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楽興撰録

蒐集した音楽を興じて綴る頁


2023.9.30以前のCD評
声楽 | 歌劇 | 管弦楽 | ピアノ | ヴァイオリン | 室内楽その他



最近の記事


ベートーヴェン:ミサ・ソレムニス
エリーザベト・シュヴァルツコップ(p)/ハインツ・レーフス(Bs-Br)、他
アムステルダム・トーンクンスト合唱団/アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
オットー・クレンペラー(cond.)
[archiphon KKC4258]

 1947年から1961年に及ぶコンセルトヘボウへの客演記録の集成24枚組。クレンペラーはミサ・ソレムニスを大変得意としてをり、幾つも録音があり、特にフィルハーモニア管弦楽団との正規録音は名盤中の名盤であつた。この初出となる1957年の公演記録も大層な名演であり流石だ。実演だけあつてセッション録音よりも生気に溢れてをり、巨大さと豊かな感興が均衡した名演なのだ。シュヴァルツコップらの独唱陣も良く、ヤン・ダーメンのヴァイオリン独奏も美しい。管弦楽と合唱も実力はこちらが上だが、実演なのでバランスや精緻さには欠ける。一長一短だが驚くべき名演だ。曲間の様子もそのまま商品化してをり生々しい。(2024.4.24)


ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第17番「テンペスト」
シューベルト:即興曲D899-2
バイロン・ジャニス(p)
[RCA 88725484402]

 RCA録音全集。1950年に録音された新星ジャニスのデビュー・アルバムだ。選ばれた演目はベートーヴェンとシューベルトといふ王道で驚異的な名演を披露してゐる。ベートーヴェンでは確かな打鍵による強靭なピアニズムで、殊更幻想的に表現される曲が情熱的に変容する。新しい解釈とそれを成功される技巧の裏付けがある。見事だ。シューベルトも同様だが、こちらはまだまだ成熟さが足りない。(2024.4.21)


ジュゼッペ・デ=ルーカ(Br)
録音全集第1巻
フォノティピア録音(1907年)
[Pearl GEMM CDS 9159]

 全集録音第1巻3枚組。2枚目。1907年1月、デ=ルーカはフォノティピアに大量録音を行つた。演目は得意としたドニゼッティやヴェルディが中心だが、定番と云へるモーツァルト、ロッシーニ、ポンキエッリ、レオンカヴァッロ、フランケッティなど多岐に渡り幅広い表現を楽しめる。どれも柔和で高貴な美しさが光る名唱ばかりだ。フランス・オペラも少なからず残しており「ディノーラ」「アムレ」はG&Tにも録音したが、マスネ「ラオールの王」「エロディアード」は珍しいだらう。目を引くのは「タンホイザー」で本流ではないが面白からう。歌曲も7曲吹き込んでをり、自作の「優しき聖母」は貴重だ。さて、最も気になつたのはバリトンのフェルッチョ・コッラデッティとの二重唱によるルッジなる作曲家の「二人の靴屋」で、曲がヴェルディ「ラ・トラヴィアータ」のヴィオレッタの終幕のアリアのパロディー、否ほぼそのままを巫山戯て茶化し乍ら歌つた問題作なのだ。(2024.4.18)


モーツァルト:弦楽四重奏曲第19番
シューベルト:弦楽四重奏曲第14番「死と乙女」
ハイドン:弦楽四重奏曲Op.74-1
ハンガリー弦楽四重奏団
[Music&Arts CD-1181]

 ゾルターン・セーケイとハンガリーSQの録音集8枚組。1枚目。モーツァルトとシューベルトは1958年7月22日のマントン音楽祭での記録で、この後にシューベルトの第15番が演奏されてゐる。モーツァルトの不協和音が絶品だ。冒頭から密度の濃い響きで別世界に誘ふ。主部は快速の研ぎ澄まされた辛口の音楽が展開される。緊張感が途切れることなく、甘めのモーツァルト演奏とは一線を画す。濃密な第2楽章、明暗の対比が鋭い第3楽章、疾風のやうな第4楽章と一分の隙もなく、思ひ起こす限り最高の演奏で、決定的名演と絶讃したい。一般的な鷹揚で上品なモーツァルト演奏とは真逆で、凛々しく熱情的な解釈が清々しい。死と乙女は細部まで丁寧かつ厳格な演奏で、内部に秘めた浪漫的な情感も素晴らしいが、難曲だけに綻びもあり幾分感銘は落ちる。第2楽章コーダではノン・ヴィブラート奏法による俗気を抜いた響きを作つてをり美しい。ハイドンが名演。1950年7月5日のライヴ録音で、完成度の高い極上の合奏を聴かせて呉れる。古典的な様式美の中に潤ひのある奏法が光る。(2024.4.15)


ブラームス:交響曲第1番
シンフォニー・オブ・ジ・エアー
イーゴル・マルケヴィッチ(cond.)
[DG 484 1659]

 DG録音集21枚組。1956年のモノーラル録音。マルケヴィッチが米國で、再出発して程ないシンフォニー・オブ・ジ・エアーを指揮してゐるのは実に珍奇だ。RCAの後ろ盾を失つたとは云へ、DGによる録音なのも何とも奇異である。録音した演目もマルケヴィッチらしくない超有名曲ばかりで商業的な関係性を感じ取つて仕舞ふ。とは云へ、マルケヴィッチはこのオーケストラを高く評価してをり、演奏内容は申し分ない。但し、威力は抜群なのだが、どこもかしこも常套的で特別な面白さはない。(2024.4.12)


ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番「皇帝」
ラフマニノフ:パガニーニの主題による狂詩曲
ニューヨーク・スタジアム交響楽団/ヨーゼフ・クリップス(cond.)
BBC交響楽団/サー・エイドリアン・ボールト(cond.)
ベンノ・モイセイヴィッチ(p)
[TESTAMENT SBT 1509]

 英TESTAMENTはモイセイヴィッチの復刻に力を入れてゐたが、最後に初出となる貴重な未発表ライヴ録音集を出した。3枚組2枚目。ベートーヴェンは3種目となる音源で、クリップスとの共演である。1961年の米國での記録だ。晩年の演奏だが、得意としただけあり美しさと力強さに磨きがかかつてゐる。問題はクリップスとニューヨーク・スタジアム交響楽団による伴奏で、良い処を探すのが難しい程にお粗末だ。取り柄は元気が良いだけか。その為、モイセイヴィッチも調子を狂はされて本領発揮とは云ひ難い。2年後のサージェントとの実演が素晴らしいだけに、この録音は価値がない。一方、1946年のボールトとのラフマニノフは極上の名演だ。これも3種目となる音源となる。音質は優れないが、繊細で表情豊かなタッチは十分聴き取れる。噎せ返るやうな妖艶さが漂ふ浪漫的な名演が展開される。(2024.4.9)


グリーグ:チェロ・ソナタ
ドビュッシー:チェロ・ソナタ
バーバー:チェロ・ソナタ
プロコフィエフ:チェロ・ソナタ
ラルフ・バーコヴィッツ(p)
グレゴール・ピアティゴルスキー(vc)
[West Hill Radio WHRA 6032]

 M&A系列のWest Hill Radioによるピアティゴルスキー稀少録音集6枚組。5枚目。バーコヴィッツの伴奏によるソナタ録音で、プロコフィエフ以外は初出となる御宝音源だ。グリーグには正規録音がなく演目としても重要だ。ピアティゴルスキーとも相性が良く、伸びやかな歌と滋味溢れる詩情、苛責なきリズムによるアンサンブルの技巧、決まつてゐる。1945年のコロムビアへの正規録音なのだが、何故か未発表で御蔵入りだつた。ドビュッシーとバーバーのソナタも1947年のコロムビアへの正規録音なのだが未発売で、RCA&コロムビア・コンプリートアルバムコレクションにも含まれてゐない幻の音源である。ドビュッシーは1958年に、バーバーは1956年にも録音したので見落とさぬよう。演奏は全盛期の輝きと安定感があり申し分ない。プロコフィエフのみRCA録音なので、ここでは割愛する。(2024.4.6)


マギー・テイト(S)
ライヴ録音(1938年/1945年/1946年/1947年/1948年)
マスネ/モーツァルト/オッフェンバック/プッチーニ/チャイコフスキー/ドビュッシー/ジョルダーニ、他
[Pearl GEMM CD 9326]

 英國の名歌手テイトの稀少ライヴ録音集。音は乏しいが、テイトは録音自体少なく貴重だ。何と云つても「マノン」のハイライト音源が聴けることが驚きだ。テイトにはオペラ・アリア録音はあつても、実演での記録はなかつた筈だ。残念乍ら英語歌唱だが、雰囲気は満点でマスネの世界を見事に表現してゐる。デ=グリュー役はヘドル・ナッシュが担ひ好演してゐる。4トラック分聴けるが、実は2種類の音源から成り立つてゐる。さて、それ以外は米國での放送音源で、様々な作品を楽しめる。アリアでは「フィガロの結婚」「ペリコール」「ラ・ボエーム」「オルレアンの乙女」が聴ける。可憐なミミは印象的だ。得意としたドビュッシーは3曲分あるが、コルトーとの素晴らしき正規録音があるので不要だらう。ジョルダーノ「カロ・ミオ・ベン」、英國民謡、メサジェやルーセルのメロディーでもテイトの高雅な詩情に胸打たれる。(2024.4.3)


