楽興撰録

蒐集した音楽を興じて綴る頁

BACK


2019.6.29以前のCD評
声楽 | 歌劇 | 管弦楽 | ピアノ | ヴァイオリン | 室内楽その他

最近の記事

ベートーヴェン:交響曲第7番、シューベルト:未完成交響曲、ロッシーニ:「泥棒かささぎ」序曲、「コリントの包囲」序曲/フィルハーモニア管弦楽団/ローマ聖チェチーリア国立音楽院管弦楽団/グィード・カンテッリ(cond.) [EMI 50999 6 79043 2 7]
EMI系列の録音を集成した9枚組だが、録音全集ではなく中途半端だ。あと数枚増やせば全集が収まると思ふのに残念だ。2枚目を聴く。ベートーヴェンの第7交響曲は1956年5月、カンテッリ最後期のステレオ録音で、この後に続けて、ベートーヴェンの第5交響曲の録音を開始したが、完成しないまま事故死して仕舞つた。才気煥発で颯爽とした名演だ。カンテッリがカラヤンよりも格上の扱ひを受けてゐたことが諒解出来る演奏。シューベルトは1955年8月の録音で、幸ひなことに初期のステレオ録音で残された。無難な演奏で特記することはないが、水準以上の優れた演奏であることに違ひはない。ロッシーニが素晴らしい。トスカニーニのやうに暑苦しくなく、乾燥した明るさが決まつてゐる。「コリントの包囲」のみローマ聖チェチーリア国立音楽院管弦楽団との演奏で、1949年とカンテッリの最も古い録音のひとつだが、強い自信を感じさせる見事な演奏なのだ。(2019.11.12)

ピストン:ヴァイオリン協奏曲第1番、コープランド:ヴァイオリン・ソナタ、ノクターン、他/ロンドン交響楽団/バーナード・ハーマン(cond.)/アーロン・コープランド(p)/ルイス・カウフマン(vn)、他 [Bay Cities BCD 1019]
米國の名手カウフマンによる自國の作品集。単に競合盤がないだけでなく、高次元の演奏により、他の追随を許さない決定的名演ばかりだ。まずは管弦楽法の大家ウォルター・ピストンの協奏曲が聴き応へ抜群だ。指揮は映画音楽作曲家としても高名なバーナード・ハーマンだ。最高の取り合はせで、豪華絢爛な楽想を盛り立て、華麗なカウフマンの独奏とともに燃焼し尽くす。次に、何と作曲者自身のピアノ伴奏によるコープランドのソナタが聴ける。3楽章構成で、前半は簡素で静謐な楽想、終楽章のみ快活だ。これも絶対的な名演だ。もう1曲、美しいノクターンも聴ける。アンネッテ・カウフマンのピアノ伴奏によるコープランド「ウクレレ・セレナード」と「ホーダウン」はカントリー調の愉快な演奏を楽しめる。他に、マクブライド「スイング調でアリアとトッカータ」、スティル「ブルース」も雰囲気満点だ。作曲者ロバート・ラッセル・ベネット自身のピアノ伴奏で”Hexapodo”が面白い。奇怪な様子が伝はる。カウフマンの技巧も冴える。ジェローム・ケルン作曲”The Song is You”と”Smoke Gets in Your Eyes”では往年の甘い歌唱を彷彿とさせる。ハリウッドの影武者カウフマンの真髄が聴ける1枚。(2019.11.9)

ラフマニノフ:パガニーニの主題による狂詩曲、交響的舞曲、他/ベンノ・モイセイヴィッチ(p)/BBC交響楽団/サー・エイドリアン・ボールト(cond.)/セルゲイ・ラフマニノフ(p)、他 [Marston 53022-2]
再びラフマニノフ歴史的音源集3枚組を聴く。3枚目には1枚目にも収録されてゐたラフマニノフ自身による交響的舞曲の試奏を編集なしの状態で聴ける。1枚目は曲になるやう並び変へて繋ぎ合はせた編集版だが、この3枚目はラフマニノフが弾いたままの無修正版だ。全く同じ音源だが、1枚目は未使用部分があつて27分なのに対し、3枚目は32分と長いが観賞向きではない。他にも、猛烈に音が悪いが、大変貴重な初出音源が収録されてゐる。ラフマニノフのライヴ録音は全く残されてゐないと考へられてゐたが、1931年のベル・テレフォンに残されたフィラデルフィアでの演奏記録が発掘された。ブラームスのバラードとリストのバラード第2番がほんの数分だけ聴ける。また、死の前年の1942年、自宅でと思しき私的録音で、妻ナターリヤとの連弾で「イタリアのポルカ」―1938年の録音とは別物―とロシア民謡ブブリチキを友人たちが歌ひ、ラフマニノフがピアノで伴奏したものも聴ける。これらは資料的な価値しかないが貴重この上ないのだ。従つて、最も聴き応へがあるのが、モイセイヴィッチによる狂詩曲だ。1946年の放送録音でボールトの伴奏も良い。モイセイヴィッチの3種目となる録音だが、感興が乗つてをり自在な表現が聴ける。特に第18変奏の入りの気取つた崩しは清楚な演奏が殆どの中で強烈な個性を放つ。(2019.11.5)

モーツァルト:ピアノ協奏曲第26番、アダージョロ短調K.540、ピアノ・ソナタニ長調K.576/ウィーン交響楽団/ルドルフ・モラルト(cond.)/リリー・クラウス(p) [Vox CDX2 5516]
米Vox2枚組。1950年から1951年頃の録音とされる。2枚目はモーツァルトのニ長調協奏曲が聴けるが、モラルトの指揮が凡庸極まりなく良い点がない。肝心のクラウスは悪くはないが、録音がもつさりしてをり、良さが伝はらずもどかしい。クラウスは後年に状態の良い全集録音を残したので、このVox盤は全く価値がないと云へよう。さて、本当に素晴らしいのは独奏曲だ。モーツァルト後期の傑作が聴ける。モーツァルトでは珍しいロ短調によるアダージョは、静謐で深刻な音楽だ。協奏曲と異なり、クラウスの作る空気が絶妙だ。モーツァルト最後のソナタでは深沈とした趣があり、儚き美が感じ取れる。後年の全集録音の輝きのある演奏も素晴らしいが、この初期録音も捨て難い魅力がある。(2019.11.1)

モーツァルト:交響曲第38番、第39番/チェコ・フィル/ヴァーツラフ・タリフ(cond.) [ARTIS AT026]
タリフの主要録音集22枚組。戦前のHMVと戦後のスプラフォン両録音を集成したのは初だらう。タリフの録音は御國物が殆どで、それ以外の作曲家はチャイコフスキーかモーツァルトが僅かにあるだけで、特にモーツァルトは大のお気に入りなのか多様な作品を録音した。ヴァイオリン弾きであつたタリフは弦楽の指導者として有能であり、モーツァルトへの理解の深さを感じさせる演奏ばかりだ。取り分け所縁のプラハ交響曲に良さを感じた。1954年のライヴ録音と思しき演奏で、全体は雑然としてゐるものの、特に第1楽章での求心力が素晴らしく、細部よりも全体の設計の上手さに魅惑された。1955年のスプラフォンへの録音である第39番は幾分綻びが気になるが、水準以上の演奏だ。チェコ・フィルの伝統でクラリネットがかけるヴィブラートは特徴的だ。(2019.10.29)

