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楽興撰録

蒐集した音楽を興じて綴る頁


2022.3.30以前のCD評
声楽 | 歌劇 | 管弦楽 | ピアノ | ヴァイオリン | 室内楽その他



最近の記事


マーラー:交響曲第4番
ジュディス・ラスキン(S)
クリーヴランド管弦楽団
ジョージ・セル(cond.)
[SONY 88985471852]

 遂に集成されたセル大全集106枚組。セルはブルックナーもマーラーも満遍なく演奏したが、人を唸らせる程の出来栄えではなかつた。勿論、名器クリーヴランド管弦楽団の精緻な演奏は抜群に巧く、室内楽的なと形容したい雑味のないアンサンブルを聴かせて呉れるのだが、マーラーの本懐に踏み込んだ演奏かだうかとなると、何とも薄口で綺麗事のやうに聴こえて仕舞ふ。一方で澄み切つた美しさは特筆すべきで、部分的には天上の音楽を奏でて呉れる。ラスキンの独唱は大変美しく清廉で良い。(2022.9.27)


ヴィヴァルディ:四季
ペルゴレージ:フルート協奏曲第1番ト長調、同第2番ニ長調
ヴェルナー・クロツィンガー(vn)
ジャン=ピエール・ランパル(fl)
シュトゥットガルト室内管弦楽団
カール・ミュンヒンガー(cond.)
[Decca 484 0160]

 ミュンヒンガーのバロック音楽録音を集成した8枚組。ミュンヒンガーはイ・ムジチよりも早く「四季」を録音し、バロック音楽ブームを牽引した立役者だ。最初の録音は1951年、独奏は名手バルヒェットであった。これは1958年のステレオでの再録音で、独奏はシュトゥットガルト室内管弦楽団のコンツェルトマイスター、クロツィンガーである。その為、最初の録音がバルヒェット主体の音楽だつたのが、当盤ではミュンヒンガーの意志が隅々まで浸透してゐる。踏み締めるやうな四角張つた音楽は相変はらずだが、癖がなく聴き易い。詰まりは個性が減退し面白味は薄まつたとも云へる。大家ランパルとの珍しいペルゴレージの協奏曲は流石の仕上がりだ。ミュンヒンガーの適切な伴奏が美しい。これは決定的名盤だ。(2022.9.24)


ベートーヴェン:交響曲第5番、同第7番
シュターツカペレ・ベルリン
リヒャルト・シュトラウス(cond.)
[DG 479 2703]

 大作曲家シュトラウスは指揮者としても栄達し、主要な歌劇場や楽団の要職を歴任した。DGへの録音を集成した7枚組。電気録音初期の吹き込みで余程の酔狂でないとお薦めし兼ねる録音だ。第5番は1928年の録音。ドイツの指揮者だけが醸し出せる雄渾で力強い演奏ではあるが、他に聴くべき録音が夥しくあるので好き好んで聴くこともなからう。第7番は1926年の録音で更に貧しい音だ。演奏は快速調で悪くないのだが、ひとつ不愉快なことがある。盤面時間の都合だらうが、第4楽章で再現部がカットされていきなりコーダに飛んで仕舞ふのだ。演奏時間僅か4分半。これは非道い。(2022.9.21)


ハイドン:交響曲第39番、同第44番「悲しみ」
モーツァルト:交響曲第21番、アイネ・クライネ・ナハトムジーク
オランダ室内管弦楽団
シモン・ゴールドベルク(cond.)
[Retrospective RET93407]

 ゴールドベルクのフィリップス録音の殆どを集成した8枚組。7枚目。この箱物の後半ではゴールドベルクは指揮者として活動を専念してゐる。オランダ室内管弦楽団の編成に合つた選曲で、見事なアンサンブルを聴かせて呉れる。ハイドンでは疾風怒濤期の傑作短調作品を清廉かつ情熱的に聴かせる。2曲とも両端楽章における劇的な切り口は滅多に聴けない見事な演奏だ。特に第44番が演奏内容に関しては第一等にしたいほど高みにある決まつた名演なのだが、ひとつ痛恨の汚点がある。第2楽章と第3楽章を入れ替へて演奏してゐるのだ。極めて珍しい先駆的な楽章構成なので楽曲解釈において台無しにした感がある。誠に遺憾だ。モーツァルト2曲は撫でるやうな爽やかな演奏。だが、印象に残ることはない。(2022.9.18)


モーツァルト:協奏交響曲
ベンジャミン:ロマンティック幻想曲
RCAヴィクター交響楽団/アイズラー・ソロモン(cond.)
ウィリアム・プリムローズ(va)
ヤッシャ・ハイフェッツ(vn)
[RCA 88697700502]

 オリジナル・ジャケット・コレクション全集103枚組。1956年10月に組まれたセッションで、ハイフェッツとプリムローズによる二重協奏曲の企画だ。両者が力を注いだのはベンジャミンの方で、先に録音がされてゐる。豊かな管弦楽法の中で彩りを添へる。取り立てて面白い曲とは云ひ兼ねるが、これ以上の演奏はないと断言出来る。一般的な興味はモーツァルトにあらう。颯爽たる名演と賞讃出来る一方、何とも味気ない詰まらない演奏と貶すことも出来る。巧いが思ひ入れは感じられないといふところか。名手二人による録音乍ら、この曲の代表盤として語られることは少なかつたと思ふ。(2022.9.15)


メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲、歌の翼に
ブラームス:ヴァイオリン協奏曲、ハンガリー舞曲第7番
パラディス:シシリエンヌ
フリッツ・ブッシュ(cond.)/アリ・ラシライネン(cond.)、他
カミラ・ウィックス(vn)
[Music&Arts CD-1282]

 絶頂期に活動を中断して仕舞つたウィックスの貴重な記録6枚組。1枚目。メンデルスゾーンの協奏曲は1949年9月22日、コペンハーゲンでのライヴ録音で、指揮は巨匠フリッツ・ブッシュが務める。天才少女と謳はれた21歳の時の演奏で、芯のあるボウイング、情感豊かな歌ひ回し、天衣無縫の技巧の閃き、特に第1楽章コーダの熱狂は舌を巻くほど巧い。この曲の最高の名演と絶賛したいが、録音が冴えないのと、伴奏のデンマーク国立交響楽団がもたついてをり水を差してゐる。ブラームスの協奏曲は活動再開後の1990年代の記録で、ラシライネン指揮ノルウェー放送管弦楽団との共演だ。盛期に比べると艶が落ち覇気も減じたが、演奏内容は衰へなど感じさせない見事な演奏である。小品3曲ではテンポと声を落として惹き付ける歌ひ回しが印象的だ。どれも名演だ。(2022.9.12)


マーラー:交響曲第4番、亡き児を偲ぶ歌
テレーザ・シュティヒ=ランダル(S)/ヘルマン・シャイ(Bs)
レジデンティ管弦楽団
ヴィレム・ファン・オッテルロー(cond.)
[ARTIS AT025]

 24枚組。オッテルローの復刻がこれほど纏まつたことはかつてなく、大歓迎の好企画だ。大成はしなかつたがオッテルローの多才には驚かされる。ブルックナーでもマーラーでも名演を聴かせるのだから。この第4番は知る人ぞ知る名演で、情熱の人オッテルローの噴流のやうな音楽が溢れて来る。濃厚な色付けに、楽想ごとの描き分けが見事で、屈指の名演と絶賛したい。この曲を得意としたシュティヒ=ランダルの独唱も絶妙で、価値を高めてゐる。更に素晴らしいのが歌曲だ。バスのシャイが万感迫る歌唱を聴かせ、オッテルローが傷口を抉るやうな生々しい音で煽る。圧倒的な名演なのだ。(2022.9.9)


モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第1番、同第2番、協奏交響曲
ベルリン・フィル
イーゴリ・オイストラフ(vn)
ダヴィド・オイストラフ(vn&va&cond.)
[EMI 50999 2 14712 2 3]

