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楽興撰録

蒐集した音楽を興じて綴る頁


2025.12.30以前のCD評
声楽 | 歌劇 | 管弦楽 | ピアノ | ヴァイオリン | 室内楽その他



最近の記事


ベートーヴェン:交響曲第4番、「レオノーレ」序曲第3番
クリーヴランド管弦楽団
ジョージ・セル(cond.)
[SONY 88985471852]

 遂に集成されたセル大全集106枚組。1963年の録音。第4交響曲はステレオでの再録音だ。旧盤はクリーヴランド管弦楽団との最初期の録音で鮮烈な名演であつた。この新盤は音質こそ良くなつたが、内容は後退して仕舞つた。守りに入つたとでも云ふべきか、テンポも表現も常套的になり冒険はない。精緻なだけの演奏で退屈極まりない。序曲も同様で安定感が勝り予定調和の世界だ。(2026.6.12)


シューベルト:交響曲第5番
ショスタコーヴィチ:交響曲第14番
ツァラ・ドルハノワ(S)/エフゲニー・ネステレンコ(Bs)
モスクワ室内管弦楽団
ルドルフ・バルシャイ(cond.)
[ica CLASSICS ICAB 5136]

 「バルシャイを讃へて」と題されたヴィオラ奏者として指揮者として編曲者としてバルシャイの偉業を網羅した20枚組。シューベルトは1964年、パリのサル・ワグラムでのHMVへの正規録音。伝統的なシューベルト解釈からは自由で、強弱の幅が大きく、フレージングもべたりと濃厚で息が長い。ブラームスのやうな演奏だ。爽やかな風味がないのには反発するが、頽廃的な美しさは他では聴けない妙味でもある。さて、「死者の歌」は初演から2年後の1971年のライヴ録音だ。熟れてきた感があり、初演者としての貫禄を聴かせて呉れる。しかし、緊迫感は減退してをり感銘は今ひとつだ。独唱も物足りなく感じて仕舞ふ。(2026.6.9)


ベートーヴェン:フィデリオ
エルンスト・ヘフリガー(T)/レオニー・リザネク(S)/ゴットロープ・フリック(Bs)/ディートヒリ・フィッシャー=ディースカウ(Br)/イルムガルト・ゼーフリート(S)、他
バイエルン国立管弦楽団と合唱団/フェレンツ・フリッチャイ(cond.)
[DG 00289 479 4641]

 フリッチャイのDG録音全集第2巻37枚組。フリッチャイの個性が前面に出た類例のない一種特別なフィデリオだ。通常は牢獄を舞台とした陰鬱で重苦しい解釈が一般的であり、更にはベートーヴェンの高邁な思想に覆はれてオペラの娯楽的な華やかさがないのがフィデリオである。フリッチャイは何よりもモーツァルトの歌劇を得意とした。ベートーヴェンもその延長にあり、極めて軽く爽やかなのだ。序曲からモーツァルトではないかと錯覚する演奏で、第1幕前半は正しくモーツァルト様式だ。第2幕でがらりと変はることはなく、ドン・ジョヴァンニや魔笛の世界はすぐそこだ。歌手は粒揃ひで見事な歌唱を聴かせて呉れる。但し、フリッチャイの棒の下においてであり、劇的な昂揚は期待してはならない。最も素晴らしいのはヘフリガーのフロレスタンだらう。高尚で強過ぎない理想的な歌唱だ。ディースカウのピツァロは悪役になり切れてをらず違和感がある。台詞入り、レオノーレ序曲第3番挿入なし。フィデリオかくあるべしの既成概念に捕はれなければ、極上の内容の名盤。(2026.6.6)


ベートーヴェン:交響曲第2番、同第4番
ニューヨーク・フィル
ブルーノ・ヴァルター(cond.)
[Sony Classical 190759232422]

 コロムビア録音全集77枚組。1952年のモノーラル録音。ヴァルターが振るベートーヴェンは偶数番号が良く、この2曲は極めて良好な仕上がりだ。米コロムビアには散漫にだが交響曲全集を制作することが出来た。この2曲が最後の録音で、6年後にはステレオでの再録音が始動する。第2番はニューヨーク・フィルの力強さと野性味が引き出せてをり、世評名高いステレオ盤よりも内容は優れてゐると感じた。第4番も素晴らしい出来だが幾分粗くがさつなので、瑞々しいステレオ録音の方を上位にしたい。(2026.6.3)


ハイドン:チェロ協奏曲ハ長調、同ニ長調
アカデミー室内管弦楽団
ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ(vc&cond.)
[Warner Classics 9029589230]

 EMI系列全集40枚組。コンサートマスターの名がクレジットされてゐるが、実質弾き振りによる1975年の録音。ロストロポーヴィチにとつてハイドンは平易に違ひなく、表現の幅は他のチェリストとは比べ物にならぬほど大きい。特に弱音でフラウタンド奏法を駆使して囁くやうに歌ふのは藝当だ。細かい音符では最速のテンポを採用しつつ銃弾のやうな強い衝撃を伴ふのは流石だ。しかし、感銘は薄い。ハイドンの音楽が持つ闊達さに欠け、現代的な解釈が気忙しい。技巧の限りを聴かせるカデンツァが前後の音楽との相性が悪く趣味が悪い。ロストロポーヴィチの良さは古典音楽にはないことを再認識されたい。(2026.5.30)


メンデルスゾーン:フィンガルの洞窟
ハイドン:交響曲第94番「驚愕」
シューベルト:グレイト交響曲
ボストン交響楽団
ピエール・モントゥー(cond.)
[West Hill Radio WHRA 6022]

 1951年から1958年のシーズンにモントゥーが古巣ボストン交響楽団に客演した記録8枚組。メンデルスゾーンは1957年4月13日の記録で、当日は「春の祭典」も演奏された。ハイドンとシューベルトは1956年2月24日の記録。モントゥーが手掛けるドイツ音楽は殊更にロマン性を表出せず、明朗で芯の強さが特徴だ。細部は雑然としてゐるが流れの良さを獲得してをり活気に満ち溢れてゐる。フィンガルの洞窟は仄暗い詩情よりも激流のやうな趣があるのはモントゥーの個性だ。ハイドンは野性味があり一気呵成に聴かせる。シューベルトは畳み掛けるやうな熱気があり、終楽章ハ音連打では何やら打撃音も聴かれて面白いが、詰めが甘い箇所が散見される。(2026.5.27)


シベリウス:交響詩「大洋の乙女」、交響曲第7番、劇付随音楽「ペレアスとメリザンド」組曲
ロイヤル・フィル
サー・トーマス・ビーチャム(cond.)
[Warner Classics 5021732408914]

 ステレオ録音全集35枚組。英國の指揮者は北欧音楽を積極的に取り上げ、就中シベリウスは最重要作曲家であつた。交響曲全集をコリンズとバルビローリが作成したしサージェントも得意とした。中でもビーチャムはシベリウスと親交があり、その録音は重要な意味を持つ。ステレオで残された第7交響曲は流麗で美しい演奏で堂に入つた名演である。孤高で厳しいシベリウス像ではなく、穏やかな抒情美に溢れてをり一種特別な位置を獲得してゐる。一番良いのは大洋の乙女だらう。柔和な表情と澄んだ美しさが見事だ。ペレアスとメリザンドは組曲8曲の演奏だ。勿論、大変な名演で細部の表情付けが心憎い。但し、上手いのだが、踏み込みが弱く印象に残らない。(2026.5.24)