アルトゥーロ・トスカニーニ(cond.)/サー・エドワード・エルガー(cond.)/サー・ヘンリー・ウッド(cond.)/ヴィルヘルム・フルトヴェングラー(cond.)/レオポルド・ストコフスキー(cond.)/ニコラウス・スロニンスキー(cond.)、他 [SYMPOSIUM 1253]
英SYMPOSIUMによる管弦楽の稀少音源集。当盤でしか聴けない音源多数なのだが、本当に価値があるのは、後半に収録されたフレイハンのテルミン協奏曲とヴァレーズのイオニザシオンだ。まず、テルミンを独奏楽器とし、オーケストラ伴奏による協奏曲があつたことに驚きを禁じ得ない。1945年2月、クララ・ロックモアのテルミン、ストコフスキー指揮、ニューヨーク・フィルによる演奏である。13分弱の曲で、ハリウッド映画音楽風の派手な楽想で親しみ易い。ヴィブラートを強大にしたヴィオラのような音色のテルミンが奏でる妖艶な旋律だけでなく、技巧的なパッセージも疾駆するのが聴き処だ。音楽的にも大変素晴らしいので必聴だ。次に1933年3月、初演直後に録音された世界初の打楽器アンサンブル音楽、ヴァレーズ「イオニザシオン」に衝撃を覚える。その他の収録曲だが、1938年、トスカニーニがBBC交響楽団を指揮した英國国歌、1927年、エルガー自作自演で交響曲第2番第3楽章のリハーサル風景の断片、1942年、フルトヴェングラーとウィーン・フィルによるベートーヴェンの交響曲第9番第3楽章の断片録音は大層貴重で、蒐集家にとつては重要だらう。1936年、ウッド指揮BBC交響楽団によるベートーヴェンの交響曲第8番のブツ切れだがほぼ全曲の記録と第4番のほんの一部分の記録は、演奏も凡庸で鑑賞に適さない。これは不要だ。もう1曲、シベリウス唯一の自作自演とされるアンダンテ・フェスティーヴォが収録されてゐるが、これは偽物の方である―ONDINEとBISから発売されたのが本物だ。しかし、皮肉なことに、本物よりもこの正体不明の偽物録音の方が感動的な名演なのだ。(2019.10.26)

ヴァーシャ・プシホダ(vn)/ポリドール録音集/ブルーノ・ザイドラー=ヴィンクラー(p&org) [Podium POL-1018-2]
Podiumのプシホダ復刻第14巻はブルーノ・ザイドラー=ヴィンクラーの伴奏によるポリドール録音集なのだが、録音年の詳細が記載されてをらず大変困る。材質の粗悪なポリドール盤の復刻音は最低だが、蒐集家には掛け替へがない。英Biddulphで復刻があつたパガニーニのヴィルヘルミ編曲版第1協奏曲とソナティネホ短調は音質面で英Biddulphに全く敵し得ず、ここでは触れない。サラサーテ「ツィゴイネルワイゼン」「アンダルシアのロマンス」は技巧の切れ、濃厚な歌、絶頂期のプシホダの魅力が全開だ。フーベルマンやハイフェッツのみが対抗し得る境地。御國物は絶対で、ドヴォジャークのスラヴ舞曲ホ短調とドルドラ「ギターの調べ」は節回しの絶妙さに陶然となる。官能の極みヴァーグナー「アルバムの綴り」はプシホダだけの魔性の世界だ。面白いのはモーツァルトのメヌエットで、甘い音色、愛らしい旋回、ロココ美の結晶だ。クライスラー「コレッリ主題による変奏曲」も同様、典雅な名演。さて、当盤で最も印象深いのはオルガンの伴奏による3曲で、コレッリ「ラ・フォリア」とクリスマスの音楽”O du fröhliche”と”Stille nacht, heilige nacht”だ。クリスマス曲ではプシホダの美音が堪能出来る。コレッリは自在な編曲で、カデンツァ風の終盤は幻想的で圧巻。(2019.10.24)

アルフレッド・コルトー(p)/1957年ロンドン録音/ショパン:24の前奏曲集、バラード(全4曲) [EMI 50999 704907 2 5]
再びコルトーを聴く。全40枚の箱物より28枚目。1957年、最晩年の記録で、未発表の初出音源だ。だうも英HMVは老コルトーに気儘に録音をさせ、商品にならぬと判断したら廃棄をしてゐた節がある。調子が良いものだけ発売をしたのだ。コルトーも完璧な造形品を残そうといふ積りもなく、一発録りでテンペラメントを信条とした藝術家の面目を貫いた。得意のショパン、1920年代にも真つ先に録音した前奏曲とバラードだ。音楽が深みを増す一方で、技巧の衰へが著しく無残だ。前奏曲は平易な曲での美しさはコルトーだけが到達した境地が聴けるが、技術的に難易度が高い曲はひやりとする。だが、概ね許容出来る演奏と云へるだらう。しかし、バラードは擁護派にも苦しい演奏だ。完全に破綻してをり、音楽になつてゐない。お蔵入りになつたのは当然だ。商業用セッション録音はこれが最後となつた。(2019.10.21)

ルネ・レイボヴィッツ(cond.)/ロンドン新交響楽団/ RCAイタリア管弦楽団/ローマ・フィルハーモニー管弦楽団 [SCRIBENDUM SC510]
奇才レイボヴィッツのリーダーズ・ダイジェスト録音集13枚組。小品録音は商業的な建前とレイボヴィッツの野心が拮抗してをり聴いてゐて戸惑ふ。シェーンベルクやヴェーベルンの薫陶を受けたレイボヴィッツが通俗名曲を嬉々として録音する筈もなく、以下、玉石混淆の録音たちを分類して述べる。まず、自ら編曲をし魅力を伝へようとした演奏が面目躍如で、ディニーク「ホラ・スタッカート」、グノー「アヴェ・マリア」は聴き応へがある。特にディニークは必聴だ。次いで、意外な選曲だが思ひ入れがあるのか琴線に触れる名演、ゲーゼ「タンゴ・ジェラシー」、グリーグ「ソルヴェイグの歌」に注目。ゲーゼは全演目中の白眉だ。そして、レイボヴィッツの真価が遺憾無く発揮されたのが、当盤唯一の大曲、イベール「寄港地」、それから、シャブリエ「楽しき行進曲」、マイアベーア「預言者」戴冠式行進曲、ファリャ「恋は魔術師」火祭りの踊り、ドリーブ「泉」間奏曲だ。とは云へ、どれも突き抜けた良さはない。最後に、一般的な人気があるからだらうが商業的な録音をしたに過ぎないと思はれる不出来な演奏、サリヴァン「軍艦ピナフォア」序曲、ワルトトイフェル「スケートをする人々」、リムスキー=コルサコフ「熊ん蜂の飛行」、ボッケリーニ「メヌエット」で、だうにも気の抜けた演奏であつた。(2019.10.18)

シャブリエ:スペイン、田園組曲、楽しき行進曲、「いやいやながらの王様」より2曲、トマ:「ミニョン」序曲、「レーモン」序曲、オーベール:「黒いドミノ」序曲、「フラ・ディアヴォロ」序曲/スイス・ロマンド管弦楽団/エルネスト・アンセルメ(cond.) [DECCA 0289 480 7898 1]
アンセルメが録音したフランス音楽を集成した32枚組。24枚目を聴く。色彩的な演奏を得意とするアンセルメにはシャブリエは打つて付けだ。どの曲も演奏効果が高く、申し分ない出来栄えだ。狂詩曲「スペイン」や「楽しき行進曲」のやうな絢爛たる曲も巧いが、中間色を使用した詩情溢れる「田園組曲」の方に良さがある。また、バレエの神様であるアンセルメにとり「いやいやながらの王様」からの2曲、スラヴ舞曲とポーランドの祭りのやうな曲は相性が良く、見事な演奏だ。この2曲は決定的名演と云へる。トマが素晴らしい。抒情的な「ミニョン」も巧いが、「レーモン」は楽想の描き分けが天晴れで決まつてゐる。美しさと軽快さが同居したこの曲随一の名演として推奨したい。オーベールも同様の名演なのだが、パレーの別格の名演があるので次席にならざるを得ない。辛口のパレーに対して、アンセルメは幾分温いのだ。(2019.10.15)

