BACK

楽興撰録

蒐集した音楽を興じて綴る頁


2021.9.30以前のCD評
声楽 | 歌劇 | 管弦楽 | ピアノ | ヴァイオリン | 室内楽その他



最近の記事


スカルラッティ:ソナタ集(K.478、K.492、K.380、K.27、K.245、K.87、K.64、K.432、K.450、K.69、K.114、K.9、K.119、K.32、K.175、K.279、K.96、K.430、K.427、K.13、K.519、K.17)
マルセル・メイエ(p)
[EMI 0946 384699 2 6]

 ディスコフィル・フランセへの全録音の他、戦前の録音も網羅した17枚組。11枚目を聴く。メイエの録音でスカルラッティは質・量ともに重要な位置を占める。往時これ程の至藝を聴かせた奏者は見当たらない。既にランドフスカによるチェンバロでの録音があつた時代、メイエはピアノによる演奏で別格の気品を示した。殊に1954年から1955年にかけて制作された計32曲から成るアルバムは集大成とも云へる極上の決定的名盤だ。サファイヤのやうな高貴な音色を紡ぐタッチで雅な観想へと誘ふ。調性を意識した曲の配列も含蓄がある。単発でスカルラッティの見事な演奏をした奏者は多いが、メイエの業績は足場の深さが一味違ふ。(2022.5.21)


ベートーヴェン:交響曲第7番、同第8番
ニューヨーク・フィル
ブルーノ・ヴァルター(cond.)
[Sony Classical 88765489522]

 コロムビア録音全集77枚組。ヴァルターはニューヨーク・フィルとモノーラル録音でベートーヴェンの交響曲全曲録音を成し遂げてゐるのだが、然程話題にならない。理由は明瞭で、演奏が大して良くないからだ。第7番は1951年の録音で、ニューヨーク・フィルの厚みのある合奏は再録音にはない魅力的なものの、大味で精度が落ちる。管楽器のピッチも不安定だ。細部の表情も抜かりが多い。第8番は1942年の録音で音質も古さを感じさせる。演奏の傾向は第7番と同じだ。ヴァルターならではの特別な表現があれば精度の低さも気にならないが、至つて凡庸で単に上手くない演奏といふ印象だ。(2022.5.18)


ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第11番、同第12番、エロイカの主題による変奏曲
エミール・ギレリス(p)
[DG 4794651]

 DG録音全集24枚組。ベートーヴェンが最も苦しい時期にあつた時に書かれた作品群をギレリスは滋味豊かに紡ぐ。軽快な楽想も丁寧に抑制され、宝石のようなタッチの美しさが際立つ。第11番終楽章の清楚な心象は類例がない。声を落として語り掛けるやうな弱音で奏でられる和声は神秘的な凄みがある。第12番第1楽章の荘厳さには惹き込まれる。終楽章の交響的な広がりも見事だ。この2曲に関しては最上位に置かれるべき名演であると太鼓判を押す。エロイカ変奏曲は技巧を前面に出した演奏でギレリスの強みが出てゐる一方、詩情が後退して皮相な演奏になつて仕舞つた感がある。(2022.5.15)


シューマン:交響曲第2番
クリーヴランド管弦楽団
ジョージ・セル(cond.)
[SONY 88985471852]

 遂に集成されたセル大全集106枚組。セルはシューマンを得意としてをり、交響曲全集録音をいち早く完成させたひとりである。全集録音の約8年前の1952年にモノーラルで録音された第2番はセルの強い思ひ入れが感じられる名演で、全集録音よりも良い部分があり、愛好家は看過してはならぬ。第1楽章主部に入つてからの湧き立つやうな若々しさは如何ばかりだらう。コーダへ向けての熱量も素晴らしい。全力疾走の第2楽章が凄い。手兵クリーヴランド管弦楽団を徹底的に訓練して手落ちのない立体的な合奏を実現した。特にコーダの疾駆には脱帽だ。適宜オーケストレーションを変更してゐるが洗練されて決まつてゐる。(2022.5.12)


ブラームス:ドイツ・レクィエム
エリーザベト・シュヴァルツコップ(S)/ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(Br)
フィルハーモニア管弦楽団
オットー・クレンペラー(cond.)
[EMI CLASSICS CDC 7 47238 2]

 1961年に録音された代表的名盤。若きブラームスの想ひが詰まつた随所に美しい箇所がある名曲だが、全体を見通すと統べるのが難しく、総合点で満足出来る演奏が少ない難曲とも云へる。クレンペラーはこの曲を得意としてをり、他にライヴ録音が2種も残る。だが、このセッション録音にこそ本懐がある。静謐と述べたい精緻な取り組みで、オーケストラは渋く沈み込む。合唱は慈雨のやうに沁み渡る。当盤において掛け替へのないのが二人の独唱だ。シュヴァルツコップの消えてなくなりさうな繊細な表情は如何ばかりだらう。そして、ドイツ・レクィエムにこの人ありきと云ひたいディースカウの絶対的な名唱については多言を要しまい。ほぼ決定的な名盤と云ひたいところだが、クレンペラーの棒に神秘的な幻想と情熱的な発露がないので、時に物足りなさを感じるのは難癖か。(2022.5.9)


ベートーヴェン:交響曲第8番、同第7番
ストックホルム・フィル
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー(cond.)
[WEITBLICK SSS0235/0238-2]

 ストックホルム・フィルとの共演全録音4枚組。2枚目。第8交響曲はEMIの全集に収録されてきたことでよく知られた音源だ。フルトヴェングラーは正規録音で7演目しか残さず、第2番と第8番はライヴ録音で埋め合はせた。この演奏はEMIが版権を獲得して広く出回つた訳だが、評価はさつぱりであつた。さて、同日に第7交響曲も演奏されたのだが、こちらは殆ど話題にもならず、忘れられてゐた音源である。他に良い演奏があるので飽く迄蒐集家だけが関心を寄せる演奏には変はりない。尚、同日に「レオノーレ」序曲第3番が演奏されたが、それは4枚目に収録されてゐる。(2022.5.6)


ヴィクター録音全集(1926〜1927年)
イグナツィ・ヤン・パデレフスキ(p)
[APR 7505]

 米國でのヴィクター録音全集5枚組。3枚目。ここから電気録音になりパデレフスキの藝術が鮮明に聴き取れるやうになる。演奏家として復帰後すぐは低調であつたが、この頃には演奏内容も本調子を取り戻してをり魅力的だ。神秘的な雰囲気たつぷりのシェリング「ラグゼの夜想曲」は名品と云へよう。自作のメヌエットも情熱的でこれ迄の録音の中で最も良い。ストヨフスキ「愛の歌」「小川のほとりにて」も情愛深く聴かせる。他は名曲集で、ショパン「雨だれ」「別れの曲」、リスト「ラ・カンパネッラ」、ベートーヴェン「月光ソナタ」第1楽章などだが、パデレフスキでなくてもといつた程度だ。ドビュッシー「水の反映」は本流の演奏ではないが、醸し出す雰囲気に惹き込まれる。流石だ。(2022.5.3)


ヴァーグナー:「ファウスト」序曲
シューマン:交響曲第2番
マルトゥッチ:追憶の歌
トマジーニ:ヴェネツィアの謝肉祭
ブルーナ・カスターニャ(Ms)
NBC交響楽団
アルトゥーロ・トスカニーニ(cond.)
[Naxos Historical 8.110836-37]

 1941年3月29日の実況録音を全て収録。ヴァーグナーの珍品をトスカニーニは好んで取り上げてをり、ここでも雄渾な名演を聴かせてゐる。シューマンはトスカニーニにとつて最も縁遠い作曲家であらう。詩人の夢想は何処を探してもない。凄まじい熱い気魄が漲つた筋肉質の音楽で、己の感性を信じた潔い名演と云へる。第2楽章の旋風は圧巻だ。全曲通じて独自の改変が行はれてをり、トランペットの追加等で最早別物の感が強い。さて、後半のプログラムが興味深い。マルトゥッチのパリアラの詩による全7曲の連作歌曲集は絶妙な浪漫的管弦楽法で瞑想的なメッゾ・ソプラノの歌を包み込む名品である。トマジーニの珍曲はパガニーニが変奏した「ヴェネツィアの謝肉祭」を元に豪華絢爛な管弦楽曲にしたものだ。かういふ曲ではトスカニーニは圧倒的に巧い。(2022.4.30)


グリンカ:悲愴三重奏曲
リムスキー=コルサコフ:ピアノと管楽の為の五重奏曲
シュトラウス:13管楽器の為の組曲、同セレナード
パウル・バドゥラ=スコダ(p)/カール・エールベルガー(fg)、他
レオポルト・ウラッハ(cl)
[Universal Korea DG 40020]

 ウエストミンスター・レーベルの室内楽録音を集成した59枚組。韓国製だがオリジナル仕様重視で大変立派な商品だ。ウラッハが主役のグリンカとリムスキー=コルサコフは競合盤が見当たらない決定的名演と云へるだらう。グリンカの悲愴三重奏曲はピアノとクラリネットとファゴットといふ組み合はせで、情熱的に疾走する第1楽章と第4楽章が取り分け魅力的だ。リムスキー=コルサコフの五重奏曲はピアノ、フルート、クラリネット、ファゴット、ホルンといふ編成の大曲で、オーボエが入らないのは前代未聞と云へよう。軽妙で明るい楽想の充実した内容の名作で、もつと聴かれても良い。シュトラウスの出世作となつたセレナードと組曲がウィーン・フィル奏者らの柔和で豪奢な演奏で楽しめる。これも屈指の名演として真つ先に推薦したい録音だ。(2022.4.27)


モーツァルト:「魔笛」序曲
ベートーヴェン:「レオノーレ」序曲第3番、交響曲第1番、同第8番
ハレ管弦楽団
サー・ジョン・バルビローリ(cond.)
[Warner Classics 9029538608]

 英バルビローリ協会全面協力の下、遂に出た渾身の全集109枚組。賢明なるバルビローリは自身の魅力が発揮されるのは王道のベートーヴェンらドイツの古典音楽にはないことを理解してゐた。飽く迄一端に過ぎない録音だが、結果は上々である。「レオノーレ」序曲第3番は常套的な解釈だが情感豊かな名演である。第1交響曲も特色は薄いが、要所を押さへた演奏と云へる。第8交響曲に注目だ。薄手の編成で音の厚みがないのに、熱量が凄まじい。個々の奏者が丁々発止の仕掛け合ひをしてをり、音楽が沸騰してゐるのだ。理想的な演奏であり、聴き逃してはならない。モーツァルトは特段個性がある訳ではないが、威風堂々たる構へで音楽に風格があり感銘深い名演だ。(2022.4.24)


20世紀前半のフランスのオルガニスト
シャルル=マリー・ヴィドール(org)
ジョルジェ・ジャコブ(org)
ウジェーヌ・ジグー(org)
レオン・ボエルマン(org)
エドゥアル・コメット(org)
[EMI CLASSICS 7243 574866 2 0]

