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楽興撰録

蒐集した音楽を興じて綴る頁


2020.12.27以前のCD評
声楽 | 歌劇 | 管弦楽 | ピアノ | ヴァイオリン | 室内楽その他



最近の記事


78回転録音独奏録音全集/協奏曲録音全集
レイナルド・アーン(cond.)、他
ドゥニーズ・ソリアーノ(vn)
マグダ・タリアフェロ(p)
[APR 7312]

 英APRの「フレンチ・ピアノ・スクール」シリーズ。タリアフェロの戦前のソロ録音全集と協奏曲録音全集と銘打たれた3枚組。収録された音源の大半は仏Danteが復刻した2枚分でも聴けたが、入手困難であつたのでAPR盤の登場は歓迎されるだらう。さて、Dante盤に含まれてゐなかつた音源が幾つかある。大変貴重なので蒐集家は用心されたい。まず、モーツァルトのニ長調ピアノ・ソナタK.576の第3楽章が初出である。解説によると全曲の録音が行はれたが未公刊となり、遂には散逸したやうだ。1面分、第3楽章のみが現存する。次にDante盤には収録されてゐなかつたソリアーノとの録音が聴ける。アーンのロマンス、フォレのソナタ第1番全曲、フォレのアンダンテ、更にフォレのソナタの第1楽章のみ半年後に行はれた録り直しも収録されてゐる。一方でDante盤にあつたモーツァルトのソナタK.454が含まれてゐないとAPRにしては不徹底だ。逆に協奏曲録音全集といふことで有名なPhilips録音のサン=サーンスが収録されてゐるのは余計に思はれる。1931年にデッカに録音されたモーツァルトのピアノ協奏曲第26番は仏Dante盤にはなかつたので有難い。しかし、管弦楽伴奏が余りにも酷く全く価値がない。パドルー管弦楽団が悪いのではない、指揮者アーンが非道いのだ。ソロが入る前などのオーケストラのカデンツで都度都度大見得を切つた終止をかけるとは言語道断、モーツァルトの様式美などてんで理解してゐない者の所業である。(2021.6.12)


オネゲル:交響的断章第1番「パシフィック231」、同第2番「ラグビー」、同第3番、「テンペスト」の為の前奏曲、夏の牧歌、喜びの歌
ロイヤル・フィル
ヘルマン・シェルヘン(cond.)
[Universal Korea DG 40030]

 ウエストミンスター・レーベルの管弦楽録音を集成した65枚組。韓国製だがオリジナル仕様重視で大変立派な商品だ。オネゲルの交響的断章全3曲の代表的名盤である。有名な作品群であるが、目ぼしい録音は少ないと思はれる。熱気を注入したシェルヘンの運動性溢れる音楽に圧倒される。前衛的な切れ味で騒音のやうな音楽でも明確な意思と方向性が感じられ流石である。珍しい「テンペスト」前奏曲は一陣の嵐のやうな作品で、これまた素晴らしい。抒情的な夏の牧歌の気怠い雰囲気も良い。フランス的な気取りはなく、前衛と情念を表出したシェルヘン特有の名演ばかりだ。(2021.6.9)


モーツァルト:アイネ・クライネ・ナハトムジーク、ディヴェルティメント第17番
ヨーゼフ・ヘルマン(cb)、他
ウィーン・コンツェルトハウス弦楽四重奏団
[Universal Korea DG 40020]

 ウエストミンスター・レーベルの室内楽録音を集成した59枚組。韓国製だがオリジナル仕様重視で大変立派な商品だ。モーツァルト最後のセレナードと最後のディヴェルティメントといふ組み合はせによる極上の名盤である。アイネ・クライネ・ナハトムジークはヘルマンのコントラバスを加へた弦楽五重奏による決定的名演だ。オーケストラによる名盤と比しても上位に置きたいほどの完熟の名演である。全楽器が鳴り切つてをり、絶妙のアンサンブルと繊細な表情付けが素晴らしく、何よりもアントン・カンパーの滴るやうな歌が可憐で美しい。この曲をヴァルターやフルトヴェングラーと演奏してきたウィーン・フィル団員としての矜持が出尽くした演奏なのだ。ホルンにハンス・ベルガーとオトマール・ベルガーを加へたディヴェルティメントは幾分弛緩する箇所があり感銘が落ちるが、優美この上ない艶やかな名演である。(2021.6.6)


ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ第1番、同第2番、同第3番
サー・ゲオルグ・ショルティ(p)
ゲオルグ・クーレンカンプ(vn)
[Podium POL-1045-2]

 第14巻。1947年と1948年にDECCAに録音されたクーレンカンプ晩年の代表的録音。豪ELOQUENCEからも復刻がある。ピアノは後に大指揮者として名を轟かすショルティだ。相当な腕前であつたが一奏者では飽き足らず、着実に指揮者としての修行を積み、遂には「指環」世界初録音の栄誉まで勝ち取るのだ。さて、ショルティのピアノも良いが、円熟味を増したクーレンカンプの語り口が絶妙な名演だ。訥弁で小回りが利かない舌足らずな独特の癖があり、幽玄なロマンティシズムへと誘つて呉れる。舐めるやうなボウイング、練り込むやうなヴィブラート、溜息のやうにゆつくりと掛けられるポルタメント、それでゐながら厭らしさがなく、高貴な美しさを醸し出すのは一種特別な藝術境と絶賛したい。全ての曲に云へることだが、一寸した経過句に織り交ぜられた歌ひ回しは他の奏者からは絶対に聴かれない唯一無二の表現がある。(2021.6.3)


ヴェルディ:「イル・トロヴァトーレ」
マリオ・デル=モナコ(T)/レナータ・テバルディ(S)/ジュリエッタ・シミオナート(Ms)/ウーゴ・サヴァレーゼ(T)
ジュネーヴ大劇場管弦楽団/アルベルト・エレーデ(cond.)、他
[DECCA 4781535]

 テバルディ・デッカ録音全集66枚組。1956年の初期ステレオ録音。デッカの誇る歌手を起用した理想的な配役の名盤だ。中で特筆すべきはシミオナートが歌ふアズチェーナで最高とされるものだ。情念豊かで聴く者を引き込む。但し、シミオナートは代表的な名盤として語られるEMIのシッパース盤でもアズチェーナを歌つてをり、優劣は付け難い。次いでテバルディのレオノーラが素晴らしい。申し分ない歌唱の連続で、特に第4幕の二重奏「おお、この喜び」の躍動は絶品だ。デル=モナコのマンリーコも勿論見事だ。実はこの録音は慣習的なカットを極力行はず、アリアの2番まで歌ふことが多い。セッション録音とは云へ、輝かしく強靭な黄金の声を聴かせるデル=モナコに感心するものの、繰り返しが多いとだれるのと、疲労配分が感じられ楽しめない。歌合戦がトロヴァトーレの醍醐味であり、カットをしないことよりも重要なのだ。コレッリのやうな熱さが欲しいのだ。ルーナ伯爵のサヴァレーゼはやや小粒だが健闘してゐる。エレーデの指揮は流れが良く理想的だ。この録音は丁寧に仕上られた優等生盤で特徴を欠いてをり影が薄い。(2021.5.30)


チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番、弦楽セレナード
コンラート・ハンゼン(p)
ベルリン・フィル/アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
ヴィレム・メンゲルベルク(cond.)
[TELDEC 243 726-2]

 1940年5月に電撃戦を受けてオランダはナチスの占領下に置かれたが、好条件に惹かれてメンゲルベルクはナチスとの協力関係を結んだ。それが7月のベルリン・フィル客演に象徴される。この際、得意としたチャイコフスキーの第5交響曲とピアノ協奏曲第1番を録音した。協奏曲はエトヴィン・フィッシャーの高弟ハンゼンとの共演だ。ハンゼンはドイツの格調高い古典音楽で妙味を発揮したが、チャイコフスキーでは良いところがない。地味で華やかさがなく、かと云つて重厚さや泥臭さもなく、主役は格上のメンゲルベルクに奪はれてゐる。緩急、強弱、剛柔の対比を付けたメンゲルベルクの指示をベルリン・フィルが応答する。手兵コンセルトヘボウとの1938年11月録音の弦楽セレナードはメンゲルベルク節が随所に聴かれる名盤。小まめにカデンツを聴かせる第1楽章、入りの溜めが尋常でない第2楽章も良いが、最高傑作は矢張り第3楽章だらう。甘く切ない旋律を手練手管を弄した表情付けで魅せる。収録時間の都合だらう、第4楽章にカットがあるのが残念だ。(2021.5.27)


ショパン:マズルカ(9曲)、ノクターン(5曲)
マリラ・ジョナス(p)
[SONY 88985391782]

 ジョナスの全録音4枚組。2枚目。マズルカ9曲は1949年9月の78回転録音で、LPに纏められML2101として発売。ノクターン5曲は1950年2月の録音で、ML2143として発売された。演奏は更なる深みを増し、ピアノ録音史上でも類を見ないほど美しい。マズルカは7曲が短調で明らかに悲歌に焦点を当てた解釈である。舞曲の側面は極力排し、涙に濡れた独白のやうな音楽が続く。カペルの録音と並ぶマズルカの最も美しい演奏と激賞したい。ノクターンはそれ以上に素晴らしい。マズルカでは舞曲の要素を削ぎ落としたことで作為的な印象を感じる時があつたが、ノクターンは極限まで結晶された名演ばかりだ。演目は第1番、第2番、第6番、第9番、第15番で、取り分け第1番の美しさは恐ろしさを感じさせるほど深淵を覗き込んだ凄みがある。ショパンを斯様に物悲しく演奏出来る奏者は、他にリパッティくらゐしか思ひ当たらぬ。(2021.5.24)