ベルリオーズ:幻想交響曲、デュカ:魔法使いの弟子、ラヴェル:「ダフニスとクロエ」第2組曲/チェント・ソリ管弦楽団/パリ国立歌劇場管弦楽団/マニュエル・ロザンタール(cond.)/ルイ・フレスティエ(cond.) [ACCORD 476 8963]
秘匿の名盤といふのはまだまだ存在するものだ。1957年にクラブ・フランセ・デュ・ディスクといふ通販専門のマイナー・レーベルに録音されたフレスティエ/チェント・ソリ管弦楽団による幻想交響曲は破格の名演として識者には知られてゐたが、一般的には盲点とも云へよう。兎に角、個性的な演奏で、滅法速く、滅法明るい。物理的にも速いが、響きが軽いので体感としてはミュンシュ盤やパレー盤を上回る。何よりチェント・ソリ管弦楽団から引き出した憂ひのない楽天的な音色が振り切れてをり、それはもう安つぽい品のない音とも形容してよかろう。圧巻が第5楽章で、大詰めに向かつて尋常でない巻きがあり、狂乱の謝肉祭のやうな雰囲気で終結し唖然となる。巧い演奏とは云ひ難いが、この曲の根底にある薬物中毒を最も体現したとも云つてよい。余白にディスク・ヴェガへの録音で、ロザンタール指揮、パリ国立歌劇場管弦楽団によるデュカとラヴェルが収録されてゐる。洒脱な演奏で、デュカは色彩的な純然たるフランスの栄光を示した名演だ。ラヴェルは組曲なのに薄手の合唱付きの録音で、踏み込みも中途半端で著しく感銘が落ちる。(2019.10.12)

ハイドン:交響曲第96番「奇蹟」、同第97番、同第98番/フィルハーモニア・フンガリカ/アンタル・ドラティ(cond.) [DECCA 478 1221]
ドラティ最高の偉業であるハイドン交響曲全集33枚組。ザロモン・セットともなると突然多くの録音が存在するやうになり、競合盤が溢れる。それでもドラティの録音は一定の価値を保つてをり流石だ。第96番はドラティの全集の中でも特に優れた演奏である。非常に安定感のある演奏で、立派な響きに包まれ、品格を兼ね備へてゐる。特に第1楽章と第2楽章は申し分なく、最高の出来栄えだ。だが、後半楽章はやや刺激に欠け、価値を減じて仕舞つた。第97番は同曲のあらゆる録音の最上位に置かれるべき名演だ。第1楽章のコーダの圧倒的な威容はハ長調の勝利を告げる。第2楽章のsul ponticello奏法を完全に聴かせてゐるのは古今東西ドラティだけだ。全104曲の個性を把握したドラティだからこそ為せる拘泥はり抜いた追求だ。第3楽章の独奏ヴァイオリンの目立たせ方も上手い。第98番でも終楽章のチェンバロ独奏へのスポットライトの当て方にドラティの拘泥はりを感じる。だが、丁寧に聴かせやうとして、テンポも落とし過ぎて仕舞ひ解説風で口説い。(2019.10.8)

ブルックナー:交響曲第7番/シュターツカペレ・ドレスデン/オイゲン・ヨッフム(cond.) [EMI 5 73905 2]
権威ヨッフム第2回目の全集録音より。1976年の録音。ベルリン・フィルとの旧録音と比較して最も印象が異なるのが第7番だ。旧盤は圧倒的なベルリン・フィルの合奏力、黒光りする重量感のある響き、肉感もあり栄養満点の音色が特徴で、音の張り出しが強く、テンポも煽るやうな箇所も聴けた。反面、ヨッフムの個性や解釈が出し尽くされたかは疑問で、オーケストラ主導の演奏だつたかも知れぬ。だから、この新盤はヨッフムの意図が完全に反映された演奏として聴くことが出来る。物理的な演奏時間の違ひは目立たないが、響きの印象が大分異なる。発音に丸みがあり、勢ひが良い旧盤とは大違ひなのだ。その為、流麗でフレーズが大きく、連綿とした演奏だ。勿論、野人ブルックナーの無骨さは残しつつ、旋律重視の箇所は悠久この上ない。特に第2ヴァイオリンの表情豊かな歌は見事。一方、各奏者の力量は旧盤には劣り、些細な瑕があるが気にはならない。(2019.10.6)

ショパン:ピアノ・ソナタ第2番、シューマン:幻想小曲集、ドビュッシー:仮面、レヴィ:前奏曲第1番、シャブリエ:5つの遺作、ハバネラ、バレエの歌、即興曲、楽しき行進曲/イヴ・ナット(p)/ラザール・レヴィ(p)/マルセル・メイエ(p) [Tahra TAH 591]
ピアノ・アーカイヴ第1集。仏Tahraが発掘した稀少録音集だ。フランスの高名なピアニスト3名の貴重な録音が揃ひ踏みする。まず、ナットによるショパンの葬送ソナタだが、初出音源なのだ。1953年3月17日のシャンゼリゼ劇場におけるライヴ録音。ナットのライヴ録音は大変珍しく、久々の新規音源であり、存在だけでも価値がある。ショパンのソナタはこのライヴ録音の直前にセッション録音を残してゐる。当盤は実演だけに瑕も多いが、暗い情熱が爆発してをり聴き応へがある。レヴィによるシューマンは1955年2月のワルシャワでの録音。硬質のピアニズムが聴ける。有り難いのは1929年、グラモフォンへの録音でドビュッシーと自作自演が聴けることだ。シューベルトに接近した詩情豊かな自作が美しい。メイエによるシャブリエは何と初出音源で、1955年、ローマRAIスタジオでの放送録音だ。シャブリエはメイエの十八番で、当盤で聴ける9曲全てをディスコフィル・フランセに録音に残してをり、重複するのだが、愛好家にとつては値千金である。演奏はえも云はれぬ抒情的な逸品である。(2019.10.2)

ベートーヴェン:交響曲第5番、同第8番/ボストン交響楽団/セルゲイ・クーセヴィツキー(cond.) [ARTIS AT020]
40枚組。クーセヴィツキーの復刻がこれほど纏まつたことはかつてなく、大歓迎の好企画だ。第5交響曲は1944年のセッション録音。重要なクーセヴィツキーの遺産だ。冒頭から破滅的な運命の動機が炸裂する。持続する緊迫感、切れば血の吹き出るやうな熱い音、第1楽章の壮大な悲劇は古き良き時代の演奏だ。かうでなければならぬ。安らぎと不安が交錯する第2楽章、相剋から勝利へと進撃する後半楽章までこの偉大な名曲を偉大に演奏した理想的な名演である。トスカニーニ、メンゲルベルク、フルトヴェングラーの残した録音に匹敵する極上の演奏。中でもクーセヴィツキーの演奏は男臭く骨太だ。第8交響曲は1936年のセッション録音で、俊足のテンポに圧縮された絶妙な音響が共存した名演だ。発火するやうなスフォルツァンドが見事で、両端楽章の燃焼は凄まじい。快速で痛快な第2楽章、テンポを落として大らかに歌ふ第3楽章トリオも大変素晴らしい。往時、メンゲルベルクやヴァインガルトナーの名盤と伍した逸品と云へる。(2019.9.29)

