楽興撰録

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マグダ・タリアフェロ


アーン:ソナティネ、ピアノ協奏曲
モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタK.454
シューマン:ウィーンの謝肉祭の道化、ロマンス第2番
ドゥニーズ・ソリアーノ(vn)
レイナルド・アーン(cond.)、他
[Dante HPC088]

 名女流奏者タリアフェロが戦前に行つた初期録音第1集。1934年から1937年のパテへの録音だ。アーンのピアノ協奏曲は大変有名な録音で復刻も多い。同じ南米出身でフランスを拠点に活躍したアーン自身の指揮で1931年に初演され、タリアフェロに献呈された。曲はドビュッシーの幻想曲の延長線上にあり、プーランクとの類似も見られる。雰囲気は大変良いのだが、展開は散漫の気があり傑作とは云ひ難い。しかし、初演者による録音及び自作自演といふことで特別な価値のある演奏である。擬古典作品ソナティネが良い。フランス・バロック音楽を模倣した優美な曲で、名器ガボーによつて奏でられる珠のやうな音色が絶品である。ソリアーノの伴奏をしたモーツァルトはロココ様式による典雅な演奏で、香り立つやうな色気のある名盤だ。シューマンはコルトー直伝の詩情豊かな演奏。特に「ウィーンの謝肉祭の道化」は屈指の名演だらう。


フォレ:バラード、即興曲第2番、同第3番
ドビュッシー:ピアノの為に、雨の庭
モーツァルト/ヴェーバー/メンデルスゾーン/ショパン/アルベニス/グラナドス/モンポウ
ピエロ・コッポラ(cond.)、他
[Dante HPC095]

 名女流奏者タリアフェロが戦前に行つた初期録音第2集。1928年から1936年にかけての録音で、レーベルも古い順にグラモフォン、ウルトラフォン、パテと多岐に亘る。恐らくタリアフェロ最初の録音と思はれるフォレのバラードが絶品だ。柔和な色彩感はベル・エポックの残照だ。2曲の即興曲も最高の演奏だ。ドビュッシー「ピアノの為に」はエラートへの再録音もあるが、若きタリアフェロの匂ひ立つばかりの美しさに酔ひ痴れることが出来る当録音を看過することは許さざることだ。得意としたスペインの楽曲、アルベニス「セビーリャ」「セギディーリャ」、グラナドス「スペイン舞曲第6番」は勿論素晴らしいが、モンポウ「子供の情景」と「郊外」からの2曲の玄妙な趣は特筆したい。ショパンは幻想即興曲、即興曲第1番、ワルツ第5番を録音してをり何れも傑作だ。特に幻想即興曲の上品な美しさは璧を鏤めたやうだ。モーツァルト「トルコ行進曲」、ヴェーバー「華麗なるロンド」、メンデルスゾーンのエチュードや「子供の為の小品」といつたドイツ音楽で聴かれる軽快なサロン風情緒は珠玉の出来映えで、名器ガボーが紡ぐ音色の美しさも際立つてゐる。


78回転録音独奏録音全集/協奏曲録音全集
レイナルド・アーン(cond.)、他
ドゥニーズ・ソリアーノ(vn)
[APR 7312]

