遁走曲風


 秋風が吹く頃になり早くも金木犀の香りがかしこから届き始めた。結局、風間の消息は掴めないままだったが、何と藤井から電話がかかってきたことがあった。やはり全く連絡がつかないままだそうで情報を求めていた。風間は本当に失踪してしまったらしい。
 藤井は風間の雲隠れについて興味深い見解を示した。突然で急だったことから、恐らく何らかの圧力によって失踪を偽装せざるを得なかったと言うのだ。最悪の場合消された可能性も否定できないが、それは多分ないだろうと藤井は言う。風間の知り得た秘密は巨大だが、藤井という存在がなければ何らの危険性もない。従って我々を離し、風間を無力化させればよかったのだと言う。秘密を知られたくない何らかの組織が風間に転向を迫ったに違いないと。ただ、風間の性格では良い条件を持ちかけ、手を引くことを交渉するのは難しかったはずだと藤井は示唆した。だから半ば脅迫めいた駆け引きが行われたかもしれない。連絡手段が奪われているのはその証拠だと言う。
 藤井はもう自分も手を引かざるを得ないとこぼしていた。取材をしても取り繕われれば真相を見抜くことは容易ではない。自分はフクシマの真実にかなり近付くことが出来たが、もうこれ以上は無理だろう。それに今後は一層厳しくなるからちょうど良い潮時だったと。最後に風間はどこかで煩わしさから離れて静かに暮らしているはずだと思うし、そう願いたいと締めくくった。
 藤井の説はある程度真実だと感じた。風間が須藤亜希子との再会を捨てざるを得なかったは何らかの事件に巻き込まれたからだ。
 藤井とはそれきりで連絡を取っていない。原発の記事はとうに諦めている。しかし、その頃からツキが良くなり、取材も順調で記事の切れがよくなり編集長からの風当たりも軽くなった。最近は忙しく毎日を回している。マハとはなかなか時間が合わないが良好な関係だ。彼女は風間の失踪に動揺したが、藤井の見解を聞かせると静かに受け入れた。今日はこれからスペイン・バル「ゴヤ」で落ち合うことになっている。

 

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