楽興撰録

ヴァイオリンのCD評

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アウアー伝説第1巻/レオポルド・アウアー(vn)/カスリーン・パーロウ(vn)/セシリア・ハンセン(vn)/イゾルデ・メンゲス(vn) [APR 7015]
ヴァイオリン流派の中で巨人たちを最も多く輩出した名教師アウアーとその弟子たちによる録音集。アウアー自身が弟子の為に残した2曲だけのプライヴェート録音は、1920年の記録だから何と75歳の時の演奏である。チャイコフスキー「メロディー」とブラームス「ハンガリー舞曲第1番」で、野太いG線の力感、激しいアタック、挑戦的なハイ・ポジションのスケール、エルマンやハイフェッツが継承した生命力が宿つてをり、とても老人の演奏とは思へない。大胆不敵なフレーズ感は老齢故だらうが、圧倒的な個性が楽しめる。3名の女流奏者たちの録音は、師に比べると洗練された趣があり物足りない。中では知名度が低いハンセンの録音が一番良い。技巧の安定感が抜群であり、深々とした音色が素晴らしい。ブラームス「ハンガリー舞曲第4番」、フバイ「ハイレ・カティ」は極上の名演だ。当時人気のあつたパーロウやメンゲスの録音は何れも生硬で詰まらない。メンゲスが弾くシューベルトのソナティネ第3番の伴奏を大家デ=グリーフが担つてゐるのは大変貴重だ。(2008.2.17)

アウアー伝説第1巻/ミッシャ・エルマン(vn)/ヤッシャ・ハイフェッツ(vn) [APR 7015]
再びアウアー門下の稀少録音集を聴く。2枚組の2枚目はアウアーの弟子の二大巨人エルマンとハイフェッツの初期録音である。エルマンの初期ヴィクター録音は英Biddulphからも復刻されてゐたので特別な価値はないが、重要なのはG&Tへの録音の復刻だ。1906年から1908年の録音から6曲が収録されてゐる。人気絶頂期の神童エルマンはG&Tに相当数吹き込んでゐたが、復刻は全くと云つてよいほどなかつた。全復刻を聴いてみたいものだ。ハイフェッツでも驚愕の稀少録音が収録されてゐる。1917年から始まつたヴィクター録音はRCAから繰り返し発売されてゐるので割愛するが、驚くことに1911年―ハイフェッツが10歳頃―の録音2曲が収録されてゐる。最初の録音が1917年といふのが通念なのでこれには腰を抜かした。ドヴォジャーク「ユモレスク」とシューベルト「蜜蜂」を弾く神童ハイフェッツの貴重な記録だ。更に1932年にベル・テレフォンへテスト録音された3曲も兎に角珍しい。演奏は全てハイフェッツならではの磨き抜かれた造形美に圧倒される特級品ばかりだ。(2008.3.18)

アウアー伝説第2巻/エフレム・ジンバリスト(vn)/フランシス・マクミラン(vn)/ナタン・ミルシテイン(vn) [APR 7016]
アウアー門下の稀少録音集第2巻。2枚組の1枚目では四天王の兄貴分ジンバリストのヴィクター録音10曲分が重要だ。最も脂が乗つてゐた時期の録音で、丁寧かつ緻密過ぎ感情が稀薄な嫌ひはあるが、白銀の音色が美しい。サン=サーンス「ノアの洪水」「白鳥」、ショパンのワルツ2曲に精緻なジンバリストの特色が聴き取れる。それ以上にキュイ「オリエンタル」、グリンカ「雲雀」「ペルシアの歌」、自作自演2曲から滲むロシアの郷愁に良さを見出すことが出来るだらう。貴重なのはマクミランの1909年と1910年の録音5曲だ。演奏様式は古い世代に属するが、表現力は大きく、激情型の奏者として瞠目に価する。自作、ランデッガーが2曲、アンリ、レデラーと有名曲はないが、面白く聴ける。特に沸騰しきつた熱演のランデッガー「ボヘミアン・ダンス」とレデラー「ハンガリーの詩」が滅法痛快だ。ランデッガー「サルタレッロ・カプリース」の超絶技巧も凄まじい。高名なミルシテインは最初期録音―1932年HMV録音3曲と1936年及び1937年のヴィクター録音6曲である。マクミランの後で聴くと演奏様式の違ひに隔世の感がある。都会的な洗練された技巧と解釈、粒が揃つた発音と清潔な音楽造り、現代奏法の先駆として重要と云へるのだが、些とも面白くない。初期のミルシテインは生硬だと貶されてゐたのも頷ける。(2011.3.25)

アウアー伝説第2巻/トーシャ・ザイデル(vn)/エディ・ブラウン(vn)、他 [APR 7016]
アウアー門下の稀少録音集第2巻。2枚組の2枚目はザイデルとブラウンの録音だ。美音家ザイデルはハイフェッツが最大のライヴァルと目した名手である。濃厚な肉汁が滴るやうなヴィブラートを全ての音に掛け、一種特別な雰囲気を醸し出してゐる。ブラームスのソナタなどは品がなく聴こえたが、小品の数々は官能的な美の喜びに満ち溢れてゐる。ダンブロージオ「カンツォネッタ」の憧憬に充ちた歌心、ヴァーグナー「アルバムフラット」の官能に溺れる喘ぎ声、ブラームス「ハンガリー舞曲第1番」の奔放なジプシー感情、何れも他の奏者からは聴けない魔術的なヴァイオリンの音色を堪能出来る。最高傑作は「シェヘラザード」の第3楽章を独奏で弾いたもので、異教的な趣と妖艶な誘惑に悶絶しさうになる。米國の奏者ブラウンの録音は大変珍しい。グリーグのヴァイオリン・ソナタ第2番とヘンデルのパッサカリアといふ真面目な大曲の録音があるが、然程面白くない。それ以外の、清教徒的な聴き手からは唾棄されさうな通俗的な小品の録音がブラウンの良さを伝へて呉れる。「藁の中の七面鳥(オクラホマ・ミキサー)」を編曲したのは痛快だ。ブラウンが音頭を取つたアンサンブル録音はどれも異常な甘美さで、特にユベール・レオナール「セレナード」では合奏にも音程が上ずる程の過剰なヴィブラートを要求してをり、耽美の極みである。低俗だが面白いことこの上ない。(2011.5.23)

ルネ・ベネデッティ(vn)録音集(8曲)/ハリー・ソロウェイ(vn)録音集(9曲) [SYMPOSIUM 1330]
ベネデッティはSP期に大技巧家として名を馳せた名手である。貴族的に磨かれた音は線こそ細いがプラチナのやうな輝きがある。何と云つても左手ピッツィカート、フラジオレット、ダブルストップなどの超絶技巧の淀みのない鮮やかさはあらゆるヴァイオリストの中でも頂点に位置する。しかし、業師クーベリック同様、感情が稀薄で、どの曲も醒めてをり、技巧への執着ばかりが目立つ。洗練された細工品のやうで感心はするが、感動は与へてくれない。比べてソロウェイは表情こそ豊かだが、ハイフェッツのやうに技巧や表現に圧倒的な気魄がなく、余り面白くない。己の美学に徹したベネデッティの方が寧ろ価値があり、ヴァイオリン愛好家の興味を惹くに違ひない。(2007.5.17)

フランツ・オンドリチェク(vn)1912年録音(2曲)/ジュール・ブシュリ(vn)ゾノフォン録音(7曲)/ジャック・ティボー(vn)フォノティピア公刊全録音、他(7曲)/ヨーゼフ・シゲティ(vn)G&T録音(6曲)/ルイ・ディエメ(p)、他 [SYMPOSIUM 1349]
英SYMPOSIUMレーベルのヴァイオリニスト復刻23巻目。ドヴォジャークのヴァイオリン協奏曲の初演などチェコ・ヴァイオリン史に偉大な名を残すオンドリチェクの復刻は大変貴重である。収録曲はラフ「カヴァティーナ」とバッハ「エア」で、どちらもsul-Gの濃厚な歌を聴かせる曲であるのも興味深い。弓を押し付けた平坦なボウイングは19世紀に活躍した旧派の典型的な奏法で、記録としては重要だが、演奏内容は遺物だ。パリ音楽院の偉大なる教師として名が残るブシュリの録音が重要だ。ピアノ伴奏はパリ音楽院の重鎮ディエメとされてゐる。大変豪華な録音だ。収録曲はルクレール「古風なガヴォット」、フバイ「ハイレ・カチ」、フォーレ「子守歌」、マスネ「タイースの瞑想曲」、ディエメ「カプリース・スケルツァンド」、バッハ「エア」、モーツァルトのヴァイオリン協奏曲第5番より第3楽章で、ブシュリの全録音ではないのが惜しまれる。モーツァルトが素晴らしい。軽やかなボウイング、高貴な気品は鮮やかである。その他も極上の名演ばかりで、多彩な表情と躍動する生命力を聴かせる。レコード黎明期の最も重要な録音のひとつと絶讃しよう。ティボーの復刻は日レキシントンから出てゐた程度なので貴重だ。初録音であるフォノティピア録音が全部復刻されてゐるのは嬉しい。シゲティの復刻は英Biddulphから全て出てゐた。(2010.7.5)

メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲、チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲、パウエル:ソナタ・ヴァージニアネスク/フリーダー・ヴァイスマン(cond.)/ジョン・パウエル(p)/エディ・ブラウン(vn)、他 [SYMPOSIUM 1373]
アウアー門下の逸材ブラウンの代表的な録音が復刻されたことを歓迎したい。2つの協奏曲は1924年の録音で、SP盤片面の収録時間の制約もあり随所にカットがあることが残念だが、太古の機械吹込みによる録音なので致し方あるまい。しかも、メンデルスゾーンの協奏曲は第1楽章と第3楽章のみの録音で、第2楽章はエディス・ローランドによる演奏で補完されてゐる。だが、演奏は颯爽としてをり、技巧も切れ味が抜群だ。チャイコフスキーはかつて指揮者がフルトヴェングラーとされたこともあり愛好家を騒然とさせた録音だが、メンデルスゾーン同様ヴァイスマンの指揮だ。演奏はメンデルスゾーン以上、稀代の名演なのだ。フーベルマンの録音が登場する迄はブラウン盤が最も纏まつたものだらう。第1楽章の大Tuttiの前、スピッカート奏法に続くトリルのパッセージはアウアー門下が必ず行ふ技巧的な装飾が施されてゐる。アウアーは弟子らに見せ場として課題を与へたのだと想像出来る。完璧な技巧で一点の曇りもなく、濃厚な表情と深い歌があり、後のハイフェッツ以上の名演だ。斯様な大曲録音を任されたブラウンは当時絶頂にあり、向ふ所敵なしの大家であつたことがわかる。パウエルのソナタは作曲者のピアノ伴奏による貴重な演奏だ。3楽章から成る親しみ易い郷愁溢れる作品で、通俗的な楽曲で良さを発揮したブラウンには打つてつけの録音だ。(2014.3.7)

アドルフ・ブッシュ(vn)/グラモフォン録音(1921年〜1922年)/エレクトローラ録音(1928年〜1929年)/ブルーノ・ザイドラー=ヴィンクラー(p)、他 [Guild Historical GHCD 2406/7]
フリッツ・ブッシュの復刻を精力的に行つてきたGuild Historicalがアドルフ・ブッシュの復刻にも乗り出した。期待を裏切らず、早速重要な復刻が行はれた。ベルリンでの最初期録音集2枚組だ。1921年と1922年に吹き込まれたグラモフォン録音は特に貴重で、英SYMPOSIUMのグレート・ヴァイオリニスト・シリーズの第5巻でしか聴けなかつた。当盤はSYMPOSIUM盤にもなかつた初収録の曲を多く含んでゐる。グラモフォン録音ではドヴォジャークのスラヴ舞曲第3番と2テイクある第8番、4つのロマンティックな小品からラルゲット、ユモレスク、シューマンのトロイメライ、ポルポラのアリア、クライスラーのコレッリの主題による変奏曲、独エレクトローラ録音ではバッハのパルティータ第2番のサラバンドが初復刻の筈だ。ポルポラは珍しいし面白く聴ける。ブッシュ、アンドレアソン、ドクトール、グリュンマーによる第1次ブッシュ弦楽四重奏団の全録音も勿論収録されてゐる。中でもホフシュテッターのセレナードは奇蹟的な名演であり、愛好家必携だ。(2015.7.29)

バッハ:ヴァイオリン・ソナタ第5番ヘ短調、ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ第1番、ホルン・トリオ/オーブリー・ブレイン(hr)/ルドルフ・ゼルキン(p)/アドルフ・ブッシュ(vn) [APR 5528]
バッハとブラームスのソナタが初出となる貴重な音源。バッハが1939年米國での、ブラームスが1936年英國でのライヴ録音で、アセテート盤からのCD化だ。その為、音質は甚だ宜しくないが、黄金期のブッシュとゼルキンによるデュオを聴ける喜びには代へ難い。バッハは冒頭から訥々した語り口で幽玄な世界へと引き摺り込まれる。華美な虚飾とは無縁の求道精神に貫かれた晦渋さこそブッシュの藝術だ。浪漫を迸らせた高邁な音色は、今日の学究的な演奏からは得られない至宝である。心して聴くが良い。ブラームスのソナタにはHMVへの決定的な名盤があり、音の状態が良くない当盤に特別な価値を見出すことは出来ないが、セッション録音を補完する記録として有難く拝聴しよう。ホルン・トリオはHMVへの高名なセッション録音に未使用の別テイクを組み込んで編集されてゐる。熱心な愛好家には歓迎されようが、一般の聴き手には不要だ。(2009.4.3)

バッハ:無伴奏ソナタ第3番、ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲/ニューヨーク・フィル/フリッツ・ブッシュ(cond.)/アドルフ・ブッシュ(vn) [Biddulph BID 80211-2]
ブッシュの渡米後の貴重な記録。バッハの無伴奏作品ではパルティータ第2番をHMVに録音した以外は断片がある位なので、この米コロムビア録音は盛期の記録ではなくとも有難い。しかし、正直に告白するとこのソナタも全盛期のパルティータにも感銘を受けない。瞑想するやうな沈思は流石だが、重音奏法が鈍く、バッハの多声構造への試みが生きてゐないのだ。生涯200回以上演奏したベートーヴェンの協奏曲の録音はこれが唯一。自作のカデンツァを用ゐてゐる。ブッシュ兄弟による呼吸の合つた演奏と賞讃したいところだが、アドルフの独奏が全体に低調で、あの霊感に導かれたカンティレーナを聴くことが出来ない。第2楽章の高貴な歌、第3楽章の躍動感は見事だが、総じて落ち着きのない荒れ目の演奏だ。出来の芳しくない当盤を聴いて直ちにブッシュを評価してはならない。(2006.7.30)

アドルフ・ブッシュ(vn)/ルドルフ・ゼルキン(p)/1939年〜1950年録音/バッハ、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト、シューマン、ブラームス、ブッシュ [Music&Arts CD-1244]
以前Music&ArtsからCD-877の品番で発売されてゐた3枚組に未発表音源を追加し、4枚組で装ひを新たにした商品だ。既出の音源については割愛するが、ドイツ音楽の守護神ブッシュによる貴重な演奏をそれこそ拝んで聴き込んだもので、愛好家ならこの録音集を所持してゐないことなど考へられぬことだ。さて、未発表音源について述べよう。5つ追加されてゐる。バッハの無伴奏ソナタ第1番、モーツァルトのソナタト長調K.379、ベートーヴェンのソナタ第10番、シューベルトのソナチネ第2番と幻想曲だ。バッハは厳密に云ふとアダージョだけが1948年の初出音源で、残りの3楽章分は1934年のデンマーク放送局の音源を使用してゐる。アダージョは衰へが明らかだが求心力はある。モーツァルトは1950年11月3日の録音で、些細な瑕はあるものの概ね名演だ。ブッシュによるモーツァルトのソナタで不出来な演奏はない。同日に演奏されたベートーヴェンは神妙なブッシュの長所が存分に出た名演だ。シューベルトのソナチネも同日の演奏である。そして、初出音源の中でも随一の出来だ。仄暗き浪漫を表出してをり、弱音のカンティレーナが美しい。幻想曲は1946年の演奏だ。ブッシュは全盛期にセッション録音で神々しい決定的名演を残した。それと比べるのは酷だが、当盤の演奏は荒れ気味で良くない。残念なことだ。(2014.4.28)

ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲、ロマンス第1番、同第2番/デンマーク国立放送交響楽団/ラウニー・グレンダール(cond.)/アルフレッド・ウォーレンスタイン(cond.)/アドルフ・ブッシュ(vn)、他 [Guild Historical GHCD 2395]
協奏曲は一般的に知られてゐる兄フリッツ・ブッシュ指揮ニューヨーク・フィルの伴奏による録音ではない。7年後の1949年3月17日、コペンハーゲンでの放送録音が登場した。世評名高い兄弟共演盤はアドルフが不調で余裕がなく、一本調子に聴こえて個人的には感心しなかつた。当盤は解釈こそ似てゐるが、活気があり闊達な演奏を味はへる。晩年の演奏故に音色が硬く艶がないものの、出来は当盤の方を上位に置きたい。ブッシュ自作のカデンツァも聴き応へ充分だ。だが、敬愛するブッシュには申し訳ないが、ベートーヴェンの協奏曲では理想的な録音を残し得なかつたのは事実だ。グレンダールの伴奏は繊細さがなく単調で面白くないが、熱気は伝はる。ウォーレンスタインとの2曲のロマンスは繰り返し発売されてきた音源。ブッシュにはアメリカの水は合はないらしく、霊妙さが感じられない。(2016.2.12)

