楽興撰録

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ヤッシャ・ハイフェッツ


アコースティック録音(1917年〜1924年)
アンドレ・ブノワ(p)、他
[BMG 09026-61732-2]

 ヴィクターへのアコースティック録音全集3枚組。ハイフェッツの最初の正規録音。しかし、この1917年ヴィクター録音はハイフェッツの最初の録音ではない。1911年の非公式の録音や、1912年のシリンダー録音が発掘されてゐるのだ。1枚目。1917年から1918年の録音で、青年ハイフェッツが聴かせる成熟した音楽の完成度には舌を巻く。後に形成される強気に煽り立てる独特のアーティキュレーションはなく、特に重音奏法は丁寧に演奏してゐる。ハイフェッツは難所に差し掛かつた時、逃げの一手は打たないのだが、この頃はまだ攻めの演奏をしてをらず、幾分面白みには欠ける。矢張りヴェニャフスキ「スケルツォ・タランテラ」やサラサーテ「序奏とタランテラ」などが桁違ひで、歯切れの良いスタッカート、sul-Gの濃厚な音色、超絶技巧になればなるほど輝きを増すのだから恐れ入る。ベートーヴェン「回教徒の合唱」の悪魔的な重音奏法、アクロン「ヘブライの旋律」の濃密な歌、パガニーニ「常動曲」での水際立つたスタッカート、情熱的なヴェニャフスキの協奏曲第2番第2楽章も抜群だ。


アコースティック録音(1917年〜1924年)
サミュエル・ショツィノフ(p)、他
[BMG 09026-61732-2]

 3枚組2枚目。1918年から1920年の録音で、硬さが消え次第に貫禄を増してきた演奏を楽しめる。青年ハイフェッツの洗練された技巧と豊かな音楽には脱帽する。その後殆ど録音しなかつたパガニーニ作品が注目される。カプリースの第20番と第13番で、技巧は完璧なのだが明るさと軽さがないからだらうか、レパートリーには加へなかつたのが興味深い。矢張り素晴らしいのがサラサーテで、「サパデアード」「ツィゴイネルワイゼン」は流石だ。スラヴ系の楽曲は相性が抜群でチャイコフスキー、グラズノフ、ドヴォジャークは殊の外見事だ。珍しいユオン「子守歌」の濃密な歌も美しい。


アコースティック録音(1917年〜1924年)
イシドール・アクロン(p)、他
[BMG 09026-61732-2]

 3枚組3枚目。1920年から1924年の録音で、最初期の演奏に聴かれた硬さが抜け、同業者をも震撼させた世紀の大ヴァイオリニストの凄みが全開となつてゐる。ゴルトマルクの協奏曲のアンダンテの蟲惑的な歌ひ方、ゴドフスキー「ワルツ」のきらびやかな装飾、ブラームス「ハンガリー舞曲第1番」のジプシー風の情熱、ハイドン「ひばり」フィナーレの編曲における猛烈な速弾き、十八番であるサラサーテ「ハバネラ」「カルメン幻想曲」での鮮烈な技巧は特に圧巻だ。中でもアクロンの作品は全てが最高だ。「ヘブライの子守唄」の濃密な歌、「ヘブライ舞曲」の妖艶な躍動、「調律」の神秘的な歌、比類がない。珍しいブーランジェの「夜想曲」と「コテージ」も貴重だ。


バッハ:無伴奏パルティータ第2番、シベリウス:ヴァイオリン協奏曲
ロンドン・フィル/サー・トーマス・ビーチャム(cond.)
[BMG 09026-61749-2]

 1929年の世界大恐慌で深刻な打撃を受けた米ヴィクターは録音事業計画を悉く白紙にし、1930年代前半は空白の時代となつた。真つ先に首を切られたのが新人演奏家たちで、売り出し始めのメニューインやホロヴィッツも恐慌前の僅かな録音だけで打ち切りとなつた。既にヴィクターの次世代を担ふ看板となつてゐたハイフェッツですらも例外とならず、ヴィクターを去り、英HMVに移籍した。HMV録音3枚組の1枚目は1935年録音のバッハとシベリウスだ。バッハは厳しい求心的な演奏で、完璧な技巧による圧倒的な仕上がりだ。しかし、妖艶な音色と華麗な速弾きの為にパガニーニのやうに聴こえて仕舞ひ、損をしてゐる。シベリウスが良い。この曲は女流演奏家に名演が多いが、唯一男で推薦出来るのがハイフェッツ盤だ。冷たい火花を散らす研ぎ澄まされた技巧から情念が噴出する極上の名演。ビーチャムの伴奏も繊細さと野性味を兼ね備へてをり申し分ない。


