ヴォルテール

(Voltaire、François Marie Arouet、1694〜1778)


『哲学書簡』 "LETTRES PHILOSOPHIQUES"
『イギリス通信』 "LETTRES CONCERNING THE ENGLISH NATION"

 啓蒙思想の狼煙をあげた記念碑的な著作。別名『イギリス通信』は、フランスで刊行される前年に出た英訳版の題名である。大革命前夜のアンシャン=レジーム下のフランスと、市民革命をいち早く成し遂げ議会政治と産業革命の胎動を始めてゐたイギリスの状況を理解してゐないと、この著作の刺激は十二分には会得出来ないかもしれない。しかし、歴史的な知識がなくともヴォルテールの筆致だけで何れだけ楽しめることだらう。軽やかな諧謔と鮮やかな反語の効果は最上等のエスプリであり、歴史上燦然と輝く知の巨人の開明的・啓蒙的姿勢に快感すら覚える。亡命先のイギリスで見聞した、宗教、政治、哲学、科学、文藝が紹介されるのだが、貶してゐるやうで褒めてゐる巧妙な語り口を隠れ蓑に、フランスが陥つてゐる迷信と偏見を引き合はせる。『パンセ』論駁はその具現化である。[☆☆☆]

『ミクロメガス』 "MICROMÉGAS"

 遥かシリウス星より訪れた巨人ミクロメガスが地球に降り立ち人間と遭遇するといふSF小説の体裁を採るが、ヴォルテールならではの諷刺が利いてゐる。極大と微小を配することで認識の不確実さと相対性を示す。連れの土星人が独断と偏見で認識の誤謬に繰り返し陥ることも見逃せない。ヴォルテールはジョン・ロックの経験論に共鳴してゐる。最後のタブラ・ラサ―白紙が意味深い。[☆]

『この世は成り行き任せ、バブークの見方』 "LE MONDE COMME IL VA,VISION DE BABOUC"

 精霊の特命を受けたバブークが古代ペルシア社会を見聞するといふ体裁をとるが、巧妙に18世紀フランス社会を諷刺してゐる。この作品の主題は人間社会の価値観であり、必要悪との対峙にある。バブークは純粋な理性をもつて不合理な社会や腐敗した体制に憤るが、視点を変へればそれらにも利点があることを認め、二転三転見解を変へる。「すべて善ではないにしても、すべてはまずまずだ」がヴォルテールの結論だが、さてその後は如何にすべきか。[☆☆]

『ザディーグもしくは運命、東洋の物語』 "ZADIG OU LA DESTINÉE,HISTOIRE ORIENTALE"

 古代バビロン周辺を舞台とした物語で、起伏に富み読者の気を離さない傑作。ザディーグは叡智高く思慮深い賢者、勇敢で情愛豊かな正義漢、幸福を掴む資格を具へた人物として描かれる。痕跡から実相を推理する件、人の本性を見極める為に試験を行ふ件などは理性の輝かしい勝利だ。結果、ザディーグは人々を感心させ、信頼と愛を勝ち得る。注意深く幸福の道を探るザディーグは虚栄や不寛容を退けた為、独断と偏見蔓延る人間社会の暗部と抵触する。このコントは理性こそ人間を幸福に導くものだと云ふ前提のもと、受難に辛苦することを描く。ヴォルテールの理性崇拝は円満な結末のやうに安易ではない。重要なのは終章直前に現はれる隠者―天使との道中の件だ。ライプニッツの予定調和を受け入れつつも疑念は晴れない。迷信を退ける理性は人間を必ずしも幸福に導きはしないが、啓蒙の理念を持ち続けないと次なる迷信をもたらす。天使の戒め「人間たちはなに一つ知らずに全体を判断する」を肝に銘じたい。[☆☆☆]

『メムノンもしくは人間の知恵』 "MEMNON,OU LA SAGESSE HUMAINE"

 ある朝完全な賢人になることを企て如何なる欲望にも屈しない計画を立てたメムノンが、一寸した誘惑から悉く正反対の結果に陥り完全な愚者として一日を終へる物語。最後に登場する天使の戒めに文句を云ふのは痛快だ。ライプニッツの予定調和への異議が始まる転換点とも云へる掌篇。[☆☆]

『スカルマンタドの旅物語』 "L'HISTOIRE DES VOYAGES DE SCARMENTADO"

