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楽興撰録

蒐集した音楽を興じて綴る頁


2021.3.30以前のCD評
声楽 | 歌劇 | 管弦楽 | ピアノ | ヴァイオリン | 室内楽その他



最近の記事


ヤッシャ・ハイフェッツ(vn)/ライヴ録音集
ベル・テレフォン・アワー管弦楽団/ドナルド・ヴォーヒーズ(cond.)
エマニュエル・ベイ(p)
[Cembal d’amour CD 113]

 Cembal d’amourのハイフェッツ・シリーズ第1巻。ベル・テレフォン・アワーにおける1940年代から1951年にかけての放送録音だ。ハイフェッツの本領はロマン派の協奏曲を快刀乱麻を断つ如く颯爽と捌いて行く処にあるが、小品でも勿論魅力は全開だ。クライスラーたちの歌謡派とは異なり、ハイフェッツの選曲はぎらついた技巧で圧倒する傾向がある。編曲をハイフェッツが手がけたものも多く、見せ場が弱いと感じたら勝手に難易度を上げて演奏効果を創出することもする。ヴィターリのシャコンヌ、ハチャトゥリアン「剣の舞」、パガニーニのカプリース第24番はその好例だ。雰囲気満点の管弦楽伴奏も相まり原典重視主義者は憤激するだらうが、覇王ハイフェッツの神業に水を差すのは無粋だ。サラサーテ「ハバネラ」、フバイ「そよ風」、ヴェニャフスキ「スケルツォ・タランテラ」に関してはこれ以上はあるまい。(2021.9.18)


ブルックナー:交響曲第9番
レニングラード・フィル
エフゲニー・ムラヴィンスキー(cond.)
[MELODIYA MEL CD 10 00804]

 本家メロディアによる真打ちとも云へるディスク。ムラヴィンスキーにはブルックナーの後期三大交響曲を演奏した記録があるが、それぞれ1種しかない。この第9番のみ晩年の1980年の録音でステレオ録音といふ好条件である。結果もこの第9番が最も良い。常乍ら楽譜の読みが独立不覊で、よくぞ自力でブルックナーの本懐に到達したと感心する。ムラヴィンスキーの峻厳さとこの第9番の相性は良い。特に静謐な弦楽器の響きにはぞくりとする。木管楽器の寂寥感も素晴らしい。だがしかしである。金管楽器がだうにも五月蝿い。ムラヴィンスキー晩年の演奏は金管楽器への制御を欠いてをり品がない。金管楽器が加はると瞬時に興醒めする。詰まり、ほぼ全体を通じて矢鱈と癇に障る演奏であり、結局のところムラヴィンスキーのブルックナーは所詮どれもこれも下手物なのだ。(2021.9.15)


カナダ・オルフォール山でのライヴ録音集(1962年&1963年)
ラウフェンシュタイナー/ルシュール/ヴィヴァルディ/ソル/ヘンデル/アルベニス/プーランク
イダ・プレスティ(g)&アレクサンドル・ラゴヤ(g)
[DOREMI DHR-8059]

 加ドレミが商品化したプレスティ&ラゴヤのカナダでのライヴ録音集だ。1962年の録音では、ラウフェンシュタイナーのソナタイ長調、ダニエル=ルシュールのエレジー、ヴィヴァルディの協奏曲Op.3-9の編曲版、1963年の録音では、ソル「アンクラージュマン」、ヘンデルのシャコンヌHWV.435、アルベニスのタンゴOp.65-2、プーランクの即興曲第12番が聴ける。演目としては1962年の方が唯一の音源が並び重要だ。古典的な美しさを備へたラウフェンシュタイナーのソナタ、幻想的で日本的な趣すら感じさせるルシュールのエレジーは取り分け感銘深い。聴衆の熱烈な反応も頷ける名演ばかりだ。(2021.9.12)


モーツァルト:2台のピアノの為のソナタ、ピアノ協奏曲第7番(2台ピアノ用に編曲)
ブラームス:ピアノ四重奏曲第1番
ペロール弦楽四重奏団
ニューヨーク・フィル/サー・ジョン・バルビローリ(cond.)
ロジーナ・レヴィーン(p)
ヨーゼフ・レヴィーン(p)
[Marston 53023-2]

 初出音源満載の大全集3枚組。2枚目。ロジーナとのモーツァルトの2台のピアノの為のソナタは1939年のセッション録音で、Naxos Historical盤でも復刻された音源である。御手本と云へる見事な演奏である。さて、ここからが初出音源の紹介だ。協奏曲音源の登場で、第7番とされる3台のピアノの為の協奏曲ヘ長調K.242を2台用に編曲しての演奏といふ珍品だ。1939年10月29日の放送録音で、伴奏は何とニューヨーク・フィルで、指揮者は当時のシェフ、バルビローリである。音質も然程優れず-第2楽章で欠落がある、演奏自体も特筆するやうな良さはないのだが、大変貴重な音源だ。感銘深いのは1942年12月30日の放送録音で、リリアン・フックスがヴィオラを担当するペロールSQとのブラームスだ。実に濃厚な演奏を繰り広げてをり、ヴァイオリンのジョゼフ・コールマンも粗いが熱い。ジプシー臭を漂はせた往年の様式による名演でレヴィーンの技巧も冴えてゐる。(2021.9.9)


ムソルグスキー:「ホヴァンシチーナ」前奏曲
モーツァルト:交響曲第39番
スメタナ:「売られた花嫁」序曲
プロコフィエフ:「ロメオとジュリエット」より抜粋(5曲)
レニングラード・フィル/アレクサンドル・ガウク(cond.)
チェコ・フィル/カレル・アンチェル(cond.)
[UNIVERSAL CLASSICS TYGE-60004]

 TBS VINTAGE CLASSICSの1枚。名演奏家の来日録音を復刻するシリーズだ。注目は1959年10月19日のチェコ・フィル初来日初日の日比谷公会堂におけるライヴ録音である。チェコ・フィル黄金時代を築いたアンチェルの世界ツアーの一環であつた。名刺代はりである御家藝スメタナは文句無く絶品であるし、矢張り十八番としたプロコフィエフも極上の演奏で、同時期に来日して愛好家を魅了したカラヤンとウィーン・フィル以上と云はしめたのも過言ではない。決して裕福とは云へないのに、同年9月末に甚大な被害をもたらした伊勢湾台風への義援金を提供したアンチェルとチェコ・フィルの義侠心は美談として伝はる。余白には1958年4月16日のレニングラード・フィルの初来日の記録が収録されてゐる。しかし、首席指揮者であるムラヴィンスキーは病弱の為に帯同せず、御大ガウクが率ゐることになつた。詩情豊かな美しいムソルグスキーが良い。ムラヴィンスキーが得意としたモーツァルトは、ガウク指揮下だとドイツ風の堅牢な演奏になるのが面白い。チャイコフスキーの第4交響曲も演奏されたが収録時間の都合で割愛されてゐる。(2021.9.6)


バルトーク:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ
ジョリヴェ:ラプソディ風組曲
ストラヴィンスキー:エレジー
ドヴィ・エルリ(vn)
[DOREMI DHR-8071/2]

 2枚組の2枚目。1973年にDisques Adèsへ録音した近現代の無伴奏ヴァイオリンの為の作品集だ。とてつもない名演の連続で、ぎらついたエルリのヴァイオリンが鋭く楽曲に切り込んで行く様は痛快天晴だ。バルトークはメニューインの熱い演奏を寒からしめる熱量だ。とは云へ、サーカスの曲芸のやうな演奏で、土俗的な重みも欲しい気がする。5楽章から成るジョリヴェの組曲はイスラエルの音楽に霊感を得て作曲されたとあり、妖しい雰囲気を漂はせた逸品である。現代フランスを代表する作曲家の作品だけにエルリの演奏も親和性を示してをり求心力が強い。ストラヴィンスキーは静寂さが沁み渡る。美しい名演だ。(2021.9.3)


ショスタコーヴィチ:弦楽四重奏曲第3番、同第4番
ベートーヴェン弦楽四重奏団
[VENEZIA CDVE 04328-1]

 露VENEZIAレーベルが復刻したベートーヴェンSQによるショスタコーヴィチ弦楽四重奏曲全集6枚組。2枚目。ベートーヴェンSQはショスタコーヴィチの絶大な信頼を獲得し、第2番から第14番の初演の栄誉を担つた。作曲家の語法を完全に手中にしてをり、音価の絶妙さに脱帽だ。演奏は人肌の温もりが伝はり、無機質な音楽に終始しないのが特徴だ。ツィガノフのヴァイオリンが苦悩を訴へる。合奏での死の舞踏はショスタコーヴィチの真髄だ。第3番へ長調は5楽章制で楽章ごとの性格が際立つてをり、諧謔、諦め、苦悶などが交錯する名曲だ。第4番ニ長調もその延長にあり、凝縮された鬱屈が聴ける。(2021.8.30)


ブルックナー:交響曲第9番
コロムビア交響楽団
ブルーノ・ヴァルター(cond.)
[Sony Classical 88765489522]

 コロムビア録音全集77枚組。薄手の編成による演奏で、響きの厚みには欠け、混じり合ふよりも各楽器が鮮明に明るく聴こえる。室内楽的なブルックナーといふ新鮮さがあるが、この深刻な楽曲に人肌の温かみと明るい楽器の音色が相応しいかは意見が別れるところだらう。第1楽章第2主題はヴァルターならではの歌が聴ける。振り絞るやうな情感を込めた様は非常に感動的だ。だが、コーダなどでは馬力が不足し物足りない。第3楽章は小編成ならではの透明な響きを獲得してをり、彼岸の音楽を印象付ける。取り分け第2主題の美しさは絶品である。しかし、一番最後、悠久たるホルンのロングトーンを無遠慮に盛り上げてから放つのは戴けない。感興が殺がれる。(2021.8.27)