フランク:ヴァイオリン・ソナタ、チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲
アルトゥール・ルービンシュタイン(p)
ロンドン・フィル/サー・ジョン・バルビローリ(cond.)
[BMG 09026-61749-2]

 再びハイフェッツを聴く。3枚組の2枚目。1937年に録音された2曲が収録されてゐる。切り札であるチャイコフスキーが素晴らしい。ハイフェッツ、満を持しての初録音である。戦前のハイフェッツは妖艶で肉感のある音を聴かせてゐたが、戦後は洗練され過ぎ、都会的なと形容したい音に変はつて仕舞つた。機械的な印象を持たれるハイフェッツだが、当盤の演奏から立ち上る煽情こそが本来の凄みである。第1楽章トゥッティ前はアウアー派が採用する超絶技巧のパッセージに改変されてゐる。情動豊かなバルビローリの伴奏がこれまた絶品。一方、米国で百万ドル・トリオを組んだルービンシュタインとのフランクは脂粉が多過ぎて戴けない。グリーグやフォーレのソナタから聴かれた繊細な官能美は同じなのだが、フランクでは瞑想する詩情が不足気味だ。これには享楽的で健康過ぎるルービンシュタインのピアノにも原因がある。終楽章のコーダにおける編曲は些か趣味が悪い。


モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第4番、メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲
ロイヤル・フィル/サー・トーマス・ビーチャム(cond.)
[BMG 09026-61749-2]

 再びハイフェッツを聴く。3枚組の3枚目。戦後のHMVへの録音で、モーツァルトは1947年、メンデルスゾーンは1949年の録音だ。ハイフェッツの本分は耽美的な後期ロマン派の楽曲にあり、熟爛の楽想を洗練された構築美で颯爽と仕上げる抜群の読みと、それを可能たらしめる破格の技巧にある。逆に簡素な古典の楽曲では設計こそ爽やかだが、音そのものが妖艶過ぎていけない。だが、モーツァルトだけは別だ。ハイフェッツは徹底的に艶やかに歌ひ抜く。派手な音色と速弾きが爽快だ。様式は異なつても純粋な音楽の歓びがモーツァルトにはある。色気のある歌は天晴痛快だ。意外にもメンデルスゾーンは初録音である。この10年後に録音したRCAヴィクター盤が有名だが、当盤の方が抒情的な趣があり、曲想に相応しい。切れの良い技巧と濃厚な歌ひ口は同じだが、しなやかで剛直になり過ぎない当盤の方が好感が持てる。


ドホナーニ:セレナード
グリューエンバーグ:ヴァイオリン協奏曲
ウィリアム・プリムローズ(va)/エマヌエル・フォイアマン(vc)
サンフランシスコ交響楽団/ピエール・モントゥー(cond.)
[RCA 88697700502]

 オリジナル・ジャケット・コレクション全集103枚組。競合盤も少ないこともあり、どちらも決定的名演と断言出来る。名代のヴィルティオーゾ3者が顔を揃へたドホナーニの弦楽三重奏曲は別項でも述べたので割愛するが、兎に角異次元の名演である。それ以上にグリューエンバーグが物凄い。ラプソディーと名付けられた第1楽章の濃密な情念、終楽章の旋風のやうな速弾きは、ハイフェッツの藝風を余す処なく引き出してゐる。コルンゴルト、ロージャ、コヌスの協奏曲の録音同様、技巧の鮮やかさと表現の幅広さに舌を巻く。絶大な説得力で曲の価値すら高めたこの演奏を凌駕する録音など今後とも現れないと断言出来る。


ウォルトン:ヴァイオリン協奏曲
ヴュータン:ヴァイオリン協奏曲第5番
フィルハーモニア管弦楽団/サー・ウィリアム・ウォルトン(cond.)
ロンドン交響楽団/サー・マルコム・サージェント(cond.)
[RCA 88697700502]

