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楽興撰録

蒐集した音楽を興じて綴る頁


2020.6.30以前のCD評
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スメタナ:弦楽四重奏曲第1番「我が生涯より」、同第2番、ドヴォジャーク:弦楽四重奏曲第10番/スメタナ弦楽四重奏団/パノパ弦楽四重奏団 [SUPRAPHON SU 4003 2]
チェコ弦楽四重奏の名曲名演集3枚組。1枚目。ひつそりと発売され、特段注目を集めなかつたかと思はれるが、重要な1枚なのだ。スメタナの2曲の弦楽四重奏曲をスメタナSQによる究極の演奏で鑑賞する喜びに勝るものはないのだが、どの録音を最上とするかは愛好家の関心の的である。一般的にはDENONレーベルで聴くデジタル録音盤が人口に膾炙する録音であらう。しかし、玄人筋はステレオ初期、スメタナSQ黄金期の1962年スプラフォン録音を決定盤と推してをり、是非とも聴きたいものだと思つてゐたが、なかなか機会を得なかつた。1950年前半に続く2度目の録音であり、演奏は期待以上の神々しい出来栄えであつた。第1番は冒頭の和音から綺麗事には済ませない激しい感情がぶつけられてゐる。全楽章、圧巻の燃焼度、情感の豊かさで説得力が違ふ。第2番は浮ついた他団体を大きく引き離す本家本元の貫禄。どちらも第一に挙げるべき決定盤だ。これと比べて仕舞ふとパノパSQが1985年に録音したドヴォジャークは立つ瀬がない。(2021.1.27)

シューマン:フモレスケ、アレグロ、ショパン:前奏曲(7曲)、バラード第4番、リスト:コンソレーション(5曲)、メフィスト・ワルツ第1番/サムエル・フェインベルク(p) [Classical Records CR-174]
露Classical Recordsはフェインベルクの復刻を行ふ頼もしいレーベルだ。第5巻は第4巻に続いてシューマンの録音でこれで全部が揃ふ。選曲も実に渋い。フモレスケ作品20から狂ほしい浪漫を奏で、分裂しながらも淡い期待、一途な情熱、刹那の嘆きを見事に紡ぐ。屈指の名演として記憶してをきたい。若き日の暗き情熱に貫かれたアレグロ作品8は特に聴く機会の少ない演目だけに有難い。慧眼に充ちた名演で決定的な録音と云へよう。これらは1952年から1953年にかけての録音で音質も申し分ない。ショパンは全く良くない。前奏曲集より、1番、3番、5番、8番、10番、11番、12番を演奏しているが、音が悪く内容も抜粋だし、フェインベルクでなければと云ふものではない。バラードは少しましな内容だが、これも特別なものではない。リストが絶品だ。6曲のコンソレーションから最も有名な第3番のみが録音がないのがフェインベルクたる所以と云へよう。物静かな観想に沈み含蓄深い囁きで慰めを与へて呉れる名演ばかりだ。対照的に鮮烈なメフィスト・ワルツも素晴らしい。悪魔的な嘲笑と誘惑が共存する名演だ。(2021.1.24)

アウアー伝説第3巻/アレクサンダー・ペチュニコフ(vn)/メイ・ハリソン(vn)/ミシェル・ピアストロ(vn)/サミュエル・ドゥシュキン(vn) [APR 7017]
アウアー門下の稀少録音集第3巻2枚組。1枚目。1914年コロシアム/スカラ録音よりペチュニコフの5曲は貧しいアコーステック録音といふこともあり大したことはない。演奏も演目も覇気が感じられない。ハリソンのHMVへの唯一の商業録音とされるディーリアスのヴァイオリン・ソナタ第1番が貴重だ。ピアノは何と作曲家アーノルド・バックスである。ハリソンの復刻は他に英SYMPOSIUMからあつた程度で、矢張りバックスの伴奏によるソナタ第3番が聴けた。さて、第1ソナタだが、だうにも捉へ所のない曲で演奏云々ではなく晦渋さに辟易して仕舞つた。当盤で光彩を一際放つのがピアストロだ。1926年から1931年にかけてのブランズヴィック録音より8曲が収録されてゐるが何も感銘深いな名演だ。作者不詳の「ロマネスカ」やビゼー「真珠採り」の切々たる歌の奥深さ、サラサーテ「ツィゴイネルワイゼン」の燦然たる技巧、ヴェニャフスキ「ロシアの謝肉祭」のsul ponticello奏法やトレモロ奏法の妙、エルマンやハイフェッツに匹敵する実力の持ち主だ。ドゥシュキンのHMV録音4曲は小粋な名品だが、それ以上ではない。(2021.1.21)

ショスタコーヴィチ:ピアノ五重奏曲、弦楽四重奏曲第1番、同第2番/ドミートリー・ショスタコーヴィチ(p)/ベートーヴェン弦楽四重奏団 [VENEZIA CDVE 04328-1]
露VENEZIAレーベルが復刻したベートーヴェンSQによるショスタコーヴィチ弦楽四重奏曲全集6枚組。1枚目。ショスタコーヴィチはツィガノフ率ゐるベートーヴェンSQに絶大な信頼を寄せた。その結晶がピアノ五重奏曲での共演だらう。これはとても有名な録音で、自作自演盤には必ず含まれ復刻は多い。絶望的な悲しみを湛へたショスタコーヴィチのピアノと世界を同じくするベートーヴェンSQの無上の取り合はせによる決定的名演である。特に諧謔味は他の演奏からは聴き取れない凄みである。弦楽四重奏曲の第1番も第2番も弾き込んだ自信が伝はる別格の名演だ。第1番集結の熱気溢れる合奏は鬼神が乗り移つたかのやうだ。神妙な歌も素晴らしく、特にツィガノフが奏でる第2番第2楽章の奥深い詠嘆は琴線に触れる。(2021.1.19)

ヨーゼフ・レヴィーン(p)/全録音/パテ録音(1920年〜1921年)/ヴィクター録音(1928年〜1939年)/ロジーナ・レヴィーン(p) [Marston 53023-2]
米Marstonからまたも驚愕のリリースが届いた。完璧なるピアニストにしてジュリアード音楽院の重鎮レヴィーンの録音はCD1枚分が全てであつた。復刻はマーストンがNaxos Historicalで行なつてゐた。それが一気に3枚分に増えたのだから腰を抜かす。さて、3枚組の1枚目はNaxos Historical盤と同じ収録曲である。米パテへのアコースティック録音4曲は貧しい音ながら非の打ち所のない極上の演奏ばかりだ。1928年のヴィクター録音であるシュトラウス「美しき青きドナウ」は予てよりレヴィーンの最高傑作とされるもので伝説的な名演である。久々に聴いたが惚れ惚れして仕舞つた。1930年代のシューマンやショパンの録音も嘆息するやうな絶品ばかりだ。愛妻ロジーナとの連弾によるドビュッシー「祭り」は管弦楽と紛ふ交響的な演奏。さて、モーツァルトの2台のピアノの為のソナタだが、2枚目にも収録されてゐる。実はそちらがNaxos Historical盤と同じもので、この1枚目の方は初めて聴くことが出来た別録音なのだ。1枚目は1935年の旧録音と1939年の別テイクとで構成されてゐる。流石マーストンである。内容は若さがあるからかこの旧盤の方が良い。(2021.1.15)

モーツァルト:交響曲第39番、ショスタコーヴィチ:交響曲第12番/レニングラード・フィル/エフゲニー・ムラヴィンスキー(cond.) [PROFIL PH15000]
独PROFILが敢行するムラヴィンスキー・エディション第1巻6枚組。4枚目。看過して仕舞ひさうだが、このモーツァルトとショスタコーヴィチは1961年10月16日のライヴ録音で、他で商品化された形跡のない初出音源かと思はれるのだが、その記述は何処にもない。不思議だ。さて、ムラヴィンスキーがモーツァルトで偏愛した第39番だが、5種類目となる録音で、1947年のセッション録音と1965年のライヴ録音の間を埋める記録だ。しかし、マイクのせいもあるが、ムラヴィンスキーにしては繊細さの乏しい演奏で、強音の雑な響きと強引なアンサンブルがらしくない。注目は無論ショスタコーヴィチだ。10月1日にムラヴィンスキーによつて初演されたばかりで―初演録音はVENEZIA盤で発売済―その半月後の演奏記録なのだ。音質は良くないが、あまりの熱気に圧倒される。特に第1楽章は尋常ではない。第12番に関してはムラヴィンスキーは特別で、説得力が段違ひだ。同じ10月にムラヴィンスキーはこの曲のセッション録音を行ひ、その後一切のスタジオ録音を行つてゐない。ムラヴィンスキーの生涯最後に残されたライヴ録音の記録もこの曲であつた。完璧主義者の拘泥りなのか。(2021.1.11)

マルティヌー:ヴァイオリン協奏曲第2番、ハチャトゥリアン:ヴァイオリン協奏曲、アクロン:調律、他/ルイス・カウフマン(vn)、他 [Cambria CD-1063]
米國の生んだ名手カウフマンの実力を堪能出来る1枚。マルティヌーは1944年に委嘱者エルマンが初演をした曲でクーセヴィツキーとボストン交響楽団との初演時のライヴ録音も残る。エルマン盤は録音状態がだうしても貧しい為、1955年録音のカウフマン盤の存在意義は大きい。演奏も抒情的であつたエルマンとは印象が大分異なる。カウフマンの演奏はギラついてをり、煽情的な音色で暑苦しく歌ふ。ジャン・ミシェル・ルコント―ピエール・ミシェル・ルコントの誤記か?―指揮フランス国立管弦楽団の伴奏も極彩色で冒頭の不協和音からどぎつい響きを聴かせる。エルマン盤とは一味違ふ良さがあるので併せて鑑賞したい。ハチャトゥリアンとアクロンはBiddulphから復刻があり、記事にしたので割愛する。ポール・ウラノフスキーのピアノ伴奏でクライスラーが編曲した「太陽への讃歌」「ロンドンデリーの歌」「アンダンテ・カンタービレ」が素晴らしい。今日では絶滅した音色と歌ひ方を聴くことが出来る。ハリウッド映画で活躍した甘く切ないヴァイオリンに陶然とする。(2021.1.10)

ハイドン:交響曲第90番、同第91番、同第92番「オックスフォード」/フィルハーモニア・フンガリカ/アンタル・ドラティ(cond.) [DECCA 478 1221]
ドラティ最高の偉業であるハイドン交響曲全集33枚組。この3曲はドーニ・セットとも呼称され、パリ・セットとザロモン・セットの中間に位置する円熟期の傑作交響曲群だ。最高傑作は第90番だらう。第1楽章から主題の扱ひが絶妙で交響的な熱気が溢れ出し、展開部の昂揚はハイドン最良の音楽のひとつである。第2楽章の中間で劇的な短調に転ずるのも意欲的だ。軽快さと諧謔を織り交ぜた終楽章も素晴らしい。ドラティの演奏は立体的で緊密、推進力に溢れてゐる。両端楽章の出来栄えは最高だらう。第91番はハイドンならではの新機軸を目指した発想重視の曲だが、音楽の覇気が薄めで弛緩した印象が否めない曲だ。特に第2楽章の変奏は退屈する。ドラティの演奏は勿論水準以上だが、勢ひで聴かせられない楽想に苦慮し、特段感銘を残すやうな出来ではない。人気曲であるオックスフォード交響曲はわかりやすい素朴さで料理のしやすい名曲であるが、ドラティの演奏は殊更に過多な表現を持ち込まず、穏当な解釈で詰まらない。但し、終楽章だけは爽快極まりないテンポを採用し、前進する生命力が抜群だ。かうでなければならぬ。(2021.1.6)

