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随想の頁
2004.5.12〜2004.12.31


2004

師走
12.31

「楽興撰録」にてフリードマンのCD評追加。本年中にフリードマンのディスコグラフィーを完成出来なかつたことへの罪滅ぼし。ディスコグラフィーだけはとうの昔に仕上がつてゐるのだが、それに付ける文章が未完である。多忙の為CDを聞き直す時間が不足してゐる。それに今年はCDを買ひ過ぎた。聴ききれない。秋から冬にかけてフルトヴェングラーだけで30枚以上購入してゐる。否、泣き言を云ふのは卑劣である、与へられた時間は少ない、休まず能ふ限り駆け抜けよ。
12.30
田山花袋『蒲団』『一兵卒』を読了し、「世界文学渉猟」に寸評追加。もし、『蒲団』を10年も前に読んだとしたら、到底理解出来なかつたかもしれぬ。日本の私小説の伝統を憎んでゐたし、自然主義には一定の距離を置いてゐたから。だが、現在の私にとつてこの作品は悲痛な様相を呈す。作中のやうにトゥルゲーネフ、モーパッサン、ハウプトマンの小説を渉猟した文学者が、うら若き乙女―しかも文学を解する―と平凡な生活を天秤にかけたら―。私も間違ひなく女を選ぶ。しかして矢張り、何も為せぬまま終わり、文学のみが空しく後に残るだらう。
12.29
職業柄実に忙しい。やうやう明日より休みに入るが、来月4日には出勤をする。この5日間でさぞかし更新が捗るだらうと思ひきや、困つたこともある。通勤時間を読書時間に当ててゐる為と、家では落ち着いて読書が出来ない為で、「世界文学渉猟」も同時に冬休みを取らなくてはならないのだ。本日、田山花袋『蒲団』を読了したが、併録された『一兵卒』も読了してから寸評掲載をするとしやう。「楽興撰録」にてアンチェルのCD評追加。
12.27
スティーヴンソン『ジーキル博士とハイド氏』を読了し、「世界文学渉猟」に寸評追加。余りにも有名な名作を今更ながら手にとつてみた。この作品を怪奇小説と括つてしまうのは実に惜しい。複雑な心理を解剖してをり、多様な読み方が可能な小説である。
12.26
「楽興撰録」にてデ・サバタのCD評追加。
12.25
キケロー『ラエリウス(友情について)』を読了し、「世界文学渉猟」に寸評追加。プラトン対話篇に親しんだ者としては、キケローの著作は止揚がなく物足りない。尤もキケローを哲学者と見なすのは誤謬を含むことであり、内容にしても道徳に重きを置いてゐるから、比較するのが間違つてゐるのだらう。
12.24
「楽興撰録」にてフルトヴェングラーのCD評追加。
12.23
樋口一葉『にごりゑ』『たけくらべ』を読了し、「世界文学渉猟」に寸評追加。旧仮名遣ひで書くやうになつて、一葉の作品もすらすら読めるやうになつたことは嬉しかつた。雅な文体からは仄かに詩が漂ふ。殊に『たけくらべ』の終ひにおける届き叶はぬ想ひが残すほろ苦い余情は、詩と云はず何と云ふのか。何れ『おおつごもり』『十三夜』なども読んでみたい。
12.21
「楽興撰録」にてライダーのCD評追加。
12.20
「世界文学渉猟」にてパスカル『パンセ』の寸評を掲載。三分の一を読み終へた辺りから、文意を掴みとるのに難儀し始め、三分の二を過ぎ、ユダヤ=キリスト教史観に基づく誤つた世界観が前面に出てくると、理解するのを放棄した。『パンセ』の名言集などと紹介されてゐるのは、実は最初の6章までに限定されてゐるのだ。一般的にはこれら名句だけを読んで済ますことを薦める。
12.19
18日と19日で弥生室内管弦楽団の強化合宿に参じた。仕上がりは未だ成らず。意気込みが増してきたので、伊福部昭「シンフォニア・タプカーラ」が面白くなつてきた。ハイドンは当団の体質に合つてゐるので出来は一等。問題はシュトラウスで、まるで駄目。これは第1ヴァイオリンの責任大なので、対策を考へねばならぬのだが、見当がとんと起たぬ。丁寧で上品に弾けるやうゆつくりおさらいをしやうかしら。「楽興撰録」にてクリップスのCD評追加。パスカル『パンセ』を読了してゐるのだが、寸評掲載は明日に持ち越し。
12.15
「世界文学渉猟」にてモリエール『人間嫌い』の寸評追加。理想と現実の葛藤を描いた不朽の名作。しかし、アルセストの性格に不徹底な部分も多く、手放しで絶賛は出来ない。「楽興撰録」にてアーベントロートのCD評追加。
12.12
「楽興撰録」にてカペルのCD評追加。
12.11
「世界文学渉猟」にてモリエール『タルチュフ』の寸評追加。文学史上に燦然と輝く傑作喜劇だ。毒があるから現代でも通用する。偽善を扱つた作品は常に深刻な問題を提供してくれる。悪は巧妙でなければ悪ではない。ところで、タルチュフに酷似した新興宗教の教祖が多いことには改めて愕然とする。
12.10

「楽興撰録」にてパウエルのCD評追加。これまでに取り上げたCDのジャケット写真を幾つか載せ始めてみた。見栄え重視。何れは全てを画像付きにする。但し、最新の記事にも全て画像を付けるほど忠実(まめ)ではないので悪しからず。
12.8
「楽興撰録」にてボロディンSQのCD評追加。
12.7
「世界文学渉猟」にてモリエール『ドン=ジュアン』の寸評追加。モリエール最大の問題作。思想的には19世紀末まで先取りしてゐる作品。これは喜劇なのであらうか、悲劇あるいは不条理劇なのだらうか。モリエールの性格喜劇は暗部に迫る。
12.5
独ヘンスラーのシューリヒト・エディション第2弾の予告が出た。初出の8番を含むブルックナーが5枚。有難い。打ち止めかと思つてゐた英スクリベンダムのコンサート・ホール・レーベル復刻シリーズに続編が出る。待望のパレーが聴ける。誠に有難い。「楽興撰録」にてミュンシュのCD評追加。
12.3

「楽興撰録」にてコルトーのCD評追加。
