遁走曲風

 日を改めて先生とは約束をして会うことにしました。先生は個人的にお会いしても大変気さくで接し易い方でした。私が知りたかったのは風間くんが大学に来なくなった理由でしたが、そのことに関しては風間くんの口から既に告げられていたと知って驚きました。
 先生は風間くんが福岡で何を習得していたかを詳しく教えてくれました。だけど最初はそれが何の意味があったのか全くわからなかったのです。その時は風間くんが何故先生の元に行ったのかも皆目見当がつかないままでした。
 それから、先生は私のことをいろいろとお尋ねになりました。大学での生活や学んだことなど。映画が好きだと話すと先生もまた映画がお好きということで、私たちは急に仲良くなりました。私が古いフランスの映画が好きだと言うとお喜びになりました。先生は好きな映画に「かくも長き不在」をお挙げになりました。銃声のない反戦映画に衝撃を受けたそうです。特にアリダ・ヴァリをお褒めになると「第三の男」や「夏の嵐」の話に移り、尽きることがありませんでした。特に「夏の嵐」で戦火の中を男のもとへ向かう馬車の中の表情が素晴らしいと絶賛しました。
 私と先生はお友達になり、次第に先生は風間くんの秘密について語り始めてくれました。薄々と感じていたことではあるのですが、人の心を読める力を持っていたことは確かだと先生も断言なさいました。ただし、それは先生の研究されている読心術とは全く次元の異なるものだとおっしゃるのです。私はなかなか理解できなかったのですが、風間くんは先天的な能力を持っており、先生の考えでは、声の波長や振動を感じて心理を汲み取る力があったというのです。そこには言葉の意味が介在していないとおっしゃられたときは理解が追い付きませんでした。先生はおっしゃります。我々は言語の影響が多く、「期待しているよ」とか「またよろしくね」とか「かわいいね」とか言われると悪い気はしない。しかし、相手がそう思っていないことは多く、寧ろ好意の種蒔きをして、味方として油断させ、惹き付けておくためにそういった甘い言葉を使うだけなのだと。風間くんは言語の鎧を一槍で突き貫き、纏っているガウンを吹き飛ばしてあらゆる人の心を裸にして見ていたと先生は説明します。最後にこう付け加えました。風間くんが自分のところに来た目的は自分の能力は後天的にも身に付けることが可能で、自分は特殊な人間でないことを何とか証明したかったのだと。風間くんが大学に入った目的もそこにあったようだが、結論は自分の超能力は突然変異であり、人々を幸福にすることができない危険なものであると絶望したのだと先生は結びました。
「人は本心を偽り隠さないと生きていけないのよ」
 そうおっしゃった時の先生はあたかも自分に言い聞かせているようでした。そして、ふと先生は私に質問を投げかけました。いつかは尋ねられるだろうと思っていたことを。
「あなた、風間くんとは恋人だったのかな?」
「いえ。私は今でも自分の気持ちに言葉を与えることができません。それに風間くんは私のこと何とも思っていなかったと思います。ちゃんと話したのもほんの僅かな時間でしたし」
 先生は穏やかな微笑みを絶やしませんでした。
「そう、でも聞いてもいいかしら。今まだ風間くんのことを気にしているのは一体何故なの? 好きという感情がなければ説明がつかないのじゃない?」
 その時初めて誰にも話したことのない風間くんとの出会いのことを語り出しました。

 

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