楽興撰録

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ヴァーシャ・プシホダ


ヴィエニャフスキ:ヴァイオリン協奏曲第2番、ファウストによる華麗な幻想曲、スケルツォ・タランテラ、他
[Podium POL-1001-2]

 独Podiumはプシホダ復刻の権威である。第1巻。収録曲はヴィエニャフスキの協奏曲第2番、ファウストによる華麗な幻想曲、スケルツォ・タランテラ、パガニーニの「こんなに胸騒ぎが」による変奏曲、メンデルスゾーンの協奏曲の第2楽章と第3楽章、ドヴォジャークのスラヴ舞曲とワルツ、スークのドゥムカ、モーツァルトのメヌエット、プシホダ自作のメヌエット、バッツィーニの妖精のロンドである。録音データの詳細がないので特定が困難なのだが、メンデルスゾーンとスークは第10巻のエディソン録音と重複する。ヴィエニャフスキの協奏曲とパガニーニは英Biddulph盤に上質な復刻があるので、そちらを採るべきだ。重要なのは他に復刻のないファウスト幻想曲で、全盛期のプシホダが奏でる妖艶たるヴァイオリンは古今無双だ。その他では、矢張りドヴォジャークが絶品だ。スケルツォ・タランテラや妖精のロンドで聴かせる水際だつた技巧も天晴。


モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第3番
ドヴォジャーク:ヴァイオリン協奏曲
南ドイツ放送交響楽団
ハンス・ミュラー=クライ(cond.)
[Podium POL-1002-2]

 第2巻。モーツァルトは1953年3月、ドヴォジャークは1956年3月の記録。プシホダは晩年この2曲を好んで取り上げ、録音も数種残る。従つて比較が主な関心となるが、残念ながら当盤はプシホダが幾分荒れ気味故、完成度と魅力の点で他の録音に劣る。モーツァルトにおける妖艶さは如何ばかりだらう。濃密な表情ながら全体は颯爽たるテンポで捲し立てる。カデンツァの過剰な技巧誇示も天晴だ。曲想云々五月蝿いことに捉はれずに異端のヴィルティオーゾの至藝を楽しみたい。ドヴォジャークも名演だが、矢張り戦中のケンペンとのポリドール録音が一番美しい。


ドヴォジャーク:4つのロマンティックな小品
スメタナ:わが故郷
パガニーニ:ヴァイオリン協奏曲第1番より第2楽章
サラサーテ/チャイコフスキー、他
リディア・ベヒトルド(p)
[Podium POL-1003-2]

 第3巻。ボヘミアは優れたヴァイオリン奏者を沢山輩出した。チェコが生んだ最高の名手プシホダが弾いたドヴォジャークとスメタナが聴ける当盤は比類ない魅力を放つ。ここに収められた録音は全て1949年のもので、盛期を過ぎた印象は否めないが、濃厚な節回し、妖艶な音色は健在だ。臆面もなくポルタメントをかけるので好悪が分かれるだらうが、自国の音楽を奏でる自信と感情の投影が唯事ではなく、浪漫溢れる音楽に仕上がつてゐる。それ以上に得意としたパガニーニの演奏が充実してゐる。特に協奏曲は旧吹込み時代に第1楽章のみがあつただけなので、この第2楽章の録音は貴重だ。演奏はパガニーニの化身のやうで文句の付け処がない。ソナティネと「ネル・コル・ピュウ」は旧吹込みの完璧な演奏があるから遜色がある。サラサーテの「アンダルシアのロマンス」と「ホタ・ナヴァラ」はフーベルマンの名演に匹敵出来る数少ないものだ。


チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲
サラサーテ:アンダルシアのロマンス
ドヴォジャーク:ソナティネ
北西ドイツ放送交響楽団
マリア・ベルクマン(p)、他
[Podium POL-1004-2]

 第4集。このチャイコフスキーの協奏曲こそは愛好家のみならず巷間の話題にのぼつた特級品である。プシホダには打つてつけのチャイコフスキーであるが、正式な録音は残されなかつた為、この1949年の放送録音が唯一の記録だ。衰へは全く見せず、破格の個性が噴出し、燃え立つ浪漫が常軌を逸した手に汗握る名演だ。扇情的なヴィブラートとポルタメントによる甘美な歌と強気の速弾きが圧倒的で、ハイフェッツとオイストラフの名演を顔色なからしめる。これを超える感銘はフーベルマン盤以外になかつた。第1楽章カデンツァで楽譜にない音符を加へ即興的な曲藝を入れる所に眉を顰める向きもあらうが、これがどれだけ音楽に生命を与へてゐることか。サラサーテとドヴォジャークは1951年3月の記録。2曲目とも盛期の演奏が残されてゐるので、比較して聴き劣りがするのは止むを得ない。


