楽興撰録

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ウィーン・コンツェルトハウス弦楽四重奏団


シューベルト:弦楽四重奏曲第14番「死と乙女」、同第8番
[melo CLASSIC mc-4004]

 愛好家を驚愕させたmelo CLASSIC。コンツェルトハウスSQはハイドンとシューベルトの演奏では図抜けた存在であつた。ウエストミンスターへのシューベルト全集録音は愛好家の宝物である。さて、数種録音のある死と乙女は、何と1943年、戦中ウィーンでの放送録音なのだ。これはコンツェルトハウスSQの最も古い録音ではないか。後年の録音と様相は同じだが、香り立つようなアンサンブルにはどこか新鮮さがある。きびきびして音楽の運びが良いので、聴くことをお薦めする。第8番は1953年、パリでの放送録音。しかし、こちらの方が音質がぼやけてをり感銘度が弱い。演奏内容はウエストミンスター録音同様至高だ。


ハイドン:弦楽四重奏曲変ホ長調Op.64-6、同ハ長調Op.64-1、同変ロ長調Op.64-3
[Universal Korea DG 40020]

 ウエストミンスター・レーベルの室内楽録音を集成した59枚組。ハイドンの弦楽四重奏曲の作曲技法が熟成された第2トスト四重奏曲からの3曲をコンツェルトハウスSQの極上のアンサンブルで聴ける喜びは無上だ。作品64では4つの楽器の役割が緊密になり、常に重要な要素に絡み合ふ。響きが分厚くなり、旋律に頼らず対話や合ひの手を楽しむ。古典音楽の故郷である。アントン・カンパーの歌が情趣豊かで、単なる古典的アンサンブル曲に留めない。蠱惑的な笑顔を振り撒いて心を奪つて行く。どの曲も軽快な終楽章のロンドで無邪気に浮き立つ愛おしさには溜息が出る。さり気無い明暗で織りなすメヌエットも良い。勿論、古典的ソナタ形式の粋を凝縮した第1楽章は絶品で、特に作品64-6の交響的な広がりは見事。


ハイドン:弦楽四重奏曲ロ短調OP.64-2、同ニ長調Op.64-5「ひばり」、同ト長調Op.64-4
[Universal Korea DG 40020]

 ウエストミンスター・レーベルの室内楽録音を集成した59枚組。弦楽四重奏曲の理想郷はコンツェルトハウスSQが奏でるハイドンにあると常々思つてゐる。第2トスト四重奏曲こと作品64の充実した6曲は交響曲のロンドン・セットが書かれる直前の作曲で、作曲技法が熟成されてをり交響的な広がりを感じさせる名曲ばかりだ。ロ短調の作品64-2は疾風怒濤期の作風を想起させ求心力が強い。有名曲「ひばり」は放送録音の墺プライザー盤には入つてをらず、このウエストミンスターのセッション録音が唯一の音源なので、非常に重要だ。冒頭のカンパーによる歌ひ込みは恐らく衒ひがなく、天性の自然体で弾いた結果だらうと思ふ。語り落としてはならない名盤のひとつだ。天真爛漫な作品64-4も他の団体ではかうも快適に聴かせられまい。


ハイドン:弦楽四重奏曲ト長調Op.76-1、同ニ短調Op.76-2「五度」、同変ホ長調Op.76-6
[Universal Korea DG 40020]

 ウエストミンスター・レーベルの室内楽録音を集成した59枚組。コンツェルトハウスSQの最良の遺産は疑ひなくハイドンとシューベルトの録音だ。しかも、楽曲が素朴であればあるほど妙味を発揮し、他の団体が引き出せない音楽を単純な楽譜から浮き立たせる。絶妙な色合ひとアンサンブルの愉悦は独特な雰囲気を帯びてゐる。個性の勝利だ。ハイドンの弦楽四重奏曲の最高峰である作品76の全6曲の決定的名盤である。取り分けカンパーのヴァイオリンが醸し出す優美さと溌溂さは天性の美質だらう。尚、コンツェルトハウスSQには墺プライザーから発売された録音集もあり、甲乙付け難い名演ばかりだが、「五度」と呼ばれるニ短調作品76-2はウエストミンスター盤しかないので貴重だ。


