楽興撰録

ピアノのCD評

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イサーク・アルベニス(p)/エンリク・グラナドス(p)/ホアキン・マラツ(p)/フランク・マーシャル(p)/ホセ・イトゥルビ(p)/ギジェム・カセス(p) [la mà de guido HISTORICAL LMG 3060]
当盤はスペインのレーベルによるスペインのピアニストの歴史的録音を復刻した稀少なる1枚である。1903年にシリンダー録音されたアルベニスによる即興演奏は大変貴重だ。アルベニスの演奏記録はこの3曲の即興演奏のみで、自作自演といふ枠には属さないが、想像力豊かな演奏振りを楽しめる。1912年録音のグラナドスによる自作自演3曲とスカルラッティのソナタ1曲も重要だ。スペインの生んだ大ピアニスト、マラツの1903年のシリンダー録音は特に重要だ。驚くべきピアニズムで、リスト「ハンガリー狂詩曲第13番」の炎のやうな興奮が与へる衝撃は唯事ではない。官能的な情熱を聴かせる「イゾルデの愛の死」、生命力噴き上がるショパンのワルツ、そして断片であるのが残念な自作自演「スペインのセレナータ」の熱き歌。噎せ返るやうな哀愁を奏でる「スペインのセレナータ」はマラツが生んだ至高の名曲であり、この自作自演はその原点である。マーシャルは1907年のシリンダー録音1曲のみが収録されてをり、グリーグを演奏してゐる。イトゥルビは1934年の最初期録音で、グラナドスとアルベニスの名曲を情感豊かに演奏してゐる。カセスの録音からはグラナドスのスペイン舞曲4曲が収録されてゐる。(2010.7.1)

オイゲン・ダルベーア(p&cond.)/1912年〜1930年の録音/ダルベーア、ベートーヴェン、シューベルト、ショパン、ヴェーバー、リスト、ブラームス、モーツァルト [SYMPOSIUM 1146]
今日では歌劇「低地」の作曲家として僅かに知られるに過ぎないダルベーアだが、19世紀末から20世紀初頭にかけてドイツを代表する大ピアニストとして君臨し、一番弟子にバックハウスを率いるといふ大物であつた。技巧が確かで現在の耳で聴いても鮮やかだ。聴きものは1930年の実況録音であるベートーヴェンの「皇帝」の第1楽章だ。主題ごとのテンポの緩急が甚だしく良くも悪くも巨匠の演奏だが、音色の変化が絶妙で、技巧の切れは抜群である。特に展開部後半のオクターブユニゾンで猛然と煽り立てる箇所は鬼気迫る。3曲収められた自作の演奏は云ふ迄もなく、ベートーヴェン「エコセーズ」、ヴェーバー「舞踏への勧誘」、シューベルト「即興曲」「軍隊行進曲」、ブラームス「カプリッチョ」が素晴らしい出来だ。特にシューベルトが陰影の深い第一級の名演である。当盤にはダルベーアが自作「低地」を指揮した2トラックが併録されてゐる。浪漫的で感動的な演奏であり、これを聴くだけでも価値のある1枚だ。(2005.10.13)

オイゲン・ダルベーア(p)/商業録音全集/オデオン録音(1910〜12年)/グラモフォン録音(1918〜22年) [ARBITER 147]
米Arbiterが作曲家でありピアニストとしても高名なダルベーアの全録音復刻といふ実に良い仕事をした。他には英SYMPOSIUMが発掘したベートーヴェンの皇帝協奏曲第1楽章のみのライヴ録音があるだけの筈であり、これでダルベーアの全貌が知れた訳だ。最初期のオデオン録音はベヒシュタインを弾いての演奏で、以降はスタンウェイを使用してゐる。ダルベーアの奏法は非常に簡潔で古典的な趣を守つてゐる。従つてショパンの作品などは面白くないが、ドイツ・ロマン派の名品を弾く時の侘しさと奥床しさは格調高さを感じさせる。特にベートーヴェンの作品が素晴らしく、バガテルOp.129を筆頭に、エコセーズ、アンダンテ・ファヴォリそしてソナタと極上の名演ばかりだ。シューベルト、ヴェーバー、ブラームスの演奏も素晴らしい。 その反面、グーセンス「万華鏡」をふざけて弾くのはお茶目で滅法愉快だ。(2007.7.9)

オイゲン・ダルベーア(p&cond.)/商業録音全集/グラモフォン録音(1916〜22年)/ヴォックス録音(1923年)/オデオン録音(1923年)/パーロフォン録音(1928年) [ARBITER 147]
再びダルベーアを聴く。2枚組の2枚目。自作自演では「死せる眼」が憧憬に満ち溢れた名品である。組曲Op.1のガヴォットとメヌエット、スケルツォ嬰ヘ長調で聴かせる古典的な格調高さも見事。次いでシューベルトの2つの即興曲が良い。侘しい詩情を漂はせた心憎い名演だ。一方、ショパン作品は無骨で鈍重な印象が拭へず凡庸な演奏が多い。ヴァイスベルガーのヴァイオリンに伴奏を付けたモーツァルトとベートーヴェンのソナタも格段興味を惹く内容ではない。何と云つても当盤の白眉はダルベーアの指揮のよる自作の歌劇「低地」からの2曲だらう。特に間奏曲の幽玄たる趣は一度聴いたら忘れられない。琴線に触れる名曲の名演だ。(2007.8.4)

ド=セヴラック:セルダーニャ、日向で水浴びする女たち、ラングドックにて/ジャン=ジョエル・バルビエ(p) [ACCORD 465 814-2]
知られざる作曲家の代表格セヴラックのピアノ作品で決定的の評価を与へられてゐるバルビエ盤だ。特にセヴラックの代表作である5つの絵画的習作「セルダーニャ」が全5曲の録音であり、大変価値がある。眩い光を放つ色彩豊かなキャンバスを目の前にしたやうな作品群から、バルビエが引き出したのは馥郁たる香りが立ちこめる芳しい雰囲気だ。フランス近代音楽を得意とする奏者にのみ可能なベル・エポックの香気があり、最初の1音から鮮やかな情景が展開する様に心奪はれるに違ひない。「日向で水浴びする女たち」は情感豊かなセルヴァの録音が名演として知られてゐたが、瀟酒なバルビエ盤も素晴らしい。何よりも録音状態が鮮烈で光彩に充ちてゐる。「ラングドックにて」は第1曲「祭りの日の畑屋敷をさして」と第4曲「春の墓地の片隅」のみが弾かれてゐる。何れも名演だ。全曲で聴きたかつた。(2010.11.15)

ベーラ・バルトーク(p)/ヴェルテ=ミニョン・ピアノ・ロール録音(1920年)/HMV録音(1929年)/PATRIA録音(1936年)/バルトーク、スカルラッティ、リスト [HUNGAROTON HCD 12326-28]
バルトークはピアノが達者であり、若き日のバックハウスとコンクールで覇を争つたこともある腕前であつた。バルトークの演奏には単なる自作自演といふ以上の価値があることはこれらの見事な録音を聴けば諒解出来るだらう。バルトークの演奏は強いアクセントを特徴とし、フレーズの要に楔を打ち込むやうなタッチが個性的である。強音が無機的に陥らないのは技巧が確かな証で、暗い音色で悲劇的な音楽を奏でるに至つては頭が下がる思ひだ。当盤にはスカルラッティのソナタ4曲やリストの小品が収められてをり、ピアニストとしてのバルトークの魅力を確認出来る。しかし、大方の興味は自作の解釈となるだらう。最大の聴きものは「アレグロ・バルバロ」で、焦燥感溢れる情念の渦巻きを封じ込めた逸品である。「ルーマニア民俗舞曲」を物悲しい侘び寂びで聴かせる解釈は原点とも云ふべき貴い演奏である。(2005.9.20)

ベーラ・バルトーク(p)/シリンダー録音(1910年〜1915年)/HMV録音(1929年)/放送録音(1932年〜1935年)/バビッツ夫人&マカイのプライヴェート録音(1936年〜1939年) [HUNGAROTON HCD 12334-37]
洪フンガロトン・レーベルが使命感をもつて集大成したバルトーク自身の演奏記録、2巻目4枚組。第2巻は商業的価値を持たない断片録音ばかりで、補遺的役割をする記録としての意味合ひしかない。その殆どが渡米前にブダペストで記録され、バビッツ夫人とマカイによつて保管されたプラヴェート録音である。4枚組の1枚目には更にシリンダー録音、放送録音、HMV録音の別テイクなどの初発売を含んでをり大変貴重だ。とは云へ、当たり前だがシリンダー録音などは非常に音が悪く観賞用ではない。「ルーマニア民俗舞曲」の録音では、近所でジプシー楽団の演奏が始まつたのかバルトークの録音がかき消されて仕舞ふといふ珍事までが記録されてゐる。断片とはいへ、自作自演の数々、盟友コダーイの作品の演奏は重みがある。また、バッハのパルティータや協奏曲、モーツァルト「コンサート・ロンド」、リスト「バッハの主題による変奏曲」といふ演目もあり興味深い。蒐集家には面白からう。(2012.10.22)

ハロルド・バウアー(p)/ヴィクター録音(1924年〜1928年)/ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第14番「月光」、同第23番「熱情」、他 [Biddulph LHW 007]
このディスクを入手するのにどれだけ苦労したことよ。誰にでも巡り合はせの悪い盤といふのがあるものだ。しかし、辛抱強く探すことだ。必ず入手出来る。贔屓のピアニスト、バウアーに関しては何れディスコグラフィーを作製して詳しく語りたい。バウアーはペダリングの最高の名手と謳はれ、映像では神業に近い妙技を披露して呉れた。しかし、当盤は機械吹き込み末期から電気録音初期の復刻で、音の貧しさから愛好家以外には感銘を与へることが難しいだらうことを認めざるを得ない。まして、ペダリングの奥義を聴き取ることなど出来ない。だが、演奏は玄人好みの絶妙な演奏ばかりだ。月光ソナタの終楽章の激情、熱情ソナタの暗い焦燥感と幻想は琴線に触れる。その他、バッハ、グルック、ショパン、リスト、ルビンシテイン、バウアー自作など格調高い名演の連続だ。語りかけるやうな歌のフレージングの巧さは比類がない。(2008.10.11)

ハロルド・バウアー(p)/1929年ヴィクター録音、1939年シャーマー録音/ブラームス:ピアノ・ソナタ第3番、他 [Biddulph LHW 009]
バウアーは相当玄人好みのピアニストである。録音が少ない為と、渋くて地味だからだ。バウアーのピアノは柔らかなフレージングが特徴だ。成程ヴァイオリンから転向しただけあつて、息の長い歌が聴ける。ブラームスのピアノ・ソナタ第3番に於ける幻想と晦渋が気高く調和した演奏は絶品で、特に神聖な火花を散らした第1楽章や第5楽章は極上である。他は全て小品だが、バッハ、スカルラッティ、シューマン、ショパン、グリーグなど、全てが賢者の演奏で些かの躊躇もなく奨励出来るピアニストである。取り分けヘンデル「調子の良い鍛冶屋」、クープラン「キタイロンの鐘」、メンデルスゾーン「性格的な小品」は心を洗はれるやうな名演だ。尚、このCDにはドビュッシーの「夢」がクレジットされてゐるものの、入つてゐない。真相を求む[その後、2009年に英APRから発売されたバウアー独奏録音全集には無事収録されてゐた。これで英Biddulphのお粗末な失態が判明した]。(2004.8.31)

ハロルド・バウアー(p)/1935年HMV録音、1942年ヴィクター録音集/シューマン:幻想小曲集、リスト、グリーグ [Biddulph LHW 011]
バウアー晩年の名演集。小手先の上手下手を超えたところで音楽を奏でるピアニストで、若くして老成し、老いて尚瑞々しいピアノを聴かせた。当盤の曲目はバウアーの真骨頂を伝へるものばかりである。シューマンの幻想小曲集は、淡い抒情で聴かせる極上の名演である。この曲の録音としては至宝のひとつに挙げられる。リストの演奏が絶対的な高みにある。「ため息」の親密感溢れる告白は如何ばかりだらう。「森のささやき」は飛翔する精神の昂揚が爽やか。10曲のグリーグ作品も、暖かく優しい歌で包み込み、至福のひとときを与へてくれる名演揃ひ。それにしても何と聴く者の懐奥深くに語りかけるピアニストだらう。ピアノと云ふ楽器から歌声を引き出したのはコルトーとバウアーくらゐである。(2004.11.26)

ハロルド・バウアー(p)/独奏録音全集(ヴィクター録音、シャーマー録音、HMV録音) [APR 7302]
英Biddulphから出てゐた3枚のCDを纏めた商品だ。復刻は同じマーストンだが更にリマスタリングをした模様で一段と聴き易い音になつてゐる。既にこれらの録音に関しては述べてあるが、BiddulphのLHW009でクレジットされてゐたもののCDに未収録であつたドビュッシー「夢」が晴れて収められてをり、目出度く全録音が揃つた。但し、この商品は録音全集と銘打つてゐるが正しくは独奏録音全集であり、他にオシップ・ガブリロヴィッチと連弾したアレンスキー「ワルツ」―2種類ある―とショイット「ロココ・メヌエット」、フロンザリーSQとのブラームスのピアノ五重奏曲がある。また、ジンバリストとのベートーヴェン「クロイツェル・ソナタ」第2楽章の映像もあり、折角なら完璧な全集を目指して欲しかつた。とは云へ、賢人ピアニストの録音が入手し易くなつたことを大いに歓迎したい。悪い演奏などひとつもなく、聴けば聴くほど発見のある奏者だ。同業者らも絶讃したペダリングの妙技を是非確かめて欲しい。(2014.5.12)

マーラー:少年の不思議な角笛/クリスタ・ルードヴィヒ(Ms)/ヴァルター・ベリー(Br)/レナード・バーンスタイン(p) [SONY CLASSICAL 515303 2]
マーラー指揮者として不動の名声を誇るバーンスタインが、ピアノでマーラーの歌曲を伴奏した録音の全てを集成した興味深い2枚組。バーンスタインはピアノ協奏曲の弾き振りをした程ピアノが達者であつたから演奏は本職のピアニスト顔負けの腕前である。更に、マーラーへの共感度と理解度が桁違ひだから、忌憚なく云へば、これ以上のピアノ演奏はない。バーンスタインの演奏は極めて交響的で、単旋律のうら悲しい抒情的な歌はせ方、勇壮な箇所での爆発的な打撃、交錯する音楽を見事に表現してゐる。1枚目は1968年4月24日のウィーンにおけるライヴ録音。通常の12曲に「原光」を加へた13曲による演奏であることも価値を高めてゐる。歌手も万全でマーラーの世界を巧みに表現してゐる。特に神秘的な「原光」の神々しさは特筆すべきだ。曲順は効果を考へ自由に配列されてをり、曲集として演奏を堪能出来る。(2012.1.8)

マーラー:リュッケルトによる5つの歌曲(4曲)、若き日の歌(11曲)、さすらふ若人の歌/ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(Br)/レナード・バーンスタイン(p) [SONY CLASSICAL 515303 2]
マーラー指揮者として不動の名声を誇るバーンスタインが、ピアノでマーラーの歌曲を伴奏した録音の全てを集成した興味深い2枚組。2枚組の2枚目は20世紀最高のマーラー歌ひであつたディースカウの究極の名唱が聴ける。リュケッルト・リーダーが無上に素晴らしい。マーラーによつてオーケストラ伴奏に編曲された4曲のみが録音されてゐる。指揮者バーンスタインの意向であらうか。曲順も管弦楽版に従つてゐる。第1曲目から神秘的なメルヒェンへと誘ふ。第3曲目「私はこの世に忘れられ」の虚無感、厭世的な趣は別格だ。虚空で止りさうになるバーンスタインのピアノは深淵を覗き込むやうだ。若き日の歌からは全14曲中11曲が選曲されてゐる。これも競合盤を探すことが不要と思はれるほど見事な名唱の連続である。さすらふ若人の歌はディースカウの為にある曲である。かのフルトヴェングラーを感激させ、決定的な録音を残したことは余りにも有名だ。このバーンスタインとの録音はピアノ伴奏での最高の録音だらう。青春の苦い思ひが溢れる様は真に迫つてをり、数多の歌手とは次元が違ふ。(2012.3.6)

モーツァルト:ピアノ協奏曲第17番、ラヴェル:ピアノ協奏曲/ウィーン・フィル/レナード・バーンスタイン(p&cond.) [DG 4795553]
バーンスタインのDG録音全集第2巻64枚組。弾き振りの達人バーンスタインの妙技が聴ける1枚だ。どちらもウィーン・フィルとの共演で、モーツァルトが1981年、ラヴェルが1971年のライヴ録音だ。モーツァルトは映像でも記録が残されてゐる。ウィーン・フィルの美質を引き出して自然な音楽を作り乍ら、ピアノ独奏の転調における絶妙な表情の変化は古典様式に則つたお手本と云へる素晴らしさだ。バーンスタインの解釈は浪漫的であるが、様式を逸脱することはなく可憐さを演出してゐる。この曲屈指の名演だ。ラヴェルが異常の極みだ。第一この曲を弾き振りするなど正気の沙汰ではない。そんな曲芸をやつてのけ、ピアノ演奏は形振り構はぬ爆走で乗りに乗つてゐる。バーンスタインの桁外れの音楽性に圧倒される。ウィーン・フィルにとつても刺激的な体験であつたらう。ただ、勢ひに任せて破れかぶれな面もあり、ラヴェル弾きらの残した完成度の高い名盤と比べると雑な一面は否めない。同列に扱ふのは酷だ。(2016.11.15)

モニク・ド・ラ・ブルショルリ(p)/ハイドン、モーツァルト、ショパン、デュティーユ、他 [INA IMV063]
鮮烈な技巧を誇るフランスの女流奏者ブルショルリの貴重な蔵出し音源で、特に1962年のシャンゼリゼ劇場におけるライヴ録音は愛好家感涙の逸品。白眉は冒頭に収録されたハイドンのソナタ第48番ハ長調で、独特の乾いたタッチによるお転婆振りは天馬空を行くが如しで、霹靂に打たれたやうな衝撃を受けた。こんなおきゃんなピアノは類がない。多彩な表情が跋扈する驚愕の名演で、他の演奏など聴けなくなる。ハイドンに比べるとモーツァルトの幻想曲は常套的な演奏で栄えないから不思議だ。ショパン作品は健康的で躍動感溢れる演奏が多く、切れ味のある技巧に独自の魅力がある。デュディーユのピアノ・ソナタが素晴らしい。難解な現代作品だが、確かな打鍵による生命の通つた演奏を聴かせる。決定盤であらう。余白にはSP録音の復刻が収録されてゐる。十八番としたサン=サーンス「トッカータ」が物凄い。燦然たる技巧と常軌を逸したギャロップは鬼神のやうで、ブルショルリの最良の記録と云へる。(2007.12.9)

モーツァルト:ピアノ協奏曲第20番、ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第3番/ベルンハルト・パウムガルトナー(cond.)/ヤーノシュ・フェレンチェク(cond.)/モニク・ド・ラ・ブルショルリ(p)、他 [DOREMI DHR-7842/3]
事故で全盛期に引退を余儀なくされ、幻の奏者の感があるブルショルリの貴重な復刻集。2枚組の1枚目はパウムガルトナー指揮で1963年にオイロディスクに録音されたモーツァルトのニ短調協奏曲と、引退直前の1966年にフェレンチェク指揮ブタペスト国立管弦楽団の伴奏によるベートーヴェンのハ短調協奏曲のライヴ録音だ。音源としてはベートーヴェンが珍しい。技巧家として激賞されたブルショルリの凄みを聴くならベートーヴェンで、強靭な打鍵と疾駆する速弾きの猛烈さに圧倒される。しかし、ライヴに付き物のミスタッチがかなり致命的な傷を伴つてをり残念だ。また、伴奏のオーケストラの反応が鈍く、総じて良くない。モーツァルトは無難な演奏であるが、ブルショルリだけといふ特色には乏しく、詰まらない演奏だ。(2010.2.11)

モーツァルト:ピアノ協奏曲第23番、ラフマニノフ:パガニーニの主題による狂詩曲、フランク:交響的変奏曲、スカルラッティ、ハイドン/ベルンハルト・パウムガルトナー(cond.)/ヨネル・ペルレア(cond.)/モニク・ド・ラ・ブルショルリ(p)、他 [DOREMI DHR-7842/3]
再びブルショルリを聴く。2枚組の2枚目。モーツァルトのイ長調協奏曲は第20番と同様1963年にオイロディスクに録音され、同じく印象は無難な演奏で面白くない。不味い点がないだけに惜しい。当盤は良さは全盛期の1956年にVOXに録音されたラフマニノフとフランクに尽きるだらう。強靭なピアニズムに圧倒される。両曲とも幾分単調な嫌ひはあるが、豪快な打鍵と鮮烈な指回りは賞讃に価する。ペルレア指揮のコンセール・コロンヌの伴奏も乙で総じて名演だ。特にフランクはコルトーに次ぐ名盤として推奨出来る。余白にはニクサに録音されたスカルラッティのソナタ2曲と、HMVに録音されたハイドンのソナタ第34番ホ短調が収録されてゐる。スカルラッティは絢爛たる演奏だが、品格と情味が乏しく良くない。ハイドンは妙味があるが取り立てて面白い演奏ではない。(2010.5.15)

チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番、ブラームス:ピアノ協奏曲第2番/ウィーン・プロ・ムジカ管弦楽団/ルドルフ・モラルト(cond.)/ロルフ・ラインハルト(cond.)/モニク・ド・ラ・ブルショルリ(p) [DOREMI DHR-7857/8]
DOREMIによる名女流奏者ブルショルリ復刻第2弾。2枚組の1枚目を聴く。VOXへの録音でブルショルリの代表的録音である。チャイコフスキーもブラームスも豪腕が唸つてをり、女流で斯様に切れ味抜群かつ重厚壮大なピアノを叩いたのはブルショルリひとりだらう。チャイコフスキーが天晴痛快、溌剌としてをり、実に健康的な好演だ。冒頭から壮麗極まりなく、主部に入つてからも筋肉質な音楽を奏でる。弱音の美しさも精巧だ。第2楽章の難所もさらりと制圧し、第3楽章も躍動してゐる。疾風のやうな演奏は鍵盤上のヴァルキューレと讃へたい。伴奏も健闘してをり、屈指の名盤として賞讃したい。比べると幾分感銘が劣るが、ブラームスも大変見事だ。重厚な浪漫が充満してゐる。恰幅が大きいだけでなく、繊細な瞑想も丁寧に聴かせる。だが、何処か渋みが足りず画竜点睛を欠く。全体に弾き過ぎであるのも一因だらう。(2013.4.15)

サン=サーンス:ピアノ協奏曲第5番、トッカータ、シマノフスキ:主題と変奏曲、ショパン、ブラームス、ハイドン/ルクセンブルク放送管弦楽団/ルイ・ド・フロマン(cond.)/モニク・ド・ラ・ブルショルリ(p) [DOREMI DHR-7857/8]
DOREMIによる名女流奏者ブルショルリ復刻第2弾。2枚組の2枚目を聴く。目玉は1963年のライヴ録音、サン=サーンスの協奏曲だ。ブルショルリの明るく輝かしい技巧を存分に味はへる。特に第3楽章の飛び跳ねるやうなピアニズムは大変聴き応へがある。次第に熱を帯び、まるで鍵盤が鋼の如く鍛へられて行く様には興奮を禁じ得ない。第1楽章の清々しい昂揚も絶品だ。香り高いタリアフェロの名盤には僅かに及ばないが、ダルレ盤と共に三傑を成す名演だ。余白は1951年と1956年にミュンヘンで行はれた放送録音で、サン=サーンスのトッカータ、ショパンのアンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ、舟歌、シマノフスキの主題と変奏、ブラームスのワルツより2曲、ハイドンのソナタ第34番ホ短調だ。重要な録音はシマノフスキの秘曲、作品3の変奏曲だ。ブラームスの模倣的作品だがブルショルリの重厚な演奏が素晴らしい。その他、感銘深いのはショパンのグランドポロネーズで壮麗極まりない名演だ。得意としたサン=サーンスのトッカータも良い。(2013.10.1)

モーツァルト:ピアノ協奏曲第15番、同第17番、ピアノ・ソナタ第12番/クリーヴランド管弦楽団/ジョージ・セル(cond.)/ロベール・カサドゥシュ(p) [SONY Classical 88697808372]
カサドゥシュが取り分け得意としたモーツァルトの協奏曲録音を集成した5枚組。4枚目は演奏回数が限られる第15番と第17番で、カサドゥシュ拘泥はりの曲と云へよう。伴奏は最も相性が良かつたセルとで、純度が高いモーツァルトが聴ける。水晶の如く透明感のあるピアノとオーケストラの響きは驚異的で、雑味を一切排除した天上的な演奏だ。この取り合はせは奇蹟的である。特に管楽器各々が極めて粒揃ひで、これ以上を望むのは欲張りだらう。競合盤も少なく、2曲とも躊躇ひなく決定的名盤と断言出来る。ただ、色彩が透明に限りなく近い為、色気が薄く、感情的な振幅は乏しい嫌ひがあるといふのは難癖か。ソナタも非常に美しい演奏で、カサドゥシュが天性のモーツァルト弾きであることを立証する名演だ。(2016.10.26)

ブラームス:ピアノ協奏曲第1番、グリーグ:ピアノ協奏曲/アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団/ロンドン交響楽団/エドゥアルド・ヴァン・ベイヌム(cond.)/アナトール・フィストラーリ(cond.)/クリフォード・カーゾン(p) [DECCA 478 4389]
名手カーゾンのデッカ録音全集23枚組。12枚目を聴く。ブラームスは2度目の録音で1953年のモノーラル録音だ。カーゾンの残した第1協奏曲ではセルが伴奏したステレオ録音が随一とされるが、ベイヌムとの共演盤も甲乙付け難い。カーゾンのピアノに脂が乗つてをり、独奏においては寧ろ当盤の方が優れてゐるかも知れぬ。しかし、カーゾンは晩年になつて尋常ならざる深みを増したので一概には優劣を付けられない。ベイヌムの指揮は特色が薄いものの立派な演奏だ。面白みはないが悪い箇所はひとつもない。グリーグは1951年録音で、後の1959年にもフィエルスタートとの再録音がある。オーケストラはどちらもロンドン交響楽団なので大きな差は認められない。フィストラーリとの当盤はより華麗で情熱的に音楽が動く。一方、フィエルスタートとの新盤は北欧の抒情を聴かせることに成功してゐる。僅差で新盤に軍配を上げる。(2015.9.21)

ブラームス:ピアノ協奏曲第1番、愛の歌(全18曲)、新しい愛の歌より(1曲)/ゼーフリート(S)/フェリアー(A)/パツァーク(T)/ガルピアーノ(p)/ロンドン交響楽団/ジョージ・セル(cond.)/クリフォード・カーゾン(p)、他 [DECCA 478 4389]
名手カーゾンのデッカ録音全集23枚組。17枚目を聴く。カーゾンは録音嫌ひとして知られるが、ブラームスの録音は多く、特にニ短調協奏曲は3種類も残る。これは最後の1962年録音で音質も申し分ない。また、これ迄ホルダとベイヌムの指揮で共演してきたが、巨匠セルによる伴奏は一味違ひ一分の隙もない完璧な仕上がりだ。管弦楽について云へばライナーと双璧を成すだらう。カーゾンのピアノはトリルの演奏などで幾分強靭さを欠き、第2楽章での色気も弱いが、渋く含蓄のある音色で重厚な音楽を紡いでをり素晴らしい。この曲屈指の名演として推奨出来る。余白はエディンバラ音楽祭でのライヴ録音で、ガルピアーノと共に歌手らの伴奏をした録音を収録。これらはフェリアーの録音について触れる時に述べたいと思ふので割愛する。(2015.2.9)

ショパン:練習曲(8曲)、アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ、サン=サーンス:ピアノ協奏曲第2番、他/アンドレ・クリュイタンス(cond.)/ポール・パレー(cond.)/ジャンヌ=マリー・ダルレ(p) [VAI AUDIO VAIA/IPA 1065-2]
フランスの名女流ダルレの最初期の録音を編んだ2枚組で、名技師マーストンによる優れた音質で楽しめる。最も古い音源は1922年の英ヴォカリオンへの録音、次いで1931年のポリドールやHMVへの録音、そして大半を占めるのが1946年から47年にかけて行はれたパテへの録音である。2枚組の1枚目には得意としたショパンとサン=サーンスが収録されてをり、大変聴き応へがある。ショパンの練習曲は輝かしい技巧と繊細なタッチが融合した得難い名演ばかりだ。ポロネーズはクリュイタンスとコンセールヴァトワールとの共演でEMIからもCD化されてゐた。絢爛たる名演で、伴奏が殊の外美しい。協奏曲全曲録音のあるサン=サーンスはダルレの自家薬籠中であるが、これはパレーとコンセール・コロンヌ管弦楽団との大変貴重な録音で、豪快な伴奏に乗つて情熱的な演奏を繰り広げて呉れる。第一に推したい名演だ。シュトラウス「ジプシー男爵」をドホナーニが編曲したワルツはサロン趣味の勝つた曲で、華麗な装飾にダルレは艶やかな表情を聴かせる。(2009.11.15)

ジャンヌ=マリー・ダルレ(p)/バッハ、ヴェーバー、シューマン、メンデルスゾーン、リスト、フィリップ、ラフマニノフ、Jaray-Janetschek [VAI AUDIO VAIA/IPA 1065-2]
再びダルレを聴く。2枚組の2枚目は様々な作曲家の作品でダルレの藝術を堪能出来る。ダルレの逞しい打鍵による鮮烈な技巧を味はふなら、バッハの無伴奏パルティータ第3番の前奏曲やヴェーバーのピアノ・ソナタ第1番の終楽章だ。猛烈な速弾きで華麗さと剛健さを聴かせて呉れる逸品だ。得意としたリストが矢張り見事だ。パガニーニ練習曲「ラ・カンパネッラ」では1838年版と1851年版の2種が収録されてゐるのも嬉しい。特に後者が高次元の名演だ。その他、2曲の超絶技巧練習曲、ポロネーズ第2番、愛の夢第3番など全てが名演だ。燦然たる技巧も素晴らしいが、哀感の交じつた詩情も欠いてゐない。一方、ラフマニノフの前奏曲2曲は余り面白くない。イシドール・フィリップの奇想曲やJaray-Janetschekのトッカータなどの珍曲は音源として貴重だ。(2010.3.16)

モーツァルト:ピアノ協奏曲第17番、ハイドン:変奏曲ヘ短調、ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第17番「テンペスト」、シュトラウス(ドホナーニ編):ワルツ(2曲)/ブダペシュト・フィルハーモニー管弦楽団/エルンスト・フォン・ドホナーニ(p&cond.) [Dante HPC040]
作曲家ドホナーニはピアノも達者で、自作のみならずドイツの古典派から初期ロマン派の作品では本職顔負けの演奏をした。特にモーツァルト、ベートーヴェン、シューベルトなどを好んだ。モーツァルトの協奏曲はフィッシャーの名盤に先立つて1935年に吹き込まれた初録音だつた。弾き振りをしたブダペシュト・フィルは三流で音程の怪しい箇所が散見される。伴奏に関しては録音も古くて酷く、ドホナーニのピアノを聴くべき録音だ。実に味はひのあるピアノで、慈しむやうに奏でられる。冒頭の入りで、すぐにテンポを落として聴く者を惹き付ける語り口は見事で、全体としても寂寥感を漂はせる妙技が素晴らしい。ハイドンでは水晶のやうな音色が美しく、和声とフレーズに対する木目細かい表情付けは作曲家ならではの慧眼と云へる。当盤の白眉だらう。ベートーヴェンは技巧が追ひ付いてゐない箇所もあるが、暗い幻想が感じられる演奏で好感が持てる。シュトラウスは「ジプシー男爵」と「こうもり」からの粋な編曲。素敵だ。(2016.6.24)

ドホナーニ自作自演:独奏録音全集(1929年〜1956年)/エルンスト・フォン・ドホナーニ(p) [APR 7038]
ハンガリー出身の作曲家ドホナーニはピアニストとしても大した腕前で、モーツァルトのピアノ協奏曲第17番他かなりの量のSP録音を残してゐる程だ。玄人向けの復刻を地道に行ふ英APRは自作自演全録音をCD化するといふ快挙に出た。一般の興味からは縁遠いドホナーニだが、斯様な自作自演盤の登場は未知の作品に出会ふ契機となり歓迎したい。2枚組の1枚目を聴く。1929年のブダペストでの録音や1931年のロンドンでの録音はドリーブやシュトラウスのワルツの編曲ばかりで気が利いた内容とは云へ有り難みはない。だが、戦後の録音は大変聴き応へがある。冬の輪舞〜10のバガテルOp.13、ハンガリー民謡による変奏曲Op.29、6つの小品Op.41はシューマンやブラームスやグリーグの作品に比べても遜色を感じない。ドホナーニは和声における音価の配分を入念なタッチで描き分けてをり、聴けば聴く程その美しさに心奪はれる。(2007.2.5)

ドホナーニ自作自演:独奏録音全集(1929年〜1956年)/エルンスト・フォン・ドホナーニ(p) [APR 7038]
再びドホナーニを聴く。2枚組の2枚目は1956年のロンドンでの録音で、一部はステレオ方式での録音だ。パストラールと6つの小品Op.41は再録音となる。古風な様式による組曲Op.24は楽想こそ古典的だが、ブラームスを想起させる重厚で晦渋な大曲で技巧が凝らされてゐる。16世紀のパヴァーヌと変奏Op.17-3における愛らしさと上品な嗜みは聴く者を虜にするだらう。風変わりな小品Op.44からの2曲も洒落てゐる。何れも作品も大変素晴らしく、作曲家の知名度で看過するべきではない。簡素なペダリングと硬質のタッチによる演奏も満点で、清廉にして透徹した音楽を奏でる。多くの愛好家に薦めたい。(2007.3.9)

サムイル・フェインベルク(p)/初期録音集(1929〜48年)/バッハ、ベートーヴェン、スクリャービン、他 [ARBITER 118]
ロシア革命を逃れて大家たちが消え去つたソヴィエトにも聴くべき才能はある。バッハの伝説的な弾き手として名を残したフェインベルクの戦前の録音集は極めて刺激的な演奏ばかりだ。最初期のベルリンにおける1929年の録音は、バッハのコラールと協奏曲、自作の組曲、ストラヴィンスキーとスクリャービンで、殊にバッハのBWV.593の協奏曲が情熱的で凄まじい。1930年代後半とされるモスクワ録音は貧しい音質だが、何れも瞠目に値する名演だ。特にベートーヴェンの熱情ソナタにおける大胆なアゴーギクには驚いた。極限まで音の劇的昂揚を追求し、聴き手の感情を煽り立てた演奏ならばフェインベルク以上はない。堅牢なバックハウスの旧盤とともに最上位に置きたい。シューマン「森の情景」からの2曲やリスト「慰め」からの2曲での幻想的かつ独創的な切り口も素晴らしい。戦後の録音が更に素晴らしい。バッハ「半音階幻想曲とフーガ」の自在さ、リャードフ「牧歌」の夢見るやうな情感は絶品である。看過してはならない大物のひとりだ。(2009.10.12)

サムイル・フェインベルク(p)/バッハ、ショパン、リスト、ラフマニノフ、スクリャービン [ARBITER 146]
フェインベルクの認知度は低いが、バッハの大家である。当盤の大半を占める5曲のバッハ作品は弩級の名演である。1961年と1962年にステレオで録音された3曲は特に素晴らしい。これらは未発表録音といふことでARBITERの発掘に喝采を送りたい。幻想曲とフーガBVW.904の高貴な悲愴感、前奏曲とフーガBWV.548―クレジットにはBWV.533とあるが誤り―の荘厳な昂揚、トッカータBWV.912の晴れやかな愉悦、ロマンティックな様式による感情豊かな演奏では最高の位にある。他にモノーラル録音だが、幻想曲とフーガBVW.542とシンフォニアBWV.798も極上の演奏だ。次に重要なのは1948年のライヴ録音であるスクリャービンのピアノ・ソナタ第5番である。刹那に燃え上がる幻想を鬼気迫る趣で表現してをり圧巻だ。他は1950年代のセッション録音で、ラフマニノフの前奏曲から4曲と音の絵から1曲、リストのコンソレーションの第1番と第2番、ショパンのバラード第4番が収録されてゐる。水際立つた技巧で聴かせる絢爛たるラフマニノフが見事だ。透明感溢れるリストの敬虔な詩情も極上である。しかし、ショパンは雑然とした演奏で良くない。(2012.1.18)

バッハ:平均律クラヴィーア曲集第1巻/サムイル・フェインベルク(p) [RCD 16231]
ソヴィエトで活躍したバッハの大家フェインベルクの知る人ぞ知る破格の名盤。平均律クラヴィーア曲集第1巻と第2巻の4枚組で、1枚目と2枚目の第1巻24曲を聴く。魁となつたエトヴィン・フィッシャーの録音の後、ピアノによる演奏では双璧とされるのがフェインベルク盤だ。この曲集の演奏では、理知が勝る学究的な行き方もあるが、抒情的で感情を込めた行き方もある。ピアノでの演奏の場合は後者の方に分が有るやうだ。フィッシャーの温かく人間味のある演奏を陽とすれば、禁欲的で敬虔なフェインベルクの演奏は陰と云へ、硬く澄んだ打鍵で甘さは皆無だ。しかし、機械的ではない。フェインベルクの演奏は神秘的な幻想に沈み込み、魔術にかけられたやうな荘厳さを帯びてゐる。調による出来不出来が少なく、長調作品でも高貴な悲哀を漂はせる名演揃ひ。バッハの偉大さを痛感させて呉れる極上の録音だ。(2015.8.14)

バッハ:平均律クラヴィーア曲集第2巻/サムイル・フェインベルク(p) [RCD 16231]
再びフェインベルクを聴く。平均律クラヴィーア曲集第1巻と第2巻の4枚組で、3枚目と4枚目の第2巻24曲だ。修練を目的とする向きが大きかつた第1巻よりも、「24の前奏曲とフーガ」として自在さを得て音楽的な深みを追求した第2巻で、フェインベルクの持ち味はより開花してゐる。寂寥感をずしりと聴かせるのは並大抵の技ではない。晴れやかさ、厳しさ、悲しみなど様々な表情を万華鏡の如く変化させるのは驚異的だ。最上の音楽を最高の演奏で聴く楽しみがここにある。大家フェインベルクの復刻は進んでをらず、纏めて聴ける日が来ることを祈る。(2016.2.20)

ヘンデル:シャコンヌ、組曲第3番より、ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第8番「悲愴」、第23番「熱情」、第31番/エトヴィン・フィッシャー(p) [APR 5502]
スイス出の独墺系ピアニストにしてSP期におけるバッハ演奏の権威であつたフィッシャー最初期の録音である。解説によると最初の録音は1928年のヘンデルのシャコンヌであるらしいが、未発表なのださうで、当盤は31年録音のものである。フィッシャーのバッハは浪漫的であるにも拘らず今聴いても深い感銘を覚えるが、ヘンデルもバッハの延長上にある演奏で、抹香臭さはあるが格調高い偉大な演奏である。フィッシャーはベートーヴェン弾きとしても名高い人だが録音は多くない。「悲愴」と「熱情」は感情の表出が散漫で感銘が薄いが、第31番はこの曲の最も優れた演奏のひとつである。バッハ弾きフィッシャーがフーガで妙味を発揮するのは当然と云へる。(2004.10.4)

モーツァルト:ピアノ協奏曲第17番、ピアノ協奏曲第24番、ピアノ・ソナタ第11番、幻想曲K.396/ローレンス・コリングウッド(cond.)/エトヴィン・フィッシャー(p&cond.) [APR 5524]
戦前の優れたモーツァルト弾きとしてフィッシャーの名を逸することは出来ない。情に傾いたモーツァルトであり、込上げる涙や寂寥感が藝術的だ。情感ある温かいタッチの音であるが、気品ある貴族的な風格を失はず、転調時の翳りと微笑みが霊感に充ちてゐる。過度な劇的誇張はないが第24番が大変素晴らしく、この曲の代表的な名演と挙げることに躊躇ひはない。カデンツァはフィッシャー自身によるもので、悲劇的な色調に彩られた極上のものであり、これを聴くだけでも蒐集する価値がある。弾き振りによる第17番も愛らしい愉悦が可憐だ。そこはかとなく愁ひが忍び込む様はモーツァルト演奏の神髄であり、この曲の最高の演奏と云つても過言ではない。協奏曲に比べるとソナタと幻想曲は幾分平凡な演奏だ。(2005.7.28)

シューベルト:即興曲(全8曲)、さすらひ人幻想曲/エトヴィン・フィッシャー(p) [APR 5515]
フィッシャーが戦前に残したシューベルト録音の全てである。戦後に、「楽興の時」―即興曲との組み合はせでTESTAMENTから発売されてゐる―とシュヴァルツコップの伴奏者としてリートを録音してゐるだけだから、当盤はフィッシャーのシューベルト録音の要を成すものだ。8曲の即興曲はドイツ・ロマンティシズムに根付いた仄暗い孤独感が痛々しく、憧憬と諦観が心の襞にまで分け入る名演だ。他にも優れた演奏は数多あるが、「冬の旅」の世界に接近してゐるのは、全曲ではフィッシャーとシュナーベル、それから2曲だけだがリパッティの録音が思ひ浮かぶくらいである。「さすらひ人幻想曲」は技巧で聴かせる系統とは異なり、リートを前提とした嫋やかな演奏で物悲しい歌が印象的だ。(2005.3.14)

モーツァルト:ピアノ協奏曲第20番、交響曲第40番、2台のピアノの為の協奏曲/ストラスブール市立管弦楽団/ハリー・ダティナー(p)/エトヴィン・フィッシャー(p&cond.) [Tahra TAH 534]
1953年6月12日、ストラスブールにおける演奏会記録。ニ短調協奏曲と交響曲は米Music&Artsの6枚組箱物にも収録されてゐたが、K.365は当盤が初出となる音源で、1日の演奏会の全てを収めてゐるのが嬉しい。しかし、音質が優れず蒐集家以外には不要だらう。K.466は自作のカデンツァに妙味があるものの、フィッシャーには素晴らしいセッション録音もあり、傷の多い当盤に価値はない。弾き振りの達人フィッシャーが本格的な指揮で演奏した交響曲の出来だが、所詮面白くはない。そもそも二流の楽団の演奏なので、凡庸極まりない。ダティナーとの協奏曲第10番が野暮つたい演奏だが、最も生気と力感があり面白いだらう。(2012.2.22)

モーツァルト:ピアノ協奏曲第24番、同第22番、ロンドニ長調/デンマーク王立管弦楽団/エトヴィン・フィッシャー(p&cond.) [Music&Arts CD-872]
1954年11月9日のトリノでのライヴ録音。フィッシャーはここでも弾き振りで名人藝を披露してゐる。ハ短調協奏曲K.491には戦前の疾走する極上のセッション録音があり、穏やかで生温い当盤には殆ど価値はないが、変ホ長調協奏曲K.482にはザルツブルク音楽祭での弾き振りライヴ録音があるだけなので、俄然比較対象になる。ウィーン・フィル盤は弦の艶がある合奏が魅力的だつたが、全体的に粗く乱れもあり音楽も乗つてこない。贔屓目に評しても良くない演奏であつた。このデンマーク王立管弦楽団盤はオーケストラに華こそないが、良く揃つてをり、フィッシャーのピアノも闊達で楽しさうだ。総合点では当盤の演奏が優れてゐる。ニ長調ロンドK.382にもセッション録音があつた。印象はほぼ変はらないが、旧盤の方がピアノのタッチが美しい。(2015.11.24)

