楽興撰録

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プロ・アルテ弦楽四重奏団


ドビュッシー:弦楽四重奏曲
ラヴェル:弦楽四重奏曲
フォレ:弦楽四重奏曲
[Biddulph LAB 105]

 ベルギーの至宝プロ・アルテSQによるフランス近代の弦楽四重奏曲の名品を集めた1枚。1933年から1935年でにかけての録音。ドビュッシーとラヴェルは1928年に録音されたカペーSQの絶対的とも云へる名盤の対抗馬として録音されたことは想像に難くない。峻厳で神々しいカペーSQに対し、プロ・アルテSQは印象派絵画のやうな柔和で色彩豊かな面持ちがあるのが特徴だ。より雰囲気を感じてフランスの色気を楽しめるのはプロ・アルテSQ盤なのだ。各奏者の技量も高く、アンサンブルも見事なので、カペーSQと並べても遜色はない。但し、高貴な芸術境に達したカペーSQの地位を覆すことはないであらう。フォレの四重奏はこの曲の代表的な名盤と云ふことになる。3楽章からなる洒脱な旋律に彩られた作品なのだが、展開が弱く反復が多いだけの魅力に欠けた曲に思ふ。情感豊かなプロ・アルテSQの演奏は美しいが、ドビュッシーとラヴェルに比べると感銘が劣つて仕舞ふ。


フランク:弦楽四重奏曲
バルトーク:弦楽四重奏曲第1番
[Biddulph LAB 106]

 ベルギーの至宝プロ・アルテSQによる代表的な録音。ベルギーの偉大な作曲家フランクの最後の大曲である弦楽四重奏曲の録音が悪からう筈がない。使命感をもつて演奏された当盤の価値は計り知れない。淡い色彩感で詠嘆を紡ぐ第1楽章、深い告白を連綿と綴る第3楽章、相克を繰り返し乍ら壮麗なコーダを築く第4楽章、と充実した合奏が展開される。晦渋な曲だが、熟成された美酒のやうに深みへと嵌り込ませる名演だ。プロ・アルテSQはバルトークから弦楽四重奏曲第4番を献呈されてゐる。爽やかなアンサンブルと古典的な品格を基調としたプロ・アルテSQの知的な趣がバルトークの意に適つたのだらう。第1番の演奏は実に血の通つた名演で、特に第3楽章の熱い昂揚が素晴らしい。流石に今となつては古さを感じるが、歴史的な名盤として記憶してをきたい。


ハイドン:弦楽四重奏曲変ロ長調Op.1-1「狩り」、同ヘ短調Op.20-5、同変ホ長調Op.50-3、同ト長調Op.64-4、同変ロ長調Op.76-4「日の出」
[TESTAMENT SBT 3055]

 1930年代にハイドン協会なる頒布の為の録音企画を敢行したプロ・アルテSQによる偉業。その全復刻を行つた英TESTAMENTの2輯全7枚は愛好家必携だ。ハイドンの弦楽四重奏曲ほど音楽を聴く喜びを与へて呉れるものはない。そは器楽のみにて紡がれる標題なき純粋な音の愉悦である。単純であればあるほど美しさが増す至福のひととき。プロ・アルテSQは非常に理知的でどうかすると情緒のない演奏をするが、余計な大言で音楽を歪めることなくハイドンの素朴な美しさを引き出す狙ひは天晴だ。第1輯3枚組の1枚目。Op.1-1の清楚な演奏は心憎いばかりだ。Op.20-3とOp.64-4も楷書体の典雅な名演。しかし、Op.20-5や「日の出」ではウィーン・コンツェルトハウスSQの滴るやうな情緒と比べると無味乾燥に聴こえる。


ハイドン:弦楽四重奏曲ト長調Op.54-1、同ハ長調Op.54-2、同ホ長調Op.54-3、同ハ長調Op.76-3「皇帝」
[TESTAMENT SBT 3055]

 第1輯3枚組の2枚目。中期・後期の名作が聴ける。俗に「第1トスト四重奏曲集」と云はれる作品54の3曲はハイドンの簡潔で力強い作風が出た作品群で、プロ・アルテSQの質実剛健な音楽性と合致するからだらう、最良の演奏と云へる出来栄えである。堅実なアンサンブルと古典的で純粋な奏法が隙のない音楽を生み出してゐる。特にOp.54-1の両端楽章の活気に充ちた合奏、Op.54-2の第1楽章の壮麗な響き、Op.54-3の両端楽章の軽妙な愉悦は傑作だ。名曲「皇帝」も見事な演奏だが、ウィーン・コンツェルトハウスSQが放送録音で残した瑞々しい演奏と比べると生硬に聴こえる。


