楽興撰録

室内楽その他のCD評

BACK


声楽 | 歌劇 | 管弦楽 | ピアノ | ヴァイオリン

取り上げてゐる室内楽団体、その他の器楽奏者一覧

バリリSQ(1) | ボロディンSQ(7) | ブダペストSQ(1) | ブッシュSQ(6) | フロンザリーSQ(3) | ハンガリーSQ(7) | クリングラーSQ(2) | コーリッシュSQ(3) | レナーSQ(2) | プロ・アルテSQ(9) | ロゼーSQ(2) | シュナイダーハンSQ(2) | ウィーン・コンツェルトハウスSQ(11) | 三重奏(3) | ヒンデミット(1) | プリムローズ(9) | ターティス(8) | カサルス(4) | カサド(5) | フォイアマン(8) | フルニエ(8) | マイナルディ(4) | マレシャル(5) | ナヴァラ(2) | ピアティゴルスキー(5) | デュ=プレ(5) | ロストロポーヴィッチ(1) | クーセヴィツキー(1) | デ・ラ・マーサ(1) | プレスティ&ラゴヤ(4) | セゴビア(8) | ランドフスカ(9) | デュプレ(1) | モイーズ(7) | レオン・グーセンス(3) | ケル(9) | ウラッハ(2) | アラール(2) | ミュール(3) | ブレイン(5) | マンロウ(2) | 日本作曲家選輯(7) | ファリャ歴史的録音集(2)


弦楽四重奏団

ホフシュテッター:弦楽四重奏曲ヘ長調「セレナード」、ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第16番、弦楽四重奏曲第4番/バリリ弦楽四重奏団 [UNIVERSAL CLASSICS TYGE-60010]
TBS VINTAGE CLASSICSの1枚。1957年12月の来日時におけるライヴ録音で、録音が限られるバリリSQの貴重な記録だ。特に「ハイドンのセレナード」として有名なホフシュテッターの作品は、バリリSQ唯一の音源として重要であるのみならず、当盤の白眉として高く評価したい。優美で典雅な趣はウィーンの団体だけが奏でられる美質だ。悠としたフレージングから気品ある音楽が漂ふ。ブッシュSQやレナーSQの名演に比しても遜色ない名演だ。ベートーヴェンの2曲にはセッション録音があり、第16番には他に放送用録音もある。全体的に優雅で落ち着いたテンポの美しいアンサンブルが特徴だが、ベートーヴェンの劇的な性格が欠如してゐる。ウィーン・フィルの主席たちが奏でる秀麗な音楽に一定の良さはあるが、特別に記憶に刻まれる演奏ではない。余白に来日時のバリリの挨拶とレッスン風景が収録されてをり、これ迄に発売された商品よりも付加価値がある。(2010.5.22)

チャイコフスキー:弦楽四重奏断章変ロ長調、弦楽四重奏曲第1番、同第2番/ボロディン弦楽四重奏団 [CHANDOS CHAN 9871(2)]
第1次ボロディンSQの代表的名盤であるチャイコフスキーの弦楽四重奏曲全集。この全集を凌駕する録音は一寸思ひ当たらない。ボロディンSQはユニゾンや和声を演奏する際にはノン・ヴィブラート・トーンを用ゐて灰色の荘厳な響きを醸し、凍てついたロシアの情景へと誘つて呉れる。有名な第1番のアンダンテ・カンタービレ冒頭におけるオルガン・トーンの美しさは祈りのやうに厳かだ。一方で旋律を弾く楽器のみがヴィブラートをかけたりと周到な合奏を展開する。重量感のある精緻な合奏は、滅多に演奏されないこれらの曲に迫真の生命を注ぎ込んでをり、特に第1番の第1楽章と第3楽章、第2番の第4楽章が素晴らしい。当盤は作品番号のない断章作品を収録してをり大変価値が高い。習作と侮つてはならない充実した作品である。(2007.12.7)

チャイコフスキー:弦楽四重奏曲第3番、フィレンツェの思ひ出/ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ(vc)/ボロディン弦楽四重奏団、他 [CHANDOS CHAN 9871(2)]
第1次ボロディンSQの代表的名盤であるチャイコフスキーの弦楽四重奏曲全集。第3番はチャイコフスキー特有の哀愁が滲み出た佳曲であるが、滅多に聴く機会がないので重宝されるだらう。ドゥビンスキーの重厚かつ磨き抜かれたプラチナのやうな音色が見事で、第1楽章や第3楽章の息の長い歌は殊の外聴き応へがある。名曲「フィレンツェの思ひ出」は大物ロストロポーヴィチを加へての名演だ。野卑な独奏を聴かせたハイフェッツらの荒々しい演奏にも面白みがあつたが、藝術的に高みにあるのは当盤の方で、精緻さと情熱を併せ持つた合奏に溜飲が下がる思ひだ。特に素晴らしいのが第2楽章で、ヴィブラートを控えたオルガン・トーンで祈りのやうに奏でられるユニゾンには荘厳な感情が宿つてゐる。(2008.1.6)

ショスタコーヴィッチ:弦楽四重奏曲第1番ハ長調、第3番ヘ長調、第12番変ニ長調/ボロディン弦楽四重奏団 [CHANDOS 10064]
第1次ボロディンSQによるショスタコーヴィッチの弦楽四重奏曲の録音は、第1ヴァイオリンのドゥビンスキーの亡命により、第13番までで頓挫した。しかし、作曲家存命中の録音のため当時は歴とした全集であつた。技巧とアンサンブルの精度が非人間的な高みにあり、ソ連最高の弦楽四重奏団として圧倒的な存在である。諧謔的な初期作品から、思索的な晩年の作品まで、一貫して剛直な音楽を聴かせ、特にドゥビンスキーはオイストラフを想起させる音作りで作品の神髄に切り込む。これほど熱く楽器が鳴り切つた名演は滅多にあるまい。(2004.9.5)

ショスタコーヴィッチ:弦楽四重奏曲第4番ニ長調、第5番変ロ長調、第6番ト長調/ボロディン弦楽四重奏団 [CHANDOS 10064]
第1次ボロディンSQによるショスタコーヴィッチを再び聴く。旋律はヴィブラートを広くかけ、伴奏はノン・ヴィブラートによるオルガン・トーンで支へる。その響きは作曲家の願つたものと寸分違はぬものだ。一方、力強く反復されるリズムの威圧感は、ソヴィエトのクァルテットでなければ出せないものだ。何れの曲も白熱の名演だが、曲想も相まつて第5番が素晴らしい。次いで第6番の諧謔が心に残る。第4番は演奏に傷があり上出来とは云へない。(2004.10.15)

ショスタコーヴィッチ:弦楽四重奏曲第7番嬰ヘ短調、第8番ハ短調、第9番変ホ長調、第11番ヘ短調/ボロディン弦楽四重奏団 [CHANDOS 10064]
第1次ボロディンSQによるショスタコーヴィッチ録音の頂点を成す1枚だ。様々な語法を取り入れた後期作品も魅力的だが、やはりショスタコーヴィッチが持つ一種特別なせめぎ合ひと反骨心は、この中期作品群―中でも代表作第8番―に凝縮されてゐる。第8番は驚くほど振幅の広い表現で、仮借なきスタッカートと絶望的なレガート、無慈悲なノン・ヴィブラート、音が潰れるのも辞さない強いボウイング、これらが隅々まで使い別けられてゐる。曲と演奏の偉大さにおいて紛うことのない藝術がここにある。次いで、第7番が充実した名演である。第2楽章の凄まじい旋風は第8番以上の感銘を与へてくれる。(2004.11.5)

ショスタコーヴィッチ:弦楽四重奏曲第2番イ長調、第10番変イ長調、第13番変ロ短調/ボロディン弦楽四重奏団 [CHANDOS 10064]
第1次ボロディンSQのショスタコーヴィッチ、最後の1枚を聴く。ショスタコーヴィッチもまたベートーヴェンと同じく、伝統的な手法による初期作品から、気概のこもる楷書体の中期作品を経て、草書体で思索的な後期作品へ作風を転じてゐる。ボロディンSQは密度の濃い重量級の音楽を築き上げる団体であり、意味深長な後期作品では何処か感銘が薄い。従つて当盤では、第10番―取り分け第2楽章が有無を云はせぬ名演―が最も成功してゐる。次いで、大作第2番における合奏の分厚い響きが印象に残つた。(2004.12.8)

ショスタコーヴィッチ:弦楽四重奏曲第8番、ボロディン:弦楽四重奏曲第2番、ラヴェル:弦楽四重奏曲/ボロディン弦楽四重奏団 [BBC LEGENDS BBCL 4063-2]
ドゥビンスキーが統率してゐた時期、第1次ボロディンSQの貴重なライヴ録音。1962年、エディンバラ音楽祭における白熱の記録だ。だが、収録された3曲全てにセッション録音があり、僅かな発音の濁りなど完成度の点でこれらライヴ録音の価値が幾分劣るのは仕方がない。とは云へ、実演でも鉄壁のアンサンブルを作るボロディンSQの実力は揺るぎもしない。何よりもライヴならではの気魄が凄まじく、特に切り札としたショスタコーヴィチ至高の名曲における壮絶な演奏は圧倒的で引き込まれる。名刺代はりであつたボロディンの郷愁豊かな演奏が最も感銘深い。最初から最後まで音に血が通つてをり、ロシアの深い溜め息が聴こえてくる桁違ひの演奏だ。難曲ラヴェルは機能美で聴かせる。研ぎ澄まされた感性がひやりとした印象を生み出す。所詮畑違ひの演奏だが、面白みはある。(2010.8.5)

ヴォルフ:イタリアのセレナード、グリーグ:弦楽四重奏曲ト短調、シベリウス:弦楽四重奏曲ニ短調「親しき声」/ブダペスト弦楽四重奏団 [Biddulph LAB 098]
第1次世界大戦末期に結成されたブダペストSQは近代的弦楽四重奏団の先駆的存在である。ほぼ同時期に旗揚げしたレナーSQやブッシュSQが第1ヴァイオリン主導の団体であつたのに対し、アンサンブル重視型で均整のとれたブダペストSQは各奏者の能力が高く、現在聴いても古さを感じさせない理知的な音楽を展開してゐるのが特徴だ。また、これらの録音時には構成員がロシア人中心となつてをり、極めて野性的で情熱的な合奏をする。ブダペストSQの賢明な点は、グリーグやシベリウスの余り注目されない曲を録音して株を上げたことだ。特にグリーグの激情的な合奏は熱い。ヴォルフの難曲は立派な演奏だが、情緒豊かなレナーSQの方に良さを感じる。(2009.12.23)

アドルフ・ブッシュ(vn)とブッシュ弦楽四重奏団/EMI録音全集 [WARNER CLASSICS 0825646019311]
WARNER録音全集とされてゐるが、エレクロトーラとHMVへの録音、即ちEMIへの録音を集成した16枚組だ。しかし、何故か渡米後のコロムビア録音であるベートーヴェンの弦楽四重奏曲第13番と合奏版による大フーガも収録されてゐる。これは英Biddulph盤からのコピーのやうな気がする。それ以外の収録曲だが、アドルフ・ブッシュを敬愛する者としては当然全て所持済みで、これらの神品録音は繰り返し聴き込んできたものだ。なのに敢へて購入した理由とは別テイク録音が丁寧に収められてゐるからである。別テイクがあるのは、ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ第3番の終楽章、ブラームスのヴァイオリン・ソナタ第1番の第1楽章の部分、バッハの無伴奏パルティータ第2番のサラバンドとジーグ、バッハのヴァイオリン・ソナタト長調の第3楽章と第4楽章である。蒐集家以外にはだうでもいいことだらう。(2016.7.21)

ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第7番、同第8番/ブッシュ弦楽四重奏団 [Biddulph BID 80208-2]
ブッシュSQは不世出の四重奏団である。ドイツの伝統ある弦楽四重奏の守護神として取つて替へることの出来ない存在である。半世紀以上も前の録音を聴いて思ふのは、現代の団体による楽器を鳴り切らした響きの単調さとは異なる、霊的な魔力を秘めた音の特異性である。アドルフ・ブッシュの深みのあるヴィブラートと真摯なボウイングが生み出す幽玄なるヴァイオリンの音は如何ばかりであらう。特に両曲の緩徐楽章に湧き出る霊感の泉は惻々と心に染み渡る。大戦を避けて渡米した頃のブッシュは、心身ともに疲れ果て、粗雑な演奏が多くなるが、ラズモフスキー四重奏曲にはこのくらいの荒々しさが寧ろ曲想に合ふ。全ての楽章から強い信念が伝はつてくる最高の1枚。(2005.6.16)

ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第11番「セリオーソ」、同第13番、同「大フーガ」(ヴァインガルトナー編曲版)/ブッシュ室内合奏団/ブッシュ弦楽四重奏団 [Biddulph LAB 085]
曲がり形にもベートーヴェンの弦楽四重奏曲を愛する者はブッシュSQの洗礼を受けねばならぬ。一度アドルフ・ブッシュのボウイングに霊感が憑き出せば、聴く者の精神を幽玄な世界へと運び去ること必定である。第11番は各社から復刻が多数あり、第13番もかつてCBSソニーが一度復刻してゐる。しかし、当盤に収められた弦楽合奏による大フーガの復刻はこのBiddulph盤だけだ。ヴァインガルトナーが編曲した由緒正しきもので、壮麗な音楽が展開する。第11番は全盛期のブッシュSQのみが為し得た求心力の強い演奏で、第3楽章の厳格なリズムが流石だ。ブッシュSQ指折りの名演。米コロムビア録音の第13番は盛期を過ぎた頃の演奏だが、第2楽章や第6楽章の真摯な合奏には頭が下がる。端倪すべからざるはブッシュが見せた第5楽章カヴァティーナの深淵さで、それはもう禅定の境地と喩へるしかない。(2005.4.18)

ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第1番、同第9番「ラズモフスキー第3番」/ブッシュ弦楽四重奏団 [新星堂/東芝EMI SGR-8518]
1951年2月10日、ルートヴィヒスビルク宮殿での公開演奏会の記録。ラズモフスキーはかつて米Arbiterからも発売されたが、当盤はブッシュ協会の認可を得た正規盤で、シュトゥットガルトの南ドイツ放送局に残されたテープを使用してをり音質が特上である。第1番は初出となる。臨場感のある録音でブッシュの息遣ひまで聴き取れる。楽曲の精髄に迫る激しい情念が聴く者を圧倒する。しかしながら、2曲とも全盛期のメンバーで決定的な名盤を残してをり、比較するとブッシュの衰へが如実に感じられ、寂しい想ひに駆られるのは致し方ない。技巧的な冴えは勿論だが、ブッシュの奥義とも云へる玄妙たるカンティレーナの聴かせ処―第1番第2楽章など―で差が歴然とする。だが、残照であつても目が眩むほど神々しい。偉大なりしブッシュSQ。(2008.7.1)

ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第13番/ブッシュ弦楽四重奏団 [新星堂/東芝EMI SGR-8519]
1951年2月10日、ルートヴィヒスビルク宮殿での公開演奏会の記録。かつて米Arbiterからも発売されたが、当盤はブッシュ協会の認可を得た正規盤で、シュトゥットガルトの南ドイツ放送局に残されたテープを使用してをり音質が特上である。ブッシュSQはベートーヴェン後期弦楽四重奏曲の中で第13番のみを大戦以前のヨーロッパ録音で残さなかつた。それは第13番には決定的な名盤が存在しないことを意味する。渡米後、程なくしてコロムビアに録音を果たしたが、それ迄の名盤とは同列に語れない。否、HMVへの録音が余りにも神々し過ぎたのだ。正規録音から10年後のライヴ録音である当盤も、全盛期の演奏には遠く及ばないが、カヴァティーナで聴かせる霊感は、往年のブッシュだけが奏でた奇蹟の片鱗である。(2008.10.20)

レーガー:弦楽四重奏曲第4番、メンデルスゾーン:弦楽四重奏の為の4つの小品よりカプリッチョ/ブッシュ弦楽四重奏団 [新星堂/東芝EMI SGR-8520]
ブッシュSQは楽旅中の1951年2月15日、ミュンヘンの放送スタジオに入り、レーガーとメンデルスゾーンを放送用に録音した。かつてブッシュ協会からレコードが出ただけといふ秘宝である。メンデルスゾーンは当録音の3ヶ月後にHMVに正規セッション録音―ブッシュ最後の商業録音だ―をしてゐるが、レーガーは唯一の録音である。5曲あるレーガーの弦楽四重奏曲の中でも名作の誉れ高い第4番変ホ長調は、晦渋な諧謔と抒情的なロマンティシズムとを絡ませた後期ロマン派の精髄だ。激しく奏されるユニゾンでのブッシュの覇気には圧倒される。第3楽章の高貴な瞑想は室内楽愛好家の宝とならう。終楽章のフーガも厳格で真摯。作曲家としての成功を目指したブッシュが深い敬愛の念を持つて親交を結び、絶大な影響を受けたレーガーへのオマージュでもあり、云はば血の繋がりを感じさせる桁違ひの演奏。メンデルスゾーンはHMV録音と甲乙付け難い名演で、序奏の侘びた憂愁、フガートの張詰めた疾走感が素晴らしい。(2008.12.10)

ハイドン:弦楽四重奏曲Op.64-5「ひばり」、モーツァルト:弦楽四重奏曲第15番K.421、同第21番K.575、他/フロンザリー弦楽四重奏団 [Biddulph LAB 089-090]
正直に申してフロンザリーSQに然程魅力を感じてゐる訳ではない。ロマン派楽曲を復刻したCD2枚組が思ひの他、情感溢れた名演揃ひだつたので、古典派楽曲を復刻した当盤も入手した次第である。だが、あらえびすが一蹴したやうに聴いておくべき演奏はここにはない。大富豪のパトロンの下に活躍したフロンザリーSQは、世俗的な感情表現でロマン派音楽を面白く聴かせたが、古典派楽曲では勢ひが矯められて仕舞ひ、カペーSQやブッシュSQが到達した高貴で気品ある合奏の足元にも及んでゐない。中では短調の悲劇的な妙味を聴かせたK.421や、メヌエットでチェロが朗らかな歌を聴かせるK.575などモーツァルト作品が上出来だ。(2006.11.6)

ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第2番、同第12番、同第16番/フロンザリー弦楽四重奏団 [Biddulph LAB 089-090]
何れの曲も良い出来を示すが、生気のある派手な演奏を特徴とするフロンザリーSQにとり自己との対話のやうな渋くて深いベートーヴェンの四重奏曲では、聴く者を唸らすやうな演奏をする迄に至つてゐない。特に第12番と第16番にはブッシュSQの名盤があるので価値は殆どない。第16番の第2楽章は無惨で、第3楽章もブッシュSQの奥義には及びもつかない。第12番は悪くないがこの曲の持つ荘厳な美しさを表現し尽くしたとは申しにくい。第2番も飛び抜けて優れた演奏と云ふ訳ではないが、浪漫的な歌ひ回しに面白みがあり、活力に充ちた名演と云へる。フロンザリーSQが古典楽曲を弾いた当盤は蒐集家向けで、一般の愛好家は聴かない方がよい。(2006.12.12)

シューベルト:弦楽四重奏曲第15番、シューマン:弦楽四重奏曲第1番、ピアノ五重奏曲、ブラームス:ピアノ五重奏曲、弦楽四重奏曲第3番、他/オシップ・ガブリロヴィッチ(p)/ハロルド・バウアー(p)/フロンザリー弦楽四重奏団 [Biddulph LAB 072-073]
当盤を蒐集した理由はバウアーが弾くブラームスの五重奏曲を聴く為であるが、目当ての演奏は期待外れであつた。フロンザリーSQはあらえびすの名著『名曲決定盤』で酷評されてゐたので興味を抱けなかつたが、ロマン派楽曲に関する限り中々良い演奏をする団体である。程よい情感とロマンティックな歌ひ回しで、全体に派手で活気のある演奏を展開してをり面白く聴ける。しかし、惜しいかな、これらドイツの正統的な名室内楽の録音にはブッシュSQの絶品がある。フロンザリーSQにはブッシュSQが聴かせたシューベルトの霊感灼かな精神の彷徨はなく、ブラームスの五重奏曲の鬱屈とした情念の鬩ぎ合ひもない。ブラームスの四重奏曲はブッシュSQがやや低調な演奏をしてゐるが、フロンザリーSQがそれを超える演奏をしてゐる訳ではない。シューマンの五重奏はブッシュSQやバリリSQの名演があるから分が悪い。残るシューマンの四重奏曲は相当良い演奏をしてゐるが、カペーSQの神品があるので霞んで仕舞ふ。(2006.5.21)

ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第1番、同第2番、同第3番/ハンガリー弦楽四重奏団 [EMI CZS 7 67236 2]
名手セーケイが率ゐるハンガリーSQはベートーヴェンの弦楽四重奏曲全集を2回録音したが、これは評価の高い旧全集の方だ。1953年のモノーラル録音で、音質には多少もどかしさがあるが、弦楽四重奏曲を鑑賞する上では差し障りない。ハンガリーSQの演奏は緊密感が特徴で、外に発散する音楽ではなく、内に向つて燃焼する音楽を創る。表面は細身で色気がなく飾らない。米国で活躍した団体と比べても機能美で劣ることはなく、アンサンブルは精緻この上ない。しかし、それを前面には出さない。徹底的に硬派に拘泥はつた四重奏団で、ベートーヴェンには打つてつけなのだ。全体的な出来は第2番が最も良い。優美に偏ることなく清楚な歌を聴かせる。禁欲的な音色は深層で熱情を秘めてをり、神聖な火花を明滅させてゐる。第1番も名演だ。引き締まつたアンサンブルを聴かせる第3楽章と、悲劇的な情感を格超高く紡いだ第2楽章は絶品だ。だが、この曲にはブッシュSQの神々しい名盤があるので次点とせざるを得ない。第3番は本来は牧歌的な楽想だと思ふが、ハンガリーSQの演奏は内省的で生真面目な取り組みが特徴だ。渋味のある名演で聴き応へがある。(2013.12.12)

ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第4番、同第5番、同第6番/ハンガリー弦楽四重奏団 [EMI CZS 7 67236 2]
名手セーケイが率ゐるハンガリーSQ、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲全集の第1回目録音。高次元の名演が連続する。強い緊張感を持続し、崇高な感情へと昇華させる技は唯事ではなく、同時期のブダペストSQの全集録音の出来映えを遥かに凌ぐ。第4番が極上だ。疾走する第1楽章の緊迫感が素晴らしい。殊更劇的に荒ぶれることなく内面での闘争を聴かせる。転調の色合ひとテンポの変化が絶妙で素晴らしいのだ。第2楽章の精緻なアンサンブルも見事。第3楽章主部の疾風も峻厳で中間部の軽妙さとの対比も巧い。第4楽章も良いのだがコーダではもつと興奮して欲しかつた。それだけが物足りない。第5番は辛口の名演だ。初期作品では最も優美な曲をセーケイの禁欲的な音色が厳格で暗い情熱を秘めた曲に仕上げてゐる。第2楽章では悲愴感すら漂はせ、第3楽章変奏曲では喪失の情感を表出してをり美しい。第4楽章における快速調の乱舞する劇的な合奏が圧巻でハンガリーSQの機能美に脱帽する。交響的な第6番も優れたアンサンブルで充実した名演だ。静寂な第2楽章の真面目さが印象的だ。白眉は第3楽章で疾駆する主部、セーケイが軽快な技巧を聴かせる中間部ともに高い完成度だ。表現が難しい終楽章も風格ある大人の演奏で天晴。(2014.10.13)

ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第7番、同第8番/ハンガリー弦楽四重奏団 [EMI CZS 7 67236 2]
名手セーケイが率ゐるハンガリーSQ、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲全集の第1回目録音。中期作品ラズモフスキー第1番と第2番を聴く。作品59-1が特別な名演だ。第1楽章が圧巻で、鋭いテンポで切り込むやうに剛毅な合奏が続く。細身の音だが芯は強靭だ。自信の程が窺へる熱演で内なる焔が燃え盛つてゐる。第2楽章も切れ味の良い名刀で仕上げられた名演。第3楽章のひりひりと痛む寂寥感も格別だ。雄渾さと高貴さを併せ持つた終楽章も良い。この曲の屈指の名演だ。作品59-2も素晴らしい。尻上がりに良くなり、第3楽章、第4楽章と次第に熱気を帯び引き締まつたアンサンブルを聴かせる。千変万化する音色の表情を豊富に持つセーケイの技巧が演奏を一際引き立たせてゐる。(2015.4.1)

ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第9番、同第10番/ハンガリー弦楽四重奏団 [EMI CZS 7 67236 2]
名手セーケイが率ゐるハンガリーSQ、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲全集の第1回目録音。中期作品ラズモフスキー第3番とハープを聴く。作品59-3は細身だが研ぎ澄まされた音で切り込んだ雄渾な名演だ。燃焼度が高く特に両端楽章は非の打ちどころがない。また、幽玄さや優美さも備へてをり全楽章通じてに素晴らしい。だが、全盛期のブッシュSQの偉大さには惜しくも一歩譲るだらう。ハープも名演だ。第1楽章の尋常ならざる熱き内声部パートの刻みなど瞠目させられる。優美なアンサンブルも格調高さを弥増してゐる。この曲屈指の名演と云へるだらう。(2015.5.2)

ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第11番、同第12番、大フーガ/ハンガリー弦楽四重奏団 [EMI CZS 7 67236 2]
名手セーケイが率ゐるハンガリーSQ、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲全集の第1回目録音。セリオーソが極上の名演である。冒頭から名刀一振りの如く鋭い切り込みで、空気をきりりと引き締める。快速のテンポによる緊張感あるアンサンブルが終楽章まで持続する。一気呵成に運んだ辛口の名演で男気が溢れてゐる。ブッシュSQの名盤に匹敵する数少ない名演だ。第12番も同様の切り口である。だが、この曲はベートーヴェンの四重奏作品中でも全4楽章が等分に充実した格調高き大曲で、古来よりオルガン・トーンを意識した壮麗な響きによる演奏が為されてきた。ハンガリーSQの演奏は細身の鋭角的な奏法の為、荘厳さが感じられず気のせいか感銘が薄い。大フーガにも同様のことが云へる。大変見事な演奏なのだが、巨大さを感じさせない。弦楽合奏による演奏のやうな重厚さがないと物足りない恐ろしい曲だ。(2016.3.13)

ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第13番、同第14番/ハンガリー弦楽四重奏団 [EMI CZS 7 67236 2]
名手セーケイが率ゐるハンガリーSQ、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲全集の第1回目録音。第13番が極上の名演だ。性格の異なる短い6つの楽章から成る難曲である。前半4つの楽章は諧謔的な要素が強く、深遠なカヴァティーナと本来想定された大フーガへと続く訳だが、最終楽章は一層諧謔的なロンドに差し替へられ、よりスケルツォ要素が多い曲となつた。ハンガリーSQは鋭い音楽で見事に性格を描き分ける。切れ味のある第2楽章は特に良い。最も強い印象を刻印したのは快速で疾走する第6楽章だ。最速だらう。カヴァティーナは燻し銀だが、ブッシュSQの境地には及ばない。最高峰の曲である第14番も優れた演奏だ。接続曲である第3楽章や第6楽章が見事なのは特筆したい。上等なアンサンブルで魅了する第5楽章も最高だ。全楽章を通じて色気を排し、豊かさを捨て、辛口の哲学的な響きを追求した演奏で、この曲屈指の名演だ。ただ、最終楽章で興が今ひとつ乗つてゐないのが残念で締めが悪い。一気呵成に疾走すれば最高の演奏だつたと思ふ。(2016.8.2)

ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第15番、同第16番/ハンガリー弦楽四重奏団 [EMI CZS 7 67236 2]
名手セーケイが率ゐるハンガリーSQ、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲全集の第1回目録音。第15番は引き締まつたアンサンブルと清廉な響きが特徴であるハンガリーSQの持ち味が発揮された名演だ。全体的に速いテンポで颯爽としてをり、嘆くことなく寂寥感を表出させた極上の演奏だ。特に第3楽章冒頭は徹底したノン・ヴィブラート奏法と駒寄りの運弓で一種特別なオルガン・トーンを生み出した神品である。余計な脂味は排除し精髄だけを残した理想的な演奏で、かのカペーSQの決定的名盤に唯一迫つた名演なのだ。第16番も快速だ。第1楽章は余りにも淡白なので含蓄がない嫌ひがある。第2楽章は古今を通じても満足が出来る数少ない完璧な演奏だ。第4楽章の諧謔も見事。全集といふことなら忌憚なく申してこのハンガリーSQの旧録音が最上である。各曲でも第4番、第7番、第11番、第13番は取り分け優れてゐる。(2016.12.3)

クリングラー弦楽四重奏団/録音集(1912年〜1936年)/グスタヴ・シェック(fl) [TESTAMENT SBT 2136]
クリングラーSQの復刻がテスタメントから出るとは意外であつた。復刻は申し分ないが、残念なことにクリングラーSQの全録音集成ではない。CD3枚組の全集にして箔を付けて欲しかつた。かのヨアヒムと弦楽四重奏を組んだクリングラー―当時はヴィオラを担当―はヨアヒムSQの伝統を継承する生き証人であり、19世紀の弦楽四重奏団の姿を伝へる貴重な記録なのだ。録音は3種類に分類出来る。1912年と13年のオデオン録音と1922年と23年のヴォックス録音は、全て楽章単位の録音である。真摯なメンデルスゾーンやシューマンの演奏には聴くべきものがある。侘びたモーツァルトやケルビーニにも面白みがある。しかし、録音としての価値は電気録音である1935年と36年のエレクトローラ録音にある。ベートーヴェンとレーガーのセレナードの全曲録音で、両曲ともフルートを伴ふ三重奏だ。滋味豊かで気品のある演奏はドイツ・ロマンティシズムの粋を聴かせる。(2008.4.11)

クリングラー弦楽四重奏団/録音集(1912年〜1936年) [TESTAMENT SBT 2136]
再びクリングラーSQを聴く。2枚組の2枚目。最後期の録音であるエレクロトーラへの録音より、レーガーの弦楽三重奏曲とベートーヴェンの弦楽四重奏曲第12番が聴け、クリングラーSQの真価を確認出来る。クリングラーSQはスラー・ボウイングを用ゐず短いブレーズによるアンサンブルを優先してゐるのが特徴だ。トーンの均一性を重視し、高貴なロマンティシズムを醸し出すヴィブラートは練り込むやうにゆるりとした速度で掛けられ、ブッシュSQとの類似点を感じさせる。レーガーは晦渋さと幻想性を融合させた極上の名演で、渋みのある語り口が見事だ。大曲ベートーヴェンにおける老巧で深みのある表現はブッシュSQと比べても遜色ない。余白に収録されたハイドンのラルゴはクリングラーSQの禅定の境地を聴かせて呉れる絶品だ。(2008.5.17)

シェーンベルク:弦楽四重奏曲第3番、ベルク:抒情組曲/ルドルフ・コーリッシュ(vn)率いるプロ・アルテSQ [Music&Arts CD-1056]
無調音楽とか十二音音楽に興味がある方には特に重要な録音だ。シェーンベルクの信頼篤く、コーリッシュは作曲家立ち会ひのもと弦楽四重奏曲全4曲の録音を完成してゐる。この第3番は全曲録音の14年後に行はれたもので、音の状態が明解なのが嬉しい。コーリッシュやクラスナーなどの戦前の奏者たちは極めて情念的で、まるでキルヒナーやノルデの表現主義絵画のやうだ。現代の奏者たちが、抽象絵画の如く無機的な演奏で効果を挙げてゐるのと大違ひである。ベルクも危ふい火花が散る名演。(2004.8.7)

バルトーク:弦楽四重奏曲第5番、シェーンベルク:幻想曲、弦楽四重奏曲ニ長調/ルドルフ・コーリッシュ(vn)率いるプロ・アルテSQ [Music&Arts CD-1056]
シェーンベルクの2曲が強い感銘を残す名演。特に幻想曲は、シェーンベルクの器楽曲における到達点とも云へ、前衛的な作品ながらその完成美故に傑作と云へる。演奏は虚飾を排し真一文字に核心に迫る。音に共感が宿る破格の名演。19世紀末に作曲された習作の弦楽四重奏曲ニ長調は、未公刊と云ふこともあり大変貴重な録音。ブラームスの作品と偽つて聴かせれば、欺けること請け合ひの作品であるが、渋い幻想に霊感があり軽視できない。演奏も秀逸で、一聴をお薦めする。コーリッシュはバルトークの弦楽四重奏曲の第5番と第6番を初演してゐる。従つてこの録音も価値が高い訳だが、演奏は常設クァルテットでないからか、現代の完璧な演奏に耳慣れてゐるからか、特に優れたものとは思へない。(2004.10.24)

ヴェーベルン:5つの楽章、6つのバガテル、シューベルト:八重奏曲/ルドルフ・コーリッシュ(vn)率いるプロ・アルテSQ他 [Music&Arts CD-1056]
ヴェーベルンの前衛音楽に、鮮烈な火花を散らした当盤の演奏には畏敬の念を覚える。上手い演奏ではない。しかし、技術的に完璧で、表意に趣向を凝らしても、この種の音楽は情念を込めねば無機的な音響の連続にしかならない。所々唸り声まで聴こえる気概ある演奏には戦慄すら感じる。このM&A6枚組箱物では唯一の古典的作品になるシューベルトは、現代音楽の後に聴いても不思議と古さを感じない。それどころか、新ヴィーン学派とされるシェーンベルク、ベルク、ヴェーベルンがウィーンの音楽―特にシューベルトの血統を根底で継いでゐることに気付かされた。コーリッシュの細く暗い色調のヴァイオリンが、危ふい感情のよろめきを抉つてゐる。但し、全体で評価すると、録音が古く、合奏は平凡で雑だ。(2004.11.20)

レナー弦楽四重奏団/小品録音集(1922年〜1935年) [アート・ユニオン ARBD-1040-41]
レナーSQは不当に評価されてゐる。室内楽愛好家は厳格さを求めるから詰まらない。レナーSQの甘く浪漫的な歌は一世一代の個性である。アンコール・アルバムと題された当盤2枚組はレナーSQの神髄を伝へる。2枚組の1枚目は様々な弦楽四重奏曲の楽章だけを集めたものだが、実は大変価値がある。それと云ふのもこれらは全曲録音からの抜き出しではなく、録音時間に制約のあつたSPの都合で元々楽章のみで録音されたもので、かつてROCKPORTといふレーベルが敢行した全復刻が頓挫した為、これらの音源を聴ける機会は当分ないと思はれるから貴重なのだ。全曲録音された曲も多数あるが、黄金期の演奏は艶と確信が満ち溢れる逸品ばかりで捨て難い。レナーの官能的なポルタメントは至高の藝術で、歌心はエルマンに匹敵する。特に全曲録音のないチャイコフスキー「アンダンテ・カンタービレ」、シューベルト「死と乙女」第2楽章は掛け替へのない名演。(2009.7.19)

レナー弦楽四重奏団/小品録音集(1922年〜1935年) [アート・ユニオン ARBD-1040-41]
再びレナーSQを聴く。2枚組の2枚目。原典主義が幅を利かせる現代では、編曲は一段低く見なされてゐる。ピアノ曲などを弦楽四重奏に編曲して録音したレナーSQの行為はそれだけで忌み嫌はれるかも知れぬ。だが、レナーSQの最上の演奏はここにあると云つても過言ではない。これらの演奏をひとつを捨てるのなら、最近の四重奏団が録音した全集録音を捨てる方が増しだ。甘く切ない歌が見事な編曲で奏でられる。ショパンの前奏曲や練習曲、チャイコフスキーの舟歌の哀感を聴くが良い。ポルタメントの妙とたゆたふフレージングが至藝の域に達してゐる。バッハのアダージョ、グルックのガヴォットも極上だ。陰影深いレナーの節回しに陶然となる。ディッタースドルフやメンデルスゾーンの四重奏曲の演奏も勿論素晴らしく、ヴォルフ「イタリアのセレナード」も名盤だ。だが、当盤の白眉は名演の誉れ高いボロディンの弦楽四重奏曲第2番の夜想曲に尽きる。切々と琴線に触れる最高の演奏だ。(2009.10.19)

アルノルト・ロゼー(vn)/ロゼー弦楽四重奏団/ウィーン・フィル/カール・アルヴィン(cond.)/サラサーテ、ナルディーニ、ベートーヴェン、他 [PODIUM POL-1011-2]
プシホダの妻がロゼーの娘アルマであつたからだらう、独PODIUMはロゼーの復刻も手掛けてゐる。本格的なソロイストとして活動しなかつたから、決して録音は多くない。当盤の収録曲で、ゴルトマルク、メンデルスゾーン、ポッパー、ナルディーニの2曲、ベートーヴェンのロマンス第2番は米Arbiter盤と重複するので割愛する。サラサーテ「ファウストの主題による幻想曲」は何故か断片で、英SYMPOSIUMから復刻があるので価値がない。重要なのは1902年録音の「ツィゴイネルワイゼン」だ。断片だが、唯一の復刻の筈だ。弦楽四重奏ではケルビーニのスケルツォとベートーヴェンの第4番は他に復刻があつたので割愛するが、ホフシュテッター「ハイドンのセレナード」とベートーヴェンの第5番第3楽章が貴重だ。1931年録音のシュトラウス「ばらの騎士」が収録されてゐる。アルヴィンの指揮、ウィーン・フィルの演奏だが、途中ヴァイオリンの独奏をコンツェルトマイスターであるロゼーが弾いてゐる。密度の濃いアーティキュレーションにロゼーの個性が刻印されてゐる。(2010.3.8)

バッハ:無伴奏ソナタ第1番よりアダージョ、2つのヴァイオリンの為の協奏曲、エア、ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第4番、同第10番、同第14番/ロゼー弦楽四重奏団/アルノルト・ロゼー(vn)、他 [Biddulph LAB 056-057]
ウィーン楽壇の首領ロゼーの1927年から1929年にかけての電気録音を集成した英Biddulph盤だ。ベートーヴェンの作品131がドイツHMV即ちエレクトローラへの録音なのを除き、チェコHMVへの録音である。愛娘アルマとの協奏曲とアダージョは同日の録音だ。協奏曲では第3楽章にヘルメスベルガー作の淫靡なカデンツァを用ゐてをり興味深い。アダージョはロゼーの本領を聴ける逸品だ。エアも独自の藝術境が聴ける名演。ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第10番と第14番は他に復刻盤がなかつた筈なので貴重だ。ロゼーSQは正直申してロゼー以外の奏者に魅力がなく、弦楽四重奏団としての纏まりに欠ける。しかし、後発のレナーやブッシュなどの団体に対して、ノン・ヴィブラートによるアンサンブルを追及した旧派の代表格としての資料的価値はある。第4番の終楽章、ハープの第1楽章や第3楽章、第14番の終楽章は情熱的な演奏で、勢ひに圧倒される。それもこれも今日では絶滅したロゼーの独特なアーティキュレーションによる奏法の特異性への驚きから生じる。(2016.4.17)

ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第7番、同第14番/シュナイダーハン弦楽四重奏団 [Orfeo C 315 931 B]
伝統的にウィーン・フィルの弦トップは弦楽四重奏を組んできた。ロゼーの後を襲つてコンツェルトマイスターに就任したシュナイダーハンもまた四重奏を結成した。メンバーはシュトラッサー、モラヴェッツ、クロチャックである。しかし、シュナイダーハンSQの録音は僅かしか残らない。シュナイダーハンがソロイストとして独立しウィーン・フィルを退団して仕舞ふ迄の約10年間の大半は戦中の困難な時期で、録音に恵まれなかつたのだ。第14番が1944年9月、第7番が1945年3月、録音が残されたこと自体が有難い貴重な記録である。演奏はウィーン風の優美さを備へつつ、風格のある威厳を保つた名演である。何よりもシュナイダーハンが巧い。銀糸のやうな光沢のある音色が美しく、表面は優雅でよく歌ふが、力強い音楽の構築は立派で、全体の設計まで見通されてゐる。比べたら後を襲つたバリリなど柔和なだけで問題にならない。多彩な表情の変化を聴かせるシュナイダーハンの妙技が冴えるが、殊に幽玄な趣―ラズモフスキーの第3楽章や第14番の全て―は琴線に触れる。カペーSQやブッシュSQに比べるとやや甘美な印象はあるが、ウィーン流儀の名演として記憶に留めたい。(2011.11.20)

モーツァルト:弦楽四重奏曲第17番「狩」、ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第6番、ラヴェル:弦楽四重奏曲/シュナイダーハン弦楽四重奏団 [Orfeo C 402 951 B]
ウィーン・フィルの主席奏者で組んだシュナイダーハンSQの録音は貴重だ。当盤の録音時期はモーツァルトとベートーヴェンが1949年、ラヴェルが1950年で、正しくシュナイダーハンがウィーン・フィルのコンツェルトマイスターを辞任、退団し、本格的にソロイストとして活動を開始した時期である。メンバーはシュトラッサー、モラヴェッツ、クロチャックで、ラヴェルではヴィオラがシュトレンクに交替してゐる。モーツァルトは幾分特徴が薄く、取り立てて惹かれる演奏ではないが、正統的な演奏で申し分ない。ベートーヴェンが素晴らしい。何よりもシュナイダーハンの巧さが引き立つ。第3楽章の見事なアンサンブルも特筆したい。全体的に品位と潤ひがあり、この曲の屈指の名演だらう。ラヴェルは矢張り畑違ひの感がある。気怠い官能とは無縁で、典雅なウィーン風の演奏である。(2012.2.18)

三重奏

ベートーヴェン:ピアノ三重奏曲第5番「幽霊」、ブラームス:ピアノ三重奏曲第2番/アドルフ・ブッシュ(vn)/ヘルマン・ブッシュ(vc)/ルドルフ・ゼルキン(p) [CBS SONY MPK 46447]
ベートーヴェンが録音年不明だが、ブラームスが1951年の録音でブッシュ最晩年の演奏といふことになる。ブッシュ兄弟とゼルキンによるトリオ演奏は恐らくドイツ音楽のレパートリーにおいて史上最高のものであつたと推測されるが、ブッシュの全盛期に残されたのがシューベルトの変ホ長調トリオだけなのは誠に残念でならない。渡米後のブッシュは衰へが著しく、当盤の演奏には往時の神々しさはないが、ドイツ・ロマンティシズムの権化のやうな焦がれる憧憬と渋い瞑想、暗く燃焼的な情念は健在だ。ベートーヴェンは畳み掛けるやうな覇気が漲つてをり圧倒的だ。緩徐楽章の詠嘆にはより良さがある。ブラームスが名品で、特にゼルキンの玲瓏たる音色から紡がれる馥郁たる浪漫の香りが素晴らしい。ブッシュ一家が為した霊妙な音楽はその後絶えて聴くことが出来ない。(2005.8.25)

ヘンデル(ハルヴォルセン編):パッサカリア、モーツァルト:二重奏曲K.423、ディヴェルティメントK.563、ドホナーニ:セレナード/ヤッシャ・ハイフェッツ(vn)/ウィリアム・プリムローズ(va)/エマヌエル・フォイアマン(vc) [Biddulph LAB 074]
名代のヴィルティオーゾ3人の組み合はせによる豪華絢爛たる共演。最大の聴きものはドホナーニのセレナードで、技巧の切れと恰幅のよい音創りに尋常ならざる感銘を受けるだらう。取り分けジプシー情緒を妖しく奏でるハイフェッツの旋律には抗し難い魅力がある。ヘンデルやモーツァルトは演奏様式でみると豪奢過ぎるきらいがあるが、これだけ完成された演奏であれば自然と納得させられる。ハイフェッツのモーツァルトは強靭で華麗なるエスプレッシーヴォで押し通すロココに陥らない新鮮な爽快さがあり相性が良い。ハイフェッツとプリムローズの音楽は等質性が高く、二重奏は奇蹟の連続である。アンサンブルの要をフォイアマンが押さえたディヴェルティメントも極上の名演で、表現の豊かさが驚異的だ。ヘンデルは古雅な趣は皆無で、ロマンティックな自在さで独自の世界を築く。(2005.8.21)

モーツァルト:前奏曲とフーガ第1番、同第2番、同第3番、同第6番、ディヴェルティメント/パスキエ・トリオ [Music&Arts CD-1233]
ジャン、ピエール、エティエンヌの3兄弟が結成した弦楽三重奏団パスキエ・トリオのディスコフィル・フランセへの録音を復刻した1枚。戦後、急速に失はれて仕舞つた人間味のあるアンサンブルで、声のやうに3つの楽器が絡み合ふ。音色の変化に注力され、器楽の機能美は追求されてゐない。懐かしく温かい演奏だ。また、モーツァルトの様式美には捕らはれず、伸び伸びと弾いてゐるのも清々しい。バッハのフーガを編曲し前奏曲を付けた全6曲の前奏曲とフーガK.404aからは4曲が録音されてゐる。素晴らしい演奏だが、極め付けはディヴェルティメント変ホ長調K.563だ。この曲にはハイフェッツ、プリムローズ、フォイアマンによる脂分の多いギラギラした名盤があつたが、程よく爽やかなパスキエ・トリオの録音こそ最上級だと太鼓判を押さう。音楽の喜びが詰まつてゐる。(2016.10.23)

ヴィオラ/チェロ/コントラバス

ヒンデミット:交響曲「画家マティス」、白鳥を焼く男、ヴァイオリン協奏曲/ロジェ・デゾルミエール(cond.)/アンリ・メルケル(vn)/アーサー・フィードラー(cond.)/パウル・ヒンデミット(va&cond.)、他 [DUTTON LABORATORIES CDBP 9767]
ヒンデミットは様々な楽器を弾きこなした才人であつたが、特にヴィオラの腕前は相当であつた。四重奏団を結成したり、ゴールドベルクやフォイヤマンとの弦楽トリオの録音は愛好家に珍重された。ヒンデミットにはヴィオラの曲が沢山あるが、事実上のヴィオラ協奏曲である「白鳥を焼く男」の録音が残されてゐる。ヒンデミットの自作自演は指揮による録音が多いので特に貴重な逸品だ。もうひとつ、ヒンデミットが指揮した「画家マティス」は繰り返し復刻されてゐる有名なテレフンケン録音である。大変復刻の状態が良く、音質が極上だ。1934年の録音だから、かのヒンデミット事件の前夜の記録で、フルトヴェングラー率ゐる黄金期のベルリン・フィルによる神秘的で荘厳な音が聴く者を圧倒する。メルケルの独奏、デゾルミエールの指揮によるヴァイオリン協奏曲も充実してゐる。間断なく掛けられたヴィブラートによるエスプレッシーヴォ極まりない名演。(2009.6.19)

パブロ・カサルス(監修)/サルダーナ集 [EMI CLASSICS 6 94932 2]
大カサルスのHMV録音を集成した9枚組の箱物。但しハイドンの協奏曲など未発表録音は含まない。また、指揮者カサルスの録音も含んでゐない。これ迄繰り返し発売されてきた音源ばかりだが、9枚目の後半には1955年に録音されたサルダーナ集が収録されてゐる。初めて聴く有難い復刻だ。サルダーナ集の為にこの箱物を購入された方も多いと思ふ。サルダーナとは輪になつて大勢で踊るカタルーニャの民族舞踊で、パイプ、ベース、ショームなどの楽器で編成されたコブラと呼ばれる吹奏楽団が音楽を奏でるものださうだ。カサルス自身、カサルスの弟エンリケ・カサルス、ガレタ、セデラによる作品計7曲がカサルスが監修の下、プリンシパル・デ・ヘロナといふコブラによる演奏で収録されてゐる。民族楽器の素朴で鄙びた音に味がある。基本的には陽気な舞曲だが、そこはかとない哀愁が漂ふのも良い。カサルスの故國に対する熱い愛が結晶された貴重な記録で、魅了されること請け合ひだ。(2012.6.7)

バッハ:無伴奏チェロ組曲(全6曲)、カタルーニャ民謡:鳥の歌/マルタ・モンターニェス・マルティネス(p)/パブロ・カサルス(vc) [la mà de guido HISTORICAL LMG 2095]
スペインのレーベルによるカサルス至高の名盤の復刻である。演奏に関しては改めて述べることは何もない。カサルスの録音を聴かずにバッハの無伴奏組曲を語ることなど許されない。カサルスの演奏が絶対的に最高だと云ふ積もりはないが、カサルス盤は規範であり無視することは不見識極まりないことだ。さて、無伴奏チェロ組曲の復刻は本家EMI以外からも夥しく発売されてをり、敢へて当盤2枚組を購入する理由はない。当盤の価値は余白に収録された録音年不詳の鳥の歌にある。音色とカサルスの唸り声などから晩年の演奏だと思はれるが、クレジットタイトルがない為に特定が出来ない。前奏が欠落してをり後奏のみピアノ伴奏がある。尚、有名な1961年のホワイトハウスでの演奏ではないことは確かで、1956年のプラド音楽祭での演奏でもない。情報を求む。[後日、識者の方から情報を戴いた。1956年プエルト=リコの自宅と思しき場所での演奏で―映像での記録だ―、伴奏は妻となるマルタ―後のマルタ・カサルス・イストミン―であつた。また、前奏の欠落は映像においてナレーターによるアナウンスが被つてゐたからであつた。この場を借りて謝辞を述べたい。](2014.4.10)

バッハ:無伴奏チェロ組曲第1番、ベートーヴェン:ピアノ三重奏曲第7番/ミエチスラフ・ホルショフスキ(p)/シャーンドル・ヴェーグ(vn)/パブロ・カサルス(vc) [Philips 109 277-2]
カサルスは1955年にボンにあるベートーヴェン・ハウスを訪れた。その際にベートーヴェンが所有してゐた弦楽四重奏用のチェロを弾く機会を得た。曲は日課のやうに弾いてゐたバッハの無伴奏チェロ組曲で、何と奇蹟的に録音が残されてゐたのだ。当盤はボン・ベートーヴェン・ハウスによる特別盤として初発売された愛好家感涙の1枚である。楽器が異なる為もあらう、細部に拘泥はらず、感触を楽しむやうに気負ひのない自由闊達な演奏をしてをり面白い。但し鑑賞用の録音ではないことを承知してをくべきだ。大公トリオは1958年のベートーヴェン・ハウスでの特別演奏会の記録で、繰り返しPhilipsから発売されてきた録音である。カサルスは衰へてゐるが、矍鑠たる演奏を披露して呉れる。寧ろヴェーグやホルショフスキの乱れが酷い。勿論、美しい瞬間もあるが、ライヴとは云へ傷が多過ぎて残念だ。(2008.4.21)

ベートーヴェン:チェロ・ソナタ第2番、同第5番、ソナタへ長調(ホルン・ソナタ)/ミエチスラフ・ホルショフスキ(p)/パブロ・カサルス(vc) [Philips 109 277-2]
再びカサルスを聴く。2枚組の2枚目。1958年9月18日のベートーヴェン・ハウスでの特別演奏会の記録。翌日はヴェーグを加へてのピアノ・トリオ演奏会を行つた。蘭フィリップスから度々発売されてきた音源である。カサルスの演奏は老いてはゐるが、弱音時には情感籠るヴィブラートで感動的な諧調を奏でるから平伏する。しかし、強音では総じて硬く、カサルスの難点である押しの強過ぎるアクセントの為に、悉く擦過音が制御出来ずに老残の身を晒すことになつてゐる。しかし、問題はホルショフスキだ。恐らくベートーヴェン・ハウスの楽器が年代もので相当弾き難ひのだらう、音楽に生気がなく良いところが丸でなく、老カサルスよりも酷い出来だ。(2008.5.21)

バッハ:無伴奏チェロ組曲第1番、同第2番、同第3番/ガスパール・カサド(vc) [VOX CDX2 5522]
1957年に録音されたカサドの代表盤。大先輩カサルスの歴史的名盤があるので、分が悪いと思はれるが、情緒豊かで大変素晴らしい名演である。自信に裏付けされた一本気なカサルス盤、格調高いフルニエ盤と伍して、カサド盤は人肌の温もりを感じさせる独自の境地を切り開いてゐる。技術面で甘い箇所を指摘することも可能だが、古雅な雰囲気を重視し、楽想に起伏を持たせてゐるのはカサドだ。歌謡性を前面に押し出し、木目細かい音楽を聴かせる。滋味豊かなボウイング、訥々としたヴィブラートは機能一辺倒な戦後の奏法とは一線を画す。素朴な楽曲にカサドの良さがあり、第3番、次いで第1番が美しい。第2番は幾分感銘が劣るが、伸びやかな名演である。(2010.1.23)

バッハ:無伴奏チェロ組曲第4番、同第5番、同第6番/ガスパール・カサド(vc) [VOX CDX2 5522]
1957年に録音されたカサドの代表盤。2枚組の2枚目を聴く。落ち着いた雰囲気で、丁寧な音楽を仕上げて行く。聴き手を圧倒する威容はないが、温かく包み込むやうな人間味がカサドの良さである。伸び伸びとした歌、明るく典雅な音色から生まれるバッハは謹厳なだけではなく、悠然とした趣があり、聴いてゐて疲れを感じさせることはない。総じてアルマンドとサラバンドに名演が多い。最も素晴らしいのは第4番で、歌心が溢れた名演である。実はカサドは原調の変ホ長調を1音移調してヘ長調に編曲して弾いてゐる。その為、より開放的で楽観的に聴こえるのだ。最も面白く聴ける。第5番は悲哀に欠けるのか、やや低調である。第6番のプレリュードが柔和で物足りないのは確かだが、全体としては美しい名演である。(2010.4.4)

シューベルト:アルペジョーネ協奏曲(カサド編)、シューマン:チェロ協奏曲、チャイコフスキー:ロココの主題による変奏曲/バンベルク交響楽団/ヨネル・ペルレア(cond.)/ガスパール・カサド(vc)、他 [VOX CDX2 5502]
1950年代に録音された協奏曲作品集。アルペジョーネ協奏曲はチェリストからは作曲家としても認知されてゐるカサドの良く知られた編曲だ。カサドはアルペジョーネ・ソナタが好きで堪らなかつたのだらう。オーケストレーションを施し、自身の看板曲として頻繁に演奏した。録音はハーティとのSP録音、メンゲルベルクとのライヴ録音、当盤、と3種も残る。有名なメンゲルベルク盤は演奏の出来が悪く、真価が伝はらないが、ペルレア盤はカサドの温かみのある音色が美しく、木目細かく表情を付けた歌心には惚れ惚れする。編曲の意義には疑問も残るが、直向きなカサドの演奏には心打たれる。シューマンは名曲であり乍ら良い演奏のないこの曲の隠れた名盤だ。カサドのチェロは滋味豊かで、人肌の温もりを感じさせ、内面に向ふ音楽が楽想に相応しい。チャイコフスキーも典雅な演奏で美しいが、野性味が少し欲しい。ペルレアの伴奏は丁寧にカサドの音楽に寄添つてをり、誠に素晴らしい。(2009.3.21)

ドヴォジャーク:チェロ協奏曲、ロンド、森の静けさ、レスピーギ:アダージョと変奏曲/ウィーン・プロ・ムジカ管弦楽団/ヨネル・ペルレア(cond.)/ガスパール・カサド(vc) [VOX CDX2 5502]
再びカサドを聴く。2枚組の2枚目。ドヴォジャークの協奏曲をカサドはSP期に録音してをり、当盤は再録音となる。名手が挙つて録音する名曲だが、カサドは己の持ち味を活かして聴かせる。なべてのチェリストは第1楽章の主題の旋律を強く張つて歌ふが、カサドは肩の力を抜いて弾く。だから、野性味はなく小粋な演奏である。情味を込めた丁寧で温かい音色こそカサドの美質で、他流試合をしない賢明さを感じる。郷愁を誘ふ名盤だ。ドヴォジャークの2つの小品も情緒豊かで繊細だが、フォイアマンの剛胆な演奏があるから分が悪い。レスピーギはカサドと相性が良く、美しい名演だ。VOXには他にサン=サーンス、ラロ、ボッケリーニ、ハイドン、ヴィヴァルディなどの協奏曲録音があつた筈だ。切に復刻を望む。(2009.5.14)

ガスパール・カサド(vc)/原智恵子(p)/1962年日本録音 [DENON COCO-80744]
カサドは小カサルスとも云ふべき活躍をし、その衣鉢を継ぐ存在であつたが、1966年に師匠よりも先に没した。カサドの奥方は原智恵子で晩年の1959年に結婚した。当盤は1962年来日時の録音で30分弱と収録時間は短いが、夫婦共演による大変意義のある1枚だ。否、それ以上の価値があり、カサド第一の名盤と太鼓判を押さう。聴かぬは大損と心得よ。演目はサン=サーンス「白鳥」、チャイコフスキー「感傷的なワルツ」、ラヴェル「ハバネラ形式の小品」、フォレー「夢の後に」「エレジー」、グラナドス「ゴイェスカス」間奏曲とスペイン舞曲第5番「アンダルーサ」、リムスキー=コルサコフ「熊蜂の飛行」、シューマン「トロイメライ」の9曲だ。最晩年の演奏だが、技巧の衰へを気魄で感じさせず風合ひへと昇華させ、長年弾いてきた総決算とも云ふべき自信に充ち、感情を出し切つてゐる。全ての曲が最高の演奏であるが、特にチャイコフスキーで示した熱情は感動的だ。サン=サーンスと2曲のフォレー作品も見事な歌ひ回しで決定的名演だ。勿論御國物のグラナドスも素晴らしい。「ゴイェスカス」では原智恵子も感情を剥き出しにして自由奔放に演奏してゐる。(2015.11.19)

エマヌエル・フォイアマン(vc)/パーロフォン・アコースティック録音全集(1921年〜1926年) [West Hill Radio WHRA 6042]
米West Hill Radioが4枚組で発売したフォイアマンの復刻は蒐集家必携の逸品で、持つてをらぬは潜りと云へよう。1枚目を聴く。フォイアマンの録音は4つに大別出来、ドイツでパーロフォン、英國でコロムビア、渡米後はヴィクターへの録音と、ライヴ録音を幾つか残した。コロムビア録音は英Pearlが復刻してゐたが、パーロフォン録音は英Pearlがドヴォジャークの協奏曲と幾つかを復刻してゐたのみで霧に包まれてゐた。それが全て登場したのだから歓喜感涙である。初CD化されたのは、ショパンのノクターン、サラサーテのツィゴイネルワイゼンの前半、シューマンのトロイメライと夕べの歌がそれぞれ2種、バッハのエア、グノーのアヴェ・マリア、ドヴォジャークのロンドと協奏曲の第2楽章、キュイのカンタービレ、ポッパーのセレナード、作者不明の古いイタリアの愛の歌だ。機械録音なので音が貧しく緩やかな小品ばかりなので、フォイアマンの凄みを感得出来るほどではないが感銘深い内容だ。(2016.2.6)

エマヌエル・フォイアマン(vc)/1934年&1936年日本コロムビア全録音/フリッツ・キッツィンガー(P)/ヴォルフガング・レブナー(P) [Green Door GDCS-0009]
1934年と36年、名手フォイアマンが来日した折に行つた録音を全て復刻したもの。実は2000年にMusic&Artsからも日本コロムビアへの録音を復刻した「Lost Feuermann」なるCDが発売されてゐた。しかし、これには2曲の復刻漏れがあり、それだけのためにGreen Door盤を購入したといふ次第である。フォイアマンは無類の技巧家であり、男気のある演奏をした。強靭なヴィブラートは豪奢と哀愁を兼ね備へてゐた。日本の歌を弾いたものに特別な興味があるとは云へ、小品では概ね茶目つ気のない演奏ので面白みは少ない。フォイアマンのディスコグラフィーは何時か製作したいと思つてゐる。(2004.8.24)