モーツァルト:交響曲第34番、同第36番、同第39番
ボストン交響楽団
セルゲイ・クーセヴィツキー(cond.)
[ARTIS AT020]

 40枚組。クーセヴィツキーの復刻がこれほど纏まつたことはかつてなく、大歓迎の好企画だ。時代を感じさせる大編成のモーツァルトだが、艶があり音楽が潤つてをり捨て難い魅力を放つ演奏ばかりだ。1940年のセッション録音である第34番が素晴らしい。祝祭的な雰囲気も抜群で、気品ある歌が美しい。セル盤と並ぶ名盤とひとつとして記憶してをきたい。リンツ交響曲は残念乍ら録音状態が悪く、冒頭から歪みがあり、観賞用には適さない。1946年と録音年は最も新しいのだが、ライヴ録音もしくはエア・チェックの条件が悪かったか、テープに起因する劣化かで音揺れが甚だしい。演奏自体は見事なだけに惜しい。第39番は1943年のライヴ録音で音質は申し分ない。ボストン交響楽団の力量を伝へる燦然たる名演で、特に終楽章の推進力は聴き応へがある。但し、特段印象深さのある程ではない。(2021.5.21)


録音全集第2巻/パテ録音(1903年ミラノ)/G&T録音(1904年ミラノ)/ヴィクター録音(1904年〜1906年)
ルッジェーロ・レオンカヴァッロ(p)
エンリーコ・カルーゾ(T)
[RCA 82876-60396-2/Naxos Historical 8.110704]

 レコード史上最初の輝ける星カルーゾの録音全集2枚目。原盤からのRCA復刻とマーストンの究極のリマスタリングによるNaxos Historical盤で聴く。収録曲は後者の方が1曲多めに詰め込まれてゐる。1903年Angro-Italian Commerce Company録音でパテが公刊した3曲の録音があり、1904年にG&Tに2曲の録音を残した他は、専属となり赤盤の名で有名なヴィクターの看板歌手となつた録音だ。さて、ヴィクターへの録音になつて荒々しさが影を潜め、朗々たる美声歌手への変貌が諒解出来る。時には柔和さを演出する為に造つた声で品を作つた歌唱もあるが、本当に良いのは威勢の良いベル・カント歌唱でカルーゾらしさを求めたい。ドニゼッティが良く「愛の妙薬」「ドン・パスクァーレ」「ファヴォリータ」と名唱ばかりだ。次いで感銘深いのはプッチーニ、レオンカヴァッロ、マスカーニといつたヴェリズモ作品である。作曲家自身のピアノ伴奏で吹き込んだレオンカヴァッロ「朝の歌」は大変重要だ。ヴェルディも悪くはないが「トロヴァトーレ」などは拍子抜けするほど面白くない。フランス・オペラは総じて畑違ひで本領ではない。唯一「カルメン」だけは流石に巧い。(2021.5.18)


バッハ:2つのヴァイオリンの為の協奏曲、ヴァイオリン協奏曲第2番、協奏曲ニ短調BWV.1052、ヴィヴァルディ:調和の霊感第8番
ダヴィド・オイストラフ(vn)/イーゴリ・オイストラフ(vn)
ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団/シュターツカペレ・ベルリン
フランツ・コンヴィチュニー(cond.)
[Corona Cl.collection 0002172CCC]

 名匠コンヴィチュニーの録音集第1巻11枚組。共演機会の多かつたオイストラフとの協奏曲録音だ。1956年から1958年にかけての録音で、オイストラフ絶頂期の記録であり、プラチナ・トーンがこの上なく神々しい。重厚堅固なコンヴィチュニーの伴奏は時代を感じるが、通奏低音を入れてをり、決して浪漫的ではなくドイツ魂を示した一種特別な演奏なのだ。イーゴリとはBWV.1043を何度も録音してゐるが当盤が最高だらう。兎に角巧い。但し、独奏も管弦楽も異常に濃く分厚いので、贅沢さが居心地が悪い。同じくイーゴリとのヴィヴァルディも傾向は同じだが、壮麗さで曲想との齟齬が少なく感銘は上だ。ダヴィドの魅力が全開のBWV.1042は様式を考慮しなければ、最上級の演奏だらう。後年の気の抜けた演奏とは一味違ふ。しかし、理想的な名演かと問はれると躊躇ふ。チェンバロ協奏曲第1番BWV.1052をヴァイオリンで弾いたものはシゲティ以来の名演だ。但し、求心力でシゲティには及ばない。(2021.5.15)


アコースティック録音全集/米コロムビア録音(1916年&1920年)
パブロ・カサルス(vc)
[Naxos Historical 8.110986]

 戦前の小品録音全集全5巻。4枚目。第3巻から第5巻はアコースティック録音を集成したもので、かつて英Biddulphから発売された3枚と同じ内容、復刻も同じマーストンだ。だが、実は1曲だけ収録曲が増えてゐることに気が付いた。蒐集家は見落としてはいけない。モーツァルトのクラリネット五重奏曲K.581の第2楽章ラルゲットが2種類あるのだ。1日違ひの録音で、最初の方は英コロムビアのみで発売された珍品なのだ。電気録音前で音こそ貧しいが、カサルスは演奏家としてまさに黄金期にあつた。1930年代になるとボウイングの硬さが目立つやうになるが、若きカサルスの自在な弓捌きは別格で弦楽器奏者としては古今無双であつたことを伝へて呉れる。(2021.5.12)


ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第13番、大フーガ
バリリ弦楽四重奏団
[Universal Korea DG 40020]

 ウエストミンスター・レーベルの室内楽録音を集成した59枚組。韓国製だがオリジナル仕様重視で大変立派な商品だ。第13番と大フーガを1枚に収めた理想的な組み合はせだ。ベートーヴェンはガリツィン公爵から委嘱された3曲分の作品を、第12番変ホ長調、第15番イ短調、第13番変ロ長調の順で作曲をした。楽章数が1つずつ増えて行くのが興味深い。さて、本来この第13番こそ弦楽四重奏曲の極限を示す筈であつた。崇高なカヴァティーナの後に難解極まりない大フーガで締め括る筈であつたから。これはピアノ・ソナタにおける「ハンマークラヴィーア・ソナタ」に相当する。変ロ長調といふ調性の符号も看過出来ない。楽章が更に1つ増え連続して演奏される第14番が最高傑作と目されるが大フーガが終楽章ならだうだらうか。バリリSQの演奏は伸びやかで第1楽章は最上の出来栄えだ。しかし、第2楽章や第6楽章の諧謔が薄く、カヴァティーナも甘めで、第1楽章以外は物足りない。大フーガは大変見事で首席奏者による渾身のアンサンブルが壮麗極まりない。(2021.5.9)


録音全集第1巻(1907年〜1908年)
トーマ、ヴェルディ、ベッリーニ、モーツァルト、ロッシーニ、レオンカヴァッロ、ビゼー、ポンキエッリ、他
ティッタ・ルッフォ(Br)
[Pearl GEMM CDS 9212]

 20世紀初頭に活躍した大物バリトン、ルッフォの録音集成第1巻2枚組。2枚目。声量が甚大であつたことで知られるルッフォの初期録音は咆哮した感が強いが、次第に表現力を加へて貫禄が出てきた。些末時に拘泥はらないどしりとした力強さは他の如何なるバリトンとも一線を画す特徴だ。さて、当たり役であり、需要があつたのか、トーマ「ハムレット」を6曲も吹き込んでゐる。イタリア語歌唱であり、雰囲気を含めて今日の観点からすると出来は微妙と云はざるを得ない。ルッフォの凄みを確認出来るのは兎にも角にもヴェルディである。「トロヴァローレ」2曲のルーナの熱血、「ドン・カルロ」のロドリーゴの懐の広さ、「リゴレット」は3曲あり、迫真の悲壮感に胸打たれる。レオンカヴァッロ「道化師」のプロローグも深い。ポンキエッリ「ジョコンダ」の壮麗さも良い。「カルメン」で闘牛士の歌を披露してゐるが漢気が滾つてをり聴かせる。「ドン・ジョヴァンニ」や「セビーリャの理髪師」など相性の悪い歌唱もあるが、総じて熱力の高さで貴族的な類ひのバリトンからは聴かれない一種特別な表現が楽しめる。イタリア歌曲も4曲録音してをり朗々として良い。(2021.5.6)


バッハ、リスト、ブラームス、ショパン、ルンメル
レジーナ・マッコーネル(S)/チャールズ・ティンベル(p)
ヴァルター・ルンメル(p)
[Dante HPC027]

 1928年から1943年の録音選集である。ルンメルはドイツのピアニストだがドビュッシー作品の初演に関はるなどフランスでの活動が目立つた。タッチが色彩豊かで、抒情的な作品で良さを発揮した。バッハの編曲が2曲聴けるが、清楚なピアニズムに心打たれるであらう。平均律第1巻からのロ短調曲も詫びた名演だ。リストの愛の夢第3番も色気を聴かせるのではなく、抒情的な美しさが印象的だ。当盤の白眉はリスト「アルカデルトのアヴェ・マリア」とブラームスのワルツ第15番である。余韻嫋々たる耽美的な演奏にルンメルの最上の魅力が詰まつてゐる。一転、ショパンのワルツ5曲とマズルカ2曲は全く良くない。ぎこちない演奏で舞曲の醍醐味が失はれてゐる。美しいタッチに拘泥はる余りに間合ひの悪い演奏になつて仕舞つた。さて、余白にルンメルが作曲した歌曲7曲の世界初録音が収録されてゐる。1995年の録音でマッコーネルとティンベルによる演奏だが、一般的な興味からは遠い。他にもルンメルの録音はあるのでそれらを収録して欲しかつた。(2021.5.3)


