楽興撰録

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2019.9.29以前のCD評
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ベートーヴェン:交響曲第3番「英雄」、レオノーレ序曲第1番、同第2番/ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団/フランツ・コンヴィチュニー(cond.) [Corona Cl.collection 0002172CCC]
名匠コンヴィチュニーの録音を集成した箱物の第1巻11枚組より。王道の交響曲全集で、繰り返しも遵守、演奏は正攻法で攻めるが、第1楽章が成功してゐない。エロイカは難曲だ。動機が短めなのに楽曲が長く、細部と全体像への気配りがないと空疎になる。尚且つ情熱や闘志がないと詰まらない。コンヴィチュニーの演奏は揺るぎはないが単調、気迫はあるが持続はしないのだ。しかし、楽章を重ねるごとに充実してきて、第4楽章は最上級だ。引き締まつたテンポで畳み掛けるやうに変奏を聴かせる。poco andanteも衒はず颯爽として気高い。オーボエ奏者の素朴で愛くるしい音色は古き良き時代の遺産だ。2つの序曲は堂々たる名演だが、劇的な起伏が少ないコンヴィチュニーの限界を感じさせる演奏でもある。(2020.3.27)

ハイドン:交響曲第88番、チャイコフスキー:フランチェスカ・ダ・リミニ、グラズノフ:交響曲第5番/レニングラード・フィル/エフゲニー・ムラヴィンスキー(cond.) [EMI 7243 5 75953 2 2]
GREAT CONDUCTORS OF THE 20TH CENTURYシリーズの1つ。2枚目を聴く。ハイドンは1968年11月のライヴ録音。別項で述べたで割愛する。チャイコフスキーは最晩年1983年3月のライヴ録音で、かつて日ビクターから、次いでERATOから発売された名演だ。瑕も多いが、壮絶なる表現に打ちのめされる究極の演奏なのだ。グラズノフはかつてロシアン・ディスクで発売されたことのある音源で、1968年9月のライヴ録音だ。ムラヴィンスキーはグラズノフでは第5番を好んでをり、来日ライヴも残る。当盤の演奏は非常に完成度が高く、音質も安定してゐる。爆発的な強音と繊細で表情豊かな弱音の落差は余人には真似出来ない至藝である。ロシアの郷愁溢れる旋律を気品良く仕上げたムラヴィンスキーは流石だ。第2楽章と第4楽章は絶品である。豪快なゴロヴァノフ盤と並ぶ決定的名演である。(2020.3.24)

プーランク:ナゼルの夜会、5つの即興曲、主題と変奏、ナポリ、2台のピアノの為の協奏曲/パリ音楽院管弦楽団/ジョルジュ・プレートル(cond.)/フランシス・プーランク(p)/ジャック・フェヴリエ(p) [EMI 7243 5 694464 2 2]
フランスEMIによる名手フェヴリエの名演集2枚組。2枚目は盟友であつたプーランク作品で、決定的名演が揃ひ踏みする。選曲も実に良い。フェヴリエは理知的で都会的な感覚のピアニズムを聴かせる。明瞭な打鍵による玲瓏たる音色は近代フランスの軽妙な作品や淫靡な作品に絶妙に合ふ。特にプーランクの涙を湛へた感傷的な旋律の美しさにフェヴリエ以上の寄り添ひ方が出来る者はなからう。感情を込め過ぎてもいけないのだ。さて、どれも絶品だが、最大の興味を惹くのは協奏曲に違ひない。1932年の初演と同じ、作曲者との共演である。そして、プーランク作品の権威プレートルの棒が花を添へ、決定的名盤として語り継がれてきた録音である。部分的には難がない訳ではないが、精神においてこれを超える録音はなからう。(2020.3.21)

ケルビーニ:「アナクレオン」序曲、モーツァルト:交響曲第35番「ハフナー」、ベートーヴェン:交響曲第7番、ミサ・ソレムニス/BBC合唱協会/BBC交響楽団/アルトゥーロ・トスカニーニ(cond.)、他 [BBC LEGENDS BBCL 4016-2]
全てこのBBC LEGENDS盤が初出となつたお宝満載の2枚組。トスカニーニはBBC交響楽団との共演をいたく気に入り数々の名演を残したが、その最初の記録となつた1935年6月3日の記録、ケルビーニ「アナクレオン」序曲から極上の名演で、如何に引退前のトスカニーニが世界最高の指揮者と賞讃されてきたかが諒解出来るだらう。モーツァルトは1935年6月14日の記録、間断なく混入するトスカニーニの声が感興が乗つてゐることを証明する。さて、ベートーヴェンの交響曲は1935年6月12日の記録で、これまで発売されてきた音源―6月14日の記録とされる―とは別物である。演奏はほぼ同じやうに聴こえるが、混入するトスカニーニの声が違ふ。聴衆ノイズも異なるので別日の演奏である。内容は絶品で、これぞトスカニーニのベートーヴェン演奏でも最上位に置かれる名演だ。ミサ・ソレムニスは1939年5月28日の記録で、ジンカ・ミラノフ、キルステン・トルボルク、ニコラ・モスコーナらトスカニーニの薫陶を受けた大歌手らを添へ、晩年1953年のNBC交響楽団とのRCA録音をも上回る最上級の名演である。何よりも緩急自在なしなやかな歌が絶頂期のトスカニーニで、晩年の厳つい堅苦しさとは一線を画す。グローリアの熱気は圧巻。とは云へ、録音状態、合唱や管弦楽の精度を考慮するとこのBBC盤も万全とは云へないのだ。(2020.3.19)

ブルックナー:交響曲第7番/ベルリン放送交響楽団/ヘルマン・アーベントロート(cond.) [Tahra TAH 604-605]
アーベントロート没後50年を記念して発売された未発表音源集。愛好家感涙の2枚組だ。1枚目はブルックナーの第7交響曲で、1956年2月19日の演奏記録だ。さて、アーベントロートの同曲の録音には、数日前の2月16日もしくは17日とされる記録があり、矢張り仏Tahraから商品化されてゐた。別音源として認定されて、この度商品化された訳である。演奏内容は当然だが大差ない。最晩年の円熟した名演で、木目細かいテンポの変動が、往年のドイツが誇るブルックナー指揮者の貫禄を示す。華々しさは皆無で第2楽章の頂点で聴かせる地鳴りのやうな渋さも沁みる。美しいディミヌエンドの絶妙な表現は取り分け特筆したい。(2020.3.15)

ベートーヴェン:交響曲第9番、同第8番/リチャード・ルイス(T)/クリーヴランド管弦楽団&合唱団/ジョージ・セル(cond.)、他 [SONY 88985471852]
遂に集成されたセル大全集106枚組。ベートーヴェン交響曲全集としての録音で、2曲とも1961年4月に収録された。第9番は忌憚なく申せば残念な仕上がりである。第2楽章は文句なく素晴らしい。峻厳なティンパニが支配する見事な演奏だ。第1楽章と第3楽章は幾分生真面目過ぎて広がりと面白みに欠けるが、セルらしい万全な演奏だ。第4楽章序盤の昂揚は圧倒的なのだが、問題は声楽が入つてからだ。ドナルド・ベルの歌唱には失望しかない。他の独唱陣にも同じ感情を抱く。合唱にも正直首を傾げて仕舞ふ。米國の歌手だからとはいへ、ディクションに違和感しか覚えない。そればかりではない。パッサッジョやアクートの未熟さが目立つ。クリーヴランド管弦楽団の演奏が素晴らしいだけに、声楽との落差が目立つ。不出来な演奏と云つても過言ではない。第8番は全集録音の中でも特に評価が高く、代表的名演として語られてきた。冒頭から完璧な合奏で、緊密な響き、熱気ある推進力、これぞ理想的な音楽だ。唯一戴けないのが、第1楽章の頂点で低弦楽器の主題を聴かせる為に他の楽器を抑制したことだ。理知的に制御した点、セルの限界があると云へよう。優等生の名演だが、魔力を欠く。(2020.3.12)

イグナツ・フリードマン(p)/メンデルスゾーン、ショパン、リスト、スーク [ARBITER 158]
“Masters of Chopin”と題された4枚組。目玉は1枚目のフリードマンで未発表音源2つが含まれる。米Arbiterの快挙だ。それ以外の音源は、かつては英Pearlから昨今ではNaxos Historicalから復刻があつた。新発見音源については既にフリードマン・ディスコグラフィーには反映し、記述を済ませてあるのだが、ディスクの紹介といふ役目だけでもよからう。新発見音源は1933年録音のショパンの英雄ポロネーズだ。2回目の録音なのだが、物凄い演奏である。特に中間部で一旦大胆にテンポを落とし大見得を切つてからの左手による息の長い長大なクレッシェンドが鬼気迫る。こんな壮大な盛り上げは聴いたことがない。リスト「ラ・カンパネッラ」は1924年録音で逆に1回目の録音が発見されたことになる。再録音よりも切れがあり、妖気が漂ふ名演だ。(2020.3.9)

ベートーヴェン:「フィデリオ」序曲、交響曲第7番、「プロメテウスの創造物」より/フィルハーモニア管弦楽団/ニュー・フィルハーモニア管弦楽団/オットー・クレンペラー(cond.) [EMI 50999 4 04275 2 2]
クレンペラーのEMI録音大全集中、ベートーヴェンの交響曲と序曲の録音を網羅した10枚組。「フィデリオ」序曲は1962年の再録音。1954年にも録音をしてゐた。特徴的にテンポが遅くなり、音楽的に効果を上げたとは云ひ難い。さて、1970年、晩年に録音された第7交響曲は兎に角問題作だ。最初に聴いた時は生理的に受け付けなかつた。否、繰り返し聴いた今でも摩訶不思議な珍演といふ思ひが募る。恐ろしく遅く重い。では、巨大で圧倒的かと云ふと、寧ろ空疎で弱々しいくらゐなのだ。多分、余りの遅さに奏者が音楽を出来ず、呼吸困難を起こした演奏なのだ。だから、クレンペラーが誇る揺るぎのないテンポではなく、フレーズの方向性も見えず、致命的なのはディナミークに差が付いてゐない。第2楽章はクライバー流のピッツィカート終止だ。クレンペラーは楽譜を無視することが多かつたが極まつた感がある。「プロメテウスの創造物」は1969年の録音で、序曲、第5曲アダージョ、第16曲フィナーレの3曲を演奏。アダージョが美しく成功してゐる。(2020.3.6)