ベートーヴェン:フィデリオ
セーナ・ユリナッチ(S)/ジャン・ピアーズ(T)/グスタフ・ナイトリンガー(Bs-Br)/マリア・シュターダー(S)、他
バイエルン国立歌劇場管弦楽団と合唱団/ハンス・クナッパーツブッシュ(cond.)
[DECCA ELOQUENCE 484 1800]

 クナッパーツブッシュの歌劇正規録音集19枚組。クナ晩年のウエストミンスターへの録音。ヴァーグナー以外の数少ない演目だが、ドイツ語オペラは結構手掛けてをり、シュトラウスやニコライもある。内容だが、案の定途轍もなく遅い。序曲は構はぬが、軽快な第1幕前半でも歌手の呼吸を顧慮せず気の毒なくらゐだ。中には遅いテンポで不思議な魅力を発見出来る箇所もあるが、総じて下手物と云つてよい。歌手ではレオノーレ役のユリナッチが大奮闘してゐる。力強さもあり見事だ。フロレスタンにピアーズを起用したのはトスカニーニ盤での評価だらう。他ではナイトリンガーのピツァロ、シュターダーのマルツェリーネが光る。台詞入り。レオノーレ序曲第3番挿入ありだ。(2026.5.21)


シューベルト:ピアノ五重奏曲「ます」、幻想曲D940、ロンドD951、アンダンティーノD823-2、エコセーズD145
アマデウス弦楽四重奏団/ライナー・ツェペリッツ(cb)
エレーナ・ギレリス(p)/エミール・ギレリス(p)
[DG 4794651]

 DG録音全集24枚組。晩年のギレリスは透徹した美しさを追求し、凛とした硬質のタッチは宝石のやうな輝きを放つた。ます五重奏曲はコントラバスにツェペリッツを迎へて、アマデウスSQの威勢の良い演奏でギレリスも力が入つてゐる。その為、立派な演奏に違ひないが抒情を感じることが少なく空疎だ。兎に角、ツェペリッツの存在感があり、その点では興味深い演奏ではある。さて、愛娘エレーナとの連弾が聴きものなのだ。連弾ではシュナーベル親子、デムスとスコダによる録音が名盤として知られてゐるが、ギレリス親子の録音も並ぶ。鄙びた歌が美しい幻想曲、颯爽としたロンド、物悲しいアンダンティーノ、どれもが息がぴつたりで絶品だ。最後に独奏で若書きのエコセーズが聴ける。溌溂としたピアニズムはギレリスの妙味である。(2026.5.18)


ベートーヴェン:交響曲第4番、同第5番
アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
オットー・クレンペラー(cond.)
[archiphon KKC4258]

 1947年から1961年に及ぶコンセルトヘボウへの客演記録の集成24枚組。1956年5月のベートーヴェン・ツィクルスでの記録だ。これは大変素晴らしい演奏で、忌憚なく申してクレンペラー最上のベートーヴェンである。かのフィルハーモニア管弦楽団との正規録音など問題にならない。否、これはアムステルダム・コンセルトヘボウの至藝であり、メンゲルベルクに徹底的に訓練された成果であり、癖玉がないクレンペラーによつて引き出された格調高き王者ベートーヴェンの音楽なのだ。第4交響曲の偉大さは如何ばかりだらう。揺るぎなき重厚さと透徹した美しさに感激が止まらない。何より音楽に生気があり、前のめりで、愚鈍なクレンペラー像は霧散してゐる。第5交響曲は古典的悲劇を思はせる特上の名演。全ての音が血が通ひ無意味な音がない。(2026.5.15)


ベートーヴェン:フィデリオ
キルステン・フラグスタート(S)/ユリウス・パツァーク(T)/ヨーゼフ・グラインドル(Bs)/パウル・シェフラー(Br)/エリーザベト・シュヴァルツコップ(S)/アントン・デルモータ(T)、他
ウィーン・フィルとウィーン国立歌劇場合唱団/ヴィルヘルム・フルトヴェングラー(cond.)
[EMI CLASSICS CHS 7 649012]

 1950年8月5日、ザルツブルク音楽祭での公演記録。原テープは早々に消去されてをり、放送用にとコピーされた音源が存在するのみださうだ。その為、音質が冴えず水準に満たない。しかし、内容においては古今最高のフィデリオと信じて疑はない。歌手陣が端役まで豪華極まりない。幕開けからシュヴァルツコップのマルツェリーネとデルモータのヤキーノの二重唱が聴けるのだから。ロッコはグラインドル、ピツァロはシェフラーで最高だ。無論レオノーレを歌ふフラグスタートが決まつてをり神々しい。第1幕アリアの威容には圧倒される。しかし、当盤を推す理由は第2幕にある。正直申して第1幕なら当盤より優れたものは沢山ある。だが、レオノーレとフロレスタンが揃つた上演はまずない。第2幕冒頭からフルトヴェングラーの物々しい棒に導かれてパツァークのもがくやうな歌が聴ける。抗ふやうな力強さを秘めてをり見事なのだ。続くフラグスタートとグラインドルの沈鬱な二重奏も絶品。無双は劇的頂点を築く救出の場面でフラグスタートが魅せる。そして、緊迫感漲るフルトヴェングラーの演出が圧巻だ。挿入されるレオノーレ序曲第3番への移行も劇的。かうでなければならぬ。(2026.5.12)


ハイドン:チェロ協奏曲ニ長調
ドヴォジャーク:チェロ協奏曲
シュトゥットガルト室内管弦楽団/カール・ミュンヒンガー(cond.)
ウィーン・フィル/ラファエル・クーベリック(cond.)
ピエール・フルニエ(vc)
[DG 00289 479 6909]

 DG/Decca/Philips全集25枚組。20枚目。Deccaへのモノーラル録音だ。常々フルニエが弾くハイドンの協奏曲には物足りなさを感じてきたが、この演奏だけは特別で見事決まつてゐる。後年の録音は全て優美なだけで生気が感じられなかつたが、この1952年の演奏では感情をぶつけてをり、フルニエにしては荒々しい表現がある。革新的なミュンヒンガーの古典演奏に触発されたのかも知れぬ。フルニエは当盤でやりたいことをやり尽くしたのだらう、以降は美しさを追求するやうになつた訳だ。1954年録音のドヴォジャークは解釈がまだ完成されてをらず感銘が薄い。クーベリックの伴奏が御國物の強みを発揮し流石だ。実はクーベリックとは6年前の1948年にもEMI盤で共演をしてゐる。フルニエのドヴォジャークは貴族的過ぎる嫌ひは否めない。(2026.5.9)


ハイドン:交響曲第94番「驚愕」、同第101番「時計」
ベルリン・フィル
カール・リヒター(cond.)
[DG 4839068]

 遂に登場したARCHIV及びDG録音全集97枚組。バッハの伝道師リヒターにはヘンデルの録音が多少認められるだけで、それ以外の作曲家の作品は皆無に等しく、DGにベルリン・フィルを振つてハイドンを録音したのは珍品なのだ。1961年の録音だから、決してバッハを取り組み終へた後の余技ではなく、リヒターの実力が買はれた結果である。それにしても驚くほど内容が良い。リヒターは王道と云へる誠実な解釈で、当盤の価値は見事応へたベルリン・フィルの技量に依る処が大きい。まだまだ浪漫的な演奏が主流な中で古典的で格調高い演奏は鮮烈だ。但し、中庸美と云へる演奏なので印象は弱い。(2026.5.6)


ベートーヴェン:フィデリオ
ビルギット・ニルソン(S)/ハンス・ホップ(T)/ゴットロープ・フリック(Bs)/パウル・シェフラー(Br)、他
ケルン放送交響楽団と合唱団/エーリヒ・クライバー(cond.)
[CAPRICCIO 67 186/87]