ブラームス:交響曲第1番、悲劇的序曲
ウィーン・フィル
サー・ジョン・バルビローリ(cond.)
[Warner Classics 9029538608]

 英バルビローリ協会全面協力の下、遂に出た渾身の全集109枚組。基本的に英國のオーケストラを指揮してきたバルビローリだが、晩年は活動範囲を広げ、ベルリン・フィルやウィーン・フィルとの商業録音も残すやうになつた。1966年から1967年にかけて仕上げたウィーン・フィルとのブラームス交響曲全集は重要な仕事だ。第1交響曲はたつぷり遅めのテンポによる重厚な理想的名演である。ウィーン・フィルの芳醇な合奏が輪を掛けて恰幅の良いブラームスを奏でる。バルビローリの個性が出た成功例だ。但し、前に進まない極めて愚鈍な演奏と感じる向きもあるだらう。悲劇的序曲は常套的な解釈でまろやか過ぎ特段面白くない演奏だ。(2024.3.30)


ショパン:ワルツ(第6番、第8番、第9番、第11番)、24の前奏曲集、前奏曲第25番、同第26番、バラード(全4曲)
ラウル・フォン・コチャルスキ(p)
[Marston 53016-2]

 Marstonによる録音全集第2巻3枚組。3枚目。1938年から1939年にかけてのポリドール録音。ワルツ4曲は優美さや華やかさは追求せず、舞曲を際立たせる演奏でもないので、漫然と弾いたやうに聴こえる特徴の薄い演奏である。プレリュードは外連や演出は一切なく実直で朴訥とした演奏である。全24曲の俯瞰的な組み立ても感じられない。それが却つて新鮮で、曲の素の魅力を見出せるだらう。単独曲では特に第26番が玄妙な味はひで美しい。バラード4曲は技巧の鮮やかさはないが気宇壮大な取り組みで蕩蕩と音楽が流れ見事だ。しかし、ワルツもプレリュードもバラードもコルトーが稀代の名演を成し遂げてゐるので分が悪い。(2024.3.27)


ベートーヴェン:ミサ・ソレムニス、ミサ曲ハ長調
エリー・アメリンク(S)/ジャネット・ベイカー(Ms)、他
ロンドン・フィル/ニュー・フィルハーモニア管弦楽団と合唱団
カルロ・マリア・ジュリーニ(cond.)
[EMI 3 87739 2]

 仏EMI系音源によるベートーヴェン・コレクターズ・エディション50枚組。ミサ・ソレムニスは1975年の録音だが、抜けが悪く音が曇つてをり冴えない。音像が遠くて迫力不足だ。それは演奏にも云へる。遅めのテンポは良いのだが、力感が不足し、だらりとした演奏にしか聴こえない。クレンペラーの名盤と比較すると雲泥の差だ。この大曲を支へ切る熱量はジュリーニにはない。さて、演奏される機会の少ないハ長調ミサ曲作品86が良い。実は録音が1970年で、こちらの方が先だ。ジュリーニはこの作品の復権に意欲を燃やしたと想像される。 荘厳ミサ曲の先駆的な作品で、一回り小さくした印象だ。作曲技法においても共通点を多く見出せる。(2024.3.24)


ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第5番
モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタK.296
エマニュエル・ベイ(p)
ヤッシャ・ハイフェッツ(vn)
[RCA 88697700502]

 オリジナル・ジャケット・コレクション全集103枚組。ハイフェッツの凄みは協奏的作品において発揮されるが、室内楽作品でも存分に魔力を放つ。スプリング・ソナタは快速のテンポで表面上は即物的な演奏に聴こえるが、細部に血を通はせた濃厚な歌ひ回しはハイフェッツだけの藝当だ。特に第2楽章での狂詩的な妖艶さは一種特別だ。古典的なベートーヴェン解釈とは一線を画す。モーツァルトも同様で我田引水の解釈には好みが分かれるだらうが、説得力は強い。ベイの伴奏が幾分弱く感じるがハイフェッツを相手に健闘してゐると云へよう。(2024.3.21)


ブラームス:交響曲第1番、大学祝典序曲、ハンガリー舞曲(第1番、第17番、第20番、第21番)
NBC交響楽団
アルトゥーロ・トスカニーニ(cond.)
[RCA 88697916312]

 RCA録音全集84枚組。交響曲は1951年の録音。何種も録音が残るトスカニーニの中心線と云へる曲だが、この晩年の演奏は硬直化が見られるのと枯れた淡白さが目立ち、録音条件は多少古くても全盛期の白熱した名演をお薦めしたい。終楽章コーダでティンパニを改変し猛打させてゐるのには仰天するだらう。トスカニーニは楽譜に忠実を信条としたなどと実しやかに語られるが誤解も甚だしい。慣習を断ち切り楽譜を読み直して独自の解釈を貫いたのがトスカニーニなのだ。序曲の出来栄えは並程度で面白くない。ハンガリー舞曲4曲が圧倒的で絶品だ。第1番はヴァイオリンの音高を途中で改変してをり熱気に驚く。中間部も狂奔してをり噎せ返る。他3曲は演奏頻度の少ない曲を選出してゐるが、これが良い。狂詩的な趣が噴流の如く溢れる。(2024.3.18)


ベートーヴェン:ピアノ三重奏曲第1番、同第2番
ヘンリク・シェリング(vn)/ピエール・フルニエ(vc)/ヴィルヘルム・ケンプ(p)
[DG 00289 479 6909]

 DG/Decca/Philips全集25枚組。7枚目。ベートーヴェンのピアノ三重奏曲の録音全集は多くは提供されてはゐない。名手3名が揃つた当盤は代表的な名盤として君臨してゐる。既に幾つも出版可能な作品を温めてゐたベートーヴェンが作品1として世に送り出したのはソナタではなく三重奏であつた。3曲のうち第3番ハ短調こそがベートーヴェンの野心作であつたが、第1番と第2番は古典的様式の域を超えず凡作だ。両曲とも終楽章の愉悦に充ちた軽快さが心地良い以外は冗漫だ。演奏は見事な出来だが、3者とも格調高さを重んじる為に、これら習作の魅力を新しく引き出すには至つてゐない。(2024.3.15)


ベルリオーズ:「ベンヴェヌート・チェッリーニ」序曲、「トロイ人」第2部前奏曲、幻想交響曲
ダンディ:交響的変奏曲「イシュタール」
サンフランシスコ交響楽団
ピエール・モントゥー(cond.)
[RCA 88843073482]

 モントゥーのRCA録音―米國での録音―全集40枚組。4枚目。1945年1月と4月の録音。モントゥーはサンフランシスコ交響楽団と3度も「ベンヴェヌート・チェッリーニ」序曲を録音してをり、これは第1回目の録音で恐らく初復刻だらう。熱量は凄まじいが後年の録音と比べると精度が低い。「トロイ人」は再録音がなく重要だ。哀切感に満ちた喘ぎは強い感銘を残す。1945年録音の幻想交響曲は後の録音よりも荒ぶれて血気盛んだが、如何せん下手な演奏だ。他に良い録音があるので大して価値はない。RCA録音の初期においてダンディ作品の比重は看過出来ない。モントゥーの使命感であらうか。2つの交響曲に次いでイシュタールが残された。どれも再録音がなく大変貴重だ。演奏は極上で神秘的な詩情が目眩く決定的名盤だ。(2024.3.12)


ベートーヴェン:ミサ・ソレムニス
エッダ・モーザー(S)/ルネ・コロ(T)、他
アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団/ヒルヴァーサム・オランダ放送合唱団
レナード・バーンスタイン(cond.)
[DG 4798418]

 DG録音全集121枚組。1978年の録音。バーンスタインは前後するやうにウィーン・フィルと交響曲全集及びフィデリオを制作したが、ミサ・ソレムニスだけアムステルダムでの録音なのは面白い。非常に傑出した出来栄えで完成度が高い。独唱陣は精鋭揃ひ、合唱も壮麗極まりない。弱音での神秘的な合唱は当盤における聴き処のひとつだ。管弦楽も上質で申し分ない。ベネディクトゥスで天上の音楽を奏でるのはヘルマン・クレバースで、数多ある名盤の中でも随一の独奏を聴かせる。全てにおいて水準が高い演奏を演出したのは疑ひもなくバーンスタインの指揮であらう。だが、何故か感動はしない。踏み込みが弱く無難に仕上げた感を否めない。(2024.3.10)


ショパン:ピアノ・ソナタ第2番、同第3番、前奏曲第17番、エチュードOp.25-10、同Op.25-12
グリーグ:トロルドハウゲンの婚礼の日、春に寄す
ドビュッシー:月の光、トッカータ
ブラームス/グレインジャー/ギオン/バッハ
パーシー・グレインジャー(p)
[APR 7501]

 奇才グレインジャーのSP時代独奏録音全集5枚組。4枚目。ショパンのソナタを聴くと面食らふだらう。無感動を装つた抜け殻のやうな演奏で、悪鬼に取り憑かれたやううな演奏をするグレインジャーを知る者にとつては別人の演奏かと疑ふほどだ。サロン的な美しさを狙つた訳でもなく、技巧的な難所では安全運転に徹し、全く良いところがない。エチュードは幾分情熱的で面白く聴けるが並程度だ。一転、得意としたグリーグは破格の憑依的な名演。この落差がグレインジャーの面白さだ。ドビュッシーも神秘的な美しさで魅せる。(2024.3.7)