モーツァルト:ピアノ協奏曲第20番、同第25番、フェルスター:アリエッテ・ヴァリエ/フィルハーモニア管弦楽団/ヨーゼフ・クリップス(cond.)/エトヴィン・フィッシャー(p&cond.) [TESTAMENT SBT 1218]
フィッシャーによるモーツァルトのピアノ協奏曲の復刻はEMIや英APRが行つてゐるが、この英TESTAMENT盤は戦後の録音、即ち1954年録音のK.466と1947年録音のK.503で編まれてゐる。K.503はEMI盤やAPR盤にも収録されてゐたが、K.466はどちらも1933年録音の旧録音が採用されてをり、再録音の1954年盤はこのTESTAMENT盤でしか聴けないから重要だ。当然、この新盤の方が音質が良く、ピアノの音色が美しく録れてゐる。旧録音よりも情感があり、弾き振りの管弦楽伴奏も立派だ。あらゆる点で優れてゐる。フィッシャーによる独自のカデンツァも聴き応へがある。この曲の屈指の名演だ。K.503も良い。古典派作曲家エマニュエル・フェルスターの愛くるしい小品も当盤でしか聴けない。(2016.9.9)

サン=サーンス:ヴァイオリン・ソナタ第1番、チェロ・ソナタ第1番、同第2番より第2楽章と第3楽章、フィリップ:黒い白鳥/アンドレ・パスカル(vn)/ポール・バズレール(vc)/イシドール・フィリップ(p) [Pearl GEMM CD 9174]
風変はりなディスクだ。ピアニストのフィリップに焦点を当てた1枚だが、楽曲はヴァイオリン及びチェロの為のソナタであり、主役ではない。だが、録音を聴けばすぐにピアノを聴くべきディスクだといふことに気付くだらう。特にニ短調ヴァイオリン・ソナタでは顕著で、パスカルは健闘してゐるが求心力がない。大ピアニストのサン=サーンスだけにピアノ・パートの充実振りが生半可ではない。こんなにも魅力的な音楽だつたのかと驚く。それにしてもフィリップが目立ち過ぎてゐる。この曲の決定盤はハイフェッツの旧録音で何人も超えられないが、ハイフェッツ盤ではピアノ・パートの面白さは聴こえてこなかつたので、当盤にも価値を見出せよう。チェロ・ソナタは2曲とも余り聴かれない秘曲だ。第1番ハ短調は情熱的な名作で、バスレールが見事な演奏をしてをり名盤だらう。より名曲である第2番へ長調が残念なことに第2楽章と第3楽章だけ―4楽章制である―の抜粋録音だ。第3楽章のロマンツァが美しいだけに惜しい。演奏は実に素晴らしい。余白に自作自演となる黒い白鳥が収録されてゐる。瀟酒な逸品だ。(2015.8.24)

シューマン:ピアノ協奏曲、リスト:ピアノ協奏曲第1番、同第2番/パウル・クレツキ(cond.)/コンスタンティン・シルヴェストリ(cond.)/サンソン・フランソワ(p) [EMI CZS 7 62951 2]
リストの2曲の協奏曲が特別な名演であり、当盤の価値が一般的に必ずしも認知されてゐないのが不可思議極まる。フランソワはショパン弾きとして不動の名声を持つが、細部のタッチに拘泥しながら全声部を鳴らし過ぎるピアニズムは、詩情が音と化したショパンよりも、ピアノといふ楽器の美しさを引き出したリスト、ラヴェル、プロコフィエフの作品でこそ真価を発揮した。華麗で表出力の強い音から繊細で幻想的な音までの振幅が作品に奥行きを与へ、聴き手を興奮と陶酔へ誘ふ。音色が輝きを放ち変化して行く様はフランソワの独擅場である。シルヴェストリの情念が噴出する伴奏も作品の核心を抉り出してゐる。絢爛たる第1協奏曲の出来が取り分け良い。シューマンは良くも悪くもフランソワの流儀で、第2楽章の素朴で愛くるしい旋律をコケティッシュに崩して弾くのは、面白くもあり厭らしくもある。(2005.8.31)

ブラームス:ピアノ・ソナタ第3番、スケルツォ、ヘンデルの主題による変奏曲とフーガ、間奏曲嬰ハ短調、同変ホ短調/エテルカ・フロイント(p) [Pearl GEMM CDS 9193]
英Pearlが2枚組で商品化したフロイントの録音は希少価値も相まつて特別視されてゐる。フロイントは1950年代に僅かな録音を残したきりの幻のピアニストである。2枚組の1枚目を聴く。最晩年のブラームスと親交があり、直伝とされる演奏が残されてゐることに感謝をしたい。ソナタと間奏曲嬰ハ短調は1953年9月に行はれたレミントン録音。その他は未発売録音で1950年から1952年にかけての記録だ。70歳を超えてからの録音であるが、技巧上の綻びは殆ど感じない。音楽も瑞々しく老女の演奏とは想像だに出来ない。ソナタが素晴らしい。この曲にはバウアー、ケンプ、カーゾンなど名演が揃つてゐるが、フロイント盤には一種特別な美しさがある。特に第2楽章の絶え入るやうなピアニッシモの翳りと囁くやうな告白の神聖な火花は如何ばかりであらう。クララへの秘めた想ひを聴いた気がする。この曲からこんな霊感を受けた演奏はなかつた。2つの間奏曲に聴く渋い諦観も素晴らしい。スケルツォが名演だ。強靭な意志を感じさせる演奏で重厚な情熱が伝はる。変奏曲も大変見事な演奏であるが、この曲はナットの決定的な名演があり水を空けられてゐる。(2013.6.26)

バッハ、メンデルスゾーン、ブラームス、リスト、コダーイ、バルトーク/エテルカ・フロイント(p) [Pearl GEMM CDS 9193]
再びフロイントを聴く。2枚組の2枚目も全てが神品と云へる名演揃ひだ。バッハ「平均率クラヴィーア曲集第1巻」よりハ短調の前奏曲とフーガ、変ホ短調の前奏曲、ニ短調のフーガの計4曲は荘厳極まりなく、深い瞑想へと誘つて呉れる弩級の名演だ。メンデルスゾーンの「スコットランド・ソナタ」の別称でも知られる幻想曲が取り分け感銘深い。謹厳で仄暗い浪漫を表出したこの曲の決定的名演だ。ブラームス「奇想曲作品76-1」「間奏曲作品116-2」が素晴らしいのは論を俟たないが、当盤の最大の真価はリストにある。大曲「葬送曲」「小鳥に説教するアッシジの聖フランチェスコ」は破格の名演で、暗い情熱と荘重で宗教的な趣は聴く者全てに深い感動を齎すに違ひない。「忘れられたワルツ第1番」「即興曲(夜想曲)」も硬派の名演だ。親交深かつたバルトーク作品の演奏は作曲家直伝の重みがある究極の名演ばかりだ。「子供の為に」第1巻より8曲、「バガテル」「スケッチ集」「10の易しい小品」からそれぞれ1曲を弾いてゐる。侘びた音色が郷愁を誘ふ。バルトークの懐に踏み込んだ特別な演奏。コダーイ「9つの小品」からの2曲も比類のない素晴らしさだ。入手困難だが万金を積む価値のある1枚だ。(2013.12.22)

シューマン:子供の情景、交響的練習曲、ブラームス:スケルツォ、間奏曲、他/1953年ゾディアック録音集/カール・フリードベルク(p) [Marston 52015-2]
フリードベルクの名は今日忘れ去られた観があるが、ブラームスとクララ・シューマンの薫陶を受けたドイツ・ロマン派音楽の正統な解釈者として逸することの出来ない大物ピアニストである。1953年4月から5月に行はれたゾディアック録音を蘇らせたマーストンの慧眼に感謝したい。フリードベルクのピアニズムは無骨で融通が利かず、古色蒼然としたものだが、繰り返し聴くことで滋味溢れる瞑想に心打たれるやうになる。晩年の記録故に傷が多いが、シューマンとブラームスの楽曲において音楽の核心に迫つた真摯さは唯事ではない。ブラームスのスケルツォ変ホ短調が絶品で、粗笨なタッチから重厚なロマンティシズムが湧き上がる。2曲の間奏曲も同様に素晴らしい。比べて、シューマンは流麗さに欠け幻想味に乏しい為に遜色があるが、巧言令色を排した語り口にそこはかとない詩情を漂はせる玄人好みの演奏だ。(2006.1.20)

ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第10番、ブラームス:間奏曲、バラード、ショパン:即興曲、ノクターン、ワルツ、バラード、フリードベルク:3つの即興曲、他/カール・フリードベルク(p) [Marston 52015-2]
再びフリードベルクを聴く。2枚組の2枚目。1953年のゾディアック録音であるベートーヴェンのソナタとフリードベルク自作自演となる3つの即興曲が確かな手応へだ。滋味溢れるベートーヴェンの熟成された味はひが見事だ。その他はジュリアード音楽院でのリサイタルの記録やプライヴェート録音である。素晴らしいのは矢張りブラームスで、虚飾を排した厳格な語り口に思はず居住まひを正したくなる。ショパンは陰鬱な幻想に沈み込む北ドイツの流儀による個性的な演奏で、ノクターン第10番変イ長調が取り分け心に残る名演。モーツァルトのソナタ第4番のアダージョのしんみりした渋みも印象に残る。技巧、録音状態ともに万全のものではないが、ドイツ・ロマンティシズムの正統的な音を伝へる貴重な記録である。(2006.2.23)

アルトゥール・フリードハイム(p)/全録音(1911年〜1918年)/アレクサンドル・ジロティ(p)/エミール・フォン・ザウアー(p) [Pearl GEMM CD 9993]
リストの高弟フリードハイムの全録音である。英SYMPOSIUMからも復刻盤は出てゐたが全集ではなかつた。演目はヴェーバーの無窮動、ベートーヴェンの月光ソナタより第1楽章と第3楽章、ショパンの葬送行進曲が2種とスケルツォ第2番、リストのラ・カンパネッラ、ハンガリー狂詩曲第2番と第6番、鬼火だ。フリードハイムはリストの弟子の中でも技巧に安定感があり、貧しい録音からも巨匠の片鱗を窺はせる。リスト作品での重量感ある壮大さは特筆したい。余白は同門であつたジロティとザウアーの録音から数曲が収録されてゐる。ザウアーの復刻は米Marstonから商業録音全集3枚組が出てゐたので当盤に大した価値はないが、同じリストの弟子でもタッチの違ひが如実に聴かれ興味深い。ラフマニノフの第2協奏曲の初演を担つたジロティの録音は貴重だ。音の悪い断片録音だが、リストの高弟であることを証明する記録だ。(2016.3.31)

イグナツ・フリードマン(p):名演集(1925〜36年)、未発表録音4曲含む/ベートーヴェン、ショパン他 [APR 5508]
フリードマンのディスコグラフィーを作製中に、迂闊にも未蒐集の音源があることに気が付いた。この英APR盤には4曲の未発表録音が含まれてをり、全録音集と銘打つた英Pearlの4枚組にも収録されてゐないものだ。マズルカ2曲は収録日が2種表記されてをり、後年の録音と混同してゐる可能性もあるが、変イ長調ワルツとシールドの「古いイギリスのメヌエット」は唯一の録音となる為、ファン必携の1枚。当盤は、フリードマンを初めて聴く方にもお薦め出来る。フンメル「ロンド・ファヴォリ」、ベートーヴェン「月光ソナタ」、ショパンのノクターンやエチュードを聴いてみるとよい。賛嘆の念を抱くこと請け合ひだ。(2004.12.31)

イグナツ・フリードマン(p)/録音全集第4巻/ブロニスラフ・フーベルマン(vn)/メンデルスゾーン、ベートーヴェン、リスト [Naxos Historical 8.110736]
Naxos Historicalによるフリードマンの全集。マーストンの復刻で音質は最高級だ。ほぼ録音年順に収録されてをり好感が持てる。英APRでのみ聴けた未発表録音4曲も第5巻に収録されてゐる。しかし、米Arbiterが発掘した未発表録音2曲は含まれてゐない。フリードマンがショパンについて語つたインタヴューが第3巻に、パデレフスキについて語つたインタヴューが第5巻に収録されてゐるのは有難い。さて、ひとつだけこのNaxos Historical盤の目玉がある。この第4巻に収録されたフーベルマンとの高名なベートーヴェン「クロイツェル・ソナタ」で、第1楽章の別テイクを含んでゐることだ。但し、冒頭の序奏から4分程度の片面分だけが異なるだけだ。蒐集家以外には詰まらぬことだ。演奏に関することはフリードマン・ディスコグラフィーをご覧いただきたい。弩級の大ピアニストである。(2014.9.13)

オシップ・ガブリロヴィッチ(p)/録音集(1924年〜1929年)/ハロルド・バウアー(p)/フロンザリーSQ [VAI/IPA 1018]
ペテルブルク出身でレシェティツキ門下の逸材ガブリロヴィッチの録音集成。ヴィクターへの録音は恐慌の煽りで1929年で途絶え、1936年には夭逝して仕舞つた為、恐らくこの他にはフロンザリーSQとのシューマンのピアノ五重奏曲の電気録音による再吹き込みがあるだけかと思はれる。復刻担当はマーストンで音質は申し分ない。ガブリロヴィッチの名はバウアーとの連弾で知つたのだが、気品溢れる詩情に忽ち惚れ込んだ。趣味の良い選曲、玄妙たる霊感が漂ふ音色は天性の藝術家であることを窺はせる。最も有名な録音はバウアーとの連弾によるアレンスキーのワルツであらう。未発表の旧録音も収録されてをり蒐集家には重要だ。洒落た哀愁は儚くも美しい。バッハやグルックの古典的佇まひ、全ての音が詩と化したシューマン、端正なドリーブ、感傷的な抒情を奏でる自作の2曲。何といふ格調高い音楽家だらう。詩人の名を冠したいピアニストである。シューマンのピアノ五重奏曲の旧吹き込みはフレーズの繰り返しを省略した短縮版で価値は殆どない。(2008.2.13)

ジョージ・ガーシュウィン(p)自作自演/ラプソディー・イン・ブルー、他/フレッド&アデール・アステア(vo)/ポール・ホワイトマン(cond.)、他 [Pearl GEMM CDS 9483]
ガーシュウィンの自作自演盤は何種か復刻されてゐるが、当盤が最も充実してゐる。2枚組の1枚目では何と云つても2種のラプソディー・イン・ブルーが目玉だ。一般的なグローフェによる管弦楽版ではなく、委嘱者ホワイトマンのジャズ・バンド編成で聴く醍醐味は格別だ。初演の半年後に行はれた1924年の機械吹き込みと、1927年の電気録音の2種があり、当然後者の方が音が良く演奏の仕上がりも上出来なのだが、最初の録音の方に敢えて惹かれる。クラリネットやトランペットのスイングは旧盤の方がより大胆奔放なのだ。そして、疾駆するガーシュウィンのピアノが鮮烈極まりない。新盤は編成を拡大した1926年改訂版による演奏で、色彩豊富だが、ジャズ・バンドの持ち味が幾分減退してゐる。ともあれ、禁酒法時代のジャズ・バンド・オーケストラの雰囲気を色濃く聴かせる自作自演盤を聴かずして、ラプソディー・イン・ブルーを語ることは出来ない。12曲のピアノ独奏も痛快でラグライムの骨頂が聴ける。フレッドとアデールのアステア姉弟の歌を伴奏した4曲も最高だ。ステップの音まで生々しく録音されてをり、ミュージカルの黄金時代を髣髴とさせる。(2008.9.11)

ジョージ・ガーシュウィン(p)自作自演/パリのアメリカ人、ポーギーとベス(抜粋)、ピアノ協奏曲より第3楽章、他/ローレンス・ティベット(Br)、他 [Pearl GEMM CDS 9483]
再びガーシュウィンの自作自演盤盤を聴く。2枚組の2枚目。目玉はガーシュウィンがピアノとチェレスタを担当したパリのアメリカ人だ。これほど雰囲気豊かに狂乱の20年代を具現したやうな演奏を知らない。第2主題を奏すトランペットの甘いずり上げやスイングは絶妙で、他の演奏を聴く気がしなくなる。ポーギーとベスからの8曲はガーシュウィンが録音を監修した決定的な名盤である。特にアメリカ最高のバリトンであるティベットの美声が轟き亘る名唱の数々は圧巻だ。放送録音のピアノ協奏曲とガーシュウィン名曲メドレーは音の状態が芳しくないのが残念だが、闊達な技巧を聴ける貴重な記録だ。(2008.10.27)

ブラームス:ピアノ協奏曲第1番、同第2番、7つの幻想曲/ベルリン・フィル/オイゲン・ヨッフム(cond.)/エミール・ギレリス(p) [DG 447 446-2]
ギレリスの代表的名盤2枚組。協奏曲2曲は最高の名演との誉れも高い。全ての条件が整つてゐる点を鑑みれば異論はない。ギレリスの鋼のやうな技巧が貫禄と抒情的な趣を帯び始めた頃の演奏で、皮相な面は一切なくブラームスの重厚かつ壮大な音響世界を表現し尽くした極上のピアニズムが聴ける。硬く黒光りするやうな弱音は管弦楽の合奏の中に消されることはなく憂ひを帯びた表情を覗かせる。それ以上に凄いのはオーケストラのtuttiが最強音に達する際にギレリスの音量も数倍以上に増すことだ。何と表現力の幅の大きいことだらう。これは真似出来るものではない。ギレリスとの共演でヨッフムとベルリン・フィル以上の組み合はせは一寸想像出来ない。隙のない立派な音楽と激しい感情表現が両立してをり文句の付けようがない。ピアノ共々北ドイツ風の重厚さを前面に出してゐる。出来は第2番の方が良い。唯一バックハウスとベームの名盤に及ばない点は余裕が足りないことで、悠然とした気高さで一歩譲ることだ。第1番は名盤が犇めいてゐることもあり、ギレリス盤を上位にすることは出来ない。特に第1楽章は熟れてゐない感じがし、遅めのテンポも時に音楽を停滞させる一因だ。但し、凛とした弱音の詩情は素晴らしく、細部では非常に美しい演奏と云へる。総じて2曲とも激情に駆られて流される場面が無く物足りないが、寂寥感を漂はせた美しさに凄みがある。作品116ではより思慮深い表情を聴かせる。ギレリスにはブラームス後期作品集をもつと多く録音して欲しかつたと思はせる名演だ。(2014.8.3)

シューマン:ピアノ・ソナタ第2番、交響的練習曲、ブラームス:ピアノ・ソナタ第3番/パーシー・グレインジャー(p) [Biddulph LHW 008]
昨今ではグレインジャーの名は作曲家として僅かばかり知られるやうになつた。だが、グレインジャーがブゾーニ門下のピアニストであつた事実は一向に顧みられる気配がない。彼は異常性癖の持ち主だつたやうで、演奏にもそれが反映してゐると云えなくもない。全体に散漫で、気違ひのやうに弾き乱すかと思へば、抜け殻のやうに詰らない演奏もした。シューマンは性に合つてゐるやうで、音楽が高揚して来ると、憑かれたやうに激情を晒す。ソナタ良し、エチュード良し。シューマンのフロレスタンとオイゼビウスが見事に表出されてゐる。ブラームスのソナタも同様の名演で、無骨でラプソディックな音楽が常に語り出して来る。(2004.9.9)

バッハ:前奏曲とフーガイ短調、トッカータとフーガニ短調、幻想曲とフーガト短調、ショパン:ピアノ・ソナタ第2番、同第3番、他/パーシー・グレインジャー(p) [Biddulph LHW 010]
ピアニストとしてのグレインジャーを評価することが難しいことを如実に語る1枚だ。デモーニッシュな霊感で疾風のやうに弾き乱し、聴き手を異常な感動に誘ふバッハのトランスクリプションがあるかと思へば、詩も感興もない形骸だけの無気力なショパンがある。リストとグレインジャー自身の編曲による3曲のバッハは一代限りの自在な解釈で、師ブゾーニのあり方とは縁も縁もない。前奏曲の弾き出しから妖気が漂ひ、音楽が頂点を目指し始めると狂つたやうな速弾きで発奮する。トッカータにおける悪魔的な低音の響きや、幻想曲の捩れるやうな官能性など全てが異端だが、禁断の果実を味はふ快楽が勝る。それだけにショパン作品の平板な演奏との落差は信じ難い。作品が持つ感情を爆発させた演奏が可能であるにも拘らず、無感動を装つた抜け殻のやうな演奏となつてゐる。(2005.11.21)

バッハ:オルガン曲の編曲(3曲)、シューマン:ピアノ・ソナタ第2番、ショパン、グリーグ、ドビュッシー、グレインジャー/パーシー・グレインジャー(p) [Pearl GEMM CD 9957]
グレインジャーの名演が詰まつた1枚。全てが独創的な演奏で興味が尽きない。バッハのトッカータとフーガ、前奏曲とフーガ、幻想曲とフーガ、シューマンのソナタ、ショパンの練習曲2曲の復刻はBiddulphからも出てゐたので割愛する。知遇を得たグリーグの「トロルドハウゲンの婚礼の日」と粋な自作自演の「浜辺のモリー」が収録されてゐるのが嬉しい。特にグリーグでの羽目を外した弾き乱しは度を超えてをり抱腹絶倒出来る。貴重なのは1948年の未発表ライヴ録音であるバッハのコラール「我汝に呼ばはる」とドビュッシー「版画」のパゴダで、神妙で幻想的な雰囲気を醸し出す手腕は唯事ではない。パゴダについて講演したグレインジャーの声も聴ける。(2007.8.28)

