楽興撰録

蒐集した音楽を興じて綴る頁

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2018.11.29以前のCD評
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ベルリオーズ:幻想交響曲、序曲「海賊」、「トロイア人」よりトロイア人の行進・王の狩と嵐/フランス放送国立管弦楽団/ロイヤル・フィル/サー・トーマス・ビーチャム(cond.)、他 [EMI 50999 9 09932 2 0]
ビーチャム卿によるフランス音楽集6枚組。1枚目を聴く。ビーチャムはフランス音楽を得意としたが、その中でもベルリオーズは特別であつた。大曲「トロイア人」を録音したのは大きな業績である。フランス放送国立管弦楽団を振つた幻想交響曲は大変優れた出来であるが、ビーチャム特有のスノビズムが邪魔をし、この曲が内含する狂気を表現したとは云ひ難い。ここぞといふ場面で締まりがなく物足りない。寧ろ、余白に収録されたロイヤル・フィルを振つて録音した曲が素晴らしい。海賊は颯爽として淀みがなく、かつ情熱的な名演で、この曲の屈指の出来栄えだ。自家薬籠中とした「トロイア人」からの2曲は絶対的な名演だ。特に王の狩と嵐ではビーチャム合唱協会を動員し、絢爛たる情景を描き出した。(2019.3.20)

ブランシュ・セルヴァ(p)/全録音/コロムビア録音(1929年〜1930年)/ホワン・マッシア(vn)/バッハ、ベートーヴェン、フランク、ド=セヴラック、ガレータ [SOLSTICE SOCD 351/2]
ひょっくりとお宝が復刻された。セルヴァの全録音だ。これ迄は仏Malibranが出した1枚が愛好家垂涎の逸品であつたが、フランクのヴァイオリン・ソナタとガレーダ「サルダーニャ」が含まれてをらず、2枚組の全集でなかつたことが惜しまれたものだ。それがやうやく仏SOLSTICEから理想的な状態で発売されたのだ。持つてをらぬは潜りであると心得よ。セルヴァはダンディの弟子で近代フランスやスペインの音楽の発展に多大な貢献をした。特にド=セヴラックの紹介は重要である。残念なことに1930年に故障によつて演奏活動が不能となり、残された録音はこれが全てなのだ。演目はバッハ「パルティータ第1番」、フランク「前奏曲・コラールとフーガ」、ド=セヴラックの4曲、ガレーダ、2枚目がデュオを組んだマッシアとのバッハのBWV.1023から第2楽章、ベートーヴェン「スプリング・ソナタ」とフランクのソナタである。セルヴァのピアノは純度が高く高貴で世俗の垢がない。バッハ、ベートーヴェン、フランクといふ選曲からも求道者振りが窺へる。演奏はどれも神品。ド=セヴラックの録音は特別な意味を持つ。マッシアも今日では絶滅した一種特別な奏者で、なよなよして繊細、デュボアやクーレンカンプに通じる高雅な音楽で聴かせるが、小粒であることは否めない。(2019.3.17)

モーツァルト:交響曲第38番、ブルックナー:交響曲第7番/ベルリン・フィル/カール・シューリヒト(cond.) [TESTAMENT SBT2 1498]
1964年8月5日、ザルツブルク音楽祭での記録で、シューリヒトがベルリン・フィルを魅惑の棒で率ゐる。何と未発表初出音源、これほどの名演が埋もれてゐたとは。2曲ともシューリヒトの十八番で安定の名演で、既出録音との比較だが、首位を争ふ完成度なのだ。まず、プラハ交響曲だが、流石に奇蹟的な仕上がりのコンサートホール盤には及ばないものの、ウィーン・フィルとのライヴ盤とは甲乙付け難い出来栄え。麝香のやうなオーボエの音色、低弦の厚み、ベルリン・フィルの美質が存分に活かされた極上の名演だ。同年10月にもベルリン・フィルとは同曲を演奏してゐるが、当盤の方が録音も良く内容も優れてゐる。さて、ブルックナーの第7番は第一等にしてもよい完成度だ。シューリヒトのブルックナーで最も多く録音が残るのは第7番だが、オーケストラの実力や適合性、録音状態などで不満が残り、決め手に欠けてゐた。当盤こそ荘厳にして遠大な名演で、音質も極上、他盤を圧倒する出来だ。軽くなり過ぎず堂々とした第4楽章は古今を通じても最高だ。(2019.3.13)

ベートーヴェン:交響曲第7番、同第8番/ウィーン交響楽団/フリッツ・ブッシュ(cond.) [Dante LYS 594-596]
1950年にブッシュがウィーン交響楽団と残した録音を集成した3枚組。2枚目を聴く。ベートーヴェンの第7交響曲はブラームスの第4交響曲と同日の10月15日の録音だ。録音の定位が安定せず、音質は水準以下だが、録音が少ないブッシュなので存在だけで価値がある。演奏は質実剛健と形容したい極めて正攻法で、ブッシュがドイツを代表する巨匠であつたことを改めて認識させて呉れる。きりりと引き締まつた第3楽章の見事さは特筆したい。第8交響曲は録音日が特定出来ないが、1950年の記録で音質は大変良い。中間の楽章は幾分感銘が落ちるが、両端楽章の凝縮された燃焼が素晴らしい。凛とした音楽の運びがブッシュの美質で、冴えないオーケストラであつても一丸となつた集中力を聴かせるのだ。(2019.3.10)