アムピコ社ピアノ・ロール再生
セルゲイ・ラフマニノフ(p-r)
[TELARC CD-80489]

 ロシア革命を逃れて渡米した作曲家ラフマニノフは糊口を凌ぐ為、コンサート・ピアニストを副業とした。自作以外のレパートリーを詰め込み活動を始めるや、驚異的な才能に同業者らも平伏す事態となつた。要望を受けて録音も行つたが、電気録音による技術革新がある迄は否定的な立場であり、1929年迄はピアノ・ロールへの記録を平行して行つた。数社あるロールの中でラフマニノフはアムピコ社の再生技術を激賞し、録音よりも上位に置いてゐたのだ。当盤は1996年にTELARCが最新技術によつてラフマニノフのロールを最上の状態で再生するといふ企画で非常に話題になつた1枚である。演目は自作自演の他、ラフマニノフによる編曲作品で構成されてゐる。何と自作自演ではエレジー作品3-1、音の絵作品39-4の2曲は録音では残されてゐなく、このロールへの記録しかない。編曲では好評を博した「星条旗よ永遠なれ」がロールのみで聴ける。鮮明な音でラフマニノフの演奏を体験出来る名盤だ。(2021.8.24)


ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第1番、同第5番、同第10番
ルドルフ・ゼルキン(p)
アドルフ・ブッシュ(vn)
[Biddulph 85004-2]

 1990年代に歴史的弦楽器奏者の録音の聖殿であつた英Biddulphレーベルは2005年頃から一旦は息を吹き返したが、2010年頃には消滅したかに見えた。それが突然の復活宣言。再始動の劈頭を飾るのがブッシュの初出音源とは流石で、健在感を示した。これらは1951年10月に米國のブッシュ自邸で行はれたブッシュ生涯最後の録音の復刻である。何と第5番が未発売で当盤が初出音源となる。奇蹟的に残されてゐたテスト・プレスからの商品化である。そして、第1番も第10番もCDでは復刻がなく鶴首してゐた音源なのだ。演奏は渡米後の疲労が窺はれ、全盛期の輝きとは比べものにならない。しかし、求道的な姿勢で掘り下げて行く様には額突きたくなる。第10番の第2楽章は数多のヴァイオリニストらには近付くことの出来ぬ境地がある。第1番の第2楽章も見事だ。第5番も明るさはなく、武士然とした厳つい演奏なのだが、細部まで生命を吹き込まうとする気魄が伝はる。(2021.8.21)


ヴェルディ:「イル・トロヴァトーレ」
ジュゼッペ・ディ=ステファノ(T)/マリア・カラス(S)/フェドーラ・バルビエーリ(Ms)/ローランド・パネライ(Br)、他
ミラノ・スカラ座管弦楽団と合唱団/ヘルベルト・フォン・カラヤン(cond.)
[Warner Classics 825646341030]

 愛好家必携のオリジナル・ジャケットによるカラス・スタジオ録音リマスター・エディション69枚組。1956年で残念乍らモノーラル録音ではあるが、豪華布陣によるEMI渾身の「トロヴァトーレ」である。しかし、結果は振るはない。注目のカラスのレオノーラが違和感が強い。レオノーラやジルダではだうも座りが悪いのだ。コロラチューラは見事なのだが、醸し出す雰囲気が良くも悪くもカラスで、トスカやヴィオレッタになつて仕舞ふのだ。ディ=ステファノは柔和で甘過ぎてマンリーコでは物足りない。パネライのルーナ伯爵は貫禄があるが次第点といつた程度だらう。ここでもバルビエーリのアズチェーナが気焔を吐く。完全に主役はアズチェーナが掻つ攫ひ、ヴェルディの意図を図らずも具現する。スカラ座の演奏は勿論素晴らしいが、セラフィン盤ほどの良さは見出せない。我を随所に出したカラヤンの支配が邪魔をしてゐるやうに感じる。嵌つてないのだ。役者が揃つてゐるのに、この録音が大して話題にのぼらないのも頷ける。(2021.8.18)


シューベルト:弦楽四重奏曲第14番「死と乙女」、同第8番
ウィーン・コンツェルトハウス弦楽四重奏団
[melo CLASSIC mc-4004]

 愛好家を驚愕させたmelo CLASSIC。コンツェルトハウスSQはハイドンとシューベルトの演奏では図抜けた存在であつた。ウエストミンスターへのシューベルト全集録音は愛好家の宝物である。さて、数種録音のある死と乙女は、何と1943年、戦中ウィーンでの放送録音なのだ。これはコンツェルトハウスSQの最も古い録音ではないか。後年の録音と様相は同じだが、香り立つようなアンサンブルにはどこか新鮮さがある。きびきびして音楽の運びが良いので、聴くことをお薦めする。第8番は1953年、パリでの放送録音。しかし、こちらの方が音質がぼやけてをり感銘度が弱い。演奏内容はウエストミンスター録音同様至高だ。(2021.8.15)


モーツァルト:アイネ・クライネ・ナハトムジーク、行進曲第1番ハ長調、交響曲第36番
ウィーン・フィル
イシュトヴァーン・ケルテス(cond.)
[DECCA 483 4710]

 ウィーン・フィルとの録音集20枚組。一連のモーツァルト録音の中でも特に優れた1枚だ。まず、アイネ・クライネ・ナハトムジークの安定感が良い。内容は保守的で何も新しさはないが、ウィーン・フィルの弦楽合奏の美しさを堪能出来る逸品だ。ケルテスが主張をせず、ウィーン・フィルに全てを委ねた信頼感が名演に繋がつた。白眉は行進曲K.408だ。品良く大らかで美感を保つた名演である。リンツ交響曲は堂々とした趣で、終楽章の熱量は取り分け素晴らしい。(2021.8.12)


モーツァルト:ピアノ協奏曲第22番
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番
ピエール・コロムボ(cond.)/ヴィクトル・デザルツェンス(cond.)、他
ヨウラ・ギュラー(p)
[DORON music DRC 4014]

 ギュラーのデュクレテ=トムソンへのショパン録音を復刻したDORONレーベルが蔵出し録音を発売して呉れた。モーツァルトは1964年7月25日の録音で、コロムボ指揮スイス・ロマンド管弦楽団との共演である。大変貴重な記録だが、演奏は凡庸でギュラーでなくてはといふ特徴は薄い。これは気の抜けたオーケストラ伴奏の影響もあるだらう。そんな中でも第1楽章のニキタ・マガロフによるカデンツァは大層聴き応へがあり、第2楽章の詠嘆も美しい。さて、1964年11月24日のライヴ録音であるベートーヴェンは仏Tahraのディスコグラフィーにもなかつた未確認音源である。デザルツェンス指揮ローザンヌ室内管弦楽団の伴奏である。ギュラーによる同曲は何と3種類目になつた。瑕が散見され、既出音源の方が出来は良い。当盤は蒐集家の為の1枚で、一般にはお薦めしかねる。(2021.8.9)


ヴェルディ:「イル・トロヴァトーレ」
ユッシ・ビョルリンク(T)/ジンカ・ミラノフ(S)/フェドーラ・バルビエーリ(Ms)/レナード・ウォーレン(Br)、他
RCAヴィクター管弦楽団/ロバート・ショウ合唱団/レナート・チェッリーニ(cond.)
[Naxos Historical 8.110240-41]

 RCAヴィクター勢による「トロヴァトーレ」だ。1952年のモノーラル録音であり音の輝きに幾分不満はあらう。さて、歌手はRCA専属、Metのスターを揃へた豪華布陣だ。マンリーコにビョルリンク、レオノーラにミラノフ、ルーナ伯爵にウォーレン、アズチェーナにバルビエーリ、更にフェランド役にニコラ・モスコーナと穴がない。結果はと云ふと、然程面白くない。ビョルリンクは「見よ、恐ろしき炎を」では強靭で圧倒的な名唱を聴かせるものの、全体的には知的かつ抒情的で歌が素直でない。明るさが不足するのだ。ミラノフが完全に嵌つてをらず、重く暗い声がレオノーラにそぐはない。ウォーレンは構へが良過ぎて畏まり過ぎだ。ヴェルディ後期作品の名唱とは異なり、ルーナでは重たいのだ。唯一人バルビエーリが素晴らしい。シミオナートを凌ぐ妖気を漂はせたアズチェーナ像は最高だ。バルビエーリが入ると俄然重唱も締まる。ロバート・ショウ合唱団が見事だ。しかし、オーケストラは全体的に小さく纏まり見せ場がない。余白にミラノフがユーゴスラヴィア民謡を歌つた録音が6曲収録されてをり、これが大変良い。ピアノとヴァイリンの助奏付きで、雰囲気満点、琴線に触れる名唱ばかりなのだ。(2021.8.6)


ヴォーン=ウィリアムズ:トーマス・タリスの主題による幻想曲
ショーソン:交響曲
ストラヴィンスキー:「火の鳥」組曲
ニューヨーク・フィル
ディミトリ・ミトロプーロス(cond.)
[Music&Arts CD-1213]

