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楽興撰録

蒐集した音楽を興じて綴る頁


2020.9.30以前のCD評
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最近の記事


リリー・ポンス(S)/モーツァルト、ロッシーニ、ドニゼッティ、ヴェルディ、ドリーブ、グノー、オッフェンバック、サン=サーンス、プロッホ、ビショップ、デラックァ、シュトラウス [Pearl GEMM CD 9415]
1928年から1939年にかけてのパーロフォン、ヴィクター、HMVへの録音。ポンスはフランス出身でMetで活躍したコロラチューラ・ソプラノであり、ガリ=クルチの衣鉢を継いで地位を確立し、パピの指揮で「連隊の娘」や「リゴレット」の忘れ難い決定的な名唱を残した。収録曲はモーツァルト「魔笛」、ロッシーニ「セビーリャの理髪師」から2曲、ドニゼッティ「ランメルモールのルチア」、ヴェルディ「リゴレット」から4曲、ドリーブ「ラクメ」、グノー「ミレイユ」、オッフェンバック「ホフマン物語」、サン=サーンス「夜啼き鶯と薔薇」、プロッホ「エアと変奏曲」、ビショップ「見よ、優しき雲雀を」、デラックァ「ヴェラネル」、シュトラウス「美しき青きドナウ」だ。当たり役であつた「リゴレット」のジルダは文句なしの出来だ。共演者ではデ=ルカの巧さに魅せられるが、テノールのエンリーコ・ディ・マッツェイは非道い。ヴェルディ以上にロッシーニやドニゼッティに惹かれる。アジリタの見事さは折り紙付きだ。ロッシーニでのデ=ルカとの二重唱は極上である。矢張りフランス音楽が絶品で美声が輝きを放つ。モーツァルトは珍しいフランス語での歌唱。シュトラウスのドナウをフランス語の歌詞を付けて歌つたものは通俗的な甘さとコロラチューラの華やかさが一体となつた珠玉の逸品である。(2021.4.18)

ヴェーバー:「魔弾の射手」序曲、ラヴェル:「ダフニスとクロエ」第1組曲より2曲&第2組曲、ベートーヴェン:交響曲第6番「田園」/ベルリン・フィル/ヴィルヘルム・フルトヴェングラー(cond.) [King International KKC5952]
録音に極度に神経質だつたフルトヴェングラーが絶大な信頼を寄せた戦中マグネトフォン録音―RRG録音―で現存する全ての音源を理想的な音質で復刻したベルリン・フィル自主制作盤22枚組―本邦キング・インターナショナルによる代理販売。持つてをらぬは潜りである。20枚目を聴く。1944年3月20日と21日の公演記録からの音源だ。さて、このRRG録音集成で最も注目されたのが初出となるラヴェルの第1組曲の出現であつた。これ迄、その存在が取り沙汰されてゐながら、録音は残つてゐないと考へられてきた。それが探索の結果、第2曲目の間奏曲と第3曲目の戦ひの踊りがこの度発掘されたのだ。第1曲目も演奏されたと考へられるが、録音には失敗したのだらう。1月に旧フィルハーモニーが爆撃で破壊されてからは録音に不備が多くなつたのは致し方ないのだ。音質も明らかに抜けが悪くなつた。物々しい雰囲気のラヴェルはフルトヴェングラーらしくて面白い。色彩感よりも情念を聴かせる。この日のプログラムは牧歌的な作品を並べた意図が窺はれる。決定的な名演である闇深いヴェーバー、じめじめと湿つて感情的な表現のベートーヴェン、一期一会の音楽が聴ける。(2021.4.15)

マルセル・モイーズ(fl)/オペラ・パラフレーズ(メサジェ、マスネ、ブリュノー、ヴェーバー、ヴェルディ)/ライヒェルト、トゥルー、ビゼー、ベートーヴェン、バッハ、ヘンデル [村松楽器 MGCD-1002]
本邦の村松フルート製作所/村松楽器が制作した巨匠モイーズ大全集5枚組。2枚目。この2枚目は海外でも復刻がない音源ばかりで蒐集家にとつては必携の内容である。演目の大半がオペラのパラフレーズで玄人好みと云へよう。ヴェーバー「オベロン」から2曲、マスネ「サッフォー」から2曲、マスネ「ウェルテル」、メサジュ「フォルトゥーニオ」、ブリュノー「水車場の襲撃」、ヴェルディ「トロヴァトーレ」からの編曲で、極めて渋い選曲と云へる。だが、歌劇をフルート一本で情熱的に表現しようといふモイーズの気概を聴く録音なのだ。何と云つても「トロヴァトーレ」の情念を楽器の限界を超えて表現する姿勢に圧倒される。フルートの可能性を広げた名演揃ひである。ビゼー「アルルの女」も良い。残りはフルートの為の曲だが、ライヒェルト「ファンタジー・メランコリック」、トゥルー「ファンタジー・ブリランテ」、ベートーヴェンの変ロ長調ソナタ、バッハのBWV.1039、ヘンデルの作品2-1aで、当盤以外に復刻はなかつた筈だ。(2021.4.12)

ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第2番、バッハ:ピアノ協奏曲第1番/コロムビア交響楽団/レナード・バーンスタイン(cond.)/グレン・グールド(p) [SONY 88697130942]
オリジナル・ジャケット・シリーズの先駆けとなつたグールド全集80枚組。1957年に録音されたコロムビアレーベルの若手看板アーティストの共演である。まず、ベートーヴェンが素晴らしい。グールドも良いが、バーンスタインの溌剌とした音楽が圧倒的だ。冒頭の和音から決まつてゐる。野心的なベートーヴェンの思ひを再現したかのやうな前奏の見事さに心打たれる。グールドもこれに乗つて快活な音楽を奏でる。一方で可憐さも対比させて心憎い。この曲屈指の名盤であり、最上位に置かれるべき名演と太鼓判を押したい。さて、それ以上の期待が寄せられるバッハだが、実は大したことない。バーンスタインの厚みが邪魔であるし、グールドも踏み込みが弱い。後にグールドはゴルシュマンとバッハの協奏曲を幾つも録音し、バーンスタインとはこのニ短調協奏曲BWV.1052だけしか残さなかつた。(2021.4.9)

パガニーニ:24のカプリース/ドヴィ・エルリ(vn) [DOREMI DHR-8071/2]
2枚組の1枚目。エルリは弩級の実力を持つ奏者乍ら何故か認知度が低い。何と云つてもバッハの無伴奏ソナタとパルティータ全曲の録音が驚嘆すべき名盤であつた。DOREMIは有難いことに久々にバッハの録音を復刻して呉れた。そして、第2弾として1973年にDisques Adèsに録音されたパガニーニのカプリース全曲を復刻した。存在すら知らなかつたのだが、とんでもない録音に出会ふこととなつた。パガニーニのカプリースに多くの技巧派奏者が挑戦してきたが、技巧の痕跡を成る可く残さぬやう、随分と洗練された工藝品のやうな演奏が多かつた。エルリの録音は全く趣向が異なる。凄まじい気魄と情熱的な音楽で、押し出しが強い。技巧は危なつかしさを残し、軋むやうな音を出し乍ら落下寸前のサーカスのやうな演奏を繰り広げてゐる。電光石火のやうな弓のアタックは鬼神の如し。多少粗くとも熱量と勢ひで征服しようといふ姿勢なのだ。こんなカプリースは聴いたことがない。手に汗握る演奏に、あっと言う間に24曲聴き通して仕舞ふ。精巧なだけの巷間聴かれてゐる録音など問題にならない。これはカプリースの決定的名盤であり、話題にならないのがおかしい。(2021.4.6)

チャイコフスキー:弦楽セレナード、フランチェスカ・ダ・リミニ、アレンスキー:チャイコフスキーの主題による変奏曲/ロンドン交響楽団/ニュー・フィルハーモニア管弦楽団/サー・ジョン・バルビローリ(cond.) [Warner Classics 9029538608]
英バルビローリ協会全面協力の下、遂に出た渾身の全集109枚組。バルビローリはチェリストとして経歴を始めたこともあり、弦楽器で歌ふことにかけては一家言持つてをり、どの録音も弦楽セクションの見事さが光る。弦楽合奏曲の録音が多いのもバルビローリの特徴だ。1964年にロンドン交響楽団と録音したチャイコフスキーのセレナードとアレンスキーの変奏曲は名アルバムと云へよう。意外と知られてゐないが、チャイコフスキーのセレナードは数ある録音の中でも最高峰で決定盤として推薦したい名演だ。弦楽オーケストラが全力の情熱的な合奏を繰り広げてをり、連綿とした歌との対比も見事、更にチャイコフスキーの指示した広過ぎるデュナーミクを徹底してゐるのだ。チャイコフスキーの歌曲によるアレンスキーの変奏曲は比類のない決定的名盤である。美しい歌も良いが、躍動する合奏にバルビローリの至藝を感得する。抱き合はせでフランチェスカ・ダ・リミニが収録されてゐるが、せめてステレオ録音はオリジナル仕様で復刻して欲しかつた。最晩年の1969年にニュー・フィルハーモニア管弦楽団を指揮しての録音だ。壮絶な演奏だが、締まりがなく感銘は薄い。(2021.4.3)

ハイドン:弦楽四重奏曲ハ長調Op.76-3「皇帝」、ブラームス:弦楽四重奏曲第1番、シューマン:弦楽四重奏曲第3番/シュナイダーハン弦楽四重奏団 [melo CLASSIC mc-4001]
愛好家を驚愕させたmelo CLASSIC。貴重なシュナイダーハンSQの録音が登場した。全て1944年の録音で、ウィーン・フィルの首席奏者による全盛期のアンサンブルを堪能出来る。音質も戦中とは思へないほど驚異的に良い。何よりもシュナイダーハンの演奏が花咲き誇り神々しい。ハイドンでその真価を確認出来る。第2楽章の夕映えは至高の藝術と云へよう。ブラームスは1950年にも録音があり、音質も鮮明で全体的に円熟味がある新盤を採りたいが、この旧盤も演奏自体は大変優れてゐる。特にシュナイダーハンの妖艶な節回しが絶品なのだ。重要なのは初演目となるシューマンだらう。ロマンティシズムに耽溺し、とことん艶やかに仕上げてゐる。斯様に甘く弾き込んだ演奏は滅多になく、この曲の屈指の名演として特筆してをきたい。特に第3楽章の哀愁を帯びた歌の美しさは比類がない。(2021.3.30)

