ジネット・ヌヴー ディスコグラフィー / Ginette Neveu Discography


ディスコグラフィー | 寸評 | 推挙

 過去の事柄に「もしも」はない。だが、ジネット・ヌヴーを語るときこの語なくして何を云はう。もしもヌヴーが事故死してゐなかつたら、1950年代から70年代にかけてのヴァイオリニストの序列は全く違つてゐたであらう。それどころかヴァイオリン音楽のあり方も大きく異なつてゐたかもしれない。だが、これ以上は空しくなるから言葉を慎もう。

 ヌヴーの録音は衝撃的であつた。ヴァイオリンが斯くも熱く燃え上がることが出来るのかとたぢろいだ。こんなにも集中力を凝縮出来た奏者がゐたこと自体が驚きである。しかも女流である。しかもと云つたのは演奏家は肉体を使役する故、性差は重要な要素であり、表現の幅を考へれば男性奏者の方が有利であるからだ。男を顔色なからしめる女流奏者はデュ=プレやアルゲリッチなどを筆頭に気性の激しさで音楽を表現するが、器楽の大家は圧倒的に男性が多いのが客観的事実である。ヴァイオリンには女流奏者が多いが、ハイフェッツやオイストラフに伍する巨星は輩出されてゐない。国際的な活動を開始しようとした矢先のヴェニャフスキ国際コンクールでヌヴーに完敗を喫したオイストラフは「悪魔のやうだつた」と評し、ティボーは「ヴァイオリン界の至高の女司祭」と讃へた。ヌヴーこそ男勝りの気性で彼らを凌ぐことが出来た筈の唯一のヴァイオリニストであつただけに、夭折が悔やまれてならない。


 ヌヴーの録音を聴いてゐて気付くのは呼吸の激しさである。演奏中にしばしば聴き取れる鼻で息を吸ふ音はその証である。神秘的で静寂な楽想においてもヌヴーの息遣ひは激しく伝はる。ヌヴーの演奏姿を記録した映像が僅か2分程度だが残つてゐる。ショーソンのポエムの終盤、玄妙なトリルが続きディミュヌエンドして行く瞑想的な箇所で、指揮者ミュンシュの棒を睨むかのやうに凝視するヌヴーの強い眼力には息苦しささえ感じる。音楽への集中度は過去の如何なる巨匠と雖もヌヴーの次元には迫れなかつた。こんな演奏をしてゐては身がもたないだらう。運弓は発火するやうな激しいアタックを用ゐながら、決して上滑りしない重厚なアーティキュレーションを維持してをり、擦れや潰れがない驚異的なボウイングを会得してゐる。スタッカート奏法の水際立つた鮮やかさは特に素晴らしい。濃密で赤裸裸な感情を曝け出すヴィブラートは機械的な振動ではなく、生命を鼓動される天性の霊感によつて変化自在にかけられてゐる。ヌヴーは技巧面ではハイフェッツを意識した世代の奏者であるが、音楽への取り組みは楽器の制約を超えたところにある感性と知性の表象を純粋に追求してをり、その点でエネスク、ティボー、フレッシュ―マルシック三羽烏―の直系である。ショパンのノクターンの録音に聴かれるヌヴーの音は、楽器を鳴らす以上のものを目指し、聴く者の魂に問ひかける貴いものだ。テンポ、音色、強弱の自在な変化は、今日の奏者からは得ることの出来ない閃きに充ちてゐる。ヌヴーは系譜から見るとフレッシュの弟子といふことになるが、藝風は完全に独立した個性的なものだ。ヌヴーは型に嵌つた演奏を嫌ひ、様式と相容れまいが確信を持つて感じたままを表現した。この傾向は幼少の時からのもので、ヌヴーの経歴を見ると殆ど独力で音楽を造つてゐるといふ驚くべき事実に突き当たる。エネスクのアドヴァイスに対し「自分が感じたやうにしか弾けません、、」と言葉を返し、慧眼を持つフレッシュにヌヴーを矯正しようなどといふ気をおこさせなかつたほどの気性の激しさは、そのまま演奏に顕はれてゐる。そして、その信念の強さこそが聴く者を催眠にかけたヌヴーの凄みなのだ。