ハイドン:弦楽四重奏曲ハ長調Op.76-3「皇帝」、同変ロ長調Op.76-4「日の出」、同ニ長調Op.76-5「ラルゴ」
[Universal Korea DG 40020]

 ウエストミンスター・レーベルの室内楽録音を集成した59枚組。ハイドンの弦楽四重奏曲の最高峰である作品76の6曲、所謂エルデーティ四重奏曲の中核を聴く。これらの3曲には墺プライザー盤に甲乙付け難い名演があるが音質で印象が違ふ。プライザー盤は恐らくワンポイント・マイクによる単純な録り方で音が混じり合つてをり、ウエストミンスター盤はそれぞれにマイクがあるやうな分離が良さを目指してゐて商品としての意義を感じる。個人的には自然なプライザー盤の方を好むが、このウエストミンスター盤の素晴らしさは不動だ。有名な「皇帝」の第1楽章の快活さ、第2楽章の高貴さ、「日の出」の第2楽章の情緒、第4楽章の爽快さ、「ラルゴ」の第1楽章の優美さ、第4楽章の愉悦、音楽を聴く至福のひとときがある。


モーツァルト:オーボエ四重奏曲、フルート四重奏曲第1番、音楽の冗談
ハンス・カメシュ(ob)/ハンス・レズニチェク(fl)、他
[Universal Korea DG 40020]

 ウエストミンスター・レーベルの室内楽録音を集成した59枚組。コンツェルトハウスSQによるモーツァルトはウィーン流儀が聴ける名盤揃ひだ。アントン・カンパーの憂ひを帯びたヴァイオリンが絶妙な色合ひで、転調の美しさはしっとりと涙に溺れる趣がある。カメシュとのオーボエ四重奏曲が絶品で、往年のグーセンスとレナーSQの録音に匹敵する名盤だ。甘く快活であつたレナーSQよりもコンツェルトハウスSQは豊麗に歌ひ余情たっぷりだ。愛らしいグーセンスと比べてカメシュは爛熟した音色で広々と歌ふ。フルート四重奏曲でもコンツェルトハウスSQの演奏は最上級だ。レズニチェクのフルートは明るく美しいが、深みはなく表現も皮相だ。オーボエ四重奏曲に比べると著しく感銘が劣る。音楽の冗談は最小編成による演奏だ。第2楽章トリオや第3楽章などカンパーのヴァイオリンが滴る美しさで惚れ惚れする。室内楽演奏では極上の名盤だ。


モーツァルト:アイネ・クライネ・ナハトムジーク、ディヴェルティメント第17番
ヨーゼフ・ヘルマン(cb)、他
[Universal Korea DG 40020]

 ウエストミンスター・レーベルの室内楽録音を集成した59枚組。モーツァルト最後のセレナードと最後のディヴェルティメントといふ組み合はせによる極上の名盤である。アイネ・クライネ・ナハトムジークはヘルマンのコントラバスを加へた弦楽五重奏による決定的名演だ。オーケストラによる名盤と比しても上位に置きたいほどの完熟の名演である。全楽器が鳴り切つてをり、絶妙のアンサンブルと繊細な表情付けが素晴らしく、何よりもアントン・カンパーの滴るやうな歌が可憐で美しい。この曲をヴァルターやフルトヴェングラーと演奏してきたウィーン・フィル団員としての矜持が出尽くした演奏なのだ。ホルンにハンス・ベルガーとオトマール・ベルガーを加へたディヴェルティメントは幾分弛緩する箇所があり感銘が落ちるが、優美この上ない艶やかな名演である。


モーツァルト:弦楽五重奏曲第4番、同第6番
アマデウス弦楽四重奏団/セシル・アロノヴィッツ(va)
フェルディナント・シュタングラー(va)
[Universal Korea DG 40020]