 EMI録音全集17枚組。最晩年の1970年から1972年にかけてベルリン・フィルと完成させた弾き振りモーツァルト全集だ。オイフトラフは機会あれば若い頃から指揮も手掛け精通してゐた。弾き振りも御手の物で、それが名器ベルリン・フィルとなれば何の問題もなく、これほど素晴らしい伴奏は滅多に聴けない逸品なのだ。録音の少ない第1番と第2番は、悠然と豊満に弾いたオイストラフ流儀の名演で極めて完成度が高く名演としてお薦めしたい。協奏交響曲は凡庸だ。息子イーゴリにヴァイオリンは譲り、ダヴィドがヴィオラで万全の演奏を聴かせるが、全く面白くない。イーゴリも守りに入つてをり、ただ息の合つた上手いだけの演奏なのだ。この曲では丁々発止が聴きたい。(2022.9.6)


ショパン:ポロネーズ第1番、エチュードOp.10-6、同Op.25-2、ワルツ第7番、同第10番、子守歌、即興曲第1番
マリラ・ジョナス(p)
[SONY 88985391782]

 ジョナスの全録音4枚組。3枚目。1951年6月に録音されML4476といふ番号で発売されたショパン・アルバムは、ジョナス最後の録音となつて仕舞つた。それと云ふのも、ジョナスは1月に体調を崩してから活動が実質休止になつて仕舞ひ、程なくして48歳で亡くなつた。心成しかこれ迄の録音に比べると生気が乏しいと感じるのは気の所為だらうか。演目は被らず唯一の曲目ばかりだ。どの演奏も外連は全くなく、内面を凝視めるような演奏ばかりだ。個性的なポロネーズや子守歌は独自の雰囲気があり魅せられる。(2022.9.3)


ヴィヴァルディ:四季、「調和の霊感」より第6番イ短調
アルパド・ゲレッツ(cond.)/エド・デ=ワールト(cond.)、他
アルテュール・グリュミォー(vn)
[Decca/Philips 4851160]

 生誕100年記念グリュミォーPhilips録音全集74枚組。グリュミォーは晩年になるとバロック音楽を好んで弾いた。ヴィヴァルディもそのひとつだが「四季」は1978年と最後期の録音だ。この頃は古楽器演奏が台頭して来て、グリュミォーの録音は大して注目されなかつたと思ふ。だが、「四季」は一義的にヴァイオリン協奏曲である。独奏が魅惑的でないと面白くない。その点、悦楽に充ちた美音家グリュミォーの典雅で流麗な演奏は抗し難い説得力がある。反面、これはグリュミォーの為の録音で、綺麗なだけの薄口な伴奏が詰まらない。作品3-6には存外名演がなかつた。美音の洪水で虜にする代表的名盤だ。(2022.8.30)


録音全集
ショパン、メンデルスゾーン
ウラディミル・ド・パッハマン(p)
[Marston 54003-2]

 奇人パッハマンの待望された録音全集4枚組。4枚目。パッパマン最後の録音群となるグラモフォンへの録音である。1925年から1927年の初期電気録音で、飛躍的に実在感のある音で伝説のピアニストを鑑賞することが出来る。演目は何とショパン以外は1曲のみ、メンデルスゾーンの前奏曲ホ短調作品35-1だけだ。さて、これらの録音の復刻は豊富にあつた。何と云つても演奏中にお喋りして仕舞ふといふので大変有名だからだ。”minute waltz”は同日に2テイクあるが、全く違つた前口上と解釈で弾くといふ藝当を聴かせる。手前勝手に装飾や後奏を付けるなど普通の演奏はひとつもなく、自由奔放さに磨きが掛かりパッハマンを聴く醍醐味が極まつてゐる。「黒鍵」のエチュードなどは編曲と云つてよい。余白にヴェルテ=ミニョンのロール再生が2曲収録されてゐる。ヘンゼルト「ゴンドラ」の編曲と「バダジェフスカの乙女の祈りによる即興演奏」で、特に後者が奇才振りを楽しめる逸品である。(2022.8.27)


ベートーヴェン:交響曲第7番、「エグモント」序曲
ベルリン・フィル
アンドレ・クリュイタンス(cond.)
[WARNER ERATO 9029588669]

 没後50年を記念して集成された管弦楽と協奏曲録音全集65枚組。ステレオ録音で完成されたベルリン・フィルとのベートーヴェン交響曲全集の1枚だ。クリュイタンスは偶数番号が良いとされるが、この第7番は斟酌なしに全く良くない。綺麗なだけで極めて退屈な演奏なのだ。勢ひに頼る演奏が多いので、美しい演奏は貴重なのだが、内的な面が後ろ向きで聴き古した曲だけに面白みが皆無なのだ。序曲も同様で目新しさが何もない。(2022.8.24)


モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第3番
メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲
パリ音楽院管弦楽団/コンスタンティン・シルヴェストリ(cond.)
レオニード・コーガン(vn)
[Warner Music Korea PWC15-D-0012]

 コーガンのEMI録音を集成した15枚組。韓国製だが、オリジナル仕様に拘泥はつた極めて商品価値の高い箱物だ。コーガンは1959年に相性抜群のシルヴェストリとチャイコフスキーやベートーヴェンで名演を残してゐるが、このモーツァルトとメンデルスゾーンも絶頂期のコーガンが聴ける名盤だ。颯爽としたテンポ、芯の強い音色だが、表情は優美で可憐、技巧にも余裕が窺へて力技の箇所は皆無。白銀のやうに煌めくヴァイオリン藝術を存分に楽しめる。メンデルスゾーンの第2楽章における緊密で深みのある美しさは特筆したい。シルヴェストリの起伏のある伴奏が音楽を弛緩させない。万全の伴奏だ。(2022.8.21)


ヴェルディ:「仮面舞踏会」
ジャン・ピアース(T)/ロバート・メリル(Br)/ジンカ・ミラノフ(S)/マリアン・アンダーソン(A)/ロバータ・ピーターズ(S)、他
メトロポリタン歌劇場管弦楽団と合唱団/ディミトリス・ミトロプーロス(cond.)
[RCA&SONY 194398882529]

 驚天動地の偉業と絶讃したいミトロプーロス録音全集69枚組。この全集に特別に収録されたライヴ録音だ。ミトロプーロスはライヴ録音を他にも沢山残してゐるが、これは以前SONY CLASSICALがMetオペラ・シリーズでCD化して版権を持つた経緯でここに併録されたものと思はれる。1955年12月10日、Metの公演記録でアンダーソンのウルリカが評判を呼んだ。ピアースとメリルの組み合はせはトスカニーニ盤と同じで、メリルは素晴らしいが、ピアースには感心しない。ミラノフは当たり役だが衰へを感じずにはゐられない。さて、本当に見事なのはミトロプーロスの棒である。細部まで表情豊かに仕上げてをり、音楽の流れも絶品だ。歌手たちも自然に呼吸出来てゐる。とんでもない才能だ。(2022.8.18)


ヴェルディ:「仮面舞踏会」抜粋
ジャン・ピアース(T)/レナード・ウォーレン(Br)/ジンカ・ミラノフ(S)/マリアン・アンダーソン(A)/ロバータ・ピーターズ(S)
メトロポリタン歌劇場管弦楽団
ディミトリス・ミトロプーロス(cond.)
[RCA&SONY 194398882529]

 驚天動地の偉業と絶讃したいミトロプーロス録音全集69枚組。この全集には全曲のライヴ録音も収録されてをり、てつきり公演の成功を記念して制作されたのかと想像してゐたら、何とこのセッション録音が先であつた。これは1955年1月の録音で、 Metの公演は同年12月10日である。キャストもウォーレンがメリルに変更になつただけで連動してゐる。この抜粋はほぼアリア集だ。目玉は大変珍しいアンダーソンの歌劇録音だ。神秘的なウルリカが聴ける。次いでウォーレンが素晴らしい。流石だ。一方、ピアースは野暮つたいし、ミラノフは盛期を過ぎてをりパニッツァ盤とは比べられない。さて、前奏曲が聴けるのだが、これが無上に素晴らしい。ミトロプーロスの細部に心血を注いだ表現には頭を垂れる。(2022.8.15)


ハイドン:交響曲第88番
ベートーヴェン:交響曲第5番
ヘッセン放送交響楽団
ハンス・クナッパーツブッシュ(cond.)
[VENIAS VN025]