モーツァルト:「フィガロの結婚」/ベルリン・ドイツ・オペラ管弦楽団と合唱団/プライ(Br)/マティス(S)/F=ディースカウ(Br)/ヤノヴィッツ(S)/トロヤヌス(Ms)/カール・ベーム(cond.)、他 [DG 4798358]
ベームの歌劇と声楽作品録音を集成した70枚組。1968年に録音された「フィガロの結婚」名盤中の名盤であり、最上位に挙げられることも多い。減点法で採点すれば、このベーム盤こそ第一等だ。何処を取つても水準以上で隙がなく、これぞモーツァルトの精髄といつた軽快な歌心に溢れてゐる。これだけの名歌手を揃へられたのも驚くべきことだ。だが、このベーム盤を積極的に推すには至らない。全体的に生真面目で湧き立つ愉悦や御巫山戯がなく、オペラ・ブッファとしての性格が弱い。色気も薄く、優等生のモーツァルトなのだ。中ではプライのフィガロが全体を盛り上げやうと奮闘してゐる。ディースカウの伯爵は勿論素晴らしいが、フリッチャイ盤の方が良さが出てゐた。当盤では器用さばかりが目立つ。マティスのスザンナは美しいが埋没して仕舞つた。ヤノヴィッツの伯爵夫人も同じ傾向だ。この歌劇を得意としたベームの指揮は極上だ。理想的なテンポと小気味良い表情が見事である。難癖を付ければ、常套的で心奪はれれる驚きがない。悪い点がない代はりに、爪痕を残さない録音なのだ。(2021.3.27)

ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第4番、同第8番「悲愴」、同第10番/エミール・ギレリス(p) [DG 4794651]
DG録音全集24枚組。第4番は非常に丁寧な演奏で、弱音の含蓄ある美しさは格別である。技巧は完璧だが、ひけらかすやうな浅ましさはなく、滋味豊かに音楽を掘り下げり。惜しむらくは終楽章の盛り上げが弱く、広がりに欠けて丁寧なだけの演奏になつて仕舞つたことだ。折角の技巧を存分に発揮し、ベートーヴェンの野心を再現して欲しかつた。弾き込んできた悲愴ソナタは屈指の名演であらう。特に第1楽章の壮絶な悲劇的演出は圧巻で、大理石彫刻の如くひやりとした厳しさが素晴らしい。技巧の切れも天晴れだ。第2楽章は硬質のタッチで無骨。多少ロマンティックな甘さが欲しくなる。第10番はおつとりとした牧歌的な佳演だ。脂分が抜け、朴訥とした清らかさが出たギレリス晩年の演奏様式の結実である。(2021.3.24)

フリッツ・ブッシュ(cond.)/1919年録音集/ブラームス:交響曲第2番、ベートーヴェン、モーツァルト、レーガー/ヴュルテンベルク州立歌劇場管弦楽団/シュターツカペレ・ドレスデン/デンマーク放送交響楽団 [Guild Historical GHCD 2371]
Guild Historicalはブッシュの網羅的復刻を敢行してゐる。初めて聴くことの出来た1919年のブッシュ最初の録音が貴重この上ない。新進気鋭の若手指揮者が録音で登場したことに期待の度合ひが窺はれる。演目はベートーヴェン「エロイカ」第3楽章、弾丸のやうなモーツァルト「フィガロの結婚」序曲、ドイツ舞曲K.600から4曲、K.602から第3番、K.605から2曲、レーガーがモーツァルトのピアノ・ソナタ第11番第1楽章の主題から作曲した「モーツァルトの主題による変奏曲」だ。最も収録数が多いドイツ舞曲が楽しめる。レーガーは主題と変奏曲が3曲分だけだが、この時代に10分弱の録音を残したことは瞠目に値する。だが、ヴュルテンベルク州立歌劇場管弦楽団の技量が拙過ぎるのと、音質も含めて観賞用ではない。ブラームスの第2交響曲は1931年の記録で他にも復刻が出てゐるが、当盤のは放送時のアナウンス付きの完全録音なのだ。放送された音源の為かノイズが多く、音質は他盤の方が良い。余白にデンマーク放送交響楽団との1948年と1951年の録音で、モーツァルトのドイツ舞曲K.571から3曲とコントルダンスK.609から3曲が収録されてゐる。円熟の極みで見事な演奏である。(2021.3.21)

ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲、ドヴォジャーク:ユモレクス、サラサーテ:ハバネラ/ロサンジェルス・フィル/ズービン・メータ(cond.)/ドナルド・ヴォーヒーズ(cond.)/ヤッシャ・ハイフェッツ(vn)、他 [Rhine classics RH-004]
台湾発の稀少音源復刻レーベルRhine classicsの第4弾2枚組。2枚目。ハイフェッツにとつて5種類目となるベートーヴェンの協奏曲の音源の登場だ。協奏曲の記録としては最後となる1964年12月6日の公演記録で、メータ指揮ロス・フィルとの共演である。全盛期と比較すると流石に老化が感じられ、覇気や強さが減退してゐるのは事実だ。しかし、演奏は完璧なのだから恐れ入る。単に個性が全開であつた過去の録音と比べると、面白味のない凡庸な仕上がりに聴こえるといふだけのことだ。それは仕方あるまい。メータの指揮も平凡で詰まらない。余白に収録された1950年2月7日のベル・テレフォン・アワー放送録音のドヴォジャークとサラサーテが凄い。これが本当のハイフェッツだ。サラサーテの冒頭の軋む音からの脱力した妖艶な歌への変化は魔法と云はず何と云ほうか。(2021.3.18)

チャイコフスキー:弦楽四重奏曲第1番、ドヴォジャーク:弦楽四重奏曲第12番「アメリカ」、グラズノフ:ヴァイオリン協奏曲、ラロ:ギター/ハーグ・レジデンティ管弦楽団/ヴィレム・ヴァン・オッテルロー(cond.)/ジャン・アントニエッティ(p)/ハンガリー弦楽四重奏団 [Music&Arts CD-1181]
ゾルターン・セーケイとハンガリーSQの録音集8枚組。7枚目。ハンガリーSQにとりチャイコフスキーとドヴォジャークの有名曲の録音は大変珍しい。1952年のコンサート・ホールへの録音で復刻を歓迎したい。チャイコフスキーが名演だ。引き締まつたアンサンブルと硬質の音色とでスラヴの音楽を美しく歌ひ上げてゐる。有名なアンダンテ・カンタービレもセーケイの渋い歌ひ回しで感銘深い。ドヴォジャークは戸惑ふ。第1楽章が特異な遅さで驚く。しかし、聴き進むと土俗的な粘りを聴かせた信念の強さを感じる。第2楽章も含蓄深い歌が聴ける。終楽章は一転快調で軽い。描き分けが見事だ。さて、後半はセーケイの独奏が楽しめる。セーケイと云へば、メンゲルベルクとのバルトークのヴァイオリン協奏曲第2番の初演ライヴがとても有名だが、独奏者としての認知度は低い。グラズノフの協奏曲では確かな技巧が楽しめる。しかし、第3楽章のピッツィカートなどで迫力が欠けるのも事実だ。オッテルローとの共演、1942年のオランダ・デッカへの録音だ。ラロの小品も同時に録音されたものだ。余白にインタビューを収録。(2021.3.15)

モーツァルト:「フィガロの結婚」/RIAS室内合唱団/ベルリン放送交響楽団/カペッキ(Br)/ゼーフリート(S)/F=ディースカウ(Br)/シュターダー(S)/テッパー(Ms)/フェレンツ・フリッチャイ(cond.)、他 [DG 00289 479 4641]
フリッチャイのDG録音全集第2巻37枚組。昨今注目されてゐないが「フィガロの結婚」の最上位に置かれるべき録音で、ウィーン風の優美なクライバー盤と双璧を成す。1960年のステレオ録音で、実はフリッチャイ最後の歌劇録音でもある。フリッチャイはモーツァルトに特別な敬愛の念を抱ひてをり、当盤はその結晶とも云ふべき総決算なのだ。病状が進行し死期が迫りつつある時の録音とは思へない精悍な指揮振りで圧巻だ。音符全てに生命が吹き込まれてをり、経過句の扱ひをひとつとつても感心して仕舞ふ。因習に依らず爽快な古典派の風を送り込み、脈動と呼吸の感覚が最高だ。さて、歌手は同程度素晴らしいとはいかないが、全員大変見事な歌唱を聴かせる。カペッキのフィガロは演出過多だが、実によく盛り上げて呉れる。ゼーフリートのスザンナは色気が無さ過ぎる気がするが巧みだ。シュターダーの伯爵夫人も嵌り役ではないが美しい。ディースカウの伯爵は他にベーム盤でも聴けるが、断然このフリッチャイ盤が良い。フィナーレでの高貴な佇まひは流石だ。歌手に関しては他に良い嵌り役が幾らでもゐるだらうが、全体を統率したフリッチャイに絶讃を惜しまない名盤だ。(2021.3.12)

アレクサンダー・ブライロフスキー(p)/1938年HMV録音/ヴィヴァルディ、スカルラッティ、ベートーヴェン、ショパン [APR 5501]
ヨーロッパで絶大な人気を博したブライロフスキーが1938年にロンドンで行なつた録音の復刻だ。このうち何点かはRCAからも発売された。レシェティツキ門下の逸材として実力を発揮した名演の連続である。バッハ編曲のヴィヴァルディのニ短調協奏曲は、前年にコルトーが録音をしてをり、対抗録音かと思はれる。様子が全く違ふ。豪奢な色気で弾き抜いたコルトーに対し、暗い詩情で享楽的な音楽を避けたブライロフスキー。ラルゴの主題の歌ひ出だしだけでもかうも違ふものか。十八番のスカルラッティは絶品。ベートーヴェンの「失はれた小銭への怒り」も洒脱で素晴らしい出来だ。ショパンのエコセーズの屈託のない表情も見事。内気な子守唄や剛毅なワルツ第1番も面目躍如だ。RCAからも発売された肝心の大曲ピアノ・ソナタ第3番は何故か覇気が持続せず今一つだ。ブライロフスキー音楽は繊細で小品向きなのだ。(2021.3.9)

ベニャミーノ・ジーリ(T)/HMV&Electrola録音集(1941〜43年)/リーナ・ジーリ(S)、他 [Naxos Historical 8.110272]
Naxos Historicalによるセッション録音の復刻第11巻。戦中の困難な時期の録音集だ。ベルリンでのElectrola録音2曲を含む。この時期にも「アンドレア・シェニエ」の全曲録音も行つてゐる。収録曲は歌劇が12トラック分で、チレア「アルルの女」、プッチーニ「マノン・レスコー」、大変珍しいマスカーニ「ロンデッタ」「イザボー」、ジョルダーノ「アンドレア・シェニエ」、ヴェルディ「運命の力」、レオンカヴァッロ「道化師」、ミレッカー「従軍牧師」、ビゼー「カルメン」。ビゼーは娘リーナとの共演で、後の全曲録音の布石となる。その他は他の追随を許さないイタリア歌曲、ナポリ民謡が10曲聴ける。ジーリほど晩年まで衰へを感じさせなかつた歌手はをらず、プリモ・ウォーモの地位を堅守した。声質は次第に重くなつてきたが、スピントのレパートリーを拡大し、新しい魅力を聴かせる。泣き節に磨きがかかり、唯一無二の境地に達してゐる。(2021.3.6)