ブラームス:交響曲第4番/ウィーン・フィル/カルロス・クライバー(cond.) [DG 00289 483 5498]
クライバーのDG録音全集12枚組オリジナル・ジャケット仕様の愛蔵盤。高名な名盤で、クライバーのDG録音中でも1、2を争ふ価値高き出来映えだと思ふ。ウィーン・フィルから情感豊かな音楽を自然に引き出し、飄然として淡く颯爽たる音楽運びで嫌味がない。これはシューリヒトに通じる至藝と云へよう。更にシューリヒトにはない濃厚で沈着するやうな要素も交錯させるので、録音の素晴らしさも総合すると常に最上位に置かれる名盤とされるのも頷ける。父エーリヒはブラームスの交響曲の録音を全く残してをらず、カルロスの意気込みを感じる。一方で、細部の完成度で精度の落ちる箇所が散見される。ムラっ気が強いカルロスの弱点だが、完璧を目指し生気を失ふよりも好ましい。(2020.3.3)

モーツァルト:「フィガロの結婚」序曲、「魔笛」序曲、交響曲第33番、管楽器の為の協奏交響曲/スロヴァキア・フィル/チェコ・フィル/ヴァーツラフ・タリフ(cond.) [ARTIS AT026]
タリフの主要録音集22枚組。戦前のHMVと戦後のスプラフォン両録音を集成したのは初だらう。「フィガロの結婚」序曲のみ1950年のスロヴァキア・フィルとの演奏で、以前仏Tahraから発売されてゐた音源だ。出来は水準程度だ。チェコ・フィルとの「魔笛」序曲は1954年6月9日の録音で、音質も演奏内容も断然良い。当盤の中でも図抜けて素晴らしく、熱気と情感が溢れた屈指の名演なのだ。見逃してゐる方も多いだらう。変ロ長調交響曲は「魔笛」序曲と同日の録音。実はタリフにはスロヴァキア・フィルとの旧録音があり、矢張り仏Tahra盤で聴ける。お気に入りだつたのだらう再録音の出来も素晴らしい。温かみのある弦楽器のアンサンブルが心地よい。協奏交響曲K.297bは1949年の録音で、チェコ・フィルの首席奏者らによる演奏だ。オーボエはヨゼフ・シェイバル、クラリネットがアイロス・ルィビン、ホルンがミロスラフ・シュテフェク、ファゴットがカレル・ヴァセクだ。これは伝説の名手シュテフェクのホルンを聴くべき録音であり、惚れ惚れとする。タリフは奏者らを立てる為に落ち着いたテンポで伴奏に徹する。派手さは皆無、味はひ深い玄人好みの名演だ。(2020.3.1)

ムソルグスキー:展覧会の絵、リスト:リゴレット・パラフレーズ/バイロン・ジャニス(p) [RCA 88725484402]
ジャニスのRCA録音全集。師匠のホロヴィッツが切り札とした展覧会の絵が注目だ。1958年に録音され、リリース予定まであつたが何故か未発売となつた幻の音源なのだ。演奏は燦然たる技巧で聴く者全ての口を封じる圧倒的な名演だ。冒頭から打鍵の魔術に惹き込まれる。技巧的な曲では淀みのない音楽を聴かせる。キエフの大門の大詰めではホロヴィッツ流儀の編曲で盛り上げる。リヴィング・ステレオの威力で臨場感も圧巻だ。屈指の名盤だが、師ホロヴィッツの魔術的な個性と比べると猿真似の感は否めない。しかし、音質のことも含めるとホロヴィッツ盤と併せて推薦したい。1957年録音のリゴレット・パラフレーズは往年の名手らが好んで吹き込んだ曲で、4声の絡みを見事に聴かせる。しかし、技巧に頼り過ぎで、歌心が欠けてをり一寸も感銘を受けない演奏だ。(2020.2.28)

ヴィヴァルディ:ヴァイオリン・ソナタイ長調RV31、同へ短調RV21、ラロ:スペイン交響曲、プロコフィエフ:ヴァイオリン協奏曲第1番、ヴィラ=ロボス:ヴァイオリン・ソナタ第3番/リカルド・オドノポゾフ(vn)、他 [DOREMI DHR-7874-9]
名手オドノポゾフの大曲録音を復刻した6枚組。6枚目を聴く。意外に思へるレパートリーのヴィヴァルディが良い。レオ・ロスタルのチェロによる通奏低音、ベンジャミン・オーレンのハープシコード、ハインツ・ヴェールレのオルガンが雰囲気良く伴奏をする。オドノポゾフは持ち前の妖艶な美音で脂粉たつぷりに弾く。現代の耳には時代考証を無視した取り組みに聴こえるだらうが、音楽としては魅力満点、最高の演奏だ。2曲ともChamber Music Societyレーベルへの録音。ラロは4楽章制での演奏。ゲール指揮、ユトレヒト交響楽団の伴奏でMMSレーベルへの録音。曲との相性が良く。申し分ない出来だ。しかし、本当に素晴らしいのはプロコフィエフで、シゲティに肉薄する見事な演奏を披露して呉れた。美音から野蛮な音色への振れ幅が大きく、sul ponticello奏法で本懐を伝へるのはシゲティとオドノポゾフだけだ。ホルライザー指揮チューリヒ放送交響楽団の伴奏でMMSレーベルへの録音だ。最も価値があるのはヴィラ=ロボスで、匹敵する録音はなからう。ハンブロのピアノ、アレグロ・レーベルへの録音だ。(2020.2.25)

ベートーヴェン:交響曲第3番、「エグモント」序曲、ミサ・ソレムニス/ボストン交響楽団/セルゲイ・クーセヴィツキー(cond.)、他 [ARTIS AT020]
40枚組。クーセヴィツキーの復刻がこれほど纏まつたことはかつてなく、大歓迎の好企画だ。エロイカは1934年の録音。後年にも再録音があるが、演奏自体はこちらの方が僅かに優れてゐる。但し、録音が古いので全体的に感銘は今ひとつだ。演奏はクーセヴィツキーらしい雄渾で熱の入つた浪漫的な音楽が楽しめる。問題は第4楽章で、冒頭から非常にゆつたりとしたテンポで、中盤も急くことなく、前3楽章の気迫はどこへやら、だうにも退屈な演奏なのだ。最後が締らず、推薦出来ない。さて、1947年4月2日に録音された「エグモント」序曲が素晴らしい。音質も良く、大編成での重厚な演奏が迫り来る。悲劇的感情を盛り上げ、壮大な音楽に呑み込まれる。大曲ミサ・ソレムニスは1938年の録音。独唱はヴリーランド、カスカス、プリーヴ、コードンで魅力を感じない。合唱は健闘してゐるが水準程度だらう。クーセヴィツキーの真摯な演奏だが、グローリアが想定外に遅めで求心力を欠く。また、アニュス・デイ後半も足取りが重く、従つて全曲を通じてだらりと緩い。深みのある表現が聴けるだけに、減り張りがないのが痛恨だ。これもお薦めし難い内容だ。(2020.2.23)

ハイドン:交響曲第101番「時計」、ブラームス:交響曲第4番/ウィーン交響楽団/フリッツ・ブッシュ(cond.) [Dante LYS 594-596]
1950年にブッシュがウィーン交響楽団と残した録音を集成した3枚組。1枚目を聴く。ハイドンが素晴らしい。古典的な佇まいと爽快な音楽性が相乗効果を生み、理想的な名演を成し遂げてゐるのだ。第1楽章の気品ある構成美、陰影を付け単調に陥らない第2楽章が取り分け見事だ。ウィーン交響楽団も要望に応へてをり、申し分ない。一方、ブラームスはオーケストラの力量が追ひ付いてゐないと感じる箇所もあり、薄手の響きが物足りないのは事実だ。ブッシュは過剰に表現することなく即物的な解釈乍ら音楽に惻々と入り込んで行くが、鳴つてゐる音が伴つてこないのだ。数多名演があるのでブッシュ盤は埋もれて仕舞ふ。(2020.2.21)

アンドレ・ナヴァラ(vc)/アニー・ダルコ(p)/日本の名旋律集/ショパン:チェロ・ソナタ [Calliope CAL 1963]
カリオペ・レーベルが1979年に制作した「日本の名旋律集」は本邦で爆発的に売れたといふ。新装版で登場したのを歓迎したい。収録曲は「さくらさくら」、多忠亮「宵待草」、成田為三「浜辺の歌」、杉山長谷夫「出船」、山田耕筰「この道」「赤とんぼ」、滝廉太郎「荒城の月」、梁田貞「城ヶ島の雨」、岡野貞一「故郷」、弘田竜太郎「浜千鳥」「叱られて」、中田喜直「夏の思い出」、中山晋平「砂山」、小山作之助「夏は来ぬ」の14曲。人の声に最も近いチェロは日本の歌によく合ふ。かつてフォイアマンやマレシャルも吹き込みをしてきた歴史がある。ナヴァラの演奏は最も陰影が深く、詠嘆が深い。ダルコのピアノも日本の風情を理解してをり、前奏の編曲から決つてゐる。だうしてフランス人が琴線に触れる演奏を為し得たのかは説明が出来ぬ。多言はゐらぬ。これは絶対的に良い1枚だ。余白にショパンのソナタが収録されてゐる。名演だが、日本のメロディーの方が素晴らしくて霞んで仕舞ふ。(2020.2.18)

チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲、ブラームス:ヴァイオリン協奏曲(2種)、メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲/マリオ・ロッシ(cond.)/ヴィルヘルム・フルトヴェングラー(cond.)/トリノRAI交響楽団/ジョコンダ・デ=ヴィート(vn) [MEMORIES REVERENCE MR2577/2578]
好企画。デ=ヴィートがトリノRAI交響楽団の伴奏で弾いた協奏曲ライヴ録音の全てを集成した2枚組。2枚目は大変有名なフルトヴェングラーとの共演によるメンデルスゾーンとブラームスで、繰り返し発売されてきた音源なので割愛する。さて、1枚目に収録されてゐるロッシの指揮での演奏が大変稀少で、愛好家なら揃へてをきたい。チャイコフスキーは唯一の音源で、別項でも記載したが、極めて大胆で揺れが大きい演奏だ。重心は軽いが表情は濃厚で、船酔ひしさうな異色の演奏。さて、初出で6種類目となるブラームスの演奏が重要だ。1960年12月16日の演奏記録で、デ=ヴィートの記録では恐らく最後のものだ。総決算ともいふべき劇的な演奏で、思ひの丈をぶちまけてゐる。生々しい音質も有難い。これ迄の同曲の演奏が大人しく聴こえる驚愕の名演だ。聴くべし。(2020.2.15)

ベートーヴェン:ミサ・ソレムニス/マリア・シュターダー(S)/アントン・デルモータ(T)/ヨーゼフ・グラインドル(Bs)/聖ヘトヴィヒ大聖堂聖歌隊/ベルリン・フィル/カール・ベーム(cond.)、他 [DG 4798358]
ベームの歌劇と声楽作品録音を集成した70枚組。ベームはミサ・ソレムニスを2回録音してをり、こちらは旧盤となるベルリン・フィルとの1955年録音盤だ。1974年にウィーン・フィル盤と再録音したが、結論から述べると、この旧盤の方があらゆる点で優れてゐる。ベームは往々にしてベルリン・フィルとの旧録音の方が正気があつて評判が高い。否、唯一劣るのは旧盤がモノーラル録音であるといふ点であらう。それから、メッゾ・ソプラノのマリアンナ・ラデフの声質がアンサンブルに溶け込んでをらず、気になる点か。ラデフといふ人、マリア・カラスにそつくりの声を出す。独唱陣は清楚な歌唱で宗教曲では並ぶ者がないシュターダーを筆頭に、デルモータやグラインドルと大物が名唱を聴かせる。ベームの棒は引き締まつたテンポで精力的に音楽を運ぶ。重厚なベルリン・フィルの合奏も良く、合唱も見事だ。この曲の名盤のひとつだが、幾分求心力を欠き、トスカニーニやクレンペラーの名盤と並べると遜色がある。(2020.2.12)

ウィリアム・カペル(p)/1952年6月9日&6月15日放送用録音/ラフマニノフ:パガニーニの主題による狂詩曲/フィラデルディア管弦楽団/ユージン・オーマンディ(cond.) [Marston 53021-2]
Marstonからの宝物である。カペルの初出音源を多数含む放送録音集3枚組。2枚目を聴く。WQXRスタジオでの1952年6月9日の放送用録音では、モーツァルトのピアノ・ソナタ変ロ長調、グラナドス「嘆き、またはマハと夜鶯」、シューベルトのレントラー第7番と第12番、チェイシンズ「トリッキー・トランペット」、ショパンのピアノ・ソナタ第3番のラルゴを演奏してゐる。モーツァルト、シューベルト、ショパンは他に録音があるので、大して価値はないが、申し分のない出来栄えだ。グラナドスの詩情とチェイシンズの快活さが掘り出し物で、カペルの実力を再認識出来る名品だ。6月15日の録音ではドビュッシー「子供の領分」とリストのハンガリー狂詩曲第11番を演奏してゐる。これらにも別録音があり、目新しさはないが、リストの切れ味は流石だ。1944年10月28日のライヴ録音で、オーマンディとのラフマニノフが聴ける。3種類目となる録音で、管弦楽の伴奏も見事な名演であるが、音が古く冴えないので残念だ。8分半にも及ぶカペルへのインタヴューも収録されてをり貴重だ。(2020.2.9)

ベートーヴェン:交響曲第7番、スメタナ:モルダウ、ヴァーグナー:「タンホイザー」序曲、スーザ:星条旗よ永遠なれ/ニューヨーク・フィル/ジョージ・セル(cond.) [West Hill Radio WHRA 6018]
セルの実況録音集第1巻4枚組。1枚目を聴く。1943年7月4日、セルのニューヨーク・デヴュー・コンサートの記録である。セルは大戦前夜、欧州で指揮者として頭角を顕しつつあつたが、戦火を避け米國に定住した。米國でもその実力を発揮し、当時黄金期にあつたニューヨーク・フィルにも登場を果たした。アメリカ国歌の斉唱から始め、聴衆の気持ちを掴んだ後、王道のベートーヴェンで真価を問ふ。絶対者トスカニーニの十八番の演目であつた第7交響曲を選ぶあたり強かだ。強靭に躍動する演奏でトスカニーニ仕込みの合奏が炸裂する。理想的な名演だ。次いで、セルの得意とするスメタナが見事だ。後のセッション録音ほどではないが、精緻さと情感が高次元で融合した名演に魅了される。ヴァーグナーの雄渾な演奏も絶品。最後にスーザの曲で締めるところにセルの戦略を窺はせる。全き成功を刻印した伝説的な公演記録である。(2020.2.6)

ベートーヴェン:交響曲第3番/ボストン交響楽団/シャルル・ミュンシュ(cond.) [RCA 88875169792]
ミュンシュのRCA録音とコロムビア録音を集大成した86枚組。1957年の録音。ミュンシュにとつてベートーヴェンは中心的なレペルトワールとは云へず、演奏内容も取り立てて特筆すべき箇所が見当たらない。エロイカも特徴は兎角に明るいことだ。開放的な響きで、テンポも浮ついて、終始楽しげである。第3楽章や第4楽章はそれなりに聴けるが、深刻なベートーヴェンはどこ吹く風、能天気な演奏で困る。拘泥はりの解釈があればよいのだが、全体を通して特に冒険もなく、熱気はあるが、元気が良くだけで悩みの少ないエロイカなのだ。(2020.1.27)

プッチーニ:「ラ・ボエーム」/トルーデ・アイッパーレ(S)/ヴィルマ・リップ(S)/カール・テルカル(T)/アルフレート・ペル(Br)/バイエルン放送交響楽団&合唱団/クレメンス・クラウス(cond.)、他 [Venias VN-033]
クラウスのほぼ全ての録音を集成した97枚組。1951年の放送用セッション録音。クラウスにとつて2種類目の新盤だ。戦前の旧盤はバイエルン国立歌劇場での演奏であり、両方ともバイエルンでの録音であるのが面白い。さて、11年を経ての演奏は欠落もなく、音質も良く、細部まで仕上がりが良く、歌手も粒揃ひで、断然素晴らしい。クラウスの意図が徹頭徹尾浸透してをり、管弦楽の美しさは独自の境地にある。ドイツ語歌唱といふ減点を帳消しにするほどの魔力がある。ミミは旧盤と同じくアイッパーレで可憐で儚い趣は絶品だ。しかし、流石に衰へを感じずにはゐられない。アリアも声が持たないのか淡々と処理してをり、唯一旧盤と比較して物足りない点だ。他の歌手は穴のない布陣だ。ムゼッタをリップが歌ふ。如何にもドイツのコロラチューラ・ソプラノの発声だが、在り来たりでない面白味が勝る。テルカルのロドルフォが嵌り役で全体を締めてゐる。この新盤は感銘深く、イタリア勢の録音にも伍する出来なので一聴をお薦めしたい。(2020.1.23)

モーツァルト:ピアノ協奏曲第22番、ピアノ・ソナタ第8番、ハイドン:ピアノ・ソナタ第37番/ウィーン交響楽団/ルドルフ・モラルト(cond.)/リリー・クラウス(p) [Vox CDX2 5516]
米Vox2枚組。1950年から1951年頃の録音とされる。1枚目では名作変ホ長調協奏曲が聴ける。快活であり、歌があり、陰影があり見事なピアニズムが堪能出来る。モラルトの伴奏も一本調子とは云へ、クラウスの表現に寄り添つてをり申し分ない。しかし、録音が冴えず抜けが悪いので、良さが伝はりにくい恨みがある。後年の全集録音を採るべきだらう。独奏曲が素晴らしい。イ短調ソナタは第3楽章の焦燥感など聴かせる箇所も多く、後年の名盤を髣髴とさせる名演だ。とは云へ、仕上がりはディスコフィル・フランセへの全集録音の方が断然良い。さて、ハイドンのニ長調ソナタが当盤の白眉で、軽快さと諧謔が見事に融合した特級品。この曲の決定的名演と太鼓判を押す。(2020.1.20)

ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番、交響曲第7番/ヴィルヘルム・バックハウス(p)/ウィーン・フィル/ハンス・クナッパーツブッシュ(cond.) [Orfeo C 901 162 B]
2枚組。1954年1月17日の実況録音。プログラムの最初に序曲「コリオラン」が演奏された―2枚目に収録されてゐる。晩年共演することの多かつたバックハウスとのト長調協奏曲は両者調子が良く中々の出来栄えだ。バックハウスは玲瓏たるピアニズムで最愛の曲を格調高く紡ぐ。独自のカデンツァも味はひ深い。クナッパーツブッシュは存外大人しく邪魔をしない。全体としては特徴は薄く、大して記憶に残らない演奏とも云へる。さて、第7交響曲がクナ節全開の強烈な演奏だ。兎に角トランペットへの指示が尋常ではなく、第1楽章展開部における楽譜にはない強烈なクレッシェンドには思はず仰け反る。コーダでも猛烈なクレッシェンドが聴かれる。第3楽章では弦楽器による瞬発的なクレッシェンドが特徴的だ。第4楽章もコーダでのトランペットの煽りにしてやられる。真つ当な演奏ではないが、食傷気味の方には劇薬としてお薦めしたい。(2020.1.16)