エマヌエル・フォイアマン(vc)/1939年ヴィクター録音集成/メンデルスゾーン:チェロ・ソナタ第2番、ベートーヴェン:魔笛の主題による変奏曲、ヘンデル:アダージョとアレグロ、ショパン:序奏と華麗なるポロネーズ、他/フランツ・ルップ(p)他 [Biddulph LAB 048]
戦火を避けて渡米したフォイアマンは自らの技巧に磨きをかけるべく、こともあらうにハイフェッツを相手取り研鑽を積んだ。当盤は、ハイフェッツに出来ることなら俺にも出来ると豪語した男の全盛期の記録である。白眉はメンデルスゾーンのソナタだ。特に強靭なヴィブラートがかけられたピッツィカートで始まる第2楽章が出色で、中間部における白熱した高揚感には武者振るひすら覚える。野性味のある第1楽章コーダにも同じことが云へるだらう。深みのある第3楽章の音色も素敵だ。その他では、ベートーヴェンが躍動感溢れる逸品。ヘンデルの快活で豪奢な味はいも印象深い。剛毅なリズムで聴かせるショパンはフルニエの高貴な録音と共に推奨出来る名盤だ。ダヴィドフの小品に聴かれる鮮やかな技巧には改めて感服させられる。ラシャンスカ、エルマン、ゼルキンと合奏したヘンデルとシューベルトなど珍品も併録。長年探して奇蹟的に掘り出した入手困難の1枚。(2005.5.8)

R・シュトラウス:ドン=キホーテ、ブロッホ:シェロモ/フィラデルフィア管弦楽団/ユージン・オーマンディ(cond.)/レオポルド・ストコフスキー(cond.)/エマヌエル・フォイアマン(vc) [Biddulph LAB 042]
1940年の2月と3月、ヴィクターに録音された両曲はそれぞれ1日で収録されてをり、フォイアマンの技巧が取り直しなど一切不要な完璧の域に達してゐたことを裏付けてくれる。ブロッホが極上の名演。フォイアマンの強靭なヴィブラートとストコフスキーが引き出した極彩色のトゥッティはユダヤの情念を濃密に表出してゐる。シュトラウスにおけるフォイアマンの独奏は録音史上最も胆力のあるドン=キホーテ像を描き出してをり大変聴き応へがある。両曲ともフォイアマンは同時期にライヴ録音を残してをり、特にトスカニーニと共演した「ドン=キホーテ」は豪快極まりない破格の名演であつたが、録音状態を考へれば万全とは云ひ難い。黄金期のフィラデルフィア管弦楽団による色彩豊かな表情が楽しめる当盤の価値は高く、屈指の名盤と云へる。(2006.5.19)

ドヴォジャーク:チェロ協奏曲、森の静けさ、ロンド、ブロッホ:シェロモ/ハンス・ランゲ(cond.)/レオン・バージン(cond.)/エマヌエル・フォイアマン(vc)、他 [West Hill Radio WHRA 6042]
米West Hill Radioが4枚組で発売したフォイアマンの復刻は蒐集家必携の逸品で、持つてをらぬは潜りと云へよう。2枚目を聴く。何と初出となるドヴォジャークの協奏曲といふ大物録音がある。1941年1月9日、ランゲ指揮シカゴ交響楽団との共演だ。フォイアマンには前年にバージンとのライヴ録音があり、よく知られてゐるが、新たな音源の登場に喝采を送りたい。バージン盤と比較しても伴奏の精度が良く、協奏曲の醍醐味を味はへる。フォイアマンも絶好調だ。抱き合はせは既出音源で、1940年11月10日のバージン指揮ナショナル・オーケストラル・アソシエーションの伴奏によるドヴォジャークの森の静けさとロンド及びブロッホのシェロモだ。これらの曲の最高の演奏のひとつであり、改めてフォイアマンの名人藝に酔ひ痴れることが出来た。(2016.5.24)

ポッパー:ハンガリー狂詩曲、ダルベーア:チェロ協奏曲、ライヒャ:チェロ協奏曲、他/パウル・クレツキ(cond.)/レオン・バージン(cond.)/エマヌエル・フォイアマン(vc)、他 [West Hill Radio WHRA 6042]
米West Hill Radioが4枚組で発売したフォイアマンの復刻は蒐集家必携の逸品で、持つてをらぬは潜りと云へよう。3枚目を聴く。初出、初復刻が目白押しだ。1932年のテレフンケンへの録音でクレツキ指揮ベルリン・フィルの伴奏でのポッパーが初復刻だ。演奏は妖艶たる名演で、技巧の切れが抜群だ。その他は全て米國でのライヴ録音だ。1940年2月25日、フランク・ブラック指揮NBC交響楽団とのドヴォジャークの協奏曲の第2楽章、及び1940年のレオン・バージン指揮ナショナル・オーケストラル・アソシエーションの伴奏でのダルベーアとライヒャの協奏曲だ。これらは初復刻ではないが、恐ろしく入手困難な音源であつたので歓迎されるだらう。目玉と云へるのが、初出となる1941年録音、アルベルト・ヒルシュのピアノ伴奏でベートーヴェンのチェロ・ソナタの第3楽章だ―第2楽章の最後から録音は始まつてゐる。斯様に情念を込めて弾かれたフーガは聴いたことがない。全曲で鑑賞したかつた特級品。1940年録音、テオドーレ・ザイデンベルクのピアノ伴奏でショパンのノクターン第2番とフャリャ「ホタ」も初出だ。ハイフェッツが嫉妬しさうな程の艶やかな名演だ。(2016.11.28)

ドヴォジャーク:チェロ協奏曲、シュトラウス:ドン=キホーテ/ナショナル・オーケストラル・アソシエーション/レオン・バージン(cond.)/NBC交響楽団/アルトゥーロ・トスカニーニ(cond.)/エマヌエル・フォイアマン(vc) [West Hill Radio WHRA 6042]
米West Hill Radioが4枚組で発売したフォイアマンの復刻は蒐集家必携の逸品で、持つてをらぬは潜りと云へよう。4枚目を聴く。ドヴォジャークは有名な1940年1月17日の放送録音。管弦楽の伴奏がお粗末だが、豪快なフォイアマンの独奏で聴く者らを魅了し続けてきた名演である。特に第1楽章のアルペジオ音型で弓を弾ませる箇所は個性的だ。ヴァイオリンではパガニーニの曲などで一般的な奏法だが、チェロではフォイアマンが第一人者であらう。シュトラウスも繰り返し発売されてきた1938年10月22日の放送録音で、別項で述べたので割愛するが、豪放磊落で異常な熱気に包まれた演奏だ。兎に角トスカニーニが凄まじい。(2017.1.4)

サン=サーンス:チェロ協奏曲第1番、バッハ:無伴奏チェロ組曲第3番より、アダージョ、他/アルトゥール・スマーレンス(cond.)/フランツ・ルップ(p)/エマヌエル・フォイアマン(vc)他 [Cello Classics CC1013]
チェロ・クラシックスといふレーベルが20世紀最高のチェロ奏者フォイアマンの稀少録音第2弾を発掘した。その内容たるや愛好家感涙のお宝ばかりである。何と云つても初出ライヴ音源となるサン=サーンスの協奏曲が貴重この上ない。強靭なボウイングとヴィブラートが烈火の如く燃え上がる劇的な演奏で手に汗握る。特に最後の弾き納めの異常な興奮は悪鬼に取り憑かれたかのやうだ。惜しいことに管弦楽の伴奏がお粗末を超えて最低である。次いで、アンコールとして演奏されたバッハだが、フォイアマン唯一の無伴奏組曲の録音として感銘深い。ヴィクター録音のバッハ「アダージョ」は3テイク収録されてゐる。全て表情を変へて弾いてをり、何れも琴線に触れる名演であるのは偉大だ。フォーレ「夢のあとに」やテレフンケン録音のポッパー「胡蝶」も見事。更に、このCDはエンハンストCD仕様になつてをり、PCでフォイアマンの演奏姿を映像で観れる。涼しい顔をして事も無げにエスプレッシーヴォを奏でるドヴォジャーク「ロンド」。人間業を超えたポッパー「紡ぎ歌」。敢て云ほう。これは奇蹟の技だ。(2007.8.17)

ブラームス:チェロ・ソナタ第1番、同第2番、ヴィヴァルディ:チェロ・ソナタ第3番イ短調RV.43、マルチェロ:チェロ・ソナタへ長調/カルロ・ゼッキ(p)/エンリーコ・マイナルディ(vc) [DOREMI DHR-7926-8]
名手マイナルディの全盛期の録音を編んだ3枚組。1枚目は1952年頃のイタリアRCAレーベルへの録音で、これまでまともな復刻がなかつた貴重な音源である。ピアノは盟友ゼッキで、こちらも大変貴重な記録である。マイナルディは内省的な渋い歌と侘びた音色が魅力で、派手な技巧とは無縁、古色蒼然とした趣がある。クーレンカンプやフィッシャーと気心合つたトリオを組んだのも頷ける。ブラームスのソナタで聴ける枯れた歌の味はひは特筆すべきだが、無難なテンポ設定にも拘らず技巧的な綻びがあるのは残念でならない。気魄は充分だが、どこか頼りないのだ。第1番はもどかしいが、明朗な第2番の伸びやかな歌は良い。ゼッキのピアノも意表外に冴えない。本当に素晴らしいのはヴィヴァルディとマルチェロのソナタである。イタリアの栄光を伝承する名演だと絶讃したい。古雅で侘び寂びを心得た音は琴線に触れる。簡素なゼッキのピアノも美しい。(2011.12.12)

ボッケリーニ:チェロ・ソナタ第6番、同第1番、ヒンデミット:チェロ協奏曲、マリピエロ:チェロ協奏曲/カルロ・ゼッキ(p&cond.)/エドゥアルド・ヴァン・ベイヌム(cond.)/エンリーコ・マイナルディ(vc)、他 [DOREMI DHR-7926-8]
再びマイナルディを聴く。3枚組の2枚目。1952年頃のイタリアRCAレーベルへの録音であるボッケリーニのソナタ2曲は、盟友ゼッキの伴奏による名盤。名曲第6番には録音も多いが、滋味豊かなマイナルディの演奏は格別だ。哀愁を込めた仄暗い音色で弾かれる歌は絶品で、高貴な気品が漂ふ。同じイ長調の第1番もマイナルディは決して派手に弾かない。熟成されたワインを嗜むやうな大人の演奏であり、古きイタリアの伝統を誇らかに謳つた別格の名演なのだ。ゼッキのピアノ伴奏も格調高い。そのゼッキが棒を振つたトリノRAI管弦楽団の伴奏による1958年ライヴ録音のヒンデミットが極上の名演だ。何よりもゼッキの伴奏が熱い。晦渋な楽曲を一気に聴かせる気魄に圧倒される。マイナルディの独奏も力強い。第一等の名演だらう。マイナルディに献呈されたマリピエロの協奏曲は1941年のライヴ録音で、ベイヌム指揮コンセルトヘボウの伴奏である。ヒンデミットに比べると親しみ易い作品だ。自信に溢れたマイナルディの闊達な演奏は、競合盤を探す必要のない決定的名演と云つて差し支へない。(2012.2.8)

ピツェッティ:チェロ協奏曲、シュトラウス:ドン=キホーテ/カルロ・マリア・シュリーニ(cond.)/リヒャルト・シュトラウス(cond.)/エンリーコ・マイナルディ(vc)、他 [DOREMI DHR-7926-8]
再びマイナルディを聴く。3枚組の3枚目。ピツェッティの協奏曲はマイナルディ独奏、作曲家自身の指揮によつて初演された。当盤は1962年のライヴ録音で、初演者の貫禄を伝へる極めて価値の高い録音だ。マイナルディの力強い独奏は緊張感があり素敵だが、40分弱の長大な作品乍ら心惹かれる楽想に乏しく、晦渋かつ散漫な曲に感じる。素晴らしいのはドン=キホーテだ。これは1933年に作曲家シュトラウスの達ての所望で実現した録音で、当時マイナルディはベルリン国立歌劇場に在籍、ベルリン音楽院のチェロ科教授に就任して、ベルリン楽壇に気鋭の奏者として名を馳せてゐた頃で、シュトラウスに見初められてドン=キホーテを担つた。マイナルディの独奏は勿論見事なのだが、シュトラウス指揮のベルリン国立歌劇場管弦楽団が実に良い。熱気に溢れ、表情豊かで、これほど充実した演奏は古今を通じても少ない。(2012.3.17)

バッハ:ソナタニ長調BWV.1028、レーガー:チェロ・ソナタ第4番イ短調/カルロ・ゼッキ(p)/カール・ゼーマン(p)/エンリーコ・マイナルディ(vc) [ORFEO C 418 971 B]
盟友ゼッキとのバッハのヴィオラ・ダ・ガンバとチェンバロの為のソナタ第2番が何といつても素晴らしい。1956年の演奏で、マイナルディ絶頂期の記録である。滋味溢れる音楽はマイナルディとゼッキの組み合はせから生成した結晶作用である。ゼーマンの伴奏によるレーガーは滅多に聴くことのない秘曲だ。近現代曲を得意としたマイナルディの面目躍如たる名演で、連綿と夢想する第3楽章は特に美しい。1973年の演奏だが、含蓄のあるマイナルディの音色を充分に味はへる。とは云へ、晦渋で冗漫の気がある40分弱の全曲に常に魅力を感じることは難しく、観賞後の印象が薄いことは致し方ない。余白にレーガーとの出会ひについて語つた肉声が収録されてゐる。(2012.6.30)

ヴィヴァルディ:協奏曲Op.3-9、J.C.バッハ(カサドシュによる偽作):協奏曲、ラロ:チェロ協奏曲、オネゲル:チェロ協奏曲、マスネ:「復讐の3女神」より/ビゴー(cond.)/ゴーベール(cond.)/オネゲル(cond.)/モーリス・マレシャル(vc)他 [山野楽器 YMCD-1008-9]
感性と音色においてフランスの至宝とも云へるマレシャルの復刻は山野楽器が集成した5枚組が最も充実してゐる。1枚目は協奏曲録音で構成。バロック作品における高雅な気品はエスプリの精華であり、マレシャルの美質が堪能出来る。ヴィヴァルディはヴァイオリンの為の、カサドシュの偽作はヴィオラの為の作品だが、音色の美しさにより遜色のない魅力を引き出してゐる。フランス近代の作品においてマレシャルの真価は遺憾なく発揮される。ラロはフルニエの優れた録音があるから分が悪いが、情熱的な入魂の演奏で聴き応へがある。作曲者自らが棒を振つたオネゲルはマレシャルの独擅場とも云へる名演で、マレシャルによるカデンツァは特に価値が高い。多彩な表情とエスプリ溢れる情感が秀逸だ。マスネにおける憂ひを帯びた溜息はフルニエと雖も及びのつかないパリの音だ。繊細さと陰影の深さでマレシャルは独自の世界を奏でた名手である。(2006.6.13)

ブラームス:チェロ・ソナタ第1番、同第2番/ジャンヌ=マリー・ダルレ(p)/モーリス・マレシャル(vc) [山野楽器 YMCD-1008-9]
マレシャルは1953年に仏パテ・マルコーニにダルレ女史とブラームスのソナタ2曲を録音したが、これがマレシャル最後の録音となつた。フランス近代音楽をレペルトワールとするマレシャルのブラームスに奇異な印象を抱くかもしれぬが、これは曲想の陰陰滅滅たる印象を拭ひ去り、且つ高貴な幻想を迸らせた稀代の名演なのだ。第1番はフォイアマンと並ぶ特別な名演だ。低音部はフォイアマンほど引締まつてゐないが、美酒の如き高音には張り詰めた情熱が宿る。含蓄あるダルレのピアノが極上で、滅多に聴くことの出来ない二重奏の至藝を展開し、終楽章のコーダの昇華には陶然となる。第2番も切々たるヴィブラートから熱情が溢れ出し、余韻嫋嫋と鳴るピッツィカートには馥郁たる香りが漂ふ。芯の強いダルレ共々熟爛の浪漫を奏でてをり、美しさと強さが融合した名演として絶賛したい。当盤を聴かずしてマレシャルの真価を知ること能はず。(2006.7.17)

ドビュッシー:チェロ・ソナタ、フェルー:チェロ・ソナタ/イベール、ファリャ、フォーレ、ボエルマン、ブーランジェ/モーリス・フォール(p)/ロベール・カサドゥシュ(p)/モーリス・マレシャル(vc)他 [山野楽器 YMCD-1010-11]
近代のフランス音楽を弾かせてマレシャル以上の適任者を見出すことは難しい。パリの物憂いエスプリを漂はせた音色を持つマレシャルの録音は絶対的な価値がある。過剰にかけられるヴィブラートは技巧の匂ひを感じさせない玄妙たる藝術である。名手カサドゥシュと吹き込んだドビュッシーのソナタは神秘のヴェールから誘惑する美女の吐息のやうだ。第2楽章のピッツィカートやフラジオレットの妖し気な艶は絶品だ。簡素なフェルーのソナタでは東洋的な音階から醸し出される情緒が見事だ。ファリャやイベールの編曲作品でも、全ての音ばかりか音の合間に込められた詩情に、マレシャルの真摯で気高き藝術が立ち顕はれてゐる。イベールの「金の亀使い」の縹渺たる弱音は殊更絶品である。余白に収録されたフォーレのエレジー、ボエルマンの交響的変奏曲における哀切極まりない歌も胸に迫る。(2006.10.9)

モーリス・マレシャル(vc)/小品集/モーリス・フォール(p)他 [山野楽器 YMCD-1010-11]
カザルス同様、マレシャルの良さは大曲よりも小品で発揮された。ラテンの古典作品とフランス音楽におけるエスプリの発露はティボーと好一対成す至藝だ。1曲1曲に対する集中力は恐るべきもので、不出来なものはひとつとしてない。貴族的な音色は現代の奏者が失つた個性の勝利で、幅の広い過剰なヴィブラートが下品にならないのはマレシャルの音楽性の賜物だ。ケスク=デルヴロア「前奏曲、嘆きとラ・ナポリテーヌ」「サラバンド、メヌエットとガボット」やラモー「エグレの行列」「愛の嘆き」の典雅な味はひは比類がない。バッハ作品での真摯な祈りも素晴らしい。フランクールやボッケリーニの快活な弓捌きも愉快で、単なる技術の優劣などは問題でなくなる。ショパン、シューマン、リスト、サン=サーンス、グリーグなどの聴き古した曲がマレシャルの切々とした歌により琴線に触れる音楽に一新される。これは万人に聴いて欲しい1枚である。(2006.11.16)

モーリス・マレシャル(vc)/小品集/モーリス・フォール(p)/ルネ・エルバン(p)他 [山野楽器 YMCD-1012]
マレシャルが吹き込んだ小品は全てが絶品である。しかもフランス近代の作品ともなれば、カザルスの録音も少なく正に独擅場の感がある。フルニエの名演があつてもマレシャルの狂ほしい官能を漂はせた歌は色を失はない。フォーレ「夢のあとに」、ピエルネ「セレナード」、ラヴェル「亡き王女のためのパヴァーヌ」「ハバネラ形式の小品」は特別な藝術に仕上がつてゐる。英国の民謡を編曲した4曲も万感胸に迫る感動的な名演ばかりだ。この山野楽器のCD5枚組は来日時の録音の全てを含んでゐる―日本録音全集は他にグリーンドアからも発売された。日本の歌を編曲した6曲の録音は特に感慨深い。幾つかの曲にはフォイアマンの無骨な録音もあるが、我が国の心を侘び寂びを入れて歌ふマレシャルに軍配を上げたい。繊細なソット・ヴォーチェはもののあはれを音に表したかのやうだ。琴線に触れる名演ここにあり。(2007.1.13)

