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楽興撰録

蒐集した音楽を興じて綴る頁


2021.6.30以前のCD評
声楽 | 歌劇 | 管弦楽 | ピアノ | ヴァイオリン | 室内楽その他



最近の記事


ブラームス:ヴァイオリン協奏曲
パガニーニ:ヴァイオリン協奏曲第2番、他
トゥールーズ・シンフォニー・コンサート協会/パリ放送交響楽団
ジャン・フルネ(cond.)/マニュエル・ロザンタール(cond.)
アンリ・メルケル(vn)
[melo CLASSIC mc-2011]

 愛好家を驚愕させたmelo CLASSIC。戦前の忘れ難き名盤サン=サーンスの協奏曲第3番で知られるフランスの名手メルケルだが、録音は少なく、かうして大曲の演奏記録が登場したことを頓に歓迎したい。メルケルによるブラームスなぞは想像しなかつただけに嬉しくもあり恐ろしくもある。だが、心配はゐらない。上等な名演で胸踊るだらう。輝かしく色気のある音色と張りのある瑞々しさに目が覚める。官能的な運指で閃光を放つ。第2楽章の可憐な美しさには陶然となる。1953年の記録、フルネの伴奏だが、管弦楽が生彩を欠き足を引つ張つた感があり残念だ。アンコールにバッハの無伴奏パルティータ第3番のガヴォットを弾いてゐる。典雅で煌びやかな極上の名演だ。さて、得意としたパガニーニの協奏曲が悪からう筈がない。メルケルは噎せ返るやうな媚態を振り撒く音色で奔放華麗に弾き、パガニーニに打つてつけである。1958年の記録、豪奢なロザンタールの伴奏がこれまた良い。艶美さで魅了する一種特別な名演なのだ。愛好家必聴の1枚だ。(2021.12.6)


メンデルスゾーン/ベートーヴェン/シューベルト/ヴァーグナー/アルヴェーン
ヴィンタートゥール交響楽団/ロサンジェルス・フィル/マルメ・コンサートホール管弦楽団
フリッツ・ブッシュ(cond.)
[Guild Historical GHCD 2366]

 Guild Historicalによる名匠ブッシュの3つの音源から成る名演集。1つ目は1949年にヴィンタートゥール交響楽団とのセッション録音でメンデルスゾーンの「美しきメルジーネの物語」と八重奏曲のスケルツォだ。香り高い序曲が極上の名演で、颯爽として浪漫が漂ふ。この曲の屈指の名演だ。スケルツォはオーケストラの技量の問題があり楽しめない。2つ目は1946年3月10日にロス・フィルを振つた記録で、演目はベートーヴェン「エグモント」序曲、シューベルトの舞曲集、ヴァーグナー「トリスタンとイゾルデ」前奏曲と愛の死、及び「マイスタージンガー」第3幕前奏曲と導入曲だ。白眉はブッシュが編曲したシューベルトだ。4種の舞曲を接続した楽しきもので、演奏も味はひ深い。ベートーヴェンもヴァーグナーもドイツの楽長風の名演を堪能出来る。特に「トリスタンとイゾルデ」は情熱的な名演だ。3つ目は1949年10月30日、スウェーデンのマルメのオーケストラを振つたアルヴェーン「夏至の徹夜祭」だ。これは自信に溢れた見事な名演である。(2021.12.3)


1950年録音(ヴァーグナー/ヴェーバー/シューベルト/チャイコフスキー/シュトラウス/モーツァルト)
ヴィルマ・リップ(S)
ウィーン・フィル
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー(cond.)
[Warner Classics 9029523240]

 HMV/エレクトローラ/パーロフォンのEMI系だけでなく、ポリドール/DGやDECCAへの商業用録音の全てを集成した渾身の55枚組。24枚目。収録曲はヴァーグナー「葬送行進曲」と「マイスタージンガー」第3幕前奏曲、ヴェーバー「オベロン」序曲、シューベルト「ロザムンデ」より間奏曲第3番とバレエ音楽第2番、チャイコフスキーの弦楽セレナードから2曲、シュトラウス「ピッツィカート・ポルカ」が2種、リップとのモーツァルト「魔笛」の夜の女王アリア2曲で、1950年1月31日から2月3日に集中的に録音された。HMVはやうやくテープ録音への切り替へを始め、これらの録音は実験的な場とされた節があり、54枚目で初出となつたテスト録音が多く残されてゐたことがそれを証明する。ヴェーバーに謎の雑音が混入したこと、ピッツィカート・ポルカがグロッケン入りと無しの2種の録音があり、雰囲気も違ふので疑惑付きであること、長らく未発表であつたモーツァルトなどミステリー満載だ。演奏はどれも極上だ。特に情感豊かな「マイスタージンガー」第3幕前奏曲、気品ある憂ひが絶品のチャイコフスキーのワルツは特級品である。リップが絶好調のモーツァルトは単体としては最上級の名唱だ。(2021.11.30)


スタジオ録音全集
ラザール・レヴィ(p)
[APR 6028]

 APRが進行する「フレンチ・ピアノ・スクール」シリーズ第2巻。2枚目。レヴィの正規録音は本当に少ない。1枚目に収録されてゐた戦前のHMVへの録音9曲、この2枚目に収録された1950年の日本ヴィクターへの録音8曲、1951年テル=アヴィヴでのクラウン録音3曲、1952年のデュクレテ=トムソンへのモーツァルトのソナタ第10番と第11番、1955年のパテ録音で「パリのモーツァルト」アルバムの中のひとつとして録音されたモーツァルトのソナタ第8番だけなのだ。日本録音は本邦でも復刻があつた。他も殆ど仏Tahraなどから復刻されてゐたが、テル=アヴィヴでの録音が珍しからう。これは発掘された「シエナのピアノ」といふ名器で弾いた大変貴重な録音でもある。クープラン「葦」、ダカン「郭公」、ドビュッシー「沈める寺」を弾いてゐるが、何とも典雅な響きが広がり包まれるといふ特別な体験が出来る録音なのだ。モーツァルトのソナタ3曲は絶対的な名盤。硬質の宝石のやうなタッチが比類ない。(2021.11.27)


ハイドン:交響曲第95番、同第98番、同第99番
ウィーン交響楽団/ウィーン国立歌劇場管弦楽団
ヘルマン・シェルヘン(cond.)
[DG 471 256-2]

 ウエストミンスター・レーベルに1950年代に録音されたハイドン作品を集成した6枚組。4枚目。第95番だけがウィーン交響楽団との演奏だ。シェルヘンのザロモン・セット録音集でこの第95番が取り分け成功してゐる。第1楽章冒頭から力強いティンパニの響きに圧倒される。緊張感が持続する第3楽章も見事。終楽章後半でもティンパニが響きを支配し、地鳴りのやうな音楽を聴かせる。この曲は名演が少なく、シェルヘン盤を第一に推さう。第98番は気の抜けた演奏で全く良くない。第99番は情緒ある佳演であるが、取り立てて特記するほどの特徴は感じれない。(2021.11.24)


ウィリアム・プリムローズ(va)
小品集/RCAヴィクター録音(1939年&1941年)
ヨーゼフ・カーン(p)/フランツ・ルップ(p)/アール・ワイルド(p)
[Biddulph 85005-2]

 英Biddulphが再始動して喜ばしい限りだ。またしても驚愕すべき初出音源の数々だ。プリムローズはこれらの小品集を1939年と1941年に録音したのだが、折り悪く第二次世界大戦の只中で発売の目処が立たないまま忘れられた録音が多数あつたといふのだ。この度、初商品化された録音は、1939年録音のバッハのコラール「われ汝に呼ばはる、主イエス・キリストよ」、ヘンデルのソナタイ長調HWV.361、タルティーニのプレスト、シューマン「何故?」、パガニーニのカプリース第13番、クライスラー「ディッタースドルフの様式によるスケルツォ」「愛の喜び」、ディーリアス「ハッサンのセレナード」、1941年録音のドビュッシー「亜麻色の髪の乙女」、クライスラー「クープランの様式による才長けた貴婦人」「オーカッサンとニコレット」「シンコペーション」、ホイベルガー「真夜中の鐘」、スコット「熟したさくらんぼ」と14曲もあるのだ。演奏が輪をかけて素晴らしく、含蓄深いバッハの歌から呑み込まれて仕舞ふ。気品あるヘンデルが感銘深い。生命力が爆発するタルティーニは取り分け名品でプリムローズの真価を教へて呉れる。ワイルドの編曲と伴奏による絢爛たるパガニーニも圧巻。クライスラーでは「才長けた貴婦人」が名演。勝手知つたるルップの伴奏も見事。雰囲気豊かなディーリアスも良い。(2021.11.21)