 愛好家必携の「20世紀前半のフランスのオルガニスト」5枚組。2枚目。コンポーザーオルガニスト達の自作自演が多く、一般的な楽しみは少ない。高名な作曲家ヴィドールの自作自演でオルガン交響曲第9番「ゴシック」と第5番のトッカータが聴ける。1932年の録音で重要な記録である。詳細が不明のジャコブの演奏はかなり貴重で、1930年の録音から1曲だけヴィドールの第5番第2楽章を披露してゐる。ジグーは自作自演3曲と弟子のボエルマンの作品を録音。これらは1912年と1913年といふ太古の録音だ。ボエルマンは自作自演の他、師ジグーの作品、ピエルネ、メンデルスゾーンの作品を吹き込んでゐる。1930年代の録音だ。コメットはバッハとクレランボーの作品を演奏してをり、バッハの前奏曲は感銘深い。(2022.4.21)


チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番(2種)
ショパン:プレリュード第16番、同第17番、エチュードOp.25-6、同Op.25-11、ポロネーズ第6番「英雄」
ヨーゼフ・レヴィーン(p)、他
[Marston 53023-2]

 初出音源満載の大全集3枚組。3枚目。全て初出となるお宝音源ばかりだ。レヴィーンの協奏曲録音、それもチャイコフスキーの第1番といふ愛好家感涙の演目、しかも2種類も一挙に収録されてゐるのだ。しかし、これまで公刊されなかつた理由もある。1つ目は1933年のNBC放送で第2楽章と第3楽章が放送されたもののエア・チェックで、第1楽章は最初から存在しない。音質は年代相応で良くはない。しかし、演奏は大変素晴らしく、第3楽章コーダで一瞬綻びがある以外は鮮烈極まりない技巧を披露してゐる。2つ目が問題だ。1936年のライヴ録音で、これまた第1楽章の序奏部が丸ごと欠けてゐる。問題は音質だ。所謂隠し撮りで、場所もホルンの近くなのか、矢鱈とホルンが強大に聴こえる。鑑賞に耐へられない代物であり、記録といふ価値しかない。但し、レヴィーンの演奏は大変素晴らしい。さて、本当に良いのは音質の問題が少ないショパンで、演奏はどれも極上なのだ。木枯らしのエチュードに漲る覇気には深い感銘を受けるだらう。英雄ポロネーズの風格と力強さも素晴らしい。(2022.4.18)


アウアーの遺産第3巻
ダヴィド・ホッホシュタイン(vn)
ミロン・ポリアキン(vn)
マックス・ローゼン(vn)
ミッシャ・ヴァイスボード(vn)
[APR 7017]

 アウアー門下の稀少録音集第3巻2枚組。2枚目。ブラームスのワルツを編曲して人口に膾炙させたホッホシュタインは1916年の録音2曲が収録されてゐる。音が古いのと演奏に覇気がないので感銘は皆無だが、ブラームスのワルツが聴けるのは一種特別な価値がある。若くして没した名手ポリアキンの録音が白眉だ。晩年の記録だが、大曲「クロイツェル・ソナタ」が聴ける。フラジオレットとポルタメントを融合して演奏する個性的な演奏で面白く聴ける。それ以上に、シューベルトのドイツ舞曲D783-3を侘しい泣き節で歌つたのは絶品だ。ローゼンは有名曲ばかりを5曲、在り来たりな解釈で演奏してをり詰まらない。選曲、演奏ともに独創性に欠ける。一方、認知度の極めて低いヴァイスボードはリースの珍曲やサラサーテとフバイの技巧曲を挑戦的に演奏してをり天晴れだ。(2022.4.15)


ハイドン:交響曲第44番「悲しみ」、同第95番、同第98番
ベルリンRIAS交響楽団
フェレンツ・フリッチャイ(cond.)
[DG 00289 479 2691]

 DG録音全集第1巻45枚組。フリッチャイは往時ハイドンを積極的に取り上げた数少ない指揮者のひとりだ。第44番と第95番といふ短調作品のアルバムは意欲的な取り組みである。特に「悲しみ」は疾風怒濤期の録音としては最初期のもので特筆される。演奏は極めて浪漫的で時代を感じるが、全体的には木目細かく楽曲に切り込んでをり流石だ。肝心の第1楽章がべたついてをり面白くないが、疾駆する第4楽章の劇的昂揚は絶品だ。ハ短調交響曲は軽妙さを演出した演奏で短調作品としては物足りないのだが、第1楽章第2主題や第3楽章トリオの晴れやかさは見事だ。抱き合はせの第98番が名演だ。第2楽章の滋味豊かな音楽は風格がある。躍動する第4楽章は弛緩することなく多彩な表情を聴かせて呉れる。(2022.4.12)


ベートーヴェン:交響曲第9番、同第8番
レオンティン・プライス(S)/モーリン・フォレスター(A)/ジョルジョ・トッツィ(Bs)、他
ボストン交響楽団
シャルル・ミュンシュ(cond.)
[RCA 88875169792]

 RCA録音とコロムビア録音を集大成した86枚組。リヴィング・ステレオの威力が発揮された名盤である。第9交響曲は第1楽章が物凄い。終始熱量が凄まじく圧倒される。ドイツの指揮者らが奏でた霊妙で深淵な表情は一切なく、能天気に音を鳴らし切るのだが、極上の録音により抗ふことの出来ない快楽に溺れる。天晴だ。第2楽章も痛快で、情愛ある第3楽章もミュンシュならではだ。豪華歌手陣を配した第4楽章は壮麗極まりない。この曲に精神性を求める方には暴挙に近い演奏だが、祝典的な音楽としては圧倒的な成果を上げてゐる名演だ。第8交響曲はミュンシュには打つて付けの楽想で、底抜けに明るく豪快な笑ひを撒き散らして行く。小さく纏めることはなく、振り切つた極上の名演だ。この曲は両端楽章の緊密な書法が特徴で、細部の表情まで分離よく聴き取れる録音でこそ真価を発揮する。内声部が分厚い響きを保ち沸き立ち乍ら、高音と低音の声部が凌ぎを削るのだ。(2022.4.9)


ブラームス:弦楽四重奏曲第1番
ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第14番
ブッシュ弦楽四重奏団
[melo CLASSIC MC 4000]

 愛好家を驚愕させたmelo CLASSIC。神々しきブッシュSQの記録とあれば愛好家は看過出来ない。1951年1月25日、フランクフルトにおけるライヴ録音で最後期の演奏記録だ。最も得意とした演目の2種類目の音源を有り難く拝聴しよう。ブッシュSQは2曲とも全盛期に決定的な名盤を残してゐる。だから、それ以上の感銘を求めることは出来ない。しかし、活動を重ねた末の枯れた侘び寂びの境地はまた別の味はひがあるものだ。ブラームスの第2楽章やベートーヴェンの長大な変奏曲は精悍な旧録音からは得られない深みがある。(2022.4.6)


パーロフォン録音
バッハ/パラディエス/モーツァルト/シューベルト/ショパン/シューマン
クラランス・レイボールド(cond.)、他
アイリーン・ジョイス(p)
[DECCA 482 6291]

 オーストラリア出身の才色兼備ジョイスの5つのレーベルに跨る録音を集成した豪エロクアンスによる渾身のセッション録音全集。1枚目。パーロフォン録音は先に英APRが復刻をしてをり、当盤は英APRリマスターを借用してゐる。収録曲は古典から初期ロマン派の作品集で、珠玉のやうなタッチを味はへる。バッハの幻想曲とフーガBWV.944はグレインジャーの演奏を髣髴とさせる浪漫的な名演だ。モーツァルトは可憐な演奏で美しいが特徴は薄い。ロンドK.386はレイボールドの伴奏が非道くて残念だ。シューベルトが抒情的で見事だ。仄暗いアンダンテの含蓄、翳りのある2曲の即興曲、何も名演だ。ショパンはノクターン2曲、幻想即興曲、子守歌で佳演揃ひだ。シューマンはノヴェレッテ2曲と色とりどりの小品からといふ通好みの選曲で演奏も抜群だ。(2022.4.3)


ハーマン:サイコ、マーニー、北北西に進路を取れ、めまい、ハリーの災難
ロンドン・フィル
バーナード・ハーマン(cond.)
[DECCA 485 1585]

 映画音楽の巨匠ハーマンのデッカ・フェイズ4録音7枚組。愛好家必携のオリジナル・アルバムでの復刻だ。1枚目。1968年に録音された”The Great Movie Thrillers”と題されたアルバムで、ヒッチコックの恐怖映画音楽集だ。ハーマンは指揮者としても有能で、自作自演という意義を超えた演奏を聴かせる。ロンドン・フィルが恐ろしく巧い。嬉々として情感豊かな音楽に溺れてゐる。「マーニー」前奏曲の目眩くやうな音の洪水は抗し難い快楽だ。「めまい」の愛の場面も尋常でない情感の深さだ。そして、何よりも「サイコ」での不協和音の効能は後世に絶大な影響を及ぼした。これを聴かずには始まらない究極の名盤だ。(2022.3.30)


サティ:貧者のミサ、ソクラテス、他
フランシス・プーランク(p)
マリリン・メイソン(org)/デイヴィッド・ランドルフ(cond.)、他
パリ・フィルハーモニー管弦楽団
ルネ・レイボヴィッツ(cond.)
[CHERRY RED RECORDS ACMEM130CD]

 1950年代前半に行はれたサティの先駆的な録音集。まず、最初にプーランクによるピアノ作品集13曲分が収録されてゐる。これは1950年の米コロムビアへの録音で、既に仏ACCORDから復刻が出てをり別項で述べたので割愛する。当盤の目当ては米國のEsotericといふレーベルが録音した貧者のミサとソクラテスの復刻で、あらゆる点で稀少価値がある1枚と云へる。貧者のミサは1951年の録音で、ランドルフ指揮、メイソンのオルガンによる演奏だ。合唱よりもオルガンが主役の楽曲である。中世的な趣が強く、サティらしさやフランスのエスプリは影を潜めてゐるのが面白い。交響的ドラマと銘打たれたソクラテスは鬼才レイボヴィッツによる1952年の世界初録音だ。サティ最大の大作に取り組んだ記念碑的な録音であり、愛好家は看過出来ない。(2022.3.27)


バッハ:2つのヴァイオリンの為の協奏曲
ベートーヴェン:交響曲第8番、同第9番第4楽章
ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団
ヘルマン・アーベントロート(cond.)、他
[Tahra TAH 382/385]

 ドイツ帝国放送―RRG録音4枚組。1枚目はアーベントロートの名演集だ。録音年不詳のバッハは当盤でしか聴けない音源だ。演奏は大したことないが、古き良きドイツの荘重で情感豊かな音楽に浸れる。1944年12月27日録音のベートーヴェンの第8交響曲は不思議な魅力のある玄人好みの名演だ。切れ味は全くなく、響きの洗練さもない。楽器の鳴りは悪く模糊としてゐるが、Tuttiでは絶妙に配合され、質実剛健、雄渾、ドイツの伝統的なベートーヴェンを現出させる。今日では却つて真似の出来ない得難い演奏をしてゐる。魂が燃焼する演奏はこの曲の本質を突いてをり良い。1939年大晦日の第9交響曲は終楽章だけしか録音がないが、手兵ゲヴァントハウス管弦楽団との演奏なので大変重要だ。グラインドルの恰幅が良いのと、神秘的で美しい合唱は特筆して置きたい名演だ。(2022.3.24)


