楽興撰録

声楽 | 歌劇 | 管弦楽 | ピアノ | ヴァイオリン | 室内楽その他



ウィリアム・プリムローズ


小品集
クライスラー/ドヴォジャーク/チャイコフスキー/ベンジャミン、他
フランツ・ルップ(p)、他
[Naxos Historical 8.111382]

 小品録音集。興味深いことに、最初期の録音である1927年吹き込みの2曲、ショパンのノクターン第2番とバッハの無伴奏パルティータ第3番のガヴォットが、ヴィオラではなくヴァイオリンでの演奏なのだ。プリムローズはヴァイオリニストとして出発した経歴があり、ヴィオラに転向してからもヴァイオリンの技巧と表現力を活かしたのが特徴だ。個性的なターティスのヴィオラを愛する人にはプリムローズは器用で軽過ぎるかも知れぬが、ヴィルティオーゾとしてヴィオラの可能性を高めた功績がある。さて、演奏だがヴァイオリンにしてはボウイングが強く硬い。だが、これこそがヴィオラで開花する特性であつた。その他の録音だが、1930年代のコロムビア録音、1940年代のヴィクター録音は英Biddulphから復刻があつたが、ドヴォジャーク「我が母が教へ給ひし歌」「新世界交響曲のラルゴ」、クライスラー「プニャーニの様式による前奏曲とアレグロ」は当盤でしか聴けない。貴重なのは1939年ヴィクター録音3曲で、エマニュエル・バッハ「ソルフェジョット」の早弾き、典雅なラモー「タンブーラン」、端正なクライスラー「ボッケリーニの様式によるアレグレット」、何も素晴らしい。


ブロッホ:組曲イ短調
バックス:ヴィオラ・ソナタ
ヒンデミット:ヴィオラ・ソナタ
フリッツ・キッツィンガー(p)/ハリエット・コーエン(p)/ヘスス・マリア・サンロマ(p)
[Biddulph LAB 148]

 ヴィオラの為の作品は20世紀になり多く作曲されるやうになつた。ブロッホが1919年、バックスが1921年、ヒンデミットが1922年に作曲されてをり、まさに傑作の森の観がある。ヴィオラ奏者にとり20世紀の作品で聴衆を魅了することは必須の条件とすら云へよう。その点、無類の技巧家としてヴィオラの可能性を押し拡げたプリムローズは申し分のない奏者である。20の頃までヴァイオリンを構へてゐたプリムローズはイザイの示唆でヴィオラに転向しただけに奏法や音色がヴァイオリンに近く、高音の輝かしい歌と蠱惑的なヴィブラートは最大の武器である。合理的な技巧と近代的な楽曲の解釈はハイフェッツの生き写しであり、演奏の完成度は満点で、特にヒンデミットのソナタは絶品だ。但し、ハイフェッツの弾く現代曲と同様所詮見世物藝であり、ヴィオラに関心のある人でないと興味を覚えないかも知れぬ。


ヘンデル:ヴィオラ協奏曲、トリオ・ソナタOp2-8よりアダージョ
モーツァルト:協奏交響曲
ベートーヴェン:二重奏曲変ホ長調WoO.27
アルバート・スポールディング(vn)/エマヌエル・フォイアマン(vc)、他
[Biddulph LAB 088]

 プリムローズを中心とした当盤の最大の聴きものは、フォイアマンと組んだベートーヴェンの大変珍しい二重奏曲である。両者の技巧は驚くべき境地に達してをり、間断なく丁丁発止が交はされた音楽からは常に活気が溢れてゐる。空前絶後の名演とまで云へやう。ヘンデルのヴィオラ協奏曲はゲールの指揮による旧録音で、後にヴァイスマン指揮の再録音がある。ヘンデルにしては脂が乗り過ぎたきらいがあるものの、楽器が鳴り切つてをり説得力が強い。それ以上に感銘深いのがスポールディングと組んだトリオ・ソナタで、滋味豊かな温かい音楽に安らぎを覚へる。スポールディングの実直で渋めの音が味はい深い。但し、モーツァルトの協奏交響曲は余り良い出来ではない。この米国組の演奏は全体に素つ気なく、この録音の10年以上前の名演、サモンズとターティスによる英国組には遥かに及ばない。


ヘンデル:ヴィオラ協奏曲
W.F.バッハ:ソナタハ短調
ハリス:独白とダンス
ベンジャミン(5曲)
[Biddulph LAB 146]

 古典作品と現代作品を弾き分けた1枚。ヘンデルの協奏曲はヴァイスマンの指揮による再録音で、旧盤に比べてより古典的格調高さを重んじた名演である。W.F.バッハのソナタはハープシコードの典雅な伴奏によるが、プリムローズならではの劇的で色彩豊かな奏法で間然する所がない名演となつてゐる。ヴィオラ奏者の場合、20世紀の作品を如何に聴かせるかが評価に直結する。その点、プリムローズの卓越した技巧と融通無礙な表現力は群を抜いてゐる。ロイ・ハリスの作品は作曲者の奥方が伴奏を務めてゐる。神秘的で抒情的な独白が美しい。ハイフェッツが好んで取り上げたベンジャミンの作品を編曲してプリムローズが妙技を聴かせる。エレジー、ワルツとトッカータの凄みは余人を寄付けまい。ジャマイカン・ルンバの躍動感も見事だ。