ヴィクトル・スタウ(p)/ラザール・レヴィ(p)/スタジオ録音全集 [APR 6028]
APRが進行する「フレンチ・ピアノ・スクール」シリーズ第2巻。コンセールヴァトワールの名教師ディエメの弟子であつたスタウとレヴィの復刻2枚組だ。主役は無論、高名な名教師レヴィの1枚半に及ぶセッション録音全集だが、1枚目の半分はペルー人スタウの録音が収録されてゐる。初めて耳にする演奏家であり、恐らくライヴ録音もないかと思はれるので、ここで聞ける全15曲が全録音だらう。1927年と1929年のオデオンへの録音で、演目はシューマンの幻想小曲集からの3曲が意欲作で、ドビュッシーの前奏曲集やショパンのワルツなどフランス流派の見事な演奏が聴ける。他にもダカン、メンデルスゾーン、モシュコフスキ、シンディング、ラヴェルとあるが、ルネ=バトン「カランテク付近の糸紡ぎの女たち」と自作自演「木陰で」は貴重な音源である。スタウは品格ある小粋な奏者である。さて、レヴィの戦前HMV録音がやうやく全部復刻されたことは実に喜ばしい。シャブリエ2曲、ドビュッシー、デュカはTahraやarbiterで復刻があつたが、このAPR盤の登場で終止符を打てた。自作自演で前奏曲第1番、第2番、第5番、ルーセル「シチリエンヌ」の高踏的な趣は流石であるが、モーツァルトの幻想曲ハ短調の凛とした佇まいこそ、後のソナタの名盤を彷彿とさせる名演であつた。(2021.1.3)

モーツァルト:ピアノ協奏曲第14番、同第20番/ニューヨーク・フィル/ブルーノ・ヴァルター(cond.)/マイラ・ヘス(p) [Music&Arts CD-275]
よく知られたヘスとヴァルターの共演。第14番が1954年1月17日、第20番が1956年3月4日の放送録音である。第14番変ホ長調は全集でもないと聴く機会が滅多にない曲で、このヘス盤は予てより決定的名演として語られてきた。冒頭からヴァルターとニューヨーク・フィルによる優美な音楽に魅せられる。ヘスのピアノは情感豊かで歌心に溢れてをり、ヴァルターとの相性は抜群だ。何よりも気品のある語り口に陶然となる。特に第2楽章の含蓄の深さは絶品である。録音状態も悪くなく、この曲では第一に挙げるべき決定盤だ。第20番ニ短調も名演だ。ヴァルターは弾き振り録音も残したほどこの名曲を得意としてをり、手中に収めた感がある。動的なヴァルターに対し、ヘスはしみじみと寂寥感を編み上げる。ベートーヴェン作のロマン漂ふカデンツァを使用し、奥深い世界を展開する。録音状態が幾分悪いのが残念だが、忘れ難い名演のひとつである。(2020.12.27)

ベルク:ヴァイオリン協奏曲、ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第3番/ヨーゼフ・シゲティ(vn)/ジャン・カサドシュ(p)/NBC交響楽団/ニューヨーク・フィル/ディミトリ・ミトロプーロス(cond.) [Music&Arts CD-1213]
ミトロプーロスの放送録音集第1巻4枚組。1枚目。協奏曲の伴奏だ。シゲティをソロイストに迎へてのベルクはよく知られた録音で、1945年12月11日のNBC交響楽団との共演だ。現代音楽を得意としたシゲティにとつてこの名曲の唯一の録音で重要である。演奏は圧倒的で素晴らしい。シゲティは音だけで世界を創れる一握りの奏者である。不安、慰め、怒り、恐れ、夢想、様々な表情を聴かせて呉れる。ミトロプーロスの先鋭的な棒も刺激的だ。この曲の屈指の名演であるが、クラスナーとヴェーベルンによる迫真の演奏には一歩及ばない。ベートーヴェンは名匠ロベールでなく息子のジャンによる演奏である。これが期待以上の出来で、輝かしいピアノと熱血のオーケストラによる絢爛たる名演であつた。第1楽章カデンツァの眩いばかりの技巧には感心した。正統的な演奏ではないが、面白く聴けるだらう。(2020.12.24)

ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番、同第4番、ショパン:ノクターン(5曲)、サン=サーンス:ピアノ協奏曲第5番/モニク・ド・ラ・ブルショルリ(p)/イヴォンヌ・ルフェビュール(p)/ヨウラ・ギュラー(p)/マグダ・タリアフェロ(p)、他 [Tahra TAH 712-713]
仏Tahraによるフランス女流ピアニスト録音集第2巻2枚組は貴重な協奏曲のライヴ録音が目白押しである。収録曲と奏者は、ベートーヴェンの皇帝協奏曲が1948年6月20日か21日のブルショルリとレオポルト・ルードヴィヒ指揮ベルリン・フィル、協奏曲第4番が1959年12月1日のルフェビュールとスクロヴァチェフスキ指揮フランス国立管弦楽団、ギュラーが弾くショパンのノクターンは1959年のデュクレテ=トムソン録音、サン=サーンスのエジプト風協奏曲は1958年4月21日のタリアフェロとパレー指揮フランス国立管弦楽団、余白にルフェビュールがラヴェルについてを、タリアフェロがショパンについてを語つた音声、といふ構成である。さて、発売当時稀少価値が高かつたが、ギュラーの復刻は他にも出て、ブルショルリの録音はmelo classicsの録音集成にも含まれ、ルフェビュールの録音もSolsticeの大全集24枚組に含まれた。唯一、タリアフェロの録音が当盤のみの音源である。タリアフェロはフルネの指揮で決定的名盤であるPhilipsセッション録音を残してゐた。このライヴ録音はその比較が焦点となるが、何と云つても豪傑パレーとの共演、只では済まされない。両端楽章の燃焼度は明らかにフルネ盤を超えてをり、音楽に息吹を感じられるのはパレー盤の方だ。第2楽章の中間部はフルネ盤の方が美しい仕上がりだが、全体で述べるとパレー盤の方が感銘深い。決定的名演を超えるのは本人自身のみで、Philips盤よりも上位の名演がここにある。(2020.12.21)

ブラームス:悲劇的序曲、モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第5番、ベートーヴェン:交響曲第3番「英雄」/クリスティアン・フェラス(vn)/フランス国立管弦楽団/カール・シューリヒト(cond.) [Altus ALT170/1]
フランス国立視聴覚研究所所蔵の音源でシューリヒトの真価を問ふ本邦Altusレーベルの好企画。1955年2月5日の演奏会の全プログラムを収録した2枚組だ。モノーラル録音だが、驚異的な高音質である。さて、この日の演奏はシューリヒトが絶好調で全曲決定的な名演に挙げても良い極上の出来栄えなのだ。ブラームスから最上級の讃辞を捧げたい。テンポの揺らしが細かくシューリヒトの至藝を如実に体験出来る。何と云つても第2主題でぐつとテンポを落とすのは理想的な解釈なのだが、他の指揮者ではまず聴けない。基調のテンポが俊足であるから出来る大胆なアゴーギクなのだ。コーダ前の大詰めでも強大なpesanteで圧倒する。惜しむらくはライヴ故の瑕があり、テンポを巻き返す時にアンサンブルが乱れて仕舞つたことだ。フェラスとのモーツァルトも絶品だ。淀みない表情豊かな伴奏は滅多に聴けない。フェラスは一瞬たりともespressivoを緩めず情熱的で完璧な演奏をし輝いてゐる。至る箇所で装飾を加へるなど神懸かつた演奏であり、フェラス最上の録音のひとつである。エロイカはセッション録音同様の完成度で、フランス国立管弦楽団も渾身の演奏を繰り広げる。特に第4楽章の各声部の丁々発止の仕掛け合ひには思はず唸る。シューリヒトのエロイカではセッション録音と並ぶ双璧の出来で、数あるエロイカの録音の中でも光彩を放つ名演であつた。聴くべし。(2020.12.15)

ラモー:クラヴザン曲集第1巻、メヌエットとロンド、組曲ホ短調、組曲ニ長調、クラヴザン曲集新組曲イ短調より/マルセル・メイエ(p) [EMI 0946 384699 2 6]
ディスコフィル・フランセへの全録音の他、戦前の録音も網羅した17枚組。9枚目を聴く。メイエは往時数少ないバロック音楽の理解者であつた。残された録音の中で、バッハ、スカルラッティ、ラモーは一家言ある重要な遺産であつたが、前2者には他にも優れた軌跡を残した演奏家がゐた。だが、ラモーに真剣に取り組んだのはメイエくらゐであつた。シャブリエの録音と並ぶメイエの最も重要な録音なのだ。時代考証的にはチェンバロ演奏が優位だが、ピアノによる再現藝術としては別格で余人を寄せ付けない。何と云ふ気品と説得力であらうか。簡素であり、滋味溢れ、含蓄が深い。ピアノの凛とした音色によりチェンバロ演奏を超える世界を提示してゐる。有名なタンブーラン等、琴線に触れる名演の連続だ。収録時間の都合でイ短調の新組曲がCDを跨いで仕舞ふのは致し方ないか。(2020.12.12)

ブルッフ:ヴァイオリン協奏曲第1番、シュポア:ヴァイオリン協奏曲第8番、グラズノフ:ヴァイオリン協奏曲/ベルリン・フィル/ゲオルク・クーレンカンプ(vn)、他 [Podium POL-1023-2]
独Podiumによるクーレンカンプ復刻第6巻。内容はかつて発売されてゐたスウェーデンのALTA NOVAレーベルとほぼ同じであるが、入手困難だつたので重宝されよう。ブルッフはカイルベルト指揮、ベルリン・フィルとの1942年の録音。今日の耳からすると冒頭のカデンツァなど暗く地味で内省的過ぎ、異色の演奏の聴こえるだらう。技巧的な頼りなさも珍しい。しかし、第1楽章第2主題のカンティレーナの美しさは唯一無二で、アウアー派奏者らの濃厚な歌ひ込みとは真逆である。シュポアはイッセルシュテット指揮、ベルリン・フィルとの1935年の録音。これぞドイツ・ロマンティシズムの精髄で、この曲の屈指の名盤である。グラズノフはトール・マン指揮、スウェーデン放送交響楽団との1948年録音のライヴ録音。スラヴ風の演奏とは一線を画す後期ロマン派のとろけるやうな爛熟の演奏は中毒性を秘めてゐる。(2020.12.9)

パブロ・カサルス(vc)/ヴィクター録音(1928年)/HMV録音(1929年〜1930年)/ニコライ・メドニコフ(p)/ブラス・ネ(p)/オットー・シュルホフ(p)、他 [Naxos Historical 8.110976]
戦前の小品録音全集全5巻。2枚目。ヴィクター録音の続きで残り4曲が収録されてゐる。凛としたバッハ、闊達なポッパーは至高の藝術である。次いで、1929年バルセロナでの12曲13トラック、1930年ロンドンでの3曲のHMV録音が収録されてゐる。これらは本家EMIからは勿論、英Pearlからも復刻があつた。演目が編曲物こそ多いが、正統的な古典作品が多くなり格調高さが増したが、自然と艶が後退したやうに感じる。とは云へ、謹厳なバッハ、壮麗たるタルティーニやボッケリーニの出来栄えは絶品である。ドヴォジャーク「我が母の教え給ひし歌」とベートーヴェンのメヌエットでカサルスの演奏を超えるものは多くはなからう。余白に指揮者カサルスの最初期の録音、1927年にロンドン交響楽団を振つたベートーヴェンの序曲「コリオラン」が収録されてゐるが、渾身の演奏で期待以上の出来栄えであつた。(2020.12.6)

ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第21番、同第30番/バイロン・ジャニス(p) [RCA 88725484402]
ジャニスのRCA録音全集。ジャニスのレパートリーで最も刮目すべきはラフマニノフだらうが、ベートーヴェンでも見事な録音を残してゐる。ヴァルトシュタイン・ソナタは唖然とする巧さである。充分過ぎる技巧で表現の限りを尽くしてゐる。突発的なクレッシェンド、スビトピアノ、撫でるやうな音色から尖つた粒立ちの良い音色まで千変万化する。雄弁な第1楽章は勿論、語りかけるやうな第2楽章の懐の深さも良い。特筆すべきは気品をも兼ね備へた第3楽章で、入りから包み込まれる温かさに溢れてゐる。作品109も滋味豊かな名演で、ジャニスが技巧だけの人でないことを示す。寂寥感を漂はせた第1楽章が殊更素晴らしい。看過して仕舞ふのは勿体無い演奏なのだ。(2020.12.3)

モーツァルト:交響曲第36番、同第39番/コロムビア交響楽団/ブルーノ・ヴァルター(cond.) [Sony Classical 190759232422]
コロムビア録音全集77枚組。1959年から1960年にかけてステレオで再録音された後期6大交響曲だ。毀誉褒貶様々あるが名盤であることに違ひはない。ステレオ初期の麗しき録音でヴァルターの演奏が聴ける価値は代へ難い。温かく手作りの感触が感じられる音楽と立体的な響きは実に素晴らしい。薄手の小編成オーケストラはモーツァルトの場合は好都合だ。歌が主導するヴァルターの音楽感が存分に発揮されてゐる。詰まり、申し分のない録音なのだが、正直に申すと5年位前に入れたモノーラル録音のニューヨーク・フィルとの録音の方が断然良かつた。分厚い響きだが、音楽の燃焼度が違つた。勢ひと艶があつた。この西海岸のコロムビア交響楽団との録音は丁寧さと円満さと重視した面白みに欠ける演奏であることは否めない。機能美を追求した演奏に食傷気味な時に聴きたくなる演奏と云へよう。(2020.11.30)

フランツ・シュミット:ピアノ五重奏曲、クラリネット五重奏曲/イェルク・デムス(p)/アルフレート・プリンツ(cl)/アントン・カンパー(vn)、他 [PREISER RECORDS 93383]
1965年に録音されたオーストリアの作曲家フランツ・シュミットの室内楽名品。ウィーン・コンツェルトハウスSQを主宰するカンパーはシュミットとの相性は抜群で、弦楽四重奏曲の録音も残してゐた。デムスもまたピアノ作品の録音を残してをり、作曲家に対する敬意が詰まつた1枚なのだ。デムスは名作であるピアノ五重奏曲をバリリSQとウエストミンスターに録音してをり、よく知られてゐるが、実は当盤はそれを上回る出色の出来なのだ。バリリSQの演奏は比較すると脂粉が多く華やかで、当盤の秘めやかな夢想する詩情に及ばない。プーランク風の気怠く諧謔的な第1楽章は頽廃的な趣を表出してをり素晴らしい。当盤の傑作は第2楽章で、淡い水彩画のやうな黄昏のロマンティシズムが漂ふ。カンパーの余韻嫋嫋たる音色が美しい。バリリ盤にはない良さだ。最も蠱惑的な楽章、ショーソンに通じる詩情が美しい第3楽章も理想的な抒情だ。クラリネット五重奏曲変ロ長調はクラリネット、ピアノ、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロといふ大変珍しい編成だ。3楽章制で、連綿たる浪漫漂ふ第1楽章、瞑想する第2楽章、愛らしい愉悦を振りまく第3楽章から成る。肝心のプリンツのクラリネットが幾分明る過ぎて情趣を欠くが、全体的にはウィーン流儀が美しい名演と云へる。(2020.11.27)

ニノン・ヴァラン(S)/歌曲録音集(1929年〜1935年)/ファリャ、ラパラ、ニン、ダルクール、シューマン、シュトラウス [VAI VAIA1127]
戦前最高のフランスのソプラノ、ヴァランの復刻は体系化されてをらず散漫な侭だ。このVAIの復刻は歌曲録音に限定してゐるのが良い。まずは1930年オデオン録音からファリャ「恋は魔術師」より3曲と「7つのスペイン民謡」からの3曲が素敵だ。しかし、これは他にも復刻があつた。同じくオデオン録音でラパラ「ホタ」も雰囲気満点で最高だ。1931年のオデオンとコロムビアへの録音からニンの歌曲7曲が素晴らしい。現在では聴けない妖艶な歌唱で虜にさせられる。さて、当盤で重要なのは1935年のコロムビア録音でマルグリート・ベクラール・ダルクールの「ペルー民謡集」9曲である。何と名手ルネ・ル=ロワのフルートとピエール・ジャネットのハープの伴奏である。異国情緒豊かで艶やかなヴァランの歌声が沁み渡る。後半は異色のドイツ・リートだ。大曲シューマンの「女の愛と生涯」がフランス歌唱で吹き込まれてゐる。1929年のパテ録音で復刻は他にもあつた。表情も色気が多過ぎ居心地が悪いが、レーマンの録音同様、全盛期の歌手による録音には捨て難い魅力がある。「異郷にて」も美しい。更に貴重なのはシュトラウス「セレナード」「黄昏の夢」だ。異端だが、シュトラウスの芳醇なる世界に入り込んでゐる。(2020.11.24)

サンソン・フランソワ(p)/78回転録音集(1945年&1947年)/ショパン・リサイタル(1952年) [ERATO 9029526186]
没後50年記念54枚組。3度目となる大全集で遂にオリジナル・アルバムによる決定的復刻となつた。1枚目。78回転録音集は最初の全集で特典盤として初出となつた音源だ。1945年7月5日の録音でショパンのバラード第1番、エチュード2曲、プレリュード2曲、1947年9月24日の録音でラヴェル「スカルボ」だ。初録音でのショパンは生硬で、技巧も洗練されてゐなく、特に聴くべき価値は見出せない。処がラヴェルではフランソワならではの才気が発散してをり魅せられる。さて、1952年6月に録音された最初のLPアルバム、ショパン・リサイタル9曲が面目躍如の仕上がりなのだ。何と云つてもアルバムの最後をプレリュードの第1番ハ長調でさらりと締めるのが鬼才フランソワたる所以である。僅か1分の曲。これから始まる予感をさせる曲を最後に持つてくるとは斜に構へてゐる。このアルバムはフランソワの得意中の得意を集めてをり悪からう筈はない。特に感銘深いのはバラード第4番、スケルツォ第3番、そして、ノクターン第2番とワルツ第1番だ。(2020.11.22)

グルック:「アルチェステ」序曲、シューマン:チェロ協奏曲/ティボール・デ=マヒュラ(vc)/ベルリン・フィル/ヴィルヘルム・フルトヴェングラー(cond.) [King International KKC5952]
録音に極度に神経質だつたフルトヴェングラーが絶大な信頼を寄せた戦中マグネトフォン録音―RRG録音―で現存する全ての音源を理想的な音質で復刻したベルリン・フィル自主制作盤22枚組―本邦キング・インターナショナルによる代理販売。持つてをらぬは潜りである。5枚目を聴く。購入時にとても気になつた音源が含まれてゐる。グルックだ。クレジットによると1942年10月25日から28日にかけてフルトヴェングラーはグルック、シューマン、そして6枚目に収録されてゐるブルックナーの第5交響曲といふプログラムでコンサートを行つたが、録音で残されたのはシューマンとブルックナーだけの筈であつた。グルックが新発見録音かと思ひきや、ある疑惑が浮上する。フルトヴェングラーのアルチェステと云へばテレフンケン・レーベルから発売されてきた1942年10月29日の録音がある。公演直後に組まれたセッションといふ説だ。だが、TELDECから発売されたCDには28日とのクレジットもある。そこで、当盤とTELDEC盤とを比較してみた。演奏時間も同じで、リマスターの違ひで音像が異なり印となる目立つたノイズもなく断定は困難だが同じ録音と思へる。残念であつた。ここで2つの仮説が立つ。単に録音日の混同でテレフンケン録音がここに紛れ込んだか、実はテレフンケンがこの一連のライヴ録音からグルックのみを商品化してゐたのか。後者のやうな気がする。詰まりスタジオ録音ではないのではないか。(2020.11.19)

ハイドン:交響曲第92番、同第94番、同第102番、同第88番第4楽章/ボストン交響楽団/ロンドン・フィル/セルゲイ・クーセヴィツキー(cond.) [ARTIS AT020]
40枚組。クーセヴィツキーの復刻がこれほど纏まつたことはかつてなく、大歓迎の好企画だ。クーセヴィツキーのハイドンはヴァルターの演奏と共通する端正なロマンティシズムが特徴で、優美なロココ様式と大型編成の立派な響きは良くも悪くも往年の巨匠演奏である。しかし、自らの音楽性を凝縮した精髄でもあり、指揮者の実力が聴けるのだ。最も素晴らしいのは第92番だ。最晩年の1950年8月14日の録音で完成度が高く、音質も極上だ。快速調で表現の幅も広くとつた第1楽章主部から生命力に魅せられる。一転、高貴な浪漫を漂はせる第2楽章、再び前進し跳躍するメヌエット、爽快に駆け抜ける終楽章、緩急明暗強弱が見事であり、この曲の屈指の名演なのだ。驚愕交響曲は1929年の録音で、音が貧しいせいで感銘が一段劣る。表現も温いので特徴が薄い。第102番は1936年の録音。クーセヴィツキーには打つてつけの曲で両端楽章の堂々たる音楽と手抜きなしの熱量は圧巻だ。たゆたふやうな第2楽章の歌も格別で、この曲の代表的名演と云へる。名曲第88番は終楽章だけの録音で、ロンドン・フィルとの1934年の録音である。曲半ばで聴かせる失速と回復は天晴れ。(2020.11.15)

ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第11番、同第15番/バリリ弦楽四重奏団 [Universal Korea DG 40020]
ウエストミンスター・レーベルの室内楽録音を集成した59枚組。韓国製だがオリジナル仕様重視で大変立派な商品だ。セリオーソが素晴らしい。バリリSQの中期作品は優美さが勝り熱量に不満が残つたが、第11番では同じ団体とは思へぬほどの集中力を聴かせる。冒頭から一丸となつた結束で、全員の実力が伯仲してゐることから生まれる充実した響きに圧倒される。丁々発止のアンサンブルが展開された第1楽章は屈指の名演だ。第2楽章の鬱屈した歌も極上で、終楽章のもがき苦しむ様も見事だ。セリオーソはバリリSQの録音中でも最上位の演奏である。第15番も総じて名演だが、幾分緊張感を欠く。特に第3楽章の俗つぽい表現は大きな減点だ。両端楽章の連綿たる吐露は美しく、良い仕上がりだ。(2020.11.12)