 急逝する直前の1956年1月、ケルン放送局への録音だ。クライバーの歌劇録音だとウィーン・フィルとの「フィガロの結婚」「ばらの騎士」のDECCA録音が決定盤として有名だが、もう一翼、ケルン放送局への「フィデリオ」「魔弾の射手」といふ隠れた名盤がある。晩年のクライバーはケルン放送交響楽団と多くの名演を残したが、フィデリオは総決算とも云へる鮮烈な名演だ。荒削りだが、激烈な一太刀があり、これぞベートーヴェンと絶讃したい闘争心を聴かせて呉れる。燃立つ旋風のやうなテンポで輪郭の強い演奏なのも良い。台詞入り、レオノーレ序曲第3番の挿入はなしだ。さて、当盤の真価は豪勢な歌手陣にある。力強いニルソンのレオノーレは嵌り役で、フラグスタートと双璧の理想的な歌唱だ。フリックが歌ふロッコが哀愁があつて味があり流石だ。ホップのフロレスタンも芯があり見事、シェフラーのピツァロも巧い。合唱も良く一丸となつた名盤で、フルトヴェングラーのザルツブルクでのライヴ盤に次ぐ。(2026.5.3)


ドヴォジャーク:チェロ協奏曲
タルティーニ:チェロ協奏曲ニ長調より第3楽章
ハイドン:チェロ協奏曲ニ長調
デ=ラセルナ:トルディーリャ
ベルリン・フィル/ハンス・シュミット=イッセルシュテット
ガスパール・カサド(vc)
[Dante LYS 188]

 仏Danteが復刻したカサドの初期録音集全3巻の第2巻。1935年の代表的な協奏曲録音である。伴奏がベルリン・フィルで万全、売り出し中のイッセルシュテットの棒も精力的で素晴らしい。ドヴォジャークの協奏曲は真打とされるカサルスの録音がまだ登場せず、この時点では重要な録音であつた。フォイアマンのやうな豪快さはないが、端正で抒情的な演奏がカサドの特徴で、気品のある美しさが聴ける名演なのだ。得意としたハイドンが良い。古典的な優美さと浪漫的な歌心が絶妙に発揮されてをり見事だ。カデンツァも充実してゐる。タルティーニのグラーヴェも同じく素晴らしい。御國物デ=ラセルナは流石で味はひ深い。(2026.4.30)


ハイドン:ピアノ・ソナタ第52番変ホ長調、同第48番ハ長調、同第34番ホ短調、幻想曲ハ長調、アンダンテと変奏曲ヘ短調
ヴィルヘルム・バックハウス(p)
[DECCA 483 4952]

 DECCA録音全集38枚組。バックハウスはハイドンをかなり弾いた方で、往時の代表的奏者であつた。バックハウスのハイドンはベートーヴェンの初期ソナタとの類似点を見い出し易い。モーツァルト弾きたちの軟弱で薄つぺらい演奏とは一線を画し、無骨で荘重な趣すら感じさせる。モーツァルト弾きらが旋律線を重視するのとは対照的に、バックハウスは楔のやうなリズムを打ち、装飾音での和音の妙を大事に聴かせる。後期の名作ソナタでの力強い演奏は、ベートーヴェンのソナタ作品への直接的な影響を悟して呉れる。特に変ホ長調ソナタの壮麗さは感銘深い。(2026.4.27)


シベリウス:交響曲第5番、同第7番
ウィーン・フィル
レナード・バーンスタイン(cond.)
[DG 4798418]

 DG録音全集121枚組。1987年と1988年のライヴ録音。どちらも遅めのテンポによる広大な印象を与へるバーンスタイン晩年の特徴が出た演奏だ。ウィーン・フィルの流麗さが活かされてをり細部の美しさは特筆したい。雑に流す箇所がなく、シベリウスの総譜が見事に再現されてゐる。その観点では素晴らしい演奏と云へるのだが、だうも琴線に触れるものがない。バーンスタインとシベリウスには近親感がないことは指摘されるが、皮相なことは否めまい。師クーセヴィツキーが示した深い共感と雄大さ、込み上げる情趣はバーンスタインの演奏にはない。(2026.4.24)


ドヴォジャーク:交響曲第9番、同第8番
コロムビア交響楽団
ブルーノ・ヴァルター(cond.)
[Sony Classical 190759232422]

 コロムビア録音全集77枚組。ヴァルターは最晩年のステレオ録音では集大成として王道のドイツ音楽とマーラーを遺産として残したが、ドヴォジャークには些か変はり種の感を否めない。実際、新世界交響曲は全く良くない。音楽が前に行かず停滞してをり生気がないのだ。アンサンブルも精度が悪くひやりとする。良く歌ふ演奏ではあるが、ボヘミアへの共感が薄いので味気ないのだ。第8交響曲の方が良い仕上がりだ。ニューヨーク・フィルとの旧録音は素つ気なく詰まらなかつたが、引退直前の再録音では瑞々しさが溢れ出てをり驚かされる。ドイツ・ロマンティシズムが色濃い演奏だが、熱気があり魅了される。(2026.4.21)


モーツァルト:弦楽四重奏曲第20番K.499、弦楽五重奏曲第2番K.406(516b)、同第1番K.174
ヴィルヘルム・ヒューブナー(va)
バリリ弦楽四重奏団
[Universal Korea DG 40020]

 ウエストミンスター・レーベルの室内楽録音を集成した59枚組。ホフマイスター四重奏曲が素晴らしい。優美で流麗で広がりのある演奏はバリリSQの美質が存分に発揮されてゐる。屈指の名演だ。ヒューブナーを加へての五重奏曲は決定盤と云へる。バリリSQには全集として完成させて欲しかつた。第1番は初期作品で感銘は弱いが、第2番ハ短調は荘重で聴き応へ充分だ。この作品は第3番・第4番と同時に成立したが、実は管楽セレナード第12番K.388の編曲である。違和感なく弦楽の魅力に置換された傑作だ。(2026.4.18)


シューベルト:ピアノ三重奏曲第1番、ピアノ・ソナタ第13番
ブラームス:ピアノ三重奏曲第2番
フェリックス・サモンド(vc)/ガスパール・カサド(vc)/イェリー・ダラーニ(vn)/デイム・マイラ・ヘス(p)
[Biddulph 85061-2]

 再興Biddulphはダラーニやサモンドの復刻で目を見張るものがあつたが、当盤はその集成とも云ふべき好企画。ダラーニとヘスは意気投合し20年以上共演を重ねた親友だ。三重奏も好み、最初はサモンドと、後年はカサドと組んで心憎い名演を聴かせた。サモンドとのシューベルトは非常に良い演奏で、湧き上がる若々しい浪漫と憂ひを帯びた詩情が美しい。これほどの名演が語られない理由は簡単だ。同時期に録音されたカサルス・トリオの絶対的名盤に格負けしたからだ。不運であつた。カサドとのブラームスはシューベルト以上の名演と感じるが、これまたヘスがシゲティとカサルスといふ巨人と組んだ決定盤を残してをり、この旧録音の立場を奪つて仕舞つた。さて、ヘスの独奏でシューベルトのイ長調ソナタが聴ける。鷹揚な中にも翳りのある渋い名演である。(2026.4.15)


ドヴォジャーク:交響曲第7番、同第8番
チェコ・フィル
カレル・アンチェル(cond.)
[SUPRAPHON SU 4308]