バッハ:コラール前奏曲集、他
モーツァルト:ピアノ・ソナタ第4番、同ニ長調K.576、幻想曲とフーガ、12の変奏曲
サムエル・フェインベルク(p)
[BMG/MELODIYA 74321 25175 2]

 ロシアン・ピアノ・スクール・シリーズの1枚で第3巻目である。BMGが盛んにメロディア音源を復刻してゐた頃の商品だ。バッハは露Classical Recordからも復刻があつた音源ばかりだが、1つだけ、BWV.662だけは1952年録音と1962年録音の新旧2種が収録されてゐる。見落としてゐる方も多いだらう。演奏はどれもフェインベルクの骨頂で神品だ。モーツァルトは当盤に収録された音源で全てであらう。フェインベルクが弾くモーツァルトはどれも繊細かつ青白い華奢なロココ風の演奏である。音色も宝石のやうに輝き粒立ちに執心する。聴き慣れたソナタもフェインベルクが弾くと無邪気さはなく、神経質な人工的な美しさが特徴だ。演奏機会の少ない幻想曲とフーガと変奏曲は拘泥はりの逸品だ。特に変奏曲の秘めやかな美しさは一種特別な良さがある。(2021.11.18)


1953年ハーヴァード音楽協会音楽室コンサート(バッハ/シュルツェ/ハイドン/イベール、他)
チマローザ:2つのフルートの為の協奏曲
イベール:フルート協奏曲、他
ウージェーヌ・ビゴー(cond.)
ルイ・モイーズ(fl&p)/ブランシュ・オネゲル=モイーズ(vn&va)、他
マルセル・モイーズ(fl)
[PARNASSUS PACD 96069]

 名手モイーズの貴重なライヴ録音とセッション録音を編んだ蒐集家必携の1枚。1953年2月22日―クレジットには1952年とも表記があり錯綜してゐる―、ボストン、ハーヴァード音楽協会音楽室でのライヴ録音が大変重要だ。モイーズ一家3名による親密な演奏の数々で、演目は偽作とされるバッハのトリオ・ソナタBWV.1038―セッション録音もあつた―、かつてヘンデル作とされたシュルツェのフルート二重奏、ハイドンの三重奏―チェロのところをヴィオラに編曲して演奏―、イベール「色事師」組曲、ドビュッシー「シランクス」、ジェナーロ「シャンソン」、ルイ・モイーズ「セレナード」、アンコールにラボーのスケルツォだ。素晴らしいのはハイドンのトリオとイベールだ。典雅なハイドンと怪しげな色気を放つイベールの対比が絶妙だ。ルイはフルートで父と絡む一方、ピアノで伴奏を務め、ブランシュはヴァイオリンとヴィオラを持ち替へて大忙しだ。どの演奏も愉悦に溢れてをり宝物である。さて、重要なのは鶴首されたチマローザの協奏曲がやうやく復刻されたことだ。1948年のHMVへの録音で、ビゴーの指揮ラムルー管弦楽団の伴奏だ。極上の名演で第3楽章は取り分け楽しい。(2021.11.15)


ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第5番、同第6番、同第7番
エミール・ギレリス(p)
[DG 4794651]

 DG録音全集24枚組。作品10の3曲を纏めたアルバムだ。第5番はギレリスの全録音の中でも取り分け優れた名演として特筆したい。ハ短調といふベートーヴェンの最も重要な調性作品で、悲劇の厳しさ、暗い情熱、 闘争する気魄、それらを全て備へた演奏は少なく、軽すぎるか内容が空疎なことが多い。峻厳なギレリスの演奏ほど説得力のある演奏は滅多にないだらう。軽快な第6番は細部が丁寧過ぎて、洒脱さが殺がれて仕舞つたが、第2楽章は純度が高くとても美しい。傑作第7番では第1楽章の技巧が冴えわたり聴き応へ抜群である。肝心の第2楽章が途切れがちで期待したほど深遠ではないのが残念だが、総じて充実した演奏と云へる。(2021.11.12)


バッハ:ヴィオラ・ダ・ガンバの為のソナタト長調BWV.1027、同ニ長調BWV.1028、同ト短調BWV.1029
ズザーナ・ルージチコヴァー(cemb)
ピエール・フルニエ(vc)
[ERATO WPCC-5021]

 1973年の録音。ヴィオラ・ダ・ガンバの為のソナタ全3曲をチェロで弾いた録音である。フルニエは無伴奏チェロ組曲での名盤を残してをり、このソナタ集でも気品ある名演を堪能出来る。作品の雰囲気を重視し、伴奏はルージチコヴァーのチェンバロで典雅さを加へてゐる。チェロの演奏として楽しむと大変極上であり、フルニエのまろやかで貴族的な音色が充溢してをり、これほど優美な演奏は他では味はへない。一方、作品の持つ古雅な妙味を求めると、フルニエの音色は温かく広がつて包み込むので、だうも人情味が出過ぎて侘びた趣がない。手放しでは称賛出来ないといふのは難癖なのだらうが。(2021.11.9)


モーツァルト:交響曲第36番、同第33番、同第39番
バイエルン放送交響楽団
オイゲン・ヨッフム(cond.)
[DG 469 810-2]

 ”The Mono Era”と題された1948年から1957年にかけてのDGモノーラル録音集51枚組。1954年と1955年の録音で、モノーラルとしては音質が極上で、演奏内容も細部まで仕上がりが美しい名演揃ひだ。音の処理が申し分なく、流麗で芳醇な演奏はモーツァルトとしては理想的だ。しかし、音の厚みや浪漫的な響きは往時の解釈で、これといつた特徴が薄いのも事実だ。多少様式を外れても聴き手を揺り動かす印象深さは重要だ。ヨッフムのモーツァルトは3曲ともお手本のやうな美しい演奏だが、それ以上ではないのだ。(2021.11.7)


バッハ:三重協奏曲BWV.1044、協奏曲BWV.1052、ブランデンブルク協奏曲第5番
ジョン・ウンマー(fl)/アレクサンダー・シュナイダー(vn)/ミエチスラフ・ホルショフスキ(p)/ユージン・イストミン(p)
プラド音楽祭管弦楽団/パブロ・カサルス(cond.)
ヨーゼフ・シゲティ(vn)
[SONY Classical 19075940352]

 やうやう集成された米コロムビア録音全集17枚組。1950年の5月から6月にかけてプラド音楽祭時に行はれた録音である。1点注意が必要だ。フルート、ヴァイオリン、ピアノによる三重協奏曲にはシゲティは参加してをらず、シュナイダーが弾いてゐる。演奏は物々しく時代を感じる。独奏者たちも熟れてをらず、求心力が弱い。その点、シゲティが弾くBWV.1052は凄まじい気魄で聴き手を虜にする。シゲティは10年前にも同曲を録音してゐる。全体的には旧録音の方が素晴らしい。この新盤の何が不味いのかといふと、カサルスの指揮である。編成は大きくないのに3曲とも大言壮語甚だしく、うんざりして仕舞ふ。修行僧の如く音を切り削いで行くシゲティの音楽とは心持ちが異なるのだ。ブランデンブルク協奏曲も巧言令色を排したシゲティだけが別格だ。(2021.11.2)


シューベルト:未完成交響曲
初出音源集(シュトラウス/ヴァーグナー/シューベルト/チャイコフスキー)
ウィーン・フィル
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー(cond.)
[Warner Classics 9029523240]