ショパン:ピアノ・ソナタ第2番、同第3番、シューマン:交響的練習曲、ロマンス第2番、バード、スタンフォード/パーシー・グレインジャー(p) [Pearl GEMM CD 9013]
英Pearlのグレインジャー復刻第2集。先般、英APRよりグレインジャーの78回転独奏録音全集5枚組が復刻され、このPearl盤やBiddulph盤などそれ迄の商品はほぼ無価値になつた。だが、Pearl盤の第1巻も第2巻も非常に貴重な未発売ライヴ録音が含まれてをり、蒐集家には手放せない。当盤では1分に亘るグレインジャーによるウィリアム・バードに関する解説があり、グレインジャーが編曲したバード「馬車屋の口笛」の演奏が聴ける。僅か4分に充たない録音だが、表情豊かな演奏には頭を垂れる思ひだ。1948年4月24日のライヴ録音で、セッション録音では残してゐないから大変貴重だ。グレインジャーの最古の録音のひとつスタンフォード「アイルランドの踊り」はAPRの復刻に含まれてゐる。(2014.5.28)

グリーグ:ピアノ協奏曲、グレインジャー:浜辺のモリー、かいつまんで云ふと、シューマン:ロマンス第2番、交響的練習曲/レオポルト・ストコフスキー(cond.)/パーシー・グレインジャー(p)、他 [Music&Arts CD-1002]
グレインジャーの十八番であるグリーグの協奏曲はBiddulphからも商品化されてゐる1945年7月15日のライヴ録音で、代表的な名演のひとつ。ストコフスキーが指揮するハリウッド・ボウル管弦楽団の華麗な伴奏が良い。グレインジャーには最晩年にデンマークで残した破天荒なライヴ録音があり、比較すると当盤は大人しくて崩れもなく面白みはないが、猛然と弾き乱す様は同じで、他の奏者とは心持ちが全く違ふ演奏だ。グレインジャーの自作自演は、ストコフスキーの色彩豊かな管弦楽伴奏が魅力的だ。陽気な酔狂が滅法楽しい。シューマンは1928年のコロムビア録音で、Biddulphからの優れた復刻があるので割愛する。(2008.11.2)

グリーグ:ピアノ協奏曲、グレインジャー:カントリー・ガーデン、愛の散歩、4つのデンマーク民謡による組曲/オーフス市立管弦楽団/Per Drier(cond.)/パーシー・グレインジャー(p) [VANGUARD CLASSICS OVC 8205]
1957年2月25日デンマークのオーフス市における実況録音。グレインジャーの十八番であるグリーグの協奏曲が物凄い。冒頭の独奏部分から何事が始まつたのかと肝を冷やす異常な演奏で、恐怖すら感じる。音符が込み入り音楽が熱気を持つてくると、グレインジャーの感情が狂つたやうに沸騰し、制することが不可能なやうに弾き乱す。指がもつれミス・タッチを盛大に仕出かしながらも、怒濤の如く驀進するので呆気に取られて仕舞ふ。失敗など気にならない演奏で、取るに足らないことに思へてくるから不思議だ。誇張して述べてゐるのではない。ホロヴィッツやホフマンが残した熱演が霞んで仕舞ふ、常軌を逸した狂人の演奏なのだ。この抒情的な協奏曲に相応しいかは別として、聴き手の冷静さを失はしめる破滅型の演奏だ。グレインジャーの自作自演では砕けた調子の「カントリー・ガーデン」が聴衆から歓迎されてゐる様子が微笑ましい。「愛の散歩」は「ばらの騎士」の主題による美しい小品。「4つのデンマーク民謡による組曲」はピアノやオルガンを伴ふ管弦楽曲で、多彩な表情を聴かせる親しみ易い曲だ。(2005.4.16)

サン=サーンス:ピアノ協奏曲第2番、グリーグ、シューマン、ショパン、プロコフィエフ、グレトリー、ラフ、リスト/新交響楽団/サー・ランドン・ロナルド(cond.)/アルトゥール・デ=グリーフ(p) [Pearl GEMS 9974]
20世紀初頭、楽壇で一派を成したのがリストの高弟たちである。ラモンド、ザウアー、ローゼンタール、そしてデ=グリーフである。グリーグの親友であり伝道者としても高名だが、抜群の技巧と情熱的な音楽を併せ持つた名実共に巨匠中の巨匠と云へる。当盤には1918年から1931年の録音が復刻されてゐる。電気録音初期のサン=サーンスの協奏曲が弩級の名品だ。ピアニスティックな切れ味と重厚なタッチに感服する。浪漫的に木目細かく緩急を自在に付け乍らも、大局を見据ゑ音楽の風格を決して失はない。大家の至藝である。代名詞となつたグリーグ作品の演奏が素晴らしい。抒情小曲集からトロルの行進、パック、トロルドハウゲンの婚礼の日、ユモレスクからメヌエットの4曲で、叙事詩のやうな広がりを具へた非の打ち所の無い満点の演奏だ。師リストの演奏も完璧だ。ハンガリー狂詩曲第12番とポロネーズ第2番で、燦然たる技巧と覇気漲る力感に圧倒される。情味のあるシューマン、ショパン、ラフも最高級の出来である。特に「ウィーンの謝肉祭の道化」の終曲における異常な熱情は圧巻だ。珍しいのはプロコフィエフの古典交響曲のガヴォットとグレトリーの舞曲をデ=グリーフが編曲したもので、趣味が良く気が利いてゐる。(2012.12.25)

グリーグ:ピアノ協奏曲、ショパン:ピアノ・ソナタ第2番、ワルツ(4曲)、シューベルト、モシュコフスキ/ロイヤル・アルバート・ホール管弦楽団/サー・ランドン・ロナルド(cond.)/アルトゥール・デ=グリーフ(p) [Pearl GEM 0080]
英Pearlによるリストの高弟デ=グリーフの復刻第2集。親交厚かつたグリーグの協奏曲が注目だ。冒頭から貫禄のあるピアニズムで技巧は申し分ないどころか終始圧倒される。何よりも凛とした抒情美と劇的な情感の対比が見事で、グリーグの懐に踏み込んでゐる。独奏パートだけで云へば最高の演奏のひとつである。しかし、実に残念なことだが伴奏の管弦楽が不味い。ランドン・ロナルドは大変優秀な指揮者で太古のSP録音においては最も手堅い伴奏を聴かせてきた人だが、高貴なデ=グリーフとの息が合つてをらず、甘いムードに傾いてをり方向性の食ひ違ひが明らかである。デ=グリーフが素晴らし過ぎるのだ。ショパンは名演が揃つてゐる。意欲的なソナタも良いがワルツが特級品だ。1番、5番、11番、6番の4曲で、サロン風に弾かれることの多かつた時代に骨太で芯の強い演奏をしてをり見事だ。リスト編曲シューベルト「ウィーンの夜会第6番」はスケールの大きな華麗なる演奏。極上の逸品だ。モシュコフスキも素晴らしい。セレナータ、エチュード、ワルツの3曲で、グランドマナーによる壮麗な名演が楽しめる。(2013.5.28)

アルフレッド・グリュンフェルト(p)/録音集(1899年〜1914年)/バッハ、シューベルト、ショパン、シューマン、ブラームス、モシュコフスキ、グリーグ、コルンゴルト、ゴルトマルク、グリュンフェルト他 [OPAL CD 9850]
レコード黎明期に多くの録音を残したグリュンフェルトは1852年にハンガリーに生まれ1924年に没した伝説的なピアニストである。何と19世紀の録音も含まれるが、復刻技術者にマーストンを起用してゐる為大変聴き易い音質だ。グリュンフェルトのタッチは硬質で、清明さの中に優美な趣が漂ひ、ドイツの学匠バッハ、シューベルト、シューマン、ブラームスからは簡素で高貴な美しさを引き出してゐる。ショパンは不健康な耽美に陥ることなく雅な哀愁を紡ぎ、良くも悪くもサロン風だ。その点グリーグは音楽性の等質さを示す名演ばかりだ。コルンゴルト「お伽噺の絵」やリスト編曲の「イゾルデの愛の死」が激しい夢想を燃え滾らせてをり感銘深い。グリュンフェルトが編曲したシュトラウスのパラフレーズは、当時持て持て囃されたサロン趣味が窺へて興味深い。(2006.3.22)

ショパン:マズルカ(11曲)、ノクターン(5曲)/ヨウラ・ギュラー(p) [DORON music DRC 4012]
1956年、アンドレ・シャルラン技師によつて仏ディクレテ=トムソン・レーベルに録音されたギュラーの最も重要な録音。CDはかつて仏Danteから出てゐたが、入手困難な状況が続いてゐたので、当盤の登場で渇を癒された。このショパンの録音はギュラーのセッション録音で最も古いが、それでも60歳頃の録音である。ギュラーは1910年代に天才美少女ピアニストとして持て囃されたが、その後、精神と肉体を病み、またユダヤ系であつた為に迫害を受けたり、戦争の影響で演奏活動は休止状態にあつた。ギュラーの全盛期が何時であつたかはわからないが、録音における頂点は技巧にも艶が残るこのディクレテ=トムソン録音だと云つてよい。後のエラート録音とニンバス録音にも共通する悲哀と厭世的な寂寥感がひしひしと感じられ、一種の凄みとなつてゐる。選曲が良い。特にマズルカは名曲を選りすぐつてをり絶品だ。短調作品が11曲中7曲と多めなのも印象深い。ノクターンも物悲しい情趣が儚く漂ふ名品ばかりだ。(2012.6.20)

ショパン:ピアノ協奏曲へ短調、舟歌、マズルカ(3曲)、ノクターン(2曲)/スイス・ロマンド管弦楽団/エドモン・アッピア(cond.)/ヨウラ・ギュラー(p) [Tahra TAH 630]
少女時代に絶大な人気を誇つたギュラーだが、美貌が災ひしたのか、活動は芳しくなく、1956年にデュクレテ=トムソンにショパンのマズルカとノクターンを録音する迄は無名に等しい演奏家であつた。しかし、その後もエラートへのベートーヴェンとニンバスへの最後の録音しかなく、幻のピアニストといふに相応しかつた。だから、仏Tahraがスイス・ロマンド放送局から発掘した未発表音源は愛好家を狂喜乱舞させた―初の協奏曲の音源となれば熱も上がらう。協奏曲は感情の趣く侭に哀憐を奏でた名演で、ぐいと心に突き刺さる。頽廃的な幻想と妖気漂ふ情念を聴かせたギュラーの魔性を前に、細部の傷など大した問題ではなくなる。舟歌も崩れが目立つが、自在な歌心に引込まれる。3曲のマズルカでは作品24の4だけセッション録音をしてをらず大変貴重で、演奏も最高だ。ノクターンは第4番と第7番の2曲でセッション録音と重複する。だが、この録音はニンバス録音の直後、即ちギュラー最後の記録なのだ。辞世の句は諦観に彩られた深き淵からの絶唱で感動的だ。余白にインタヴューが収録されてゐるのも嬉しい。(2009.5.9)

シューマン:交響的練習曲、ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番、アルベニス:トゥリアーナ/スイス・ロマンド管弦楽団/エルネスト・アンセルメ(cond.)/ヨウラ・ギュラー(p) [Tahra TAHRA 650] 
仏Tahraはスイス・ロマンド放送局よりギュラーの未発表音源を発掘し、愛好家に驚天動地の衝撃を与へたが、第2弾が続くとは予期せぬことであつた。当盤にはギュラーのディスコグラフィーが付いてをり、幻のピアノ・ロールを含んだ録音の全貌が明らかになつた。特に1957年から1964年迄の放送録音がこんなにあるとは誰もが想像だにしなかつただらう。Tahraの商品化はその一角に過ぎないのだ。当盤の全曲が初レペルトワールとなり大変貴重だ。1962年録音のシューマンはフロレスタン的情熱が勝る技巧曲では破綻があるが、オイゼビウス的情緒に支配される瞑想曲では暗い情念を聴かせ素晴らしい。1958年録音のベートーヴェンが名演だ。ギュラーは第4協奏曲を好んでゐたやうで他にも録音が残るさうだ。エラートへの後期ソナタ録音に通じる抒情が聴かれる絶品。アンセルメの伴奏が情緒豊かで価値を高めてゐる。1961年のアルベニスは技巧に危ふい箇所があるが色彩的で妖艶だ。(2015.4.18)

ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番、ショパン:ピアノ協奏曲へ短調/フランス国立管弦楽団/デジレ=エミール・アンゲルブレシュト(cond.)/ヨウラ・ギュラー(p) [Tahra TAHRA 719]
仏Tahraによるギュラー未発表音源も第3弾となり、協奏曲録音がひとつもないとされたギュラーに協奏曲の演目が指揮者違ひで複数種聴ける時代が来るとは誰が想像出来たであらう。しかも、録音の少ない名匠アンゲルブレシュトの伴奏となれば弥が上にも希少価値が倍増する。仏Tahraの偉業と讃へたい。ベートーヴェンは1958年、ショパンは1959年の録音だが、それぞれ同年にベートーヴェンにはアンセルメ共演盤、ショパンにはアッピア共演盤が存在し、比較が可能だ。ベートーヴェンは断然アンセルメ盤の方が良い。当盤はギュラーの調子がいまひとつであり、ミスタッチも多く、表情も単調だ。一方でショパンは僅差でアンゲルブレシュト盤を採らう。アッピア盤は細部こそ美しいが停滞感が気になる。(2016.3.10)

ヨウラ・ギュラー(p)/1975年ニンバス録音/バッハ、ショパン、グラナドス、他 [Nimbus Records NI 5030]
拙サイトをご覧頂いた方からギュラーといふピアニストのことを教はつた。当盤に塗り込められた仄暗い抒情美には絶句した。ギュラーは少女時代に世界屈指のピアニストとして礼賛された。しかし、絶世の美貌が祟つてか幸福な生涯を送ることが出来なかつた。録音は極端に少なく、恐らく最後の録音とされるこのニンバス録音も残されたこと自体が奇蹟に近い。冒頭、バッハのフーガ2曲から哀感漂ひ、連綿たる祈りのやうだ。アルベニスのソナタで聴かせる弱音の翳りの凄み。クープラン、ラモー、ダカン、バルバストレの作品では典雅な曲想から一転して哀愁を帯びた溜息を聴かせる。それは夜露となつて大地に零れる涙のやうだ。ショパンのエチュードの絶入るやうな弱音の美しさは如何ばかりだらう。バラード第4番では高齢故の技巧の崩れがあるが、切ない告白が胸を締め付ける。最も美しいのはグラナドスだ。あゝ何たる美しさ! 「アンダルーサ」の物悲しい表現はギュラーだけの世界だ。そして誰にも知られずひつそりと咲いて散り行く一輪の花のやうな「オリエンタル」に涙した。儚い生に別れを告げるやうな音楽。美は滅びてこそ美となる。斯様な観想に誘ふギュラーとは一体何物なのか。(2007.11.20)

ラヴェル:ピアノ協奏曲、左手のためのピアノ協奏曲、ソナティネ、高雅で感傷的なワルツ/フランス国立放送管弦楽団/ポール・パレー(cond.)/モニク・アース(p) [DG 00289 477 5353]
当盤を入手した理由は他でもない、主役であるアースには申し訳ないが、贔屓の指揮者パレーの蒐集の為である。DGへの録音はアース故で、見逃し易い。演奏は贔屓の引き倒しになつて仕舞ふが、引き締まつた音楽を前進させる管弦楽の伴奏が素晴らしく、軟弱な雰囲気は一欠片もない。管楽器の独奏は決して巧い訳ではないが、パレーの棒に牽引されて生命感溢れる音楽を奏でてゐる。ラザール・レヴィ門下の秀逸アースのピアノも見事で、色気はないが才気走る名演を展開してゐる。2つの協奏曲はフランソワ盤と共に特上品として推奨出来る。ソナティネとワルツも同様に素晴らしいのだが、個性的な要素が薄いので然して印象に残らないのが正直な感想だ。(2009.3.15)

モーツァルト:ピアノ協奏曲第9番、同第19番/クララ・ハスキル(p)/シュトゥットガルト放送交響楽団/カール・シューリヒト(cond.) [hänssler CLASSIC CD93.079]
世評名高いモーツァルト弾きと指揮者による共演。冒頭より正しくモーツァルトの音が奏でられ、心地よく聴くことが出来る。ところが、最後まで何度聴いてみても、感銘を残さない。これはどうしたわけだらう。恐らくこの演奏には―特にハスキルに―生気がないのだ。ハスキルは時に暗い霊感を迸らせることがあるが、概して協奏曲の場合は平板な演奏をする。滋味なところに良さを持つ人だから、独奏や室内楽の方が向いてゐるのだらう。シューリヒトの伴奏は淡く爽やかで適切だが、常日頃聴かせてくれる閃きには不足してをり、物足りない。(2004.7.3)

ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番/ショパン、メンデルスゾーン、ラフマニノフ、プロコフィエフ、リャードフ/ユージン・オーマンディ(cond.)/ヨーゼフ・ホフマン(p)他 [Marston 52044-2]
ホフマンの全録音CD化を使命感をもつて遂行するマーストンの偉業。ベートーヴェンの第4協奏曲は当盤で3種目となり、ホフマンの協奏曲録音では最多である。粒が揃ひ宝石のやうな輝きを放つタッチが絶品で、速いスケールのパッセージがこれほど澄み渡り、且つリズムが躍動して聴こえた例はない。オーマンディの伴奏も万全でこの曲の重要な名演として推奨したい。余白はベル・テレフォン・アワーの放送録音から構成される。ショパンの諸作品は面白く聴けるがホフマンの奏法は少々個性的過ぎるだらう。メンデルスゾーンが何れも素晴らしい。特に完璧な技巧で颯爽と演奏されたロンド・カプリチオーソが極上の名演だ。鋼のやうに硬く、水晶のやうに輝くタッチで弾かれたラフマニノフ、プロコフィエフ、リャードフの作品も絶対的な高みにある。(2006.12.26)

ルビンシテイン:ピアノ協奏曲第3番、同第4番/アルトゥール・ロジンスキー(cond.)/カール・クリューガー(cond.)/ヨーゼフ・ホフマン(p)他 [Marston 52044-2]
ホフマンの全録音CD化を使命感をもつて遂行するマーストンの偉業。ホフマンの師であるルビンシテインの協奏曲は切り札とも云へる絶対的な名演ばかりである。第3番の雄大な構へ、憂愁を帯びた抒情、燦然たる技巧は圧倒的な高みに達してゐる。強奏時の威圧感も凄いが、硬く乾いたタッチとペダリングで奏でられた弱音の美しさはホフマンだけの妙味だ。第4番はゴールデンジュビリー・コンサートでの録音もあるが、ライナーの整然とした指揮共々小綺麗に纏まり過ぎた観があつた。当盤こそはホフマンの神髄が極められた弩級の名演で、荒ぶれた管弦楽の伴奏と豪快なピアニズムの轟きはいと物凄し。チャイコフスキーの第1協奏曲を凌ぐ名曲の域まで高めた演奏と云つても過言ではない。余白には貴重なベル・テレフォン・アワーの録音より第4協奏曲の第1楽章と第3楽章が収められてゐる。これらも豪放磊落な名演だ。(2006.11.18)

グラナドス:演奏会用アレグロ、スペイン舞曲(3曲)、アルベニス:スペイン組曲(3曲)、タンゴ、コルドバ、ファリャ:スペインの夜の庭/アムパロ・イトゥルビ(p)/ホセ・イトゥルビ(p&cond.)、他 [EMI 0946 351804 2 3] 画像はジャケット裏です
"LES RARISSIMES"シリーズの1枚。イトゥルビの本業はピアニストだが、作曲者、指揮者としても活躍し、ロチェスター・フィルハーモニー管弦楽団の常任指揮者を長く務めた。また、広く知られるのはジーン・ケリー、フランク・シナトラらと共演した映画俳優としての顔で、人気を博した。しかし、多藝は無藝と意地の悪い偏見で、実力に見合はない低い評価をされ勝ちであつた。2枚組の1枚目は御國物のスペイン音楽集で、真価を伝へる最良の録音だ。イトゥルビの演奏は明快で健康的だ。生の享楽的な喜びが溢れてをり、くっきりとしたタッチで伸び伸びと歌ふ。思はせ振りな雰囲気で哀愁を醸したりせずに、からりと晴れた太陽のやうに眩く、影も濃い。グラナドスの演奏会用アレグロの若々しい技巧は爽やかだ。スペイン舞曲からは有名な第5番、第10番、第12番を演奏してゐる。アルベニスが良い。スペイン組曲からアストゥリアス、セヴィーリャ、カディスを演奏してゐる。アストゥリアスでのどぎつい音色の対比が見事だ。有名なタンゴ、印象的なコルドバも色彩豊かで絶品だ。ファリャの名曲だが、ピアノ独奏はホセの妹アムパロで、ホセは指揮者を務めてゐる。正直申せばホセのピアノで聴きたかつた。とは云へ、名演である。管弦楽は最高と云つてよい。情熱的な激流がある。神秘的な印が暗示され、官能的な情念も漂ふ。ピアノとも息が合つてをり、この曲の名盤のひとつだ。(2012.7.17)

ショパン:マズルカ(3曲)、ワルツ(4曲)、即興曲第1番、軍隊ポロネーズ、ドビュッシー:花火、喜びの島、子供の領分、ラヴェル:水の戯れ、ソナティネ、亡き王女の為のパヴァーヌ/ホセ・イトゥルビ(p) [EMI 0946 351804 2 3] 画像はジャケット裏です
"LES RARISSIMES"シリーズの1枚。2枚組の2枚目を聴く。イトゥルビはパリのサル・ワグラムで仏コロムビアに3枚分のアルバムを録音した。即ちCD1枚目に収録されてゐた「スペインの音楽〜グラナドスとアルベニス」と、この2枚目に収録されてゐる「ショパン・リサイタル」「ドビュッシー&ラヴェル」だ。ショパンは明るく健康的なタッチが特徴で、音色が明朗できらきらと輝いてゐる。享楽的なピアニズムは青白いショパンの解釈とは無縁で、憂ひを帯びた旋律も甘く感傷的な色付けがされ実に心憎い。苦悩のないラテン系のショパンで、サロン音楽の性格を前面に出した演奏なのだ。瀟酒なワルツ、即興曲やポロネーズの軽妙かつ華やかな演奏は素敵だ。色彩的なドビュッシーとラヴェルがより素晴らしい。白眉は前奏曲集第2巻の「花火」だ。幅広い音域が鮮烈な光彩を放つて聴き手に迫る。魔術的な響きを堪能出来る極上の名演だ。喜びの島や水の戯れの眩い煌めきには磨き抜かれた美しさがある。子供の情景、ソナティネとパヴァーヌは華美が過ぎる嫌ひがあり幾分感銘が落ちるが、宝石の束のやうなピアニズムを堪能出来る。(2012.9.10)