 オリジナル・ジャケット・コレクション全集103枚組。英國録音のひとつで、他を圧倒するハイフェッツの凄みを堪能出来る1枚だ。ウォルトンの協奏曲にはグーセンス指揮による旧録音もあつたが、作曲者の指揮による新盤を採るのが一般的だらう。英國情緒とは無縁のジプシー風の演奏であるが、難所を捩じ伏せて畳み掛けていく気魄には圧倒される。何よりも作曲者自身の棒が見事で、決定的名盤のひとつだ。ヴュータンはハイフェッツ絶対の演目だが、これは1947年録音のモノーラル旧盤である。後に1961年、同じくサージェントの指揮でステレオ再録音をしてをり、弩級の名演であつた。比べるとこの旧盤は総じて感銘が落ちる。


ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第1番、同第2番
エマニュエル・ベイ(p)
[RCA 88697700502]

 オリジナル・ジャケット・コレクション全集103枚組。ハイフェッツの本領はロマンティックな楽曲で発揮され、古典音楽だとだうも据はりが悪い。ベートーヴェンのソナタ全曲録音は申し分のない演奏ばかりだが、特筆するほど良い点はない。表現は微細に至るまで極め尽くされてゐるが、内面的な要求が弱く感じる。第1番は同時期に録音されたシゲティの猛然とした取り組みの方が様式美を壊してゐるのに心に残る。逆にハイフェッツの方が守りに入つたやうな印象すら受ける。ベイの伴奏に主張がないのも良くない原因だらう。


ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲
ベル・テレフォン・アワー録音(1948年〜1949年)
ハリウッド・ボウル管弦楽団
セルゲイ・クーセヴィツキー(cond.)、他
[DOREMI DHR-7725]

 加ドレミのハイフェッツ録音集第4巻。ベートーヴェンの協奏曲ではトスカニーニ及びミュンシュとのセッション録音ばかりが繰り返し聴かれてきたが、2種のライヴ録音にも瞠目したい。1950年9月2日、クーセヴィツキーとの共演はボストン交響楽団ではなくハリウッド・ボウル管弦楽団なのが興味深い。ライヴだから瑕はあるが、攻めの一手で猛然と弾き切るハイフェッツは天晴れだ。実演ならではの強いアタックや巻きがあり聴き応へ抜群で、創作カデンツァは殊の外凄みを帯びる。余白は1948年から1949年にベル・テレフォン・アワーで放送された小品集だ。ヴォーヒーズ指揮の管弦楽伴奏による豪奢な演奏で、演目はファリャ「ホタ」、メンデルスゾーン「無言歌」より甘い思ひ出、ブラームス「ハンガリー舞曲第7番」、ヴュータン「バラードとポロネーズ」、クライスラー「レチタティーヴォとスケルツォ・カプリース」だ。十八番であるヴュータンとブラームスが素晴らしいのは当然だが、自身の編曲であるメンデルスゾーンも雰囲気満点だ。


ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲
ロシア録音(1911年)
ニューヨーク・フィル
アルトゥール・ロジンスキー(cond.)
[DOREMI DHR-7727]

 加ドレミのハイフェッツ録音集第5巻。ベートーヴェンは1945年1月14日のライヴ録音。この曲では有名なトスカニーニ及びミュンシュとのセッション録音とクーセヴィツキーとのライヴ録音があり、全部で4種類になるのだが、内容の差異を述べるのが困難なほど印象は変はらない。当盤も恐るべき速弾きであり乍ら、ひとつひとつの音に表情が付いてをり、その妖艶な音色に感嘆して仕舞ふ。実演に付き物の瑕があるが、殆ど気にならない。寧ろ驚嘆して仕舞ふ完成度だ。ロジンスキーの指揮も万全だが、俊足かつ筋肉質な音楽性はハイフェッツと相性が良く、特上の名演なのだ。余白はハイフェッツの録音の中で最も稀少度が高い、1911年にロシアで記録された神童時代の最古録音6曲だ。師匠アウアーのロマンス、ドルドラ「思ひ出」「セレナード第1番」、クライスラー「ウィーン綺想曲」、フランソワ・シューベルト「蜜蜂」―2回繰り返し弾いてゐる―、ドヴォジャーク「ユモレスク」で、伴奏者は不明である。10歳の少年が弾いてゐるとは思へない成熟された演奏をしてゐる。異常な天才だ。


ライヴ録音集
ベル・テレフォン・アワー管弦楽団/ドナルド・ヴォーヒーズ(cond.)
エマニュエル・ベイ(p)
[Cembal d’amour CD 113]