ベートーヴェン:ミサ・ソレムニス、交響曲第5番/ビルギット・ニルソン(S)/ストックホルム・フィルと合唱団/ケルン放送交響楽団/エーリヒ・クライバー(cond.)、他 [Music&Arts CD-1188]
ミサ・ソレムニスは1948年3月、ストックホルムにおけるライヴ録音で、ソプラノにニルソンを据ゑた熱演である。コントラルトにリザ・トゥンネル、テノールにイェスタ・ベックリン、バスにジークルド・ビョルリンクを起用、即ち独唱者は全員スウェーデン人歌手で揃へてゐる。冒頭からオルガンの荘厳な響きに誘はれ、壮麗な音楽が流れる。細部まで神経の行き届いた極上の名演だ。しかし、厳めしい演奏ではなく、宗教的な崇高さを滲ませた気品ある演奏なのだ。その点、トスカニーニやクレンペラーの名演とは趣を異にする。取り分け合唱の精度が高く厚みも素晴らしい。主役を担つてをり理想的な仕上がりと云へる。クライバーの呼吸も絶妙で歌に溢れてゐる。惜しむらくはニルソン以外の独唱が小粒で魅力に欠けることだ。第5交響曲は1955年4月4日のライヴ録音で、同日に田園交響曲も演奏され、商品化もされてゐる。演奏は天晴痛快見事この上ない。理想的な演奏で流石はクライバーである。晩年の総決算とも云ふべき仕上がりだ。(2020.1.13)

プッチーニ:「ラ・ボエーム」/レナータ・テバルディ(S)/カルロ・ベルゴンツィ(T)/エットーレ・バスティアニーニ(Br)/チェーザレ・シエピ(Bs)/ローマ聖チェリーリア国立音楽院管弦楽団/トゥリオ・セラフィン(cond.)、他 [DECCA 4781535]
テバルディ・デッカ録音全集66枚組。1959年、テバルディにとつては再録音。「ラ・ボエーム」は初演者にして初録音を担つたトスカニーニの録音が別格である。その次となると、このセラフィン盤が巷間では決定的名盤との誉れ高い。大変優れた録音であることは違ひないのだが、難癖との非難を恐れずに申せば、立派過ぎて座りが悪いのだ。ヴェルディでは比類なき歌唱を聴かせたバスティアニーニだが、マルチェロ役は威厳があり過ぎる。幕切れの”coraggio!”は芝居がかつてをり興醒めする。コッリーネはシエピが担ひ、これまた全体に手管が過ぎ、アリアも技巧的に感じる。男性陣が強靭で、ショナールをレナート・チェーザリ、ブノアとアルチンドロをフェルディナンド・コレナ、バルビニョールをピエロ・デ・パルマが固めてゐる。豪華な布陣だが、調和の魅力はなく、各々が堂々とし過ぎる。一方、ジャンナ・ダンジェロのムゼッタが弱く浮いて仕舞つた。テバルディは素晴らしいが、旧盤に比べると重く立派過ぎる。ミミらしさは旧盤にある。文句無く見事なのはベルゴンツィのロドルフォだ。等身大の嵌まり役と絶賛したい。セラフィンの棒は卓越してをり、全体を良く纏めてゐるが、幕切れの演出などは過剰で却つて泣けない。これは大人たちの金満家の「ラ・ボエーム」であり、貧乏と愛に捧げた青春の投影が薄い。座りが悪いのこの為だらう。(2020.1.10)

モーツァルト:管楽器の為の協奏交響曲、ピアノと管楽器の為の五重奏曲、オーボエ協奏曲、「暗く寂しい森の中で」「クローエに」「ひめごと」/フェルナン・ウーブラドゥ(cond.)/モーリス・アラール(bn)/イレーヌ・ジョアシャン(S)/ピエール・ピエルロ(ob)、他 [Alpha Alpha 800]
アルファなるレーベルのモーツァルト作品歴史的録音集は稀少音源の宝庫であり、愛好家は必携だ。当盤の主役はオーボエのピエルロである。1946年録音VSMレーベルに録音された協奏交響曲はウーブラドゥとその室内管弦楽団による伴奏。ウーブラドゥとは後に「パリのモーツァルト」のアルバムでも共演してゐるが、ピエルロ以外は顔触れが異なり、こちらはクラリネットがルフェビュール、コルがドヴェミ、バソンがアラールだ。肝心のピエルロは華奢だが特徴が薄く、ルフェビュールも平板で良くない。ドヴェミは安定感に欠け問題ありだが、今日では聴かれない音色に惹かれる。アラールのバソンが全楽器と見事に溶け合ひ心憎い。ウーブラドゥの指揮は軽快で新盤よりも良く、総合点ではこの旧盤に軍配を挙げたい。五重奏曲は1948年の録音で、クラリネットを名手ドリュクレーズに変へて魅力が増した。ピアノはイヴ・グリモーで水準程度だが、フランスの名手らによる艶やかな演奏が楽しめる。オーボエ協奏曲は1951年のパテへの録音、ゴールドシュミット指揮コンセール・ラムルーの伴奏だ。ピエルロの愛くるしい音色が美しい極上の名演である。さて、ピエルロの録音は以上で、余白はジョアシャンの歌曲3曲だ。1938年と1947年、グラモフォンとBAMへの録音、ベルクマンとジェルマンのピアノ伴奏だ。フランス語による何とも高雅な趣。歌声の美しさだけで天上の世界に誘はれる至高の録音である。(2020.1.7)

プッチーニ:「修道女アンジェリカ」/フィレンツェ五月祭管弦楽団と合唱団/ランベルト・ガルデッリ(cond.)/ジュリエッタ・シミオナート(Ms)/レナータ・テバルディ(S)、他 [DECCA 4781535]
テバルディ・デッカ録音全集66枚組。1961年から1962年にかけて行はれたDECCAレーベルによるプッチーニの三部作の録音は、テバルディを軸とした極め付けの名盤とされてゐる。3作品ともガルデッリ指揮、フィレンツェ五月祭管弦楽団と合唱団の演奏で統一されてゐるのも良い。主役のテバルディは勿論素晴らしいのだが、盛期を過ぎた感があり、やや重く苦しい歌唱で、後半で浄化されるやうな透明感が弱い。意外にも手放しで称讃したくなる出来にはならなかつた。当盤ではシミオナートの公爵夫人が存在感抜群だ。ガルデッリの指揮は申し分なく、歌手の呼吸に寄り添つてゐる。しかし、セラフィンに比べると世俗的で終盤に向けての崇高な昂揚を聴くことが出来ない。中盤まではガルデッリ盤が良く、終盤はセラフィン盤が良い。双璧の名盤だが、感銘深いのは後者だ。(2020.1.5)

ブルックナー:交響曲第7番/ベルリン・フィル/ヴィルヘルム・フルトヴェングラー(cond.) [MYTO 00183]
1951年5月1日、ローマでの公演記録。2枚組の1枚目を聴く。フルトヴェングラーとベルリン・フィルはブルックナーの第7交響曲を提げて演奏旅行敢行中で、約1週間前にカイロでのライヴ録音も残り、それはDGから発売されてきた。ローマでの録音は仏Tahraからも発売されてをり、端的に申せばTahra盤を聴くべきだ。このMYTO盤は原テープからの復刻とあるが、状態の悪いアセテート盤からの復刻に過ぎない。ヒスノイズや歪みが酷く、何より音の分離が悪いので、Tahra盤と比べると同じ録音を聴いてゐるとは思へないほど表情が平坦に聴こえる。しかし、ローマでの演目を全て聴けるのはこのMYTO盤の強みである。一応MYTO盤で記事にするが、演奏評はTahra盤に拠る。実演ならではの激烈で濃厚な官能が押し寄せる名演だ。ベルリン・フィルの弦楽器が歌ひに歌ひ込む。第2楽章は次元が異なる狂ほしい音楽で、人間の嘆きの全てが凝縮されているやうだ。尚、カイロでの演奏との差異は僅かだ。(2020.1.3)

プッチーニ:「ラ・ボエーム」/マリア・カラス(S)/ジュゼッペ・ディ=ステファノ(T)/ローランド・パネライ(Br)/アンナ・モッフォ(S)/ミラノ・スカラ座管弦楽団と合唱団/アントニーノ・ヴォットー(cond.)、他 [Warner Classics 825646341030]
愛好家必携のオリジナル・ジャケットによるスタジオ録音リマスター・エディション69枚組。カラスは流石にミミをレパートリーとはせず、舞台で演じることはなかつた。セッション録音として企画に挑戦したに過ぎない。だが、非常に献身的な取り組みで結果は上々だと思ふ。第一声の愛らしさはカラスとは気付かない。だが、アリアが始まると深掘りする激情的な声でミミらしさは消し飛んで仕舞ふ。歌唱としては大変素晴らしいが、所詮カラスはカラスであり、役柄との乖離は詮方ない。しかしだ、そのこと以外を述べると他盤を押し退けて最上位に食ひ込む要素が満載の名盤なのだ。ディ=ステファノのロドルフォの見事なこと。多少繊細な詩情が欠ける嫌ひはあるが、感情が偽りなく表出されてをり絶品だ。パネライのマルチェロも万全、流石だ。ムゼッタ役のモッフォが最高だ。5年後のRCA盤ではミミで極上の名唱を聴かせたが、嵌り役はもしかしてムゼッタの方であつたか。色気があり何とも魅惑的なのだ。ヴォットーの指揮が突出して良い。DECCAのエレーデを上回る巧さなのだが、何と云つてもミラノ・スカラ座の巧さに因る処が大きいのだらう。細部まで行き届いた音楽で非の打ち所が無い。総じて満足出来る名盤と云へよう。(2019.12.30)

