楽興撰録

蒐集した音楽を興じて綴る頁

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2020.3.30以前のCD評
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シューマン:子供の為のアルバム(23曲)、森の情景/サムエル・フェインベルク(p) [Classical Records CR-169]
露Classical Recordsはフェインベルクの復刻を行ふ頼もしいレーベルだ。第4巻はシューマン録音集だが、流石はフェインベルクで在り来たりでない中期作品の選曲と香り立つやうなロマンティシズムを振り撒き余人の到達し得ない見事な演奏を披露する。子供の為のアルバムから約半数の23曲を番号順に自由に抜き出し行く。物語るやうにルバートを掛け、文学的な取り組みで、タッチも様々に変化する。この曲集にはゼッキの名盤があつたがフェインベルクは一枚上手の名演と云へる。森の情景は全9曲を収録。底なしの詩情で聴く者を虜にする名演の連続で、この曲の代表的な録音だらう。名残惜しい秘めやかな音色が琴線に触れる。(2020.8.12)

マルセル・ミュール(sax)/ヴェローヌ、ピエルネ、リヴィエ、ディロン、他/ギャルド・レピュブリケーヌ・サクソフォン四重奏団、他 [Saxophone Classics CC0021]
ミュールの1930年から1940年にかけての初期録音集は愛好家必携だ。取り分けギャルド・レピュブリケーヌ・サクソフォン四重奏団のソプラノ・サクソフォンとしての活躍がたつぷり聴ける。演目はヴェローヌ「ラプソディー」「ル・ドーフィン」「コロムビアの為の2つの小品」、ピエルネ「お祖母さんの歌」「民謡風ロンドの主題による序奏と変奏」、リヴィエのグラーヴェとプレスト、ボッケリーニのメヌエット、ハイドンの弦楽四重奏曲Op.33-5から第3楽章、メンデルスゾーンの無言歌から2曲、シューマンの弦楽四重奏曲第1番の第2楽章、ラフ「エクスピケーション」と多岐に亘る。特にハイドンやシューマンの弦楽四重奏をサクソフォン四重奏で見事に聴かせるのは刺激的だ。勿論、ソロイストとしてヴィブラート奏法を心行く迄楽しめる録音は絶品中の絶品だ。マリー「金婚式」、リムスキー=コルサコフ「インドの歌」、サン=サーンス「白鳥」、ドヴォジャーク「ユモレスク」での表現力は他の器楽奏者を顔色なからしめる音楽性と技巧の素晴らしさだ。ディロンのサクソフォン・ソナタは本格的な大曲で楽しめる。2曲だけポール・ロンビによるアルト・サクソフォンの録音が混じつてゐる。(2020.8.9)

ノヴァーク:弦楽四重奏曲第2番、ヤナーチェク:弦楽四重奏曲第1番「クロイツェル・ソナタ」、同第2番「内緒の手紙」/スメタナ弦楽四重奏団/シュカンパ弦楽四重奏団 [SUPRAPHON SU 4003 2]
チェコ弦楽四重奏の名曲名演集3枚組。3枚目。何と云つても1973年に録音されたスメタナSQによるノヴァークが重要だ。2楽章から成る曲で30分強かかる大曲だ。第1楽章フーガは秘めやかで構築的なフーガではなく、連綿と絹糸が重なり合ふやうな抒情的な楽想で4つの楽器の織り成す歌が美しい。第2楽章ファンタジアでは主題が次々と変容し激情から沈思へと導く。独創的な作品で聴き込むと味が出る名品だ。スメタナSQの包み込むような合奏、慈愛に溢れた歌は完成度が高く、この曲の決定的名演として推薦出来る。2001年にシュカンパSQによつて録音されたヤナーチェクの2曲は意欲的なスルポンティチェロ奏法が刺激的で、第1番は大変な名演と云へる。しかし、第2番はやや緊密さと芳醇さを欠き面白くない。(2020.8.6)

ショパン:マズルカ(13曲)、ノクターン第19番、同第20番、ワルツ第11番、同第13番、ポロネーズ第9番/マリラ・ジョナス(p) [SONY 88985391782]
ジョナスの全録音4枚組。幻のピアニストであつたジョナスのコロムビア録音が全集復刻された。これまで英Pearlの復刻でしか聴けなかつたので、予期せぬ宝物の登場だ。1枚目。1946年と1947年の78回転録音で、それぞれLPに纏められML2004とML2036として発売されたショパンだ。最初の録音であるML2004にはマズルカ4曲、ノクターン2曲、ワルツ2曲、ポロネーズが収められてゐるが、この1枚には悲しみの深淵があり、聴く者をたぢろがせる。ジョナスの名を永遠に刻んだ1枚なのだ。マズルカの澄み切つた音色に心奪はれる。物悲しい哀愁が漂ひ一種時別な色調があり別格の名演だ。ノクターンはジョナスの残した決定的な遺産であり、あまりにも深刻なので精神の正常さを保てなくなる恐ろしい演奏だ。自在に弾いたワルツも絶品。寂寥感漂ふポロネーズも良い。ML2036はマズルカだけ9曲で構成される。先の4曲に比べると幾分純度が落ちるが、斯様に侘び寂びを追求した演奏は他にない。(2020.8.3)

シューベルト:ソナティネ第1番、華麗なるロンド、幻想曲/アンドール・フォルデス(p)/カルロ・ブゾッティ(p)/ジョゼフ・レヴィン(p)/ヨーゼフ・シゲティ(vn) [SONY Classical MPK 52538]
シューベルト録音集。ソナティネはフォルデスとの1942年の録音。スタッカート奏法は鋼のようなモノクロームの音色だが、決してシューベルトの音楽を壊さない。特筆すべきは第2楽章で、美しいカンティレーナが始まるとがらりと世界が変はる。何といふ寂寥感。フレーズの見事な終始を聴かせる運弓の絶妙さ。これぞシゲティの究極の至藝で、何人も及ばない。華麗なるロンドはブゾッティとの1942年の録音。渋い演奏で愉悦や情熱は感じず、諧謔すらを聴かせる個性的な演奏だ。この曲は生命力を爆発させた少年メニューインの演奏が抜群であつた。幻想曲はレヴィンとの1949年の録音。伴奏者のレヴィンは邦訳表記だと同姓同名になるが、かの大ピアニストとは綴りも異なる。冒頭主題の玄妙な歌はシゲティの妙技だが、後半は感銘が持続しない。この曲は偉大なるブッシュとフーベルマンの秘匿の名演が不動の存在だ。(2020.7.31)