 だが、ヌヴーの演奏に若さを認めない訳にはゐかない。エネスク、ティボー、クライスラー、ブッシュといつた奏者から得られる懐の深さ、聴く者への慰めはない。ヌヴーの音楽は克己し、常に闘争へと向ふ。強く深い故に短くなり勝ちな呼吸が災ひし、フレーズが短く切迫した印象を与へる。古典作品、ベートーヴェン、ショーソンの演奏はヌヴーの青さを露呈してゐる。だが、20代の奏者が情熱に頼らず、老いさらばえた演奏などをしてゐては先がない。ヌヴーの弱点は若さに由来したものであり、だからこそ大成したはずの藝術家ヌヴーを永遠に失つた損失は量りしれないのだ。

 ヌヴーは激しい情熱、張り詰めた集中力、高度の技術、天性の直感力を持ち合はせた未完の大器であつた。


1949年10月28日―死の数時間前に撮られたヌヴー最後の写真


Biography

 1919年8月11日パリに生まれた。母の手ほどきで5歳よりヴァイオリンを始め、たちどころに才能を示した。7歳でブルッフの協奏曲を弾いて初公演を行つた。短期間だがエネスクの個人指導を受けた。1930年、パリ音楽院に入学してブシュリに師事した。僅か8ヶ月でプルミエ・プリを得て卒業したのはヴェニャフスキ以来の快挙であつた。フレッシュに見出されて門下に入り研鑽を積んだ。1935年のヴェニャフスキ国際コンクールで優勝、15歳のヌヴーが26歳のオイストラフを大差で下しての栄冠であつた。以後国際的な活躍が始まつたが、第2次世界大戦によつて楽旅を差し控へた。1943年にプーランクのソナタを作曲者のピアノで初演。同年フェデリコ・エリサルデの協奏曲を初演。戦後、旺盛な演奏活動や録音で絶賛を博した矢先、航空機事故により30歳といふ若さで急遽した。1949年10月28日、兄弟であり伴奏ピアニストであつたジャンと共に3度目のアメリカ演奏旅行の為に搭乗した飛行機がアゾレス諸島の山中に墜落した―生存者なしといふ惨事だつた。逸話ではヌヴーの遺体は愛器ストラディヴァリを守るやうに抱えてゐたといふ。


Discography

1 1938/4-5/? Electrola Kreisler Grave c-moll  

with Bruno Seidler-Winkler(p)