12.2
「世界文学渉猟」にてモリエール『守銭奴』の寸評追加。個人的にはモリエールの中で一番好きな作品。これより重要作家の一人モリエールを再読する予定。その間に『パンセ』が読了出来るかどうか。
霜月
11
.30
「楽興撰録」にてフルトヴェングラーのCD評追加。実は本日までにフルトヴェングラーに関する一文を載せやうかと準備してゐたが、巨匠の研究は夥しくあり、私に新しく出来ることは全くと云つてよい程ないので、躊躇してゐる。多忙のせいもあり、仕上がりも不十分である。手直しをして面白いものが出来たら公開するとしやう。
11.29
明日、11月30日はフルトヴェングラーの50回目の命日である。丁度10年前の没後40年の時のこと、大学生の私は友人を誘つて巨匠の録音だけを聴き続けるといふ偲ぶ会を行つた。懐かしい思ひ出である。今年も明日1日を巨匠に捧げやう。私にとつてフルトヴェングラーは好き嫌いではなく、音楽藝術そのものを教へてくれた第一存在なのだ。
11.28
「楽興撰録」にてメンゲルベルクのCD評追加。
11.27
「世界文学渉猟」にてカミュ『転落』の寸評追加。これは『ペスト』に次いで重要な作品である。さて、続いて『ペスト』の寸評を付けたいと思ふのだが、長編故、また、現在渉猟中のパスカル『パンセ』が手強い作品故、先延ばしにする。多忙の為、精神的肉体的に余裕がない。
11
.26
「楽興撰録」にてバウアーのCD評追加。
11.24
「楽興撰録」にてクリュイタンスのCD評追加。記事が増えてきたので、古いCD評をジャンルごとに分けた。
11
.22
カミュ『最初の人間』を読了し、「世界文学渉猟」に寸評追加。巻末に、ノーベル文学賞を受賞をしたカミュが恩師ジェルマンへ送つた手紙と、ジェルマンがカミュに書いた最後の手紙が収録されてゐた。『最初の人間』を読んだ後に、これらを読んで胸が熱くなつた。カミュに少しでも興味がある方には、読むことをお薦めする。カミュがこれまで書いてこなかつた子供、無垢、愛がこの作品にはある。「楽興撰録」にてティボーのCD評追加。
11.21
東京都美術館で開催中の「フィレンツェ展」を鑑賞。ジョットやミケランジェロなどの滅多に観ることの出来ない貴重な作品があり、少なからず感銘を受けたが、本場はこんなものではない。門外不出の大傑作は現地にある。嗚呼、憧れのフィレンツェよ。
11.20
「楽興撰録」にてコーリッシュのCD評追加。
11.18
「世界文学渉猟」にてカミュ『誤解』の寸評追加。この作品の初演では主役をマリア・カザレスが演じてゐる。因みに『カリギュラ』の初演における主役はジェラール・フィリップであつた。往年の名画好きなら溜息が出る配役だ。
11.17
「楽興撰録」にてアンゲルブレシュトのCD評追加。
11.15
「楽興撰録」にてシゲティのCD評追加。
11
.13
カミュ『シーシュポスの神話』を読了し、「世界文学渉猟」に寸評追加。カミュの頁を独立させた。然程長くない哲学的エッセイだが、読了には時間を要した。難解とは云はないが、容易な書物ではない。カミュに関心ある方にのみ薦めやう。引き続き絶筆作品『最初の人間』を渉猟する。単行本を読むのは久しぶりになる。
11
.12
サイトを開設して半年。このやうな偏狭なサイトが2000アクセスを達成出来ただけで感謝感激です。常連様には特に御礼申し上げます。まだまだ準備中が山ほどあり道程は険しいのですが、定期的な更新こそ肝心要ですので、日々精進を怠らぬやう努力する所存です。これからもどうぞ宜しくお願い致します。「楽興撰録」にてライダーのCD評追加。
11
.10
「楽興撰録」にてフルトヴェングラーのCD評追加。
11.9
「世界文学渉猟」にてカミュ『カリギュラ』の寸評追加。カミュを小説家としてよりも劇作家として評価する人がゐる。俳優でもあつたカミュは、劇への関はりが深く、洞察が深い。この哲学的戯曲、書かれた時期が時期だ。極めて深刻な作品で、読む者に壮絶な感銘を与へるはずだ。
11.7
「楽興撰録」にてシャルパンティエ「ルイーズ」のCD評追加。
11.5
「楽興撰録」にてボロディンSQのCD評追加。
11.4
「世界文学渉猟」にてカミュ『異邦人』の寸評追加。15年振りの再読。『幸福な死』を読み、『シーシュポスの神話』を読書中と云ふこともあり、カミュの意図するところが実によく伝はつてきた。続いて「不条理の三部作」を成す『カリギュラ』を再読する予定。
11.2
独ヘンスラー・レーベルがシューリヒト・エディションを本格的に開始すると云ふ。15枚以上の大企画になる模様。喜ばしいことだ。「楽興撰録」にてアンチェルのCD評追加。
神無月
10
.31
「楽興撰録」にてモイセイヴィッチのCD評追加。
10.30
カミュ『幸福な死』を読了し、「世界文学渉猟」に寸評追加。カミュの生前に発表されることはなかつたが、断じて未熟な作品ではない。後の作品の主題が全て盛り込まれてをり、意味深長な作品である。引き続き、『シーシュポスの神話』を渉猟開始。同時に『異邦人』の寸評追加の為、再読を始める予定。カミュでは他に『戒厳令』『正義の人々』などを読みたいのだが、文庫では現在入手出来ないのが残念である。
10.29
英Duttonレーベルの新譜情報が更新されてゐた。その中の一枚に、エレナ・ゲルハルトのシューベルト集を見付けて随喜する。詳細は一切不明だが、廉価なので有難いことだ。「楽興撰録」にてメンゲルベルクのCD評追加。
10.27
「世界文学渉猟」にてチェーホフ『ヴァーニャ伯父さん』の寸評追加。これでチェーホフの既読作品に寸評が全部付いた。寸評の数もどうにか「世界文学渉猟」一覧(約260作品)の5分の1にはなつた。容量が増えてきたので、チェーホフとソポクレスを個別の頁に移動。