 HMV/エレクトローラ/パーロフォンのEMI系だけでなく、ポリドール/DGやDECCAへの商業用録音の全てを集成した渾身の55枚組。音質も過去最上級であり、持つてをらぬは潜りである。さて、愛好家が最も関心を寄せるのは疑ひなく54枚目の初出音源集だ。コペンハーゲンでのウィーン・フィルとの未完成交響曲はライヴ録音なのだが、この度発掘されたといふことで特別に収録されてゐる。1950年10月1日の記録だ。音質や演奏内容で特記すべき点はないが、蒐集家のカタログとして非常に重要だ。さて、1950年の1月から2月にかけてフルトヴェングラーは大量の録音を行つたのだが、杜撰な管理・編集の為、多くの謎を作つた曰く付きの録音ばかりなのだ。今回、その中からテスト録音やお蔵入り別テイクが幾つも初出となつたのも頷ける。シュトラウス「皇帝円舞曲」、ヴァーグナー「葬送行進曲」、そしてシューベルト「ロザムンデ」間奏曲は2種ある。更に初演目となるチャイコフスキーの弦楽セレナードの第3楽章といふ掘り出し物まで飛び出した。まだまだ、新規音源が出て来るものだ。フルトヴェングラーは同時に第2楽章と第4楽章を録音してをり、もう少しで一揃ひになつたのに惜しい。憂鬱な美しさが印象的だが、商品化には至らなかつたやうだ。この他、余白に開始ブザー音を含めた録音風景断片を接続した記録が収録されてゐる。(2021.10.30)


モーツァルト:ディヴェルティメントK.138、ヴァイオリン協奏曲第5番、アダージョK.261、ロンドK.373、ロンドK.269、アイネ・クライネ・ナハトムジーク
ウィーン・フィル
ヴォルフガング・シュナイダーハン(vn&comd.)
[amadeo 431 349-2]

 シュナイダーハンの多彩な活動記録を編んだ6枚組。6枚目は1973年8月4日、ザルツブルク音楽祭の演奏会記録で、シュナイダーハンがウィーン・フィルを指揮したオール・モーツァルト・プログラムである。ヴァイオリン独奏も兼ねた弾き振りが催しの目玉ではあるが、コンツェルトマイスターを務めた名門ウィーン・フィルとの信頼厚きアンサンブルも楽しまう。特徴こそないが、ディヴェルティメントやセレナードはとても美しい演奏である。さて、得意とした協奏曲は安定の名演で、独自のカデンツァは聴きものだ。他に3曲もヴァイオリンとオーケストラの小品を披露してをり重要だ。協奏曲の別稿であつたK.261を併せて演奏するのは乙な趣向だ。(2021.10.27)


バッハ:チェンバロ協奏曲第1番、同第2番、同第3番、同第4番
ミュンヘン・バッハ管弦楽団
カール・リヒター(cemb&cond.)
[DG 4839068]

 遂に登場したARCHIV及びDG録音全集97枚組。1971年から1972年にかけて録音されたチェンバロ協奏曲全集だ。オルガンもチェンバロも事も無げに弾き熟すリヒターの腕前には恐れ入る。長年のリヒターの感化により理想的な音を奏でることが出来るやうに仕上がつたミュンヘン・バッハ管弦楽団の伴奏で、弾き振りであつても一体感の強い演奏を鑑賞出来る。第1番はリヒターの真摯さが表出された名演であるが、もう少し峻厳でも良かつただらう。幾分緩さを感じる瞬間があるのだ。壮麗な第2番は散漫になりやすい曲だが、流石はリヒターで引き締まつた名演を聴かせて呉れる。一気呵成に疾走する第3番が白眉だらう。音楽が躍動してゐる。情緒豊かな第4番は流麗で非常に美しい出来だ。(2021.10.24)


チャイコフスキー:胡桃割り人形、弦楽セレナード
ロンドン交響楽団/フィルハーモニア・フンガリカ
アンタル・ドラティ(cond.)
[MERCURY 00289 480 5233]

 マーキュリー・リヴィング・プレゼンス50枚組第1弾。マーキュリー・レーベルの顔とも云へるドラティの残した優秀録音の中でも優れた偉業のひとつ。ドラティは後にフィリップスにも胡桃割り人形の全曲を録音してゐるのだが、驚くべきは1962年の録音とは思へないリヴィング・プレゼンスの極上録音で、臨場感が只事ではない。ドラティの幅広いレパートリーの中でもバレエ音楽は間違ひがなく、躍動感と描き分けが抜群だ。繊細な表情も美しく、ロンドン交響楽団が見事な演奏で応へる。第1幕の昂揚感は取り分け見事だ。第2幕はメルヒェンに乏しいといふのは難癖で、楽曲ごとの色合ひの工夫が素晴らしい。弦楽セレナードは非常に精緻な演奏で名トレーナーとしての実力を伝へる。だが、情緒には乏しく第3楽章などは詰まらない。(2021.10.21)


モーツァルト:アイネ・クライネ・ナハトムジーク
ベートーヴェン:交響曲第4番
ブルックナー:テ・デウム
バイエルン放送交響楽団/ベルリン・フィル、他
オイゲン・ヨッフム(cond.)
[DG 469 810-2]

 ”The Mono Era”と題された1948年から1957年にかけてのDGモノーラル録音集51枚組。当盤で初CD化となつた1950年録音、バイエルン放送交響楽団とのブルックナーに刮目したい。ヨッフムは同じくDGにベルリン・フィルと1965年に再録音をしてをり、これは旧盤といふことになる。凄まじい熱量で一気呵成に聴かせる名演で新盤を凌ぐ感銘を与へる、この曲の決定的名盤とも云ふべき録音なのだ。歌手も合唱も真摯で熱い。更に、同じく1950年録音のモーツァルトが出色の出来だ。非常に良く訓練されたバイエルン放送交響楽団の演奏はかのベルリン・フィル以上の表現力があると云つても過言ではない。艶があり、情緒があり、繊細さがある。隠れた名演として最上位に推薦したい。一方、名器ベルリン・フィルとのベートーヴェンは悪くはないが、特段良い点もない常套的な演奏である。第3楽章など活力に乏しく魅力が薄い。(2021.10.18)


オネゲル:夏の牧歌、チェロ協奏曲
プーランク:3つの無窮動、三重奏曲、ノヴェレット(2曲)、夜想曲(3曲)、即興曲(4曲)、オーバード
アルテュール・オネゲル(cond.)
フランシス・プーランク(p)、他
[EMI CLASSICS 50999 2 17575 2 5]

 作曲家自作自演集22枚組。フランス六人組の雄たちの録音だ。オネゲルは少なからず自作自演の記録を残してをり、英Duttonからも復刻があつた。正体不明の「大交響楽団」を指揮して1930年に幾つかの演目を録音してゐるが、当盤では夏の牧歌のみが収録されてゐる。取り立てて面白い演奏ではない。マレシャルと吹き込んだチェロ協奏曲は別項で述べたので割愛するが、これは決定的な名演と云へる。プーランクがピアノで独奏やアンサンブルに参加した録音も全て英Pearlからの復刻があり、既に記事にしたので割愛する。(2021.10.15)


モーツァルト:交響曲第39番
ブラームス:交響曲第1番
シューベルト:「ロザムンデ」間奏曲第3番
ロンドン交響楽団/バーゼル管弦楽団
フェリックス・ヴァインガルトナー(cond.)
[ARTIS AT012]

 主要録音を集成した22枚組。あと2枚か3枚で全録音を網羅出来るので中途半端だ。ヴァインガルトナーはモーツァルトの交響曲第39番を3回も録音したが、この箱物では2種類しか収録されてをらず不徹底なのだ。これは最も古い1923年の録音で、機械吹き込みだから音は相当に貧しい。鑑賞用には適さないが、管弦楽録音黎明期の偉大な記録として拝聴しやう。ブラームスの第1交響曲も録音が3種類も残る。クレジットによると、これは最も新しい1939年の録音とあるが、寧ろ1936年盤の方が音が良く、疑問が残る。最も古い録音が1923年なので、間隔としては電気録音初期の1920年代後半の間違ひなのではないか。音が貧しいのでこれも鑑賞用としては不向きで、内容も特筆すべきことはない。奇妙なことにヴァインガルトナーはシューベルトには関心が薄かつたやうで、このロザムンデの間奏曲が唯一の記録である。不自然な緩急の付いた珍妙な演奏であつた。(2021.10.12)


シューベルト:未完成交響曲
ハイドン:交響曲第92番
クリーヴランド管弦楽団
ジョージ・セル(cond.)
[SONY 88985471852]