セルゲイ・プロコフィエフ(p):1937年1月16日ニューヨークでのリサイタル録音、他 [St-Laurent Studio YS782401-2]
初出音源を含むプロコフィエフ自作自演集2枚組。蒐集家は見逃せない。1枚目は高名な西欧での録音で、1932年、ロンドンにおけるHMV録音、コッポラ指揮のピアノ協奏曲第3番と、1935年、パリにおけるディスク・グラモフォン録音で小品集だ。これらは古くは英Pearl、近年ではNaxos Historicalからあつた復刻と全く同じである。当盤の復刻は針音が無駄に大きく、そのくせ音の実像に劇的な改善が見られない為、これまでのオバート=ソンによる名復刻を上回るものではない。従つて、重要なのは2枚目だ。1938年の「ロメオとジュリエット」第2組曲を指揮した録音は、仏Danteから復刻があつたが、入手困難だつたので歓迎されよう。さて、世界初出となる1937年のニューヨーク・ライヴが最重要だ。演目は1935年のパリ録音にもあつたピアノ・ソナタ第4番のアンダンテ、練習曲Op.52-3、「悪魔的暗示」、「束の間の幻影」から8曲―第7番のみセッション録音にはなかつた初演目―だが、プロコフィエフの語りの後に演奏される「子供の音楽」から第10番・第11番・第12番は完全に初演目で貴重だ。出来栄えだが、ライヴ録音での感興はあるものの、セッション録音での確固たる仕上がりの方を採る。(2019.3.8)

ハイドン:交響曲第88番、同第97番/ライプツィヒ放送交響楽団/ベルリン放送交響楽団/ヘルマン・アーベントロート(cond.) [BERLIN Classics 0092862BC]
アーベントロートの最高の名演のひとつ。アーベントロートはヘンデルやハイドンを非常に得意とし、古典的な様式美を逸脱することなく、浪漫的な感情を注入することが出来た稀有な存在であつた。ハイドンの交響曲は他にも録音があつて何も極上の名演であり、外れがない。中でもこの第88番は決定的名盤として定評がある。アーベントロート以外でもそこそこ良い演奏はあるが、この演奏を超えたものはない。特に第4楽章の突撃にはしてやられた感があり、問答無用で喝采を贈りたい。第97番は幾分感銘は劣るが、比類がない決定的名盤である。第2楽章に若干カットがあるのが残念だが、第3楽章トリオの侘びた美しさは絶妙だ。最晩年の1955年と1956年の録音。(2019.3.5)

プッチーニ:「トスカ」/ベラス・アルテス歌劇場管弦楽団と合唱団/グィード・ピッコ(cond.)/ピエロ・カンポロンギ(Br)/ジュゼッペ・ディ=ステファノ(T)/マリア・カラス(S)、他 [Profile PH 17058]
カラス没後40年を記念して独Profilが拘泥はりをもつて厳選した稀少録音集12枚組。「トスカ」は最も古い記録で1952年7月1日のメキシコ・シティでのライヴ録音。この音源を選んだのは慧眼である。減量前のカラスの凄まじい声が聴ける録音で、翌年1953年に制作された名盤デ=サバタ盤をも凌ぐ箇所が随所にある。山猫のやうと評されたカラスの最高のトスカが聴けるのは当盤だ。それ以上に絶好調なのがディ=ステファノで、どの幕でも最高でカラスをも圧倒し主役を奪ふ。何よりも「星は光ぬ」の絶唱は圧巻。聴衆も興奮の坩堝で、アンコールも当然だ。更なる名唱で再び拍手が鳴り止まぬ。この公演の絶頂の瞬間だ。スカルピア役のカンポロンギも見事な歌唱を聴かせるが、何かが物足りないのは単にゴッビの罪であり、打ち立てたスカルピア像の破格さに唖然とする。さて、良くない点だが、まずは管弦楽の伴奏で、主に指揮者ピッコの統率力に問題があると思はれる。冒頭の崩れやアリアでの乱れはお粗末だ。次にプロンプターの声が録音に盛大に入つてをり感興が殺がれる。メキシコ公演では「トラヴィアータ」でもプロンプターが五月蝿かつた。音質も然程良くはないが、他の問題点に比べると気にならない。(2019.2.28)

ディヌ・リパッティ(p)/ブザンソンの最後のリサイタル/バッハ、モーツァルト、シューベルト、ショパン [SOLSTICE SOCD 358]
愛好家驚愕のリリースがあつた。1950年9月16日、伝説的なブザンソンにおける生涯最後のリサイタルのマスター・テープがINAのライブラリーから新しく発見されたといふのだ。既出盤との大きな違ひは3点挙げられる。まず、音質が生々しく臨場感があり、音の粒がはつきりわかる。比べると既出盤は幾分靄がかかつたやうで、高音や強音の伸びや広がりに欠けてゐた。当盤は著しく迫真さが増してゐる。次に、テープの編集がなく、録り放しの良さがあり、アナウンスが収録されてゐること、拍手も全部収録されてゐること、指慣らしの後の間があること―既出盤ではこれらが適宜編集されてゐた。同時に演奏のミス・タッチも気になつた。最後に、テープに起因するヒスやノイズがそのままで、再生装置が良いほど気になるかも知れぬ。一長一短だが、既出盤はそれなりに編集の手が加はつてゐたことがわかつた。演奏に関してはリパッティ・ディスコグラフィーをご覧戴きたい。貴重な写真が満載のブックレットも有難い―初めて見た写真もあつた。持つてをらぬは潜りである。絶対に所有するべきだ。(2019.2.25)