ブラームス:交響曲第1番
クリーヴランド管弦楽団
ジョージ・セル(cond.)
[SONY 88985471852]

 遂に集成されたセル大全集106枚組。セルなら王道と云へるベートーヴェンやブラームスの交響曲全集を複数録音してゐるものと思ひきや1回のみで、寧ろその周辺、ハイドン、モーツァルト、シューマン、ドヴォジャークなどが充実してゐるのが特徴だ。ブラームスの第1交響曲は御手本と云へる上質な仕上がりである。精緻過ぎず、時に揺蕩ふやうな揺れも聴かせる。筋肉質過ぎず熟れた芳醇さがあり素晴らしい。とは云へ教科書の範疇を超えず、同じ趣向と品質の演奏を探すことは容易だ。唯一無二の刻印を残すことは簡単ではない。(2024.3.4)


ショパン:ピアノ協奏曲ホ短調
メンデルスゾーン:カプリッチョ・ブリランテ
ゲイリー・グラフマン(p)
ボストン交響楽団
シャルル・ミュンシュ(cond.)
[RCA 88875169792]

 RCA録音とコロムビア録音を集大成した86枚組。グラフマンが主役の1枚だが、矢張りミュンシュが大回ししてをり愉快だ。ショパンの協奏曲は冒頭から度肝を抜かれるほど勇壮で猛々しく面食らふ。病弱な管弦楽法とは無縁の堂々たる音楽が心地良い。グラフマンもきりりと引き締まつた解釈で同調し一体感が強い。それだけに憂ひを帯びた夢想が織り交ぜられた瞬間が美しい。心憎い演出で、傍流の演奏ではあるが、決して蔑ろにしてはいけない名演なのだ。メンデルスゾーンのカプリッチョが素晴らしい。滅多に弾かれない曲であるが、華麗な速弾きに目が覚めるやうな名演だ。浪漫が疾走してゐる。(2024.3.1)


セルゲイ・ラフマニノフ(p&cond.)
エディソン録音別テイク
[Naxos Historical 8.109001]

 一時期Naxos Historicalは歴史的音源復刻レーベルの覇者であつた。廉価で音質が最上級であり、他の追随を許さなかつた。しかし、復刻エンジニア頼りであつたから種が尽きると共に活動を鈍化した。ここ10年くらゐは完全に消滅したものと思つてゐた。それが2023年になつてラフマニノフの復刻箱物9枚組が登場したのだ。奇怪である。本家RCAの復刻は10枚組だ。このNaxos Historical盤にはクライスラーとの二重奏録音が欠けてをり、全集ではないから、なおのこと奇怪に感じた。エンジニアは本家RCA同様マーストンだし、単に入手し易い新装盤程度かと思つて仕舞つた。だが、何か気掛かりを感じた。注意深く調べたら1919年4月のエディソン録音が1枚に収まつてゐない。エディソン録音は全部で8曲しかなく、合計時間は約40分の筈なのだ。詳しくはラフマニノフ・ディスコグラフィーをご覧いただきたい。詳細を見て驚いた。エディソン録音の別テイクがあるのだ。全8曲、2テイクから3テイク収録されてゐる。初復刻となる別演奏だが内容の違ひは殆どない。蒐集家以外には不要だが、見落としてゐる方も多いだらう。(2024.2.27)


フリッツ・クライスラー(vn)
ベル・テレフォン・アワー録音集第3巻
ベル・テレフォン・アワー管弦楽団/ドナルド・ヴォーヒーズ(cond.)
[Biddulph 85022-2]

 ラジオ番組ベル・テレフォン・アワーでの録音の発掘第3巻。クライスラーの中核とと云へるコンポーザー・ヴァイオリニストとしての活動が聴ける。即ち自作自演と編曲だ。自作自演は繰り返し録音して来てゐるので、これら晩年の演奏が全盛期の記録と比べて仕舞ふと魅力は劣るのは仕方ないが、流石に弾き込んだだけあつて雄弁だ。また、全て管弦楽伴奏であるのも良い。雰囲気満点で楽器の使用法も天才的な見事さだ。ところで、この第3巻に収録された演目はほぼ全て同時期にRCAヴィクターにヴォーヒーズの伴奏で正規録音されてゐる。恐らく連動してゐるのだらう。ヴィヴァルディの様式による協奏曲やウィーン風狂詩曲的小幻想曲などは2種類目の記録として珍重される。実は1曲だけ正規録音を残してゐない演目がある。マラゲーニャだ。スペイン情緒溢れる曲で愛好家なら揃へてをきたい。1937年に作曲された曲だから貴重な記録なのだ。(2024.2.24)


ブラームス:交響曲第1番
ウィーン国立歌劇場管弦楽団
ヘルマン・シェルヘン(cond.)
[Universal Korea DG 40030]

 ウエストミンスター・レーベルの管弦楽録音を集成した65枚組。シェルヘンほど王道ブラームスの交響曲第1番が不似合ひな指揮者もゐない。革新の旗手として保守ど真ん中の名曲をだう料理するのか予測不能だ。然し仕上がりは心憎い出来栄えであつた。冒頭から切羽詰まつた煽情的なテンポで目が覚める。主部も弛緩せず情動的な演奏をする。但し、ロマンティシズムとは無縁で甘さや弱さはない。一転して第2楽章と第3楽章は落ち付いたテンポによる常套的な美しい演奏で落胆するだらう。第4楽章も序盤は特徴が薄い温めの演奏かと思はせるが、展開部から猛烈な追ひ込みが始まり、通常躊躇ひをもつて演奏される箇所も畳み掛けるやうに進みコーダに雪崩れ込み、熱情的なフィナーレを飾る。総じて面白く聴ける。(2024.2.21)


シューベルト:即興曲D899-2、同D899-3
リスト:水車屋と小川、氷結、リゴレット・パラフレーズ、ペトラルカ・ソネット第104番、ハンガリー狂詩曲第10番
タネーエフ:ピアノ五重奏曲
ボリショイ劇場弦楽四重奏団
ローザ・タマルキナ(p)
[SCRIBENDUM SC819]

 1950年に30歳といふ若さで病死した幻の才女タマルキナの録音集成3枚組3枚目。1940年代末の録音だが極上の音質で鑑賞出来る。シューベルトの即興曲2曲はリパッティのラスト・リサイタルと同じ選曲なのが興味深い。力強い演奏でタマルキナの個性を楽しめる。リストが良い。特にシューベルトの歌曲の編曲は惻々と寂寥感に苛まれる魔術的な演奏だ。ヴェルディの編曲では交響的な立体感のある熱い歌心に圧倒される。さて、ブラームスの五重奏も素晴らしかつたが、タマルキナ最良の遺産と云へるのがタネーエフだ。重厚かつ熱情的な演奏で理想的な名演である。(2024.2.18)


モーツァルト:弦楽四重奏曲第10番K.170、同第11番K.171、同第12番K.172、同第13番K.173
バリリ弦楽四重奏団
[Universal Korea DG 40020]

 ウエストミンスター・レーベルの室内楽録音を集成した59枚組。ウィーン四重奏曲第3番から第6番だ。6曲セットのウィーン四重奏曲はハイドンの影響を強く受けてをり、作品17と作品20の実験的な書法を取り入れてゐる。第10番は第1楽章に変奏曲を持つて来るなど斬新だ。また、第2楽章にメヌエット、第3楽章に緩徐楽章といふ配置もハイドン張りだ。諧謔味のある第4楽章も面白い。第11番では第3楽章にハ短調の深刻な歌を配置するなど野心的だ。第12番は中では常套的で新鮮味が乏しい。傑作は第13番ニ短調で、爛漫さが抑制され半音階進行が特徴的だ。第4楽章フーガはモーツァルト的な主題による厳しい音楽で、後の作品にも通じる要素が満載だ。演奏はウィーン情緒豊かなバリリSQ以上の仕上がりは考へられないと断言出来る至高の録音集だ。芳醇な音響の中で、しみじみと歌ふバリリの流麗さには嘆息しか出ない。(2024.2.15)


ベートーヴェン:ミサ・ソレムニス
エマニュエル・リスト(Bs)、他
テアトロ・コロン管弦楽団と合唱団
エーリヒ・クライバー(cond.)
[VENIAS VN-026]

 クライバーの管弦楽録音をほぼ網羅した34枚組。1946年のライヴ録音。ナチス政権を嫌つたクライバーは活動拠点を逸早く南米ブエノスアイレスのテアトロ・コロンに移した。貴重な記録のひとつであるが、音源がエア・チェックなのか単純に音質が悪いだけではなく、歪みで音程が狂つたり、通信音の混入があつたりと全く鑑賞用ではない。さて、肝心の演奏内容だが、形容し難いほど非道ひのだ。テアトロ・コロンは歌劇を専門とし、荘厳弥撒曲を上手に演奏できる訳がない。歌手たちも歌劇のやうに生々しく歌ふので全く怪しからん演奏なのだ。と、一刀両断にしたいのだが、憤慨せずに面白がつて聴くと発見がある。わざわざ畑違ひとわかつてゐ乍ら取り上げたクライバーの思惑である。間合ひを一切取らず、煽りに煽る棒で、合唱と管弦楽が灼熱し退屈など一切しない。75分弱といふ演奏時間には恐れ入る。珍演だが、クライバーの凄みを聴くには良い。(2024.2.12)