10.26
昨日よりカミュ『幸福な死』を渉猟開始。敬愛する作家たちの名を幾つかの箇所で述べながら、ソポクレスを除いて殆ど寸評がないのは遺憾だと思つてゐた。これよりカミュ精読。この後、途中で放り出したままの『シーシュポスの神話』、可能ならば絶筆『最初の人間』を渉猟しようと決意。この間に既読作品の寸評も追加予定。「楽興撰録」にてムラヴィンスキーのCD評追加。
10.24
フルトヴェングラー没後50年に真打ち仏Tahraレーベルが快挙を成し遂げる。豪華装幀4枚組CDにボーナスCD-ROMが付く。ミュンヘンでの録音などこれまで余り発売されてこなかつた稀少価値の高いものばかり。これ買わねばファンにあらず。「楽興撰録」にてコーリッシュのCD評追加。
10.23
鴨長明『方丈記』を読了し、「世界文学渉猟」に寸評追加。最終章を除けば、無常観、厭世観が滲み出た平明な名随筆である。しかし、最終章で見せるニヒリズムこそ『方丈記』の真価であらう。解説によると結句の解釈は様々に分かれ、救済を求めない諦めと云ふ解釈が多いやうだ。だが、何れも仏教思想と云ふ前提に立脚してゐる。私は最終章の前半で次々と執着への批判を連ねてゐるのだから、この結句は仏教思想への執着にまで及んだ懐疑と読む。「不請の阿弥陀仏」で当時の信仰のあり方を愚弄した問題作とするのは行き過ぎだらうか。
10.22
何を血迷つたか自作詩を晒してみる。相当昔に創つた拙い詩を手直ししたものだ。直すと云つても一月近く掛けてあれやこれや手を加へた。そのうちまた直したくなるかもしれない。第三詩集作品三としてゐるくらいだから、作品一と作品二もあるが、一層拙い詩なのでとても公開出来ない。
10.21
「楽興撰録」にてジーリのCD評追加。
10.20
コルネイユ『喜劇的幻想』(『舞台は夢』)を読了し、「世界文学渉猟」に寸評追加。筋自体を追ふと大したことの作品だが、作品全体に掛けられたillusionによつて多様な解釈が可能となる。何処かシュルレアリスムに通ずるものがあり、この作品奥が深い。さて、この作品の邦題であるが、『舞台は夢』、『喜劇的幻想』、『舞台の幻影』など様々である。解説でも題の邦訳について幾つか触れられてゐる。この中では『喜劇的幻想』が最も作品の印象に近いと感じた。しかし、illusionを幻想と訳すのは正しいことなのだが、個人的には幻想と云ふ語は寧ろfantastiqueという印象が強く、illusionは幻影と訳した方がよいと思ふ。勿論感覚的な意見である。そこで独自に『幻影喜劇』と云ふ、意訳を避け直訳に近い題を考へた。
10.19
「楽興撰録」にてエルマンのCD評追加
10
.17
コルネイユ『嘘つき男』を読了し、「世界文学渉猟」に寸評追加。これは、AKINONAさんの「VALEDGE PINCARTON」で紹介されてゐたのを読んで手にとつた。コルネイユは『ル=シッド』をまず読んでからと決めてゐたのだが、俄然興味が湧いてしまつた。うるさいことを云はなければ、傑作喜劇である。取り違への劇はよくあるが、嘘が絡んでより入り組んだ筋が構成されてをり、存分楽しめた。引き続き『喜劇的幻想』(『舞台は夢』)を渉猟。「楽興撰録」にてトスカニーニのCD評追加。
10
.15
驚くべきことにジョコンダ・デ=ヴィートのベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲の録音が存在すると云ふ。これは是非聴いてみたい。同曲のアドルフ・ブッシュの録音も英Biddulphから復刻され、近々店頭に出るはずだ。そのBiddulphから私が7年間探して昨年やうやう見付けたシゲティのCDが再発売されてゐるのは一寸複雑な気分。ともあれBiddulphの今後を期待しやう。「楽興撰録」にてボロディンSQのCD評追加。
10.14
アナトール=フランス『シルヴェストル・ボナールの罪』を読了し、「世界文学渉猟」に寸評追加。これは居眠書生さんの「居眠書生の書庫」にある書評を読んで手にしたもの。アナトール=フランスにはすつかり感服してしまつた。清廉な文体の美しさ、気の利いた警句、暖かいユマニスムに至福のひと時を得た。実に完成度の高い作品。個人的にはボナール先生の蒐集癖は他人事の気がしない。一方で、毒気の少ないきらいがアナトール=フランスにはある。ロマン=ロランと共に大作家だと思つてゐたが、現在では然程注目されてはゐない。代表作『神々は渇く』は非のうちどころのない名作なのだが、残念なことだ。良識が過ぎるのだらうか。刺激が少ないのだらうか。だとしたら現代は不幸な時代だ。
10.12
「楽興撰録」にてビーチャムのCD評追加。
10.11
「世界文学渉猟」にてチェーホフ『かもめ』の寸評追加。チェーホフを読まずに戯曲は語れないと思つてゐる。シェイクスピアやロマン派劇の劇的な舞台も劇ならば、チェーホフの限定された室内で進行する舞台もまた劇である。チェーホフの作品からは壮大な思想や哲学は見えてこないが、人生への深い洞察がある。短絡的に読めば、諦観や絶望が勝つてゐるやうだが、『かもめ』でニーナが語るやうに忍耐と再生こそチェーホフの結論である。ナロードニキ運動の挫折でニヒリズムとアナーキズムの横行する世紀末ロシアで、チェーホフの作品は重要な意味を持つてゐたことだらう。
10.10
「楽興撰録」にてヒュッシュのCD評追加。
10.6
チェーホフ『犬を連れた奥さん』『イオーヌィチ』『可愛い女』を読了し、「世界文学渉猟」に寸評追加。「楽興撰録」にてアンチェルのCD評追加。
10.5
昨日読了した『伊勢物語』の寸評を「世界文学渉猟」に追加。
10.4