プッチーニ:「トスカ」/ローマ聖チェリーリア国立音楽院管弦楽団/アルベルト・エレーデ(cond.)/エンツォ・マスケリーニ(Br)/ジュゼッペ・カンポーラ(T)/レナータ・テバルディ(S)、他 [DECCA 4781535]
テバルディ・デッカ録音全集66枚組。1952年のモノーラル録音でテバルディにとつては旧録音だ。僅か7年しか経たずに行はれた再録音との比較が興味深いが、結論から申せばこの旧盤に価値は全くない。まず、新盤はDeccaの粋を結集させた優秀録音が特筆され、このモノーラル録音は水準以上だが物足りなく聴こえて仕舞ふ。カンポーラのカヴァラドッシは情感豊かで見事だが、デル=モナコの存在感を前にしては光彩を失ふのは仕方あるまい。マスケリーニのスカルピアは面白くなく、愚鈍な印象すら受ける。オーケストラは新盤と同じで差異を見出すことは難しい。エレーデの指揮は流石で王道を行く万全の棒だ。テバルディは瑞々しさがあり、甲乙付け難い名唱だ。特にアリア「歌に生き、愛に生き」の切実たる歌唱は絶品で、美しさと情念が結晶した得難い出来栄えだ。カラスも及ばない究極の絶唱。但し、全体の劇的進行となるとテバルディでは弱すぎる。(2019.2.22)

チャイコフスキー:「イオランタ」、「ロメオとジュリエットの二重唱」(タネーエフ補筆)、他/ボリショイ歌劇場管弦楽団と合唱団/グラフィーラ・ジュコフスカヤ(S)/パンテレイモン・ノルツォフ(Br)/ボリス・ブガイスキー(Bs)/サムイル・サスモード(cond.)、他 [Profile PH 17053]
ボリショイ劇場の黄金時代を飾つた大物らによるチャイコフスキー歌劇全集22枚組。チャイコフスキー最後のオペラ「イオランタ」の録音は1940年に敢行され、「オネーギン」「スペードの女王」の二大傑作の録音に続く。タチアーナを歌つたジュコフスカヤがイオランタを歌ひ、オネーギン歌ひノルツォフがロベルト役、レネ王にブガイスキー、ヴォーデモン役にグリゴーリー・ボリシャコフが名を連ねる。肝心のジュコフスカヤが歌ひ過ぎで役柄に合つてゐないが、他の男性歌手らは究極の名唱で、ロシア人 特有の声質を披露する。最高なのはブガイスキーで、厚みのある朗々たる歌は比類がなく、これぞボリショイの底力と云へよう。指揮も管弦楽も素晴らしく、情念豊か、最もロシア的な演奏だ。録音さえ良ければ、今日でも最上位に推薦したい名演だ。余白にはタネーエフが補完させた「ロメオとジュリエットの二重唱」が聴ける。最晩年のチャイコフスキーは幻想序曲の楽想を転用し「ロメオとジュリエット」のオペラ化を計画してゐた。死によつて二重唱の断片しか残されなかつたが、タネーエフが完成させた。これをコズロフスキーとシュムスカヤが歌ひゴロヴァノフが指揮するといふ至宝級の録音が存在する。他が必要ない決定的名演で、コズロフスキーの甘い歌声が秀逸だ。もう1種アンラントフ、イゾートフ、グリクロフによる録音も収録されてゐるのだが、全く比べ物にならない。更にペチコフスキーがゲルマンを歌ふ「スペードの女王」のアリア2曲も聴ける。1937年の録音で大変素晴らしい。(2019.2.19)

ベートーヴェン:交響曲第5番、同第8番、「レオノーレ」序曲第3番/NBC交響楽団/アルトゥーロ・トスカニーニ(cond.) [RCA 88697916312]
トスカニーニRCA録音全集84枚組。4枚目を聴く。第5交響曲はトスカニーニの数多く残る同曲の録音の中で最も不出来な演奏だらう。1952年の晩年の記録で音質は良いが、音楽が硬く、叩きつけるやうなリズム処理、余韻のない和声進行、音の劇的高揚を一切伴はず、精緻な合奏だけが取り柄の演奏なのだ。数へ切れないほど演奏してきた曲で、完璧とも云へる仕上がりなのだが、全く面白くなく、NBC交響楽団もただ音を出したに終始する。戦前のライヴ録音で聴けた正体を失ふやうな感激がこの演奏にはない。同じく1952年の録音だが、打つて変はり第8番は最高級の出来栄えだ。全ての楽器がくつきり聴こえ、常軌を逸した熱血演奏を繰り広げる。特に第1楽章の熱量は流石トスカニーニだ。第2楽章の豪快さも天晴れ。この曲の屈指の名演である。序曲は1939年の高名なライヴ・ツィクルスの録音だ。序曲第3番の演奏は特色が薄く、常套的な演奏に聴こえる。(2019.2.14)