ティッタ・ルッフォ(Br)/録音全集第1巻(1905年〜1907年)/レオンカヴァッロ、トーマ、ロッシーニ、ドニゼッティ、ジョルダーノ、ヴェルディ、グノー、マイアベーア、プッチーニ、他 [Pearl GEMM CDS 9212]
20世紀初頭に活躍した大物バリトン、ルッフォの録音集成第1巻2枚組。1枚目。ルッフォは兎にも角にも強大な声量で名が知られ、大声大会に為ることを忌避してネルバやカルーゾら大物歌手らが共演NGを出した歌手である。最初の録音は1905年5月から6月にかけてパリで行はれたパテ録音15曲だ。実はこの最初の録音が余り芳しくない。「セビーリャの理髪師」のアリアは珍妙で、「トロヴァトーレ」「トラヴィアータ」の無遠慮で情趣の欠片もない歌唱に名声を疑ふ。がさつな「ボエーム」の二重唱も戴けない。「ドン・カルロ」など素晴らしい歌唱もあるが、歌といふより喚いたやうな録音が多い。とは云へ、デ=ルカやバッティスティーニなどの朗々として貴族的なバリトンが主流だつた時代に劇的な感情表現を持ち込んだルッフォは現代の先駆者と評価しても良い。1906年10月のミラノにおけるG&T録音は10曲で指揮者サバイーノのオーケストラ伴奏による。ヴェルディの曲が大半を占め、再録音曲もあるが出来が断然良い。悠然とし声が伸びやかになつてゐる。1907年5月から6月に行はれたエットーレ・ティッタの「マレーナ」といふ曲を作曲者自身の指揮で歌つた2曲は珍品で詳細は不明だ。(2020.11.9)

チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲、メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲/ポール・パレー(cond.)/ディミトリ・ミトロプーロス(cond.)/ミッシャ・エルマン(vn)、他 [Music&Arts CD-868]
チャイコフスキーは1945年12月1日、パレー指揮ボストン交響楽団の伴奏。パレーがボストン響を振つた珍しい記録でもある。淡麗なパレーの音楽と抒情的なエルマンの音楽が溶け合ふ。エルマンのチャイコフスキーはセッション録音とも共通する内気で憂鬱な歌を特徴とし、泥臭さや派手な技巧は鳴りを潜める。随所に独自の遊びを入れたりと気張つたところは皆無である。一種特別な美しさがあり、胆力のある運弓から生み出される音色には感心させられる。とは云へ、一般的な趣向とは異なるので、愛好家向けである。メンデルスゾーンの方が堂々とした大型の曲に聴こえる。1953年11月15日、ミトロプーロス指揮ニューヨーク・フィルの伴奏で、全体的に熱い演奏である。エルマンの美音が鏤められるが、ライヴ故の瑕もあり、これも蒐集家向けの録音と云へよう。(2020.11.6)

モーツァルト:交響曲第39番、アイネ・クライネ・ナハトムジーク、L・モーツァルト:おもちゃの交響曲/ロンドン・フィル/フェリックス・ヴァインガルトナー(cond.)、他 [ARTIS AT012]
主要録音を集成した22枚組。あと2枚か3枚で全録音を網羅出来るので中途半端だ。ヴァインガルトナーはモールァルトの第39番を大変愛好してをり、何と3種類も録音を残した。これは最後の録音、1940年、ロンドン・フィルとの総決算とも云へる吹き込みだ。非常に完成度の高い安定した演奏で、気品と威厳が融合した極上の名演である。とは云へ、戦前の録音であるし、解釈も穏当であるので、今日の聴き手に何かを訴へかける力は少ない。アイネ・クライネ・ナハトムジークは1939年のロンドン交響楽団との絵録音。これも品格ある名演ではあるが、中庸が過ぎて面白みはない。レオポルト・モーツァルトのおもちゃのシンフォニーが良い。優美さと茶目つ気があり、おもちゃの楽器の扱ひ方も絶妙である。遊びの少ない演奏かも知れぬが絶妙な味がある名演だらう。(2020.11.3)

アンドレス・セゴビア(g)/1959年来日公演/バッハ、ラモー、ソル、ヴィラ=ロボス、グラナドス、アラール、アルベニス、クレスポ [fontec FOCD9758]
愛好家必携の1枚。ギターの神様セゴビアの二度目の来日公演で、1959年、九段会館における公演記録である。モノーラル録音だが非常に音が良く有難い。セゴビアの絶妙なヴィブラート、艶かしいフィンガリングが鮮明に聴き取れる。どれも弾き込まれたお得意の演目で、ギターの為の名曲と編曲作品が半々である。バッハのガボット、ラモーのメヌエットと古典の編曲作品から典雅な世界に誘ひ、スペイン、ラテンの名曲で魅了する。この日の最大の大曲はソル「グランソロ」よりアレグロで聴き応へがある。全ての曲が円熟の極みで陶然となる。幾度も丁寧にアンコールに応へた後、「アリガト」と礼の述べ、「モウオソイデス」とお開きを告げる。微笑ましき貴重な記録である。(2020.10.30)

"Landmarks of Recorded Pianism"/未発表録音集第2巻/ラ=フォルジュ、レナルド、サドフスキ、ハンブルク、ドルメッチ、フロイント、カスタニェッタ [Marston 52075-2]
愛好家を驚愕させた米Marstonのリリースから興奮冷めやらぬ間に第2弾が届いた。2枚組の2枚目を聴く。往年の名歌手の伴奏を多く務めたフランク・ラ=フォルジュが弾くゴットシャルク「風刺」は1912年の録音で貴重だが、然程興味を覚えない。女流ロジータ・レナルドのブランズヴィッグへの録音、モンテヴェルディ「マドリガル」とドビュッシー「花火」が収録されてをり、清楚な古典と色彩的な閃光の両面が聴ける。名奏者の貴重な記録だ。初めて聴く奏者、レア・サドフスキなのだが、この1枚の中では一番出来が良く感銘を受けた。演目はリャプノフ「レズギンカ」で技巧と詩情が融合した名演である。さて、最も高名なマーク・ハンブルクの1955年、ロンドンでのライヴでチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番の全曲が収録されてゐるが、評価が難しい。まだピアノを弾いてゐたのかと驚かされ、勢ひだけの気魄に圧倒される一方、余りにも雑な演奏に閉口する。間違ひが多過ぎて寛容な聴き手でないと耐へ難いだらう。処で、伴奏を務めるサージェントが本当に素晴らしい。古楽の先駆者ドルメッチがフォルテピアノでベートーヴェンの月光ソナタの第1楽章を録音してゐるが、演目がロマンティック過ぎて表現が平板で違和感しかない。ここが本懐ではない。1951年の放送録音でエテルカ・フロイントのアパッショナータ全曲も聴ける。しかし、低調で出来は芳しくなかつた。グレイス・カスターニャによるカスタニェッタ「4つの音符による即興曲」は「ツィゴイネルワイゼン」のパロディーのやうで面白い。(2020.10.27)

モーツァルト:交響曲第39番、ハイドン:交響曲第92番/クリーヴランド管弦楽団/ジョージ・セル(cond.) [SONY 88985471852]
遂に集成されたセル大全集106枚組。モーツァルトは1947年4月22日のモノーラル録音で、クリーヴランド管弦楽団と行つた最初の録音のひとつである。セルにとつて最も自信のある演目で真価を問ふたと考へられる。ロマンティックな巨匠らの演奏が主流だつた時代、この即物的な解釈はセルの特徴を伝へるには充分な出来栄えであつたと云へる。勿論、先駆者トスカニーニがゐたが、セルは暑苦しくなく、清廉で生真面目な響きで聴かせる。今となつては何の面白みのない演奏かも知れぬが、当時は新鮮な録音だつたと想像出来る。1949年に録音されたハイドンはセル最初のハイドン録音で、既にクリーヴランド管弦楽団が一流であつたことを証明する。精緻で小綺麗に纏まつた演奏は薄口乍ら好感が持てる。(2020.10.24)

ドビュッシー:チェロ・ソナタ、タルティーニ:グラーヴェ、サンマルティーニ:チェロ・ソナタ、ベートーヴェン:チェロ・ソナタ第2番、ブラ=ムス:チェロ・ソナタ第1番/モーリス・マレシャル(vc)、他 [melo CLASSIC MC 3006]
マレシャルの録音は本邦の山野楽器が復刻した5枚が最も充実してゐた。それ以外では見かけない。知られざるチェリストと云へよう。melo CLASSICの発掘は偉業なのだ。マレシャルの演奏は極めて没入的で感情の起伏が激しい。ひとつひとつの音を熱を込めて出す。過剰なヴィブラートに託された想ひがひしと伝はる。1948年録音、リリ・ビアンヴニュの伴奏によるドビュッシーは絶品だ。戦前のカサドシュとの典雅な名盤もあつたが、尋常でない色気が漏れ出す当盤を上位に置きたい。重要なのは1957年録音、オデット・ピゴーの伴奏によるタルティーニとサンマルティーニだ。協奏曲の楽章演奏であるグラーヴェの入魂の演奏は楽器が嗚咽するやうな名演。優美なサンマルティーニも情感豊かだ。ベートーヴェンとブラームスはセシル・ウーセの伴奏で1958年と1959年の記録。ベートーヴェンは唯一の音源で貴重だが、演奏は瑕が目立ち幾分遜色がある。ブラームスが極上の熱演で思はず引き込まれる。この曲にはダルレ女史との究極の名演があつたが甲乙付け難い仕上がりだ。(2020.10.21)

ハイドン:交響曲第44番「悲しみ」、同第92番「オックスフォード」、同第45番「告別」/ウィーン国立歌劇場管弦楽団/ヘルマン・シェルヘン(cond.) [DG 471 256-2]
ウエストミンスター・レーベルに1950年代に録音されたハイドン作品を集成した6枚組。1枚目を聴く。ザロモン・セットでは腑に落ちない気の抜けた演奏をすることもあつたが、疾風怒濤期の作品はどれも尋常でない闘魂が注入されてをり圧倒される。短調の3曲、「悲しみ」「告別」「受難」はシェルヘンが最高である。他の演奏など聴けたものではない。「告別」は終楽章の声入りだけで語られては詰まらない。第1楽章冒頭の灼熱の合奏は怒髪天を衝くやうだ。この曲は人気があり、様々な指揮者が録音したが、シェルヘンの前では一溜まりもない。低音や中声部が全力で合奏する凄まじさに、比較する気も失せる。「悲しみ」も訴へ掛ける力が段違ひの決定盤。第92番も大変な名演だ。第1楽章の弛緩なく発する熱気、第2楽章中間部の劇的な表情、最高である。惜しむらくは終楽章がシェルヘンにしては大人しいことだ。(2020.10.18)