 ミトロプーロスの放送録音集第1巻4枚組。2枚目。1943年8月29日の公演記録。音質は低音がぼやけてゐたりと芳しくないが、演奏内容が素晴らしいので引き込まれて仕舞ふ。最も素晴らしいのは、RVWの幻想曲である。霧に包まれたかのやうな神妙な弦楽合奏の響きに濃厚な歌が明滅する。バルビローリ仕込みであらうか、極上の高貴な合奏に唖然とする名演だ。次いでショーソンに食指が動く。冒頭の厭世観漂ふ響きに魅せられる。両端楽章の主部は幾分脂分が多く、後期ロマン派の重厚な響きに凭れ気味だ。オーケストレーションが分厚い曲なのだが、楽想は瀟洒なので演奏が難しい作品なのだ。パレーが示した颯爽さには及ばない。しかし、極めて表情豊かな名演である。ストラヴィンスキーは音質が影響してか感銘が劣る。ミトロプーロスならではの特徴も弱く。在り来たりな内容に終始したゐる。(2021.8.3)


チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲
最初期小品録音集(1927年&1929年)
ヴィリー・クラーゼン(p)/オットー・シュルホフ(p)
チェコ・フィル/ヴァーツラフ・タリフ(cond.)
ヴォルフガング・シュナイダーハン(vn)
[amadeo 431 344-2]

 シュナイダーハンの多彩な活動記録を編んだ6枚組。1枚目は大変貴重な初期録音集で、何とシュナイダーハン12歳頃の録音が聴けるのだ。メニューインに匹敵する神童振りに驚愕を禁じ得ない。1927年の録音はヴィリー・クラーゼンのマズルカと子守歌を作曲者のピアノ伴奏で弾いたものだ。妖しげなマズルカと後期ロマン派的な安らぎのある子守歌を見事に聴かせる。シュルホフのピアノ伴奏で吹き込んだ1929年の録音は、ブラームス「ハンガリー舞曲第5番」やサン=サーンス「白鳥」といつた有名曲も含むが、ナッシュ「メヌエット」、フィビヒ「詩曲」、ダンブロージオ「セレナータ」、リーズ「常動曲」と渋い選曲が続く。演奏も落ち着いた雰囲気の滋味豊かな絶妙さがある。これらは当盤でしか聴けない幻の録音なのだ。さて、10代後半からウィーン交響楽団のコンツェルトマイスターを務め、20代でウィーン・フィルの顔になる天才の恐らく最初の協奏曲録音が収録されてゐる。1940年録音のチャイコフスキーで、何とタリフとチェコ・フィルによる伴奏である。これは殆ど知られてゐない録音ではないか。演奏自体は独奏も伴奏も非常に巧く完成度が極めて高い。しかし、熱量や情感には不足し、面白い演奏ではない。(2021.7.30)


ブルックナー:交響曲第9番
ライプツィヒ放送交響楽団
ヘルマン・アーベントロート(cond.)
[BERLIN Classics BC 2050-2]

 1951年10月29日の放送録音。フルトヴェングラー盤と並ぶ往年の浪漫的志向の名演だ。楽器の鳴りは悪いが、金管楽器は五月蝿くなく、渾然となつた荘重さを聴かせる。第1楽章の冒頭から頂点に向けて自然なアッチェレランドがあり気魄が素晴らしい。第2主題の見せ場では感極まつた表現に胸打たれる。緩急を大胆に付けた極上の名演なのだ。第2楽章は急いたテンポで響きが悪く雑然と聴こえるが、軽さはなく、恐怖との戦ひのやうな音楽を呈示した。偉大である。第3楽章にはドイツの指揮者だけが奏でられる夢幻的で彼岸の響きがある。緩急を大きく取つた、祈りのやうな寂寞感は一朝一夕には出せない妙味だ。アーベントロートのブルックナーはどれも美しいが、この第9番は取り分け深みのある名演である。(2021.7.27)


バッハ:ピアノ協奏曲第1番、ヘンデル:オーボエ協奏曲第3番、モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第4番
スヴャトスラフ・リヒテル(p)/フランティシェク・ハンターク(ob)/イルジー・ノヴァーク(vn)
チェコ・フィル
ヴァーツラフ・タリフ(cond.)
[SUPRAPHON 11 1906-2 001]

 新規格盤でも出てゐるが、旧規格盤で取り上げる。タリフの協奏曲伴奏録音で、1954年から1955年の録音だ。最大の大物との共演は漸くソヴィエトから東欧へと活動を広げることが出来たリヒテルとのバッハだ。非常に整つた精緻な名演であるが、皮相さが気になる。緊張感が持続せず、空疎な演奏に聴こえるのだ。特にタリフの伴奏は巧いが面白味がない。次いで、スメタナ弦楽四重奏団を率ゐたノヴァークが独奏を披露したモーツァルトに注目だ。技量は申し分なく名演を繰り広げる。特にカデンツァは魅惑的だ。タリフの伴奏も見事。しかし、数多ある録音の中で光彩を放つほどの個性と主張は感じられなかつた。知名度とは裏腹に最も内容が優れてゐるのがチェコの名手ハンタークによるヘンデルだ。表情豊かで、よく伸びるオーボエに聴き惚れる。タリフの指揮は小回りが利かないが情味があり絶妙である。(2021.7.24)


ラモー:クラヴザン曲集新組曲イ短調(続き)、組曲ト長調、演奏会用小品集、他
マルセル・メイエ(p)
[EMI 0946 384699 2 6]

 ディスコフィル・フランセへの全録音の他、戦前の録音も網羅した17枚組。10枚目を聴く。1953年10月29日と30日に一気呵成に纏めて録音された曲集の続きである。フランスの音楽家としてラモーに寄せた親近性を感じずにはゐられない録音である。これ迄弾き込んで来たからこそ録り直しなど必要なかつたのだらう。高雅にして瀟洒な楽曲の魅力を引き出した総決算とも云ふべき決定的名演ばかりだ。他の奏者の録音が必要ないと思はせる仕上がりだ。余白に1946年に名曲だけ抜粋して録音された11曲分の旧録音が漏れなく収録されてゐる。これらの曲全てが1953年に再録音されてゐる。(2021.7.21)


シューベルト:弦楽五重奏曲
ヴェスターマン:弦楽四重奏曲Op.8-2
シュトループ弦楽四重奏団
[melo CLASSIC mc-4002]

 マックス・シュトループ率ゐるシュトループSQは往年のドイツの特徴を色濃く持つ団体で、幽玄で思索的な楽想で妙味を発揮する。一方で軽快な楽想の時は幾分もつさり聴こえるし、勇壮な楽想の際は派手さがなく地味に聴こえる。録音は非常に少なく、当盤は貴重な記録と云へる。シューベルトは1941年、ヴェスターマンは1943年の戦中録音である。シューベルトはハンス・シュレーダーを加へての演奏で、第2楽章の渋みのある悲歌は大変美しい。また、第3楽章のトリオで音楽が止まつて仕舞ふのではないかと思ふほど深淵に踏み込み、内なる声へと向かふ。しかし、両端楽章は交響的な厚みに不満が残る。シューベルトの仄暗さに焦点を当てた演奏として聴きたい。さて、音源としても貴重なゲルヘルト・フォン・ヴェスターマンの四重奏が重要だ。諧謔さが特徴的で音楽を見事に消化した名演だらう。但し、掴み処のない曲で呆気なく終はるので然程楽しめないかも知れぬ。(2021.7.18)


ブルックナー:交響曲第9番
ウィーン・フィル
カール・シューリヒト(cond.)
[Altus ALT080]

 1955年3月17日のライヴ録音。ブルックナーの第9番には絶対的な名盤がある。EMIのシューリヒトとウィーン・フィルによる1961年のセッション録音だ。第3楽章は他にも良い演奏を探すことは可能だが、第1楽章と第2楽章で超える演奏を知らない。特に第2楽章主部の決まり具合は比類がない。さて、当盤はそれに先立つ共演で、同じく感銘深い名演である。だが、勿論セッション録音のやうな完成度はない訳で、飽く迄蒐集家の為の音源だと云へる。ライヴ録音のしくじりは目立たず、テンポの自然な変動もあり音楽的には優れてゐるのだが、何分即興的な要素もあり、体裁が整はなかつたり、響きが薄くなつたりとブルックナーで重視される仕上がりで劣るのだ。総じて名演だが、一般にはセッション録音だけで充分だと云ふことは忌憚なく申してをきたい。(2021.7.15)


ヴェルディ:「イル・トロヴァトーレ」
カルロ・ベルゴンツィ(T)/アントニエッタ・ステッラ(S)/フィオレンツァ・コッソット(Ms)/エットーレ・バスティアニーニ(Br)、他
ミラノ・スカラ座管弦楽団と合唱団/トゥリオ・セラフィン(cond.)
[DG 00289 477 5662]

