遁走曲風


 僕の記憶は自分が余計者だと言われている堪え難い記憶から始まる。どうしてそんなことを憶えているのかなんてわからない。誰だってそうだろう。最も古い記憶とは、ある景色とある瞬間だけで成り、恐怖や驚愕の感情を素材とした原体験として引き出しの奥にしまわれているのだ。体系的な記憶はもっと後のものしかない。だが、一番古い記憶は説明することもできないある情景で、ふとしたきっかけで脳裏に再現される。しかも、何度見ても同じなのだ。
 それは、母親の胸元から引き離され祖母に手渡される情景だ。僕の視界は母の顔を見上げるところから祖母の首元へと移動する。母が僕をあやしながら祖母に渡す僅かな記憶である。僕がその記憶を何度も鮮明に思い出すのは、僕を可愛がりながら邪魔者扱いする恐ろしい情景だからだ。確かなことはわからないが、僕が二歳か三歳の頃の記憶だと思う。そうやって抱っこされていることと、言葉がわかりかけていることからそう考えるのだ。
 だが、情景こそ鮮明であれ、交わされた言葉が何であるかはいつも曖昧だ。母は申し訳なさそうに祖母に僕の面倒を見ることをお願いしているようで、祖母は僕をあやしながら満面の笑みで受け取っている。それは僕の目に見える情景である。しかし、僕には母と祖母の言葉の調子が全く違うように聞こえていた。母はぐずる僕を憎々しげに罵り、その場をはやく立ち去りたいと言っている。祖母はうんざりして母のことを毒々しく呪い、僕を邪魔者扱いし、せめて大人しくしていてくれないかと言っている。だのに、母と祖母の顔は笑っているのだ。話している様子も甘く優しい。僕は怖くて自分が惨めで、この記憶を思い出すたびに足場にぽっかりと穴が空いて真っ暗闇に落ちていく気分になる。せめて母と祖母が交わしている言葉がわかればいいのだが、それが記憶からは抜けている。二歳か三歳頃の記憶だから、言葉を理解し記憶する年齢ではないからだと思う。ただひとつはっきりと記憶に刻まれているのは、恐ろしい会話のやりとりだったということ、それが笑顔で穏やかに交わされていたことだ。
 それは僕が物心ついて始めて知った「嘘」という言葉の悪によって説明がついた。だから、平然と嘘をつく人間に出会った時に、形容し難い虚無感に襲われ、僕の原体験となったこの記憶がフラッシュバックされるのだ。

 

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