 怪物クナッパーツブッシュの管弦楽曲録音を可能な限り集成した70枚組。1960年3月20日フランクフルトでの放送録音。クナはハイドンの第88番を好んで取り上げてをり、録音も4種残る。解釈はどれも同じなのだが、最後の記録である当盤が最も強烈だ。遅い。兎に角遅い。第1楽章主部と第4楽章が通常の指揮者の倍くらいのテンポだ。特に第4楽章の遅さは当盤が際立つてゐる。これはクナの御巫山戯であつて真似の出来ない藝当だ。ともあれ、クナの最も有名な演奏のひとつである。ベートーヴェンも大変遅い。だがこちらは演奏内容において成功してゐるとは云ひ難く、ハイドンほどの価値は見出せない。(2022.8.12)


バッハ:ヴァイオリン・ソナタ第4番、第2番
シューベルト:八重奏曲
セリニ・シャイエ=リシェ(p)/ユリス・ドレクリューズ(cl)/フェルナン・ウーブラドゥ(bn)/ジャン・ドヴェミ(Hr)、他
ジョルジェ・エネスク(vn)
[melo CLASSIC MC 2028]

 愛好家を驚愕させたmelo CLASSIC。何とエネスク初出音源に第2弾が出た。放送用の録音でバッハのソナタといふ掘り出し物がある。エネスクと云へば代名詞になつてゐるバッハの無伴奏曲の名盤があるが、シェイエ=リシェの伴奏でソナタが聴けるのは愛好家にとつて値千金だ。無伴奏曲の録音を知る者にとり、このソナタは正しくエネスクのバッハである。広いヴィブラートによる詫びた音色で枯葉の散るやうな演奏である。これが理想とは云はない。だが、異次元の演奏であることは確かだ。第4番のシチリアーナの味はひは一種特別だ。シューベルトは1951年3月1日のライヴ録音でベートーヴェンの七重奏曲とラヴェルの序奏とアレグロと共に演奏された。残念ながら第4楽章と第5楽章が欠落してゐる。さて、このシューベルト、全く異常な演奏である。強烈なジプシー臭のする演奏でハンガリー風どころではなく、ロマ音楽のやうだ。偏にエネスクの歌ひ回しの癖が凄まじい。ルバートや音の処理が独特で、不格好だが面白く聴けること請け合ひだ。(2022.8.9)


ショパン:スケルツォ第2番、同第3番、ノクターン第3番、同第4番、同第7番、同第2番、舟歌
ウラディミール・ホロヴィッツ(p)
[RCA&SONY 88697575002]

 RCAとSONYのオリジナル・ジャケット・コレクション70枚組。1957年の録音で、数少ない雲隠れ時代の記録である。並ぶ者なきヴィルティオーゾの称号を死守し続ける危ふい精神状態での活動を止め、ショパンを満足なだけ独自な感性で追求した一種特別な名盤だ。ノクターンをスケルツォで挟んだ配列で、ノクターンではホロヴィッツの尋常ならざる音色に寒気がするのだが、最も鮮烈なのは冒頭に置かれたスケルツォ第2番だ。ペダルを使はない轟音に度肝を抜かれる。全曲、病的に研ぎ澄まされた音響世界に唖然とする。こんなショパンは他になく、ホロヴィッツが別格であつたことを思ひ知らされる。(2022.8.6)


ヴェルディ:「仮面舞踏会」
ルチアーノ・パヴァロッティ(T)/レナータ・テバルディ(S)/シェリル・ミルンズ(Bs)、他
ローマ聖チェリーリア国立音楽院管弦楽団と合唱団/ブルーノ・バルトレッティ(cond.)
[DECCA 4781535]

 テバルディ・デッカ録音全集66枚組。1970年の録音でテバルディが参加した最後の歌劇全曲録音である。その為、テバルディのアメーリアに関しては往年の輝きを求めることは出来ない。非常に巧みに歌つてをり気になる衰へなどは感じられない。だがしかし、潤ひや活気は確実に失はれてをり、共演者らに比べると物足りなさがあるのだ。一方、若きパヴァロッティこそが立役者で、斯様に嵌つたリッカルドはジーリ以来だ。巧みさではジーリには及ばないものの理想的な歌唱で一般的には第一に推したい。ヘレン・ドーナトが歌ふオスカルが愛らしくて良い。だが、ミルンズのレナートが埋もれてをり魅力がない。バルトレッティの指揮が見事で管弦楽と合唱の見事さは特筆したい。デッカの優秀録音で全体的には欠点が少なく最上位に置かれて良いだらう。(2022.8.3)


ハイドン:交響曲第78番、同第79番、同第80番
フィルハーモニア・フンガリカ
アンタル・ドラティ(cond.)
[DECCA 478 1221]

 ドラティ最高の偉業であるハイドン交響曲全集33枚組。第78番ハ短調は実に10年振りの短調作品。しかし、すぐに長調へと傾き、短調は頻繁に顔を出すものの劇的とは云へず、響きが安定せず中途半端に混じつた調子外れの作品に聴こえる。数少ない短調作品乍ら性格が弱い。第79番ヘ長調はゆつたりした気分の牧歌的な作品で印象に残らない。第2楽章がへんてこで、変奏曲様式の緩徐楽章と思ひきや、途中から速度が上がつて全く別の楽想になる。これは都合5楽章ある作品と云つてよからう。第80番ニ短調は荘厳な楽想が前面に出た作品なので注目だ。とは云へ、3楽章までは然程目新しさがない。第4楽章がニ長調でこれまでの楽章と全く気分が異なるが、落ち着かないシンコペーションで創作した斬新さで図抜けてゐる。ドラティの特徴を掴んだ演奏で性格を理解出来ながら鑑賞が出来る。(2022.7.30)


メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲
ベートーヴェン:ロマンス第1番、同第2番
フィルハーモニア管弦楽団
パウル・クレツキ(cond.)
ヨハンナ・マルツィ(vn)
[Warner Music Korea DN0010]

 韓国製だがEMIとDGへの全録音をオリジナル仕様で復刻したマルツィの完全なる全集13枚組。1955年12月のEMIへの録音だ。メンデルスゾーンはマルツィに打つて付けの曲で、全身全霊を込めた表現に胸打たれる名演である。古典的な抒情と上品な情熱は理想的で、クレツキの伴奏も良く全体的に仕上がつてゐる。但し、マルツィの技量に余裕がなく、些細な瑕もあり万全ではない。夥しく録音がある曲なので、当盤に特別な魔力は感じなかつた。ロマンスはどちらもマルツィの美質が活かされた屈指の名演だ。ト長調は取り分け美しい。(2022.7.27)


ハイドン:交響曲第88番、同第104番
クリーヴランド管弦楽団
ジョージ・セル(cond.)
[SONY 88985471852]

 遂に集成されたセル大全集106枚組。1954年の優秀なモノーラル録音で鑑賞に何の差し支へもない。セルはハイドンを得意とし、不出来な演奏はひとつもないが、これら2大名曲を再録音してゐないので貴重だ。演奏内容は満点以上で、骨太かつ硬派な名演を楽しめる。時代掛かつた甘つたるさはなく、反動的な理屈つぽさもない。クリーヴランド管弦楽団の精妙な合奏で、純粋に音楽的な昂揚を追求して行く。これぞ永遠に古びない理想的な演奏と云へるだらう。唯一、洒落つ気がなく、生真面目過ぎるのが弱点で、強い印象が残りにくいのだ。(2022.7.24)


ヴェルディ:「仮面舞踏会」
ジャン・ピアース(T)/ヘルヴァ・メッリ(S)/ロバート・メリル(Bs)、他
NBC交響楽団と合唱団/アルトゥーロ・トスカニーニ(cond.)
[RCA 88697916312]

 トスカニーニRCA録音全集84枚組。1954年1月の録音で、この年に引退するトスカニーニにとり最後の歌劇録音であつた。トスカニーニは4歳の時に劇場で「仮面舞踏会」を聴いて音楽家人生が始まったといふ。そして、引退直前にやり残した仕事があると云つて「仮面舞踏会」上演に最後の情熱を捧げた。これが最後のオペラの指揮であることを示唆してゐたさうだ。正しくトスカニーニ伝説を飾る演目といふ訳だ。演奏は贔屓目なしに最高で、音質も良く細部まで拘泥はつて演奏されてゐるのがわかる。特にオーケストラの精度は満点で、これ以上はあるまい。合唱も素晴らしい。音楽の流れも良く、トスカニーニ晩年の硬さもない。詰まり、この作品の理想的な演奏と云つても良いのだが、矢張りオペラの良し悪しを決定するのは主役歌手らなのだ。ネッリのアメーリアが素晴らしく、特に第3幕アリアは見事だ。メリルのレナートも良からう。だが、ピアーズが何とも野暮つたくリッカルド向きではない。他の役も小粒で大人しい。歌手は二の次でマエストロの藝術が中心なのは他の録音と変はらない。(2022.7.21)