 チェコ放送局蔵出しの愛好家必携初出音源満載ライヴ録音集15枚組。5枚目。アンチェルはドヴォジャークの交響曲の録音を、手兵チェコ・フィルとはスプラフォンへの第6番と第9番しか残さなかつた。チェコ・フィルとの第7番と第8番が聴けるのは有難い。第7番はヘッセン放送交響楽団とのライヴ録音が仏Tahraから出てゐたが、矢張りチェコ・フィルは格別だ。音楽が引き締まつてをり密度が濃い。ホルンやヴァイオリンの情感豊かな音色は哀愁を帯びてをり絶品だ。細部のフレーズの受け渡しで聴かせる表情は流石で、アンチェルとチェコ・フィルの素晴らしさを改めて思ひ知らされる。終楽章最後の壮麗さは実に感動的で随一の名演だ。第8番はPRAGAから出てゐた音源と同一だ。快速のテンポで活き活きした音楽が弾けてゐる。ホルンが古今最高の妙技を聴かせる。アムステルダム・コンセルトヘボウとの演奏も良かつたが、郷愁に溢れた第2楽章の美しさは比類がなく、チェコ・フィルの真価を見せつける。(2026.4.12)


ベートーヴェン:交響曲第4番
アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
ヨーゼフ・クリップス(cond.)
[DECCA 484 4780]

 クリップスの英デッカ録音集成第1巻22枚組。1953年のモノーラル録音だが、優秀録音で鑑賞に不都合はない。クリップスはモーツァルトの専門家であり、その他の作曲家の録音は極端に少ない。ベートーヴェンも交響曲はこの第4番しかない。演奏は正にモーツァルト寄りで、流麗かつ優美な名演だ。クリップスの良さは上品ぶつて芯の弱い演奏になることがなく、豊満で豪奢な音楽を志向してゐることにある。コンセルトヘボウが華麗さを添へてをり、一種特別な名演を成し遂げてゐる。(2026.4.9)


ベートーヴェン:フィデリオ
ローズ・バンプトン(S)/ジャン・ピアース(T)/ニコラ・モスコーナ(Bs)/ハーバート・ヤンセン(Br)/エリナー・スティーバー(S)、他
NBC交響楽団と合唱団/アルトゥーロ・トスカニーニ(cond.)
[RCA 88697916312]

 RCA録音全集84枚組。1944年12月の放送用録音で古典的名演だ。曲間の台詞はカットされてをり、フィナーレ前にレオノーレ序曲第3番が挿入されてゐる。兎にも角にもトスカニーニとNBC交響楽団の演奏が素晴らしい。快速の引き締まつたアンサンブルで躍動感があり、鞭のやうなスフォルツァンドが活きてゐる。第2幕の劇的昂揚感が幾分不足するが、一気呵成に聴かせる推進力が凄い。さて、肝心の歌手だが主役たちが弱いのはトスカニーニの歌劇録音の常だ。バンプトンのレオノーレは健闘してゐるが印象に残らない。癖のあるピアーズのフロレスタンは違和感が拭へない。シドール・ベラルスキーが歌ふロッコも小粒だ。逆に脇役が充実してゐる。ドン・ピツァロにヤンセン、ドン・フェルナンドにモスコーナ、マルツェリーネにスティーバーと大物を揃へてをり、総合点では屈指の名盤と云へる。(2026.4.6)


ドヴォジャーク:交響曲第8番
ボストン交響楽団
シャルル・ミュンシュ(cond.)
[RCA 88875169792]

 RCA録音とコロムビア録音を集大成した86枚組。ミュンシュは手広いレペルトワールを持つてゐたが、ドヴォジャークはかなり珍品に属する。第8交響曲はお気に入りなのだらう、熱気のある名演を聴かせて呉れる。滅法明るく開けつぴろげな演奏で、民族色は全く感じさせず潔い。冒頭から甘い浪漫が滔々と溢れ出る。トランペットの燦然たる輝かしさは天晴れ。間合ひは取らず、決然とした豪快さが特徴であり、派手で華麗な音楽が痛快だ。本流の演奏ではないが、普遍性のある名演と云へる。(2026.4.3)


シューマン:交響曲第1番、同第2番
ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団
フランツ・コンヴィチュニー(cond.)
[Corona Cl.collection 0002172CCC]

 名匠コンヴィチュニーの録音を集成した箱物の第1巻11枚組。今もつてシューマンの交響曲全集の規範とされる名盤だ。特筆すべきはオーケストラの響きの格調高さで、効果を狙つた下卑た音なぞなく、実直かつ誠意のある音が好ましいのだ。これぞ伝統に育まれた理想的なシューマンの音響と絶讃したい。但し、浪漫的な詩情を湛へた演奏ではなく、実際的で明晰な演奏に止まる。これはコンヴィチュニーの限界であるが、逆説的には存外古びない強みでもある。第2番第2楽章は保守的だが成功してゐる。緩徐楽章は没入が薄く物足りない反面、不健全に陥つた不恰好さもない。第1番第1楽章は起伏が少ない分、じわりと昂揚して見事だ。悠然たるフィナーレは安心感があり良さが出る。繰り返しは遵守してゐる。(2026.3.30)


ヴァーグナー:「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第1幕前奏曲
モーツァルト:ピアノ協奏曲第27番
ドヴォジャーク:交響曲第8番
フリードリヒ・グルダ(p)
ミュンヘン・フィル
ルドルフ・ケンペ(cond.)
[SCRIBENDUM SC004]

 1972年11月29日、デュッセルドルフでのライヴ録音で、大統領夫人ヒルダ・ハイネマンによる基金の為の慈善演奏会だ。非常に完成度の高い仕上がりで、ケンペとミュンヘン・フィルが好調であつたことが諒解出来る。とは云へ、名曲プログラムの為、抜きん出た特別な価値を持つ演奏がある訳ではない。ヴァーグナーは爽快で格調高い演奏だが、さらりとして面白くはない。グルダとのモーツァルトは興味深いが、バックハウスやカーゾンらの名演には及ばない。ミュンヘン・フィルの燻んだ音色、俗つぽいグルダの節回し、だうも曲想との相性は良くない。中ではドヴォジャークが良く、第2楽章や第3楽章の哀愁を帯びた美しさは絶品だ。しかし、万人を唸らせる名演とは云ひ難いのだ。(2026.3.27)


ベートーヴェン:交響曲第4番、同第5番
レジデンティ管弦楽団/ウィーン交響楽団
ヴィレム・ファン・オッテルロー(cond.)
[ARTIS AT025]

 24枚組。オッテルローの復刻がこれほど纏まつたことはかつてなく、大歓迎の好企画だ。ベートーヴェンの交響曲は第4番以降の6曲が聴ける。メンゲルベルクと同様、芯の強いベートーヴェンで、明るく小粋な響きの演奏だ。手兵レジデンティ管弦楽団との第4番が素朴で力強い名演だ。情熱的な内声部が充実してゐる。しかし、神秘的な情緒や若々しい活気には欠け、野暮つたく感じるかも知れぬ。ウィーン交響楽団との第5番も良いが、小振りで洒脱な仕上がりの為、曲の偉大さを感じることはない。(2026.3.24)


ドニゼッティ:愛の妙薬
フェルッチョ・タリアヴィーニ(T)/ビドゥ・サヤン(S)/ジュゼッペ・ヴァルデンゴ(Br)/サルヴァトーレ・バッカローニ(Bs)、他
メトロポリタン歌劇場管弦楽団と合唱団/ジュゼッペ・アントニチェッリ(cond.)
[Naxos Historical 8.110125-26]