ブラームス:ピアノ四重奏曲第3番、ピアノ三重奏曲第2番
マイラ・ヘス(p)/ミルトン・ケイティムス(va)/ポール・トルトゥリエ(vc)/パブロ・カサルス(vc)
ヨーゼフ・シゲティ(vn)
[SONY Classical 19075940352]

 やうやう集成されたコロムビア録音全集17枚組。プラド音楽祭での録音だ。四重奏は様々な個性が競合した名演で、渋みのある浪漫が素晴らしい。この曲でもシゲティの個性が際立つてをり、全体の色を支配してゐる。終楽章の愁歎は取り分け心に深い感銘を残す。落日の美学。三重奏は決定盤として君臨する名演。僅かにブッシュ兄弟とゼルキンの録音が敵し得るだけである。ブラームスの懐に入つた晩秋の渋味があり、簡単に真似出来る表現ではない。3者ともブラームスには一家言持つ大家たちだが、顔を揃へると見事に溶け合ふのだから天晴れだ。燻し銀の哀愁を奏でるヘス、唸り声を立て乍ら寂寥感を漂はせるカサルス、艶が疾うに抜け落ち古老の嘆きのやうなシゲティ、稀有な音楽が聴けるのだ。(2024.2.9)


ブラームス:交響曲第1番、ハイドンの主題による変奏曲
ウィーン・フィル
イシュトヴァーン・ケルテス(cond.)
[DECCA 483 4710]

 ウィーン・フィルとの録音集20枚組。ケルテスは43歳で事故死して仕舞ふ。1973年4月のことだ。ケルテスが完成させた最後の録音は3月に収録されたブラームスの第1交響曲で、変奏曲は途中まで進行してゐたが急死の為に未完成となつた。ウィーン・フィルが追悼の意を込めて指揮者なしで変奏曲を5月に録音完了させたことは有名な話だ。放棄されるのが通常なのにケルテスとウィーン・フィルの結び付きの強さを感じる。さて、演奏は申し分のない見事さだ。ウィーン・フィルの美質が存分に引き出されてゐる。だが、記憶に残るやうな強い印象を与へる演奏ではない。中庸の美を具現した優等生のブラームスだ。情感豊かだが時折弛緩気味だ。第1楽章の繰り返しを履行してゐるのは珍しいだらう。変奏曲はどこからが補完演奏された部分なのかわからないほど自然で麗しい仕上がりだ。(2024.2.6)


エゴン・ペトリ(p)
エレクトローラ録音(1929〜30年)
英コロムビア録音(1935〜36年)
ショパン/リスト/バッハ/グルック
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第24番、同第27番、同第32番
[APR 7701]

 英APRは3巻6枚の復刻をしてゐたが補遺をし7枚組で再発。1枚目。ブゾーニの高弟ペトリはロマン派と訣別し、即物的で理知的なピアニズムを開拓した人だ。最初の録音であるエレクトローラ録音から個性が際立つてゐる。ショパンのワルツは詩情や優美さの欠片もなく愚弄するにも程がある。これがペトリだ。リストではトランスクリプションが素晴らしい。原曲の素晴らしさをピアノで表現することに真摯に取り組んでをり俄然面白い。ペトリが編曲したバッハのメヌエットの清廉な趣はブゾーニ譲りの美しさだ。グルックのメロディーも惻々と哀愁が押し寄せる高貴な名演。ベートーヴェンでは玲瓏たるタッチで情熱的な昂揚はなく、ロマン的な感情の展開はない。研ぎ澄まされた美しさで哲人然とした演奏なのだ。だから、幾分散漫でムラがあるのだが、抒情的な演目ばかりなので、一種特別な境地を聴くことが出来る。(2024.2.3)


ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第19番、同第20番、同第21番、同第23番、同第25番
エミール・ギレリス(p)
[DG 4794651]

 DG録音全集24枚組。まず、2つの易しいソナタ第19番と第20番が素晴らしい。ギレリスにしてみれば造作もない曲だが、晩年のギレリスが到達した仙人のやうな境地が聴ける。澄み切つた俗気のない演奏が尊い。小粋で軽妙な解釈が多いが、ギレリスは細部まで慈しんで彫琢する。究極の演奏で最高級である。第25番も同じことが云へるが、こちらは激賞するほどでもない。中期の双頭ヴァルトシュタイン・ソナタとアパッショナータでは丁寧で静謐な姿勢を基底にしつつも、威力を発揮するところでは本気を出す。絶妙な力加減であり思はず唸る巧さだ。特にフィナーレのコーダで手綱を解放し絢爛たる大団円を聴かせるのは老巧の極みだ。とは云へ、終始情熱的な解釈の演奏と比べると外連を感じて仕舞ふ。(2024.1.30)


ベートーヴェン:ミサ・ソレムニス
グンドゥラ・ヤノヴィッツ(S)/クリスタ・ルードヴィヒ(Ms)/フリッツ・ヴンダーリヒ(T)/ヴァルター・ベリー(Bs)
ベルリン・フィル/ウィーン学友協会合唱団
ヘルベルト・フォン・カラヤン(cond.)
[DG 479 6438]

 ヴンダーリヒDG録音全集32枚組。カラヤンならでは豪華布陣による名盤。まず独唱陣がこれほど揃つた録音はない。カラヤンの同曲の録音でも最高と云へる。圧倒的なベルリン・フィルの威力が凄まじくグローリア冒頭の盛大さはなべてに冠絶する見事さだ。これに何とウィーンの合唱団を引つ張つて来る贅沢さ。これまた比類がない。緩急も見事で堂々たるテンポで荘厳な趣を表出することにも抜け目がない。イエス・キリスト教会での豊かな音響も絶品で、完璧な録音なのだ。綺麗過ぎると云ふのは難癖か。これだけの素材を見事に纏め上げたカラヤンの力量に感服する。(2024.1.27)


ラロ:スペイン交響曲
ブルッフ:ヴァイオリン協奏曲第1番
サンフランシスコ交響楽団/ピエール・モントゥー(cond.)
イェフディ・メニューイン(vn)
[RCA 88875198542]

 RCAヴィクター録音全集6枚組。1945年1月の録音で、メニューインは短期間だがヴィクターにも録音を残した。2曲ともメニューインは大得意としてをり、これが2回目の録音に当たる。ラロが素晴らしい。脂つこい濃密な演奏で火山が爆発したやうな情熱が圧倒的だ。特に異教的な雰囲気満点の第3楽章間奏曲が絶品で、これを超える演奏はなからう。この楽章の復権に尽力したメニューインの面目躍如たる名演。全曲としては一長一短だがエネスクとの旧録音より僅かに良いだらう。欠点は感情優先で誤魔化しが多いことか。モントゥーの指揮は情感たつぷりで流石だ。ブルッフも同様の名演だが、勢ひで聴かせようとしてをり、ロナルドとの旧録音の方が藝術的であつた。モントゥーの伴奏は粗いが手加減なしの厚みがあつて音楽が野太い。(2024.1.24)


ハイドン:交響曲第75番、同第76番、同第77番
フィルハーモニア・フンガリカ
アンタル・ドラティ(cond.)
[DECCA 478 1221]

 ドラティ最高の偉業であるハイドン交響曲全集33枚組。第75番ニ長調は大層人気があつた成功作で、モーツァルトも愛好したさうだ。荘重な序奏から一転、流麗で軽快な第1楽章は劇的な展開を聴かせる充実の仕上がり。傑作だ。神秘的な第2楽章は祈りのやうな趣が美しい。中盤の少人数による室内楽的な秘めやかさが印象的。第76番変ホ長調は発表直後から非常に人気を博した名曲。第1楽章は華麗で快活、古典派交響曲の精髄である。第4楽章もロココ調の愉悦に溢れてゐる。第2楽章が白眉で、装飾的な変奏曲だが、間に2つの短調変奏を挟む。哀愁を帯びた内省的な第1部、悲劇的で緊迫した合奏の第2部と各々妙味がある。第77番変ロ長調はやや感銘が落ちるが、古典派の様式を備へた名作だ。第3楽章が特徴的で、拍節感を崩し危ふくなると停止警告音で仕切り直しが入る面白みがある。ドラティの演奏は60番台70番台の作品が最も充実してをり、肉感のある合奏と知的な細部の表情が丁度良い地点で着地した名演ばかり。(2024.1.21)


ベートーヴェン:ミサ・ソレムニス
ブラームス:交響曲第1番
マリア・シュターダー(S)/エルンスト・ヘフリガー(T)、他
北ドイツ放送交響楽団/ベルリン聖ヘドヴィヒ教会合唱団
スイス・ロマンド管弦楽団
カール・シューリヒト(cond.)
[archiphon ARCH-2.1]