ブラームス:ヴァイオリン協奏曲、ブルッフ:ヴァイオリン協奏曲第1番、ドビュッシー:ヴァイオリン・ソナタ、他/リカルド・オドノポゾフ(vn)、他 [DOREMI DHR-7874-9]
名手オドノポゾフの大曲録音を復刻した6枚組。1枚目。ブラームスは1954年のMMSレーベルへの録音で、カール・バムベルガー指揮フランクフルト歌劇場管弦楽団の伴奏だ。独奏は圧倒的な技巧と晴れやかな音色、濃密なロマンティシズムで聴かせる。深刻さや憂ひなどは弱いが壮麗な名演で、王道の曲でもオドノポゾフは実力を示してゐる。伴奏の質が水準以下なのが残念だ。ブルッフはブラームス以上にオドノポゾフの個性が映えた名演である。1953年のMMS録音で、ヴァルター・ゲール指揮オランダ・フィルの伴奏だ。時折抉るやうな歌ひ込みがあり、挑戦的な野心が窺へる。痛恨事は管弦楽の伴奏がオドノポゾフの音楽と別次元で、停滞やら安易な音楽が挿入され台無しにしてゐる。1952年のアレグロ・レーベル録音、ドビュッシーのソナタは脂分の多い演奏だ。洒脱さは皆無だが、閃光鋭い前衛的な解釈で成功してゐる。もう1曲、極上の名演、パガニーニ/コハニスキ編曲「ラ・カンパネッラ」が収録されてゐる。これはBAYER盤でも聴けたので割愛する。(2020.10.15)

イグナツィ・ヤン・パデレフスキ(p)/ヴィクター録音全集(1914〜31年) [APR 7505]
米國でのヴィクター録音全集5枚組。APRは遂にパデレフスキの録音を悉く復刻して仕舞つた。快挙である。これらヴィクター録音こそはパデレフスキの最も流布され聴かれてきた録音である。1枚目。当代随一の実力と人気を誇つたパデレフスキは1913年より米國に居を構へ、ヴィクター赤盤アーティストとしてドル箱に成る予定であつた。しかし、折しも第一次世界大戦が勃発し運命が狂つた。1914年に僅か3曲だけ、クープラン「戯けた女」「シテールの鐘」とシューマン「何故に」を残して1917年まで録音がない。1917年にショパン5曲と自作自演2曲を残したが、戦前の欧州録音とは比べものにならない凡庸な演奏であつた。そして、周知の如く、知名度と愛国心でポーランド首相兼外相として祖国の為に八面六臂の活躍を果たし、1922年にやつと政界を引退した。その年の録音からショパン3曲、自作自演1曲、リストのハンガリー狂詩曲2曲が収録されてゐる。これらは喝采をもつて向かひ入れられたが、戦前録音の奇蹟のやうな魔法が解けて仕舞つたのも事実なのだ。(2020.10.12)

ラロ:チェロ協奏曲、サン=サーンス:チェロ協奏曲第1番、ブルッフ:コル・ニドライ、ブロッホ:シェロモ/コンセール・ラムルー/ジャン・マルティノン(cond.)/ピエール・フルニエ(vc)、他 [DG 00289 479 6909]
DG/Decca/Philips全集25枚組。1枚目。1960年のDG録音で、フルニエの代表盤。恐らくこの前後がフルニエの絶頂期である。高貴な音色はそのままに強靭な張りと安定感のある技巧が備はつた完全無欠のチェリストであつた。演目が良い。ラロは匹敵する録音は古いマレシャルくらゐだらう。マルティノンとコンセール・ラムルーの情感豊かな伴奏と優秀なステレオ録音といふ条件が整ひ、このフルニエ盤は決定的な王座にある。凛とした佇まいは絶品だ。サン=サーンスも第一に挙げるべき名盤。この曲は奏者による個性が出にくいのだが、第2楽章の美しい情趣こそはフルニエが頭一つ抜ける良さである。オーケストラと音質と3拍子揃つた極上の名演だ。ブルッフは非常に高貴な演奏だが端正さが仇となり、フランスの協奏曲2曲と比べると遜色がある。ブロッホはウォーレンステイン指揮ベルリン・フィルとの1966年の録音で、エルガーの協奏曲との組み合はせであつた。これも見事だが薄口で感銘は劣る。(2020.10.9)

「2つのルネサンス舞曲集」「モンテヴェルディの時代」/ロンドン古楽コンソート/モーリー・コンソート/デイヴィット・マンロウ(cond.) [TESTAMENT SBT 1080]
古楽の開拓者マンロウが作つた2つのアルバムを復刻したもの。ひとつは1971年の録音「2つのルネサンス舞曲集」でティルマン・スザートの12の舞曲集「ダンスリー」とトマス・モーリーのブロークン・コンソートの為の舞曲集「コンソート用レッスン第1巻」だ。モーリーの曲はモーリー・コンソートとの演奏である。マンロウは楽器への拘泥はりを最重視する一方、音楽の生命力を絶対に忘れない。どの曲も活き活きとしてゐて新鮮な息吹を感じられる。堂々たる曲や嘆き節が印象的なスザート、多様な編成で色彩が次々と変はるモーリーと違ひを楽しめる。1975年の録音「モンテヴェルディの時代」は改革者モンテヴェルディの同時代の作品を楽しめる。演目はマイネイオの5つの舞曲集「舞曲集第1巻」が2種類、ラッピ「ラ・ネグローナ」、プリウーリの12声のカンツォーナ第1番だ。ルネサンス音楽からバロック音楽への過渡期の雑多な音楽が興味深い。(2020.10.6)

ディヌ・リパッティ(p)/1947年&1948年コロムビア録音全集/1947年チューリッヒ録音/アントニオ・ヤニグロ(vc)、他 [APR 6032]
愛好家必携の復刻が登場した。流石APRである。2枚組で、1枚目は5509の番号でAPRより発売された1947年コロムビア録音全集と全く同じ内容である。2枚目が重要で、1948年のコロムビア録音全集が追加された。カラヤンとのシューマン、ショパンの舟歌、そして究極の名演ラヴェルの道化師の朝の歌だ。リパッティの商業的な録音はこれらと死の年1950年のジュネーヴでの一連の録音、バッハ、モーツァルト、ショパンがあるだけで、非常に少ないことに改めて驚かされる。さて、当盤の価値はこれらの既出音源では勿論ない。ヤニグロと共演した1947年3月24日のチューリッヒでのテスト録音5曲全部が遂にCD化されたことにある。このうち3曲はarchiphonから商品化されたが、mp3での配信でしか聴くことの出来なかつた2曲、ベートーヴェンのチェロ・ソナタ第3番の第1楽章とバッハのアンダンテBWV.528aがやつと商品化されたのだ。リパッティ唯一となるベートーヴェンが特上の名演である。快挙であり、歓迎したい。詳細はリパッティ・ディスコグラフィーをご覧いただきたい。(2020.10.3)

バルトーク:ヴァイオリン協奏曲第2番、ヴィオラ協奏曲/エンドレ・ゲルトレル(vn)/ヤロスラフ・カルロフスキー(va)/チェコ・フィル/カレル・アンチェル(cond.) [SUPRAPHON 11 1956-2 001]
これらの音源は新しくゴールド・エディションでも発売されてゐるが、以前から蒐集をしてゐた都合で旧規格を求めてゐる。アンチェルはバルトークを得意とし、幾つも録音がある。当盤は伴奏であるが、大変立派で主役と云つてもよい。ヴァイオリン協奏曲が名演だ。作曲者とも親交があつたハンガリー人ゲルトレルはバルトークの権威である。弾き込んだ自信が窺はれる極上の演奏である。アンチェルの絶妙な伴奏と相まり決定的名演のひとつとして推奨したい。ヴィオラ協奏曲は幾分遜色がある。カルロフスキーの独奏がやや物足りない。高音の張りなど強さに欠ける。一方で第3楽章は速過ぎるやうに感じる。技量はあるが音楽が軽いのだ。矢張り初演者プリムローズの演奏を超えるものは見当たらない。(2020.9.30)

ブラームス:ヴァイオリンとチェロの為の二重協奏曲、ヘンデル(ハルヴォルセン編):パッサカリア/ニューヨーク・フィル/レナード・バーンスタイン(cond.)/グレゴール・ピアティゴルスキー(vc)/ヤッシャ・ハイフェッツ(vn) [Rhine classics RH-004]
台湾発の稀少音源復刻レーベルRhine classicsの第4弾2枚組。1枚目。何とハイフェッツの初出音源が登場だ。しかも、バーンスタインとニューヨーク・フィルとの共演である。演目はブラームスの二重協奏曲で、相方は勿論ピアティゴルスキーである。両者によるRCAへの正規録音も良かつたが、この1963年9月1日のライヴ録音は凄い。何よりも盛期を過ぎたハイフェッツが炎のような気魄で王冠を死守せんと荒々しい演奏を繰り広げる。これに負けじとピアティゴルスキーが豪快に応戦する。バーンスタインも全力で打つてかかる。しかし、矢張りハイフェッツは凄い。輝きと強さが違ふ。細部に瑕は多いが、ライヴならでは感興を採りたい。熱烈なアンコールに二重奏の定番ともいふべき、パッサカリアが披露される。これも見事だ。(2020.9.27)

ベートーヴェン:序曲「コリオラン」、交響曲第3番/ウィーン・フィル/ハンス・クナッパーツブッシュ(cond.) [Orfeo C 901 162 B]
2枚組。2枚目。序曲は1954年1月17日の実況録音で、続いて1枚目に収録されてゐたピアノ協奏曲と第7交響曲が演奏された。拍手が止まない内に始めるのはクナ流。演奏は覇気が弱く、今一つ感興が乗らない凡庸な出来と云へる。エロイカは1962年2月17日にライヴ録音である。これまた拍手が鳴り止まない内に開始される。気品があり雄大な演奏と云へるが、正直なところこれはクナのエロイカといふよりはウィーン・フィルのエロイカである。クナならではの踏み外しは皆無で、第3楽章のトリオに入る時の間が印象的なくらゐである。テンポは基本的に遅めでフレーズの終はりを大事にした丁寧な演奏だ。しかし、覇気が感じられず、どことなく集中力を欠く。エロイカの演奏としては致命的だ。(2020.9.24)

シューマン:ピアノ五重奏曲、ブラームス:弦楽四重奏曲第3番、スメタナ:弦楽四重奏曲第1番「我が生涯より」/ヘスス=マリア・サンロマ(p)/プリムローズ弦楽四重奏団 [Biddulph LAB 052-053]
プリムローズSQの録音集2枚組。2枚目。名ヴィオラ奏者プリムローズ主導の四重奏団の特徴は何と云つても、第一ヴァイオリンにオスカー・シュムスキー、第二ヴァイオリンにヨーゼフ・ギンゴールド、チェロにハーヴェイ・シャピロ、と一流のソロイストが4名揃つたことにある。弦楽四重奏では普通はないことで、三重奏までだらう。個々人の実力が遥かに上でも単純な足し算にはならない。専門の団体が凌ぎを削る世界なので生半可に関はつても食ひ込めない。さて、プリムローズSQはソロイストたちの饗宴らしく、派手で聴き映えのする演奏で効果を上げてゐる。アンサンブルの統一感もあり、見事な成果を残したと云へよう。演目はプリムローズだけにヴィオラが活躍する曲を選んでゐる。シューマンの第2楽章、ブラームスの第3楽章、スメタナの第1楽章と見せ場が大きいし、全体的にヴィオラが重要な曲である。プリムローズも良いがシュムスキーとギンゴールドが素晴らしい。ロマンティックな曲ほど良く、スメタナが忘れ難い名演だ。特に第3楽章のシュムスキーの歌には痺れる。これらは1940年から1941年にかけてのヴィクター録音で、マーストンとオバート=ソンの最良の復刻で鑑賞出来る。(2020.9.21)