 1962年に録音された「トロヴァトーレ」随一の名盤として知られるセラフィン盤だ。世評に違はず総合点では疑ひなく最上位だ。偏にルーナ伯爵を歌ふバスティアニーニの素晴らしさを筆頭に挙げたい。これぞヴェルディのバリトン、気品があり、恰幅があり、情味がある。どのバリトンを持つてきてもこれ以上はあるまい。取り分けルーナ伯爵といふ人物像にも見事に嵌つてをり、バスティアニーニの歌唱の中でも第一等であらう。次いで名門ミラノ・スカラ座を率ゐたセラフィンの統率力を褒め称へよう。「トロヴァトーレ」の録音ではオーケストラの起用が重視されることが少なく、管弦楽に最も満足出来る録音はこのセラフィン盤なのだ。管弦楽が主導権を持つた数少ない演奏とも云へる。更に他の主役3歌手も素晴らしいのだ。まずはアズチェーナを歌ふコッソットの表現の幅が大きく、シミオナートに匹敵する名唱を聴かせる。レオノーラ役のステッラの清明な声が心地良い。コロラチューラが節度あり浮き足立たない。ベルゴンツィが幾分渋いが内燃するマンリーコを演出する。High-Cも見事に決まり圧巻だ。端役たちも粒揃ひで、合唱もスカラ座の格式の違ひを聴かせて呉れる。以上、穴がなく減点要素がない飛び切りの名盤なのだが、唯一、燃へ立つ歌合戦を聴くことが出来ないのが不満だ。形振り構はず燃焼したコレッリとそれを煽つたシッパース盤の方に心奪はれたことを告白しよう。(2021.7.12)


シャラン:田園協奏曲
フランソワ:ピアノ協奏曲
パリ音楽院管弦楽団
ジョルジュ・ツィピーヌ(cond.)
サンソン・フランソワ(p)
[ERATO 9029526186]

 没後50年記念54枚組。3度目となる大全集で遂にオリジナル・アルバムによる決定的復刻となつた。2枚目。ショパン・アルバムに続くフランソワの本格的なレコードでは、ルネ・シャランの3楽章から成る田園協奏曲と、単一楽章で演奏時間25分の自作協奏曲を吹き込むといふ、極めて攻めた取り組みであつた。1953年9月に録音され、ツィピーヌとコンセール・ヴァトワールによる豪華な伴奏を得て、新進気鋭の天才ピアニストの才気迸る名演が楽しめる。フランソワの登場は自作や前衛的な現代音楽を披露したりと才能が先走つた感が強かつたが、ご存知の通り酒に溺れた為か、10年後には保守的なレペルトワールをデカダンに弾くピアニストに落魄れた。しかし、断言しよう。この初期録音はフランソワが一流の藝術家であることを示す。ジャズの要素を漂はせた2曲を抜群の技巧と感興でお洒落に決める。天下無類だ。(2021.7.9)


チャイコフスキー:フランチェスカ・ダ・リミニ、弦楽セレナード、イタリア奇想曲
レニングラード・フィル
エフゲニー・ムラヴィンスキー(cond.)
[MELODIYA MEL CD 10 00805]

 本家メロディアによる真打ちとも云へるディスク。フランチェスカ・ダ・リミニは1972年の録音。1972年ライヴ録音集は英SCRIBENDUMからも出てをり、これは同一音源である。演奏は究極であり、終演後の聴衆の感嘆も頷ける。弦楽セレナードは1947年の録音、イタリア奇想曲は1949年のセッション録音でムラヴィンスキー唯一の音源であり価値は高い。弦楽セレナードはこの曲の最も重要な録音であり、最上位に置いても良い名演である。何よりも統率されたレニングラード・フィルの冷んやりとした合奏力に頭を垂れるのだ。それにしても個性的な演奏だ。楽譜の指定を全く無視し、ムラヴィンスキー独自の観想で曲を再構成してゐる。デュナーミクは丸で違ひ、突如として訪れる冷たき最弱音に魂を掠はれる。レガート奏法を多用し、明るいイタリア風の趣は陰を潜め、鬱々としたロシアの溜息が聴こえてくる。常に方法論が異なるムラヴィンスキーの藝術は一種特別な妙味があるのだ。イタリア奇想曲も切れ味があり爽快無比で、騒々しくないのが良い。代表的名演である。(2021.7.6)


ヴィクター録音全集(1922〜1924年)
イグナツィ・ヤン・パデレフスキ(p)
[APR 7505]

 米國でのヴィクター録音全集5枚組。2枚目。1922年から1924年までのアコースティック録音である。ショパンが多く、エチュードとマズルカを様々吹き込んでゐる。マズルカがどれも情緒豊かで素晴らしいが、エチュードはどれも閃きがなく大したことはない。残念乍らパデレフスキの全盛期はとうに過ぎてをり、難度の高い技巧を伴ふ曲では平板な表現しか行へてゐない。かつては聴き手を翻弄するほどの魔力があつたのに無残である。葬送行進曲や乙女の願ひなども特別な面白みはない。他では自作自演が多く、幻想的クラコヴィアクが2種、メロディー、メヌエットと楽しめる。リストではさまよへるオランダ人の紡ぎ歌が往時の覇気を感じさせる名演だ。2種類あるメンデルスゾーンの紡ぎ歌も良い。最も印象的なのはドビュッシーの水の反映で、全盛期で聴けた空気感を醸し出してをり、ぐいと引き込まれる。(2021.7.3)


モーツァルト:アイネ・クライネ・ナハトムジーク、メヌエット(2曲)、3つのドイツ舞曲、フリーメイソンの為の葬送音楽、序曲集(4曲)
コロムビア交響楽団
ブルーノ・ヴァルター(cond.)
[Sony Classical 88765489522]

 コロムビア録音全集77枚組。「ミラベルの庭園にて」と題されたアルバムで、1954年12月に録音されたヴァルター屈指の名盤だ。後に舞曲を抜いて残りは同じ曲をステレオで再録音したアルバムがあるが、全てこのモノーラルの方が優れてゐる。後年の録音にはない覇気と艶があるからだ。他の指揮者の録音が不要と思はれる決定的名演が2つある。フリーメイソンの為の葬送音楽と「劇場支配人」序曲だ。葬送音楽は冒頭から虚無感を漂はせた見事な響きを作つてをり引き込まれる。悲劇的な畳み掛けと救済の包み込むやうな温かさが交錯した感動的な演奏である。「劇場支配人」序曲は全声部が鳴り切り、かつ爽快極まりない。特に展開部の疾走はヴァルター最良の姿だ。メヌエットK.599の第5番とK.568の第1番も恰幅が良く聴き応へがある。3つのドイツ舞曲は堂々とした佳演だが、SP録音の方に良さを感じる。アイネ・クライネ・ナハトムジークと「フィガロ」「コジ」「魔笛」の序曲は素晴らしいが、取り立てるやうな特別さはない。(2021.6.30)


ヴェルディ:「イル・トロヴァトーレ」
フランコ・コレッリ(T)/ガブリエッラ・トゥッチ(S)/ジュリエッタ・シミオナート(Ms)/ロバート・メリル(Br)、他
ローマ国立歌劇場管弦楽団と合唱団/トーマス・シッパース(cond.)
[EMI CMS 7 63640 2]

 代表的名盤として語り継がれる1964年の録音。その理由は他でもない、コレッリのマンリーコだ。熱い血潮が迸り、向かふ見ずな猛々しさを備へたマンリーコは絶対的な境地にあり、どの歌手の歌唱をもつてしても満足出来なくなるほどの嵌り役なのだ。更には「見よ、恐ろしき炎を」のHigh-Cを力強き雄叫びで締め括れる技量も圧巻で、これ以上に決まつた歌唱は古今東西ない。マンリーコに関して云へばこのコレッリが最高であり、他は必要ない。さて、実は他にも素晴らしい点が幾つもある名盤なのだ。アズチェーナを得意としたシミオナートが最高の出来栄えだ。シミオナートはDECCAにも録音してゐたが、このEMI盤の方がより成熟した深い抉りがあり上位に置きたい。次いでメリルの恰幅の良い気品あるルーナ伯爵が見事。これら名歌手に囲まれ、レオノーラ役のトゥッチだけが聴き劣りするのは仕方あるまい。名匠シッパースの棒が情熱的で運びが良く、歌手らの昂揚と一体となり燃えてゐる。慣習的なカットがあるが、音楽が最良の姿で表現されることを優先してをり、絶大な効果を上げてゐる。曲も歌も、これぞオペラといふ醍醐味が溢れた一種特別な名盤なのだ。(2021.6.27)


ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第9番「クロイツェル」
マルチェロ:ソナタ第1番
シューベルト(カサド編曲):アルペジョーネ・ソナタ
ミッシャ・エルマン(vn)
ガスパール・カサド(vc)
[UNIVERSAL CLASSICS TYGE-60020]

 TBS VINTAGE CLASSICSの1枚。名演奏家の来日録音を復刻するシリーズだ。エルマンは1955年大阪での録音で、ライヴならではの瑕もあるがボウイングの確かさはエルマンの凄みである。伴奏は勿論勝手知つたるジョセフ・セイガーが務めるが、この日の演奏ではエルマンよりも興が乗つてをり天晴痛快なる活躍振りだ。エルマンは同年にDECCAにも同曲を録音したから内容は似通つてをり、蒐集家以外には価値はなからう。演目としてもカサドの録音に惹かれる。1958年大阪でのライヴ録音で、伴奏はヘルムート・バルトだ。マルチェロのチェンバロと通奏低音の為のへ長調ソナタをピアッティが編曲したものは典雅な趣でチェロの魅力を味はへる佳品だ。さて、問題はカサドが愛して止まないアルペジョーネ・ソナタだ。よく知られたやうにカサドはオーケストラ伴奏に編曲を施し協奏曲形式でこの曲を取り上げてきた。やうやくピアノ伴奏で聴けると思ひきや、カサドが隈なく編曲し原曲の楽想と輪郭しか残つてゐない別物を聴く羽目になる。経過句や繋ぎが全く異なることもあり、戸惑ふ。珍品中の珍品と云へよう。演奏自体は素晴らしいので寛容に聴くべし。(2021.6.24)


モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第4番
ハイドン:交響曲第92番、同第104番
ヴォルフガング・シュナイダーハン(vn)
ベルリン・フィル
ハンス・ロスバウト(cond.)
[DG 469 810-2]

 ”The Mono Era”と題された1948年から1957年にかけてのDGモノーラル録音集51枚組。近現代音楽に精通し、学究肌で多方面に亘つて活躍したロスバウトによる古典作品の録音だ。ベルリン・フィルといふ名器に遠慮してか、ロスバウトに期待する慧眼を聴くことが出来ない。ハイドンの交響曲において強い個性の刻印を期待したのだが、保守的で大味な演奏であつた。特に第104番では新しい面白みが一切ない。第92番においても浪漫的な要素を排した爽快さが評価出来るが、特段優れてゐるとは云へない。ベルリン・フィルの巧さが際立つてゐるが総じて平凡である。抱き合はせはシュナイダーハンとの協奏曲なのだが、これも然程面白くはない。極めて常套的で刺激がなく、美しい演奏ではあるが、音楽としては退屈だ。しかし、カデンツァがシュナイダーハンの創作であり、これだけは大層聴き応へがある。長大かつ技巧を凝らした派手な第1楽章のカデンツァは圧巻だ。(2021.6.21)


バッハ:チェンバロ協奏曲第1番、2台のチェンバロの為の協奏曲第2番、3台のチェンバロの為の協奏曲第2番、4台のチェンバロの為の協奏曲
エドゥアルト・ミュラー(cemb)/ゲルハルト・エッシュバッハー(cemb)/ハインリヒ・グルトナー(cemb)/アンスバッハ・バッハ週間管弦楽団
カール・リヒター(cemb&cond.)
[Profil PH13053]

 独Profilはリヒターの初期録音の復刻を積極的に行つてきたが、それらを集成した31枚組。5枚目。リヒターはバッハのチェンバロ協奏曲全集をARCHIVに録音してゐるが、これはその前の1955年、TELEFUNKENへのモノーラル旧録音だ。藝術監督に就任したばかりのアンスバッハ・バッハ週間管弦楽団との演奏なのだが、オーケストラの響きが未だ浪漫的な因習に中にあり、非常に達者な演奏ではあるがリヒターらしさは薄い。リヒターの独奏に注目が集まるニ短調協奏曲BWV.1052だが、淡白で腑抜けた演奏で面白みは皆無だ。推進力はあり爽やかな演奏で、曲想との齟齬を感じる。複数台の協奏曲は次第に感銘が増す。ハ長調協奏曲BWV.1061は壮麗な名演と云つた程度だが、ハ長調協奏曲BWV.1064の絢爛たる華のある音楽は大変素晴らしい。緩徐楽章の思索も見事だ。傑作はイ短調協奏曲BWV.1065で、チェンバロの響きが渋滞せず、立体的なアンサンブルに感嘆する。流れも素晴らしく極上の名演と云へるだらう。(2021.6.18)


ブルックナー:交響曲第9番
ベルリン・フィル
オイゲン・ヨッフム(cond.)
[DG 469 810-2]

 権威ヨッフム第1回目の全集録音より。1964年の録音。ノヴァーク版での演奏だ。ベルリン・フィルの低い重心の響きが尊い名演で、物々しい威容に圧倒される。再録音よりも総合的に素晴らしい。何と云つても可憐でいじらしいオーボエの音色が厳しい音楽の中で一縷の救済を齎すのには胸打たれる。ヨッフムの棒は精力的で前のめりだ。緩急を伴ふがブルックナーの威厳を損なふことはない。第1楽章楽章第1主題の頂点でルフト・パウゼを入れるのは趣味が良いとは云はない。第2楽章もう少し厳格さが欲しく、幾分燥ぎ過ぎだ。最も素晴らしいのが第3楽章で大変成功してゐる。落ち着いたテンポで深々とした音楽を紡いで行く。第3楽章に関して申せば最上位の演奏だ。前2楽章は優良だがシューリヒト盤と比べると遜色がある。(2021.6.15)


78回転録音独奏録音全集/協奏曲録音全集
レイナルド・アーン(cond.)、他
ドゥニーズ・ソリアーノ(vn)
マグダ・タリアフェロ(p)
[APR 7312]

 英APRの「フレンチ・ピアノ・スクール」シリーズ。タリアフェロの戦前のソロ録音全集と協奏曲録音全集と銘打たれた3枚組。収録された音源の大半は仏Danteが復刻した2枚分でも聴けたが、入手困難であつたのでAPR盤の登場は歓迎されるだらう。さて、Dante盤に含まれてゐなかつた音源が幾つかある。大変貴重なので蒐集家は用心されたい。まず、モーツァルトのニ長調ピアノ・ソナタK.576の第3楽章が初出である。解説によると全曲の録音が行はれたが未公刊となり、遂には散逸したやうだ。1面分、第3楽章のみが現存する。次にDante盤には収録されてゐなかつたソリアーノとの録音が聴ける。アーンのロマンス、フォレのソナタ第1番全曲、フォレのアンダンテ、更にフォレのソナタの第1楽章のみ半年後に行はれた録り直しも収録されてゐる。一方でDante盤にあつたモーツァルトのソナタK.454が含まれてゐないとAPRにしては不徹底だ。逆に協奏曲録音全集といふことで有名なPhilips録音のサン=サーンスが収録されてゐるのは余計に思はれる。1931年にデッカに録音されたモーツァルトのピアノ協奏曲第26番は仏Dante盤にはなかつたので有難い。しかし、管弦楽伴奏が余りにも酷く全く価値がない。パドルー管弦楽団が悪いのではない、指揮者アーンが非道いのだ。ソロが入る前などのオーケストラのカデンツで都度都度大見得を切つた終止をかけるとは言語道断、モーツァルトの様式美などてんで理解してゐない者の所業である。(2021.6.12)


オネゲル:交響的断章第1番「パシフィック231」、同第2番「ラグビー」、同第3番、「テンペスト」の為の前奏曲、夏の牧歌、喜びの歌
ロイヤル・フィル
ヘルマン・シェルヘン(cond.)
[Universal Korea DG 40030]

 ウエストミンスター・レーベルの管弦楽録音を集成した65枚組。韓国製だがオリジナル仕様重視で大変立派な商品だ。オネゲルの交響的断章全3曲の代表的名盤である。有名な作品群であるが、目ぼしい録音は少ないと思はれる。熱気を注入したシェルヘンの運動性溢れる音楽に圧倒される。前衛的な切れ味で騒音のやうな音楽でも明確な意思と方向性が感じられ流石である。珍しい「テンペスト」前奏曲は一陣の嵐のやうな作品で、これまた素晴らしい。抒情的な夏の牧歌の気怠い雰囲気も良い。フランス的な気取りはなく、前衛と情念を表出したシェルヘン特有の名演ばかりだ。(2021.6.9)


モーツァルト:アイネ・クライネ・ナハトムジーク、ディヴェルティメント第17番
ヨーゼフ・ヘルマン(cb)、他
ウィーン・コンツェルトハウス弦楽四重奏団
[Universal Korea DG 40020]

 ウエストミンスター・レーベルの室内楽録音を集成した59枚組。韓国製だがオリジナル仕様重視で大変立派な商品だ。モーツァルト最後のセレナードと最後のディヴェルティメントといふ組み合はせによる極上の名盤である。アイネ・クライネ・ナハトムジークはヘルマンのコントラバスを加へた弦楽五重奏による決定的名演だ。オーケストラによる名盤と比しても上位に置きたいほどの完熟の名演である。全楽器が鳴り切つてをり、絶妙のアンサンブルと繊細な表情付けが素晴らしく、何よりもアントン・カンパーの滴るやうな歌が可憐で美しい。この曲をヴァルターやフルトヴェングラーと演奏してきたウィーン・フィル団員としての矜持が出尽くした演奏なのだ。ホルンにハンス・ベルガーとオトマール・ベルガーを加へたディヴェルティメントは幾分弛緩する箇所があり感銘が落ちるが、優美この上ない艶やかな名演である。(2021.6.6)


ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ第1番、同第2番、同第3番
サー・ゲオルグ・ショルティ(p)
ゲオルグ・クーレンカンプ(vn)
[Podium POL-1045-2]

 第14巻。1947年と1948年にDECCAに録音されたクーレンカンプ晩年の代表的録音。豪ELOQUENCEからも復刻がある。ピアノは後に大指揮者として名を轟かすショルティだ。相当な腕前であつたが一奏者では飽き足らず、着実に指揮者としての修行を積み、遂には「指環」世界初録音の栄誉まで勝ち取るのだ。さて、ショルティのピアノも良いが、円熟味を増したクーレンカンプの語り口が絶妙な名演だ。訥弁で小回りが利かない舌足らずな独特の癖があり、幽玄なロマンティシズムへと誘つて呉れる。舐めるやうなボウイング、練り込むやうなヴィブラート、溜息のやうにゆつくりと掛けられるポルタメント、それでゐながら厭らしさがなく、高貴な美しさを醸し出すのは一種特別な藝術境と絶賛したい。全ての曲に云へることだが、一寸した経過句に織り交ぜられた歌ひ回しは他の奏者からは絶対に聴かれない唯一無二の表現がある。(2021.6.3)


ヴェルディ:「イル・トロヴァトーレ」
マリオ・デル=モナコ(T)/レナータ・テバルディ(S)/ジュリエッタ・シミオナート(Ms)/ウーゴ・サヴァレーゼ(Br)
ジュネーヴ大劇場管弦楽団/アルベルト・エレーデ(cond.)、他
[DECCA 4781535]