 ウエストミンスター・レーベルの室内楽録音を集成した59枚組。ウエストミンスター・レーベルは全集録音の企画に優れてゐたが、モーツァルトの弦楽四重奏曲や五重奏曲は複数の団体に振り分けて仕舞つた。頭角を現してきたアマデウスSQに名曲第4番を吹き込ませたが、忌憚無く申すと残念に思ふ。颯爽とした近代的な奏法と表現主義的な解釈を融合させた団体だが、個性が定着せず、このモーツァルトも常套的な演奏の域を出ない。一方、コンツェルトハウスSQによる第6番は個性が全開で、唯一無二の仕上がりなのだ。最晩年のモーツァルトが書いた簡素極まりない刺激の薄い曲を、甘美な音色と蠱惑的な歌ひ回しだけで料理して仕舞ふのだからおいそれと真似なぞ出来ない。熟成された味はひに舌鼓が止まらない。


ブラームス:弦楽六重奏曲第1番、ピアノ五重奏曲
イェルク・デムス(p)、他
[Universal Korea DG 40020]

 ウエストミンスター・レーベルの室内楽録音を集成した59枚組。コンツェルトハウスSQは甘く熟れた音色で暖かく愛撫するやうな合奏をする四重奏団だ。ブラームスとは相性が良く、北ドイツ風の厳しい音楽ではなく、世紀末ウィーンの蕩けるやうな美しさで聴かせる。六重奏曲はヴィオラにフェルディナンド・シュタングラー、チェロにギュンター・ヴァイスを加へての演奏。第1楽章が良い。爽やかな青春の歌に憂ひを帯びた色合ひを織り交ぜるのは見事だ。有名な第2楽章も非常に美しいが、甘過ぎる嫌ひがある。もう少し厳粛な悲劇感があつた方が楽想に近い。後半の楽章は締まりが悪くなり、退屈して仕舞ふ。名曲、五重奏曲は渋い幻想が沁みる名演で、特に弦楽の侘びた美しさが良い。デムスのピアノは追求が弱く物足りない。軽いのだ。ブッシュSQの名盤には及ばないが、豊穣たるコンツェルトハウスSQの美質が詰め込まれてゐる。


ブラームス:弦楽五重奏曲第1番、弦楽六重奏曲第2番
[Universal Korea DG 40020]

 ウエストミンスター・レーベルの室内楽録音を集成した59枚組。五重奏曲はヴィオラにフェルディナンド・シュタングラーを迎へての演奏でこの曲の重要な名盤である。第1楽章から温かい情感が溢れてをり、これぞブラームスの真髄とも云ふべき音楽が展開する。快活な音楽を展開する終楽章も颯爽としてをり良い。程よい甘さが渋みを緩和した魅惑的な名演であり愛好家必聴だ。六重奏曲はヴィオラにヴィルヘルム・ヒューブナー、チェロにギュンター・ヴァイスを加へての演奏。ウィーン情緒を前面に出した甘美さが特徴の演奏で、第1楽章第2主題の芳醇な美しさは比類がない見事さだ。哀愁を帯びた第2楽章も素晴らしい。アガーテと呼ばれるこの曲の屈指の名盤なのだ。


ボロディン:弦楽四重奏曲第1番
ドヴォジャーク:弦楽五重奏曲第2番
ヨーゼフ・ヘルマン(cb)
[Universal Korea DG 40020]

 ウエストミンスター・レーベルの室内楽録音を集成した59枚組。ウィーン・コンツェルトハウスSQは非常に個性的な色合ひを持つ団体で、ハイドンとシューベルトにおいては見事に嵌つた演奏をした。次いでブラームスに適正を示した。民族学派の作品を演奏した当盤は極めて異色の珍品と云へる。楽想に迎合することなく、ウィーン情緒溢れる小粋な演奏を貫くから愛好家には堪らない。王道ではないが馥郁たる香り漂ふ一種特別な良さが楽しめる。