エルヴィン・ニレジハージ(p)/1972年12月17日センチュリー・クラブでの演奏会/ブラームス:ピアノ・ソナタ第3番、リスト、ショパン、ドビュッシー [Sonetto Classics SONCLA002]
本邦の愛好家がニレジハージの再評価を問ふ復活ライヴ音源の発売に乗り出した。全3巻が予定されてゐるさうで続巻が待たれる。第1巻2枚組は1972年12月17日に開催されたカリフォルニアのセンチュリー・クラブでの演奏会だ。演目はブラームスの第3ソナタから始まるが、破壊的な最強音の打鍵は地鳴りがするやうだ。全曲に45分以上かけてゐるが、破綻せずに重厚な音楽にしてゐるのには驚く。とは云へ、テンポが異様に遅い下手物だといふことは否定できまい。ニレジハージは矢張り生来のリスト弾きで、巡礼の年から「エステ荘の糸杉に寄せてT:哀歌」「エステ荘の噴水」「牧歌」「タランテラ」「ヴァレンシュタットの湖で」と5曲が披露されるが、何れも目覚ましい名演で澄み渡る美音の洪水だ。「メフィスト・ワルツ第1番」は流石に高齢故の技巧的な綻びがあるが豪放な名演である。ショパンは異常な演奏ばかりで面食らふ。プレリュード1曲とマズルカ3曲で、有り得ないほど遅いテンポの為に違ふ曲に聴こえる。プレリュードは特にリズムが変妙であつた。ドビュッシー「塔」が神秘的な美しさで琴線に触れる。ブラームスの間奏曲も玄妙で良い。アンコールはリスト「森の囁き」で聴衆を魅了する。(2020.9.18)

マーラー:大地の歌、リュッケルト歌曲集より3曲/ウィーン・フィル/ブルーノ・ヴァルター(cond.)/ユリウス・パツァーク(T)/キャスリーン・フェリアー(A) [DECCA 478 3589]
英國の伝説的なコントラルト歌手フェリアーの録音を集成した14枚組の箱物。13枚目。繰り返し発売されてきた大地の歌の決定的名盤で、改めて述べることはないが、他にクレンペラーの名盤もあるとは云へ、これを超える演奏は結局はないのだ。初演者ヴァルターは完全に曲を我が物とし、悪戯に奇怪な管弦楽法を主張せず、東洋的な厭世観を聴かせることに腐心してゐる。頽廃的な世紀末の趣を表現するのにウィーン・フィルは絶妙で、長きにわたつて良好な関係を築いてきたヴァルターの要求に見事に応へて呉れる。フェリアーは勿論最高で、これ以上の歌ひ手は見当たらない。数あるフェリアーの歌唱の中で当盤が一番良いかは議論の余地はあるが、寂寥感の凄みは他の歌手を大きく突き放す。パツァークが当盤の価値を決定的にしてゐる。パツァークは抜けの悪い独特の発声なのに後期ロマン派を得意とし、ヴァーグナーやシュトラウスで強靭さを発揮し一種特別な境地を聴かせる。兎も角、稀代の虚無感によつて刹那的な酒宴を演出するのは唯一無二だ。余白のリュッケルト・リーダーも良い。(2020.9.16)

パブロ・カサルス(vc)/ヴィクター録音(1925年〜1928年)/エドゥアルド・ジャンドロン(p)/ニコライ・メドニコフ(p) [Naxos Historical 8.110972]
戦前の小品録音全集全5巻。1枚目。名声高まるカサルスが遂にヴィクター赤盤の演奏家として録音を始める。1925年から1928年にかけて録音された23曲は、断言するが、カサルス絶頂期の記録であり、如何なるチェリストが束になつても超えることの出来ない藝術である。断じてだ。しなやかな歌ひ回しと人間の声かと錯覚する温かい音色は器楽の最終到達点である。編曲が大半だが原曲を超える音楽が聴ける。シューマン、ショパン、ヴァーグナーの美しさは如何ばかりだらう。しかし、カサルスは1930年代以降急速に衰へて気魄で演奏するようになり、チェロ奏者としての魅力は失はれて行く。さて、オバート=ソンが復刻したNaxos Historical盤は録音順に収録し、78回転盤では未発売であつたマクドウェルとブルッフが完全収録されてゐるのも嬉しい。これ迄、本家RCAと英Biddulphからも復刻があつたが、CD1枚には収まらないので数曲揃はない状態であつた。蒐集家にとつてNaxos Historical盤は必携だ。(2020.9.12)

パーセル:トリオ・ソナタ第9番ヘ長調「黄金のソナタ」、ヘンデル:トリオ・ソナタト短調Op.2-8、ヴィオッティ:二重奏曲ト長調、シュポア:二重奏曲より、ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第7番/ティート・アプレア(p)/レイモンド・レッパード(cemb)/イフェディ・メニューイン(vn)/ジョコンダ・デ=ヴィート(vn) [ISTITUTO DISCOGRAFICO ITALIANO IDIS 6488/89]
伊IDISによるデ=ヴィート復刻盤第4巻2枚組。1枚目。1955年12月のメニューインとの合奏録音だ。パーセルとヘンデルのトリオ・ソナタはレッパードの通奏低音に乗つてヴァイオリン二重奏が楽しめる。パーセルは5楽章で典雅な趣、ヘンデルは4楽章の短調作品で陰翳が特徴だ。デ=ヴィートが第1ヴァイオリンでメニューインが第2なのだが、絶頂期のデ=ヴィートの芳醇な音色と安定感に対して、メニューインは旺盛な活動をしてゐた時期だが荒れ目でボウイングの返しが雑で、同じフレーズを弾く際に悪目立ちしてゐる。無伴奏での純粋なヴァイオリン二重奏曲であるヴィオッティは古典的な枠を超えるので気にはならない。シュポアの二重奏曲は第3番から2曲、第2番から1曲を抜き出して弾いてゐる。ロンドは滅法楽しい。アプレアとのベートーヴェンが白眉だ。美音を捨てシゲティ張りの熱情を込めて弾いてゐる。この曲の代表的な名盤として推奨したい。(2020.9.9)

ウラディミル・ド・パッハマン(p)/録音全集/ショパン、リスト、メンデルスゾーン、シューマン、ラフ [Marston 54003-2]
奇人パッハマンの待望された録音全集4枚組。2枚目。1911年から1912年にかけて録音されたキャムデンでのヴィクター録音だが、ショパン作品全8曲が未発表録音-何故かバラード第3番の後半のみ発売された-といふ貴重盤である。パッハマンのレパートリーは極端に狭く、ショパン以外の作品はほぼ同じ曲を繰り返し録音してゐる。リスト「マズルカ・ブリランテ」「リゴレット・パラフレーズ」、メンデルスゾーンの無言歌より「ヴェネツィアの舟歌第2」「紡ぎ歌」「春の歌」、シューマン「預言の鳥」、ラフ「糸を紡ぐ女」で、完熟しきつた名演揃ひだ。戦中の1915年と1916年に英國コロムビアへの録音は非常に感興が乗つてをり、ヴィクター録音よりも出来が良い。(2020.9.6)

ハイドン:弦楽四重奏曲ハ長調Op.74-1、シューベルト:弦楽四重奏曲第12番「四重奏断章」、レーガー:弦楽四重奏曲第5番/ケッケルト弦楽四重奏団 [ORFEO C 318 931 B]
ルドルフ・ケッケルト率ゐるケッケルトSQはベートーヴェンの全集が代表的録音の名門だが、復刻が少なく貴重な1枚。名演揃ひだ。ハイドンはドイツの正統的解釈による極上の名演だ。颯爽たるテンポ、磨き抜かれたアンサンブル、活気ある音色、実に音楽的な演奏だ。特に終楽章の爽快感は天晴れ。当盤の白眉はシューベルトの四重奏断章だ。疾走する情念、儚き憧憬と夢想の歌、焦燥と苛立ちが交錯する。明暗の見事な対比、甘い切ない表情と劇的な一撃が瞬時に切り替はる。なかなかしつくりする演奏が少ない曲なのだが、理想的な名演と云へよう。レーガーの最後の弦楽四重奏曲嬰へ短調は恐ろしく晦渋な曲で、主題を云ひ当てることが困難だ。次々と曲想が変じ、通り過ぎて行く。難解な曲を真心込めて演奏するケッケルトSQには敬服する。(2020.9.3)

バッハ:管弦楽組曲第2番、ピアノ協奏曲第5番、ヴィヴァルディ:合奏協奏曲作品8-3、J.C.バッハ:ピアノ協奏曲作品13-4、モーツァルト:アイネ・クライネ・ナハトムジーク/アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団/ヴィレム・メンゲルベルク(cond.)、他 [ARCHIVE DOCUMENTS ADCD.112]
メンゲルベルクの稀少録音を発掘してきた英アーガイヴ・ドキュメンツの第6巻。ヴァヴァルディとモーツァルトはテレフンケン録音であり、英Biddulph等から復刻があつたので割愛する。大バッハの組曲と協奏曲は1939年4月17日のライヴ録音。この日は結婚カンタータも演奏されたバッハ・プログラムであつた。往時、真剣にバッハに取り組んだ先駆者はメンゲルベルクであり、その精髄はマタイ受難曲であつた訳だが、伝統にまで昇華された様式美に胸打たれる。組曲はコロムビアへの正規録音もあつたが、当盤も秘めやかな美しさがあり品格がある名演だ。協奏曲はアギー・ジャンボールがピアノ独奏の唯一の音源だ。有名な第2楽章の美しさも然ること乍ら、全楽章崇高で格調ある演奏が繰り広げられる。クリスティアン・バッハの協奏曲は1943年3月21日のライヴ録音で、独奏はマリヌス・フリプセだ。唯一の音源で古典的愉悦に満ちた堂々たる名演で、メンゲルベルクの美質が全開だ。(2020.8.31)

ドヴォジャーク:ヴァイオリン協奏曲、チェロ協奏曲/プラハ放送交響楽団/ヤロスラフ・クロムホルツ(cond.)/フランティシェク・ストゥプカ(cond.)/アンドレ・ナヴァラ(vc)/ヴァーシャ・プシホダ(vn) [Multisonic 31 0039-2]
ヴァイオリン協奏曲は1956年、チェロ協奏曲は1951年のプラハの春音楽祭におけるライヴ録音。チェコ人プシホダが弾いたドヴォジャークの協奏曲の録音は当盤を含めて5種類を数へるが、当盤が最後となる5番目の記録乍ら、最も音質が優れず価値は劣る。冒頭の入りは気負ひのせいか不安になるやうな頼りなさだ。処が、曲が進むにつれ、流石に弾き込んだだけあり能弁になり、目眩く歌の連続となる。楽章を追ふごとに良くなり、最後は熱狂的な聴衆の歓声に包まれるのは頷ける。音質こそ優れないがクロムホルツの伴奏が見事で、管弦楽も本場の強みを発揮してゐる。ナヴァラの録音は更に音が悪く音像が遠い。テープの歪みも随所にあり、鑑賞には適さない。しかし、ナヴァラの演奏自体は大変素晴らしく、闊達で鮮烈な名演を繰り広げてゐる。ナヴァラ最良の姿が聴ける。残念乍らストゥプカの伴奏が凡庸で瑕も多い。(2020.8.28)