 英APRの「フレンチ・ピアノ・スクール」シリーズ。タリアフェロの戦前のソロ録音全集と協奏曲録音全集と銘打たれた3枚組。収録された音源の大半は仏Danteが復刻した2枚分でも聴けたが、入手困難であつたのでAPR盤の登場は歓迎されるだらう。さて、Dante盤に含まれてゐなかつた音源が幾つかある。大変貴重なので蒐集家は用心されたい。まず、モーツァルトのニ長調ピアノ・ソナタK.576の第3楽章が初出である。解説によると全曲の録音が行はれたが未公刊となり、遂には散逸したやうだ。1面分、第3楽章のみが現存する。次にDante盤には収録されてゐなかつたソリアーノとの録音が聴ける。アーンのロマンス、フォレのソナタ第1番全曲、フォレのアンダンテ、更にフォレのソナタの第1楽章のみ半年後に行はれた録り直しも収録されてゐる。一方でDante盤にあつたモーツァルトのソナタK.454が含まれてゐないとAPRにしては不徹底だ。逆に協奏曲録音全集といふことで有名なPhilips録音のサン=サーンスが収録されてゐるのは余計に思はれる。1931年にデッカに録音されたモーツァルトのピアノ協奏曲第26番は仏Dante盤にはなかつたので有難い。しかし、管弦楽伴奏が余りにも酷く全く価値がない。パドルー管弦楽団が悪いのではない、指揮者アーンが非道いのだ。ソロが入る前などのオーケストラのカデンツで都度都度大見得を切つた終止をかけるとは言語道断、モーツァルトの様式美などてんで理解してゐない者の所業である。


ファリャ(2曲)/グラナドス(3曲)/アルベニス(5曲)/ヴィラ=ロボス(10曲)
[EMI 0946 351867 2 7] 画像はジャケット裏です

 "LES RARISSIMES"シリーズの1枚。女流奏者多しと云へども、艶やかなエロスを聴かせることではタリアフェロは群を抜く。繊細なタッチから魔術的な色気が立ち上る秘技は師コルトーから譲り受けたのだらう。弱音の美しさは勿論だが、フォルテでもダイヤモンドのやうなきらびやかさを振り撒く。2枚組1枚目。御家藝であるヴィラ=ロボスの作品と自家薬籠中としたスペインの作曲家の作品で構成された極上の1枚だ。特級品は矢張りヴィラ=ロボスだ。様々な曲集から10曲が収録されてをり、陽気さと憂ひを織り交ぜた表情の多彩さは比類がない。何よりも新鮮な生命の息吹が感じられ、作品に対する愛が違ふ。特に「吟遊詩人の印象」は感銘深い。ファリャ、グナラドス、アルベニスも素晴らしい。絶品はグラナドスの「嘆き、またはマハと夜鶯」で、感傷的な吐息と濡れそぼつた夜露が官能的だ。同じくグラナドスのオリエンタルとアンダルーサはギュラーの深遠な名演には及ばないが、充分美しい。ファリャ「スペイン舞曲」やアルベニス「セギディーリャ」の情熱も見事。


ヴィラ=ロボス:ブラジルの子供の謝肉祭による幻想曲
シューマン:ピアノ・ソナタ第1番
モンポウ/ドビュッシー/ショパン
ヴィラ=ロボス(cond.)
[EMI 0946 351867 2 7] 画像はジャケット裏です

 2枚組2枚目。目玉は作曲者自身の指揮、フランス国立放送管弦楽団の伴奏によるヴィラ=ロボスの幻想曲と、大変珍しいシューマンの第1ソナタだ。野性味溢れるヴィラ=ロボスは20分以上の大曲で、雑多な楽想を情熱的に散らす。ブラジル出身のタリアフェロにとつて祖国の音楽が自己を解放する扉になつてゐることは云ふまでもない。極上の逸品だ。若きシューマンの浪漫が迸るソナタは幾分散漫な作品だが、作曲家の懐に入り込んだ演奏が強い感銘を与へて呉れる。秘めやかなアリアと、終楽章での暗転の物悲しき美しさは特筆したい。ショパンのワルツ第5番は崩しが大き過ぎて失敗作だが、アンダンテ・スピアナートと華麗なる大円舞曲は派手な演奏で面白く聴ける。それよりもモンポウ「庭の乙女」とドビュッシー「月の光」での神秘的で官能的なピアニズムにタリアフェロの神髄がある。


リスト/ショパン/ヴェーバー/サン=サーンス/グラナドス、ヴィラ=ロボス
[PHILIPS 438 959-2]