昨日のこと、「魔笛」の公演が無事終了した。大成功であつたと思ふ。オペラの楽しさはこれまで幾度も味わつてきたが、「魔笛」の楽しさは格別である。滅茶苦茶なお話しだが、そこに愉快の理由がある。ところで、今回共演した歌手の中で、パパゲーノ役の田辺氏から受けた感銘はただならぬものがあつた。本場仕込みのドイツ語の素晴らしさ、役者としての表現の多様さ、本番でアドリブを盛り込む余裕とユーモアとサービス精神。楽しいひとときだつた。「楽興撰録」にてE・フィッシャーのCD評追加。本日『伊勢物語』読了。得るところの多い作品であつた。寸評掲載は明日に持ち越し。次なる渉猟計画は先日購入したチェーホフの短編集『犬を連れた奥さん』他。
10.2
明日、いよいよ「魔笛」の公演。歌劇の難しさのひとつに、管弦楽は常に歌手の声量を考慮して演奏しなくてはならないことにある。これがヴェルディの作品などだと、然程困難を感じないのだが、モーツァルトでは違ふ。各声部が聴こえにくくなり、アンサンブルが乱れ易い。また、アーティキュレーションの正確さを求める作曲家故に、ピアニッシモで持続した緊張感を出すには、相当の技量が必要だ。鳴り易い奏法で楽器を弾けないとなると、モーツァルトの楽曲が途端に難曲に変貌することを改めて思ひ知つた。
10.1
「世界文学渉猟」にてチェーホフ『三人姉妹』の寸評追加。
長月
9.30
フルトヴェングラー没後50年で、驚愕の未発表録音や稀少録音が続々と発売される。42年のヒトラー総統誕生日前夜祭に演奏されたベートーヴェンの交響曲第9番のエア・チェック盤が最大の目玉。ゲッペルスと握手を交わした映像が重なつて複雑な心境だ。戦時中のブルックナーの交響曲第4番の不完全録音は既に発売済み。4種ある中で最も優れた演奏とされる53年「ドン・ジョヴァンニ」も発売済み。デッカへの全録音―ブラームスとフランク―が廉価盤で発売済み。この秋はフルトヴェングラーの藝術に浸れさうである。「楽興撰録」にてモントゥーのCD評追加。
9.28
『伊勢物語』渉猟中。驚いたことがふたつある。ひとつは平安初期における男女の性愛の生々しさ。もうひとつは現代にまで届く感情の豊かさと、それを歌に込めるといふ芸術性の高さ。現代は何と風流を失つてしまつたことだらう。「世界文学渉猟」にてチェーホフ『桜の園』の寸評追加。本屋にてそぞろに短編小説集を手にし、今年はチェーホフ没後100年だつたと今更気付く。そこで、これより集中的にチェーホフ再読。15年振りになる。「楽興撰録」にてポンセルのCD評追加。
9.26
連載ディスコグラフィー「カペー弦楽四重奏団」の頁が完成。情報を提供して頂いたM氏に謝辞を述べたい。製作は半月の予定が一月以上要した。一年で十個創る計画だつたが、これからの時期多忙を極めるので修正せざるを得ないやうだ。しかし、「世界文学渉猟」と「楽興撰録」の更新だけは果たす心意気。「楽興撰録」にてムラヴィンスキーのCD評追加。身辺話題をひとつ。1週間後に演奏会本番を控へてゐる。モーツァルトのジングシュピール「魔笛」で勿論台詞付きだ。練習期間は僅か3週間なのだが、十分だと思ふ。主幹は第2ヴァイオリンで参加だが、モーツァルトの精髄が込められたパートなので、滅法愉快だ。また、歌唱陣が大変素晴らしく、パパゲーノが出色なのだ。10月3日(日)14時開演、場所はJR本郷台近くの栄公会堂にて。
9.24
「楽興撰録」にてヴォルフシュタールのCD評追加。
9.23
プレヴォー『マノン・レスコー』を読了し、「世界文学渉猟」に寸評追加。この作品が如何なる感銘を与へるかは、読者の恋愛への姿勢によつて異なるのかもしれない。若いうちに読みたい本のひとつ。ゲーテの『若きヴェルテルの悩み』、ヘッセの『デミアン』、バルザックの『ゴリオ爺さん』と並んで青春期に出会ひたい作品だ。次の渉猟計画は『伊勢物語』。
9.21
現在プレヴォーの『マノン・レスコー』渉猟中。これは「ランゲルハンス島」の加来さんの薦めがあつて手にしたもの。実に興味深い作品。全ての女は不実である。全ての男は欲望を持つてゐる。だから、恋と裏切りが永遠に続く。これ我が持論。「楽興撰録」にてフェリアー/バルビローリのCD評追加。
9.19
「楽興撰録」にてクリップスのCD評追加。
9.18
「楽興撰録」にてシュナーベルのCD評追加。
9.17
昨日、老舎『駱駝祥子』を読了し、本日「世界文学渉猟」に寸評追加。漢民族の繁栄は、他の文明とは比較にならない数と割合からなる下層民の貧困によつて作られてきた。中世ヨーロッパや近代ロシアにおける農奴の困窮などは、中国のそれに比べれば生易しいとまで云へる。土地の豊かさを持つてゐるのに、人口の多さに反比例する如く人命の尊厳が軽くなる。一体どれだけの祥子が行き倒れたことだらう。解説で、一人の労働者から、この作品に希望はないのかと訊ねられ、老舎は返答に窮したと書かれてある。老舎はこの作品で、ありのままの社会しか描かうとはしてゐない。折しも帝国主義時代、半植民地化が進み、軍閥が割拠する動乱期だ。社会が改善されることに、老舎は大して期待などしてゐないのだらう。陰惨な物語だ。しかし、虚無的な作品ではない。読者にあはれとおそれを与へる悲劇の傑作である。絶望は死に至る病。
9.15
「世界文学渉猟」にて二葉亭四迷『浮雲』の寸評追加。「楽興撰録」にてタマーニョのCD評追加。
9.12
「楽興撰録」にてアーベントロートのCD評追加。
9.11