ベートーヴェン:チェロ・ソナタ第1番、同第2番、同第3番
フリードリヒ・グルダ(p)
ピエール・フルニエ(vc)
[DG 00289 479 6909]

 DG/Decca/Philips全集25枚組。11枚目。フルニエは短期間に都合3回ベートーヴェンのチェロ・ソナタ全集を録音した。ピアニストは順にシュナーベル、グルダ、ケンプだ。これは2番目、1959年のグルダ共演盤で、忌憚なく申せばこれが最も上出来だ。シュナーベル盤ではピアノに負けてをり、ケンプ盤は合奏に難があり手放しで称賛出来ない。グルダ盤は断然ピアノに活気があり、アンサンブルが抜群に巧いのだ。フルニエも潤ひがあり、絶頂期であることを感じる。第1番第1楽章主部が始まる箇所の期待に溢れた愉悦には妙味がある。第2楽章の躍動も絶品だ。第2番第2楽章も魅惑に溢れてゐる。第3番も見事だが、柔和さが勝るのでもう少し力強さが欲しくなる。(2022.3.21)


イベール:寄港地、ジュピターの恋、「ドン=キホーテ」より4つの歌
フョードル・シャリアピン(Bs)
パリ・オペラ座管弦楽団
ジャック・イベール(cond.)
[EMI CDM 7 63416 2]

 イベールの自作自演だ。1933年に吹き込まれた映画音楽「ドン=キホーテ」はシャリアピンとの共演でよく知られた録音であり、ここでは割愛する。重要なのは戦後1954年に録音された、代表作「寄港地」とバレエ音楽「ジュピターの恋」だ。寄港地には初演者パレーの決定的名盤があるので、自作自演と云へ敵はない。しかし、大変立派な指揮振りで愛好家は必聴だ。さて、珍しい「ジュピターの恋」が素晴らしい。演奏時間34分で完全版での録音ではないが、曲はイベールの妙味が詰まつた逸品だ。演奏も極めて精彩に富んだ見事なものだ。(2022.3.18)


ドヴォジャーク:スラヴ舞曲第1番、同第3番、同第8番、同第10番、同第15番
スメタナ(セル編):弦楽四重奏曲第1番「我が生涯より」
クリーヴランド管弦楽団
ジョージ・セル(cond.)
[SONY 88985471852]

 遂に集成されたセル大全集106枚組。5曲のスラヴ舞曲は記念すべきクリーヴランド管弦楽団との初セッション録音である。相当な自信をもつて取り組まれたと感じる究極の名演揃ひである。同世代の指揮者とは全く異なる近代的な合奏を実現してをり驚かされる。くつきりした輪郭の響きと爽快なリズムはセルとクリーヴランド管弦楽団が既に完成してゐることを示す。有名曲だけの選曲も良く、後年の全曲録音よりも気楽に楽しめる。弦楽四重奏曲をセルがオーケストレーションした珍しい録音は興味を惹くが、編曲は管楽器が添へ物のやうで原曲を厚化粧した感が強く釈然としない。クリーヴランドへのデヴューを果たした際の記念すべき演目であり、特別な意味を持つとは云へ、下手物の域を出ない。蓋し演奏そのものは熱気があり素晴らしい。(2022.3.15)


私的録音集
ベートーヴェン/シュトラウス/ブラームス/ヴォルフ/シューベルト/ハイドン/ヘンデル
フリッツ・ヴンダーリヒ(T)、他
[DG 476 5244]

 貴重な音源で蒐集家は見逃せない1枚だ。”Privat”と銘打たれたヴンダーリヒの私的録音集である。演目はベートーヴェン「君を愛す」、シュトラウス「私は愛を抱ひてゐる」「セレナード」、ブラームス「日曜日」「窓辺にて」「あるソネット」「五月の夜」、ヴォルフ「コウノトリの使ひ」、シューベルト「別れ」、ハイドンのスコットランド民謡集から5曲だ。更に3曲の練習風景も収録。シュトラウス「チェリーリエ」、ベートーヴェン「君を愛す」、ヘンデル「セルセ」の「地獄の残酷な女神め」だ。1962年から1966年にかけての記録で音質は様々だが、どれも聴きやすい。気負ひなく美声を確かめるやうに歌ひ、リリコ・テノールの精髄を聴くことが出来る。珍しいハイドンが取り分け美しい。(2022.3.12)


メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲
プロコフィエフ:ヴァイオリン協奏曲第2番
ボストン交響楽団
シャルル・ミュンシュ(cond.)
ヤッシャ・ハイフェッツ(vn)
[RCA 88697700502]

 オリジナル・ジャケット・コレクション全集103枚組。ステレオで録音された究極の名盤のひとつである。メンデルスゾーンは辛口で爽快な名演。強めのアタックによるスクラッチノイズはハイフェッツの特徴で、メンデルスゾーンでも遠慮することなく筋を一本通すのだ。ハイフェッツには幾つも録音が残るが内容が本当に良いのはトスカニーニとのライヴ録音だらう。プロコフィエフは燦然たる技巧で攻めた絶対的な演目で、他の奏者の整つただけの演奏は生温い。さて、この曲にはクーセヴィツキーとの2種の録音もあり、よりmarvelousなハイフェッツの魅力を聴けるのは旧盤の方だ。クーセヴィツキーの骨太で神秘的な伴奏も良い。同じボストン交響楽団でもミュンシュが引き出す響きは憂ひがなく幾分遜色があるのだ。(2022.3.9)


1909年&1912年グラモフォン録音
1928年ヴィクター録音
マルタ・レマン(p)
マヌエル・キロガ(vn)
[OUVIRMOS VR0106]

 これはスペインで発売された書籍扱ひの商品である。特別な経路で入手した。2冊あり、こちらはグラモフォンへのアコースティック録音8曲と電気録音でのキャムデン・ヴィクター録音4曲から構成される。キロガの復刻は英SYMPOSIUMによつて殆ど行はれてゐたのだが、当盤では初復刻と思はれる2つの音源があり、蒐集家には看過出来ない1枚である。1909年の録音と思はれるホセ・デル・イエロ「カプリッチョ・ホタ」と1912年のサラサーテ「ホタ・ナバラ」だ。サラサーテは2種収録されてゐるので、一方が初出音源である。グラモフォン録音は音が貧しいので飽くまで蒐集家向けである。キロガのディスコグラフィーは不明点が多く、まだまだ商品化されてゐない音源もありさうだ。或いは完全に失はなれて仕舞つたかも知れぬ。(2022.3.6)


シューマン:子供の情景
シューベルト:即興曲第4番、独創的舞曲と感傷的なワルツより7曲、セレナード
ヘンデル/ドゥセック/W.F.バッハ/モーツァルト/トムソン/メンデルスゾーン/ニコラウス/カゼッラ/ロッシ/ラモー
マリラ・ジョナス(p)
[SONY 88985391782]

 ジョナスの全録音4枚組。4枚目。ショパン以外の録音を纏めた1枚だ。録音時期は最初の1946年から最後の1951年までかかつてゐる。古典作品ではヘンデル「パッサカリア」の凛とした厳粛さ、フリーデマン・バッハ「カプリッチョ」の技巧的な諧謔さ、ロッシ「アンダンティーノ」の気品ある佇まひ、ラモーの2曲のメヌエットの侘び寂びが印象深い。浪漫作品では仄暗きシューベルトが絶品だ。即興曲D889-4の儚き詩情、リスト編曲のセレナードの溜息に陶然となる。それ以上に36の独創的舞曲と34の感傷的なワルツから自在に7曲編んだ演奏が傑作だ。メンデルスゾーンの無言歌から2曲も美しい感傷に導かれる名演だ。ジョナス唯一の大曲録音シューマン「子供の情景」は素晴らしい出来だが、構成美に乏しいからか感銘は薄い。近代作品では、ニコラウス「オルゴール」の趣向的な表現力、カゼッラ「ボレロとギャロップ」でのリズムの躍動に魅せられる。ジョナスの真価を見出し名を広めた評論家にして作曲家のヴァージル・トムソンの作品も録音してをり微笑ましい。残された数少ない録音に不出来な演奏がひとつもなく、絶望的な美しさを秘めてゐる、それがジョナスだ。(2022.3.3)


ベートーヴェン:交響曲第1番、同第8番
フランス国立管弦楽団
ポール・パレー(cond.)
[Spectrum Sound CDSMBA071]

 デトロイト交響楽団勇退後のフランスにおけるライヴ録音集2枚組。2枚目。パレーが振るベートーヴェンは我流の大変個性的な解釈で成功失敗に関係なく面白く聴ける。兎にも角にも明るく軽く逞しいのだ。第1番は1966年11月8日のライヴ録音で、快活な終楽章を筆頭に健全なベートーヴェンを楽しめる。晩年の1973年11月14日の記録である第8番では第1楽章展開部の白熱した追ひ込みがパレーならではの力強さだ。終演後の喝采も頷ける豪放磊落な名演の連続である。(2022.2.27)


モーツァルト:弦楽四重奏曲第1番K.80、同K.136、同K.137、同K.138、弦楽五重奏曲K.46[偽作]
ヴィルヘルム・ヒューブナー(va)
バリリ弦楽四重奏団
[Universal Korea DG 40020]

 ウエストミンスター・レーベルの室内楽録音を集成した59枚組。韓国製だがオリジナル仕様重視で大変立派な商品だ。バリリSQはベートーヴェンよりもモーツァルトに適正があつたやうに感じる。芳醇な歌が溢れてをり、流麗で音楽に精彩があるのだ。ロディと称される素朴な第1番もバリリSQの爛熟の演奏で雄弁さを獲得する。ザルツブルク・シンフォニー3曲でも中庸のテンポで細部の音まで歌ひ抜くことで全声部が語り掛け、曇りのない美しさを聴かせる。見事だ。偽作扱ひの五重奏曲は貴重だ。優美で陰影がある素晴らしい演奏だ。(2022.2.24)


ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第21番、同第31番、同第6番第2楽章、同第18番第2楽章と第3楽章、ロンド
リスト:ため息、小人の踊り
ブラームス/ショパン/ルビンシテイン/グリンカ
フレデリック・ラモンド(p)
[APR 7310]

 英APRによるリストの高弟ラモンドの復刻選集3枚組。3枚目。ヴァルトシュタイン・ソナタと作品110のソナタはかつて英Biddulphから発売されてゐた音源である。ラモンドは貶されることが多いが、第31番では特に技巧が破綻してをり、商業用録音としては通用しない代物である。さて、Biddulph盤には収録されてゐなかつた第6番や第18番の楽章断片やロンドOp.51-2が聴けるのは嬉しい。また、ブラームスのカプリッチョOp.76-2、ショパンのノクターン第10番、ルビンシテインの舟歌第3番、バラキレフ編曲のグリンカ「雲雀」が収録されてゐる。抒情的なグリンカが物悲しく美しい。この3枚組の音源がラモンドの電気録音の全てであり、演目は殆どリストとベートーヴェンであることが解る。さて、最後に晩年の1941年、DECCAに2曲のリストを吹き込んでゐた。ため息と小人の踊りである。このAPR盤はラモンドのリスト録音全部を完全に纏めたものとして重要だ。(2022.2.21)