シューマン:チェロ協奏曲、ブロッホ:シェロモ、レスピーギ:アダージョと変奏曲/チェコ・フィル/カレル・アンチェル(cond.)/アンドレ・ナヴァラ(vc) [SUPRAPHON 11 1940-2 011]
これらの音源は新しくアンチェル・ゴールド・エディションでも発売されてゐるが、以前から蒐集をしてゐた都合で旧規格を求めてゐる。シューマンは冒頭から表情が木目細かく、心打たれる。シューマンの協奏曲ではフルトヴェングラーの指揮が最高で、他の演奏など必要ないと思つてゐたが、廉直な抒情を聴かせるアンチェルの姿勢には大変感銘を受けた。ナヴァラの内省的な歌が素晴らしく、ヴィブラートの妙技による繊細な音の移ろひが美しい。上っ面だけの演奏が多く、名演に恵まれない霊感豊かな名曲の屈指の名盤だ。ブロッホは全体に濃厚さに欠け面白くない。この曲ならフォイアマンの極彩色の名盤が良からう。レスピーギの秘曲が重要だ。澄んだ詩情と風雅な趣がナヴァラの美質に合致してゐる。侘びた郷愁が聴く者の心を慰める。万人に薦めたい。(2008.8.8)

サン=サーンス:チェロ協奏曲第1番、ラロ:チェロ協奏曲/ラムルー管弦楽団/シャルル・ミュンシュ(cond.)/アンドレ・ナヴァラ(vc) [ERATO 2292-45688-2]
ミュンシュの記念すべきエラート録音のひとつ。ナヴァラが主役の筈だが、寧ろ情熱的な音の塊を投げつけるミュンシュの八面六臂の活躍に面白みがある。爆発したやうなトッティの衝撃、扇情的なクレッシェンドが凄まじく、ナヴァラを呑込んでゐる。ナヴァラはフルニエと共に戦後のフランスを代表する名手だが、貴族的な白銀の音色で凛とした音楽を奏でるフルニエとは異なり、ナヴァラは感情の振幅が大きく、音程の揺れを伴ふ程の濃密なヴィブラートで音色に変化を付け、振り絞るやうに歌ふ熱血漢である。総じて劇的なサン=サーンスの方が出来がよいが、両曲ともにフルニエの名盤に及ぶものではない。(2007.1.23)

グレゴール・ピアティゴルスキー(vc)/コロムビア録音(1940〜1941年)/Vディスク録音(1943年)/ボッケリーニ、ハイドン、シューマン、ショパン、ショスタコーヴィチ、他 [Biddulph LAB 117]
名手ピアティゴルスキーのコロムビアへの録音を復刻した重要な1枚。ロシアを離れ、ベルリンで頭角を現し、渡米後はフォイアマンの後を襲ひ、米國随一のチェリストとして君臨したピアティゴルスキーは大らかな歌を持ち味とし、剛毅な協奏曲よりも小品や室内楽に良さを示した。ボッケリーニのソナタ第2番やハイドンのディヴェルティメントの編曲で聴かせる華美な趣、シューマン「幻想小曲集」やショパン「序奏と華麗なるポロネーズ」での融通無礙な浪漫の発露は天下一品である。圧倒的な技巧をさらりと聴かせるショパンは特に見事だ。作曲後間もないショスタコーヴィチのチェロ・ソナタでの抒情的な共感の豊かさにはピアティゴルスキーの藝の広さを感じる。その他、フォーレ「タランテラ」、サン=サーンス「白鳥」、ドビュッシー「ロマンス」、ラヴェル「ハバネラ形式の小品」、グラナドス「オリエンタル」、プロコフィエフ「マスク」、ルビンシテイン「メロディー」が収録されてゐる。玄人好みの選曲と繊細な歌に舌を巻くだらう。取り分けドビュッシーとグラナドスの儚い詩情は逸品だ。(2011.1.11)

シューマン:チェロ協奏曲、サン=サーンス:チェロ協奏曲第1番、ブロッホ:シェロモ/サー・ジョン・バルビローリ(cond.)/フリッツ・ライナー(cond.)/シャルル・ミュンシュ(cond.)/グレゴール・ピアティゴルスキー(vc)、他 [TESTAMENT SBT 1371]
名人ピアティゴルスキーの協奏曲録音を編んだ1枚。バルビローリの伴奏によるシューマンは欧州時代唯一の協奏曲録音であり、繰り返し復刻されてきたこの曲随一の名盤であつた。滋味豊かな詩情と表現力溢れる技巧が調和した畢生の名演であり、バルビローリの指揮も申し分ない。この名盤を超えるのはフルトヴェングラーの魔神的な指揮の下で崇高な演奏をしたマヒュラのライヴ録音があるだけだ。最後のトゥッティの音に混じつて「ブラヴォー」の声が入つてゐるのにお気付きだらうか。共演者たちも感じ入つたのだらう、一説ではオーボエ奏者のレオン・グーセンスの声ださうだ。ライナー指揮、RCAヴィクター交響楽団の伴奏によるサン=サーンスでは名人藝が堪能出来る。何より切れ味のあるライナーの指揮が素晴らしい。文句の付けやうのない完璧な名演だが、几帳面過ぎて息苦しく、情感の揺らめきが欲しい。ブロッホが凄まじい。それといふのも、ミュンシュが指揮するボストン交響楽団が噴流のやうな演奏を展開してゐるからだ。主役であるピアティゴルスキーが完全に食はれてゐる。それに独奏なら古いフォイアマンの方が良いだらう。(2013.1.12)

シューマン:チェロ協奏曲、サン=サーンス:チェロ協奏曲第1番、小品集(1945年&1946年コロムビア録音、1950年ヴィクター録音)/サー・ジョン・バルビローリ(cond.)/フリッツ・ライナー(cond.)/ラルフ・ベルコヴィッツ(p)/グレゴール・ピアティゴルスキー(vc)、他 [Naxos Historical 8.111069]
バルビローリ指揮によるシューマンの協奏曲とライナー指揮によるサン=サーンスの協奏曲は英TESTAMENT盤でも商品化されてをり、記事が重複するので割愛する。ピアティゴルスキーの本領は室内楽にあつたが、次に協奏曲向きの演奏家と看做され勝ちで、小品で妙味を発揮したと語られることは少ない。ピアティゴルスキーが弾く大曲の演奏は何処か鷹揚過ぎ、技巧を誇示するでもなく、肩透かしが多い。一方で、小品で聴かせる繊細な抒情と温かい語り口は絶品で、小品で鎬を削つてきた戦前の名手らのひとりであることが分かる。殊にロシアの楽曲で聴かせる郷愁に充ちた歌は甘く切なく、溜息が胸中に惻々と迫る名演ばかりなのだ。ルビンシテイン「メロディー」「ロマンス」、ラフマニノフ「ヴォカリーズ」、リムスキー=コルサコフ「インドの歌」、キュイ「オリエンタル」、チャイコフスキー「悲しき歌」「ただ憧れを知る者が」「感傷的なワルツ」、全てが決まつてゐる。得意としたサン=サーンス「白鳥」やヴェーバー「ロンド」も素晴らしい。(2013.4.25)

ベートーヴェン:チェロ・ソナタ(全5曲)、ブラームス:チェロ・ソナタ第1番、ヴェーバー:ソナタイ長調、アダージョとロンド/ソロモン・カットナー(p)/アルトゥール・ルービンシュタイン(p)/グレゴール・ピアティゴルスキー(vc)、他 [TESTAMENT SBT 2158]
名手ピアティゴルスキーの録音は米RCAヴィクターにも多いが、英HMVにも戦前戦後にわたり録音を残した。この2枚組で重要なのは、1954年10月に録音されたソロモンとのベートーヴェンのチェロ・ソナタ全集である。両者にとつても大仕事となつた唯一の全集だ。だが、何とも評価が難しい微妙な録音である。名代のベートーヴェン弾きソロモンと組むのに、ピアティゴルスキーが選ばれたのは何故だらう。ソロモンのピアノは冷静沈着、堅牢で深遠だ。詩的な瞑想と湧き上がる闘争心も欠いてゐない。一方のピアティゴルスキーは自由奔放、鷹揚で恰幅が良い。甘いロマンティシズムを基調にし乍ら情熱的な昂揚がある。つまり、剛と柔、冷と温、対照的な音楽性で、アンサンブルも温度が異なるから微妙に合つてゐない。ベートーヴェンに近いのはソロモンだが、ピアティゴルスキーの個性も得難い。それぞれ良きパートナーを付ければ相乗効果で名盤が誕生したと思はれるが、お互ひ足を引つ張つた感じだ。それでも後期作品2曲はなかなかの名演と云へる。ブラームスとヴェーバーは1930年代のHMV録音で復刻もあつた。ブラームス弾きルービンシュタインとの録音は屈指の名演。それ以上にヴェーバーは全てピアティゴルスキーの自家薬籠中で最高の名演だ。(2016.10.14)

メンデルスゾーン:チェロ・ソナタ第2番、ショパン:チェロ・ソナタ、シュトラウス:チェロ・ソナタ/レナード・ペナリオ(p)/ルドルフ・フィルクシュニー(p)/グレゴール・ピアティゴルスキー(vc) [TESTAMENT SBT 1419]
RCA録音の復刻。英TESTAMENTの心憎い仕事だ。3曲ともチェリストにとつては重要な演目だと思ふが、一般的には秘曲扱ひと云つても差し支へないだらう。名手ピアティゴルスキーによる掛け替へのない録音だ。1965年と1966年の録音で盛期を過ぎてゐるが、闊達とした演奏は健在だ。メンデルスゾーンが決定的名演で、先達フォイアマンの名盤をも凌ぐ。ピアティゴルスキーはヴェーバーやシューマンを得意とし、初期ロマン派の楽曲とは相性が良い。颯爽と飛翔する歌と品のある陰影こそはメンデルゾーンの精髄で蘊奥を極めてゐる。両端楽章コーダでの熱気をもつて昂揚する様も圧巻だ。シュトラウスのソナタが大変珍しい。作品番号6といふ若書きの作品で幾分亜流散漫の気があるが、豪華絢爛たるピアティゴルスキーの演奏は無類で、盟友ハイフェッツのソナタ演奏と相通ずる極め付きの名演と云へる。第3楽章の水際立つた技巧は絶品だ。メンデルスゾーンとシュトラウスはペナリオの見事な伴奏で理想的な二重奏が聴ける。フィルクシュニーの伴奏によるショパンは低調だ。チェロもピアノも内気過ぎる細身の演奏で、芯を欠き殆ど印象に残らない。この曲はフルニエの物心捧げた演奏が頭ひとつ抜きん出てゐる。(2013.12.27)

シューマン:チェロ協奏曲、ブラームス:ピアノ協奏曲第1番/ベルリン放送交響楽団/ゲルト・アルブレヒト(cond.)/ブルーノ=レオナルド・ゲルバー(p)/ジャクリーヌ・デュ=プレ(vc) [audite 95.622]
1963年3月5日の公演記録。残念乍らモノーラル録音であるが鑑賞に不都合はない。二人の若者を独奏者に迎へてベルリンの聴衆に合同お披露目をした演奏会で、取り分けデュ=プレはこの時18歳であり、貴重な最初期の演奏記録なのだ。壮絶な体当たりの演奏で弓をぶつける激しい奏法、管弦楽を圧倒する野太い音量は尋常ではない。5年後に同曲をバレンボイムの指揮でセッション録音してゐるが、当盤の方がデュ=プレらしさが出てゐる。但しライヴ故の瑕もあり一長一短だ。アルブレヒトの伴奏はデュ=プレに負けじと情熱的に躍動してゐる。この曲に求める情緒との齟齬はあるが、不世出のチェリストの掛け替へのない記録として何としても聴いてをきたい名演だ。22歳のゲルバーによるブラームスも素晴らしい。第1楽章の展開部に突入する際の劇的な昂揚は特に感銘深い。技巧も楽曲の設計も万全で、アルブレヒトの指揮も申し分なく大変な名演である。しかし、まだ余裕がなく貫禄に欠けるのは仕方あるまい。(2014.10.19)

エルガー:チェロ協奏曲、レーニエ:チェロ協奏曲、ラッブラ:チェロ・ソナタ/BBC交響楽団/サー・マルコム・サージェント(cond.)/ノーマン・デル・マー(cond.)/アイリス・デュ=プレ(p)/ジャクリーヌ・デュ=プレ(vc) [BBC LEGENDS BBCL 4244-2]
エルガーとレーニエの協奏曲は1964年9月3日プロムスにおけるライヴ録音。指揮はエルガーを名匠サージェントが、レーニエをデル・マーが担当した。エルガーはデュプレにとり4種目の音源となるが、有名なセッション録音の前年の記録で最も古い録音といふことになる。演奏は賞讃以外の言葉しか出てこない最上級の出来映えである。オーケストラにたつたひとりで組み合ひ尚も凌駕するチェロの轟音は尋常ではない。弓の木が当たる音が随所に聴こえる体当たりの演奏だ。サージェントの指揮も万全で、バルビローリと同格の素晴らしさだ。曲の最終部分での緊張感ある音楽の作りは流石といふ他ない。世界初演のプリオー・レーニエの作品は晦渋な現代音楽で、演奏効果も栄えなく面白い音楽ではない。貴重な記録といふ程度の音源だ。ラッブラのソナタが良い。何とピアノ伴奏は母親のアイリスが受け持つてゐる。物悲しいト短調の楽曲で、終楽章が長大な変奏曲とフーガであるのも荘重で充実してゐる。激しい嘆き節を聴かせるデュ=プレの歌心が胸に迫る名演だ。(2013.3.5)

エルガー:チェロ協奏曲、バッハ:無伴奏チェロ組曲第1番、同第2番/BBC交響楽団/サー・ジョン・バルビローリ(cond.)/ジャクリーヌ・デュ=プレ(vc) [TESTAMENT SBT 1388]
エルガーの協奏曲は1967年1月3日のプラハにおける実況録音で、当盤が初出となる蔵出し音源だ。この日はマーラーの第4交響曲も演奏されてをり、既にBBCレジェンドから発売されてゐる。これでこの奇蹟的な公演の全貌が明らかになつたことになる。何といふ幸福な聴衆だらう! バルビローリの最高の演奏と云つても過言ではないマーラーの交響曲と、デュ=プレによるエルガーを聴けたとは。両者の組み合はせでセッション録音されたEMI盤は改めて申す迄もない決定的な名盤であるが、このライヴ盤の登場を大いに歓迎したい。冒頭から情念の籠つた音が野太く鳴り、デュ=プレの弾くエルガーが別格であることを思ひ知らされる。ライヴ故の軋みもあるが、余りの熱に圧倒されて仕舞ふ。情動的なバルビローリの伴奏も唯一無二で、絶対に聴いておきたい録音だ。余白にBBC放送局に残されたバッハ2曲を収録。これは繰り返し発売されてきた音源である。(2009.2.12)

サン=サーンス:チェロ協奏曲第1番、ドヴォジャーク:チェロ協奏曲/フィラデルフィア管弦楽団/スウェーデン放送交響楽団/ダニエル・バレンボイム(cond.)/セルジゥ・チェリビダッケ(cond.)/ジャクリーヌ・デュ=プレ(vc) [TELDEC 8573-85340-2]
伝説的な天才チェリスト、デュ=プレの貴重なライヴ録音。その演奏は常に体当たりで、全ての音が炎と化し異常な興奮に充ちてゐる。激情による表現が先行するので表情に潤ひの欠けるきらひはあるが、音楽に力強く若い息吹を与へる姿勢に胸を打たれるであらう。ライブ故に音程の乱れやボウイングの乱れ―特に豪快な運弓による音の擦れ―が散見されるが、感興の高まりが補つてゐる。数年後には襲ひかかる病魔の兆候を微塵も感じさせない燃焼し尽くした演奏である。サン=サーンスは夫バレンボイムの伴奏も沸き立つてをり好演だ。ドヴォジャークは独奏の呼吸を蔑ろにしたチェリビダッケの指揮が演奏を損ねてをり、管弦楽団の技量も劣ることから感銘が薄い。誠に残念なことである。(2006.3.4)

ドヴォジャーク:チェロ協奏曲、イベール:チェロと木管楽器の為の協奏曲/ロイヤル・リヴァプール・フィル/サー・チャールズ・グローヴス(cond.)/マイケル・クライン(cond.)/ジャクリーヌ・デュ=プレ(vc)、他 [BBC LEGENDS BBCL 4156-2]
ドヴォジャークは1969年7月25日、プロムスにおけるライヴ録音。デュ=プレ絶頂期の演奏だ。マイクの位置が遠く、肝心のデュ=プレの独奏が埋もれ気味なのだが、実演の自然な音響には近い。サービス精神旺盛なグローヴスの伴奏が天晴だ。終演時、聴衆が沸騰してゐる様は気持ちがよい。デュ=プレが弾くドヴォジャークは3種類目の音源となるが、当盤は繊細な表情が聴けて感銘深い。実演には付きものの傷や録音状態の点から鑑みて、セッション録音を超える価値はないが、音楽的には最も成熟した名演だ。イベールは1962年の録音でデュ=プレの最初期の録音のひとつである。クラインが率ゐる管弦楽団の洒落た好演が光るが、野卑なデュ=プレの音が溶け合つてゐるとは云ひ難い。演目としては大変貴重だが、演奏は別段価値があるとは云へない。(2011.10.18)

ハチャトゥリアン:コンチェルト・ラプソディー、シュスタコーヴィッチ:チェロ協奏曲第2番、チャイコフスキー:ロココの主題による変奏曲/ロンドン交響楽団/サー・コリン・デイヴィス(cond.)/ムスティスラフ・ロストロポーヴィッチ(vc)他 [BBC LEGENDS BBCL 4073-2]
ロストロポーヴィッチにとつて御国ものを集めた当盤は期待に違はぬ名演揃ひだ。何れもライヴとは信じられぬ完成度を誇り、3曲とも他に録音を残してゐるが、感興の素晴らしさを考慮すれば屈指の名演と云へるだらう。強靭なボウイングは、ロシア・ソヴィエトの音楽において十二分に威力を発揮し、他のチェリストでは及びの付かない境地に達してゐる。最も感銘を受けるのが威勢のいいハチャトゥリアンで、管弦楽の昂揚も相まつて聴き手を興奮の坩堝へと導いてくれる。ショスタコーヴィッチも初演者の貫禄を示す。晦渋な作品を効果を狙はず真摯に掘り下げた高次元の演奏である。チャイコフスキーはソット・ヴォーチェの繊細な表情から芯の強いエスプレッシーヴォのカンタービレまで多彩な表情で魅せる。(2005.10.21)

セルゲイ・クーセヴィツキー(cb&cond.)/コントラバス独奏全録音:エックレス、ベートーヴェン、クーセヴィツキー他/ボストン交響楽団との最初期の録音:ベートーヴェン、ヨハン・シュトラウス2世 [Biddulph WHL 019]
クーセヴィツキーは最初コントラバス奏者として名を轟かせた男である。独奏者としての全記録が収録された当盤は、自作自演となるOp.1、Op.2、協奏曲Op.3の3曲を含み、コントラバス学習者やクーセヴィツキーに関心のある方なら是非とも所持したいものだが、現在では入手困難だらう。演奏は気宇壮大で感情の打ち込みが尋常ではなく、指揮にも共通する大河のやうなうねりがある。現在の水準から聴くと技術は相当怪しいものだが、ヴィブラートの妙技による独自の音色と表現の起伏は決して価値を減ずることはない。濃厚なポルタメントは往時の弦楽器奏者が凌ぎを削つた表現手法だが、クーセヴィツキーのそれはクライスラーやカザルスのやうな藝術的な洗練はない。同時期に録音されたボストン交響楽団との演奏は手堅いがまるで面白くない。ベートーヴェンの田園交響曲は剛毅だが、素つ気なく凡庸だ。(2005.2.28)