 ヨーロッパ諸国から東洋の帝国を旅するといふ設定で、歪んだ社会を暴き出す。博識ヴォルテールならでは掌篇。中国を高く買つてゐる作者の立場が見えるとは云へ、全世界これ人間たちの言ひ掛かりばかりと云ふ諦観が強い。多少の不幸には耐へるのが幸福への近道。[☆]

『カンディードもしくは最善説』 "CANDIDE,OU L'OPTIMISME"

 ヴォルテールは哲学コントの代表的傑作で、ユマニスムの欠如した新たなる迷妄、最善説に反旗を翻す。理性の世紀と呼ばれた18世紀に多大な影響力を持つたライプニッツの予定調和説は、「自然の悪と道徳上の悪」を必要不可欠なものと容認する最善説の温床を与へた。この理神論は理性と信仰の両面を満足させる魅惑的な思想だが、ヴォルテールは不条理な悪に対しこの日和見主義は無力であることを喝破する。コント前半はこれでもかと謂はんばかりの不幸の連続に対し、最善説の適用を試みるのがおめでたいを通り越して滑稽だ。後半は散り散りになつた面々が数奇な運命を辿り再会するといふこれまた漫画のやうな展開だが、パングロスの楽観主義、マルティンの悲観主義とカンディードのユマニスムが止揚されて真摯な結論に至る。世界や人生を一言で済まさうなどと考へてはならないと。[☆☆☆]

『寛容論』 "TRAITÉ SUR LA TOLÉRANCE,A L'OCCASION DE LA MORT DE JEAN CALAS"

 啓蒙思想が勝利した歴史的事件があつた。1761年から1762年にかけてトゥールーズで起きたジャン・カラス冤罪事件に関心を寄せたヴォルテールが『寛容論』で宗教的寛容を説き、世論を動かしたのだ。理性の力をもつて狂信や迷妄からの脱却を掲げてきた啓蒙思想だが、信仰との対峙は危険を伴ふ。だが、流石はヴォルテールで、諧謔溢れる筆致で矛先を逸らし乍ら、核心へと切り込む。宗教戦争に疲弊した西欧に対して、コスモポリタニズムの視点から放つ辛辣な揶揄は痛快だ。単なる寛容を説くのは容易い。しかしだ、良かれと思つて始めたこと、賛同者が多数を占めたこと、それらがやがては不寛容の萌芽となる危険性を孕んでゐることをもヴォルテールは見抜いてゐる。理性によつても不寛容は避けがたい。主義主張に固執しないことを説く一歩進んだ眼差しは今日的にも普遍的な打開案を内包する。[☆☆☆]

『バビロンの王女』 "LA PRINCESSE DE BABYLONE"

 コントの名作。前半はオリエント趣味による恋の御伽噺であり、占星術による預言が実現されて行く筋書きは時代を超えて面白い。恋の行方に暗雲が立ち込めて世界各国を遍歴する後半では、諷刺を満載したヴォルテールの筆が冴える。18世紀最高の博識を披露し、西洋中心の価値観を転倒し、狂信的なカトリックの排撃までヴォルテールの矛先は雑多を極める。東洋のどこかに安易に理想郷を求めたり、開明的な国家を甘めに評価したり、コント全体の主題の焦点が定まらないといつた難点はあるが、読者を楽しませる目的が優先されてゐるのだから良しとしよう。[☆☆]

『アマベットの手紙』 "LES LETTRES D'AMABED"

 書簡形式で書かれた作品。インドに生まれた良き魂の持ち主であるアマベットと純真無垢なアダテは、ポルトガル人教父の奸計によつて運命が狂はされる。カトリックの独善的で偏狭な世界観、アジアでの野蛮な布教活動、宗派闘争の愚昧さ、淫猥な聖職者の実態、形骸化した信仰と開き直つた無信仰にヴォルテールは容赦なく鉄槌を下すが、終盤に一捻りがある。ローマへ送られたアマベット夫婦は、享楽的で頽廃的な気風に毒され、やがて快さに抵抗出来ず、不幸を嘆き続けてきた手紙は書き継がれなくなる。アマベットらがその後如何なる人生を歩んだかは読者の想像に委される。中盤で読者が抱いた汚らわしい教父たちへの怒りの感情が、不完全燃焼の侭ヨーロッパの偽善に巻かれるといふ後味の悪い結末だ。振り返つて、幸福とは何かを考へた時、洋の東西を超えてぞつとする深みまで導くヴォルテールの恐るべき狡知。[☆☆☆]


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