ハイドン:弦楽四重奏曲ニ長調Op.76-5、モーツァルト:弦楽四重奏曲第16番、ブラームス:弦楽四重奏曲第1番/シュナイダーハン弦楽四重奏団 [amadeo 431 346-2]
シュナイダーハンの多彩な活動記録を編んだ6枚組。3枚目はシュナイダーハンSQとしての活動記録だ。シュナイダーハンは神のやうなロゼーの正統なる後継者として上り詰めたが、約10年でソロイストへ転向し、ロゼーと同じ道を歩むことはしなかつた。それを吉と見るか凶と見るかは好みだが、このシュナイダーハンSQの演奏を聴くと私見では勿体無いことをしたと感じてゐる。ソロイストの録音には素晴らしいものが多いが、ロゼーやクライスラーを超える行跡を残したとは云へない。だが、数少ない四重奏団の録音は全て高次元で驚くべき内容ばかりだ。後継のバリリSQと比較すると一目瞭然で、きりりと引き締まつた音楽、陰影や抑揚の多彩なパレット、何よりもいざと云ふ時の生命力の注入が無類で、音の立ち上がりの鮮烈さはバリリなぞ問題にならない。ハイドンとモーツァルトは1950年、ブラームスは1951年の記録。ラルゴ四重奏曲の第1楽章の展開部の昂揚、終楽章の飛翔する軽やかさ、モーツァルトの第3楽章でのしなやかな歌の妙、ブラームスの連綿と押し寄せる波の素晴らしさ。四人の実力が伯仲してゐることもあり、どの瞬間を取つても弦楽四重奏の最高の演奏を聴ける。(2020.7.28)

ビーバー:ロザリオのソナタ(第1番〜第9番)/ルドルフ・エヴェルハルト(cemb)/ヨハネス・コッホ(gamba)/ズザンネ・ラウテンバッハー(vn) [VOX BOX CDX 5171]
名曲ロザリオのソナタの最初の全曲録音で規範となる名盤2枚組。ラウテンバッハーのレパートリーは幅広かつたが、矢張り真骨頂はバロック音楽にあると云へる。バッハも良いが、ロカテッリや特にこのビーバーとなると今以て不朽の存在だ。ロザリオのソナタは1674年頃に作曲されたが、当時としては異例の極めて高度な技巧を要求される。ラウテンバッハーの技巧は確かで隙がなく、渋い音色に模範的なアーティキュレーションでヴァイオリン学習者を唸らせる。何よりも生真面目過ぎるほど求道的で敬虔な演奏をする。伴奏も素晴らしく申し分ない。1枚目は第1番か第9番まで、「受胎告知」「訪問」「降誕」「拝謁」「神殿における12歳のイエス」「オリーブ山での苦しみ」「鞭打ち」「荊の冠」「十字架を背負う」を奏でる。曲想が次々と変化し魅惑的だ。(2020.7.25)

ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第10番、同第12番/バリリ弦楽四重奏団 [Universal Korea DG 40020]
ウエストミンスター・レーベルの室内楽録音を集成した59枚組。韓国製だがオリジナル仕様重視で大変立派な商品だ。どちらも変ホ長調といふ理想の組み合はせだ。バリリSQは中期作品の演奏には不向きだ。アンサンブルの見事さ、ソノーラスな響きの豊かさは最上位なのだが、音楽が求める丁々発止のぶつかり合ひとなると弱く、平穏で波風のない演奏に聴こえる。「ハープ」の第1楽章が盛り上がらず、後の楽章も美しいが求心力に欠ける。第12番は曲の壮麗さと相まつてバリリSQの良さが出てゐる。広がりを感じさせ、気品の良さで王者然とした名演と成し遂げてゐる。バリリSQは放送録音も残してをり、得意としてゐたのだらう、バリリSQのベートーヴェン録音の中でも最上位の出来栄えだ。(2020.7.22)

ラウル・フォン・コチャルスキ(p)/1928年ポリドール録音/ショパン、リスト、パデレフスキ [Marston 52063-2]
Marstonによる録音全集第1巻2枚組。2枚目を聴く。電気録音で1928年のポリドールへの録音集だ。収録曲は29曲中27曲がショパンで、他はアコースティック録音でも録音してゐたリスト編曲のシューベルト「菩提樹」と同郷の偉人パデレフスキ「夕べに」があるだけだ。コチャルスキはミクリの弟子で、ショパン直系の孫弟子だ。ミクリはショパンの遺志を継ぐ人物としてコチャルスキを徹底的に扱き伝へたといふ。徒らに大衆受けのする表現はせず、鍵盤上で詩を紡ぐことに腐心してゐる。軍隊ポロネーズで再現部に入る時に印象的なディミヌエンドをかけるのが好例で、美しきショパンを目指してゐるのが諒解出来るだらう。選曲は散漫で、ポロネーズ1曲、マズルカ2曲、プレリュード7曲、ワルツ6曲、エチュード8曲、ノクターン2曲、子守歌で纏まりはない。仄暗い表情を挟むプレリュード、エチュード、ノクターンが一種特別な美しさを醸す。ショパン以外では愛奏してゐたのだらう「菩提樹」が深い感銘を受ける名演である。(2020.7.18)

チャイコフスキー:交響曲第5番、ピアノ協奏曲第1番/パーヴェル・セレブリャコフ(p)/ソヴィエト国立交響楽団/レニングラード・フィル/エフゲニー・ムラヴィンスキー(cond.) [BMG BVCX-8020-23]
未発表録音集第1巻4枚組の4枚組を聴く。交響曲は当盤が世界初発売となる1949年1月19日、ソヴィエト国立交響楽団とのライヴ録音だ。手兵との演奏ではなく、響きが散漫でいただけない。金管楽器が音を盛大に外すのでひやりとする。終楽章のテヌート奏法も皮相だ。蒐集家以外には不要だらう。協奏曲は1953年1月6日の録音で、ムラヴィンスキーは後にリヒテルとの有名な共演があり、ギレリスとも録音を残してゐる。これは最も古い記録なのだが、セレブリャコフはレニングラード音楽院の院長を務めた大物で、演奏は非の打ち所がない見事な出来栄えだ。確かな技巧と表現、硬質の黒光りするタッチ、華こそないが真摯な取り組みで聴き応へ充分だ。そして、流石はレニングラード・フィル、繊細なアンサンブルで一本に纏まつた響きが心地良い。深淵から湧き上がるやうな弱音の凄みは取り分け美しい。(2020.7.15)

ラヴェル:左手の為のピアノ協奏曲、ドビュッシー:幻想曲、ミヨー:ブラジルの郷愁、春/フランス国立放送管弦楽団/ジョルジュ・ツィピーヌ(cond.)/ジャック・フェヴリエ(p) [EMI 7243 5 694464 2 2]
フランスEMIによる名手フェヴリエの名演集2枚組。1枚目はフェヴリエはラヴェルの権威であつた。左手の為の協奏曲はヴィトゲンシュタインの委嘱によつて作曲されたが、初演をめぐつて作曲者との関係性が険悪となつた為、ラヴェルは初演やり直しの白羽の矢をフェヴリエに託した。かうして正統派の演奏が聴けるのは値千金で、ツィピーヌの洒脱な棒も素敵な名盤だ。とは云へ、フランソワの狂ほしいエロスと比べると物足りなく感じる。ドビュッシーも素晴らしい。高踏的な雰囲気、ツィピーヌの色彩的な伴奏が瀟洒で理想的な名演だ。ミヨーの「ブラジルの郷愁」全12曲と「春」第1集と第2集併せて計6曲が聴けるのは嬉しい。諧謔や生命力は薄めだが、薫り高きエスプリが満載で色とりどりのパレットから調合された美しき名演だ。(2020.7.12)