リスト:ハンガリー狂詩曲(第1番〜第8番)
サンソン・フランソワ(p)
[ERATO 9029526186]

 没後50年記念54枚組。3度目となる大全集で遂にオリジナル・アルバムによる決定的復刻となつた。4枚目。フランソワは稀代のショパン弾きと認知されてをり、その通りではある。だが、フランソワの真価はショパンではなく、ラヴェル、リスト、プロコフィエフにあると感じてゐる。さうだ、閃光のやうな外連味たつぷりのピアニズムと妖気漂ふ節回しを要求される作品ほど映えるのだ。協奏曲と共にこのハンガリー狂詩曲15曲の録音はフランソワ最良の名演のひとつと絶讃したいのだが、数年後にリスト弾きシフラの録音が登場するからか声高に語られることはない。しかし、何といふ妖艶たる音色、崩したリズムの絶妙さだらう。シフラにはないデカダンスに酔ひ痴れることが出来る秘宝なのだ。(2022.7.18)


ヴィヴァルディ:四季
ヒュー・ビーン(vn)
ニュー・フィルハーモニア管弦楽団
レオポルト・ストコフスキー(cond.)
[Decca 4832504]

 デッカ録音全集23枚組。1966年の録音。デッカの粋を集めたフェイズ4録音はストコフスキー藝術の魅力を増幅させ、スペクタクルな音響世界は唯一無二であつた。そんなフェイズ4録音にいくら人気曲だからと云つてヴィヴァルディ「四季」を録音するのはもつたいない。さう云ふことなかれ。演奏自体は良く、ストコフスキー節も随所に現れて面白く聴ける。特に終結音前のリタルダンドを数小節もかけて行ふのはストコフスキーだけで、終結音の長い伸ばしもストコフスキーだけだ。全体に色気があり趣向が凝らされ迫力もある。管弦楽主体の演奏なのだが、独奏のビーンも申し分ない出来栄えだ。フィルハーモニア管弦楽団のコンサート・マスターで実力は抜群、素晴らしい。(2022.7.15)


アムピコ社ピアノ・ロール再生
セルゲイ・ラフマニノフ(p-r)
[TELARC CD-80491]

 1999年に発売されたTELARCによるラフマニノフのピアノ・ロール再生の第2弾で、自作自演以外を集成した愛好家必携の1枚だ。ベーゼンドルファー290SEを使用した再生と、優秀録音でラフマニノフの演奏が鮮明に再現されるのだ。得意としたロシア音楽や、作曲家の余技としての編曲作品などで充実した演奏を楽しめる。殊更技巧をひけらかすことなく、大いなるスノビズムをもつてフレーズを崩した悠然たる姿勢も興味深い。16曲が収録されてゐるが、録音では残されなかつた演目が3つもある。ルビンシテインの舟歌第5番、ショパンのノクターン第4番とスケルツォ第2番だ。中でも名作スケルツォ第2番は値千金、演奏も素晴らしく、改めてラフマニノフの凄みを感じることが出来るだらう。(2022.7.12)


ハイドン:交響曲第88番
シューベルト:グレイト交響曲
ヴェルディ:「ラ・トラヴィアータ」第1幕前奏曲・第3幕前奏曲
ハレ管弦楽団
サー・ジョン・バルビローリ(cond.)
[Warner Classics 9029538608]

 英バルビローリ協会全面協力の下、遂に出た渾身の全集109枚組。これらは1953年から1954年にかけてのモノーラル録音。ハイドンは唯一の録音で、英Duttonから復刻があつた。上品な英國貴族のやうな佇まいの名演だ。特に情感豊かな弦の美しい合奏による万感極まる黄昏の第2楽章はブラームスが称賛した音楽を再現してゐる。シューベルトは本家EMIから復刻があつた。この11年後に再録音があるが、悠然とした新録音と比べると旧盤は個性が薄く常套的な演奏に聴こえる。録音も古いから特段の価値はなからう。ヴェルディが一番良い。錦糸のやうな弦の合奏から痛切な哀歌が聴ける名演なのだ。(2022.7.9)


ヴィヴァルディ:四季、ヴァイオリン協奏曲イ短調Op.9-5
オランダ室内管弦楽団
シモン・ゴールドベルク(vn&cond.)
[Retrospective RET93407]

 ゴールドベルクのフィリップス録音の殆どを集成した8枚組。4枚目。1973年の録音で盛期を過ぎた頃の演奏だ。ゴールドベルクはバッハ、ハイドン、モーツァルトに定評があるが、ヴィヴァルディへの取り組みは興味深い。一聴してドイツ風の落ち着いた清廉な演奏であることが感じられる。全体的に穏健だが、オランダ室内管弦楽団の清楚で上質な合奏の素晴らしさに惹かれる。ゴールドベルクの白銀のやうな高貴な音色も素晴らしい。だが、数多ある「四季」の録音の中で特別な個性を感じ取れる演奏ではない。同傾向の演奏だが、イ短調協奏曲の方が面白からう。ヴィオッティの名作に継承される荘重さを備へた典雅な名演だ。(2022.7.6)


ヴェルディ:「仮面舞踏会」
ユッシ・ビョルリンク(T)/アレクサンドル・スヴェト(Br)/ジンカ・ミラノフ(S)/ブルーナ・カスターニャ(Ms)、他
メトロポリタン歌劇場管弦楽団と合唱団/エットーレ・パニッツァ(cond.)
[Sony Classical 88883721202]

 Met歴史的公演集20枚組より。1940年12月14日の記録。本命とも思はれるパニッツァ指揮による「仮面舞踏会」だが、歌手陣に光彩がなく成果は芳しくない。前奏曲での緩急付けて歌ひ込むパニッツァの棒は絶品で期待が高まるのだが、堅物で鈍重なビョルリンクと暗く覇気がないスヴェトの歌唱ではだうにも音楽が沸き立たない。オスカル役のステッラ・アンドレーヴァも華を添へるに至らない。カスターニャのウルリカは健闘してゐる。素晴らしいのはミラノフだ。強さと清らかさが融合した歌唱で気焔を吐く。合唱と管弦楽はパニッツァの統率の下、空前絶後の燃焼を聴かせて呉れる。だが、パニッツァの実力はこの程度ではないのだ。Tutti以外では飛び跳ねるやうな音楽の息吹を感じられらないのが残念である。(2022.7.3)


モーツァルト:ピアノ協奏曲第20番、レ・プティ・リアン、交響曲第39番
ベルリン・フィル
ミーチャ・ニキシュ(p)/ヘルマン・シェルヘン(cond.)/レオポルト・ルートヴィヒ(cond.)、他
[Tahra TAH 595-598]

 モーツァルトの稀少録音集4枚組。1枚目。かなりの珍品揃ひだ。まず、ピアノ協奏曲の独奏者ミーチャ・ニキシュとはかの伝説的な大指揮者アルトゥール・ニキシュの息子で、大ニキシュが君臨したベルリン・フィルが伴奏を行ふといふのが何とも曰く付きだ。1934年のテレフンケンへの録音。演奏内容だが指揮のルドルフ・シュルツ=ドルンブルクが冴えなくもたついた雑然とした伴奏が残念だ。だが、流石はベルリン・フィルで感情が表出した深い音色が聴ける。ニキシュのピアノは取り立てて凄みはないが、第1楽章の幻想的なカデンツァは素晴らしく一聴の価値がある。シェルヘン指揮ヴィンタートゥール州立管弦楽団によるレ・プティ・リアンは8曲を演奏してゐる。1941年HMVへの録音で、選曲も良く演奏も起伏があつて流石だ。ルートヴィヒ指揮ベルリン・フィルによる交響曲は1941年ポリドールへの録音。これは水準程度の良くも悪くもない特徴の薄い演奏である。(2022.6.30)


ベートーヴェン:交響曲第8番
メンデルスゾーン:宗教改革交響曲
パリ音楽院管弦楽団
シャルル・ミュンシュ(cond.)
[DECCA 484 0219]