ベートーヴェン:交響曲第3番「英雄」、スクリャービン:交響曲第4番「法悦の詩」/レニングラード・フィル/ソヴィエト国立交響楽団/エフゲニー・ムラヴィンスキー(cond.) [SCORA CLASSICS scoracd014]
SCORA CLASSICSなるレーベルが発売したムラヴィンスキー・エディション全4巻計8枚より。愛好家必携の稀少音源ばかりだ。時の移り変はりとは恐ろしいもので、決してレパートリーとは云へなかつたムラヴィンスキーのエロイカが3種類も存在する時代となつた。1961年4月6日のライヴ録音で、ムラヴィンスキーでは最も古いエロイカだ。快速調で切れ味鋭いスフォルツァンドによる峻厳な演奏であるのが最大の特徴だが、当盤は弦楽器の歌ひ込みが妖艶で、第2楽章の尋常ならざるespressivoは意表外の趣だ。また、強弱の差が甚大で楽譜の指定を遵守した畏怖すべき演奏である。訓練され制御されたレニングラード・フィルだからこそ実現出来る至藝なのだ。一聴すると即物的な解釈にも思はれるが、途轍もなく表現主義的な激烈調の名演であることが諒解出来るであらう。異端であることは否めないが、凡百の演奏を足蹴にする天才の偉業である。スクリャービンは1959年の記録で、ソヴィエト国立交響楽団との演奏なので精度において遜色がある。手兵との優れた録音があるので、取り立てて価値を見出せない。(2019.12.28)

ベートーヴェン:交響曲第7番、「フィデリオ」序曲/シカゴ交響楽団/フリッツ・ライナー(cond.) [RCA 88883701982]
ライナーとシカゴ交響楽団のRCA録音全集63枚組。ライナーの全録音の中で特に瞠目したい名盤だ。精緻でmassiveな演奏は沸き立つリズムを生命力とする第7交響曲において最大限の効果を発揮してゐる。現代のオーケストラも同水準の演奏は可能だらうが、指揮官が睨みを利かせた鬼軍曹でなければ斯様な演奏は出来まい。この曲は気の緩みや余計な色付けを行ふと、綻びが出て失敗することがあるが、ライナーの演奏は天晴れ完璧である。特に両端楽章での燃え盛る紅蓮の炎は只事ではない。内声部が漏らさず聴こえて来るのは滅多にない凄みだ。もつと評価されて良い名盤だ。さて、フィデリオの序曲が更に上を行く名演ときてるから恐れ入る。何といふ凝縮力、渾身のスフォルツァンドも壮絶、これ以上の演奏を探すのは徒労だらう。(2019.12.27)

プッチーニ:「ラ・ボエーム」/リチャード・タッカー(T)/アンナ・モッフォ(S)/ロバート・メリル(Br)/ローマ歌劇場管弦楽団と合唱団/エーリヒ・ラインスドルフ(cond.)、他 [RCA LIVING STEREO 88697720602]
RCAリヴィング・ステレオ60枚組より。1961年の録音。米RCAによる「ラ・ボエーム」は配役が豪華で申し分ない。ロドルフォ役は実力者タッカーで表現力は抜群だ。全曲を通じてプッチーニの世界を見事に演出してをり心憎ひ。しかし、絶讃したくなるやうな声の魔力を持つてをらず、アリアは何とも地味で印象に残らないのが惜しい。マルチェロ役のメリルが見事だ。包み込むやうな歌唱は当盤随一だ。ジョルジョ・トッツィのコッリーネが極上で、アリアは絶品。ミミ役のモッフォはさぞかし美しかつたらう。可憐で色気もある。派手過ぎないのも良く、理想的なミミの歌唱だと云へよう。メアリー・コスタのムゼッタは抜けが悪く、幾分存在感が薄い。問題はラインスドルフの指揮で、細部の見事さが光るが詩情に欠け方向性が見えない。器用だが、音楽への共感が見えてこないのだ。応へる管弦楽は万全、録音は最優秀、効果音も絶妙で、全て水準以上を達成してゐるのだが、突出した美点がなく、どこか醒めてをり感情移入を拒む。何故か泣けない「ラ・ボエーム」であり、残念である。(2019.12.21)

ベートーヴェン:交響曲第8番、リスト:前奏曲/ベルリン・フィル/アンドレ・クリュイタンス(cond.) [WARNER ERATO 9029588669 ]
没後50年を記念して集成された管弦楽と協奏曲録音全集65枚組。49枚目はベルリン・フィルとのベートーヴェン交響曲全集より第8番だ。オリジナルでは第9交響曲の余白に収録されてゐた。クリュイタンスは偶数番号が良いとされてきたが、第8番は薬にも毒にもならない存在意義が薄い演奏だ。まろやかで牧歌的、流麗で美しく軽快、悪い箇所を指摘するのは難しいが、この曲を斯様に平和で予定調和な演奏に終始してよいものだらうか。ベートーヴェンの野心を感じることが出来ない。物足りなく、何度も手に取りたくなる録音ではない。リストはシューベルトの未完成交響曲との組み合はせであつた。こちらは華麗さと重厚さが融合した名演だ。だが、フルトヴェングラーやメンゲルベルクらの一種異様な高みには及ばない。(2019.12.18)

ジェミニアーニ:合奏協奏曲ト短調作品3-2、ロッシーニ:「セミラーミデ」序曲、ベートーヴェン:交響曲第7番/BBC交響楽団/アルトゥーロ・トスカニーニ(cond.) [West Hill Radio WHRA 6046]
1935年6月、絶頂期のトスカニーニがBBC交響楽団に客演した際のライヴ録音を集成した4枚組。3枚目を聴く。6月12日か14日の録音。ジェミニアーニが初出音源となる。この為に蒐集された方も多からう。祖国イタリアの栄光を歌ひ上げる格調高い演奏に姿勢を正す思ひがする。古楽団体らの上つ面を撫でたやうな、様式だけの演奏とは一線を画す真剣勝負の熱演だ。得意のロッシーニも素晴らしい。この曲はNBC交響楽団との壮絶な演奏があるので遜色あるが、動的でしなやかで演奏は黄金時代のトスカニーニの素晴らしさを窺ひ知れる記録なのだ。ベートーヴェンは時期としてもニューヨーク・フィルとの名盤との比較が重要だ。オーケストラの技量とセッション録音であることにより、精度はニューヨーク・フィルの方が上だが、当盤はライヴ特有の熱気があり、色気と感興では上回る。間断なく混入するトスカニーニの歌声が気分の昂揚を物語る。とは云へ、曲想として相応しいのは当盤の方と述べたいが、精緻さを兼ね備へたニューヨーク・フィル盤の優位は揺るがない。(2019.12.16)

ベートーヴェン:ミサ・ソレムニス、合唱幻想曲/エリーザベト・ゼーダーシュトレーム(S)/ダニエル・バレンボイム(p)/ニュー・フィルハーモニア管弦楽団/オットー・クレンペラー(cond.)、他 [EMI 7 69538 2]
クレンペラーの膨大な録音の中で本当に素晴らしいのは、メンデルスゾーンの「真夏の夜の夢」とこの「ミサ・ソレムニス」だ。群を抜いた決定的名盤であり、古のトスカニーニ盤を顔色無からしめる破格の名演なのだ。冒頭の音から正しく荘厳、管弦楽、合唱、独唱、全てが厳かで立派だ。クレンペラーの堂々として揺るぎのない音楽の運びで、全部の音が意味を持つことが出来てゐる。難癖を付ければ、多少劇的に動いても良いと感じる箇所はあるし、人間的な色気を醸し出しても良いと感じる箇所はあるが、矮小な音楽になることを避け、徹頭徹尾荘厳を貫いたクレンペラーは最終的に勝利した。この難曲を一分の隙もなく聴かせることが出来たのは当盤だけなのだから。余白には合唱幻想曲が収録されてゐる。この曲は録音機会に恵まれず、古いトスカニーニのライヴ録音を第一にしたいが、音が良く、表情豊かなバレンボイムのピアノが素晴らしいクレンペラー盤を次いで推さう。後半、合唱が入つてから音楽が動かず、盛り上がらないのが残念だ。(2019.12.13)

プッチーニ:「修道女アンジェリカ」/ローマ歌劇場管弦楽団と合唱団/トゥリオ・セラフィン(cond.)/フェドーラ・バルビエーリ(Ms)/ヴィクトリア・デ・ロス=アンヘルス(S)、他 [EMI 7 64165 2]
1950年代後半、EMIレーベルにゴッビとロス=アンヘルスを軸として録音されたプッチーニの三部作を纏めた3枚組。「修道女アンジェリカ」の名盤はテバルディとこのロス=アンヘルスの録音が双璧で、他を突き放してゐる。両者それぞれに良さがあり優劣は付け難い。名花ロス=アンヘルスの清楚で敬虔な歌唱は嵌り役で、後半の惻々と迫る厭世観は小手先の表現力では出せない没入感がある。声を張り上げることなく、内面に向かひ、色気を削ぎ落とし、真摯に歌ひ込む。深い感動があるのはロス=アンヘルス盤だ。公爵夫人を歌ふバルビエーリも素晴らしい。さらに当盤の価値を高めてゐるのがセラフィンの指揮で、細部まで立派で高潔な音楽を奏でてゐる。描写も見事で作品の真価を伝へる第一に推したい演奏だ。(2019.12.9)

モーツァルト:協奏交響曲K.364、協奏交響曲K.297b/バリリ(vn)/ドクトール(va)/カメシュ(ob)/ウラッハ(cl)/フライベルク(hr)/エールベルガー(fg)/ウィーン国立歌劇場管弦楽団/フェリックス・プロハスカ(cond.)/ヘンリー・スウォボダ(cond.) [Universal Korea DG 40030]
ウエストミンスター・レーベルの管弦楽録音を集成した65枚組。韓国製だがオリジナル仕様重視で大変立派な商品だ。弦と管の協奏交響曲が聴ける素晴らしき1枚だ。まず、バリリとドクトールが独奏を担ふK.364が極上の名盤である。何と云つても滴るやうなバリリのヴァイオリンが最高だ。どの部分を取つても美しく、思はず溜息が出て仕舞ふ。だうしても比較するとドクトールの魅力が劣るが、バリリが素晴らし過ぎるのだ。この曲には古いサモンズとターティスの録音も良かつたが、当盤を並べて激賞しよう。ハイフェッツとプリムローズ盤を優に凌ぐ。プロハスカの指揮がこれまた見事で、冒頭から音楽が躍動してゐる。K.297bは比べると小粒で幾分感銘が落ちるが、この曲の忘れ難き名盤のひとつだ。ウィーン流儀の、ウィーン・フィルの魅力が詰まつてをり抗し難いのだ。矢張りウラッハの存在感が絶大だ。牧歌的な歌も良いが、職人的な伴奏に回つた時のクラリネットが斯様に魅惑的に聴こえることは少ない。エールベルガーのファゴットがアンサンブルの要を果たしてをり心憎い。カメシュの愛らしいオーボエも美しく、まろやかなフライベルクのホルンも絶妙だ。スウォボダのウィーン情緒に徹した指揮も高く評価したい。(2019.12.7)