 Cembal d’amourのハイフェッツ・シリーズ第1巻。ベル・テレフォン・アワーにおける1940年代から1951年にかけての放送録音だ。ハイフェッツの本領はロマン派の協奏曲を快刀乱麻を断つ如く颯爽と捌いて行く処にあるが、小品でも勿論魅力は全開だ。クライスラーたちの歌謡派とは異なり、ハイフェッツの選曲はぎらついた技巧で圧倒する傾向がある。編曲をハイフェッツが手がけたものも多く、見せ場が弱いと感じたら勝手に難易度を上げて演奏効果を創出することもする。ヴィターリのシャコンヌ、ハチャトゥリアン「剣の舞」、パガニーニのカプリース第24番はその好例だ。雰囲気満点の管弦楽伴奏も相まり原典重視主義者は憤激するだらうが、覇王ハイフェッツの神業に水を差すのは無粋だ。サラサーテ「ハバネラ」、フバイ「そよ風」、ヴェニャフスキ「スケルツォ・タランテラ」に関してはこれ以上はあるまい。


ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲
ボストン交響楽団
シャルル・ミュンシュ(cond.)
[RCA 88697700502]

 オリジナル・ジャケット・コレクション全集103枚組。余りにも有名なミュンシュとの優秀なステレオ録音で、途切れることなく発売されてきた名盤である。ハイフェッツが残したベートーヴェンの協奏曲は4種類を確認出来るが、最も強烈な個性が感じられるのは当盤だらう。兎に角速い。38分弱。間合ひも殆ど取らず、畳み掛けるやうにさらさらと弾いて行く。自由に弾いてよい経過句も弾き急ぎ、パガニーニの如く至難曲に聴かせる箇所もある。王者の風格があるベートーヴェンの協奏曲では危険な取り組みである。事実、巧過ぎると評されて賛否両論の録音であつた。だが、これは驚くべき名演奏である。突風の如く駆け抜ける中、ひとつひとつの音の処理が適切に行はれ、力を抜いたディミュヌエンドが絶大な効果をもたらしてゐる。ハイフェッツは余人が真似出来ない境地を示したのだ。アウアー作を更に華麗に編曲したハイフェッツ版カデンツァも聴き応へ抜群だ。ミュンシュとボストン交響楽団の明るい伴奏も最高だ。


メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲
プロコフィエフ:ヴァイオリン協奏曲第2番
ボストン交響楽団
シャルル・ミュンシュ(cond.)
[RCA 88697700502]

 オリジナル・ジャケット・コレクション全集103枚組。ステレオで録音された究極の名盤のひとつである。メンデルスゾーンは辛口で爽快な名演。強めのアタックによるスクラッチノイズはハイフェッツの特徴で、メンデルスゾーンでも遠慮することなく筋を一本通すのだ。ハイフェッツには幾つも録音が残るが内容が本当に良いのはトスカニーニとのライヴ録音だらう。プロコフィエフは燦然たる技巧で攻めた絶対的な演目で、他の奏者の整つただけの演奏は生温い。さて、この曲にはクーセヴィツキーとの2種の録音もあり、よりmarvelousなハイフェッツの魅力を聴けるのは旧盤の方だ。クーセヴィツキーの骨太で神秘的な伴奏も良い。同じボストン交響楽団でもミュンシュが引き出す響きは憂ひがなく幾分遜色があるのだ。


モーツァルト:協奏交響曲
ベンジャミン:ロマンティック幻想曲
RCAヴィクター交響楽団/アイズラー・ソロモン(cond.)
ウィリアム・プリムローズ(va)
[RCA 88697700502]

 オリジナル・ジャケット・コレクション全集103枚組。1956年10月に組まれたセッションで、ハイフェッツとプリムローズによる二重協奏曲の企画だ。両者が力を注いだのはベンジャミンの方で、先に録音がされてゐる。豊かな管弦楽法の中で彩りを添へる。取り立てて面白い曲とは云ひ兼ねるが、これ以上の演奏はないと断言出来る。一般的な興味はモーツァルトにあらう。颯爽たる名演と賞讃出来る一方、何とも味気ない詰まらない演奏と貶すことも出来る。巧いが思ひ入れは感じられないといふところか。名手二人による録音乍ら、この曲の代表盤として語られることは少なかつたと思ふ。