ブラームス:ヴァイオリンとチェロの為の二重協奏曲、ヴァイオリン協奏曲/パウル・クレツキ(cond.)/ハンス・ミュンヒ(cond.)/ヘルマン・ブッシュ(vc)/アドルフ・ブッシュ(vn)、他 [Guild Historical GHCD 2418]
二重協奏曲が1949年6月21日、ヴァイオリン協奏曲が1951年12月18日のライヴ録音で、どちらも米Music&Artsから商品化されてゐた。ブッシュ兄弟共演による二重協奏曲は間合ひが少なく気持ちの余裕の感じられない演奏だ。弟ヘルマンのチェロは健闘してゐる。アドルフの技巧が落ち目であるが、時折往時を彷彿とさせる崇高なカンティレーナが聴かれるのが救ひだ。クレツキ指揮フランス国立放送管弦楽団の伴奏は雑で良くない。ヴァイオリン協奏曲の伴奏はシャルル・ミュンシュの従兄弟であるミュンヒ指揮バーゼル音楽協会管弦楽団だ。恐らくブッシュ最後の演奏記録で半年後に他界して仕舞ふのだが、気力の衰へはなく思ひの丈を出し切つた気魄には圧倒される。とは云へ音色に艶はなく、1943年のスタインバーグ共演盤の方を推奨したい。(2015.4.4)

シベリウス:ヴァイオリン協奏曲、パガニーニ:ヴァイオリン協奏曲第1番より第1楽章、サラサーテ、ファリャ、スーク、メンデルスゾーン、ショパン、ドヴォジャーク/グィラ・ブスターボ(vn)、他 [A Classical Record ACR 371/2]
天才美少女ヴァイオリニストとして第2次世界大戦前に爆発的な人気を誇つたブスターボの主要な録音を集成した稀少盤。1935年から1941年までのコロムビア全録音が復刻されてをり、2枚組の1枚目はツァウン指揮のベルリン州立管弦楽団とのシベリウスとパガニーニの協奏曲と小品7曲が収録されてゐる。シベリウスが凄まじい。濃密なボウイングとヴィブラートを用ゐ、燃え尽きて仕舞ひさうなエスプレッシーヴォで一気呵成に弾き切る。激しいアタック、自在なリズム、妖艶な音色は神童メニューインと好一対を成す。シベリウスの抒情とは無縁だが、魔術的なヌヴー盤と並ぶ不世出の名演だ。パガニーニはウィルヘルミ編曲版による演奏で感興が落ちる。ブスターボも冴えない。小品は全て感情が閃光のやうに煌めく情熱的な演奏ばかりだ。スークではヌヴー盤を凌ぐ強烈な乱舞を聴かせて呉れる。サラサーテにおける曲藝の面白みやメンデルスゾーンやドヴォジャークで聴かせるむず痒い官能の疼きは、悉くヴァイオリンの悪魔的な魅力を引き出してゐる。迷ひがなく自信に充ちた演奏からは妖気が漂ひ、聴く者をセイレーンの如く幻惑する。(2008.5.3)

ヴォルフ=フェラーリ:ヴァイオリン協奏曲、ヌッシオ:ヴァイオリン協奏曲、ルビンシテイン、ドビュッシー、クライスラー、ノヴァーチェク、パガニーニ/グィラ・ブスターボ(vn)、他 [A Classical Record ACR 371/2]
再びブスターボを聴く。2枚組の2枚目。ブスターボのSP録音全復刻とライヴ録音による協奏曲2曲を収録した当盤は、1200枚の限定生産でそれぞれにスタンパーが押してある稀少品だ。戦前のブスターボが放つ魅力は汲めども尽きない。濃密なルビンシテイン、蠱惑的なクライスラー、燃え尽きて仕舞ひさうなノヴァーチェク、情熱的な焔を燃やし、挑発的な媚態を振り撒く演奏には魂を抜かれさうになる。ブスターボに献呈、初演されたヴォルフ=フェラーリの協奏曲は名刺代はりと云へる十八番で決定的な名演である。抒情的な第1楽章と第2楽章で聴かせる身を焦すやうなエスプレッシーヴォ、渾身の舞踏を聴かせる第3楽章の生命力と閃き、ブスターボの録音があれば他は一切不要だ。楽曲が宝石のやうに輝いて聴こえるのだから。名匠ケンペの指揮も万全だ。作曲者の指揮によるヌッシオの協奏曲はプロコフィエフを想起させる手堅い曲だ。これも激しい集中力で聴く者を圧倒する名演だ。(2008.6.6)

ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲、ドヴォジャーク:ヴァイオリン協奏曲/ヴィレム・メンゲルベルク(cond.)/ハンス・シュミット=イッセルシュテット(cond.)/グィラ・ブスターボ(vn)、他 [Tahra TAH 640]
天才美少女ヴァイオリニストとして一世を風靡したブスターボは親ナチスの咎で戦後の活動枠を台無しにして仕舞ひ、演奏家として最も重要な時期を謳歌出来なかつた人だ。メンゲルベルクの伴奏によるベートーヴェンは1943年の記録。メンゲルベルクとは他にもブルッフの第1協奏曲の録音があつた。戦前にブスターボが録音した小品やシベリウスの協奏曲は聴く者を妖しくも虜にする魔性の名演であつたが、このベートーヴェンは表情過多で品位がなく、作品との相性を考へさせられる。これほど感情移入の強いベートーヴェンは珍しいが、成功してゐない。寧ろ堂々たるメンゲルベルクの指揮に興味が傾く。戦後のブスターボの消息は殆ど伝はらないから、1955年のドヴォジャークは恐ろしく貴重だ。ひとつひとつの音に全身全霊を込めるブスターボにとつてドヴォジャークとの相性は良い。心労や衰へなどもなく情熱的な演奏だ。シュミット=イッセルシュテットの伴奏も素晴らしい。だが、プシホダを筆頭にこの曲には思ひの他名演が多く、当盤に特別な価値を見出すことは出来ない。余白には最晩年のインタビューが収録されてゐる。(2011.8.16)

バッハ:ヴァイオリン・ソナタ第4番、同第5番、同第6番、同第2番よりアンダンテ、他/マルセル・マース(p)/アルフレッド・デュボワ(vn) [Biddulph BID 80171]
ベルギーの名手デュボワの隠れた名盤。第4番の第1楽章を聴くがよい。緩やかで幅の広いヴィブラートが紡ぎ出す滋味豊かで渋く慎み深い音に、祈りにも似た敬虔な心持ちを覚えるだらう。まことマタイ受難曲に思ひ入れのある方なら尚深い感銘を受けるはずだ。フランコ=ベルジュ派としてイザイほどの激情を持たず、グリュミョーほどの華美を具へてゐないが、常に内面への沈着を見せるデュボワにバッハほど相応しい作曲家はないだらう。殊に緩徐楽章が、節度、気品、情操において比類なき高みにあり、音自体に霊感が溢れてゐる。古楽器に依らないものとしてはメニューインやシェリングの録音と並ぶ最も素晴らしい演奏。余白に伴奏者マースによるトッカータBWV.911、フーガとトッカータBWV.914を併録。これも高貴な名演だ。(2005.7.2)

ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第7番、フランク:ヴァイオリン・ソナタ、ドビュッシー:ヴァイオリン・ソナタ、フォーグラー:アリア、シャッセとメヌエット/マルセル・マース(p)/アルフレッド・デュボワ(vn) [Biddulph BID 80172]
フランコ=ベルジュ派の名手デュボワの弾くフランクともなれば悪からう筈がない。情緒連綿たるヴィブラートで玄妙な音楽に没入してをり、ティボーとコルトーの名盤を忘れさせてくれる唯一の演奏だ。第3楽章の素晴らしさは如何ばかりだらう。とは云へ、表現の幅ではティボー盤には一歩及ばない。フランク以上にドビュッシーが素晴らしい。優しい語り口で高雅な雰囲気を醸し出してゐる。マースの神韻たるタッチも極上だ。意表外にもベートーヴェンが内面の劇的緊張を漲らせた熱演だ。音色こそ柔らかいものの、繊細なヴィブラートが情熱的に鼓動し音楽に隙がない。シゲティに次ぐ名演として推したい隠れた名演である。フォーグラーの典雅な曲は、バッハを得意としたデュボワの趣味の良さが出た感銘深い名演だ。(2005.11.4)

バッハ:無伴奏パルティータ第1番、シューマン:ヴァイオリン・ソナタ第2番、エネスク:ヴァイオリン・ソナタ第2番/セリニー・シャイエ=リシェ(p)/ジョルジェ・エネスク(vn) [Delta CLASSICS DCCA-0045]
エネスクの晩年のヴァイオリン演奏を記録した録音は何れも希少価値があるが、レミントン・レーベルへの録音は幻のと云つても過言ではない。原盤は既に失はれてゐるからだ。当盤はレミントン録音を状態の良い初期盤から復刻し集成した待望の1枚で、愛好家は絶対に所持しておきたい。しかも、3枚のLPのオリジナル・ジャケットが全て復刻されてをり、それらを代はる代はるケースに収めることが出来て楽しめる。画像はシューマンのジャケットである。蒐集家にとつては垂涎の1枚なのだ。尚、バッハのジャケットはオリジナルに誤記があり、ソナタ第2番と表記がある。この為、蒐集家に混乱を生じさせたが、実際はパルティータ第1番で、有名なコンチネンタル・レーベルの全集録音と同一である。レミントンがコンチネンタル録音をもとに商品化したといふ経緯による。シューマンが神品である。上手な演奏は幾らでもある。しかし、エネスク以上の詩的な詠嘆は聴いたことがない。忌憚なく云へば第3楽章には神が宿つてゐる。自作自演は素晴らしいが、約10年前の戦中にルーマニアでリパッティと録音したエレクトレコード盤の方が遥かに良い。(2011.6.21)

バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1番、同パルティータ第1番、ソナタ第2番/ドヴィ・エルリ(vn) [ACCORD 476 9685]
1969年にDisques Adèsといふレーベルに録音されたドヴィ・エルリのバッハの無伴奏ソナタとパルティータのLPは愛好家垂涎の名盤とされてゐた。廉価盤でひょっこりとCD化されたことは大いに歓迎したい。忌憚なく云へば、エルリ盤は無伴奏ソナタとパルティータを語る時に絶対に忘れてはいけない録音である。どの曲を聴いても生々しい息遣ひが聴こえてくる。当時主流であつたハイフェッツやミルシテインのやうな難曲を制覇し、ヴァイオリン1本による多声構造の試みを聴かせようとした演奏ではない。また、シゲティのやうに求道精神でバッハに迫つた演奏でもない。エネスクやメニューインの第1回目の録音のやうに感情面を肥大させた草書体の演奏なのだ。エルリの演奏は殆ど何も書かれてゐない楽譜から目の覚めるやうな生命の息吹を引き出してゐる。フレーズの起伏を果敢に描き、ソナタのフーガにおいても劇的で自在な感情表現を注入してゐることは驚愕に値する。パルティータが更に素晴らしい。曲想の描き分けが尋常ではなく、パガニーニの曲のやうな速弾きもあれば、大胆に崩した歌の浪漫もあり、単調さの微塵もない。天晴痛快な名盤。(2009.9.15)

バッハ:無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番、同ソナタ第3番、同パルティータ第3番/ドヴィ・エルリ(vn) [ACCORD 476 9686]
1969年にDisques Adèsといふレーベルに録音されたドヴィ・エルリのバッハの無伴奏ソナタとパルティータのLPは愛好家垂涎の名盤とされてゐた。廉価盤でひょっこりとCD化されたことは大いに歓迎したい。装丁は味も素つ気もないが、音質は優秀で愛好家なら是が非とも聴いてをきたい1枚だ。エルリが弾くバッハの特徴は人間の感情が生々しく溢れ出てゐることに尽きる。学究的で神妙なバッハは沢山あるが、エルリのやうな奔放さは滅多に聴けない。だから、形式が勝るソナタよりも舞踏するパルティータが良い。深淵であるシャコンヌが物足りないのは残念だが、致し方あるまい。しかし、それ以外は熱い血が通ふ飛び切りの名演ばかりだ。特にパルティータ第3番での表情が千変万化する様は絶品だ。(2009.11.11)

ロドリーゴ:夏の協奏曲、セメノフ:ピアノとヴァイオリンの為の二重協奏曲、エリサルデ:ヴァイオリン協奏曲/ジョルジェ・エネスク(cond.)/イヴァン・セメノフ(cond.)/クリスティアン・フェラス(vn)、他 [TESTAMENT SBT 1307]
当盤を入手した理由はエネスクの指揮した録音を蒐集する為であつたが、若き日のフェラスの藝術性に心打たれる名演揃ひであることを最初に述べてをきたい。後のカラヤンとの共演の印象が強いが、技巧と気品、そして知性と感情が溢れる名奏者であつた。ロドリーゴの協奏曲が極上だ。水際立つた技巧、情熱的な歌が聴く者を虜にする。エネスクの指揮が真に素晴らしい。第1楽章の異教めいた妖艶な情念の表出は胸に迫る。セメノフの秘曲は作曲者の指揮、ピエール・バルビゼのピアノとの共演で、単一楽章の土俗的な曲だ。音源として貴重であるが、感銘は薄い。フェデリコ・エリサルデの協奏曲は大戦中にヌヴーによつて初演された曲である。残念ながらヌヴーの録音は残らない。神秘的な情熱を秘めた楽想で、フェラスとの相性が良い。この録音はフェラスが14歳の時のもので、天才が光る名演だ。全てDECCAへの録音。(2010.1.17)

ジャンヌ・ゴーティエ(vn)/ラヴェル:ヴァイオリン・ソナタ、他/イヴォンヌ・ルフェビュール(p)他 [Green Door GDCS-0026]
フランスの女流奏者ゴーティエは復刻も殆どない玄人好みのヴァイオリニストだが、その魅力たるやティボーやクライスラーにも劣らないと断言したい。柔らかい含み声で語りかける繊細な音色と情熱的な深い歌ひ込みを特徴とし、楽曲に人肌の温もりを与へる名手である。オデオンやコロムビアへのSP録音の復刻20曲は全て琴線に触れる名演ばかりだ。特に作曲家自身の伴奏によるニン「スペイン民謡集」の4曲はスペイン情緒が溢れ出た絶品である。その他、マスネ「タイースの瞑想曲」、チャイコフスキー「無言歌」、フォーレ「子守歌」、F・シューベルト「蜜蜂」、クライスラー「前奏曲とアレグロ」、ドビュッシー「レントより遅く」、プーランク「常動曲」、ガーシュウィン「短い話」など、情操豊かにしてエスプリ芳しき名演には恍惚となる。そして、大物ルフェビュールと録音したラヴェルのソナタは決定盤として名高いが、加へて1票を投じよう。藝術の薫り漂ふ最高の1枚である。(2007.10.29)

バッハ:ブランデンブルク協奏曲第4番、ヘンデル:ヴァイオリン・ソナタ第4番、ハイドン:ヴァイオリン協奏曲第1番、ホフシュテッター:弦楽四重奏曲「セレナード」/シモン・ゴールトベルク(vn)、他 [Music&Arts CD-1225]
米Music&Artsによるゴールドベルク復刻第2巻。1932年から1951年にかけての商業録音を集成した8枚組。2枚目を聴く。随一の名盤は1947年のパーロフォンに録音されたハイドンの協奏曲だ。指揮はヴァルター・ススキンド、フィルハーモニア管弦楽団の伴奏でチェンバロの通奏低音を伴つてをり本格的だ。何よりも気品を備へたゴールドベルクの独奏が絶品だ。競合盤も少なく決定盤だ。次いでヘンデルのニ長調ソナタが良い。同じく1947年のパーロフォン録音で、ジェラルド・ムーアの伴奏である。高貴で古典的な佇まいが美しい。ホフシュテッターは1932年のBerlin Clangorといふレーベルへの録音で、ベルリン・フィル四重奏団といふ団体名での演奏だ。これは恐らくベルリン・フィルのコンツェルト・マイスターであつたゴールドベルクと首席奏者らによる弦楽四重奏であらう。高水準の演奏だが、録音の古さは否めない。ゴールドベルクの陰影を付けた表現が見事だ。バッハは1933年のポリドール録音。ベルリン・フィルを振るアロイス・メリヒャルの指揮が鈍重で時代がかつてをり、清廉なゴールドベルクの独奏も良い味が出せないままだ。(2017.1.25)

モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第3番、同第4番、同第5番/フィルハーモニア管弦楽団/ヴァルター・ススキンド(cond.)/シモン・ゴールトベルク(vn) [TESTAMENT SBT 1028]
カール・フレッシュの衣鉢を継ぐ知性派ヴァイオリニストとしてゴールトベルクは将来を嘱目されてゐたが、野心がなく華がなかつた為に、幾つかの優れた録音を残して表舞台から退いて仕舞つた。当盤はクラウスとのデュオ録音と共にゴールトベルクの代表的な録音とされるものだが、意外にも第5協奏曲はこのCDが初お目見えとなつた蔵出し録音。モーツァルトといふ作曲家が本当に理解されるやうになつたのは新古典主義による演奏が主流を占めてからだ。諄い感情表現を避けた気品ある音色による清廉なモーツァルト像の典型をゴールトベルクは創り上げてゐる。テンポ設定は速くないのだが、颯爽とした趣が心憎い。どの曲でも美しい瞬間を持つてゐるが、第3番が特に麗しき名演だ。(2005.7.13)