プッチーニ:「トスカ」/パリ音楽院管弦楽団/ジョルジュ・プレートル(cond.)/カルロ・ベルゴンツィ(T)/ティート・ゴッビ(Br)/マリア・カラス(S)、他 [Warner Classics 825646340798]
愛好家必携のオリジナル・ジャケットによるスタジオ録音リマスター・エディション69枚組。カラスの数少ないセッションによる再録音。1964年から1965年にかけてのステレオ録音で、程なくしてカラスはオペラからの引退を表明したので最後期の全曲録音だ。さて、天下の名盤デ=サバタ盤との比較だが、旧盤の唯一の難点であつた録音の古さが格段に良くなつてゐるのは当然だが、効果音にも凝つてをり、舞台を彷彿とさせる臨場感溢れる演出が為されてゐる。特にテ=デウムの音響効果は抜群だ。だが、物音が五月蝿いと感じる方もゐるかも知れぬ。カラスは絶頂期の声と比べるのは酷だが、当たり役だけあり、深みのある表現で経験の豊かさを示し、衰へを感じさせない。従つてカラスについては旧盤には及ばぬが差は僅かと云へる。ゴッビも甲乙付け難い完成度で、悪役振りを更に極めている点で唯一無二だ。ベルゴンツィは素晴らしいが、抜け感がなく硬い。ディ=ステファノには及ばないか。プレートルの指揮は大変良い。全体に情熱的で歌に満ち音楽性が抜群だ。だが、ひとつだけ難癖を付ければ、音色が明る過ぎて軽い。どす黒い血が吹き出さうなデ=サバタとの違ひだ。矢張り旧盤の地位は変はらぬが、新盤も遜色ない名盤だ。(2019.2.9)

シューベルト:未完成交響曲、マーラー:交響曲第4番、他/エリーザベト・シュヴァルツコップ(S)/ウィーン・フィル/ブルーノ・ヴァルター(cond.) [Altus ALT267/8]
1960年5月29日の実況録音。ヴァルターの極め付け、未完成交響曲はウィーン・フィルの美しい部分を存分に引き出してをり流石の名演である。だが、酷な指摘をすれば、SP時代に吹き込んだ正規録音の方が、飄々として青白く、儚いロマンティシズムが表出されてゐた。このライヴ録音は生々しく、重厚さがあり、停滞感がある。難癖だが、この演奏が最高といふ訳ではない。次いでシュヴァルツコップに伴奏をしたマーラーの歌曲で、「子供の不思議な角笛」から「美しいトランペットが鳴り響くところ」と「リュッケルト歌曲集」より「私は仄かな香りを吸ひ込んだ」が演奏される。形而上学的な趣をシュヴァルツコップが見事に表現する。第4交響曲はヴァルターが残した記録の中で最も耽溺した美しい演奏である。その反面、音楽が流れない空疎な箇所やアンサンブルが締まらない箇所も散見され一概に良いとは云へない内容だ。特に第1楽章は調子が上がらず、部分的には美しい箇所もあるが戴けない。第2楽章も弦楽器が耽美的な陶酔を奏でた後半になつてやうやく本調子になる。そして、第3楽章で頂点を迎へ極上の美が聴ける。第4楽章でのシュヴァルツコップの歌は賢しらで理知的な様子が鼻につき、素朴さがないので共感出来ない。全楽章を通じてチェロが雄弁で、蕩けるやうな甘い音色で魅惑する。これ程美しい歌は他では聴けない。(2019.1.31)

"Landmarks of Recorded Pianism"/未発表録音集/チェイシンズ、ホロヴィッツ、ノヴァエス [Marston 52073-2]
"Landmarks of Recorded Pianism"2枚組の2枚目を聴く。チェイシンズの演奏で1931年にグラモフォンに録音したメンデルスゾーン「厳格な変奏曲」が聴ける。初めて聴く奏者だが、確かな技巧と繊細な表現で良い演奏である。ベル・テレフォンが実験的にライヴ録音したホロヴィッツの記録がある。1932年、ライナー指揮フィラデルフィア管弦楽団の伴奏でチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番を弾いてゐるのだ。ただ、演奏は素晴らしいが、第1楽章の前半と第3楽章の後半の録音が欠落してをり、飽くまで蒐集家向けの録音と云へよう。更に断片録音でベートーヴェンのソナタやメンデルスゾーンの小品が収録されてゐる。ホロヴィッツの冗談めいた語りも聴ける。ノヴァエスが弾くモーツァルトのピアノ協奏曲第9番―ジュノームは1950年の録音、トーマス・シェルマン指揮リトル・オーケストラ・ソサイエティの伴奏だ。ノヴァエスの血気盛んなピアノに対し、伴奏はもたついてをり感興が殺がれる。名演が犇めく曲なので、月並みな録音と云はざるを得ない。Voxへの最後の録音風景も収録されてゐる。ショパンの子守歌の録音なのだが、エンジニアかプロデューサーと揉めてゐるのか、終始口論をしてをり、五月蝿くて聴くのが苦痛だ。(2019.1.29)

プッチーニ:「トスカ」/ローマ王室歌劇場管弦楽団と合唱団/オリヴィエロ・デ・ファブリティス(cond.)/マリア・カニーリャ(S)/ベニャミーノ・ジーリ(T)、他 [Naxos Historical 8.110096-97]
ジーリのカヴァラドッシを聴く為の録音である。ブエノスアイレスでのリサイタルを筆頭にジーリの歌ふ「星は光りぬ」は天下一品であり、何種類も録音が残る。張つた時の爽快に伸びる声、泣き節での柔らかい声、そのどれもが絶品である。当然、全曲でも鑑賞したい。1938年に実現した有難い録音である。カラヴァドッシに関しては古今最高だらう。だが、ジーリだけが素晴らし過ぎて、他が追ひ付いてゐない感が否めない。とは云へ、全体としては可成り健闘してをり、当時のイタリアの精鋭が集つてゐる。カニーリャのトスカ、アルマンド・ボルジョーリのスカルピアは名唱と云へる。ファブリティスの指揮も要領良く仕上げてゐる。だが、ジーリを除いて特段光るところがないのだ。余白に1931年録音、ギュスターヴ・クロエ指揮、ニノン・ヴァランがトスカを歌つた抜粋録音が収録されてゐる。フランス語歌唱だ。品があり美しいヴァランのトスカが聴き物だが、首を絞められたやうな声を出すカヴァラドッシや善人のやうなスカルピアの歌唱が酷い。下手物としては面白からう。(2019.1.24)