ドヴォジャーク:4つのロマンティックな小品
バッハ:無伴奏ソナタ第3番よりアダージョとフーガ
パガニーニ:ヴァイオリン協奏曲第1番より第2楽章(2種)
マルクス:ヴァイオリン・ソナタ「春」、他
オットー・グラエフ(p)、他
[Podium POL-1005-2]

 第5巻。晩年の記録で1952年から54年の演奏である。当盤で注目すべきはバッハと珍しいマルクスのソナタである。バッハは冒頭からヴィブラートが美しいソノーラスな演奏で、フーガに至つては美音の連続に脱帽する。決して求道的な演奏ではなく、官能的とすら云へるが、楽器が法悦の声を漏らす様には抗し難い魅力がある。「春のソナタ」と題されたマルクスのソナタが絶品だ。シューマンに通じるドイツ・ロマンティシズムの淡い詩情が美しい名品で、情愛豊かなプシホダの演奏が可憐な華を咲かせてゐる。ドヴォジャークは1949年の録音に比べて更に色気が抜けてをり個性が薄くなつて仕舞つた。得意のパガニーニでは管弦楽伴奏による協奏曲の第2楽章が聴けるのが感無量だ。演奏も技巧の崩れがなく逸品である。


バッハ:シャコンヌ
モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタK.454
ドヴォジャーク:スラヴ舞曲第2番、ソナティネ
チャイコフスキー:憂鬱なセレナード
シュトラウス(プシホダ編):「ばらの騎士」よりワルツ
オットー・グラエフ(p)
[Podium POL-1006-2]

 第6巻。1949年5月と7月の放送録音。晩年の記録だが、絶好調この上なくヴィルティオーゾの至藝を堪能出来る。当盤最大の注目は無論バッハのシャコンヌだが、まるでパガニーニのカプリースのやうに聴こえる。レガートを基調とし、美音を惜しむことなく披露したプシホダにしか出来ない演奏で、重音奏法でもヴィブラートをふんだんに用ゐた解釈は作品の多声的な試みを無視したものだが、その潔さは寧ろ心地よい。モーツァルトも耽美的な邪道の演奏であるが、音色や表情の変化には魔術的な凄みがあり、様式に拘泥はらなければ特級品と云ひたい。得意としたドヴォジャークとチャイコフスキーは絶対的な高みにある名演ばかりだ。ポルタメントを常に漂はす指使ひと滴るやうな美音は極上のラプソディーを演出する。プシホダが編曲した「ばらの騎士」からはヴァイオリンの奏でる最も美しい音を聴くことが出来るであらう。


ドヴォジャーク:ヴァイオリン協奏曲
バッハ:2つのヴァイオリンの為の協奏曲、他
北ドイツ放送交響楽団
ハンス・シュミット=イッセルシュテット(cond.)
アルノルト・ロゼー(vn)/アルマ・ロゼー(vn)、他
[Podium POL-1007-2]

 第7巻。プシホダの録音はシュミット=イッセルシュテットの指揮による北ドイツ放送交響楽団と共演したドヴォジャークの協奏曲と小品3曲―1929年録音の「エイリ、エイリ」、1951年3月11日録音のサラサーテ「ホタ・ナヴァラ」と「エイリ、エイリ」のみだ。ドヴォジャークは録音状態も管弦楽伴奏も良く、完成度の高いケンペン共演盤と双璧だ。サラサーテはフーベルマンに匹敵する名演。「エイリ、エイリ」の嘆き節も最高だ。残り半分はアルノルト・ロゼーの復刻である。ロゼーの娘アルマはプシホダの最初の妻であり―5年くらゐで離婚するが、人気絶頂期のプシホダが重鎮ロゼーとの絆を深めてゐたことは見逃せない。重複するのでロゼーの録音についてはここでは割愛するが―サラサーテのスペイン舞曲は1900年録音と表記されてゐるが1909年の誤記である―、バッハのニ短調協奏曲でのアルマの力量を聴けばアウシュヴィッツで摘まれた花が如何に尊いかを知るであらう。


ヴュータン:ヴァイオリン協奏曲第4番
ドヴォジャーク:ロマンス、ユモレスク
シュトラウス(プシホダ編):「ばらの騎士」よりワルツ、他
オットー・グラエフ(p)、他
[Podium POL-1008-2]