 1949年12月24日の放送音源。豪華な歌手陣で期待に違はぬ歌合戦が楽しめる。何と云つてもタリアヴィーニのネモリーノが絶品だ。ネモリーノではジーリが最高だと思つてゐるがタリアヴィーニも甲乙付け難い。それにしても驚くほど似たやうな歌ひ振りで、柔和で甘い節回しは瓜二つなのだ。優劣は留保して、他の歌手が贅を尽くす。Metの名花サヤンのアディーナは清潔な色気があり当たり役だ。ベルコーレはファルスタッフやイアーゴで名唱を聴かせたヴァルデンゴ、ドゥルカマーラは性格的バスでドン・パスクァーレの名唱が忘れ難いバッカローニだ。表情豊かなMetの絶妙な伴奏で、聴衆の反応も良く、楽しきこと請け合ひの名演である。音質も水準以上で、話題にならないのが不思議だ。余白にサヤンが歌ふ「ラ・ボエーム」「道化師」を収録。「ラ・ボエーム」はディ=ステファノとの共演で極上。(2026.3.21)


モーツァルト:クラリネット協奏曲
ヴェーバー:クラリネット協奏曲第1番、ジルヴァーナ変奏曲
ベートーヴェン:クラリネット三重奏曲「街の歌」
ルイ・ド・フロマン(cond.)/アニー・ダルコ(p)/ロベール・ヴェイロン・ラクロワ(p)、他
ジャック・ランスロ(cl)
[OSSIA 1003/2]

 フランスの名手ランスロの最初期録音集2枚組。1枚目。ランスロは木目細かくヴィブラートを用ゐて音色の変化させ、また音域での音色の差を感じさせない流麗なフランス流派の代表格だ。モーツァルトでは色気があり、歌が溢れてゐて、間合ひを取らず洒脱な音楽を聴かせる。巧いのだが、モーツァルトの素朴で純真で透明な楽想には沿はず、しつくりこない。ヴェーバーが良い。ヘ短調協奏曲は絶妙な名演で、爽やかな音楽に仄暗い浪漫が混ざり見事だ。管弦楽も良く、第2楽章中間部の美しいコルの音色に陶然となる。ダルコとのジルヴァーナの主題による7つの変奏曲も極上の名演に仕上がつてゐる。ベートーヴェンが素晴らしい。ランスロのクラリネットには人情味があり哀愁を感じさせる独特の個性がある。明るく温かい理想的な名演なのだ。(2026.3.18)


ドヴォジャーク:交響曲第9番、同第8番
フランス放送国立管弦楽団/ロンドン・フィル
コンスタンティン・シルヴェストリ(cond.)
[EMI 50999 7 23347 2 0]

 シルヴェストリEMI録音全集17枚組―協奏曲の伴奏録音は除く。シルヴェストリによる後期三大交響曲の録音は各々オーケストラが異なる。新世界交響曲はフランス放送国立管弦楽団との演奏で、振り切つた表現の情熱的な名演だ。フランスのオーケストラだけあつてラテン的で明るい華やかさがあり、ドヴォジャークの土臭さは感じさせない。tuttiでの重苦しさはなく凄まじい推進力で聴かせる。本流ではないが、洒落た名演として語り継ぎたい逸品。ロンドン・フィルとの第8交響曲は軽やかで色気があり、疾走感や力感が詰まつてゐる。第1楽章コーダの煽り立てるやうな熱気は圧巻だ。第2楽章も停滞せず畳み掛けるやうな熱い歌が聴ける。特に素晴らしいのが一歩引いて寂寥感を滲ませた第3楽章で、再現時の哀愁は万感迫る。ロンドン・フィルの技量も流石で、3曲の中では第8番が最も優れてゐる。(2026.3.15)


プッチーニ:トスカ
レオンタイン・プライス(S)/ジュゼッペ・ディ=ステファノ(T)/ジュゼッペ・タッディ(Br)/フェルディナンド・コレナ(Bs)、他
ウィーン・フィルと合唱団/ヘルベルト・フォン・カラヤン(cond.)
[DECCA 4851586]

 ディ=ステファノのデッカ録音全集14枚組。1962年、デッカとRCAが提携してゐた時期の録音だ。RCA陣営からはプライス、デッカからはディ=ステファノとカラヤンが起用され一期一会の録音といふ訳だ。当時最優秀録音を誇つた2社だけあつて音質は究極だ。冒頭の迫力は凄まじく、聴き手は完全に打ちのめされるだらう。これはカラヤンだけが成せる神技であり、重厚なテヌート奏法が魅せる。第1幕終結部の大砲や鐘の音も凝つてをり聴き処だ。ウィーン・フィルが素晴らしく第3幕のホルンやチェロの分奏の美しさは古今最高だ。歌手は全員申し分ないのだが、突き抜けたものがない。ディ=ステファノはカラス共演盤と比べて自由で表現の幅は広がつてゐるが、声の魅力は幾分薄れたのは事実だ。プライスは流麗で広大な歌唱を聴かせる。カラヤン好みの歌だ。安定感と巧さでは抜群だが、感銘において粗野なカラスを超えられてゐない。当盤ではタッディのスカルピアが頭一つ良いのだが、これもゴッビの名唱を凌ぐことはない。全て水準以上だが、音響以外では語ることが少ない録音だ。(2026.3.12)


シベリウス:ポヒョラの娘、「白鳥姫」より薔薇を持つた乙女たち、タピオラ、交響曲第7番
ボストン交響楽団/BBC交響楽団
セルゲイ・クーセヴィツキー(cond.)
[ARTIS AT020]

 40枚組。クーセヴィツキーの復刻がこれほど纏まつたことはかつてなく、大歓迎の好企画だ。クーセヴィツキーの最も重要なレパートリーであつたのはシベリウスだ。往時カヤヌスと並ぶ名録音を創出した。ポヒョラの娘とタピオラはカヤヌスに劣らぬ見事な名演で音が血肉と化してゐる。雄渾で壮麗な響きが充溢してをり、ボストン交響楽団の技量もあつて説得力が強い。珍しい白鳥姫の抒情的な小曲も美しい。さて、1933年に吹き込まれたBBC交響楽団との第7交響曲はこの曲の世界初録音であり、未だに規範とされる極上の名演だ。浪漫的で大河のやうなうねりのある演奏なのだが、完全に手中に収めてをり間然する処がない。今日のシベリウス解釈とは方向性が異なるが、信念に貫かれてをり圧巻なのだ。思はず引き込まれる。(2026.3.9)


ハーマン:地底探検、シンドバッド七回目の航海、地球の静止する日、華氏451
ナショナル・フィルハーモニー管弦楽団
バーナード・ハーマン(cond.)
[DECCA 485 1585]

 映画音楽の巨匠ハーマンのデッカ・フェイズ4録音7枚組。3枚目。1973年に録音された”The Fantasy Film World”と題されたアルバムで、SFファンタジー映画史に残る傑作の世界を堪能出来る。自作自演の揺るがない決定的名演。ジュール・ヴェルヌ原作「地底探検」の初映画化作品で、ハーマンが作り出した音響世界は驚くものだ。特に重低音の使ひ方は見事。フェイズ4の優秀録音で聴く喜びも極まる。異星人クラトゥとロボットのゴートが登場するSF映画の古典的名作「地球の静止する日」も神秘的で近未来的な響きが魅惑的だ。「シンドバッド七回目の航海」では中東の雰囲気を醸し出してゐるが、娯楽的な要素が勝る。禁書社会のディストピア作品で、紙が燃える温度に由来する「華氏451」では、トリュフォーが監督だからかフランス音楽の延長を感じさせる。(2026.3.6)


