楽興撰録

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ルイス・カウフマン


ミヨー:春のコンチェルティーノ、小さな鰐の踊り、ヴァイオリン協奏曲第2番
プーランク:ヴァイオリン・ソナタ
ゾーゲ:オルフェの協奏曲
ダリウス・ミヨー(cond.)、他
[Music&Arts CD-620]

 アメリカの名手カウフマンは近現代曲を積極的に取り上げたことで知られるが、名曲が多いフランス近代曲への理解度は並々ならぬものがある。ミヨーの自作自演でカウフマンが起用されたことはそのことを如実に示す。蠱惑的なG線の音色、輝かしい高音の煌めき、煽情的なヴィブラートの官能美は抜きん出てゐる。ハイフェッツほどきついボウイングのごり押しがないので、曲の雰囲気を損ねたりしない。当盤の目玉はヌヴーによつて初演されたプーランクのソナタである。ドビュッシーやラヴェルのソナタを上回る傑作なのだが、録音の機会には恵まれてゐない。この曲の魅力を存分に引き出して呉れるカウフマンの名演が知られてゐないのは残念なことだ。緊張感漲る第1楽章、躍動感ある第3楽章の昂揚は極上だ。愛好家には強く薦めたい。晦渋なゾーゲの曲には魅力を余り感じない。


ブロッホ:ヴァイオリン・ソナタ第1番
ポーター:第2ソナタ
スティル:エナンガ、パナマの踊り(抜粋)
アルトゥール・バルサム(p)、他
[Music&Arts CD-638]

 アメリカの名手カウフマンは映画「風と共に去りぬ」での演奏で名を知られるヴァイオリニストだが、中でもアメリカ現代音楽の紹介は重要な業績であつた。シゲティやハイフェッツにも録音があるブロッホのソナタは大変な名演で、カウフマンの激しい情熱と卓越した技術で聴き応へ充分だ。ポーターのソナタは演奏の歯切れが良く素晴らしいが、曲が現代音楽の様式に則つてをり正直面白くない。スティルのハープ、ピアノと弦楽四重奏の為の楽曲「エナンガ」―エナンガとはアフリカのハープのやうな楽器―は親しみ易いリズムと美しい旋律に溢れた民俗色豊かな名曲である。郷愁豊かなハープの調べに誘はれてカウフマンらが奏でる甘い音楽は実に楽しい。弦楽四重奏に編曲した「パナマの踊り」はルンバを基調とした雰囲気たっぷりの名曲だが、第1曲目と第3曲目しか収録されてをらず不満が残る。


ラーション:ヴァイオリン協奏曲
バーバー:ヴァイオリン協奏曲
ヴォーン=ウィリアムズ:アカデミックな協奏曲
[Music&Arts CD-667]

 20世紀の現代作品の紹介に熱意を燃やしたカウフマンはロスアンジェルス・フィル首席の傍ら、ハリウッド映画音楽の影武者を稼業とした名手である。ラーションの協奏曲の冒頭を聴くがよい。蠱惑的な音色に、名前を伏せれば恐らくハイフェッツの演奏かと錯覚するに違ひない。強靭なボウイングと扇情的なヴィブラートはハイフェッツに伍する魅力を備へてゐる。技巧的な難所を華麗な美音で制圧し、ラプソディー調のパッセージにおける濃密な語り口は比類がない。郷愁豊かなバーバーの協奏曲の甘い歌は如何ばかりだらう。全ての音を血肉と化した極上の名演で、第一に挙げるべき録音だ。ヴァイオリンの音が魔性を秘めてゐる。ヴォーン=ウィリアムズの協奏曲も天下一品の出来。これらの曲においてカウフマン以上に適性を示した奏者はゐないと断言出来る隠れた決定的名盤。


テレマン:ヴァイオリン・ソナタ(全6曲)
シュポア:ソナタ・コンチェルティーノ
フレデリック・ハモンド(cemb)/スーザン・マクドナルド(hp)
[Music&Arts CD-905]

 現代音楽だけでなく、カウフマンのバロック音楽への取り組みには驚嘆すべきものがある。録音当時、知名度が皆無と思はれるテレマンのソナタを取り上げ、しかもチェンバロの伴奏による本格的な演奏なのだ。とは云つても、カウフマンのヴァイオリンが昨今の古楽器演奏と全く異なることは無論で、過剰なヴィブラートと豊麗な歌に充ちた美音の洪水で、純粋にヴァイオリンの妖艶な音色に溺れることが出来るのだ。特に短調の歌の悲哀には抗し難い魅力がある。全6曲、ト短調、ニ長調、変ロ長調、イ短調、ト長調、イ長調と全て4楽章構成で、飽く事なく音楽に浸れる。邪道と云ふなかれ。この演奏より感動的な録音があるのなら聴いてみたいものだ。シュポアの曲は大変珍しいヴァイオリンとハープによる作品。作風はパガニーニの亜流のやうだが、シュポアの協奏曲に似たフレーズが随所に聴かれ、特徴は窺へる。演奏は見事だが、テレマンのやうな感銘は受けない。