マーラー:交響曲第4番/ヘルムート・ヴィテック(B-S)/アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団/レナード・バーンスタイン(cond.) [DG 4798418]
バーンスタイン2度目の全集録音で、1987年録音だ。新録音で次々とマーラーの決定的名演を残したバーンスタインだが、残念なことに第4番に関して云へば、旧録音を超えられなかつた。マーラー演奏で古い伝統を継承するアムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団を起用し、耽溺するやうな演奏を繰り広げる。オーケストラの音色や細部の表情は大変素晴らしい。当時、コンセルトヘボウの顔であつたヤープ・ファン・ズヴェーデンの濃厚な独奏ヴァイオリンも魅惑的だ。しかし、ライヴ録音であることもあり、音楽に隙間風が入り込む瞬間が時としてあり、元気溢れて個性が爆発してゐた旧盤の完成度がない。全体に大人しく停滞感がある。さて、最大の問題はバーンスタインの拘泥はりで起用されたボーイ・ソプラノのヴィテックだ。天使の歌声に天国の音楽を歌はせる意図はよくわかる。しかし、人の声が持つ力には隠せぬ魔法が込められてゐる。人生や音楽の経験が浅い少年の表現が物足りないのは当然で、行間が面白くない。声は美しい。無垢な純粋さが表現されてゐる箇所も良い。だが、歌は弱い。悪い演奏ではないが、音楽的には旧盤の方が成功してゐる。特にレリ・グリストが最高であつただけに、その差は大きい。(2019.1.21)

ベートーヴェン:交響曲第8番、ブラームス:交響曲第2番、ブルックナー:交響曲第8番/ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団/ブレスラウ放送大管弦楽団/ライプツィヒ放送交響楽団/ヘルマン・アーベントロート(cond.) [Music&Arts CD-1099(2)]
放送録音2枚組。1944年12月27日録音のベートーヴェンの第8交響曲は不思議な魅力のある玄人好みの名演だ。切れ味は全くなく、響きの洗練さもない。楽器の鳴りは悪く模糊としてゐるが、Tuttiでは絶妙に配合され、質実剛健、雄渾、ドイツの伝統的なベートーヴェンを現出させる。今日では却つて真似の出来ない得難い演奏をしてゐる。魂が燃焼する演奏はこの曲の本質を突いてをり良い。この音源は仏Tahraからも発売されてゐた。アーベントロートが最も得意としたブラームスは悪からう筈がない。ブレスラウ放送大管弦楽団との1939年4月15日の演奏で、燻し銀のロマンティシズムが美しい。構へは大きくなく、鈍重さとは無縁で、古典的な佇まいと淡い詩情が漂ふ名演だ。但し、録音が古く、一般的には鑑賞用ではなく蒐集家の為の音源だ。1949年9月28日、ブルックナーの第8交響曲は仏Tahraからも発売されてをり、残念ながらこの米M&A盤の音質はかなり劣る。仏Tahra盤が良過ぎるのだ。当盤の価値は全くない。演奏内容は別項で述べたので割愛する。(2019.1.18)

フランスの名ヴァイオリニスト/ジャンヌ・ゴーティエ(vn)/ルネ・ベネデッティ(vn)/ルネ・シュメー(vn)/ジャック・ティボー(vn)/ミゲル・カンデラ(vn)、他 [melo CLASSIC mc-2016]
愛好家を驚愕させたmelo CLASSIC。中でもお宝とも云へる1枚。当盤を入手した最大の理由はティボーの初出録音が2つも収録されてゐることだ。現時点でも当盤でしか聴けない。フランクフルトでのティボー最後の録音で、ルクレールのタンブーランとサン=サーンスのハバネラだ。モーツァルトのソナタは仏Malibranから先に商品化されてゐた。この日の演奏は絶好調で、ティボーの素晴らしさが全開だ。詳しくは「ティボー・ディスコグラフィー」をご覧いただきたい。次いで注目はゴーティエが弾く大変貴重なラヴェルのツィガーヌだ。ゴーティエと云へば、ルフェビュールとのラヴェルのソナタの決定的名盤が有名だが、劣らぬ名演で、ツィガーヌに語り落としてはならぬ演奏が加はつた。当盤最大のお宝は宮城道雄との共演で有名なシュメーの大曲録音だ。珍品ラロのヴァイオリン・ソナタで、実に風雅な名演だ。技巧家として名が通つたベネデッティの本懐とも云へるパガニーニの協奏曲第1番も聴けるが、他の録音でも感じた機械的な印象がそのままで、このパガニーニも皮相な詰まらない演奏だ。これなら寧ろカンデラの弾くパガニーニ「パルピティ」の方が好感が持てる。(2019.1.15)