 デッカ録音全集14枚組。ミュンシュはモノーラル時代にコンセール・ヴァトワールやロンドン・フィルなどを振つて相当数の録音を残したが、殆ど聴くことが出来なかつたので愛好家感涙の復刻だ。このベートーヴェンとメンデルスゾーンは1947年の録音。ボストン交響楽団就任後に優れた再録音があるので、取り立てて価値がある訳ではないが、若々しくテンポも速めなのが特徴的で捨て難い魅力がある。一方で音楽が軽く上滑りしてゐる感がある。仕上がりも良い名演なのだが、感銘は乏しいと云はざるを得ない。特に宗教改革交響曲の終楽章の速さは落ち着きがなさ過ぎる。(2022.6.27)


シューマン:交響曲第2番
リムスキー=コルサコフ:「金鶏」より
ミネアポリス交響楽団
ディミトリス・ミトロプーロス(cond.)
[RCA&SONY 194398882529]

 驚天動地の偉業と絶讃したいミトロプーロス録音全集69枚組。1940年の録音。ミトロプーロスはシューマンを積極的に取り上げてゐた。第2番は後年のウィーン・フィルとのザルツブルク音楽祭ライヴでも聴けたが印象は同じで、手兵ミネアポリス交響楽団が表現主義的な解釈を共犯して行く。作為的な弱音からの突発的なクレッシェンドを頻繁に掛け、頂点に達したかと思ふと、鋭いアクセントでフォルテピアノを掛ける。宛ら笞刑のやうだ。第2楽章コーダの狂気の加速は尋常ではない。ひりひりと痛みが伝はる第3楽章も深刻だ。異常な解釈だが、これぞミトロプーロスである。「金鶏」からの4つの音楽的絵画より第4曲「婚礼の祝宴とドドン王の哀れな末路と死」はロシア音楽を得意としたミトロプーロスならではの剛毅な名演だ。(2022.6.24)


「パリのモーツァルト」
レ・プティ・リアン、弦楽四重奏曲K.Anh.212、「ああ、ママに云ふわ」による変奏曲、ヴァイオリン・ソナタK.306、ピアノ・ソナタ第8番、「美しきフランソワーズ」による変奏曲
パスカル弦楽四重奏団/サンソン・フランソワ(p)/ルネ・ベネデッティ(vn)/ヴラド・ペルルミュテール(p)/ラザール・レヴィ(p)/ジャン・ドワイアン(p)/フェルナン・ウーブラドゥ(cond.)、他
[EMI 7243 5 73590 2 3]

 「パリのモーツァルト」と題された高名なLP7枚のアルバムを未収録1曲のみでCD4枚に再構成した麗しきディスク。3枚目。バレエ音楽「レ・プティ・リアン」は14曲を演奏。ウーブラドゥによる壮麗な演奏で細部まで楽しめる。重要な録音だ。パスカルSQによる抒情馥郁たる四重奏曲は美音の洪水だ。当盤の白眉と云へよう。名手ベネディッティとペルルミュテールによるヴァイオリン・ソナタは感興に乏しいとは云へ、典雅の極みで冷たき気品を感じさせる。ドワイアンが弾く「美しきフワンソワーズ」による変奏曲は優美で大変素晴らしい。フワンソワの弾く「ああ、ママに云ふわ」による変奏曲と、レヴィが弾くイ短調ソナタの録音は別に発売されてをり、別項で述べるのでここでは割愛する。(2022.6.21)


ハイドン:交響曲第87番、同第88番、同第89番
フィルハーモニア・フンガリカ
アンタル・ドラティ(cond.)
[DECCA 478 1221]

 ドラティ最高の偉業であるハイドン交響曲全集33枚組。パリ・セットの1曲である第87番はアンセルメの名演を凌駕する内容で、流石は全集を手掛けたドラティだけあつて土台が違ふのだ。愉悦溢れる第1楽章、高貴な美しさがある第2楽章、トリオでオーボエが可憐な表情を聴かせる第3楽章と特上の出来栄えだ。名曲第88番には夥しく録音があり、ドラティ盤の存在感が薄くなるのは仕方ないが、お手本とも云へる非の打ち所がない名演であることは保証する。第89番はドラティの真価が発揮された決定的名演だ。終楽章のstrascinandoの指示を引き延ばすのではなく、グリッサンドを伴ふ華麗な解釈で聴かせて呉くれるのはドラティだけだ。(2022.6.18)


ベートーヴェン:交響曲第7番、同第8番、「エグモント」序曲
スイス・ロマンド管弦楽団
エルネスト・アンセルメ(cond.)
[DECCA 0289 482 1235 4]

 アンセルメのDECCA録音よりフランス音楽とロシア音楽以外、即ちドイツ音楽を中心に集成をした31枚組。アンセルメのベートーヴェン全集は粒揃ひの大変優れた名演ばかりであり、中庸美といふ表現がぴたりと嵌る。だから、特別な感銘を求めることは出来ぬ。しかし、王道の仕上がりでベートーヴェンに不可欠な熱量と強さは充分備はつてゐる。第7番は豊麗な響きで殊更五月蝿くならずに聴かせる趣味の良い演奏だ。全ての繰り返しを遵守してゐるが、しつこく感じないのは演奏の質が良いからだ。第8番も同様の名演と云へる。序曲は燃えてをり、推進力が見事だ。深刻振らないのも好感が持てる。(2022.6.15)


シューマン:交響曲第2番、同第4番
ベルリン国立歌劇場管弦楽団/ベルリン新交響楽団
ハンス・プフィッツナー(cond.)
[KOCH INTERNATIONAL CLASSICS 3-7039-2 H1]

 作曲家プフィッツナーは指揮者として大変有能で、電気録音初期にポリドールにベートーヴェンの交響曲を相当数録音してをり重用されてゐたのだ。ロマン派の末裔であるプフィッツナーがシューマンを録音してゐる。何とライン交響曲以外の3曲を吹き込んでをり、全て世界初録音といふ偉業であつた―ライン交響曲の初録音はコッポラが担つた。しかも驚くことに当盤に収録された第2番と第4番は再録音であるのだ。演奏内容は管弦楽の精度に難があり、現在の水準からは全く問題にならないのだが、解釈は極めてロマンティックで草書体のアゴーギグを伴ひ、慧眼に充ちてゐる。構成美があり音楽が起伏を持つて流れる。和声を重視した含蓄あるテンポの変動には古き良き時代の音楽が息衝く。貧しい録音乍らマーストンの復刻で鑑賞に耐へ得る。唯一残念なのは繰り返すが、管弦楽がもう少し巧ければと悔やまれることだ。(2022.6.12)


ヴェルディ:「仮面舞踏会」
ジュゼッペ・ディ=ステファノ(T)/ティト・ゴッビ(Br)/マリア・カラス(S)/フェドーラ・バルビエーリ(Ms)、他
ミラノ・スカラ座管弦楽団と合唱団/アントニーノ・ヴォットー(cond.)
[Warner Classics 0825646340873]

 愛好家必携のオリジナル・ジャケットによるスタジオ録音リマスター・エディション69枚組。1956年のモノーラル録音。数々の名盤を残したカラス、ディ=ステファノ、ゴッビの黄金の布陣はこれが最後となつた。内容は全てが水準以上の満足し得る出来栄え乍ら、何故か嵌つた感が薄い。切々と歌ひ上げるカラスのアメーリアは勿論見事だ。しかし、どことなく厳し過ぎる。ディ=ステファノのリッカルドは陽気過ぎて恰幅が足りない。ゴッビのレナートは後半の心理描写が流石の巧さで、第2幕の「アメーリア!」の表現は千両役者と讃へたい。しかし、悪人ではないレナート役としては全体に陰が有り過ぎるのだ。当盤でもバルビエーリのウルリカが決定的名唱を聴かせる。唯一の嵌り役だ。オスカル役のラッティは物足りない。スカラ座の演奏は最上級だ。しかし、ヴォットーの指揮にはこれと云つた閃きはなく、良くも悪くもない。(2022.6.9)


ヴィヴァルディ:四季、チェロ協奏曲ホ短調
クープラン:演奏会用小品集
ラインホルト・バルヒェット(vn)/ピエール・フルニエ(vc)
シュトゥットガルト室内管弦楽団
カール・ミュンヒンガー(cond.)
[Decca 484 0160]