2 1938/4-5/? Electrola Suk Un poco triste from Four Pieces,Op.17-3 1 with Bruno Seidler-Winkler(p)
3 1938/4-5/? Electrola Suk Appassionata from Four Pieces,Op.17-2 1 with Bruno Seidler-Winkler(p)
4 1938/4-5/? Electrola Chopin Nocturne No.20 cis-moll,Op.posth(arr.Rodionov) 1 with Bruno Seidler-Winkler(p)
5 1938/4-5/? Electrola Gluck Mélodie from"ORFEO ED EURIDICE"(arr.Wilhelmj)   with Bruno Seidler-Winkler(p)
6 1938/4-5/? Electrola Paradies Sicilienne(arr.Dushikin)   with Bruno Seidler-Winkler(p)
7 1939/4/? Electrola Taritni Variation on a theme of Corelli(arr.Kreisler)   with Gustaf Beck(p)
8 1939/4/? Electrola R.Strauss Sonata for Violin and Piano Es-dur,Op.18   with Gustaf Beck(p)
9 1945/11/21 HMV Sibelius Concerto for Violin d-moll,Op.47   with Philharmonia Orchestra/Walter Süsskind(cond.)
10 1946/3/26 HMV Ravel Tzigane 1 with Jean Neveu(p)
11 1946/3/26 HMV Chopin Nocturne No.20 cis-moll,Op.posth(arr.Rodionov) 2 with Jean Neveu(p)
12 1946/8/12-14 HMV Ravel Pièce en Forme de Habanera   with Jean Neveu(p)
13 1946/8/12-14 HMV Scarlatescu Bagatelle   with Jean Neveu(p)
14 1946/8/12-14 HMV Falla Danse Espagnole form"LA VIDA BREVE"(arr.Kreisler)   with Jean Neveu(p)
15 1946/8/12-14 HMV Dinicu Hora Staccato(arr.Heifetz)   with Jean Neveu(p)
16 1946/8/12-14 HMV Suk Quasi Ballata from Four Pieces,Op.17-1   with Jean Neveu(p)
17 1946/8/12-14 HMV Suk Appassionata from Four Pieces,Op.17-2 2 with Jean Neveu(p)
18 1946/8/12-14 HMV Suk Un poco triste from Four Pieces,Op.17-3 2 with Jean Neveu(p)
19 1946/8/12-14 HMV Suk Burleska from Four Pieces,Op.17-4   with Jean Neveu(p)
20 1946/8/16-18 HMV Brahms Concerto for Violin D-dur,Op.77 1 with Philharmonia Orchestra/Issay Dobrowen(cond.)
21 1946/8/16-18 HMV Chausson Poème,Op.25 1 with Philharmonia Orchestra/Issay Dobrowen(cond.)
22 1948/3/18 HMV Debussy Sonata for Violin and Piano g-moll   with Jean Neveu(p)
23 1948/4/25 Live in Paris Brahms Concerto for Violin D-dur,Op.77 2 with Orchestre National de France/Roger Desormière(cond.)
24 1948/5/3 Live in Hamburg Brahms Concerto for Violin D-dur,Op.77 3 with Radio Hamburg Symphonic Orchestra/Hans Schmidt-Isserstedt(cond.)
25 1948/12/30 or 31 Live in New York Chausson Poème,Op.25 2 with the Philharmonic-Symphony Orchestra/Charles Munch(cond.)
26 Ravel Tzigane 2
27 1949/5/1 Live Beethoven Concerto for Violin D-dur,Op.61 1 with Radio Filh.Orkest/Willem van Otterloo(cond.)
28 1949/6/10 Live in Hague Brahms Concerto for Violin D-dur,Op.77 4 with The Hague Residentie Orchestra/Antal Dorati(cond.)
29 1949/9/21   Brahms Sonata for Violin and Piano No.3 d-moll,Op.108   with Jean Neveu(p)
30 1949/9/25 Live in Baden-Baden Beethoven Concerto for Violin D-dur,Op.61 2 with Des Südwestfunkorchester Baden-Baden/Hans Rosbaud(cond.)

※"THE ART OF VIOLIN"といふDVDでヌヴーの演奏姿を僅か2分程度だが見ることが出来る。1946年プラハでの記録でChausson"Poème,Op.25"の終盤をCharles Munchの指揮で弾いてゐる。

 ヌヴーの録音は3種に大別出来る。第1が戦前のベルリンで行つた独Electrolaへの録音。第2が戦後、英HMVのアビー・ロード・スタジオで行つた録音。第3が1年半といふ短い期間に奇蹟的の残されたライヴ録音である。

 独Electrola録音は18歳から19歳にかけての録音であるが、成熟した音楽には驚愕の念を禁じ得ない。中でもヌヴー畢生の名演と云へるショパンのノクターンが奇蹟的な出来だ。冒頭から想ひ詰めたやうな感情が溢れてをり聴き手の魂を奪ふ。それは楽器の音を超えた人間の深い心の声で、跳躍に込められた神聖な火花は胸が苦しくなるほど切ない。後半のソット・ヴォーチェでは喪失感漂ふ幽玄な世界へと誘ひ、忘れ難い印象を残す。次いで素晴らしいのがクライスラーのグラーヴェだ。悲劇的な情感が昂揚する凄まじいエスプレッシーヴォで胸に迫りくる。スークの2曲は戦後に全曲形式で再録音されたが、自然なフレージングを維持した旧盤の方が藝術的だ。ヴィブラートやアーティキュレーションに込められた集中力は驚く境地に達してゐる。一方、ヌヴーが持つ劇的で荘重な気質は古典作品には向いてゐないやうで、グルックは侘しさやゆとりに欠け、パラディスもティボーの瀟洒な名演に比べると情念が過剰だ。タルティーニのやうな明るく晴れやかな曲では、ヌヴーの音は神経質で重苦しく聴こえる。シュトラウスのソナタはハイフェッツと双璧を為す名演だ。第1楽章や第3楽章における第2主題や第2楽章の憧憬が気高く、ジプシー風の歌ひ回しをするハイフェッツ盤に対峙してゐる。しかし、技巧的な箇所は豪華絢爛たるハイフェッツ盤の抗し難い魅力に及ばない部分も多い。