チャイコフスキー:「イオランタ」/ガリーナ・ヴィシネフスカヤ(S)/ニコライ・ゲッダ(T)/ディミトリ・ペトコフ(Bs)/パリ管弦楽団/ムスティスラフ・ロストロポーヴィッチ(cond.)、他 [ERATO 2292-45973-2]
1984年のライヴ録音。ロストロポーヴィチとヴィシネフスカヤの夫婦共演が微笑ましい。兎も角ヴィシネフスカヤを聴くべき録音で、凛とした気高さのある極上のイオランタだ。ヴォーデモン役のゲッダは勿論素晴らしいが、盛期を過ぎた感があり、手放しでは賞讃出来ないのが残念だ。ヴィシネフスカヤも盛期はとうに過ぎてゐるのだが、イオランタに賭ける情熱が勝り、可憐な乙女の歌が美しく表現されてゐる。レネ王役のペトコフは全く存在感がなく、完全な起用失敗だ。ロストロポーヴィチの伴奏は無難で破綻がなくライヴ録音であることも考慮して次第点と云へるが、推進力がなく詩情にも欠けるので凡庸だ。パリ管弦楽団は音色が軽く、チャイコフスキーの陰影ある響きを十全に表現出来てゐるとは云ひ難い。(2019.1.12)

ヴァーグナー:「マイスタージンガー」より、「神々の黄昏」より/シカゴ交響楽団/フリッツ・ライナー(cond.) [RCA 88883701982]
ライナーとシカゴ交響楽団のRCA録音全集63枚組。ライナーは晩年のシカゴ交響楽団との精緻でmassive、オーケストラを完全に制御した演奏をする指揮者の印象が強いが、高く評価されてゐたのは劇場での手腕であり、ヴァーグナー指揮者としてMetでも活躍した側面を見落としてはいけない。収録曲は、取り分け得意とした「マイスタージンガー」から第1幕前奏曲、第3幕前奏曲から接続で徒弟たちの踊りとマイスタージンガーたちの行進へと独自編曲したもの、「神々の黄昏」のラインへの旅と葬送行進曲の録音である。特に「マイスタージンガー」第3幕の音楽は、手際の良さも相まつて破格の名演として識者からも瞠目される内容だ。勿論、第1幕前奏曲も爽快極まりない圧倒的な名演。「神々の黄昏」の頻繁に演奏される2曲も細部まで神経の通つた完璧な演奏であり、ライナーの慧眼に感服する名演である。(2019.1.8)

ヴァーグナー:「トリスタンとイゾルデ」/ルネ・コロ(T)/マーガレット・プライス(S)/クルト・モル(Bs)/ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(Br)/シュターツカペレ・ドレスデン/カルロス・クライバー(cond.)、他 [DG 00289 483 5498]
クライバーのDG録音全集12枚組オリジナル・ジャケット仕様の愛蔵盤。幕ごとが各1枚に収まり3枚で聴けるのは音楽的にも嬉しい。それだけ、耽溺することなく見通しの良い演奏であることがわかる。クライバーの存在感が大きく、細部まで仕上げた手腕が随所に確認出来る。前奏曲の中盤から次第に熱気を帯び、聴き手を飲み込むやうな昂揚が特徴だ。全体は灰汁がなく、さらりとして冷静なヴァーグナーであり、時折、動的な情熱が燃え盛り起伏を付ける。最大の特徴は引き摺るやうな沈着がないことだ。シュターツカペレ・ドレスデンの派手過ぎない響きがクライバーの要求に見事に応へてゐる。歌手ではプライスのイゾルデが非常に個性的で特筆される。猛烈さがない為、一種特別な凛としたイゾルデであり、清涼剤となり得る。コロのトリスタンはだうも格好が悪い。甘い部分はそれなりに良いのだが。クルヴェナール役のフィッシャー=ディースカウは流石に上手いが、若き日のフルトヴェングラー盤での出来栄えを超えられたかと問はれると厳しい。ブランゲーネ役のブリギッデ・ファスヴェンダーが大変素晴らしい。詰まり女性陣は見事だが、男性陣に不満が残る。総合で見ると、小手先の上手さがあり、洗練された名盤だが、結局フルトヴェングラー盤を超えてはゐない。(2019.1.6)

プッチーニ:「トスカ」/コヴェント・ガーデン王立歌劇場管弦楽団と合唱団/カルロ・フェリーチェ・チラーリオ(cond.)/レナート・チオーニ(T)/ティート・ゴッビ(Br)/マリア・カラス(S)、他 [WARNER CLASSICS 0190295844493]
カラスのライヴ録音を集成した42枚組。装丁が豪華で蒐集家は必携だ。1964年1月24日の大変高名な公演記録。カラスと云へばトスカ、トスカと云へばカラスであり、デ=サバタとの名盤の他にも別格の名唱が残る。このロンドン公演も重要だ。カラスは流石に盛期の輝きと強さはないが、第2幕終盤の迫真の表現は鬼気迫り、他の追随を許さない。ゴッビのスカルピアが最高だ。カラスとは正反対に、セッション録音から10年以上経つて、丁度脂の乗つた時期で表現を深め声量も出て、この公演の事実上の主役である。悪役振りを極め天晴だ。チオーニのカヴァラドッシは好みが分かれるかも知れぬが、アリアではジーリ張りの泣き節豊かな名唱を聴かせて呉れる。第2幕では絶叫に近い感情剥き出しの猟奇的な声も出してカラスとゴッビの世界に踏み込まうとしてゐる。チラーリオの指揮は実に劇的で素晴らしく、万全の演出だ。オーケストラも絶品でデ=サバタ盤と遜色ない名演なのだ。(2018.12.29)