ハイドン:交響曲第99番、同第100番「軍隊」、協奏交響曲
フィルハーモニア・フンガリカ
アンタル・ドラティ(cond.)
[DECCA 478 1221]

 ドラティ最高の偉業であるハイドン交響曲全集33枚組。第99番では立体的な音楽を聴かせる第1楽章、情感豊かな第2楽章が絶品だ。この曲の屈指の名演として記憶したい。軍隊交響曲が秀逸の出来栄えだ。標題性に捕らはれずにハイドンの意匠を実直に表現する。全楽章揺るぎのない気品ある音楽が聴く者を魅惑する。刺激は少ないが、ドラティの録音の中でも特に優れた名演だらう。さて、第105番ともされるシンフォニア・コンチェルタンテが最も素晴らしいのだ。この曲の録音には名手を適宜揃へたものや、首席奏者らを抜擢したものがあるのだが、不慣れなこともあり正直申して完成度が低いものばかりであつた。その点、ドラティ盤の仕上がりは完璧である。4名のハンガリー人による首席奏者らはハイドン全曲を演奏してきた達人たちであり、ドラティの棒の下で一丸となつた演奏を聴かせる。これこそが決定的名演であらう。(2022.2.18)


フランス・デッカ全録音
リスト:スペイン狂詩曲、泉のほとりで、忘れられたワルツ第1番、小人の踊り、パガニーニによる大練習曲(第4番、第5番、第6番)、メフィスト・ワルツ第1番
ブラームス:ヘンデルの主題による変奏曲とフーガ
アニュエル・ブンダヴォエ(p)
[Decca 484 1507]

 演奏家としての経歴を十分に楽しめなかつた幻の名手ブンダヴォエのフランス・デッカへの録音LP3枚分を復刻した2枚組。即ち1955年録音のリスト、1956年のブラームス、1957年のシューマンから成る。1枚目にはリストの全部とブラームスの大曲が収録されてゐる。リストが全て素晴らしい。絢爛たるスペイン狂詩曲も良いが、パガニーニ大練習曲が驚異的な名演で、技巧の切れに惚れ惚れする。泉のほとりでの研ぎ澄まされた美しい音色も素敵だ。ブラームスにも抹香臭さがなく、華麗に映える演奏がブンダヴォエの特徴だ。(2022.2.15)


ドヴォジャーク:ヴァイオリン協奏曲
バッハ:無伴奏ソナタ第3番よりアダージョとフーガ
タルティーニ:悪魔のトリル、他
パウル・ファン・ケンペン(cond.)、他
オットー・グラエフ(p)
ヴァーシャ・プシホダ(vn)
[SYMPOSIUM 1266]

 円熟期のプシホダの名演集。音質も最上級で愛好家なら蒐集してをきたい1枚だ。ドヴォジャークの協奏曲には5種類もの録音があるが、唯一のセッション録音であるケンペン盤が最も美しい。後年のライヴ録音に比べると妖艶さは薄いが、技巧が精緻この上なく、伴奏も万全なのだ。バッハはPodiumからも復刻がある。美音の洪水で異端の演奏だ。1939年録音のタルティーニが重要だ。技巧が抜群なのは述べる迄もないが、哀愁を帯びた歌との対比が絶妙なのだ。そして、プシホダ作のカデンツァの蠱惑的な魅了は尽きるところを知らない。余白に十八番であるパガニーニ「ネル・コル・ピュウ」とバッツィーニ「ロンド・デ・ルタン」が収録されてゐる。パガニーニは1938年の録音、バッツィーニは1935年の録音で、プシホダが如何に絶対的であつたかを教へて呉れる究極の名演だ。左手ピッツィカートがかくも鮮烈に決まつた演奏はない。(2022.2.12)


ハイドン:交響曲第85番「王妃」、同第86番 、同第87番
スイス・ロマンド管弦楽団
エルネスト・アンセルメ(cond.)
[DECCA 0289 482 1235 4]

 アンセルメのDECCA録音よりフランス音楽とロシア音楽以外、即ちドイツ音楽を中心に集成をした31枚組。パリ・セットの重要な名盤である。上品な中間色を用ゐた穏健な仕上げだが、仄かな色気があるのが良い。「王妃」と呼称される第85番は優美さと愛らしさが随所にありこの曲の屈指の名演だ。表情豊かな第2楽章が殊の外美しい。第86番も華美だが、肝心の第1楽章に推進力がなく良くない。次第に調子が良くなり、瀟洒な第4楽章は見事な出来だ。第87番が最も素晴らしい。第1楽章から活気に満ちてをり魅了される。終楽章も熱気と華やかさが溢れた極上の名演だ。(2022.2.9)


ベニャミーノ・ジーリ(T)
HMV録音集(1946〜47年)
[Naxos Historical 8.111101]

 Naxos Historicalによるセッション録音の復刻第12巻。ここから戦後録音で、ロンドンでのアビー・ロード・スタジオやキングズウェイ・ホールでの録音である。基本的には戦前に吹き込んだ曲の再録音ばかりである。歌劇の録音では「ユダヤの女」「イースの王様」「マノン」「ウェルテル」「カヴァレリア・ルスティカーナ」があり、どれも抗し難い魔力がある。特にマスネの2曲の柔和な表情は流石だ。他はトスティなどの絶対的なイタリア歌曲の名唱があり、ジーリの魅力が全開だ。シューベルト「アヴェ・マリア」やショパンの「別れの曲」を編曲したものも、ジーリ特有の節回しによつて一種特別な味はひを楽しめる。(2022.2.6)


ヒンデミット:チェロ協奏曲
サン=サーンス:チェロ協奏曲第1番、アレグロ・アパッショナート、白鳥
ピアティゴルスキー:パガニーニの主題による変奏曲、他
パウル・ヒンデミット(cond.)/ドナルド・ヴォーヒーズ(cond.)、他
グレゴール・ピアティゴルスキー(vc)
[West Hill Radio WHRA 6032]

 M&A系列のWest Hill Radioによるピアティゴルスキー稀少録音集6枚組。3枚目。まず、1943年12月15日に作曲者自身がCBS交響楽団を指揮したヒンデミットの協奏曲が桁違ひの名演だ。冒頭からぎつちり精魂を込めたTuttiの音に腰を抜かす。これぞ自作自演の醍醐味だ。ピアティゴルスキーも難所を物ともせず渾身の技巧を披露する。競合盤は少ないが、これは決定的名演と云つてよい。続いて、1943年4月4日、1945年5月11日、1951年6月18日の3種のライヴ音源が収録されてをり全て管弦楽伴奏である。最も重要なのは自作の変奏曲で、パガニーニのカプリース第24番の主題を変幻自在に演奏したものだ。圧倒的な技巧と朗々たる音色に脱帽だ。大曲ではサン=サーンスの協奏曲第1番がある。これも素晴らしい。アレグロ・アパッショナートや白鳥もピアノ伴奏とは異なつた妖艶さが聴ける充実した名演だ。ルビンシテイン「メロディー」、ラヴェル「ハバネラ形式の小品」、得意としたヴェーバー「アダージョとロンド」も豪華な名演。トゥーレルの歌に助奏をしたマスネ「エレジー」、ピアーズの歌に助奏したラフマニノフ「歌ふなかれ美しき人よ」が素敵だ。この1枚はピアティゴルスキーの絶頂が聴け、良くない演奏などひとつもない。(2022.2.3)


ハイドン:交響曲第104番
ブラームス:ヴァイオリン協奏曲
シューマン:交響曲第2番
ヘンリク・シェリング(vn)
フランス国立管弦楽団
カール・シューリヒト(cond.)
[Altus ALT172/3]

 フランス国立視聴覚研究所所蔵の音源でシューリヒトの真価を問ふ本邦Altusレーベルの好企画。1955年9月のモントルー音楽祭でのライヴ録音で、ハイドンとシューマンはかつて仏DISQUES REFRAINから発売されてゐたが入手は相当困難であつたので有難い。さて、この日のシューリヒトは絶好調なのだ。ハイドンは識者にはよく知られた名演で、この曲の最高峰とも云ふべき存在だ。細部の問題点を指摘することは可能だが、ハイドンにおいては音楽が活きてゐるかが最も重要で、これ程までに魅惑的な演奏はない。即興の極みでテンポと表情が大胆に変化する。これは真似出来ない唯一無二の名演だ。ブラームスは何と云つてもシェリングが素晴らしい。シューリヒトにはフェラスとのDecca正規録音があるが、断然こちらの演奏が良い。堅固で情熱的で雄渾さがある。この曲の忘れがたき名演と絶讃したい。得意としたシューマンも緩急自在で極上の名演だ。Deccaへの正規録音は淡白に感じたが、このライヴ録音は浪漫的な広がりがあり素晴らしい。特に前半2楽章の昂揚が良く、甲乙付け難い。(2022.1.30)


キャスリーン・フェリアー(A)
スタンフォード/パリー/ヴォーン=ウィリアムズ/ブリッジ/ウォーロック
パーセル/ヘンデル/ヴォルフ/イェンセン/バッハ
フレデリック・ストーン(p)/フィリス・スパー(p)/ミリセント・シルバー(cemb)/ジョン・ニューマーク(p)
[DECCA 478 3589]

 英國の伝説的なコントラルト歌手フェリアーの録音を集成した14枚組の箱物。6枚目。都合4種類の音源から構成。重要なのは、ストーンの伴奏で英國歌曲を歌つた1952年6月5日のBBC放送録音だ。スタンフォード2曲、パリー、ヴォーン=ウィリアムズ、ブリッジ、ウォーロック2曲、ブリテンやヒューズが編曲した民謡3曲、計10曲を歌つてをり、他では得られない感銘深い歌唱の連続だ。フェリアーの声を直截的に鑑賞出来る逸品ばかりで、弱音での美しさは神秘的ですらある。次に1949年10月16日、ノルウェーでの放送音源でスパーの伴奏でパーセルとヘンデルの歌劇を2曲ずつとヴォルフのメーリケ歌曲集4曲とイェンセンが聴ける。これも大変素晴らしい。最後に1949年のBBC放送録音でシルバーのハープシコードでバッハのシェメッリ賛美歌集より2曲、1950年ワシントンでのBWV.508のアリアが収録されてゐるが、前者は録音状態が極めて劣悪で鑑賞には適さず、記録としての価値だけに止まる。(2022.1.27)


プロコフィエフ:ピアノ協奏曲第3番、トッカータ(2種)、束の間の幻影(6曲)
シューマン:トッカータ
パリ音楽院管弦楽団
アンドレ・クリュイタンス(cond.)
サンソン・フランソワ(p)
[ERATO 9029526186]

 没後50年記念54枚組。3度目となる大全集で遂にオリジナル・アルバムによる決定的復刻となつた。3枚目。新進気鋭の鬼才として登場した1953年の録音。協奏曲はクリュイタンスとコンセール・ヴァトワールとの共演で華やかさを加へた高名な名盤だ。ロシア・アヴァンギャルドの要素ではなく、パリの頽廃的な色彩を聴かせる個性的な演奏として唯一無二の存在だ。束の間の幻影は6曲を抜き出して弾いたもので瀟洒だ。一際強い感銘を残すのがトッカータだ。単なる技巧的な見世物ではなく、狂気を感じさせるのはフランソワだけの凄みだ。さて、トッカータは2種収録されてをり、僅か1年違ひ1953年と1954年の録音がある。演奏内容はほぼ同じだが、後者はシューマンのトッカータとの比較鑑賞をする乙な企画の録音だ。このシューマンが万華鏡のやうな絶品なのだ。再録音もないので重要だ。(2022.1.24)