ベルリオーズ:幻想交響曲/フィルハーモニア管弦楽団/アンドレ・クリュイタンス(cond.)、他 [WARNER ERATO 9029588669 ]
没後50年を記念して集成された管弦楽と協奏曲録音全集65枚組。クリュイタンスによる幻想交響曲の正規録音は2種類あり、フランス国立管弦楽団とのモノーラル録音と、このフィルハーモニア管弦楽団とのステレオ録音だ。僅か3年しか間隔が空いてをらず、存在意義としては甚だ微妙である。この新盤は録音が鮮明以外に取り柄がなく、英國のよりもフランスのオーケストラの方が当然相性が良い。内容は優等生宛ら、良く鳴り良く揃つた次第点の演奏であり、悪い箇所はないのだが物足りない。これは旧盤にも当て嵌まり、幻想交響曲の録音でクリュイタンスは功名を立ててはゐない。否、我らは知つてゐる。来日公演での手兵コンセール・ヴァトワールとの演奏を。幻想交響曲の決定的名演であり、これらセッション録音は云ふなれば社交辞令だ。余白にウィーン・フィルとの「交響曲への誘ひ」から3曲、チャイコフスキーの第4番第3楽章と第6番第3楽章、ドヴォジャークの第9番第2楽章が収録されてゐるが、別項で既に述べたので割愛する。(2019.9.26)

ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第7番、弦楽五重奏曲/ヴィルヘルム・ヒュプナー(va)/バリリ弦楽四重奏団 [Universal Korea DG 40020]
ウエストミンスター・レーベルの室内楽録音を集成した59枚組。韓国製だがオリジナル仕様重視で大変立派な商品だ。ラズモフスキー第1番は非常に流麗かつ豊満な演奏で、伸びやかに歌が広がる。奏者らの力量も抜群で、丁々発止のアンサンブルの中に彩りが繊細に変化する極上の名演だ。だが、難癖を付けると、平和な演奏過ぎ、予定調和の音楽であり、闘争心は眠つたままだ。ウィーン流儀の美しい演奏だが、ブッシュSQやハンガリーSQの厳しく鋭い演奏を超えることが出来ない。もう1曲、珍曲が聴ける。否、歴とした作品番号29のハ長調弦楽五重奏曲なのだが、四重奏全集から漏れ、鑑賞の機会が少ない。曲はベートーヴェン初期の屈託のない歌と威勢の良さが同居してゐる。シューベルトに多分に影響を与へた要素が詰まつてゐる。このバリリSQの名盤は存分に魅力が伝はる逸品だ。(2019.9.23)

モーツァルト:交響曲第35番、同第33番、同第38番/ベルリン放送交響楽団/ライプツィヒ放送交響楽団/ヘルマン・アーベントロート(cond.) [BERLIN Classics 0092712BC]
モーツァルト録音集2枚組。1枚目を聴く。1955年から1956年にかけての録音。ベルリン放送交響楽団とのハフナー交響曲は冒頭から大変威勢が良く祝祭的だ。第2楽章と第3楽章は往年のロココ風演奏で、華美で小粋で雰囲気満点だ。ライプツィヒ放送交響楽団との第33番は全体的に雑な仕上がりで、大味な演奏に聴こえ良くない。熱量が多く雑踏のやうな演奏になつて仕舞ひ、優美さがなく成功してゐない。プラハ交響曲はベルリン放送交響楽団との演奏で、大変優れた名演だ。第1楽章主部に入つてからの只管前進疾駆する音楽は天晴。細部では転調でのアゴーギクがさりげなくあり、色合ひが変化するごとにアーベントロートの藝の奥行きを感じる。第2楽章は全ての音に血を通はせた極上の名演で、明暗が交錯する。モーツァルトの新境地を理解したからこその名解釈なのだ。(2019.9.20)

バッハ:半音階的幻想曲とフーガ、トッカータニ短調BWV.913、イタリア協奏曲、2声のインヴェンションと3声のシンフォニア/マルセル・メイエ(p) [EMI 0946 384699 2 6]
ディスコフィル・フランセへの全録音の他、戦前の録音も網羅した17枚組。7枚目を聴く。メイエにとつてバッハは中核となるレペルトワールであつたが、有名な半音階的幻想曲とフーガは淡く上品な演奏なので些かも面白くない。灰汁の強い競合盤が犇いてゐるからメイエを聴く価値はない。イタリア協奏曲も締まりがなく、快活さに不足する。ニ短調のトッカータも切れが悪く、ぼやけた演奏で中間色の印象しか残らない。一方で素晴らしいのはインヴェンションとシンフォニアだ。清廉さは生かしつつ色彩の変化を聴かせ、曲ごとの性格を明らかにしていく。技巧の痕を微塵も感じさせず、音楽だけに集中させる手腕。この曲集にはグールドの名盤があつたが、構造を聴かせるグールドに対して色彩を聴かせたメイエ盤は双璧を成す。(2019.9.17)

ブルックナー:交響曲第7番/ウィーン・フィル/ハンス・クナッパーツブッシュ(cond.) [VENIAS VN025]
怪物クナッパーツブッシュの管弦楽曲録音を可能な限り集成した70枚組。1949年8月30日の演奏記録。クナッパーツブッシュは第7交響曲の正規録音を残してをらず、ライヴ録音も確か2種類しかない筈だ―どちらも墺オルフェオから発売された。特別話題になることもなかつたが、矢張りクナらしい巨大な構への演奏には抗し難い魅力がある。それにウィーン・フィルの艶のある音色が重なり、壮麗な名演が現出した。第1楽章の悠久の彼方へと広がるやうな音楽の運びが素晴らしい。時に踏みしめる重い足取りも個性的で良い。素晴らしいのが第2楽章だ。強い抉りと伴ふ濃厚な演奏で、真のヴァグネリアンが奏でる偉大な音楽を聴いた心地になる。重量級の第3楽章はトリオが充実してゐる。大型の第4楽章も成功してゐる。特選するほどの決め手はないが、名演には違ひない。(2019.9.15)

ベルリオーズ:幻想交響曲、ビゼー:「カルメン」3つの間奏曲、「アルルの女」よりファランドール/レニングラード・フィル/エフゲニー・ムラヴィンスキー(cond.) [PROFIL PH16026]
独PROFILが敢行するムラヴィンスキー・エディション第2巻6枚組。2枚目は珍しいフランス音楽で、ベルリオーズは1960年のライヴ録音、ビゼーは1946年のセッション録音、ムラヴィンスキー唯一の音源だ―実は幻想交響曲第2楽章のワルツのみ1949年にセッション録音があるのだが。ベルリオーズは全体的に抑制された張り詰めた雰囲気が特徴だ。弦楽器が奏でる弱音の冷んやりとした緊張感ある音は何かしら喪失感すら漂はせ、ムラヴィンスキーの藝術性の高さを覚える。一転、第4楽章ではロシアの金管楽器が遠慮を知らずに緩急付けて追ひ詰める。一般的には色彩的で情熱的な演奏が多い中、厳しく冷たい質感を崩さず強面で微細な変化を聴かせ、制御され統率された合奏は個性的だ。異端ではあるが面白みはある。ビゼーもムラヴィンスキーの個性を刻印する。カルメンでは第3幕間奏曲の清涼と昇天して行く様が美しさの極みである。そして、かねてより有名なファランドールの高速軍用機のやうな名演で止めを刺す。「ルスランとリュドミラ」の演奏に比すべき圧倒的感銘を残すだらう。(2019.9.12)