ヴィヴァルディ:「和声と創意への試み」Op.8より第1番〜第7番
コンサート・ホール室内管弦楽団
ヘンリー・スウォボダ(cond.)
[Naxos Historical 8.110297-298]

 イ・ムジチ盤とミュンヒンガー盤のヴィヴァルディ「四季」が牽引となつてバロック音楽への関心が高まつたことは有名だ。その後の古楽器の興隆を鑑みても「四季」は重要な作品として君臨してゐる。「四季」の史上初の録音はこのカウフマン盤とするのが通例だ―最新の資料によるとイタリアの団体がこれより先に録音を残してゐるさうだ。初録音の栄誉は覆されたものの、カウフマン盤の価値は減じた訳ではない。現代音楽の紹介に熱心だつたカウフマンがバロック音楽を積極的に弾いたことは注目されてよい。その結実が「和声と創意への試み」全曲の録音なのだ。2枚組。1枚目。爽快なテンポ、躍動するリズム、音楽が鼓動してゐる。特筆したいのは過剰なヴィブラートを用ゐてヴァイオリンの官能的な喜びを抑圧してゐないことだ。これらはヴァイオリン協奏曲である。独奏が様式を意識する余り萎縮して仕舞ふと詰まらない。カウフマンが聴かせる緩徐楽章のエロスは天晴。演奏様式が浪漫的過ぎると難じるのは短絡的だ。スウォボダの指揮共々、学究的な窮屈さのない生きた音楽を真剣に追求してをり、求心力がある。


ヴィヴァルディ:「和声と創意への試み」Op.8より第8番〜第12番、2つのヴァイオリンの為の協奏曲
ペーター・リバール(vn)、他
ヘンリー・スウォボダ(cond.)
[Naxos Historical 8.110297-298]

 2枚目。1947年に「和声と創意への試み」全曲を録音したカウフマンのバロック音楽へ傾けた情熱は唯事ではない―驚くことにテレマンの録音なども残してゐる。勿論、今日の古楽器による演奏とは同日に語れない浪漫的な取り組みではあるが、独奏ヴァイオリンの魅力において立ち勝つてゐることは強調してをきたい。ポルタメントを含ませた妖艶な節回しは、古楽器奏者による薄口の表現からは決して得ることの出来ない感銘を与へて呉れる。享楽的なヴァイオリンの魔力とバロック音楽への真摯な姿勢が融合した名盤である。古典音楽に造詣の深いリバールとの共演も的を射た名演である。


サン=サーンス:ヴァイオリン協奏曲第3番
ハチャトゥリアン:ヴァイオリン協奏曲
アクロン:調律
[Biddulph LAB 079]

 サン=サーンスはディスク・カムパニーへの録音、ハチャトゥリアンはコンサート・ホールへの録音、アクロンは私的な録音で、大して注目もされないカウフマンの実力を教へて呉れる貴重な録音ばかりだ。サン=サーンスの名曲は如何なる訳かハイフェッツの録音がない。カウフマンの録音はその穴を埋める名盤として重要だ。第1楽章の濃厚なsul-Gの音色、第2楽章の情感豊かなフラジオレット、爽快な第3楽章の技巧の切れ、フランコ=ベルジュ派とは異なるヴィルティオーゾ流儀の面目躍如と云へる名演だ。ハチャトゥリアンは更に名演だ。この曲には作曲者の指揮によるオイストラフ盤が名盤とされるが、野性味のあるカウフマン盤も同位に置いてよい。高貴な情感で恰幅良く弾いたオイストラフよりも、激しい野獣のやうなアタック、濃厚で異教色漂ふ妖艶な歌を聴かせるカウフマンの方が作曲者の体液が流れてゐると感じる。雰囲気豊かなアクロンの小品も素晴らしい。バーナード・ハーマンの管弦楽伴奏で、編曲もハーマンが行なつてゐる。


マルティヌー:ヴァイオリン協奏曲第2番
ハチャトゥリアン:ヴァイオリン協奏曲
アクロン:調律、他
[Cambria CD-1063]