エルガー:エニグマ変奏曲、ヴァーグナー:「ファウスト」序曲、「パルジファル」より第1幕への前奏曲と聖金曜日の音楽/BBC交響楽団/アルトゥーロ・トスカニーニ(cond.) [West Hill Radio WHRA 6046]
1935年6月、絶頂期のトスカニーニがBBC交響楽団に客演した際のライヴ録音を集成した4枚組。2枚目を聴く。エルガーが6月3日、ヴァーグナーが6月5日の録音。BBC交響楽団は流石に英國の楽団だけあつてエルガーは格別に良い。トスカニーニはこの曲を得意とし、NBC交響楽団との録音も極上の仕上がりであつたが、このしなやかなBBC交響楽団との演奏の方が録音状態を考慮しても上位に置きたい。秘めやかで情感豊かな弦楽器、表現の幅の大きい管楽器や打楽器、曲への理解度の違ひだらうか、決まつてゐるのだ。バルビローリやモントゥーの名演と並べて絶賛したい。ヴァーグナーも素晴らしい。「ファウスト」はNBC交響楽団との演奏も見事であつた。他にアーベントロートくらゐしか名演がないので、トスカニーニが占める王座は変はらない。引退前のトスカニーニの柔軟性は敵なしで、「パルジファル」も雰囲気満点だ。後のNBC交響楽団との生硬な録音とは段違ひの素晴らしさだ。(2020.7.9)

ファリャ:スペイン舞曲、アーン:ピアノ協奏曲、モーツァルト:ピアノ協奏曲第26番、ピアノ・ソナタニ長調K.576、プロコフィエフ:ピアノ・ソナタ第3番/レイナルド・アーン(cond.)/フェルナン・ウーブラドゥ(cond.)/マグダ・タリアフェロ(p)、他 [DOREMI DHR-7961-3]
CD2枚とDVD1枚のタリアフェロ名演集。2枚目。ファリャはデュクレテ=トムソンへの録音で、作曲者との共演であるアーンの協奏曲も別項で述べたので割愛する。タリアフェロの弾くモーツァルトは古典的な要素は皆無で、色気たつぷりでロマンティックなピアニズムで聴かせる。流石はコルトーの弟子である。1955年3月27日、パリでのライヴ録音である協奏曲が華やかな名演だ。指揮は何とウーブラドゥ。それにしても容赦なく華麗なモーツァルトだ。タリアフェロだけではない、ウーブラドゥも古典の枠を乗り越えて表現を極める。些細なしくじりはあるが、勢ひに呑み込まれる名演だ。近代的で色彩的なカデンツァも魅惑的だ。異端の演奏なのだがお薦めしたい。1963年パリでのライヴ録音であるモーツァルト最後のニ長調ソナタも同様の名演なのだが、同日の演目プロコフィエフのソナタがタリアフェロの真価を伝へる極上の名演である。煌びやかなピアニズムが映える。(2020.7.6)

シューベルト:弦楽四重奏曲第15番、同第14番/ハンガリー弦楽四重奏団 [Music&Arts CD-1181]
ゾルターン・セーケイとハンガリーSQの録音集8枚組。2枚目。ハンガリーSQはベートーヴェンとバルトークで名を成した名門であるが、それに次いで一家言を持つてゐたのがシューベルトだらう。セーケイの下、一本の銀糸のやうに精錬されたアンサンブルを聴かせ、哀愁を帯びた音色と歌ひ回しを旨とするハンガリーSQにとりシューベルトは近親性のある作曲家であつた。1958年7月22日、マントン音楽祭における実況録音のト長調が素晴らしい。冒頭から詩情漂ひ、第1楽章展開部で熱つぽく昂揚する様に惹き込まれる。郷愁たつぷりの第2楽章、強弱の対比が見事な第4楽章、全てが堂に入つてをり感銘深い。ライヴとは思へない完成度も特筆したい。音質も生々しく、ブッシュSQの名盤と並べて絶賛したい。同日に死と乙女も演奏されたが、ここに収録されてゐるのは1952年のコンサート・ホール・レーベルへのセッション録音だ。音質はこのセッション録音の方が抜けが悪くもどかしい。演奏も生硬で感興に乏しく面白くない。勿論、仕上がりは極上で、悪い演奏ではない。(2020.7.3)

ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第1番、ラヴェル:ピアノ三重奏曲、リスト:2つの伝説/ヴィクトル・デゼルツァンツ(cond.)/ジャンヌ・ゴーティエ(vn)/アンドレ・レヴィ(vc)/ヴラド・ペルルミュテール(p)/アルフレッド・コルトー(p)、他 [TAHRA TAH 610]
仏Tahraは時折度肝を抜くような新発見音源を世に送り出したが、このコルトーのベートーヴェンの協奏曲はその最たるものだらう。シューマンやショパンではないのだ。ベートーヴェンの録音があるとは不意打ちだ。1947年4月13日、デゼルツァンツ指揮ローザンヌ室内管弦楽団とのライヴ録音で、音質は流石はTahraで申し分ない。演奏は崩れこそないが、覇気や色気は弱く、コルトーならではの異常な演奏は聴けなかつた。だが、ふとした折に聴かせるたゆたふやうなルバートは世紀のロマンティストの紛れもない刻印である。蒐集家は必携だ。実は内容としてはその弟子ペルルミュテールの録音の方が断然感銘深い。ラヴェルの三重奏はその高弟ペルルミュテールだけでない、名だたるラヴェル弾きゴーティエやレヴィとの取り合はせはこれ以上ない無敵の布陣だ。1954年の記録で、演奏は極上だ。高踏的な趣は香り立ち、ベル・エポックの詩情を伝へる。決定的名演だ。リストは1939年のセッション録音で、ペルルミュテールの硬質で澄んだタッチが冴えた名演である。(2020.6.30)

サン=サーンス:チェロ協奏曲第1番、シューマン:チェロ協奏曲、エルガー:チェロ協奏曲/サー・ジョン・バルビローリ(cond.)/グレゴール・ピアティゴルスキー(vc)、他 [West Hill Radio WHRA 6032]
M&A系列のWest Hill Radioによるピアティゴルスキー稀少録音集6枚組。1枚目。得意としたサン=サーンスの協奏曲は1949年4月10日のコロムビア録音なのだが、未発表初出音源である。マトリックス番号XCO-41145-50が与へられてゐた。ピアティゴルスキーのRCA/コロムビア録音集成にも含まれてゐない貴重な復刻である。伴奏はアレクサンドル・ヒルスベルク指揮フィラデルフィア管弦楽団である。颯爽とした闊達な演奏で、録音も状態も良くなかなかの名演である。愛好家は必聴だ。欧州時代のSP録音でも名盤を残したシューマンの協奏曲は1943年4月4日、ライナー指揮ニューヨーク・フィルとのライヴ録音だ。ライナーの伴奏が厳ついのが減点だが、ピアティゴルスキーの瞑想するやうなロマンティシズムが美しい。重要なのは正規録音はなく、これが唯一の音源であるだらうエルガーの協奏曲だ。伴奏は何とバルビローリとニューヨーク・フィルである。1940年11月10日のライヴ録音でこれぞ渾身の名演だ。デュ=プレ以外に感心出来る演奏が少ないのだが、当盤は非常に感銘深い。(2020.6.27)

ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第7番、七重奏曲、ラヴェル:序奏とアレグロ/ジョルジュ・ド・ロスネ(p)/ユリス・ドレクリューズ(cl)/フェルナン・ウーブラドゥ(bn)/ジャン・ドヴェミ(Hr)/ジョルジェ・エネスク(vn)、他 [melo CLASSIC mc-2022]
愛好家を驚愕させたmelo CLASSIC。初出音源の洪水だが、これがエネスクとなると価値の次元が異なつてくる。1948年録音のベートーヴェンのソナタの音源が増えたことに震へが止まらない。ド・ロスネの伴奏で第1楽章の冒頭に欠落があるが、エネスクのヴァイオリンを聴く上で何の支障もない。ジプシー調の奔放な演奏で、リズムの崩しが尋常でない。音色は正しく感情が爆発したエネスクの音で、内面の燃焼が凄まじい。終楽章の演奏は宛らツィガーヌのやうだ。正統派の演奏と真つ向から決別した異端の演奏だ。1951年録音の七重奏曲とラヴェルはパリの名だたる名手らとの演奏。クラリネットのドリュクレーズ、バソンのウーブラドゥ、コルのドヴェミらとの貴重なアンサンブルだ。顔触れと曲想からラヴェルの方が素敵な演奏だ。さて、ラヴェルはエネスクが参加してゐるのが聴き取れるのだが、ベートーヴェンの七重奏曲に関してはヴァイオリンはエネスクではないと直感で感じた。疑義を呈してをく。(2020.6.24)

シャルル・トゥルミヌール(org)/ルイ・ヴィエルヌ(org) [EMI CLASSICS 7243 574866 2 0]
愛好家必携の「20世紀前半のフランスのオルガニスト」5枚組。1枚目。この5枚組に収録されたオルガニストらはそれぞれに特徴があるが、ひとり比類のない個性を備へた奏者がゐる。トゥルミヌールだ。即興演奏の名手と讃へられたトゥルミヌールの演奏は、形容し難い神秘的な様相を示し、霊感が湧き上がるような期待に満ちてゐる。他の奏者はオルガンを如何に鳴らすかに終始してゐるが、トゥルミヌールは楽器を超えた境地で演奏をしてゐるのだ。演目は全て自作で、「小即興狂詩曲」「神秘的オルガン」「3つの即興曲」でどれも絶品だ。盲目で困難な人生を送つたヴィエルヌは作曲家としても高名で、その自作自演が聴けるだけで価値がある。ヴィエルヌの演奏は極めて荘厳で格式高い。隙はなく完成度が高い。即興技術が高いのに即興性を感じさせない。演目は自作自演では「儀式」「アンダンティーノ」「司教の行進」「瞑想」があるが、その実、バッハの演奏に自然と惹き付けられる。前奏曲とフーガBWV.533、幻想曲BWV.542、コラールからBWV.727、637、625、615を演奏してゐる。真つ向から取り組み、揺るぎのない建造物のやうな演奏で圧倒されるだらう。(2020.6.21)

サン=サーンス:序奏とロンド・カプリチオーソ、ハバネラ、グラズノフ:ヴァイオリン協奏曲、ドヴォジャーク:ヴァイオリン協奏曲、イザイ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第3番、他/リカルド・オドノポゾフ(vn)、他 [DOREMI DHR-7874-9]
名手オドノポゾフの大曲録音を復刻した6枚組。3枚目を聴く。サン=サーンスの名曲2曲は1955年のMMSレーベルへの録音で、伴奏はジァンフランコ・リヴォリの指揮だ。濃厚な味付けだが、無難な演奏に終始してをり然して面白くもない。素晴らしいのはグラズノフとドヴォジャークだ。1953年のMMSレーベルへの録音で、ワルター・ゲールの指揮だ。オドノポゾフの魅力が全開で、明るく華美に歌ひ、輝かしい技巧が決まる。グラズノフは噎せ返るやうな色気に陶然となる極上の名演で、ハイフェッツらの録音と並べたい。ドヴォジャークも首位を狙へる名盤なのだ。揺るぎのない自信で歌ひに歌ひ抜く。民族色は皆無だが、後期ロマン派の傑作協奏曲として聴き応へのある名演に変容してゐる。イザイの無伴奏ソナタ「バラード」は1951年のコンサート・ホール録音。妖艶な演奏で技巧が映え、オドノポゾフの個性が出てゐる。RCA録音のプロコフィエフ「ピーターと狼」はBAYER盤でも聴けた。特上の名演である。(2020.6.19)

ベートーヴェン:交響曲第6番「田園」、同第7番/ウィーン国立歌劇場管弦楽団/ヘルマン・シェルヘン(cond.) [Universal Korea DG 40030]
ウエストミンスター・レーベルの管弦楽録音を集成した65枚組。韓国製だがオリジナル仕様重視で大変立派な商品だ。シェルヘンはウエストミンスターで田園交響曲を2回も録音してゐる。これは旧録音の1951年盤の方だ。田園交響曲は常套の域を出ない。シェルヘンには珍しく、第1楽章コーダの慈しむような優しげな表情が聴かれる。第2楽章コーダでも名残惜しいリタルダンドを伴つた愛しい表現が美しい。反対にそれ以外の特徴を述べることが出来ず、シェルヘンへの期待が空回りする。第7番にも同じことが云へる。意外にも第2楽章が良く、終結部の意味深長な内省的表現に惹かれる。各楽章でテンポの変動による表情付けが聴かれるが、シェルヘンが行ふと因習的な印象を受けるので損だ。(2020.6.15)

エンリーコ・カルーゾ(T)/録音全集第1巻/G&T録音(1902年ミラノ)/ゾノフォン録音(1903年)/サルヴァトーレ・コットーネ(p)/ウンベルト・ジョルダーノ(p)/フランチェスコ・チレア(p) [RCA 82876-60396-2/Naxos Historical 8.110703]
レコード史上最初の輝ける星カルーゾの録音全集1枚目。原盤からのRCA復刻とマーストンの究極のリマスタリングによるNaxos Historical盤で聴く。収録曲は同じで、音質はどちらも申し分ない。カルーゾ伝説の始まりであるミラノのグランドホテルにおけるG&T録音10曲から偉大さが伝はる。当時の多くの歌手の歌唱は平板で表現が様式化されてゐたが、カルーゾを聴いてまず感じるのは発声の安定を犠牲にしても敢行される激しい感情表現である。最初期の録音は特に、声がかすれたり、歌ではなく叫びに近かつたり、音程が下がつたりと、一般的には宜しくない失態があるのだが、シゲティに通ずる表現優先への藝術が世界に衝撃を与へたのは事実だ。そして、程なくカルーゾは王となつた。ヴェリズモ作品は全部良い。迫真の歌唱が聴ける。声音の変化が感情と連動してゐるを聴くがよい。ジョルダーノ、チレアが自作の伴奏をした録音は恐ろしく価値がある。(2020.6.12)

ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第1番、シュトラウス:ブルレスケ/シカゴ交響楽団/フリッツ・ライナー(cond.)/バイロン・ジャニス(p) [RCA 88725484402]
ジャニスのRCA録音全集。ジャニスにとつて最も重要なレパートリーは疑ひなくラフマニノフであり、残された録音は何れも名盤の太鼓判を押せる。特に米マーキュリー録音した第2番と第3番は極上の仕上がりであつた。この第1番も燦然たる出来栄えだ。録音状態も無上で、ライナーとシカゴ交響楽団といふ最強の伴奏を得てをり、この録音の後に当盤を超えた演奏はなからう。これを超えるのはラフマニノフの自作自演とモイセイヴィッチの演奏で、ジャニスは熱さと憂ひで敵はない。ジャニスが薄いのではない。前2者が濃厚なのだ。シュトラウスのブルレスケは決定盤のひとつだ。ジャニスも素晴らしいが、シュトラウスの演奏で一際高次元の演奏を展開したライナーの威力を褒め称へたい。(2020.6.9)

ハイドン:弦楽四重奏曲ロ短調作品64-2、同ニ長調64-5「ひばり」、同ト長調64-4/ウィーン・コンツェルトハウスSQ [Universal Korea DG 40020]
ウエストミンスター・レーベルの室内楽録音を集成した59枚組。韓国製だがオリジナル仕様重視で大変立派な商品だ。弦楽四重奏曲の理想郷はコンツェルトハウスSQが奏でるハイドンにあると常々思つてゐる。第2トスト四重奏曲こと作品64の充実した6曲は交響曲のロンドン・セットが書かれる直前の作曲で、作曲技法が熟成されてをり交響的な広がりを感じさせる名曲ばかりだ。ロ短調の作品64-2は疾風怒濤期の作風を想起させ求心力が強い。有名曲「ひばり」は放送録音の墺プライザー盤には入つてをらず、このウエストミンスターのセッション録音が唯一の音源なので、非常に重要だ。冒頭のカンパーによる歌ひ込みは恐らく衒ひがなく、天性の自然体で弾いた結果だらうと思ふ。語り落としてはならない名盤のひとつだ。天真爛漫な作品64-4も他の団体ではかうも快適に聴かせられまい。(2020.6.7)

バッハ:イギリス組曲第4番、トッカータ嬰へ短調BWV.910、同ハ短調BWV.911、同ニ長調BWV.912、幻想曲とフーガBWV.904、パルティータ第6番/マルセル・メイエ(p) [EMI 0946 384699 2 6]
ディスコフィル・フランセへの全録音の他、戦前の録音も網羅した17枚組。8枚目を聴く。メイエはバッハを中心的なレペルトワールに据ゑたが、中でも典雅な舞曲を得意とした。イギリス組曲の清楚で気品のある詩情は滅多に聴けない境地に達してゐる。パルティータ第6番も世俗の垢が付いてゐない清明なる演奏で、天女の音楽のやうである。だが、メイエのバッハは手放しで称賛できる訳ではない。3曲のトッカータは清らかな演奏なのだが、減り張りが乏しく、穏やかさが物足りく感じさせる。神秘的な要素が欠けるのだ。幻想曲とフーガも同様で、フーガはだらりとして仕舞ひ求心力がない。(2020.6.3)

ベートーヴェン:交響曲第3番「英雄」、シューベルト:未完成交響曲/BBC交響楽団/サー・マルコム・サージェント(cond.) [Warner Icon 2564 63412-1]
プロムス中興の祖サージェントの選り抜きのEMI名録音集18枚組。サージェントのエロイカなんて、と迂闊に軽視せぬが良い。なかなかだうして立派で内容の濃い演奏だ。手垢塗れの独墺系指揮者が残した気の抜けた演奏より、真摯な取り組みが好もしい。テンポや表情こそ常套的な範疇を超えないが、楽器の扱ひが絶妙だ。多くの演奏で埋もれ勝ちな声部を丁寧に聴かせて呉れ、新鮮な発見がある名演と云へる。取り分け第1楽章の悠然たる構へが良い。シューベルトの演奏は特徴がない。生真面目に演奏をしたが、雰囲気に乏しいので詰まらない。(2020.5.30)

シューマン:ヴァイオリン協奏曲、バッハ:無伴奏パルティータ第3番よりガボット、メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲/ベルリン・フィル/ハンス・シュミット=イッセルシュテット(cond.)/ゲオルク・クーレンカンプ(vn) [Podium POL-1022-2]
独Podiumによるクーレンカンプ復刻第6巻。テレフンケンへの高名な録音であるシューマンは初演者クーレンカンプの代名詞とも云へる決定的名盤。メニューインら他の録音もあるが、矢張りクーレンカンプを最上位に置きたい。この曲には青白い病的さや、夢想する詩的観想が相応しい。情熱的な歌や官能的な誘惑は邪魔だ。クーレンカンプの特異性が絶妙に嵌つた畢生の名演だ。メンデルスゾーンも同傾向の名演で、一種特別な霊感に導かれた個性的な演奏だ。但し、終楽章が閃きに欠け良くない。協奏曲2曲は本家TELDECから決定的復刻があり、Podium盤は音質では足元にも及ばない。バッハが素晴らしい。かうも上品で貴族的な演奏は滅多に聴けない。逸品である。(2020.5.27)

モーツァルト:ヴァイリンとクラヴザンの為の協奏曲断片、ヴァイリンとクラヴザンの為のソナタ(4曲)、キリエ、管楽器の為の協奏交響曲/ジャック・デュモン(vn)/ロベール・ヴェイロン=ラクロワ(cemb)/フェルナン・ウーブラドゥ(cond.)、他 [EMI 7243 5 73590 2 3]
「パリのモーツァルト」と題された高名なLP7枚のアルバムを未収録1曲のみでCD4枚に再構成した麗しきディスク。1枚目を聴く。前半の主役はデュモンとヴェイロン=ラクロワによるソナタで、K.6からK.9までの4曲が聴ける。フランスの優美な合奏が楽しめる。しかし、印象に残るやうな演奏ではない。貴重なのは未完の協奏曲K.315fで、4分弱で突如途切れて仕舞ふので一寸吃驚する。ウーブラドゥの伴奏も華麗で魅惑的なので心残りである。キリエK.33は佳品。協奏交響曲はウーヴラドゥにとり2回目の録音。独奏者はオーボエのピエルロだけ同じで、クラリネットがランスロ、コルがヴェスコーヴォ、バソンがオンニュだ。ピエルロは不調で旧盤の方が活気があつた。ランスロが良く当盤の立役者だ。ヴェスコーヴォは水準並み。オンニュは上手いが旧盤のアラール比べると劣る。ウーブラドゥと室内管弦楽団の伴奏は豪勢だが大味で、雑でも洒脱さがあつた旧盤の方に惹かれる。新盤は矢鱈と音質が良いが、内容が伴つてゐない。(2020.5.25)

ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第2番、同第3番、選帝侯ソナタ第1番、同第2番/エミール・ギレリス(p) [DG 4794651]
DG録音全集24枚組。最晩年はDGでベートーヴェンのソナタ全集録音を完成させる積りだつたが、急逝により僅か5曲を残して痛恨の未完成となり、いきなり傑作第1番が欠けてゐるのが悔やまれる。交響的な第2番と第3番のソナタを聴いて感じるは、若き頃「鋼鉄のピアニスト」と形容された面影はなく、叙情派ピアニストと云つてもよい変貌を遂げてゐるといふことだ。硬質のピアニズムはそのままで技巧に余裕があり、表現の幅を広げる為に繊細なタッチを追求した結果、一種特別な境地に到達したのがギレリスのベートーヴェンだ。弱音の可憐なリリシズムの美しさが際立ち、頂点での劇的な興奮も抑制される。透明感のある粒立ちの良い音が凛とした趣を助長する。品格のある極上の逸品だ。若書きの選帝侯ソナタは競合盤を根絶やしにする名演である。しかし、これも第3番がなく画竜点睛を欠く。(2020.5.22)

ブラームス:ピアノ三重奏曲第1番、同第2番/ヴォルフガング・シュナイダーハン(vn)/エンリーコ・マイナルディ(vc)/エトヴィン・フィッシャー(p) [amadeo 431 347-2]
シュナイダーハンの多彩な活動記録を編んだ6枚組。4枚目はフィッシャー・トリオでの録音だ。フィッシャー・トリオには商業用録音がなく、幾つかライヴ録音があるだけだ。このブラームスは放送用録音で最も条件が良く、音質・演奏ともにトリオの代表盤である。米M&Aからも商品化されてゐた。第1番が1953年11月30日、第2番は1951年12月2日の録音。トリオの支柱はフィッシャーで音楽が頭一つ抜きん出てゐる。フィッシャーはブラームスを得意とし、芳醇な浪漫が溢れるピアニズムは極上である。第1番の冒頭のマイナルディのせせらぎのやうな歌の素晴らしさは特筆したい。シュナイダーハンの安定感のある美音も見事だ。第1番は元祖百万ドル・トリオ、第2番はブッシュ・トリオ、シゲティ/ヘスの名盤と並ぶ出来栄えである。シュナイダーハンは病死したクーレンカンプの後釜で、技巧は上だがウィーン風の華やかさがあり、実はトリオでは浮いて聴こえる。クーレンカンプ時代は想像するに幽玄で個性的なトリオであつたらう。(2020.5.19)

ベートーヴェン:交響曲第5番、同第7番/ウィーン・フィル/カルロス・クライバー(cond.) [DG 00289 483 5498]
クライバーのDG録音全集12枚組オリジナル・ジャケット仕様の愛蔵盤―このベートーヴェン2曲はLPでは別々に発売された為、残念乍らジャケット・デザインはCD時代のものだ。登場当時から絶讃されてきた名盤中の名盤だ。ウィーン・フィルの美麗な合奏も一役買つてゐる。繰り返し記号を遵守してゐるのも良い。細部まで仕上がりが整つてをり、録音も優秀で万全だ。だが、私見ではこの録音はクライバーの記録の中で上位に位置するものではない。完璧とも云へる出来だが、感銘がそれほどでもない。若々しく健康的で爽快なクライバーの音楽性が結晶してゐるが、良くも悪くも格好が好いだけの演奏なのだ。心地良く聴き流して仕舞ふ。強く引つ掛かる箇所が思ひ返せない。多少不恰好でも強い拘泥はりと頑固さを印象付けた親父エーリヒの演奏に惹かれる。とは云へ、減点法で申せば、当盤は歴代最上位に置かれる名盤である。(2020.5.15)

ラフマニノフ:死の島、交響曲第3番、3つのロシア民謡、他/セルゲイ・ラフマニノフ(p)/ユージン・オーマンディ(cond.)/ディミトリ・ミトロプーロス(cond.)/レオポルド・ストコフスキー(cond.)、他 [Marston 53022-2]
再びラフマニノフ歴史的音源集3枚組を聴く。2枚目はラフマニノフの演奏は1926年にナジェジュダ・プレヴィツカヤの伴奏をした歌曲"Belilisti rumyanisti,vy moi [Powder and Paint] "のみで、他は当時の米國を代表する指揮者らの録音だ。まず、1943年4月2日、ラフマニノフの死後5日にオーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団による「死の島」が聴ける。オーマンディの弔辞アナウンス付きだ。波打つようなロマンティシズムと厳しく深い抉りが素晴らしい。交響曲は1941年、ミトロプーロスとニューヨーク・フィルによる鮮烈な名演。穏健な作曲者自作自演とは異なり、強い対比が効いた極彩色の演奏だ。それだけに甘い旋律が慰めるやうに沁みる。1966年にストコフスキーがアメリカ交響楽団を振つた3つのロシア民謡が収録されてゐる。この作品の3曲目が、ラフマニノフが録音した歌曲を主題にしてゐるのだ。演奏は豪華絢爛で素晴らしい。この3枚組は数少ない渡米後の作品番号41、43、44、45が聴けるといふ好企画盤なのだ。(2020.5.10)

ヴァーグナー:「マイスタージンガー」第1幕への前奏曲、シューマン:ピアノ協奏曲、ベートーヴェン:交響曲第7番/ヴァルター・ギーゼキング(p)/ベルリン・フィル/ヴィルヘルム・フルトヴェングラー(cond.) [King International KKC5952]
録音に極度に神経質だつたフルトヴェングラーが絶大な信頼を寄せた戦中マグネトフォン録音―RRG録音―で現存する全ての音源を理想的な音質で復刻したベルリン・フィル自主制作盤22枚組―本邦キング・インターナショナルによる代理販売。持つてをらぬは潜りである。3枚目を聴く。実はお恥ずかしいことにヴァーグナーは音源として未所持であつた。1942年2月26日AEG工場での演奏で、戦意高揚の映像で使用されてゐたが、商業的には出回ることが少なかつた筈だ。音質は優れない部類だが、終盤に向かつての盛り上がりは流石だ。ギーゼキングとのシューマンは音が生々しく優秀で驚いた。有名な演奏なので、内容については割愛するが、管弦楽の浪漫的表情に魂を奪はれる。さて、問題は戦中の演奏で首位を争ふ極上の名演であるベートーヴェンだ。従来1943年、ペッピングの第2交響曲とベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番との組み合はせとされたが、シューマンと同日の1942年と改められた。一応、演奏会記録にはどちらもあるが、調性を考へればシューマンとの組み合はせが良く、ペッピングとの組み合はせは疑はしい。(2020.5.7)