 テバルディ・デッカ録音全集66枚組。1956年の初期ステレオ録音。デッカの誇る歌手を起用した理想的な配役の名盤だ。中で特筆すべきはシミオナートが歌ふアズチェーナで最高とされるものだ。情念豊かで聴く者を引き込む。但し、シミオナートは代表的な名盤として語られるEMIのシッパース盤でもアズチェーナを歌つてをり、優劣は付け難い。次いでテバルディのレオノーラが素晴らしい。申し分ない歌唱の連続で、特に第4幕の二重奏「おお、この喜び」の躍動は絶品だ。デル=モナコのマンリーコも勿論見事だ。実はこの録音は慣習的なカットを極力行はず、アリアの2番まで歌ふことが多い。セッション録音とは云へ、輝かしく強靭な黄金の声を聴かせるデル=モナコに感心するものの、繰り返しが多いとだれるのと、疲労配分が感じられ楽しめない。歌合戦がトロヴァトーレの醍醐味であり、カットをしないことよりも重要なのだ。コレッリのやうな熱さが欲しいのだ。ルーナ伯爵のサヴァレーゼはやや小粒だが健闘してゐる。エレーデの指揮は流れが良く理想的だ。この録音は丁寧に仕上られた優等生盤で特徴を欠いてをり影が薄い。(2021.5.30)


チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番、弦楽セレナード
コンラート・ハンゼン(p)
ベルリン・フィル/アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
ヴィレム・メンゲルベルク(cond.)
[TELDEC 243 726-2]

 1940年5月に電撃戦を受けてオランダはナチスの占領下に置かれたが、好条件に惹かれてメンゲルベルクはナチスとの協力関係を結んだ。それが7月のベルリン・フィル客演に象徴される。この際、得意としたチャイコフスキーの第5交響曲とピアノ協奏曲第1番を録音した。協奏曲はエトヴィン・フィッシャーの高弟ハンゼンとの共演だ。ハンゼンはドイツの格調高い古典音楽で妙味を発揮したが、チャイコフスキーでは良いところがない。地味で華やかさがなく、かと云つて重厚さや泥臭さもなく、主役は格上のメンゲルベルクに奪はれてゐる。緩急、強弱、剛柔の対比を付けたメンゲルベルクの指示をベルリン・フィルが応答する。手兵コンセルトヘボウとの1938年11月録音の弦楽セレナードはメンゲルベルク節が随所に聴かれる名盤。小まめにカデンツを聴かせる第1楽章、入りの溜めが尋常でない第2楽章も良いが、最高傑作は矢張り第3楽章だらう。甘く切ない旋律を手練手管を弄した表情付けで魅せる。収録時間の都合だらう、第4楽章にカットがあるのが残念だ。(2021.5.27)


ショパン:マズルカ(9曲)、ノクターン(5曲)
マリラ・ジョナス(p)
[SONY 88985391782]

 ジョナスの全録音4枚組。2枚目。マズルカ9曲は1949年9月の78回転録音で、LPに纏められML2101として発売。ノクターン5曲は1950年2月の録音で、ML2143として発売された。演奏は更なる深みを増し、ピアノ録音史上でも類を見ないほど美しい。マズルカは7曲が短調で明らかに悲歌に焦点を当てた解釈である。舞曲の側面は極力排し、涙に濡れた独白のやうな音楽が続く。カペルの録音と並ぶマズルカの最も美しい演奏と激賞したい。ノクターンはそれ以上に素晴らしい。マズルカでは舞曲の要素を削ぎ落としたことで作為的な印象を感じる時があつたが、ノクターンは極限まで結晶された名演ばかりだ。演目は第1番、第2番、第6番、第9番、第15番で、取り分け第1番の美しさは恐ろしさを感じさせるほど深淵を覗き込んだ凄みがある。ショパンを斯様に物悲しく演奏出来る奏者は、他にリパッティくらゐしか思ひ当たらぬ。(2021.5.24)


モーツァルト:交響曲第34番、同第36番、同第39番
ボストン交響楽団
セルゲイ・クーセヴィツキー(cond.)
[ARTIS AT020]

 40枚組。クーセヴィツキーの復刻がこれほど纏まつたことはかつてなく、大歓迎の好企画だ。時代を感じさせる大編成のモーツァルトだが、艶があり音楽が潤つてをり捨て難い魅力を放つ演奏ばかりだ。1940年のセッション録音である第34番が素晴らしい。祝祭的な雰囲気も抜群で、気品ある歌が美しい。セル盤と並ぶ名盤とひとつとして記憶してをきたい。リンツ交響曲は残念乍ら録音状態が悪く、冒頭から歪みがあり、観賞用には適さない。1946年と録音年は最も新しいのだが、ライヴ録音もしくはエア・チェックの条件が悪かったか、テープに起因する劣化かで音揺れが甚だしい。演奏自体は見事なだけに惜しい。第39番は1943年のライヴ録音で音質は申し分ない。ボストン交響楽団の力量を伝へる燦然たる名演で、特に終楽章の推進力は聴き応へがある。但し、特段印象深さのある程ではない。(2021.5.21)


録音全集第2巻/パテ録音(1903年ミラノ)/G&T録音(1904年ミラノ)/ヴィクター録音(1904年〜1906年)
ルッジェーロ・レオンカヴァッロ(p)
エンリーコ・カルーゾ(T)
[RCA 82876-60396-2/Naxos Historical 8.110704]

 レコード史上最初の輝ける星カルーゾの録音全集2枚目。原盤からのRCA復刻とマーストンの究極のリマスタリングによるNaxos Historical盤で聴く。収録曲は後者の方が1曲多めに詰め込まれてゐる。1903年Angro-Italian Commerce Company録音でパテが公刊した3曲の録音があり、1904年にG&Tに2曲の録音を残した他は、専属となり赤盤の名で有名なヴィクターの看板歌手となつた録音だ。さて、ヴィクターへの録音になつて荒々しさが影を潜め、朗々たる美声歌手への変貌が諒解出来る。時には柔和さを演出する為に造つた声で品を作つた歌唱もあるが、本当に良いのは威勢の良いベル・カント歌唱でカルーゾらしさを求めたい。ドニゼッティが良く「愛の妙薬」「ドン・パスクァーレ」「ファヴォリータ」と名唱ばかりだ。次いで感銘深いのはプッチーニ、レオンカヴァッロ、マスカーニといつたヴェリズモ作品である。作曲家自身のピアノ伴奏で吹き込んだレオンカヴァッロ「朝の歌」は大変重要だ。ヴェルディも悪くはないが「トロヴァトーレ」などは拍子抜けするほど面白くない。フランス・オペラは総じて畑違ひで本領ではない。唯一「カルメン」だけは流石に巧い。(2021.5.18)


バッハ:2つのヴァイオリンの為の協奏曲、ヴァイオリン協奏曲第2番、協奏曲ニ短調BWV.1052、ヴィヴァルディ:調和の霊感第8番
ダヴィド・オイストラフ(vn)/イーゴリ・オイストラフ(vn)
ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団/シュターツカペレ・ベルリン
フランツ・コンヴィチュニー(cond.)
[Corona Cl.collection 0002172CCC]

 名匠コンヴィチュニーの録音集第1巻11枚組。共演機会の多かつたオイストラフとの協奏曲録音だ。1956年から1958年にかけての録音で、オイストラフ絶頂期の記録であり、プラチナ・トーンがこの上なく神々しい。重厚堅固なコンヴィチュニーの伴奏は時代を感じるが、通奏低音を入れてをり、決して浪漫的ではなくドイツ魂を示した一種特別な演奏なのだ。イーゴリとはBWV.1043を何度も録音してゐるが当盤が最高だらう。兎に角巧い。但し、独奏も管弦楽も異常に濃く分厚いので、贅沢さが居心地が悪い。同じくイーゴリとのヴィヴァルディも傾向は同じだが、壮麗さで曲想との齟齬が少なく感銘は上だ。ダヴィドの魅力が全開のBWV.1042は様式を考慮しなければ、最上級の演奏だらう。後年の気の抜けた演奏とは一味違ふ。しかし、理想的な名演かと問はれると躊躇ふ。チェンバロ協奏曲第1番BWV.1052をヴァイオリンで弾いたものはシゲティ以来の名演だ。但し、求心力でシゲティには及ばない。(2021.5.15)


アコースティック録音全集/米コロムビア録音(1916年&1920年)
パブロ・カサルス(vc)
[Naxos Historical 8.110986]

 戦前の小品録音全集全5巻。4枚目。第3巻から第5巻はアコースティック録音を集成したもので、かつて英Biddulphから発売された3枚と同じ内容、復刻も同じマーストンだ。だが、実は1曲だけ収録曲が増えてゐることに気が付いた。蒐集家は見落としてはいけない。モーツァルトのクラリネット五重奏曲K.581の第2楽章ラルゲットが2種類あるのだ。1日違ひの録音で、最初の方は英コロムビアのみで発売された珍品なのだ。電気録音前で音こそ貧しいが、カサルスは演奏家としてまさに黄金期にあつた。1930年代になるとボウイングの硬さが目立つやうになるが、若きカサルスの自在な弓捌きは別格で弦楽器奏者としては古今無双であつたことを伝へて呉れる。(2021.5.12)


ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第13番、大フーガ
バリリ弦楽四重奏団
[Universal Korea DG 40020]