バッハ:ブランデンブルク協奏曲(全6曲)、ハイドン:ヴァイオリンとチェンバロの為の協奏曲、リッター:カンタータ"O amantissime sponse Jesu"/オランダ室内管弦楽団/シモン・ゴールドベルク(vn&cond.)、他 [Retrospective RET93407]
ゴールドベルクのフィリップス録音の殆どを集成した8枚組。2枚目と3枚目を聴く。1958年に録音されたブランデンブルク協奏曲集はステレオ録音初期を飾つた名盤である。ゴールドベルクは若い頃からバッハに真摯に取り組んでをり、この録音はその集大成とも云へる成果である。何と云つてもゴールドベルクのヴァイオリン独奏が素晴らしい。特に第1番や第2番での独奏は比類のない見事さだ。勿論、第4番や第5番も素晴らしいが、古の名手アドルフ・ブッシュなどと比べると無難な印象を受ける。第6番ではヴィオラを弾いてをり、一人だけ艶があるのが判る。合奏に関してはどの曲からも清廉な響きがし、非常に聡明な演奏である。確かに古楽器演奏ほどの徹底さはないし、モダン楽器での個性的な挑戦もなく、現代の耳からすると中途半端な嫌ひはある。だが、中庸で気品を重んじた演奏は古びることはなく、今日においても代表的名盤として推薦出来る。余白に収録されたハイドンが極上の名演だ。珍曲だが、ゴールドベルクの高貴なヴァイオリンに心洗はれる。決定的名演だ。大変珍しいリッターのカンタータはコントラルト独唱曲で詠嘆に彩られた美しい作品である。オルガンが効果的に使用されてをり荘厳だ。(2016.12.29)

ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲、ブラームス:ヴァイオリンとチェロの為の二重協奏曲/ディミトリ・ミトロプーロス(cond.)/ザラ・ネルソヴァ(vc)/シモン・ゴールトベルク(vn)、他 [Music&Arts CD-1223]
米Music&Artsによるゴールドベルク復刻第1巻。1950年から1970年にかけての非商業録音、ライヴ音源を集成した8枚組。3枚目を聴く。1950年にミトロプーロス指揮ニューヨーク・フィルの伴奏で演奏したベートーヴェンが非常に興味深い。不用意に第1楽章を聴くと腰を抜かすであらう。独奏の音形が至る箇所で一般的な演奏とは異なるからだ。何とこれはウィーン国立図書館所蔵の自筆草稿による演奏なのだ。この曲は1806年に初演されたが、直前迄完成せず、初演者クレメントは初見で弾いたといふ。1808年の出版に際してベートーヴェンは改訂を施す。それが通常聴かれる版だ。これは初演版楽譜による恐らく最初の録音だらう。主に経過句で音形が異なり、一例を挙げれば展開部末尾、再現部に入る直前の8小節間の3連符が全て16分音符になつてゐたりする。資料的に価値ある録音でもあるが、演奏が大変素晴らしい。ゴールドベルク絶頂期の演奏で、貴族的な白銀の音色が輝いてをり、寧ろ普通の版での演奏で聴きたかつたと思はせる名演だ。音質も極上。1967年、ネルソヴァとのブラームスの方が音質が劣る。演奏は独奏は見事だが、管弦楽が冴えない。特別語るべき録音ではない。(2017.2.10)

ディーリアス:ヴァイオリン協奏曲、ヴァイオリン・ソナタ第3番、バックス:ヴァイオリン・ソナタ第3番、モーラン:ヴァイオリン・ソナタ、他/メイ・ハリソン(vn)、他 [SYMPOSIUM 1075]
アウアーに師事したこともある英國の女傑ハリソンの録音を集成した1枚。ハリソン姉妹は英國楽壇に大いなる貢献をしてをり、メイはヴァイオリニスト、妹ベアトリスはチェリスト、末の妹マーガレットも優れた音楽家として知られた。ディーリアスの協奏曲はアセテート盤による記録なので、度々録音が途切れて仕舞ひ、音の状態も悪い。演奏は極めて濃厚である。ディーリアスのソナタの伴奏者は作曲家バックスであるとも伝へられる貴重な録音。演奏には情念がこもつてゐる。だが、これらの曲には高貴なサモンズの録音が残つてをり、音の状態の悪いハリソン盤の価値は劣る。従つてバックスとモーランのソナタが重要だ。しかし、バックスの方は遺憾ながら録音に欠落がある。モーランが気魄漲る名演だ。ハリソンの代表的な録音だらう。ウォーロックの2つの歌に伴奏を付けてゐる録音も貴重だ。余白にハリソンが作曲した歌曲「5月の歌」が収録されてゐる。当盤は特別な愛好家の為のもので、一般にはお薦め出来ない。(2011.1.7)

モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第4番、バッハ:無伴奏パルティータ第2番、ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第6番より第2楽章/ブルーノ・ヴァルター(cond.)/ブロニスラフ・フーベルマン(vn)他 [OPUS蔵 OPK 7019]
ベートーヴェンの第6ソナタの第2楽章は拙サイトのフーベルマン・ディスコグラフィーでも紹介してきたが、フーベルマン蒐集家Patrick Harris氏が入手された未発表の音源である。これまでもHarris氏のサイトHuberman.infoでDownLoadして聴くことが出来たが、斯うして市販されたことを喜びたい。Harris氏は頻りにOPUS蔵のことを評価してゐたので、この度のCD化における経緯も自然なことに思へる。演奏は音色と休止の取り方が正真正銘フーベルマンのもので、楽曲から深刻な表情を抉り出した稀代の名演である。復刻も生々しく愛好家は是非揃へておくべきだ。モーツァルトは米Music&Arts、バッハは米Arbiterから既出のCDの方が生気に溢れ音が前に出てくる。OPUS蔵盤はレンジの狭い引き隠つた音質で、かてて加へてノイズが多い。(2006.4.9)

シベリウス:ヴァイオリン協奏曲、ニールセン:ヴァイオリン協奏曲/アルマス・イェルネフェルト(cond.)/アニヤ・イグナティウス(vn)/エミール・テルマニー(vn)他 [SYMPOSIUM 1310]
不思議な符合だがシベリウスの協奏曲は女流奏者に名演が多い。フィンランド生まれのイグナティウスによる名盤は血統からしても最上位を競ふ感動的な名演だ。ブリザードのやうなヌヴーの演奏と比べると、線の細い冷ややかな音色と繊細で高貴な音楽運びが北欧の抒情を醸し出してをり、作曲家の精神により近い演奏だ。イェルネフェルトの伴奏も巧くはないが、シベリウスへの敬愛が感じられ好感が持てる。圧倒的な説得力を持つ演奏ではないが、総じて作品との齟齬が少なく、代表的な名盤としてお薦めしたい。余り聴く機会のないニールセンの協奏曲だが、テルマニー以上の演奏を求めることは不可能だらう。ニールセンと昵懇の間柄で、作曲家の娘と結婚したテルマニーの演奏から溢れる愛情と自信は唯事ではない。曲は散漫な感じが否めないが、手練手管を尽くしたテルマニーの傾倒振りは見事だ。(2006.8.10)

パウル・コハニスキ(vn)/全録音集/アルトゥール・ルービンシュタイン(p)他 [OTAKEN RECORDS TK-5037]
ポーランドの名手コハニスキはフーベルマンに次ぐ大家として挙げられるべき人であるが、1934年、50歳を前に没して仕舞つた。録音は同郷の大物ルービンシュタインと組んだブラームスのヴァイオリン・ソナタ第3番と10曲の小品だけで半ば忘れられた存在だ。ソナタの復刻はBiddulphなどから出てゐたが、英ヴォカリオンへの録音を含めた全録音が揃つたことを歓迎したい。ソナタは今もつて最上位に置かれるべき名演で、第2楽章の濃密な告白や、第4楽章の熱情的な合奏は見事だ。小品も全て素晴らしく、ラフ「カヴァティーナ」、サラサーテ「マラゲーニャ」は特に凄い。安定した技巧と振幅の大きい感情表現がコハニスキの魅力で、深いヴィブラートによるエスプレッシーヴォで低めに音を変化し侘びた妙味を醸す手法は特筆したい。sul-Gでこれほど魔術的な音色を響かせた人はゐまい。録音データ等も記載がないCD-R盤であるが、ヴァイオリン愛好家なら是非とも入手すべきだらう。通信販売で入手可能だ。(2007.10.17)

チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲、ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲/ソヴィエト国立交響楽団/ヴァシリー・ネボルシン(cond.)/モスクワ・フィル/キリル・コンドラシン(cond.)/レオニード・コーガン(vn) [Venezia CDVE 00510]
コーガンのソヴィエト録音を編んだ16枚組。チャイコフスキーが驚異的な名演だ。コーガンにはEMIにシルヴェストリの伴奏で録音した名盤がある。独奏良し、管弦楽良し、録音良し、総合点では最高の演奏のひとつだ。だが、この1950年のソヴィエト録音―セッション録音である―は独奏に関して云へば、シルヴェストリ盤が吹き飛ぶほど異常な感銘を齎すとんでもない演奏なのだ。骨まで断つ切れ味、息苦しい音の連続、痛々しいまでの緊張感、難曲として有名な曲が完全に征服されてゐる。痛快を通り越して狂気すら感じて仕舞ふ。印象ではフーベルマン、プシホダの個性的名演と同格の突き抜けた存在だ。録音も優れてをり、ヴァイオリンは生々しく聴こえる。惜しむらくはネボルシンの伴奏がコーガンの次元に達してをらず、物足りないことだ。但し、格差があるだけで悪くはない。必聴の名演だ。コンドラシンとのベートーヴェンは1962年のライヴ録音。寧ろこちらの方が録音が冴えない。演奏は申し分のない立派な名演だ。しかし、シルヴェストリとのセッション録音が余りにも素晴らしいので、全ての点で当盤の価値は劣つて仕舞ふ。(2017.1.16)

ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲/パリ音楽院管弦楽団/アンドレ・ヴァンデルノート(cond.)/レオニード・コーガン(vn) [Warner Music Korea PWC15-D-0012]
コーガンのEMI録音を集成した15枚組。韓国製だが、オリジナル仕様に拘泥はつた極めて商品価値の高い箱物だ。コーガンの生前には発売されず、お蔵入りとなつた1957年のモノーラル録音である。理由は明白で、たつた2年の後、1959年にシルヴェストリの指揮、同じコンセールヴァトワールの伴奏でステレオ録音が行はれたからだ。この録音は英TESTAMENTが蔵出し復刻をして漸く日の目を見た。さて、演奏はと云ふとコーガンに関してはシルヴェストリ盤と同等、違ひを指摘するのが困難なくらゐだ。艶といふ点では寧ろヴァンデルノート盤に分がある。差が出るのは管弦楽伴奏か。シルヴェストリの伴奏が主張の強い、かつ余りにも立派な演奏だつたので、統率力で劣るヴァンデルノートは弱い。だが、これだけは云つてをきたいが、決して拙い演奏ではなく、シルヴェストリを聴かなければ申し分なく素晴らしい壮麗な演奏だ。眉睫とはこのことを云ふ。(2016.4.23)

ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲/パリ音楽院管弦楽団/コンスタンティン・シルヴェストリ(cond.)/レオニード・コーガン(vn) [Warner Music Korea PWC15-D-0012]
コーガンのEMI録音を集成した15枚組。韓国製だが、オリジナル仕様に拘泥はつた極めて商品価値の高い箱物だ。コーガンは1959年に相性の良いシルヴェストリと幾つか録音を残したが、全てが最良の記録となつた。このベートーヴェンは特級の名盤として万人に推奨したい。古典を弾くコーガンは密度の濃さはそのままであるが、細部を丁寧に演奏し品格を重要視する。音の仕舞ひ方には細心の注意が払はれてゐる。禁欲的な音色と溢れる情熱が交錯して多彩な表情を聴かせるのだ。オイストラフの後塵を拝すことの多かつたコーガンだが、ベートーヴェンでは数倍上手だ。シルヴェストリは仕掛人で、常に刺激材を提供する。推進力あるトゥッティでの燃焼は見事だ。コーガンとシルヴェストリ、奇才同士の共演は絶妙な丁々発止が相乗効果を生んでゐる。(2015.12.15)

シェーンベルク:ヴァイオリン協奏曲、バルトーク:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ/ルネ・レイボヴィッツ(cond.)/ルドルフ・コーリッシュ(vn) [Music&Arts CD-1056]
コーリッシュの独奏、レイボヴィッツの指揮でシェーンベルクを聴くとなれば俄然食指が動く。両者ともシェーンベルクとは昵懇の間柄であつたし、新ヴィーン楽派の伝道者として真打とも云へる存在だからだ。しかし、この演奏は大したことはない。管弦楽の技術が十分とは云へず、コーリッシュも歳をとり過ぎてゐる。音楽への没入は凄まじいが、仕上げが頼りない。バルトークは鋭い情念の爆発があり、前衛的な奏法を惜しみなく披露した激烈な演奏だ。しかし、線が細く、メニューインが弾いたやうな立派な音楽には聴こえない。(2004.9.1)

フリッツ・クライスラー(vn)名演集/ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲、ブラームス:ヴァイオリン協奏曲、他 [Biddulph LAB 001-003]
弦奏者の歴史的録音を愛好する者にとつて英Biddulphは最も重要なレーベルである。そのBiddulphが最初のCDとして1988年に発売したのが、このクライスラーの名演集3枚組である。その後、形を変へて分売されてきたし、現在はNaxos Historicalからも同じ音源で発売されてゐるので、当盤でなくても良い訳で、一寸した蒐集の拘泥りだと思つて頂きたい。収録曲はラフマニノフとの3曲のソナタ録音―ラフマニノフの要望で録り直しされたベートーヴェンのソナタの未発表別テイクが収められてゐるのが貴重、ラウハイゼンのピアノ伴奏による1930年の小品集、クライスラー弦楽四重奏団による録音、バルビローリの指揮で録音されたベートーヴェンとブラームスの協奏曲。協奏曲は矢張り約10年前に録音したブレッヒとの旧盤の方が良い。滴るやうな甘い音が減退してゐるし、音量が落ちてきてゐるのがわかる。それ以上に感じるのが、管弦楽伴奏の質で、ブレッヒの創造的で刺激的な指揮と比べて仕舞ふと、バルビローリの棒は常套で面白くはない。(2010.1.6)

フリッツ・クライスラー(vn)/ヴィクター録音集(1921〜25年)/1924年HMV録音/ジョン・マッコーマック(T)/カール・ラムソン(p)他 [Biddulph LAB 068-069]
BMGから出てゐた11枚組のクライスラーのヴィクター全録音集は所持してゐるのだが、それでも当盤を蒐集した理由は、マッコーマックの甘い歌声に助奏をした僅か5曲の1924年HMV録音の為である。1910年代にクライスラーとマッコーマックはヴィクターへ沢山の名盤を残したが、HMVへの録音は看過され勝ちだ。マーストンの素晴らしい復刻で、懐かしき美声が蘇る。ラフマニノフは特に感動的な名唱だ。ヴィクターへの録音は42曲が収録されてゐるが、自作自演は勿論として、ヘンデル、バッハ、ハイドン、ドルドラ、リムスキー=コルサコフ、ドヴォジャーク、フリードベルク、グレインジャー、ザイツと名演が揃つてゐる。この時期クライスラーに比肩する奏者は一寸見当たらない。(2007.2.13)

ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第1番、同第2番、同第3番、同第10番/フランツ・ルップ(p)/フリッツ・クライスラー(vn) [Biddulph BID 80200]
このソナタ全集録音がクライスラーの真価を伝へてゐないことは正直に述べてをきたい。1930年代になりクライスラーは急速に衰へた。気高く張つたテヌートを支えるボウイングに震へが見られ、秘伝のヴィブラートでは覆ひ隠せないほど音程の甘さが見られる。とは云へ、ベートーヴェンの最初期のソナタ群における爽やかな旋律にクライスラーほど適性を示した奏者がゐないのも確かである。第1番の第2楽章における変奏曲主題の歌い口などは、クライスラーでしか出せない温かな情味がある。第2番では第2楽章の若々しく美しいフレージングが印象に残る。しかし、第3番の演奏はシゲティと比較すると、展開部やコーダなどで闘争心と野性味が足りず低調だ。滋味豊かな第10番などクライスラーに打つて付けかと思ふのだが、甘く上品なだけで大したことはない。(2005.4.22)

ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第4番、同第6番、同第7番、同第8番/フランツ・ルップ(p)/フリッツ・クライスラー(vn) [Biddulph BID 80200]
クライスラーの美質は快活なアーティキュレーションにこそある。ボウイングは強く張つてゐながら、発音の角を丸くしてゐるので、気高い中に暖かみが感じられるのだ。上品で趣味がよいクライスラーのヴァイオリンは、反面、深刻さや反骨を突き詰めようとはしない。だから第7番のやうな劇的な曲だと、穏健過ぎて物足らない。ルップの腑抜けたピアノが不味さを増長する。第8番はラフマニノフとの旧盤の方が断然よい。名演は第4番と第6番であるが、感傷的な第4番の絶妙な陰影が心憎い。クライスラーのソナタ全集では第5番、第4番、第2番の順で良さを覚える。(2005.5.17)

ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第5番「春」、同第9番「クロイツェル」/フランツ・ルップ(p)/フリッツ・クライスラー(vn) [Biddulph BID 80200]
余りにも有名なクライスラーによるベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ全集録音には既に数種の復刻があるが、このBiddulph盤に拘泥する理由は、当盤の余白にクライスラーの75歳誕生祝賀会におけるスピーチが収められてゐるからである。音楽とは関係のないことだが、クライスラー藝術を愛する者としては是非とも蒐集しておきたいものなのだ。まずブルーノ・ヴァルターが祝辞を述べ、次いでクライスラーが語り始めるのだが、会場来賓を大爆笑に誘ふユーモアの連続で、クライスラーの人柄が窺はれて興味が尽きない。スプリング・ソナタは音程の甘い部分があるが、何よりも瑞々しい音に惹かれる。一種独特なアーティキュレーションには気品が漂ひ、若やいだ音楽が流れ出す名演だ。クロイツェル・ソナタは流石に穏健過ぎ、クライスラー独自の世界を味はふ類ひのもの。ルップのピアノは平凡極まりない。(2005.3.30)

エドゥアルド・トルドラ(vn)/ホアン・マッシア(vn)/ホアン・マネン(vn)/ブランシュ・セルヴァ(p)、他 [la mà de guido HISTORICAL LMG 3061]
当盤はスペインのレーベルによるスペインのヴァイオリニストの歴史的録音を復刻した稀少なる1枚である。トルドラは自作自演4曲と長大なヴァイオリン・ソロがある為だらうベートーヴェン「ミサ・ソレムニス」のベネディクトゥス―これのみライヴ録音で著しく録音状態が悪い、マッシアはベートーヴェン「スプリング・ソナタ」とバッハのアダージョ、マネンは自作の「歌」、サラサーテ「ホタ・アラゴネーサ」「アンダルシアのセレナーデ」、シューベルト「蜜蜂」が収録されてゐる。マッシアの復刻は仏Malibranから出てゐたので割愛する―復刻の無いフランクのソナタであれば価値があつた。トルドラの自作は郷愁漂ふ名作ばかりで、侘びた音色が曲想に彩りを添へる。当盤の目玉はマネンの1954年の録音で、最晩年の記録ながら大技巧家の昔取つた杵柄を見事に聴かせる。端正な技巧は全盛期と変はらず凄みを帯びてゐる。(2008.4.5)

ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲、モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ第40番/スイス・イタリア語放送管弦楽団/オトマール・ヌッシオ(cond.)/ジャン・アントニエッティ(p)/ヨハンナ・マルツィ(vn) [DOREMI DHR-7778]
名女流マルツィは録音数自体少ないが、ベートーヴェンの協奏曲はこの1954年のライヴ録音が唯一の音源であり、大変貴重な記録。演奏は異常とも云へる程、エスプレッシーヴォの極みだ。一音一音に扇情的なヴィブラートを掛けて、全ての音型に全霊を傾けた表情付けを行つてゐる。解釈はデ=ヴィートと通づるものがあるが、歌に溺れて凭れることはなく、颯爽として潔い演奏は数段上等である。この曲を語る時に逸してならない極上の名演なのだ。もう1点、特筆したいことがある。マルツィ自作と思はれるカデンツァが滅法素晴らしいのだ。交響的な拡がりを感じさせる名カデンツァであり、これを聴く意味でも価値ある1枚だ。オーケストラに面白みはないが、ヌッシオは見事に伴奏を付けてゐる。余白にはベルリンにおける1955年11月4日の放送用録音で、モーツァルトの変ロ長調ソナタが収録されてゐる。表情たつぷりなのに清楚な趣を失はない名演だ。(2016.11.22)

ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第9番「クロイツェル」、ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ第2番、同第3番/アルトゥール・デ=グリーフ(p)/ハロルド・サミュエル(p)/イゾルデ・メンゲス(vn) [Biddulph LAB 076]
20世紀初頭、男勝りの演奏で一世を風靡したメンゲスは名教師アウアーの下で研鑽を積んだことでも知られる。電気録音初期に吹き込まれた3曲のソナタはメンゲスの代表的な遺産である。クロイツェル・ソナタはリストの弟子として高名なデ=グリーフの伴奏である。夥しく録音がある名曲だけに古いメンゲス盤に殆ど価値はないが、激しい情熱を聴かせるデ=グリーフのピアノには捨て難い魅力がある。しくじりも散見されるが、気宇壮大で興が乗つてくると炎のやうな演奏をする。特に第3楽章は凄まじい。メンゲスはベートーヴェンよりもブラームスの方が相性が良い。濃厚な歌心と渋みのある音色は作曲家の懐に入り込んでゐる。ブッシュと比べても遜色のない名演で、ヴァイオリン愛好家なら聴いてをきたい1枚だ。(2009.1.27)

バッハ:ヴァイオリン協奏曲第1番、同第2番、2つのヴァイオリンの為の協奏曲、無伴奏パルティータ第2番よりシャコンヌ/ジョルジェ・エネスク(vn&cond.)/ピエール・モントゥー(cond.)/イェフディ・メニューイン(vn) [EMI CDH 7 610182 2]
メニューインはエネスクとブッシュといふ大家を師に持つ20世紀を代表するバッハ弾きである。様式からバッハを捉へるのではなく、感情の投影をバッハに見出し、音に精神を吹き込む。当盤はメニューイン神童時代の輝ける記録であり、ヴァイオリン協奏曲の第1番と第2番は師エネスクの指揮のもと、2つのヴァイオリンの為の協奏曲では、エネスクのヴァイオリンを交へての師弟共演となつてゐる。メニューインの特徴は強いアクセントと粘つた感情表現であり、熱のこもつたバッハ像を打ち立ててゐる。これに対し、渋く詫びた音楽を奏でるエネスクは老巧で、第2楽章の内面追求は流石である。(2005.8.16)

パガニーニ:ヴァイオリン協奏曲第1番、24のカプリースより6曲、他/ジョルジェ・エネスク(p)/ピエール・モントゥー(cond.)/イェフディ・メニューイン(vn)、他 [EMI CDH 7243 5 65959 2 7]
本家EMIによるメニューインのパガニーニ録音を集成した復刻盤だ。収録曲はモントゥー指揮でパリ交響楽団の伴奏による協奏曲第1番、「エジプトのモーセ」の主題による序奏と変奏、ラ・カンパネッラ、無窮動、24のカプリースより9番、23番、24番、クライスラー編曲で13番と20番、エネスク編曲でピアノ伴奏による6番だ。メニューインには申し訳ないが、このエネスクのピアノ伴奏を聴く為に購入した。師弟の貴重な共演だ。メニューインはパガニーニを積極的に演奏したが、濃厚な情念を詰め込んだメニューインの奏法は湿り気が過多で、明るく乾いたイタリアのカンタービレからは遠く、所詮畑違ひ、異色のパガニーニだ。また、技巧の切れが必ずしも冴えてゐるとは云へず、突き抜けた説得力もない。特に有名な協奏曲とカプリースはさうだ。「エジプトのモーセ」が感情が爆発してをり最も楽しめた。(2016.1.19)

フランク:ヴァイオリン・ソナタ、ルクー:ヴァイオリン・ソナタ、ショーソン:詩曲/パリ交響楽団/ジョルジェ・エネスク(cond.)/ヘプツィバー・メニューイン(p)/イェフディ・メニューイン(vn) [Biddulph LAB 058]
少年メニューインはエネスクを師と仰ぎ拝して教へを乞ふた。そして、ヴィブラートの奥義を譲り受けた。師が得意とした近代フランスの楽曲からは、時にエネスクかと錯覚するくらゐ似た音が聴こえてくる。特にショーソンは瓜二つである。だが、所詮は真似事で、楽器を超越したエネスクの侘び寂びを知つた感情表現を求めることは出来ない。エネスクの録音が残らないフランクとルクーは価値がある。しかし、フランクのソナタはティボーやデュボアらの御家藝と並べると音楽が脂ぎつてゐて困る。増してや、妹ヘプツィバーをコルトーやマースと比べるのは酷であらう。聴くべきは名曲ルクーのソナタだ。グリュミォーと並ぶ名盤として知られた録音で、情熱的なメニューインの直向きな演奏が犇と迫る。(2009.4.17)

シューベルト:華麗なるロンド、シューマン:ヴァイオリン・ソナタ第2番、ピツェッティ:ヴァイオリン・ソナタ/ヘプツィバー・メニューイン(p)/イェフディ・メニューイン(vn) [Biddulph LAB 067]
少年期のメニューインを代表する録音集で、最も輝かしい名演はシューベルトである。冒頭から感情が溢れんばかりに投入されてをり圧倒される。師エネスクと見紛ふばかりの振幅の大きいヴィブラートは偉大なエスプレッシーヴォの音楽を奏でる。主部に入つてからの熱気は尋常ではなく、強いアタックと躍動するリズムが終止途切れることなく炎上する様は鬼気迫る。この激情がシューベルトの音楽に相応しいかを云々することは最早下らぬことにすら思へる。シューマンも同様の名演だが、この曲には彼岸に到達したエネスクの神にも等しい名演がある為、比較すると力尽くの情熱で押し切つた青二才の演奏に聴こえて仕舞ふ。ピツェッティのソナタはエネスクの第2ソナタを想起させる玄妙で内省的な作品だ。妹ヘプツィバーの神秘的なピアノが魅力的で、異教的な官能美を振りまくヴァイオリン共々深い感銘を残す逸品だ。(2006.9.7)

メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲、シューマン:ヴァイオリン協奏曲/ランドン・ロナルド(cond.)/サー・ジョン・バルビローリ(cond.)/フリッツ・クライスラー(vn)/イェフディ・メニューイン(vn)、他 [Biddulph LAB 047]
どちらも大変有名な録音である。クライスラーによるメンデルスゾーンの協奏曲は再録音の方で、指揮はロナルドである。周知の通りクライスラーの代表的な録音はブレッヒとの三大協奏曲の録音で、約10年後の再録音は愛好家の間で熱心に優劣を論じられたが、盛期を過ぎてゐた新盤の評価は概ね低かつたやうだ。だが、メンデルスゾーンはベートーヴェンやブラームスの演奏ほど顕著に衰へを感じさせない。クライスラーだけの甘く懐かしい歌ひ回しに聴き惚れる。メニューインによるシューマンの協奏曲はクーレンカンプ及びナチス・ドイツと初演を廻つて大いに話題になつた。憧憬に彩られた青白い詩情で聴かせるオイゼビウスを重んじたクーレンカンプ盤と比較して、メニューイン盤はフロレスタンを重んじ、熱に浮かされたやうな情念で聴き手に迫る。クーレンカンプ盤と並ぶ名盤として推挙したい。(2009.6.5)

バルトーク:ヴァイオリン協奏曲、無伴奏ヴァイオリン・ソナタ/イェフディ・メニューイン(vn)/ヴィルヘルム・フルトヴェングラー(cond.) [EMI CDH 7 69804 2]
メニューイン壮年期の代表的な録音である。特に無伴奏ヴァイオリン・ソナタは、委嘱者にして初演者と云ふこともあり、堂に入つた名演である。熱のこもつた没入には聴いてゐて圧倒される。この曲は、バッハを想起させる求心的な曲想と、ロマ音楽の奔放な曲想が融合してをり、メニューインの持つ音楽性にうつてつけである。これは1947年の録音だが、未聴である1957年の再録音はこれを上回る演奏と云ふので、是非聴いてみたい。巨匠と共演した協奏曲は、多彩な表情が聴き取れるが、余り感銘を受けなかつた。(2004.7.15)

ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲、ロマンス第1番、同第2番/ルツェルン祝祭管弦楽団/ヴィルヘルム・フルトヴェングラー(cond.)/イェフディ・メニューイン(vn)他 [TESTAMENT SBT 1109]
戦犯疑惑で苦境に立たされた巨匠を擁護する為、身を挺して共演を申し出た高潔の士メニューインの感動的な記録のひとつだ。尤もメニューインとフルトヴェングラーによる録音は両者会心の出来とは云へず、寧ろ歯痒いものばかりなのだが、1947年に残された2種類のベートーヴェンの協奏曲―8月のセッション録音と9月のライヴ録音―には美しい瞬間が沢山ある。フルトヴェングラーの音楽性が際立つてをり、うち震へるやうな弦の囁きはドイツ・ロマンティシズムの奥義の一端だ。大河のうねりのやうな巨匠の棒にメニューインが真摯に構へ過ぎて個性を矯めたきらひがあり、広がりに欠けるのが残念だ。2つのロマンスはメニューイン特有の多血質な音楽運びが爽やかな楽曲とは相容れず食傷気味だ。(2006.2.20)

ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲、メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲/ヴィルヘルム・フルトヴェングラー(cond.)/イェフディ・メニューイン(vn) [EMI CDH 7 69799 2]
メニューインとフルトヴェングラーによる録音は悪くはないが、取り立てて良くもないといふのが巷間の評価だらう。同感である。これ迄その原因について取り沙汰されてきたが、単に両者の音楽に親近性がないといふことなのだと思ふ。高貴かつ荘重なフルトヴェングラーの伴奏が素晴らしいベートーヴェンは1953年の再録音の方で完成度は高いが、メニューインの独奏が脂粉が多過ぎて、瞑想し沈思するカンティレーナの安らぎがない。ドイツの王道とも云へる楽曲に生々しい感情表現を不断に聴かせるメニューインの藝風は窮屈さうだ。メンデルスゾーンは最も成功した録音だらう。熱い浪漫的な名演だ。もう少し憂ひがあれば更に美しかつたらう。(2009.10.23)

サン=サーンス:ヴァイオリン協奏曲第3番、死の舞踏、ラロ:スペイン交響曲、ロシア協奏曲より第3楽章/ピエロ・コッポラ(cond.)/アンリ・メルケル(vn)他 [Music&Arts CD-1178]
フランスのヴァイオリン奏者メルケルの代表的録音で、ラロのスペイン交響曲は間奏曲を含めた5楽章制での最初の録音であつた。メルケルは小刻みなヴィブラートを駆使し、ボウイングは堅実で浮ついた音を出さない。技巧にも切れ味があり、濃密な歌心が素晴らしい。しかし、ティボーのやうな詩情と幻想的な膨らみはなく、小さく纏まり過ぎた嫌ひがある。サン=サーンスの協奏曲は屈指の名演で当盤の白眉である。第3楽章の昂揚は殊の外見事だ。死の舞踏も独奏に焦点を当てた代表的な名演である。ラロのスペイン交響曲は競合盤が多いので物足りなく感じるが、秘曲と云へるロシア協奏曲の間奏曲は躍動感に充ちてをり聴き応へがある。(2007.8.8)

バッハ:無伴奏パルティータ第2番、ヴィターリ:シャコンヌ、タルティーニ:悪魔のトリル、他/レオポルト・ミットマン(p)/ナタン・ミルシテイン(vn) [Biddulph LAB 055]
1935年から1938年にかけて録音された最初期の録音集。バッハとラテンの古典作品を真摯な姿勢で弾いてをり、ミルシテインが生涯貫いた清廉さと高貴さを確認出来る。バッハでは無伴奏ソナタ第1番のアダージョとパルティータ第2番の全曲が聴けるが、後年の全集録音の方が断然良い。若き日のミルシテインは生硬だと叩かれたが、さうした面が出て仕舞つた。イタリアの古典作品が良い出来だ。ヴィターリとタルティーニの他に、ヴィヴァルディのソナタイ長調とニ長調、ペルゴレージのソナタ第12番ホ長調、ナルディーニのソナタニ長調よりラルゲットが収録されてゐる。ヴィターリ、タルティーニ、ヴィヴァルディのイ長調、ペルゴレージの4曲には再録音があるのだが、当盤の方が好ましい。再録音はより洗練され透明に磨き抜かれたが、古雅な趣が消し飛んで仕舞つた。ミルシテインらしさは新盤にあるのだが、往年の名手らの作法に則つた浪漫的な情味が残つてゐる当盤の方を採りたい。ヴィターリにはティボー、タルティーニにはメニューインの極め付きの名盤があるので遜色あるが、ヴィヴァルティ、ペルゴレージ、ナルディーニでの気品ある快活さは絶品だ。(2012.5.21)

チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲、モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタK.296、ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第8番、他/フレデリック・ストック(cond.)/アルトゥール・バルサム(p)/ナタン・ミルシテイン(vn)、他 [Biddulph LAB 063]
最初期の録音集。チャイコフスキーの協奏曲は大変聴き応へがある。何と密度の濃いヴァイオリンであらうか。息苦しい程、全ての音符に神経を尖らせてゐる。演奏の完璧さではハイフェッツをも凌駕してをり、第3楽章の切れ味は凄まじい。ストック指揮によるシカゴ交響楽団の伴奏も立派で、屈指の名盤と云ひたいが、SP録音の時間の都合であらう第3楽章の最後に強引なカットがあり、瑕のある録音となつて仕舞つた。あと1面増やすべきであつた。打つて変はつて古典を弾くミルシテインは軽いボウイングで気品ある演奏をする。だが、モーツァルトもベートーヴェンも何となく生硬で窮屈だ。巧いが些とも面白くない。この頃のミルシテインは余裕が感じられない。ピアノ伴奏で、しかも第2楽章と第3楽章のみの録音であるが、シュターミッツの変ロ長調協奏曲が素晴らしい。特にロンドの切れの良さは天晴だ。スークのブルレスカが凄まじい。圧倒的な速弾きと濃厚な歌ひ込みで聴かせる。(2011.1.27)