 ミュンヒンガーのバロック音楽録音を集成した8枚組。ミュンヒンガーは往時真つ向からバロック音楽に取り組んだ数少ない音楽家であつた。ヴィヴァルディ「四季」のブーム火付け役はイ・ムジチであるが、それよりも早く録音を行つてゐたミュンヒンガー盤も双璧として広く聴かれた。3度も録音を行つてゐるが、これは第1回目、1951年の記念碑的な録音である。爽やかで流麗なイ・ムジチとは対照的に角張つたドイツ的な演奏で面食らふが、流石はバロック録音を研究した先駆者だけあり、聴く程に味が出る名演なのだ。しかし、何と云つても当盤の魅力は名手バルヒェットの独奏にあると断言出来る。派手さはなく黒光りする古雅なヴァイオリンの音色に惹き込まれる。フルニエとの協奏曲とクープランは別項で述べるので割愛する。(2022.6.6)


ベートーヴェン:交響曲第8番
ヴァーグナー:「タンホイザー」序曲とバッカナール
ヴェルディ:「運命の力」序曲
NBC交響楽団
アルトゥーロ・トスカニーニ(cond.)
[Tahra TAH 624-625]

 2つの公演を収録した2枚組。仏Tahraの驚異的なリマスタリングで世紀のマエストロの音楽を目の当たりに聴くことが出来る。斯様に迫力ある音質でトスカニーニを聴けることは得難い体験だ。1枚目は1952年11月8日の記録で、十八番の演目だけで組まれた興奮間違ひなしの名演の連続。ベートーヴェンは第1楽章の提示部繰り返しを間違へた奏者がゐても何のその、熱気沸騰の名演だ。弦楽器内声の細かい音符が浮き立つ脅威の合奏には完全脱帽だ。1939年のライヴ・ツィクルスに匹敵する極上の名演。ヴァーグナーは嵐のやうな激しさで圧倒されるが、息苦しく手放しでは賞讃出来ない。ヴェルディは流石に巧く、理想的な仕上がりだ。(2022.6.3)


シューマン:交響曲第1番、同第2番
ニュー・フィルハーモニア管弦楽団
オットー・クレンペラー(cond.)
[EMI 50999 4 04309 2 8]

 ロマン派音楽で編纂された10枚組。パレー、セル、コンヴィチュニーらに続いて交響曲全集を制作したクレンペラーだが、シューマンとの相性は何とも微妙で手放しで称讃が出来ないのが正直な見解だ。晩年のクレンペラーの特徴で鈍重で動きのない音楽はシューマンのロマンティシズムとは相入れない。全体的な印象は詰まらない演奏なのだ。だが、揺るぎのない堂々とした音楽は細部においては立体的で立派な合奏を聴かせて呉れる。第1番第1楽章や第4楽章、第2番第4楽章は爽やかさの欠片もないが、嫌気を感じたのも束の間、他の指揮者からは聴かれない荘重な響きに魅せられる。しかし、第2番第1楽章では表情の変化に乏しい。第2楽章が思ひの外テンポが速く、第3楽章が恐ろしく速い。第2番は全楽章を通じて起伏と減り張りがなく良くない。(2022.5.30)


ヴェルディ:「仮面舞踏会」
ベニャミーノ・ジーリ(T)/ジーノ・ベッキ(Br)/マリア・カリーニャ(S)/フェドーラ・バルビエーリ(Ms)、他
ローマ歌劇場管弦楽団と合唱団/トゥリオ・セラフィン(cond.)
[Naxos Historical 8.110178-79]

 戦中1943年に録音された名盤。「仮面舞踏会」の初録音である。ジーリはヴェルディでの全曲録音は少なく、成程リッカルドはジーリ向きの役だ。堅苦しくなく大胆で、清明さがある一方で色気がある歌唱は他の歌手にはない一種特別な持ち味だ。一般的な歌唱との違ひから最初は戸惑ふかも知れぬが、ジーリの妙技にやがて感服することだらう。ジーリと組んで名盤を幾つも制作したベッキのレナートとカリーニャのアメーリアも次第点だ。バルビエーリが歌ふウルリカが極上だ。エルダ・リベッティのオスカルが愛らしく、華がある。特筆したい。さて、この録音ではセラフィンが起用されてをり、非常に上質な音楽が保証されてゐる。柔軟に歌ふ管弦楽の呼吸の巧さに舌を巻く。ジーリとセラフィンは「レクィエム」「仮面舞踏会」「アイーダ」と忘れ難き傑作名盤を残した。音質もマーストンの最上級の復刻で古さを感じさせない。余白に様々な歌手の録音が収録されてゐるが、ひとつとしてセラフィン盤の魅力に敵ふものはない。(2022.5.27)


ベネット:ソング・ソナタ、ヴァイオリン協奏曲
グァルニェーリ:ヴァイオリン・ソナタ第2番、他
バーナード・ハーマン(cond.)/アルトゥール・バルサム(p)、他
ルイス・カウフマン(vn)
[Cambria CD-1078]

 米國の名手カウフマンによる米国ヴァイオリン音楽傑作選。一般的な興味からは離れたところにあるが、演奏が素晴らしく面白く聴けるのだ。柱はベネットのソング・ソナタと協奏曲だ。ソナタは5つの部分から成る大曲で、ヴァイオリンの魅力を堪能出来る。4楽章制の協奏曲はハーマンの伴奏による豪華な演奏だ。但し、この曲は凝り過ぎて音楽的には楽しめない。バルサムの伴奏によるグァルニェーリのソナタは神秘的な面持ちの晦渋な作品だが、カウフマンの妙技で聴かせる。マクブライド「スイング調でアリアとトッカータ」とスティル「ブルース」は雰囲気満点、絶対的な名演だ。ヘルム「2つの霊的な注釈」では2曲目の沸き立つリズムが御機嫌だ。トリッグ「ブラジル風舞曲」では野生的な躍動が絶品。得意としたミヨー「イパネマ」も剛毅な名演だ。(2022.5.24)


スカルラッティ:ソナタ集(K.478、K.492、K.380、K.27、K.245、K.87、K.64、K.432、K.450、K.69、K.114、K.9、K.119、K.32、K.175、K.279、K.96、K.430、K.427、K.13、K.519、K.17)
マルセル・メイエ(p)
[EMI 0946 384699 2 6]

 ディスコフィル・フランセへの全録音の他、戦前の録音も網羅した17枚組。11枚目を聴く。メイエの録音でスカルラッティは質・量ともに重要な位置を占める。往時これ程の至藝を聴かせた奏者は見当たらない。既にランドフスカによるチェンバロでの録音があつた時代、メイエはピアノによる演奏で別格の気品を示した。殊に1954年から1955年にかけて制作された計32曲から成るアルバムは集大成とも云へる極上の決定的名盤だ。サファイヤのやうな高貴な音色を紡ぐタッチで雅な観想へと誘ふ。調性を意識した曲の配列も含蓄がある。単発でスカルラッティの見事な演奏をした奏者は多いが、メイエの業績は足場の深さが一味違ふ。(2022.5.21)


ベートーヴェン:交響曲第7番、同第8番
ニューヨーク・フィル
ブルーノ・ヴァルター(cond.)
[Sony Classical 88765489522]

 コロムビア録音全集77枚組。ヴァルターはニューヨーク・フィルとモノーラル録音でベートーヴェンの交響曲全曲録音を成し遂げてゐるのだが、然程話題にならない。理由は明瞭で、演奏が大して良くないからだ。第7番は1951年の録音で、ニューヨーク・フィルの厚みのある合奏は再録音にはない魅力的なものの、大味で精度が落ちる。管楽器のピッチも不安定だ。細部の表情も抜かりが多い。第8番は1942年の録音で音質も古さを感じさせる。演奏の傾向は第7番と同じだ。ヴァルターならではの特別な表現があれば精度の低さも気にならないが、至つて凡庸で単に上手くない演奏といふ印象だ。(2022.5.18)


ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第11番、同第12番、エロイカの主題による変奏曲
エミール・ギレリス(p)
[DG 4794651]