ビーバー:ロザリオのソナタ(第10番〜第15番、パッサカリア)/ルドルフ・エヴェルハルト(cemb)/ヨハネス・コッホ(gamba)/ズザンネ・ラウテンバッハー(vn) [VOX BOX CDX 5171]
名曲ロザリオのソナタの最初の全曲録音で規範となる名盤2枚組。2枚目は第10番から第15番、「イエスの磔と死」「復活」「昇天」「聖霊降臨」「聖母マリアの被昇天」「聖母マリアの戴冠」と、終曲としてのパッサカリア「守護天使」が収録されてゐる。楽想は場面ごとに情景が想起されるやうに作曲されてゐる。どの曲も様式美を堅守するよりも自由な展開をした幻想曲としての傾向が強い。1674年当時、世界最高峰のヴァイオリン奏者であつたビーバーは持てる技巧を駆使して大伽藍を打ち立てやうとした。その精髄が終曲に置かれたト短調のパッサカリアである。この曲がバッハのシャコンヌに直裁的な霊感を与へたことは容易に想像出来る。世界初録音であつたラウテンバッハーの演奏は装飾的な虚勢を排除し、実直で伝道師としての使命を献身的に果たしてゐる。伴奏も出しゃばらず、ヴァイオリン藝術を堪能出来る。愛好家必携の歴史的名盤。(2021.3.3)

エルヴィン・ニレジハージ(p)/オペラ・パラフレーズ [VAI VAIA/IPA 1003]
数少ない正規セッション録音で、晩年の1978年3月にサンフランシスコで行はれた。音質的にもニレジハージの録音では最良で、マーストンによる極上のリマスタリングで個性的なピアニズムを鑑賞出来る。さて、この録音は全くと云つてよいほど注目されてゐない。再発見された老ニレジハージが飽きられてきた時期の録音でもあり、演目も得意としたリストではなく自由に編曲されたオペラ・パラフレーズで、一般的な興味を惹かなかつたのだらう。だが、大変興味深い録音だ。ニレジハージは奏者としてよりも作曲家としての才能があり、生涯で数へ切れぬ楽想を残したが、出版に至つたものは殆どなく認知されてゐない。このオペラ編曲はさうした創作活動の片鱗を窺はせる記録として聴ける。ヴァーグナーの「リエンツィ」と「ローエングリン」を綯交ぜにした編曲は見事だ。神秘的な弱音の演奏も美しい。ヴェルディからは3曲あり、「仮面舞踏会」は2つのアリアで緩急を描き分け、「オテロ」ではイヤーゴのアリアから途中「パリアッチ」の楽想を混ぜるなど大胆だ。「トロヴァトーレ」はミゼレーレからの編曲だが、禁断のノン・ペダルと強大な打鍵から生まれる音響は唯一無二だ。チャイコフスキー「オネーギン」はレンスキーのアリアで組み立てる。レオンカヴァッロ「パリアッチ」も表情豊かだ。単なる編曲ではなく異なる楽想を混入させた交響的なピアニズムの演奏にニレジハージならではの個性がある。(2021.2.27)

ファリャ:ペドロ親方の人形芝居、クラヴザン協奏曲/ロベール・ヴェイロン・ラクロワ(cemb)/スペイン国立管弦楽団/アタウルフォ・アルヘンタ(cond.)、他 [RCA WD 71324]
アルヘンタの代表的録音。一寸した拘泥はりでスペイン・プレス盤を求めた。1958年のステレオ録音で音質極上だ。ペドロ親方の人形芝居もクラヴザン協奏曲もランドフスカが初演を担つた曲である。ファリャの野心が楽しめる傑作で、前衛的な手法を縦横無尽に使ひ乍ら、手際良く纏め上げた作品なのだが、演奏機会は少ない。取り上げられない理由は、編成が特殊過ぎるからだらう。ペドロ親方の人形芝居では、ペドロ親方をムングイア、劇の進行役をベルメヨ、ドン=キホーテをトレスが歌ふ。様々な打楽器が織り成す賑やかな音楽で、狂言のやうな歌が絡み愉快だ。乾いた音響で輪郭強く仕上げたアルヘンタの棒も良い。クラヴザン協奏曲は語法が斬新過ぎてランドフスカがレパートリーから外して仕舞つた曲だ。協奏曲とは銘打たれてゐるが、室内楽に近い。独奏楽器たちの鮮烈なアンサンブルが眩い。両曲とも決定的名盤だ。(2021.2.24)

イヴァン・コズロフスキー(T)/フランス・オペラ名唱集/グルック、グノー、オッフェンバック、ドリーブ、マスネ、プランケット [MYTO 1 MCD 925.68]
スターリン時代ソヴィエトのボリショイ歌劇場に君臨した立役者コズロフスキーのフランス・オペラの歌唱を編んだ1枚。1940年代から1960年代にかけての録音で日時が不明なのが残念だ。音質が極上で稀代の藝術に圧倒される。全てロシア語での歌唱で、発声に違和感があるが、歌の魔力の前にだうでもよくなる。戦前の本場のフランス人らは程度の差はあれ品の良さを保ちコズロフスキーのやうに大胆には歌はない。自信に溢れた歌唱で、甘いソット・ヴォーチェから官能的なアクートまで古今を通じても最上級の歌が聴ける。詳細が分からぬので全曲盤からの抜粋なのかが判別しかねるが、全曲盤を揃へたい名唱の連続だ。収録曲は、グルック「オルフェオとエウリディーチェ」、グノー「ファウスト」11場面、「ロメオとジュリエット」2場面、オッフェンバック「ホフマン物語」、ドリーブ「ラクメ」2場面、マスネ「マノン」2場面、「ウェルテル」3場面、プランケット「コルヌヴィルの鐘」だ。「ファウスト」ではアレクサンドル・ピロゴフ、「ラクメ」ではマリア・ズヴェゾリーナとの共演。指揮者はサスモード、オルロフ、ブロンで好演を繰り広げる。どれも高次元の名演で往時ソヴィエトの実力の高さに驚かされる。(2021.2.21)

ハイドン:十字架上のキリストの最後の7つの言葉/プリムローズ弦楽四重奏団 [Biddulph LAB 052-053]
プリムローズSQの録音集2枚組。1枚目。名ヴィオラ奏者プリムローズ主導の四重奏団の特徴は何と云つても、第一ヴァイオリンにオスカー・シュムスキー、第二ヴァイオリンにヨーゼフ・ギンゴールド、チェロにハーヴェイ・シャピロ、と一流のソロイストが4名揃つたことにある。弦楽四重奏では普通はないことで、三重奏までだらう。個々人の実力が遥かに上でも単純な足し算にはならない。専門の団体が凌ぎを削る世界なので生半可に関はつても食ひ込めない。しかし、プリムローズSQはソロイストたちの饗宴らしく、派手で聴き映えのする演奏で効果を上げてゐる。アンサンブルの統一感もあり、見事な成果を残したと云へよう。さて、ヴィルティオーゾ集団のプリムローズSQが何故ハイドンを録音したのかには疑問を抱ひて仕舞ふ。終曲を除いて全て緩徐楽章といふ異例の作品で、技巧的な見せ場は皆無、表現は贅を尽くした見事なものだが、力が余つてゐる気がしてならない。古典的な清楚感が薄く感銘も弱いのだ。(2021.2.18)

チャイコフスキー:組曲第3番より主題と変奏曲、交響曲第6番「悲愴」/ライプツィヒ放送交響楽団/ベルリン放送交響楽団/ヘルマン・アーベントロート(cond.) [Tahra TAH 604-605]
アーベントロート没後50年を記念して発売された未発表音源集。愛好家感涙の2枚組だ。2枚目はチャイコフスキーで、初演目となる主題と変奏が重要だ。1951年3月20日の放送録音で、ライプツィヒ放送交響楽団との演奏だ。ポロネーズでの熱量には圧倒される。全体的には雑然とした印象だが、重厚かつ密度の濃い名演と云へる。注目はアーベントロートが代表的名演を残した悲愴交響曲に2種類目の録音が加はつたことだ。これ迄聴かれてきたのは1952年1月28日のライプツィヒ放送交響楽団との録音で、新登場盤は1950年11月28日、ベルリン放送交響楽団とのライヴ録音である。実演であり、オーケストラの違ひもあつて印象はかなり異なる。まず、第1楽章の迫力と表現力が凄まじく、従来盤を凌ぐ。展開部の慟哭は噴流のやうだ。突撃するやうに前のめるかと思ふと全力で手綱を引いて後退りする。何といふ激しい感情表現であらうか。感傷的な歌でも木目細かくルバートをかけて情感を込める。壮大は悲劇を演出した男泣きの名演だ。残りの楽章も実演ならではの壮絶な演奏だが、従来盤ほど完成度が高くなく、かの第3楽章も解釈は同じだが仕上がりが劣る。(2021.2.15)

ショパン:ワルツ集(14曲)、24の前奏曲/ロベール・ロルタ(p) [DOREMI DHR-7994/5]
ロルタは忘却された奏者であるが、フランス流派の粋とも云へる香り高き名手である。ディエメ門下の逸材であつたが、第一次世界大戦に従軍した際に毒ガスを浴びて健康を害し長生き出来なかつた人である。1928年と1931年にフランス・コロムビアへの録音されたショパンを復刻した2枚組。1枚目。ロルタが目立たぬ原因は他でもない、コルトーの存在だ。あのエロスを漂はせた聴く者を籠絡する演奏の前では分が悪い。同時期に同じ曲を録音したのなら尚更だ。しかし、ロルタにはロルタの良さがある。技巧は達者とは云へないが、音楽は流麗で抒情的な詩情を常に湛へてゐる。大言壮語はなくピアノを実に美しく奏でる。ロルタの最大の特徴は弧を描くやうな歌である。力点のある音を強く長く引つ張るリズムの崩しを随所で確認することが出来る。ワルツ第3番イ短調はその好例だ。フランス訛りの洒脱なピアニズムを強く感じさせる奏者なのだ。典雅で物憂ひワルツ、瀟洒で気分屋なプレリュード、どちらも極上の逸品である。(2021.2.12)

ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第9番、フランク:ヴァイオリン・ソナタ/ティート・アプレア(p)/ジョコンダ・デ=ヴィート(vn) [ISTITUTO DISCOGRAFICO ITALIANO IDIS 6488/89]
伊IDISによるデ=ヴィート復刻盤第4巻2枚組。2枚目。クロイツェル・ソナタが名演だ。情熱的な音色とくすんだ渋い節回しが見事だ。煽るやうな表現はないが、内燃する炎が感じられる両端楽章も良いが、細部を重んじ丁寧に耽溺するやうな第2楽章の変奏にデ=ヴィートの最良の姿がある。比べるとフランクは一長一短で全体的には推薦しかねる。第1楽章や第3楽章の瞑想は美しく、含蓄のある歌は素晴らしいのだが、第2楽章はもたついてをり低調、第4楽章も爽やかさがなく歌ひ回しがしつこい。デ=ヴィートらしい演奏ではあるが、曲の良さを引き出したとは云へない。(2021.2.9)