シューベルト:弦楽四重奏曲第1番、同第2番、同第8番、同第9番
[PREISER RECORDS 90530]

 ウィーン・コンツェルトハウスSQの代表的な名盤と云ふのみならず、シューベルトの弦楽四重奏曲全集の究極の名盤でもある5枚組。1枚目。習作と見なされ、顧みられることのない第1番から第11番までを、斯くも情緒豊かに歌ひ陰影を織り込んだ演奏は他にない。何よりも線が細くしなやかで、音程を低めにとつて悲哀を醸すアントン・カンパーのヴァイオリンが絶妙なのだ。第1番変ロ長調の序奏部における仄暗い哀歌は、ロマン主義の旗手シューベルトの野心だ。弱音器を付けた第2楽章の愛らしく懐かしい歌ではコンツェルトハウスSQの美質を端的に聴ける。第2番ハ長調は2楽章分しかない未完の作品だが、明朗快活な佳作だ。第8番変ロ長調は初期の傑作で、ブッシュSQも録音を残してゐる。憧憬と彷徨ひが美しい転調で紡がれる第1楽章では、コンツェルトハウスSQの奏でる儚い歌が吐息となつて消えて行く。たゆたふやうな第2楽章ではポルタメントが切なく美しい。至高の名演だ。第9番ト短調は緊密かつ劇的な名曲で、焦燥感を凝らした演奏も見事。ハイドンの「騎士」を想起させるフィナーレが取り分け素晴らしい。


シューベルト:弦楽四重奏曲第3番、同第4番、同第5番
[PREISER RECORDS 90530]

 2枚目。これらは1812年から1813年に書かれた作品で、シューベルトが16歳から17歳頃に作つた作品といふことになる。第5番は2楽章制の未完と思はれる作品。何れの作品も弦楽四重奏の定石に則つた無駄のない技法で作曲されてをり、明朗で偏重がない。その一方でハイドンの作品の亜流とも貶せるが、明らかな違ひは旋律に若々しい魅力があり、こまめに転調を忍び込ませ品を作つてゐることだ。コンツェルトハウスSQのアンサンブルの基調は、発音の際にはきついアクセントは用ゐず、空気を含んだ伸びやかなボウイングを心掛け、音の処理を最後迄丁寧に慈しむことである。これぞウィーン奏法の極意であり、更にカンパーの細身でヴィブラートを低めに掛けるいぢらしさが輪を掛ける。楽曲、演奏共に第4番が素晴らしく、終楽章の軽快なロンドは最高だ。初期作品では第8番に次いで、第1番、第4番、第6番が名曲だ。


シューベルト:弦楽四重奏曲第6番、同第7番、同第10番
[PREISER RECORDS 90530]

 3枚目。作品番号及び作曲年からこれらの作品を習作と見做して仕舞ふのは惜しい。ハイドンの弦楽四重奏曲を研究した成果が、シューベルトの憧憬と憂愁とを織り交ぜた歌心を加味して、見事に結実してゐる。第6番と第7番は共にニ長調で書かれてをり、牧歌的な明るさに満たされてゐる。ゼクエンツで心憎い転調を聴かせる第1楽章、素朴で牧歌的な緩徐楽章、レントラー調のトリオを挟む第3楽章、快活なリズムを刻む終楽章、同じ頃に作曲された交響曲第1番と各4楽章の性格が共通する。第10番は第2楽章の諧謔と、燃え上がるやうな第4楽章が印象的だ。細身の音で漠然とした未来への憂ひを奏でるアントン・カンパーのヴァイオリンが儚く美しい。第6番第1楽章冒頭の若々しい青春の歌は如何ばかりだらう。これらの曲でコンツェルトハウスSQより堂に入つた演奏を求めても徒労に帰すであらう。


シューベルト:弦楽四重奏曲第11番、同第12番、同第15番
[PREISER RECORDS 90530]