昨日二葉亭四迷『平凡』を読了したが、併録された談話等も読まねばなるまいと思ひ、本日それらも読了してから、「世界文学渉猟」に寸評追加。3年前に『浮雲』を読んで、心底共感した。今でも『浮雲』は忘れられない名作である。大抵の女性が読んだら文三などは、優柔不断の落伍者にしか思はれないかも知れぬ。男が読んだつて、文学好きでもなければ同様だらう。だが、私にとつては分身のやうに思へて愛ほしかつた。そして『平凡』である。あれから、私の境遇も変はつた。二葉亭四迷が変遷を経たのに付き従うやうに、今度もこの作品に共感した。文学の価値を否定するまでは、私は到達してゐないが、そんな時も来るかも知れぬ。だが、余り難しいことを考えなくても、この作品はよい。気さくな語り口で一気に読ませる。そして、ぐい〃作品の暗部へ引き摺り込まれる。この作品も『浮雲』同様、中途半端な印象を拭へず、完成された芸術作品とは云へない。二葉亭自身も中途半端な人生を送つた人生の失敗者だつた。しかし、そんなことは問題ではない。何よりもロシア文豪の作品を吸収した当時唯一の人だから、内容の深みが違ふ。その懐疑主義や不可知論で、日本のインテリゲンチャ―鴎外や漱石などよりも暗き淵に降りたつた人だと、私は思つてゐる。「私は懐疑派だ」「余が半生の懺悔」を読むとさう思ふ。二葉亭四迷のことは引き続き勉強してみる積もりだ。
9.9
「楽興撰録」にてグレインジャーのCD評追加。
9.8
スウィフト『桶物語・書物戦争』を読了、「世界文学渉猟」に寸評追加。何れも難解な作品。諷刺文学だから諷刺を理解しなくては読んだことにならない。当時の宗教や文壇の諷刺だから、訳注がなければ十中一もわからない。スウィフトに特別な関心を持つ人でなければ、余り薦められない。それにしても容赦のない挑発的な書物だ。「幸福とはうまく欺されてゐる状態の不断の所有である」これが一番堪へた。
9.7
「楽興撰録」にてアンチェルのCD評追加。
9.5
試みにBBSを設置。実は半月以上前から、DIONのCGIで掲示板を取得し、カスタマイズを試みてゐたのだが、CGIの知識が全くない為、中途半端で断念。ロケットBBSのレンタル掲示板をお借りした。カスタマイズが容易で自由も利く。最初からこちらにすればよかつたと切実に思ふ。「世界文学渉猟」にて『ギルガメシュ叙事詩』の寸評追加。「楽興撰録」にてボロディンSQのCD評追加。
9.3
「楽興撰録」にてシェルヘンのCD評追加。
9.2
「楽興撰録」にてモントゥーのCD評追加。
9.1
Orfeoレーベルよりフルトヴェングラーのザルツブルク・フェスティバルでの録音が8CDの箱物で発売されると知り、驚喜する。これまでにEMIから発売されてゐたものの重複があるが、久々のCD化となる音源が含まれてゐる。但し、音質には余り期待してゐない。同じ頃に、貴重な映像を含むDVDも発売されると云ふことで、漸く巨匠没後50年らしくなつてきた。「楽興撰録」にてコーリッシュのCD評追加。現在、スウィフトを渉猟中なのだが、纏まつた読書時間が取れたので、文庫本以外で家にある短めの本を手にした。萩原朔太郎『猫町』。パロル舎刊で、金井田英津子さんの幻想的な挿絵が入つてゐる。最近は電車通勤時に読書する為、単行本は未読のまま積読されてゐる。ゲーテ全詩集、『ユリシーズ』、『荘子』、『源氏物語』、井原西鶴『本朝二十不孝』『武家義理物語』、ストリンドベリ『死の舞踏』など読みたいものが沢山あるのだが果たせずにゐる。「世界文学渉猟」にて『猫町』の寸評追加。

8.31
「楽興撰録」にてバウアーのCD評追加。
8.29
『レ・ミゼラブル』第5部ジャン・ヴァルジャン読了、この大作を読破した。正直に告白すると、この作品に対する先入観があり、面白いだけの大衆小説ではないか、と思つてゐたのだ。誤解であつた。そして、この作品を取り巻く状況が必ずしも作品の為になつてゐないと思ふ。この作品は、映画やミュージカルなど物語の筋だけを抄訳したものが、人口に膾炙してゐる。しかし、この小説はユゴーの生涯におけるあらゆる体験と思想が、交錯し結晶した集大成とも云へる作品である。様々な角度から読める作品こそ不朽の名作なのだ。筋が滅法面白く、しかも、それを舞台として思想が盛り込まれるといふ、これは私にとつて規範となる小説。「世界文学渉猟」にて『レ・ミゼラブル』の寸評追加。「楽興撰録」にてポンセルのCD評追加。
8.26
Marstonレーベルの発売予定変更に瞠目。何と年末にゴドフスキー全集の第1巻が急遽発売されるとの触込み。全3巻6CDになる待望の企画だ。ゴドフスキーのCDはこれまでAPRレーベルより4CDが出てゐるだけであつた。ピアニストのピアニストと称された大物だけに、全貌が明らかになるのは有難い。来春にはホフマン全集の最終巻が出るのも待ち遠しい。また、全8CDになるスペルヴィア全集も始まつており、益々目が離せない。
8.25
「楽興撰録」にてムラヴィンスキーのCD評追加。
8.24
仕事の休みを活用し、竹橋で開催中の琳派展を鑑賞。俵屋宗達の国宝「蓮池水禽図」に感服した。その他、たらしこみの技法で描かれた名品の数々に釘付けになる。「風神雷神図」は光琳の描いたものも素晴らしいが、やはり宗達の国宝が観たい。この展覧会では菱田春草の傑作も観られるので、多くの人に薦めたい。近年は外国の絵画作品による展覧会に観たいものがない。ここ数年で見応へがあつたのは応挙、探幽、雪舟の展覧会であつた。三十路を迎へて好みが変わつたわけでもないのだが。「世界文学渉猟」にて司馬遷『史記本紀』の寸評追加。「楽興撰録」にてフォイアマンのCD評追加。
8.21
『レ・ミゼラブル』第4部プリュメ通りの牧歌とサン・ドニ通りの叙事詩を読了。マリユスとコゼットが再会する情景に、かつて胸に抱いた覚えのある神聖な抒情詩を想ひ出した。精神だけで交はされる初恋の美しさは、かけがえがない。「楽興撰録」にて「魔笛」のCD評追加。
8.20
「世界文学渉猟」にてマルロー『王道』の寸評追加。寸評の追加は遡つて付けてゐるが、1年以上前に読んだ作品の記憶は朦朧としてきてゐる。再読も楽じやないが、ひとつ評が仕上がると霧が晴れたやうな心地になる。何でもよいから文章を綴りたいのかもしれぬ。
8.18
「楽興撰録」にてロッテ・レーマンのCD評追加。