 第8巻。ケルンにある西ドイツ放送局による音源で抜群に音質が良く、忘れ難い異色ヴァイオリニストの再評価に一石を投じる筈だ。ヴュータンの協奏曲は1954年6月3日の録音。プシホダはSP時代にも録音を残してをり、ハイフェッツ盤と並んでこの曲の至高の名盤であつた。旧録音は時間の制約だらう管弦楽の前奏をカットしてゐたが、当盤は長大なベル・カント・オペラ風の前奏をケルン放送交響楽団の勇壮な伴奏で堪能出来る。プシホダの艶かしい音色には陶然とさせられる。第2楽章の美しさは唯事ではない。第3楽章の重音による難所で聴かせる旋風のやうな速弾きも圧巻だ。1951年3月11日に録音された数々の小品も素晴らしい。ショパンの夜想曲の青白い幻想、パガニーニでの悩ましい哀感、得意のドヴォジャーク作品での郷愁、自身が編曲したシュトラウスの絢爛たるワルツ、斯くも官能的な音色と歌心を奏でる名手が他にあつたらうか。特に新世界交響曲第2楽章の編曲で聴かせる泣き節は何人にも真似出来まい。


ポリドール録音集(1942〜1943年)
ミヒャエル・ラウハイゼン(p)
[Podium POL-1009-2]

 第9巻。ベルリンで行はれたラウハイゼンとの戦中録音は、1920年代に吹き込まれた一連のパガニーニと並んで最も素晴らしい遺産だ。1930年代になると安定志向に走つたプシホダは急速に人気を失つたが、技巧や音楽性が後退した訳ではない。1940年代にケンペンの指揮で吹き込んだドヴォジャークの協奏曲と当盤に収められた小品こそはヴァイオリン藝術の最高峰のひとつであると絶讃したい。名手ラウハイゼンの伴奏が最高で、御家藝であるチェコの作曲家の作品が多いのも好都合だ。絶品はドヴォジャークで、ユモレスクの潤ひのある歌心は絶対的な高みにある。十八番であるソナティネは後年の録音も見事だが、柔軟なボウイングと秘技であるヴィブラートの至藝に陶然となる極上の名演だ。ショパン「ノクターン第8番」の幻想的な情趣はこの世ならぬ美しさで、魂を抜かれさうになる。トルンク「ロマンス」の情熱的な歌、自作「スラヴの旋律」の蠱惑的な歌も逸品で、至福のひと時を与へて呉れる。フバイやサラサーテの技巧曲も勿論素晴らしい。バッハの無伴奏ソナタ第3番は好みが分かれるだらうが、個性的で面白く聴ける。


エディソン録音集(1921〜1922年)
アスタ・ドーブラヴスカ(p)/オットー・エイゼン(p)
[Podium POL-1010-2]

 第10巻。最も価値ある1枚。1900年生まれのプシホダは20歳の時、トスカニーニにパガニーニ以上だと絶賛されて世に出た。翌年エディソンに初録音を行ひ、絶頂期を築くことになる。官能的なヴィブラートとポルタメント、しなやかなボウイング、常に美音を保つ完璧な技巧。若きプシホダはハイフェッツやフーベルマンをも寄付けない程の魅力と腕前を持つてゐたのだ。パガニーニやバッツィーニやサラサーテの作品における水際立つた超絶技巧は余裕すら感じさせ音色が宝石の如く輝いてゐる。御家藝であるスーク、ドヴォジャーク、コチアン、フィビヒの曲の情愛豊かな歌も絶世の美しさで陶然とさせられる。下降音形に掛けられた泣き節のやうなヴィブラートこそが最大の奥義。全楽章でないのが残念だが、ヴュータンやメンデルスゾーンの協奏曲も格別の名演である。ヴァイオリン愛好家よ、これを聴かずして何を語らうか。


モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第3番
ドヴォジャーク:ヴァイオリン協奏曲
パガニーニ:ネル・コル・ピュウ
サラサーテ:ツィゴイネルワイゼン
ルガーノ放送交響楽団
オットマール・ヌッジオ(cond.)/レオポルド・カゼッラ(cond.)/オットー・グラエフ(p)
[Podium POL-1013-2]