 4枚目。初期の作品では最後に位置する第11番、断然深みを増し後期作品への橋渡しとなつた断章作品第12番、最後の傑作第15番を聴くと、コンツェルトハウスSQが一貫した姿勢で演奏に臨んでゐることが瞭然とする。一般的な四重奏団は第14番「死と乙女」と第15番くらゐしか演奏せず、第1番から変はらず持ち続けてゐるシューベルトの哀感と愉悦の小粋さを知らない。コンツェルトハウスSQは後期の作品を殊更劇的に弾かない。だから、甘く柔和な小粒の演奏として聴こえるだらう。最初期の作品から最後の作品までシューベルトの歌は同じ線の上にある。瀟酒で儚いコンツェルトハウスSQによる第15番の演奏はさういふ深い感慨をもつて聴ける名演だ。四重奏断章も優美な悲哀といぢらしい憧憬に彩られた名演。明朗な第11番も各楽器の応答が楽しい。


シューベルト:弦楽四重奏曲第13番、同第14番
[PREISER RECORDS 90530]

 5枚目。有名曲なだけに録音は数多あるが、コンツェルトハウスSQによるシューベルトは格別だ。特にアントン・カンパーの憂ひを帯びたヴィブラートと中脹らみを特徴とする旋律線が美しい。同様にフランツ・クヴァルダの伸びやかなチェロも見事だ。シューベルトの歌心にこれほど適性を示した四重奏団はない。決して深刻振らず、甘い感傷を添へた世俗的な表現は、シューベルトを知り尽くしてゐるからこそ出来る妙技なのだ。「ロザムンデ」四重奏曲では第3楽章の気怠い情緒に美質が溢れてをり、退廃的な節回しは忘れ難い。線の細い哀歌を奏でる第1楽章も胸に迫る。「死と乙女」四重奏曲はブッシュSQやカペーSQといつた名団体の荘厳な名盤もあるが、コンツェルトハウスSQは習作期の作品から一貫して淡い感傷とたゆたう詩情を紡ぐ。柔らかい発音、弧を描くフレージング、カデンツでのラレンタンドで後ろ髪を引かれるやうな音楽を奏でる。第1楽章コーダの詠嘆は感慨深い。第3楽章トリオ終結部の軽やかな移行は個性的で天晴だ。


シューベルト:五重奏曲「ます」、八重奏曲、弦楽五重奏曲、他
[PREISER RECORDS 90566]

 2枚組。繰り返しレーベルを変へて発売されてきたウエストミンスター録音がプライザーよりCD化された。墺プライザーはコンツェルトハウスSQの放送録音も多く復刻してをり、この正規録音のCD化は満を持しての復刻といふ感がある。本邦でも何度かこれらの録音はCDになつてゐるが、プライザー盤の登場で価値を失ふであらう。これ迄の復刻は芯が弱く焦点のぼけやた響きがしたが、プライザー盤は1枚ヴェールを取り除いたやうな臨場感がある。これは復刻に使用した音源の為といふよりも、コンツェルトハウスSQの本来の音を知り尽くしてゐるからなのだ。これまで放送録音の方がコンツェルトハウスSQの良さが出てゐると思つてゐたが、当盤によつてウエストミンスター録音の素晴らしさを再評価した次第だ。演奏はシューベルトを自家薬籠中としたコンツェルトハウスSQの決定的名演ばかりである。バドゥラ=スコダとの「ます」の爽快な生命力、ウラッハらとの八重奏曲の溢れる歌、弦楽五重奏曲の哀愁。音程を低めに揺らすヴィブラートをかけて儚い情感を漂はせるアントン・カンパーの細身のヴァイオリンが小粋だ。「ます」第1楽章の躍動、弦楽五重奏第1楽章第1主題の絶妙な溜めは古今無双で、シューベルトの懐に迫つた最高の名盤だ。


モーツァルト:ピアノ四重奏曲第1番
ブラームス:ピアノ五重奏曲
パウル・バドゥラ=スコダ(p)
[オーマガトキ OMCC-1006-7]