8.17
「世界文学渉猟」にて志賀直哉『和解』の寸評追加。世界文学の観点から云へば、志賀直哉に与へられる評価は高くないだらう。けれども、我々日本人にとつては志賀直哉は「小説の神様」なのであり、武者小路と並ぶ「白樺派」の代名詞なのだ。志賀が綴る文章の巧さは何処から来るのだらう。志賀が手直しを入れると文章が短くなる、と云ふやうことを何かで読んだことがあり、私も慣らふようにしてゐる。文章が纏まらない時は、想つてゐることを全部書いてから、どしどし削る。残したいものだけ残す。しかし、志賀のやうな文章にはならない。無為自然には適わない。
8.15
やうやうガリ=クルチのディスコグラフィーが完成に漕ぎ着けた。2ヶ月を要し、内容も膨大になつた。自己満足もここまでくるとお目出度い。何時か役に立つ時があるのかしら。「楽興撰録」にてグーセンスのCD評追加。
8.13
「世界文学渉猟」にてマーク=トウェイン『人間とは何か』の寸評追加。トウェインの作品では、他に『不思議な少年』を読んだだけで、代表作『ハックルベリ・フィンの冒険』は読んでいない。だから、私にとつてトウェインはペシミストであり、暗く深刻な作家である。『不思議な少年』と『人間とは何か』は相互で補完しあう作品なので一緒に読むといい。
8.12
「楽興撰録」にてクリップスのCD評追加。
8.10
『レ・ミゼラブル』第3部マリユス読了。私は19世紀フランス文学では『ゴリオ爺さん』を最上位に置いてきた。それに匹敵出来る作品は『レ・ミゼラブル』以外にあるまい。
8.9
「楽興撰録」にてモントゥーのCD評追加。
8.8
「世界文学渉猟」にてプーシキン『ベールキン物語』の寸評追加。
8.7
「楽興撰録」にてコーリッシュのCD評追加。「世界文学渉猟」にてプーシキン『スペードの女王』の寸評追加。プーシキンを初めて読んだのが昨年で、大変感銘を受けた。今後の渉猟計画における重要作家のひとりである。プーシキンを読むことは、ロシア音楽を理解するのにも不可欠なことである。
8.6
「楽興撰録」にてレートベルクのCD評追加。
8.3
「楽興撰録」にてシェルヘンのCD評追加。
8.2
『レ・ミゼラブル』第2部コゼット読了。ユゴーはこの小説で、社会と人間を描こうとしている。背景描写は饒舌だが、これがなければ物語が生きてこない。この小説は三分の一が物語、三分の一が時代描写、残りの三分の一がユゴーの思想で成り立つている。殆ど物語だけで出来ている現代の小説とは大きな隔たりだ。「世界文学渉猟」にソポクレス『アンティゴネ』の寸評追加。これで、ソポクレス作品の寸評が一応形になつた。好事家が書いた何の役にも立たないものだが、私なりのオマージュである。この機会に幾つかの作品を改めて読み返したのだが、畏敬の念を新たにした。神話から不条理を抉り出す慧眼。最小を用いて最大の効果を導き出す作劇術―スペクタクルを用いるエウリピデスとは対照的である。ソポクレスの呈示する問題の深刻さは普遍的だ。実のところ人間は古代ギリシアから何も進歩していないのである。
文月
7.31
ガリ=クルチのディスコグラフィーが一向に完成しない。日本語で書かれた資料が全くないからと、私が声楽を習つたものではないからだ。「楽興撰録」にてソロモンのCD評追加。
7.30
「世界文学渉猟」にソポクレス『コロノスのオイディプス』の寸評追加。
7.28
先日、聴けもしないのにあれこれCDを購入し、読めもしないのにあれこれ本を購入してしまつた。渉猟予定の『唐詩選』3冊、スウィフトの『桶物語』『書物戦争』、アナトール・フランスの『シルヴェストル・ボナールの罪』、老舎の『駱駝祥子』など。スウィフトのことはもつと勉強したいと思つていたので、この復刊は喜ばしかつた。フランスと老舎は、居眠書生さんのサイトにある書評を読んで、是非読みたいと思つていたもの。「楽興撰録」にてムラヴィンスキーのCD評追加。
7.24
「世界文学渉猟」にソポクレス『オイディプス王』の寸評追加。「楽興撰録」にてロンのCD評追加。
7.22
多忙の為に渉猟が捗らなかつたが、やうやう余裕が出来て、『レ・ミゼラブル』第1部ファンチーヌを読了出来た。胸を打つ作品であり、これからが楽しみである。結局のところ、文学を読むならば、かういつた名作中の名作から進んでいくのが賢明な道筋なのだ。人生は短い。この小説を読まずに逝くのは、実に残念なことに違ひない。アクセス・カウンターが500を越したので、キリ番プレゼントを始めてみた。このサイトを訪れてくれる方々への感謝として、懐かしさと美しさで一杯のCD-Rを製作した。時間が許せば、ジャケットも製作しよう。
7.21
カルロス・クライバーが帰らぬ人となつた。指揮姿が優雅だつた。それは藝術であつた。見るもの全てを魅せる魔法の棒だつた。しかし、この名指揮者の評価は難しい。1970年代から80年代前半においては父を凌駕する名声を誇つた。この時期に残した録音は全て素晴らしい。誰もがそれ以上を期待したが、それ以上にはならなかつた。はやく衰えたのか、引き際を賢く悟つたのかは定かではない。「楽興撰録」にてジーリのCD評追加。
7.19
昨日の演奏会は大成功だつたと思ふ。個人的には、第9交響曲の第2楽章で、ヴァイオリンのE線が弛むといふアクシデントに見舞われた。A線のハイ・ポジションで音は出していたものの、限界があつた。楽章間のチューニングで何とか復帰したが、本番でのことなので多少の動揺があつた。それはさておき、次回の演奏会も成功するやうに励もうと思ふ。話題は変わるが、本日、異人よりメールを頂戴した。フーベルマンの完璧なサイトを公開しているPatrick Harrisさんからであつた。身に余る光栄である。ディスコグラフィー部分に関しては全世界のファンの為を考へて、欧文で製作したのだが、早速功を奏したわけで有難い。フーベルマン・ディスコグラフィーに加筆。「世界文学渉猟」にソポクレス『エレクトラ』の寸評追加。