 第11巻。モーツァルトは1953年1月、ドヴォジャークは1954年3月、ルガーノでの放送録音である。音質も優れてをり、晩年のプシホダの藝術を堪能出来る。モーツァルトは3種目の音源だ。古典らしからぬ官能的な演奏は常だが、より自由奔放でやりたい放題だ。最早原曲がどうのと云ふ問題ではなく、プシホダの美音に溺れたい。派手なカデンツァは聴きものである。ドヴォジャークの協奏曲は弾き込んだ感のある別格の名演だ。当盤は伴奏が悪いのが残念だが、独奏の妖婉さでは1番だらう。じっくりテンポを落として歌ひ込む演奏には魔物が潜んでゐる。オクターブのダブルストップの美しさは悪魔のヴァイオリンと形容したい。余白にはグラエフの伴奏によるパガニーニとサラサーテが収録されてゐる。1938年と1935年の録音である。パガニーニは荒れ目で、完璧な1926年録音の方が良い。サラサーテは尻上がりに良くなり、中々の名演だ。


ポリドール録音集(1925〜1927年)
シャルル・セルネ(p)
[Podium POL-1015-2]

 第12巻。待望のポリドール初期録音集で、伴奏は全てシャルル・セルネだ。高名な代表的録音パガニーニの3曲は英Biddulph等から優れた復刻があつたのでここでは触れず、散発的にしか発売されなかつた他の音源について述べよう。サラサーテ「ホタ・ナヴァラ」の完璧な技巧にも驚くが、ダブル・ストップで歌ふ箇所でのポルタメント交じりの耽美的な表現は唯一無二、最高だらう。「序奏とタランテラ」も同じく名演だ。ラロのスペイン交響曲の第4楽章と第5楽章は全曲で聴きたくなる極上の仕上がりだ。モーツァルトの第4協奏曲第2楽章のエロスは後年の録音にはない魔法がかけられてゐる。シューベルト「アヴェ・マリア」とエルガー「愛の挨拶」には拒絶反応もあるかも知れぬが、これほど官能的に弾き切れば個性の勝利と云ひたい。セルネが編曲したモーツァルト「トルコ行進曲」とショパン「子守歌」はプシホダの魅力を最大限に引き出した名品だ。得意としたドヴォジャーク「ワルツ」や自作自演は無論決定的名演である。


ポリドール録音集
シャルル・セルネ(p)
[Podium POL-1017-2]

 第13巻。セルネのピアノ伴奏によるポリドール録音第2集だが、録音年の詳細が記載されてをらず大変困る。ブックレットにはセルネとの録音一覧が掲載されてゐるのに残念だ。もしかすると本当に不明なのかも知れぬ。1920年代後半から1930年代の録音だ。実は第1集に比べて復刻状態も優れない。板起こしなのだが、音が揺れたり歪んだりする箇所もあり、鑑賞にも差し障りがあるほど酷いものもある。敗戦後のドイツが制作したポリドール盤は盤質が劣悪なことで知られる。再生出来ただけでも幸運と考へよう。演目では珍しいもので、ブッフビンダー「プシホダ・セレナード」、ポロヴァズニーク「女のカプリース」、ヴァルデス「ツィガーヌによるセレナード」、プロハスカ「アリエッタ」、セルネ「セレナード」、自作自演で「カプリース」があり、非常に興味深い。有名な曲ではマスネ「タイースの瞑想曲」、シューマン「トロイメライ」、ゴダール「ジョスランの子守歌」、シューベルト「ロザムンデのバレエ音楽」などが絶品。どれも類例を見ない妖艶さだ。印象深いのはゴルトマルクの協奏曲からアンダンテで、胸を締め付けられるやうな疼きを聴き手に与へるプシホダの魔法がかけられてゐる。


ポリドール録音集
ブルーノ・ザイドラー=ヴィンクラー(p&org)
[Podium POL-1018-2]

 第14巻。ブルーノ・ザイドラー=ヴィンクラーの伴奏によるポリドール録音集なのだが、録音年の詳細が記載されてをらず大変困る。材質の粗悪なポリドール盤の復刻音は最低だが、蒐集家には掛け替へがない。英Biddulphで復刻があつたパガニーニのヴィルヘルミ編曲版第1協奏曲とソナティネホ短調は音質面で英Biddulphに全く敵し得ず、ここでは触れない。サラサーテ「ツィゴイネルワイゼン」「アンダルシアのロマンス」は技巧の切れ、濃厚な歌、絶頂期のプシホダの魅力が全開だ。フーベルマンやハイフェッツのみが対抗し得る境地。御國物は絶対で、ドヴォジャークのスラヴ舞曲ホ短調とドルドラ「ギターの調べ」は節回しの絶妙さに陶然となる。官能の極みヴァーグナー「アルバムの綴り」はプシホダだけの魔性の世界だ。面白いのはモーツァルトのメヌエットで、甘い音色、愛らしい旋回、ロココ美の結晶だ。クライスラー「コレッリ主題による変奏曲」も同様、典雅な名演。さて、当盤で最も印象深いのはオルガンの伴奏による3曲で、コレッリ「ラ・フォリア」とクリスマスの音楽”O du fröhliche”と”Stille nacht, heilige nacht”だ。クリスマス曲では美音が堪能出来る。コレッリは自在な編曲で、カデンツァ風の終盤は幻想的で圧巻。