 遂に集成されたセル大全集106枚組。シューベルトは1960年、ハイドンは1961年の録音で、セルとクリーヴランド管弦楽団がビッグ5と称されて絶頂期にあつた頃の録音である。2曲ともモノーラルでも録音があり、再録音といふことになる。未完成交響曲は精緻な仕上がりであるが面白みはない。この曲は綺麗に演奏しても映えないのだ。浪漫を如何に聴かせるかが鍵であり、セルとは相性が悪い。矢張り古典的なハイドンの完成度がセルの本領である。完璧無比な演奏なのだが、余りにも涼しい顔で容易に演奏されるので熱がなく、音楽としての起伏を味はへない。上手過ぎるのも問題だ。(2021.10.9)


モーツァルト:アイネ・クライネ・ナハトムジーク、序曲集(4曲)、フリーメイソンの為の葬送音楽
コロムビア交響楽団
ブルーノ・ヴァルター(cond.)
[Sony Classical 88765489522]

 コロムビア録音全集77枚組。ヴァルターはこれらの曲全てをモノーラルでも録音していたが、ステレオ再録音の方である。ヴァルターが愛して止まないモーツァルトの真髄を優秀なステレオで聴けるのは有難い限りだ。しかし、音楽の内容はと云ふと、この最晩年の記録よりも、モノーラルの方が潤ひと弾力があつて、だうしても感銘が落ちることは正直に述べてをかう。重厚で恰幅の良いアイネ・クライネ・ナハトムジークにしても、生硬であることは否めない。他の曲も同傾向だ。「劇場支配人」と葬送音楽は名演であるが、旧盤が飛び抜けた名演だつたので比較すると物足りない。(2021.10.6)


シベリウス:ヴァイオリン協奏曲
レーガー:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番より
フバイ:ヴァイオリン協奏曲第3番より
イザイ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1番
エフレム・ジンバリスト(vn)、他
[WING WCD 45]

 アウアー門下四天王の兄貴分ジンバリストが近代曲を演奏したものを編んだ1枚で、イザイ以外は当盤でしか聴けない音源ばかりで大変貴重だ。賢明なるジンバリストは演奏家としての凌ぎ合ひからいち早く抜け、カーティス音楽院院長の座を射止め盤石の余生を送ることとなつた。しかし、後半生でもブラームスの協奏曲で示したやうに演奏家としての実力は抜きん出てゐた。1944年1月9日のライヴ録音であるシベリウスもブラームスに匹敵する極上の名演を残した。非常に癖の強い演奏であるが、ジンバリストの技巧が見事なので魅了される。アウアー派の中でもジンバリストのボウイングは堅固で音が抜けない。発音が完璧で、音が掠れるやうなアクセントは用ゐない。密度の濃い音が最後まで保持される。だから、のつぺりして感情表出が稀薄な演奏にも聴こえる。しかし、全体的に熱く、ヴァイオリンが鳴り切つた凄まじい演奏なのだ。他の誰とも似てゐない個性的な演奏を楽しみたい。ルドルフ・リングウォール指揮クリーヴランド管弦楽団の伴奏も重厚で良い。レーガーは第2楽章アンダンティーノだけの演奏で、後期ロマン派の爛熟さを楽しめる。フバイの協奏曲はエマニュエル・ベイのピアノ伴奏での演奏で、第2楽章スケルツォと第3楽章アダージョだけの録音だ。スケルツォが圧巻の名人藝で、ジンバリストの実力を確認出来る。イザイは1939年の録音で、英Pearlから復刻されてゐるものと同音源だと思はれるので割愛する。(2021.10.3)


チャイコフスキー:弦楽セレナード、交響曲第6番「悲愴」
RIAS交響楽団/ベルリン放送交響楽団
フェレンツ・フリッチャイ(cond.)
[DG 00289 479 2691]

 フリッチャイのDG録音全集第1巻45枚組。弦楽セレナードは感傷を排した、堅固なドイツ風の演奏で、見事な合奏だが、直線的で情緒に乏しく詰まらない演奏だ。悲愴交響曲はフリッチャイの生前には発売されず、本邦が世界に先駆けてCD化したのが初出である。この時識者たちが挙つて絶賛し、一躍名盤として遍く知られるやうになつたのは記憶に新しい。悲愴交響曲にはメンゲルベルク、アーベントロート、ムラヴィンスキー、フルトヴェングラーなどの名盤があり、この録音がそれらを抑へて君臨出来るほどのものとは思はないが、並び称される優れた演奏であることは確かだ。特に全身全霊を傾けた第1楽章が破格の名演である。有名な第2主題呈示部の頂点を弱音から悲しみを振り絞るやうに歌ひ上げる様は入魂の出来と云へる。展開部は肺腑を抉る壮絶さを劇的な見得が助長し、第2主題再現前の弦と管が織り成す慟哭は万感胸に迫る。残りの楽章も趣は同じだが、感銘はそれ程でもない。(2021.9.30)


バッハ:ピアノ協奏曲第1番
ブラームス:ピアノ協奏曲第2番
モニク・アース(p)
ロベール・カサドゥシュ(p)
デロトイト交響楽団
ポール・パレー(cond.)
[Tahra Tah 710-711]

 パレーがピアニストと共演した貴重な記録である。バッハのニ短調協奏曲はアースとの共演で、1960年12月8日のライヴ録音だ。パレーとアースはラヴェルで共演記録があつたが、バッハは両者共に珍しい演目だ。アースのピアノは誠実で、パレーの伴奏は謙虚である。結果は上々であるが、面白い演奏かと問はれると困る。無難の域を出ないのだ。ブラームスはカサドュシュとの共演で、1960年11月11日のライヴ録音である。フランスの二大名匠がドイツのロマンティシズムを模索する。ドイツ系の演奏家による瞑想やしめやかな翳りはなく、健全で力強い演奏だ。悪くはないが、本流とは遠い。(2021.9.27)


ブルックナー:交響曲第9番
シュターツカペレ・ドレスデン
オイゲン・ヨッフム(cond.)
[Warner Classics/EMI 9029531746]

 権威ヨッフム第2回目の全集録音より。1978年の録音。ノヴァーク版を使用してゐる。第9番はベルリン・フィルとの旧盤と比較して、解釈において差異を感じさせない。テンポ感や間合ひなどは同じ印象を受ける。旧盤の方が精力的で流れは良かつたが、ブルックナーの持つ野卑な一途さといふ点ではこの新盤の方がしつくりくる。とは云へ、結論だけ申せば、断然旧盤の方が良いのだ。理由は金管楽器の精度にあり、シュターツカペレ・ドレスデンはここぞと云ふ箇所で大外しをする。音量も五月蝿いだけで、金管楽器同士での響きも作れてゐない。一方、流石はベルリン・フィルで、抑制された響きでずしりと神々しく鳴り、弦と混じり合ふのだ。(2021.9.24)


ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第14番、同第16番
バリリ弦楽四重奏団
[Universal Korea DG 40020]

 ウエストミンスター・レーベルの室内楽録音を集成した59枚組。韓国製だがオリジナル仕様重視で大変立派な商品だ。第14番は非常に成功した名演だ。この最高峰とも云へる難曲にはカペーやブッシュの究極の名演が残るが、バリリSQはウィーン流儀のふくよかで哀愁を帯びた歌で仕上げる。先人たちの求道的な演奏とは異なるから一段劣ると思ひきや、意表外に充実した名演なのだ。この曲は楷書体の厳格な演奏だと貧血気味になる。バリリSQのやうな草書体の連綿と流れる演奏でこそ妙味を発揮する。全7楽章一繋がりのやうで、優美な細部を慈しむやうに堪能出来る。第16番は全体的に優美で甘い表情が哲学的な曲想と相容れず、皮相な演奏に終始した感が出て仕舞つた。第3楽章は甘美過ぎて深みがない。謎めいた両端楽章も含蓄を感じない。バリリSQの全集では第5番、第11番、第12番、第14番、大フーガの出来が傑出してゐる。(2021.9.21)


ヤッシャ・ハイフェッツ(vn)/ライヴ録音集
ベル・テレフォン・アワー管弦楽団/ドナルド・ヴォーヒーズ(cond.)
エマニュエル・ベイ(p)
[Cembal d’amour CD 113]