ブラームス:ヴィオラ・ソナタ第1番、同第2番
アルトとヴィオラの為の2つの歌、アルト・ラプソディ、他
ユージン・オーマンディ(cond.)/ウィリアム・カペル(p)/ジェラルド・ムーア(p)/マリアン・アンダーソン(S)、他
[Biddulph LAB 150]

 プリムローズの名盤である2つのヴィオラ・ソナタと併録されてゐるのは、ヴィオラのオブリガードを伴ふアルトの為の歌曲作品91である。これにアルトのアンダーソンによるブラームスの名唱を組み合はせた好企画盤。まずはプリムローズのソナタが見事な出来栄えだ。妖艶なヴィブラートは華美になり過ぎず、ブラームスの晦渋たる幻想の閃きに情念を吹き込んでゐる。第1番はカペル、第2番はムーアの伴奏だが、才気溢れる火花を散らしたカペルのピアノが感銘深い。トスカニーニが絶賛した黒人歌手アンダーソンの晴朗で高貴な歌声はブラームスの音楽に神々しい生命を与へてゐる。全ての歌曲が傑出した出来だが、矢張り大曲「アルト・ラプソディ」が素晴らしい。深々としてゐながら、透明感ある確かな発声が重苦しさから解放された音楽を生み出してゐる。この曲の代表的な名演として薦めたい。


RCAヴィクター録音(1939年&1941年)
ヨーゼフ・カーン(p)/フランツ・ルップ(p)/アール・ワイルド(p)
[Biddulph 85005-2]

 英Biddulphが再始動して喜ばしい限りだ。またしても驚愕すべき初出音源の数々だ。プリムローズはこれらの小品集を1939年と1941年に録音したのだが、折り悪く第二次世界大戦の只中で発売の目処が立たないまま忘れられた録音が多数あつたといふのだ。この度、初商品化された録音は、1939年録音のバッハのコラール「われ汝に呼ばはる、主イエス・キリストよ」、ヘンデルのソナタイ長調HWV.361、タルティーニのプレスト、シューマン「何故?」、パガニーニのカプリース第13番、クライスラー「ディッタースドルフの様式によるスケルツォ」「愛の喜び」、ディーリアス「ハッサンのセレナード」、1941年録音のドビュッシー「亜麻色の髪の乙女」、クライスラー「クープランの様式による才長けた貴婦人」「オーカッサンとニコレット」「シンコペーション」、ホイベルガー「真夜中の鐘」、スコット「熟したさくらんぼ」と14曲もあるのだ。演奏が輪をかけて素晴らしく、含蓄深いバッハの歌から呑み込まれて仕舞ふ。気品あるヘンデルが感銘深い。生命力が爆発するタルティーニは取り分け名品でプリムローズの真価を教へて呉れる。ワイルドの編曲と伴奏による絢爛たるパガニーニも圧巻。クライスラーでは「才長けた貴婦人」が名演。勝手知つたるルップの伴奏も見事。雰囲気豊かなディーリアスも良い。


RCAヴィクター録音(1947年)
デイヴィッド・スティーマー(p)
[Biddulph 80147-2]

 1947年12月17日に録音された小品集。自由闊達な演奏は技巧上の制約を全く感じさせない。ヴァイオリンによる演奏と比較して遜色がないのはプリムローズの凄みであり、ヴィオラ特有の音色で楽曲を堪能出来る。中でも複数の楽章を持つ3つの楽曲が聴き応へがある。即ちハイドンのディヴェルティメント、ベートーヴェンのノットゥルノ作品42、ジンバリストのサラサーテアーナだ。ピアティゴルスキー編曲によるハイドンが特に素晴らしく、終曲の旋風のやうな速弾きの妙技は驚嘆すべき生命力を噴出させてをり、痛快無比の名演と絶讃したい。ベートーヴェンのノットゥルノは、弦楽三重奏によるセレナード作品8が原曲で、ヴィオラとピアノの為に編曲されたものをベートーヴェン自身が出版の際に校訂を入れた歴とした作品。これも気魄漲る申し分ない名演だ。サラサーテの名曲を接続したジンバリストの作品も唖然とするやうな技巧の切れを聴かせる名演。その他、ミヨーの作品などの近代曲が巧い。


ブラームス:ヴィオラ・ソナタ第1番
モーツァルト:弦楽四重奏曲第14番、他
ヘスス・マリア・サンロマ(p)/デイヴィッド・スティーマー(p)
プリムローズSQ
[The Strad 7]