7.17
明日の演奏会が無事終わることを祈願。「楽興撰録」にてクリップスのCD評追加。
7.15
日曜日に演奏会の本番がある為、準備に追われている。そろそろガリ=クルチのディスコグラフィーを完成させたいのだが、滞つている。「楽興撰録」にてメニューインのCD評追加。
7.14
仕事が忙しいことには閉口する。余程配慮していないと詩情が惨殺されてしまう。「世界文学渉猟」にソポクレス『アイアス』の寸評追加。
7.13
少し読んだだけで理解したことがある―ユゴーは文豪である。当たり前のことでも嬉しいことがある。「楽興撰録」にてマスネ「ウェルテル」のCD評追加。
7.11
『ピロクテテス』読了、「世界文学渉猟」に寸評追加。アイスキュロスもエウリピデスもこの題材で作品を残しており―断片のみが伝わるといふことだ―アイスキュロスの場合、ピロクテテスがまんまとオデュッセウスに欺かれ、エウリピデスの場合は、駆け引きの末に説得に応じるというものださうだ。題材の展開において、両詩人ともソポクレスが示した深淵には及ばない。各人には絶対に譲れない名誉や主義がある。だから、トロヤ戦争からイラク戦争まで争ひが絶えないのだ。ソポクレスは結末が史実―神話上のことだから語弊があるが―と異なつてしまう故、「デウス・エクス・マキナ」で解決しているが、ピロクテテスを救済する唯一の鍵である弓=ヘラクレスを持ち出すことは、得心がゆく。何れにせよ、結末は重要ではない。これは正義を突き詰めた悲劇である。さて、他のソポクレス作品を再読をし、寸評を付けやうと思ふが、改めてその偉大さに感服し、最高傑作『オイディプス王』には評価5つ星を付け直すことにした―5つ星は未だ3つだけである。それだけ、私には完璧な作品に思へるし、劇作の規範だと信じている。次の渉猟計画は重要目標のひとつ『レ・ミゼラブル』。
7.8
『トラキスの女たち』読了、「世界文学渉猟」に寸評追加。引き続き『ピロクテテス』を渉猟。これで、完全に現存するソポクレス作品を全て読んだことになるが、全ての寸評を書く為に、暫くはソポクレスを勉強しよう。アイスキュロスは主題よりも筋を追っている。エウリピデスは「デウス・エクス・マキナ」に頼り過ぎ、深みに欠ける。ソポクレスは主題を追求し、劇理論にこだわり、緊張感を集中して分散させない。三大悲劇詩人でカタルシスを現出させることが出来るのは唯ソポクレスのみである。「楽興撰録」にてレートベルクのCD評追加。
7.6
『イリュミナシオン』読了、「世界文学渉猟」に寸評追加。度重なる謎と挑戦に疲労困憊したので、寸評も詩を真似て錯乱の態を装つた。次は未読だつたソポクレスの作品2点を渉猟することに決めた。
7.5
間もなく『イリュミナシオン』読了するが、次の渉猟計画未だ立たず。本屋に寄る時間もない。「楽興撰録」にてモントゥーのCD評追加。
7.4
多忙は詩の最大の敵。多忙が美徳とされる現代において詩は反逆。「楽興撰録」にてプシホダのCD評追加。
7.3
『地獄の季節』読了し、「世界文学渉猟」に寸評追加。引き続き『イリュミナシオン』を渉猟。散文詩は表現における無限の可能性を所有しているが、解釈における陳腐な限界の危機にも接近している。正直申して、理解不能な箇所が多数あつたが、それ以上に霊感を受けた所が少なくなかつた。「Aは黒、Eは白、Iは赤、Oは青、Uは緑」といふ有名な詩句には改めて感服した。「楽興撰録」にてハスキルのCD評追加。
7.1
先日Romophoneレーベルよりメールがあり、間もなくサイトによる注文も出来なくなるといふことだ。幻のレーベルとなつてしまうのだろうか。Arbiterレーベルが久々に新譜情報を更新した。鶴首していたシャリアピン・エディション第5弾がようやく発売、更に第6弾も近日発売とのふれこみである。「楽興撰録」にてアーベントロートのCD評追加。
水無月
6.30
『ドン=キホーテ』前篇を読了し、「世界文学渉猟」に寸評追加。また、表中に寸評を入れる難を以前より感じていたので、分離させた。試行錯誤の連続なり。次はランボー『地獄の季節』を渉猟する積もりである。想へば詩を読むのは久方振りである。
6.27
『ドン=キホーテ』前篇を間もなく読了。期待に違わぬ大傑作であつた。主人の狂気に付き合ふ従士サンチョの姿が、哀れを通り越して可笑しい。当然、後篇を渉猟する予定と云ひたいところだが、少し短いものが読みたくなつたので、一年後には渉猟することを約して時を空けやうと思ふ。「世界文学渉猟」にてロレンス『チャタレイ夫人の恋人』の寸評追加。「楽興撰録」にて「さまよえるオランダ人」について綴る。
6.25
音楽の頁で「楽興撰録」の頁を開設。昨日聴いたジーリと本日聴いたアンチェルのCDのことを述べる。
6.24
教師が学ぶことの楽しさを教えられないなら教師とはいへない。「世界文学渉猟」にてカルデロン『サラメアの村長』『人生は夢』の寸評追加。
6.23
連載・ディスコグラフィーでひとつの頁を作製するのには実質1ヶ月を要する。これでは音楽の頁に動きが出ぬ。そこで安易ながら、徒然なるままにディスク評を始めやうと思ふ。近日公開、週1・2回の不定期更新の予定。
6.22
連載・ディスコグラフィーでフーベルマンの頁を公開。文体は宛ら古武士を思わせるやうに配慮した。音楽を言葉にすることは極めて容易でもあり、極めて難解でもある。美しいとか上手いとか述べることは雑作もない。それで物足りないといふならば、理知的に分析することで、感覚だけで受容しがちな音楽を客観的に評論することも出来る。しかし、肝心は文章を読んで、音楽を聴いたかのやうに錯覚させるか、音楽を聴いているやうな陶酔に導くことである。私には適わぬことだが、古の詩人には出来たであろう秘術のことを想ふ。