 Cembal d’amourのハイフェッツ・シリーズ第1巻。ベル・テレフォン・アワーにおける1940年代から1951年にかけての放送録音だ。ハイフェッツの本領はロマン派の協奏曲を快刀乱麻を断つ如く颯爽と捌いて行く処にあるが、小品でも勿論魅力は全開だ。クライスラーたちの歌謡派とは異なり、ハイフェッツの選曲はぎらついた技巧で圧倒する傾向がある。編曲をハイフェッツが手がけたものも多く、見せ場が弱いと感じたら勝手に難易度を上げて演奏効果を創出することもする。ヴィターリのシャコンヌ、ハチャトゥリアン「剣の舞」、パガニーニのカプリース第24番はその好例だ。雰囲気満点の管弦楽伴奏も相まり原典重視主義者は憤激するだらうが、覇王ハイフェッツの神業に水を差すのは無粋だ。サラサーテ「ハバネラ」、フバイ「そよ風」、ヴェニャフスキ「スケルツォ・タランテラ」に関してはこれ以上はあるまい。(2021.9.18)


ブルックナー:交響曲第9番
レニングラード・フィル
エフゲニー・ムラヴィンスキー(cond.)
[MELODIYA MEL CD 10 00804]

 本家メロディアによる真打ちとも云へるディスク。ムラヴィンスキーにはブルックナーの後期三大交響曲を演奏した記録があるが、それぞれ1種しかない。この第9番のみ晩年の1980年の録音でステレオ録音といふ好条件である。結果もこの第9番が最も良い。常乍ら楽譜の読みが独立不覊で、よくぞ自力でブルックナーの本懐に到達したと感心する。ムラヴィンスキーの峻厳さとこの第9番の相性は良い。特に静謐な弦楽器の響きにはぞくりとする。木管楽器の寂寥感も素晴らしい。だがしかしである。金管楽器がだうにも五月蝿い。ムラヴィンスキー晩年の演奏は金管楽器への制御を欠いてをり品がない。金管楽器が加はると瞬時に興醒めする。詰まり、ほぼ全体を通じて矢鱈と癇に障る演奏であり、結局のところムラヴィンスキーのブルックナーは所詮どれもこれも下手物なのだ。(2021.9.15)


カナダ・オルフォール山でのライヴ録音集(1962年&1963年)
ラウフェンシュタイナー/ルシュール/ヴィヴァルディ/ソル/ヘンデル/アルベニス/プーランク
イダ・プレスティ(g)&アレクサンドル・ラゴヤ(g)
[DOREMI DHR-8059]

 加ドレミが商品化したプレスティ&ラゴヤのカナダでのライヴ録音集だ。1962年の録音では、ラウフェンシュタイナーのソナタイ長調、ダニエル=ルシュールのエレジー、ヴィヴァルディの協奏曲Op.3-9の編曲版、1963年の録音では、ソル「アンクラージュマン」、ヘンデルのシャコンヌHWV.435、アルベニスのタンゴOp.65-2、プーランクの即興曲第12番が聴ける。演目としては1962年の方が唯一の音源が並び重要だ。古典的な美しさを備へたラウフェンシュタイナーのソナタ、幻想的で日本的な趣すら感じさせるルシュールのエレジーは取り分け感銘深い。聴衆の熱烈な反応も頷ける名演ばかりだ。(2021.9.12)


モーツァルト:2台のピアノの為のソナタ、ピアノ協奏曲第7番(2台ピアノ用に編曲)
ブラームス:ピアノ四重奏曲第1番
ペロール弦楽四重奏団
ニューヨーク・フィル/サー・ジョン・バルビローリ(cond.)
ロジーナ・レヴィーン(p)
ヨーゼフ・レヴィーン(p)
[Marston 53023-2]

 初出音源満載の大全集3枚組。2枚目。ロジーナとのモーツァルトの2台のピアノの為のソナタは1939年のセッション録音で、Naxos Historical盤でも復刻された音源である。御手本と云へる見事な演奏である。さて、ここからが初出音源の紹介だ。協奏曲音源の登場で、第7番とされる3台のピアノの為の協奏曲ヘ長調K.242を2台用に編曲しての演奏といふ珍品だ。1939年10月29日の放送録音で、伴奏は何とニューヨーク・フィルで、指揮者は当時のシェフ、バルビローリである。音質も然程優れず-第2楽章で欠落がある、演奏自体も特筆するやうな良さはないのだが、大変貴重な音源だ。感銘深いのは1942年12月30日の放送録音で、リリアン・フックスがヴィオラを担当するペロールSQとのブラームスだ。実に濃厚な演奏を繰り広げてをり、ヴァイオリンのジョゼフ・コールマンも粗いが熱い。ジプシー臭を漂はせた往年の様式による名演でレヴィーンの技巧も冴えてゐる。(2021.9.9)


ムソルグスキー:「ホヴァンシチーナ」前奏曲
モーツァルト:交響曲第39番
スメタナ:「売られた花嫁」序曲
プロコフィエフ:「ロメオとジュリエット」より抜粋(5曲)
レニングラード・フィル/アレクサンドル・ガウク(cond.)
チェコ・フィル/カレル・アンチェル(cond.)
[UNIVERSAL CLASSICS TYGE-60004]

 TBS VINTAGE CLASSICSの1枚。名演奏家の来日録音を復刻するシリーズだ。注目は1959年10月19日のチェコ・フィル初来日初日の日比谷公会堂におけるライヴ録音である。チェコ・フィル黄金時代を築いたアンチェルの世界ツアーの一環であつた。名刺代はりである御家藝スメタナは文句無く絶品であるし、矢張り十八番としたプロコフィエフも極上の演奏で、同時期に来日して愛好家を魅了したカラヤンとウィーン・フィル以上と云はしめたのも過言ではない。決して裕福とは云へないのに、同年9月末に甚大な被害をもたらした伊勢湾台風への義援金を提供したアンチェルとチェコ・フィルの義侠心は美談として伝はる。余白には1958年4月16日のレニングラード・フィルの初来日の記録が収録されてゐる。しかし、首席指揮者であるムラヴィンスキーは病弱の為に帯同せず、御大ガウクが率ゐることになつた。詩情豊かな美しいムソルグスキーが良い。ムラヴィンスキーが得意としたモーツァルトは、ガウク指揮下だとドイツ風の堅牢な演奏になるのが面白い。チャイコフスキーの第4交響曲も演奏されたが収録時間の都合で割愛されてゐる。(2021.9.6)


バルトーク:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ
ジョリヴェ:ラプソディ風組曲
ストラヴィンスキー:エレジー
ドヴィ・エルリ(vn)
[DOREMI DHR-8071/2]

 2枚組の2枚目。1973年にDisques Adèsへ録音した近現代の無伴奏ヴァイオリンの為の作品集だ。とてつもない名演の連続で、ぎらついたエルリのヴァイオリンが鋭く楽曲に切り込んで行く様は痛快天晴だ。バルトークはメニューインの熱い演奏を寒からしめる熱量だ。とは云へ、サーカスの曲芸のやうな演奏で、土俗的な重みも欲しい気がする。5楽章から成るジョリヴェの組曲はイスラエルの音楽に霊感を得て作曲されたとあり、妖しい雰囲気を漂はせた逸品である。現代フランスを代表する作曲家の作品だけにエルリの演奏も親和性を示してをり求心力が強い。ストラヴィンスキーは静寂さが沁み渡る。美しい名演だ。(2021.9.3)


ショスタコーヴィチ:弦楽四重奏曲第3番、同第4番
ベートーヴェン弦楽四重奏団
[VENEZIA CDVE 04328-1]

 露VENEZIAレーベルが復刻したベートーヴェンSQによるショスタコーヴィチ弦楽四重奏曲全集6枚組。2枚目。ベートーヴェンSQはショスタコーヴィチの絶大な信頼を獲得し、第2番から第14番の初演の栄誉を担つた。作曲家の語法を完全に手中にしてをり、音価の絶妙さに脱帽だ。演奏は人肌の温もりが伝はり、無機質な音楽に終始しないのが特徴だ。ツィガノフのヴァイオリンが苦悩を訴へる。合奏での死の舞踏はショスタコーヴィチの真髄だ。第3番へ長調は5楽章制で楽章ごとの性格が際立つてをり、諧謔、諦め、苦悶などが交錯する名曲だ。第4番ニ長調もその延長にあり、凝縮された鬱屈が聴ける。(2021.8.30)