ブルッフ:ヴァイオリン協奏曲第1番、小品録音(1935年〜1938年コロムビア録音)/ニューヨーク・フィル/サー・ジョン・バルビローリ(cond.)/レオポルト・ミットマン(p)/ナタン・ミルシテイン(vn) [Biddulph LAB 096]
最初期の録音集。ブルッフの協奏曲はミルシテインにとつて何の造作もない曲で完璧な演奏と云へるが、聴き手を引き摺り回すやうな妖気はなく淡々とした演奏である。一方で、バルビローリ指揮のニューヨーク・フィルの伴奏が抜群に巧く、細部で魅せる粋なオブリガードの表情、情感豊かなトゥッティの響き、滅多に聴けない見事な演奏だ。1942年としては水準以上の録音と復刻技術により聴き応へがあり、総合的に大変充実した名盤のひとつである。余白は1935年から1938年にかけて録音された小品集だ。ヴェニャフスキの作品は先輩ハイフェッツの疾風のやうな演奏と比べると些とも面白くないし、スメタナやブロッホの作品などにも良さを感じないが、それ以外は品格あるミルシテインの良さが出てゐる。リスト「コンソレーション第3番」、チャイコフスキー「スケルツォ」は極上の名演である。ショパン「ノクターン嬰ハ短調」、シマノフスキ「タランテラ」、ファリャ「アストゥリアーナ」、ピツェッティ「アフェトゥオーソ」、パガニーニ「ラ・カンパネッラ」も好調だ。(2013.5.8)

バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータ(全6曲)/ナタン・ミルシテイン(vn) [DG 457 701-2]
ミルシテインによる第2回目の全曲録音。これはあらゆる録音に冠絶する最高の全集である。気品あるソノリティが高次元で保持されてをり、覇気が漲りながら享楽的な楽器演奏に陥らない凛とした姿勢が素晴らしい。部分的にはエネスク、メニューイン、シゲティらの人間臭ひ演奏にも惹かれるが、透徹した技巧の凄みと端正で格調高い様式美は抗し難い魅力に充ちてをり、真摯にバッハの音楽に迫つた演奏には額突きたくなる。2枚組の1枚目はソナタ第1番、パルティータ第1番、ソナタ第2番で、この中ではソナタ第1番に取り分け良さを感じる。(2007.11.29)

バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータ(全6曲)/ナタン・ミルシテイン(vn) [DG 457 701-2]
ミルシテインによる第2回目の全曲録音。2枚組の2枚目はパルティータ第2番、ソナタ第3番、パルティータ第3番で、充実したシャコンヌやフーガを筆頭に、非の打ち所のない完成度で聴く者に迫る名盤中の名盤だ。卓越した技巧と格調高い音楽性が融合した演奏は驚嘆すべき境地にあり、特に安定したボウイングは単に楽器から発せられる音色の純度を均質にしてゐるだけでなく、禁欲的かつ貴族的な品格を獲得してをり、この全集の価値を一際高くしてゐる。パルティータ第2番就中シャコンヌは無論素晴らしい名演だが、他にも求心力の強い録音が沢山あるので、取り立ててミルシテインを特別視しないが、散漫な印象が勝り名演の少ないパルティータ第3番での精緻な隙のなさは特筆してをきたい。(2008.1.20)

ナタン・ミルシテイン(vn)/1986年最後のリサイタル/ジョルジュ・プルデルマシュール(p) [TELDEC 4509-95998-2]
晩年、絶大な名声に包まれてゐたミルシテインにとつて最後となつたリサイタルの記録である。1986年6月16日と17日にストックホルムで行はれたリサイタル初日の朝、ミルシテインは左手人差し指の異変を感じたといふ。2日目のリサイタルではフィンガリングを急遽変更して演奏に臨んだといふ。82歳といふ高齢であることも驚異だが、指の故障を抱へての演奏とは思へない超人的な名演の連続である。元よりミルシテインは全く衰へを感じさせない奏者であり、晩年増々威光に充ちてゐたが、この日の演奏は一寸様子が違ふ。ミルシテインは完璧主義者である反面、冷めた演奏をすることがある。だが、この日は故障を気魄で補ふ如く音楽が熱い。実際、ミルシテインにしては技巧的な乱れが散見されるのだが、熱情的な演奏の為に気にならなくなつて仕舞ふ。冒頭のベートーヴェン「クロイツェル・ソナタ」から凄まじい闘争心が溢れてゐる。研ぎ澄まされた音で唯事ではない緊張感が漲る。プルデルマシュールのピアノも応へてをり、第1楽章は特に素晴らしい。これは屈指の名演だ。バッハの2曲の無伴奏曲も高次元の名演である。取り分けシャコンヌには頭が下がる。ヘンデルのヴァイオリン・ソナタ第3番の気品ある仕上がりは絶品だ。小品も全て最高だ。サラサーテ「助奏とタランテラ」、プロコフィエフ「年老いた祖母の物語」、チャイコフスキー「マゼッパ」、パガニーニのカプリース第13番、リストのコンソレーション第3番、どれも極上である。珍しく能弁なサラサーテが印象深い。(2011.10.8)

ヨーゼフ・ハシッド(vn)/全録音(9曲)/フィリップ・ニューマン(vn)/全録音(6曲) [SYMPOSIUM 1327]
英SYMPOSIUMレーベルのヴァイオリニスト復刻20巻目。夭逝の天才少年ハシッドの復刻は英Pearlや英TESTAMENTからもあつたので、ここでは割愛するが、改めて素晴らしき才能に感銘を受けた。さて、当盤を入手した理由は幻の中の幻と云つてよいニューマンの録音だ。英国出身のニューマンはイザイに私淑し、病床の巨匠に演奏を聴かせたといふ逸話が残る。その後、ベルギー女王エリーザベトの寵愛を受け、イザイ国際コンクール―後のエリーザベト王妃国際音楽コンクールの創設に尽力があつた人物だ。同業者からも尊敬を集めるほど実力のあつたニューマンだが、信念に基づき録音を一切拒絶した。この6曲の録音は死の前年1965年3月に行はれた弟子の為の演奏会での恐らく隠し撮りである。曲はクライスラー「レチタティーヴォとスケルツォ・カプリース」、イザイの無伴奏ソナタ第4番の第1楽章、ロカテッリの大カプリース、タレガ「トレモロ」、カタロニア民謡「鳥の歌」、自作「スペインの印象」だ。イザイに聴かせたとされる第4番が聴けるのは値千金だ。演奏は恐ろしいほどの緊張感が漲つてをり、楽器の鳴りが尋常ではない。かくも憑依的なヴァイオリンは聴いたことがなく、威容に圧倒されるだらう。最晩年の演奏といふこともあり、ピッチに不安定な箇所が散見されるのが残念だが、楽器が軋むやうな情念が凄まじい。「鳥の歌」は楽器の音を超越した世界が拓けてくる。ヴァイオリン愛好家は是非とも聴いてをくべきだ。余白にインタビュー3種が収録されてゐる。(2015.11.29)

ブラームス:ヴァイオリン協奏曲、ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲/フランス国立放送管弦楽団/ロジェ・デゾルミエール(cond.)/南西ドイツ放送交響楽団/ハンス・ロスバウト(cond.)/ジネット・ヌヴー(vn) [SWR music SWR19018CD]
ドイツ放送局SWRに保管されてゐた原テープからのCD化で、音質改善が期待される2枚組。また、初めてお目にかかるジャケット写真に惹かれて入手をした次第だ。どちらも既出盤では仏Tahra盤が最高の音質であつたので、比較をしてみたが大差なかつた。寧ろ人工的に広がりを付加したTahra盤の方が生き生きしてゐるかも知れぬ。当盤は素直な音なので好みが分かれるところだらう。演奏に関することはヌヴー・ディスコグラフィーをご覧いただきたい。ブラームスは構へ過ぎない演奏が成功してをり、イッセルシュテット共演盤と共に聴いてをきたい録音だ。ベートーヴェンはヌヴー以上にロスバウトの指揮が素晴らしい。(2016.12.28)

リカルド・オドノポゾフ(vn)、他/クライスラー、タルティーニ、パガニーニ、ガーシュウィン、他 [BAYER DACAPO BR 200 004]
オドノポゾフは南米ブエノスアイレス出のヴァイオリニストで、欧州で頭角を現し1930年代にはウィーン・フィルのコンツェルトマイスターを務めた。しかし、生粋のウィーン子シュナイダーハンに襲はれて、憤然とウィーンを去つた。その後は米国で名声を上げたが、一般的な認知度は低いだらう。だが、この1枚はオドノポゾフが往年の名手のひとりであり、魅惑的な奏者であることを伝へて呉れる。オドノポゾフの音色は色気があり、派手で華やかだ。技巧はハイフェッツ級で大胆な表情を好む。ウィーンで長く地位を楽しめなかつたのは取り澄ました上品さとは無縁だからだ。印象深いのはパガニーニの「ラ・カンパネッラ」で、挑戦的な超絶技巧の誇示は聴く者に衝撃を与へて呉れる。ハイフェッツ編曲のガーシュウィン「ポーギーとベス」が絶品だ。野卑な情感とスウィングはハイフェッツの録音を凌ぐほどだ。当盤はクライスラー作品が最も多く、クライスラーによる編曲を含めると13曲中10曲を占める。「前奏曲とアレグロ」「叙唱とスケルツォ・カプリース」「コレッリの主題による変奏曲」は最上級の名演。華美な「ウィーン奇想曲」も極上だ。ファリャ「スペイン舞曲」やアルベニス「セヴィーリャ」の情熱的な演奏も良い。一転、モーツァルト「ハフナー・ロンド」の水際立つた軽快さは驚異的だ。濃厚な耽美との対比が天晴で舌を巻く。タルティーニ「悪魔のトリル」はかのメニューイン盤に匹敵する集中力だ。全てが次元の高い名演であり、オドノポゾフの真価が聴ける1枚だ。(2012.9.30)

リカルド・オドノポゾフ(vn)、他/サラサーテ、ヴィラ=ロボス、イザイ、スメタナ、ショパン、モンポウ、ファリャ、他 [BAYER DACAPO BR 200 008]
再びオドノポゾフを聴く。小品集第2巻だ。オドノポゾフはあらゆる流派の奏法を貪欲に吸収した人で、それらが表現主義的な個性に統一されてをり、フーベルマンに比せられよう。レパートリーも幅広い。だが、これらが仇となり実力に見合ふ名声を得られなかつたのだらう。当盤にはスペイン系の楽曲が多く収録されてゐるが、アルゼンチン出身だけに血の通つた演奏である。サラサーテ「マラゲーニャ」「ハバネラ」やファリャ「ホタ」はアウアー派からは聴かれない思ひ切つた濃密な表情付けがある。傑作はヴィラ=ロボス「黒鳥の歌」だ。深々とした歌に魅了されるだらう。モンポウ「庭の乙女たち」の神秘的な表情も巧みだ。ノヴァーチェク「常動曲」やフランソワ・シューベルト「蜜蜂」の確かな技巧も見事だ。スメタナ「我が故郷より」全2曲の侘びた感傷も素晴らしい。共感に充ちてをり、この曲の代表盤に推したい。イザイ「子供の夢」「遠い過去」の繊細の表情も美しい。ショパンのワルツを編曲して弾くのはフーベルマン以来だらう。非常に野心的な演奏であり、原曲から離れた自由さを勝ち得てゐる。忘れ難いのがプロコフィエフ「ピーターと狼」の編曲で、大胆なグリッサンドの効果に中毒になりさうになる。フオン「アルヴァ」とネストロフ「夜想曲」は珍品だ。(2012.12.29)

モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第5番、ショスタコーヴィチ:ヴァイオリン協奏曲第1番/レニングラード・フィル/エフゲニー・ムラヴィンスキー(cond.)/ダヴィド・オイストラフ(vn) [Orfeo C 736 081 B]
オイストラフ全盛期の1956年6月、ウィーン芸術週間に登場した際のライヴ録音。オイストラフはモーツァルトの協奏曲を複数回録音してゐるが、ムラヴィンスキーにとつては唯一の録音だ。しかし、残念なことに演奏は些とも面白くない。オイストラフの独奏は安定した発音とフレージング、豊かな音量と音色で申し分ないのだが、表現が単調で予定調和そのもの、新鮮な喜びを与へて呉れない。何度聴いても印象に残らない。ムラヴィンスキーの伴奏も特徴が薄い。一方で当盤が初出となるショスタコーヴィチはこの二大巨匠が初演をした切り札とも云へる作品で、しかも初演から半年後の演奏記録なのだ。終楽章の昂揚は取り分け熱い。とは云へ、演奏の集中力ではミトロプーロスとのセッション録音を上位に置きたい。オルフェオのリマスタリングは常乍ら音像が遠く、折角の名演が伝はつて来ないもどかしさがある。(2015.5.27)

ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲、ロマンス第1番、同第2番/モスクワ放送交響楽団/モスクワ・フィル/ゲンナジー・ロジェストヴェンスキー(cond.)/ダヴィド・オイストラフ(vn) [Brilliant Classics BRL9056]
オイストラフ生誕100年を記念して協奏曲録音集10枚と室内楽録音集10枚を集成した20枚組。4枚目を聴く。協奏曲はオイストラフ全盛期の1962年の実況録音だ。ライヴとは思へない完璧な演奏で美しいプラチナ・トーンが堪能出来る。音量も盛大でヴァイオリン1本でモスクワ放送交響楽団と互角に競つてゐる。豊麗に広がる歌は流石だ。だが、オイストラフの演奏は健康的過ぎる。美しさを追求する余り危険を犯さない。予定調和の安定感しかない。音色や強弱の変化はあるが感情の変化を呼び覚ましはしない。第2楽章になると退屈してくる。第3楽章も相変わらずだ。カデンツァでも全ての音をソノーラスに鳴らす。詰まらない。1968年のライヴ録音であるロマンス2曲でも同じ傾向で、エロスや疼きのやうなものがない。かてて加へて技巧もやや衰へてきてをり良くない。(2015.9.20)

ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲、シベリウス:ヴァイオリン協奏曲/ストックホルム祝祭管弦楽団/シクステン・エールリンク(cond.)/ダヴィド・オイストラフ(vn) [EMI 50999 2 14712 2 3]
EMI録音全集17枚組。かつて英テスタメント・レーベルからも復刻されたことのある1954年のモノーラル録音である。ベートーヴェンはオイストラフに関して云へば、僅か4年後に作られた名盤とされるクリュイタンス盤よりも良い。クリュイタンス盤は安全運転で楽器を鳴らしただけで、当盤で聴かれる精気はない。だが、管弦楽はクリュイタンスの指揮が素晴らしかつた。エールリンクの指揮は雑然としてをり男性的な良さはあるが、もう少し繊細さがあると良かつた。一方、自家薬籠中としてゐたシベリウスの指揮振りは大層素晴らしい。雄渾で無造作な響きが楽想と一致してゐる。理想的な最上級の演奏だ。だが、オイストラフの独奏が脂身が多過ぎ、楽天的な明るい音色も曲想との齟齬を感じさせる。歌ひ回しも作曲家の理念からは遠い。あちらを立てればこちらが立たず。(2017.2.4)

ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲、ヴァイオリン・ソナタ第9番「クロイツェル」/フランス放送国立管弦楽団/アンドレ・クリュイタンス(cond.)/レフ・オボーリン(p)/ダヴィド・オイストラフ(vn) [EMI 50999 2 14712 2 3]
EMI録音全集17枚組。協奏曲は天下の名盤として第一位に挙げる方が多い有名な録音だ。最新のリマスタリングが施されてをり、1958年の録音とは思へない極上の音質で鑑賞出来る。何よりもクリュイタンスの伴奏が豊麗で力強い。堂々たる格式で管弦楽に関しては最上級だ。オイストラフのヴァイオリンは豊満で滑らか、実に美しい。音量も凄まじく管弦楽に一歩も譲らない。だが、単調なのだ。ソノリティを犠牲にしても訴へたい感情を聴き取ることは出来なかつた。当盤を絶讃する方には申し訳ないが、木を見て森を見ず、一音一音は美しいが、全体の音楽は停滞気味だ。だが、クリュイタンスの名伴奏もあつて、王者の風格を持つた名演であることに違ひはない。盟友オボーリンとのクロイツェル・ソナタは一層単調で、剥き出しの感情は聴かれない。心に残らない演奏だ。(2016.9.6)