ヴィターリ:シャコンヌ、バッハ:シャコンヌ、ヴァイオリン協奏曲第2番、ベートーヴェン:三重協奏曲
ウィーン・フィル/フェリックス・ヴァインガルトナー(cond.)、他
リカルド・オドノポゾフ(vn)
[DOREMI DHR-7874-9]

 名手オドノポゾフの大曲録音を復刻した6枚組。5枚目を聴く。ふたつのシャコンヌがとんでもない名演だ。ヴィターリはChamber Music Societyレーベルへの録音、ハインツ・ヴェールレのオルガン伴奏が何とも高雅な趣を添へる。とは云へ、時代考証とは無縁の楽器の魅力を存分に引き出した浪漫的演奏で、美音と歌ひ回しに痺れる。ティボー、デ=ヴィートの名演に伍する名盤と推薦したい。バッハも精神性を追求した演奏ではなく、ヴァイオリンの喜びを堪能出来る極上の名演だ。この難曲を痛快無比に征服するが、ハイフェッツのやうな違和感はなく、神々しく聴かせる。最終音を聴いて思はず溜息が出るほどの極上の演奏である。ゲール指揮による協奏曲も華麗なる演奏だが、流石に豪奢過ぎて良さは感じられない。バッハは2曲ともMMSレーベルへの録音だ。ベートーヴェンは戦前の有名な録音で、ヴァインガルトナーとウィーン・フィルの復刻企画で数種聴くことが出来た。独奏はオドノポゾフひとりが輝いてをり、ピアノとチェロが頼りない。(2021.4.30)


シュトラウス:4つの最後の歌、アラベラ(3曲)、ナクソス島のアリアドネ(1曲)、カプリッチョ(5曲)
ウィーン・フィル/カール・ベーム(cond.)、他
リーザ・デラ・カーザ(S)
[DECCA 467 118-2]

 アラベラ歌ひデラ=カーザの全盛期に行はれた極上の録音集。1953年に初演から3年後の4つの最後の歌をシュトラウスを自家薬籠中としたベームの伴奏で、モラルトの伴奏で「アラベラ」から2曲、ギューデンとペルとの二重唱といふアルバム。これに1954年のホルライザーの伴奏で「アラベラ」のシェフラーとの二重唱、「ナクソス島のアリアドネ」のモノローグ、「カプリッチョ」から月光の音楽と最終場を抱き合はせてゐる。全てウィーン・フィルの伴奏で、陶然とするやうな至福のひとときに溺れることが出来る。モノーラル録音だが、デッカの優秀録音もあり後の全ての録音を圧倒する決定的名盤として太鼓判を押さう。4つの最後の歌だが、曲順がフルトヴェングラー盤と同じ、「眠りにつく時」「九月」「春」「夕映えの中で」となつてゐる。これは作曲者が意図してゐた曲順とも考へられてをり、デラ=カーザとベームといふシュトラウスの伝道師の無視出来ない記録とも云へるのだ。白銀のデラ=カーザの声にボスコフスキーの独奏も相まり至高の名盤が堪能出来る。十八番「アラベラ」は無論最高である。ギューデンが聴けるのも嬉しい。ホルライザーとの録音も最高である。(2021.4.27)


ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第8番、同第12番、同第14番、同第17番、同第23番
フレデリック・ラモンド(p)
[APR 7310]

 英APRによるリストの高弟ラモンドの復刻選集3枚組。2枚目。これはかつて英Biddulphから復刻された音源の再発売である。ラモンドはベートーヴェン弾きとして高名であつたが、現在では見向きもされぬ。電気録音最初期の1926年から1927年にかけて精力的に行はれた録音なので、音が貧しいのも不利だ。ラモンドが顧みられない主な理由は、技巧が粗く、音を飛ばしたり、難所でテンポが落ちたり、リズムを崩したりと、細部を聴くとラモンドの演奏に価値を見出す人はまずゐまい。だが、ラモンドのベートーヴェンには捨て難い魅力もある。全体を鷲掴みにし、楽曲の空気を伝へることにかけては実に成功してゐるのだ。無骨で上辺の取り繕ひを軽蔑するやうな雰囲気はベートーヴェンのそのものだ。ラモンドの風貌もベートーヴェンのやうだ。巧いだけの優等生の演奏とは異なる情熱家の音楽が聴ける。とは云へ、部分的には良い箇所もあるが、一般的にはお薦めは出来ない。(2021.4.24)


チャイコフスキー:弦楽セレナード、バーバー:弦楽の為のアダージョ、エルガー:序奏とアレグロ
ボストン交響楽団
シャルル・ミュンシュ(cond.)
[RCA 88875169792]

 ミュンシュのRCA録音とコロムビア録音を集大成した86枚組。弦楽合奏曲のアルバムだ。ミュンシュはフルトヴェングラー麾下ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のコンツェルトマイスターといふ経歴の持ち主で、弦楽器の特性を知り抜き、アンサンブルの何たるかを歴戦の経験で習得した人物である。音楽がどれだけ自由に動けるかを余裕をもつて楽しむことが出来た数少ない指揮者であつた。3曲とも自在で一瞬たりとも気の抜けた処がない名演揃ひである。中ではバーバーが頭一つ出た名演だ。甘さや感傷はなく、トスカニーニのやうな癖もない。静寂さと沈鬱さが美しく、内に秘めた熱情が垣間見れる極上の名演である。チャイコフスキーも熱気があつてロマンティックで良い。しかし、憂愁や悲哀が薄く、幾分騒がしい印象があり居心地が悪い。エルガーは良い部分もあるが、熱量だけで推し進めた感があり、バルビローリと比べると高貴さが足りない。(2021.4.21)


モーツァルト、ロッシーニ、ドニゼッティ、ヴェルディ、ドリーブ、グノー、オッフェンバック、サン=サーンス、プロッホ、ビショップ、デラックァ、シュトラウス
リリー・ポンス(S)
[Pearl GEMM CD 9415]

 1928年から1939年にかけてのパーロフォン、ヴィクター、HMVへの録音。ポンスはフランス出身でMetで活躍したコロラチューラ・ソプラノで、ガリ=クルチの衣鉢を継いで地位を確立し、パピの指揮で「連隊の娘」や「リゴレット」の忘れ難い決定的な名唱を残した。収録曲はモーツァルト「魔笛」、ロッシーニ「セビーリャの理髪師」から2曲、ドニゼッティ「ランメルモールのルチア」、ヴェルディ「リゴレット」から4曲、ドリーブ「ラクメ」、グノー「ミレイユ」、オッフェンバック「ホフマン物語」、サン=サーンス「夜啼き鶯と薔薇」、プロッホ「エアと変奏曲」、ビショップ「見よ、優しき雲雀を」、デラックァ「ヴェラネル」、シュトラウス「美しき青きドナウ」だ。当たり役であつた「リゴレット」のジルダは文句なしの出来だ。共演者ではデ=ルカの巧さに魅せられるが、テノールのエンリーコ・ディ・マッツェイは非道い。ヴェルディ以上にロッシーニやドニゼッティに惹かれる。アジリタの見事さは折り紙付きだ。ロッシーニでのデ=ルカとの二重唱は極上である。矢張りフランス音楽が絶品で美声が輝きを放つ。モーツァルトは珍しいフランス語での歌唱。シュトラウスのドナウをフランス語の歌詞を付けて歌つたものは通俗的な甘さとコロラチューラの華やかさが一体となつた珠玉の逸品である。(2021.4.18)


ヴェーバー:「魔弾の射手」序曲、ラヴェル:「ダフニスとクロエ」第1組曲より2曲&第2組曲、ベートーヴェン:交響曲第6番「田園」
ベルリン・フィル
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー(cond.)
[King International KKC5952]

 録音に極度に神経質だつたフルトヴェングラーが絶大な信頼を寄せた戦中マグネトフォン録音―RRG録音―で現存する全ての音源を理想的な音質で復刻したベルリン・フィル自主制作盤22枚組―本邦キング・インターナショナルによる代理販売。持つてをらぬは潜りである。20枚目を聴く。1944年3月20日と21日の公演記録からの音源だ。さて、このRRG録音集成で最も注目されたのが初出となるラヴェルの第1組曲の出現であつた。これ迄、その存在が取り沙汰されてゐながら、録音は残つてゐないと考へられてきた。それが探索の結果、第2曲目の間奏曲と第3曲目の戦ひの踊りがこの度発掘されたのだ。第1曲目も演奏されたと考へられるが、録音には失敗したのだらう。1月に旧フィルハーモニーが爆撃で破壊されてからは録音に不備が多くなつたのは致し方ないのだ。音質も明らかに抜けが悪くなつた。物々しい雰囲気のラヴェルはフルトヴェングラーらしくて面白い。色彩感よりも情念を聴かせる。この日のプログラムは牧歌的な作品を並べた意図が窺はれる。決定的な名演である闇深いヴェーバー、じめじめと湿つて感情的な表現のベートーヴェン、一期一会の音楽が聴ける。(2021.4.15)