プッチーニ:「ラ・ボエーム」、ヴェルディ:「ファルスタッフ」(断片)/トルーデ・アイッパーレ(S)/カール・クローネンベルク(Br)/ゲオルク・ハン(Br)/バイエルン国立歌劇場管弦楽団&合唱団/ウィーン国立歌劇場管弦楽団&合唱団/クレメンス・クラウス(cond.)、他 [Venias VN-033]
クラウスのほぼ全ての録音を集成した97枚組。耽美的な作品を好んだクラウスはプッチーニもレパートリーに入れてゐた。「ラ・ボエーム」は何と2種類も残る。これは古い戦前の方で、1940年12月4日の公演記録だ。ドイツ語歌唱で、残念乍ら第3幕に一部欠落がある。この音源はかつて墺プライザーからも商品化されてゐた。何と云つてもアイッパーレが歌ふミミが可憐で美しい。ムゼッタ役のヒルデガルト・ランチャクも名唱だ。一方、ロドルフォ役のアルフォンス・フューゲルは賛否両論分かれるだらう。クラウスが好みさうな甘たるい歌唱だが、適役かはだうかは請け負ひ兼ねる。マルチェロ役にクローネンベルク、ショナール役にハンが脇を固めてをり心強い。クラウスの棒は第2幕の冒頭などでべたつく嫌ひはあるが、情緒豊かな世界を表出してをり、ヴァーグナーに接近してゐるとは云へ見事な指揮だ。さうとは云へ、畑違ひの下手物であつて、蒐集家には不要だらう。余白にはたつぷり43分も「ファルスタッフ」の断片録音が収録されてゐる。1941年の録音で、ドイツ語歌唱であり、全部でもなく音も優れないので、蒐集家以外に価値はない。ファルスタッフがハン、フォードがクローネンベルクで内容は見事なのだが。(2019.12.4)

ブルックナー:交響曲第7番/フランス国立放送管弦楽団/カール・シューリヒト(cond.) [Altus ALT238]
1963年9月11日、ブザンソン音楽祭でのライヴ録音。近年続々とシューリヒトのライヴ録音が発表され、ブルックナーの第7交響曲はいつの間にやら8種類を数へることが出来る。最早名盤とされた正規録音のハーグ・フィル盤も影が薄い。さて、フランス国立放送管弦楽団との演奏だが、不出来な部類に属する。躍動感に溢れた第3楽章は常乍ら素晴らしく、手応へ十分だが、それ以外の楽章は感銘が落ちる。第2楽章は流麗で神々しく美しき瞬間もあるが、ドイツ風の敬虔な響きはない。冒頭は管と弦が合はず、冷やりとする。第1楽章は瑕こそ少ないが、何とも軽薄で明るく、オーケストラの理解が足りないことが一目瞭然だ。第4楽章は纏まりが悪く締まらない。志向性もてんでばらばら、音も盛大に外す。良くない。(2019.11.28)

ベートーヴェン:交響曲第3番/ウィーン交響楽団/フリッツ・ブッシュ(cond.) [Dante LYS 594-596]
1950年にブッシュがウィーン交響楽団と残した録音を集成した3枚組。3枚目を聴く。客演なので、細部は雑然とした印象だが、全体は往年の名指揮者のみが引き出せる雄渾で格調高い音楽を聴かせて呉れる。特に第2楽章の荘重な趣は厳粛この上ない。他の楽章も英雄的な広がりを感じさせるなかなかの名演である。ブッシュは同時期の独墺系の指揮者の浪漫的で重厚な解釈とは一線を画し、理知的で聡明な音楽を志向する。だが、最初に述べたやうに客演であることと、ウィーン交響楽団の技量が心許ないこと、録音が優れず水準以下といふこともあり、夥しく存在するエロイカの録音の中で残念乍ら記憶に残る演奏ではない。(2019.11.26)

メンデルスゾーン:真夏の夜の夢より3曲、ケルビーニ:「アナクレオン」序曲、ベートーヴェン:交響曲第7番/BBC交響楽団/アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団/ベルリン放送交響楽団/ヴィレム・メンゲルベルク(cond.) [ARCHIVE DOCUMENTS ADCD.111]
メンゲルベルクの稀少録音を発掘してきた英アーガイヴ・ドキュメンツの第5巻。メンゲルベルクがコンセルトヘボウとニューヨーク・フィル以外のオーケストラを振つた数少ない演奏が聴ける1枚。BBC交響楽団とのメンデルスゾーン「真夏の夜の夢」は演目としても貴重だ。序曲、夜想曲、スケルツォが演奏されてをり、スケルツォ以外は唯一の音源だ。1938年1月の録音だが、録音状態が悪く残念だ。序曲は熊ん蜂の飛行の如く騒々しい。攻撃的で燃え盛る炎のやうな演奏で、メンゲルベルクの個性が全開だ。得意としたケルビーニが極上の名演。1943年4月のコンセルトヘボウとの演奏で円熟の極みだ。序奏の終結部でティンパニがロールの強音で長く残り、主部に繋げる処理は印象的だ。ベートーヴェンは珍しいベルリン放送交響楽団との演奏。これも熱の入つたメンゲルベルク節が楽しめる名演。木目細かくテンポを変へて楽想を大胆に描き分ける。強いアクセントを伴ふ第2楽章の主題を筆頭に、新鮮な驚きを与へて呉れる意味で畏怖すべき演奏なのだ。(2019.11.23)

プッチーニ:「ラ・ボエーム」/レナータ・テバルディ(S)/ヒルデ・ギューデン(S)/ジャチント・プランデルッリ(T)/ローマ聖チェリーリア国立音楽院管弦楽団/アルベルト・エレーデ(cond.)、他 [DECCA 4781535]
テバルディ・デッカ録音全集66枚組。1951年の録音。テバルディのDeccaにおける最初の歌劇全曲録音だ。テバルディは後年、達人セラフィンの指揮で再録音をした。決定的名盤とされる1959年の録音だ。好みの問題だが、セラフィン盤にはだうも魅力を感じない。万全ではあるが、難癖を付ければ立派過ぎて「ラ・ボエーム」の世界にはしつくりこない。テバルディに関しても新盤は堂々と歌ひ過ぎてをり、ミミにしては強靭な印象を受ける。一方、この旧盤は瑞々しい可憐さがあり、儚さがあり、理想的なミミだと思ふ。ムゼッタに何とギューデンが起用されてゐる。役柄としては不似合ひなのだが、清明な声質には抗し難い魅惑がある。第2幕ワルツの歌唱は吹つ切れてをり美しく華麗だ。プランデルッリのロドルフォが期待以上に素晴らしい。抒情的で威張らず包み込むやうな歌唱が心憎い。巧さだけならジーリだが、「ラ・ボエーム」の世界に浸るなら絶妙な丁度良さだ。他の男性陣も小粒だが、アンサンブルの絶妙な仕上がりでは当盤が頭一つ抜けてゐる。エレーデの指揮が最高で、全体も細部もこれ以上の演奏はなからう。さり気ない表情だが、歌手の呼吸に完全に付けてをり、場面ごとの雰囲気を大事にしてゐる。Deccaの技術と工夫を注ぎ込んだ録音も素晴らしく効果的だ。セラフィン盤の陰に隠れてゐるが、「ラ・ボエーム」で泣ける真の名盤はこちらだ。(2019.11.21)

シューマン:幻想曲、幻想小曲集、ブラームス:ヘンデルの主題による変奏曲とフーガ/ベンノ・モイセイヴィッチ(p) [TESTAMENT SBT 1023]
英TESTAMENTは活動最初期からモイセイヴィッチの復刻に熱心であつた。網羅的な復刻を行なつたNaxos Historicalも遠慮してか、これらの録音を収蔵しなかつたので重要だ。戦後1952年から1953年にかけての録音で、シューマンとブラームスの極上の名演を堪能出来る。レシェティツキ門下の奏者でこれらの曲の演奏が悪からう筈はない。幻想小曲集は珍しく技巧の綻びも散見され、詩情も平板で特記すべきことのない演奏であるが、幻想曲は奔流のやうな浪漫が押し寄せる稀代の名演で、頭抜けた演奏が少ないこの曲の第一等に挙げて良い名盤だ。ブラームスも素晴らしい。ヘンデル変奏曲はお気に入りの演目のやうで、1930年にも録音がありNaxos Historicalから復刻があつたが、格段に音質の優れた当盤を採るべきだ。凛とした古典的な佇まいから湧き上がる気品に陶然となる。但し、この曲の決定盤の栄冠はナットに帰すべきだ。(2019.11.15)

ベートーヴェン:交響曲第7番、シューベルト:未完成交響曲、ロッシーニ:「泥棒かささぎ」序曲、「コリントの包囲」序曲/フィルハーモニア管弦楽団/ローマ聖チェチーリア国立音楽院管弦楽団/グィード・カンテッリ(cond.) [EMI 50999 6 79043 2 7]
EMI系列の録音を集成した9枚組だが、録音全集ではなく中途半端だ。あと数枚増やせば全集が収まると思ふのに残念だ。2枚目を聴く。ベートーヴェンの第7交響曲は1956年5月、カンテッリ最後期のステレオ録音で、この後に続けて、ベートーヴェンの第5交響曲の録音を開始したが、完成しないまま事故死して仕舞つた。才気煥発で颯爽とした名演だ。カンテッリがカラヤンよりも格上の扱ひを受けてゐたことが諒解出来る演奏。シューベルトは1955年8月の録音で、幸ひなことに初期のステレオ録音で残された。無難な演奏で特記することはないが、水準以上の優れた演奏であることに違ひはない。ロッシーニが素晴らしい。トスカニーニのやうに暑苦しくなく、乾燥した明るさが決まつてゐる。「コリントの包囲」のみローマ聖チェチーリア国立音楽院管弦楽団との演奏で、1949年とカンテッリの最も古い録音のひとつだが、強い自信を感じさせる見事な演奏なのだ。(2019.11.12)