 "The Early Years"シリーズの1枚。1953年から1955年に録音された名女流奏者タリアフェロの名演集3枚組。1枚目。リスト「愛の夢第3番」「軽やかさ」では技巧の切れよりも華美な音色を追求した官能的な演奏で惹き付ける。流石コルトーの弟子である。師よりも抒情的な語り口が特徴だ。ショパンではポロネーズを3曲弾いてゐる。第1番、第2番と第7番「幻想」だ。仄暗い翳りを匂はせた極上の名演で、民族的な舞踏ではなく悲哀を帯びた旋律美を聴かせてをり、フランソワを彷彿とさせる。ヴェーバーの華麗なるロンド「戯事」におけるサロン風の上品な軽快さ、サン=サーンス「ワルツ形式による練習曲」の優美な品も絶品だ。だが、タリアフェロの骨頂はグラナドスとヴィラ=ロボスにあると断言して良い。前者では「ゴイェスカス」第1部より3曲目と4曲目、後者からは「ブラジルの詩」の第2番と第3番が収録されてゐる。噎せ返るやうなスペイン情緒は気怠い官能を伴ひ、明暗のコントラストが激しいエロスを感じさせる。ティボーのヴァイオリンと好一対の名演だ。


ブラームス:ピアノ・ソナタ第3番
シューベルト:ピアノ・ソナタ第13番、他
[PHILIPS 438 959-2]

 2枚目。タリアフェロのレペルトワールは主に近代フランス音楽やスペイン音楽、そして出身国ブラジルの楽曲が主軸であり、ドイツの楽曲となるとモーツァルトとシューマンがある程度だ。従つてブラームスの録音は極めて異例である。第3ソナタは華麗で絢爛たる演奏でありながら、重厚さを兼ね備へた名演である。構築面での散漫さはあるが、色気のある演奏で面白みがある。ブラームスの小品6曲も幻想的な美しさがある。しかし、ドイツの学匠らが奏でる渋みのある瞑想はなく、軽い感じは否めない。シューベルトも大変珍しい選曲と云へる。豊麗な歌心が楽しめる佳演だが、やや華美に傾く嫌ひがあり、素朴なシューベルトの良さを出し切つた演奏とは云へない。


シューマン:謝肉祭
サン=サーンス:ピアノ協奏曲第5番「エジプト風」
ラムルー管弦楽団
ジャン・フルネ(cond.)
[PHILIPS 438 959-2]

 3枚目。得意としたシューマンは艶やかな音色を堪能出来るタリアフェロならではの名演だ。しかし、全体として眺めたとき、幾分散漫な感じは否めない。ピアニズムの面から見れば申し分のない演奏だが、語り口の妙味は海千山千のコルトーとは比べ物にならないのは詮方ない。サン=サーンスが極上だ。これはこの3枚組の白眉であり、タリアフェロの全録音中でも最高級の名盤である。この曲にはダルレによる全集録音の名盤があるが、タリアフェロに1票を投じよう。冒頭から瑞々しい生命の泉が湧き出てゐる。何といふ憧れに彩られた音楽だらう、常に希望に導かれてゐるやうだ。これにはフルネとコンセール・ラムルーの尽力が大きい。斯くも若やいだ新緑の息吹を奏でた管弦楽の音色は滅多に聴けない。第2楽章の中間部を聴いて欲しい。チェロによる青春の溜息、いぢらしいオーボエの躊躇ひ、ヴァイオリンの感極まつた告白、美しさが結晶してゐる。輝かしく飛翔する第3楽章コーダまで完全無欠の名演が繰り広げられる。決定的名盤。


ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番、同第4番
ショパン:ノクターン(5曲)
サン=サーンス:ピアノ協奏曲第5番
モニク・ド・ラ・ブルショルリ(p)/イヴォンヌ・ルフェビュール(p)/ヨウラ・ギュラー(p)、他
[Tahra TAH 712-713]