 ベートーヴェンは1957年9月15日の実況録音。瑞々しい情感が途切れることなく迸る名演で、この大曲において真に音楽的な取り組みをした数少ない演奏である。大概の演奏はこの曲の偉大さを表現すべく構へて壮大な大伽藍を構築しようと格闘した結果、部分的には立派だが、全体としては集中力が持たないか、過剰で疲れて仕舞ふことが多い。その点シューリヒトは溌溂とし、敬虔で、ひけらかさず含蓄がある。これはさう簡単に出来ることではない。気負はないといふ名人藝なのだ。シュターダーを筆頭に麗しい独唱陣、柔軟なオーケストラも素晴らしい。何よりも聖ヘドヴィヒ教会合唱団の格調高さが掛け替へがない。内容的には第一等にしたいくらゐの深い感銘を受けた名演である。ブラームスも素晴らしい。1953年12月28日のライヴ録音。シューリヒトは第1交響曲のみ正規セッション録音を残してゐないが流石の出来栄えで、聡明で飄然とした軽みのある中で熟成された浪漫を聴かせる名演。スイス・ロマンド管弦楽団もヴァイオリンが滴るやうな表現を聴かせる。(2024.1.18)


バッハ:ブランデンブルク協奏曲第5番
プロコフィエフ:ピアノ協奏曲第3番
ラロ:スペイン交響曲
ジノ・フランチェスカッティ(vn)
NBC交響楽団/ニューヨーク・フィル
ディミトリス・ミトロプーロス(p&cond.)
[Music&Arts CD-1214]

 ミトロプーロスの放送録音集第2巻4枚組。2枚目。バッハとプロコフィエフは1945年12月16日、NBC交響楽団への出演で、この日はピアノの名手でもあつたミトロプーロスが弾き振りを披露した公演である。バッハは「ゴッドファーザー」の作曲も手掛けたカーマイン・コッポラのフルートとNBC交響楽団のコンサート・マスターであるミッシャ・ミシャコフとの共演。往年の浪漫的で大味の演奏ではあるが、名手達の微細な表現力に感服だ。ミトロプーロスの腕も冴えてゐる。プロコフィエフはかつて急病の共演者ペトリの代役で独奏もこなしたといふ伝説の演目だ。この難曲を弾き振りしただけでも驚異だが、熱気が凄まじく予定調和的な馴れ合ひの演奏とは次元が違ふのだ。ラロは1955年4月3日、カーネギー・ホールでの公演記録。フランチェスカッティが弾くとスペイン交響曲ではなくイタリア交響曲になるが、実に妖艶で淫靡な演奏で一種特別な良さがある。(2024.1.15)


フェリックス・サモンド(vc)
小品集
ペルゴレージ/サンマルティーニ/ゴダール/ビゼー/サン=サーンス/フォレ/ドビュッシー/ピエルネ/ピアネッリ/ゴルターマン/ポッパー/グラナドス/グラズノフ/ラフマニノフ/マクダウェル/ブリッジ/ブルッフ
[Biddulph 85009-2]

 新生Biddulphの瞠目すべき復刻。2枚組の2枚目。往時、チェロもヴァイオリン同様に小品録音が持て囃された。カサルスを筆頭に名盤が量産されたが、サモンドの録音は至宝級の価値がある。全てが極上の名演で、愛好家ならば知らぬは恥と心得よ。ペルゴレージ「ニーナが床に臥して3日になる」の万感迫る情感は如何許りであらう。ビゼーのアダージェットやサン=サーンス「白鳥」での胸熱くなる歌には陶然となる。フォレ「子守歌」の滋味溢れる詩情はティボーに匹敵する。ゴルターマンのアンダンテにおける高貴で紳士的な佇まひは絶品だ。ポッパー「ガヴォット」では生命力が爆発してゐる。グラズノフ「スペイン風セレナード」での壮麗な語り口も良い。マクダウェル「野ばらに寄す」は愛らしく人肌の温もりがある。ブリッジ「メロディ」が繊細かつ神秘的で美しい。ブルッフ「コル・ニドライ」は情感たつぷりに朗々と歌ひ込んだ一種特別な名演だ。最高なのは「ロンドンデリーの歌」で、クライスラーの名盤と双璧だ。(2024.1.12)


ブラームス:交響曲第1番、同第2番
ボストン交響楽団
セルゲイ・クーセヴィツキー(cond.)
[ARTIS AT020]

 40枚組。クーセヴィツキーの復刻がこれほど纏まつたことはかつてなく、大歓迎の好企画だ。ブラームスは全4曲録音が残る。クーセヴィツキーが振るブラームスは推進力があり、大掴みで硬派の演奏である。反面、雑然としてをり精度は良くない。特に第1番はアンサンブルががたついてをり、音楽の運びも直線的で余り面白くない。終楽章コーダでコラール主題のテンポを落として壮麗に歌ふ箇所は特徴的だ。第2番が名演だ。往年のロマンティックな解釈でドイツの巨匠らに通ずる。情感たつぷりに回顧するやうな第3楽章コーダの美しさは格別だ。終楽章でもコーダで大見得を切るのが決まつてゐる。(2024.1.9)


サン=サーンス:ワルツ形式で、ブーレ、トッカータ、ヴァイオリン・ソナタ第1番、ピアノ協奏曲第4番
ドゥニーズ・ソリアーノ(vn)
フランス放送フィルーモニー管弦楽団/ロベルト・ベンツィ(cond.)
ジャンヌ=マリー・ダルレ(p)
[SOLSTICE SOCD 363]

 愛好家感涙の初出音源集だ。ダルレはショパンやリストなどで名演を残してゐるが、何と云つてもサン=サーンスを切り札とした。協奏曲全集は今もつて最高である。2枚組の1枚目。初演目となるヴァイオリン・ソナタが興味を惹く。抒情的なソリアーノの演奏は作品の美しさを引き出してゐて見事だし、ダルレの情熱的な伴奏も良い。だが、この曲には異次元の熱量で我田引水の如く征服し切つたハイフェッツのモノーラル旧盤の決定的名盤があり、何人も敵し得ない。第4協奏曲は大変良いが完成度では正規録音を超えることはない。3つの独奏曲が極上だ。洒脱さと剛毅さが明滅する決定的名演ばかりだ。(2024.1.3)


チャイコフスキー:胡桃割り人形、組曲第3番、同第4番「モーツァルティアーナ」
スイス・ロマンド管弦楽団
エルネスト・アンセルメ(cond.)
[DECCA 485 1583]

 ステレオ録音全集88枚組。若き頃バレエ・リュスで経歴を磨いたアンセルメはバレエ音楽を得意とした。チャイコフスキーの三大バレエはアンセルメの代表盤である。特に胡桃割り人形は傑出した出来栄えだ。柔らかいパステル調の音響によるメルヒェンの表出は他の追随を許さないアンセルメだけの持ち味だ。機能美に優れ躍動感のある演奏は幾つもある。だが、御伽噺のやうな雰囲気ではアンセルメ盤に一日の長がある。2つの組曲は柔和で淡い色彩の演奏で穏健である。美しいが刺激は少ない。(2023.12.30)


カスリーン・パーロウ(vn)
HMV録音(1909年)
米コロムビア録音(1912年〜1916年)
[Biddulph 85036-2]

 新生Biddulphがアウアー門下生の復刻を開始したが、女流パーロウの登場は驚愕であつた。かつてこれほど纏まつたことはなく、愛好家必携の御宝である。2枚組の1枚目。HMVへの全録音5曲は英APRのアウアー・レガシー第1巻でも聴けた。技巧は切れるが演奏は生硬で面白くない。米コロムビアへの全録音からは揺らぎのない野太い音と鋼のやうに光沢のある音色が聴けて楽しめる。アウアーの弟子としての刻印が確と聴き取れる。取り分け演奏内容が良いのは、ルビンシテイン「ヘ調のメロディー」、チャイコフスキー「メロディー」、バッハのガヴォットだ。(2023.12.27)


ジャクリーヌ・デュ=プレ(vc)
ハーバート・ダウンズ(va)
ロナルド・キンロック・アンダーソン(cemb)/ロン・ジェソン(org)/オシアン・エリス(hp)/ジョン・ウィリアムズ(g)/ジェラルド・ムーア(p)
[Warner Classics 9029661138]

 EMI録音全集22枚組。3度目の全集でオリジナル仕様になり決定的復刻になつたと云へよう。3枚目。オリジナルは1面がダウンズのヴィオラ、2面がデュ=プレのチェロによる小品集であつた。このアルバムの面白いところは5つの異なる楽器で伴奏され、ダウンズとデュ=プレとで各伴奏者が同一であることだ。有名なギターのウィリアムズとの共演は興味深いが、ピッツィカートの効果が薄れ混濁して仕舞ふので、起用が成功したとは云へない。ハープのエリスとの共演は雰囲気満点で新しい発見があつた。演奏自体が良いのは、デュ=プレではサン=サーンス「白鳥」で、情感溢れる歌は流石だ。ブルッフ「コル・ニドライ」も壮大で良い。デュ=プレにはバッハの録音が少なく貴重なのだが、何となく相性が悪い。さて、デュ=プレよりもダウンズの方が面白く聴けた。ヴォーン・ウィリアムズ「グリーンスリーヴスの主題による幻想曲」の詫びた歌は絶品だ。「ギャロップ」での快活さも良い。ブラームス「ハンガリー舞曲第17番」はヴィオラであることの強みを感じる名演だ。(2023.12.24)


ブラームス:交響曲第1番
ミュンヘン・フィル
ルドルフ・ケンペ(cond.)
[SCRIBENDUM SC002]