ハイドン:交響曲第97番、同第99番/クリーヴランド管弦楽団/ジョージ・セル(cond.) [SONY 88985471852]
遂に集成されたセル大全集106枚組。1957年10月に録音された名盤。セルはハイドンを得意としたが、録音初期に選曲された拘泥はりの曲だけに自負を感じ取れる。第97番は旧録音になる。最晩年に録音した新盤と比較した結論から述べると、この旧盤の方が断然優れてゐる。まず、意図が明確でセルの表現したかつたことが出尽くしてゐる。新盤はより高次の繊細さを追求したのかもしれないが伝はらない恨みがある。その点、この旧録音は実に痛快、減り張りが効いてゐる。この曲にはアーベントロートの浪漫的な名盤もあつたが、楽譜の改変もあり、一般的にはこのセル盤の方が推奨出来る。第99番には再録音がなく、確か唯一の音源。だが、これが堂々たる貫禄の名演なのだ。この曲にはクリップスによる優美な名盤もあるが、筋肉質で明暗の堀りの差が深いのはセル盤の強みで、併せて推奨したい。(2019.9.10)

ベートーヴェン:「レオノーレ」序曲第2番、ブラームス:ハンガリー舞曲第1番、同第3番、モーツァルト:交響曲第41番「ジュピター」、パレストリーナ:甘い眠り、シューベルト:未完成交響曲/ウィーン・フィル/ウィーン国立歌劇場合唱団/バンベルク交響楽団/クレメンス・クラウス(cond.)、他 [Venias VN-033]
クラウスのほぼ全ての録音を集成した97枚組。クラウスは正規セッション録音の割合が僅かで、ライヴ録音が大半を占めるので蒐集が一筋縄では行かず、愛好家必携だ。SP録音時代のウィーン・フィルとのブラームスは墺プライザーより復刻があり、ブレーメン州立フィルハーモニー管弦楽団とのモーツァルトは仏Tahraが発掘した音源で、既に記事にしたので割愛する。クラウスにとつては珍しいベートーヴェンの演奏はウィーン・フィルとで、1954年、最晩年の記録だ。演奏は総じて締まりがなく力瘤もないので、存在感のないベートーヴェン演奏としか形容出来ない。戦中の1942年に記録されたパレストリーナの合唱曲がずしりと感銘を与へる。クラウスが斯様な曲を演奏してゐたとは露知らず。官能的な印象を残す名演だ。1951年録音のバンベルク交響楽団との未完成交響曲は期待外れで、中途半端な印象を受けた。悪い演奏ではなく無難な仕上がりなのだが、クラウス流儀の耽美性はなく特徴が薄いのだ。(2019.9.6)

ベートーヴェン:ピアノ三重奏曲第3番、同第5番、同第7番、チェロ・ソナタ第1番、同第2番、同第5番、ソナタヘ長調(ホルン・ソナタ)/ヴィルヘルム・ケンプ(p)/カール・エンゲル(p)/ミエチスラフ・ホルショフスキ(p)/シャーンドル・ヴェーグ(vn)/パブロ・カサルス(vc) [Philips 438 520-2]
カサルスのベートーヴェン演奏を編んだ3枚組。1958年9月に行はれたボンのベートーヴェン・ハウスでの特別演奏会での演目は、ピアノ三重奏曲第1番と第7番、チェロ・ソナタ第2番、第5番、ホルン・ソナタの編曲だ。ハ短調トリオ作品1-3以外は既に記事にしたので割愛する。ハイドンの反対を押し切つてベートーヴェンが最初に出版を決めた野心的なハ短調作品では、強烈なアクセントで情熱をぶつけるカサルスの演奏が曲想とも合致し、大変聴き応へがある。ホルショフスキとヴェーグも健闘してゐる。ピアノ三重奏曲第5番とチェロ・ソナタ第1番は1961年7月のプラド音楽祭での演奏。三重奏曲は珍しくエンゲルがピアノを受け持つ。演奏自体は瑕が多いものの感情が爆発してをり、今日的な室内楽演奏とは一線を画す。劇的な表現にカサルスらの意気込みを感じるが、巧い演奏ではない。ソナタはケンプとの演奏で、非常に相性が良い。技術的には両者心許ないのだが、音楽的な一体感があり良い出来だ。(2019.9.2)

ブルックナー:交響曲第7番/ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団/フランツ・コンヴィチュニー(cond.) [Corona Cl.collection 0002322CCC]
名匠コンヴィチュニーの録音を集成した箱物の第2巻11枚組。1961年の録音。ブルックナーの生涯で最も成功した作品の初演を担つたのがライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団であつた―指揮者はニキシュ。そのオーケストラによる録音は大変な意義があるものだ。コンヴィチュニーはブルックナーを得意とし、主要曲は記録が残る。コンヴィチュニーの他の演奏同様、飛び抜けた個性的な表現は特段見られないといふ恨みはあるが、古風なドイツの幽玄な響きに満たされる王道的な演奏が聴ける。湧き上がるやうな第1楽章は重心の低さが良い。情感が篭る第2楽章、ひたすら無骨な第3楽章も見事だが、特筆すべきは第4楽章で実直で浮ついたところがなく全曲をどしりと締め括る。簡単には真似出来ない伝統の重みを感じる名演なのだ。(2019.8.30)

ハイドン:交響曲第101番、同第102番、シューベルト:未完成交響曲/フランス国立管弦楽団/イーゴル・マルケヴィッチ(cond.) [EMI/ERATO 0825646154937]
マルケヴィッチのEMI系列の全録音を集成した18枚組。1955年の録音だ。ハイドンでは時計交響曲が切れ味鋭く極上の仕上がりである。躍動感が素晴らしく、強弱の差も鮮やかだ。一本調子になり易い第2楽章の絶妙な見通しは天晴れで、構へ過ぎないのが良い。全体的に洒脱で小粋な表現が決まつてゐる。第102番はやや感銘が落ちる。この曲も瀟洒な解釈で上品な仕上がりだが、ハイドンの交響曲の中でも雄大な広がりを感じさせる曲だけに小ぢんまり纏まつた恨みがある。シューベルトが期待以上の名演であつた。特別なことはしてゐないのだが、深刻な演奏で、救済のない絶望的な音楽を感じさせるのだ。表現は抑制され、響きは内面へと向かふ。マルケヴィッチ特有の鋭い感覚で甘さを持ち込まず、辛口に仕上げた秘匿の名演。(2019.8.26)

ヴィターリ:シャコンヌ、ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ第1番、アクロン:ヘブライの旋律、クライスラー:美しきロスマリン、スメタナ:我が故郷第2番/ジョゼフ・セイガー(p)/ミッシャ・エルマン(vn) [TESTAMENT SBT2 1475]
再びエルマンを聴く。2枚組の2枚目。ダヴィド編曲のヴィターリはDECCAにも正規録音があつたが、エルマンの美音が堪能出来る大変見事な演奏だ。極めて胆力のある音色で腰の強い歌を聴かせる。古典的な佇まいよりも浪漫的な歌にエルマンの個性がある。さて、エルマンはDECCAにブラームスのソナタ第2番と第3番を―第3番はRCAにも録音があつた―残したが、第1番だけは録音がなかつたのだ。詰まり、幻の演目の初登場となり、遂にブラームスのソナタ全曲が揃ふことになつた。この放送録音最大の目玉である。演奏自体は取り立てて褒めるほどではないが、有り難く拝聴しよう。のんびりと浪漫を歌ひ上げたエルマンらしい演奏だ。小品はどれも絶品。得意としたアクロンは当然決定的な名演。クライスラーも実に楽しい。十八番スメタナの熱い歌は最高だ。(2019.8.22)