ショパン:マズルカ(13曲)、ワルツ(2曲)、ポロネーズ第9番、ノクターン(2曲)、シューマン:子供の情景、ヘンデル:パッサカリア、ロッシ、シューベルト/マリラ・ジョナス(p) [Pearl GEM 0077]
知る人ぞ知るジョナスはポーランドの女流ピアニストだ。ナチス・ドイツのポーランド侵攻で強制収容所に送られるも、奇蹟的な脱出劇で南米に逃れ、ルービンシュタインの庇護で再起を果たした。若くして亡くなつたので録音は極度に少なく、当盤には1946年と1948年に行はれたコロムビア録音の大部分が収まつてゐる。ショパンのマズルカは類例のない深い哀しみが聴こえてくる演奏で次元が全く違ふ。当盤の曲配列は調性を意識してをり素晴らしい。音色が絶望的な美しさで孤独そのものだ。ワルツやポロネーズも凄いが、ノクターン第19番と第20番遺作が異常な深刻さだ。涙が刻印された演奏は正常な感情では聴き通せない。シューマンも名演だがショパンのやうな特別な個性はない。ヘンデルのパッサカリアが素晴らしい。ハルヴォルセンによる二重奏編曲で人口に膾炙してゐる作品だが、原曲での味はひは格別だ。古典的な格調高さを聴かせるロッシのアンダンティーノも良い。シューベルトではワルツと即興曲ト長調が演奏されてゐる。どちらも名演だ。ジョナスはリパッティに匹敵する別格のピアニストであり、万人に薦める。美しく物悲しい演奏に惹き込まれたら、戻つてこれない恐ろしい奏者である。(2015.10.20)

フレデリック・ラモンド(p)/リスト録音全集成(1919〜36年) [APR 5504 ]
リストの高弟ラモンドがHMVとELECTROLAに吹き込んだリストの系譜を伝へる貴重な録音。しかし、ラモンドは甚だ評判の悪いピアニストだ。識者には生前から貶されてゐた。大家たちは自重して録音を避け、また貧しい録音技術故ロールへの記録を選ぶ中、ラモンドは電気録音以前から精力的に録音を残してくれた。だが、録音技術の発達に伴ひ多くのピアニストの録音が揃ふと、ラモンドは見向きもされなくなつた。ラモンドは技巧が達者な訳でないのに加へ、タッチが無骨で詩情に乏しく、全体が粗雑な印象を与へる。当盤でも得意のリストとは云へ、感興は乏しい。しかし、ラモンドからは飾らない実直さと良心を感じる。「ため息」や「愛の夢」は外連がないだけに聴くほどに良さが出る。(2005.8.9)

ミッシャ・レヴィツキ(p)/録音全集第2巻(1927年〜1933年)/シューマン:ピアノ・ソナタ第2番、リスト:ピアノ協奏曲第1番、ハンガリー狂詩曲(3曲)、他 [Naxos Historical 8.110769]
生前絶大な人気を保持したレヴィツキだが、今日では忘れられた感がある。レヴィツキの名声は偏にリスト弾きとしてであり、当盤はその代表的な名演が詰まつた至宝と云へる。リストでは協奏曲の第1番、ハンガリー狂詩曲の第6番及び第12番と第13番、ため息、ラ・カンパネッラが2種収録されてゐるが、全て第一級の出来である。これらは現在でも規範と云へる名演で、輝かしい音色は録音の古さといふ減点をもつてしても驚嘆すべき光彩を放つ。特に同音連打の澱みのない打鍵は圧倒的だ。リストの音楽が持つ生命力を斯様に発散させた演奏は滅多になく、ハンガリー狂詩曲第6番は取り分け極上だ。この曲にはホロヴィッツの壮絶な演奏もあるが、レヴィツキ盤は同格の王座を占める。流石に協奏曲は管弦楽の音に物足りなさを覚えるが、独奏は天下一品だ。シューマンのソナタは確かな技巧による揺るぎのない名演である。詩情に欠けることを指摘することも出来ようが、これだけ見事な演奏に難癖を付けるのは憚られる。余白のモシュコフスキと自作も絶品である。(2008.2.21)

ミッシャ・レヴィツキ(p)/録音全集第3巻(1927年〜1938年)/ショパン、ルビンシテイン、ラフマニノフ、サン=サーンス、レヴィツキ [Naxos Historical 8.110774]
42歳といふ若さで亡くなりCD3枚分の録音しか残さなかつたレヴィツキは忘却の憂き目にあつてゐるが、ルビンシテインのエチュードを聴けば生前の名声が諒解出来るはずだ。マーストンによる全録音の復刻も最終巻となるが、1935年の放送録音も収録されてをり全集に箔を付けてゐる。サン=サーンスの協奏曲の断片録音は音質に難があるが、輝かしい打鍵の鮮やかさが極上だ。感傷的な自作のワルツ2曲も貴重な名演だ。ショパン作品の電気録音集成の中ではバラード第3番がレヴィツキの真価を伝へてくれる。各声部が燦然と鳴る様に喝采を送りたい。前奏曲、夜想曲、ワルツの演奏も良いが、幻想的な詩情で聴かせる訳ではないので物足りなさはある。しかし、聴くべきはフォルテでもピアノでも濁りのない光を放つ宝石のやうな美音の凄みで、ゴドフスキに比すべきタッチへの執拗な砕心には敬服する。(2007.2.9)

ラザール・レヴィ(p)/1950年日本ヴィクター録音/ジュヌヴィエーヴ・ジョワ(P)/1952年日本ヴィクター録音/アルフレッド・コルトー(P)/1952年日本ヴィクター録音 [Green Door GDCS-0034]
戦後来日したフランスの大ピアニストたちが幸運にも日本ヴィクターに録音を残していつた。大変重要な録音乍ら世界的には秘蔵録音だと云へる。名教師レヴィが残した演目はクープラン「百合ひらく」「葦」、自作「ワルツ集」、ショパンのマズルカ嬰ハ短調Op.6-2と変イ長調Op.50-2、シューマン「夕べに」「夢のもつれ」、シューベルトの即興曲変イ長調だ。絶品はクープランと自作自演のワルツ、それにシューマンだらう。クープランは仏Tahraからも復興があつた。高雅な趣は流石だ。ジョワの録音は貴重だ。演目はドビュッシー「喜びの島」「ミンストレル」、安川加寿子との連弾でミヨー「スカラムーシュ」だ。色彩豊かなピアニズムで官能的な演奏だ。衒学的なレヴィの演奏よりも強い感銘を受けた。有名なコルトーの日本録音は全録音が復刻されてゐるし、別項でも述べたので割愛する。(2016.4.12)

ラザール・レヴィ(p)/クープラン、モーツァルト、ベートーヴェン、ショパン、シャブリエ、ドビュッシー、シューマン、デュカ [Tahra TAH 556-558]
半ば神格化されてゐる名教師レヴィの録音集。発売後程なくして入手困難になつた幻のCDだ。3枚組の1枚目と2枚目の半分迄がレヴィの録音で、残りは弟子格たちの録音で構成される。殆どが晩年の録音で、綻びはあるし整つた演奏ではない。しかし、他の奏者からは聴くことの出来ないレヴィだけのピアニズムがある。よく真珠のやうなタッチといふ形容があるが、レヴィのタッチは宛らサファイアのやうなと形容したい。硬質の音色は神々しく輝き、発音だけでリズムに躍動を吹き込む。レヴィの演奏は一見無造作で、転調による音色の変化を然して強調しない。なのに極めて色彩的で眩しいのだ。最高は伝説的な名盤として名高いデュクレテ=トムソン録音のモーツァルトのピアノ・ソナタ第10番と第11番だ。些細な傷はあるが、明るく純粋な演奏は何人も真似出来まい。瑣末事を超越したジュピターのやうな演奏。モーツァルトと並ぶ傑作は、ワルシャワにおけるライヴ録音のシャブリエ「絵画的小曲集」の3曲とドビュッシー「版画」よりグラナダの夕暮れだ。近代フランスの楽曲を弾くレヴィは鮮烈なリズムと温かい色彩で魅了する。実演ならではの感興もあり、極上の出来だ。ショパンも素晴らしい。マズルカ4曲とノクターン第13番で、燃えるやうな狂ほしい情熱を秘め乍らも寂寥感で塗り込めた哀切が絶品だ。ベートーヴェンはピアノ・ソナタ第7番と第10番の緩徐楽章といふ賢哲の選曲。沈静なる瞑想に誘はれる。プライヴェート録音であるシューマン「クライスレリアーナ」が途中で切れて仕舞ふのは残念でならない。ピアノ学習者にとつても啓示の多い録音ばかりだらう。レヴィが絶対視される理由が当盤には詰まつてゐる。(2012.3.28)

モーツァルト:ピアノ協奏曲第9番、ブラームス:ピアノ協奏曲第1番、バルトーク:ピアノ協奏曲第3番、他/クララ・ハスキル(p)/ソロモン・カットナー(p)/モニク・アース(p)、他 [Tahra TAH 556-558]
名教師レヴィの録音集3枚組の2枚目後半と3枚目に収録された弟子格たちの録音を聴く。ハスキルは得意としたモーツァルトを弾いてゐる。伴奏はアッカーマン指揮のケルン放送交響楽団だ。ハスキルによる同曲の録音は他に種々あり、当盤の演奏はそれらを凌ぐ出来であるとは感じなかつた。アースはバルトークで、ヨッフム指揮バイエルン放送交響楽団の伴奏である。1951年の演奏だから初演から5年程度の録音であるが、鮮烈な名演が聴ける。但し管弦楽は粗雑でもたついた感があり頂けない。3者の中ではソロモンの演奏に一日の長がある。ヨッフムが天下のベルリン・フィルを振つたブラームスの協奏曲も大変素晴らしい名演だが、1946年と1948年にアビー・ロード・スタジオで録音された小品集が絶品なのだ。ソロモンといふとベートーヴェンやブラームスの大家といふ印象があるが、当盤に収録されたラテンの古典曲と近代フランス音楽での趣味の良さはソロモンの別の一面を教へて呉れる。品格溢れるクープラン、スカルラッティ、ダカンの演奏、荘厳なドビュッシーの沈める寺、全て極上だが、セヴラック「古いオルゴールが聴こえるとき」の美しさは魔法をかけられたと形容しても大袈裟ではあるまい。(2012.9.18)

フォーレ:バラード、即興曲、夜想曲、舟歌、ピアノ四重奏曲第2番他/フィリップ・ゴーベール(cond.)/ニノン・ヴァラン(S)/マルグリット・ロン(p)他 [CASCAVELLE Vel3067]
コンクールによつて名を知られるばかりのロンであるが、録音自体が少なく、復刻も殆どない状態が続いてゐた。昨年暮やうやうCASCAVELLEから4枚組が発売されたが、戦前に残した録音の大部分を収めたと云ふ重要なものである。1枚目はフォーレ作品で、これだけは以前Biddulphで出てゐたものと同一内容である。フォーレと云ふ作曲家を思ふに、慎ましさと淡い詩情こそが相応しい。この点、ロンが弾くフォーレは理解と愛情が深い。中でも一番心に残るのは、ヴァランの歌にあはせた「ゆりかご」で、懐に染み渡る感動的なものだ。(2004.7.24)

モーツァルト:ピアノ協奏曲第23番、ショパン:幻想曲、舟歌、スケルツォ第2番他、ドビュッシー:レントより遅く、「版画」より「雨の庭」、2つのアラベスク/フィリップ・ゴーベール(cond.)/マルグリット・ロン(p) [CASCAVELLE Vel3067]
ロンの弾くショパンは名品揃ひだ。何れも優美で甘い詩情が漂ふ。上品で愁ひを帯びた音色や諦観へ向ふタッチの妙は繊細極まりなく、弱音での美しさには身震ひがする。中でも幻想曲はコルトーと謂へども及ばないほどの名演だ。次にスケルツォの仄暗い趣が印象的だ。尚、この4枚組セットには残念なことにゴーベールの指揮で吹き込んだヘ短調協奏曲が含まれてゐない。その他、未発表の子守歌や幻想即興曲があるとのことだが、是非復刻をして欲しいものだ。ロンのドビュッシーが悪かろうはずがない。アンニュイなパリの雰囲気を伝へる傑作ばかりで、「雨の庭」が殊更美しい。この他に録音がないのが口惜しい限り。モーツァルトの協奏曲も代表的な名演のひとつとして推奨出来る。典雅で快活さを具へたタッチが麗しい。(2005.2.25)

ダンディ:フランス山人の歌による交響曲、ラヴェル:ピアノ協奏曲、ミヨー:ピアノ協奏曲、ハルフテル:ポルトガル狂詩曲、他/パレー(cond.)/ブランコ(cond.)/ミヨー(cond.)/ミュンシュ(cond.)/マルグリット・ロン(p) [CASCAVELLE Vel3067]
ロン選抜きの名演集。パレーの剛毅な指揮によるダンディはこの曲最高の演奏と云へる。モントゥーの活力に充ちた演奏にも惹かれるが、管弦楽の統率力の見事さで軍配はパレーにある。何よりもロンのピアノが色彩豊かで詩情に溢れてゐる。ロンが初演したラヴェルの協奏曲は、永らく作曲者自身の指揮とクレジットされてきた曰く付きのもの。当CDで漸く指揮者ブランコ、監修者ラヴェルと明かされた。何故かこの復刻のみ音が不鮮明だ。下手な管弦楽から味を聴くことも可能だが、矢張り戦後の再録音を採りたい。ミヨーの協奏曲は作曲者指揮による優れたもので、瀟洒なロンのピアノも心憎く、随一の名品に数へられる。小品2曲の演奏は尚よい。ハルフテルの珍曲は相当聴き応へのある大曲で、劇的な起伏と多彩な響きが楽しめる。(2005.3.28)

ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第3番、同第5番「皇帝」/フェリックス・ヴァインガルトナー(cond.)/シャルル・ミュンシュ(cond.)/マルグリット・ロン(p) [CASCAVELLE Vel3067]
数少ないロンの録音の中では、大曲と云ふことで割と知られたもの。ロンのレペルトワールではショパン、フォーレ、ラヴェル、ミヨーなどが光彩を放つてをり、モーツァルトやベートーヴェンはやや異色の感を免れない。ベートーヴェンは力瘤の入つた演奏ではない。悠然とした淡く柔らかいタッチが印象的で、「皇帝」の第2楽章における凛とした気品が取り分け見事。これらの曲に食傷気味の方は清涼剤として聴いてみるのも一興だらう。しかしその程度のものだ。「皇帝」はミュンシュの情熱的な指揮で心地よく聴けるが、第3番を伴奏するヴァインガルトナーは閃きが乏しく無惨だ。(2005.1.18)

ショパン:ピアノ協奏曲ヘ短調、フォレー:バラード、ラヴェル:ピアノ協奏曲、ミヨー:ピアノ協奏曲、モーツァルト:ピアノ協奏曲第23番、ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番/パリ音楽院管弦楽団/アンドレ・クリュイタンス(cond.)/ジョルジュ・ツィピーヌ(cond.)/マルグリット・ロン(p)、他 [EMI 7243 5 72245 2 9]
フランスEMIによるピアニスト復刻集は大概"LES RARISSIMES"シリーズで再発売されたが、ロンは漏れて仕舞つた。戦前の録音はCASCAVELLE盤で聴けたので割愛する。即ち作曲者指揮によるミヨー、ゴーベールとのモーツァルト、ミュンシュとのベートーヴェンだ。重要なのは戦後の録音であるクリュイタンス指揮のショパンとフォレー、ツィピーヌ指揮のラヴェルだ。ラヴェルではツィピーヌの伴奏がブランコとの旧盤とは比べ物にならないくらゐ洗練されてをり瀟酒この上ない。ロンの独奏は初演者の貫禄を示すが、旧盤の方が推進力はあつた。フォレーはゴーベールとの旧盤も良かつたが、音が良い当盤を採るべきだ。ショパンが決定盤とも云ふべき特別な録音だ。クリュイタンスが管弦楽伴奏を大胆に改変してゐる。単にオーケストレーションを変へただけではない、間奏部では音形も変更するなど丸で違ふ箇所もある。原典主義者からは問題視されようが輝かしい勝利だ。何よりも華やかな伴奏に乗るロンの独奏が余りにも見事なので瑣末事と感じる。特に第2楽章の美しさは絶品で、正しくこの世にふたつとない最高の演奏。この曲では第一に推す。(2015.11.23)

グスタフ・マーラー(p-r)/ピアノ・ロール全録音(1905年) [PREISER RECORDS PR 90781]
2010年、マーラー生誕150年記念盤として発売されたピアノ・ロールへの記録全4曲。これらは1905年にヴェルテ・ミニョン社のロールに記録された。このロールを再生した録音はこれ迄幾度も商品化されてきた。大作曲家の自作自演だといふ理由は勿論だが、聴く者に強い霊感を与へる神品といふ理由がさうさせて来たのだ。記録されたのは交響曲第5番の第1楽章、「さすらふ若人の歌」の第2楽章「朝に野辺を歩けば」、「若き日の歌」より「緑の森を楽しく歩いた」、交響曲第4番の第4楽章の4曲だ。第5交響曲は実に14分強、充実した記録である。複雑な楽曲を交響的に鳴らしてをり、1台のピアノが大交響曲を奏でてゐる様は圧巻で、ピアノの腕前も然る事乍ら、作曲家マーラーの発散する神々しさに恍然となる。他3曲は声楽パートも弾いてをり、マーラーの意図したフレージングや情趣がよく分かる。さて、このプライザー盤はロール再生の決定盤である。理由は、再生にあたつてマーラーが使用してゐた愛器ブリュートナーで再生させてゐること、豊かな残響のある会場での録音でロール再生の無機質さが緩和されてゐる2点からだ。鑑賞に何の不都合もない。啓示の多い1枚だ。(2012.4.7)

メシアン:世の終はりの為の四重奏曲/ジャン・パスキエ(vn)/アンドレ・ヴァセリエ(cl)/エティエンヌ・パスキエ(vc)/オリヴィエ・メシアン(p) [ACCORD 461 744-2]
1941年、ドイツの強制収容所8Aに居たメシアンは、そこで出会つた3名の音楽家の為にこの特殊な編成の四重奏曲を書いた。極限状態で行はれた初演の状況は想像を絶する。実はこの曲はヨハネ黙示録に基づいた曲であるのだが、作品が書かれた状況と作品名、そして切迫した緊張感に貫かれた楽想から、絶望的な心境を暗示して止まない。1956年に録音された当盤は特別な1枚である。ピアノが作曲者自身、チェロのパスキエは初演を共にした戦友である。そしてヴァイオリンがパスキエ兄弟で固められてゐる。これ迄沢山の優れた録音がなされてきた。だが、心持ちにおいてこの演奏を超える演奏はない。(2009.11.4)

シャブリエ:3つのロマンティックなワルツ、絵画的小曲集、5つの遺作、ハバネラ、即興曲、バレエの歌/フランシス・プーランク(p)/マルセル・メイエ(p) [EMI 0946 384699 2 6]
ディスコフィル・フランセへの全録音の他、戦前の録音も網羅した17枚組。1枚目を聴く。メイエの全録音中、疑ひなく一等を占めるのがこのシャブリエ作品集だ。主要作品は録音されてをり資料的な価値も高い。作曲家プーランクとの連弾による3つのロマンティックなワルツの洒脱さは今日では想像の出来ない程のエスプリに満たされてゐる。明るく豊かな色彩感に陶然となる。10曲から成る絵画的小曲集も小粋だ。この作品集は絵画藝術にも精通してゐたシャブリエの良さが最も詰まつてゐるが、メイエの演奏により一層魅力が全開だ。5つの遺作が全て録音されてゐるのも嬉しい。高雅で優美なメイエのシャブリエ録音集は万人に薦めたい名盤で、他の追随を許さない絶対的な境地にある。(2015.6.13)

シャブリエ:気紛れなブーレ、楽しい行進曲、ラヴェル:亡き王女の為のパヴァーヌ、古風なメヌエット、ハイドンの名によるメヌエット、水の戯れ、鏡、クープランの墓/マルセル・メイエ(p) [EMI 0946 384699 2 6]
ディスコフィル・フランセへの全録音の他、戦前の録音も網羅した17枚組。2枚目を聴く。1枚目に収録しきれなかつたシャブリエ作品2曲は文句なく決定的な名演だ。よく知られた名曲を活き活きと弾いてゐる。シェブリエほどではないが、ラヴェルとも相性が良い。パヴァーヌは淡白な演奏だ。テンポが極めて速く溜めも少ない。山場は最後だけだ。余計な感情を盛り込まないメイエの演奏はラヴェルの意図に近いと感じる。2曲のメヌエット作品は古典的な情趣と近代的な音響への研ぎ澄まされた感覚が融合した極上の名演。これらの曲の最上位に置かれるべきだ。水の戯れは明晰過ぎるので感興が殺がれる。鏡も自在さと妖艶さが欲しい。印象派傾向の作品よりも復古的な作品の方がメイエは巧い。従つてクープランの墓は素晴らしい出来だ。フォルラーヌやメヌエットの美しさは如何ばかりだらう。だが、この曲の最高峰は才気溢れるフランソワの旧録音で決まりだ。(2015.8.29)

ラヴェル:ソナティネ、高雅で感傷的なワルツ(2種)、夜のガスパール、鏡より3曲/マルセル・メイエ(p) [EMI 0946 384699 2 6]
ディスコフィル・フランセへの全録音の他、戦前の録音も網羅した17枚組。3枚目を聴く。メイエによるラヴェルは近代的な色彩感に満ちてゐ乍ら古典的な趣も備へた理想的な演奏である。従つて、ソナティネは最上級に位置する名演である。高雅で感傷的なワルツは2種類あり、1948年と1954年の録音が収録されてゐる。解釈の印象はどちらも変はらないが、録音の少しでも良い再録音の方が表現の幅が豊かに感じられる。再録音の方はこの曲の屈指の名演と云へるだらう。一方、狂気の世界を聴かせて欲しい夜のカスパールでは全体に大人しく、表面的な美しさに止まつた感がある。鏡は全曲録音でも同様だつたが、明晰過ぎて自在さがなく、巧い演奏ではあるが、他に幾つも素晴らしい演奏を挙げることが出来る。(2016.10.8)