ギター/チェンバロ

ロドリーゴ:音楽を夢見た少年、アンダルシア協奏曲、アランフェス協奏曲/レヒーノ・サインス・デ・ラ・マーサ(g)/アタウルフォ・アルヘンタ(cond.)他 [Universal Music Spain 0028947610946]
音楽を夢見た少年はロドリーゴの生涯の思ひ出を綴つた心温まる物語である。ロドリーゴの曲を中心に様々な音源を寄せ集めて構成されてをり、大いに楽しめる。さて、重要な語りなのだが、各国語でそれぞれ発売されてゐる。矢張りスペイン語で聴きたいと願ひ、特別な伝で入手した。感慨もひとしほである。余白は有名なギターの為の協奏曲が2曲収録されてゐる。注目はアランフェス協奏曲で、この名曲の最初の録音であり、初演者のデ・ラ・マーサとスペインの名指揮者アルヘンタの共演といふことで価値がある。但し、1948年頃の録音で音も冴えず、伴奏をするスペイン国立管弦楽団の技量はかなり怪しい。アンダルシア協奏曲はロメロの独奏とマリナーの指揮による録音で、やや薄口な嫌ひはあるが抒情的な名演である。(2007.10.25)

イダ・プレスティ(g)/初期独奏録音(1938年〜1956年)/ヴィゼー、バッハ、パガニーニ、アルベニス、マラツ、フォルテア、トローバ、ヴィラ=ロボス、ソル、プジョル、ラゴヤ [ISTITUTO DISCOGRAFICO ITALIANO IDIS 6642]
天才少女プレスティの大変貴重な最初期録音である。プレスティは1950年にアレクサンドル・ラゴヤと出会ひ、伝説のギター・デュオ「プレスティ&ラゴヤ」を結成、1955年にはラゴヤと結婚、プレスティが42歳の若さで亡くなるまで活動はデュオが主たるものだつた。だが、それ以前には独奏録音も存在する。1938年の録音はプレスティ10代後半の記録だ。ヴィゼーのメヌエット-ブーレ-メヌエット-ガボット、バッハの無伴奏チェロ組曲からのクーラント、パガニーニのグランド・ソナタからロマンス、アルベニス「カレタのざわめき」、マラツ「スペインのセレナード」、フォルテア「アンダルーサ」、トローバのソナティネからアレグロの7曲で、天衣無縫な技巧と若々しく爽やかな感性に脱帽だ。ギター愛好家の秘宝と云へる録音だ。特にマラツは琴線に触れる至高の名演。1950年のテレビ録音で残されたヴィラ=ロボスの前奏曲第1番は映像でも確認出来る。残りは1956年の録音で夫ラゴヤの作品「夢」「綺想」なども含まれる。音楽はより洗練され貫禄が付いた。極上の名演ばかりだ。ソル「アンダンテ・ラルゴ」の素晴らしさは如何ばかりだらう。(2017.4.14)

イダ・プレスティ(g)&アレクサンドル・ラゴヤ(g)/PHILIPS全録音(1962年〜1966年) [PHILIPS 438 959-2]
"The Early Years"シリーズの1枚。伝説的なギター・デュオ、プレスティ&ラゴヤのPHILIPS録音全集3枚組。1枚目を聴く。収録目はスカルラッティの有名なホ長調のソナタ、バッハのイギリス組曲第3番より3曲、マレッラの組曲第1番、ソレルのソナタより2曲、ガレスのロ短調ソナタ、ソルの二重奏「励まし」、グラナドスのオリエンタルとゴイェスカスの間奏曲、アルベニスの舞曲とタンゴ、ファリャのスペイン舞曲第1番、ロドリーゴのトナディーリャだ。この中でギター二重奏曲はソルとロドリーゴの作品のみで、他は全てラゴヤの編曲による演奏だ。プレスティ&ラゴヤの素晴らしさの大半はラゴヤの編曲の才能による。古の鍵盤楽曲を見事にギター二重奏に置き換へ、丸でチェンバロを聴いてゐるかの趣を再現してゐる。更にヴィブラートの妙、音色の変化が加はり、全く新しい音楽を聴いた喜びを与へて呉れる。編曲よりも高次の創造行為だと強く申し上げたい。従つて古典以前の楽曲では成功してゐるが、近代スペインの楽曲では編曲の壁は超えてゐない。原曲であるソルとロドリーゴは勿論名演で、特に後者は聴き応へがある。(2015.9.15)

イダ・プレスティ(g)&アレクサンドル・ラゴヤ(g)/PHILIPS全録音(1962年〜1966年)/ハイドン、ヴァヴァルディ、マルチェロ、ヘンデル/クルト・レーデル(cond.)、他 [PHILIPS 438 959-2]
"The Early Years"シリーズの1枚。伝説的なギター・デュオ、プレスティ&ラゴヤのPHILIPS録音全集3枚組。2枚目を聴く。重要な協奏曲録音集で、伴奏はレーデル指揮ミュンヘン・プロ・アルテ室内管弦楽団。全てラゴヤによるギター二重奏への編曲だ。収録曲はハイドンの2つのリラ・オルガニザータの為の協奏曲第2番ト長調、ヴィヴァルディの有名なマンドリン協奏曲ハ長調RV425と2つのマンドリンの為の協奏曲ト長調RV532、これまた高名なマルチェロのオーボエ協奏曲ニ短調だ。マルチェロの作品は敢へて編曲を試みた意義を感じないが、ヴィヴァルディは大変刺激的だ。マンドリンとギターとの近親性もあり、原曲を忘れさせる出来映えだ。特に両曲とも緩徐楽章の美しさに惹かれる。プレスティの歌心に感じ入る。ハイドンの珍楽器の為の作品も編曲に成功してゐる。余白にはヘンデルのシャコンヌ、フーガ、アレグロが収録されてゐる。大曲シャコンヌは聴き応へがある。(2015.11.13)

イダ・プレスティ(g)&アレクサンドル・ラゴヤ(g)/PHILIPS全録音(1962年〜1966年) [PHILIPS 438 959-2]
"The Early Years"シリーズの1枚。伝説的なギター・デュオ、プレスティ&ラゴヤのPHILIPS録音全集3枚組。3枚目を聴く。収録曲はスカルラッティ「ロ短調ソナタ」、アルビノーニのアダージョ、パスクィーニのカンツォーネ、マルチェロのアンダンテ、ドビュッシー「月の光」、プーランク「即興曲第12番」、ファリャ「火祭りの踊り」、大曲ではパガニーニ「ソナタ・コンチェルタンテ」、以上はラゴヤの編曲で、真正のギター二重奏ではプティ「トッカータ」「タランテラ」、カステルヌオーヴォ=テデスコ「前奏曲とフーガ」、自作自演となるプレスティ「幻想的エチュード」、大曲のカルッリ「セレナードOp.96-3」だ。藝術的には後者を採るべきだが、耳に馴染んだ前者の方が面白く聴ける。ラテンの古典作品の風雅な趣、近代フランスやスペインの楽曲の色彩感、何れも素晴らしい。プレスティの作品が聴けるのも興味深い。究極のギター二重奏が堪能出来る1枚だ。(2016.6.28)

アンドレス・セゴビア(g)/米デッカ録音集第1巻 [DG 477 8133]
セゴビアの米デッカ録音復刻第1巻6枚組。LP時の収録を忠実に再現したオリジナル・ジャケット仕様で、蒐集家にとつては決定的復刻だと云へる。第2巻の発売が待たれる。1枚目は1944年に録音されたSP盤からの復刻だ。「アルベニスとグラナドスの音楽」と「ギター・リサイタル第2集」といふ2つのアルバムから成る。前半のアルベニスとグラナドスの作品6曲が楽曲自体の力もあり充実してゐる。アルベニスはグラナダ、セビーリャ、朱色の塔、グラナドスはゴヤのマハ、アンダルーサ、メランコリカで、輪郭のはっきりした奏法とヴィブラートの奥義に陶然となる名演ばかり。後半はミラン、サンス、トローバ、リョベート、タレガ、ヴィゼなど、繰り返し録音された得意の演目ばかりだ。嫋々たる余韻が豊かに鳴るセゴビア・トーンが堪能出来る。当盤はまだナイロン弦を使用する前の録音で、ガット弦の繊細な音色が聴けるのも貴重である。(2012.4.30)

アンドレス・セゴビア(g)/米デッカ録音集第1巻 [DG 477 8133]
セゴビアの米デッカ録音復刻第1巻6枚組。LP時の収録を忠実に再現したオリジナル・ジャケット仕様で、蒐集家にとつては決定的復刻だと云へる。2枚目は「セゴビア・リサイタル」といふアルバムで、1952年3月から4月にかけての録音である。収録曲はポンセが3曲、バッハが2曲、ムダーラ、ソル、メンデルスゾーン、シューベルト、トローバ、アルベニスの作品だ。ポンセとトローバが秀逸だ。ポンセは「プレリュード」「バレ」「ジーグ」で、特にプレリュードの古典的な爽やかさは比類がない。トローバ「ソナティネ」では色気のある技巧が楽しめる。セゴビアの重要な業績であるバッハの演奏も勿論素晴らしい。無伴奏チェロ組曲からで、編曲以上の再創造された藝術として高められてゐる。ソル"allegro non troppo"の覇気ある技巧も楽しい。アルベニス「アストゥリアス」の情熱も見事だ。この頃は既にオーガスチン社のナイロン弦を使用しての演奏だと思はれる。明快な音、デュナーミクの幅に躍進がある。ガット弦の侘びた趣も捨て難いが、表現や音色の幅が増してをりそれぞれに良さがある。(2012.9.6)

アンドレス・セゴビア(g)/米デッカ録音集第1巻 [DG 477 8133]
セゴビアの米デッカ録音復刻第1巻6枚組。LP時の収録を忠実に再現したオリジナル・ジャケット仕様で、蒐集家にとつては決定的復刻だと云へる。3枚目は「セゴビア・コンサート」といふアルバムで、1952年3月から4月にかけての録音である。収録曲はヘンデルが2曲、バッハが2曲、ミラン、ヴィゼー、ソル、ジュリアーニ、ファリャ、ヴィラ=ロボスだ。情緒的な演目が並び、侘びた音色を生み出すヴィブラートの至藝に酔へる。古典的な情趣のヴィゼーの組曲が感慨深い演奏だ。優美なソル「モーツァルトの主題による変奏曲」も魔術的な音色の変化を楽しめる。明朗で軽快なジュリアーニのハ長調ソナタの第1楽章"Allegro spiritoso"は当盤の白眉で、展開部の劇的な表情も素敵だ。セゴビアはバッハの編曲と演奏で名を成したが、ヘンデルでも同様の素晴らしい成果を残してゐる。ヴィラ=ロボス「エチュード第7番」での音楽的な表情も聴き応へがある。(2013.3.10)

アンドレス・セゴビア(g)/米デッカ録音集第1巻 [DG 477 8133]
セゴビアの米デッカ録音復刻第1巻6枚組。LP時の収録を忠実に再現したオリジナル・ジャケット仕様で、蒐集家にとつては決定的復刻だと云へる。4枚目は「セゴビア・プログラム」といふアルバムで、1952年3月と4月の録音集だ。ソル、ポンセ、トローバ、ヴィラ=ロボスの4曲のみが原曲で、特にポンセ「パガニーニの主題によるアンダンティーノ・ヴァリアート」が大曲で聴き応へがある。その他はセゴビアによる魅惑的な編曲で、大変有名なヘンデルの組曲第11番ニ短調「サラバンド」を筆頭に極上の名演が楽しめる。グルック「精霊の踊り」の主部、バッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1番のシチリアーノ、ショパンの雨だれのプレリュード、シューマン「春の挨拶」における余韻嫋々たる歌にはギター藝術の粋が込められてゐる。(2014.2.13)

アンドレス・セゴビア(g)/米デッカ録音集第1巻 [DG 477 8133]
セゴビアの米デッカ録音復刻第1巻6枚組。LP時の収録を忠実に再現したオリジナル・ジャケット仕様で、蒐集家にとつては決定的復刻だと云へる。5枚目は「セゴビアとの夕べ」と題された重要な1枚で、フレスコバルディのアリアとクーラント及びラモーのメヌエットの3曲のみが編曲で、他は全て原曲である。カステルヌオーヴォ=テデスコの悪魔的奇想曲「パガニーニへのオマージュ」、ポンスの24の前奏曲集より6曲、タンスマンの組曲「カヴァティーナ」、トローバのノットゥルノで、全て1954年4月の録音だ。大曲カステルヌオーヴォ=テデスコの作品が最も聴き応へがある。ショパンの24の前奏曲集と同じ技法で作曲されたポンセの作品も色があり興味深い。全曲を聴いてみたいものだ。1950年代初頭にセゴビアに献呈された技巧的なタンスマンの5曲の組曲は絶対的な演奏だらう。(2014.10.5)

アンドレス・セゴビア(g)/米デッカ録音集第1巻 [DG 477 8133]
セゴビアの米デッカ録音復刻第1巻6枚組。LP時の収録を忠実に再現したオリジナル・ジャケット仕様で、蒐集家にとつては決定的復刻だと云へる。一向に出ない第2巻の発売を切望する。6枚目は"Andrés Segovia plays…"と題された1枚で円熟の極みを鑑賞出来る。原曲はポンセの4曲分、トローバ、ペドレルの作品で、特にポンセの大曲「主題、変奏と終曲」が素晴らしい。同じく「ラ・ヴァレンティーナ」も印象深い。残りはセゴビアによる編曲で、クープラン、ハイドン、グリーグ、C.P.E.バッハ、フランク、デ=アギーレ、マラツの作品が演奏されてゐる。ハイドンの交響曲第96番第3楽章やグリーグの抒情組曲は心に残る見事な編曲だ。フランクのオルガン曲を編曲するのも心憎い創意だ。印象深いのはクープラン「パッサカリア」で雅な名演だ。マラツ「スペインのセレナード」は至高の名演だが、儚い最初のSP録音盤が忘れられない。(2015.3.21)

ロドリーゴ:ある貴紳のための幻想曲、ポンセ:南の協奏曲、ボッケリーニ:協奏曲ホ長調(原曲:チェロ協奏曲第6番ニ長調)/シンフォニー・オブ・ジ・エアー/エンリケ・ホルダ(cond.)/アンドレス・セゴビア(g) [DG 474 425-2]
協奏曲作品を集めた1枚で、ギターの神様セゴビアの至藝を堪能出来る。セゴビアに献呈されたロドリーゴが絶品。ギターの名手は数多ゐるが、情感の深みにおいてセゴビアの域に達した者はなく、温もりと懐かしさを感じさせる音色は真似事では迫れまい。哀愁そそるヴィブラートの表情も涙を誘ふ。第2楽章の主部は全ての音が詩と化し、美しき回想を紡ぐ。第1楽章のフガートが、バッハの楽曲をギターにより再創造したセゴビアだけに、格調高く雅な趣で心憎いばかりだ。ポンセの技巧的で聴き応へのある情熱的な大曲でも、セゴビアの美質は存分に発揮されてゐる。第1楽章の劇的な昂揚と内省的な侘び寂びの妙が特に素晴らしい。チェリストのカサドが編曲したボッケリーニの協奏曲は幾分感銘が劣るものの、古典的で清楚な室内楽を聴くかのやうな趣味のよい演奏に仕上がつてゐる。殊に緩徐楽章の美しさにはしみじみと惚れる。ホルダの伴奏も全曲においてラテンの情感を巧みに滲ませた素晴らしい出来だ。(2006.2.4)

アンドレス・セゴビア(g)/エディンバラ音楽祭におけるリサイタル [BBC LEGENDS BBCL 4108-2]
1955年8月28日、円熟期のセゴビアがエディンバラ音楽祭に出演した際の記録である。演目はガリレイ「6つの小品」、ヴィセーの組曲第9番と第12番より6曲、バッハの編曲でフーガとガヴォット、シューベルトのピアノ・ソナタの編曲、タンスマン「カヴァティーナ」、ヴィラ=ロボスの前奏曲第1番と第3番、カステルヌオーヴォ=テデスコ「トナディーリャ」「タランテラ」、グラナドス「スペイン舞曲第10番」だ。古典の曲で聴かせる侘びたエスプレッシーヴォ、殊に虚空に余韻を残すヴィブラートの美しさには心奪はれる。セゴビアの最も重要な業績であるバッハの編曲が素晴らしい。シューベルト作品の編曲も同様で、別世界が広がり始めるのはセゴビアの藝術の深さである。大曲タンスマンでの多彩な表情も見事。得意としたヴィラ=ロボスやカステルヌオーヴォ=テデスコは勿論だが、グラナドスの名曲における情愛に至福のひとときを感じる。(2010.6.2)

オルガン

ヴィドール:オルガン交響曲第6番よりアレグロ、サルヴェ・レジーナ、フランク:英雄的小品、コラール第1番、同第2番、同第3番/マルセル・デュプレ(org) [MERCURY 434 311-2]
フランスの偉大なオルガン奏者、作曲家、教育者であつたデュプレの名盤。1957年10月、ニューヨークの聖トーマス教会のオルガンを使用しての録音。フランスはオルガンの偉人を沢山輩出したが、世界的な活躍をした大物となるとデュプレの名を真つ先に挙げねばなるまい。デュプレの録音は電気録音初期から始まつてゐるが、優秀なマーキュリーのリヴィング・プレゼンスでステレオ録音されたことは大変有難い。デュプレの特徴は荘厳かつ重厚だといふことだ。膨大な作品を作曲し、数多の名手を教へてきたデュプレはオルガンの生理を知り尽くしてをり、軽薄な音がオルガンに相応しくないことを知つてゐる。他の奏者からは聴くことの出来ない荘厳な響きに威圧される。デュプレの師ヴィドールへの思ひに充ちた演奏、フランクの厳粛な演奏、特にフランク最後の作品となつた3つのコラールの崇高さは比類がない。(2011.9.13)

フルート/オーボエ/クラリネット/バソン/サクソフォーン/ホルン

偉大なるフルーティスト第1巻/マルセル・モイーズ(fl)/フィリップ・ゴーベール(fl)/ルネ・ル=ロワ(fl)/ジョルジュ・バレール(fl)、他 [Pearl GEMM CD 9284]
英Pearlが復刻したフランスの高名なフルート奏者の録音集。筆頭格であるモイーズではドビュッシー「フルート、ヴィオラとハープの為のソナタ」が復刻されてゐる。モイーズはこの曲を2回録音してをり、当盤には第1回目録音が収録されてゐる。ヴィオラがウージェーヌ・ギノーで、ハープがリリー・ラスキーヌだ。録音が古いので感興が劣るのは致し方ないが、晦渋で玄妙な楽曲の雰囲気は良く出てゐる。名演だらう。モイーズの師であり、多彩な活動をしたゴーベールではバッハ「管弦楽組曲からポロネーズとバディネリ」、ドップラー「ハンガリー田園狂詩曲」が収録されてゐる。明るい音色と華麗な技巧が見事だ。ル=ロワはキャスリーン・ロングのピアノ伴奏でバッハのフルート・ソナタBWV.1031全曲が収録されてゐる。柔らかく優美な音色はモイーズと対極にあり、情感豊かな演奏は当盤の白眉である。ロングのピアノが躍動的で美しい。バレールの復刻は小品4曲だ。古いアコースティック録音ではあるが、愛らしい丸みを帯びた音色が聴ける。ネヴィン「ゴンドラの船頭」が楽しい。(2010.9.23)