 ウエストミンスター・レーベルの室内楽録音を集成した59枚組。韓国製だがオリジナル仕様重視で大変立派な商品だ。第13番と大フーガを1枚に収めた理想的な組み合はせだ。ベートーヴェンはガリツィン公爵から委嘱された3曲分の作品を、第12番変ホ長調、第15番イ短調、第13番変ロ長調の順で作曲をした。楽章数が1つずつ増えて行くのが興味深い。さて、本来この第13番こそ弦楽四重奏曲の極限を示す筈であつた。崇高なカヴァティーナの後に難解極まりない大フーガで締め括る筈であつたから。これはピアノ・ソナタにおける「ハンマークラヴィーア・ソナタ」に相当する。変ロ長調といふ調性の符号も看過出来ない。楽章が更に1つ増え連続して演奏される第14番が最高傑作と目されるが大フーガが終楽章ならだうだらうか。バリリSQの演奏は伸びやかで第1楽章は最上の出来栄えだ。しかし、第2楽章や第6楽章の諧謔が薄く、カヴァティーナも甘めで、第1楽章以外は物足りない。大フーガは大変見事で首席奏者による渾身のアンサンブルが壮麗極まりない。(2021.5.9)


録音全集第1巻(1907年〜1908年)
トーマ、ヴェルディ、ベッリーニ、モーツァルト、ロッシーニ、レオンカヴァッロ、ビゼー、ポンキエッリ、他
ティッタ・ルッフォ(Br)
[Pearl GEMM CDS 9212]

 20世紀初頭に活躍した大物バリトン、ルッフォの録音集成第1巻2枚組。2枚目。声量が甚大であつたことで知られるルッフォの初期録音は咆哮した感が強いが、次第に表現力を加へて貫禄が出てきた。些末時に拘泥はらないどしりとした力強さは他の如何なるバリトンとも一線を画す特徴だ。さて、当たり役であり、需要があつたのか、トーマ「ハムレット」を6曲も吹き込んでゐる。イタリア語歌唱であり、雰囲気を含めて今日の観点からすると出来は微妙と云はざるを得ない。ルッフォの凄みを確認出来るのは兎にも角にもヴェルディである。「トロヴァローレ」2曲のルーナの熱血、「ドン・カルロ」のロドリーゴの懐の広さ、「リゴレット」は3曲あり、迫真の悲壮感に胸打たれる。レオンカヴァッロ「道化師」のプロローグも深い。ポンキエッリ「ジョコンダ」の壮麗さも良い。「カルメン」で闘牛士の歌を披露してゐるが漢気が滾つてをり聴かせる。「ドン・ジョヴァンニ」や「セビーリャの理髪師」など相性の悪い歌唱もあるが、総じて熱力の高さで貴族的な類ひのバリトンからは聴かれない一種特別な表現が楽しめる。イタリア歌曲も4曲録音してをり朗々として良い。(2021.5.6)


バッハ、リスト、ブラームス、ショパン、ルンメル
レジーナ・マッコーネル(S)/チャールズ・ティンベル(p)
ヴァルター・ルンメル(p)
[Dante HPC027]

 1928年から1943年の録音選集である。ルンメルはドイツのピアニストだがドビュッシー作品の初演に関はるなどフランスでの活動が目立つた。タッチが色彩豊かで、抒情的な作品で良さを発揮した。バッハの編曲が2曲聴けるが、清楚なピアニズムに心打たれるであらう。平均律第1巻からのロ短調曲も詫びた名演だ。リストの愛の夢第3番も色気を聴かせるのではなく、抒情的な美しさが印象的だ。当盤の白眉はリスト「アルカデルトのアヴェ・マリア」とブラームスのワルツ第15番である。余韻嫋々たる耽美的な演奏にルンメルの最上の魅力が詰まつてゐる。一転、ショパンのワルツ5曲とマズルカ2曲は全く良くない。ぎこちない演奏で舞曲の醍醐味が失はれてゐる。美しいタッチに拘泥はる余りに間合ひの悪い演奏になつて仕舞つた。さて、余白にルンメルが作曲した歌曲7曲の世界初録音が収録されてゐる。1995年の録音でマッコーネルとティンベルによる演奏だが、一般的な興味からは遠い。他にもルンメルの録音はあるのでそれらを収録して欲しかつた。(2021.5.3)


ヴィターリ:シャコンヌ、バッハ:シャコンヌ、ヴァイオリン協奏曲第2番、ベートーヴェン:三重協奏曲
ウィーン・フィル/フェリックス・ヴァインガルトナー(cond.)、他
リカルド・オドノポゾフ(vn)
[DOREMI DHR-7874-9]

 名手オドノポゾフの大曲録音を復刻した6枚組。5枚目を聴く。ふたつのシャコンヌがとんでもない名演だ。ヴィターリはChamber Music Societyレーベルへの録音、ハインツ・ヴェールレのオルガン伴奏が何とも高雅な趣を添へる。とは云へ、時代考証とは無縁の楽器の魅力を存分に引き出した浪漫的演奏で、美音と歌ひ回しに痺れる。ティボー、デ=ヴィートの名演に伍する名盤と推薦したい。バッハも精神性を追求した演奏ではなく、ヴァイオリンの喜びを堪能出来る極上の名演だ。この難曲を痛快無比に征服するが、ハイフェッツのやうな違和感はなく、神々しく聴かせる。最終音を聴いて思はず溜息が出るほどの極上の演奏である。ゲール指揮による協奏曲も華麗なる演奏だが、流石に豪奢過ぎて良さは感じられない。バッハは2曲ともMMSレーベルへの録音だ。ベートーヴェンは戦前の有名な録音で、ヴァインガルトナーとウィーン・フィルの復刻企画で数種聴くことが出来た。独奏はオドノポゾフひとりが輝いてをり、ピアノとチェロが頼りない。(2021.4.30)


シュトラウス:4つの最後の歌、アラベラ(3曲)、ナクソス島のアリアドネ(1曲)、カプリッチョ(5曲)
ウィーン・フィル/カール・ベーム(cond.)、他
リーザ・デラ・カーザ(S)
[DECCA 467 118-2]

 アラベラ歌ひデラ=カーザの全盛期に行はれた極上の録音集。1953年に初演から3年後の4つの最後の歌をシュトラウスを自家薬籠中としたベームの伴奏で、モラルトの伴奏で「アラベラ」から2曲、ギューデンとペルとの二重唱といふアルバム。これに1954年のホルライザーの伴奏で「アラベラ」のシェフラーとの二重唱、「ナクソス島のアリアドネ」のモノローグ、「カプリッチョ」から月光の音楽と最終場を抱き合はせてゐる。全てウィーン・フィルの伴奏で、陶然とするやうな至福のひとときに溺れることが出来る。モノーラル録音だが、デッカの優秀録音もあり後の全ての録音を圧倒する決定的名盤として太鼓判を押さう。4つの最後の歌だが、曲順がフルトヴェングラー盤と同じ、「眠りにつく時」「九月」「春」「夕映えの中で」となつてゐる。これは作曲者が意図してゐた曲順とも考へられてをり、デラ=カーザとベームといふシュトラウスの伝道師の無視出来ない記録とも云へるのだ。白銀のデラ=カーザの声にボスコフスキーの独奏も相まり至高の名盤が堪能出来る。十八番「アラベラ」は無論最高である。ギューデンが聴けるのも嬉しい。ホルライザーとの録音も最高である。(2021.4.27)


ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第8番、同第12番、同第14番、同第17番、同第23番
フレデリック・ラモンド(p)
[APR 7310]

 英APRによるリストの高弟ラモンドの復刻選集3枚組。2枚目。これはかつて英Biddulphから復刻された音源の再発売である。ラモンドはベートーヴェン弾きとして高名であつたが、現在では見向きもされぬ。電気録音最初期の1926年から1927年にかけて精力的に行はれた録音なので、音が貧しいのも不利だ。ラモンドが顧みられない主な理由は、技巧が粗く、音を飛ばしたり、難所でテンポが落ちたり、リズムを崩したりと、細部を聴くとラモンドの演奏に価値を見出す人はまずゐまい。だが、ラモンドのベートーヴェンには捨て難い魅力もある。全体を鷲掴みにし、楽曲の空気を伝へることにかけては実に成功してゐるのだ。無骨で上辺の取り繕ひを軽蔑するやうな雰囲気はベートーヴェンのそのものだ。ラモンドの風貌もベートーヴェンのやうだ。巧いだけの優等生の演奏とは異なる情熱家の音楽が聴ける。とは云へ、部分的には良い箇所もあるが、一般的にはお薦めは出来ない。(2021.4.24)


チャイコフスキー:弦楽セレナード、バーバー:弦楽の為のアダージョ、エルガー:序奏とアレグロ
ボストン交響楽団
シャルル・ミュンシュ(cond.)
[RCA 88875169792]

 ミュンシュのRCA録音とコロムビア録音を集大成した86枚組。弦楽合奏曲のアルバムだ。ミュンシュはフルトヴェングラー麾下ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のコンツェルトマイスターといふ経歴の持ち主で、弦楽器の特性を知り抜き、アンサンブルの何たるかを歴戦の経験で習得した人物である。音楽がどれだけ自由に動けるかを余裕をもつて楽しむことが出来た数少ない指揮者であつた。3曲とも自在で一瞬たりとも気の抜けた処がない名演揃ひである。中ではバーバーが頭一つ出た名演だ。甘さや感傷はなく、トスカニーニのやうな癖もない。静寂さと沈鬱さが美しく、内に秘めた熱情が垣間見れる極上の名演である。チャイコフスキーも熱気があつてロマンティックで良い。しかし、憂愁や悲哀が薄く、幾分騒がしい印象があり居心地が悪い。エルガーは良い部分もあるが、熱量だけで推し進めた感があり、バルビローリと比べると高貴さが足りない。(2021.4.21)