 DG録音全集24枚組。ベートーヴェンが最も苦しい時期にあつた時に書かれた作品群をギレリスは滋味豊かに紡ぐ。軽快な楽想も丁寧に抑制され、宝石のようなタッチの美しさが際立つ。第11番終楽章の清楚な心象は類例がない。声を落として語り掛けるやうな弱音で奏でられる和声は神秘的な凄みがある。第12番第1楽章の荘厳さには惹き込まれる。終楽章の交響的な広がりも見事だ。この2曲に関しては最上位に置かれるべき名演であると太鼓判を押す。エロイカ変奏曲は技巧を前面に出した演奏でギレリスの強みが出てゐる一方、詩情が後退して皮相な演奏になつて仕舞つた感がある。(2022.5.15)


シューマン:交響曲第2番
クリーヴランド管弦楽団
ジョージ・セル(cond.)
[SONY 88985471852]

 遂に集成されたセル大全集106枚組。セルはシューマンを得意としてをり、交響曲全集録音をいち早く完成させたひとりである。全集録音の約8年前の1952年にモノーラルで録音された第2番はセルの強い思ひ入れが感じられる名演で、全集録音よりも良い部分があり、愛好家は看過してはならぬ。第1楽章主部に入つてからの湧き立つやうな若々しさは如何ばかりだらう。コーダへ向けての熱量も素晴らしい。全力疾走の第2楽章が凄い。手兵クリーヴランド管弦楽団を徹底的に訓練して手落ちのない立体的な合奏を実現した。特にコーダの疾駆には脱帽だ。適宜オーケストレーションを変更してゐるが洗練されて決まつてゐる。(2022.5.12)


ブラームス:ドイツ・レクィエム
エリーザベト・シュヴァルツコップ(S)/ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(Br)
フィルハーモニア管弦楽団
オットー・クレンペラー(cond.)
[EMI CLASSICS CDC 7 47238 2]

 1961年に録音された代表的名盤。若きブラームスの想ひが詰まつた随所に美しい箇所がある名曲だが、全体を見通すと統べるのが難しく、総合点で満足出来る演奏が少ない難曲とも云へる。クレンペラーはこの曲を得意としてをり、他にライヴ録音が2種も残る。だが、このセッション録音にこそ本懐がある。静謐と述べたい精緻な取り組みで、オーケストラは渋く沈み込む。合唱は慈雨のやうに沁み渡る。当盤において掛け替へのないのが二人の独唱だ。シュヴァルツコップの消えてなくなりさうな繊細な表情は如何ばかりだらう。そして、ドイツ・レクィエムにこの人ありきと云ひたいディースカウの絶対的な名唱については多言を要しまい。ほぼ決定的な名盤と云ひたいところだが、クレンペラーの棒に神秘的な幻想と情熱的な発露がないので、時に物足りなさを感じるのは難癖か。(2022.5.9)


ベートーヴェン:交響曲第8番、同第7番
ストックホルム・フィル
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー(cond.)
[WEITBLICK SSS0235/0238-2]

 ストックホルム・フィルとの共演全録音4枚組。2枚目。第8交響曲はEMIの全集に収録されてきたことでよく知られた音源だ。フルトヴェングラーは正規録音で7演目しか残さず、第2番と第8番はライヴ録音で埋め合はせた。この演奏はEMIが版権を獲得して広く出回つた訳だが、評価はさつぱりであつた。さて、同日に第7交響曲も演奏されたのだが、こちらは殆ど話題にもならず、忘れられてゐた音源である。他に良い演奏があるので飽く迄蒐集家だけが関心を寄せる演奏には変はりない。尚、同日に「レオノーレ」序曲第3番が演奏されたが、それは4枚目に収録されてゐる。(2022.5.6)


ヴィクター録音全集(1926〜1927年)
イグナツィ・ヤン・パデレフスキ(p)
[APR 7505]

 米國でのヴィクター録音全集5枚組。3枚目。ここから電気録音になりパデレフスキの藝術が鮮明に聴き取れるやうになる。演奏家として復帰後すぐは低調であつたが、この頃には演奏内容も本調子を取り戻してをり魅力的だ。神秘的な雰囲気たつぷりのシェリング「ラグゼの夜想曲」は名品と云へよう。自作のメヌエットも情熱的でこれ迄の録音の中で最も良い。ストヨフスキ「愛の歌」「小川のほとりにて」も情愛深く聴かせる。他は名曲集で、ショパン「雨だれ」「別れの曲」、リスト「ラ・カンパネッラ」、ベートーヴェン「月光ソナタ」第1楽章などだが、パデレフスキでなくてもといつた程度だ。ドビュッシー「水の反映」は本流の演奏ではないが、醸し出す雰囲気に惹き込まれる。流石だ。(2022.5.3)


ヴァーグナー:「ファウスト」序曲
シューマン:交響曲第2番
マルトゥッチ:追憶の歌
トマジーニ:ヴェネツィアの謝肉祭
ブルーナ・カスターニャ(Ms)
NBC交響楽団
アルトゥーロ・トスカニーニ(cond.)
[Naxos Historical 8.110836-37]

 1941年3月29日の実況録音を全て収録。ヴァーグナーの珍品をトスカニーニは好んで取り上げてをり、ここでも雄渾な名演を聴かせてゐる。シューマンはトスカニーニにとつて最も縁遠い作曲家であらう。詩人の夢想は何処を探してもない。凄まじい熱い気魄が漲つた筋肉質の音楽で、己の感性を信じた潔い名演と云へる。第2楽章の旋風は圧巻だ。全曲通じて独自の改変が行はれてをり、トランペットの追加等で最早別物の感が強い。さて、後半のプログラムが興味深い。マルトゥッチのパリアラの詩による全7曲の連作歌曲集は絶妙な浪漫的管弦楽法で瞑想的なメッゾ・ソプラノの歌を包み込む名品である。トマジーニの珍曲はパガニーニが変奏した「ヴェネツィアの謝肉祭」を元に豪華絢爛な管弦楽曲にしたものだ。かういふ曲ではトスカニーニは圧倒的に巧い。(2022.4.30)


グリンカ:悲愴三重奏曲
リムスキー=コルサコフ:ピアノと管楽の為の五重奏曲
シュトラウス:13管楽器の為の組曲、同セレナード
パウル・バドゥラ=スコダ(p)/カール・エールベルガー(fg)、他
レオポルト・ウラッハ(cl)
[Universal Korea DG 40020]

 ウエストミンスター・レーベルの室内楽録音を集成した59枚組。韓国製だがオリジナル仕様重視で大変立派な商品だ。ウラッハが主役のグリンカとリムスキー=コルサコフは競合盤が見当たらない決定的名演と云へるだらう。グリンカの悲愴三重奏曲はピアノとクラリネットとファゴットといふ組み合はせで、情熱的に疾走する第1楽章と第4楽章が取り分け魅力的だ。リムスキー=コルサコフの五重奏曲はピアノ、フルート、クラリネット、ファゴット、ホルンといふ編成の大曲で、オーボエが入らないのは前代未聞と云へよう。軽妙で明るい楽想の充実した内容の名作で、もつと聴かれても良い。シュトラウスの出世作となつたセレナードと組曲がウィーン・フィル奏者らの柔和で豪奢な演奏で楽しめる。これも屈指の名演として真つ先に推薦したい録音だ。(2022.4.27)


モーツァルト:「魔笛」序曲
ベートーヴェン:「レオノーレ」序曲第3番、交響曲第1番、同第8番
ハレ管弦楽団
サー・ジョン・バルビローリ(cond.)
[Warner Classics 9029538608]

 英バルビローリ協会全面協力の下、遂に出た渾身の全集109枚組。賢明なるバルビローリは自身の魅力が発揮されるのは王道のベートーヴェンらドイツの古典音楽にはないことを理解してゐた。飽く迄一端に過ぎない録音だが、結果は上々である。「レオノーレ」序曲第3番は常套的な解釈だが情感豊かな名演である。第1交響曲も特色は薄いが、要所を押さへた演奏と云へる。第8交響曲に注目だ。薄手の編成で音の厚みがないのに、熱量が凄まじい。個々の奏者が丁々発止の仕掛け合ひをしてをり、音楽が沸騰してゐるのだ。理想的な演奏であり、聴き逃してはならない。モーツァルトは特段個性がある訳ではないが、威風堂々たる構へで音楽に風格があり感銘深い名演だ。(2022.4.24)


