遁走曲風

 あの須藤亜希子という女は何者だろう?
 どうして僕に近付いてくるのだろう?
 彼女の心が僕には読めない。いや、裏を読もうとし過ぎているのかもしれない。彼女の目的が本当に僕の救済であるのなら、彼女は天使だ。
 彼女は何て純真に僕を心配し、僕の力になろうとしてくれることだろう。そんな人間がいることが僕には信じられない。だけど僕の耳が聞き取る彼女の声には二心がない。
 彼女のことを誤解していたのだろうか? 確かに彼女と話をしたのは入学したての頃に映画の話を少しした程度だったし、皆が彼女のことをしきりに噂にしなければ名前も意識的に憶えず、この前会った時にも思い出せなかったに違いない。彼女がクラス一番の美人で、相原とかいう格好をつけた奴と付き合って、不釣り合いだと陰で話題にされていたから僕も彼女の名前はよく知っていた。下司な噂を聞かされていたから詰まらない女で僕とは接点はないだろうと決め込んでいたのだった。
 それが話してみると裏表がなく、包み込むような優しさを感じる。あんな人がいるなんて。本当に天使のようだ。
 最初は関わりになるつもりはなかったけど、他意がなく親身になって心配してくれる。
 そして、自分自身の能力に本当に嫌気が差すが、彼女は僕に好意を持っている。そして彼女はそれにまだ気付いていない。彼女は僕と一緒にいたいと考えている。それは有難いことだ。でも、やがて僕と一緒にいることに堪え難くなるだろう。彼女を傷付け、悲しませたくはない。今のうちなら手が打てるかもしれない。
 あゝ! だけど僕の心を切なく苦しめるのは悪魔か。僕だって自分の気持ちがわからない訳ではない。僕は自分を偽ろうというのか。罪の女よ。僕は先に恋に落ちた。あなたのように愛らしく美しい人がいるなんて。あなたはウェヌスだ。矢を必要としない。何よりも肉体と同じくらい心も美しい。僕も人間を愛することができそうです。僕の苦しみはわざとあなたに冷たく素っ気なくしろと命じますが、本当は今すぐあなたに会いに来て欲しい。
 僕は自分からは会いに行けません。あなたを不幸にするのがわかっているのに、自分から運命を動かせません。苦しいのです。
 いつかは終るでしょう、あなたとの楽しい時間も。僕が願うのはそれが少しでも長く続くことだけです。

 

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