ベニャミーノ・ジーリ(T)/HMV録音集(1938〜40年)/マリア・カリーニャ(S)、他 [Naxos Historical 8.110271]
Naxos Historicalによるセッション録音の復刻第10巻。英Romophoneの復刻がここで途絶えて仕舞ひ、Naxos Historicalが継承し完結させた。ジーリの歌声は絶頂期にあるが、米ヴィクター時代に主要曲を吹き込んで仕舞つたからか、畑違ひのシューベルトやブラームスの歌曲を人気があるからといふ理由で吹き込んだのは感心しない。ナポリ民謡を陽気に、そして翳りをもつて歌ふのは勿論絶品で、安つぽい管弦楽伴奏も雰囲気満点だ。だが、矢張り歌劇のアリアやデュオにこそジーリを真価を聴くことが出来る。「トロヴァトーレ」は声質からも嵌まり役で全曲録音がないのが痛恨事だ。「フェドーラ」や「マノン・レスコー」の歌唱も絶品である。(2020.8.24)

シューマン:ピアノ協奏曲、ロマンス第2番、預言の鳥、グリーグ:ピアノ協奏曲、パルムグレン:揺り籠のリフレイン、西フィンランドの踊り/フィルハーモニア管弦楽団/オットー・アッカーマン(cond.)/ベンノ・モイセイヴィッチ(p) [TESTAMENT SBT 1187]
アッカーマン指揮フィルハーモニア管弦楽団と共演したシューマンとグリーグの協奏曲は、1953年のアビー・ロード・スタジオでの録音で、モイセイヴィッチの重要な戦後の大曲録音だ。グリーグは戦前の1941年にも録音してをり再録音になるが、シューマンは唯一の音源なので貴重だ。モイセイヴィッチらしいスノビズムに貫かれてをり、感情に溺れることなく過度な表現をせず取り澄ました上品振つた趣なので、蒐集家以外には凡庸な演奏に聴こえるだらう。技巧にも覇気がなく、アッカーマンが熱意のある情趣豊かな伴奏をするので余計にモイセイヴィッチが平板に聴こえる。しかし、非常に美しく、往年の余裕あるグランドマナーを知る縁となるだらう。シューマンの小品2曲とパルムグレンの小品2曲は1941年の録音で、Naxos Historicalからも復刻があつたので割愛する。(2020.8.21)

ハイドン:弦楽四重奏曲変ホ長調Op.64-6、同ハ長調Op.64-1、同変ロ長調Op.64-3/ウィーン・コンツェルトハウスSQ [Universal Korea DG 40020]
ウエストミンスター・レーベルの室内楽録音を集成した59枚組。韓国製だがオリジナル仕様重視で大変立派な商品だ。ハイドンの弦楽四重奏曲の作曲技法が熟成された第2トスト四重奏曲からの3曲をコンツェルトハウスSQの極上のアンサンブルで聴ける喜びは無上だ。作品64では4つの楽器の役割が緊密になり、常に重要な要素に絡み合ふ。響きが分厚くなり、旋律に頼らず対話や合ひの手を楽しむ。古典音楽の故郷である。アントン・カンパーの歌が情趣豊かで、単なる古典的アンサンブル曲に留めない。蠱惑的な笑顔を振り撒いて心を奪つて行く。どの曲も軽快な終楽章のロンドで無邪気に浮き立つ愛おしさには溜息が出る。さり気無い明暗で織りなすメヌエットも良い。勿論、古典的ソナタ形式の粋を凝縮した第1楽章は絶品で、特に作品64-6の交響的な広がりは見事。(2020.8.18)

ベートーヴェン:交響曲第3番「英雄」、「レオノーレ」序曲第1番、同第2番/フィルハーモニア管弦楽団/オットー・クレンペラー(cond.) [EMI 50999 4 04275 2 2]
クレンペラーのEMI録音大全集中、ベートーヴェンの交響曲と序曲の録音を網羅した10枚組。エロイカは1955年のモノーラル旧録音の方で、4年しか違はないが内容は新盤よりも優れてゐる。ステレオ時代になつて作成した全集録音は構築美に徹したクレンペラーの個性が表出した演奏ばかりだが、第5交響曲も第7交響曲もそしてこのエロイカも音楽的には血が通つてゐる旧盤の方が魅力的だ。巨大な構へと昂揚する精神が合体した名演が繰り広げられる。音質も上質のモノーラルで一向問題にならない。1954年録音の序曲もステレオ再録音とは雲泥の差で断然良い。起伏があり堂々たる響きに呑まれる。比べたら新盤は木偶の坊と云へよう。(2020.8.15)

シューマン:子供の為のアルバム(23曲)、森の情景/サムエル・フェインベルク(p) [Classical Records CR-169]
露Classical Recordsはフェインベルクの復刻を行ふ頼もしいレーベルだ。第4巻はシューマン録音集だが、流石はフェインベルクで在り来たりでない中期作品の選曲と香り立つやうなロマンティシズムを振り撒き余人の到達し得ない見事な演奏を披露する。子供の為のアルバムから約半数の23曲を番号順に自由に抜き出し行く。物語るやうにルバートを掛け、文学的な取り組みで、タッチも様々に変化する。この曲集にはゼッキの名盤があつたがフェインベルクは一枚上手の名演と云へる。森の情景は全9曲を収録。底なしの詩情で聴く者を虜にする名演の連続で、この曲の代表的な録音だらう。名残惜しい秘めやかな音色が琴線に触れる。(2020.8.12)

マルセル・ミュール(sax)/ヴェローヌ、ピエルネ、リヴィエ、ディロン、他/ギャルド・レピュブリケーヌ・サクソフォン四重奏団、他 [Saxophone Classics CC0021]
ミュールの1930年から1940年にかけての初期録音集は愛好家必携だ。取り分けギャルド・レピュブリケーヌ・サクソフォン四重奏団のソプラノ・サクソフォンとしての活躍がたつぷり聴ける。演目はヴェローヌ「ラプソディー」「ル・ドーフィン」「コロムビアの為の2つの小品」、ピエルネ「お祖母さんの歌」「民謡風ロンドの主題による序奏と変奏」、リヴィエのグラーヴェとプレスト、ボッケリーニのメヌエット、ハイドンの弦楽四重奏曲Op.33-5から第3楽章、メンデルスゾーンの無言歌から2曲、シューマンの弦楽四重奏曲第1番の第2楽章、ラフ「エクスピケーション」と多岐に亘る。特にハイドンやシューマンの弦楽四重奏をサクソフォン四重奏で見事に聴かせるのは刺激的だ。勿論、ソロイストとしてヴィブラート奏法を心行く迄楽しめる録音は絶品中の絶品だ。マリー「金婚式」、リムスキー=コルサコフ「インドの歌」、サン=サーンス「白鳥」、ドヴォジャーク「ユモレスク」での表現力は他の器楽奏者を顔色なからしめる音楽性と技巧の素晴らしさだ。ディロンのサクソフォン・ソナタは本格的な大曲で楽しめる。2曲だけポール・ロンビによるアルト・サクソフォンの録音が混じつてゐる。(2020.8.9)

ノヴァーク:弦楽四重奏曲第2番、ヤナーチェク:弦楽四重奏曲第1番「クロイツェル・ソナタ」、同第2番「内緒の手紙」/スメタナ弦楽四重奏団/シュカンパ弦楽四重奏団 [SUPRAPHON SU 4003 2]
チェコ弦楽四重奏の名曲名演集3枚組。3枚目。何と云つても1973年に録音されたスメタナSQによるノヴァークが重要だ。2楽章から成る曲で30分強かかる大曲だ。第1楽章フーガは秘めやかで構築的なフーガではなく、連綿と絹糸が重なり合ふやうな抒情的な楽想で4つの楽器の織り成す歌が美しい。第2楽章ファンタジアでは主題が次々と変容し激情から沈思へと導く。独創的な作品で聴き込むと味が出る名品だ。スメタナSQの包み込むような合奏、慈愛に溢れた歌は完成度が高く、この曲の決定的名演として推薦出来る。2001年にシュカンパSQによつて録音されたヤナーチェクの2曲は意欲的なスルポンティチェロ奏法が刺激的で、第1番は大変な名演と云へる。しかし、第2番はやや緊密さと芳醇さを欠き面白くない。(2020.8.6)

ショパン:マズルカ(13曲)、ノクターン第19番、同第20番、ワルツ第11番、同第13番、ポロネーズ第9番/マリラ・ジョナス(p) [SONY 88985391782]
ジョナスの全録音4枚組。幻のピアニストであつたジョナスのコロムビア録音が全集復刻された。これまで英Pearlの復刻でしか聴けなかつたので、予期せぬ宝物の登場だ。1枚目。1946年と1947年の78回転録音で、それぞれLPに纏められML2004とML2036として発売されたショパンだ。最初の録音であるML2004にはマズルカ4曲、ノクターン2曲、ワルツ2曲、ポロネーズが収められてゐるが、この1枚には悲しみの深淵があり、聴く者をたぢろがせる。ジョナスの名を永遠に刻んだ1枚なのだ。マズルカの澄み切つた音色に心奪はれる。物悲しい哀愁が漂ひ一種時別な色調があり別格の名演だ。ノクターンはジョナスの残した決定的な遺産であり、あまりにも深刻なので精神の正常さを保てなくなる恐ろしい演奏だ。自在に弾いたワルツも絶品。寂寥感漂ふポロネーズも良い。ML2036はマズルカだけ9曲で構成される。先の4曲に比べると幾分純度が落ちるが、斯様に侘び寂びを追求した演奏は他にない。(2020.8.3)

シューベルト:ソナティネ第1番、華麗なるロンド、幻想曲/アンドール・フォルデス(p)/カルロ・ブゾッティ(p)/ジョゼフ・レヴィン(p)/ヨーゼフ・シゲティ(vn) [SONY Classical MPK 52538]
シューベルト録音集。ソナティネはフォルデスとの1942年の録音。スタッカート奏法は鋼のようなモノクロームの音色だが、決してシューベルトの音楽を壊さない。特筆すべきは第2楽章で、美しいカンティレーナが始まるとがらりと世界が変はる。何といふ寂寥感。フレーズの見事な終始を聴かせる運弓の絶妙さ。これぞシゲティの究極の至藝で、何人も及ばない。華麗なるロンドはブゾッティとの1942年の録音。渋い演奏で愉悦や情熱は感じず、諧謔すらを聴かせる個性的な演奏だ。この曲は生命力を爆発させた少年メニューインの演奏が抜群であつた。幻想曲はレヴィンとの1949年の録音。伴奏者のレヴィンは邦訳表記だと同姓同名になるが、かの大ピアニストとは綴りも異なる。冒頭主題の玄妙な歌はシゲティの妙技だが、後半は感銘が持続しない。この曲は偉大なるブッシュとフーベルマンの秘匿の名演が不動の存在だ。(2020.7.31)