偉大なるフルーティスト第2巻/マルセル・モイーズ(fl)/フィリップ・ゴーベール(fl)/アドルフ・エネバン(fl)/ルネ・ル=ロワ(fl)、他 [Pearl GEMM CD 9284]
英Pearlが復刻したフランスの高名なフルート奏者の録音集の第2集。モイーズではベートーヴェンのセレナードが収録されてゐる。これは全曲ではなく1、2、4、6楽章のみの録音だ。ヴァイオリンはマルセル・ダリュー、ヴィオラがピエール・パスキエで、ヴィオラとフルートの生命感溢れる躍動が大変素晴らしい演奏だ。ゴーベールはドビュッシー「小さな羊飼ひ」、サン=サーンス「アスカニオ変奏曲」、ショパンのノクターン第5番が収録されてゐる。安定した技巧、格調高い音色、別格の奏者である。特にサン=サーンスは絶品だ。エネバンはショパンのノクターンとワルツ、ペッサールのロマンスの3曲が聴ける。細かいヴィブラートを駆使した柔らかい音色が特色だが、モイーズやゴーベールと比べて仕舞ふと感銘が落ちる。ル=ロワはダンディの組曲が選曲されてゐる。弦楽三重奏とハープとの五重奏で、典雅な演奏を堪能出来る。ベル・エポックのパリの情緒を伝へて呉れる当盤の白眉である。(2011.1.24)

モーツァルト:フルート協奏曲第1番、同第2番、フルートとハープの為の協奏曲、バッハ:フルート、ヴァイオリンと通奏低音の為のソナタBWV.1038(偽作)/コッポラ(cond.)/ビゴー(cond.)/ラスキーヌ(hp)/マルセル・モイーズ(fl)他 [DUTTON LABORATORIES CDBP 9734]
モイーズによるモーツァルトのフルート協奏曲は、既に復刻が数種ある天下周知の名盤であるが、英DUTTONからも優れた復刻が出た。何より当盤の価値を高めてゐるのが併録されてゐるバッハ(偽作)のソナタで、滋味豊かで深い感銘を残す名演であり愛好者には必聴物だ。通奏低音はピアノで、息子のルイ・モイーズが担当してゐる。モーツァルトでは、ラスキーヌと共演したK.299は生気が乏しく感銘が著しく劣るが、2つのフルート協奏曲が無双の出来栄えである。モイーズの音は強靭で、歌ふ表現の幅が格段に違ふ。世の笛吹きを猫と喩へるならモイーズは虎だ。K.313での大胆な歌ひ出しが好例である。但し管弦楽の伴奏は水準以下で、特にコッポラの指揮したK.314は非道い。独奏だけをとれば、現在でも最上位に置かれる演奏だ。(2005.2.22)

マルセル・モイーズ(fl)/ドビュッシー、ドップラー、グルック、ビゼー、ゴーベール、タッファネル、ノブロ、セシェ、ライヘェルト、ベネディクト、ヴェッツィガー、ヒュー他/ルイ・モイーズ(p)他 [Pearl GEM 0206]
モイーズの小品の復刻は本邦の山野楽器によるCD2枚の他に纏まつたものがなかつただけに当盤の登場は有難い。戦後になり優れた管楽器奏者が独奏者として名乗りを上げたが、フルートに関してはモイーズを超える奏者は出てゐないと確信してゐる。硬く冷たい音色でありながら、音に込められた感情の振幅や芯の強い歌は余人の及ばぬもので、辛口のフレージングはフルートに対する軟弱な印象を払拭するほど強烈だ。編曲作品も見事だが、矢張りフルートの為の作品における凄みは尋常ではない。ベネディクト「ヴェネツィアの謝肉祭」を筆頭にセシェ、ヴェッツィガー、ヒューの作品におけるタンギングの鮮やかさは時代を超えた妙技である。技巧だけではない。ドップラー「ハンガリー田園幻想曲」やドビュッシー「シランクス」の幽玄な趣、バッハ「ポロネーズ」やグルック「精霊の踊り」の格式高さを聴けばモイーズの偉大さは確と分る。(2006.1.3)

マルセル・モイーズ(fl)/小品集/ヒュー、クープラン、セゲール、フェルー、ヴェッツィガー、ライヒェルト、ラロ、他 [DUTTON LABORATORIES CDLX 7041]
英Duttonによるモイーズの小品の復刻集。1927年から1938年にかけての録音だ。ドリゴ「セレナード」、ドップラー「ハンガリー田園幻想曲」、ビゼー「アルルの女」よりメヌエット、イベール「無伴奏フルートの為の小品」、ドヴォジャーク「ユモレスク」、技巧的なジュナンの2曲など繰り返し発売されてきた有名な録音もあるが、珍しい音源も多数含む。ヒュー「幻想曲」、クープラン「愛の夜鳴き鶯」、セゲール「ガンの思ひ出」、フェルー「3つの小品」、ヴェッツィガー「小川のほとり」、ライヒェルト「幻想曲」、テレマン「トリオ・ソナタ」などだが、復刻がない訳ではなかつた。コッポラ指揮のラロ「ナムーナ」第1組曲より市場の行列はコッポラの復刻を当たらないと聴けない貴重な録音だ。表現の幅が広い演奏は他の追随を許さない絶対的な名演ばかりだ。(2015.5.31)

イベール:フルート協奏曲、間奏曲、ドビュッシー:フルート、ヴィオラとハープの為のソナタ、他/ウージェーヌ・ビゴー(cond.)/ルイ・モイーズ(fl)/マルセル・モイーズ(fl)、他 [DANTE LYS 352]
仏DANTEによるモイーズ復刻第2巻は極めて重要だ。モイーズが初演を行ひ、初録音をした代表盤であるイベールの協奏曲を完全版で聴ける数少ない盤だからだ。何故か第1楽章のみの復刻が出回り、第1楽章しか録音をしてゐないとまで誤解されたほどだ。現代の耳からするとビゴー指揮の伴奏オーケストラが余りにも頼りない演奏で、モイーズの独奏も贔屓にするほど傑出してゐないのだが、第2楽章のソノリティは流石だ。同じイベールの間奏曲が絶品だ。ジャン・ラフォンのギターとの二重奏でスペイン情緒を堪能出来る。ドビュッシーも重要だ。モイーズはこの曲を2回録音してをり、当盤は新盤の方で、ハープのラスキーヌは同じだがヴィオラがアリス・メルケルである。録音状態も良く、曲を手中に収めた自在感があり決定的名演として推奨したい。その他の収録曲だが、偽作であるバッハのBWV.1038のソナタとテレマンのトリオ・ソナタには英Duttonの優れた復刻があつたが、息子ルイとのヘンデル「2つのフルートの為のソナタ」と、ブランシュ・オネゲルのヴィオラとの二重奏でノイバウアー「アダージョ」は他に復刻がなかった筈だ。演奏は規範となる極上の質だ。(2012.12.22)

マルセル・モイーズ(fl)/小品集/グルック、ヘンデル、バッハ、タファネル、ヒュー、ルーセル、クープラン、ドヴォジャーク、ヴェッツィガー、サン=サーンス、ドップラー、ボルヌ、セゲール [山野楽器 YMCD-1045]
本邦の山野楽器によるモイーズ復刻第2巻。1927年から1935年にかけての録音。当盤に収録された曲の殆どが英Pearlか英Duttonの復刻にも収録されてゐるが、恐らく当盤でしか聴けない録音が3つある。ヘンデルのソナタト長調のメヌエットとアレグロ、ルーセルの笛吹きたち、ドップラーのハンガリー田園幻想曲の冒頭部分だけを録音したモイーズの第1回目録音だ。ドップラーはこの録音が好評だつたので後に全曲録音が実現した経緯がある。技巧曲から簡素な旋律の曲までフルートの表現の幅を実感出来る1枚だ。枯れた音色は一種特別だが、矢張り旋律の頂点での張り具合はモイーズが無双だ。(2016.7.28)

レオン・グーセンス(ob)/稀少録音集(1920〜47年)/マルチェロ、スカルラッティ、バックス、コリン、フォーレ、ピエルネ他 [Oboe classics CC2005]
オーボエに関心がある方には重要なもの。人肌の暖かい温もりを感じさせる音が懐かしい。戦後、ホリガーをはじめとする名手が現れたので、戦前のオーボエ奏者が顧みられることは少ない。グーセンスのよく知られた録音は、R・シュトラウスの協奏曲、シューマンの小品、レナーSQと共演したモーツァルトくらいで、このCDに収められた音源は宝の山である。マルチェロの協奏曲やバックスの五重奏曲などの名曲が聴けるのが嬉しい。派手な技巧はないが、滋味豊かな音作りで、オーボエの魅力を満喫出来る。入手は容易ではないが、ファン必携だ。(2004.8.15)

シュトラウス:ホルン協奏曲第1番、オーボエ協奏曲、ヴェーバー:ファゴット協奏曲/アルチェオ・ガリエラ(cond.)/サー・マルコム・サージェント(cond.)/デニス・ブレイン(hr)/レオン・グーセンス(ob)/グィディオン・ブローク(fg)、他 [TESTAMENT SBT 1009]
英國が生んだ管楽器の名手による名盤を復刻した1枚。彗星のやうな人生を駆け抜けた天才ホルン奏者ブレインの代表的な名盤であるシュトラウスの第1番は、独奏に関しては今もつて最高の演奏であらう。サヴァリッシュとの再録音にはない野性味があり、若々しい活力があるのが魅力だ。ガリエラの生気ある情熱的な指揮も素晴らしいのだが、フィルハーモニア管弦楽団の技量が並程度なのが残念だ。同じガリエラとフィルハーモニア管弦楽団の伴奏で、シュトラウス晩年の名作オーボエ協奏曲を吹くのは名手グーセンスだ。丸みを帯びた愛らしい音色は人間味がある。現代の奏者に比べると技巧の歯切れが良くないと感じるかもしれぬが、懐かしい語り口と人肌の温もりのある音色は掛け替へがない。ブロークによるヴェーバーが絶品だ。安定感のある技巧、表情豊かな音色、格調高い音楽が素晴らしい。何よりもサージェントの伴奏が見事で、終楽章ロンドの躍動が天晴だ。 (2010.11.24)

バッハ:協奏曲ニ短調BWV.1063、ヘンデル:オーボエ協奏曲第1番、同第2番、同第3番、モーツァルト:オーボエ協奏曲、オーボエ四重奏曲/レナーSQ/イェフディ・メニューイン(vn&cond.)/レオン・グーセンス(ob)他 [TESTAMENT SBT 1130]
協奏曲は名手グーセンス晩年の遺産として重宝される。メニューインとの共演によるバッハとヘンデルは求心的な演奏として永く語り継がれるべき名演だ。特に峻厳なバッハはメニューインの思ひ入れもあり深く心に迫る。第2楽章のオーボエとヴァイオリンの交感は真摯な祈りにまで昇華されてゐる。ヘンデルの壮麗な演奏も素晴らしい。取り分け第3番ト短調の連綿たる情緒が印象深い。モーツァルトの協奏曲は朴訥な表現で、愛らしい愉悦に充ちてゐる。木目細やかな表現はグーセンスの美質である。四重奏曲はSP期からの決定的名盤。レナーの溌剌としたアーティキュレーションと瑞々しい美音が極上だ。全盛期のグーセンスのまろやかな音色は人肌の温もりを感じさせ、今日においても全く価値を減じない。(2007.1.17)

モーツァルト:クラリネット五重奏曲/シュトロスSQ/レオポルト・ウラッハ(cl) [Green Door GDFS-0029]
名手ウラッハによるモーツァルトはウィーン・コンツェルトハウスSQとのウエストミンスター録音が有名だが、当盤はベルテルスマンといふレーベルから発売されたシュトロスSQとの録音の復刻である。認知度は低いが、演奏はコンツェルトハウスSQ盤が比較にならないくらゐ素晴らしい。歌に溺れ音楽が弛緩するからだらうか、コンツェルトハウスSQはモーツァルトとの相性が悪い。シュトロスSQは思索するやうな渋みのある音色で、心悲しい詠嘆を織り交ぜた音楽を聴かせる。第3楽章トリオでリズムをよゝと泣き崩すシュトロスのヴァイオリンは絶品だ。終楽章の変奏で各奏者が聴かせる哀愁と愉悦は極上だ。シュトロスSQはドイツが生んだ伝統的な四重奏の藝術を格調高く継承した名団体である。ウラッハの上品でまろやかなアーティキュレーションは限りなく等質で、音域による音色の変化がないのは流石だ。当盤は2種類のリマスタリングを施してあり、音質の比較が出来るが、収録曲を増やして呉れた方が有難い。(2008.5.29)

モーツァルト:クラリネット協奏曲、ファゴット協奏曲/レオポルト・ウラッハ(cl)/カール・エールベルガー(fg)/ウィーン国立歌劇場管弦楽団/アルトゥール・ロジンスキー(cond.) [Universal Korea DG 40030]
ウエストミンスター・レーベルの管弦楽録音を集成した65枚組。韓国製だがオリジナル仕様重視で大変立派な商品だ。本邦ではクラリネット協奏曲の決定的名盤として認知されてゐるウラッハの演奏については多言を要しないだらう。音域による音色の変化を感じさせないノン・ヴィブラート奏法の泰斗ウラッハの穏やかな演奏は一種特別だ。しかし、編成の少ない薄めの伴奏は精度も欠き雑な印象を受ける。ウラッハも生彩があるとは云ひ難く、カラヤンとの流麗で精緻な演奏の方を高く評価したい。抱き合はせのウィーン・フィルの主席奏者エールベルガーによるファゴット協奏曲は感心の出来ない演奏だ。ノン・ヴィブラート奏法で表情の抑揚が少ない。技術的にも歯切れが悪く、調子が外れてゐる箇所も散見され、端的に云へば聴き込む価値はない。(2013.11.4)

モーツァルト:ファゴット協奏曲、クラリネット協奏曲、ヴェーバー:クラリネット協奏曲第1番/ラファエル・クーベリック(cond.)/イーゴル・マルケヴィッチ(cond.)/カール・ライスター(cl)/モーリス・アラール(fg)、他 [DG 445 022-2]
ライスターには申し訳ないが、当盤を入手したのはバソンの第一人者アラールが吹くモーツァルトを聴く為であつた。ファゴット協奏曲をバソンで楽しむのは邪道かも知れぬが、色気のある高音が甘く艶やかに鳴る誘惑には抗し難い。ファゴットに比べると発音の機動性で一歩譲るし愛らしさに欠けるが、バソンの音色には明るく雅、かつ婀な趣があり、epicureanな演奏に暫し酔ひ痴れることが出来る。マルケヴィッチ指揮、ラムルー管弦楽団の伴奏もフランス流儀の音楽が充溢してゐる。抱き合はせはライスターの独奏、クーベリック指揮ベルリン・フィルによるモーツァルトとヴェーバーの2大クラリネット協奏曲だ。モーツァルトは大変流麗な名演であるが、3年後にカラヤンとの録音があり余り注目されない。クーベリックの繊細な指揮も良いが、ライスターも含め綺麗事に終始してをり印象が薄い演奏であることも否めない。より技巧的なヴェーバーの方が断然面白い。特に第3楽章の闊達さは天晴で、代表的な名盤と云へる。(2013.4.4)

サン=サーンス:オーボエ・ソナタ、バソン・ソナタ、クラリネット・ソナタ、ロマンス、カヴァティーナ、グノー:小交響曲、ダンディ:舞曲/モーリス・ブルグ(ob)/モーリス・アラール(fg)/モーリス・ガベイ(cl)、他 [CALLIOPE CAL 4819]
世にも美しい1枚だ。最晩年のサン=サーンスは器楽の為のソナタを6曲書くことを計画したが、結局3曲を残した時点で力尽きて仕舞つた。オーボエ、クラリネット、バソンの為のソナタ作品166、167、168でサン=サーンスの白鳥の歌と云はれる。簡素で繊細な音楽はこれらの楽器の宝となつた。冒頭の可憐なブルグのオーボエから陶然とさせられる。当盤を蒐集した目的はアラールであつたが、期待に違はぬ名演だ。この曲は矢張りバソンでなくては話にならない。繊細なガベイのクラリネット・ソナタも素晴らしい。曲者ケル盤と双璧だ。他にコル奏者グルベール・クルジエによるロマンス作品36、テナー・トロンボーン奏者ジャック・トゥーロンによるカヴァティーナ作品114が聴ける。フランスの名手による妙技を楽しめる。更にブルグが主導するアンサンブルでグノーの小交響曲とダンディーの舞曲が収録されてゐる。グノーの作品は管楽器奏者にとつては馴染みの名曲である。フランスの一流の奏者たちによる演奏は理想的だ。(2015.11.8)

マルセル・ミュール(sax)/フランソワ・コンベル(sax)/ギャルド・レピュブリケーヌ・サクソフォン四重奏団、他 [Clarinet classics CC 0013]
クラリネット・クラシックスといふレーベルが復刻したサクソフォンの神様ミュールの小品集。とは云へ、フィリップ・ゴーベールの指揮でイベールの室内小協奏曲や、ウージェーヌ・ボザの指揮で自作自演となるコンチェルティーノといふ大物も含まれる。その他の曲は、ラモーのガボット、ローレン「パヴァーヌと快活なメヌエット」、フォンス「三角旗」、フォレ「牧人たち」、ジュナン「マールボロ変奏曲」、ヴェローヌの協奏曲と半音階的ワルツ、グラズノフの四重奏、ボルツォーニのメヌエット、フランセのセレナード、ピエルネのカンツォネッタ、ラヴェル「ハバネラ形式の小品」、ドリゴのセレナード、コンベル「スケッチ」、アルベニス「セヴィーリャ」、クレリス「かくれんぼ」、ボザのスケルツォだ。独奏でも四重奏でも艶のある音色は別格だ。全ての演奏が神品であるが、古典的もしくは歌謡的で素朴な曲での巧さはあらゆる管楽器奏者の中でも群を抜く。特にラモー、ローレン、ラヴェル、ドリゴの美しさが印象的だ。尚、ミュールの先輩格コンベルの独奏があり、デメルスマン「ヴェネツィアの謝肉祭」を1曲だけ吹いてゐる。(2017.2.25)

クレストン:サクソフォーン・ソナタ、モーリス:プロヴァンスの風景、デュボア:ディヴェルティスマン、フローラン・シュミット:サクソフォーン四重奏曲、他/マルセル・ミュール(sax)、他 [A.SAX 98]
これはフランス・サクソフォーン協会が制作したサクソフォーンの父ミュールの貴重な音源集だ。サクソフォーンはミュールによつてヴィブラート奏法を開拓され、偉大な表現力を獲得した。また、サクソフォーン四重奏といふアンサンブルを確立したのもミュールである。間断なく掛けられる振幅の広いヴィブラートは光沢と気品があり、ビロードのやうな音色は至高の藝術と呼ぶに相応しい。2枚組の1枚目はサクソフォーンの代表的な名作が詰まつてゐる。白眉は循環形式による名曲クレストンのソナタで、冒頭からミュールの甘美な音色に惚れ込んで仕舞ふ。モーリスの作品はミュールに献呈された名作で、闊達な演奏は決定的な価値を持つ。グラズノフの四重奏曲は断章の演奏だが大変美しい。全曲の録音でないのが残念だ。シュミットの四重奏曲も名演で、終楽章の緊密なアンサンブルが見事だ。ボノー「カプリース」やボザ「奇想的練習曲」における確かな技巧も素晴らしい。(2009.4.12)

ランティエ:サクソフォーン・ソナタ、ボルサリ:サクソフォーン四重奏曲、イベール:サクソフォーン室内小協奏曲、他/フィリップ・ゴーベール(cond.)/マルセル・ミュール(sax)、他 [A.SAX 98]
再びミュールを聴く。2枚組の2枚目ではバッハのフルート・ソナタからの編曲2曲が素晴らしい。スピーチの後に徐に楽器を試し吹きをしてから演奏が始まるのだが、艶やかな音色が会場全体に広がり、別世界に誘はれる奇蹟の瞬間だ。同様に素晴らしいのがグラナドス「ゴイェスカス」間奏曲で、輝かしいヴィブラートの奥義に幻惑される。この曲の演奏ではカサルスの録音と並ぶ至宝で、器楽を超えた表現の偉大さに甚く感動させられる。楽器の魅力を存分に引き出したランティエのソナタ、極上のアンサンブルを聴かせるボルサリの四重奏曲も大変聴き応へがあるが、矢張りレペルトワールとして重要なのはイベールの小協奏曲だ。サクソフォーンの楽曲では欠かすことの出来ない名曲をミュールの演奏で聴けるのは有難い。難曲だが、ゴーベールの指揮が見事に支へてゐる。(2009.6.9)