ジョゼ・ヴィアナ・ダ=モッタ(p)/アルトゥール・フリードハイム(p) [SYMPOSIUM 1343]
リスト最晩年の高弟となつたダ=モッタとフリードハイムの録音集。ポルトガルの作曲家としても重要視されるダ=モッタのピアノの腕前は最上級で録音でも確認出来る。1928年パリでの録音で名器ガボーを使用してゐる。自作自演の3曲は非常に趣味が良く楽しめる。ショパンの英雄ポロネーズ、シューベルトのソナタ第18番のメヌエット、リスト編曲の美しき水車小屋の娘など非常に感銘深い名演ばかりだ。特にグリーンスリーヴスを使用したブゾーニ「トゥーランドットの居間」とカステッロ・ロペスとのモーツァルトのピアノ協奏曲第19番終楽章の連弾編曲は印象深い。フリードハイムは弩級のヴィルティオーゾとして名を轟かせた。1911年から1913年の録音集なので、音が古く感銘は落ちるが、完璧な技巧と壮大な解釈は存分に伝はる。ヴェーバーの無窮動、ベートーヴェンの月光ソナタ、ショパンのスケルツォ第2番、リストの鬼火、ラ・カンパネッラ、ハンガリー狂詩曲第6番など大変聴き応へがある。(2015.4.28)

ジョゼ・ヴィアナ・ダ=モッタ(p)/録音全集/カステッロ・ロペス(p)/ポルトガル国立交響楽団/フレイタス・ブランコ(cond.) [Marston LAGNIAPPE]
これは非売品である。入手するには米Marstonの会員となることが必須だ。ダ=モッタはポルトガルを代表する作曲家であるが、リスト最晩年の高弟としても名を轟かした。1928年のパテ録音9曲の全復刻は英SYMPOSIUMが行つてゐたが、流石はマーストン、更にリスト「死の舞踏」のライヴ録音が収録されてゐる。これでこそ完璧な全録音だ。演奏日は1945年1月19日で、ダ=モッタは1948年に没したから最晩年の記録となる。管弦楽伴奏なのも貴重だが、リストの作品が聴けるのは大変意義のあることだ―パテ録音には編曲が1曲あるだけだつた。音質は水準以下で管弦楽も粗いが、ダ=モッタは凄まじい気魄で、技巧は鬼神の如し。壮大な名演だ。パテ録音9曲のことは別で述べたので割愛する。(2015.12.5)

ウラディミル・ド・パッハマン(p)/1907〜27年の録音/ショパン、メンデルスゾーン、シューマン、リスト [ARBITER 141]
神秘的なピアニストとして現在でも崇拝者の絶へないパッハマンであるが、復刻には恵まれてゐない―そもそも電気以前の録音が殆どなので、物理的に音が貧しいことを覚悟する必要がある。名声に惹かれて不用意に聴くと幻滅するかもしれない。米Arbiterのパッハマン復刻はこれが2枚目であるが、ノイズを残した独自のものであり、好嫌ひが別れるだらう。しかし、当盤にはあらえびすが名文をもつて絶賛した「葬送行進曲」の貴重な復刻が含まれてをり、愛好者は蒐集しておくべきだ。中間部の儚い旋律が繰り返される都度、霊感に誘はれて深淵なディミュヌエンドとリタルダンドがかかり、最後は最早この世のものではない神秘の世界となる。ノクターンの不健康なピアニッシモ、儚いプレリュードの余情、哀愁塗り込められたマズルカなどがパッハマン伝説を実証する。5曲の未発表録音を含むことでも貴重な1枚。(2005.7.19)

イグナツィ・ヤン・パデレフスキ(p)/ヨーロッパ録音全集(1911〜12年) [APR 6006]
英APRは多くの未発表録音を発掘し、愛好家を驚喜させてきたが、パデレフスキの最初期録音の復刻ほど有難いものはない。これを聴いたことのない人はパデレフスキを知らないと云つてよい。第一次世界大戦前のピアニストと云へばパデレフスキが第一等であつた。断然としてである。しかし、録音で聴くパデレフスキには疑問符が付きまとつてきた。否、一般的に聴かれるのはポーランド首相を経て音楽界に復帰した後の録音であり、伝説は既に過去となつてゐたことを知つておく必要がある。パデレフスキは1911年7月にスイスで、1912年2月にパリで、1912年6月と7月にロンドンで録音を残してゐる。これらは幻の音源として語られてゐたもので、当盤にはそれら全てが復刻されてゐる。しかも、お蔵入りになつた初出音源も多数含んでゐるのだから、狂喜乱舞せずにをれようか。伝説は本物であつた。忌憚なく云へば、斯くも情熱的な音楽をピアノから発した奏者はゐない。独特の熱つぽい雰囲気を発散してをり、聴く者を魔術にかける。感情に訴へかける音楽が最上だとしたら、パデレフスキこそ世界第一のピアニストである。2枚組の1枚目は大半が未発売もしくは初出音源で、ショパンが10曲、自作が3曲、メンデルスゾーンが2曲、リストが2曲、ストヨフスキ、シューマン、ドビュッシーが1曲収録されてゐる。爆発するリズム、神秘的な和音、官能的な溜め、洒落たルバート、英雄的なクレッシェンド、土俗的な踊り、愛の告白、表現は無限で技巧は全霊を込めて注がれてゐる。偉大なりパデレフスキ。世界を惚れさせた伝説がここに隠されてゐた。(2011.9.18)

イグナツィ・ヤン・パデレフスキ(p)/ヨーロッパ録音全集(1911〜12年) [APR 6006]
再びパデレフスキを聴く。2枚組の2枚目では未発表及び初出音源は1曲だけだが、これまで聴く機会の少なかつた伝説的な録音ばかりであるのに違ひはない。特に再録音のある演目は復刻されることがなかつただらうから貴重だ。ショパンが9曲、リストが4曲、シューマンが3曲、ストヨフスキ、メンデルスゾーン、ルビンシテイン、自作が1曲である。最高傑作はシューマン「幻想小曲集」からの3曲で、特に2曲目「飛翔」は絶対的な名演だ。激しいタッチから情熱が爆発し、絶妙なリズムの崩しは取り憑かれたやうな焦燥感を醸す。パデレフスキ以上の演奏は断じてない。ショパンのエチュードが全て素晴らしい。革命のエチュードがこれほど情熱的に演奏されたことは稀だ。細部の誤摩化しを指摘するのは何と心ない耳だらう。当然だが自作自演はどれも見事である。メヌエットばかりが有名だが、幻想的クラコヴィアクの壮大な音響世界は感銘深い。繰り返して云ふが、パデレフスキのアコースティック録音はなべてのピアノ録音に冠たるものだ。弾き出すと独特の神秘的な空気感が立ち籠める。音楽に命を吹き込んだその息吹とでも云ほうか。比べれば他のピアニストの演奏など精巧な造花に過ぎないのだ。(2011.10.30)

イグナツィ・ヤン・パデレフスキ(p)/HMV録音(1937〜38年) [APR 5636]
英APRはパデレフスキの最初期ヨーロッパ録音を復刻して愛好家を歓喜させた。一方、これはパデレフスキの最期の録音、1937年と1938年に行はれたHMV録音を集成した1枚だ。パデレフスキの主要な録音はアメリカで行はれたヴィクター録音にあり、このHMV録音は全く問題にされない。仕方あるまい、この時パデレフスキは78歳、演奏家としては現役ではない。演目はベートーヴェン「月光ソナタ」の他、ハイドンの変奏曲、モーツァルトのロンド、シューベルトの楽興の時、ショパンのノクターン2曲、ワルツ、マズルカ、ポロネーズ、リスト編曲ヴァーグナー「イゾルデの愛の死」、自作自演でメヌエットとメロディーだ。自作のメヌエットに良さがあるが、他はタッチも弱々しく、弾き間違ひも多い。何よりも覇気がなく、どんな音楽を弾いてゐるのかもよくわからない。英雄ポロネーズは無惨この上ない。かつての伝説を知る者として寂しい限りだ。だが、よいのだ。これは偉大なピアニストの形見である。翌年ポーランドがナチスに侵攻され大戦が勃発、祖国救済の為に立ち上がり舞台に復帰、途上の1941年に鍵盤の英雄は大往生した。偉人であつた。(2013.3.17)

エメ=マリー・ロジェ=ミクロス(p)/マリー・パンテ(p)/ヨウラ・ギュラー(p) [Tahra TAH 653-654]
仏Tahraが復刻したフランス女流ピアニスト録音集2枚組。1枚目にはロジェ=ミクロス、パンテ、ギュラーの録音が収録されてゐる。ロジェ=ミクロスは1905年頃のフォノティピア録音8曲が復刻されてゐる。録音は貧しいが、流石はTahraで復刻は大変上質である。演奏は軽快で輪郭がはっきりしてをり、随所に趣味の良いカデンツを聴かせて呉れる。優れた技巧の持ち主であることは、メンデルスゾーン「スケルツォ」での宝石のやうに硬質に輝くタッチの美しさから窺へる。何よりも跳ねるリズムの活きの良さが特徴で、ホフマンを思ひ出させる。ゴダールのマズルカやショパンのワルツ2曲も名演だ。パンテが素晴らしい。1934年と1936年のコロムビア録音4曲で、極上の名演はショパンのノクターン第20番嬰ハ短調だ。感傷を注ぎ込んだ浪漫的な演奏で、涙を誘ふ魔力を秘めてゐる。偽作扱ひのモーツァルト「田園変奏曲」の華麗な演奏も魅力的だ。ギュラーはデュクレテ=トムソン録音よりショパンのマズルカ11曲が収録されてゐる。後にTahraからノクターン5曲も復刻されたが、一緒に復刻すべきであつた。DORONレーベルが纏めて復刻して呉れたので、2枚に跨がるTahra盤は箔を失つた。演奏については別項で述べたので割愛する。(2012.8.21)

エゴン・ペトリ(p)/戦前の録音集成(1929〜42年)第3巻/シューベルト(タウジヒ編曲):アンダンテと変奏曲、ショパン:24の前奏曲、フランク:前奏曲、コラールとフーガ [APR 7027]
ブゾーニの高弟ペトリは虚飾を排し理知的で散文的な演奏をするピアニストである。その為か、詩的で装飾的なショパン作品の録音が少ない人だが、前奏曲だけは当盤の他にライヴでも録音も残してゐるから、重要な演目であつたと思はれる。しかし、予想通り夢も幻想もなく興醒めだ。乾いたタッチは個性的だが、コルトーの情緒豊かな演奏に手向かへるやうなものではない。フランクはバッハを得意としたペトリならではの格調高い演奏であるが、コルトー盤やフランソワ盤を超える程ではない。シューベルトが深い詠嘆をさり気なく紡いだ名演である。(2005.6.4)

エゴン・ペトリ(p)/戦前の録音集成(1929〜42年)第3巻/グルック:メロディー、バッハ(ブゾーニ編):コラール・プレリュード(4曲)、ブゾーニ:ファンタジア、ソナティナ第3番、同第6番、エレジー第2番、他 [APR 7027]
ブゾーニの高弟ペトリの真価を伝へる神聖な1枚。ブゾーニの最大の功績はピアノ・トランスクリプションで、バッハへの回帰による新たなる藝術創造―新古典主義―の一翼を担つたことだ。しかし、他の作曲家が形だけの模倣に終始したのに対し、ブゾーニは信仰心にも似た内面探求を行つた。神々しいバッハの録音を残したブゾーニの衣鉢を継ぎ、ペトリのバッハもまた偉大な記録である。清明なタッチ、禁欲的なペダリング、暗く沈思する趣は、フィッシャーやリパッティの演奏と並び称されよう。当盤に収録された8曲のブゾーニの作品でペトリ以上の演奏を望むことは不遜な考へだ。ブゾーニの作品はバッハ、モーツァルト、ビゼーなどの引用からなる作品が多いのが特徴だが、敬虔なバッハのコラールが殊勝なファンタジアと、華麗な技巧が鮮やかな「カルメン」からなるソナティナが極上の名演だ。(2005.6.28)

ブゾーニ:インディアン幻想曲、ファウストゥス博士の為の2つのスケッチ〜サラバンドとコテージ、ヴァイオリン協奏曲、他/エゴン・ペトリ(p)/ヨーゼフ・シゲティ(vn)/ディミトリ・ミトロプーロス(cond.) [Music&Arts CD-1052]
1941年12月28日に行はれたブゾーニを誉め称へる記念演奏会の記録で、全て初出となる貴重な1枚。馳せ参じた面々はブゾーニの高弟ペトリとブゾーニの盟友シゲティ、そして現代音楽の使徒ミトロプーロス。これ以上は望めまい。最初の演目はモーツァルトの「イドメネオ」序曲をブゾーニが編曲したものといふ乙な趣向だ。ペトリが弾くインディアン幻想曲は火を吹くやうな名演で、重厚な聴き応へがある。シゲティの弾くヴァイオリン協奏曲も迸る霊感が素晴らしく、感動的な名演だ。但し、ミトロプーロスが指揮した管弦楽曲は余り面白い出来とは云へない。余白に収められたシゲティがブゾーニの思ひ出を語つた講演記録も貴重だ。(2007.5.8)

ショパン:24の前奏曲、ブゾーニ:インディアン日誌、イタリアに!、常動曲、対位法的幻想曲/カルロ・ブゾッティ(p)/エゴン・ペトリ(p) [Music&Arts CD-772]
ブゾーニの高弟ペトリの録音は名声に比べて少なく、この4枚のライヴ録音集は量と質において逸してはならないものだ。特に1959年に残されたブゾーニの4曲は神品と云へよう。「インディアン日誌」の冒頭から余人には到達出来ない貫禄が漂ひ、溢れる敬愛の念に胸打たれる。「イタリアに!」も陽気な生命に充ちた名演。正規録音がない「常動曲」は技巧が充実した逸品。大曲「対位法的幻想曲」はブゾッティとの共演による2台のピアノ版での演奏で、後半はバッハ音形による大フーガとなり壮大な大伽藍となる。尋常ならざる熱の入つた演奏で、これに心動かぬ者は音楽とは無縁と諦めるがよい。付録にブゾーニについて語つた肉声も収録されてゐる。1957年の記録であるショパンの前奏曲集はどういふ訳か第21番と第22番が欠落してゐる。ペトリには正規全曲録音があるが、当盤の演奏と印象は然程違はない。幻想の閃きには乏しいが、明暗の描き分けが見事である。(2006.3.31)

メットネル:妖精物語、シューマン:幻想小曲集、バッハ:コラール他、ショパン、モーツァルト、リスト他/エゴン・ペトリ(p) [Music&Arts CD-772]
1957年から1960年にかけての演奏会記録を集めたもの。最も感銘深いのがブゾーニやペトリ自身が編曲した4曲のバッハで、温かい人間味のある歌が紡がれるコラールには音楽の喜びが詰まつてゐる。メットネルの3曲は情熱的で重厚なロマンティシズムが素晴らしく、ペトリの特に優れた名演として推奨出来る。シューマンはひ弱な感傷をきっぱりと避けた健全で精力的な好もしい演奏だが、正統な解釈とは異なるので愛好家以外には価値はないだらう。ブゾーニが独奏用に編曲したモーツァルトのジュノーム協奏曲のアンダンテには一種特別な真摯さがあり、バッハを聴くやうな大変厳格な演奏で深い哀しみが胸を打つ。リスト編曲のシューベルト「ます」が生気に満ち溢れ間然する所がない名演だ。ショパンのノクターンは淡々としてをり面白くない。(2006.5.8)

ハイドン:変奏曲、グルック:精霊の踊り、ガヴォット、ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第27番、シューベルト:アンダンテと変奏曲、ショパン:ピアノ・ソナタ第3番、他/エゴン・ペトリ(p) [Music&Arts CD-772]
趣味の良い選曲はペトリの音楽性の高さをそれとなく示してくれる。ハイドンの小ディヴェルティメント風ソナタである変奏曲が絶品で、物哀しい情趣と気品ある昂揚にペトリの偉大さを感得する。グルックの「精霊の踊り」は音そのものが哀しく、ピアノで弾かれた演奏では極上だらう。ガヴォットもフリードマンの名演に次ぐ佳演と云へる。ベートーヴェン作品には意外にも余り良い演奏のないペトリだが、この第27番は出色の出来だ。全体が渋い諦観に包まれ、ディミュヌエンドの儚い妙味が美しい。しかし、芯の強いベートーヴェンを好む方には骨のない演奏に聴こえるだらう。シューベルトにはセッション録音があり出来は甲乙付け難いが、何れも悲哀を連綿と紡ぐ名演だ。ショパンのソナタは高貴なタッチと清廉なペダリングによる美しい名演だが、特別な位置を占める魔力を備へた演奏ではない。(2006.7.5)

ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第30番、同第31番、同第32番、リスト:ヴェネツィアとナポリ、ショパン:ポロネーズ第6番/エゴン・ペトリ(p) [Music&Arts CD-772]
ペトリが弾くベートーヴェンは往々にして力瘤のある演奏ではなく、昂揚に欠け、何処か散漫な印象を否めない。だが、後期3大ソナタでは神韻縹渺とした表情がそこはかとないロマンティシズムを滲ませ、一種独特な名演を成し遂げてゐる。声高にがなり立てず、深刻振つた瞑想にも陥らない。時に音楽が弛緩することもあるが、抒情的な美しさが補つてゐる。霊感に導かれたシュナーベル盤には及ばないが、繊細な詩情がペトリの藝格の高さを示す。第30番が特に素晴らしい。第31番のフーガの清廉な美しさ―バッハのやうな―も特筆したい。リストは極上の名演で、ペトリの遺産の中でも特上品に属する。作品が楽器の性能を追求したものであればあるほどペトリは巧さを発揮する。多くの奏者は技巧に溺れて音楽を見失ふが、ペトリは作品から驚くべき美しさと情熱を引き出し、高貴な感情を湛へた音楽として聴かせる。ショパンは凡庸な演奏だ。(2006.8.13)

フランシス・プランテ(p)/録音全集(1928年) [Marston LAGNIAPPE]
これは非売品である。入手するには米Marstonの会員となることが必須だ。プランテの復刻は他にもあり、近年では米Arbiterからも発売されたが、矢張りSP蒐集家マーストン氏による復刻は一味違ふ。音の芯が確りしてをり、聴き比べれば他盤との差は歴然である。プランテはショパン存命中の1839年に生まれ、幼少から天賦の才を発揮した伝説上のピアニストであり、正しく歴史の生き証人である。プランテは20世紀初頭には既に引退してゐたが、録音は電気録音導入後の1928年に奇蹟的に残された。音質は申し分ない。90歳頃の録音だが、何といふ矍鑠たる演奏だらう。流石に老齢故、叩き付けるやうなタッチや豪快な弾き間違ひがあるのはご愛嬌だ。ボッケリーニのメヌエット、メンデルスゾーンのスケルツォや4曲の無言歌、7曲のショパンのエチュードで聴かれる一種特別な解釈は麻薬のやうに聴き手を痺れさす。特にシューマンにおける熱に浮かされたやうな激情は唯事ではない。老人の我が儘で羽茶滅茶な演奏には度肝を抜かれるが、火を噴くやうな激しい生命力が宿つてをり圧倒される。拍節に楔のやうに打ち込まれる打鍵は尋常ではなく、特に左手の単純な伴奏で発揮される豪快な鳴らし振りは天晴だ。(2008.5.19)

フランシス・プランテ(p)全録音/カミーユ・サン=サーンス(p)/ルイ・ディエメ(p)/イシドール・フィリップ(p)&マルセル・エルンシュミト(p)/ラザール・レヴィ(p)/リカルド・ヴィーニェス(p) [ARBITER 150]
米Arbiterによる巨匠プランテの全復刻と伝説的なフランスのピアニストたちのanthology。プランテの全録音についてはMarstonによる決定的な復刻盤の記事で述べた。復刻の素晴らしさではMarston盤の圧勝であるが、商品として入手出来るのはArbiter盤しかないので重宝されるだらう。当盤の価値は余白に収録された伝説の巨人たちの記録にある。とは云へ、サン=サーンス、ディエメ、非売品だがヴィーニェスの全復刻がMarstonより出てをり、厳密にはフィリップによる連弾1曲とレヴィの3曲だけが重要といふことになる。特にフィリップによるサン=サーンス「スケルツォ」が諧謔に富んだ名演だ。レヴィではシャブリエの2曲が秀逸。(2008.7.30)

プーランク:牝鹿(2曲)、ノヴェレット(2曲)、オーバード、カプリース、夜想曲(3曲)、歌の調べ(4曲)、3つの無窮動、三重奏曲、即興曲(4曲)、動物詩集(6曲)/フランシス・プーランク(p)、他 [Pearl GEMM CD 9311]
プーランクの自作自演集で、全てコロムビアへの録音。技巧は達者だが、腕前を本業のピアニストと比較しては意地が悪い。プーランクが奏でるピアノには味がある。感傷のない殆ど御巫山戯のやうな音楽には、洒脱で軽妙な自作自演のやうに、まるで酩酊状態にある脱力感こそがしっくりくるのだ。最高の名演はコンセール・ストララムをストララムが指揮したオーバードだ。戦前のフランスが誇る最高の名楽団であり、各奏者の技量の高さには驚かされる。クロアザの歌を伴奏した「動物詩集」は極めつけの名盤。ペイニョの歌を伴奏した「歌の調べ」も瀟酒だ。オーボエとバソンとの三重奏はエスプリの利いた名曲で、聴き応へがある。独奏では有名な「牝鹿」「無窮動」が底抜けに愉快だ。プーランクの能天気さに呆れ、憂さが晴れること必定だ。(2008.6.16)