 1975年5月の録音。ケンペ最晩年の記録のひとつだ。このブラームス交響曲全集はドイツ王道の演奏と云へる。これ見よがしの作為はなく、自然な呼吸で音楽が運ばれる。音色は燻し銀で浮ついた要素はない。中庸の美学が長所なのだが、翻つて云へば面白い演奏ではない。同じやうな演奏は他でも見つけられさうだ。ケンペの拘泥はりだらう、オーボエの歌が滅法巧い。オーボエを聴くだけでも価値ある1枚だ。(2023.12.21)


チャイコフスキー:「胡桃割り人形」組曲、弦楽セレナードよりワルツ、ロメオとジュリエット、スラヴ行進曲
ウィーン交響楽団
カレル・アンチェル(cond.)
[ELOQUENCE/PHILIPS 484 3778]

 PHILIPSとDGへの録音を集成した9枚組。PHILIPS録音は廉価盤のfontanaから発売されてゐた。アンチェルはこれらの演目をスプラフォンには残してをらず、穴を埋める重要な録音と云へる。引き締まつた「胡桃割り人形」、清楚なセレナードのワルツ、品格を保つたスラヴ行進曲、どれも見事だ。特にロメオとジュリエットでの華美を廃した真摯さがアンチェルならではだ。但し、ウィーン交響楽団は客演であるから、チェコ・フィルのやうな完成度は求められない。緊張感が弱いのと表現が徹底してをらず、結果は中の上といつた程度だ。(2023.12.18)


ラフマニノフ:ピアノ・ソナタ第2番、前奏曲ト短調Op.32-12、楽興の時第3番、「音の絵」Op.33-6、同Op.33-2、同Op.39-9
ウラディミール・ホロヴィッツ(p)
[RCA&SONY 88697575002]

 RCAとSONYのオリジナル・ジャケット・コレクション70枚組。ラフマニノフは第2ソナタの出来栄えと評判に悩んだ末、改良の余地ありと考へ冗長さを削つた改訂版を世に問ふたが、ホロヴィッツが疑義を呈したさうだ。その為もあらう、ラフマニノフ本人の録音は残らない。代はりにホロヴィッツが初版と改訂版を折衷したホロヴィッツ版で布教活動をした。何とも奇怪な経緯だが、演奏自体で云へば、確信に貫かれた破格の名演である。この1968年12月15日のカーネギー・ホールにおけるライヴ録音は怯むことなく豪快に難曲を征服してをり圧巻だ。「音の絵」の3曲は1967年12月10日のライヴ録音。最後の「行進曲」が弩級の名演で聴衆も沸き立つてゐる。(2023.12.15)


チャイコフスキー:「胡桃割り人形」抜粋
グラズノフ:「ライモンダ」よりスペイン舞曲
グリンカ:「イヴァン・スサーニン」よりクラコヴィアク
シテインベルク:「ティル・オイレンシュピーゲル」より2つの踊り
レニングラード・フィル
エフゲニー・ムラヴィンスキー(cond.)
[BMG BVCX-8024-27]

 本邦のBMGジャパン・レーベルが1998年に発売した未発表録音集は現在でも希少価値があり蒐集家必携だ。第2巻4枚組。1枚目。ムラヴィンスキーには胡桃割り人形のライヴ録音が幾つか残るが、組曲に入つてゐる曲を全く含まない風変はりで捻つた選曲であつた。だから、1946年から1948年にかけて細切れに録音された13曲分は「花のワルツ」など有名曲を含むので貴重である。結局ムラヴィンスキーが組曲中で録音を残さなかつたのは「小序曲」だけであつた。演奏は病的な繊細さがあり美しい。さて、余白に収録された演目が世界初発売となつた大変貴重な録音ばかりだ。グラズノフは1948年、グリンカは1954年の録音で、ムラヴィンスキーお気に入りの曲でもあり、演奏は見事に決まつてゐる。1946年録音のシテインベルクの作品は珍品であり、奇怪で諧謔味があり面白からう。(2023.12.12)


コダーイ:「ハーリ・ヤーノシュ」組曲、「孔雀」の主題による変奏曲
ラヴェル:「ダフニスとクロエ」第2組曲
アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
ウィレム・メンゲルベルク(cond.)
[ARCHIVE DOCUMENTS ADCD.115]

 メンゲルベルクの稀少録音を発掘してきた英アーガイヴ・ドキュメンツの第9巻。近現代音楽も得意としたメンゲルベルクならではの1枚。全て唯一の音源である。「ハーリ・ヤーノシュ」は相当に良い演奏で、語り忘れてはならぬ録音だ。繊細な表情から大胆な表現まで自由自在だ。シャーンドル・シポシュのツィンバロンも絶品。孔雀変奏曲は初演時の記録だ。メンゲルベルクは初演魔として、新作を方々に委嘱したことで知られ、多くの作品を世に送り出したが、これもそのひとつだ。今もつて超えられない絶対的名演でもある。ラヴェルも官能的吐息が噎せ返る極上の仕上がりである。(2023.12.9)


ブラームス:交響曲第1番、同第2番
ライプツィヒ放送交響楽団
ヘルマン・アーベントロート(cond.)
[Tahra TAH 378/380]

 1951年から1952年にかけて行はれたチェコ・スプラフォンへの録音を集成した3枚組。1枚目。アーベントロートの支柱とも云へるのがブラームスであつた。録音が少ないアーベントロートが、ブラームスだけは複数回正規録音を残した。第1番は電気録音初期にもHMVへ吹き込んだ大得意の演目だ。当盤も良い出来だが、他にも熱い演奏があり、矢張りバイエルン国立歌劇場管弦楽団とのライヴ録音が代表盤であらう。第2番はブレスラウ放送大管弦楽団との記録があつただけなので、スプラフォン盤は大変重要だ―他に未発売音源もあるやうだ。アーベントロートのブラームス解釈は極めて感情優先型で起伏と動きのあるのが特徴だ。今日では廃れた様式だが、ビューローの劇的な演奏を好んだ作曲者の意図に近い。(2023.12.6)


モーツァルト:ピアノ協奏曲第20番、同第23番
交響楽団/モーリス・エウィット(cond.)
マルセル・メイエ(p)
[EMI 0946 384699 2 6]

 ディスコフィル・フランセへの全録音の他、戦前の録音も網羅した17枚組。14枚目。メイエの数少ない協奏曲録音だ。玲瓏としたサファイアのやうなタッチで高雅な趣を崩さない孤高の名演である。古典音楽とフランス近代音楽で聴かせた手法による純度が高い一種特別なモーツァルトだ。カデンツァも魅惑的。面白いのが、かのカペー弦楽四重奏団の第2ヴァイオリンであり指揮者に転向したエウィットが自前の交響楽団で伴奏をしてゐることだ。個性的な解釈をした箇所も散見されて意欲的だが、管弦楽の技量が万全とは行かず、メイエとの釣り合ひが取れてゐない。総合点では完成度が低く、フランス流の風変はりな演奏といふ評価に止まる。(2023.12.3)


モーツァルト:交響曲第40番、同第41番
フィルハーモニア管弦楽団
オットー・クレンペラー(cond.)
[Warner Classics 5 055197 257049]

 管弦楽と協奏曲の録音全集95枚組。1962年の再録音だ。晩年になるに従つてクレンペラーの音楽は遅く重くなるが、モーツァルトでは然程極端ではなく破綻することはない。寧ろ細密画のやうな手法で個性的な解釈を楽しめるのだ。先入観を取り払へば、実に気品ある熟成された名演である。しかし、残念乍ら旧盤の演奏の方が集中力において勝り、この新盤はだうも気が抜けたやうに聴こえる。特にジュピター交響曲はモノーラル録音盤が素晴らしかつたので、録音が良いこと以外は冴えない。(2023.11.30)


バーバー歴史的録音集
序曲「悪口学校」、単一楽章の交響曲(原典版/改訂版)、弦楽の為のアダージョ、管弦楽の為のエッセイ第1番、同第2番、コマンド・マーチ
ウェルナー・ジャンセン(cond.)/アルトゥール・ロジンスキー(cond.)/ブルーノ・ヴァルター(cond.)/アルトゥーロ・トスカニーニ(cond.)/セルゲイ・クーセヴィツキー(cond.)
[West Hill Radio WHRA 6039]