ベルリオーズ:幻想交響曲、ファリャ:「恋は魔術師」「はかなき人生」より/コンセール・ヴァトワール/コンスタンティン・シルヴェストリ(cond.) [EMI 50999 7 23347 2 0]
シルヴェストリEMI録音全集17枚組―協奏曲の伴奏録音は除く。ベルリオーズはシルヴェストリ向きの曲である。刺激的な仕掛けが随所にあり、面白く聴ける。幾分小手先の表現も散見されるが、全体の見通しは良く、なかなかの名演なのだ。コンセール・ヴァトワールを起用してゐるのも大きい。血肉と化した名曲を斬新な解釈で演奏する喜びに溢れてゐるやうだ。後半2楽章の鮮烈な表現は当然素晴らしいが、濃厚な情熱を秘めた第1楽章に看過出来ない個性を感じ取れる。ファリャの2曲は全曲を聴きたくなる白熱の名演である。「恋は魔術師」から火祭りの踊り、「はかなき人生」より間奏曲とスペイン舞曲で、色彩豊かなオーケストラの醍醐味を堪能出来る。(2019.8.19)

ベートーヴェン:交響曲第8番、「レオノーレ」序曲第1番、同第2番、同第3番、序曲「コリオラン」/フィルハーモニア管弦楽団/オットー・クレンペラー(cond.) [EMI 50999 4 04275 2 2]
クレンペラーのEMI録音大全集中、ベートーヴェンの交響曲と序曲の録音を網羅した10枚組。第8交響曲は思ひの外、在り来たりの演奏で拍子抜けだ。クナッパーツブッシュ並みの異常な構へを期待したが、テンポは常套的、表現も凝つた箇所はなく、特徴と云ふと全ての声部を立体的に響かせた堂々たるアンサンブルが見事だと云ふことだ。従つて、一般にもお薦め出来る名演なのだが、凡庸と紙一重で、特にクレンペラーで聴く醍醐味はない。序曲は全てクレンペラー流の遅めのテンポでどつしりした演奏ばかりだ。総じて述べると、盛り上がりに欠け、立派に演奏しただけの演奏だ。「レオノーレ」では第1番が最も成功してゐる。だうしたことか「コリオラン」が整つてをらず、良いところがない。(2019.8.16)

プッチーニ:「トゥーランドット」/マリア・カラス(S)/エウジェニオ・フェルナンディ(T)/エリーザベト・シュヴァルツコップ(S)/ミラノ・スカラ座管弦楽団と合唱団/トゥリオ・セラフィン(cond.)、他 [Warner Classics 825646341030]
愛好家必携のオリジナル・ジャケットによるスタジオ録音リマスター・エディション69枚組。カラスはプッチーニの主要な作品の録音に関はつたが、トスカが別格で、次はトゥーランドット、他の役柄は正直申して嵌まり役とは云ひ難い。トゥーランドット姫での満を持して登場した時の圧倒的な存在感は流石カラス、一瞬にして空気を変へる力を持つてゐる。個性が強過ぎ好き嫌ひが分かれるだらうが、主役としての貫禄は突き抜けてゐる。当盤の最大の立役者はセラフィンとミラノ・スカラ座だ。「トゥーランドット」の録音は指揮者と管弦楽団で満足出来るものが少なく、セラフィンの棒が卓越してゐる。細部の統率力も驚異的で、音楽の運びも抜群だ。残念乍ら1957年の録音なのにモノーラル録音なのが悔やまれる。巷間酷評されるシュヴァルツコップのリュウは悪くない。役柄を考へれば声質は相応しいと云へる。子音の発音が煩はしいのだけが問題で、表現は実に巧い。フェルナンディのカラフは健闘はしてゐる。全体としては素晴らしいのだが、一人だけ力不足の感は否めない。時にヴィブラートたつぷり柔弱に歌ふので興醒めすることがある。この作品はカラフを得るか得ないかが鍵であり、画竜点睛を欠く、といふ表現が当て嵌まる。ピエロ・デ・パルマがここでもポン役で名唱を聴かせる。(2019.8.9)

コールリッジ=テイラー:ハイアワサの婚礼の宴、ジャーマン:劇付随音楽「ヘンリー8世」、同「ネル・グィン」、ウォーロック:カプリオール組曲、ブリテン:シンプル・シンフォニー/フィルハーモニア管弦楽団/ロイヤル・フィル/サー・マルコム・サージェント(cond.)、他 [Warner Icon 2564 63412-1]
プロムス中興の祖サージェントの選り抜きのEMI名録音集18枚組。サージェントが自國の音楽を得意としたのは云ふまでもないが、殊に合唱曲では他の追随を許さなかつた。アフリカ系英國作曲家サミュエル・コールリッジ=テイラーの「ハイアワサの婚礼の宴」はロングフェローのインディアン英雄叙事詩『ハイアワサの歌』―新世界交響曲にも霊感を与へた―を題材にしたカンタータ三部作の第1作。明るく素朴でメルヒェン漂ふ名曲。華麗なオーケストレーションも聴き物だ。使命感をもつて布教活動をしたサージェントの代表的な名盤で、この箱物の目玉である。リチャード・ルイスの独唱も最高だ。エドワード・ジャーマンの劇付随音楽は描写力が抜群で実に上手い。ヘンリー8世からは3曲で、モリスダンス、羊飼ひの踊り、松明の踊り、ネル・グィンからも3曲の踊りで、田舎、田園、浮かれ騒ぐ人の踊りを演奏してゐる。サージェントの手腕が発揮された名演だ。評論家と二足草鞋のウォーロックのカプリオール組曲は読みの深い演奏で、舞曲の性格を見事に捉へ細部まで仕上げが行き届いた決定的名演だ。原曲の陰気さにバルトーク風の仕掛けも決まつた名演だ。ブリテンは自作自演盤の大いなる壁があるが、肉薄する名演であらう。ロイヤル・フィルも好演してゐる。(2019.8.6)

スーク:アスラエル交響曲、クレイチー:管弦楽の為のセレナーデ/南西ドイツ放送交響楽団(バーデン=バーデン)/カレル・アンチェル(cond.) [SWR CLASSIC SWR19055CD]
アンチェルはスーク畢生の大作、アスラエル交響曲をスプラフォンへの正規セッション録音で残さなかつたので、この1967年5月にバーデン=バーデンで行はれた放送録音は極めて重要だ。南西ドイツ放送の原テープからのCD化で音質は極上で生々しい。客演であり乍ら、南西ドイツ放送交響楽団の渾身の演奏で、稀有な名演を繰り広げる。雄大で玄妙なタリフの名盤もあつたが、アンチェルは細部まで知情意を行き届かせてをり表現の幅が只者ではない。時に聴かせる爆発的な火花は壮絶極まりない。深刻で壮大な演奏は圧巻で、これ以上が考へられない決定的名演だ。アンチェルお気に入りのクレイチーのセレナーデは他にも録音があるが、南西ドイツ放送交響楽団は厚みのある響きを全力で聴かせ、洗練されたチェコ・フィル盤を上回る感銘を受けた。(2019.8.3)