ハイドン:弦楽四重奏曲ハ長調Op.20-2、同変ロ長調Op.64-3、同ト短調Op.74-3「騎士」、同ヘ長調Op.77-2
[TESTAMENT SBT 3055]

 第1輯3枚組の3枚目。名曲「騎士」が特別な名演だ。軽快な中にもののあはれを忍び込ませる第1楽章から出色で、第2楽章の霊妙たるロマンティシズムは白眉と云へる。畳み掛けるやうな焦燥感に溢れた第4楽章も最高だ。脂が乗つた時期の作品Op.64-3は転調の交錯が見事に表現されてをり、弦楽四重奏曲の凝縮された美しさを堪能出来る。完成されたハイドン最後の弦楽四重奏曲であるOp.77-2の格調高い表現も素晴らしく、ベートーヴェンの作品を予感させる深淵がある。端正なOp.20-2は美しい箇所もあるが、全体として生命力に乏しく感銘が薄い。


ハイドン:弦楽四重奏曲ハ長調Op.1-6、同ハ長調Op.33-3「鳥」、同イ長調Op.55-1、同変ロ長調Op.55-3、同変ロ長調Op.71-1
[TESTAMENT SBT 4056]

 第2輯4枚組の1枚目。全て長調の作品で、明朗にして簡潔な音楽ばかりだ。プロ・アルテSQの知的で端正な合奏は曲想に相応しい。最初期のOp.1-6は2つのメヌエットを挟む素朴な5楽章作品。「鳥」の愛称で有名なOp.33-3では第3楽章のポルタメントを駆使した歌に惹かれる。古典的な情趣を持つ団体とは云へ、ヴィブラートやボウイングは戦前の団体と共通してをり、矢張り戦後の四重奏団とは異なるのだ。簡素で無駄のないOp.55の2曲はソナタ形式の円熟を示す。旋律の魅力は乏しいが、音楽の構築が見事だ。Op.71-1は更に充実した名曲で、サルタンド奏法を用ゐた終楽章は滅法楽しい。


ハイドン:弦楽四重奏曲変ホ長調Op.20-1、同変ホ長調Op.33-2「冗談」、同ニ長調Op.33-6、同ニ長調Op.50-6「蛙」、同変ホ長調Op.64-6
[TESTAMENT SBT 4056]

 第2輯4枚組の2枚目。変ホ長調とニ長調による選曲である。Op.20-1は男性的な大らかさが特徴の名曲で、特に躍動する終楽章が良い。「冗談」といふ綽名があるOp.33-2も愉快だ。終楽章コーダの二転三転する巫山戯振りが粋で、茶目つ気たつぷりの演奏も良い。Op.33-6では第2楽章の憂ひを帯びた歌が美しく、オンヌーのヴァイオリンが可憐だ。「蛙」といふ綽名の付いた作品は終楽章の移弦奏法によるクロマティック進行が面白い。より器楽的なアンサンブルを目指した後期作品Op.64-6は重心の低い立派な音楽へと発展してゐる。上品で知的な演奏を旨とするプロ・アルテSQの瀟酒な合奏は実に趣味が良い。


ハイドン:弦楽四重奏曲ニ長調Op.20-4、同ハ長調Op.74-1、同ヘ長調Op.74-2、同ト長調Op.77-1
[TESTAMENT SBT 4056]

 第2輯4枚組の3枚目。充実した後期作品が並ぶ。四つの楽器の役割に主従関係がなくなり、旋律要素が後退して合奏の醍醐味が増し、音楽の密度が濃くなつた傑作ばかりだ。プロ・アルテSQの魅力は知的なアンサンブルと高踏的な雰囲気にあり、第1ヴァイオリン主導の曲よりも良さを発揮してゐる。何れの曲も特に緊密な両端楽章が聴き応へがあり、ベートーヴェン作品への橋渡しを印象付ける。初期作品Op.20-4もアンサンブルを重視した傑作で、演奏も極上だ。


ホフシュテッター:弦楽四重奏曲変ロ長調〔Op.3-4〕、同ヘ長調「セレナード」〔Op.3-5〕
[TESTAMENT SBT 4056]

 第2輯4枚組の4枚目。録音当時はハイドンの作とされてゐた作品3から2曲だ。現在ではホフシュテッターの作と考へられ、かつての人気はどこへやら、演奏機会がめっきり減つて仕舞つた。特にハイドンのセレナードとして最も人気があつた名作が、閑却されるとはだういふことだらう。研究が進んだ結果、真作でないと脚光を浴びないとは馬鹿げてゐる。モーツァルトのヴァイオリン協奏曲なども同様だ。音楽を聴く耳を持たぬ時代の何といふ弊害だらう。良い曲は良い。知的で清廉なプロ・アルテSQの演奏は心地よいの和みの一時を与へて呉れる。



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