トルストイ

(Лев Николаевич Толстой、1828〜1910)


『セヴァストーポリ物語』 "СЕВАСТОПОЛЬСКИЕ РАССКАЗЫ "

 若きトルストイはクリミア戦争最大の激戦地セヴァストーポリ要塞に従軍した。その見聞から誕生した『セヴァストーポリ物語』は「1854年12月」「1855年5月」「1855年8月」の3つの物語から形成される。それぞれ性格と視点が異なり、古今東西を通じて最も優れた戦争文学だ。「1854年12月」は先駆的なルポルタージュで、英雄的な夢想と隣り合ふ負傷者の悲運が冷徹に描かれた掌篇。海外まで一躍トルストイの名を知らしめた傑作だ。「1855年5月」は激戦地の惨状には無関心な司令官らと一顧だにされない死を遂げる下士官らの対比が描かれる。戦争の真実を抉り軍隊の裏側を暴いた名作で、藝術的に最も優れてゐる。「1855年8月」はある兄弟の戦死を軸に要塞陥落の壮絶さを描く。物語として充実してゐるが感傷的でもあり、前2作には劣る。[☆☆☆]

『戦争と平和』 "ВОЙНА И МИР"

 世界文学の最高峰のひとつであり、トルストイの天才が最も開花した偉大な作品。総勢559名といふ登場人物のひとりひとりが生命を吹き込まれ、作品の長大な叙述に弛緩がなく、細部に美しい場面が嵌め込まれてゐる。ロマン=ロランがいみじくも『イーリアス』に比したやうに、近代の叙事詩とも云ふべき藝術作品で、セヴァストーポリの戦役で養つた戦争の描写は、輝かしい勝利よりも死を間近にした壮絶な恐怖の感情を生々しく吐露してをり、その緊迫した筆致が持続するのは圧巻だ。戦争といふ破壊と創造の試練が、宿命と無常観を人々に植ゑ付ける反面、力強く生命を燃え上がらせる人々の姿がある。全篇に亘りロストフ家の人々の成長が作品に華を添へてゐる。この作品の最も深い部分を語るのが、アンドレイ公爵の悲観主義とピエール・ベズウーホフの楽観主義といふ2つの知性である。しかし、智慧の実を捨てることの出来ないアンドレイ公爵は懐疑の業苦に責め苛まれ、寛容と動揺で混沌と化すピエールの思考は停滞して闇を彷徨ふ―エピローグでデカブリストの暗示をするのは意味深長だ。主人公格たちの思想や情念を掘り下げ、ひとつの作品を創作することも出来たであらうが、トルストイの眼差しは別のところにある。歴史家が造り上げたナポレオン戦争の史観から起こし、合目的の為に取捨選択された因果律の問題へと敷衍してゐる。ロシア民衆の意志を体現する役割を自ら任じることの出来たクトゥーゾフへの共感はこの大作の最も重要な主題である。この大長編はまるで合理的な過ちを批判する為に用意された不可知論を述べるためにあるやうだ。[☆☆☆☆]

『アンナ・カレーニナ』 "АННА КАРЕНИНА"

 二大長篇の一翼。綿密に推敲を重ねられ、細部と全体の見事な調和を図られてゐる。これほど破綻のない美しい長篇小説は他にない。特にアンナがヴロンスキーとの官能的な不倫へと突き進む件は息もつかせぬ魔力が込められてゐる。アンナの破滅的な恋を描くのに、キチイとリョーヴィンの何とも生温い恋愛を対比させ、冒頭に一度だけ交錯した人物らを最後に邂逅させて物語を一気に終息へと向はせる設計は見事だ。これは家庭の悲劇であり、恋愛の悲劇と云へるが、農奴解放後の社会問題―次第に懐疑に陥る貴族階級と変化を望まない民衆の理解し合へない境界線を織り込んでをり、他にも無神論や南下政策など宗教・政治を交へた広大な作品世界がある。では、この作品の最も重要な主題は何であらう? 実は多くの問題が呈示されただけで、一切の掘り下げがなく、結論が放棄されてゐる。これこそが注視すべき点なのだ。エピグラムに掲げられた「復讐はわれにまかせよ、われは仇をかへさん」と、リョーヴィンが語る「もし善が原因をもつたら、それはもはや善ではないのだ」で、人生は理知によつては解明出来ないことをトルストイは示唆した。単純な善悪の判断を遠ざけた人生の諸相を描き、読む度に共鳴を感じる登場人物を変へるであらうプリズムのやうな作品だからこそ、多くの文豪らを唸らせたのだ。[☆☆☆☆]