 戦後間もなく組まれたHMVへのセッション録音は大曲を含む重要なものばかりだ。シベリウスは作曲家本人が謝辞を述べたほどの伝説的名演で、独奏部分に関すれば現在でも最高の演奏だ。特に第1楽章が凄まじく、冒頭から切々とした情念がのたうち回つてゐる。展開部での閃光のやうな跳躍は宛ら電撃を思はせ、コーダでの激情が持続する異様な興奮は憑物に捕はれたかのやうだ。繊細な神経が研ぎ澄まされた第2楽章や、上滑りしないテンポと雄々しいアタックで腰の据はつた第3楽章も見事。しかし、北欧的なリリシズムを基調とするシベリウスの音楽とヌヴーの音楽性に齟齬があるのも事実だ。かてて加へて粗雑な指揮と雰囲気に乏しい凡庸な管弦楽伴奏が価値を減じてゐる。とは云へ、この曲の最も重要な録音であることに違ひはない。

 小品はヌヴーの十八番ばかりが選曲されて不出来な録音がなく、最良の演奏が揃つてゐる。ラヴェルのツィガーヌの気魄は唯事ではない。特にラッサンが至高の名演で、重厚な奏法から濃密で妖気漂ふ音楽が火花を散らす。フリスカも腰を据へたテンポで内なる情念を閃かせてゐる。ツィガーヌには2年後にミュンシュ指揮による管弦楽伴奏版のライヴ録音があり、出来は甲乙付け難い。燃焼度では管弦楽盤だが、テンポや表情が自在に変化するピアノ伴奏盤の魅力も捨て難い。ハバネラ形式の小品は深淵に臨むやうな遅めのテンポによる神秘的な名演で、ピアノ共々深い呼吸から切々たる感情が溢れ出てゐる。スカルラテスクは自在な感興で諧謔的な調子を表出した名演で表現の幅に感服する。恐ろしいほどの集中力で燃焼するファリャは、重いテンポで派手な煽りには頼らず、発火するやうなアーティキュレーションで奥底から燃え上がる稀代の名演だ。ディニークは編曲者ハイフェッツの名盤に匹敵し、諧謔さを表出した歯切れよいスタッカートはハイフェッツを凌ぐが、サーカスのやうな曲芸を披露したハイフェッツに比べて無難さが仇となり、生真面目過ぎるきらひがある。スークはチェコ勢の名演を顔色なからしめる名演。1音たりとも揺るがせにしない張り詰めた集中力とヴィブラートの妖艶な疼きが尋常ではない。旧盤も完成度が高い演奏だったが、新盤は劇的なアタックに良さがある。特にブルレスカの粘り気を保つた躍動感が見事。ショパンの再録音は構へが大きくなつたが、集中力は幾分減退してをり遜色がある。ショーソンは劇的な熱情を漲らせた動的な解釈で、瞑想には乏しく、この曲の持つ抒情的な趣が零れ落ちてしまつてゐる。この傾向はライヴ盤にも云へる。ドビュッシーは濃密で緊迫感のある演奏で、瞬間的な美しい閃きがあるものの、過剰な情念は曲想とは相容れない。