ブルックナー:交響曲第9番
コロムビア交響楽団
ブルーノ・ヴァルター(cond.)
[Sony Classical 88765489522]

 コロムビア録音全集77枚組。薄手の編成による演奏で、響きの厚みには欠け、混じり合ふよりも各楽器が鮮明に明るく聴こえる。室内楽的なブルックナーといふ新鮮さがあるが、この深刻な楽曲に人肌の温かみと明るい楽器の音色が相応しいかは意見が別れるところだらう。第1楽章第2主題はヴァルターならではの歌が聴ける。振り絞るやうな情感を込めた様は非常に感動的だ。だが、コーダなどでは馬力が不足し物足りない。第3楽章は小編成ならではの透明な響きを獲得してをり、彼岸の音楽を印象付ける。取り分け第2主題の美しさは絶品である。しかし、一番最後、悠久たるホルンのロングトーンを無遠慮に盛り上げてから放つのは戴けない。感興が殺がれる。(2021.8.27)


アムピコ社ピアノ・ロール再生
セルゲイ・ラフマニノフ(p-r)
[TELARC CD-80489]

 ロシア革命を逃れて渡米した作曲家ラフマニノフは糊口を凌ぐ為、コンサート・ピアニストを副業とした。自作以外のレパートリーを詰め込み活動を始めるや、驚異的な才能に同業者らも平伏す事態となつた。要望を受けて録音も行つたが、電気録音による技術革新がある迄は否定的な立場であり、1929年迄はピアノ・ロールへの記録を平行して行つた。数社あるロールの中でラフマニノフはアムピコ社の再生技術を激賞し、録音よりも上位に置いてゐたのだ。当盤は1996年にTELARCが最新技術によつてラフマニノフのロールを最上の状態で再生するといふ企画で非常に話題になつた1枚である。演目は自作自演の他、ラフマニノフによる編曲作品で構成されてゐる。何と自作自演ではエレジー作品3-1、音の絵作品39-4の2曲は録音では残されてゐなく、このロールへの記録しかない。編曲では好評を博した「星条旗よ永遠なれ」がロールのみで聴ける。鮮明な音でラフマニノフの演奏を体験出来る名盤だ。(2021.8.24)


ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第1番、同第5番、同第10番
ルドルフ・ゼルキン(p)
アドルフ・ブッシュ(vn)
[Biddulph 85004-2]

 1990年代に歴史的弦楽器奏者の録音の聖殿であつた英Biddulphレーベルは2005年頃から一旦は息を吹き返したが、2010年頃には消滅したかに見えた。それが突然の復活宣言。再始動の劈頭を飾るのがブッシュの初出音源とは流石で、健在感を示した。これらは1951年10月に米國のブッシュ自邸で行はれたブッシュ生涯最後の録音の復刻である。何と第5番が未発売で当盤が初出音源となる。奇蹟的に残されてゐたテスト・プレスからの商品化である。そして、第1番も第10番もCDでは復刻がなく鶴首してゐた音源なのだ。演奏は渡米後の疲労が窺はれ、全盛期の輝きとは比べものにならない。しかし、求道的な姿勢で掘り下げて行く様には額突きたくなる。第10番の第2楽章は数多のヴァイオリニストらには近付くことの出来ぬ境地がある。第1番の第2楽章も見事だ。第5番も明るさはなく、武士然とした厳つい演奏なのだが、細部まで生命を吹き込まうとする気魄が伝はる。(2021.8.21)


ヴェルディ:「イル・トロヴァトーレ」
ジュゼッペ・ディ=ステファノ(T)/マリア・カラス(S)/フェドーラ・バルビエーリ(Ms)/ローランド・パネライ(Br)、他
ミラノ・スカラ座管弦楽団と合唱団/ヘルベルト・フォン・カラヤン(cond.)
[Warner Classics 825646341030]

 愛好家必携のオリジナル・ジャケットによるカラス・スタジオ録音リマスター・エディション69枚組。1956年で残念乍らモノーラル録音ではあるが、豪華布陣によるEMI渾身の「トロヴァトーレ」である。しかし、結果は振るはない。注目のカラスのレオノーラが違和感が強い。レオノーラやジルダではだうも座りが悪いのだ。コロラチューラは見事なのだが、醸し出す雰囲気が良くも悪くもカラスで、トスカやヴィオレッタになつて仕舞ふのだ。ディ=ステファノは柔和で甘過ぎてマンリーコでは物足りない。パネライのルーナ伯爵は貫禄があるが次第点といつた程度だらう。ここでもバルビエーリのアズチェーナが気焔を吐く。完全に主役はアズチェーナが掻つ攫ひ、ヴェルディの意図を図らずも具現する。スカラ座の演奏は勿論素晴らしいが、セラフィン盤ほどの良さは見出せない。我を随所に出したカラヤンの支配が邪魔をしてゐるやうに感じる。嵌つてないのだ。役者が揃つてゐるのに、この録音が大して話題にのぼらないのも頷ける。(2021.8.18)


シューベルト:弦楽四重奏曲第14番「死と乙女」、同第8番
ウィーン・コンツェルトハウス弦楽四重奏団
[melo CLASSIC mc-4004]

 愛好家を驚愕させたmelo CLASSIC。コンツェルトハウスSQはハイドンとシューベルトの演奏では図抜けた存在であつた。ウエストミンスターへのシューベルト全集録音は愛好家の宝物である。さて、数種録音のある死と乙女は、何と1943年、戦中ウィーンでの放送録音なのだ。これはコンツェルトハウスSQの最も古い録音ではないか。後年の録音と様相は同じだが、香り立つようなアンサンブルにはどこか新鮮さがある。きびきびして音楽の運びが良いので、聴くことをお薦めする。第8番は1953年、パリでの放送録音。しかし、こちらの方が音質がぼやけてをり感銘度が弱い。演奏内容はウエストミンスター録音同様至高だ。(2021.8.15)


モーツァルト:アイネ・クライネ・ナハトムジーク、行進曲第1番ハ長調、交響曲第36番
ウィーン・フィル
イシュトヴァーン・ケルテス(cond.)
[DECCA 483 4710]

 ウィーン・フィルとの録音集20枚組。一連のモーツァルト録音の中でも特に優れた1枚だ。まず、アイネ・クライネ・ナハトムジークの安定感が良い。内容は保守的で何も新しさはないが、ウィーン・フィルの弦楽合奏の美しさを堪能出来る逸品だ。ケルテスが主張をせず、ウィーン・フィルに全てを委ねた信頼感が名演に繋がつた。白眉は行進曲K.408だ。品良く大らかで美感を保つた名演である。リンツ交響曲は堂々とした趣で、終楽章の熱量は取り分け素晴らしい。(2021.8.12)


モーツァルト:ピアノ協奏曲第22番
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番
ピエール・コロムボ(cond.)/ヴィクトル・デザルツェンス(cond.)、他
ヨウラ・ギュラー(p)
[DORON music DRC 4014]

 ギュラーのデュクレテ=トムソンへのショパン録音を復刻したDORONレーベルが蔵出し録音を発売して呉れた。モーツァルトは1964年7月25日の録音で、コロムボ指揮スイス・ロマンド管弦楽団との共演である。大変貴重な記録だが、演奏は凡庸でギュラーでなくてはといふ特徴は薄い。これは気の抜けたオーケストラ伴奏の影響もあるだらう。そんな中でも第1楽章のニキタ・マガロフによるカデンツァは大層聴き応へがあり、第2楽章の詠嘆も美しい。さて、1964年11月24日のライヴ録音であるベートーヴェンは仏Tahraのディスコグラフィーにもなかつた未確認音源である。デザルツェンス指揮ローザンヌ室内管弦楽団の伴奏である。ギュラーによる同曲は何と3種類目になつた。瑕が散見され、既出音源の方が出来は良い。当盤は蒐集家の為の1枚で、一般にはお薦めしかねる。(2021.8.9)