ドヴォジャーク:交響曲第8番、スラヴ舞曲第1番Op.46-1
バーバー:交響曲第1番
ニューヨーク・フィル
ブルーノ・ヴァルター(cond.)
[Sony Classical 190759232422]

 コロムビア録音全集77枚組。スラヴ舞曲は1941年、渡米後の最初の録音のひとつだが、出来は良くない。リズム処理が悪く舞曲になつてゐないのだ。1947年録音の第8交響曲は精悍な演奏で、フィルハーモニックに多くを委ねてゐる。第2楽章や第3楽章はヴァルターならではの甘い歌が楽しめるが、剛直な要素が勝るのだ。細部の精度も詰めが悪い。コロムビア交響楽団との晩年の再録音の方が個性を味はへる。さて、1945年に録音されたバーバーの単一楽章の交響曲が特殊な価値があり興味深い。バーバーが改訂を施し1942年に改訂版初演を担つたのがヴァルターなのだ。ライヴ録音も残るが、満を持しての正規録音で、熱量が凄まじく完熟の名演だ。問答無用の決定盤。(2026.3.3)


ベートーヴェン:「レオノーレ」序曲第3番、交響曲第5番
シューベルト:未完成交響曲
ウィーン・フィル/シュターツカペレ・ベルリン
フランツ・シャルク(cond.)
[Dante LYS 236-237]

 シャルク録音全集2枚組。1枚目。今日ではブルックナーの高弟として歴史的人物で語られるに過ぎないシャルクだが、指揮者・教育者として極めて有能でウィーン楽壇の重鎮として君臨した大物なのだ。ウィーン・フィルの礎を築いた大恩人でもある。シャルクの指揮は端正で淡白だ。力みもなく、これ見よがしの演出もない。反面、仕上がりが雑然とし拘泥はりが無さ過ぎるやうに感じる。第5交響曲はお粗末にも冒頭の合奏が乱れ「運命の動機が1つ多く聴こえる」ことで有名な録音だ。交響曲も序曲も今日では全く問題にならない凡庸な演奏であり価値は殆どない。未完成交響曲はベルリンのオーケストラとの演奏で、最も古い1927年12月の録音だ。演奏の質はこちらの方が良い。実はウィーン・フィルとの演奏ではシャルクはコンツェルトマイスターのロゼーに音楽を委ねてをり、一歩引いてゐるのだ。(2026.2.27)


ドニゼッティ:愛の妙薬
ベニャミーノ・ジーリ(T)/リーナ・ジーリ(S)/ジュゼッペ・タッディ(Br)/イタロ・ターヨ(Bs)、他
ジャナンドレア・ガッヴァツェーニ(cond.)
[BONGIOVANNI HOC 035/36]

 1953年ナポリでの公演の記録。ジーリは「人知れぬ涙」をこの上なく得意とした。声質や歌ひ回しが役柄にぴつたりで泣き節がかくも嵌るのは滅多にないことだ。しかし、ジーリは全曲正規録音を残さなかつた。晩年のライヴがそれを補完して呉れるのだが、猛烈に音質が悪く歪みも非道い。だから、一般の聴き手にはお薦めしない。ジーリ愛好家の為にある録音だ。それにしても「人知れぬ涙」の後の熱狂は凄まじい。主役ジーリのネモリーノは音質を度外視すれば最高なのだ。娘リーナのアディーナも好演、タッディやターヨといつた名手を揃へ、ガッヴァツェーニも指揮も巧い。内容は兎に角良いのだ。(2026.2.24)


シューベルト:ピアノ・ソナタ第14番、さすらひ人幻想曲
リスト:歌曲トランスクリプション(7曲)
ヴラディーミル・ソフロニツキー(p)
[SCRIBENDUM SC817]

 34枚組。ソフロニツキーの復刻がこれほど纏まつたことはかつてなく偉業と云へよう。4枚目。1953年12月25日のライヴ録音。ソフロニツキーは何よりもまずスクリャービン弾きだが、次に来るのはまさかのシューベルトなのだ。ショパンとシューマンよりもだ。リストが編曲した歌曲トランスクリプションを好んで取り上げたのを見れば諒解出来るだらう。イ短調ソナタは屈指の名演だ。物悲しさと哀愁があり、危ふひ感情表現がシューベルトの核心を抉つてゐる。さすらひ人幻想曲が極上の名演だ。この曲は高度な技巧が要求されるので、並のシューベルト弾きでは手に負へず散漫な演奏が多い。ソフロニツキーの演奏は滅多に聴けない起伏ある表現があり凄みがある。トランスクリプションは選曲からして深みがある。「白鳥の歌」から「街」「海辺にて」「影法師」と壮絶な音楽に圧倒される。最後は恐ろしき「魔王」で締め括る。(2026.2.21)


ルイーズ・ホーマー(A)/録音集(1903年〜1929年)
グルック/マイアベーア/サン=サーンス/シドニー・ホーマー、他
[Pearl GEMM CD 9950]

 ホーマーは米國のコントラルトで、確かな技巧と豊かな声量を持ち、高音では清明さを発揮したので、華やかで存在感が圧倒的であつた。マーストンが復刻した当盤はホーマーの魅力を存分に伝へる。歌劇ではグルック「オルフェオとエウリディーチェ」、マイアベーア「ユグノー教徒」「預言者」、サン=サーンス「サムソンとデリラ」での名唱を堪能出来る。最も個性的で重要な録音は、作曲家である夫シドニー・ホーマーの歌曲7曲である。表現も深く掘り下げられをり、これ以上は望めない感銘強い逸品だ。尚、親戚にはバーバーもゐた。その他、英語による歌曲が多めだが、グノーやドリーブも生彩があつて良く、チャイコフスキー「ただ憧れを知る者のみが」での絶唱は琴線に触れる。(2026.2.18)


ショスタコーヴィチ:弦楽四重奏曲第14番、同第15番
ベートーヴェン弦楽四重奏団
[VENEZIA CDVE 04328-3]

 露VENEZIAレーベルが復刻したベートーヴェンSQによるショスタコーヴィチ弦楽四重奏曲全集6枚組。6枚目。ショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲はベートーヴェンほど明確な区分はないが、第11番あたりから後期へと移行したと見てとれよう。第14番はチェロ奏者セルゲイ・シリンスキーに献呈されてをりチェロが活躍する。曲想は抒情的で明朗さが感じられる。最後の第15番は全6楽章がアダージョといふ特異な様式だ。第1楽章エレジーはシューベルトの死と乙女を想起させる。セレナードと題された第2楽章が奇怪極まりない。各楽器で単音のクレッシェンドを十二音で繋いで行く様は音楽の概念を超える。全篇が沈鬱な作品で、ベートーヴェンSQの全霊を込めた表現で彼岸の世界へと誘はれる。(2026.2.15)


モーツァルト:フィガロの結婚
ガブリエル・バキエ(Br)/エリーザベト・ゼーダーシュトレーム(S)/ジェレイント・エヴァンス(Br)/レリ・グリスト(S)/テレサ・ベルガンサ(Ms)、他
ニュー・フィルハーモニア管弦楽団/ジョン・オールディス合唱団/オットー・クレンペラー(cond.)
[Warner Classics 5 054197 528996]