グレゴール・ピアティゴルスキー(vc)/小品録音集(1924年〜1950年) [West Hill Radio WHRA 6032]
M&A系列のWest Hill Radioによるピアティゴルスキー稀少録音集6枚組。6枚目。これ迄聴くことの出来なかつた音源が満載で、最も価値が高い1枚だ。1924年から始まるパーロフォン、ヴォックス、ポリドール、ポリフォン等へのアコースティク録音では、ポッパー、ダヴィドフなどの技巧曲が中心で、サラサーテ「サパテアード」をヴァイオリンかと紛ふほど達者に弾くのには舌を巻く。ベルリン時代のピアティゴルスキーはフォイアマンを圧するほどの名手であつたのだ。「コーカサスの風景」で聴かせる妖艶な音色も見事だ。ヴォルフシュタールとクロイツァーと演奏した三重奏といふ稀少録音もある。電気録音になつてからも魅力が全開で、非の打ち所がない。鮮烈なポッパー、郷愁に胸打たれるチャイコフスキー、格調高いフランクール、痛切なるショパンなど感銘深い。余談だが「タイースの瞑想曲」で共演したベラ・ダヨスは良い奏者だ。1940年代の録音では独自性のある趣向を打ち出すやうになつたことがわかる。自作自演「前奏曲」「行列」は前衛的な作風で驚く。ブロッホ「祈り」の全霊を込めた歌は白眉だらう。プロコフィエフの3曲での諧謔、スクリャービン「ロマンス」での情熱的な歌、フォス「カプリッチョ」での離れ業、ヴィルティオーゾと呼ぶに相応しい演奏の連続だ。全24曲、至高の藝術が堪能出来る。(2021.2.6)

ハイドン:交響曲第92番、フランケンシュタイン:マイアベーアの主題による変奏曲、ロッシーニ:「ウィリアム・テル」序曲、ヴェーバー:「魔弾の射手」序曲、モーツァルト:交響曲第39番/ハンス・クナッパーツブッシュ(cond.)、他 [VENIAS VN025]
怪物クナッパーツブッシュの管弦楽曲録音を可能な限り集成した70枚組。1枚目。最初期録音だ。ベルリン国立歌劇場管弦楽団を振つたハイドンのオックスフォード交響曲はクナ最初の録音で墺プライザーからも復刻があつた。唯一の演目だから一応貴重なのだが、1925年の機会吹き込みで貧相な音な為、愛好家以外は楽しめまい。何より、テンポが一定せず、表現にも拘泥はりが感じられず、やる気が感じられる仕事ではない。クナにとつては小遣ひ稼ぎ程度の録音だつたのだらう。同時に録音された珍曲フランケンシュタインが面白からう。とは云へ、要素が雑多な曲でクナが本気を出したとは思へない。バイエルン国立歌劇場管弦楽団を振つたロッシーニとヴェーバーは1928年の電気録音で多少聴き易くなるが、演奏は雑で、録音豊富な有名曲でもあるので価値を見出せない。モーツァルトは1929年の録音で再びベルリン国立歌劇場管弦楽団との演奏。特に特徴もなく、正直なところ、この時代のクナに録音の需要があつたことが不思議でならない。しかし、後に大化けするのだからわからないものだ。(2021.2.3)

リア・ギンスター(S)/歌曲集/フリース、シューベルト、ブラームス、レーガー、シューマン、モーツァルト、ドビュッシー [PREISER RECORDS 89227]
戦前のドイツ・リート歌ひとして絶大な人気を博したギンスターであるが、昨今は忘却の一途を辿つてをり、メンゲルベルクと共演した記録が残されてゐることで僅かに記憶されてゐるかも知れぬ。あらゑびすも女学生めくと評してゐるが、可憐で愛くるしい声とおつとりとした表情が特徴である。イヴォーギュン、シューマン、シュトライヒの系列に連なる歌手と云へよう。ギンスターは歌劇でも活躍したが、評価が高く主戦場としたのはドイツ・リートであつた。墺プライザーが復刻した歌曲集2枚組。1枚目。1932年から1937年にかけてのHMVへの録音だ。冒頭3曲も子守歌が続くが、全31曲中5曲も子守歌を吹き込んでゐるのだ。実は子守歌にこそギンスター最良の歌唱があり、かつてはモーツァルトの作とされてゐたフリース、シューベルトの2曲、ブラームス、レーガーは「マリアの子守歌」で聴ける清純な歌声は理想的だ。しかも、ギンスターは単に声質で魅せるのではなく、実に繊細な声音の変化を伴ふ表現の奥義を駆使してをり心憎い。選曲も自身の強みを生かした賢明なものばかり。4曲のドビュッシーも違和感なく見事だ。(2021.1.31)

スメタナ:弦楽四重奏曲第1番「我が生涯より」、同第2番、ドヴォジャーク:弦楽四重奏曲第10番/スメタナ弦楽四重奏団/パノパ弦楽四重奏団 [SUPRAPHON SU 4003 2]
チェコ弦楽四重奏の名曲名演集3枚組。1枚目。ひつそりと発売され、特段注目を集めなかつたかと思はれるが、重要な1枚なのだ。スメタナの2曲の弦楽四重奏曲をスメタナSQによる究極の演奏で鑑賞する喜びに勝るものはないのだが、どの録音を最上とするかは愛好家の関心の的である。一般的にはDENONレーベルで聴くデジタル録音盤が人口に膾炙する録音であらう。しかし、玄人筋はステレオ初期、スメタナSQ黄金期の1962年スプラフォン録音を決定盤と推してをり、是非とも聴きたいものだと思つてゐたが、なかなか機会を得なかつた。1950年前半に続く2度目の録音であり、演奏は期待以上の神々しい出来栄えであつた。第1番は冒頭の和音から綺麗事には済ませない激しい感情がぶつけられてゐる。全楽章、圧巻の燃焼度、情感の豊かさで説得力が違ふ。第2番は浮ついた他団体を大きく引き離す本家本元の貫禄。どちらも第一に挙げるべき決定盤だ。これと比べて仕舞ふとパノパSQが1985年に録音したドヴォジャークは立つ瀬がない。(2021.1.27)

シューマン:フモレスケ、アレグロ、ショパン:前奏曲(7曲)、バラード第4番、リスト:コンソレーション(5曲)、メフィスト・ワルツ第1番/サムエル・フェインベルク(p) [Classical Records CR-174]
露Classical Recordsはフェインベルクの復刻を行ふ頼もしいレーベルだ。第5巻は第4巻に続いてシューマンの録音でこれで全部が揃ふ。選曲も実に渋い。フモレスケ作品20から狂ほしい浪漫を奏で、分裂しながらも淡い期待、一途な情熱、刹那の嘆きを見事に紡ぐ。屈指の名演として記憶してをきたい。若き日の暗き情熱に貫かれたアレグロ作品8は特に聴く機会の少ない演目だけに有難い。慧眼に充ちた名演で決定的な録音と云へよう。これらは1952年から1953年にかけての録音で音質も申し分ない。ショパンは全く良くない。前奏曲集より、1番、3番、5番、8番、10番、11番、12番を演奏しているが、音が悪く内容も抜粋だし、フェインベルクでなければと云ふものではない。バラードは少しましな内容だが、これも特別なものではない。リストが絶品だ。6曲のコンソレーションから最も有名な第3番のみが録音がないのがフェインベルクたる所以と云へよう。物静かな観想に沈み含蓄深い囁きで慰めを与へて呉れる名演ばかりだ。対照的に鮮烈なメフィスト・ワルツも素晴らしい。悪魔的な嘲笑と誘惑が共存する名演だ。(2021.1.24)

アウアー伝説第3巻/アレクサンダー・ペチュニコフ(vn)/メイ・ハリソン(vn)/ミシェル・ピアストロ(vn)/サミュエル・ドゥシュキン(vn) [APR 7017]
アウアー門下の稀少録音集第3巻2枚組。1枚目。1914年コロシアム/スカラ録音よりペチュニコフの5曲は貧しいアコーステック録音といふこともあり大したことはない。演奏も演目も覇気が感じられない。ハリソンのHMVへの唯一の商業録音とされるディーリアスのヴァイオリン・ソナタ第1番が貴重だ。ピアノは何と作曲家アーノルド・バックスである。ハリソンの復刻は他に英SYMPOSIUMからあつた程度で、矢張りバックスの伴奏によるソナタ第3番が聴けた。さて、第1ソナタだが、だうにも捉へ所のない曲で演奏云々ではなく晦渋さに辟易して仕舞つた。当盤で光彩を一際放つのがピアストロだ。1926年から1931年にかけてのブランズヴィック録音より8曲が収録されてゐるが何も感銘深いな名演だ。作者不詳の「ロマネスカ」やビゼー「真珠採り」の切々たる歌の奥深さ、サラサーテ「ツィゴイネルワイゼン」の燦然たる技巧、ヴェニャフスキ「ロシアの謝肉祭」のsul ponticello奏法やトレモロ奏法の妙、エルマンやハイフェッツに匹敵する実力の持ち主だ。ドゥシュキンのHMV録音4曲は小粋な名品だが、それ以上ではない。(2021.1.21)

ショスタコーヴィチ:ピアノ五重奏曲、弦楽四重奏曲第1番、同第2番/ドミートリー・ショスタコーヴィチ(p)/ベートーヴェン弦楽四重奏団 [VENEZIA CDVE 04328-1]
露VENEZIAレーベルが復刻したベートーヴェンSQによるショスタコーヴィチ弦楽四重奏曲全集6枚組。1枚目。ショスタコーヴィチはツィガノフ率ゐるベートーヴェンSQに絶大な信頼を寄せた。その結晶がピアノ五重奏曲での共演だらう。これはとても有名な録音で、自作自演盤には必ず含まれ復刻は多い。絶望的な悲しみを湛へたショスタコーヴィチのピアノと世界を同じくするベートーヴェンSQの無上の取り合はせによる決定的名演である。特に諧謔味は他の演奏からは聴き取れない凄みである。弦楽四重奏曲の第1番も第2番も弾き込んだ自信が伝はる別格の名演だ。第1番集結の熱気溢れる合奏は鬼神が乗り移つたかのやうだ。神妙な歌も素晴らしく、特にツィガノフが奏でる第2番第2楽章の奥深い詠嘆は琴線に触れる。(2021.1.19)

ヨーゼフ・レヴィーン(p)/全録音/パテ録音(1920年〜1921年)/ヴィクター録音(1928年〜1939年)/ロジーナ・レヴィーン(p) [Marston 53023-2]
米Marstonからまたも驚愕のリリースが届いた。完璧なるピアニストにしてジュリアード音楽院の重鎮レヴィーンの録音はCD1枚分が全てであつた。復刻はマーストンがNaxos Historicalで行なつてゐた。それが一気に3枚分に増えたのだから腰を抜かす。さて、3枚組の1枚目はNaxos Historical盤と同じ収録曲である。米パテへのアコースティック録音4曲は貧しい音ながら非の打ち所のない極上の演奏ばかりだ。1928年のヴィクター録音であるシュトラウス「美しき青きドナウ」は予てよりレヴィーンの最高傑作とされるもので伝説的な名演である。久々に聴いたが惚れ惚れして仕舞つた。1930年代のシューマンやショパンの録音も嘆息するやうな絶品ばかりだ。愛妻ロジーナとの連弾によるドビュッシー「祭り」は管弦楽と紛ふ交響的な演奏。さて、モーツァルトの2台のピアノの為のソナタだが、2枚目にも収録されてゐる。実はそちらがNaxos Historical盤と同じもので、この1枚目の方は初めて聴くことが出来た別録音なのだ。1枚目は1935年の旧録音と1939年の別テイクとで構成されてゐる。流石マーストンである。内容は若さがあるからかこの旧盤の方が良い。(2021.1.15)