モーツァルト:交響曲第38番「プラハ」、マーラー:交響曲第4番/ヒルデ・ギューデン(S)/ウィーン・フィル/ブルーノ・ヴァルター(cond.) [DG 435 334-2]
1955年11月6日のライヴ録音。相性が良いウィーン・フィルに客演した記録だ。2曲ともヴァルターが得意とした演目で、至福の1枚なのだ。プラハ交響曲は第1楽章主部に入つてからの躍動が絶品だ。美しく歌ふ第2楽章も良く、風格と優美さが融合した第3楽章も良い。繰り返しはせず、一気呵成に聴ける。ウィーン・フィルの合奏が見事で、極上の逸品である。ヴァルターにとつて最も多く録音が残るマーラーの第4交響曲だが、一長一短とは云へ当盤の演奏が一番良いと思ふ。テンポが颯爽としてをり、全体に小振り乍らウィーン・フィルの音色の美しさが引き立つてゐる。殊更第2楽章の悪戯つぽい純真さが際立つ。何より第4楽章に関して申せば、あらゆる演奏の中でも当盤が最高ではなからうか。ギューデンの歌唱が絶妙で楽曲に相応しいのだ。清明で濁りがなく、しかも表情豊かな歌声は理想的だ。無垢を意識して幼い歌になるのは困るのだ。(2018.12.27)

ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第1番、同第2番、同第3番/バリリ弦楽四重奏団 [Universal Korea DG 40020]
ウエストミンスター・レーベルの室内楽録音を集成した59枚組。韓国製だがオリジナル仕様重視で大変立派な商品だ。バリリSQによるベートーヴェン弦楽四重奏曲全集はウィーン流儀の名盤と云はれる。バリリの流暢な語り口を筆頭に、発音が優しげで、伸び伸びと歌ひ、最後の音の処理が美しく、響きを重視し、ソノーラスで楽器の鳴りが良い。何よりも、ウィーン・フィルの首席奏者による最高度のアンサンブル、各奏者の技量が均一で、特に内声部2名の安定感が抜群であり、音楽が充実してゐるのが特徴だ。第3番が最も成功してをり、極上の名演だ。反対に、ベートーヴェンならではの闘争心溢れる切り込みや、鋭いスフォルツァンドが弱い。展開部の盛り上がりは豊麗な響きで築かれ、温和な音楽のままだ。第1番の第2楽章は悲劇的な痛切さがなく戴けない。第3楽章のやうなスケルツァンド風の楽曲は締まりが悪い。第2番の第1楽章はだらりと歌ふので意外と詰まらない。一方で交響的な昂揚のある第1番の第4楽章や、第2番の第4楽章などは重層的な広がりがあり、最上の出来栄えだ。(2018.12.24)

ヴィリー・ブルメスター(vn)/全録音 [レコード社/富士レコード社 F78-2]
意表外のところからとんでもない価値を持つ商品が登場した。大物ヴァイオリン奏者ブルメスターの史上初の全集盤なのだ。ハルトナックらの書籍に親しんだ愛好家を除けば、ブルメスターは今日完全に忘却されてをり、復刻の望みなど絶望的であつた。それが、創業88年を記念して神田神保町にあるレコード社が全集復刻を敢行した。ブルメスターは1923年に来日し、ニットー・レコードに2曲の録音を残した。これが世界的に珍品であり、本邦で復刻盤を出す意義があるのだ。収録曲は1909年にフランスのグラモフォンに残した、バッハのエアとガヴォット、ラモーのガヴォット、ドュセックのメヌエット、ヘンデルからの編曲3曲、シンディングの悲歌小品、1923年のニットー・レコードにフンメルのワルツと自作のロココ、初復刻となる1932年のデンマークのエディソン・ベルへの録音から、シューマンのトロイメライ、ラモーのガヴォットの再録音、メンデルスゾーンの協奏曲の第2楽章だ。古典作品は全てブルメスターがヴァイオリン演奏用に編曲を施してゐる。ブルメスターは19世紀末にパガニーニ演奏家として一時代を築いたが、飽きられると古典作品で勝負したが人気が出ず、パガニーニに戻つたが時代遅れとして顧みられなかつた。経歴は散々だつたが、録音は古典作品に取り組んでゐた頃のもので、立派な演奏ばかり、不人気が信じ難い。バッハのガヴォットでブルメスター以上の演奏があるだらうか。ラモーのガヴォットの鮮やかさも第一級だ。技巧が確かで、ヴァイオリンの音が白銀に輝いてゐる。愛好家は絶対に聴くべきだ。少量限定生産故、世界的にお宝盤になるに違ひない。(2018.12.20)

ヴァーグナー:「トリスタンとイゾルデ」/ルートヴィヒ・ズートハウス(T)/キルステン・フラグスタート(S)/ヨーゼフ・グラインドル(Bs)/ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(Br)/フィルハーモニア管弦楽団/ヴィルヘルム・フルトヴェングラー(cond.)、他 [EMI 0777 7 47322 8 4]
語り尽くされた究極の名盤。フルトヴェングラーが自身の録音活動において最高傑作と自負したレコード史に燦然と輝く偉業である。オペラともなると完全無欠な録音は難しいのだが、「トリスタンとイゾルデ」では未だにフルトヴェングラー盤は超えられてゐない。勿論、他盤の方が部分的には優れてゐる点もある。例へば、肝心のトリスタン役のズートハウスは確かにメルヒオールの偉大さには足元にも及ばないかも知れぬ。フラグスタートは決まつてゐるが、若き日の絶頂期の歌唱と比べると老ひは明らかだ。英國のフィルハーモニア管弦楽団が申し分ない演奏をしてゐるとは云へ、巨匠の手兵ベルリン・フィルを起用出来てゐたら、より幽玄な音が聴けたに違ひないなどと高望みが始まる。フルトヴェングラーこそ最高なのだが、セッション録音としての彫琢があり、商品としては見事だが、巨匠ならではのデモーニッシュな憑依が恋しくなる。だが、これだけは確と云へる。他盤を聴くと騒がしかつたり、暑苦しかつたり、薄つぺらだつたり、情念の欠片がなかつたり、とフルトヴェングラー盤にあるものがない。神秘的で秘匿な禁断の情感、古色蒼然として前近代的な響き、これこそフルトヴェングラーがこの録音に刻印したもので、第2幕の愛の二重唱では取り分け次元の異なる世界観を聴かせて呉れる。これが肝で、矢張りこれに尽きる。(2018.12.17)