ベートーヴェン:交響曲第8番、シューベルト:交響曲第3番、同第4番「悲劇的」/コンセール・ラムルー/ベルリン・フィル/イーゴリ・マルケヴィチ(cond.) [VENIAS VN-014]
マルケヴィチの様々な録音を編んだ33枚組。コンセール・ラムルーとのベートーヴェンが1959年へのPHILIPS録音、ベルリン・フィルとのシューベルトが1954年のDG録音だ。ステレオで音質も上々のベートーヴェンが素晴らしい。威勢が良く、屈託がない。フランスのオーケストラらしく明るい音色で愉悦が弾ける。マルケヴィチの棒は締まつてをり、颯爽としたテンポで弛緩なく音楽を運ぶ。特筆したいのは第3楽章のトリオで、ヴィブラートたつぷりのコルの音色が異色の個性だ。シューベルトは名盤とされる録音だ。ベルリン・フィルの圧倒的な実力が冴える。第3番では黒光りする重厚な音色と、高貴で格調高きフレージングを引き出し、一際次元の高い名演を成し遂げた。随一の名演だ。第2楽章や第3楽章トリオの情感溢れる表現は絶品だ。第4番は別項で述べたので割愛するが、矢張りこの曲の第一等を占める名演だ。(2020.5.4)

ベートーヴェン:交響曲第3番「英雄」/シカゴ交響楽団/フリッツ・ライナー(cond.) [RCA 88883701982]
ライナーとシカゴ交響楽団のRCA録音全集63枚組。ライナー渾身のエロイカだ。贅肉のない筋肉質なプロポーション、思はせ振りな表現は皆無で、畳み掛けるやうに音楽を前のめりに動かす。一見、トスカニーニ風の演奏とも云へるが、緊縛度と熱量はトスカニーニほどではなく、熱苦しさや重苦しさはない。また、ミュンシュのやうな明るい爽快さとも異なる真摯な音を追求してゐる。第1楽章が名演で、颯爽たる英雄像が浮かび上がる。次いで第3楽章に瞠目したい。アンサンブルの見事さは勿論だが、音形を意識し瞬時にヘミオラを挟む。ベートーヴェンが意図した野心的な挑戦を聴かせて呉れる数少ない演奏だ。一気呵成に聴かせる終楽章も良い。(2020.5.1)

"Landmarks of Recorded Pianism"/未発表録音集第2巻/ローゼンタール、グレインジャー、モンポウ、フリードマン [Marston 52075-2]
愛好家を驚愕させた米Marstonのリリースから興奮冷めやらぬ間に第2弾が届いた。2枚組の1枚目を聴く。まず、リストの高弟ローゼンタールによる2種のハンガリー狂詩曲第2番が聴ける。1929年と1930年の録音で前者が初出となる未発表録音だ。この新登場音源が凄まじい。編曲の度合ひも大きく、昂揚した時の荒い打鍵はらしからぬ演奏だ。もしかすると自省して録り直しをしたのが後者なのかも知れぬ。グレインジャーは1953年カンザス大学での演奏記録で、バッハ「トッカータとフーガ」と自作自演で「ストラススペイとリール舞曲」「デリー地方のアイルランド民謡」が聴ける。グレインジャーの本領発揮の演目で出来栄えも極上だ。モンポウの自作自演では「歌と踊り」第1番、第2番、第3番、第4番、第6番、「秘密」「風景」、ショパンのワルツを自在に編曲した曲で、どれも雰囲気を楽しめる。さて、当盤最大の新登場音源はフリードマンの来日時の録音だ。我が国でも未確認の筈だ。1933年東京における放送録音で、混濁して猛烈に音が悪く観賞用ではないが、記録としての価値が重大だ。しかも、メンデルスゾーン「紡ぎの歌」は初演目となる。放送アナウンス付き。詳細はフリードマン・ディスコグラフィーに掲載した。(2020.4.28)

ヴァーグナー:「トリスタンとイゾルデ」前奏曲と愛の死、マーラー:さすらふ若人の歌、ベートーヴェン:交響曲第7番/ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(Br)/フランス国立放送管弦楽団/カール・シューリヒト(cond.) [Altus ALT178]
フランス国立視聴覚研究所所蔵の音源でシューリヒトの真価を問ふ本邦Altusレーベルの好企画。1957年9月9日のブザンソン音楽祭での公演記録である。ヴァーグナーは他にDECCAへのセッション録音、シュトゥットガルト放送交響楽団との放送録音があり、シューリヒトらしい水彩画のやうな淡い儚い演奏だつた。当盤の演奏は他と比べると表情が幾分濃厚で脂分が多い。曲想には相応しいが、フランス国立放送管弦楽団の木管楽器のピッチが揃はず感興が殺がれる。マーラーは貴重な演目で、この曲を得意中の得意としたディースカウとの共演だ。爽やかなシューリヒトの音楽創りにディースカウも詩情豊かに歌ひ上げる。sotto voceの耽美的な美しさは余人の及ぶところではない。フルトヴェングラー共演盤には並ばないが、愛好家は必聴の名演だ。ベートーヴェンは矢張り木管楽器のピッチが気になる。10種近く存在する録音記録の中では価値は殆どないだらう。(2020.4.25)

ウィリアム・カペル(p)/1951年10月17日リサイタル/1947年放送録音/バッハ:4台のチェンバロの為の協奏曲/シューマン:ピアノ五重奏曲/ファイン・アーツ弦楽四重奏団、他 [Marston 53021-2]
Marstonからの宝物である。カペルの初出音源を多数含む放送録音集3枚組。3枚目を聴く。全て初出だ。1951年のリサイタルの演目は、バッハ/ブゾーニ編曲「来たれ、異教徒の救ひ主よ」、ドビュッシーのベルガマスク組曲、リストのハンガリー狂詩曲第11番、ショパンのマズルカ嬰ハ短調、ファリャの粉屋の踊りだ。初演目となるファリャが重要だ。演奏は得意のレパートリーばかりなので、全て申し分ない。1947年放送録音では、モーツァルトのピアノ・ソナタ第10番終楽章とメンデルスゾーンの無言歌「失はれた幻影」が聴ける。メンデルスゾーンが哀愁を帯びた名演である。1950年5月20日の放送録音であるバッハのイ短調協奏曲が豪華極まりない。ロザリン・トゥーレック、ユージン・リスト、ジョゼフ・バッティスタとの共演で溜息が漏れる。演奏自体は飽和状態で特段優れてはゐないが、記録としては恐ろしく貴重だ。もう1曲愛好家感涙の音源が登場だ。1951年11月21日のライヴ録音でシューマンだ。室内楽においてもカペルの卓越した音楽性が感じられる演奏だ。カペルが見事に主導してゐる。ファイン・アーツSQの誠実な演奏も良い。(2020.4.21)

モーツァルト:交響曲第23番、同第27番、ファゴット協奏曲、管楽器の為の協奏交響曲/ベルリンRIAS交響楽団/フェレンツ・フリッチャイ(cond.)、他 [DG 00289 479 8275]
新発見の放送録音集4枚組。ほぼ新演目ばかりといふ御宝音源だ。2枚目を聴く。ふたつの交響曲が極上の出来栄えだ。フリッチャイは第29番より前の番号の録音記録がなかつたので貴重だ。後期作品の演奏よりも熱量が多く、意欲的な推進力や厚みがあつて見事だ。取り分け第27番終楽章フーガの音楽的昂揚は圧倒的だ。ヨハネス・ツターの独奏によるファゴット協奏曲も大変優れた演奏だ。ツターは浮ついたところがなく、中身の濃い音で好感が持てる。ドイツの職人藝が光つた名演と云へよう。協奏交響曲はツターのほか、ヘルマン・テットヒャー、ハインリヒ・ゴイザー、クルト・ブランクによる演奏で、即ちベルリンRIAS交響楽団の首席奏者らによる気心知れたアンサンブルが楽しめる。中ではゴイザーとツターの力量が光る。フリッチャイの指揮も牽引力があり、全体の完成度が高い。華がないのは事実だが、目立つた減点要素がないので、この曲の屈指の名演だらう。(2020.4.18)