 名四重奏団コンツェルトハウスSQは1960年と1962年の来日時にセッション録音を残していつた。当盤はその復刻盤2枚組である。1枚目。1960年の録音で、ウィーンの三羽烏のひとりバドゥラ=スコダとの共演である。モーツァルトはコンツェルトハウスSQにとつて唯一の録音だから貴重である。既に結成時からの要であつたチェロのクヴァルダも抜け、看板を背負ふのはカンパーのみとなつてゐたが、余韻嫋々たる趣は健在で、他の四重奏団からは味はふことの出来ない情緒が聴ける。浪漫的な歌が流れるモーツァルトは陰影が豊かで、官能的な魅惑に充ちてゐる。より素晴らしいのはブラームスだ―矢張り三羽烏のひとりデムスとの録音もあつた。コンツェルトハウスSQのブラームスには厳しい重厚さはない。黄昏の甘い熟爛の美があるのみだ。だが、何たる抗し難い夕映えだらう。特に第2楽章はブラームスの一面を肥大して聴かせて呉れた名演だ。但し、バドゥラ=スコダのピアノは低調で優れてゐるとは云へない。


モーツァルト:弦楽四重奏曲第21番
ブラームス:クラリネット五重奏曲
フリードリヒ・フックス(cl)
[オーマガトキ OMCC-1006-7]

 2枚目。1962年の録音である。モーツァルトは唯一の録音で重宝されよう。細身の軽やかなカンパーの音が天衣無縫の境地で絶品だ。アンサンブルの一体感も素晴らしく、清明な名演である。コンツェルトハウスSQにはモーツァルトの作品をもつと録音して欲しかつた。ブラームスは余りにも有名なウラッハとのウェストミンスター盤があるため大して評価されないが、実に素晴らしい演奏である。確かにフックスには仙人のやうなウラッハの達観はないが、表情は豊かだ。兎にも角にもコンツェルトハウスSQが流石で、ウェストミンスター盤ほどの静謐感はないが、侘び寂びの効いた詠嘆は一頭抜きん出てをり、他団体を引き離してゐる。当盤には収録されてゐないが、フックスとコンツェルトハウスSQはモーツァルトの五重奏曲も録音してゐた。


フランツ・シュミット:ピアノ五重奏曲、クラリネット五重奏曲
イェルク・デムス(p)/アルフレート・プリンツ(cl)/アントン・カンパー(vn)、他
[PREISER RECORDS 93383]

 1965年に録音されたオーストリアの作曲家フランツ・シュミットの室内楽名品。ウィーン・コンツェルトハウスSQを主宰するカンパーはシュミットとの相性は抜群で、弦楽四重奏曲の録音も残してゐた。デムスもまたピアノ作品の録音を残してをり、作曲家に対する敬意が詰まつた1枚なのだ。デムスは名作であるピアノ五重奏曲をバリリSQとウエストミンスターに録音してをり、よく知られてゐるが、実は当盤はそれを上回る出色の出来なのだ。バリリSQの演奏は比較すると脂粉が多く華やかで、当盤の秘めやかな夢想する詩情に及ばない。プーランク風の気怠く諧謔的な第1楽章は頽廃的な趣を表出してをり素晴らしい。当盤の傑作は第2楽章で、淡い水彩画のやうな黄昏のロマンティシズムが漂ふ。カンパーの余韻嫋嫋たる音色が美しい。バリリ盤にはない良さだ。最も蠱惑的な楽章、ショーソンに通じる詩情が美しい第3楽章も理想的な抒情だ。クラリネット五重奏曲変ロ長調はクラリネット、ピアノ、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロといふ大変珍しい編成だ。3楽章制で、連綿たる浪漫漂ふ第1楽章、瞑想する第2楽章、愛らしい愉悦を振りまく第3楽章から成る。肝心のプリンツのクラリネットが幾分明る過ぎて情趣を欠くが、全体的にはウィーン流儀が美しい名演と云へる。



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