ハイドン:交響曲第9番、同第10番、同第11番、同第12番
フィルハーモニア・フンガリカ
アンタル・ドラティ(cond.)
[DECCA 478 1221]

 ドラティ最高の偉業であるハイドン交響曲全集33枚組。ドラティの全集の真価は通常聴かれない作品を、有名曲と同じ意気込みと出来栄えで聴けることにある。初期交響曲を充足感をもつて鑑賞出来るのは強みである。第9番ハ長調は平明な3楽章制の曲だが、メヌエットで終はるのは異例で面白い。無窮動で快活な第1楽章も爽快だ。第10番ニ長調も3楽章制で、華麗な終楽章が痛快だ。流麗な第2楽章も美しい。第11番変ホ長調は緩-急-舞-急の4楽章制で、様相は調性的が同じ第22番「哲学者」に酷似してゐる。トリオ・ソナタ風の第1楽章に個性がある。第12番は大変珍しいホ長調による3楽章制の作品だ。ホ短調に転じたシチリアーナ調の第2楽章の荘重さは初期交響曲の中でも特別な深みがある。演奏はどれも見事の一言に尽きる。(2022.1.21)


ベートーヴェン:交響曲第6番「田園」、同第8番
ウィーン・フィル
フランツ・シャルク(cond.)
[Dante LYS 236-237]

 シャルク録音全集2枚組。2枚目。1928年4月に録音されたベートーヴェンは非常に興味深い内容だ。マーラーが指揮者といふ存在を押し上げ「指揮者の時代」の先鞭を付けたが、ウィーン・フィルは自主独立の気風を強く持ち続けた数少ないオーケストラである。歌劇場付きであることも理由のひとつだらう。確認出来る最初期の録音からその独特な性格を聴くことが出来るのだ。何と云つてもヴァイオリンの奏法が後のウィーン・フィルと全く違ふ。コンツェルトマイスターのロゼーの支配力が如何に絶大であつたかを示すのだ。ノン・ヴィブラートによるテヌート奏法が全体を貫く。シャルクの颯爽とした棒と純度の高いロゼーのボウイングが融合した一種特別な演奏で、歴史的にも意義のある録音なのだ。(2022.1.18)


クレメンティ:ソナタト短調Op.34-2、同へ短調Op.13-6、同嬰へ短調Op.25-5
ウラディミール・ホロヴィッツ(p)
[RCA&SONY 88697575002]

 RCAとSONYのオリジナル・ジャケット・コレクション70枚組。クレメンティの真価を最初に発見したのはホロヴィッツだ。1954年に製作されたアルバムは全て短調作品から選ばれ、疑ひなくベートーヴェンに影響を与へた幻想的な浪漫性と前衛的な技法を聴くことが出来る。モーツァルトを苛立たせた音楽は様式美を超えた表現力の塊なのだ。ホロヴィッツはこの独創的な創作を不気味な焔を漂はせて演奏する。最大の聴き物はト短調の第1楽章で、コーダへ向かつての激情的な昂揚はクレメンティ再発見の一助となるであらう。3曲とも決定的名演で底知れぬ感銘を残して呉れる。尚、クレジットではへ短調はOp.14-3、嬰へ短調はOp.26-2と表記があるが、今日ではOp.13-6、Op.25-5と振られてゐるので注意が必要だ。(2022.1.15)


マリピエロ:交響曲第7番「カンツォーネ風」
カゼッラ:シャコンヌ(バッハ原曲)
トリノRAI交響楽団
ディミトリ・ミトロプーロス(cond.)
[WARNER FONIT 5050466-3127-2-3]

 2枚組2枚目。超が付く珍音源。ミトロプーロスにこのやうな録音があつたとは驚きで、知らない方も多からう。トリノRAI交響楽団を振つた1950年6月2日のライヴ録音で、現代イタリア音楽を嬉々として聴かせて呉れる。マリピエロの交響曲は各楽章が突然終はるのが特徴で、オネゲルのやうな響きの前衛的な部分もあればショスタコーヴィチのやうな痛切な歌もあり、ミトロプーロスのやうな適切な解釈者に掛かると面白く聴ける。歌謡性のある第2楽章と第4楽章が良い。さて、カゼッラがバッハのシャコンヌを色彩豊かに編曲した作品が抜群に面白い。ブゾーニやレスピーギの伝統を継承した試みで、如何にバッハの名曲が交響的であるかを原曲を貶めることなく立証した。ミトロプーロスの演奏も見事の一言に尽きる。(2022.1.12)


ブラームス:弦楽五重奏曲第1番、弦楽六重奏曲第2番
ウィーン・コンツェルトハウス弦楽四重奏団、他
[Universal Korea DG 40020]

 ウエストミンスター・レーベルの室内楽録音を集成した59枚組。韓国製だがオリジナル仕様重視で大変立派な商品だ。五重奏曲はヴィオラにフェルディナンド・シュタングラーを迎へての演奏でこの曲の重要な名盤である。第1楽章から温かい情感が溢れてをり、これぞブラームスの真髄とも云ふべき音楽が展開する。快活な音楽を展開する終楽章も颯爽としてをり良い。程よい甘さが渋みを緩和した魅惑的な名演であり愛好家必聴だ。六重奏曲はヴィオラにヴィルヘルム・ヒューブナー、チェロにギュンター・ヴァイスを加へての演奏。ウィーン情緒を前面に出した甘美さが特徴の演奏で、第1楽章第2主題の芳醇な美しさは比類がない見事さだ。哀愁を帯びた第2楽章も素晴らしい。アガーテと呼ばれるこの曲の屈指の名盤なのだ。(2022.1.9)


マスカーニ:「カヴァレリア・ルスティカーナ」
レナータ・テバルディ(S)/ユッシ・ビョルリンク(T)/エットーレ・バスティアニーニ(Br)、他
フィレンツェ五月祭管弦楽団/アルベルト・エレーデ(cond.)
[DECCA 4781535]

 テバルディ・デッカ録音全集66枚組。1957年の優秀なステレオ録音で、この曲の重要な名盤のひとつと云へる。兎にも角にもサントゥッツァを歌ふテバルディが素晴らしい。情念と技巧が結び付いた見事な歌唱で結晶された美しさがある。古のムツィオを別格としてサントゥッツァ役としては第一としても良からう。次いで良いのがエレーデの指揮だ。冒頭から抒情美が滴り、切なく甘い情感がこれほど活きた演奏はあるまい。間奏曲然り。劇的昂揚も見事で、緩急自在な棒は天晴れ。重過ぎないのも良い。ビョルリンクのトゥリッドゥは重く硬い。これは人選違ひだ。問題はバスティアニーニのアルフィオだ。難所では崩壊寸前になつてをり、ヴェルディで聴かせる高貴な威厳は武器にならず作品に嵌らない。(2022.1.6)


録音全集
ショパン、シューマン、リスト、ブラームス、ラフ、メンデルスゾーン
ウラディミル・ド・パッハマン(p)
[Marston 54003-2]

 奇人パッハマンの待望された録音全集4枚組。3枚目。前半が1915年から1916年の英國コロムビア録音、後半が戦後の1923年から1924年のヴィクター録音だ。演目はショパン以外では、シューマン「気紛れ」「ノヴェレッテ第1番」「預言の鳥」、リスト「愛の夢第3番」「ポロネーズ第2番」「リゴレット・パラフレーズ」、ラフ「糸を紡ぐ女」、メンデルスゾーン「春の歌」、そして唯一の演目となるブラームスのカプリッチョOp.76-5は大変珍しい。未発売だつた「雨だれ」のプレリュードやシューマンのノヴェレッテの別テイクも丁寧に収録してゐる。ショパンではソナタ第3番第2楽章やエコセーズは重複がないので重要だ。どの演奏も自由気儘に弾くので、唯一無二の美しい瞬間もあるし、型崩れが気になる瞬間もある。それがパッハマンだ。(2022.1.3)


ハイドン:交響曲第101番、同第99番、協奏交響曲
NBC交響楽団、他
アルトゥーロ・トスカニーニ(cond.)
[RCA 88697916312]

 RCA録音全集84枚組。トスカニーニは時計交響曲を得意とし、録音も最初期から行つてゐた。晩年の録音である当盤は集大成とも云ふべき名演かと思ひきや感銘が弱い。良くも悪くもNBC交響楽団は老いて行くトスカニーニの硬い音楽に染まり過ぎて威圧的で、ハイドンの音楽から優美さや微笑みが消えて仕舞つた。実はこの曲ではニューヨーク・フィルとのセッション録音とライヴ録音の方が断然良いのだ。第99番が名演だ。特に第2楽章での情感の豊かさは美しい。全楽章熱量もあり、音楽が邁進してゐる。ミッシャ・ミシャコフやフランク・ミラーなどの首席奏者を据ゑてのコンチェルタンテは独奏者に然程魅力を感じることは出来ないのだが、トスカニーニの棒の下、表情豊かな演奏を繰り広げてをり、全体的には面白く聴ける。(2021.12.30)


リア・ギンスター(S)
シューマン:女の愛と生涯
シューベルト/シューマン/ブラームス/シェック
[PREISER RECORDS 89227]

 2枚組の2枚目。1943年と1944年のHMVへの録音集。シューマン「女の愛と生涯」といふ大物録音が聴ける。可憐なだけでなく情愛の深さを込めた名唱だ。密やかな想ひの中に瞬間的に感情が溢れ出てをり、含蓄豊かだ。この曲の隠れた名盤で、愛好家には一聴をお薦めしたい。シューベルト「岩の上の羊飼ひ」が絶品だ。ギンスター絶頂期の録音であり、技巧と表現が一体となつた麗しき名唱である。ヴィオラの助奏を伴ふブラームス「2つの歌Op.91」はアルトの為の曲だが、ソプラノが歌ふのは興味深い。清らかな美しさがあり、作品から新しい一面を引き出した名唱だ。(2021.12.27)


ガーシュウィン:ラプソディー・イン・ブルー
グローフェ:組曲「グランド・キャニオン」より3曲
ユーゴ・ウィンターハルター(cond.)、他
バイロン・ジャニス(p)
[RCA 88725484402]

 ジャニスのRCA録音全集。オリジナル・ジャケット仕様で愛好家は必携だ。この1枚はウィンターハルター指揮とヒズ・オーケストラのアメリカ音楽アルバムといふ一面が強いが、矢張りジャニスの鮮烈さに興味を惹かれる。肝心の演奏内容だが、だうにも座りが悪い。ジャニスのピアニズムはロシア音楽と相性が良く、強靭な重さと輝かしさに特徴がある。ガーシュウィンの軽やかに疾走する音楽には体躯が良く迫力があり過ぎるのだ。オーケストラは無闇矢鱈に派手だが、この位が良いのだらう。グローフェは3曲だけの中途半端な抜粋の演奏だ。色彩豊かだが、構成が散漫で印象が弱い。(2021.12.24)


ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第9番「クロイツェル」
バッハ:シャコンヌ
エマニュエル・ベイ(p)
ヤッシャ・ハイフェッツ(vn)
[UNIVERSAL CLASSICS TOGE-11111]

 TBS VINTAGE CLASSICSの1枚。名演奏家の来日録音を復刻するシリーズだ。1954年5月6日、東京神田での公演記録。戦前に3度も来日したハイフェッツだが、戦後はこの1回のみだ。それにしても驚異的な完成度の演奏で、個性の刻印も圧巻だ。特にベートーヴェンは王者ハイフェッツの気魄充分たる魔神のやうな演奏で恐れ入る。処で、ハイフェッツはベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ全集をベイの伴奏で録音したが、クロイツェル・ソナタのみ先にブルックス・スミスと録音した為、ベイとは残してゐない。当盤の記録で全集を補完することにもならう。バッハも凄まじい演奏だが、余りにも落ち着きがなく高貴さが感じられず良くない。しかし、一気呵成に難曲を征服した腕前には平伏する。(2021.12.21)


グラズノフ:5つのノヴェレッテ
シューマン:弦楽四重奏曲第1番
ドビュッシー:弦楽四重奏曲
ハンガリー弦楽四重奏団
[Music&Arts CD-1181]

 ゾルターン・セーケイとハンガリーSQの録音集8枚組。8枚目。名演揃ひだ。グラズノフは1952年のコンサート・ホール・レーベルへの録音。多彩な性格を持つ初期の傑作を鮮やかに弾いてをり、堂に入つた名演と云へる。更には懐かしさと色付けが見事に決まつてをり比類がない。シューマンとドビュッシーは1951年夏、ロサンジェルスの南カリフォルニア大学でのライヴ録音である。軟弱に弾かれることの多いシューマンを辛口硬派の演奏で貫き通す。濃厚なボウイングで腰の強い合奏が展開される。情熱的な推進力もあつて隠れた名演として推奨したい。ドビュッシーも同様で輪郭のはつきりした淡麗な演奏である。しかし、現代の団体のやうに機能美が追求された演奏とは一線を画し、人肌の温もりが伝はる感触がある。幻想的な情緒が根底にある名演なのだ。余白にコダーイの弦楽四重奏曲第2番について語つたインタヴューを収録。(2021.12.18)


ハイドン:交響曲第84番、同第85番「王妃」、同第86番
フィルハーモニア・フンガリカ
アンタル・ドラティ(cond.)
[DECCA 478 1221]

 ドラティ最高の偉業であるハイドン交響曲全集33枚組。充実のパリ・セットだ。第84番は中では目立たぬ曲だが、第1楽章の目紛しい転調は大変素晴らしい。上品な第2楽章と第3楽章も美しい。颯爽と駆け抜ける終楽章も良い。厚みのあるドラティの演奏は格調高く見事だ。王妃の愛称で知られる第85番では第1楽章の熱気を帯びた推進力が素晴らしい。ドラティの演奏は決まつてゐる。フランスの古いロマンスを主題にした第2楽章の変奏曲では実に多彩な表情を聴かせて呉れる。フルートが洒落てゐる。優美なメヌエットと可憐なトリオも美しい。終楽章でドラティは快速のテンポを採用し躍動感抜群だ。傑作第86番はシューリヒトの決定的名演にこそ及ばないもののドラティ盤も天晴な名演だ。特に前半2楽章の推進力と語り口の雄弁さは素晴らしい。洒脱な第4楽章も理想的な名演だ。(2021.12.15)


ショパン:12のエチュード作品10、同作品25、3つの新エチュード、ピアノ・ソナタ第2番「葬送」
ロベール・ロルタ(p)
[DOREMI DHR-7994/5]

 2枚組。2枚目。エチュード計27曲は1931年、ソナタは1928年、フランス・コロムビアへの録音だ。エチュードは正直を申して芳しくない。まず技巧に不満を感じる。当時既にバックハウスの名盤が登場してゐたのだからロルタ盤は極めて不利な立場にある。だが、それよりも覇気が不足してをり音楽が面白くないのだ。勿論、ロルタの強みである抒情美を聴かせる箇所に価値はあるが、部分的に止まる。ワルツやプレリュードが素晴らしかつただけに選曲を誤つた感は否めない。ノクターンを吹き込むべきではなかつたか。ソナタは激情的で全楽章煽りに煽る。焦燥感に突き動かされた暗き焔を燃やす名演である。これはコルトー盤に比肩する名盤だ。(2021.12.12)


シュトラウス:商人の鑑
ザルムホーファー:明るい標本
ヴァルター・クリーン(p)/フランツ・ザルムホーファー(p)
ユリウス・パツァーク(T)
[PREISER RECORDS 90014]

 墺プライザーならではの稀少価値のある1枚だ。ウィーンを代表するテノールでシュトラウス歌ひとして一種特別な存在感を示したパツァークの連作歌曲集の録音だ。シュトラウスにとつて交響詩と楽劇に次いで歌曲は重要な分野であつた。作品66「商人の鑑」は曰く付きの作品だ。当時衝突してゐた出版社への皮肉を込めた12曲から成る作品で、ブライトコップフ社やショット社などを隠喩で当て擦つた諷刺作品なのだ。ピアノ伴奏が非常に雄弁な作品でシュトラウスの作品からの引用も多数ある。クリーンの伴奏も巧い。1955年の録音で、斜に構へたパツァークの声が嵌り過ぎだ。もう1曲はヴァッゲールの詩集「明るい標本」をザルムホーフォーが歌曲にした作品で、作曲者自身のピアノ伴奏で歌つたAMADEOレーベルへの初録音は決定的名盤である。(2021.12.9)


ブラームス:ヴァイオリン協奏曲
パガニーニ:ヴァイオリン協奏曲第2番、他
トゥールーズ・シンフォニー・コンサート協会/パリ放送交響楽団
ジャン・フルネ(cond.)/マニュエル・ロザンタール(cond.)
アンリ・メルケル(vn)
[melo CLASSIC mc-2011]

 愛好家を驚愕させたmelo CLASSIC。戦前の忘れ難き名盤サン=サーンスの協奏曲第3番で知られるフランスの名手メルケルだが、録音は少なく、かうして大曲の演奏記録が登場したことを頓に歓迎したい。メルケルによるブラームスなぞは想像しなかつただけに嬉しくもあり恐ろしくもある。だが、心配はゐらない。上等な名演で胸踊るだらう。輝かしく色気のある音色と張りのある瑞々しさに目が覚める。官能的な運指で閃光を放つ。第2楽章の可憐な美しさには陶然となる。1953年の記録、フルネの伴奏だが、管弦楽が生彩を欠き足を引つ張つた感があり残念だ。アンコールにバッハの無伴奏パルティータ第3番のガヴォットを弾いてゐる。典雅で煌びやかな極上の名演だ。さて、得意としたパガニーニの協奏曲が悪からう筈がない。メルケルは噎せ返るやうな媚態を振り撒く音色で奔放華麗に弾き、パガニーニに打つてつけである。1958年の記録、豪奢なロザンタールの伴奏がこれまた良い。艶美さで魅了する一種特別な名演なのだ。愛好家必聴の1枚だ。(2021.12.6)


メンデルスゾーン/ベートーヴェン/シューベルト/ヴァーグナー/アルヴェーン
ヴィンタートゥール交響楽団/ロサンジェルス・フィル/マルメ・コンサートホール管弦楽団
フリッツ・ブッシュ(cond.)
[Guild Historical GHCD 2366]

 Guild Historicalによる名匠ブッシュの3つの音源から成る名演集。1つ目は1949年にヴィンタートゥール交響楽団とのセッション録音でメンデルスゾーンの「美しきメルジーネの物語」と八重奏曲のスケルツォだ。香り高い序曲が極上の名演で、颯爽として浪漫が漂ふ。この曲の屈指の名演だ。スケルツォはオーケストラの技量の問題があり楽しめない。2つ目は1946年3月10日にロス・フィルを振つた記録で、演目はベートーヴェン「エグモント」序曲、シューベルトの舞曲集、ヴァーグナー「トリスタンとイゾルデ」前奏曲と愛の死、及び「マイスタージンガー」第3幕前奏曲と導入曲だ。白眉はブッシュが編曲したシューベルトだ。4種の舞曲を接続した楽しきもので、演奏も味はひ深い。ベートーヴェンもヴァーグナーもドイツの楽長風の名演を堪能出来る。特に「トリスタンとイゾルデ」は情熱的な名演だ。3つ目は1949年10月30日、スウェーデンのマルメのオーケストラを振つたアルヴェーン「夏至の徹夜祭」だ。これは自信に溢れた見事な名演である。(2021.12.3)


1950年録音(ヴァーグナー/ヴェーバー/シューベルト/チャイコフスキー/シュトラウス/モーツァルト)
ヴィルマ・リップ(S)
ウィーン・フィル
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー(cond.)
[Warner Classics 9029523240]

 HMV/エレクトローラ/パーロフォンのEMI系だけでなく、ポリドール/DGやDECCAへの商業用録音の全てを集成した渾身の55枚組。24枚目。収録曲はヴァーグナー「葬送行進曲」と「マイスタージンガー」第3幕前奏曲、ヴェーバー「オベロン」序曲、シューベルト「ロザムンデ」より間奏曲第3番とバレエ音楽第2番、チャイコフスキーの弦楽セレナードから2曲、シュトラウス「ピッツィカート・ポルカ」が2種、リップとのモーツァルト「魔笛」の夜の女王アリア2曲で、1950年1月31日から2月3日に集中的に録音された。HMVはやうやくテープ録音への切り替へを始め、これらの録音は実験的な場とされた節があり、54枚目で初出となつたテスト録音が多く残されてゐたことがそれを証明する。ヴェーバーに謎の雑音が混入したこと、ピッツィカート・ポルカがグロッケン入りと無しの2種の録音があり、雰囲気も違ふので疑惑付きであること、長らく未発表であつたモーツァルトなどミステリー満載だ。演奏はどれも極上だ。特に情感豊かな「マイスタージンガー」第3幕前奏曲、気品ある憂ひが絶品のチャイコフスキーのワルツは特級品である。リップが絶好調のモーツァルトは単体としては最上級の名唱だ。(2021.11.30)


スタジオ録音全集
ラザール・レヴィ(p)
[APR 6028]

 APRが進行する「フレンチ・ピアノ・スクール」シリーズ第2巻。2枚目。レヴィの正規録音は本当に少ない。1枚目に収録されてゐた戦前のHMVへの録音9曲、この2枚目に収録された1950年の日本ヴィクターへの録音8曲、1951年テル=アヴィヴでのクラウン録音3曲、1952年のデュクレテ=トムソンへのモーツァルトのソナタ第10番と第11番、1955年のパテ録音で「パリのモーツァルト」アルバムの中のひとつとして録音されたモーツァルトのソナタ第8番だけなのだ。日本録音は本邦でも復刻があつた。他も殆ど仏Tahraなどから復刻されてゐたが、テル=アヴィヴでの録音が珍しからう。これは発掘された「シエナのピアノ」といふ名器で弾いた大変貴重な録音でもある。クープラン「葦」、ダカン「郭公」、ドビュッシー「沈める寺」を弾いてゐるが、何とも典雅な響きが広がり包まれるといふ特別な体験が出来る録音なのだ。モーツァルトのソナタ3曲は絶対的な名盤。硬質の宝石のやうなタッチが比類ない。(2021.11.27)