モード・パウエル(vn)/全録音(1904〜17年)第2集/バッハ、シューベルト、ヴュータン、ヴェニャフスキ他 [Naxos Historical 8.110962]
電気録音が導入される以前の旧吹込み時代の録音は、19世紀の様式を色濃く伝へる大家―サラサーテやクーベリックなどの盛期を過ぎた老人の演奏が主で、イザイと雖もこの範疇に入る。瑞々しい感情を歌心に託したクライスラーやエルマンの若き日の録音を除けば、愛好家以外が旧吹込みの録音を漁ることは血迷ひ事に違ひない。そのやうな中でパウエルの録音が放つ光彩は女流と云ふことも相まり眩しい限りだ。奏法も音楽様式も19世紀の古いものでありながら、火山のやうな激情で噴き上がる生命力が強烈だ。ヴュータンのポロネーズにおける終盤での追ひ込みは尋常ではない。濃密な味はひのヴェニャフスキのロマンスもよい。邪道とは云へ、モーツァルトやボッケリーニの有名なメヌエットが大胆極まりないポルタメントやルバートで新たな生命を吹き込まれてゐるのは滅法愉快。バッハもアメリカ民謡もパウエルにとつては同じ音楽なのだ。 (2005.11.28)

モード・パウエル(vn)/全録音(1904〜17年)第3集/ルクレール、メンデルスゾーン、ドヴォジャーク、フバイ、シベリウス、プッチーニ他 [Naxos Historical 8.110963]
パウエルは初めて聴いた時からお気に入りの奏者である。何れはディスコグラフィーを創りたい。アメリカの女流で、伝統的な流派とは無縁ながら、1917年以前にこれほど大量の録音を残せたのだがら、実力は推して知るべし。演奏は兎に角威勢がよく、弓のアタックは大胆極まりない。低俗なのではなく、徹頭徹尾ヤンキー気質なのだ。古い奏法と表現だが、強い信念で弾かれてゐるので感銘を残す。メンデルスゾーンの協奏曲フィナーレは、イザイの録音こそ最高だと思つてゐたが、激情だけならパウエルの方が数段上だ。ルクレール「タンブーラン」やシベリウス「悲しきワルツ」での、崩したリズムが醸し出すスイング感が天晴痛快。(2004.12.10)

モード・パウエル(vn)/全録音(1904〜17年)第4集/ボロヴスキ、グルック、ヴェニャフスキ、ネルーダ、ドルドラ他 [Naxos Historical 8.110993]
贔屓にしてゐる個性的な女流奏者パウエルの全集録音最終巻が出た。これまでパウエルの纏まつた復刻はモード・パウエル財団が出した3枚のCDが最多であつたから、名復刻技術者マーストンによる決定版となつたこのNaxos Historical盤も3枚で完結かと思ひ込んでゐた。そこに4枚目の登場である。一見すると第1巻から第3巻までに含まれてゐた曲目ばかりなのだが、別テイクを網羅したといふ究極の拘泥り振りで蒐集家を感涙させる。カタログ番号は同じであるが、マトリクス番号と録音日時が違ひ、演奏も当然微妙に異なる。かうしたデータの完備もNaxos Historicalの素晴らしいところである。この第4巻だけに収録された曲目は、未発表でテストプレスしか残らない稀少盤のボロヴスキ「あこがれ」のみである。これはパウエルの全録音中でも特に感動的な昂揚に充たされた名演だ。(2006.5.1)

マヌエル・キロガ(vn)/1918年と1928〜29年の録音/キロガ、サラサーテ、クライスラー、バッツィーニ、タルティーニ他 [SYMPOSIUM 1131]
今日キロガの名を伝へるのはイザイより無伴奏ソナタ第6番を献呈された人物といふことくらいだらう。だが、流石はイザイである。シゲティ、ティボー、エネスク、クライスラーに伍するヴァイオリニストとしてのキロガを見出したのだから。スペイン出身でサラサーテの後を襲つたキロガだが、極度のあがり症で舞台では真価が伝はらず、また、全盛期に交通事故で引退を余儀なくされた。録音が少ないキロガにとつて当盤は実力を伝へる貴重な資料となる。あいや! タルティーニ「悪魔のトリル」のカデンツァを聴くがよい。驚くべき集中力と感情の漲りにたぢろがずにはゐられまい。キロガの演奏は何れも激情的であり、全ての音に綺麗事ではない感情の爆発が見られる。その為、音が揺れ弓が乱れ、アンサンブルも揃はないことが散見されるが、洗練された様式とは対極にある燃え滾るスペインの血が貴い演奏家である。「悪魔のトリル」の他には、サラサーテの諸作品とバッツィーニに凄みを感じる。崩れる限界迄熱情を湧かせた演奏はさうはあるまい。キロガは作曲家として作品を残してをり、キャムデンへ録音した自作自演4曲は貴重だ。濃厚な歌ひ回しに幻惑される。(2005.7.23)

パガニーニ:24のカプリース/ワルター・ロバート(p)/オッシ・レナルディ(vn) [Biddulph LAB 061-062]
事故死の為33歳で早世して仕舞つたレナルディの数少ない貴重な録音集。1940年にヴィクターに録音された24のカプリースはダーヴィット編曲のピアノ伴奏付き版での演奏であるが、その点を留保しても全曲の初録音といふ大きな価値がある。将来を嘱目された天才肌のレナルディが聴かせる水際立つた技巧の鮮やかさは、現在でも生彩を持つ。軽快な音楽はパガニーニの神髄に触れてをり、一方で憂ひを帯びた歌の哀愁も抜群だ。全24曲を颯爽と聴かせる手腕は唯事ではない。曲の性格を描き分け、単なる超絶技巧の羅列としない資質に瞠目したい。ピアノ伴奏は飽くまで補足であり、邪魔には感じない。寧ろ和音進行を呈示する役割を果たし、無伴奏では解りにくい音楽的な面を明らかにして呉れる。(2010.2.22)

オッシ・レナルディ(vn)/ヴィクター録音集/サン=サーンス:ヴァイオリン協奏曲第1番、パガニーニ、エルンスト、モーツァルト、ブラームス、ドヴォジャーク、ザジツキ/ワルター・ロバート(p) [Biddulph LAB 061-062]
再びレナルディを聴く。1940年と1941年のヴィクター録音を復刻した2枚組の2枚目。レナルディは夭折したが、将来を嘱目されてゐたその実力を知るのに格好の1枚である。往時の名手たちは小品で聴く者を唸らせた。パガニーニのイ長調ソナタ、エルンストのハンガリー風アリア、モーツァルトのアダージョ、ブラームスのスケルツォ、ドヴォジャークのバラード、ザジツキのマズルカ、これら6曲の小品から聴かれる澱みのない端正な技巧、繊細なヴィブラートによる表情的な音色、快活で豊麗な音楽には舌を巻く。特にパガニーニとエルンストが物凄い。これほどまでに超絶技巧を軽快かつ蠱惑的に弾いたのはプシホダくらゐである。一方で、モーツァルトやドヴォジャークに聴かれる哀感に充ちた歌心も欠けてゐない。情熱的なブラームスやザジツキも見事。ザジツキはフーベルマンの名演に次ぐ。大曲ではサン=サーンスの第1協奏曲がある。但しピアノ伴奏による演奏だ。この曲には官能的なティボーの演奏が忘れ難いが、端正で若々しいレナルディの演奏にも惹かれる。(2010.5.9)

アルノルト・ロゼー(vn&cond.)とロゼー弦楽四重奏団/ウィーン・フィル/サラサーテ、ナルディーニ、ショパン、ポッパー、エルンスト、バッハ、ベートーヴェン、ゴルトマルク、他 [ARBITER 148]
20世紀前半にウィーン・フィルのコンツェルトマイスターとしてウィーン楽壇を牛耳つたロゼーの独奏、四重奏、指揮が聴ける愛好家垂涎の1枚。多忙故、ソロイストとしての活動が制限されたことは、同業者からは救ひとされたほどだ。ノン・ヴィブラートを基調とし、等質で緊密なボウイングを特徴とする旧派の奏法では、疑ひなく頂点に立つ大物である。独奏が1909年と1910年の録音を中心に15曲も収録されてゐる。技巧の切れは凄みがあり、サラサーテのツィゴイネルワイゼンやスペイン舞曲、ゴルトマルクの協奏曲は圧巻だ。一方、懐の大きい気品あるフレージングもロゼーの美質で、ショパンのホ短調協奏曲、スヴェンセン「ロマンス」、バッハ「アダージョ」、ベートーヴェン「ロマンス」、シモネッティ「マドリガル」は桁違ひに素晴らしい。四重奏は楽章単位だが6曲収録されてをり、テヌートを多用した旧式の演奏だが、何れも傑出した出来だ。ボッケリーニ、モーツァルト、ベートーヴェンの第13番は当盤でしか聴けない。ウィーン・フィルを指揮した「アテネの廃墟」序曲はやや蛇足の感がある。(2008.8.4)

アルノルト・ロゼー(vn)/アルマ・ロゼー(vn)/サラサーテ、エルンスト、スヴェンセン、バッハ、ブラームス、ショパン、シモネッティ、ヴェニャフスキ、ポッパー、ゴルトマルク、メンデルスゾーン [SYMPOSIUM 1371]
英SYMPOSIUMのThe Great Violinistsシリーズの第24巻―CDで発売された最後の巻だ―は別格の大物ロゼーの独奏を編んだ極上の1枚だ。よく知られた電気録音の愛娘アルマとのバッハのニ短調協奏曲なども含まれるが、中心は1909年と1910年のアコースティック録音だ。当盤でしか聴けない音源は大変貴重な最初の録音と思しき1902年録音のサラサーテ「スペイン舞曲」とエルンスト「オテロ幻想曲」―両方とも録音技術の制約上短縮版での演奏だ―、1909年録音のバッハ「エア」、ブラームス「ハンガリー舞曲第5番」、ゴルトマルクの協奏曲の第2楽章だ。1902年録音の2曲は1909年にも再録音してゐるから十八番であつたのだらう。ブラームスの激しい情熱も理想的だ。ゴルトマルクは第1楽章の復刻は幾つかあつたが、第2楽章が揃つて復刻されたことを歓迎したい。ロゼーの演奏は辺りを払ふ唯我独尊の境地を感じさせる。(2014.5.20)

ディーリアス:ヴァイオリン・ソナタ第1番、同第2番、同第3番、ラッブラ:ヴァイオリン・ソナタ第2番/キャスリーン・ロング(p)/アルバート・サモンズ(vn)、他 [DUTTON LABORATORIES CDBP 9768]
ディーリアスのソナタは英國の名手サモンズの代表的な録音でありながら、楽曲の知名度が低い故に復刻は到底期待出来ないと諦めてゐたのだが、流石は英DUTTONで、自國の音楽を大事にする良い仕事をして呉れた。しかも、ディーリアスの第1番は如何なる理由か、お蔵入りになつて仕舞つた音源で、何と当盤で初出となり、サモンズによるソナタ全集が揃ふといふ快挙まで成し遂げてゐるのだ。第2番は1924年の旧吹き込みで音の貧しさから感銘が劣るのが残念だが、第1番は1929年の電気録音で、ディーリアスの淡い抒情美にどっぷりと浸かれる。伴奏のエヴリン・ハワード=ジョーンズも美しい詩情を添へる。第3番は晩年の録音でロングの伴奏である。楽曲も演奏も渋みを加へて、一種特別な境地に達してゐる。ラッブラのソナタは掴み所がないディーリアスの曲とは異なり、英國情緒溢れる旋律が印象的な名曲だ。特に終曲の野卑なリズムの饗宴は鮮烈だ。ジェラルド・ムーアの伴奏も生命力に溢れてをり、感銘の度合ひではラッブラの録音が最上だ。愛好家向けだが、郷愁豊かな音楽と高貴な浪漫を聴かせるヴァイオリンの音を約束して呉れる得難い1枚だ。(2008.9.19)

E.J.モーラン:ヴァイオリン協奏曲、幻想四重奏曲、セレナード/サー・エードリアン・ボールト(cond.)/レオン・グーセンス(ob)/アルバート・サモンズ(vn) [SYMPOSIUM 1201]
英國音楽愛好家には垂涎の1枚。E.J.モーランは知名度こそ低いが郷愁豊かな抒情美を聴かせる作品を残した。演奏は英國を代表する名手らによる名演揃ひだ。ディーリアスの作品を想起させるヴァイオリン協奏曲はサモンズとボールトによる演奏でこれ以上は望めまい。渋みのある実直な音色で語りかけるヴァイオリンが素晴らしい。オーボエと弦楽による幻想四重奏曲はバックスのオーボエ五重奏曲をも凌駕する単一楽章の名曲で、多彩な表情と響きを聴かせる。名手グーセンスによる温かみのある演奏が感動的だ。曲、演奏ともに当盤の白眉である。管弦楽の為のセレナードは英國情緒満載の8つの性格的な小曲より成る。エアとギャロップが印象的だ。(2007.4.20)

パブロ・デ・サラサーテ(vn)1904年G&T全録音(全9曲)/ホワン・マネン(vn)1915年パーロフォン録音(7曲)、1912年アンカー録音(2曲)/カウフマン(S) [SYMPOSIUM 1328]
現在では「ツィゴイネルワイゼン」などの作曲家として音楽史に名を連ねるサラサーテだが、パガニーニ以後最大のヴィルティオーゾ・ヴァイオリニストとしての伝説を看過してはならない。自作自演は老齢の為だらう、ハイフェッツ、エルマン、キロガらの感情を投影した演奏とは異なる醒めた表現であるが、「機械仕掛け」と諷された精緻な技巧と楽器の特性に飽くまで執着する様式美は時代の偉大な証言である。バッハの「前奏曲」が物凄い。2分40秒といふ猛烈なテンポで一気呵成に楽曲を征服した演奏は、移弦の練習曲に貶めることなく聴く者を圧倒する。当盤には同じスペインで活躍したマネンの貴重な復刻9曲が収録されてゐる。個性や情感に乏しい嫌ひがあり時代様式の範囲に止まつてゐるが、驚く程端正な技巧と磨き抜かれた美音を誇るヴィルティオーゾだ。パガニーニ、パラディス、サラサーテ、ヴィニャフスキ、ダカンなどの技巧曲の完成度には平伏する。(2006.8.22)

ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲、メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲/ヴィルヘルム・フルトヴェングラー(cond.)/フェレンツ・フリッチャイ(cond.)/ヴォルフガング・シュナイダーハン(vn)、他 [amadeo 431 345-2]
シュナイダーハンの多彩な活動記録を編んだ6枚組。2枚目は大指揮者との協奏曲録音で、稀少価値は最も少ない。大変有名なフルトヴェングラーとのベートーヴェンは様々なレーベルから発売されてゐる。演奏は総じて素晴らしくシュナイダーハンの安定感は抜群だ。高貴で美しい音色を持続してをり、巨匠の伴奏にも引けを取らない恰幅の良さだ。第1楽章カデンツァはじつくり弾き上げてをり高次元の出来栄えだ。とは云へ、個性的な味はひがある訳ではなく、上手いが特別な演奏ではない。矢張りフルトヴェングラーの指揮に耳が傾く。藝格の高さをまざまざと示す。絶妙な間合ひ、繊細な響き、減り張りの巧みさなど語り出すと尽きない。フリッチャイとのメンデルスゾーンはドイツ・グラモフォンヘの正規セッション録音である。極上の名盤で、流麗なシュナイダーハンの独奏と堅実なフリッチャイの伴奏が融合してゐる。浪漫的な歌が充溢した屈指の名演。感銘度は断然メンデルスゾーンの方が上だ。(2016.5.19)

ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ第1番、同第2番、グリーグ:ヴァイオリン・ソナタ第3番/アーサー・レッサー(p)/トーシャ・ザイデル(vn) [Biddulph LAB 013]
アウアー門下の逸材として一時はハイフェッツ最大の好敵手と目されたザイデルだが、現在では忘れられた感がある。理由が無い訳ではない。サイデルはエルマンやクライスラーやプシホダを凌ぐ美音を持ち主である。アルベジオでも重音でも豊麗なヴィブラートを間断なく掛ける奥義は唯事ではない。だが、ザイデルは音に溺れて仕舞つてゐる。音を聴かせて音楽を聴かせることを置き去りにしてゐる。淫靡な艶のあるブラームスは異端の面白みはあるが、陰影が乏しく単調だ。晦渋で内省的なブッシュ盤と比べて何といふ違ひだらう。グリーグが名演だ。この曲にはクライスラーとラフマニノフの有名な録音があるが、耽美的な情熱を滾らせたザイデル盤に軍配を上げたい。名手レッサーの伴奏が秀逸だ。(2007.2.24)

トーシャ・ザイデル(vn)/RCAヴィクター録音(1938年〜1941年)/フランク:ヴァイオリン・ソナタ/エーリヒ・コルンゴルト(p)/ミリツァ・コルユス(S)、他 [Biddulph LAB 138]
美音家ザイデルは大成しなかつた人だ。妖しくも美しいヴァイオリンの音色は古き良き時代を彩つたが、大曲で名を残すことが出来なかつた。1950年初頭にハリー・カウフマンの伴奏で録音されたフランクのソナタは美音に溺れるだけの享楽的な演奏で、良くも悪くもザイデルの特徴を表してゐる。フランクの崇高な瞑想は何処にもない。しかし、壮年期のザイデルが RCAヴィクターに時代遅れのやうに吹き込んだ小品の数々は捨て難い魅力を放つてゐる。バカレイニコフ「ブラームシアーナ」はハンガリー舞曲の接続曲であるが、濃厚なジプシー情緒によるこれ以上ない決まつた極上の名演である。モーツァルトのガヴォットやメヌエットにおける悦楽のやうな演奏も抗し難い。当盤の目玉は作曲家のピアノ伴奏によるコルンゴルト「空騒ぎ」組曲とハリウッドでも活躍した美形ソプラノであるコルユスの助奏をした録音だ。コルンゴルトの熟爛の音楽を作曲者のピアノで聴けるのだからそれだけでも価値のあることだが、ザイデルの妖艶なヴァイオリンが栄えてゐるのが良い。コルユスを主役に、シュトラウスのワルツをハリウッド映画風に編曲した3曲の録音は雰囲気満点だ。コルユスの華やかで輝かしいコロラチューラは狂乱の極みである。(2011.9.4)