ハイドン:弦楽四重奏曲ニ長調Op.76-5、モーツァルト:弦楽四重奏曲第16番、ブラームス:弦楽四重奏曲第1番/シュナイダーハン弦楽四重奏団 [amadeo 431 346-2]
シュナイダーハンの多彩な活動記録を編んだ6枚組。3枚目はシュナイダーハンSQとしての活動記録だ。シュナイダーハンは神のやうなロゼーの正統なる後継者として上り詰めたが、約10年でソロイストへ転向し、ロゼーと同じ道を歩むことはしなかつた。それを吉と見るか凶と見るかは好みだが、このシュナイダーハンSQの演奏を聴くと私見では勿体無いことをしたと感じてゐる。ソロイストの録音には素晴らしいものが多いが、ロゼーやクライスラーを超える行跡を残したとは云へない。だが、数少ない四重奏団の録音は全て高次元で驚くべき内容ばかりだ。後継のバリリSQと比較すると一目瞭然で、きりりと引き締まつた音楽、陰影や抑揚の多彩なパレット、何よりもいざと云ふ時の生命力の注入が無類で、音の立ち上がりの鮮烈さはバリリなぞ問題にならない。ハイドンとモーツァルトは1950年、ブラームスは1951年の記録。ラルゴ四重奏曲の第1楽章の展開部の昂揚、終楽章の飛翔する軽やかさ、モーツァルトの第3楽章でのしなやかな歌の妙、ブラームスの連綿と押し寄せる波の素晴らしさ。四人の実力が伯仲してゐることもあり、どの瞬間を取つても弦楽四重奏の最高の演奏を聴ける。(2020.7.28)

ビーバー:ロザリオのソナタ(第1番〜第9番)/ルドルフ・エヴェルハルト(cemb)/ヨハネス・コッホ(gamba)/ズザンネ・ラウテンバッハー(vn) [VOX BOX CDX 5171]
名曲ロザリオのソナタの最初の全曲録音で規範となる名盤2枚組。ラウテンバッハーのレパートリーは幅広かつたが、矢張り真骨頂はバロック音楽にあると云へる。バッハも良いが、ロカテッリや特にこのビーバーとなると今以て不朽の存在だ。ロザリオのソナタは1674年頃に作曲されたが、当時としては異例の極めて高度な技巧を要求される。ラウテンバッハーの技巧は確かで隙がなく、渋い音色に模範的なアーティキュレーションでヴァイオリン学習者を唸らせる。何よりも生真面目過ぎるほど求道的で敬虔な演奏をする。伴奏も素晴らしく申し分ない。1枚目は第1番か第9番まで、「受胎告知」「訪問」「降誕」「拝謁」「神殿における12歳のイエス」「オリーブ山での苦しみ」「鞭打ち」「荊の冠」「十字架を背負う」を奏でる。曲想が次々と変化し魅惑的だ。(2020.7.25)

ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第10番、同第12番/バリリ弦楽四重奏団 [Universal Korea DG 40020]
ウエストミンスター・レーベルの室内楽録音を集成した59枚組。韓国製だがオリジナル仕様重視で大変立派な商品だ。どちらも変ホ長調といふ理想の組み合はせだ。バリリSQは中期作品の演奏には不向きだ。アンサンブルの見事さ、ソノーラスな響きの豊かさは最上位なのだが、音楽が求める丁々発止のぶつかり合ひとなると弱く、平穏で波風のない演奏に聴こえる。「ハープ」の第1楽章が盛り上がらず、後の楽章も美しいが求心力に欠ける。第12番は曲の壮麗さと相まつてバリリSQの良さが出てゐる。広がりを感じさせ、気品の良さで王者然とした名演と成し遂げてゐる。バリリSQは放送録音も残してをり、得意としてゐたのだらう、バリリSQのベートーヴェン録音の中でも最上位の出来栄えだ。(2020.7.22)

ラウル・フォン・コチャルスキ(p)/1928年ポリドール録音/ショパン、リスト、パデレフスキ [Marston 52063-2]
Marstonによる録音全集第1巻2枚組。2枚目を聴く。電気録音で1928年のポリドールへの録音集だ。収録曲は29曲中27曲がショパンで、他はアコースティック録音でも録音してゐたリスト編曲のシューベルト「菩提樹」と同郷の偉人パデレフスキ「夕べに」があるだけだ。コチャルスキはミクリの弟子で、ショパン直系の孫弟子だ。ミクリはショパンの遺志を継ぐ人物としてコチャルスキを徹底的に扱き伝へたといふ。徒らに大衆受けのする表現はせず、鍵盤上で詩を紡ぐことに腐心してゐる。軍隊ポロネーズで再現部に入る時に印象的なディミヌエンドをかけるのが好例で、美しきショパンを目指してゐるのが諒解出来るだらう。選曲は散漫で、ポロネーズ1曲、マズルカ2曲、プレリュード7曲、ワルツ6曲、エチュード8曲、ノクターン2曲、子守歌で纏まりはない。仄暗い表情を挟むプレリュード、エチュード、ノクターンが一種特別な美しさを醸す。ショパン以外では愛奏してゐたのだらう「菩提樹」が深い感銘を受ける名演である。(2020.7.18)

チャイコフスキー:交響曲第5番、ピアノ協奏曲第1番/パーヴェル・セレブリャコフ(p)/ソヴィエト国立交響楽団/レニングラード・フィル/エフゲニー・ムラヴィンスキー(cond.) [BMG BVCX-8020-23]
未発表録音集第1巻4枚組の4枚組を聴く。交響曲は当盤が世界初発売となる1949年1月19日、ソヴィエト国立交響楽団とのライヴ録音だ。手兵との演奏ではなく、響きが散漫でいただけない。金管楽器が音を盛大に外すのでひやりとする。終楽章のテヌート奏法も皮相だ。蒐集家以外には不要だらう。協奏曲は1953年1月6日の録音で、ムラヴィンスキーは後にリヒテルとの有名な共演があり、ギレリスとも録音を残してゐる。これは最も古い記録なのだが、セレブリャコフはレニングラード音楽院の院長を務めた大物で、演奏は非の打ち所がない見事な出来栄えだ。確かな技巧と表現、硬質の黒光りするタッチ、華こそないが真摯な取り組みで聴き応へ充分だ。そして、流石はレニングラード・フィル、繊細なアンサンブルで一本に纏まつた響きが心地良い。深淵から湧き上がるやうな弱音の凄みは取り分け美しい。(2020.7.15)

ラヴェル:左手の為のピアノ協奏曲、ドビュッシー:幻想曲、ミヨー:ブラジルの郷愁、春/フランス国立放送管弦楽団/ジョルジュ・ツィピーヌ(cond.)/ジャック・フェヴリエ(p) [EMI 7243 5 694464 2 2]
フランスEMIによる名手フェヴリエの名演集2枚組。1枚目はフェヴリエはラヴェルの権威であつた。左手の為の協奏曲はヴィトゲンシュタインの委嘱によつて作曲されたが、初演をめぐつて作曲者との関係性が険悪となつた為、ラヴェルは初演やり直しの白羽の矢をフェヴリエに託した。かうして正統派の演奏が聴けるのは値千金で、ツィピーヌの洒脱な棒も素敵な名盤だ。とは云へ、フランソワの狂ほしいエロスと比べると物足りなく感じる。ドビュッシーも素晴らしい。高踏的な雰囲気、ツィピーヌの色彩的な伴奏が瀟洒で理想的な名演だ。ミヨーの「ブラジルの郷愁」全12曲と「春」第1集と第2集併せて計6曲が聴けるのは嬉しい。諧謔や生命力は薄めだが、薫り高きエスプリが満載で色とりどりのパレットから調合された美しき名演だ。(2020.7.12)

エルガー:エニグマ変奏曲、ヴァーグナー:「ファウスト」序曲、「パルジファル」より第1幕への前奏曲と聖金曜日の音楽/BBC交響楽団/アルトゥーロ・トスカニーニ(cond.) [West Hill Radio WHRA 6046]
1935年6月、絶頂期のトスカニーニがBBC交響楽団に客演した際のライヴ録音を集成した4枚組。2枚目を聴く。エルガーが6月3日、ヴァーグナーが6月5日の録音。BBC交響楽団は流石に英國の楽団だけあつてエルガーは格別に良い。トスカニーニはこの曲を得意とし、NBC交響楽団との録音も極上の仕上がりであつたが、このしなやかなBBC交響楽団との演奏の方が録音状態を考慮しても上位に置きたい。秘めやかで情感豊かな弦楽器、表現の幅の大きい管楽器や打楽器、曲への理解度の違ひだらうか、決まつてゐるのだ。バルビローリやモントゥーの名演と並べて絶賛したい。ヴァーグナーも素晴らしい。「ファウスト」はNBC交響楽団との演奏も見事であつた。他にアーベントロートくらゐしか名演がないので、トスカニーニが占める王座は変はらない。引退前のトスカニーニの柔軟性は敵なしで、「パルジファル」も雰囲気満点だ。後のNBC交響楽団との生硬な録音とは段違ひの素晴らしさだ。(2020.7.9)

ファリャ:スペイン舞曲、アーン:ピアノ協奏曲、モーツァルト:ピアノ協奏曲第26番、ピアノ・ソナタニ長調K.576、プロコフィエフ:ピアノ・ソナタ第3番/レイナルド・アーン(cond.)/フェルナン・ウーブラドゥ(cond.)/マグダ・タリアフェロ(p)、他 [DOREMI DHR-7961-3]
CD2枚とDVD1枚のタリアフェロ名演集。2枚目。ファリャはデュクレテ=トムソンへの録音で、作曲者との共演であるアーンの協奏曲も別項で述べたので割愛する。タリアフェロの弾くモーツァルトは古典的な要素は皆無で、色気たつぷりでロマンティックなピアニズムで聴かせる。流石はコルトーの弟子である。1955年3月27日、パリでのライヴ録音である協奏曲が華やかな名演だ。指揮は何とウーブラドゥ。それにしても容赦なく華麗なモーツァルトだ。タリアフェロだけではない、ウーブラドゥも古典の枠を乗り越えて表現を極める。些細なしくじりはあるが、勢ひに呑み込まれる名演だ。近代的で色彩的なカデンツァも魅惑的だ。異端の演奏なのだがお薦めしたい。1963年パリでのライヴ録音であるモーツァルト最後のニ長調ソナタも同様の名演なのだが、同日の演目プロコフィエフのソナタがタリアフェロの真価を伝へる極上の名演である。煌びやかなピアニズムが映える。(2020.7.6)

シューベルト:弦楽四重奏曲第15番、同第14番/ハンガリー弦楽四重奏団 [Music&Arts CD-1181]
ゾルターン・セーケイとハンガリーSQの録音集8枚組。2枚目。ハンガリーSQはベートーヴェンとバルトークで名を成した名門であるが、それに次いで一家言を持つてゐたのがシューベルトだらう。セーケイの下、一本の銀糸のやうに精錬されたアンサンブルを聴かせ、哀愁を帯びた音色と歌ひ回しを旨とするハンガリーSQにとりシューベルトは近親性のある作曲家であつた。1958年7月22日、マントン音楽祭における実況録音のト長調が素晴らしい。冒頭から詩情漂ひ、第1楽章展開部で熱つぽく昂揚する様に惹き込まれる。郷愁たつぷりの第2楽章、強弱の対比が見事な第4楽章、全てが堂に入つてをり感銘深い。ライヴとは思へない完成度も特筆したい。音質も生々しく、ブッシュSQの名盤と並べて絶賛したい。同日に死と乙女も演奏されたが、ここに収録されてゐるのは1952年のコンサート・ホール・レーベルへのセッション録音だ。音質はこのセッション録音の方が抜けが悪くもどかしい。演奏も生硬で感興に乏しく面白くない。勿論、仕上がりは極上で、悪い演奏ではない。(2020.7.3)


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