 ブラームスの協奏曲はヌヴーの名刺代はりとも云へるもので4種も録音が残る。比較して云へるのは何れの演奏でも激しい集中力が漲つてをり、技巧も手堅く演奏の傷も気にならない。完成度は等質であり、スタジオでの録音も各ライヴ録音に見られる感興の違ひも微々たるものだ。従つてそれぞれの演奏の価値を左右するのは、共演した指揮者と管弦楽の音楽性との相乗作用である。最上位に置かれるのは世評名高いイッセルシュテット盤で、北ドイツ気質の重厚な響きが理想的なブラームス像を打ち出してをり、ヌヴーの奏法とも合致してゐる。転調時の明暗の移ろひが絶妙でオーボエが殊に美しい。録音状態が他よりも断然優れてゐることでも価値は高い。デゾルミエール盤は全体に明るい響きでやや一本調子であるが、管弦楽の気魄は充分で前進し燃え上がる音楽が素晴らしい。ドラティ盤は剛直で牽引力に充ちた指揮の素晴らしさに対し、管弦楽の技量が充分に応へきれてゐない。ドヴロウェン盤は木管が不揃ひで粗雑な響きが無惨だ。逆にヌヴーの独奏は名演とされるイッセルシュテット盤においては緊張感を維持した壮絶な奏法になつてゐるものの、反面ゆとりの少ない硬さがあり、必ずしも抜きん出た出来とは云へないのだ。ヌヴーの独奏に限つて云へば、寧ろ柔軟な表情が聴けるデゾルミエール盤や濃密で劇的な表情を湛へたドラティ盤に魅力を感じる部分が多い。

 最近発掘されたブラームスのソナタは伴奏者ジャンのピアノがやや弱めだが、ヴァイオリンの研ぎ澄まされたアタックが暗く悲劇的な音楽を抉りだしてゐる。第3楽章と第4楽章は楽器の限界を超えて激情が溢れ出す恐ろしき昂揚を聴かせる。デ=ヴィート盤と並ぶ屈指の名演と云へよう。

 ベートーヴェンの協奏曲は死の年に2種の録音が残る。上出来なのはヌヴー最後の記録となつたロスバウト盤で、情熱的な歌と献身的な没入が感動的だ。ロスバウトの伴奏も気力の充実した見事なものだ。だが、熱のこもつた音楽を追求するヌヴーは強い呼吸を必要とし、フレージングが長く持たない。この曲にはクライスラーを筆頭に包み込むやうな優しさに充ちた懐の深い名演が多い。若きヌヴーの佳演は年齢を感じさせる未熟さが残る。オッテルロー盤ではヌヴーがやや不調で線が細く活力に欠ける。気品と情熱を両立した藝術的な音楽を奏でるオッテルローの指揮は素晴らしいのだが、録音がこもり気味で感興が充分に伝はらない。

 ヌヴーの本当に素晴らしい録音は、ショパンの旧盤を筆頭に、スークの新旧両盤、ラヴェルのツィガーヌとハバネラ形式の小品、ファリャなどの小品にあり、集中力の凄みは大曲の演奏よりもよく表れてゐる。次いで、ディニーク、スカルラテスク、クライスラーのグラーヴェ、シュトラウスとブラームスのソナタも名演として推奨出来る。ブラームスの協奏曲なら定評あるイッセルシュテット盤が第1等だ。この曲から激しい情熱を求めるならヌヴーの演奏に適ふものはないが、競合盤が多いのでヌヴーばかりを贔屓には出来ない。シベリウスの燃焼も忘れ難いが、ヌヴー盤をもつて第1とするのには躊躇ひがある。

 ヌヴーの独Electrolaと英HMVへの録音はEMIから様々な形で復刻されてをり、入手も容易だ。独Electrolaへの録音は英TESTAMENTからも優れた復刻がある。ライヴ録音は米Music&Artsと仏Tahraが発売したCDで全て揃ふ。名盤として名高いイッセルシュテット盤のブラームスには、これまで5〜6種のCDがあつたが、仏STIL盤か仏Tahra盤を求めるのがよい。


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