オペラ・パラフレーズ(メサジェ、マスネ、ブリュノー、ヴェーバー、ヴェルディ)/ライヒェルト、トゥルー、ビゼー、ベートーヴェン、バッハ、ヘンデル
マルセル・モイーズ(fl)
[村松楽器 MGCD-1002]

 本邦の村松フルート製作所/村松楽器が制作した巨匠モイーズ大全集5枚組。2枚目。この2枚目は海外でも復刻がない音源ばかりで蒐集家にとつては必携の内容である。演目の大半がオペラのパラフレーズで玄人好みと云へよう。ヴェーバー「オベロン」から2曲、マスネ「サッフォー」から2曲、マスネ「ウェルテル」、メサジュ「フォルトゥーニオ」、ブリュノー「水車場の襲撃」、ヴェルディ「トロヴァトーレ」からの編曲で、極めて渋い選曲と云へる。だが、歌劇をフルート一本で情熱的に表現しようといふモイーズの気概を聴く録音なのだ。何と云つても「トロヴァトーレ」の情念を楽器の限界を超えて表現する姿勢に圧倒される。フルートの可能性を広げた名演揃ひである。ビゼー「アルルの女」も良い。残りはフルートの為の曲だが、ライヒェルト「ファンタジー・メランコリック」、トゥルー「ファンタジー・ブリランテ」、ベートーヴェンの変ロ長調ソナタ、バッハのBWV.1039、ヘンデルの作品2-1aで、当盤以外に復刻はなかつた筈だ。(2021.4.12)


ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第2番、バッハ:ピアノ協奏曲第1番
コロムビア交響楽団/レナード・バーンスタイン(cond.)
グレン・グールド(p)
[SONY 88697130942]

 オリジナル・ジャケット・シリーズの先駆けとなつたグールド全集80枚組。1957年に録音されたコロムビアレーベルの若手看板アーティストの共演である。まず、ベートーヴェンが素晴らしい。グールドも良いが、バーンスタインの溌剌とした音楽が圧倒的だ。冒頭の和音から決まつてゐる。野心的なベートーヴェンの思ひを再現したかのやうな前奏の見事さに心打たれる。グールドもこれに乗つて快活な音楽を奏でる。一方で可憐さも対比させて心憎い。この曲屈指の名盤であり、最上位に置かれるべき名演と太鼓判を押したい。さて、それ以上の期待が寄せられるバッハだが、実は大したことない。バーンスタインの厚みが邪魔であるし、グールドも踏み込みが弱い。後にグールドはゴルシュマンとバッハの協奏曲を幾つも録音し、バーンスタインとはこのニ短調協奏曲BWV.1052だけしか残さなかつた。(2021.4.9)


パガニーニ:24のカプリース
ドヴィ・エルリ(vn)
[DOREMI DHR-8071/2]

 2枚組の1枚目。エルリは弩級の実力を持つ奏者乍ら何故か認知度が低い。何と云つてもバッハの無伴奏ソナタとパルティータ全曲の録音が驚嘆すべき名盤であつた。DOREMIは有難いことに久々にバッハの録音を復刻して呉れた。そして、第2弾として1973年にDisques Adèsに録音されたパガニーニのカプリース全曲を復刻した。存在すら知らなかつたのだが、とんでもない録音に出会ふこととなつた。パガニーニのカプリースに多くの技巧派奏者が挑戦してきたが、技巧の痕跡を成る可く残さぬやう、随分と洗練された工藝品のやうな演奏が多かつた。エルリの録音は全く趣向が異なる。凄まじい気魄と情熱的な音楽で、押し出しが強い。技巧は危なつかしさを残し、軋むやうな音を出し乍ら落下寸前のサーカスのやうな演奏を繰り広げてゐる。電光石火のやうな弓のアタックは鬼神の如し。多少粗くとも熱量と勢ひで征服しようといふ姿勢なのだ。こんなカプリースは聴いたことがない。手に汗握る演奏に、あっと言う間に24曲聴き通して仕舞ふ。精巧なだけの巷間聴かれてゐる録音など問題にならない。これはカプリースの決定的名盤であり、話題にならないのがおかしい。(2021.4.6)


チャイコフスキー:弦楽セレナード、フランチェスカ・ダ・リミニ、アレンスキー:チャイコフスキーの主題による変奏曲
ロンドン交響楽団/ニュー・フィルハーモニア管弦楽団
サー・ジョン・バルビローリ(cond.)
[Warner Classics 9029538608]

 英バルビローリ協会全面協力の下、遂に出た渾身の全集109枚組。バルビローリはチェリストとして経歴を始めたこともあり、弦楽器で歌ふことにかけては一家言持つてをり、どの録音も弦楽セクションの見事さが光る。弦楽合奏曲の録音が多いのもバルビローリの特徴だ。1964年にロンドン交響楽団と録音したチャイコフスキーのセレナードとアレンスキーの変奏曲は名アルバムと云へよう。意外と知られてゐないが、チャイコフスキーのセレナードは数ある録音の中でも最高峰で決定盤として推薦したい名演だ。弦楽オーケストラが全力の情熱的な合奏を繰り広げてをり、連綿とした歌との対比も見事、更にチャイコフスキーの指示した広過ぎるデュナーミクを徹底してゐるのだ。チャイコフスキーの歌曲によるアレンスキーの変奏曲は比類のない決定的名盤である。美しい歌も良いが、躍動する合奏にバルビローリの至藝を感得する。抱き合はせでフランチェスカ・ダ・リミニが収録されてゐるが、せめてステレオ録音はオリジナル仕様で復刻して欲しかつた。最晩年の1969年にニュー・フィルハーモニア管弦楽団を指揮しての録音だ。壮絶な演奏だが、締まりがなく感銘は薄い。(2021.4.3)


ハイドン:弦楽四重奏曲ハ長調Op.76-3「皇帝」、ブラームス:弦楽四重奏曲第1番、シューマン:弦楽四重奏曲第3番
シュナイダーハン弦楽四重奏団
[melo CLASSIC mc-4001]

 愛好家を驚愕させたmelo CLASSIC。貴重なシュナイダーハンSQの録音が登場した。全て1944年の録音で、ウィーン・フィルの首席奏者による全盛期のアンサンブルを堪能出来る。音質も戦中とは思へないほど驚異的に良い。何よりもシュナイダーハンの演奏が花咲き誇り神々しい。ハイドンでその真価を確認出来る。第2楽章の夕映えは至高の藝術と云へよう。ブラームスは1950年にも録音があり、音質も鮮明で全体的に円熟味がある新盤を採りたいが、この旧盤も演奏自体は大変優れてゐる。特にシュナイダーハンの妖艶な節回しが絶品なのだ。重要なのは初演目となるシューマンだらう。ロマンティシズムに耽溺し、とことん艶やかに仕上げてゐる。斯様に甘く弾き込んだ演奏は滅多になく、この曲の屈指の名演として特筆してをきたい。特に第3楽章の哀愁を帯びた歌の美しさは比類がない。(2021.3.30)


モーツァルト:「フィガロの結婚」
ベルリン・ドイツ・オペラ管弦楽団と合唱団/プライ(Br)/マティス(S)/F=ディースカウ(Br)/ヤノヴィッツ(S)/トロヤヌス(Ms)/カール・ベーム(cond.)、他
[DG 4798358]

 ベームの歌劇と声楽作品録音を集成した70枚組。1968年に録音された「フィガロの結婚」名盤中の名盤であり、最上位に挙げられることも多い。減点法で採点すれば、このベーム盤こそ第一等だ。何処を取つても水準以上で隙がなく、これぞモーツァルトの精髄といつた軽快な歌心に溢れてゐる。これだけの名歌手を揃へられたのも驚くべきことだ。だが、このベーム盤を積極的に推すには至らない。全体的に生真面目で湧き立つ愉悦や御巫山戯がなく、オペラ・ブッファとしての性格が弱い。色気も薄く、優等生のモーツァルトなのだ。中ではプライのフィガロが全体を盛り上げやうと奮闘してゐる。ディースカウの伯爵は勿論素晴らしいが、フリッチャイ盤の方が良さが出てゐた。当盤では器用さばかりが目立つ。マティスのスザンナは美しいが埋没して仕舞つた。ヤノヴィッツの伯爵夫人も同じ傾向だ。この歌劇を得意としたベームの指揮は極上だ。理想的なテンポと小気味良い表情が見事である。難癖を付ければ、常套的で心奪はれれる驚きがない。悪い点がない代はりに、爪痕を残さない録音なのだ。(2021.3.27)


ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第4番、同第8番「悲愴」、同第10番
エミール・ギレリス(p)
[DG 4794651]

 DG録音全集24枚組。第4番は非常に丁寧な演奏で、弱音の含蓄ある美しさは格別である。技巧は完璧だが、ひけらかすやうな浅ましさはなく、滋味豊かに音楽を掘り下げり。惜しむらくは終楽章の盛り上げが弱く、広がりに欠けて丁寧なだけの演奏になつて仕舞つたことだ。折角の技巧を存分に発揮し、ベートーヴェンの野心を再現して欲しかつた。弾き込んできた悲愴ソナタは屈指の名演であらう。特に第1楽章の壮絶な悲劇的演出は圧巻で、大理石彫刻の如くひやりとした厳しさが素晴らしい。技巧の切れも天晴れだ。第2楽章は硬質のタッチで無骨。多少ロマンティックな甘さが欲しくなる。第10番はおつとりとした牧歌的な佳演だ。脂分が抜け、朴訥とした清らかさが出たギレリス晩年の演奏様式の結実である。(2021.3.24)