シューベルト:未完成交響曲、アルペジョーネ・ソナタ、ハンガリー風ディヴェルティメント、ドビュッシー:白と黒で/ムスティスラフ・ロストロポーヴィッチ(vc)/スビャトスラフ・リヒテル(p)/イギリス室内管弦楽団/ベンジャミン・ブリテン(p&cond.)、他 [Decca 478 5672]
作曲家ブリテンは卓越した指揮者かつピアニストであり大量の自作自演が残るが、生誕100年を記念して何と自作以外での演奏記録を集成した27枚組が出た。ブリテンの指揮者としての活動は自作以外となるとモーツァルトとバッハが要であり、その周辺の作曲家が幾つか残る程度で、そこから外れる作曲家の作品はまずないと云つて仕舞つて差し支へない。だから、未完成交響曲の録音があること自体が瞠目すべきことなのだ。ブリテンが自負して臨んだ演奏に違ひない。秘匿の名演、屈指の名演なのだ。抑制された表情の中から切々とした感情が溢れ出てくる。これほど深い感動へと誘ふ演奏は滅多にない。騙されたと思つて聴いていただきたい。アルペジョーネ・ソナタは高名な名盤だが、正直申して余り感心しない。ピアーズとの歌曲録音に取り組んだブリテンのピアノは含蓄があつて素晴らしい。問題はロストロポーヴィチのチェロで、抒情に焦点を合はせやうとして、軟弱で覇気のない演奏に終始する。至高の名曲が、減り張りのない退屈な曲になつて仕舞つた。盟友リヒテルとの連弾が感銘深い。ハンガリー風ディヴェルティメントも哀愁たつぷりで見事だが、ドビュッシー晩年の大曲が素晴らしい。(2019.7.31)

プッチーニ:「トゥーランドット」/インゲ・ボルク(S)/レナータ・テバルディ(S)/マリオ・デル・モナコ(T)/ローマ聖チェリーリア国立音楽院管弦楽団/アルベルト・エレーデ(cond.)、他 [DECCA 4781535]
テバルディ・デッカ録音全集66枚組。1955年の録音。優秀なステレオ録音で、当時最先端の技術が注がれた年代を感じさせない驚異的な音質だ。特に打楽器の臨場感は聴きものだ。テバルディにとつては旧盤になる。リュウは当たり役で、匹敵する歌ひ手を探すのは容易ではない。ただ、ラインスドルフとのRCA盤に比べると、気負ひからか歌ひ過ぎてをり、押し付けがましい。RCA盤こそが決定的名唱であつた。当盤の絶対的な主役はデル=モナコのカラフだ。”Nessun dorma”の輝かしさは滅多に聴けない見事さ。全体においても仕上がりが完璧で、他のテノールらが束になつても敵はぬだらう。一方、完成度が高く、無謀さがないので、コレッリのやうな荒い役作りの要素も欲しいといふのは難癖だらうか。エレクトラ歌ひボルクのトゥーランドットはだうも収まりが悪い。威厳ある歌唱だが存在感が薄い。抜けが悪く、役所に掛け違ひがあるやうなもどかしさを感じる。また、ピン、パン、ポンのアンサンブルに魅力が感じられず、息抜きが出来ぬ。エレーデの指揮が凡庸で流れが悪く、歌手の邪魔をしてゐる。管弦楽が健闘してゐるだけに残念だ。デル=モナコとテバルディが殊勲賞で、全体としては映えない。(2019.7.28)

メンデルスゾーン:最初のヴァルプルギスの夜、フィンガルの洞窟、「真夏の夜の夢」組曲/フィラデルフィア管弦楽団/ユージン・オーマンディ(cond.)、他 [TOWEW RECORDS TWCL-4001]
オーマンディが斯様な曲を録音してゐたとは。さうは云へ、オーマンディには膨大な録音があり、レパートリーの開拓にも積極的で、初録音や珍録音など偉業が多い。音楽性においては卓越してをり、どの演奏も水準以上、華麗な曲ほど妙味があつたが、王道の曲では持ち味が出せずに後塵を拝した。オーマンディは「エリヤ」も録音してをり、メンデルスゾーンには相性の良さを窺はせる。ゲーテの詩に基づく大規模なカンタータの録音を、本邦タワーレコードが初復刻した。演奏は芳醇で熱気に溢れてをり素晴らしい。特に序曲の暴風は惹き付ける情趣がある。だが、独唱と合唱に魅力があるとは云ひ難く、弛緩する箇所も否めない。フィラデルフィア管弦楽団の推進力が見事なだけに残念だ。それにしても機を同じくして「ヴァルプルギスの夜」を音楽にしたベルリオーズもまたハ長調で作曲したのは驚くべき符合だ。フィンガルの洞窟も雰囲気が満点で良い。しかし、幾分締まりがなく絶賛は出来ない。真夏の夜の夢からの4曲は性格的で色彩豊か、屈指の名演だ。(2019.7.25)

サン=サーンス:ピアノ協奏曲第2番、グリーグ:ピアノ協奏曲、他/ランドン・ロナルド(cond.)/アルテュール・デ=グレーフ(p)、他 [APR 7401]
リストの高弟でベルギーの至宝級ピアニスト、デ=グレーフの録音集成4枚組。4枚目では1928年録音のサン=サーンスと1927年録音のグリーグの協奏曲といふ大曲が聴ける。ロナルド指揮の管弦楽団の演奏が拙いが、渋い光沢を放つデ=グレ=フの独奏は最上級だ。骨太で英雄的なピアニズムに惚れ惚れする。余白には小品で、グリーグが6曲「アリエッタ」「春に寄す」「アルバムの綴り」「蝶々」「ノルウェーの婚礼行列」「トロルドハウゲンの婚礼の日」、プロコフィエフ「ガヴォット」、グレトリー「村人の踊り第3番」が収録されてゐる。グリーグが極上の名演の連続だ。さて、この4枚組は残念なことにデ=グレーフの録音全集ではない。機械録音時代のリストのハンガリー幻想曲、サン=サーンスの第2協奏曲の短縮録音、グリーグの協奏曲の短縮録音の3つが割愛されてゐる。電気録音での再録音があるので実際は不要だが、蒐集家としては無念である。更に、イゾルデ・メンゲスとのシューベルトのソナティネ第3番とベートーヴェンのクロイツェル・ソナタも含まれてゐない。5枚組にしてもよかつたのではないか。(2019.7.21)

ブルックナー:交響曲第7番/コロムビア交響楽団/ブルーノ・ヴァルター(cond.) [Sony Classical 88765489522]
渡米後のセッション録音集39枚組。かつて名盤と謳はれた録音で、ヴァルター最晩年の記録である。小編成の薄手の演奏ではあるが、不思議と物足りなさは感じさせず、透明感のある室内楽的な響きと良く調和されたアンサンブルで至高の名演を奏でる。ベッケンも鳴らず、金管楽器も五月蝿くなく、終始慈愛に満ち溢れた音楽に包まれ、仕合はせなひと時に浸れる。冒頭から旋律が伸びやかに広がり、ヴァルターの歌の魔法に魅せられる。これは相当な稽古があり、細かい抑揚まで指示を実践したことの証である。第1楽章と第2楽章は楽想がヴァルター向きで最高の名演のひとつである。瞠目すべきは第3楽章の中間部で、斯様にゆつたりとしたテンポの演奏は空前絶後である。歌心が充溢してをり他の演奏では満足出来なくなる白眉だ。第4楽章も立派に収める。これは一周して再認識したい屈指の名演だ。(2019.7.18)