20世紀前半のフランスのオルガニスト
シャルル=マリー・ヴィドール(org)
ジョルジェ・ジャコブ(org)
ウジェーヌ・ジグー(org)
レオン・ボエルマン(org)
エドゥアル・コメット(org)
[EMI CLASSICS 7243 574866 2 0]

 愛好家必携の「20世紀前半のフランスのオルガニスト」5枚組。2枚目。コンポーザーオルガニスト達の自作自演が多く、一般的な楽しみは少ない。高名な作曲家ヴィドールの自作自演でオルガン交響曲第9番「ゴシック」と第5番のトッカータが聴ける。1932年の録音で重要な記録である。詳細が不明のジャコブの演奏はかなり貴重で、1930年の録音から1曲だけヴィドールの第5番第2楽章を披露してゐる。ジグーは自作自演3曲と弟子のボエルマンの作品を録音。これらは1912年と1913年といふ太古の録音だ。ボエルマンは自作自演の他、師ジグーの作品、ピエルネ、メンデルスゾーンの作品を吹き込んでゐる。1930年代の録音だ。コメットはバッハとクレランボーの作品を演奏してをり、バッハの前奏曲は感銘深い。(2022.4.21)


チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番(2種)
ショパン:プレリュード第16番、同第17番、エチュードOp.25-6、同Op.25-11、ポロネーズ第6番「英雄」
ヨーゼフ・レヴィーン(p)、他
[Marston 53023-2]

 初出音源満載の大全集3枚組。3枚目。全て初出となるお宝音源ばかりだ。レヴィーンの協奏曲録音、それもチャイコフスキーの第1番といふ愛好家感涙の演目、しかも2種類も一挙に収録されてゐるのだ。しかし、これまで公刊されなかつた理由もある。1つ目は1933年のNBC放送で第2楽章と第3楽章が放送されたもののエア・チェックで、第1楽章は最初から存在しない。音質は年代相応で良くはない。しかし、演奏は大変素晴らしく、第3楽章コーダで一瞬綻びがある以外は鮮烈極まりない技巧を披露してゐる。2つ目が問題だ。1936年のライヴ録音で、これまた第1楽章の序奏部が丸ごと欠けてゐる。問題は音質だ。所謂隠し撮りで、場所もホルンの近くなのか、矢鱈とホルンが強大に聴こえる。鑑賞に耐へられない代物であり、記録といふ価値しかない。但し、レヴィーンの演奏は大変素晴らしい。さて、本当に良いのは音質の問題が少ないショパンで、演奏はどれも極上なのだ。木枯らしのエチュードに漲る覇気には深い感銘を受けるだらう。英雄ポロネーズの風格と力強さも素晴らしい。(2022.4.18)


アウアーの遺産第3巻
ダヴィド・ホッホシュタイン(vn)
ミロン・ポリアキン(vn)
マックス・ローゼン(vn)
ミッシャ・ヴァイスボード(vn)
[APR 7017]

 アウアー門下の稀少録音集第3巻2枚組。2枚目。ブラームスのワルツを編曲して人口に膾炙させたホッホシュタインは1916年の録音2曲が収録されてゐる。音が古いのと演奏に覇気がないので感銘は皆無だが、ブラームスのワルツが聴けるのは一種特別な価値がある。若くして没した名手ポリアキンの録音が白眉だ。晩年の記録だが、大曲「クロイツェル・ソナタ」が聴ける。フラジオレットとポルタメントを融合して演奏する個性的な演奏で面白く聴ける。それ以上に、シューベルトのドイツ舞曲D783-3を侘しい泣き節で歌つたのは絶品だ。ローゼンは有名曲ばかりを5曲、在り来たりな解釈で演奏してをり詰まらない。選曲、演奏ともに独創性に欠ける。一方、認知度の極めて低いヴァイスボードはリースの珍曲やサラサーテとフバイの技巧曲を挑戦的に演奏してをり天晴れだ。(2022.4.15)


ハイドン:交響曲第44番「悲しみ」、同第95番、同第98番
ベルリンRIAS交響楽団
フェレンツ・フリッチャイ(cond.)
[DG 00289 479 2691]

 DG録音全集第1巻45枚組。フリッチャイは往時ハイドンを積極的に取り上げた数少ない指揮者のひとりだ。第44番と第95番といふ短調作品のアルバムは意欲的な取り組みである。特に「悲しみ」は疾風怒濤期の録音としては最初期のもので特筆される。演奏は極めて浪漫的で時代を感じるが、全体的には木目細かく楽曲に切り込んでをり流石だ。肝心の第1楽章がべたついてをり面白くないが、疾駆する第4楽章の劇的昂揚は絶品だ。ハ短調交響曲は軽妙さを演出した演奏で短調作品としては物足りないのだが、第1楽章第2主題や第3楽章トリオの晴れやかさは見事だ。抱き合はせの第98番が名演だ。第2楽章の滋味豊かな音楽は風格がある。躍動する第4楽章は弛緩することなく多彩な表情を聴かせて呉れる。(2022.4.12)


ベートーヴェン:交響曲第9番、同第8番
レオンティン・プライス(S)/モーリン・フォレスター(A)/ジョルジョ・トッツィ(Bs)、他
ボストン交響楽団
シャルル・ミュンシュ(cond.)
[RCA 88875169792]

 RCA録音とコロムビア録音を集大成した86枚組。リヴィング・ステレオの威力が発揮された名盤である。第9交響曲は第1楽章が物凄い。終始熱量が凄まじく圧倒される。ドイツの指揮者らが奏でた霊妙で深淵な表情は一切なく、能天気に音を鳴らし切るのだが、極上の録音により抗ふことの出来ない快楽に溺れる。天晴だ。第2楽章も痛快で、情愛ある第3楽章もミュンシュならではだ。豪華歌手陣を配した第4楽章は壮麗極まりない。この曲に精神性を求める方には暴挙に近い演奏だが、祝典的な音楽としては圧倒的な成果を上げてゐる名演だ。第8交響曲はミュンシュには打つて付けの楽想で、底抜けに明るく豪快な笑ひを撒き散らして行く。小さく纏めることはなく、振り切つた極上の名演だ。この曲は両端楽章の緊密な書法が特徴で、細部の表情まで分離よく聴き取れる録音でこそ真価を発揮する。内声部が分厚い響きを保ち沸き立ち乍ら、高音と低音の声部が凌ぎを削るのだ。(2022.4.9)


ブラームス:弦楽四重奏曲第1番
ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第14番
ブッシュ弦楽四重奏団
[melo CLASSIC MC 4000]

 愛好家を驚愕させたmelo CLASSIC。神々しきブッシュSQの記録とあれば愛好家は看過出来ない。1951年1月25日、フランクフルトにおけるライヴ録音で最後期の演奏記録だ。最も得意とした演目の2種類目の音源を有り難く拝聴しよう。ブッシュSQは2曲とも全盛期に決定的な名盤を残してゐる。だから、それ以上の感銘を求めることは出来ない。しかし、活動を重ねた末の枯れた侘び寂びの境地はまた別の味はひがあるものだ。ブラームスの第2楽章やベートーヴェンの長大な変奏曲は精悍な旧録音からは得られない深みがある。(2022.4.6)


パーロフォン録音
バッハ/パラディエス/モーツァルト/シューベルト/ショパン/シューマン
クラランス・レイボールド(cond.)、他
アイリーン・ジョイス(p)
[DECCA 482 6291]

 オーストラリア出身の才色兼備ジョイスの5つのレーベルに跨る録音を集成した豪エロクアンスによる渾身のセッション録音全集。1枚目。パーロフォン録音は先に英APRが復刻をしてをり、当盤は英APRリマスターを借用してゐる。収録曲は古典から初期ロマン派の作品集で、珠玉のやうなタッチを味はへる。バッハの幻想曲とフーガBWV.944はグレインジャーの演奏を髣髴とさせる浪漫的な名演だ。モーツァルトは可憐な演奏で美しいが特徴は薄い。ロンドK.386はレイボールドの伴奏が非道くて残念だ。シューベルトが抒情的で見事だ。仄暗いアンダンテの含蓄、翳りのある2曲の即興曲、何も名演だ。ショパンはノクターン2曲、幻想即興曲、子守歌で佳演揃ひだ。シューマンはノヴェレッテ2曲と色とりどりの小品からといふ通好みの選曲で演奏も抜群だ。(2022.4.3)



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