 米國の作曲家サミュエル・バーバーの歴史的録音集8枚組。3枚目。代表的な管弦楽作品の貴重な録音が聴ける。出世作のひとつ、「悪口学校」はジャンセン指揮のヴィクターへの正規録音。刺激的な管弦楽法と通俗的な歌謡性が融合した名作で演奏も良い。単一楽章の交響曲と命名されてゐるが、実質4楽章制の交響曲第1番は2種聴ける。1938年のロジンスキーとNBC交響楽団による原典版の演奏と、1942年のヴァルターとニューヨーク・フィルによる改訂版でのライヴ録音だ。改訂では冗漫さを削ぎ落とし、より凝縮された。改訂版の初演はヴァルターが担つてをり、正規録音も別に残してゐる。大変熱気のある名演なのだ。しかし、本当に素晴らしいのはロジンスキーの方だ。ロジンスキーは積極的にこの曲の紹介に努めてをり、想ひが桁違ひだ。さて、当盤の最大の目玉はバーバー随一の代表作、弦楽の為のアダージョの初演ライヴだ。トスカニーニの委嘱で弦楽四重奏曲を編曲した本作は、1938年11月5日に初演された。トスカニーニには複数の録音が残るが、初演の瑞々しさは格別だ。結成されたばかりのNBC交響楽団とのしなやかな演奏は最高であり、実のところ、この初演こそが決定的名演であるのだ。エッセイ第1番も同じくトスカニーニから委嘱された作品でアダージョと同日に初演された。実に貴重な記録である。エッセイ第2番はヴァルターからの委嘱で完成し、1942月4月12日にヴァルターにより初演された。その時の記録であり、最も重要な録音だ。更にバーバー唯一の吹奏楽曲コマンド・マーチをクーセヴィツキーの委嘱で管弦楽版にしたものも聴ける。1943年10月30日の記録なので、初演の翌日の記録のやうだ。初演者たちの真剣勝負に呑み込まれる神々しい1枚。(2023.11.27)


フランク:前奏曲・コラールとフーガ
フォレ:夜想曲第2番、同第4番、即興曲第2番
サンソン・フランソワ(p)
[ERATO 9029526186]

 没後50年記念54枚組。3度目となる大全集で遂にオリジナル・アルバムによる決定的復刻となつた。8枚目。ラヴェルとドビュッシーを得意としたフランソワだが、フランクやフォレは滅多に弾かなかつた。フランソワの洒脱な音楽性は煌びやで官能的過ぎて、祈りや控へめな抒情にはだうも居心地が悪い。フランクには他に来日ライヴがあつた。装飾的に弾いてをり妙にお洒落だ。フォレもレペルトワールの中心ではなく、即興曲第2番に再録音がある程度だ。これらもサティやプーランクのやうな味はひで軽薄なのだ。(2023.11.24)


モーツァルト:交響曲第29番、同第33番
ニュー・フィルハーモニア管弦楽団
オットー・クレンペラー(cond.)
[Warner Classics 5 055197 257049]

 管弦楽と協奏曲の録音全集95枚組。1965年の円熟期の録音。イ長調交響曲は再録音となるが、この新盤は圧倒的な名演なのだ。恰幅の良い堂々たる演奏は正に晩年のクレンペラーの特徴を刻印してゐる。だから、この優美なロココ調の名曲には相応しくないと危惧されるかも知れぬ。否、殆どの演奏が上品で美しさを追求した挙句、何の印象も残さない無味無臭の駄演である。クレンペラーの無骨なドイツ風演奏に面食らふも束の間、細部まで血の通つた深い味はひに唸らされる。第4楽章終結のホルンの高らかな咆哮に喝采を送りたい。同じく優美な変ロ長調交響曲も立派だ。これも相当に良い演奏でムラヴィンスキー盤と並んで最上位に置きたい。クレンペラーの重厚な音楽が却つて功を奏した奇特な例だ。(2023.11.21)


モーツァルト:交響曲第38番、同第40番
コロムビア交響楽団
ブルーノ・ヴァルター(cond.)
[Sony Classical 190759232422]

 コロムビア録音全集77枚組。1959年から1960年にかけてステレオで再録音された後期6大交響曲だ。ヴァルターが振るモーツァルトは何れも素晴らしいのだが、本当に良いのは実演記録も多く残るこの2曲だらう。薄手の響きを強みにした軽さと明るさが特徴だ。憂ひや悲しみを気取られないやうに振る舞ふヴァルターの音楽はモーツァルトの本懐だ。プラハ交響曲における七色の色彩は絶品。ト短調交響曲は相当に立派な演奏で流石と唸らされる。力強く推進力のあるニューヨーク・フィルとの旧盤も良いが、新盤の丁寧に熟成された味はひ深さにも良さがあり捨て難い。(2023.11.18)


モーツァルト:交響曲第29番
ヒンデミット:交響曲「画家マティス」
NBC交響楽団
グィード・カンテッリ(cond.)
[TESTAMENT SBT4 1306]

 英TESTAMENTによるカンテッリがNBC交響楽団と行つた放送用演奏会の商品化で、その日の放送ごとに纏めた好企画盤。第1巻の3枚目を聴く。1950年1月7日の放送だ。得意としたモーツァルトだが当番の演奏は少々雑然としてをり良くない。第3巻に収録された1951年の演奏が素晴らしかつたので、こちらは価値がない。矢張り得意としたヒンデミットが極上の名演だ。神秘的な和声に陶然となる。但し、セッション録音の名盤があるので、ここでは実演ならではの感興を楽しみたい。(2023.11.15)


バーバー歴史的録音集
チェロ・ソナタ、弦楽四重奏曲第1番、遠足、思ひ出
オーランド・コール(vc)/ヴラディミール・ソコロフ(p)/カーティス弦楽四重奏団/ルドルフ・フィルクシュニー(p)/アーサー・ゴールド(p)/ロバート・フィッツデール(p)
[West Hill Radio WHRA 6039]

 米國の作曲家サミュエル・バーバーの歴史的録音集8枚組。7枚目。器楽の興味深い録音が目白押しだ。チェロ・ソナタは1973年のライヴ録音で比較的新しい音源だ。コールとソコロフによる演奏で極上の逸品である。現代的な語法だが、親しみ易い要素が勝る名曲だ。もつと弾かれて良い。弦楽の為のアダージョの原曲として知られる弦楽四重奏曲を恐らく最古の録音で聴くことは興味深い。編曲前、1938年3月14日のライヴ録音で、ヤッシャ・ブロドスキーやオーランド・コールによつて結成されたカーティス四重奏団による演奏だ。第3楽章を改訂する前の原典版での貴重な記録である。但し、演奏内容は今ひとつである。フィルクシュニーによる「遠足」が絶品だ。スウィングが見事。連弾曲である「思ひ出」は歌謡的でとても聴き易い曲だが、独創性には欠け刺激は少ない。(2023.11.12)


チャイコフスキー:交響曲第4番、ハムレット
ロンドン交響楽団/ニュー・フィルハーモニア管弦楽団
イーゴリ・マルケヴィチ(cond.)
[PHILIPS 484 1744]

 PHILIPS録音集26枚組。代表的録音であるチャイコフスキーの交響曲全集より。交響曲ではマルケヴィッチならではの凝つた表現が垣間見られる。第1楽章はフレーズを重視し、拘泥はりの間合ひがある。第4楽章でも重厚な音楽を指向してをり、軽薄さは皆無だ。珍しい幻想序曲「ハムレット」は貴重だ。面白い曲ではないが、マルケヴィッチの緊迫した表現が良い。(2023.11.9)


ブルッフ:ヴァイオリン協奏曲第1番
サラサーテ/ヴェニャフスキ/ドルドラ/ベートーヴェン/メンデルスゾーン/バッハ/ダカン/マネン
フアン・マネン(vn)
[la mà de guido HISTORICAL LMG2170]

 スペインの名手マネンの1914年から1954年まで40年に及ぶ記録が聴けるお宝音源2枚組。サラサーテに次ぐ大技巧家として多くの録音を残したやうだが、聴く機会は殆どなかつた。1枚目。アコースティック録音時代、1914年録音のサラサーテ、ヴェニャフスキ、ドルドラの演奏は精巧で平板な旧派の様式を具現してゐるが、大戦後の録音ではヴィブラート表現に歌謡派の手法を取り入れてをり変化が見られる。ベートーヴェンの協奏曲の自作カデンツァにおける独創性が素晴らしく、その後の主題の歌ひ回しが濃厚で面白い。メンデルスゾーンの協奏曲終楽章は技巧が冴えてをり天晴。ブルッフの協奏曲は第3楽章の盤の切り替へ時が上手く行かず2分割になつてゐるのがご愛嬌だが、全楽章が聴ける。力強く朗々とした音楽が持続してをり、マネンの真価を伝へる名演だ。意外な演目、バッハのソナタBWV.1015での風雅な趣も良い。管弦楽組曲第2番を自由に編曲したものも面白い。自作自演はスペイン情緒満載で楽しめる。(2023.11.6)


チャイコフスキー:交響曲第4番
シューマン:交響曲第4番
ライプツィヒ放送交響楽団
ヘルマン・アーベントロート(cond.)
[BERLIN Classics BC2053-2]

 アーベントロートは悲愴交響曲の名盤が有名だが、この第4交響曲も充実した名演だ。冒頭から雄渾な響きで、華やかさを封印したドイツ風の音楽が展開する。緩急を活かして表情の色分けを付けるのは実に老巧だ。熱気を帯びた時の底力に唸らされる。第4楽章では一転して猛烈な狂乱を演じ、荒々しく一気に運ぶ。呆気に取られる凄まじさだ。シューマンは渾然とした響きが理想的で、狙つてもなかなか出せる音ではない。血となり肉と化した極上の名演が展開される。この曲の代表的な名盤のひとつと云へる立派な演奏だ。(2023.11.3)


チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲
メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲、他
ベルリン・ドイツ歌劇場管弦楽団/ベルリン・フィル
アルトゥール・ローター(cond.)/ハンス・シュミット=イッセルシュテット(cond.)
ゲオルグ・クーレンカンプ(vn)
[DUTTON LABORATORIES CDBP 9800]