プーランク:仮面舞踏会、エレジー、フルート・ソナタ、三重奏曲/ピエール・ベルナック(Br)/リュシアン・テヴェ(Cor)/ジャン=ピエール・ランパル(Fl)/ピエール・ピエルロ(Ob)/モーリス・アラール(Bn)/フランシス・プーランク(p) [ACCORD 465 799-2]
プーランクのピアノの腕前は大したもので、自作自演録音は決定的とも云へる域に達してゐる。当盤はプーランクが弾くピアノを中心に1957年から1959年にかけて録音された極上の名演集である。ピアノを伴ふカンタータ「仮面舞踏会」は盟友ベルナックとの共演。指揮はルイ・フレモーだ。6曲よりなる軽妙洒脱な作品。終曲の最後、裏声による狂気と紙一重のお巫山戯など滅法楽しい。名手デニス・ブレインの訃報を契機に書かれたエレジーでは、フレンチ・ホルン―コルの絶対的な奏者テヴェの神業が聴ける。ヴィブラート奏法の奥義ここに極まれり。若き日のランパルによるソナタも絶品だ。官能的な愉悦に充ちた第3楽章は特に見事。ピアノ、オーボエ、バソンの三重奏曲はプーランクにとつて2度目の録音になるが、オーボエがフランスの巨匠ピエルロ、バソンが第一人者アラールと、これ以上はない取り合はせだ。プーランクのピアノが無上に愉快で、音楽が活気づいてゐる。全曲、決定的名演といふ宝物のやうな1枚だ。(2011.2.24)

サティ:ピアノ作品集/ピエール・ベルタン(語り)/ジャック・フェヴリエ(p)/フランシス・プーランク(p) [ACCORD 462 301-2]
サティを精神的な支柱としたフランス六人組のひとりに数へられる作曲家プーランクはピアノが達者であり、自作自演の録音も沢山残した。そのプーランクが弾いたサティは極上の名盤として知られてゐる。脱力した奏法―nonchalantとも云へよう―から漂ふ軽妙洒脱な雰囲気は正しくベル・エポックの香りである。プーランクは自己の持つ感傷的な音楽と楽観的な音楽をサティに投影してゐる。表情や印象を重視し、自由気侭に弾くことで、サティの核心に迫る。収録曲は「天国の英雄的な門」への前奏曲、ジムノペディ第1番、 サラバンド第2番、グノシェンヌ第3番、最後から2番目の思想、自動記述法、太つた木製人形のスケッチとからかひ、遺作の前奏曲、盟友フェヴリエとの4手演奏で風変はりな美女、馬の装具で、不愉快な概要、梨の形の3つの小品だ。愛好家なら絶対に聴いておきたい名演ばかり。余白にベルタンの語りでサティのテキスト、警句、毒舌の録音が収録されてゐる。(2010.3.23)

プーランク:3つの小品、シューマン:幻想小曲集、ドビュッシー:チェロ・ソナタ、ストラヴィンスキー:イタリア組曲、プーランク:セレナード、オーバード/ピエール・フルニエ(vc)/フランシス・プーランク(p)、他 [TWILIGHT MUSIC TWI CD AS 06 30]
1953年3月、イタリア放送RAIに残された放送録音で、トリノでのフルニエとプーランクの共演録音と、ナポリでのプーランク自作自演の2種類に大別出来る。フルニエとプーランクの録音ではドビュッシーとストラヴィンスキーが仏Tahraからも出てをり、そちらで述べたので割愛するが、瀟洒なドビュッシーは決定的名演である。さて、Tahra盤には収録されてゐなかつたシューマンとプーランク作品が貴重だ。全盛期のフルニエが奏でるシューマンの詩情は病的なまでに美しく、余人を寄せ付けない高次元の名演だ。これも決定的名演と太鼓判を押さう。プーランクのセレナードも勿論素晴らしい。プーランクの独奏で自作自演「3つの小品」は資料的価値も高いが、感興豊かな極上の名演である。カラッチオーロの指揮の下、プーランクがピアノで参加したオーバードも洒脱な名演。愛好家必携の充実した1枚だ。(2016.6.2)

ラウル・プーニョ(p)/公刊録音全集(1903年)/マリア・ゲイ(S) [OPAL CD 9836]
1903年に行はれたと思はれるプーニョの録音は、レコード黎明期に成された最も偉大なピアノの録音である。丁寧な復刻で針音も適度だから聴き易い方だが、録音の拙さは相当覚悟しなくてはならない。音の歪みが凄まじく残響音が異常であり、喩へるならピアノなのにヴィブラートがかかつてゐると云へばお分かり頂けるだらう。処が録音状態に耳が慣れる前に演奏の余りの素晴らしさに魂を抜かれて仕舞ふ。幻想的なルバートの藝格、青白いピアニッシモの深淵さ、火花散るリズムの生彩、鮮やかな技巧。斯様なピアニストが存在し、録音を残してゐたことに感謝の念を押さへ切れない。一部で別格扱ひされるパッハマンが問題にならないくらいプーニョの演奏は神々しい。ルバートとディミュヌエンドが一体となつた弱音の美しさは玩具のやうな録音からでも聴き取れる。全ての録音が感銘深いが、ヘンデルのガヴォットと変奏曲、ショパンの夜想曲、即興曲、葬送行進曲、メンデルスゾーンのスケルツォあたりが絶品だ。当時カルメン歌ひとして名を馳せたゲイの伴奏を行つた3曲も収録。(2005.4.8)

クロード・ドビュッシー(p)全録音(4曲)/ラウル・プーニョ(p)全録音(18曲)/ルイ・ディエメ(p)独奏全録音(7曲)/メアリー・ガーデン(S)、他 [Marston 52054-2]
マーストン復刻による録音産業の黎明期に為されたピアノ録音を聴く。2枚組の2枚目はドビュッシー、プーニョ、ディエメの演奏が聴ける。ドビュッシーの自作自演は誠に貴重だ。「ペレアスとメリザンド」が成功した直後の録音であり、立役者ガーデンの伴奏を務めてゐる。曲目は「ペレアスとメリザンド」から1曲、「忘れられたアリエッタ」から3曲―グリーンは特に名唱―だ。20世紀初頭最大のピアニストであつたプーニョの全録音の復刻はOPALからも出てゐた。当時の録音技術では瞬発的に鳴り減退して仕舞ふピアノの録音は難しく、沢山音を拾ほうとしてマイクを近づけると打撃音が強過ぎ音像が歪んで仕舞ふ。プーニョの録音は歪みが非道いのだが、マーストンの復刻は芯を残し揺れを抑へた職人藝だ。これは状態の良いSP盤の蒐集と補正技術の妙によるマーストンの真価が最大限発揮された愛好家必携のCDなのだ。コンセールヴァトワールの重鎮ディエメの独奏録音全集は待望の復刻だ。メンデルスゾーン「紡ぎ歌」、ショパン「ノクターン」、ゴダール「半音階的ワルツ」と自作自演2曲―2曲とも再録音をしてゐる―の計7トラックだ。気宇壮大なピアニズムが楽しめるが、情緒に欠ける嫌ひがあり、名声を確かめるには心許ない。(2010.4.7)

エドゥアルト・リスラー(p)/パテ録音(1917年) [Marston LAGNIAPPE]
これは非売品である。入手するには米Marstonの会員となることが必須だ。リスラーの復刻は英シンポジウムからも出てゐた。ディエメとダルベーアの薫陶を受けたリスラーはベートーヴェンもショパンも弾く達人であつた。コルトーと並ぶ大物でありながら、電気録音が始まつた頃に死んで仕舞つたので、貧しい録音しか残らない伝説的なピアニストである。マーストンの極上の復刻でその真価を鑑賞出来ることに感謝したい。残された遺産はラモーが2曲、ダカン、クープラン、ベートーヴェンが3曲、ヴェーバー、メンデルスゾーン、ショパンが4曲、リスト、ゴダール、シャブリエ、サン=サーンス、グラナドスと、実に手広い。全てが気品のある格式高い演奏ばかりで、高貴なタッチと玄妙なペダリングから生まれる音楽は詩的衝動と生命力に溢れてゐる。古典音楽での凛然とした佇まい、ドイツ・ロマン派音楽での馥郁たる香りを漂はせた詩情と慧眼に充ちたカデンツの作用、硬派なショパン、恰幅の大きいリスト、近代フランス音楽での華麗な音色とエスプリ、何れも心憎い。中でもベートーヴェンに感銘を受けた。ソナタでの湧き上がる情熱も素晴らしいが、管弦楽パートも編曲して弾いた第4協奏曲第2楽章は深い思索と儚い憧憬が聴こえてくる絶品である。(2010.9.26)

ブラームス:ピアノ協奏曲第1番/シカゴ交響楽団/フリッツ・ライナー(cond.)/アルトゥール・ルービンシュタイン(p) [RCA LIVING STEREO 88697720602] ジャケット写真はライナー全集63枚組の画像を使用
RCAリヴィング・ステレオ60枚組より。ルービンシュタインは一般的には第一にショパン弾きだと認知されてゐるだらう。だが、私見ではルービンシュタインの最も重要なレパートリーは男性的な重厚さが反映されたブラームスである。録音の分量もショパンに匹敵する。特にこのニ短調協奏曲はルービンシュタインの全録音の中でも至高のひとつだ。ライナーとシカゴ交響楽団による全力の伴奏が凄い。冒頭から保持される低音の鳴りに圧倒される。リヴィング・ステレオの輝かしい勝利だ。ピアノが入る迄の前奏部分でこれを超える演奏は一寸考へられない。最後まで独奏と管弦楽が一歩も引かず迫力ある応酬をする。同時に色気のあるロマンが重厚に流れ、作曲家の想ひに迫つてゐる。内容ではバックハウスの最古の録音が最高だと信じてゐるが、録音状態を考へると当盤を第一にしたい。(2015.1.12)

ショパン:ピアノ協奏曲ホ短調、同ヘ短調/スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ(cond.)/アルフレッド・ウォーレンスタイン(cond.)/アルトゥール・ルービンシュタイン(p)、他 [RCA LIVING STEREO 88697720602]
RCAリヴィング・ステレオ60枚組より。名うてのショパン弾きルービンシュタインの代表的名盤。ホ短調協奏曲はスクロヴァチェフスキ指揮、ロンドン新交響楽団の伴奏で、管弦楽の演奏が素晴らしいので有名な録音だ。勿論ルービンシュタインも良く、音色の美しさには頭が下がる。ただ、ポーランド人同士の共感溢れる演奏であることには違ひないが、全体として無難な演奏に終始してをり面白くない。万人に薦められる演奏かも知れぬが、感動は保証出来ない。ウォーレンスタイン指揮、シンフォニー・オブ・ジ・エアの伴奏によるヘ短調協奏曲も同様で、記憶に刻まれるやうな演奏ではない。ルービンシュタインのショパンは華麗で美しいのだが、大味で命を賭して伝へたいといつた気魄は感じられない。それが弱みだ。(2015.3.6)

モーツァルト:ピアノ協奏曲第17番、シューベルト:即興曲変ト長調、同変イ長調/RCAヴィクター交響楽団/アルフレッド・ウォーレンスタイン(cond.)/アルトゥール・ルービンシュタイン(p) [RCA 88697911362]
ルービンシュタイン・コンプリート・アルバム・コレクション142枚組。モーツァルトはルービンシュタインのレパートリーとは云へなかつたが、ピアノ協奏曲は幾つか録音をしてゐる。第20番、第21番、第23番、第24番と有名曲がある中で、第17番を選曲したことは注目だ。甘く角の取れたタッチによるロマンティックで脂味のある大味な演奏なのだが、ルービンシュタインの愛情が感じられる。安定感と自信があり流れも良い。ウォーレンスタインの指揮もモーツァルトを殊更意識することなく流麗に歌はせる。総じて旧派の保守的な解釈と云へるが、予定調和で安心して聴ける。深みはないが、仕上がりは良く、名盤である。余白にシューベルトの即興曲D899の3曲目と4曲目が収録されてゐる。ロマンティックな演奏で悪くはないが、特別な価値はない。(2016.9.23)

エドヴァルド・グリーグ(p)全録音(9曲)/カミーユ・サン=サーンス(p)全録音(16曲)/ジュール・マスネ(p)全録音(1曲)、他 [Marston 52054-2]
録音産業の黎明期、大作曲家たちがピアノで自作自演の記録を残した。価値は計り知れない。名復刻技師マーストンによる伝説的なピアノ録音の復刻は、録音の古さを超え、単なる記録ではなく鑑賞も出来る音質になつてゐる。2枚組の1枚目は、グリーグ、サン=サーンス、マスネの演奏が聴ける。グリーグの録音は1903年にG&Tへ残された9曲で、ピアノ・ソナタからの2楽章を含む。淡い詩情を漂はせた演奏ばかりで、グリーグ作品の原風景を現代に伝へる貴重な記録だ。サン=サーンスの録音が重要だ。1904年にG&Tに録音された5曲の独奏と、メゾ・ソプラノのHéglonの伴奏をした4曲、及び1919年と20年にグラモフォンに録音された4曲の独奏と、Willaumeのヴァイオリンに伴奏を付けた3曲―「ノアの洪水」やハバネラが聴ける―である。偉大なオルガニストであり随一のピアニストであつたサン=サーンスの力量は確かで、協奏曲第2番の一部、オーヴェルニュ狂詩曲、幻想曲「アフリカ」、フランス軍隊行進曲における絢爛たる技巧には驚愕の念を禁じ得ない。強靭で輝かしい演奏の感銘は桁違ひだ。これらの曲の最高の演奏であることを断言しよう。1903年のG&T録音であるマスネの自作自演は相当貴重だ。ソプラノのルブランが歌ふ「サッフォー」に伴奏を付けてゐる。(2010.1.29)

イレーヌ・シャーラー(p)/HMV録音(1925年〜1929年)/コロムビア録音(1929年〜1933年) [APR 6010]
英APRによる英國の名教師トバイアス・マッセイ門下のピアニスト復刻シリーズ。シャーラーの電気録音全集と機械録音からの選集2枚組だ。シャーラーは録音が少ないのだが、通ならばマッセイ門下ではシャーラーこそが別格であることを認知してゐるだらう。レパートリーは極めて保守的で凡庸、技巧も特筆すべきことはない。だが、一聴すれば解る、独特の魅惑的な空気を持つてゐる。パデレフスキにも共通する生まれ持つた音楽家としての天分であらう。1枚目の収録曲はパーセル3曲、パラディス「トッカータ」、スカルラッティのソナタ3曲、バッハ「主よ人の望みの喜びよ」、ボイス「ガヴォット」、モーツァルトのソナタ第5番、メンデルスゾーンの紡ぎの歌とアンダンテとロンド・カプリチオーソ、ショパンのエチュード3曲、ワルツ、即興曲第1番、幻想即興曲が2種類、リストのハンガリー狂詩曲第12番とリゴレット・パラフレーズ、シンディング「春の囁き」、ドビュッシーのアラベスク第2番だ。パーセル、スカルラッティ、バッハなどの清楚な美しさ、ロココ調のモーツァルト、爽やかな詩情が美しいメンデルスゾーン、サロン風を貫いたショパン、華麗さを追求したリスト、香り立つやうなシンディングやドビュッシー、非の打ち所のない名演の連続だ。特にメンデルスゾーンとリストは素晴らしい。(2016.7.7)

イレーヌ・シャーラー(p)/コロムビア録音(1930年〜1933年)/HMV録音(1912年〜1924年) [APR 6010]
英APRによる英國の名教師トバイアス・マッセイ門下のピアニスト復刻シリーズ。シャーラーの電気録音全集と機械録音からの選集2枚組だ。2枚目はコロムビア録音の続きで、ショパンのエチュード作品25から5曲と、3つの新エチュードより第1番と第2番、スケルツォ第2番、電気録音で唯一の管弦楽伴奏録音であるリトルフの交響的協奏曲第4番のスケルツォである―ヘンリー・ウッド指揮ロンドン交響楽団の伴奏。エチュードが極上の名演の連続。特に「木枯らし」と「大洋」は壮大な感情が波打つ絶品。残りはアコースティック録音からの選集で、完全な全集でないのが残念だ。注目はランドン・ロナルド指揮の管弦楽伴奏でリスト「ハンガリー民謡の主題による幻想曲」とサン=サーンスのピアノ協奏曲第2番の短縮録音が聴けることだ。情熱的で鮮烈な演奏は取り澄ました他の女流奏者とは一線を画す。品格あるスカルラッティやバッハ、情感豊かなショパンとシューマン、爽やかなドビュッシー、洒脱なスコットやゴッドハルトの小品など、幅広いピアニズムを堪能出来る。尚、ブックレットの巻末には収録されなかつたアコースティック録音19曲が掲載してある。1曲を除いて全て再録音があり、演目としては不足はないさうだ。ただ、1曲のみ、リスト「愛の夢第3番」が復刻不能で幻の演目となつて仕舞つたことが記載されてゐる。(2017.3.13)

ショスタコーヴィチ:ピアノ協奏曲第1番、同第2番、3つの幻想的な舞曲、24の前奏曲とフーガより5曲/フランス国立管弦楽団/アンドレ・クリュイタンス(cond.)/ドミトリー・ショスタコーヴィチ(p) [EMI 7243 5 62648 2 3]
不滅の名盤とも云ふべき録音。ショスタコーヴィチの自作自演の中でも最も条件が揃つたもので、協奏曲は最高の名演のひとつだ。ソヴィエトでの録音もあつたが録音状態が悪く、何よりも管弦楽の拙さが致命的であつた。当盤は作曲者のピアノこそ幾分大人しいとは云え、管弦楽の伴奏が極上でこれ以上を求めべくもない。第1番の難所がこれ程美しく鳴つたことはなく、トランペット独奏も見事。第2番第1楽章がかくも昂揚しながら汚くならないのは驚異的ですらある。クリュイタンスは作曲者の信任篤く、これらの録音と同じ月に作曲家立ち会ひの下で交響曲第11番を録音してゐるくらゐだ。余白に収められた独奏曲も素晴らしく、前奏曲とフーガ第24番ニ短調の深い思索は唯事ではない。古典から前衛までの様式を詰め込んだピアノ作品は弦楽四重奏曲以上にショスタコーヴィチの内面を聴かせる。(2007.7.2)

ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第1番、第3番、第32番/ソロモン・カットナー(p) [TESTAMENT SBT 1188]
全集録音を完成させることは相成らなかつたが、ソロモンのベートーヴェン・ピアノ・ソナタ録音は最高のひとつだ。特に素晴らしい名演が揃つてゐるのがこの1枚だ。第1番はシュナーベルと共に決定的な名演だ。簡素な出だしにピアニストの真価が試される。最初の番号を与へられた曲は野心的なヘ短調で書かれてゐる。焦燥感溢れる曲想を掘り下げたのはシュナーベル以外にはソロモンだけだ。全楽章を通じて疾走する情熱が見事で、録音状態を鑑みれば第一に推したい。明朗かつ交響的な広がりを持つ第3番も楽曲を把握する知性と確かな技巧が結晶した極上の名演で、昂揚においてもバックハウスの旧録音を凌ぐ。最後のソナタは威厳のある演奏で、第2楽章は幾分堅苦しいが実に深い。この曲にはシュナーベルを始めとする名演が沢山あるのでソロモンを贔屓にはしないが、屈指の名演であることを述べたい。(2009.12.3)

ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第7番、第8番「悲愴」、第13番、第14番「月光」/ソロモン・カットナー(p) [TESTAMENT SBT 1189]
全集録音でないのが痛恨だが、ソロモンによるベートーヴェンのピアノ・ソナタ集を決して見落としてはいけない。ソロモンは恐らく最も遅いテンポで深く神秘的な月光ソナタの第1楽章を奏でた。この楽章を聴くだけでも価値がある。全体としては、細部での外連味がないのに気宇壮大な盛り上げがあるのがソロモンの特徴で、真性のベートーヴェン弾きなのだ。月光ソナタと共に幻想曲風ソナタとして作曲された変ホ長調ソナタも荘厳な演奏で、この曲の屈指の名演だ。初期ソナタ群の最高傑作、第7番は通常の軽やかな演奏とは異なり、大理石のやうな音色で格調高く演奏されてゐる。重要な第2楽章の諦観にソロモンの凄みが出るのは当然だが、泣き節が足りないので感銘が然程ないのに恨みがある。悲愴ソナタは劇的な要素に力点が置かれてないので面白みに欠ける。(2010.10.30)

ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第17番、第18番、第21番、第22番/ソロモン・カットナー(p) [TESTAMENT SBT 1190]
ソロモンが残したベートーヴェンのソナタ集は全集録音とはならなかつたが、屈指の名演が揃つてゐる。ソロモンのピアノは荘厳で神秘的な響きを奏でる。従つて軽妙な楽曲の第18番では座りが悪い。「テンペスト」の冒頭における神韻とした表現は感動的だが、第3楽章の浪漫的な曲想では何処か物足りないのも事実だ。バックハウスに比肩する確かな技巧を持つていたソロモンによる中期ソナタ群は何れも素晴らしい出来だ。しかし、劇的な盛り上げが足りないので、崩れがあつても寧ろシュナーベルやケンプの録音に良さを覚える。当盤に収録された4曲はソロモンの最上の演奏ではないが、極めて高い水準の名演であることに違ひはない。(2008.4.7)

ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第23番「熱情」、第28番、第30番、第31番/ソロモン・カットナー(p) [TESTAMENT SBT 1192]
ソロモンはベートーヴェンのピアノ・ソナタの全曲録音を果たせなかつた。こんな些細なことで著名度が下がるなら、とても残念なことだ。ソロモンの特徴は、確かな技巧と音色の神秘的な美しさにある。浪漫的な感情の発露には乏しく、生真面目で格調高い演奏をする。だから、ベートーヴェンの作品―特に深刻な曲では大層立派な演奏をした。「熱情ソナタ」で満足が得られる演奏は多くないと思ふが、このソロモンの演奏は知情意の均衡がとれた優れたものだ。それ以上に、第31番の「嘆きの歌」が印象深い名演だ。(2004.7.31)