『懺悔』 "ИСПОВЕДЬ"

 二大長篇を書き上げ文豪としての名声を確固たるものとしたトルストイは同時に内面に抱へる闇を深め、思想家、宗教家として独自の世界を展開し、遂には全世界に多大な影響を齎した。この書はその精神彷徨の軌跡が赤裸々に刻まれた告白の書であり、転換に至る経緯が記された最も重要な資料である。トルストイに取り憑いたのは病的な懐疑であつた。人生の意義に答へようとした。存在の意味を答へようとした。しかし、答へは得られない。行き着くところまで探求したトルストイは死だけが確実な人生と存在を無意味と看做し自殺まで考へる。だが、それらの答へを民衆が持つてゐることにトルストイは気が付いた。理性で出せなかつた答へが信仰の中では当然の理として扱はれてゐた。トルストイの問ひは全てのインテリゲンチャが抱くアポリアである。智慧は初めこそ人を幸福にするが、深まれば深まるほど人を不幸にする。無心に信仰に没入した時、トルストイは精神が解放され軽くなつた。無神論から信仰への転換には時間を要したが、だからこそ強固なものとなつた。底なしの懐疑が晒された告白録。[☆☆☆]

『光あるうち光の中を歩め』 "ХОДИТЕ В СВЕТЕ ПОКА ЕСТЬ СВЕТ"

 この作品の主題は、帝政ローマ治下の原始キリスト教共産社会に理想を見出して、謳ひ上げるところにはない。導入篇として冒頭に置かれた『閑人たちの会話』が深刻なアポリアを端的に呈示してゐる。キリスト教の愛を突き詰め、私有財産の否定や国家権力および共同体社会の掟の否定に及ぶと、現実生活との和解とならないばかりか闘争を引き起こす。晩年のトルストイは過激な言動を繰り返したにも拘はらず矛盾した生活を続けた。その秘密が告白された懺悔録とも云へる作品で、ユリウスの生彩ある反駁の方に説得力があるのは、トルストイの苦悩と自己弁護が塗り込められてゐるからだ。[☆☆]

『クロイツェル・ソナタ』 "КРЕЙЦЕРОВА СОНАТА"

 代表的な短篇で、合奏と姦通を重ね合はせて描いた場面は取り分け名高い。冷え切つた夫婦生活に闖入した下流音楽家に好意を持つた妻を刺殺した男の告白では、嫉妬の心理描写に緊迫感すら帯びる。だが、導入部での結婚の不毛を述べた件こそがこの作品の真価だと敢へて強調したい。トルストイは無慈悲なまでに結婚と性欲の歪みを喝破する。曰く「問題は人の心の頼み難さだけではなく、確実に飽きがくるつてことなんです。一人の女なり男なりを一生愛し続けるなんて、一本の蝋燭が一生燃え続けると云ふのと、全く同じでしてね」。そして、現代における結婚の無意味さを「教育から生まれるのは、愚劣さだけですよ」と冷酷に論証する。絶望的な作品だ。[☆☆☆]

『悪魔』 "ДЬЯВОЛ"

 この短篇は死後発表された。自伝的な要素が盛り込まれてゐた為、ソフィア夫人への配慮があつたと想像される。性欲といふ悪魔が付けた一点の滲が全体に広がる恐れを描いた。勤勉で幸福な人生を歩まうにも過去に虜となつた性欲が執拗に追つてくる。後半の不安な心理描写は見事で、情欲に一瞬捕はれる場面は痛切だ。[☆☆]

『生ける屍』 "ЖИВОЙ ТРУП"

 数は少ないが、トルストイの代表的な戯曲作品である。長篇『復活』の後に執筆されたが、発表されずに遺稿で発見された最晩年の作品だ。この作品もまた、結婚の問題を抉つた絶望的な展開だ。フョードルは妻のリーザに長年想ひを寄せてきたカレーニンの存在を意識してゐる。そして、リーザもまた己との結婚ではなくカレーニンと結ばれることを望んだのではと考へる。リーザを解放する為に無軌道な行動をとり、ジプシー娘と関係を持ち、遂には自殺と見せかけて失踪する。だが、サルトルの「地獄とは他人である」へと通ずる深淵な主題を持ちながら、フョードルの人物造型が弱く、単なる自己犠牲の劇に終始して仕舞ひ煮え切らない感がある。[☆☆]


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