中島敦

(明治四十二年〜昭和十七年、1909〜42)


『斗南先生』

 漢学者であつた伯父の思ひ出を語つた最初期の小説で、中島敦にとつて数少ない私小説の要素が前面に出てゐる点で重要だ。頑冥で狷介な老人として滑稽さと哀れさが表裏一体となつた伯父の描写も秀逸だが、妙に親近性を感じる己への嫌悪が傑作だ。しかし、実はこの作品の主な価値はそこにはない。既に故人となつた伯父の書き残した日中関係への慧眼に充ちた見解に畏敬を覚える後記である。伯父の理念に読者も頭を垂れるに違ひない。[☆☆]

『虎狩』

 独立不羈の精神を持つた半島人の友との少年期の思ひ出を綴つた短篇小説。虎狩に同行した主人公の冒険や反骨の気概が随所に見られる友の描写は鮮やかである。しかし、中島敦の作品としては些か常套的である。[☆]

『過去帳』

 『かめれおん日記』と『狼疾記』の2篇から成る。『狼疾記』には『斗南先生』の主人公でもあつた三造が登場し、初期作品の面影を色濃く残すが、より内面的な深みを帯びてゐる。『かめれおん日記』『狼疾記』共に主題は一貫してをり、中島敦の秘めた思想と苦悩を描いてゐる。病的な思考を忌避しようと足掻く様や、あらゆる存在を疑ふ底なしの懐疑主義など、インテリゲンチャの憂鬱が随所に見られる。『山月記』の主題「臆病な自尊心」といふ言葉もそのまま刻まれてをり、物語作家の見えざる病巣が描かれてゐる。中島敦を読み解く為の最も重要な作品だ。[☆☆☆]

『古譚』

 博覧強記で唸らせる四つの掌篇からなる。古代スキタイ人の憑物綺譚『狐憑』。古代エジプトで前世の自分に会ひ怪死する『木乃伊』。蘊蓄を満載した語り口で幻想の世界へと忽ち引き摺り込まれるが、傑作は『文字禍』と有名な『山月記』だ。古代アッシリアの筆禍事件から実在論と唯名論を展開し、文学への懐疑を覘かせる『文字禍』の深み。自家薬籠中である中国を舞台にした『山月記』の「臆病な自尊心と尊大な羞恥心」に示される大成への憧れと容赦のない現実への苛立ち。凝縮した物語に大海のやうに広がる人生訓を浮かべた驚異の出世作。[☆☆]

『光と風と夢』

 中島敦が半ば伝説的であるスティーヴンソンの病身に己を投影したことは自然なことであつた。加へて、物語作家としての資質においても両者を結びつけた縁は深い。療養地を求めて辿り着いた南海の島サモアでの闘病生活、創作の懊悩、列強の政治干渉に抗する奮闘、島民との珍妙で心温まる交流。客観的で晦渋な語り口と心情を吐露する日記体の混合といふ類例のない実験的な作風で、読者を物語の世界に引き摺り込む手練手管は唯事ではない。終盤、サモア人らが行ふ道路工事の件には静かな感動があり、『ツシタラの死』といふ中島敦が当初付けた題も捨て難く思はれる。[☆☆☆]

『南島譚』

 『幸福』『夫婦』『鷄』の3篇からなる作品集。何れも南海パラオ諸島での見聞を元に着想を得たものばかりで、大らかな気質の原住民への温かい眼差しが微笑ましく、漢文調の厳めしい中島敦像はここにはない。沈着な文章から異文化への驚きと感動が卒然と迫る語り口の巧みさは間然する所がない。[☆]

『環礁』

 『寂しい島』『夾竹桃の家の女』『ナポレオン』『真昼』『マリヤン』『風物抄』の6篇からなる作品集。印象は『南海譚』と変はらない。熱帯での見聞を手際良く纏めた作品に中島敦の語り口の巧さがあり、それぞれ良いのだが、文明から遠い南海で自己の存在や価値観を懐疑した掌篇『真昼』などにも注目したい。[☆]

『わが西遊記』(『悟浄出世』『悟浄歎異』)

 『西遊記』では目立たぬ存在であつた沙門悟浄に懐疑主義者といふ性格を与へ、脇役の深層心理を独自の解釈で再創造した着眼が素晴らしい。先に書かれた『悟浄歎異』では、粗暴で闊達無碍な悟空や怠惰で享楽的な八戒の人生観に遭遇した悟浄の侮蔑の混じつた戸惑ひと本能的な憧れが吐露される。後に書かれた『悟浄出世』は三蔵法師に出会ふ前の悟浄の遍歴譚で、物事全てに理屈をつけてみなければ気が済まず、先賢らの垂れる人生訓に対して異議を投げ掛ける不遜振りが底なし沼のやうな不気味さを醸す。「徳とは楽しむことの出来る能力」とは魅惑的な詭弁だ。[☆☆☆]

『古俗』

 『古譚』の姉妹作と位置づけられよう。数奇な浮き沈みを経験した衛の荘公の物語『盈虚』と牛のやうな私生児に運命を翻弄される魯の叔孫豹の物語『牛人』の2篇から成る。中島敦が深い素養を身に付けてゐた中国古典から着想を得た作品で、不気味な人生の転落を描く。讒言を信じてはならないといふ主題は『史記』や『春秋左氏伝』から共通する永遠の問題である。[☆☆]

『名人伝』

 絶筆作品とされる掌編で中島敦は驚くべき境地に達してゐる。『名人伝』は一切の無駄がない軽妙洒脱な文章で、藝術の核心に迫る主題を展開し尽くした神品である。『列子』から題材を採り、戦乱の世、天下第一の弓の名人たらんと志した男の綺譚で読者を興じさせる手腕は中島の独擅場だ。「至為は為す無く、至言は言を去り、至射は射ることなし」、即ち、蘊奥は「不射之射」にあるといふ思想は、藝術論が陥る最も危険な誘惑に充ちてをり、中島の仕掛けた詭弁に依つて、読者は世界の不可思議な真理に射ぬかれるのである。[☆☆☆☆]


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