ドヴォジャーク:ヴァイオリン協奏曲
バッハ:無伴奏ソナタ第3番よりアダージョとフーガ
タルティーニ:悪魔のトリル、他
パウル・ファン・ケンペン(cond.)、他
オットー・グラエフ(p)
[SYMPOSIUM 1266]

 円熟期のプシホダの名演集。音質も最上級で愛好家なら蒐集してをきたい1枚だ。ドヴォジャークの協奏曲には5種類もの録音があるが、唯一のセッション録音であるケンペン盤が最も美しい。後年のライヴ録音に比べると妖艶さは薄いが、技巧が精緻この上なく、伴奏も万全なのだ。バッハはPodiumからも復刻がある。美音の洪水で異端の演奏だ。1939年録音のタルティーニが重要だ。技巧が抜群なのは述べる迄もないが、哀愁を帯びた歌との対比が絶妙なのだ。そして、プシホダ作のカデンツァの蠱惑的な魅了は尽きるところを知らない。余白に十八番であるパガニーニ「ネル・コル・ピュウ」とバッツィーニ「ロンド・デ・ルタン」が収録されてゐる。パガニーニは1938年の録音、バッツィーニは1935年の録音で、プシホダが如何に絶対的であつたかを教へて呉れる究極の名演だ。左手ピッツィカートがかくも鮮烈に決まつた演奏はない。


ドヴォジャーク:ヴァイオリン協奏曲、チェロ協奏曲
アンドレ・ナヴァラ(vc)
プラハ放送交響楽団
ヤロスラフ・クロムホルツ(cond.)/フランティシェク・ストゥプカ(cond.)
[Multisonic 31 0039-2]

 ヴァイオリン協奏曲は1956年、チェロ協奏曲は1951年のプラハの春音楽祭におけるライヴ録音。チェコ人プシホダが弾いたドヴォジャークの協奏曲の録音は当盤を含めて5種類を数へるが、当盤が最後となる5番目の記録乍ら、最も音質が優れず価値は劣る。冒頭の入りは気負ひのせいか不安になるやうな頼りなさだ。処が、曲が進むにつれ、流石に弾き込んだだけあり能弁になり、目眩く歌の連続となる。楽章を追ふごとに良くなり、最後は熱狂的な聴衆の歓声に包まれるのは頷ける。音質こそ優れないがクロムホルツの伴奏が見事で、管弦楽も本場の強みを発揮してゐる。ナヴァラの録音は更に音が悪く音像が遠い。テープの歪みも随所にあり、鑑賞には適さない。しかし、ナヴァラの演奏自体は大変素晴らしく、闊達で鮮烈な名演を繰り広げてゐる。ナヴァラ最良の姿が聴ける。残念乍らストゥプカの伴奏が凡庸で瑕も多い。


チェトラ全録音(1956〜57年)
モーツァルト/ヴィターリ/バッハ/タルティーニ、ヴィオッティ/パガニーニ/ドヴォジャーク/サラサーテ/フバイ/プシホダ
[WARNER FONIT 5050466-3248-2-5]

 チェトラ録音全録音3枚組。若い頃パガニーニを弾かせては右に出るものない存在だつたが、教授職に就任してからは奔放さを潜めて影を薄くしてしまつた。このチェトラ録音でも、質に合はないバッハやモーツァルトの協奏曲なぞを弾いてをり、評判は散々だつたやうだ。しかし、王道の演奏に飽きた人は、是非聴いてみるといい。我流で楽譜からの逸脱甚だしいプシホダの演奏には、却つて潔さを感じる。モーツァルトは妖艶で邪道この上ないが、派手なカデンツァを含めて捨て難い演奏である。自作の「スラヴ風の旋律」と「セレナード」が貴重な演奏であり、愛好家は是非蒐集してをきたい。



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