シューベルト:未完成交響曲、ブラームス:交響曲第1番第4楽章/ベルリン・フィル/ヴィルヘルム・フルトヴェングラー(cond.) [King International KKC5952]
録音に極度に神経質だつたフルトヴェングラーが絶大な信頼を寄せた戦中マグネトフォン録音―RRG録音―で現存する全ての音源を理想的な音質で復刻したベルリン・フィル自主制作盤22枚組―本邦キング・インターナショナルによる代理販売。持つてをらぬは潜りである。22枚目を聴く。大戦末期の録音は戦況の影響で欠落が甚だしい。シューベルトは1944年12月12日の記録で、これ迄第1楽章のみが商品化されてをり、第2楽章は存在こそ確認されてゐたが、遂に日の目を見た。久々の巨匠の初出音源に、愛好家は興奮を抑へられぬだらう。音質も演奏内容も特段冴えないが、有り難く拝聴しよう。1945年1月22日もしくは23日の記録で、ベルリン・フィルとの戦時中最後の演奏記録であるブラームスの第1交響曲は第4楽章しか録音が残つてゐない。重要な録音で、復刻は数種あつた。余白にはシュナップ技師がフルトヴェングラーを語るインタヴューが収録されてゐる。(2019.7.16)

プッチーニ:「トゥーランドット」/ビルギット・ニルソン(S)/ユッシ・ビョルリンク(T)/レナータ・テバルディ(S)/ローマ歌劇場管弦楽団と合唱団/エーリヒ・ラインスドルフ(cond.)、他 [RCA LIVING STEREO 88697720602]
RCAリヴィング・ステレオ60枚組より。1959年録音。トゥーランドット役を自家薬籠中としたニルソンのもうひとつのセッション録音だ。ニルソンに関して云へば、後年のモリナーリ=プラデッリ盤との差異を指摘することは難しい。どちらも最高の歌唱だ。リュウを歌ふテバルディが聴き物だ。テバルディはデル=モナコとのDecca盤の録音もあるが、当盤の歌唱こそが最も可憐で美しい。第3幕の痛切さは他を寄せ付けない。カラフ役のビョルリンクも巧く万全である。但し、ビョルリンクには向かう見ずな情熱はなく、高貴な王子といふ印象を受ける。多少荒くともコレッリの方を好む。総合で主役3名が揃つた録音となると、このラインスドルフ盤が一番だらうが、指揮が流れず小手先の巧さばかり目立つのが問題だ。リヴィング・ステレオの威力は抜群で、煌びやかな打楽器の音響効果が最高な反面、弦楽器や管楽器が安つぽく聴こえる。これはラインスドルフの趣向だらう。木を見て森を見ず。その為だうも具合が悪い。当盤ではピエロ・デ・パルマがパンを歌つてゐる。見事だ。(2019.7.12)

ベルリオーズ:幻想交響曲/ボストン交響楽団/シャルル・ミュンシュ(cond.) [RCA 88875169792]
ミュンシュのRCA録音とコロムビア録音を集大成した86枚組。1962年の録音。RCAヴィクター・レーベルにボストン交響楽団と残した最後の録音である。国際ベルリオーズ協会会長としての威信を賭けた置き土産と云へよう。さて、ミュンシュにはリヴィング・ステレオ最初期、1954年にも録音がある。録音が人工的で生々しく、派手で明るい管楽器の音色が前面に出、テンポが速く、煽りも暴走気味で良くも悪くも個性全開であつた。第5楽章は賛否あらうが破茶滅茶で最高であつた。さて、8年の時を経て再録音された当盤はだうかと云ふと、どこもかしこも完成度が高い一方、安全運転なのだ。録音は自然で好感が持てるが、刳味が恋しくなるのはだうしたことだらう。響きも程よく調和され、安つぽさと尖つた面白みが減退した。テンポもやり過ぎたところがなく仕上がりが上品になつた。必ずしも再録音が旧録音を上回る訳ではない好例だ。軈てミュンシュはパリ管弦楽団との録音で思ひの丈を打ちまける。(2019.7.10)

シューベルト:未完成交響曲、グレイト交響曲/ライプツィヒ放送交響楽団/ヘルマン・アーベントロート(cond.) [BERLIN Classics BC2051-2]
往年のドイツに巨匠は沢山ゐたが、シューベルトの未完成交響曲やグレイト交響曲で聴き手を虜に出来たのは、フルトヴェングラー、ヴァルター、クライバーとアーベントロートくらゐだらう。特にアーベントロートのロマンティシズムは情熱と憧憬が込められてをり、シューベルトの本懐に近い。取り分け未完成交響曲は第1楽章の仄暗い熱情、儚い諦観が素晴らしい。第2主題の後ろ髪を引かれるやうな表情、長く引き摺る終結音など古き良き解釈が見事に結晶する。第2楽章のいじらしい憧れの想ひは滅多に聴けない表情だ。比較して幾分感銘が劣るが、グレイト交響曲でも木目細かくアゴーギクを使用して絶妙な表現をする。グレイト交響曲は一本調子の演奏が多い中で、アーベントロートの多様な表情付けに理解の深さを感じるだらう。(2019.7.7)

モーツァルト:交響曲第34番、同第38番、同第35番/ベルリン・フィル/コンセール・ラムルー/イーゴリ・マルケヴィチ(cond.) [VENIAS VN-014]
マルケヴィッチの様々な録音を編んだ33枚組。3曲ともDGへの録音で、第34番と第38番は1954年の録音でベルリン・フィルを指揮、第35番は1957年の録音でコンセール・ラムルーとの演奏だ。この中では第34番が図抜けた名演だ。冒頭からベルリン・フィルの圧倒的な合奏力で聴き手を打ちのめす。しかし、重さや暗さは皆無で、俊足で馬力のある音楽が一気呵成に流れる。セルやシューリヒトの名盤があつたが、マルケヴィチ盤は上回る極上の名演だ。メヌエットを加へた4楽章制での録音は珍しいだらう。プラハ交響曲も同様の名演だ。軽快なリズム処理、明暗の絶妙な変化、理想的な演奏で屈指の名演なのだ。魔法のやうなシューリヒト盤には及ばないが完成度は尋常なく高い。これらベルリン・フィルに比べるとコンセール・ラムルーとのハフナー交響曲は俄然魅力を感じなくなる。悪い演奏ではない。マルケヴィチの魅惑の棒に見事に付けるが、隙間があり、ときめかない。(2019.7.4)

ベートーヴェン:交響曲第3番、同第8番/ウィーン・フィル/ピエール・モントゥー(cond.) [DECCA 480 8895]
レーベルやオーケストラの統一性がないが、曲りなりにもモントゥーによる交響曲全集である。2曲ともモントゥーが得意とした曲で、録音も多数残る。名門ウィーン・フィルとの組み合はせの結果は如何に。結論から申すと残念さが勝る。まず、モントゥーの外連のない格調高い音楽観、内声部を鳴らした立派な響きの良さは常乍ら素晴らしい。だが、ウィーン・フィルは本来優美で柔和な音によつて一種特別な存在感を示し、個々の色気のある音色で魅せるオーケストラなのだ。両者が見出した中間地点は綺麗で中庸で他人事な演奏であつた。2曲とも聴こえにくい中声部がよく聴こえて面白いが、肝心の減り張りが弱く、踏み込みも弱い。他団体との録音を聴く方が良い。(2019.7.1)


2019.6.29以前のCD評
声楽 | 歌劇 | 管弦楽 | ピアノ | ヴァイオリン | 室内楽その他

BACK