 米國の生んだ名手カウフマンの実力を堪能出来る1枚。マルティヌーは1944年に委嘱者エルマンが初演をした曲でクーセヴィツキーとボストン交響楽団との初演時のライヴ録音も残る。エルマン盤は録音状態がだうしても貧しい為、1955年録音のカウフマン盤の存在意義は大きい。演奏も抒情的であつたエルマンとは印象が大分異なる。カウフマンの演奏はギラついてをり、煽情的な音色で暑苦しく歌ふ。ジャン・ミシェル・ルコント―ピエール・ミシェル・ルコントの誤記か?―指揮フランス国立管弦楽団の伴奏も極彩色で冒頭の不協和音からどぎつい響きを聴かせる。エルマン盤とは一味違ふ良さがあるので併せて鑑賞したい。ハチャトゥリアンとアクロンはBiddulphから復刻があり、記事にしたので割愛する。ポール・ウラノフスキーのピアノ伴奏でクライスラーが編曲した「太陽への讃歌」「ロンドンデリーの歌」「アンダンテ・カンタービレ」が素晴らしい。今日では絶滅した音色と歌ひ方を聴くことが出来る。ハリウッド映画で活躍した甘く切ないヴァイオリンに陶然とする。


ピストン:ヴァイオリン協奏曲第1番
コープランド:ヴァイオリン・ソナタ、ノクターン、他
アーロン・コープランド(p)、他
ロンドン交響楽団/バーナード・ハーマン(cond.)
[Bay Cities BCD 1019]

 米國の名手カウフマンによる自國の作品集。単に競合盤がないだけでなく、高次元の演奏により、他の追随を許さない決定的名演ばかりだ。まずは管弦楽法の大家ウォルター・ピストンの協奏曲が聴き応へ抜群だ。指揮は映画音楽作曲家としても高名なバーナード・ハーマンだ。最高の取り合はせで、豪華絢爛な楽想を盛り立て、華麗なカウフマンの独奏とともに燃焼し尽くす。次に、何と作曲者自身のピアノ伴奏によるコープランドのソナタが聴ける。3楽章構成で、前半は簡素で静謐な楽想、終楽章のみ快活だ。これも絶対的な名演だ。もう1曲、美しいノクターンも聴ける。アンネッテ・カウフマンのピアノ伴奏によるコープランド「ウクレレ・セレナード」と「ホーダウン」はカントリー調の愉快な演奏を楽しめる。他に、マクブライド「スイング調でアリアとトッカータ」、スティル「ブルース」も雰囲気満点だ。作曲者ロバート・ラッセル・ベネット自身のピアノ伴奏で”Hexapodo”が面白い。奇怪な様子が伝はる。カウフマンの技巧も冴える。ジェローム・ケルン作曲”The Song is You”と”Smoke Gets in Your Eyes”では往年の甘い歌唱を彷彿とさせる。ハリウッドの影武者カウフマンの真髄が聴ける1枚。


ドヴォジャーク:ピアノ四重奏曲第2番、ピアノ三重奏曲第3番、4つのロマンティックな小品
ショーソン:コンセール
アルトゥール・バルサム(p)
ペーター・リバール(vn)/パスカル弦楽四重奏団、他
[BRIDGE BRIDGE 9225A/B]

 BRIDGEレーベルは使命感をもつて名手バルサムの復刻を手掛けてをり、当盤もそのひとつだ。しかし、バルサムには大変申し訳ないが、当盤を手にした理由は贔屓にしてゐるカウフマンの蒐集が目的であつた。2枚組の収録曲から興味深い順に述べよう。カウフマンが主役のロマンティックな小品が極上だ。この曲にはプシホダによる決定的名演があるが、カウフマンの演奏も比肩する。甘く豊かなヴィブラートは強弱で様々に音色を変へる。往年の名手だけが持つ魔法の音色だ。雰囲気満点のポルタメントにも惚れ惚れする。ピアノ三重奏曲も劣らず素晴らしい。名前を伏せればハイフェッツかと錯覚する。左手の奏法はハイフェッツと共通点が多いが、ボウイングはより甘く感傷的な雰囲気があり、第3楽章の名旋律の潤沢な歌には魂を抜かれて仕舞ふ。劇的な曲想に相性も良く、この曲の最上位に置かれる名演だ。ショーソンのコンセールが畑違ひ乍ら弩級の名演だ。ティボーとコルトーによる本家本元の決定盤のやうな物憂い詩情はなく、甘美な雰囲気を前面に押し出し徹頭徹尾浪漫的に歌ふ。カウフマンの独奏箇所には抗し難い艶やかさと肉感があり、特に終楽章コーダの情熱的な昂揚には唖然とする。噴流のやうなロマンティックな情感に呑まれる異色の名演で説得力がある。ドヴォジャークのピアノ四重奏曲はカウフマンではなく、リバールとバルサムによる演奏だ。濃厚さが明らかに違ふ。アンサンブルの纏まりはあるが、薄口の演奏で聴き手を虜にするやうな魅力に欠ける。だが、全体的には名演で、バルサムによる第3楽章の哀愁を帯びた民俗調の旋律は強く印象に残る。第4楽章の快活な合奏も素晴らしい。



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