ハイドン:交響曲第95番、同第98番、同第99番
ウィーン交響楽団/ウィーン国立歌劇場管弦楽団
ヘルマン・シェルヘン(cond.)
[DG 471 256-2]

 ウエストミンスター・レーベルに1950年代に録音されたハイドン作品を集成した6枚組。4枚目。第95番だけがウィーン交響楽団との演奏だ。シェルヘンのザロモン・セット録音集でこの第95番が取り分け成功してゐる。第1楽章冒頭から力強いティンパニの響きに圧倒される。緊張感が持続する第3楽章も見事。終楽章後半でもティンパニが響きを支配し、地鳴りのやうな音楽を聴かせる。この曲は名演が少なく、シェルヘン盤を第一に推さう。第98番は気の抜けた演奏で全く良くない。第99番は情緒ある佳演であるが、取り立てて特記するほどの特徴は感じれない。(2021.11.24)


ウィリアム・プリムローズ(va)
小品集/RCAヴィクター録音(1939年&1941年)
ヨーゼフ・カーン(p)/フランツ・ルップ(p)/アール・ワイルド(p)
[Biddulph 85005-2]

 英Biddulphが再始動して喜ばしい限りだ。またしても驚愕すべき初出音源の数々だ。プリムローズはこれらの小品集を1939年と1941年に録音したのだが、折り悪く第二次世界大戦の只中で発売の目処が立たないまま忘れられた録音が多数あつたといふのだ。この度、初商品化された録音は、1939年録音のバッハのコラール「われ汝に呼ばはる、主イエス・キリストよ」、ヘンデルのソナタイ長調HWV.361、タルティーニのプレスト、シューマン「何故?」、パガニーニのカプリース第13番、クライスラー「ディッタースドルフの様式によるスケルツォ」「愛の喜び」、ディーリアス「ハッサンのセレナード」、1941年録音のドビュッシー「亜麻色の髪の乙女」、クライスラー「クープランの様式による才長けた貴婦人」「オーカッサンとニコレット」「シンコペーション」、ホイベルガー「真夜中の鐘」、スコット「熟したさくらんぼ」と14曲もあるのだ。演奏が輪をかけて素晴らしく、含蓄深いバッハの歌から呑み込まれて仕舞ふ。気品あるヘンデルが感銘深い。生命力が爆発するタルティーニは取り分け名品でプリムローズの真価を教へて呉れる。ワイルドの編曲と伴奏による絢爛たるパガニーニも圧巻。クライスラーでは「才長けた貴婦人」が名演。勝手知つたるルップの伴奏も見事。雰囲気豊かなディーリアスも良い。(2021.11.21)


バッハ:コラール前奏曲集、他
モーツァルト:ピアノ・ソナタ第4番、同ニ長調K.576、幻想曲とフーガ、12の変奏曲
サムエル・フェインベルク(p)
[BMG/MELODIYA 74321 25175 2]

 ロシアン・ピアノ・スクール・シリーズの1枚で第3巻目である。BMGが盛んにメロディア音源を復刻してゐた頃の商品だ。バッハは露Classical Recordからも復刻があつた音源ばかりだが、1つだけ、BWV.662だけは1952年録音と1962年録音の新旧2種が収録されてゐる。見落としてゐる方も多いだらう。演奏はどれもフェインベルクの骨頂で神品だ。モーツァルトは当盤に収録された音源で全てであらう。フェインベルクが弾くモーツァルトはどれも繊細かつ青白い華奢なロココ風の演奏である。音色も宝石のやうに輝き粒立ちに執心する。聴き慣れたソナタもフェインベルクが弾くと無邪気さはなく、神経質な人工的な美しさが特徴だ。演奏機会の少ない幻想曲とフーガと変奏曲は拘泥はりの逸品だ。特に変奏曲の秘めやかな美しさは一種特別な良さがある。(2021.11.18)


1953年ハーヴァード音楽協会音楽室コンサート(バッハ/シュルツェ/ハイドン/イベール、他)
チマローザ:2つのフルートの為の協奏曲
イベール:フルート協奏曲、他
ウージェーヌ・ビゴー(cond.)
ルイ・モイーズ(fl&p)/ブランシュ・オネゲル=モイーズ(vn&va)、他
マルセル・モイーズ(fl)
[PARNASSUS PACD 96069]

 名手モイーズの貴重なライヴ録音とセッション録音を編んだ蒐集家必携の1枚。1953年2月22日―クレジットには1952年とも表記があり錯綜してゐる―、ボストン、ハーヴァード音楽協会音楽室でのライヴ録音が大変重要だ。モイーズ一家3名による親密な演奏の数々で、演目は偽作とされるバッハのトリオ・ソナタBWV.1038―セッション録音もあつた―、かつてヘンデル作とされたシュルツェのフルート二重奏、ハイドンの三重奏―チェロのところをヴィオラに編曲して演奏―、イベール「色事師」組曲、ドビュッシー「シランクス」、ジェナーロ「シャンソン」、ルイ・モイーズ「セレナード」、アンコールにラボーのスケルツォだ。素晴らしいのはハイドンのトリオとイベールだ。典雅なハイドンと怪しげな色気を放つイベールの対比が絶妙だ。ルイはフルートで父と絡む一方、ピアノで伴奏を務め、ブランシュはヴァイオリンとヴィオラを持ち替へて大忙しだ。どの演奏も愉悦に溢れてをり宝物である。さて、重要なのは鶴首されたチマローザの協奏曲がやうやく復刻されたことだ。1948年のHMVへの録音で、ビゴーの指揮ラムルー管弦楽団の伴奏だ。極上の名演で第3楽章は取り分け楽しい。(2021.11.15)


ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第5番、同第6番、同第7番
エミール・ギレリス(p)
[DG 4794651]

 DG録音全集24枚組。作品10の3曲を纏めたアルバムだ。第5番はギレリスの全録音の中でも取り分け優れた名演として特筆したい。ハ短調といふベートーヴェンの最も重要な調性作品で、悲劇の厳しさ、暗い情熱、 闘争する気魄、それらを全て備へた演奏は少なく、軽すぎるか内容が空疎なことが多い。峻厳なギレリスの演奏ほど説得力のある演奏は滅多にないだらう。軽快な第6番は細部が丁寧過ぎて、洒脱さが殺がれて仕舞つたが、第2楽章は純度が高くとても美しい。傑作第7番では第1楽章の技巧が冴えわたり聴き応へ抜群である。肝心の第2楽章が途切れがちで期待したほど深遠ではないのが残念だが、総じて充実した演奏と云へる。(2021.11.12)


バッハ:ヴィオラ・ダ・ガンバの為のソナタト長調BWV.1027、同ニ長調BWV.1028、同ト短調BWV.1029
ズザーナ・ルージチコヴァー(cemb)
ピエール・フルニエ(vc)
[ERATO WPCC-5021]

 1973年の録音。ヴィオラ・ダ・ガンバの為のソナタ全3曲をチェロで弾いた録音である。フルニエは無伴奏チェロ組曲での名盤を残してをり、このソナタ集でも気品ある名演を堪能出来る。作品の雰囲気を重視し、伴奏はルージチコヴァーのチェンバロで典雅さを加へてゐる。チェロの演奏として楽しむと大変極上であり、フルニエのまろやかで貴族的な音色が充溢してをり、これほど優美な演奏は他では味はへない。一方、作品の持つ古雅な妙味を求めると、フルニエの音色は温かく広がつて包み込むので、だうも人情味が出過ぎて侘びた趣がない。手放しでは称賛出来ないといふのは難癖なのだらうが。(2021.11.9)


モーツァルト:交響曲第36番、同第33番、同第39番
バイエルン放送交響楽団
オイゲン・ヨッフム(cond.)
[DG 469 810-2]

 ”The Mono Era”と題された1948年から1957年にかけてのDGモノーラル録音集51枚組。1954年と1955年の録音で、モノーラルとしては音質が極上で、演奏内容も細部まで仕上がりが美しい名演揃ひだ。音の処理が申し分なく、流麗で芳醇な演奏はモーツァルトとしては理想的だ。しかし、音の厚みや浪漫的な響きは往時の解釈で、これといつた特徴が薄いのも事実だ。多少様式を外れても聴き手を揺り動かす印象深さは重要だ。ヨッフムのモーツァルトは3曲ともお手本のやうな美しい演奏だが、それ以上ではないのだ。(2021.11.7)


バッハ:三重協奏曲BWV.1044、協奏曲BWV.1052、ブランデンブルク協奏曲第5番
ジョン・ウンマー(fl)/アレクサンダー・シュナイダー(vn)/ミエチスラフ・ホルショフスキ(p)/ユージン・イストミン(p)
プラド音楽祭管弦楽団/パブロ・カサルス(cond.)
ヨーゼフ・シゲティ(vn)
[SONY Classical 19075940352]

 やうやう集成された米コロムビア録音全集17枚組。1950年の5月から6月にかけてプラド音楽祭時に行はれた録音である。1点注意が必要だ。フルート、ヴァイオリン、ピアノによる三重協奏曲にはシゲティは参加してをらず、シュナイダーが弾いてゐる。演奏は物々しく時代を感じる。独奏者たちも熟れてをらず、求心力が弱い。その点、シゲティが弾くBWV.1052は凄まじい気魄で聴き手を虜にする。シゲティは10年前にも同曲を録音してゐる。全体的には旧録音の方が素晴らしい。この新盤の何が不味いのかといふと、カサルスの指揮である。編成は大きくないのに3曲とも大言壮語甚だしく、うんざりして仕舞ふ。修行僧の如く音を切り削いで行くシゲティの音楽とは心持ちが異なるのだ。ブランデンブルク協奏曲も巧言令色を排したシゲティだけが別格だ。(2021.11.2)


シューベルト:未完成交響曲
初出音源集(シュトラウス/ヴァーグナー/シューベルト/チャイコフスキー)
ウィーン・フィル
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー(cond.)
[Warner Classics 9029523240]

 HMV/エレクトローラ/パーロフォンのEMI系だけでなく、ポリドール/DGやDECCAへの商業用録音の全てを集成した渾身の55枚組。音質も過去最上級であり、持つてをらぬは潜りである。さて、愛好家が最も関心を寄せるのは疑ひなく54枚目の初出音源集だ。コペンハーゲンでのウィーン・フィルとの未完成交響曲はライヴ録音なのだが、この度発掘されたといふことで特別に収録されてゐる。1950年10月1日の記録だ。音質や演奏内容で特記すべき点はないが、蒐集家のカタログとして非常に重要だ。さて、1950年の1月から2月にかけてフルトヴェングラーは大量の録音を行つたのだが、杜撰な管理・編集の為、多くの謎を作つた曰く付きの録音ばかりなのだ。今回、その中からテスト録音やお蔵入り別テイクが幾つも初出となつたのも頷ける。シュトラウス「皇帝円舞曲」、ヴァーグナー「葬送行進曲」、そしてシューベルト「ロザムンデ」間奏曲は2種ある。更に初演目となるチャイコフスキーの弦楽セレナードの第3楽章といふ掘り出し物まで飛び出した。まだまだ、新規音源が出て来るものだ。フルトヴェングラーは同時に第2楽章と第4楽章を録音してをり、もう少しで一揃ひになつたのに惜しい。憂鬱な美しさが印象的だが、商品化には至らなかつたやうだ。この他、余白に開始ブザー音を含めた録音風景断片を接続した記録が収録されてゐる。(2021.10.30)