 歌劇と宗教曲の録音全集29枚組。1970年、最晩年のクレンペラーが制作した低速で有名な録音である。フィガロの結婚は軽快で賑やかで駆け抜けるやうな演奏が好ましい。だから大方の指揮者は速いテンポを採用するし、モーツァルトもさう要求してゐる。無論クレンペラーのテンポは遅い。序曲は一回り遅く、普段聴こえない声部が良く聴こえる珍奇な演奏だ。だが、幕が開けると程良いテンポに落ち着いてゐる。どの番号も概して遅いが決して歌手が歌ひ難くなるやうな不恰好にならず、ディクションとアンサンブルに神経を通はせることが出来、歌手が美しく発声出来るやうに管弦楽が配慮されてゐる。クレンペラー盤には明晰さがあり、序曲以外は遅さを感じない。寧ろ他の演奏が速いやうに感じるくらゐだ。精妙で静謐なる一種特別な美しさがあり、玄人には薦めたい名盤だ。但し、男性歌手は悉く小粒で往年の大歌手に比べると物足りない。一方、女性歌手にはベルガンサやプライスなど大物を入れてゐるがだうも生彩を欠く。否、クレンペラー盤には抜きん出た宝があるのだ。グリストが歌ふスザンナだ。愛らしくて冒頭から骨抜きにされて仕舞ふ。他全てが色褪せる独擅場なのだ。断言しよう、スザンナはグリストが古今最高だ。(2026.2.12)


ベートーヴェン:交響曲第4番、同第6番「田園」
ライプツィヒ放送交響楽団
ヘルマン・アーベントロート(cond.)
[BERLIN Classics 0093462BC]

 古き良きドイツの楽長による王道のベートーヴェン演奏を聴くなら代表格はアーベントロートだ。弦楽器と管楽器が程好く混ざる渾然一体とした響きは、現代の明晰な演奏とは真逆で、素朴で訥々と語り掛けるやうなフレージング、経過句での自然な移行、染み込んだ伝統的な解釈と作法、何処を取つても納得のベートーヴェン像だ。第4交響曲は一見無雑作で各々の奏者の技術はくすんでゐるが、全体が一丸となつた名演が確かにある。田園交響曲も古色蒼然とした回顧的な音楽が滔々と流れる。演奏技術の美しさよりも聴き手に美しさを想起させるのがアーベントロートなのだ。(2026.2.9)


ヘンデル:合奏協奏曲ニ短調Op.6-10
ハイドン:交響曲第104番
シューベルト:「ロザムンデ」よりバレエ音楽第2番、間奏曲第3番
カストロ:「オペラ・コミカ」序曲
テアトロ・コロン管弦楽団
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー(cond.)
[DISQUES REFRAIN DR920032]

 1950年に南米ブエノスアイレスのテアトロ・コロンに客演した記録は珍品で、アセテート盤しかなく、フルトヴェングラーの全レコードの中でも取り分けが音質が悪いことで知られる。生半可な覚悟で手を出さぬ方が良い。しかし、ハイドンとカストロが唯一の演目で、食指が動くのも事実だ。ハイドンの第104番には戦中のライヴ録音があるとされ、長年聴かれてきたが、取り違へのやうで本当の指揮者はドレッセルらしい。さうなるとこの南米ライヴが唯一の録音となる。演奏はロマンティックで猛烈なので楽しめる。フアン・ホセ・カストロの軽快な序曲は珍品中の珍品で微笑ましい。物々しいヘンデルと耽美的なシューベルトは他に音の良い録音があるので価値はないが、演奏自体は流石で、特に間奏曲第3番は呑み込まれるやうな感情表現がある。(2026.2.6)


日本管弦楽名曲集
東京都交響楽団
沼尻竜典(cond.)
[Naxos 8.555071]

 2001年から始まったNaxosの好企画「日本作曲家選輯」の第1弾で、兎に角良く売れた1枚だ。武満を例外として邦人作曲家の作品は商業ベースに乗ることは殆どなかつたが、この企画によつて盛況を呈する端緒となつた。収録曲は外山雄三「管弦楽の為のラプソディ」、近衛秀麿が編曲した「越天楽」、伊福部昭「日本狂詩曲」、芥川也寸志「交響管弦楽の為の音楽」、小山清「管弦楽の為の木挽歌」、吉松隆「朱鷺に寄せる哀歌」と歴々たる名曲が揃ひ踏む。演奏は日本風情を前面に出さず、土着の色彩を付けてゐないのが特徴だ。その為に内容は玉石混交だが、一番良いのは芥川だ。疾走感が絶品で名演だ。越天楽を西洋管弦楽で表現した近衛の編曲も演奏が良く見事だ。吉松作品での繊細さも美しい。外山のラプソディと小山の木挽歌も感興が乗つてをり良いが、日本情緒が足りないと感じる向きはあらう。詰まらないのは胆力を感じられない伊福部の日本狂詩曲で、作品の良さを伝へてゐない。(2026.2.3)


ベートーヴェン:ピアノ三重奏曲第5番、同第7番
シャーンドル・ヴェーグ(vn)/ミエチスラフ・ホルショフスキ(p)
パブロ・カサルス(vc)
[Philips 484 2348]

 カサルスのPhilips音源集7枚組。ベートーヴェン・ハウスでの特別演奏会の記録で、1958年9月18日にホルショフスキとソナタ3曲を演奏した後、9月20日にはヴェーグを加へてのトリオ3曲の演奏会を行つた。幽霊トリオは正規初復刻された音源だ。以前に商品化されたのはプラド音楽祭での1961年の録音の方であり、ボンでの演奏がやうやく聴けるやうになつた。プラドでの演奏よりも覇気が漲つてをり圧倒される。気魄が勝り音楽は荒れ気味だが、生命力が爆発してゐる。大公トリオも同様の熱演だ。カサルスは衰へてはゐるが、矍鑠たる演奏を披露して呉れる。寧ろヴェーグやホルショフスキの乱れが酷い。勿論、美しい瞬間もあるが、ライヴとは云へ傷が多過ぎて残念だ。(2026.1.30)


ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番
ハイドン:ピアノ協奏曲第11番
マッシモ・フレッチャ(cond.)/マリオ・ロッシ(cond.)、他
アルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリ(p)
[Warner Classics 025646154883]

 チェトラ録音を含むEMI系列録音集成14枚組。ベートーヴェンは1960年5月14日のライヴ録音。ミケランジェリは皇帝協奏曲をこよなく好んでをり、録音も複数残る。フレッチャ指揮ローマ・イタリア放送交響楽団の伴奏は華やかで威勢が良いが繊細さを欠き、時に崩れがあるのでひやりとする。ミケランジェリが無上に素晴らしい。これほど抜けの良い純度の高いピアノの音はさうは聴けまい。王冠が輝くやうで豪華絢爛、しかしけばけばしさはなく崇高さすら感じさせる。得意としたハイドンのニ長調協奏曲は正規録音での名盤があつたが、これは1959年12月18日のライヴ録音だ。この演奏も乙だが、録音状態も含めて正規盤には及ばない。(2026.1.27)


ドニゼッティ:愛の妙薬
ジュゼッペ・ディ=ステファノ(T)/ヒルデ・ギューデン(S)/レナート・カペッキ(Br)/フェルディナンド・コレナ(Bs)、他
フィレンツェ五月音楽祭管弦楽団と合唱団/フランチェスコ・モリナーリ=プラデッリ(cond.)
[DECCA 4851586]