ラウル・フォン・コチャルスキ(p)/ポリドール録音(1924年〜1925年、アコースティック録音全集)/ショパン、バッハ、リスト、シューマン、コチャルスキ [Marston 52063-2]
Marstonによる録音全集第1巻2枚組。1枚目を聴く。機械録音とは云へマーストンの見事な復刻で鑑賞を楽しめる。演目はほぼショパンで占められる。コチャルスキは生前脚光を浴びることは然程なく、一部の玄人に支持される程度であつた。それもさうだ、同時代にコルトーやローゼンタールやフリードマンがをり、先んじてパッハマン、パデレフスキ、後にホロヴィッツ、ルービンシュタインら灰汁の強いショパン弾きが正統派コチャルスキの出る幕を阻んだ。コチャルスキは決して技巧の切れがある訳ではなく、華々しさを欠いた。控へ目な詩情で語り掛けるのがコチャルスキのショパンの特徴であり、後ろ髪を引かれるやうなルバートと強打しないタッチで実に品が良い。これはショパンその人の演奏様式に最も近いと思はれる。魔力はないが、どれも格調高き名演だ。ショパン以外は、バッハ「イギリス組曲」より1曲、リスト編曲のシューベルト「菩提樹」、リスト「愛の夢」第3番、シューマン「森の情景」「アルバムの綴り」より1曲、自作自演「前奏曲」「ワルツ」「印象」で、何も玄妙たる名演だ。取り分けバッハが美しい。(2020.4.15)

ドビュッシー:夜想曲より雲と祭、シュトラウス:ドン・ファン、ヴァーグナー:「タンホイザー」序曲/ベルリン・フィル/ヴィルヘルム・フルトヴェングラー(cond.) [MYTO 00183]
1951年5月1日、ローマでの公演記録。2枚組の2枚目を聴く。フルトヴェングラーのドビュッシーは珍品だ。雲は威圧的な音色なのだが、ベルリン・フィルの弦楽器が全霊を込めて奏でる合奏に思はず呑み込まれる。祭でも重厚さは気になるが演奏は大変素晴らしい。得意のシュトラウスは本領発揮の名演だが、このローマ公演は音質が著しく悪く、価値が減じる。ヴァーグナーにも同じことが云へるが、終盤の盛り上がりが凄まじく、聴衆の興奮が止まない。音が悪いのが悔やまれる。この日の演目、ブルックナーの第7交響曲、ドン・ファン、タンホイザーの序曲は何もホ長調といふ極めて意欲的なプログラムであり、濃厚な愛欲の音が溢れる。余白に「ヴァルキューレ」第3幕抜粋が収録されてゐる。これはKoch Schwannが発売したウィーン国立歌劇場ライヴ第20巻に収録されてゐた1936年録音である。(2020.4.12)

ヒルデ・ギューデン(S)/初期録音集(1942年〜1951年)/ヴェーバー、モーツァルト、プッチーニ、シュトルツ、ドスタル、グローテ、レハール [PREISER RECORDS 90176]
ギューデンの繊細な声は録音では捉へきれないとされ、本当の素晴らしさを伝へる録音は僅かだとも云はれる。そんなギューデンの真価を存分に堪能出来る1枚だ。1942年録音のヴェーバー「魔弾の射手」のアリアの清廉の美しさは空気を変へる力がある。これは絶対的な歌唱である。1948年から1949年にかけて得意のモーツァルトを歌つたのはどれも極上だ。ダ=ポンテ三部作「フィガロの結婚」「ドン・ジョヴァンニ」「コジ・ファン・トゥッテ」をそれぞれ2曲披露してゐる。クリップスの伴奏がこれまた絶品である。同じくプッチーニも録音され、「ラ・ボエーム」から3曲―ミミもムゼッタも歌つてゐる―と「ジャンニ・スキッキ」を吹き込んだ。これ程迄、純粋な歌声は滅多に聴けないだらう。本領発揮のオペレッタが素晴らしい。シュトルツ「お気に入りの家来」、ドストル「クリヴィア」、グローテ「スウェーデンのナイチンゲール」、レハール「パガニーニ」「ロシアの皇太子」「ジュデッタ」「デュバリー」「微笑みの國」、全てが決定的名唱で、酔ひ痴れることが出来る。至高の1枚だ。(2020.4.9)

ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第8番、同第9番/バリリ弦楽四重奏団 [Universal Korea DG 40020]
ウエストミンスター・レーベルの室内楽録音を集成した59枚組。韓国製だがオリジナル仕様重視で大変立派な商品だ。名曲ラズモフスキー第2番と第3番だが、バリリSQにとつて中期作品はだうしても感銘が落ちる。大変素晴らしい演奏なのだが、ここぞといふ場面での決めが弱い。熱くなつて欲しいところで優美に流れるので力瘤が入らない。例へば、作品59-2の第3楽章の主部が歌ひ過ぎで切迫感がない、作品59-3では第1楽章での掛け合ひで守りに入り過ぎた嫌ひがある、特に第4楽章はその傾向が強く一向に盛り上がらない。一方でバリリSQならではの美しい箇所も多い。作品59-2の第1楽章と第2楽章の秘めやかな歌は絶品である。作品59-3の柔和な第3楽章も美しい。(2020.4.5)

ベートーヴェン:交響曲第7番、同第6番「田園」/デトロイト交響楽団/ポール・パレー(cond.) [Venias VN-031]
本家MercuryでCD化されなかつたベートーヴェン、ブラームス、ヴァーグナー、モーツァルト、リムスキー=コルサコフが聴ける25枚組。このベートーヴェンは識者では非常に有名な録音である。パレーはどんな曲を振つても個性を刻印する稀有な指揮者だが、伝統や因習をかくも打ち破れるものかと驚かされる。第7番は冒頭の和音から乾いてをり、粘りや堀りはなく、明るく軽く何処までも乾燥してゐる。ディオニュソス的要素は微塵もなく、究極のアポロ的演奏だ。演奏時間が35分半といふ田園交響曲こそが異端の極みだ。古いコンセール・コロンヌとの録音でも速かつたが、デトロイト盤は超速だ。第1楽章が仰天するやうな解釈で万人が呆気に取られるだらう。後半の楽章は現在でこそ衝撃度は薄れるが、録音当時は物理的にも体感的にも最速演奏であつた。喩へるなら、特急列車から垣間見た田園風景、そんな趣か。パレーは何を聴いても面白い。(2020.4.2)


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