モーツァルト:ディヴェルティメントK.138、ヴァイオリン協奏曲第5番、アダージョK.261、ロンドK.373、ロンドK.269、アイネ・クライネ・ナハトムジーク
ウィーン・フィル
ヴォルフガング・シュナイダーハン(vn&comd.)
[amadeo 431 349-2]

 シュナイダーハンの多彩な活動記録を編んだ6枚組。6枚目は1973年8月4日、ザルツブルク音楽祭の演奏会記録で、シュナイダーハンがウィーン・フィルを指揮したオール・モーツァルト・プログラムである。ヴァイオリン独奏も兼ねた弾き振りが催しの目玉ではあるが、コンツェルトマイスターを務めた名門ウィーン・フィルとの信頼厚きアンサンブルも楽しまう。特徴こそないが、ディヴェルティメントやセレナードはとても美しい演奏である。さて、得意とした協奏曲は安定の名演で、独自のカデンツァは聴きものだ。他に3曲もヴァイオリンとオーケストラの小品を披露してをり重要だ。協奏曲の別稿であつたK.261を併せて演奏するのは乙な趣向だ。(2021.10.27)


バッハ:チェンバロ協奏曲第1番、同第2番、同第3番、同第4番
ミュンヘン・バッハ管弦楽団
カール・リヒター(cemb&cond.)
[DG 4839068]

 遂に登場したARCHIV及びDG録音全集97枚組。1971年から1972年にかけて録音されたチェンバロ協奏曲全集だ。オルガンもチェンバロも事も無げに弾き熟すリヒターの腕前には恐れ入る。長年のリヒターの感化により理想的な音を奏でることが出来るやうに仕上がつたミュンヘン・バッハ管弦楽団の伴奏で、弾き振りであつても一体感の強い演奏を鑑賞出来る。第1番はリヒターの真摯さが表出された名演であるが、もう少し峻厳でも良かつただらう。幾分緩さを感じる瞬間があるのだ。壮麗な第2番は散漫になりやすい曲だが、流石はリヒターで引き締まつた名演を聴かせて呉れる。一気呵成に疾走する第3番が白眉だらう。音楽が躍動してゐる。情緒豊かな第4番は流麗で非常に美しい出来だ。(2021.10.24)


チャイコフスキー:胡桃割り人形、弦楽セレナード
ロンドン交響楽団/フィルハーモニア・フンガリカ
アンタル・ドラティ(cond.)
[MERCURY 00289 480 5233]

 マーキュリー・リヴィング・プレゼンス50枚組第1弾。マーキュリー・レーベルの顔とも云へるドラティの残した優秀録音の中でも優れた偉業のひとつ。ドラティは後にフィリップスにも胡桃割り人形の全曲を録音してゐるのだが、驚くべきは1962年の録音とは思へないリヴィング・プレゼンスの極上録音で、臨場感が只事ではない。ドラティの幅広いレパートリーの中でもバレエ音楽は間違ひがなく、躍動感と描き分けが抜群だ。繊細な表情も美しく、ロンドン交響楽団が見事な演奏で応へる。第1幕の昂揚感は取り分け見事だ。第2幕はメルヒェンに乏しいといふのは難癖で、楽曲ごとの色合ひの工夫が素晴らしい。弦楽セレナードは非常に精緻な演奏で名トレーナーとしての実力を伝へる。だが、情緒には乏しく第3楽章などは詰まらない。(2021.10.21)


モーツァルト:アイネ・クライネ・ナハトムジーク
ベートーヴェン:交響曲第4番
ブルックナー:テ・デウム
バイエルン放送交響楽団/ベルリン・フィル、他
オイゲン・ヨッフム(cond.)
[DG 469 810-2]

 ”The Mono Era”と題された1948年から1957年にかけてのDGモノーラル録音集51枚組。当盤で初CD化となつた1950年録音、バイエルン放送交響楽団とのブルックナーに刮目したい。ヨッフムは同じくDGにベルリン・フィルと1965年に再録音をしてをり、これは旧盤といふことになる。凄まじい熱量で一気呵成に聴かせる名演で新盤を凌ぐ感銘を与へる、この曲の決定的名盤とも云ふべき録音なのだ。歌手も合唱も真摯で熱い。更に、同じく1950年録音のモーツァルトが出色の出来だ。非常に良く訓練されたバイエルン放送交響楽団の演奏はかのベルリン・フィル以上の表現力があると云つても過言ではない。艶があり、情緒があり、繊細さがある。隠れた名演として最上位に推薦したい。一方、名器ベルリン・フィルとのベートーヴェンは悪くはないが、特段良い点もない常套的な演奏である。第3楽章など活力に乏しく魅力が薄い。(2021.10.18)


オネゲル:夏の牧歌、チェロ協奏曲
プーランク:3つの無窮動、三重奏曲、ノヴェレット(2曲)、夜想曲(3曲)、即興曲(4曲)、オーバード
アルテュール・オネゲル(cond.)
フランシス・プーランク(p)、他
[EMI CLASSICS 50999 2 17575 2 5]

 作曲家自作自演集22枚組。フランス六人組の雄たちの録音だ。オネゲルは少なからず自作自演の記録を残してをり、英Duttonからも復刻があつた。正体不明の「大交響楽団」を指揮して1930年に幾つかの演目を録音してゐるが、当盤では夏の牧歌のみが収録されてゐる。取り立てて面白い演奏ではない。マレシャルと吹き込んだチェロ協奏曲は別項で述べたので割愛するが、これは決定的な名演と云へる。プーランクがピアノで独奏やアンサンブルに参加した録音も全て英Pearlからの復刻があり、既に記事にしたので割愛する。(2021.10.15)


モーツァルト:交響曲第39番
ブラームス:交響曲第1番
シューベルト:「ロザムンデ」間奏曲第3番
ロンドン交響楽団/バーゼル管弦楽団
フェリックス・ヴァインガルトナー(cond.)
[ARTIS AT012]

 主要録音を集成した22枚組。あと2枚か3枚で全録音を網羅出来るので中途半端だ。ヴァインガルトナーはモーツァルトの交響曲第39番を3回も録音したが、この箱物では2種類しか収録されてをらず不徹底なのだ。これは最も古い1923年の録音で、機械吹き込みだから音は相当に貧しい。鑑賞用には適さないが、管弦楽録音黎明期の偉大な記録として拝聴しやう。ブラームスの第1交響曲も録音が3種類も残る。クレジットによると、これは最も新しい1939年の録音とあるが、寧ろ1936年盤の方が音が良く、疑問が残る。最も古い録音が1923年なので、間隔としては電気録音初期の1920年代後半の間違ひなのではないか。音が貧しいのでこれも鑑賞用としては不向きで、内容も特筆すべきことはない。奇妙なことにヴァインガルトナーはシューベルトには関心が薄かつたやうで、このロザムンデの間奏曲が唯一の記録である。不自然な緩急の付いた珍妙な演奏であつた。(2021.10.12)


シューベルト:未完成交響曲
ハイドン:交響曲第92番
クリーヴランド管弦楽団
ジョージ・セル(cond.)
[SONY 88985471852]

 遂に集成されたセル大全集106枚組。シューベルトは1960年、ハイドンは1961年の録音で、セルとクリーヴランド管弦楽団がビッグ5と称されて絶頂期にあつた頃の録音である。2曲ともモノーラルでも録音があり、再録音といふことになる。未完成交響曲は精緻な仕上がりであるが面白みはない。この曲は綺麗に演奏しても映えないのだ。浪漫を如何に聴かせるかが鍵であり、セルとは相性が悪い。矢張り古典的なハイドンの完成度がセルの本領である。完璧無比な演奏なのだが、余りにも涼しい顔で容易に演奏されるので熱がなく、音楽としての起伏を味はへない。上手過ぎるのも問題だ。(2021.10.9)


モーツァルト:アイネ・クライネ・ナハトムジーク、序曲集(4曲)、フリーメイソンの為の葬送音楽
コロムビア交響楽団
ブルーノ・ヴァルター(cond.)
[Sony Classical 88765489522]

 コロムビア録音全集77枚組。ヴァルターはこれらの曲全てをモノーラルでも録音していたが、ステレオ再録音の方である。ヴァルターが愛して止まないモーツァルトの真髄を優秀なステレオで聴けるのは有難い限りだ。しかし、音楽の内容はと云ふと、この最晩年の記録よりも、モノーラルの方が潤ひと弾力があつて、だうしても感銘が落ちることは正直に述べてをかう。重厚で恰幅の良いアイネ・クライネ・ナハトムジークにしても、生硬であることは否めない。他の曲も同傾向だ。「劇場支配人」と葬送音楽は名演であるが、旧盤が飛び抜けた名演だつたので比較すると物足りない。(2021.10.6)


シベリウス:ヴァイオリン協奏曲
レーガー:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番より
フバイ:ヴァイオリン協奏曲第3番より
イザイ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1番
エフレム・ジンバリスト(vn)、他
[WING WCD 45]

 アウアー門下四天王の兄貴分ジンバリストが近代曲を演奏したものを編んだ1枚で、イザイ以外は当盤でしか聴けない音源ばかりで大変貴重だ。賢明なるジンバリストは演奏家としての凌ぎ合ひからいち早く抜け、カーティス音楽院院長の座を射止め盤石の余生を送ることとなつた。しかし、後半生でもブラームスの協奏曲で示したやうに演奏家としての実力は抜きん出てゐた。1944年1月9日のライヴ録音であるシベリウスもブラームスに匹敵する極上の名演を残した。非常に癖の強い演奏であるが、ジンバリストの技巧が見事なので魅了される。アウアー派の中でもジンバリストのボウイングは堅固で音が抜けない。発音が完璧で、音が掠れるやうなアクセントは用ゐない。密度の濃い音が最後まで保持される。だから、のつぺりして感情表出が稀薄な演奏にも聴こえる。しかし、全体的に熱く、ヴァイオリンが鳴り切つた凄まじい演奏なのだ。他の誰とも似てゐない個性的な演奏を楽しみたい。ルドルフ・リングウォール指揮クリーヴランド管弦楽団の伴奏も重厚で良い。レーガーは第2楽章アンダンティーノだけの演奏で、後期ロマン派の爛熟さを楽しめる。フバイの協奏曲はエマニュエル・ベイのピアノ伴奏での演奏で、第2楽章スケルツォと第3楽章アダージョだけの録音だ。スケルツォが圧巻の名人藝で、ジンバリストの実力を確認出来る。イザイは1939年の録音で、英Pearlから復刻されてゐるものと同音源だと思はれるので割愛する。(2021.10.3)



2021.9.30以前のCD評
声楽 | 歌劇 | 管弦楽 | ピアノ | ヴァイオリン | 室内楽その他


BACK