1919年録音集/ブラームス:交響曲第2番、ベートーヴェン、モーツァルト、レーガー
ヴュルテンベルク州立歌劇場管弦楽団/シュターツカペレ・ドレスデン/デンマーク放送交響楽団
フリッツ・ブッシュ(cond.)
[Guild Historical GHCD 2371]

 Guild Historicalはブッシュの網羅的復刻を敢行してゐる。初めて聴くことの出来た1919年のブッシュ最初の録音が貴重この上ない。新進気鋭の若手指揮者が録音で登場したことに期待の度合ひが窺はれる。演目はベートーヴェン「エロイカ」第3楽章、弾丸のやうなモーツァルト「フィガロの結婚」序曲、ドイツ舞曲K.600から4曲、K.602から第3番、K.605から2曲、レーガーがモーツァルトのピアノ・ソナタ第11番第1楽章の主題から作曲した「モーツァルトの主題による変奏曲」だ。最も収録数が多いドイツ舞曲が楽しめる。レーガーは主題と変奏曲が3曲分だけだが、この時代に10分弱の録音を残したことは瞠目に値する。だが、ヴュルテンベルク州立歌劇場管弦楽団の技量が拙過ぎるのと、音質も含めて観賞用ではない。ブラームスの第2交響曲は1931年の記録で他にも復刻が出てゐるが、当盤のは放送時のアナウンス付きの完全録音なのだ。放送された音源の為かノイズが多く、音質は他盤の方が良い。余白にデンマーク放送交響楽団との1948年と1951年の録音で、モーツァルトのドイツ舞曲K.571から3曲とコントルダンスK.609から3曲が収録されてゐる。円熟の極みで見事な演奏である。(2021.3.21)


ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲、ドヴォジャーク:ユモレクス、サラサーテ:ハバネラ
ロサンジェルス・フィル/ズービン・メータ(cond.)/ドナルド・ヴォーヒーズ(cond.)
ヤッシャ・ハイフェッツ(vn)、他
[Rhine classics RH-004]

 台湾発の稀少音源復刻レーベルRhine classicsの第4弾2枚組。2枚目。ハイフェッツにとつて5種類目となるベートーヴェンの協奏曲の音源の登場だ。協奏曲の記録としては最後となる1964年12月6日の公演記録で、メータ指揮ロス・フィルとの共演である。全盛期と比較すると流石に老化が感じられ、覇気や強さが減退してゐるのは事実だ。しかし、演奏は完璧なのだから恐れ入る。単に個性が全開であつた過去の録音と比べると、面白味のない凡庸な仕上がりに聴こえるといふだけのことだ。それは仕方あるまい。メータの指揮も平凡で詰まらない。余白に収録された1950年2月7日のベル・テレフォン・アワー放送録音のドヴォジャークとサラサーテが凄い。これが本当のハイフェッツだ。サラサーテの冒頭の軋む音からの脱力した妖艶な歌への変化は魔法と云はず何と云ほうか。(2021.3.18)


チャイコフスキー:弦楽四重奏曲第1番、ドヴォジャーク:弦楽四重奏曲第12番「アメリカ」、グラズノフ:ヴァイオリン協奏曲、ラロ:ギター
ハーグ・レジデンティ管弦楽団/ヴィレム・ヴァン・オッテルロー(cond.)/ジャン・アントニエッティ(p)
ハンガリー弦楽四重奏団
[Music&Arts CD-1181]

 ゾルターン・セーケイとハンガリーSQの録音集8枚組。7枚目。ハンガリーSQにとりチャイコフスキーとドヴォジャークの有名曲の録音は大変珍しい。1952年のコンサート・ホールへの録音で復刻を歓迎したい。チャイコフスキーが名演だ。引き締まつたアンサンブルと硬質の音色とでスラヴの音楽を美しく歌ひ上げてゐる。有名なアンダンテ・カンタービレもセーケイの渋い歌ひ回しで感銘深い。ドヴォジャークは戸惑ふ。第1楽章が特異な遅さで驚く。しかし、聴き進むと土俗的な粘りを聴かせた信念の強さを感じる。第2楽章も含蓄深い歌が聴ける。終楽章は一転快調で軽い。描き分けが見事だ。さて、後半はセーケイの独奏が楽しめる。セーケイと云へば、メンゲルベルクとのバルトークのヴァイオリン協奏曲第2番の初演ライヴがとても有名だが、独奏者としての認知度は低い。グラズノフの協奏曲では確かな技巧が楽しめる。しかし、第3楽章のピッツィカートなどで迫力が欠けるのも事実だ。オッテルローとの共演、1942年のオランダ・デッカへの録音だ。ラロの小品も同時に録音されたものだ。余白にインタビューを収録。(2021.3.15)


モーツァルト:「フィガロの結婚」
RIAS室内合唱団/ベルリン放送交響楽団/カペッキ(Br)/ゼーフリート(S)/F=ディースカウ(Br)/シュターダー(S)/テッパー(Ms)/フェレンツ・フリッチャイ(cond.)、他
[DG 00289 479 4641]

 フリッチャイのDG録音全集第2巻37枚組。昨今注目されてゐないが「フィガロの結婚」の最上位に置かれるべき録音で、ウィーン風の優美なクライバー盤と双璧を成す。1960年のステレオ録音で、実はフリッチャイ最後の歌劇録音でもある。フリッチャイはモーツァルトに特別な敬愛の念を抱ひてをり、当盤はその結晶とも云ふべき総決算なのだ。病状が進行し死期が迫りつつある時の録音とは思へない精悍な指揮振りで圧巻だ。音符全てに生命が吹き込まれてをり、経過句の扱ひをひとつとつても感心して仕舞ふ。因習に依らず爽快な古典派の風を送り込み、脈動と呼吸の感覚が最高だ。さて、歌手は同程度素晴らしいとはいかないが、全員大変見事な歌唱を聴かせる。カペッキのフィガロは演出過多だが、実によく盛り上げて呉れる。ゼーフリートのスザンナは色気が無さ過ぎる気がするが巧みだ。シュターダーの伯爵夫人も嵌り役ではないが美しい。ディースカウの伯爵は他にベーム盤でも聴けるが、断然このフリッチャイ盤が良い。フィナーレでの高貴な佇まひは流石だ。歌手に関しては他に良い嵌り役が幾らでもゐるだらうが、全体を統率したフリッチャイに絶讃を惜しまない名盤だ。(2021.3.12)


1938年HMV録音/ヴィヴァルディ、スカルラッティ、ベートーヴェン、ショパン
アレクサンダー・ブライロフスキー(p)
[APR 5501]

 ヨーロッパで絶大な人気を博したブライロフスキーが1938年にロンドンで行なつた録音の復刻だ。このうち何点かはRCAからも発売された。レシェティツキ門下の逸材として実力を発揮した名演の連続である。バッハ編曲のヴィヴァルディのニ短調協奏曲は、前年にコルトーが録音をしてをり、対抗録音かと思はれる。様子が全く違ふ。豪奢な色気で弾き抜いたコルトーに対し、暗い詩情で享楽的な音楽を避けたブライロフスキー。ラルゴの主題の歌ひ出だしだけでもかうも違ふものか。十八番のスカルラッティは絶品。ベートーヴェンの「失はれた小銭への怒り」も洒脱で素晴らしい出来だ。ショパンのエコセーズの屈託のない表情も見事。内気な子守唄や剛毅なワルツ第1番も面目躍如だ。RCAからも発売された肝心の大曲ピアノ・ソナタ第3番は何故か覇気が持続せず今一つだ。ブライロフスキー音楽は繊細で小品向きなのだ。(2021.3.9)


HMV&Electrola録音集(1941〜43年)
リーナ・ジーリ(S)、他
ベニャミーノ・ジーリ(T)
[Naxos Historical 8.110272]

 Naxos Historicalによるセッション録音の復刻第11巻。戦中の困難な時期の録音集だ。ベルリンでのElectrola録音2曲を含む。この時期にも「アンドレア・シェニエ」の全曲録音も行つてゐる。収録曲は歌劇が12トラック分で、チレア「アルルの女」、プッチーニ「マノン・レスコー」、大変珍しいマスカーニ「ロンデッタ」「イザボー」、ジョルダーノ「アンドレア・シェニエ」、ヴェルディ「運命の力」、レオンカヴァッロ「道化師」、ミレッカー「従軍牧師」、ビゼー「カルメン」。ビゼーは娘リーナとの共演で、後の全曲録音の布石となる。その他は他の追随を許さないイタリア歌曲、ナポリ民謡が10曲聴ける。ジーリほど晩年まで衰へを感じさせなかつた歌手はをらず、プリモ・ウォーモの地位を堅守した。声質は次第に重くなつてきたが、スピントのレパートリーを拡大し、新しい魅力を聴かせる。泣き節に磨きがかかり、唯一無二の境地に達してゐる。(2021.3.6)


ビーバー:ロザリオのソナタ(第10番〜第15番、パッサカリア)
ルドルフ・エヴェルハルト(cemb)/ヨハネス・コッホ(gamba)
ズザンネ・ラウテンバッハー(vn)
[VOX BOX CDX 5171]

