遁走曲風


 あと数日だというのに気持ちが重い。ここに来た目的は僕の持つ能力が後天的に会得可能かということを調べたかったからだ。しかし、ある程度は予期していたが、僕の能力は先天的で特殊なものであることを再認識したに過ぎなかった。
 僕は自分の超能力を呪わしく思った。相手の心がわかってしまうのはどれだけ辛いことか。僕にとってこの世界は地獄だ。知りたくもない人間の本心が見えてしまうのだ。
 人は気になる相手の心を読みたくて仕方ないことは知っている。特に仕事や恋愛において誰もがそう思っていることだろう。けれども、悪意や野蛮な心を知ってしまった時の絶望には堪えられないはずだ。だが、誰も僕の気持ちなんて理解できないだろう。それどころか贅沢な悩みと羨望され、一蹴されそうだ。
 僕は先生の感情が変化してきたのをわかってしまった。何とかして増幅することを止めたかった。しかし、僕と先生の共同研究がそれを許さなかった。先生は僕を必要としてしまった。僕を手放したくなくなった。だが、僕はその逆だった。最初は先生の読心術を学ぶのが楽しかった。もしかしたら、僕の能力に類することも含まれているかもと期待した。だが、どれも僕の要求を充たすようなものではなかった。僕は自分の超能力を用いることで、先生が体系化した読心術を机上の空論ではなく、会得し、実証することができた。学問には興味はあったから全く退屈していた訳ではない。しかし、先生が熱中していくのと反比例するように僕は諦観に陥っていった。大学での勉強も馬鹿馬鹿しくなった。誰も僕の能力を認知することができない。僕は孤独であり、異端児であり、魔法使いなのだ。いずれは火あぶりにされることだろう。
 あゝ! それにしても先生ともあろう人が! 僕は知らなくてよいことまでわかってしまう。あと数日だ。自信はないが、何事もなく過ごしたい。

 

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