シュトラウス:ドン・ファン、ヴァーグナー:ジークフリート牧歌、「トリスタンとイゾルデ」第1幕への前奏曲、「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第1幕への前奏曲/ウィーン・フィル/オットー・クレンペラー(cond.) [TESTAMENT SBT8 1365]
1968年、晩年のクレンペラーがウィーン藝術週間に登場した。その5公演を収録した8枚組。7枚目を聴く。最終公演日6月16日の記録で、最初に公演中最高の名演となつたシューベルトの未完成交響曲が演奏されてゐる。この日は演奏は絶好調で、どの曲も美しさが際立つ。ドン・ファンは耽美的なフレーズでの美しさに胸打たれる。最も素晴らしいのがジークフリート牧歌で、クレンペラーは弦楽器を各1本に絞り初演時に近い最小編成での演奏を行ふ。何といつてもウィーン・フィルの各奏者の音が美しい。ヴァイオリンは恐らくボスコフスキーだらう。いじらしく愛情豊かな歌ひ回しがこの演奏の魅力で、ほぼ独り占めしてゐる。室内楽的演奏で当盤を凌駕するものはない。「トリスタンとイゾルデ」は問題ありだ。演奏は素晴らしいのだが、前奏曲終結部から編曲が行はれ、クレンペラーの創作となり、愛の死の最終音へと繋がれる。メンデルスゾーンのスコットランド交響曲と似たやり口なのだが、ヴァーグナーに関して云へば、普通に愛の死を演奏すべきであつたと思ふ。「マイスタージンガー」はやや凡庸だ。(2018.12.11)

プッチーニ:「トスカ」/ローマ聖チェリーリア国立音楽院管弦楽団/フランチェスコ・モリナーリ=プラデッリ(cond.)/ジョージ・ロンドン(Br)/レナータ・テバルディ(S)/マリオ・デル・モナコ(T)、他 [DECCA 4781535]
テバルディ・デッカ録音全集66枚組。1959年の優秀なステレオ録音。テバルディはエレーデの指揮で1952年にもモノーラル録音を残してゐた。僅か7年であるが、デッカの総力を注ぎ込んだ名盤制作への意欲が伝はる。だが、残念乍ら「トスカ」に関してはカラス、ディ=ステファノ、ゴッビ、デ=サバタによるEMI盤を超えることはなく、次点扱ひをせざるを得ないのだ。弁護すれば、デバルディは文句なく素晴らしく、劇的で貫禄もある。デル・モナコは輝かしく、意気軒昂として見事だ。ロンドンも存在感を示してゐる。だが、カラス盤のやうな振り切れ方がないのだ。弱みを見せ、強みを最大限引き出したカラス盤の歌手らには及ばないのだ。一方で優れてゐる点はデッカの優秀録音に尽きる。良く考へられた音響も抜群だ。モリナーリ=プラデッリの指揮は表情豊かで良く歌ひ流麗だ。だが、緊迫感と統率力でデ=サバタに敵ふ指揮者は未だに現れない。(2018.12.6)

ヴァシリー・サペルニコフ(p)/全録音(1924年〜1927年)/クサヴァー・シャルヴェンカ/全録音(1910年〜1913年) [APR 6016]
ピアニストの復刻では他の追随を許さない英APRならではの稀少価値のある2枚組だ。2枚目はサペルニコフの英ヴォカリオンへの録音全集の続きと、シャルヴェンカの米コロムビアへの録音全集だ。サペルニコフの収録曲はショパンのワルツ第1番、子守歌、エチュード2曲、リスト編曲アリャビエフ「夜鳴き鶯」、リストの即興ワルツ、森のささやき、小人の踊り、ハンガリー狂詩曲の第12番と第13番、自作自演のワルツOp.1、ガヴォットOp.4-2、ポルカ=メヌエットOp.6-2だ。演奏は確かな技巧と優美な表情が特徴で、グランド・マナーを伝へる非常に卓越したピアニズムが聴ける。激することはなく音を犠牲にするやうな演奏ではない。ロシアの憂愁が美しい詩情となり格調高い音楽を奏でる一方で、生命力と推進力は失はない。絶妙な気品漂うリストはどれも絶品だ。自作自演が極めて重要で、曲良し、演奏良しだ。ポーランドの大物ピアニストであるシェルヴェンカの全7曲は気宇壮大な名演の連続だ。男性的な覇気が漲り、細部に拘泥せず技巧が唸り、嵐を呼ぶやうな演奏だ。演目はヴェーバー「舞踏への勧誘」、メンデルスゾーンのロンド・カプリチオーソ、ショパンのワルツ第2番と幻想即興曲、リストの愛の夢第3番、自作自演「スペインのセレナードOp.63-1」「ポーランドの踊りOp.3-1」だ。どの曲も繊細さや情感の豊かさは薄いが、溢れ返る情熱が圧倒的なのだ。パデレフスキにも比せられよう。自作自演も見事。コンポーザー=ピアニストの伝統を確認出来る愛好家垂涎の1枚だ。(2018.12.4)


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