 名曲ロザリオのソナタの最初の全曲録音で規範となる名盤2枚組。2枚目は第10番から第15番、「イエスの磔と死」「復活」「昇天」「聖霊降臨」「聖母マリアの被昇天」「聖母マリアの戴冠」と、終曲としてのパッサカリア「守護天使」が収録されてゐる。楽想は場面ごとに情景が想起されるやうに作曲されてゐる。どの曲も様式美を堅守するよりも自由な展開をした幻想曲としての傾向が強い。1674年当時、世界最高峰のヴァイオリン奏者であつたビーバーは持てる技巧を駆使して大伽藍を打ち立てやうとした。その精髄が終曲に置かれたト短調のパッサカリアである。この曲がバッハのシャコンヌに直裁的な霊感を与へたことは容易に想像出来る。世界初録音であつたラウテンバッハーの演奏は装飾的な虚勢を排除し、実直で伝道師としての使命を献身的に果たしてゐる。伴奏も出しゃばらず、ヴァイオリン藝術を堪能出来る。愛好家必携の歴史的名盤。(2021.3.3)


オペラ・パラフレーズ
エルヴィン・ニレジハージ(p)
[VAI VAIA/IPA 1003]

 数少ない正規セッション録音で、晩年の1978年3月にサンフランシスコで行はれた。音質的にもニレジハージの録音では最良で、マーストンによる極上のリマスタリングで個性的なピアニズムを鑑賞出来る。さて、この録音は全くと云つてよいほど注目されてゐない。再発見された老ニレジハージが飽きられてきた時期の録音でもあり、演目も得意としたリストではなく自由に編曲されたオペラ・パラフレーズで、一般的な興味を惹かなかつたのだらう。だが、大変興味深い録音だ。ニレジハージは奏者としてよりも作曲家としての才能があり、生涯で数へ切れぬ楽想を残したが、出版に至つたものは殆どなく認知されてゐない。このオペラ編曲はさうした創作活動の片鱗を窺はせる記録として聴ける。ヴァーグナーの「リエンツィ」と「ローエングリン」を綯交ぜにした編曲は見事だ。神秘的な弱音の演奏も美しい。ヴェルディからは3曲あり、「仮面舞踏会」は2つのアリアで緩急を描き分け、「オテロ」ではイヤーゴのアリアから途中「パリアッチ」の楽想を混ぜるなど大胆だ。「トロヴァトーレ」はミゼレーレからの編曲だが、禁断のノン・ペダルと強大な打鍵から生まれる音響は唯一無二だ。チャイコフスキー「オネーギン」はレンスキーのアリアで組み立てる。レオンカヴァッロ「パリアッチ」も表情豊かだ。単なる編曲ではなく異なる楽想を混入させた交響的なピアニズムの演奏にニレジハージならではの個性がある。(2021.2.27)


ファリャ:ペドロ親方の人形芝居、クラヴザン協奏曲
ロベール・ヴェイロン・ラクロワ(cemb)/スペイン国立管弦楽団、他
アタウルフォ・アルヘンタ(cond.)
[RCA WD 71324]

 アルヘンタの代表的録音。一寸した拘泥はりでスペイン・プレス盤を求めた。1958年のステレオ録音で音質極上だ。ペドロ親方の人形芝居もクラヴザン協奏曲もランドフスカが初演を担つた曲である。ファリャの野心が楽しめる傑作で、前衛的な手法を縦横無尽に使ひ乍ら、手際良く纏め上げた作品なのだが、演奏機会は少ない。取り上げられない理由は、編成が特殊過ぎるからだらう。ペドロ親方の人形芝居では、ペドロ親方をムングイア、劇の進行役をベルメヨ、ドン=キホーテをトレスが歌ふ。様々な打楽器が織り成す賑やかな音楽で、狂言のやうな歌が絡み愉快だ。乾いた音響で輪郭強く仕上げたアルヘンタの棒も良い。クラヴザン協奏曲は語法が斬新過ぎてランドフスカがレパートリーから外して仕舞つた曲だ。協奏曲とは銘打たれてゐるが、室内楽に近い。独奏楽器たちの鮮烈なアンサンブルが眩い。両曲とも決定的名盤だ。(2021.2.24)


フランス・オペラ名唱集/グルック、グノー、オッフェンバック、ドリーブ、マスネ、プランケット
イヴァン・コズロフスキー(T)
[MYTO 1 MCD 925.68]

 スターリン時代ソヴィエトのボリショイ歌劇場に君臨した立役者コズロフスキーのフランス・オペラの歌唱を編んだ1枚。1940年代から1960年代にかけての録音で日時が不明なのが残念だ。音質が極上で稀代の藝術に圧倒される。全てロシア語での歌唱で、発声に違和感があるが、歌の魔力の前にだうでもよくなる。戦前の本場のフランス人らは程度の差はあれ品の良さを保ちコズロフスキーのやうに大胆には歌はない。自信に溢れた歌唱で、甘いソット・ヴォーチェから官能的なアクートまで古今を通じても最上級の歌が聴ける。詳細が分からぬので全曲盤からの抜粋なのかが判別しかねるが、全曲盤を揃へたい名唱の連続だ。収録曲は、グルック「オルフェオとエウリディーチェ」、グノー「ファウスト」11場面、「ロメオとジュリエット」2場面、オッフェンバック「ホフマン物語」、ドリーブ「ラクメ」2場面、マスネ「マノン」2場面、「ウェルテル」3場面、プランケット「コルヌヴィルの鐘」だ。「ファウスト」ではアレクサンドル・ピロゴフ、「ラクメ」ではマリア・ズヴェゾリーナとの共演。指揮者はサスモード、オルロフ、ブロンで好演を繰り広げる。どれも高次元の名演で往時ソヴィエトの実力の高さに驚かされる。(2021.2.21)


ハイドン:十字架上のキリストの最後の7つの言葉
プリムローズ弦楽四重奏団
[Biddulph LAB 052-053]

 プリムローズSQの録音集2枚組。1枚目。名ヴィオラ奏者プリムローズ主導の四重奏団の特徴は何と云つても、第一ヴァイオリンにオスカー・シュムスキー、第二ヴァイオリンにヨーゼフ・ギンゴールド、チェロにハーヴェイ・シャピロ、と一流のソロイストが4名揃つたことにある。弦楽四重奏では普通はないことで、三重奏までだらう。個々人の実力が遥かに上でも単純な足し算にはならない。専門の団体が凌ぎを削る世界なので生半可に関はつても食ひ込めない。しかし、プリムローズSQはソロイストたちの饗宴らしく、派手で聴き映えのする演奏で効果を上げてゐる。アンサンブルの統一感もあり、見事な成果を残したと云へよう。さて、ヴィルティオーゾ集団のプリムローズSQが何故ハイドンを録音したのかには疑問を抱ひて仕舞ふ。終曲を除いて全て緩徐楽章といふ異例の作品で、技巧的な見せ場は皆無、表現は贅を尽くした見事なものだが、力が余つてゐる気がしてならない。古典的な清楚感が薄く感銘も弱いのだ。(2021.2.18)


チャイコフスキー:組曲第3番より主題と変奏曲、交響曲第6番「悲愴」
ライプツィヒ放送交響楽団/ベルリン放送交響楽団
ヘルマン・アーベントロート(cond.)
[Tahra TAH 604-605]

 アーベントロート没後50年を記念して発売された未発表音源集。愛好家感涙の2枚組だ。2枚目はチャイコフスキーで、初演目となる主題と変奏が重要だ。1951年3月20日の放送録音で、ライプツィヒ放送交響楽団との演奏だ。ポロネーズでの熱量には圧倒される。全体的には雑然とした印象だが、重厚かつ密度の濃い名演と云へる。注目はアーベントロートが代表的名演を残した悲愴交響曲に2種類目の録音が加はつたことだ。これ迄聴かれてきたのは1952年1月28日のライプツィヒ放送交響楽団との録音で、新登場盤は1950年11月28日、ベルリン放送交響楽団とのライヴ録音である。実演であり、オーケストラの違ひもあつて印象はかなり異なる。まず、第1楽章の迫力と表現力が凄まじく、従来盤を凌ぐ。展開部の慟哭は噴流のやうだ。突撃するやうに前のめるかと思ふと全力で手綱を引いて後退りする。何といふ激しい感情表現であらうか。感傷的な歌でも木目細かくルバートをかけて情感を込める。壮大は悲劇を演出した男泣きの名演だ。残りの楽章も実演ならではの壮絶な演奏だが、従来盤ほど完成度が高くなく、かの第3楽章も解釈は同じだが仕上がりが劣る。(2021.2.15)


ショパン:ワルツ集(14曲)、24の前奏曲
ロベール・ロルタ(p)
[DOREMI DHR-7994/5]

 ロルタは忘却された奏者であるが、フランス流派の粋とも云へる香り高き名手である。ディエメ門下の逸材であつたが、第一次世界大戦に従軍した際に毒ガスを浴びて健康を害し長生き出来なかつた人である。1928年と1931年にフランス・コロムビアへの録音されたショパンを復刻した2枚組。1枚目。ロルタが目立たぬ原因は他でもない、コルトーの存在だ。あのエロスを漂はせた聴く者を籠絡する演奏の前では分が悪い。同時期に同じ曲を録音したのなら尚更だ。しかし、ロルタにはロルタの良さがある。技巧は達者とは云へないが、音楽は流麗で抒情的な詩情を常に湛へてゐる。大言壮語はなくピアノを実に美しく奏でる。ロルタの最大の特徴は弧を描くやうな歌である。力点のある音を強く長く引つ張るリズムの崩しを随所で確認することが出来る。ワルツ第3番イ短調はその好例だ。フランス訛りの洒脱なピアニズムを強く感じさせる奏者なのだ。典雅で物憂ひワルツ、瀟洒で気分屋なプレリュード、どちらも極上の逸品である。(2021.2.12)


ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第9番、フランク:ヴァイオリン・ソナタ
ティート・アプレア(p)
ジョコンダ・デ=ヴィート(vn)
[ISTITUTO DISCOGRAFICO ITALIANO IDIS 6488/89]

 伊IDISによるデ=ヴィート復刻盤第4巻2枚組。2枚目。クロイツェル・ソナタが名演だ。情熱的な音色とくすんだ渋い節回しが見事だ。煽るやうな表現はないが、内燃する炎が感じられる両端楽章も良いが、細部を重んじ丁寧に耽溺するやうな第2楽章の変奏にデ=ヴィートの最良の姿がある。比べるとフランクは一長一短で全体的には推薦しかねる。第1楽章や第3楽章の瞑想は美しく、含蓄のある歌は素晴らしいのだが、第2楽章はもたついてをり低調、第4楽章も爽やかさがなく歌ひ回しがしつこい。デ=ヴィートらしい演奏ではあるが、曲の良さを引き出したとは云へない。(2021.2.9)


小品録音集(1924年〜1950年)
グレゴール・ピアティゴルスキー(vc)
[West Hill Radio WHRA 6032]

 M&A系列のWest Hill Radioによるピアティゴルスキー稀少録音集6枚組。6枚目。これ迄聴くことの出来なかつた音源が満載で、最も価値が高い1枚だ。1924年から始まるパーロフォン、ヴォックス、ポリドール、ポリフォン等へのアコースティク録音では、ポッパー、ダヴィドフなどの技巧曲が中心で、サラサーテ「サパテアード」をヴァイオリンかと紛ふほど達者に弾くのには舌を巻く。ベルリン時代のピアティゴルスキーはフォイアマンを圧するほどの名手であつたのだ。「コーカサスの風景」で聴かせる妖艶な音色も見事だ。ヴォルフシュタールとクロイツァーと演奏した三重奏といふ稀少録音もある。電気録音になつてからも魅力が全開で、非の打ち所がない。鮮烈なポッパー、郷愁に胸打たれるチャイコフスキー、格調高いフランクール、痛切なるショパンなど感銘深い。余談だが「タイースの瞑想曲」で共演したベラ・ダヨスは良い奏者だ。1940年代の録音では独自性のある趣向を打ち出すやうになつたことがわかる。自作自演「前奏曲」「行列」は前衛的な作風で驚く。ブロッホ「祈り」の全霊を込めた歌は白眉だらう。プロコフィエフの3曲での諧謔、スクリャービン「ロマンス」での情熱的な歌、フォス「カプリッチョ」での離れ業、ヴィルティオーゾと呼ぶに相応しい演奏の連続だ。全24曲、至高の藝術が堪能出来る。(2021.2.6)


ハイドン:交響曲第92番、フランケンシュタイン:マイアベーアの主題による変奏曲、ロッシーニ:「ウィリアム・テル」序曲、ヴェーバー:「魔弾の射手」序曲、モーツァルト:交響曲第39番
ハンス・クナッパーツブッシュ(cond.)
[VENIAS VN025]

 怪物クナッパーツブッシュの管弦楽曲録音を可能な限り集成した70枚組。1枚目。最初期録音だ。ベルリン国立歌劇場管弦楽団を振つたハイドンのオックスフォード交響曲はクナ最初の録音で墺プライザーからも復刻があつた。唯一の演目だから一応貴重なのだが、1925年の機会吹き込みで貧相な音な為、愛好家以外は楽しめまい。何より、テンポが一定せず、表現にも拘泥はりが感じられず、やる気が感じられる仕事ではない。クナにとつては小遣ひ稼ぎ程度の録音だつたのだらう。同時に録音された珍曲フランケンシュタインが面白からう。とは云へ、要素が雑多な曲でクナが本気を出したとは思へない。バイエルン国立歌劇場管弦楽団を振つたロッシーニとヴェーバーは1928年の電気録音で多少聴き易くなるが、演奏は雑で、録音豊富な有名曲でもあるので価値を見出せない。モーツァルトは1929年の録音で再びベルリン国立歌劇場管弦楽団との演奏。特に特徴もなく、正直なところ、この時代のクナに録音の需要があつたことが不思議でならない。しかし、後に大化けするのだからわからないものだ。(2021.2.3)


歌曲集/フリース、シューベルト、ブラームス、レーガー、シューマン、モーツァルト、ドビュッシー
リア・ギンスター(S)
[PREISER RECORDS 89227]

 戦前のドイツ・リート歌ひとして絶大な人気を博したギンスターであるが、昨今は忘却の一途を辿つてをり、メンゲルベルクと共演した記録が残されてゐることで僅かに記憶されてゐるかも知れぬ。あらゑびすも女学生めくと評してゐるが、可憐で愛くるしい声とおつとりとした表情が特徴である。イヴォーギュン、シューマン、シュトライヒの系列に連なる歌手と云へよう。ギンスターは歌劇でも活躍したが、評価が高く主戦場としたのはドイツ・リートであつた。墺プライザーが復刻した歌曲集2枚組。1枚目。1932年から1937年にかけてのHMVへの録音だ。冒頭3曲も子守歌が続くが、全31曲中5曲も子守歌を吹き込んでゐるのだ。実は子守歌にこそギンスター最良の歌唱があり、かつてはモーツァルトの作とされてゐたフリース、シューベルトの2曲、ブラームス、レーガーは「マリアの子守歌」で聴ける清純な歌声は理想的だ。しかも、ギンスターは単に声質で魅せるのではなく、実に繊細な声音の変化を伴ふ表現の奥義を駆使してをり心憎い。選曲も自身の強みを生かした賢明なものばかり。4曲のドビュッシーも違和感なく見事だ。(2021.1.31)


スメタナ:弦楽四重奏曲第1番「我が生涯より」、同第2番、ドヴォジャーク:弦楽四重奏曲第10番
スメタナ弦楽四重奏団/パノパ弦楽四重奏団
[SUPRAPHON SU 4003 2]

 チェコ弦楽四重奏の名曲名演集3枚組。1枚目。ひつそりと発売され、特段注目を集めなかつたかと思はれるが、重要な1枚なのだ。スメタナの2曲の弦楽四重奏曲をスメタナSQによる究極の演奏で鑑賞する喜びに勝るものはないのだが、どの録音を最上とするかは愛好家の関心の的である。一般的にはDENONレーベルで聴くデジタル録音盤が人口に膾炙する録音であらう。しかし、玄人筋はステレオ初期、スメタナSQ黄金期の1962年スプラフォン録音を決定盤と推してをり、是非とも聴きたいものだと思つてゐたが、なかなか機会を得なかつた。1950年前半に続く2度目の録音であり、演奏は期待以上の神々しい出来栄えであつた。第1番は冒頭の和音から綺麗事には済ませない激しい感情がぶつけられてゐる。全楽章、圧巻の燃焼度、情感の豊かさで説得力が違ふ。第2番は浮ついた他団体を大きく引き離す本家本元の貫禄。どちらも第一に挙げるべき決定盤だ。これと比べて仕舞ふとパノパSQが1985年に録音したドヴォジャークは立つ瀬がない。(2021.1.27)


シューマン:フモレスケ、アレグロ、ショパン:前奏曲(7曲)、バラード第4番、リスト:コンソレーション(5曲)、メフィスト・ワルツ第1番
サムエル・フェインベルク(p)
[Classical Records CR-174]

 露Classical Recordsはフェインベルクの復刻を行ふ頼もしいレーベルだ。第5巻は第4巻に続いてシューマンの録音でこれで全部が揃ふ。選曲も実に渋い。フモレスケ作品20から狂ほしい浪漫を奏で、分裂しながらも淡い期待、一途な情熱、刹那の嘆きを見事に紡ぐ。屈指の名演として記憶してをきたい。若き日の暗き情熱に貫かれたアレグロ作品8は特に聴く機会の少ない演目だけに有難い。慧眼に充ちた名演で決定的な録音と云へよう。これらは1952年から1953年にかけての録音で音質も申し分ない。ショパンは全く良くない。前奏曲集より、1番、3番、5番、8番、10番、11番、12番を演奏しているが、音が悪く内容も抜粋だし、フェインベルクでなければと云ふものではない。バラードは少しましな内容だが、これも特別なものではない。リストが絶品だ。6曲のコンソレーションから最も有名な第3番のみが録音がないのがフェインベルクたる所以と云へよう。物静かな観想に沈み含蓄深い囁きで慰めを与へて呉れる名演ばかりだ。対照的に鮮烈なメフィスト・ワルツも素晴らしい。悪魔的な嘲笑と誘惑が共存する名演だ。(2021.1.24)


アウアー伝説第3巻
アレクサンダー・ペチュニコフ(vn)/メイ・ハリソン(vn)/ミシェル・ピアストロ(vn)/サミュエル・ドゥシュキン(vn)
[APR 7017]