6.20
あと1ヶ月で「第九」の本番があり、本日はその練習日であつた。この曲を弾くのはこれで3度目になる。名曲とは常に新しい発見があり、その都度感情にあらわれ方が異なる音楽のことをいふ。この曲はその最たるものであろう。フーガが好きなこともあるが、第1楽章の展開部から再現部に入る迄は大伽藍に例えられよう。ベートーヴェンの音楽が偉大なのは、人間の精神に理念や感情を想起させる力が備わつているからである。
6.18
世界文学を読むといふことは、その作品に描かれている時代や国の、社会や文化について読むといふことだ。だから、他所の国のことや昔のことに関心のない人には面白くないに違ひない。また、世評名高い作品を理解出来なかつたときは、予備知識が欠けていたことを疑ふと良い。「世界文学渉猟」にてシラー『ヴァレンシュタイン』の寸評追加。
6.17
『ドン=キホーテ』を快調に読んでいる。現実と理想の何れかがより真理に近いのか―この作品の主題はそこにあるやうに思へる。ドン=キホーテが狂つているのか、世が狂つているのか。古来より世に挑んで行つた男らはよく自らをドン=キホーテになぞつた。
6.13
『史記列伝』読了し「世界文学渉猟」にて寸評。広く薦めたい書であるが、長いといふのであれば前半だけでも良いと思ふ。これと諸子百家の書を熟読すれば、自ずと処世術が身に付くことだらう。但し極端を避け中庸を心掛けるといふ本意を読み取つてのことだが。
6.12
サイト開設より1ヶ月なり。ひとつのページを作製する労力たるや予想以上で、Web master諸氏の馬力を改めて思い知った。音楽の頁フーベルマンのディスコグラフィーは完成間近だが、文学の頁で企画している「現代日本語美文序説」は胎動段階。それでいながら自作詩でも載せて恥を晒そうかなどと構想したり、気が多いので困る。「世界文学渉猟」にて小林多喜二『蟹工船』と『一九二八・三・一五』の寸評追加。
6.11
古の聖人が定めた法令に「和をもつて尊しとなす」とある。人と接するに、不機嫌、妬み、悪意、憤り、含みがあれば、相手、周囲、己も悉く気分を害して益することなし。自らを制し和をもつて臨むは君子の行ひ。あはれな現代人に欠けたるは鷹揚な振舞と、寛容な精神。
6.9
『史記列伝』程なく読了なのだが、珍しく次の渉猟計画が未決。サイト開設の熱が冷めない内に大作に挑もうと意気込み、『ドン=キホーテ』全篇がよかろうと密かに計を練る。
6.7
アクセスカウンターがやうやう100を超えた。数を気にしなくなる日は来るのだろうか? 自意識は近代人の原罪であり煩悩の源である。しかし、考えるに自意識なくして向上心なし、向上心なくして学問立たず。漱石曰く「精神的に向上心のないものは馬鹿だ」(『こころ』より)。ふと疑問が湧いた。これと「則天去私」とは如何にして繋がるのか。『明暗』とは、『こころ』即ち「エゴイズム」即ち「近代」を批判した作品と捉えることも可能だ。さう考えると漱石作品は全て前作への批判から成り立つているようにも思ふ。「世界文学渉猟」にホメーロス『イーリアス』の寸評を加えた。
6.3
『史記列伝』を半分以上読了した。遅読の私としては2週間で700頁は異例の進み具合。それにしても2200年以上も前の中国人の峻烈なる機敏には感服する。古代において世界中を見渡しても、ギリシアを除いては比肩するものがない。弁証法的な産婆術を用いて物事の本質を見極めようとするギリシアの哲人に対して、春秋・戦国時代の志士たちは三段論法的に小から大へ、大から小へと説き、物事の予測をした。確たる真実ではなく、有為転変を渡りきる術を求めた。時の利を得て栄華を極めた者も、進退を誤って身を滅ぼすこと後を絶たず、賢とされた者も忠とされた者も生を全う出来ない。何と不条理なことだろうか。乱世にあっては権謀術数こそが処世術であった。翻ってイデーの追求よりも権謀術数に関心が強い現代もまた乱世なのだろうか。
6.2
「世界文学渉猟」を大幅改訂。体裁重視の誘惑に負けて項目を増やした。安易な5段階評価を導入するのは苦渋の選択。しかし、見てくれた人が役立ててくれれば、それでよい。幸田露伴『五重塔』の寸評を加えた。
皐月

5.26
リンクの頁試運転開始。これからひと月くらいはリンクの拡充に努めたい。「世界文学渉猟」でドストエフスキー『死の家の記録』の寸評を加えた。
5.22
音楽の頁に遅れること10日やうやう文学の頁が公開に漕ぎ着けた。正直申して時期尚早であり、出来に関しては満足していない。だからといって先送りにしても何の得るところも無い。「世界文学渉猟」では1週間に1作品は寸評を付していくことを公約して、拡充していく積もりだ。次なる計画は、リンクの頁を製作することと、連載・ディスコグラフィーでフーベルマンの頁を製作すること。
5.20

サイト構想時にはなかった当頁Essaiを公開。感興の趣く侭に雑感を書き捨てる故、日記ではない。容量が増えてきたら、下らぬものは削り、惜しいものだけ残していく積もりである。
5.18
仏Tahraレーベルより新譜情報あり。私としてはエトヴィン・フィッシャーとフラグスタートの初出音源に瞠目。メニューインにも興味あり。
5.17 
『史記列伝』を読んでいる。面白きこと唯事でなく、啓発されることこの上ない―最も私が歴史愛好者であるからかもしれぬが。時の利を知ることの何と難しきことか。
5.12
構想1年、製作期間1ヶ月にしてサイト公開に漕ぎ着ける。喜ばしき哉。よき文章を綴るの難しさ甚だしきを感ず。恥ずかしき哉。


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