 クーレンカンプの復刻は独Podiumの15枚分が一番纏まつてゐたが、それでも抜けがあつた。英Duttonの復刻はその穴を埋める。チャイコフスキーの協奏曲は極めて興味深い。他のどの奏者とも異なる唯一無二の演奏で徹頭徹尾クーレンカンプの個性が際立つ。派手な技巧的な盛り上げはなく丁寧に弾き、煽り立てることは一切ない。おつとり悠然と歌ひ込む。スラヴ的な憂愁はなく、夢想するドイツ・ロマンティシズムの趣だ。だが、曲想との齟齬を超えて何故か惹き込まれる。第2楽章の独特のポルタメントによるカンティレーナは一種特別な境地へと誘ふ。メンデルスゾーンの協奏曲は復刻が多くあつた。余白に極上の神品バッハ「エア」とシューマン「夕べの歌」が収録されてゐる。これも別項で述べたので割愛する。(2023.10.30)


モーツァルト:交響曲第25番、同第40番
フィルハーモニア管弦楽団
オットー・クレンペラー(cond.)
[Warner Classics 5 055197 257049]

 管弦楽と協奏曲の録音全集95枚組。15枚目。1956年のステレオ録音。ト短調交響曲で編んだアルバムは実に尊い。そして、第25番は決定的名盤であると激賞したい。全楽章推進力のあるテンポと緊張感を漲らせた音楽に溜飲が下がる。第25番には名演が少なく、薄口でぬるま湯のやうな演奏ばかりだからだ。クレンペラーのやうに真摯で悲劇的な演奏は稀だ。激情的なヴァルター盤はロマンティック過ぎて崩れが目立つので、荘厳なクレンペラー盤を上位に置きたい。第40番も名演だ。これも悲劇的な面を聴かせ、ドイツ風の荘重さが美しい。但し、見せ場が弱く平板さは否めない。(2023.10.27)


シューベルト:「ロザムンデ」序曲
チャイコフスキー:交響曲第4番
ケルビーニ:「アナクレオン」序曲
ウィーン・フィル
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー(cond.)
[Warner Classics 9029523240]

 EMI系だけでなく、ポリドール/DGやDECCAへの商業用セッション録音の全てを集成した渾身の55枚組。1951年1月の録音集。音質が大分安定してきた。得意としたシューベルトの序曲は勿論良いが、本当に素晴らしいのは古いポリドール録音の方だ。チャイコフスキーは異色の演目、演奏で興味深い。第1楽章主部の入りにおける神妙な息遣ひはフルトヴェングラーの音楽性を象徴する。そして次第に熱気を帯びテンポを自在に動かすのは面目躍如と云へよう。だが、嵌つた演奏かと云ふとさうではない。第3楽章や第4楽章は見せ場に乏しくだうも冴えない。ケルビーニは商業用の演目だらう。これも精彩を欠く。(2023.10.24)


バッハ:トッカータとフーガニ短調、前奏曲とフーガイ短調、幻想曲とフーガト短調
シューマン:ピアノ・ソナタ第2番、交響的練習曲、ロマンス第2番
リスト:愛の夢第3番
パーシー・グレインジャー(p)
[APR 7501]

 奇才グレインジャーのSP時代独奏録音全集5枚組。3枚目。引き続き米コロムビアへの録音だが、ここから電気録音になる。復刻も数種出てゐたグレインジャーの代表的録音ばかりだ。デモーニッシュな霊感で疾風のやうに弾き乱し、聴き手を異常な感動に誘ふバッハのトランスクリプションには、真に個性的な音楽家の精髄がある。リストとグレインジャー自身の編曲によるが、一代限りの自在な解釈で、師ブゾーニのあり方とは縁も縁もない。トッカータにおける悪魔的な低音の響き。前奏曲では弾き出しから妖気が漂ひ、音楽が頂点を目指し始めると狂つたやうな速弾きで発奮する。幻想曲の捩れるやうな官能性など全てが異端だが、禁断の果実を味はふ快楽が勝る。シューマンは性に合つてゐるやうで、音楽が高揚して来ると、憑かれたやうに激情を晒す。ソナタ良し、エチュード良し。シューマンのフロレスタンとオイゼビウスが見事に表出されてゐる。リストも理想化された美しさを表出してゐる。(2023.10.21)


チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲、「懐かしい土地の思ひ出」より「瞑想曲」
パリ音楽院管弦楽団/コンスタンティン・シルヴェストリ(cond.)
レオニード・コーガン(vn)
[Warner Music Korea PWC15-D-0012]

 コーガンのEMI録音を集成した15枚組。相性の良いシルヴェストリとの1959年の録音は、どの演奏も素晴らしいのだが、両者本領を発揮したのはチャイコフスキーだ。コーガンはネボルシンとのメロディア録音があり、尋常でない集中力を持続した究極の名演であつた。それと比べて仕舞ふと感銘は落ちるが、当盤も申し分ない出来栄えだ。シルヴェストリの熱量のある棒が天晴だ。侘しい雰囲気もあり実に見事。瞑想曲が美しい。極上の逸品だ。(2023.10.18)


チャイコフスキー:1812年、交響曲第4番
ウィーン交響楽団
カレル・アンチェル(cond.)
[ELOQUENCE/PHILIPS 484 3778]

 PHILIPSとDGへの録音を集成した9枚組。PHILIPS録音は廉価盤のfontanaから発売されてゐた。交響曲第4番はスプラフォンに録音がなく重要だ。とは云へ、手兵チェコ・フィルとのやうには行かず、ウィーン交響楽団の緩い技量もあつて、アンチェルにしては歯痒い出来だ。仕方あるまい。特にさう感じるのは1812年で、スプラフォン盤の緊張感ある真摯な名演を知る者にとり、当盤が数段劣るのは明らかだ。(2023.10.15)


ショパン:12のエチュードOp.10、同Op.25、3つの新エチュード、ワルツ(第1番〜第4番)
ラウル・フォン・コチャルスキ(p)
[Marston 53016-2]

 Marstonによる録音全集第2巻3枚組。2枚目。1938年から1939年にかけてのポリドール録音だ。これ迄の録音は演目が散漫で重複もあつたが、遂に曲集としての本格的な企画と成つた。但し、正直な思ひとしては、何故エチュードなのか、残念な印象が拭へない。包み隠さず申すと、下手過ぎて存在価値が全くないのだ。純粋に弾けてゐないのは問題だ。既にコルトーの華麗な録音があり、バックハウスの完璧無比な録音がある。コチャルスキのは詫びたポーランド訛りが良さだが、エチュードでその要素が楽しめる箇所は少ない。新エチュードやワルツも強みを出せない演目だ。コチャルスキの評判が埋もれたのは録音戦略の拙さによる。(2023.10.12)


メシアン:キリストの昇天
アイヴズ:オーケストラ・セット第2番、答へのない質問
ブリテン:パーセルの主題による変奏曲とフーガ
バーバー:弦楽の為のアダージョ
ロンドン交響楽団、他
レオポルト・ストコフスキー(cond.)
[Music&Arts CD-787]

 ストコフスキーが得意とした近現代音楽のライヴ録音集。セッション録音を残してゐる演目も多く、ライヴでの感興を楽しむのと様々なオーケストラを振つた面白みを聴く1枚だ。最も素晴らしいのはブリテンだ。特にフーガでの躍動感が見事なのだ。最後は大興奮で聴衆の喝采も頷ける。次いで、アイヴズが面白からう。「答へのない質問」は日本フィルに客演した際の記録だ。バーバーはモスクワでの演奏。6分半の快速濃厚演奏で、違ふ曲に聴こえる。(2023.10.9)


チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲
シカゴ交響楽団/フリッツ・ライナー(cond.)
ヤッシャ・ハイフェッツ(vn)
[RCA 88697700502]

 オリジナル・ジャケット・コレクション全集103枚組。決定的名盤として君臨してきた知らぬ者のない録音だ。よく云はれるやうに、都会的に洗練された、何処か冷たい印象のある演奏、と評されることには反論しない。だが、肥えた耳なら細部に神経を通はせたハイフェッツの尋常ならざる表現力に降参する筈だ。とんでもない熱量を涼しげな外面で覆ふのは誰も真似出来ない。好みは別として凄みにたぢろぐ脅威の1枚。ライナーの伴奏も同じくらゐ凄い。不滅の名盤だ。(2023.10.6)


アイリーン・ジョイス(p)
パーロフォン録音
リスト/ブラームス
[DECCA 482 6291]

 オーストラリア出身の才色兼備ジョイスの5つのレーベルに跨る録音を集成した豪エロクアンスによる渾身のセッション録音全集。2枚目。APR盤と同じ内容である。リスト作品は「愛の夢第3番」など美しい演奏もあるが、リスト弾きらの演奏と比べると強い個性は感じられない。リストによるトランスクリプションにジョイスの美質が出てゐる。バッハ「前奏曲とフーガBWV.543」の幻想的な語り口は実に見事。最高なのはシューマン「献呈」「春の夢」だ。悶へるやうなロマンティシズムが飛翔する。当盤の白眉だ。グノー「ファウストのワルツ」も躍動感があつて素晴らしい。ブラームスでは後期作品を吹き込んでゐる。重厚さはなく、詫びた抒情がジョイスの持ち味だが、何とも食ひ足りない。(2023.10.3)



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