プーランク:オーバード、ピアノ協奏曲、2台のピアノの為の協奏曲/ジョルジュ・プレートル(cond.)/ベルナール・ランジュサン(p)/ガブリエル・タッキーノ(p) [EMI CLASSICS 0945 336145 2 9]
プーランク弾きの達人タッキーノの名盤。私淑するマエストロの推薦があり手にした。オーバードとピアノ協奏曲が極上の名演だ。オーバードにおける躍動的なピアノは比類がない。精鋭揃ひの管楽器も見事で至福のひと時を約束してくれる。協奏曲の演奏は第1楽章が幾分特色が薄いが、第2楽章の中間部から景気付いて憂ひのない陽気な音楽が爆発する。何よりもエスプリの神髄を極めたプレートルの伴奏が最高だ。第3楽章で聴かせる洒脱な躊躇ひも素晴らしい。名曲2台のピアノの為の協奏曲は残念ながら感興が劣る。堅実な演奏だが、面白みに欠ける。羽目を外した酔狂さが欲しい。(2007.4.16)

アーン:ソナティネ、ピアノ協奏曲、モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタK.454、シューマン:ウィーンの謝肉祭の道化、ロマンス第2番/ドゥニーズ・ソリアーノ(vn)/レイナルド・アーン(cond.)/マグダ・タリアフェロ、他 [Dante HPC088]
名女流奏者タリアフェロが戦前に行つた初期録音第1集。1934年から1937年のパテへの録音だ。アーンのピアノ協奏曲は大変有名な録音で復刻も多い。同じ南米出身でフランスを拠点に活躍したアーン自身の指揮で1931年に初演され、タリアフェロに献呈された。曲はドビュッシーの幻想曲の延長線上にあり、プーランクとの類似も見られる。雰囲気は大変良いのだが、展開は散漫の気があり傑作とは云ひ難い。しかし、初演者による録音及び自作自演といふことで特別な価値のある演奏である。擬古典作品ソナティネが良い。フランス・バロック音楽を模倣した優美な曲で、名器ガボーによつて奏でられる珠のやうな音色が絶品である。ソリアーノの伴奏をしたモーツァルトはロココ様式による典雅な演奏で、香り立つやうな色気のある名盤だ。シューマンはコルトー直伝の詩情豊かな演奏。特に「ウィーンの謝肉祭の道化」は屈指の名演だらう。(2013.3.1)

フォーレ:バラード、即興曲第2番、同第3番、ドビュッシー:ピアノの為に、雨の庭、モーツァルト、ヴェーバー、メンデルスゾーン、ショパン、アルベニス、グラナドス、モンポウ/ピエロ・コッポラ(cond.)/マグダ・タリアフェロ、他 [Dante HPC095]
名女流奏者タリアフェロが戦前に行つた初期録音第2集。1928年から1936年にかけての録音で、レーベルも古い順にグラモフォン、ウルトラフォン、パテと多岐に亘る。恐らくタリアフェロ最初の録音と思はれるフォーレのバラードが絶品だ。柔和な色彩感はベル・エポックの残照だ。2曲の即興曲も最高の演奏だ。ドビュッシー「ピアノの為に」はエラートへの再録音もあるが、若きタリアフェロの匂ひ立つばかりの美しさに酔ひ痴れることが出来る当録音を看過することは許さざることだ。得意としたスペインの楽曲、アルベニス「セビーリャ」「セギディーリャ」、グラナドス「スペイン舞曲第6番」は勿論素晴らしいが、モンポウ「子供の情景」と「郊外」からの2曲の玄妙な趣は特筆したい。ショパンは幻想即興曲、即興曲第1番、ワルツ第5番を録音してをり何れも傑作だ。特に幻想即興曲の上品な美しさは璧を鏤めたやうだ。モーツァルト「トルコ行進曲」、ヴェーバー「華麗なるロンド」、メンデルスゾーンのエチュードや「子供の為の小品」といつたドイツ音楽で聴かれる軽快なサロン風情緒は珠玉の出来映えで、名器ガボーが紡ぐ音色の美しさも際立つてゐる。(2013.11.7)

ファリャ(2曲)、グラナドス(3曲)、アルベニス(5曲)、ヴィラ=ロボス(10曲)/マグダ・タリアフェロ(p) [EMI 0946 351867 2 7] 画像はジャケット裏です
"LES RARISSIMES"シリーズの1枚。女流奏者多しと云へども、艶やかなエロスを聴かせることではタリアフェロは群を抜く。繊細なタッチから魔術的な色気が立ち上る秘技は師コルトーから譲り受けたのだらう。弱音の美しさは勿論だが、フォルテでもダイヤモンドのやうなきらびやかさを振り撒く。2枚組の1枚目は、御家藝であるヴィラ=ロボスの作品と自家薬籠中としたスペインの作曲家の作品で構成された極上の1枚だ。特級品は矢張りヴィラ=ロボスだ。様々な曲集から10曲が収録されてをり、陽気さと憂ひを織り交ぜた表情の多彩さは比類がない。何よりも新鮮な生命の息吹が感じられ、作品に対する愛が違ふ。特に「吟遊詩人の印象」は感銘深い。ファリャ、グナラドス、アルベニスも素晴らしい。絶品はグラナドスの「嘆き、またはマハと夜鶯」で、感傷的な吐息と濡れそぼつた夜露が官能的だ。同じくグラナドスのオリエンタルとアンダルーサはギュラーの深遠な名演には及ばないが、充分美しい。ファリャ「スペイン舞曲」やアルベニス「セギディーリャ」の情熱も見事。(2009.6.2)

ヴィラ=ロボス:ブラジルの子供の謝肉祭による幻想曲、シューマン:ピアノ・ソナタ第1番、モンポウ、ドビュッシー、ショパン/ヴィラ=ロボス(cond.)/マグダ・タリアフェロ(p) [EMI 0946 351867 2 7] 画像はジャケット裏です
再びタリアフェロを聴く。2枚組の2枚目。目玉は作曲者自身の指揮、フランス国立放送管弦楽団の伴奏によるヴィラ=ロボスの幻想曲と、大変珍しいシューマンの第1ソナタだ。野性味溢れるヴィラ=ロボスは20分以上の大曲で、雑多な楽想を情熱的に散らす。ブラジル出身のタリアフェロにとつて祖国の音楽が自己を解放する扉になつてゐることは云ふまでもない。極上の逸品だ。若きシューマンの浪漫が迸るソナタは幾分散漫な作品だが、作曲家の懐に入り込んだ演奏が強い感銘を与へて呉れる。秘めやかなアリアと、終楽章での暗転の物悲しき美しさは特筆したい。ショパンのワルツ第5番は崩しが大き過ぎて失敗作だが、アンダンテ・スピアナートと華麗なる大円舞曲は派手な演奏で面白く聴ける。それよりもモンポウ「庭の乙女」とドビュッシー「月の光」での神秘的で官能的なピアニズムにタリアフェロの神髄がある。(2009.7.15)

マグダ・タリアフェロ(p)/リスト、ショパン、ヴェーバー、サン=サーンス、グラナドス、ヴィラ=ロボス [PHILIPS 438 959-2]
"The Early Years"シリーズの1枚。1953年から1955年に録音された名女流奏者タリアフェロの名演集。3枚組の1枚目を聴く。リスト「愛の夢第3番」「軽やかさ」では技巧の切れよりも華美な音色を追求した官能的な演奏で惹き付ける。流石コルトーの弟子である。師よりも抒情的な語り口が特徴だ。ショパンではポロネーズを3曲弾いてゐる。第1番、第2番と第7番「幻想」だ。仄暗い翳りを匂はせた極上の名演で、民族的な舞踏ではなく悲哀を帯びた旋律美を聴かせてをり、フランソワを彷彿とさせる。ヴェーバーの華麗なるロンド「戯事」におけるサロン風の上品な軽快さ、サン=サーンス「ワルツ形式による練習曲」の優美な品も絶品だ。だが、タリアフェロの骨頂はグラナドスとヴィラ=ロボスにあると断言して良い。前者では「ゴイェスカス」第1部より3曲目と4曲目、後者からは「ブラジルの詩」の第2番と第3番が収録されてゐる。噎せ返るやうなスペイン情緒は気怠い官能を伴ひ、明暗のコントラストが激しいエロスを感じさせる。ティボーのヴァイオリンと好一対の名演だ。(2011.2.10)

ブラームス:ピアノ・ソナタ第3番、シューベルト:ピアノ・ソナタ第13番、他/マグダ・タリアフェロ(p) [PHILIPS 438 959-2]
"The Early Years"シリーズの1枚。1953年から1955年に録音された名女流奏者タリアフェロの名演集。3枚組の2枚目を聴く。タリアフェロのレペルトワールは主に近代フランス音楽やスペイン音楽、そして出身国ブラジルの楽曲が主軸であり、ドイツの楽曲となるとモーツァルトとシューマンがある程度だ。従つてブラームスの録音は極めて異例である。第3ソナタは華麗で絢爛たる演奏でありながら、重厚さを兼ね備へた名演である。構築面での散漫さはあるが、色気のある演奏で面白みがある。ブラームスの小品6曲も幻想的な美しさがある。しかし、ドイツの学匠らが奏でる渋みのある瞑想はなく、軽い感じは否めない。シューベルトも大変珍しい選曲と云へる。豊麗な歌心が楽しめる佳演だが、やや華美に傾く嫌ひがあり、素朴なシューベルトの良さを出し切つた演奏とは云へない。(2011.4.14)

シューマン:謝肉祭、サン=サーンス:ピアノ協奏曲第5番「エジプト風」/ラムルー管弦楽団/ジャン・フルネ(cond.)/マグダ・タリアフェロ(p) [PHILIPS 438 959-2]
"The Early Years"シリーズの1枚。1953年から1955年に録音された名女流奏者タリアフェロの名演集。3枚組の3枚目を聴く。得意としたシューマンは艶やかな音色を堪能出来るタリアフェロならではの名演だ。しかし、全体として眺めたとき、幾分散漫な感じは否めない。ピアニズムの面から見れば申し分のない演奏だが、語り口の妙味は海千山千のコルトーとは比べ物にならないのは詮方ない。サン=サーンスが極上だ。これはこの3枚組の白眉であり、タリアフェロの全録音中でも最高級の名盤である。この曲にはダルレによる全集録音の名盤があるが、タリアフェロに1票を投じよう。冒頭から瑞々しい生命の泉が湧き出てゐる。何といふ憧れに彩られた音楽だらう、常に希望に導かれてゐるやうだ。これにはフルネとコンセール・ラムルーの尽力が大きい。斯くも若やいだ新緑の息吹を奏でた管弦楽の音色は滅多に聴けない。第2楽章の中間部を聴いて欲しい。チェロによる青春の溜息、いぢらしいオーボエの躊躇ひ、ヴァイオリンの感極まつた告白、美しさが結晶してゐる。輝かしく飛翔する第3楽章コーダまで完全無欠の名演が繰り広げられる。決定的名盤。(2011.6.25)

ショパン:ピアノ・ソナタ第3番、即興曲(全4曲)、マズルカ第15番ハ長調、ポロネーズ第1番、ノクターン第5番、同第8番、ワルツ第2番/マグダ・タリアフェロ(p) [DOREMI DHR-7961-3]
CD2枚とDVD1枚のタリアフェロ名演集。1枚目は1972年にリオ・デ・ジャネイロで録音され、Angelレーベルより発売されたショパンだ。晩年の録音だが往年の輝きを全く失つてゐない驚異的な名演ばかりだ。技巧に切れはないのだが、衰へは一切感じさせないのが凄い。優雅な節回しで色を出してをり、一種特別な情趣を演出してゐるのだ。難所も自然にテンポを落として美しい音楽に変容させる。婀娜っぽい演奏の魔術には心底驚く。ソナタの冒頭から色気のある美しい音に心奪はれる。飄然とした4つの即興曲も素敵だ。マズルカやポロネーズは遅めのテンポでじっくり歌ひ、民族的舞曲としてではなくショパン特有の憂ひを帯びた詩情で聴かせる。2曲のノクターンが絶品で、滅多に聴けない美がある。ワルツも品を作つた瀟洒な名演だ。(2017.2.16)

ラヴェル:クープランの墓、水の戯れ、フォーレ:夜想曲第4番、即興曲第2番、モーツァルト:幻想曲二短調、ピアノ・ソナタ第17番、他/マドレーヌ・ド・ヴァルマレット(p) [ARBITER 144]
名教師として知られ100歳といふ長寿を全うしたヴァルマレットの至宝級の1枚。録音は3種類に分類される。1928年のポリドールへのSP録音、1961年の初出となるフォーレの夜想曲第4番と即興曲第2番、最晩年で同じく初出となる1992年のモーツァルトの幻想曲とソナタ第17番の録音だ。SP録音では世界初録音であつたクープランの墓が大変有名だ。音は貧しいが水際立つた感性と技巧が聴ける。鬼気迫るフランソワの旧盤があるとは云へ、香り立つヴァルマレットの古典的な名盤は永く語り継ぎたい。その他では、可憐で哀愁が美しいリスト編曲のアリャービエフ「夜鳴き鶯」が印象深い。リストのハンガリー狂詩曲第11番、ドビュッシー「花火」、ファリャ「火祭りの踊り」なども素敵だが、音の古さを超えてまで推奨するほどの内容ではない。音質に問題のないフォーレが絶品だ。繊細で枯れた味はひが美しく、寂寥感が唯事ではない。それ以上にモーツァルトの清明さは如何ばかりだらう。老境に達したヴァルマレットは賢明にも技巧の簡素なモーツァルト作品で音楽の核だけを聴かせて呉れる。若々しい流暢な演奏ではない。つい置き去りにしがちな音楽に隠された宝玉を拾ひ出して示して呉れる神々しい演奏だ。ヴァルマレットの高貴な音楽性は古典的な作品において比類のない高みに達してゐる。(2012.11.15)

マドレーヌ・ド・ヴァルマレット(p)/アニュエル・ブンダヴォエ(p) [Tahra TAH 653-654]
仏Tahraが復刻したフランス女流ピアニスト録音集2枚組。2枚目にはヴァルマレットとブンダヴォエが収録されてゐる。これが素晴らしい。ヴァルマレットは教育者として高名だが録音が少ない。有名なのは「クープランの墓」などの近代フランス音楽の録音だが、本当に素晴らしいのは当盤に収録されたラテン古典音楽の演奏だ。全て録音年不詳だが、デュフリのクラヴザン曲集より1曲、スカルラッティのソナタ3曲、クープランのクラヴザン曲集より6曲を演奏してゐる。格調高い典雅なタッチで、ピアノからかくも高貴な音色を響かせたのはリパッティと他、僅かの奏者だけだ。デュフリとクープランは神品と絶讃したく、時にたゆたふテンポも素敵だ。スカルラッティは技巧的で壮麗な趣だ。しかし、印象が派手になり過ぎないやうに細心の注意が払はれてをり品格がある。ブンダヴォエの録音が弩級だ。全て1950年代中葉の録音だ。ブゾーニ編曲のバッハ「シャコンヌ」は絶対的な名盤として語られてきたが、太鼓判を押さう。感情の起伏が壮大で、劇的なピアニズムに感銘を受けぬ者はゐないだらう。技巧、迫力も凄いが、音楽の頂点までまっしぐらに突進する感性の虜となるのだ。次いでリストのスペイン狂詩曲が良い。白熱の名演だ。メフィスト・ワルツ第1番は幾分印象が劣るがこれも名演だ。ふと見せる官能美が良い。シューマン「幻想小曲集」からの2曲も情感が漲つてゐる。(2012.10.13)

リカルド・ヴィーニェス(p)/全録音(1930年〜1936年)/アルベニス、ファリャ、トゥリーナ、ドビュッシー、他 [TRITO TD 0048]
ヴィーニェスはカタルーニャ出身のピアニストで、ラヴェルと親交が厚く数々の初演を担つた。その他、ドビュッシー、アルベニス、ファリャの作品の初演を多く手掛け、錚々たる名曲の数々を献呈されたスペイン最大のピアニストであつた。弟子にはメイエルやプーランクが名を連ねる。当盤はヴィーニェスの全商業録音を集成した愛好家感涙の1枚である。米Marstonからも会員向けの頒布CDがあつたが、一般には入手出来ないので、このスペイン盤は重宝されるだらう。スカルラッティのソナタやグルックのガヴォットなど古典曲では雑な印象があるが、アルベニス、トゥリーナ、ファリャなどの近代スペインの楽曲は絶品である。ヴィーニェスはペダリングの名手とされ色彩的な演奏に特色がある。テンポは無造作でアゴーギクには無関心だが、古い録音からも麝香を匂はすやうな妖艶な趣が聴き取れる。ファリャ「恋は魔術師」の沸立つ躍動は特に素晴らしい。ドビュッシー作品の録音には伝説的な価値が宿る。初演をした「版画」よりグラナダの夕暮れ、献呈を受けた「映像」の金色の魚、どちらも唯ならぬ空気が漂ふ。ブランカフォルト、アリェンデ、ブチャルド、トロイアーニといつた今日では顧みられないラテン系作曲家の秘曲を味はふことが出来るのも興味深い。本当に残念なのは何故か盟友ラヴェルの録音がないことだ。余白にドビュッシーを語つた肉声が収録されてゐる。(2012.3.13)

リカルド・ヴィーニェス(p)/全録音(1929年〜1936年)/アルベニス、ファリャ、トゥリーナ、ドビュッシー、他 [Marston LAGNIAPPE]
これは非売品である。入手するには米Marstonの会員となることが必須だ。ヴィーニェスの全商業録音復刻はスペインのTRITOからも出てゐた。だが、流石はマーストン、未発表の断片録音2つを収録してゐる。これでこそ完全なる全録音と云へる。しかも、ドビュッシー作品と価値が高い。録音日などは不明だが、風雅な演奏は格別である。映像第1巻からラモー讃歌と練習曲第10番の2曲だ―映像はヴィーニェスが初演した曲だ。残念ながら2曲とも数分間の不完全録音で、何らかの理由で放棄されたものと思はれる。痛恨事だ。その他の演目はTRITO盤で述べたので割愛する。(2015.12.29)

カルロ・ゼッキ(p)/チェトラ録音集(1937年〜1943年)/ジョコンダ・デ=ヴィート(vn)、他 [WARNER FONIT 5050466-3306-2-8]
ゼッキは伝説的なピアニストであつた。戦後は主にマイナルディの伴奏者としてピアノの腕前を披露する程度で、寧ろ指揮者として活躍をした。忌憚なく云へば、名声を落としたに過ぎない。今日ではゼッキが偉大であつたことの証明はこのチェトラに残した古い録音にこそ確かに刻まれてゐるのだから。趣味の良い選曲と清明で抒情的な演奏に心が洗はれる思ひがする。宝玉を転がすやうなタッチで叩き付けるやうな打鍵は一切ない。貧しい録音から美しい音色が香ばしく立ち上る。2枚組の1枚目の白眉はレスピーギのガリアルダとシチリアーナだ。古雅な佇まいに品格がある。ティッチアーティのトッカータも素晴らしい。スカルラッティのソナタ4曲も優美極まりない。ヴィヴァルディの作品を編曲したバッハのト長調協奏曲BVW.973も格調高い。ショパン、リスト、シューベルトの作品も奥床しい演奏で美しい。とは云へ、これらのロマンティックな作品でゼッキを贔屓にする必要は全くないだらう。当盤には珍しい音源が含まれてゐる。デ=ヴィートのヴァイオリン、タッシナーリのフルート、プレヴィターリの指揮によるバッハのブランデンブルク協奏曲第5番だ。デ=ヴィートの最も古い録音で珍重される。ゼッキによるカデンツァも天晴だ。(2011.4.6)

カルロ・ゼッキ(p&cond.)/チェトラ録音集(1937年〜1943年) [WARNER FONIT 5050466-3306-2-8]
再びゼッキを聴く。2枚組の2枚目。数少ないピアノ独奏録音が聴けるのだが、実に残念なことに指揮の録音が増えてきてゐる。ジェミニアーニとコレッリのコンチェルト・グロッソはイタリアの栄光を謳つた大変格調高き名演であるが、古楽器隆盛の現代においては特別な価値を付与することは難しいだらう。ピアノ独奏は神品が揃ふ。バッハのコラール「われ汝に呼ばはる、主イエス・キリストよ」の気高き瞑想は他にリパッティの録音が比肩するだけだ。前奏曲とフーガ第13番の透徹した美しさも絶品だ。ショパンのマズルカ3曲と舟歌の物悲しい哀愁は一種特別な抒情がある。ゼッキが奏でたショパンはリリシズムの何たるかを教へて呉れる。シューマン「子供の情景」は大曲録音として重要だが、幾分薄味の演奏で余り面白くない。ドビュッシー「金色の魚」の高踏的な趣も心憎い。(2011.6.12)

シューマン:子供の為のアルバム(28曲抜粋)、子供の情景/カルロ・ゼッキ(p) [ERMITAGE ERM 190-2]
幻のピアニスト、ゼッキの貴重な独奏録音。ゼッキのピアニストとしての経歴は戦前迄で、戦後はマイナルディの伴奏をするのが関の山であり、主に指揮者として活動をした。それだけに1967年に録音された子供の為のアルバムの抜粋録音は非常に貴重な記録なのだ。戦前のチェトラへの録音とは比較にならない鮮明な音質でゼッキの音色を鑑賞出来る。子供の為のアルバムから28曲が選曲され、ほぼ順番通りに演奏されてゐる。各曲を演奏する前にゼッキが曲名をイタリア語で述べてから演奏してをり微笑ましい。作品は極めて簡素に書かれてゐるから、ゼッキの聡明で含蓄のあるピアノの凄みが如実に諒解出来る。ピアノ学習者は多くを学ぶだらう。更には詩情とは何かを教えて呉れる名盤と云ひたい。子供の情景は1942年のチェトラ録音であり、別項で述べたので割愛する。(2016.9.13)


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