モーツァルト:交響曲第39番、ショスタコーヴィチ:交響曲第12番/レニングラード・フィル/エフゲニー・ムラヴィンスキー(cond.) [PROFIL PH15000]
独PROFILが敢行するムラヴィンスキー・エディション第1巻6枚組。4枚目。看過して仕舞ひさうだが、このモーツァルトとショスタコーヴィチは1961年10月16日のライヴ録音で、他で商品化された形跡のない初出音源かと思はれるのだが、その記述は何処にもない。不思議だ。さて、ムラヴィンスキーがモーツァルトで偏愛した第39番だが、5種類目となる録音で、1947年のセッション録音と1965年のライヴ録音の間を埋める記録だ。しかし、マイクのせいもあるが、ムラヴィンスキーにしては繊細さの乏しい演奏で、強音の雑な響きと強引なアンサンブルがらしくない。注目は無論ショスタコーヴィチだ。10月1日にムラヴィンスキーによつて初演されたばかりで―初演録音はVENEZIA盤で発売済―その半月後の演奏記録なのだ。音質は良くないが、あまりの熱気に圧倒される。特に第1楽章は尋常ではない。第12番に関してはムラヴィンスキーは特別で、説得力が段違ひだ。同じ10月にムラヴィンスキーはこの曲のセッション録音を行ひ、その後一切のスタジオ録音を行つてゐない。ムラヴィンスキーの生涯最後に残されたライヴ録音の記録もこの曲であつた。完璧主義者の拘泥りなのか。(2021.1.11)

マルティヌー:ヴァイオリン協奏曲第2番、ハチャトゥリアン:ヴァイオリン協奏曲、アクロン:調律、他/ルイス・カウフマン(vn)、他 [Cambria CD-1063]
米國の生んだ名手カウフマンの実力を堪能出来る1枚。マルティヌーは1944年に委嘱者エルマンが初演をした曲でクーセヴィツキーとボストン交響楽団との初演時のライヴ録音も残る。エルマン盤は録音状態がだうしても貧しい為、1955年録音のカウフマン盤の存在意義は大きい。演奏も抒情的であつたエルマンとは印象が大分異なる。カウフマンの演奏はギラついてをり、煽情的な音色で暑苦しく歌ふ。ジャン・ミシェル・ルコント―ピエール・ミシェル・ルコントの誤記か?―指揮フランス国立管弦楽団の伴奏も極彩色で冒頭の不協和音からどぎつい響きを聴かせる。エルマン盤とは一味違ふ良さがあるので併せて鑑賞したい。ハチャトゥリアンとアクロンはBiddulphから復刻があり、記事にしたので割愛する。ポール・ウラノフスキーのピアノ伴奏でクライスラーが編曲した「太陽への讃歌」「ロンドンデリーの歌」「アンダンテ・カンタービレ」が素晴らしい。今日では絶滅した音色と歌ひ方を聴くことが出来る。ハリウッド映画で活躍した甘く切ないヴァイオリンに陶然とする。(2021.1.10)

ハイドン:交響曲第90番、同第91番、同第92番「オックスフォード」/フィルハーモニア・フンガリカ/アンタル・ドラティ(cond.) [DECCA 478 1221]
ドラティ最高の偉業であるハイドン交響曲全集33枚組。この3曲はドーニ・セットとも呼称され、パリ・セットとザロモン・セットの中間に位置する円熟期の傑作交響曲群だ。最高傑作は第90番だらう。第1楽章から主題の扱ひが絶妙で交響的な熱気が溢れ出し、展開部の昂揚はハイドン最良の音楽のひとつである。第2楽章の中間で劇的な短調に転ずるのも意欲的だ。軽快さと諧謔を織り交ぜた終楽章も素晴らしい。ドラティの演奏は立体的で緊密、推進力に溢れてゐる。両端楽章の出来栄えは最高だらう。第91番はハイドンならではの新機軸を目指した発想重視の曲だが、音楽の覇気が薄めで弛緩した印象が否めない曲だ。特に第2楽章の変奏は退屈する。ドラティの演奏は勿論水準以上だが、勢ひで聴かせられない楽想に苦慮し、特段感銘を残すやうな出来ではない。人気曲であるオックスフォード交響曲はわかりやすい素朴さで料理のしやすい名曲であるが、ドラティの演奏は殊更に過多な表現を持ち込まず、穏当な解釈で詰まらない。但し、終楽章だけは爽快極まりないテンポを採用し、前進する生命力が抜群だ。かうでなければならぬ。(2021.1.6)

ヴィクトル・スタウ(p)/ラザール・レヴィ(p)/スタジオ録音全集 [APR 6028]
APRが進行する「フレンチ・ピアノ・スクール」シリーズ第2巻。コンセールヴァトワールの名教師ディエメの弟子であつたスタウとレヴィの復刻2枚組だ。主役は無論、高名な名教師レヴィの1枚半に及ぶセッション録音全集だが、1枚目の半分はペルー人スタウの録音が収録されてゐる。初めて耳にする演奏家であり、恐らくライヴ録音もないかと思はれるので、ここで聞ける全15曲が全録音だらう。1927年と1929年のオデオンへの録音で、演目はシューマンの幻想小曲集からの3曲が意欲作で、ドビュッシーの前奏曲集やショパンのワルツなどフランス流派の見事な演奏が聴ける。他にもダカン、メンデルスゾーン、モシュコフスキ、シンディング、ラヴェルとあるが、ルネ=バトン「カランテク付近の糸紡ぎの女たち」と自作自演「木陰で」は貴重な音源である。スタウは品格ある小粋な奏者である。さて、レヴィの戦前HMV録音がやうやく全部復刻されたことは実に喜ばしい。シャブリエ2曲、ドビュッシー、デュカはTahraやarbiterで復刻があつたが、このAPR盤の登場で終止符を打てた。自作自演で前奏曲第1番、第2番、第5番、ルーセル「シチリエンヌ」の高踏的な趣は流石であるが、モーツァルトの幻想曲ハ短調の凛とした佇まいこそ、後のソナタの名盤を彷彿とさせる名演であつた。(2021.1.3)

モーツァルト:ピアノ協奏曲第14番、同第20番/ニューヨーク・フィル/ブルーノ・ヴァルター(cond.)/マイラ・ヘス(p) [Music&Arts CD-275]
よく知られたヘスとヴァルターの共演。第14番が1954年1月17日、第20番が1956年3月4日の放送録音である。第14番変ホ長調は全集でもないと聴く機会が滅多にない曲で、このヘス盤は予てより決定的名演として語られてきた。冒頭からヴァルターとニューヨーク・フィルによる優美な音楽に魅せられる。ヘスのピアノは情感豊かで歌心に溢れてをり、ヴァルターとの相性は抜群だ。何よりも気品のある語り口に陶然となる。特に第2楽章の含蓄の深さは絶品である。録音状態も悪くなく、この曲では第一に挙げるべき決定盤だ。第20番ニ短調も名演だ。ヴァルターは弾き振り録音も残したほどこの名曲を得意としてをり、手中に収めた感がある。動的なヴァルターに対し、ヘスはしみじみと寂寥感を編み上げる。ベートーヴェン作のロマン漂ふカデンツァを使用し、奥深い世界を展開する。録音状態が幾分悪いのが残念だが、忘れ難い名演のひとつである。(2020.12.27)

ベルク:ヴァイオリン協奏曲、ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第3番/ヨーゼフ・シゲティ(vn)/ジャン・カサドシュ(p)/NBC交響楽団/ニューヨーク・フィル/ディミトリ・ミトロプーロス(cond.) [Music&Arts CD-1213]
ミトロプーロスの放送録音集第1巻4枚組。1枚目。協奏曲の伴奏だ。シゲティをソロイストに迎へてのベルクはよく知られた録音で、1945年12月11日のNBC交響楽団との共演だ。現代音楽を得意としたシゲティにとつてこの名曲の唯一の録音で重要である。演奏は圧倒的で素晴らしい。シゲティは音だけで世界を創れる一握りの奏者である。不安、慰め、怒り、恐れ、夢想、様々な表情を聴かせて呉れる。ミトロプーロスの先鋭的な棒も刺激的だ。この曲の屈指の名演であるが、クラスナーとヴェーベルンによる迫真の演奏には一歩及ばない。ベートーヴェンは名匠ロベールでなく息子のジャンによる演奏である。これが期待以上の出来で、輝かしいピアノと熱血のオーケストラによる絢爛たる名演であつた。第1楽章カデンツァの眩いばかりの技巧には感心した。正統的な演奏ではないが、面白く聴けるだらう。(2020.12.24)

ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番、同第4番、ショパン:ノクターン(5曲)、サン=サーンス:ピアノ協奏曲第5番/モニク・ド・ラ・ブルショルリ(p)/イヴォンヌ・ルフェビュール(p)/ヨウラ・ギュラー(p)/マグダ・タリアフェロ(p)、他 [Tahra TAH 712-713]
仏Tahraによるフランス女流ピアニスト録音集第2巻2枚組は貴重な協奏曲のライヴ録音が目白押しである。収録曲と奏者は、ベートーヴェンの皇帝協奏曲が1948年6月20日か21日のブルショルリとレオポルト・ルードヴィヒ指揮ベルリン・フィル、協奏曲第4番が1959年12月1日のルフェビュールとスクロヴァチェフスキ指揮フランス国立管弦楽団、ギュラーが弾くショパンのノクターンは1959年のデュクレテ=トムソン録音、サン=サーンスのエジプト風協奏曲は1958年4月21日のタリアフェロとパレー指揮フランス国立管弦楽団、余白にルフェビュールがラヴェルについてを、タリアフェロがショパンについてを語つた音声、といふ構成である。さて、発売当時稀少価値が高かつたが、ギュラーの復刻は他にも出て、ブルショルリの録音はmelo classicsの録音集成にも含まれ、ルフェビュールの録音もSolsticeの大全集24枚組に含まれた。唯一、タリアフェロの録音が当盤のみの音源である。タリアフェロはフルネの指揮で決定的名盤であるPhilipsセッション録音を残してゐた。このライヴ録音はその比較が焦点となるが、何と云つても豪傑パレーとの共演、只では済まされない。両端楽章の燃焼度は明らかにフルネ盤を超えてをり、音楽に息吹を感じられるのはパレー盤の方だ。第2楽章の中間部はフルネ盤の方が美しい仕上がりだが、全体で述べるとパレー盤の方が感銘深い。決定的名演を超えるのは本人自身のみで、Philips盤よりも上位の名演がここにある。(2020.12.21)