 仏Tahraによるフランス女流ピアニスト録音集第2巻2枚組は貴重な協奏曲のライヴ録音が目白押しである。収録曲と奏者は、ベートーヴェンの皇帝協奏曲が1948年6月20日か21日のブルショルリとレオポルト・ルードヴィヒ指揮ベルリン・フィル、協奏曲第4番が1959年12月1日のルフェビュールとスクロヴァチェフスキ指揮フランス国立管弦楽団、ギュラーが弾くショパンのノクターンは1959年のデュクレテ=トムソン録音、サン=サーンスのエジプト風協奏曲は1958年4月21日のタリアフェロとパレー指揮フランス国立管弦楽団、余白にルフェビュールがラヴェルについてを、タリアフェロがショパンについてを語つた音声、といふ構成である。さて、発売当時稀少価値が高かつたが、ギュラーの復刻は他にも出て、ブルショルリの録音はmelo classicsの録音集成にも含まれ、ルフェビュールの録音もSolsticeの大全集24枚組に含まれた。唯一、タリアフェロの録音が当盤のみの音源である。タリアフェロはフルネの指揮で決定的名盤であるPhilipsセッション録音を残してゐた。このライヴ録音はその比較が焦点となるが、何と云つても豪傑パレーとの共演、只では済まされない。両端楽章の燃焼度は明らかにフルネ盤を超えてをり、音楽に息吹を感じられるのはパレー盤の方だ。第2楽章の中間部はフルネ盤の方が美しい仕上がりだが、全体で述べるとパレー盤の方が感銘深い。決定的名演を超えるのは本人自身のみで、Philips盤よりも上位の名演がここにある。(2020.12.21)

ショパン:ピアノ・ソナタ第3番、即興曲(全4曲)、マズルカ第15番ハ長調、ポロネーズ第1番、ノクターン第5番、同第8番、ワルツ第2番
[DOREMI DHR-7961-3]

 CD2枚とDVD1枚のタリアフェロ名演集。1枚目。1972年にリオ・デ・ジャネイロで録音され、Angelレーベルより発売されたショパンだ。晩年の録音だが往年の輝きを全く失つてゐない驚異的な名演ばかりだ。技巧に切れはないのだが、衰へは一切感じさせないのが凄い。優雅な節回しで色を出してをり、一種特別な情趣を演出してゐるのだ。難所も自然にテンポを落として美しい音楽に変容させる。婀娜っぽい演奏の魔術には心底驚く。ソナタの冒頭から色気のある美しい音に心奪はれる。飄然とした4つの即興曲も素敵だ。マズルカやポロネーズは遅めのテンポでじっくり歌ひ、民族的舞曲としてではなくショパン特有の憂ひを帯びた詩情で聴かせる。2曲のノクターンが絶品で、滅多に聴けない美がある。ワルツも品を作つた瀟洒な名演だ。


ファリャ:スペイン舞曲
アーン:ピアノ協奏曲
モーツァルト:ピアノ協奏曲第26番、ピアノ・ソナタニ長調K.576
プロコフィエフ:ピアノ・ソナタ第3番
レイナルド・アーン(cond.)/フェルナン・ウーブラドゥ(cond.)、他
[DOREMI DHR-7961-3]

 CD2枚とDVD1枚のタリアフェロ名演集。2枚目。ファリャはデュクレテ=トムソンへの録音で、作曲者との共演であるアーンの協奏曲も別項で述べたので割愛する。タリアフェロの弾くモーツァルトは古典的な要素は皆無で、色気たつぷりでロマンティックなピアニズムで聴かせる。流石はコルトーの弟子である。1955年3月27日、パリでのライヴ録音である協奏曲が華やかな名演だ。指揮は何とウーブラドゥ。それにしても容赦なく華麗なモーツァルトだ。タリアフェロだけではない、ウーブラドゥも古典の枠を乗り越えて表現を極める。些細なしくじりはあるが、勢ひに呑み込まれる名演だ。近代的で色彩的なカデンツァも魅惑的だ。異端の演奏なのだがお薦めしたい。1963年パリでのライヴ録音であるモーツァルト最後のニ長調ソナタも同様の名演なのだが、同日の演目プロコフィエフのソナタがタリアフェロの真価を伝へる極上の名演である。煌びやかなピアニズムが映える。



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