ルキアノス

(ΛΟΥΚΙΑΝΟΣ/Lucianos、120頃?〜180頃?から192頃?)


『鶏もしくは夢』 "ΟΝΕΙΡΟΣ Η ΑΛΕΚΤΡΥΩΝ/GALLUS DE SOMNIUM"

 金持ちになつた夢を見てゐたのに鶏鳴で破られたと怒り心頭するミキュロスに、鶏が寧ろ感謝をすべきだと口をきく。驚くミキュロスに金こそが欲望の対象である故に金持ちは災難が多く気苦労が絶えないと諭す。鶏の魔法で金持ちの哀れな生き様を見て考へを改めるといふ普遍的な主題の作品なのだが、真価は鶏が経てきた転身譜の面白みにある。特にかつてはかのピュタゴラスであつたといふ件は抱腹絶倒だ。ピュタゴラスの前や次の生まれ変はりも語られ、神話や歴史の世界を傍若無人に舞台にしては、諷刺を込めるルキアノスの機智は留まるところを知らない。軽快なユーモアが詰まつた最高傑作のひとつだ。[☆☆☆]

『イカロメニッポス』 "ΙΚΑΡΟΜΕΝΙΠΠΟΣ Η ΥΠΕΡΝΕΦΕΛΟΣ/ICAROMENIPPUS"

 史上最初のSF作品とされる記念碑的な天界冒険譚。古代ギリシアで著しく発達した自然哲学は、諸派に分かれて唱和することなく百花繚乱の有様だつた。彼らから真理を教はることを諦めたメニッポスは実際に自分の目で真実を確かめてやらうとイカロスの翼を自作し、天へと飛行し果てはゼウスらの住まふ世界まで行く。神々の世界から矮小な人間界を眺め、諸学派間の相違の空しさを嘲笑する。空想的なSFの要素と皮肉たっぷりの諷刺はルキアノスの本領である。[☆☆]

『カロンもしくは視察する者たち』 "ΧΑΡΟΝ Η ΕΠΙΣΚΟΠΟΥΝΤΕΣ/CHARON SIVE CONTEMPLANTES"

 冥府で渡し守をするカロンは、舟で運ぶ人間どもが例外なく死を嘆くので、人間の生とはどんなに素晴らしく尊いのかを見学しに地上にやつて来た。ヘルメス神の協力を得て、高みの見物を始めるカロン。人間の生が矮小で卑俗で、苦しみの連続であることを冷笑するのは常套的だが、古典作品や歴史を引いて散々愚弄する気の利いた諷刺が楽しめる。[☆☆]

『無学なる書籍蒐集家に』 "ΠΡΟΣ ΤΟΝ ΑΠΑΙΔΕΥΤΟΝ ΚΑΙ ΠΟΛΛΑ ΒΙΒΙΑ ΩΝΟΥΜΕΝΟΝ/ADVERSUS INDOCTUM"

 書籍を買ひ漁ることで知識人になつた積もりの愚かな蒐集家を腐す。いつの時代もディレッタントほど救ひ難い人種はゐない。[☆]

『嘘好きもしくは懐疑者』 "ΦΙΛΟΨΕΥΔΗΣ Η ΑΠΙΣΤΩΝ/PHILOPSEUDES SIVE INCREDULUS"

 古典古代のギリシアにおいて発展した自然哲学だが、ヘレニズム時代が終焉する頃には退化の一途を辿り、東洋的神秘主義が蔓延するやうになつた。幻視、預言、夢に現れるお告げ、霊魂との交流、魔法による快癒、奇蹟の体験や怪奇現象、これらをプラトンやピュタゴラスの思想の後援を得て、大真面目に語る人々の中で主人公ひとりが孤立奮闘する。迷信の魔力を嫌悪する唯物論者ルキアノスの舌鋒が冴える傑作。[☆☆☆]

『偽預言者アレクサンドロス』 "ΑΛΕΞΑΝΔΡΟΣ Η ΨΕΥΔΟΜΑΝΤΙΣ/ALEXADER"

 アレクサンドロスは実在の人物のやうだが詳細は伝はらない。奇術や絡繰りを用ゐて純朴な田舎者を騙す詐欺師として生業を起こし、やがて預言者として教団を形成するに至る。その手口巧妙にして秘蹟を演出し、権力を築き上げた。唯物論者で霊魂を否定するエピクロス派のルキアノスはアレクサンドロスのペテンを暴こうとするが、逆に危険な目に会ひ屈服する羽目になる。栄光に包まれたまま預言者は大往生をするが、ルキアノスは著述で一矢報ひることにした。悪党の生涯は読み物として秀逸である。[☆☆☆]

『ペレグリノスの昇天』 "ΠΕΡΙ ΤΗΣ ΠΕΡΕΓΡΙΝΟΥ ΤΕΛΕΥΤΗΣ/DE MORTE PEREGRINI"

 ペレグリノスは実在の人物であり、生存中から有名であつたやうだ。ルキアノスによると父殺しの罪から逃れる最中でキリスト教団に入り、そこで地位を築いて保身が出来た。しかし、やがて問題を起こし追放されると、犬儒派を装つて傍若無人に振る舞ひ名声を得たが、やがて立ち行かなくなり衆人の面前で焼身自殺を催し、自らを神格化して死んだ。疑はしい内容を多分に含むが、ペテン師として、また死を売名行為に使つたとしてペレグリノスを糾弾した。しかし、皮肉にも著述の為にその名を不朽にして仕舞つた。[☆☆]

『トクサリスもしくは友情について』 "ΤΟΞΑΡΙΣ Η ΦΙΛΙΑ/TOXARIS SIVE AMICITIA"

 スキタイ人が友情を重んじると云ふので、訝つたアテナイ人が友情美談の優劣を競ふ勝負を挑む。それぞれ5つの話を開陳するが、スキタイ人トクサリスが語る命を賭した自己犠牲を伴ふ友情譚に軍配が上がる。合計10の話が手際良く起伏をもつて語られる佳作だ。[☆☆]

『歴史は如何に記述すべきか』 "ΠΩΣ ΔΕΙ ΙΣΤΟΡΙΑΝ ΣΥΓΓΡΑΦΕΙΝ/QUOMODO HISTORIA CONSCRIBENDA SIT"

 歴史家たる者、為政者に迎合して事実を捩じ曲げ捏造することなかれ、記述者の了簡で取捨選択の公平性を失ふことなかれと警告した名著。[☆☆]

『神々の対話』 "ΘΕΩΝ ΔΙΑΛΟΓΟΙ/DIALOGI DEORUM"

 代表作のひとつ。ギリシアの神々らが交はす26の短い対話篇の羅列で構成され、不条理だらけの神話を独自の解釈で戯画化する。人間と変はらない神々の本音や愚痴を聞かされ、神話の舞台裏を覗くやうだ。惜しむらくは、展開や連関がなく寸劇が次々と並べられるだけなので、現代の読者には物足りないことだ。[☆☆]

『遊女の対話』 "ΕΤΑΙΡΙΚΟΙ ΔΙΑΛΟΓΟΙ/DIALOGI MERETRICII"

 恐らく最晩年の作品。短い対話篇を並べてひとつの像を炙り出す手法をルキアノスは得意とした。ヘタイラといふ遊女らの他愛も無い15の対話から成る。一寸した勘違ひやお呪ひや願掛け、焼きもちや当て擦り、見栄や鞘当て、打算的な恋や純朴な愛などが手際良く描かれる。過分に通俗的だが今も昔も変はらぬ恋の様相を楽しめる。[☆☆]


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