ブラームス:悲劇的序曲、モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第5番、ベートーヴェン:交響曲第3番「英雄」/クリスティアン・フェラス(vn)/フランス国立管弦楽団/カール・シューリヒト(cond.) [Altus ALT170/1]
フランス国立視聴覚研究所所蔵の音源でシューリヒトの真価を問ふ本邦Altusレーベルの好企画。1955年2月5日の演奏会の全プログラムを収録した2枚組だ。モノーラル録音だが、驚異的な高音質である。さて、この日の演奏はシューリヒトが絶好調で全曲決定的な名演に挙げても良い極上の出来栄えなのだ。ブラームスから最上級の讃辞を捧げたい。テンポの揺らしが細かくシューリヒトの至藝を如実に体験出来る。何と云つても第2主題でぐつとテンポを落とすのは理想的な解釈なのだが、他の指揮者ではまず聴けない。基調のテンポが俊足であるから出来る大胆なアゴーギクなのだ。コーダ前の大詰めでも強大なpesanteで圧倒する。惜しむらくはライヴ故の瑕があり、テンポを巻き返す時にアンサンブルが乱れて仕舞つたことだ。フェラスとのモーツァルトも絶品だ。淀みない表情豊かな伴奏は滅多に聴けない。フェラスは一瞬たりともespressivoを緩めず情熱的で完璧な演奏をし輝いてゐる。至る箇所で装飾を加へるなど神懸かつた演奏であり、フェラス最上の録音のひとつである。エロイカはセッション録音同様の完成度で、フランス国立管弦楽団も渾身の演奏を繰り広げる。特に第4楽章の各声部の丁々発止の仕掛け合ひには思はず唸る。シューリヒトのエロイカではセッション録音と並ぶ双璧の出来で、数あるエロイカの録音の中でも光彩を放つ名演であつた。聴くべし。(2020.12.15)

ラモー:クラヴザン曲集第1巻、メヌエットとロンド、組曲ホ短調、組曲ニ長調、クラヴザン曲集新組曲イ短調より/マルセル・メイエ(p) [EMI 0946 384699 2 6]
ディスコフィル・フランセへの全録音の他、戦前の録音も網羅した17枚組。9枚目を聴く。メイエは往時数少ないバロック音楽の理解者であつた。残された録音の中で、バッハ、スカルラッティ、ラモーは一家言ある重要な遺産であつたが、前2者には他にも優れた軌跡を残した演奏家がゐた。だが、ラモーに真剣に取り組んだのはメイエくらゐであつた。シャブリエの録音と並ぶメイエの最も重要な録音なのだ。時代考証的にはチェンバロ演奏が優位だが、ピアノによる再現藝術としては別格で余人を寄せ付けない。何と云ふ気品と説得力であらうか。簡素であり、滋味溢れ、含蓄が深い。ピアノの凛とした音色によりチェンバロ演奏を超える世界を提示してゐる。有名なタンブーラン等、琴線に触れる名演の連続だ。収録時間の都合でイ短調の新組曲がCDを跨いで仕舞ふのは致し方ないか。(2020.12.12)

ブルッフ:ヴァイオリン協奏曲第1番、シュポア:ヴァイオリン協奏曲第8番、グラズノフ:ヴァイオリン協奏曲/ベルリン・フィル/ゲオルク・クーレンカンプ(vn)、他 [Podium POL-1023-2]
独Podiumによるクーレンカンプ復刻第6巻。内容はかつて発売されてゐたスウェーデンのALTA NOVAレーベルとほぼ同じであるが、入手困難だつたので重宝されよう。ブルッフはカイルベルト指揮、ベルリン・フィルとの1942年の録音。今日の耳からすると冒頭のカデンツァなど暗く地味で内省的過ぎ、異色の演奏の聴こえるだらう。技巧的な頼りなさも珍しい。しかし、第1楽章第2主題のカンティレーナの美しさは唯一無二で、アウアー派奏者らの濃厚な歌ひ込みとは真逆である。シュポアはイッセルシュテット指揮、ベルリン・フィルとの1935年の録音。これぞドイツ・ロマンティシズムの精髄で、この曲の屈指の名盤である。グラズノフはトール・マン指揮、スウェーデン放送交響楽団との1948年録音のライヴ録音。スラヴ風の演奏とは一線を画す後期ロマン派のとろけるやうな爛熟の演奏は中毒性を秘めてゐる。(2020.12.9)

パブロ・カサルス(vc)/ヴィクター録音(1928年)/HMV録音(1929年〜1930年)/ニコライ・メドニコフ(p)/ブラス・ネ(p)/オットー・シュルホフ(p)、他 [Naxos Historical 8.110976]
戦前の小品録音全集全5巻。2枚目。ヴィクター録音の続きで残り4曲が収録されてゐる。凛としたバッハ、闊達なポッパーは至高の藝術である。次いで、1929年バルセロナでの12曲13トラック、1930年ロンドンでの3曲のHMV録音が収録されてゐる。これらは本家EMIからは勿論、英Pearlからも復刻があつた。演目が編曲物こそ多いが、正統的な古典作品が多くなり格調高さが増したが、自然と艶が後退したやうに感じる。とは云へ、謹厳なバッハ、壮麗たるタルティーニやボッケリーニの出来栄えは絶品である。ドヴォジャーク「我が母の教え給ひし歌」とベートーヴェンのメヌエットでカサルスの演奏を超えるものは多くはなからう。余白に指揮者カサルスの最初期の録音、1927年にロンドン交響楽団を振つたベートーヴェンの序曲「コリオラン」が収録されてゐるが、渾身の演奏で期待以上の出来栄えであつた。(2020.12.6)

ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第21番、同第30番/バイロン・ジャニス(p) [RCA 88725484402]
ジャニスのRCA録音全集。ジャニスのレパートリーで最も刮目すべきはラフマニノフだらうが、ベートーヴェンでも見事な録音を残してゐる。ヴァルトシュタイン・ソナタは唖然とする巧さである。充分過ぎる技巧で表現の限りを尽くしてゐる。突発的なクレッシェンド、スビトピアノ、撫でるやうな音色から尖つた粒立ちの良い音色まで千変万化する。雄弁な第1楽章は勿論、語りかけるやうな第2楽章の懐の深さも良い。特筆すべきは気品をも兼ね備へた第3楽章で、入りから包み込まれる温かさに溢れてゐる。作品109も滋味豊かな名演で、ジャニスが技巧だけの人でないことを示す。寂寥感を漂はせた第1楽章が殊更素晴らしい。看過して仕舞ふのは勿体無い演奏なのだ。(2020.12.3)

モーツァルト:交響曲第36番、同第39番/コロムビア交響楽団/ブルーノ・ヴァルター(cond.) [Sony Classical 190759232422]
コロムビア録音全集77枚組。1959年から1960年にかけてステレオで再録音された後期6大交響曲だ。毀誉褒貶様々あるが名盤であることに違ひはない。ステレオ初期の麗しき録音でヴァルターの演奏が聴ける価値は代へ難い。温かく手作りの感触が感じられる音楽と立体的な響きは実に素晴らしい。薄手の小編成オーケストラはモーツァルトの場合は好都合だ。歌が主導するヴァルターの音楽感が存分に発揮されてゐる。詰まり、申し分のない録音なのだが、正直に申すと5年位前に入れたモノーラル録音のニューヨーク・フィルとの録音の方が断然良かつた。分厚い響きだが、音楽の燃焼度が違つた。勢ひと艶があつた。この西海岸のコロムビア交響楽団との録音は丁寧さと円満さと重視した面白みに欠ける演奏であることは否めない。機能美を追求した演奏に食傷気味な時に聴きたくなる演奏と云へよう。(2020.11.30)

フランツ・シュミット:ピアノ五重奏曲、クラリネット五重奏曲/イェルク・デムス(p)/アルフレート・プリンツ(cl)/アントン・カンパー(vn)、他 [PREISER RECORDS 93383]
1965年に録音されたオーストリアの作曲家フランツ・シュミットの室内楽名品。ウィーン・コンツェルトハウスSQを主宰するカンパーはシュミットとの相性は抜群で、弦楽四重奏曲の録音も残してゐた。デムスもまたピアノ作品の録音を残してをり、作曲家に対する敬意が詰まつた1枚なのだ。デムスは名作であるピアノ五重奏曲をバリリSQとウエストミンスターに録音してをり、よく知られてゐるが、実は当盤はそれを上回る出色の出来なのだ。バリリSQの演奏は比較すると脂粉が多く華やかで、当盤の秘めやかな夢想する詩情に及ばない。プーランク風の気怠く諧謔的な第1楽章は頽廃的な趣を表出してをり素晴らしい。当盤の傑作は第2楽章で、淡い水彩画のやうな黄昏のロマンティシズムが漂ふ。カンパーの余韻嫋嫋たる音色が美しい。バリリ盤にはない良さだ。最も蠱惑的な楽章、ショーソンに通じる詩情が美しい第3楽章も理想的な抒情だ。クラリネット五重奏曲変ロ長調はクラリネット、ピアノ、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロといふ大変珍しい編成だ。3楽章制で、連綿たる浪漫漂ふ第1楽章、瞑想する第2楽章、愛らしい愉悦を振りまく第3楽章から成る。肝心のプリンツのクラリネットが幾分明る過ぎて情趣を欠くが、全体的にはウィーン流儀が美しい名演と云へる。(2020.11.27)

ニノン・ヴァラン(S)/歌曲録音集(1929年〜1935年)/ファリャ、ラパラ、ニン、ダルクール、シューマン、シュトラウス [VAI VAIA1127]
戦前最高のフランスのソプラノ、ヴァランの復刻は体系化されてをらず散漫な侭だ。このVAIの復刻は歌曲録音に限定してゐるのが良い。まずは1930年オデオン録音からファリャ「恋は魔術師」より3曲と「7つのスペイン民謡」からの3曲が素敵だ。しかし、これは他にも復刻があつた。同じくオデオン録音でラパラ「ホタ」も雰囲気満点で最高だ。1931年のオデオンとコロムビアへの録音からニンの歌曲7曲が素晴らしい。現在では聴けない妖艶な歌唱で虜にさせられる。さて、当盤で重要なのは1935年のコロムビア録音でマルグリート・ベクラール・ダルクールの「ペルー民謡集」9曲である。何と名手ルネ・ル=ロワのフルートとピエール・ジャネットのハープの伴奏である。異国情緒豊かで艶やかなヴァランの歌声が沁み渡る。後半は異色のドイツ・リートだ。大曲シューマンの「女の愛と生涯」がフランス歌唱で吹き込まれてゐる。1929年のパテ録音で復刻は他にもあつた。表情も色気が多過ぎ居心地が悪いが、レーマンの録音同様、全盛期の歌手による録音には捨て難い魅力がある。「異郷にて」も美しい。更に貴重なのはシュトラウス「セレナード」「黄昏の夢」だ。異端だが、シュトラウスの芳醇なる世界に入り込んでゐる。(2020.11.24)

サンソン・フランソワ(p)/78回転録音集(1945年&1947年)/ショパン・リサイタル(1952年) [ERATO 9029526186]
没後50年記念54枚組。3度目となる大全集で遂にオリジナル・アルバムによる決定的復刻となつた。1枚目。78回転録音集は最初の全集で特典盤として初出となつた音源だ。1945年7月5日の録音でショパンのバラード第1番、エチュード2曲、プレリュード2曲、1947年9月24日の録音でラヴェル「スカルボ」だ。初録音でのショパンは生硬で、技巧も洗練されてゐなく、特に聴くべき価値は見出せない。処がラヴェルではフランソワならではの才気が発散してをり魅せられる。さて、1952年6月に録音された最初のLPアルバム、ショパン・リサイタル9曲が面目躍如の仕上がりなのだ。何と云つてもアルバムの最後をプレリュードの第1番ハ長調でさらりと締めるのが鬼才フランソワたる所以である。僅か1分の曲。これから始まる予感をさせる曲を最後に持つてくるとは斜に構へてゐる。このアルバムはフランソワの得意中の得意を集めてをり悪からう筈はない。特に感銘深いのはバラード第4番、スケルツォ第3番、そして、ノクターン第2番とワルツ第1番だ。(2020.11.22)