ピストン:ヴァイオリン協奏曲第1番、コープランド:ヴァイオリン・ソナタ、ノクターン、他/ロンドン交響楽団/バーナード・ハーマン(cond.)/アーロン・コープランド(p)/ルイス・カウフマン(vn)、他 [Bay Cities BCD 1019]
米國の名手カウフマンによる自國の作品集。単に競合盤がないだけでなく、高次元の演奏により、他の追随を許さない決定的名演ばかりだ。まずは管弦楽法の大家ウォルター・ピストンの協奏曲が聴き応へ抜群だ。指揮は映画音楽作曲家としても高名なバーナード・ハーマンだ。最高の取り合はせで、豪華絢爛な楽想を盛り立て、華麗なカウフマンの独奏とともに燃焼し尽くす。次に、何と作曲者自身のピアノ伴奏によるコープランドのソナタが聴ける。3楽章構成で、前半は簡素で静謐な楽想、終楽章のみ快活だ。これも絶対的な名演だ。もう1曲、美しいノクターンも聴ける。アンネッテ・カウフマンのピアノ伴奏によるコープランド「ウクレレ・セレナード」と「ホーダウン」はカントリー調の愉快な演奏を楽しめる。他に、マクブライド「スイング調でアリアとトッカータ」、スティル「ブルース」も雰囲気満点だ。作曲者ロバート・ラッセル・ベネット自身のピアノ伴奏で”Hexapodo”が面白い。奇怪な様子が伝はる。カウフマンの技巧も冴える。ジェローム・ケルン作曲”The Song is You”と”Smoke Gets in Your Eyes”では往年の甘い歌唱を彷彿とさせる。ハリウッドの影武者カウフマンの真髄が聴ける1枚。(2019.11.9)

ラフマニノフ:パガニーニの主題による狂詩曲、交響的舞曲、他/ベンノ・モイセイヴィッチ(p)/BBC交響楽団/サー・エイドリアン・ボールト(cond.)/セルゲイ・ラフマニノフ(p)、他 [Marston 53022-2]
再びラフマニノフ歴史的音源集3枚組を聴く。3枚目には1枚目にも収録されてゐたラフマニノフ自身による交響的舞曲の試奏を編集なしの状態で聴ける。1枚目は曲になるやう並び変へて繋ぎ合はせた編集版だが、この3枚目はラフマニノフが弾いたままの無修正版だ。全く同じ音源だが、1枚目は未使用部分があつて27分なのに対し、3枚目は32分と長いが観賞向きではない。他にも、猛烈に音が悪いが、大変貴重な初出音源が収録されてゐる。ラフマニノフのライヴ録音は全く残されてゐないと考へられてゐたが、1931年のベル・テレフォンに残されたフィラデルフィアでの演奏記録が発掘された。ブラームスのバラードとリストのバラード第2番がほんの数分だけ聴ける。また、死の前年の1942年、自宅でと思しき私的録音で、妻ナターリヤとの連弾で「イタリアのポルカ」―1938年の録音とは別物―とロシア民謡ブブリチキを友人たちが歌ひ、ラフマニノフがピアノで伴奏したものも聴ける。これらは資料的な価値しかないが貴重この上ないのだ。従つて、最も聴き応へがあるのが、モイセイヴィッチによる狂詩曲だ。1946年の放送録音でボールトの伴奏も良い。モイセイヴィッチの3種目となる録音だが、感興が乗つてをり自在な表現が聴ける。特に第18変奏の入りの気取つた崩しは清楚な演奏が殆どの中で強烈な個性を放つ。(2019.11.5)

モーツァルト:ピアノ協奏曲第26番、アダージョロ短調K.540、ピアノ・ソナタニ長調K.576/ウィーン交響楽団/ルドルフ・モラルト(cond.)/リリー・クラウス(p) [Vox CDX2 5516]
米Vox2枚組。1950年から1951年頃の録音とされる。2枚目はモーツァルトのニ長調協奏曲が聴けるが、モラルトの指揮が凡庸極まりなく良い点がない。肝心のクラウスは悪くはないが、録音がもつさりしてをり、良さが伝はらずもどかしい。クラウスは後年に状態の良い全集録音を残したので、このVox盤は全く価値がないと云へよう。さて、本当に素晴らしいのは独奏曲だ。モーツァルト後期の傑作が聴ける。モーツァルトでは珍しいロ短調によるアダージョは、静謐で深刻な音楽だ。協奏曲と異なり、クラウスの作る空気が絶妙だ。モーツァルト最後のソナタでは深沈とした趣があり、儚き美が感じ取れる。後年の全集録音の輝きのある演奏も素晴らしいが、この初期録音も捨て難い魅力がある。(2019.11.1)

モーツァルト:交響曲第38番、第39番/チェコ・フィル/ヴァーツラフ・タリフ(cond.) [ARTIS AT026]
タリフの主要録音集22枚組。戦前のHMVと戦後のスプラフォン両録音を集成したのは初だらう。タリフの録音は御國物が殆どで、それ以外の作曲家はチャイコフスキーかモーツァルトが僅かにあるだけで、特にモーツァルトは大のお気に入りなのか多様な作品を録音した。ヴァイオリン弾きであつたタリフは弦楽の指導者として有能であり、モーツァルトへの理解の深さを感じさせる演奏ばかりだ。取り分け所縁のプラハ交響曲に良さを感じた。1954年のライヴ録音と思しき演奏で、全体は雑然としてゐるものの、特に第1楽章での求心力が素晴らしく、細部よりも全体の設計の上手さに魅惑された。1955年のスプラフォンへの録音である第39番は幾分綻びが気になるが、水準以上の演奏だ。チェコ・フィルの伝統でクラリネットがかけるヴィブラートは特徴的だ。(2019.10.29)

アルトゥーロ・トスカニーニ(cond.)/サー・エドワード・エルガー(cond.)/サー・ヘンリー・ウッド(cond.)/ヴィルヘルム・フルトヴェングラー(cond.)/レオポルド・ストコフスキー(cond.)/ニコラウス・スロニンスキー(cond.)、他 [SYMPOSIUM 1253]
英SYMPOSIUMによる管弦楽の稀少音源集。当盤でしか聴けない音源多数なのだが、本当に価値があるのは、後半に収録されたフレイハンのテルミン協奏曲とヴァレーズのイオニザシオンだ。まず、テルミンを独奏楽器とし、オーケストラ伴奏による協奏曲があつたことに驚きを禁じ得ない。1945年2月、クララ・ロックモアのテルミン、ストコフスキー指揮、ニューヨーク・フィルによる演奏である。13分弱の曲で、ハリウッド映画音楽風の派手な楽想で親しみ易い。ヴィブラートを強大にしたヴィオラのような音色のテルミンが奏でる妖艶な旋律だけでなく、技巧的なパッセージも疾駆するのが聴き処だ。音楽的にも大変素晴らしいので必聴だ。次に1933年3月、初演直後に録音された世界初の打楽器アンサンブル音楽、ヴァレーズ「イオニザシオン」に衝撃を覚える。その他の収録曲だが、1938年、トスカニーニがBBC交響楽団を指揮した英國国歌、1927年、エルガー自作自演で交響曲第2番第3楽章のリハーサル風景の断片、1942年、フルトヴェングラーとウィーン・フィルによるベートーヴェンの交響曲第9番第3楽章の断片録音は大層貴重で、蒐集家にとつては重要だらう。1936年、ウッド指揮BBC交響楽団によるベートーヴェンの交響曲第8番のブツ切れだがほぼ全曲の記録と第4番のほんの一部分の記録は、演奏も凡庸で鑑賞に適さない。これは不要だ。もう1曲、シベリウス唯一の自作自演とされるアンダンテ・フェスティーヴォが収録されてゐるが、これは偽物の方である―ONDINEとBISから発売されたのが本物だ。しかし、皮肉なことに、本物よりもこの正体不明の偽物録音の方が感動的な名演なのだ。(2019.10.26)

ヴァーシャ・プシホダ(vn)/ポリドール録音集/ブルーノ・ザイドラー=ヴィンクラー(p&org) [Podium POL-1018-2]
Podiumのプシホダ復刻第14巻はブルーノ・ザイドラー=ヴィンクラーの伴奏によるポリドール録音集なのだが、録音年の詳細が記載されてをらず大変困る。材質の粗悪なポリドール盤の復刻音は最低だが、蒐集家には掛け替へがない。英Biddulphで復刻があつたパガニーニのヴィルヘルミ編曲版第1協奏曲とソナティネホ短調は音質面で英Biddulphに全く敵し得ず、ここでは触れない。サラサーテ「ツィゴイネルワイゼン」「アンダルシアのロマンス」は技巧の切れ、濃厚な歌、絶頂期のプシホダの魅力が全開だ。フーベルマンやハイフェッツのみが対抗し得る境地。御國物は絶対で、ドヴォジャークのスラヴ舞曲ホ短調とドルドラ「ギターの調べ」は節回しの絶妙さに陶然となる。官能の極みヴァーグナー「アルバムの綴り」はプシホダだけの魔性の世界だ。面白いのはモーツァルトのメヌエットで、甘い音色、愛らしい旋回、ロココ美の結晶だ。クライスラー「コレッリ主題による変奏曲」も同様、典雅な名演。さて、当盤で最も印象深いのはオルガンの伴奏による3曲で、コレッリ「ラ・フォリア」とクリスマスの音楽”O du fröhliche”と”Stille nacht, heilige nacht”だ。クリスマス曲ではプシホダの美音が堪能出来る。コレッリは自在な編曲で、カデンツァ風の終盤は幻想的で圧巻。(2019.10.24)