チャイコフスキー:フィレンツェの思ひ出
ドヴォジャーク:ピアノ三重奏曲第3番
グレゴール・ピアティゴルスキー(vc)、他
[BMG 09026-61770-2]

 ハイフェッツは晩年になるとピアティゴルスキーと組んで室内楽を楽しんだ。自身のレパートリーを録音し尽くした後の余技ではあるが、技巧の僅かな衰へをも晒さない完璧主義の現はれと解釈したい。往年の艶は減退したが、室内楽にしては押しの強い派手な演奏が多く、評判は散々だつた。しかし、スラヴ系の曲には野卑な味はひがあり、捨て難くもある。フィレンツェの思ひ出はお蔵入りになつてゐた録音で当盤が初出となる。白熱した演奏はヴァイオリン協奏曲のやうで、粗雑なアンサンブルも愛嬌だ。沸騰寸前のコーダなど独特の面白みがある。比べるとドヴォジャークのトリオは落ち着いた正攻法の名演であるが、スークらの演奏を凌ぐものではない。


ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第9番「クロイツェル」
バッハ:シャコンヌ
エマニュエル・ベイ(p)
[UNIVERSAL CLASSICS TOGE-11111]

 TBS VINTAGE CLASSICSの1枚。名演奏家の来日録音を復刻するシリーズだ。1954年5月6日、東京神田での公演記録。戦前に3度も来日したハイフェッツだが、戦後はこの1回のみだ。それにしても驚異的な完成度の演奏で、個性の刻印も圧巻だ。特にベートーヴェンは王者ハイフェッツの気魄充分たる魔神のやうな演奏で恐れ入る。処で、ハイフェッツはベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ全集をベイの伴奏で録音したが、クロイツェル・ソナタのみ先にブルックス・スミスと録音した為、ベイとは残してゐない。当盤の記録で全集を補完することにもならう。バッハも凄まじい演奏だが、余りにも落ち着きがなく高貴さが感じられず良くない。しかし、一気呵成に難曲を征服した腕前には平伏する。


ブラームス:ヴァイオリンとチェロの為の二重協奏曲
ヘンデル(ハルヴォルセン編):パッサカリア
グレゴール・ピアティゴルスキー(vc)
ニューヨーク・フィル
レナード・バーンスタイン(cond.)
[Rhine classics RH-004]

 台湾発の稀少音源復刻レーベルRhine classicsの第4弾2枚組。1枚目。何とハイフェッツの初出音源が登場だ。しかも、バーンスタインとニューヨーク・フィルとの共演である。演目はブラームスの二重協奏曲で、相方は勿論ピアティゴルスキーである。両者によるRCAへの正規録音も良かつたが、この1963年9月1日のライヴ録音は凄い。何よりも盛期を過ぎたハイフェッツが炎のような気魄で王冠を死守せんと荒々しい演奏を繰り広げる。これに負けじとピアティゴルスキーが豪快に応戦する。バーンスタインも全力で打つてかかる。しかし、矢張りハイフェッツは凄い。輝きと強さが違ふ。細部に瑕は多いが、ライヴならでは感興を採りたい。熱烈なアンコールに二重奏の定番ともいふべき、パッサカリアが披露される。これも見事だ。


ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲
ドヴォジャーク:ユモレクス
サラサーテ:ハバネラ
ロサンジェルス・フィル/ズービン・メータ(cond.)/ドナルド・ヴォーヒーズ(cond.)、他
[Rhine classics RH-004]

 台湾発の稀少音源復刻レーベルRhine classicsの第4弾2枚組。2枚目。ハイフェッツにとつて5種類目となるベートーヴェンの協奏曲の音源の登場だ。協奏曲の記録としては最後となる1964年12月6日の公演記録で、メータ指揮ロス・フィルとの共演である。全盛期と比較すると流石に老化が感じられ、覇気や強さが減退してゐるのは事実だ。しかし、演奏は完璧なのだから恐れ入る。単に個性が全開であつた過去の録音と比べると、面白味のない凡庸な仕上がりに聴こえるといふだけのことだ。それは仕方あるまい。メータの指揮も平凡で詰まらない。余白に収録された1950年2月7日のベル・テレフォン・アワー放送録音のドヴォジャークとサラサーテが凄い。これが本当のハイフェッツだ。サラサーテの冒頭の軋む音からの脱力した妖艶な歌への変化は魔法と云はず何と云ほうか。



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