 1939年に録音されたサンロマとのブラームスのソナタ、1940年に録音されたプリムローズSQによるモーツァルト、1947年にスティーマーの伴奏で録音された小品から成る1枚。ブラームスが素晴らしい。プリムローズは後にカペルと名盤を残してゐるが、ピアノの魅力では劣るとは云へ、当盤の生気に充ちたヴィオラの音色は看過出来ない素晴らしさだ。切れの良いアーティキュレーションと妖艶なヴィブラートが見事だ。シュムスキー、ギンゴールド、シャピロと組んだプリムローズSQのモーツァルトは極めて雄弁な名演で、丁々発止を繰り広げる名手たちの様式を超えた演奏には説得力がある。余白の小品ではミヨーの18世紀の旋律によるヴィオラ・ソナタ第1番が快活な名演。一般的な興味は失はれるが、ボリス、フリアン、フランシスコなどの現代曲は流石に上手い。


ハイドン:十字架上のキリストの最後の7つの言葉
プリムローズ弦楽四重奏団
[Biddulph LAB 052-053]

 プリムローズSQの録音集2枚組。1枚目。名ヴィオラ奏者プリムローズ主導の四重奏団の特徴は何と云つても、第一ヴァイオリンにオスカー・シュムスキー、第二ヴァイオリンにヨーゼフ・ギンゴールド、チェロにハーヴェイ・シャピロ、と一流のソロイストが4名揃つたことにある。弦楽四重奏では普通はないことで、三重奏までだらう。個々人の実力が遥かに上でも単純な足し算にはならない。専門の団体が凌ぎを削る世界なので生半可に関はつても食ひ込めない。しかし、プリムローズSQはソロイストたちの饗宴らしく、派手で聴き映えのする演奏で効果を上げてゐる。アンサンブルの統一感もあり、見事な成果を残したと云へよう。さて、ヴィルティオーゾ集団のプリムローズSQが何故ハイドンを録音したのかには疑問を抱ひて仕舞ふ。終曲を除いて全て緩徐楽章といふ異例の作品で、技巧的な見せ場は皆無、表現は贅を尽くした見事なものだが、力が余つてゐる気がしてならない。古典的な清楚感が薄く感銘も弱いのだ。


シューマン:ピアノ五重奏曲
ブラームス:弦楽四重奏曲第3番
スメタナ:弦楽四重奏曲第1番「我が生涯より」
ヘスス=マリア・サンロマ(p)
プリムローズ弦楽四重奏団
[Biddulph LAB 052-053]

 プリムローズSQの録音集2枚組。2枚目。ロマンティックな作品になるほどプリムローズSQは持ち味を発揮する。名ヴィオラ奏者プリムローズが主導する四重奏団だけあつて、ヴィオラが活躍する曲を選んでゐる。シューマンの第2楽章、ブラームスの第3楽章、スメタナの第1楽章と見せ場が大きいし、全体的にヴィオラが重要な曲である。プリムローズも良いがシュムスキーとギンゴールドが素晴らしい。ロマンティックな曲ほど良く、スメタナが忘れ難い名演だ。特に第3楽章のシュムスキーの歌には痺れる。スメタナSQやアマデウスSQの名演に匹敵する名盤だ。これらは1940年から1941年にかけてのヴィクター録音で、マーストンとオバート=ソンの最良の復刻で鑑賞出来る。


バッハ:無伴奏チェロ組曲第1番
小品集(パガニーニ、シューベルト、他)
マリアン・アンダーソン(A)/フランツ・ルップ(p)、他
[Biddulph LAB 131-132]

 バッハの無伴奏チェロ組曲5曲と小品集2枚組。1枚目。小品ではパガニーニのカプリース3曲とラ・カンパネッラが驚嘆すべき名演で、ヴァイオリンによる演奏と比べて遜色は一切感じない。指の間隔、弦の張り、楽器の発音の点を鑑みてかのハイフェッツに比すべき技巧を聴くことが出来る。一方、シューベルトなど歌謡調の小品からは先人ターティスが聴かせた情緒的な良さは感じられない。アンダーソンの歌に助奏をしたブラームスの2曲、マスネ、ラフマニノフは何れも感銘深い名演である。当盤の目玉は初出となるバッハの無伴奏チェロ組曲第1番から第5番だ。第1番はチェロの音色が持つ渋みはないが、典雅なヴィオラの持ち味があり、原曲云々の五月蝿いことを云はずに鑑賞したい。


バッハ:無伴奏チェロ組曲第2番、同第3番、同第4番、同第5番
[Biddulph LAB 131-132]

 2枚目。ヴィオラで演奏されたバッハの無伴奏チェロ組曲の5曲は、プリムローズの75歳の誕生日を目前に控へた1978年8月に僅か3日間で録音された。私的に行はれた最後の録音で、最も重要な記録と思はれるのだが、これ迄商品化されることなく、当CDにより初めて日の目を見た。第6番の録音が残らないのは、原曲を尊重しヴィオラでの演奏が相応しくないと考へたプリムローズの見識による。老齢とは信じ難い瑞々しい音色と張りのあるボウイングは驚異的で、プリムローズの技巧が全活動を通じて空前絶後の次元にあつたことを思ひ知らされる。チェロによる演奏を差し置く録音とは云はないが、真摯な演奏で晩年に到達した境地を窺はせる。楽器の特性からだらう長調の作品―第3番と第4番―の華やかな快活さに良さがある。



声楽 | 歌劇 | 管弦楽 | ピアノ | ヴァイオリン | 室内楽その他


BACK