 ディ=ステファノのデッカ録音全集14枚組。1955年の録音。ディ=ステファノがデッカに残した歌劇全曲は実はこの愛の妙薬だけで、他は提携関係にあつたRCAレーベルへの録音で歌手もRCA陣営が主軸を占める。純粋にデッカの歌手で制作された当盤には伝統的な欧州の息吹が強く残つてをり掛け替へがない。矢張りディ=ステファノが素晴らしい。小賢しさを抜きにして声の魅力を前面に出すので気持ちが良い。これぞネモリーノだ。1950年代迄は声の純粋さを保持してゐた絶頂期のギューデンのアディーナが得難い嵌まり役だ。ベルコーレにカペッキ、ドゥルカマーラにコレナを配置し贅沢だ。一聴して忽ち感じるのはモリナーリ=プラデッリの精気ある管弦楽の扱ひである。常套的なカットがあるが、オーケストラに関してはこれ以上ない決まつた出来栄えである。総合点において当盤が最高であらう。(2026.1.24)


モーツァルト:ディヴェルティメント第15番
バルトーク:ラプソディ第1番、コントラスツ
ブロッホ/ミヨー/ファリャ
マックス・ゴーバーマン(cond.)/ベニー・グッドマン(cl)/ベーラ・バルトーク(p)/アンドール・フォルデシュ(p)
ヨーゼフ・シゲティ(vn)
[SONY Classical 19075940352]

 やうやう集成されたコロムビア録音全集17枚組。1枚目。欧州で尊敬を集め、崇められたシゲティは戦火を逃れて渡米した。英コロムビアから米コロムビアへと移籍した録音の第1弾は何とモーツァルトのディヴェルティメントであつた。主役ではなく、部分的に独奏ヴァイオリンを担ふ控へ目な参画とは面白い。シゲティは演奏披露よりも音楽布教の方に関心があるのだ。更に米國で困窮してゐた盟友バルトークを支援する。ラプソディとコントラスツは自作自演といふ絶大な価値がある。厳ついバルトークのピアノと鋼のやうなシゲティのヴァイオリンは他にはない原点を聴くことが出来る。グッドマンのクラリネットは浮いてゐるがジャズとの対比といふ意味で妙味と受け取りたい。フォルデシュと録音した3曲ではブロッホのバール・シェムが格別な味はひだ。管弦楽版を初演したのはシゲティであり、作品への切り込み具合が凄まじい。ファリャ「粉屋の踊り」のsul ponticello奏法は尋常ではない。(2026.1.21)


ハイドン:交響曲第104番
ヴェーバー:「オイリアンテ」序曲
ロンドン・フィル/ロンドン交響楽団
ヨーゼフ・クリップス(cond.)
[DECCA 484 4780]

 クリップスの英デッカ録音集成第1巻22枚組。モーツァルトを得意としたクリップスはハイドンにも名演が多いが、この古いモノーラル録音のロンドン交響曲は感銘が低い。モーツァルト風過ぎるのだ。流麗で旋律が美しく、カデンツの終止にも細心で和声感もあり、上品で優美だ。だが、ハイドンの集大成の曲に込められた独自の壮麗さがない。印象に残らない綺麗なだけの演奏なのだ。ヴェーバーの方が面白い。この演奏もモーツァルト風で軽過ぎるのだが、力強く華美な演奏が多いので、華奢なクリップスの演奏には一種特別な価値がある。(2026.1.18)


ベートーヴェン:交響曲第4番
シューマン:交響曲第4番
クリーヴランド管弦楽団
ジョージ・セル(cond.)
[SONY 88985471852]

 遂に集成されたセル大全集106枚組。ベートーヴェンは1947年4月22日のモノーラル録音で、クリーヴランド管弦楽団と行つた最初の録音のひとつである。暗闇を手探りするやうな序奏から主部に入つた時の晴れ渡つた快活さは如何ばかりだらう。セルの指向性が明らかにされた見事な名演が展開される。旧世代の濃厚なロマンティシズムとは袂を分けた即物的な第2楽章も特徴的だ。シューマンへの思ひ入れも明らかだ。セルはマーラーの改訂を取り入れ独自のオーケストレーションで演奏してをり自信の程が窺へる。金管が明朗に鳴る勇壮な演奏で、賛否両論あるだらうが総じて名演であらう。(2026.1.15)


ハイドン:ピアノ協奏曲第11番(2種)
モーツァルト:ピアノ協奏曲第12番、コンサート・ロンドK.386
イングリット・ヘブラー(p)/ジャニー・ヴァン・ウェリング(cemb)
オランダ室内管弦楽団
シモン・ゴールドベルク(cond.)
[Retrospective RET93407]

 ゴールドベルクのフィリップス録音の殆どを集成した8枚組。5枚目。前半4枚はヴァイオリン奏者としてだが、後半4枚は指揮者としてのゴールドベルクを聴く構成だ。音楽の相性が良好さうなヘブラーの伴奏で、1960年の録音だ。ヘブラーのデヴュー曲でもあつたモーツァルトの協奏曲は上品で繊細な名演なのだが、感銘は今ひとつだ。曲の魅力もあるがコンサート・ロンドの方が楽しく聴ける。ハイドンの協奏曲が名演。優美さと格調高さが流石だ。だが、優等生過ぎて面白い演奏かと問はれると困る。ハイドンの協奏曲が2種も収録されてゐる。1974年、チェンバロでの再録音だ。内容ではヘブラーとの旧盤が良いが、チェンバロで聴く良さを比較出来る。(2026.1.12)


ショパン:マズルカ第26番〜第51番(Op.41、Op.50、Op.56、Op.59、Op.63、Op.67、Op.68、Op.posth)
サンソン・フランソワ(p)
[ERATO 9029526186]

 没後50年記念54枚組。3度目となる大全集で遂にオリジナル・アルバムによる決定的復刻となつた。13枚目。フランソワはマズルカをステレオで再録音することはなかつたが、才気溢れ正にデカダンスで表現し尽くした演奏藝術は一期一会の賜物であつた気がしてならない。ポーランド流派の民族色を効かせた演奏とは一線を画し、物憂ひ諦観の溜め息が色濃い。瀟洒な語尾、虚空に棚引く余韻、青白い美がある。ショパン晩年の作品との相性も良く、唯一無二のマズルカ集だ。(2026.1.9)


ハイドン:交響曲第101番「時計」、同第102番、同第104番「ロンドン」
ロイヤル・フィル
サー・トーマス・ビーチャム(cond.)
[Warner Classics 5021732408914]

 ステレオ録音全集35枚組。ビーチャムはハイドンやモーツァルトを好んで取り上げてきたが、晩年に集大成とも云へる第2ザロモン・セット6曲を録音した。何と云ふ紳士的でスノビズムに溢れた演奏だらうか。往時のハイドンの受容を顕著に伝へる典型的な名演だ。まろやかで気品があり茶目つ気がたつぷりで、決して奇を衒はず王道ど真ん中だ。そして極めて退屈だ。予定調和で事件は何も起きない。第102番は特にぼんやりして印象に残らない。第104番は流石の完成度だが、悪くない程度だ。(2026.1.6)


ムソルグスキー:展覧会の絵
ウラディミール・ホロヴィッツ(p)
[RCA&SONY 88697575002]

 RCAとSONYのオリジナル・ジャケット・コレクション70枚組。1947年に録音されLM-1014の番号で出たホロヴィッツ最初のLP盤だ。切り札とも云へる演目で仕上がりは神業のやうだ。ライヴ盤の方が感興もあり聴衆の熱烈な反応があつて好ましいが、正規盤は燦然たるピアニズムが揺るぎなく凄みを再確認出来る。終曲等でホロヴィッツ独自の編曲が加へられてをり、原曲とは別物と考へても良いが、ホロヴィッツ以上の感銘を与へる展覧会の絵はあるのだらうか。(2026.1.3)



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