グルック:「アルチェステ」序曲、シューマン:チェロ協奏曲/ティボール・デ=マヒュラ(vc)/ベルリン・フィル/ヴィルヘルム・フルトヴェングラー(cond.) [King International KKC5952]
録音に極度に神経質だつたフルトヴェングラーが絶大な信頼を寄せた戦中マグネトフォン録音―RRG録音―で現存する全ての音源を理想的な音質で復刻したベルリン・フィル自主制作盤22枚組―本邦キング・インターナショナルによる代理販売。持つてをらぬは潜りである。5枚目を聴く。購入時にとても気になつた音源が含まれてゐる。グルックだ。クレジットによると1942年10月25日から28日にかけてフルトヴェングラーはグルック、シューマン、そして6枚目に収録されてゐるブルックナーの第5交響曲といふプログラムでコンサートを行つたが、録音で残されたのはシューマンとブルックナーだけの筈であつた。グルックが新発見録音かと思ひきや、ある疑惑が浮上する。フルトヴェングラーのアルチェステと云へばテレフンケン・レーベルから発売されてきた1942年10月29日の録音がある。公演直後に組まれたセッションといふ説だ。だが、TELDECから発売されたCDには28日とのクレジットもある。そこで、当盤とTELDEC盤とを比較してみた。演奏時間も同じで、リマスターの違ひで音像が異なり印となる目立つたノイズもなく断定は困難だが同じ録音と思へる。残念であつた。ここで2つの仮説が立つ。単に録音日の混同でテレフンケン録音がここに紛れ込んだか、実はテレフンケンがこの一連のライヴ録音からグルックのみを商品化してゐたのか。後者のやうな気がする。詰まりスタジオ録音ではないのではないか。(2020.11.19)

ハイドン:交響曲第92番、同第94番、同第102番、同第88番第4楽章/ボストン交響楽団/ロンドン・フィル/セルゲイ・クーセヴィツキー(cond.) [ARTIS AT020]
40枚組。クーセヴィツキーの復刻がこれほど纏まつたことはかつてなく、大歓迎の好企画だ。クーセヴィツキーのハイドンはヴァルターの演奏と共通する端正なロマンティシズムが特徴で、優美なロココ様式と大型編成の立派な響きは良くも悪くも往年の巨匠演奏である。しかし、自らの音楽性を凝縮した精髄でもあり、指揮者の実力が聴けるのだ。最も素晴らしいのは第92番だ。最晩年の1950年8月14日の録音で完成度が高く、音質も極上だ。快速調で表現の幅も広くとつた第1楽章主部から生命力に魅せられる。一転、高貴な浪漫を漂はせる第2楽章、再び前進し跳躍するメヌエット、爽快に駆け抜ける終楽章、緩急明暗強弱が見事であり、この曲の屈指の名演なのだ。驚愕交響曲は1929年の録音で、音が貧しいせいで感銘が一段劣る。表現も温いので特徴が薄い。第102番は1936年の録音。クーセヴィツキーには打つてつけの曲で両端楽章の堂々たる音楽と手抜きなしの熱量は圧巻だ。たゆたふやうな第2楽章の歌も格別で、この曲の代表的名演と云へる。名曲第88番は終楽章だけの録音で、ロンドン・フィルとの1934年の録音である。曲半ばで聴かせる失速と回復は天晴れ。(2020.11.15)

ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第11番、同第15番/バリリ弦楽四重奏団 [Universal Korea DG 40020]
ウエストミンスター・レーベルの室内楽録音を集成した59枚組。韓国製だがオリジナル仕様重視で大変立派な商品だ。セリオーソが素晴らしい。バリリSQの中期作品は優美さが勝り熱量に不満が残つたが、第11番では同じ団体とは思へぬほどの集中力を聴かせる。冒頭から一丸となつた結束で、全員の実力が伯仲してゐることから生まれる充実した響きに圧倒される。丁々発止のアンサンブルが展開された第1楽章は屈指の名演だ。第2楽章の鬱屈した歌も極上で、終楽章のもがき苦しむ様も見事だ。セリオーソはバリリSQの録音中でも最上位の演奏である。第15番も総じて名演だが、幾分緊張感を欠く。特に第3楽章の俗つぽい表現は大きな減点だ。両端楽章の連綿たる吐露は美しく、良い仕上がりだ。(2020.11.12)

ティッタ・ルッフォ(Br)/録音全集第1巻(1905年〜1907年)/レオンカヴァッロ、トーマ、ロッシーニ、ドニゼッティ、ジョルダーノ、ヴェルディ、グノー、マイアベーア、プッチーニ、他 [Pearl GEMM CDS 9212]
20世紀初頭に活躍した大物バリトン、ルッフォの録音集成第1巻2枚組。1枚目。ルッフォは兎にも角にも強大な声量で名が知られ、大声大会に為ることを忌避してネルバやカルーゾら大物歌手らが共演NGを出した歌手である。最初の録音は1905年5月から6月にかけてパリで行はれたパテ録音15曲だ。実はこの最初の録音が余り芳しくない。「セビーリャの理髪師」のアリアは珍妙で、「トロヴァトーレ」「トラヴィアータ」の無遠慮で情趣の欠片もない歌唱に名声を疑ふ。がさつな「ボエーム」の二重唱も戴けない。「ドン・カルロ」など素晴らしい歌唱もあるが、歌といふより喚いたやうな録音が多い。とは云へ、デ=ルカやバッティスティーニなどの朗々として貴族的なバリトンが主流だつた時代に劇的な感情表現を持ち込んだルッフォは現代の先駆者と評価しても良い。1906年10月のミラノにおけるG&T録音は10曲で指揮者サバイーノのオーケストラ伴奏による。ヴェルディの曲が大半を占め、再録音曲もあるが出来が断然良い。悠然とし声が伸びやかになつてゐる。1907年5月から6月に行はれたエットーレ・ティッタの「マレーナ」といふ曲を作曲者自身の指揮で歌つた2曲は珍品で詳細は不明だ。(2020.11.9)

チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲、メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲/ポール・パレー(cond.)/ディミトリ・ミトロプーロス(cond.)/ミッシャ・エルマン(vn)、他 [Music&Arts CD-868]
チャイコフスキーは1945年12月1日、パレー指揮ボストン交響楽団の伴奏。パレーがボストン響を振つた珍しい記録でもある。淡麗なパレーの音楽と抒情的なエルマンの音楽が溶け合ふ。エルマンのチャイコフスキーはセッション録音とも共通する内気で憂鬱な歌を特徴とし、泥臭さや派手な技巧は鳴りを潜める。随所に独自の遊びを入れたりと気張つたところは皆無である。一種特別な美しさがあり、胆力のある運弓から生み出される音色には感心させられる。とは云へ、一般的な趣向とは異なるので、愛好家向けである。メンデルスゾーンの方が堂々とした大型の曲に聴こえる。1953年11月15日、ミトロプーロス指揮ニューヨーク・フィルの伴奏で、全体的に熱い演奏である。エルマンの美音が鏤められるが、ライヴ故の瑕もあり、これも蒐集家向けの録音と云へよう。(2020.11.6)

モーツァルト:交響曲第39番、アイネ・クライネ・ナハトムジーク、L・モーツァルト:おもちゃの交響曲/ロンドン・フィル/フェリックス・ヴァインガルトナー(cond.)、他 [ARTIS AT012]
主要録音を集成した22枚組。あと2枚か3枚で全録音を網羅出来るので中途半端だ。ヴァインガルトナーはモールァルトの第39番を大変愛好してをり、何と3種類も録音を残した。これは最後の録音、1940年、ロンドン・フィルとの総決算とも云へる吹き込みだ。非常に完成度の高い安定した演奏で、気品と威厳が融合した極上の名演である。とは云へ、戦前の録音であるし、解釈も穏当であるので、今日の聴き手に何かを訴へかける力は少ない。アイネ・クライネ・ナハトムジークは1939年のロンドン交響楽団との絵録音。これも品格ある名演ではあるが、中庸が過ぎて面白みはない。レオポルト・モーツァルトのおもちゃのシンフォニーが良い。優美さと茶目つ気があり、おもちゃの楽器の扱ひ方も絶妙である。遊びの少ない演奏かも知れぬが絶妙な味がある名演だらう。(2020.11.3)

アンドレス・セゴビア(g)/1959年来日公演/バッハ、ラモー、ソル、ヴィラ=ロボス、グラナドス、アラール、アルベニス、クレスポ [fontec FOCD9758]
愛好家必携の1枚。ギターの神様セゴビアの二度目の来日公演で、1959年、九段会館における公演記録である。モノーラル録音だが非常に音が良く有難い。セゴビアの絶妙なヴィブラート、艶かしいフィンガリングが鮮明に聴き取れる。どれも弾き込まれたお得意の演目で、ギターの為の名曲と編曲作品が半々である。バッハのガボット、ラモーのメヌエットと古典の編曲作品から典雅な世界に誘ひ、スペイン、ラテンの名曲で魅了する。この日の最大の大曲はソル「グランソロ」よりアレグロで聴き応へがある。全ての曲が円熟の極みで陶然となる。幾度も丁寧にアンコールに応へた後、「アリガト」と礼の述べ、「モウオソイデス」とお開きを告げる。微笑ましき貴重な記録である。(2020.10.30)

"Landmarks of Recorded Pianism"/未発表録音集第2巻/ラ=フォルジュ、レナルド、サドフスキ、ハンブルク、ドルメッチ、フロイント、カスタニェッタ [Marston 52075-2]
愛好家を驚愕させた米Marstonのリリースから興奮冷めやらぬ間に第2弾が届いた。2枚組の2枚目を聴く。往年の名歌手の伴奏を多く務めたフランク・ラ=フォルジュが弾くゴットシャルク「風刺」は1912年の録音で貴重だが、然程興味を覚えない。女流ロジータ・レナルドのブランズヴィッグへの録音、モンテヴェルディ「マドリガル」とドビュッシー「花火」が収録されてをり、清楚な古典と色彩的な閃光の両面が聴ける。名奏者の貴重な記録だ。初めて聴く奏者、レア・サドフスキなのだが、この1枚の中では一番出来が良く感銘を受けた。演目はリャプノフ「レズギンカ」で技巧と詩情が融合した名演である。さて、最も高名なマーク・ハンブルクの1955年、ロンドンでのライヴでチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番の全曲が収録されてゐるが、評価が難しい。まだピアノを弾いてゐたのかと驚かされ、勢ひだけの気魄に圧倒される一方、余りにも雑な演奏に閉口する。間違ひが多過ぎて寛容な聴き手でないと耐へ難いだらう。処で、伴奏を務めるサージェントが本当に素晴らしい。古楽の先駆者ドルメッチがフォルテピアノでベートーヴェンの月光ソナタの第1楽章を録音してゐるが、演目がロマンティック過ぎて表現が平板で違和感しかない。ここが本懐ではない。1951年の放送録音でエテルカ・フロイントのアパッショナータ全曲も聴ける。しかし、低調で出来は芳しくなかつた。グレイス・カスターニャによるカスタニェッタ「4つの音符による即興曲」は「ツィゴイネルワイゼン」のパロディーのやうで面白い。(2020.10.27)