ヴェルディ:「イル・トロヴァトーレ」
ユッシ・ビョルリンク(T)/ジンカ・ミラノフ(S)/フェドーラ・バルビエーリ(Ms)/レナード・ウォーレン(Br)、他
RCAヴィクター管弦楽団/ロバート・ショウ合唱団/レナート・チェッリーニ(cond.)
[Naxos Historical 8.110240-41]

 RCAヴィクター勢による「トロヴァトーレ」だ。1952年のモノーラル録音であり音の輝きに幾分不満はあらう。さて、歌手はRCA専属、Metのスターを揃へた豪華布陣だ。マンリーコにビョルリンク、レオノーラにミラノフ、ルーナ伯爵にウォーレン、アズチェーナにバルビエーリ、更にフェランド役にニコラ・モスコーナと穴がない。結果はと云ふと、然程面白くない。ビョルリンクは「見よ、恐ろしき炎を」では強靭で圧倒的な名唱を聴かせるものの、全体的には知的かつ抒情的で歌が素直でない。明るさが不足するのだ。ミラノフが完全に嵌つてをらず、重く暗い声がレオノーラにそぐはない。ウォーレンは構へが良過ぎて畏まり過ぎだ。ヴェルディ後期作品の名唱とは異なり、ルーナでは重たいのだ。唯一人バルビエーリが素晴らしい。シミオナートを凌ぐ妖気を漂はせたアズチェーナ像は最高だ。バルビエーリが入ると俄然重唱も締まる。ロバート・ショウ合唱団が見事だ。しかし、オーケストラは全体的に小さく纏まり見せ場がない。余白にミラノフがユーゴスラヴィア民謡を歌つた録音が6曲収録されてをり、これが大変良い。ピアノとヴァイリンの助奏付きで、雰囲気満点、琴線に触れる名唱ばかりなのだ。(2021.8.6)


ヴォーン=ウィリアムズ:トーマス・タリスの主題による幻想曲
ショーソン:交響曲
ストラヴィンスキー:「火の鳥」組曲
ニューヨーク・フィル
ディミトリ・ミトロプーロス(cond.)
[Music&Arts CD-1213]

 ミトロプーロスの放送録音集第1巻4枚組。2枚目。1943年8月29日の公演記録。音質は低音がぼやけてゐたりと芳しくないが、演奏内容が素晴らしいので引き込まれて仕舞ふ。最も素晴らしいのは、RVWの幻想曲である。霧に包まれたかのやうな神妙な弦楽合奏の響きに濃厚な歌が明滅する。バルビローリ仕込みであらうか、極上の高貴な合奏に唖然とする名演だ。次いでショーソンに食指が動く。冒頭の厭世観漂ふ響きに魅せられる。両端楽章の主部は幾分脂分が多く、後期ロマン派の重厚な響きに凭れ気味だ。オーケストレーションが分厚い曲なのだが、楽想は瀟洒なので演奏が難しい作品なのだ。パレーが示した颯爽さには及ばない。しかし、極めて表情豊かな名演である。ストラヴィンスキーは音質が影響してか感銘が劣る。ミトロプーロスならではの特徴も弱く。在り来たりな内容に終始したゐる。(2021.8.3)


チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲
最初期小品録音集(1927年&1929年)
ヴィリー・クラーゼン(p)/オットー・シュルホフ(p)
チェコ・フィル/ヴァーツラフ・タリフ(cond.)
ヴォルフガング・シュナイダーハン(vn)
[amadeo 431 344-2]

 シュナイダーハンの多彩な活動記録を編んだ6枚組。1枚目は大変貴重な初期録音集で、何とシュナイダーハン12歳頃の録音が聴けるのだ。メニューインに匹敵する神童振りに驚愕を禁じ得ない。1927年の録音はヴィリー・クラーゼンのマズルカと子守歌を作曲者のピアノ伴奏で弾いたものだ。妖しげなマズルカと後期ロマン派的な安らぎのある子守歌を見事に聴かせる。シュルホフのピアノ伴奏で吹き込んだ1929年の録音は、ブラームス「ハンガリー舞曲第5番」やサン=サーンス「白鳥」といつた有名曲も含むが、ナッシュ「メヌエット」、フィビヒ「詩曲」、ダンブロージオ「セレナータ」、リーズ「常動曲」と渋い選曲が続く。演奏も落ち着いた雰囲気の滋味豊かな絶妙さがある。これらは当盤でしか聴けない幻の録音なのだ。さて、10代後半からウィーン交響楽団のコンツェルトマイスターを務め、20代でウィーン・フィルの顔になる天才の恐らく最初の協奏曲録音が収録されてゐる。1940年録音のチャイコフスキーで、何とタリフとチェコ・フィルによる伴奏である。これは殆ど知られてゐない録音ではないか。演奏自体は独奏も伴奏も非常に巧く完成度が極めて高い。しかし、熱量や情感には不足し、面白い演奏ではない。(2021.7.30)


ブルックナー:交響曲第9番
ライプツィヒ放送交響楽団
ヘルマン・アーベントロート(cond.)
[BERLIN Classics BC 2050-2]

 1951年10月29日の放送録音。フルトヴェングラー盤と並ぶ往年の浪漫的志向の名演だ。楽器の鳴りは悪いが、金管楽器は五月蝿くなく、渾然となつた荘重さを聴かせる。第1楽章の冒頭から頂点に向けて自然なアッチェレランドがあり気魄が素晴らしい。第2主題の見せ場では感極まつた表現に胸打たれる。緩急を大胆に付けた極上の名演なのだ。第2楽章は急いたテンポで響きが悪く雑然と聴こえるが、軽さはなく、恐怖との戦ひのやうな音楽を呈示した。偉大である。第3楽章にはドイツの指揮者だけが奏でられる夢幻的で彼岸の響きがある。緩急を大きく取つた、祈りのやうな寂寞感は一朝一夕には出せない妙味だ。アーベントロートのブルックナーはどれも美しいが、この第9番は取り分け深みのある名演である。(2021.7.27)


バッハ:ピアノ協奏曲第1番、ヘンデル:オーボエ協奏曲第3番、モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第4番
スヴャトスラフ・リヒテル(p)/フランティシェク・ハンターク(ob)/イルジー・ノヴァーク(vn)
チェコ・フィル
ヴァーツラフ・タリフ(cond.)
[SUPRAPHON 11 1906-2 001]

 新規格盤でも出てゐるが、旧規格盤で取り上げる。タリフの協奏曲伴奏録音で、1954年から1955年の録音だ。最大の大物との共演は漸くソヴィエトから東欧へと活動を広げることが出来たリヒテルとのバッハだ。非常に整つた精緻な名演であるが、皮相さが気になる。緊張感が持続せず、空疎な演奏に聴こえるのだ。特にタリフの伴奏は巧いが面白味がない。次いで、スメタナ弦楽四重奏団を率ゐたノヴァークが独奏を披露したモーツァルトに注目だ。技量は申し分なく名演を繰り広げる。特にカデンツァは魅惑的だ。タリフの伴奏も見事。しかし、数多ある録音の中で光彩を放つほどの個性と主張は感じられなかつた。知名度とは裏腹に最も内容が優れてゐるのがチェコの名手ハンタークによるヘンデルだ。表情豊かで、よく伸びるオーボエに聴き惚れる。タリフの指揮は小回りが利かないが情味があり絶妙である。(2021.7.24)


ラモー:クラヴザン曲集新組曲イ短調(続き)、組曲ト長調、演奏会用小品集、他
マルセル・メイエ(p)
[EMI 0946 384699 2 6]

 ディスコフィル・フランセへの全録音の他、戦前の録音も網羅した17枚組。10枚目を聴く。1953年10月29日と30日に一気呵成に纏めて録音された曲集の続きである。フランスの音楽家としてラモーに寄せた親近性を感じずにはゐられない録音である。これ迄弾き込んで来たからこそ録り直しなど必要なかつたのだらう。高雅にして瀟洒な楽曲の魅力を引き出した総決算とも云ふべき決定的名演ばかりだ。他の奏者の録音が必要ないと思はせる仕上がりだ。余白に1946年に名曲だけ抜粋して録音された11曲分の旧録音が漏れなく収録されてゐる。これらの曲全てが1953年に再録音されてゐる。(2021.7.21)