アルバート・スポールディング(vn)/エディソン録音/ブランズヴィック録音/ブラームス、ドヴォジャーク、ショパン、ヴェニャフスキ、他/アンドレ・ブノワ(p) [mrf recording MRF-S-01]
米国の名手スポールディングは長い録音歴を誇るが、エディソンやブランズヴィックへの初期録音の復刻は殆どない。mrfといふレーベルが復刻した大変貴重な2枚のCDより1巻目を聴く。スポールディングは顫動するヴィブラートが特徴で、渋くくすんだ音色だが、表情的な音を出す。派手で享楽的な奏者とは距離を置く、玄人好みの名手である。メンデルスゾーン「歌の翼に」、ショパン「ノクターン第2番」、マスネ「タイースの瞑想曲」で聴かせる、甘さを抑へた燻し銀と形容したい内向的な歌に一種特別な良さがある。ヴィニャフスキが5曲と最も多いが、技巧を前面に出さず光沢を抑制した歌を聴かせる異色の演奏ばかりだ。次いで得意としたブラームスのハンガリー舞曲を1番、5番、6番、7番と4曲吹き込んでゐる。後年の再録音と印象は然程変はらない。技巧的な編曲を施した老巧な演奏だ。ドヴォジャークの「スラヴ舞曲第10番ホ短調」にも同じことが云へる。ゴダールの協奏曲第1番のカンツォネッタ、ケッテン「スペイン奇想曲」は大変珍しく重宝する。その他では十八番のシューベルト「聴け、聴け、ひばり」の洒脱さが印象深い。(2010.7.28)

アルバート・スポールディング(vn)/エディソン録音/ブランズヴィック録音/ヴィクター録音/サラサーテ、クライスラー、他/アンドレ・ブノワ(p) [mrf recording MRF-S-02]
米国の名手スポールディングは長い録音歴を誇るが、エディソンやブランズヴィックへの初期録音の復刻は殆どない。mrfといふレーベルが復刻した大変貴重な2枚のCDより2巻目を聴く。ヴィクター録音のタルティーニ「悪魔のトリル」とヘンデルのホ長調ソナタのことは別項に述べたので割愛する。また、同じくヴィクター録音の自作「とんぼ」とシューベルト「聴け、聴け、ひばり」は英Biddulphからも復刻があつたので割愛する。矢張り重要なのはエディソンとブランズヴィックへ録音したサラサーテとクライスラーだ。サラサーテでは「カルメン幻想曲」「ハバネラ」「アンダルシアのロマンス」「サパデアード」「スペイン舞曲」「序奏とタランテラ」「ツィゴイネルワイゼン」、クライスラーでは「ウィーン奇想曲」「愛の喜び」「愛の悲しみ」「美しきロスマリン」が録音されてゐる。細かいヴィブラートによるダブル・ストップ奏法に妙味があり、色気を抜いた細密画のやうな演奏には渋みがあり、華美を嫌ふ聴き手には重宝されよう。(2010.10.27)

ヘンデル:ヴァイオリン・ソナタ第6番、タルティーニ:悪魔のトリル、フランク:ヴァイオリン・ソナタ、ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ第2番、他/アンドレ・ブノワ(p)/アルバート・スポールディング(vn) [A Classical Record ACR 42]
アメリカの名奏者スポールディングによる1934年と1935年のヴィクター録音で全盛期の記録だ。スポールディングの特徴は間断なく掛けられる細かいヴィブラートで、幅が狭く速めである。その為、音色の変化が乏しいが、外連がなく実直な印象を与へる。一方、ボウイングは訥々としてをり、ハイフェッツやカウフマンのやうな華麗で妖艶な演奏とは対照的に渋く内省的なのだ。ソナタの名曲で聴かせる晦渋は実に老巧だ。最も素晴らしいのはヘンデルとブラームスのソナタだ。録音の少ないヘンデルのホ長調ソナタで聴かせる滋味豊かにして品格のある佇まいは極上で、この曲の決定的名盤であらう。得意としたブラームスは奥底から滲む浪漫が見事だ。フランクはブラームス風の解釈で幻想的、タルティーニも高雅な演奏で心惹かれるが、幾分特色が薄い。(2008.8.26)

ブラームス:ヴァイオリン協奏曲、ハンガリー舞曲集(15曲)/ウィリアム・ロイブナー(cond.)/アルバート・スポールディング(vn)他 [Pearl GEMM 0224]
スポールディングはクライスラーやハイフェッツの活躍の陰で正当に評価されることはなかつたが、電気録音以前から吹込み経歴を持つアメリカの名奏者である。ブラームスを切り札とし、ドホナーニとのソナタ集は天下の名盤と誉高い。協奏曲もレミントンといふマイナー・レーベルへの録音にも拘らず愛好家には特別な名演として持て囃されてきた。1952年の録音なので技巧の衰へが散見されるが、渋みのある灰色がかつた音色と内から燃え上がる情熱が瑣事を忘れさせる。自作のカデンツァも見事で、屈指の名演として激賞したい。ヨアヒムが編曲した15曲のハンガリー舞曲もスポールディングの傾倒振りが聴く者の胸に響く名演ばかりだ。ヴァイオリン独奏向きに移調された曲も多いが、重音奏法を駆使した聴き応へのあるものばかりだ。2番、4番、6番、9番、16番、17番、20番の演奏には甚く感動した。(2007.5.31)

メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲、ブルッフ:ヴァイオリン協奏曲第1番、ベルク:ヴァイオリン協奏曲/ヨゼフ・スーク(vn)/チェコ・フィル/カレル・アンチェル(cond.) [SUPRAPHON 11 1939-2 011]
これらの音源は新しくアンチェル・ゴールド・エディションでも発売されてゐるが、以前から蒐集をしてゐた都合で旧規格を求めてゐる。スークとの共演はドヴォジャーク、スーク、ブラームスなど名演ばかりだ。当盤も大変充実してをり、最も素晴らしいのはメンデルスゾーンである。スークの奏法は小粒のオイストラフのやうだが、オイストラフほど豊満ではなく脂粉も少ない。知的で清涼感のある廉直な音色とアーティキュレーションが美しく、楽曲に見事に合致してをり、密度の高い指揮も相まつて屈指の名演と云へる。ブルッフはスークが薄口で面白くない。アンチェルが第1楽章後半のトゥッティで聴かせるアゴーギクには激しい情熱を感じる。ベルクは名盤で、現代音楽を得意としたアンチェルの面目躍如だ。独奏及び管弦楽とも貧血気味の細身の音楽だが、研ぎ澄まされた切り口は真に迫る。クラスナーとヴェーベルンによる伝説の演奏を凌ぐことはないが、この曲の最も重要な録音には違ひない。(2008.11.20)

アンリ・テミアンカ(vn)/パーロフォン録音(1935年〜1939年)/プニャーニ、シューマン、ヴェニャフスキ、サラサーテ、シマノフスキ、ブリッジ、他 [Biddulph LAB 059-60]
当盤は1992年、テミアンカが亡くなる年に発売され、奇しくも追悼盤になつて仕舞つた。ライナーノートにはこのパーロフォン録音の思ひ出を綴つた文が記されてをり、テミアンカのサインが付されてゐる。テミアンカは1935年に第1回ヴェニャフスキ国際コンクールで、ヌヴー、オイストラフに次ぐ第3位で入賞したことで知られる。当盤には記念として直後に録音されたヴェニャフスキ「ポロネーズ」が収録されてゐる。テミアンカの最初の颯爽たる録音である。その後はパガニーニ四重奏団を結成してルービンシュタインと合奏で録音を残すなど、独奏よりも室内楽で良さを発揮した。戦前の奏者らが持つ特徴を色濃く備へた古い世代の人で、玄人好みの名手だと云へよう。2枚組の1枚目は小品集で、小粒だが繊細な表情の演奏が楽しめる。プニャーニのホ長調ソナタが可憐で美しい。バッハやヘンデルも同様に瀟酒だ。シューマンの2曲のロマンスの淡い詩情も絶品だ。シマノフスキ「ロマンス」「ロクサーヌの歌」の神妙な雰囲気も良い。だが、ヴェニャフスキ、サラサーテ、サン=サーンスなどの技巧曲は派手さがなく、小さく纏まり過ぎて面白くない。(2011.4.8)

アンリ・テミアンカ(vn)/パーロフォン録音(1935年〜1939年)/アレンスキー:ピアノ三重奏曲第1番、シベリウス、シューベルト、ヴェニャフスキ [Biddulph LAB 059-60]
再びテミアンカを聴く。2枚組の2枚目では哀愁漂ふ名曲アレンスキーの三重奏曲が聴ける。チェロがアントーニオ・ザラ、ピアノがアイリーン・ジョイスだ。テミアンカは室内楽を得意とし、味はひ深いアンサンブルを奏でる。但し、この曲にはハイフェッツとピアティゴルスキーのより主張の強い演奏がある。淡く抒情的なテミアンカ盤は美しいが、穏健な印象を受ける。スラヴの濃厚な哀愁を聴くならハイフェッツ盤、サロン的憂愁を聴くならテミアンカ盤といつた具合だらう。余白にはシベリウス「ユモレスク」、シューベルト「序奏とロンド」、ヴェニャフスキ国際コンクール入賞後にモスクワで録音したもう1種の「ポロネーズ」が収録されてゐる。何れも小粒だが、上品で優美な演奏ばかりだ。(2011.6.5)

フランク、ドビュッシー、フォーレ:ヴァイオリン・ソナタ他/ジャック・ティボー(vn)/アルフレッド・コルトー(p) [EMI CDH 7 63032 2]
ティボーに関してはディスコグラフィーを作製する計画なので、ここでは深く立ち入らないことにしやう。当盤は、藝術を愛する人なら是非蒐集の1枚に加へて欲しいと思ふ録音である。フランスとは何か、エスプリとは何かを教へてくれる極め付けの名盤である。可憐な弱さに秘められた詩情の美しさは如何ばかりであらう。特にフォーレのソナタが不世出の名演。ティボーの弓の震へや音程の乱れ、コルトーの盛大なミス・タッチを数へ上げたい人は数へればよい。(2004.11.22)

ラロ:スペイン交響曲、ショーソン:詩曲、サン=サーンス:ハバネラ、序奏とロンド・カプリチオーソ/アンセルメ(cond.)/ビゴー(cond.)/モントゥー(cond.)/タッソ・ヤノポーロ(p)/ジャック・ティボー(vn)、他 [OPUS蔵 OPK 2082]
本邦のオーパス蔵が復刻したティボーの初出音源を含むフランス音楽集。初出は序奏とロンド・カプリチオーソで、1939年3月20日に英國BBCが放送した演奏をエア・チェックしたアセテート盤からの復刻である。この曲には1916年の機械吹込み録音と最晩年1953年のフランクフルトでのライヴ録音があるが、録音が貧し過ぎたり、演奏が衰へてゐたりと万全なものがなかつた。この初出音源もやや瑕はあるが、全盛期の輝きを保つてゐる演奏として推奨出来る。他の曲目についてはティボー・ディスコグラフィーで述べてある。アンセルメとのラロは良くない。ビゴーとのショーソンは悪くないがアンセルメとの演奏には劣る。モントゥーとのハバネラはこの曲の最高の名演であらう。(2015.1.26)

ジャック・ティボー(vn)の藝術/ラロ:スペイン交響曲、他/アタウルフォ・アルヘンタ(cond.)他 [CASCAVELLE Vel3068]
ティボーの没後50年に当たる2003年暮、CASCAVELLEより4枚組の名演集が発売された。当組物の最大の目玉は完全初出音源となるアルヘンタとのスペイン交響曲である。これでティボーのラロは5種目となる―他にモントゥーとのSP録音断片も存在するらしいが。1951年の演奏となるアルヘンタ共演盤は音質こそ貧しいが、噎せ返るやうな色気を振りまく絶好調のティボーが聴ける重要な記録である。晩年の実演は概して運弓の衰へが目立つが、当盤は往時の潤ひを感じさせる感興豊かな音に満ちてゐる。アルヘンタの情熱的な指揮は曲想を大いに引き立ててゐるが、自在なティボーの揺れには苦心してゐるやうだ。その他の収録音源は既出のものばかりだが、暫く入手困難であつた次の2点を含むことで価値のあるものである。ひとつは1947年のポリドール録音―パレーとのモーツァルトとビゴーとのショーソン、もうひとつは1944年の全録音―シューベルトのソナチネ他―が収録されてゐることである。(2005.2.7)

ラロ:スペイン交響曲、サン=サーンス:ヴァイオリン協奏曲第1番、序奏とロンド・カプチリオーソ、ショーソン:詩曲/ジャン・マルティノン(cond.)/アルチェオ・ガリエラ(cond.)/エルネスト・アンセルメ(cond.)/ジャック・ティボー(vn)他 [APR 5644 ]
比較的珍しい音源の集成。演奏は何れもティボーだけにしか為し得ない官能美に溢れたもので、これらの曲の最高の演奏と云つても過言ではない。ティボーによるラロの録音は5種あるが、当盤は運弓に躍動感があり感興が強い。マルティノンとの相性も良く、全体の完成度が高い。惜しむらくは録音が隠つて優れないことだ。曲自体珍しいサン=サーンスの協奏曲は重要な記録だ。驚くべき官能に身を委ねた名演で、冒頭から噎せ返るやうな音で聴くものを別世界へ誘ふ。特に第2楽章のポルタメントの妖艶さは類例がなく、音楽から斯様な色気を出した名手は他にゐない。録音年代が古いショーソンは技巧に潤ひがあり、晩年のビゴーとの録音に見られた不安定さがない。音そのものが儚い詩と化してをり、エネスクと並ぶ別格の名演と云へる。(2005.6.12)

バッハ:シャコンヌ、ヴァイオリン協奏曲第2番、モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第3番、ベートーヴェン:ロマンス第2番/サー・トーマス・ビーチャム(cond.)/ジョコンダ・デ=ヴィート(vn)、他 [ISTITUTO DISCOGRAFICO ITALIANO IDIS 333]
かつて本邦で発売された全集を除けば、デ=ヴィートのHMV録音の復刻は散発的で冷遇されてゐた。伊IDISによるデ=ヴィート復刻は網羅的で頼もしい。音も優れてゐる。復刻第1弾は初期録音集だ。最初の録音として1947年にバッハのシャコンヌだけが吹き込まれた。冒頭から噴流のやうな情感が滾つてをり圧倒される。感情爆発型の演奏であり、濃厚なヴィブラートによる歌謡的かつ浪漫的なフレージングの個性豊かなバッハが聴ける。異端だが、自信に充ちてをり強い説得力がある。1948年録音、エレーデの伴奏によるベートーヴェンもたっぷりとしたヴィブラートを掛け、歌ひ抜く。ベル・カントの手法による名演だ。1949年録音のバッハとモーツァルトの協奏曲はデ=ヴィート第1回目の録音の方で、バッハはバーナードの指揮、モーツァルトはビーチャムの指揮だ。音質を除いてあらゆる点でこの旧盤の方を採りたい。豊麗な歌が特徴だが、憂ひを帯びた繊細な陰影を木目細かく付けた格調高い名演だ。両端楽章では、颯爽としたテンポの中で楽器が鳴り切つたSonorousなヴァイオリンの美しい響きに酔ひ痴れることが出来る。緩徐楽章の没入的な歌にも深みがある。管弦楽の伴奏も良く、特にモーツァルトは絶品だ。(2012.7.20)

メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲、ブラームス:ヴァイオリンとチェロの為の二重協奏曲/アメデオ・バルドヴィーノ(vc)/ジョコンダ・デ=ヴィート(vn)、他 [ISTITUTO DISCOGRAFICO ITALIANO IDIS 6443-4]
伊IDISによるデ=ヴィート復刻盤第2弾には、1951年録音のメンデルスゾーンと1952年録音のブラームスが収録されてゐる。メンデルスゾーンは賛否両論、意見が分かれる演奏だらう。冒頭から徹底的に歌に拘泥はるデ=ヴィートは過剰なヴィブラートと抑揚で臨む。その為、流れずに浮き沈みが激しく聴いてゐて船酔ひしさうになる。この曲に可憐な抒情美を求めたい聴き手はうんざりするかもしれぬ。だが、不思議なもので聴いてゐるとベル・カントの魔力に捕はれ、余韻嫋々と歌ひ抜いた第2楽章、プリマ・ドンナの如く奔放にじゃじゃ馬振りを発揮した第3楽章に至つては降参するしかあるまい。ブラームスは古来随一の名盤として語られてきた名盤。気の合ふ名手二人を揃へても何故か相乗効果が出ない曲なのだが、派手さを好まないデ=ヴィートとバルドヴィーノの組み合はせは絶妙な渋みを醸し出してゐる。殊に神秘的な弱音の美しさと違和感なく絡み合ふヴァイオリンとチェロの音色が傑出してゐる。これでボリス・シュヴァルツ指揮のフィルハーモニア管弦楽団がもう少し精妙で情念豊かな伴奏をしてゐれば決定的名盤となり得ただらうに。(2012.11.29)

ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲、バッハ:2つのヴァイオリンの為の協奏曲、ヘンデル:トリオ・ソナタ第2番/イェフディ・メニューイン(vn)/ジョコンダ・デ=ヴィート(vn)他 [ISTITUTO DISCOGRAFICO ITALIANO IDIS 6443-4]
伊IDISによるデ=ヴィート復刻盤第3弾には驚愕すべき初出ライヴが含まれてゐる。何とレパートリー初となるベートーヴェンの協奏曲で、愛好家の長年の念願が叶つた訳だ。指揮者不明、録音年不明といふ怪しき音源で疑惑は残るが、過剰なヴィブラートを用ゐた演奏はデ=ヴィートの個性と合致するので有難く拝聴しよう。全ての音をモルト・エスプレッシーヴォで奏でる為に音楽が停滞気味で、全体の出来に及第点を付けることが出来ないのが残念だが、細部まで感情を注入した演奏は一種特別な妙味がある。特に短調への移行時に込められた哀愁が美しい。独創的なカデンツァも素敵だ。バッハとヘンデルはメニューインと組んだ有名なHMV録音。多血質なメニューインとメランコリーに沈むデ=ヴィートの取り合はせからは人間臭い音楽が溢れ出る。(2006.11.27)

ヴィオッティ:ヴァイオリン協奏曲第22番、ヴィターリ:シャコンヌ、ヘンデル:ヴァイオリン・ソナタ第4番/ヴィットーリオ・グイ(cond.)/アルベルト・エレーデ(cond.)/ジョコンダ・デ=ヴィート(vn)他 [ISTITUTO DISCOGRAFICO ITALIANO IDIS 6443-4]
デ=ヴィートはイタリア最高の女流奏者であるが、陽気で明るい南イタリアの音楽とは一線を画し、北イタリア―ロンバルディの血統を色濃く聴かせた奏者で、その想ひはアルプスを越えたブラームスにあつた。濃密にかけられる情動的なヴィブラート、暗めの音程と音色、重厚で粘り気のあるボウイングを特徴とした。悲愴感溢れるヴィオッティのイ短調協奏曲で示した共感は唯事ではなく、仄暗い哀愁が漂ふ歌の情感は深く胸に迫る。技巧的なパッセージでも華美にならず内省的な音楽を失はない。グイの伴奏も悲劇的で素晴らしい。ヴィターリのシャコンヌは、レスピーギが編曲したオルガン付き管弦楽伴奏版での演奏である。メランコリーを基調とした哭き節の大きい独奏を、慈愛に充ちた伴奏が包み込んで悲哀感を高める。受難曲を想起させる一種特別な名演で、高雅で官能的なティボーの名盤と対極を成す。ヘンデルのソナタも歌に徹した演奏だが、情緒過多で凭れ気味だ。(2006.10.20)

ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲、ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ第2番、ヴィターリ:シャコンヌ/RIAS交響楽団/ゲオルグ・ルートヴィヒ・ヨッフム(cond.)/ミヒャエル・ラウハイゼン(p)/ジョコンダ・デ=ヴィート(vn) [audite 95.621]
独auditeレーベルの快挙である。ベートーヴェンはデ=ヴィートには音源がないとされてきた演目だ。実は近年になつて1950年代の記録で指揮者及び管弦楽団が不明といふ極めて怪しい録音が伊IDISから発売されたのだが、真偽が定かではなかつた。それが遂に1954年10月3日、大ヨッフムの弟の指揮によるベルリンでのライヴ録音とクレジットが明確になり発掘されたことは喜ばしい。信じ難いほど音が良く、運弓の軋みまで鮮明に聴こえる。さて、伊IDIS盤と同一音源なのかがとても気になる。比較をしてみたが、目立つた印がなく、当盤では確認出来る聴衆ノイズやヴァイオリンのスクラッチ・ノイズが、伊IDIS盤では音質が余りにも悪過ぎて判別不能だつた。デ=ヴィート作とされるカデンツァは全く同じに聴こえる。演奏時間も同じと考へてよい。私見では同一音源だと思ふが、確定的な要素がないので断定は避けよう。さて、更に1951年10月7日の放送用セッション録音で伴奏者がラウハイゼンといふ有難い録音も収録されてゐる。残念ながらブラームスはアプレーアとの正規録音同様、低調に感じた。ヴィターリが素晴らしい。正規録音は管弦楽伴奏の壮麗な演奏であつたが、当盤は感情が爆発してをり圧倒される。この曲の名演のひとつだ。(2017.1.7)

ブラームス:ヴァイオリン協奏曲、チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲/ルドルフ・シュヴァルツ(cond.)/マリオ・ロッシ(cond.)/ジョコンダ・デ=ヴィート(vn)他 [Archipel Records ARPCD 0249]
デ=ヴィートは活動期間も短く録音も少ない。 自重して大成するまで世に出ず、醜態を晒すことなく潔く表舞台を去つたからだ。ライヴ録音は極端に少なく、かつて伊メロドラムから発売されたことのあるチャイコフスキーは演目としても貴重で、デ=ヴィートの知られざる一面を窺はせて興味が尽きない。技巧の切れで圧倒するやうな演奏ではなく、デ=ヴィートの持ち味である濃密な歌が縦横無尽に溢れてをり、ロシアの憂愁とは無縁ながらスラヴ系の奏者も顔色を失ふほどの土俗的な粘りを聴かせる。終楽章コーダにおける崩しは類例のない大胆さだ。ブラームスはHMVへのセッション録音で定評ある名盤であるが、ケンペンが指揮をしたポリドール録音の方が技巧や個性の発露の点で一層素晴らしく、数多い同曲の録音の中でも屈指の名演であつた。(2007.7.11)

ブラームス:ヴァイオリン協奏曲、ヴァイオリン・ソナタ第3番、ヘンデル:ヴァイオリン・ソナタ第4番/バイエルン放送管弦楽団/オイゲン・ヨッフム(cond.)/ティート・アプレーア(p)/トゥリオ・マコッジ(p)/ジョコンダ・デ=ヴィート(vn) [ANDROMEDA ANDRCD 9090]
デ=ヴィートの貴重な実演録音集2枚組。1枚目を聴く。デ=ヴィートの代名詞であり十八番であつたブラームスの協奏曲は5種類もあり突出してゐる。ヨッフム共演盤は仏Tahraからも発売されてゐた1956年の放送録音だ。音質は水準程度だ。演奏は悪からう筈はないが、特徴は薄く面白くない。ヨッフムの伴奏も無難で平凡だ。5種の中では瑞々しさで最も古いケンペン盤を筆頭に挙げたい。ソナタには屈指の名盤として知られる大変有名なエトヴィン・フィッシャーとのセッション録音があつた。これは1957年のアプレーアとの共演盤である。アプレーアはフィッシャーとは比べものにならず総合的に感銘は劣るが、デ=ヴィートに艶があり素晴らしい。ライヴならではの瑕はあるが、情念が流れ出す振幅の大きいヴィブラートが圧倒的で、本領を聴かせて呉れた名演だ。ヘンデルのソナタもセッション録音があつたが、ジョージ・マルコムのハープシコードによる伴奏であつた。これはピアノ伴奏による1959年のライヴ録音だ。様式に捕らはれず豪華絢爛で浪漫的な歌が充溢してゐる。自由で颯爽としてをり気持ちが良い。セッション録音を優に凌ぐ名演だ。(2016.11.11)

バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番、無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番よりシャコンヌ、コレッリ:ラ・フォリア、ルクレール:ヴァイオリン・ソナタ「トンボー」/アントニオ・ベルトラミ(p)/トゥリオ・マコッジ(p)/ジョコンダ・デ=ヴィート(vn) [ANDROMEDA ANDRCD 9090]
デ=ヴィートの貴重な実演録音集2枚組。2枚目を聴く。初演目となる音源が3つもあり、蒐集家感涙の1枚だ。デ=ヴィートには無伴奏パルティータ第2番の録音しかなかつたが、ソナタ第2番の登場だ。グラーヴェから情熱的で濃密な演奏だ。浪漫的と云つてよい。炎のやうに燃え盛るフーガも渾身の演奏だ。シャコンヌは単体での演奏で―ブラームスのニ短調ソナタと同日の演奏―、雄渾な名演である。コレッリは重要な録音だ。イタリアの名手が弾くラ・フォリアの奥義を聴くことが出来る。振幅の大きいヴィブラートを用ゐた歌謡的かつ激情的な演奏で圧倒される。特に最後のカデンツァの玄妙な味はひは絶品だ。ルクレールも浪漫的な歌心に充ちてをり、ヴァイオリンの華麗な音色を堪能出来る。ルクレールはヘンデルのソナタとバッハの無伴奏ソナタと同日の演奏である。(2017.4.2)

シベリウス:ヴァイオリン協奏曲、ヴァーレン:ヴァイオリン協奏曲、他/シクステン・エールリンク(cond.&p)/エイヴィン・フィエルスタート(cond.)/カミラ・ウィックス(vn)、他 [Biddulph 80218-2]
シベリウスの協奏曲の名盤はブスターボ、イグナティウス、ヌヴー、そしてウィックスと女流奏者ばかりで、男で挙げるならハイフェッツくらゐであらう。これらの中ではウィックス盤が録音状態が最も良く、何よりもエールリンクが指揮による管弦楽伴奏が立派だ。その他の演奏は指揮者が良くないことが致命的で、管弦楽伴奏が非常に拙かつた。ウィックスは北欧やロシアの作曲家を得意としてをり、作曲家自身から絶讃されたシベリウスは十八番である。曲想との齟齬がなく、総合的に推薦出来るのはウィックス盤だ。ウィックスのヴァイオリンは技巧に頼らず、情緒的で激しい感情と濃厚な歌心が特徴である。エールリンクがピアノ伴奏をした小品8曲も絶品だ。取り分けプロコフィエフの行進曲や、ショスタコーヴィチのポルカと4曲の前奏曲が鮮烈かつ繊細な名演だ。ノルウェーの作曲家ヴァーレンの現代的な協奏曲は面白くないが、演奏は見事である。更に5曲の未発表録音の小品も収録されてをり、録音の少ないウィックスにとつて貴重な1枚だ。(2008.10.25)

ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲、ブロッホ:ニグン、シベリウス:ヴァイオリン協奏曲より第3楽章、チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲より第1楽章/ニューヨーク・フィル/ブルーノ・ヴァルター(cond.)/カミラ・ウィックス(vn)、他 [Music&Arts CD-1160]
録音が極端に少ないウィックスは幻の奏者と形容しても過言ではない。当盤は1950年と1953年の放送音源で、20歳を僅かに過ぎたウィックスが最も輝いてゐた時期の記録ばかりだ。その価値は計り知れない。当盤の演奏を聴いてウィックスの才能を疑ふ者はゐないだらう。ベートーヴェンの協奏曲が天晴な出来だ。楽器が鳴り切つてをり、音楽の豊かな表情は巨匠の風格すら漂はせてゐる。若く溌剌とした娘から斯くも深みのあるベートーヴェンが聴けるとは。この演奏の素晴らしさはウィックスだけではない、温かい情感を滔々と奏でるヴァルターの指揮とニューヨーク・フィルの何と立派なこと、滅多に聴くことが出来ない極上の名演だ。ブロッホはかのシゲティ盤をも動揺させるほどの激情的な演奏だ。シベリウスの協奏曲の全曲録音はウィックスの代表盤であつた。当盤は放送用の音源で第3楽章が収録されてゐる。演奏は当然最高で、実演ならではの感興が素晴らしい。この2曲はバーネットの指揮だ。フィードラーの指揮によるチャイコフスキーは大変貴重だ。峻烈な名演で、全曲録音でないのが惜しまれる。愛好家必携の1枚。(2010.6.23)

ブルスタード:ヴァイオリン協奏曲第4番、ウォルトン:ヴァイオリン協奏曲/オスロ・フィル/ヘルベルト・ブロムシュテット(cond)/ユーリ・シモノフ(cond.)/カミラ・ウィックス(vn) [SIMAX PSC 1185]
ノルウェーのレーベルであるSIMAXがウィックスのライヴ録音を世に送り出したのは快挙である。ウィックスは戦後に活躍した奏者でありながら、録音が極端に少なく、シベリウスの協奏曲の伝説的な名盤で知られてゐたに過ぎない。米国生まれながらノルウェー人の血を受け継ぐウィックスは北欧の音楽に共鳴し、英國やロシアの曲に親和した。ノルウェーの作曲家ブルスタードの協奏曲は二流の曲だが、ウィックスの熱く献身的な演奏が作品の魅力を引き出してゐる。無窮動調の第3楽章の諧謔が取り分け聴き応へがある。比べて知名度の高いウォルトンの協奏曲は更に充実した名演で、シモノフの伴奏も万全だ。ライヴとは思へない完成度で、かのハイフェッツ盤に対抗出来る数少ない名演だ。(2009.3.13)

ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲、メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲/ヨーゼフ・ヴォルフシュタール(vn) [Biddulph LAB 095]
ヴォルフシュタールはカール・フレッシュ第1の弟子で、清廉にして知性を感じさせる音楽性を持ち、同門のゴールドベルクの上座を占める大物ヴァイオリニストである。その実力は1925年と28年の2度に渡りベートーヴェンの協奏曲を吹き込んでゐることからも窺へよう。当盤は旧録音の方で、全ての点に於いて新録音には劣るので価値は低いが、その新録音こそはクライスラーの録音と並んで最上位に置かれる演奏と固く信じてゐる。メンデルスゾーンの協奏曲は残念ながらピアノ伴奏によるものである。だが、演奏は高貴な感情が滴り落ちる逸品で、颯爽としたテンポから、淡い愁ひといじらしい夢想が紡ぎ出される。かくも可憐で清楚な美しさを他に聴いたことがない。この名曲録音数多あるが、当盤は別格の名演である。ヴォルフシュタールは1930年に32歳といふ若さで急逝した。惜しい逸材を失つたものだ。(2004.9.24)

ウージェーヌ・イザイ(vn&cond.)/独奏全録音(1912〜14年)/リムスキー=コルサコフ:「シェヘラザード」抜粋/シンシナティ交響楽団 [SYMPOSIUM 1045]
フランコ=ベルジュ派のゼニスとして、世紀の変り目にヴァイオリンに霊感を吹き込んだイザイの伝説的な全録音である。これと同じものは以前SONYのMASTERWORKS HERITAGEで出てゐた。但しSONY盤にはイザイの指揮による1919年の4曲の管弦楽録音があり、当盤ではイザイの指揮による「シェヘラザード」の第1楽章と第3楽章の抜粋が収められてゐるといふ違ひがある。電気録音以前のものだから殆ど資料としての価値しかないが、「シェヘラザード」だけにソロがイザイ自身のものかが問題となる。私はイザイの音ではないと判断するが、断定は避ける。独奏全録音の素晴らしさについては何をか況んや。詩的衝動とリズムを演奏の神髄とした巨人の情熱が聴くものを慄然とさせる。盛期を過ぎた録音だけにイザイの奇蹟が充分に伝はらないのが恨めしいが、メンデルスゾーンの協奏曲のフィナーレこそイザイ神話の秘密を宿した至高の名演である。ヴェニャフスキのマズルカやシャブリエのスケルツォ・ヴァルスも凄い。(2005.7.31)

ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ第3番、イザイ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1番、サラサーテ:カルメン幻想曲、ツィゴイネルワイゼン、サパテアード、他/エフレム・ジンバリスト(vn)、他 [Pearl GEM 0032]
アウアー門下四天王のひとりで兄貴分であつたジンバリストは20世紀初頭に名を轟かせたが、次第に生硬で情の薄い演奏をするやうになつた為、エルマンが人気者になり、ハイフェッツが伝説を創らうとしてゐた時分には影を薄くした。しかし、ジンバリストは抜け目の無い実務家で、カーティス音楽院院長の座を射止め楽壇に影響力を保持した。復刻が少ないジンバリストの最も充実した演奏が聴ける当盤は大変価値がある。特に来日時の録音が収録されてゐるのが貴重だ。サラサーテ「カルメン幻想曲」「ツィゴイネルワイゼン」と、管弦楽伴奏でベートーヴェン「ロマンス第1番」だ。何れも端正でヴァイオリンが淀みなく鳴つてゐる。情感に乏しい点を指摘することは出来るが、音楽的にも技巧的にも隙のない見事な演奏だ。自作「日本の旋律による即興曲」も面白からう。注目は珍しいイザイだ。技巧曲を取り直しなしの1テイクで弾いてゐる。ジンバリストが紛れも無くアウアー派の優等生であつたことを証明する逸品だ。フバイ「そよ風」やサラサーテ「サパテアード」でも丁寧でお手本のやうな演奏が聴ける。ブラームスのソナタも几帳面な演奏で立派だが、燃えたつ感情が稀薄であることは否めない。(2010.9.21)


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