよりも御作法が肥大化した。それを揶揄した作品で、主人公は予見してゐたかのやうに、決闘を惹起してをき乍ら作法書で煙に巻き決闘を回避させてみせる。ポーは形式が本質を超えた珍現象を茶化したのだ。[☆☆]


"SILENCE"

『沈黙』

 古のリビアを舞台にした幻想的で形而上的な掌篇。リフレインを多用し象徴詩を先駆するやうな表現があり、後にボードレールの散文詩に影響を与へたであらう重要な作品。[☆☆]


"THE DEVIL IN THE BELEFRY"

『鐘楼の悪魔』

 規則正しく時を刻み変化を好まないオランダの架空の街を悪魔のやうな男が滅茶苦茶にする。保守と破壊を滑稽に描く。[☆]


"THE MAN THAT WAS USED UP, A TALE OF THE LATE BUGABOO AND KICKAPOO CAMPAIGN"

『使ひきつた男―先のブカブー族とキカプー族との戦闘の話』

 知己になつたある将軍に纏はる戦功の噂話が気になつて仕方ないが、仕組まれたやうにはぐらかされ聞き出せない。いつも話題は「発明の時代」に擦り変はる。業を煮やして本人宅に突撃するが、将軍は全身サイボーグであつたといふ衝撃展開。将軍は戦闘で肉体を「使ひきつた」のだ。[☆☆]


"LIGEIA"

『ライジーア』

 ゴシック小説の系譜。最愛の妻ライジーアを亡くした後に再婚した若い娘も程なく失つた男が、阿片による幻覚なのだらうか、新妻の遺骸がライジーアとして蘇生するのを譫妄状態で幻視する猟奇的作品。[☆☆]


"THE FALL OF THE HOUSE OF USHER"

『アッシャー家の崩壊』

 繰り返し掘り下げてきたゴシック小説の精髄。陰鬱な情景と心象がもたらす死の想念を象徴的に描き、読者をも追詰めて滅入らせる特異な作品。生と死、精神世界と物質世界が混在となつて判別が出来ない幕切れにポーの特質が最もよく出てをり、短篇小説と云ふよりも寧ろ象徴詩と云ふのが相応しい。[☆☆☆]


"WILLIAM WILSON"

『ウィリアム・ウィルスン』

 ドッペルゲンガーを描いたポー特有の幻覚に充ちた作品。この分身は良心の化身で、警告を与へる幻影のやうだ。最後の「お前がどんなにまつたく自分を殺してしまつたといふことを、お前自身のものであるこの姿でよく見ろ」と云ふ件は、後の二重人格小説に多大な暗示を与へたに違ひない。[☆☆☆]


"WHY THE LITTLE FRENCHMAN WEARS HIS HAND IN A SLING"

『チビのフランス人は何故手に吊繃帯をしてゐるのか』

 滑稽譚の系譜。自信家の主人公が恋の鞘当てで一杯食はされたといふ掌篇。[☆☆]


"THE JOURNAL OF JULIUS RODMAN, BEING AN ACCOUNT OF THE FIRST PASSAGE ACROSS THE ROCKY MOUNTAINS OF NORTH AMERICA EVER ACHIEVED BY CIVILIZED MAN"

『ジューリアス・ロドマンの日記―文明人によつて成し遂げられたる最初の北米ロッキー山脈横断の記録』

 未完の大作。規模は完成してゐたら『アーサー・ゴードン・ピム』に比しただらう。探検旅行日誌で精緻な叙述が見事だ。作品の性質ごとに文体を自在に操るポーの天才。『ジューリアス・ロドマン』は北米原住民の生態が描かれてをり興味深く読める。さて、副題の通りロッキー山脈を初めて踏破した物語の筈だが、ミズーリ川を遡つた所で筆が途切れる。残念だ。[☆☆☆]


"THE BUSINESS MAN"

『実業家』

 語り手は真つ当な職業には見向きもせず、やくざな職種ばかりを転々としたことを得々と語る。ポーは報酬が得られれば冗談のやうでも職業として成立するといふ、近代資本主義の奇態を茶化す。酔狂な語り手の大真面目をプロテスタンティズムと捉へると、先んじてヴェーバーへの諷刺文学と成る。[☆☆]


"THE MAN OF THE CROWD"

『群衆の人』

 雑踏を眺る観察者である語り手はひとりの老人が気になり尾行を開始するが何も得られない。そこで、老人を「一人でゐるに堪へられない。所謂群衆の人なのだ」と定義し、知らないで済むのは神の恩寵だと、一寸諦観めいた人生論で括る。[☆☆]


"A DESCENT INTO THE MAELSTRÖM"

『メールストロムの旋渦』

 語部の精緻な描写で恐怖体験が紡ぎ出される。窮地において死を悟ることにより、却つて冷静沈着な判断力を得た男の綺譚で、緊迫した情景が読者を掴んで話さない傑作だ。[☆☆☆]


"THE GOLD-BUG"

『黄金虫』

 謎解き推理の要素がふんだんに盛り込まれた楽しさ満点の傑作で、ここから蒔かれた種子がスティーヴンソンやコナン・ドイルの名作に実を結んだ。暗号を解く件は全ての読者を虜にするに違ひない。[☆☆☆]


"THE BLACK CAT"

『黒猫』

 短い作品だが読後も不気味な海潮音を響かせる恐るべき作品。身の毛が弥立つ結末は怪奇と幻想に充ちてゐる。血腥い筋運びだけでなく、「最善の判断に逆らつてまでも、その掟を破らうとする永続的な性向」を俎上に乗せた嗜虐的な趣の傑作だ。[☆☆☆]


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