 アウアー門下の稀少録音集第3巻2枚組。1枚目。1914年コロシアム/スカラ録音よりペチュニコフの5曲は貧しいアコーステック録音といふこともあり大したことはない。演奏も演目も覇気が感じられない。ハリソンのHMVへの唯一の商業録音とされるディーリアスのヴァイオリン・ソナタ第1番が貴重だ。ピアノは何と作曲家アーノルド・バックスである。ハリソンの復刻は他に英SYMPOSIUMからあつた程度で、矢張りバックスの伴奏によるソナタ第3番が聴けた。さて、第1ソナタだが、だうにも捉へ所のない曲で演奏云々ではなく晦渋さに辟易して仕舞つた。当盤で光彩を一際放つのがピアストロだ。1926年から1931年にかけてのブランズヴィック録音より8曲が収録されてゐるが何も感銘深いな名演だ。作者不詳の「ロマネスカ」やビゼー「真珠採り」の切々たる歌の奥深さ、サラサーテ「ツィゴイネルワイゼン」の燦然たる技巧、ヴェニャフスキ「ロシアの謝肉祭」のsul ponticello奏法やトレモロ奏法の妙、エルマンやハイフェッツに匹敵する実力の持ち主だ。ドゥシュキンのHMV録音4曲は小粋な名品だが、それ以上ではない。(2021.1.21)


ショスタコーヴィチ:ピアノ五重奏曲、弦楽四重奏曲第1番、同第2番
ドミートリー・ショスタコーヴィチ(p)
ベートーヴェン弦楽四重奏団
[VENEZIA CDVE 04328-1]

 露VENEZIAレーベルが復刻したベートーヴェンSQによるショスタコーヴィチ弦楽四重奏曲全集6枚組。1枚目。ショスタコーヴィチはツィガノフ率ゐるベートーヴェンSQに絶大な信頼を寄せた。その結晶がピアノ五重奏曲での共演だらう。これはとても有名な録音で、自作自演盤には必ず含まれ復刻は多い。絶望的な悲しみを湛へたショスタコーヴィチのピアノと世界を同じくするベートーヴェンSQの無上の取り合はせによる決定的名演である。特に諧謔味は他の演奏からは聴き取れない凄みである。弦楽四重奏曲の第1番も第2番も弾き込んだ自信が伝はる別格の名演だ。第1番集結の熱気溢れる合奏は鬼神が乗り移つたかのやうだ。神妙な歌も素晴らしく、特にツィガノフが奏でる第2番第2楽章の奥深い詠嘆は琴線に触れる。(2021.1.19)


全録音/パテ録音(1920年〜1921年)/ヴィクター録音(1928年〜1939年)
ロジーナ・レヴィーン(p)
ヨーゼフ・レヴィーン(p)
[Marston 53023-2]

 米Marstonからまたも驚愕のリリースが届いた。完璧なるピアニストにしてジュリアード音楽院の重鎮レヴィーンの録音はCD1枚分が全てであつた。復刻はマーストンがNaxos Historicalで行なつてゐた。それが一気に3枚分に増えたのだから腰を抜かす。さて、3枚組の1枚目はNaxos Historical盤と同じ収録曲である。米パテへのアコースティック録音4曲は貧しい音ながら非の打ち所のない極上の演奏ばかりだ。1928年のヴィクター録音であるシュトラウス「美しき青きドナウ」は予てよりレヴィーンの最高傑作とされるもので伝説的な名演である。久々に聴いたが惚れ惚れして仕舞つた。1930年代のシューマンやショパンの録音も嘆息するやうな絶品ばかりだ。愛妻ロジーナとの連弾によるドビュッシー「祭り」は管弦楽と紛ふ交響的な演奏。さて、モーツァルトの2台のピアノの為のソナタだが、2枚目にも収録されてゐる。実はそちらがNaxos Historical盤と同じもので、この1枚目の方は初めて聴くことが出来た別録音なのだ。1枚目は1935年の旧録音と1939年の別テイクとで構成されてゐる。流石マーストンである。内容は若さがあるからかこの旧盤の方が良い。(2021.1.15)


モーツァルト:交響曲第39番、ショスタコーヴィチ:交響曲第12番
レニングラード・フィル
エフゲニー・ムラヴィンスキー(cond.)
[PROFIL PH15000]

 独PROFILが敢行するムラヴィンスキー・エディション第1巻6枚組。4枚目。看過して仕舞ひさうだが、このモーツァルトとショスタコーヴィチは1961年10月16日のライヴ録音で、他で商品化された形跡のない初出音源かと思はれるのだが、その記述は何処にもない。不思議だ。さて、ムラヴィンスキーがモーツァルトで偏愛した第39番だが、5種類目となる録音で、1947年のセッション録音と1965年のライヴ録音の間を埋める記録だ。しかし、マイクのせいもあるが、ムラヴィンスキーにしては繊細さの乏しい演奏で、強音の雑な響きと強引なアンサンブルがらしくない。注目は無論ショスタコーヴィチだ。10月1日にムラヴィンスキーによつて初演されたばかりで―初演録音はVENEZIA盤で発売済―その半月後の演奏記録なのだ。音質は良くないが、あまりの熱気に圧倒される。特に第1楽章は尋常ではない。第12番に関してはムラヴィンスキーは特別で、説得力が段違ひだ。同じ10月にムラヴィンスキーはこの曲のセッション録音を行ひ、その後一切のスタジオ録音を行つてゐない。ムラヴィンスキーの生涯最後に残されたライヴ録音の記録もこの曲であつた。完璧主義者の拘泥りなのか。(2021.1.11)


マルティヌー:ヴァイオリン協奏曲第2番、ハチャトゥリアン:ヴァイオリン協奏曲、アクロン:調律、他
ルイス・カウフマン(vn)
[Cambria CD-1063]

 米國の生んだ名手カウフマンの実力を堪能出来る1枚。マルティヌーは1944年に委嘱者エルマンが初演をした曲でクーセヴィツキーとボストン交響楽団との初演時のライヴ録音も残る。エルマン盤は録音状態がだうしても貧しい為、1955年録音のカウフマン盤の存在意義は大きい。演奏も抒情的であつたエルマンとは印象が大分異なる。カウフマンの演奏はギラついてをり、煽情的な音色で暑苦しく歌ふ。ジャン・ミシェル・ルコント―ピエール・ミシェル・ルコントの誤記か?―指揮フランス国立管弦楽団の伴奏も極彩色で冒頭の不協和音からどぎつい響きを聴かせる。エルマン盤とは一味違ふ良さがあるので併せて鑑賞したい。ハチャトゥリアンとアクロンはBiddulphから復刻があり、記事にしたので割愛する。ポール・ウラノフスキーのピアノ伴奏でクライスラーが編曲した「太陽への讃歌」「ロンドンデリーの歌」「アンダンテ・カンタービレ」が素晴らしい。今日では絶滅した音色と歌ひ方を聴くことが出来る。ハリウッド映画で活躍した甘く切ないヴァイオリンに陶然とする。(2021.1.10)


ハイドン:交響曲第90番、同第91番、同第92番「オックスフォード」
フィルハーモニア・フンガリカ
アンタル・ドラティ(cond.)
[DECCA 478 1221]

 ドラティ最高の偉業であるハイドン交響曲全集33枚組。この3曲はドーニ・セットとも呼称され、パリ・セットとザロモン・セットの中間に位置する円熟期の傑作交響曲群だ。最高傑作は第90番だらう。第1楽章から主題の扱ひが絶妙で交響的な熱気が溢れ出し、展開部の昂揚はハイドン最良の音楽のひとつである。第2楽章の中間で劇的な短調に転ずるのも意欲的だ。軽快さと諧謔を織り交ぜた終楽章も素晴らしい。ドラティの演奏は立体的で緊密、推進力に溢れてゐる。両端楽章の出来栄えは最高だらう。第91番はハイドンならではの新機軸を目指した発想重視の曲だが、音楽の覇気が薄めで弛緩した印象が否めない曲だ。特に第2楽章の変奏は退屈する。ドラティの演奏は勿論水準以上だが、勢ひで聴かせられない楽想に苦慮し、特段感銘を残すやうな出来ではない。人気曲であるオックスフォード交響曲はわかりやすい素朴さで料理のしやすい名曲であるが、ドラティの演奏は殊更に過多な表現を持ち込まず、穏当な解釈で詰まらない。但し、終楽章だけは爽快極まりないテンポを採用し、前進する生命力が抜群だ。かうでなければならぬ。(2021.1.6)


スタジオ録音全集
ヴィクトル・スタウ(p)
ラザール・レヴィ(p)
[APR 6028]

 APRが進行する「フレンチ・ピアノ・スクール」シリーズ第2巻。コンセールヴァトワールの名教師ディエメの弟子であつたスタウとレヴィの復刻2枚組だ。主役は無論、高名な名教師レヴィの1枚半に及ぶセッション録音全集だが、1枚目の半分はペルー人スタウの録音が収録されてゐる。初めて耳にする演奏家であり、恐らくライヴ録音もないかと思はれるので、ここで聞ける全15曲が全録音だらう。1927年と1929年のオデオンへの録音で、演目はシューマンの幻想小曲集からの3曲が意欲作で、ドビュッシーの前奏曲集やショパンのワルツなどフランス流派の見事な演奏が聴ける。他にもダカン、メンデルスゾーン、モシュコフスキ、シンディング、ラヴェルとあるが、ルネ=バトン「カランテク付近の糸紡ぎの女たち」と自作自演「木陰で」は貴重な音源である。スタウは品格ある小粋な奏者である。さて、レヴィの戦前HMV録音がやうやく全部復刻されたことは実に喜ばしい。シャブリエ2曲、ドビュッシー、デュカはTahraやarbiterで復刻があつたが、このAPR盤の登場で終止符を打てた。自作自演で前奏曲第1番、第2番、第5番、ルーセル「シチリエンヌ」の高踏的な趣は流石であるが、モーツァルトの幻想曲ハ短調の凛とした佇まいこそ、後のソナタの名盤を彷彿とさせる名演であつた。(2021.1.3)



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