モーツァルト:交響曲第39番、ハイドン:交響曲第92番/クリーヴランド管弦楽団/ジョージ・セル(cond.) [SONY 88985471852]
遂に集成されたセル大全集106枚組。モーツァルトは1947年4月22日のモノーラル録音で、クリーヴランド管弦楽団と行つた最初の録音のひとつである。セルにとつて最も自信のある演目で真価を問ふたと考へられる。ロマンティックな巨匠らの演奏が主流だつた時代、この即物的な解釈はセルの特徴を伝へるには充分な出来栄えであつたと云へる。勿論、先駆者トスカニーニがゐたが、セルは暑苦しくなく、清廉で生真面目な響きで聴かせる。今となつては何の面白みのない演奏かも知れぬが、当時は新鮮な録音だつたと想像出来る。1949年に録音されたハイドンはセル最初のハイドン録音で、既にクリーヴランド管弦楽団が一流であつたことを証明する。精緻で小綺麗に纏まつた演奏は薄口乍ら好感が持てる。(2020.10.24)

ドビュッシー:チェロ・ソナタ、タルティーニ:グラーヴェ、サンマルティーニ:チェロ・ソナタ、ベートーヴェン:チェロ・ソナタ第2番、ブラ=ムス:チェロ・ソナタ第1番/モーリス・マレシャル(vc)、他 [melo CLASSIC MC 3006]
マレシャルの録音は本邦の山野楽器が復刻した5枚が最も充実してゐた。それ以外では見かけない。知られざるチェリストと云へよう。melo CLASSICの発掘は偉業なのだ。マレシャルの演奏は極めて没入的で感情の起伏が激しい。ひとつひとつの音を熱を込めて出す。過剰なヴィブラートに託された想ひがひしと伝はる。1948年録音、リリ・ビアンヴニュの伴奏によるドビュッシーは絶品だ。戦前のカサドシュとの典雅な名盤もあつたが、尋常でない色気が漏れ出す当盤を上位に置きたい。重要なのは1957年録音、オデット・ピゴーの伴奏によるタルティーニとサンマルティーニだ。協奏曲の楽章演奏であるグラーヴェの入魂の演奏は楽器が嗚咽するやうな名演。優美なサンマルティーニも情感豊かだ。ベートーヴェンとブラームスはセシル・ウーセの伴奏で1958年と1959年の記録。ベートーヴェンは唯一の音源で貴重だが、演奏は瑕が目立ち幾分遜色がある。ブラームスが極上の熱演で思はず引き込まれる。この曲にはダルレ女史との究極の名演があつたが甲乙付け難い仕上がりだ。(2020.10.21)

ハイドン:交響曲第44番「悲しみ」、同第92番「オックスフォード」、同第45番「告別」/ウィーン国立歌劇場管弦楽団/ヘルマン・シェルヘン(cond.) [DG 471 256-2]
ウエストミンスター・レーベルに1950年代に録音されたハイドン作品を集成した6枚組。1枚目を聴く。ザロモン・セットでは腑に落ちない気の抜けた演奏をすることもあつたが、疾風怒濤期の作品はどれも尋常でない闘魂が注入されてをり圧倒される。短調の3曲、「悲しみ」「告別」「受難」はシェルヘンが最高である。他の演奏など聴けたものではない。「告別」は終楽章の声入りだけで語られては詰まらない。第1楽章冒頭の灼熱の合奏は怒髪天を衝くやうだ。この曲は人気があり、様々な指揮者が録音したが、シェルヘンの前では一溜まりもない。低音や中声部が全力で合奏する凄まじさに、比較する気も失せる。「悲しみ」も訴へ掛ける力が段違ひの決定盤。第92番も大変な名演だ。第1楽章の弛緩なく発する熱気、第2楽章中間部の劇的な表情、最高である。惜しむらくは終楽章がシェルヘンにしては大人しいことだ。(2020.10.18)

ブラームス:ヴァイオリン協奏曲、ブルッフ:ヴァイオリン協奏曲第1番、ドビュッシー:ヴァイオリン・ソナタ、他/リカルド・オドノポゾフ(vn)、他 [DOREMI DHR-7874-9]
名手オドノポゾフの大曲録音を復刻した6枚組。1枚目。ブラームスは1954年のMMSレーベルへの録音で、カール・バムベルガー指揮フランクフルト歌劇場管弦楽団の伴奏だ。独奏は圧倒的な技巧と晴れやかな音色、濃密なロマンティシズムで聴かせる。深刻さや憂ひなどは弱いが壮麗な名演で、王道の曲でもオドノポゾフは実力を示してゐる。伴奏の質が水準以下なのが残念だ。ブルッフはブラームス以上にオドノポゾフの個性が映えた名演である。1953年のMMS録音で、ヴァルター・ゲール指揮オランダ・フィルの伴奏だ。時折抉るやうな歌ひ込みがあり、挑戦的な野心が窺へる。痛恨事は管弦楽の伴奏がオドノポゾフの音楽と別次元で、停滞やら安易な音楽が挿入され台無しにしてゐる。1952年のアレグロ・レーベル録音、ドビュッシーのソナタは脂分の多い演奏だ。洒脱さは皆無だが、閃光鋭い前衛的な解釈で成功してゐる。もう1曲、極上の名演、パガニーニ/コハニスキ編曲「ラ・カンパネッラ」が収録されてゐる。これはBAYER盤でも聴けたので割愛する。(2020.10.15)

イグナツィ・ヤン・パデレフスキ(p)/ヴィクター録音全集(1914〜31年) [APR 7505]
米國でのヴィクター録音全集5枚組。APRは遂にパデレフスキの録音を悉く復刻して仕舞つた。快挙である。これらヴィクター録音こそはパデレフスキの最も流布され聴かれてきた録音である。1枚目。当代随一の実力と人気を誇つたパデレフスキは1913年より米國に居を構へ、ヴィクター赤盤アーティストとしてドル箱に成る予定であつた。しかし、折しも第一次世界大戦が勃発し運命が狂つた。1914年に僅か3曲だけ、クープラン「戯けた女」「シテールの鐘」とシューマン「何故に」を残して1917年まで録音がない。1917年にショパン5曲と自作自演2曲を残したが、戦前の欧州録音とは比べものにならない凡庸な演奏であつた。そして、周知の如く、知名度と愛国心でポーランド首相兼外相として祖国の為に八面六臂の活躍を果たし、1922年にやつと政界を引退した。その年の録音からショパン3曲、自作自演1曲、リストのハンガリー狂詩曲2曲が収録されてゐる。これらは喝采をもつて向かひ入れられたが、戦前録音の奇蹟のやうな魔法が解けて仕舞つたのも事実なのだ。(2020.10.12)

ラロ:チェロ協奏曲、サン=サーンス:チェロ協奏曲第1番、ブルッフ:コル・ニドライ、ブロッホ:シェロモ/コンセール・ラムルー/ジャン・マルティノン(cond.)/ピエール・フルニエ(vc)、他 [DG 00289 479 6909]
DG/Decca/Philips全集25枚組。1枚目。1960年のDG録音で、フルニエの代表盤。恐らくこの前後がフルニエの絶頂期である。高貴な音色はそのままに強靭な張りと安定感のある技巧が備はつた完全無欠のチェリストであつた。演目が良い。ラロは匹敵する録音は古いマレシャルくらゐだらう。マルティノンとコンセール・ラムルーの情感豊かな伴奏と優秀なステレオ録音といふ条件が整ひ、このフルニエ盤は決定的な王座にある。凛とした佇まいは絶品だ。サン=サーンスも第一に挙げるべき名盤。この曲は奏者による個性が出にくいのだが、第2楽章の美しい情趣こそはフルニエが頭一つ抜ける良さである。オーケストラと音質と3拍子揃つた極上の名演だ。ブルッフは非常に高貴な演奏だが端正さが仇となり、フランスの協奏曲2曲と比べると遜色がある。ブロッホはウォーレンステイン指揮ベルリン・フィルとの1966年の録音で、エルガーの協奏曲との組み合はせであつた。これも見事だが薄口で感銘は劣る。(2020.10.9)

「2つのルネサンス舞曲集」「モンテヴェルディの時代」/ロンドン古楽コンソート/モーリー・コンソート/デイヴィット・マンロウ(cond.) [TESTAMENT SBT 1080]
古楽の開拓者マンロウが作つた2つのアルバムを復刻したもの。ひとつは1971年の録音「2つのルネサンス舞曲集」でティルマン・スザートの12の舞曲集「ダンスリー」とトマス・モーリーのブロークン・コンソートの為の舞曲集「コンソート用レッスン第1巻」だ。モーリーの曲はモーリー・コンソートとの演奏である。マンロウは楽器への拘泥はりを最重視する一方、音楽の生命力を絶対に忘れない。どの曲も活き活きとしてゐて新鮮な息吹を感じられる。堂々たる曲や嘆き節が印象的なスザート、多様な編成で色彩が次々と変はるモーリーと違ひを楽しめる。1975年の録音「モンテヴェルディの時代」は改革者モンテヴェルディの同時代の作品を楽しめる。演目はマイネイオの5つの舞曲集「舞曲集第1巻」が2種類、ラッピ「ラ・ネグローナ」、プリウーリの12声のカンツォーナ第1番だ。ルネサンス音楽からバロック音楽への過渡期の雑多な音楽が興味深い。(2020.10.6)

ディヌ・リパッティ(p)/1947年&1948年コロムビア録音全集/1947年チューリッヒ録音/アントニオ・ヤニグロ(vc)、他 [APR 6032]
愛好家必携の復刻が登場した。流石APRである。2枚組で、1枚目は5509の番号でAPRより発売された1947年コロムビア録音全集と全く同じ内容である。2枚目が重要で、1948年のコロムビア録音全集が追加された。カラヤンとのシューマン、ショパンの舟歌、そして究極の名演ラヴェルの道化師の朝の歌だ。リパッティの商業的な録音はこれらと死の年1950年のジュネーヴでの一連の録音、バッハ、モーツァルト、ショパンがあるだけで、非常に少ないことに改めて驚かされる。さて、当盤の価値はこれらの既出音源では勿論ない。ヤニグロと共演した1947年3月24日のチューリッヒでのテスト録音5曲全部が遂にCD化されたことにある。このうち3曲はarchiphonから商品化されたが、mp3での配信でしか聴くことの出来なかつた2曲、ベートーヴェンのチェロ・ソナタ第3番の第1楽章とバッハのアンダンテBWV.528aがやつと商品化されたのだ。リパッティ唯一となるベートーヴェンが特上の名演である。快挙であり、歓迎したい。詳細はリパッティ・ディスコグラフィーをご覧いただきたい。(2020.10.3)


2020.9.30以前のCD評
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