アルフレッド・コルトー(p)/1957年ロンドン録音/ショパン:24の前奏曲集、バラード(全4曲) [EMI 50999 704907 2 5]
再びコルトーを聴く。全40枚の箱物より28枚目。1957年、最晩年の記録で、未発表の初出音源だ。だうも英HMVは老コルトーに気儘に録音をさせ、商品にならぬと判断したら廃棄をしてゐた節がある。調子が良いものだけ発売をしたのだ。コルトーも完璧な造形品を残そうといふ積りもなく、一発録りでテンペラメントを信条とした藝術家の面目を貫いた。得意のショパン、1920年代にも真つ先に録音した前奏曲とバラードだ。音楽が深みを増す一方で、技巧の衰へが著しく無残だ。前奏曲は平易な曲での美しさはコルトーだけが到達した境地が聴けるが、技術的に難易度が高い曲はひやりとする。だが、概ね許容出来る演奏と云へるだらう。しかし、バラードは擁護派にも苦しい演奏だ。完全に破綻してをり、音楽になつてゐない。お蔵入りになつたのは当然だ。商業用セッション録音はこれが最後となつた。(2019.10.21)

ルネ・レイボヴィッツ(cond.)/ロンドン新交響楽団/ RCAイタリア管弦楽団/ローマ・フィルハーモニー管弦楽団 [SCRIBENDUM SC510]
奇才レイボヴィッツのリーダーズ・ダイジェスト録音集13枚組。小品録音は商業的な建前とレイボヴィッツの野心が拮抗してをり聴いてゐて戸惑ふ。シェーンベルクやヴェーベルンの薫陶を受けたレイボヴィッツが通俗名曲を嬉々として録音する筈もなく、以下、玉石混淆の録音たちを分類して述べる。まず、自ら編曲をし魅力を伝へようとした演奏が面目躍如で、ディニーク「ホラ・スタッカート」、グノー「アヴェ・マリア」は聴き応へがある。特にディニークは必聴だ。次いで、意外な選曲だが思ひ入れがあるのか琴線に触れる名演、ゲーゼ「タンゴ・ジェラシー」、グリーグ「ソルヴェイグの歌」に注目。ゲーゼは全演目中の白眉だ。そして、レイボヴィッツの真価が遺憾無く発揮されたのが、当盤唯一の大曲、イベール「寄港地」、それから、シャブリエ「楽しき行進曲」、マイアベーア「預言者」戴冠式行進曲、ファリャ「恋は魔術師」火祭りの踊り、ドリーブ「泉」間奏曲だ。とは云へ、どれも突き抜けた良さはない。最後に、一般的な人気があるからだらうが商業的な録音をしたに過ぎないと思はれる不出来な演奏、サリヴァン「軍艦ピナフォア」序曲、ワルトトイフェル「スケートをする人々」、リムスキー=コルサコフ「熊ん蜂の飛行」、ボッケリーニ「メヌエット」で、だうにも気の抜けた演奏であつた。(2019.10.18)

シャブリエ:スペイン、田園組曲、楽しき行進曲、「いやいやながらの王様」より2曲、トマ:「ミニョン」序曲、「レーモン」序曲、オーベール:「黒いドミノ」序曲、「フラ・ディアヴォロ」序曲/スイス・ロマンド管弦楽団/エルネスト・アンセルメ(cond.) [DECCA 0289 480 7898 1]
アンセルメが録音したフランス音楽を集成した32枚組。24枚目を聴く。色彩的な演奏を得意とするアンセルメにはシャブリエは打つて付けだ。どの曲も演奏効果が高く、申し分ない出来栄えだ。狂詩曲「スペイン」や「楽しき行進曲」のやうな絢爛たる曲も巧いが、中間色を使用した詩情溢れる「田園組曲」の方に良さがある。また、バレエの神様であるアンセルメにとり「いやいやながらの王様」からの2曲、スラヴ舞曲とポーランドの祭りのやうな曲は相性が良く、見事な演奏だ。この2曲は決定的名演と云へる。トマが素晴らしい。抒情的な「ミニョン」も巧いが、「レーモン」は楽想の描き分けが天晴れで決まつてゐる。美しさと軽快さが同居したこの曲随一の名演として推奨したい。オーベールも同様の名演なのだが、パレーの別格の名演があるので次席にならざるを得ない。辛口のパレーに対して、アンセルメは幾分温いのだ。(2019.10.15)

ベルリオーズ:幻想交響曲、デュカ:魔法使いの弟子、ラヴェル:「ダフニスとクロエ」第2組曲/チェント・ソリ管弦楽団/パリ国立歌劇場管弦楽団/マニュエル・ロザンタール(cond.)/ルイ・フレスティエ(cond.) [ACCORD 476 8963]
秘匿の名盤といふのはまだまだ存在するものだ。1957年にクラブ・フランセ・デュ・ディスクといふ通販専門のマイナー・レーベルに録音されたフレスティエ/チェント・ソリ管弦楽団による幻想交響曲は破格の名演として識者には知られてゐたが、一般的には盲点とも云へよう。兎に角、個性的な演奏で、滅法速く、滅法明るい。物理的にも速いが、響きが軽いので体感としてはミュンシュ盤やパレー盤を上回る。何よりチェント・ソリ管弦楽団から引き出した憂ひのない楽天的な音色が振り切れてをり、それはもう安つぽい品のない音とも形容してよかろう。圧巻が第5楽章で、大詰めに向かつて尋常でない巻きがあり、狂乱の謝肉祭のやうな雰囲気で終結し唖然となる。巧い演奏とは云ひ難いが、この曲の根底にある薬物中毒を最も体現したとも云つてよい。余白にディスク・ヴェガへの録音で、ロザンタール指揮、パリ国立歌劇場管弦楽団によるデュカとラヴェルが収録されてゐる。洒脱な演奏で、デュカは色彩的な純然たるフランスの栄光を示した名演だ。ラヴェルは組曲なのに薄手の合唱付きの録音で、踏み込みも中途半端で著しく感銘が落ちる。(2019.10.12)

ハイドン:交響曲第96番「奇蹟」、同第97番、同第98番/フィルハーモニア・フンガリカ/アンタル・ドラティ(cond.) [DECCA 478 1221]
ドラティ最高の偉業であるハイドン交響曲全集33枚組。ザロモン・セットともなると突然多くの録音が存在するやうになり、競合盤が溢れる。それでもドラティの録音は一定の価値を保つてをり流石だ。第96番はドラティの全集の中でも特に優れた演奏である。非常に安定感のある演奏で、立派な響きに包まれ、品格を兼ね備へてゐる。特に第1楽章と第2楽章は申し分なく、最高の出来栄えだ。だが、後半楽章はやや刺激に欠け、価値を減じて仕舞つた。第97番は同曲のあらゆる録音の最上位に置かれるべき名演だ。第1楽章のコーダの圧倒的な威容はハ長調の勝利を告げる。第2楽章のsul ponticello奏法を完全に聴かせてゐるのは古今東西ドラティだけだ。全104曲の個性を把握したドラティだからこそ為せる拘泥はり抜いた追求だ。第3楽章の独奏ヴァイオリンの目立たせ方も上手い。第98番でも終楽章のチェンバロ独奏へのスポットライトの当て方にドラティの拘泥はりを感じる。だが、丁寧に聴かせやうとして、テンポも落とし過ぎて仕舞ひ解説風で口説い。(2019.10.8)

ブルックナー:交響曲第7番/シュターツカペレ・ドレスデン/オイゲン・ヨッフム(cond.) [EMI 5 73905 2]
権威ヨッフム第2回目の全集録音より。1976年の録音。ベルリン・フィルとの旧録音と比較して最も印象が異なるのが第7番だ。旧盤は圧倒的なベルリン・フィルの合奏力、黒光りする重量感のある響き、肉感もあり栄養満点の音色が特徴で、音の張り出しが強く、テンポも煽るやうな箇所も聴けた。反面、ヨッフムの個性や解釈が出し尽くされたかは疑問で、オーケストラ主導の演奏だつたかも知れぬ。だから、この新盤はヨッフムの意図が完全に反映された演奏として聴くことが出来る。物理的な演奏時間の違ひは目立たないが、響きの印象が大分異なる。発音に丸みがあり、勢ひが良い旧盤とは大違ひなのだ。その為、流麗でフレーズが大きく、連綿とした演奏だ。勿論、野人ブルックナーの無骨さは残しつつ、旋律重視の箇所は悠久この上ない。特に第2ヴァイオリンの表情豊かな歌は見事。一方、各奏者の力量は旧盤には劣り、些細な瑕があるが気にはならない。(2019.10.6)

ショパン:ピアノ・ソナタ第2番、シューマン:幻想小曲集、ドビュッシー:仮面、レヴィ:前奏曲第1番、シャブリエ:5つの遺作、ハバネラ、バレエの歌、即興曲、楽しき行進曲/イヴ・ナット(p)/ラザール・レヴィ(p)/マルセル・メイエ(p) [Tahra TAH 591]
ピアノ・アーカイヴ第1集。仏Tahraが発掘した稀少録音集だ。フランスの高名なピアニスト3名の貴重な録音が揃ひ踏みする。まず、ナットによるショパンの葬送ソナタだが、初出音源なのだ。1953年3月17日のシャンゼリゼ劇場におけるライヴ録音。ナットのライヴ録音は大変珍しく、久々の新規音源であり、存在だけでも価値がある。ショパンのソナタはこのライヴ録音の直前にセッション録音を残してゐる。当盤は実演だけに瑕も多いが、暗い情熱が爆発してをり聴き応へがある。レヴィによるシューマンは1955年2月のワルシャワでの録音。硬質のピアニズムが聴ける。有り難いのは1929年、グラモフォンへの録音でドビュッシーと自作自演が聴けることだ。シューベルトに接近した詩情豊かな自作が美しい。メイエによるシャブリエは何と初出音源で、1955年、ローマRAIスタジオでの放送録音だ。シャブリエはメイエの十八番で、当盤で聴ける9曲全てをディスコフィル・フランセに録音に残してをり、重複するのだが、愛好家にとつては値千金である。演奏はえも云はれぬ抒情的な逸品である。(2019.10.2)


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