モーツァルト、ロッシーニ、ドニゼッティ、ヴェルディ、ドリーブ、グノー、オッフェンバック、サン=サーンス、プロッホ、ビショップ、デラックァ、シュトラウス
リリー・ポンス(S)
[Pearl GEMM CD 9415]

 1928年から1939年にかけてのパーロフォン、ヴィクター、HMVへの録音。ポンスはフランス出身でMetで活躍したコロラチューラ・ソプラノで、ガリ=クルチの衣鉢を継いで地位を確立し、パピの指揮で「連隊の娘」や「リゴレット」の忘れ難い決定的な名唱を残した。収録曲はモーツァルト「魔笛」、ロッシーニ「セビーリャの理髪師」から2曲、ドニゼッティ「ランメルモールのルチア」、ヴェルディ「リゴレット」から4曲、ドリーブ「ラクメ」、グノー「ミレイユ」、オッフェンバック「ホフマン物語」、サン=サーンス「夜啼き鶯と薔薇」、プロッホ「エアと変奏曲」、ビショップ「見よ、優しき雲雀を」、デラックァ「ヴェラネル」、シュトラウス「美しき青きドナウ」だ。当たり役であつた「リゴレット」のジルダは文句なしの出来だ。共演者ではデ=ルカの巧さに魅せられるが、テノールのエンリーコ・ディ・マッツェイは非道い。ヴェルディ以上にロッシーニやドニゼッティに惹かれる。アジリタの見事さは折り紙付きだ。ロッシーニでのデ=ルカとの二重唱は極上である。矢張りフランス音楽が絶品で美声が輝きを放つ。モーツァルトは珍しいフランス語での歌唱。シュトラウスのドナウをフランス語の歌詞を付けて歌つたものは通俗的な甘さとコロラチューラの華やかさが一体となつた珠玉の逸品である。(2021.4.18)


ヴェーバー:「魔弾の射手」序曲、ラヴェル:「ダフニスとクロエ」第1組曲より2曲&第2組曲、ベートーヴェン:交響曲第6番「田園」
ベルリン・フィル
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー(cond.)
[King International KKC5952]

 録音に極度に神経質だつたフルトヴェングラーが絶大な信頼を寄せた戦中マグネトフォン録音―RRG録音―で現存する全ての音源を理想的な音質で復刻したベルリン・フィル自主制作盤22枚組―本邦キング・インターナショナルによる代理販売。持つてをらぬは潜りである。20枚目を聴く。1944年3月20日と21日の公演記録からの音源だ。さて、このRRG録音集成で最も注目されたのが初出となるラヴェルの第1組曲の出現であつた。これ迄、その存在が取り沙汰されてゐながら、録音は残つてゐないと考へられてきた。それが探索の結果、第2曲目の間奏曲と第3曲目の戦ひの踊りがこの度発掘されたのだ。第1曲目も演奏されたと考へられるが、録音には失敗したのだらう。1月に旧フィルハーモニーが爆撃で破壊されてからは録音に不備が多くなつたのは致し方ないのだ。音質も明らかに抜けが悪くなつた。物々しい雰囲気のラヴェルはフルトヴェングラーらしくて面白い。色彩感よりも情念を聴かせる。この日のプログラムは牧歌的な作品を並べた意図が窺はれる。決定的な名演である闇深いヴェーバー、じめじめと湿つて感情的な表現のベートーヴェン、一期一会の音楽が聴ける。(2021.4.15)


オペラ・パラフレーズ(メサジェ、マスネ、ブリュノー、ヴェーバー、ヴェルディ)/ライヒェルト、トゥルー、ビゼー、ベートーヴェン、バッハ、ヘンデル
マルセル・モイーズ(fl)
[村松楽器 MGCD-1002]

 本邦の村松フルート製作所/村松楽器が制作した巨匠モイーズ大全集5枚組。2枚目。この2枚目は海外でも復刻がない音源ばかりで蒐集家にとつては必携の内容である。演目の大半がオペラのパラフレーズで玄人好みと云へよう。ヴェーバー「オベロン」から2曲、マスネ「サッフォー」から2曲、マスネ「ウェルテル」、メサジュ「フォルトゥーニオ」、ブリュノー「水車場の襲撃」、ヴェルディ「トロヴァトーレ」からの編曲で、極めて渋い選曲と云へる。だが、歌劇をフルート一本で情熱的に表現しようといふモイーズの気概を聴く録音なのだ。何と云つても「トロヴァトーレ」の情念を楽器の限界を超えて表現する姿勢に圧倒される。フルートの可能性を広げた名演揃ひである。ビゼー「アルルの女」も良い。残りはフルートの為の曲だが、ライヒェルト「ファンタジー・メランコリック」、トゥルー「ファンタジー・ブリランテ」、ベートーヴェンの変ロ長調ソナタ、バッハのBWV.1039、ヘンデルの作品2-1aで、当盤以外に復刻はなかつた筈だ。(2021.4.12)


ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第2番、バッハ:ピアノ協奏曲第1番
コロムビア交響楽団/レナード・バーンスタイン(cond.)
グレン・グールド(p)
[SONY 88697130942]

 オリジナル・ジャケット・シリーズの先駆けとなつたグールド全集80枚組。1957年に録音されたコロムビアレーベルの若手看板アーティストの共演である。まず、ベートーヴェンが素晴らしい。グールドも良いが、バーンスタインの溌剌とした音楽が圧倒的だ。冒頭の和音から決まつてゐる。野心的なベートーヴェンの思ひを再現したかのやうな前奏の見事さに心打たれる。グールドもこれに乗つて快活な音楽を奏でる。一方で可憐さも対比させて心憎い。この曲屈指の名盤であり、最上位に置かれるべき名演と太鼓判を押したい。さて、それ以上の期待が寄せられるバッハだが、実は大したことない。バーンスタインの厚みが邪魔であるし、グールドも踏み込みが弱い。後にグールドはゴルシュマンとバッハの協奏曲を幾つも録音し、バーンスタインとはこのニ短調協奏曲BWV.1052だけしか残さなかつた。(2021.4.9)


パガニーニ:24のカプリース
ドヴィ・エルリ(vn)
[DOREMI DHR-8071/2]

 2枚組の1枚目。エルリは弩級の実力を持つ奏者乍ら何故か認知度が低い。何と云つてもバッハの無伴奏ソナタとパルティータ全曲の録音が驚嘆すべき名盤であつた。DOREMIは有難いことに久々にバッハの録音を復刻して呉れた。そして、第2弾として1973年にDisques Adèsに録音されたパガニーニのカプリース全曲を復刻した。存在すら知らなかつたのだが、とんでもない録音に出会ふこととなつた。パガニーニのカプリースに多くの技巧派奏者が挑戦してきたが、技巧の痕跡を成る可く残さぬやう、随分と洗練された工藝品のやうな演奏が多かつた。エルリの録音は全く趣向が異なる。凄まじい気魄と情熱的な音楽で、押し出しが強い。技巧は危なつかしさを残し、軋むやうな音を出し乍ら落下寸前のサーカスのやうな演奏を繰り広げてゐる。電光石火のやうな弓のアタックは鬼神の如し。多少粗くとも熱量と勢ひで征服しようといふ姿勢なのだ。こんなカプリースは聴いたことがない。手に汗握る演奏に、あっと言う間に24曲聴き通して仕舞ふ。精巧なだけの巷間聴かれてゐる録音など問題にならない。これはカプリースの決定的名盤であり、話題にならないのがおかしい。(2021.4.6)


チャイコフスキー:弦楽セレナード、フランチェスカ・ダ・リミニ、アレンスキー:チャイコフスキーの主題による変奏曲
ロンドン交響楽団/ニュー・フィルハーモニア管弦楽団
サー・ジョン・バルビローリ(cond.)
[Warner Classics 9029538608]

 英バルビローリ協会全面協力の下、遂に出た渾身の全集109枚組。バルビローリはチェリストとして経歴を始めたこともあり、弦楽器で歌ふことにかけては一家言持つてをり、どの録音も弦楽セクションの見事さが光る。弦楽合奏曲の録音が多いのもバルビローリの特徴だ。1964年にロンドン交響楽団と録音したチャイコフスキーのセレナードとアレンスキーの変奏曲は名アルバムと云へよう。意外と知られてゐないが、チャイコフスキーのセレナードは数ある録音の中でも最高峰で決定盤として推薦したい名演だ。弦楽オーケストラが全力の情熱的な合奏を繰り広げてをり、連綿とした歌との対比も見事、更にチャイコフスキーの指示した広過ぎるデュナーミクを徹底してゐるのだ。チャイコフスキーの歌曲によるアレンスキーの変奏曲は比類のない決定的名盤である。美しい歌も良いが、躍動する合奏にバルビローリの至藝を感得する。抱き合はせでフランチェスカ・ダ・リミニが収録されてゐるが、せめてステレオ録音はオリジナル仕様で復刻して欲しかつた。最晩年の1969年にニュー・フィルハーモニア管弦楽団を指揮しての録音だ。壮絶な演奏だが、締まりがなく感銘は薄い。(2021.4.3)



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