シューベルト:弦楽五重奏曲
ヴェスターマン:弦楽四重奏曲Op.8-2
シュトループ弦楽四重奏団
[melo CLASSIC mc-4002]

 マックス・シュトループ率ゐるシュトループSQは往年のドイツの特徴を色濃く持つ団体で、幽玄で思索的な楽想で妙味を発揮する。一方で軽快な楽想の時は幾分もつさり聴こえるし、勇壮な楽想の際は派手さがなく地味に聴こえる。録音は非常に少なく、当盤は貴重な記録と云へる。シューベルトは1941年、ヴェスターマンは1943年の戦中録音である。シューベルトはハンス・シュレーダーを加へての演奏で、第2楽章の渋みのある悲歌は大変美しい。また、第3楽章のトリオで音楽が止まつて仕舞ふのではないかと思ふほど深淵に踏み込み、内なる声へと向かふ。しかし、両端楽章は交響的な厚みに不満が残る。シューベルトの仄暗さに焦点を当てた演奏として聴きたい。さて、音源としても貴重なゲルヘルト・フォン・ヴェスターマンの四重奏が重要だ。諧謔さが特徴的で音楽を見事に消化した名演だらう。但し、掴み処のない曲で呆気なく終はるので然程楽しめないかも知れぬ。(2021.7.18)


ブルックナー:交響曲第9番
ウィーン・フィル
カール・シューリヒト(cond.)
[Altus ALT080]

 1955年3月17日のライヴ録音。ブルックナーの第9番には絶対的な名盤がある。EMIのシューリヒトとウィーン・フィルによる1961年のセッション録音だ。第3楽章は他にも良い演奏を探すことは可能だが、第1楽章と第2楽章で超える演奏を知らない。特に第2楽章主部の決まり具合は比類がない。さて、当盤はそれに先立つ共演で、同じく感銘深い名演である。だが、勿論セッション録音のやうな完成度はない訳で、飽く迄蒐集家の為の音源だと云へる。ライヴ録音のしくじりは目立たず、テンポの自然な変動もあり音楽的には優れてゐるのだが、何分即興的な要素もあり、体裁が整はなかつたり、響きが薄くなつたりとブルックナーで重視される仕上がりで劣るのだ。総じて名演だが、一般にはセッション録音だけで充分だと云ふことは忌憚なく申してをきたい。(2021.7.15)


ヴェルディ:「イル・トロヴァトーレ」
カルロ・ベルゴンツィ(T)/アントニエッタ・ステッラ(S)/フィオレンツァ・コッソット(Ms)/エットーレ・バスティアニーニ(Br)、他
ミラノ・スカラ座管弦楽団と合唱団/トゥリオ・セラフィン(cond.)
[DG 00289 477 5662]

 1962年に録音された「トロヴァトーレ」随一の名盤として知られるセラフィン盤だ。世評に違はず総合点では疑ひなく最上位だ。偏にルーナ伯爵を歌ふバスティアニーニの素晴らしさを筆頭に挙げたい。これぞヴェルディのバリトン、気品があり、恰幅があり、情味がある。どのバリトンを持つてきてもこれ以上はあるまい。取り分けルーナ伯爵といふ人物像にも見事に嵌つてをり、バスティアニーニの歌唱の中でも第一等であらう。次いで名門ミラノ・スカラ座を率ゐたセラフィンの統率力を褒め称へよう。「トロヴァトーレ」の録音ではオーケストラの起用が重視されることが少なく、管弦楽に最も満足出来る録音はこのセラフィン盤なのだ。管弦楽が主導権を持つた数少ない演奏とも云へる。更に他の主役3歌手も素晴らしいのだ。まずはアズチェーナを歌ふコッソットの表現の幅が大きく、シミオナートに匹敵する名唱を聴かせる。レオノーラ役のステッラの清明な声が心地良い。コロラチューラが節度あり浮き足立たない。ベルゴンツィが幾分渋いが内燃するマンリーコを演出する。High-Cも見事に決まり圧巻だ。端役たちも粒揃ひで、合唱もスカラ座の格式の違ひを聴かせて呉れる。以上、穴がなく減点要素がない飛び切りの名盤なのだが、唯一、燃へ立つ歌合戦を聴くことが出来ないのが不満だ。形振り構はず燃焼したコレッリとそれを煽つたシッパース盤の方に心奪はれたことを告白しよう。(2021.7.12)


シャラン:田園協奏曲
フランソワ:ピアノ協奏曲
パリ音楽院管弦楽団
ジョルジュ・ツィピーヌ(cond.)
サンソン・フランソワ(p)
[ERATO 9029526186]

 没後50年記念54枚組。3度目となる大全集で遂にオリジナル・アルバムによる決定的復刻となつた。2枚目。ショパン・アルバムに続くフランソワの本格的なレコードでは、ルネ・シャランの3楽章から成る田園協奏曲と、単一楽章で演奏時間25分の自作協奏曲を吹き込むといふ、極めて攻めた取り組みであつた。1953年9月に録音され、ツィピーヌとコンセール・ヴァトワールによる豪華な伴奏を得て、新進気鋭の天才ピアニストの才気迸る名演が楽しめる。フランソワの登場は自作や前衛的な現代音楽を披露したりと才能が先走つた感が強かつたが、ご存知の通り酒に溺れた為か、10年後には保守的なレペルトワールをデカダンに弾くピアニストに落魄れた。しかし、断言しよう。この初期録音はフランソワが一流の藝術家であることを示す。ジャズの要素を漂はせた2曲を抜群の技巧と感興でお洒落に決める。天下無類だ。(2021.7.9)


チャイコフスキー:フランチェスカ・ダ・リミニ、弦楽セレナード、イタリア奇想曲
レニングラード・フィル
エフゲニー・ムラヴィンスキー(cond.)
[MELODIYA MEL CD 10 00805]

 本家メロディアによる真打ちとも云へるディスク。フランチェスカ・ダ・リミニは1972年の録音。1972年ライヴ録音集は英SCRIBENDUMからも出てをり、これは同一音源である。演奏は究極であり、終演後の聴衆の感嘆も頷ける。弦楽セレナードは1947年の録音、イタリア奇想曲は1949年のセッション録音でムラヴィンスキー唯一の音源であり価値は高い。弦楽セレナードはこの曲の最も重要な録音であり、最上位に置いても良い名演である。何よりも統率されたレニングラード・フィルの冷んやりとした合奏力に頭を垂れるのだ。それにしても個性的な演奏だ。楽譜の指定を全く無視し、ムラヴィンスキー独自の観想で曲を再構成してゐる。デュナーミクは丸で違ひ、突如として訪れる冷たき最弱音に魂を掠はれる。レガート奏法を多用し、明るいイタリア風の趣は陰を潜め、鬱々としたロシアの溜息が聴こえてくる。常に方法論が異なるムラヴィンスキーの藝術は一種特別な妙味があるのだ。イタリア奇想曲も切れ味があり爽快無比で、騒々しくないのが良い。代表的名演である。(2021.7.6)


ヴィクター録音全集(1922〜1924年)
イグナツィ・ヤン・パデレフスキ(p)
[APR 7505]

 米國でのヴィクター録音全集5枚組。2枚目。1922年から1924年までのアコースティック録音である。ショパンが多く、エチュードとマズルカを様々吹き込んでゐる。マズルカがどれも情緒豊かで素晴らしいが、エチュードはどれも閃きがなく大したことはない。残念乍らパデレフスキの全盛期はとうに過ぎてをり、難度の高い技巧を伴ふ曲では平板な表現しか行へてゐない。かつては聴き手を翻弄するほどの魔力があつたのに無残である。葬送行進曲や乙女の願ひなども特別な面白みはない。他では自作自演が多く、幻想的クラコヴィアクが2種、メロディー、メヌエットと楽しめる。リストではさまよへるオランダ人の紡ぎ歌が往時の覇気を感じさせる名演だ。2種類あるメンデルスゾーンの紡ぎ歌も良い。最も印象的なのはドビュッシーの水の反映で、全盛期で聴けた空気感を醸し出してをり、ぐいと引き込まれる。(2021.7.3)



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