モーツァルト:ホルン協奏曲第4番、同第2番、シュトラウス:ホルン協奏曲第1番、ベートーヴェン:ホルン・ソナタ、他/アルチェオ・ガリエラ(cond.)/デニス・ブレイン(hr)、他 [EMI 2 06010 2]
不世出のホルン奏者ブレインの録音を編んだICONシリーズの1枚。4枚組の1枚目は最初期の録音集だ。モーツァルトの協奏曲2曲とシュトラウスの協奏曲は全集で再録音が残されてゐる。モーツァルトは流麗な美を極めたカラヤンの指揮で録音された全集盤が次元の異なる名盤であり、ブレインの独奏もmellowの極みであつた。比べると当盤はススキンドらの指揮が雑然と聴こえて仕舞ふのだ。ブレインの独奏も磨きが足りない。シュトラウスの協奏曲、ベートーヴェンのソナタ、シューマンのアダージョとアレグロは英テスタメントからも復刻があつた。余白に収録されてゐるヴァーグナー「ジークフリートのホルン・コール」とメンデルスゾーン「真夏の夜の夢」の夜想曲は、ブレインの天才を味はへる名品である。(2010.10.16)

モーツァルト:音楽の冗談、ディヴェルティメント第14番、同第16番、イベール:3つの小品、ジェイコブ:管楽六重奏曲、デュカ:ヴィラネル、他/グィド・カンテッリ(cond.)/デニス・ブレイン(hr)、他 [EMI 2 06010 2]
不世出のホルン奏者ブレインの録音を編んだICONシリーズの1枚。4枚組の4枚目を聴く。ソロ、アンサンブル、オーケストラ奏者、多様なブレインの魅力に迫れる1枚。セッション録音は、モーツァルト「音楽の冗談」とディヴェルティメント第16番よりメヌエットとアダージョ、ディッタースドルフのパルティータ、ハイドンのホルン信号交響曲、デュカ「ヴィラネル」で、音質も良い。ソロの妙技では得意としたデュカが悠然として圧倒的だが、ハイドンでの独奏で聴かせる明朗さも素晴らしい。音楽の冗談では見事な音のぶつけ方を披露する。また、この演奏はカンテッリの統率力が素晴らしく、この曲の名演として推薦出来る。ブレインが主導したアンサンブル曲も見事だ。放送音源ではモーツァルトのディヴェルティメント第14番、イベールの3つの小品、ジェイコブの管楽六重奏曲、レオポルト・モーツァルトのホースパイプ協奏曲で、BBCレジェンドなどからも発売されてきた音源だ。名演はイベールとジェイコブだが、抱腹絶倒のホースパイプを忘れてはいけない。(2011.3.31)

モーツァルト:ホルン協奏曲第2番、ヒンデミット:ホルン・ソナタ、ダンツィ:ホルン協奏曲、シェック:ホルン協奏曲/デニス・ブレイン(hr)、他 [PIZKA EDITION HPE-CD 02]
Hans Pizka Editionの第2巻とされるブレインの稀少放送録音集は蒐集家感涙の1枚だ。単発で入手するのも困難な音源が4つも纏まつてゐるのだから。モーツァルトの協奏曲は1948年の録音で、南西ドイツ放送交響楽団の伴奏だが、何と指揮がヒンデミットなのだ。ブレインには条件の整つたセッション録音があるので内容では譲るが、快活な演奏は一聴に値する。1951年に録音されたヒンデミットのソナタのピアノ伴奏は名手コンラート・ハンゼンといふ豪華さだ。楽曲は晦渋な現代曲だが、ホルン奏者には重要なレパートリーだらう。ブレインの技巧が冴える。1955年録音、ボダート指揮、室内管弦楽団の伴奏によるダンツィの協奏曲も非常に珍しい。ハイドン風の明朗な楽想の名曲だ。原調はホ長調の作品だが、ブレインは半音下げて変ホ長調で演奏してゐる。曲も演奏も優れてゐる。オトマール・シェックの協奏曲は後期ロマン派様式の曲で聴き易い。伴奏は現代音楽の達人パウル・ザッハー率いる室内管弦楽団で1956年の録音だ。高音を美しく鳴らすブレインの妙技に陶然となる名演だ。(2016.11.26)

ベートーヴェン:五重奏曲、ジェイコブ:六重奏曲、ヒンデミット:ホルン・ソナタ、ヴィンター:ハンターズ・ムーン/ベンジャミン・ブリテン(p)/デニス・ブレイン(hr)他 [BBC LEGENDS BBCL 4164-2]
不世出のホルン奏者ブレインの貴重なライヴ録音集。ヴィンター「ハンターズ・ムーン」が物凄い。ゲシュトップの絶妙な奏法には脱帽だ。卓越した技巧に驚愕の念を抑へられない名演。次いでジェイコブの六重奏曲が素晴らしい。神秘的な響きで幻想へと誘ふ5楽章からなる名曲で、循環主題を巧みに取り込んでゐる。演奏も見事で、隠れた管楽アンサンブルの名曲を堪能出来る。ヒンデミットのソナタは曲自体大して面白くはないが、ブレインの妙技には惚れ惚れする。ベートーヴェンの五重奏曲の録音は他にも沢山残るが、当盤は作曲家ブリテンがピアノを弾いてゐることに価値があり、凛とした音色とカデンツを重視した歌ひ口が素晴らしい。しかし、ブレイン以外の奏者が冴えないのが残念だ。(2007.4.30)

モーツァルト:ホルン協奏曲第3番、ブリテン:セレナード、シューマン:アダージョとアレグロ、フリッカー:管楽五重奏曲、他/サー・マルコム・サージェント(cond.)/ピーター・ピアーズ(T)/ベンジャミン・ブリテン(p)/デニス・ブレイン(hr)、他 [BBC LEGENDS BBCL 4192-2]
不世出のホルン奏者ブレインの貴重なライヴ録音集。1953年録音のモーツァルトの協奏曲とブリテンのセレナードが初出となる愛好家感涙の1枚だ。モーツァルトが素晴らしい。ブレインの独奏は常乍ら見事だが、サージェントの伴奏が絶妙なのだ。情感豊かで繊細なカデンツを木目細かく聴かせて呉れる。音楽を聴く喜びが詰まつた名演だ。ブリテンのセレナードはピアーズと2度もセッション録音をしてゐるブレインお得意の曲で絶品である。そのブリテンのピアノ伴奏でシューマンのアダージョとアレグロを吹いてゐる。アレグロでブリテンのピアノがやや浮ついて聴こえるが、ブレインが絶好調で全体としては名演だらう。その他はデニス・ブレイン管楽五重奏団による合奏。フリッカーの五重奏が充実してゐる。技巧的なフルートのパッセージが印象的だ。他にモーツァルトのディヴェルティメント第14番から第1楽章と第4楽章、ミヨー「ルネ王の暖炉」第6曲目を収録。(2012.4.21)

古楽器

中世の楽器/ロンドン古楽コンソート/デイヴィット・マンロウ(cond.) [Virgin Veritas×2 0946 3 85811 2 3]
古楽の開拓者マンロウの重要な名盤。2枚組の1枚目は「中世の楽器」と云ふ題名で製作された録音が収録されてゐる。中世の楽器を復元し、音楽として復活させたマンロウの情熱には頭を垂れる。冒頭のショームといふ楽器を中心にしたサルタレロの原初的な生命力の爆発から引き摺り込まれる。木管楽器ではリード・パイプやバク・パイプやパンパイプ、リコーダーやゲムスホルン、鍵盤楽器ではポジティブ・オルガン、ハーディガーディ、クラヴィコード、金管楽器ではクラリオン、ビュイジーヌ、カウ・ホルン、スライド・トランペット、弦楽器ではライア、リュート、マンドーラ、ギターン、シトール、フィドル、などなど、様々な楽器の音色と演奏が楽しめる。作曲家ではマショー、カンジェ、パウマンなどの作品が聴ける。音質も優秀で、素朴な楽曲から古の素朴な音色が続々と楽しめて刺激的ですらある。遥か中世ヨーロッパに想ひを馳せられる名盤だ。(2010.7.6)

ルネサンスの楽器/ロンドン古楽コンソート/デイヴィット・マンロウ(cond.) [Virgin Veritas×2 0946 3 85811 2 3]
古楽の開拓者マンロウの重要な名盤。2枚組の2枚目は「ルネサンスの楽器」と云ふ題名で製作された録音が収録されてゐる。中世の楽器と比較して格段に華やかになつてゐるのがわかる。楽器の名前も馴染み深くなる。木管楽器ではショーム、ラケット、リコーダー、鍵盤楽器ではルネサンス・オルガン、チェンバロ、ヴァージナル、シロフォン、金管楽器ではコルネット、セルバン、弦楽器ではバンドール、ヴィオール、などなど、様々な楽器の音色と演奏が楽しめる。作曲家ではスザート、プレトリウス、ホルボーン、バウマン、モンテヴェルディ、ビーバー、フレスコバルディ、ダウランド、バードと有名どころが並ぶ。音楽の幅が広がつてきたのが瞭然とし、退屈することなく楽しめる1枚である。(2010.11.13)

日本作曲家選輯

山田耕筰:序曲ニ長調、交響曲ヘ長調「勝どきと平和」、交響詩「暗い扉」、同「曼荼羅の華」/アルスター管弦楽団/ニュージーランド交響楽団/湯浅卓雄(cond.)、他 [Naxos 8.555350J]
珍しくデジタル録音を聴く。Naxosの好企画「日本作曲家選輯」の1枚。本邦楽壇の父である山田耕筰によつて生み出された日本人初の管弦楽曲や交響曲を収録した当盤は、時代考証の上で重要な1枚である。序曲と交響曲が1912年、2つの交響詩が1913年の作曲である。序曲はドイツの古典派と初期ロマン派の作風を忠実に模倣した堅実な作品で、メンデルスゾーン周辺の作曲家の作品だと騙れば信じて仕舞ふだらう。所詮は習作で大して面白くはない。大らかで朗らかな交響曲もドイツ・ロマン派の趣を色濃く引き摺つた作品だが、完成度は高い。とは云へ、後の長唄交響曲のやうな衝撃を求める訳には行かず、ドイツ作曲家の亜流にしか聴こえないのが少々寂しい。2つの交響詩は当時楽壇を席巻してゐたシュトラウスの作風に近く、面白みはあるが感銘は薄い。(2009.6.12)

山田耕筰:長唄交響曲第3番「鶴亀」、交響曲「明治頌歌」、舞踊交響曲「マグダラのマリア」/東京都交響楽団/湯浅卓雄(cond.)、他 [Naxos 8.557971J]
珍しくデジタル録音を聴く。本邦楽壇の礎を築いた山田耕筰の傑作を聴く。長唄交響曲を初めて聴いた時の衝撃は忘れない。筆舌に尽くし難いとはその時のことを云ふのだらう。解説によると「鶴亀」といふ長唄に管弦楽を足しただけとあるが、発想の独創性に天晴と叫びたい。大物を揃へた演奏はこれ以上ない見事なものだ。「明治頌歌」は神秘的な導入部に続き西洋伝統音楽の書法による壮麗な楽曲となるが、やがて粛々たる趣になり篳篥が鳴る。雅楽の高貴な調べに自然に引き摺り込む心憎い手法。沈痛な葬送の調子に忘れ難い印象を残して閉じる名曲だ。「マグダラのマリア」は作曲年が最も早い為、作風も後期ロマン派の亜流であるが、聴き応へがある名作と云へる。山田耕筰は西洋音楽を紹介した先駆者でありながら、常に日本古来の音楽に根を持ち続けた。さうであらねばならぬ。でなければ単なる西洋音楽の模倣ではないか。会心の1枚。(2008.6.2)

大澤壽人:ピアノ協奏曲第3番「神風」、交響曲第3番/ドミトリー・ヤブロンスキー(cond.)他 [Naxos 8.557416J]
珍しくデジタル録音を聴く。Naxosの好企画「日本作曲家選輯」の1枚で、忘却されてゐた大澤の名作を堪能する。大澤は欧米で前衛的な手法を自己のものとした逸材であつたが、帰国してからは戦渦に翻弄され実力を発揮すること能はず、戦後間もなく時の利を得ることなく不遇のまま没した。知名度に反して作品は実に素晴らしい。特に勇壮なピアノ協奏曲はプロコフィエフの作品群に匹敵する。サクソフォーンが印象的に主題を呈示する第2楽章はジャズの要素を取り入れてをり、ラヴェルを想起させる名品である。この楽章を聴くだけでも価値のある1枚だ。比べて交響曲は幾分保守的で刺激が足りない。(2007.4.22)

伊福部昭:シンフォニア・タプカーラ(1979年改訂版)、リトミカ・オスティナータ、交響ファンタジー第1番/ドミトリー・ヤブロンスキー(cond.)他 [Naxos 8.557587J]
珍しくデジタル録音を聴く。Naxosの好企画「日本作曲家選輯」で待望の伊福部が昨年末に発売された。当盤は伊福部昭の熱烈な信者やうるさ方には不満があらう。洗練された響きで表情も薄口であるのは事実だが、無下に切り捨てるやうな駄盤ではない。これまで気合ひばかりが先行してきた伊福部作品の演奏とは違ひ、息切れしない金管群の底力や団子状にならない合奏で作品本来の魅力を伝へる。取り分け「ゴジラ(交響ファンタジー)」の後半や、タプカーラの第3楽章コーダの奮闘振りは見事。しかし、タプカーラの第1楽章中間部における雄大な主題などは淡白過ぎて興醒めだ。本質的な理解からは遠い演奏と云へる。リトミカ・オスティナータではピアノ奏者の冴えた技巧が聴きもの。(2005.1.2)

芥川也寸志:管弦楽の為のラプソディ、エローラ交響曲、交響三章/ニュージーランド交響楽団/湯浅卓雄(cond.) [Naxos 8.555975J]
珍しくデジタル録音を聴く。Naxosの好企画「日本作曲家選輯」の1枚。この選輯の主な意義は未知の名作に出会へる喜びが大分であるのだが、矢張り日本楽壇の重鎮の曲は格が違ふことを思ひ知らされた。天才の作品は埋もれることなく生き残り、現代に感動を与へるのだ。当盤は録音や演奏も素晴らしく万人に薦めたい。芥川の音楽はカバレフスキーなどの社会主義リアリズムへの共感が強く、平明であるから国際的にも受け入れ易い為だらう、当盤の演奏も自然で迷ひがない。狭い音域で執拗にリズムを繰り返す箇所は、機能的なオーケストラだから発揮出来る興奮に充ちてゐる。初期、中期、後期の名作が収録されてをり、満遍なく楽しめる。ラプソディとエローラ交響曲は大変見事な名演だ。交響三章の子守唄では物悲しい侘びた五音音階をもう少し生かして欲しかつた。(2008.4.13)

黛敏郎:シンフォニック・ムード、舞楽、曼荼羅交響曲、ルンバ・ラプソディー/ニュージーランド交響楽団/湯浅卓雄(cond.) [Naxos 8.557693J]
珍しくデジタル録音を聴く。Naxosの好企画「日本作曲家選輯」の1枚。才人黛の代表的な名作を収録。この内、最初期の作品ルンバ・ラプソディーは初演の機会を逸し、お蔵入りになつてゐた曲で、当盤で初登場となる。2つの楽章から成るシンフォニック・ムードは傑作で、第1部冒頭はドビュッシー「シレーヌ」のやうだが、やがて熱狂的なガムラン音楽の要素による忘我の境地へと達する。第2部はストラヴィンスキー「春の祭典」にサンバを混ぜたやうな異国情緒満載の曲だ。印象主義と原始主義で駆動する音楽こそ黛作品の神髄である。舞楽は雅楽の響きを模した神秘的な楽想とお囃子のやうな舞ひの楽想を融合させた名曲。曼荼羅交響曲は摩訶不思議な音響世界を明滅させる現代音楽で、晦渋なだけに感銘が劣る。演奏は大変見事で、雑多な黛作品を手際良く捌いてゐる。(2009.4.25)

武満徹:「そして、それが風であることを知つた」、「雨の樹」、「海へ」、「雨の呪文」、他/ロバート・エイトケン(fl)、他 [Naxos 8.555859J]
珍しくデジタル録音を聴く。Naxosの好企画「日本作曲家選輯」の1枚。ニコレとも親交の深かつた武満はフルートの作品を沢山書いた。ドビュッシーやメシアンの音楽の延長にある武満の曲がフルートといふ楽器に親近性を持つのは当然のことであつたのだらう。様々な編成による楽曲が収録されてゐるが、特徴はドビュッシーを想起させる武満ならでは和声と、尺八の音色を模倣したフルートの奏法であらう。繊細で陰影の深い響きが呪術的な音の世界を紡ぐ。フルートの合間に掛け声が入る「ヴォイス」は能を聴くやうで刺激的だ。(2008.2.23)

オムニバス

ファリャ歴史的録音集:7つのスペイン民謡、クラヴザン協奏曲、恋は魔術師、他/マリア・バリエントス(S)/マルセル・モイーズ(fl)/マヌエル・デ・ファリャ(p&cemb)、他 [ALMAVIVA DS-0121]
スペインのレーベルが復刻したファリャ作品の歴史的録音集4枚組。1枚目はファリャの自作自演を多数含んでおり、最も資料的価値が高い。有名なのはコロムビア録音のクラヴザン協奏曲だらう。ランドフスカの委嘱で作曲された作品をファリャ自身のクラヴザンで聴ける。しかも、モイーズ、ボノー、ゴドー、ダリュー、クリュクといつた名手らが参加してをり刺激的な演奏が繰り広げられる。これは名盤だ。それ以上にバリエントスの歌にピアノで伴奏を付けた自作自演が重要だ。曲は7つのスペイン民謡、コルドバへのソネット、「恋は魔術師」より鬼火の歌だ。気品のあるソプラノで、魅惑的な色気も備へてゐる。ファリャのピアノは啓示に溢れてをり聴き応へがある。「恋は魔術師」からスペルヴィアとヴァランの録音が収録されてゐる。流石に野性的なスペルヴィアは別格だ。ヴァランも官能的で美しいが、並べて聴くとフランスの香りが強い。その他で印象に残つたのは、エルビラ・デ・イダルゴの歌ふ「お前の黒い瞳」のどぎつい官能と、レオポルド・ケロルがピアノによる4つのスペインの小品での繊細な色彩感だ。(2012.8.4)

ファリャ歴史的録音集:恋は魔術師、スペインの夜の庭、7つのスペイン民謡/コンチータ・ベラスケス(Ms)/マヌエル・ナバロ(p)/エルネスト・ハルフテル(cond.)/コンチータ・スペルヴィア(Ms)、他 [ALMAVIVA DS-0121]
スペインのレーベルが復刻したファリャ作品の歴史的録音集4枚組。2枚目はファリャの代表的な作品3曲が聴ける。「恋は魔術師」と「スペインの夜の庭」は作曲家としても知られるハルフテルが指揮してゐるが、管弦楽団の技量が三流で鑑賞するには寛容さが要される。ナバロのピアノはソリアーノなどと比べて魅力に欠け、「スペインの夜の庭」は殆ど価値のない録音だが、「恋は魔術師」を歌ふベラスケスが大変素晴らしく看過出来ない。地声を使つた野太い歌で、暗い怨念を奔放に噴き上げてをり、かのスペルヴィアが録音の印象を吹き飛ばす。歌に関しては最高の録音だ。7つのスペイン民謡はスペルヴィアの絶対的な名盤が収録されてゐる。途中、有名な「ホタ」だけガルシア、バディア、フレタ、ボリの録音が並べて編集されてゐる。中では矢張り可憐なボリが別格だ。それにしてもスペルヴィアの全曲録音の間にこれらの音源を挿入するとは非道い編集だ。(2012.8.6)


声楽 | 歌劇 | 管弦楽 | ピアノ | ヴァイオリン

BACK