楽興撰録

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ピエール・フルニエ


ハイドン:チェロ協奏曲第2番
ドビュッシー:チェロ・ソナタ/ストラヴィンスキー:イタリア組曲
オイゲン・ヨッフム(cond.)/フランシス・プーランク(p)、他
[Tahra TAH 566]

 1950年代、若き頃のフルニエの貴重なライヴ音源である。1952年録音のハイドンはヨッフムの指揮、バイエルン放送交響楽団の伴奏で、ヘファールト編曲版による演奏だ。フルニエが弾くハイドンは勿論気品があつて優美なのだが、どれも大して面白くない。当盤の演奏は快活で、後年の録音よりも良いだらう。当盤の価値は1953年のトリノにおける放送録音にある。ピアノが何と作曲家のプーランクなのだ。ストラヴィンスキーは両者にもつと野性味が欲しいと感じるが、それは難癖で、洒脱な解釈の妙味を味はひたい。ドビュッシーが絶品だ。冒頭から雄弁なプーランクのピアノに魅了される。曇り空のやうなフルニエの物憂い音色がまた心憎い。諧謔に充ちた第2楽章も良く、気怠く乱舞する第3楽章は最高だ。興に乗るプーランクのピアノが無上に素晴らしい。この曲の特別な録音である。決定的名演。


ラロ:チェロ協奏曲
サン=サーンス:チェロ協奏曲第1番
ブルッフ:コル・ニドライ
ブロッホ:シェロモ
コンセール・ラムルー/ジャン・マルティノン(cond.)、他
[DG 00289 479 6909]

 DG/Decca/Philips全集25枚組。1枚目。1960年のDG録音で、フルニエの代表盤。恐らくこの前後がフルニエの絶頂期である。高貴な音色はそのままに強靭な張りと安定感のある技巧が備はつた完全無欠のチェリストであつた。演目が良い。ラロは匹敵する録音は古いマレシャルくらゐだらう。マルティノンとコンセール・ラムルーの情感豊かな伴奏と優秀なステレオ録音といふ条件が整ひ、このフルニエ盤は決定的な王座にある。凛とした佇まいは絶品だ。サン=サーンスも第一に挙げるべき名盤。この曲は奏者による個性が出にくいのだが、第2楽章の美しい情趣こそはフルニエが頭一つ抜ける良さである。オーケストラと音質と3拍子揃つた極上の名演だ。ブルッフは非常に高貴な演奏だが端正さが仇となり、フランスの協奏曲2曲と比べると遜色がある。ブロッホはウォーレンステイン指揮ベルリン・フィルとの1966年の録音で、エルガーの協奏曲との組み合はせであつた。これも見事だが薄口で感銘は劣る。


ドヴォジャーク:チェロ協奏曲
エルガー:チェロ協奏曲
ジョージ・セル(cond.)/アルフレッド・ウォーレンスタイン(cond.)/ベルリン・フィル
[DG 479 6909]


 DG/Decca/Philips全集25枚組。4枚目。ドヴォジャークは1961年、エルガーは1966年の録音で、ベルリン・フィルの重厚な伴奏によるフルニエの代表的な協奏曲録音だ。特にドヴォジャークは天下の名盤として普く知られてゐる。何よりもセルの伴奏が万全だ。隙のない堅牢さだけでなく、随所に情感の揺らぎがあり藝が深い。セルは大カサルスの伴奏も行つてをり、達人の域に達してゐる。一方、フルニエの独奏は全盛期ならではの充実感があるのだが、もう少し土俗的な野性味が欲しくなると云ふのは難癖だらうか。エルガーが素晴らしい。貴公子然とした品格のある音色と憂ひを帯びた歌心を持つフルニエとの相性が良い曲だ。この曲はデュ=プレの激情的な演奏が突出してゐるので、他の奏者は冷や飯を食はされてゐるが、決して見過ごしてはならない録音だ。


ヴィヴァルディ:協奏曲ホ短調
クープラン:チェロと弦楽合奏の為の演奏会用小品
C.P.E.バッハ:チェロ協奏曲
ボッケリーニ:チェロ協奏曲
ルドルフ・バウムガルトナー(cond.)、他
[DG 00289 479 6909]

 DG/Decca/Philips全集25枚組。5枚目。バロックと古典の協奏曲録音は典雅な藝風のフルニエに打つて付けのレペルトワールである。ヴィヴァルディのチェロ・ソナタを編曲した協奏曲とクープランの風流な小品は、フルニエの美質が存分に顕れた名演だ。最高の出来を聴かせるのはC.P.E.バッハの協奏曲で、殊に晴れやかな終楽章の瑞々しい情感は比類がない。名曲ボッケリーニの協奏曲も屈指の名盤だ。愛らしいカサルスの名演を上位に置きたいが、様式美に適つてゐるのはフルニエの方だらう。バウムガルトナーが指揮するルツェルン音楽祭弦楽合奏団の伴奏は重厚感のある一時代前の奏法だが、堂々とした立派な音楽を奏でてをり実に心地良い。


ハイドン:チェロ協奏曲第1番、同第2番
ストラヴィンスキー:イタリア組曲、「マヴラ」よりロシアの歌
ルドルフ・バウムガルトナー(cond.)/エルネスト・ラッシュ(p)
[DG 00289 479 6909]

 DG/Decca/Philips全集25枚組。6枚目。チェロの貴公子フルニエにハイドンの優美な協奏曲は相性抜群と思はれるのだが、演奏は大して良くない。ハ長調協奏曲は蘇演から5年程度の録音であり、フルニエにとつても唯一の録音だ。何となく手中にない感じがあり、物足りない。この曲は溌剌とした生命力を爆発させたデュ=プレの録音が良い。ニ長調協奏曲は何度も録音してゐるレペルトワールだが、優美さばかりが強調され少々退屈な演奏だ。フォイアマンとカサルスの断片録音が余りにも素晴らしいので、フルニエに付け入る隙はなささうだ。ストラヴィンスキーは面白いが、フルニエでなくてはといふ録音でもなからう。


ベートーヴェン:チェロ・ソナタ第1番、同第2番、同第3番
フリードリヒ・グルダ(p)
[DG 00289 479 6909]

 DG/Decca/Philips全集25枚組。11枚目。フルニエは短期間に都合3回ベートーヴェンのチェロ・ソナタ全集を録音した。ピアニストは順にシュナーベル、グルダ、ケンプだ。これは2番目、1959年のグルダ共演盤で、忌憚なく申せばこれが最も上出来だ。シュナーベル盤ではピアノに負けてをり、ケンプ盤は合奏に難があり手放しで称賛出来ない。グルダ盤は断然ピアノに活気があり、アンサンブルが抜群に巧いのだ。フルニエも潤ひがあり、絶頂期であることを感じる。第1番第1楽章主部が始まる箇所の期待に溢れた愉悦には妙味がある。第2楽章の躍動も絶品だ。第2番第2楽章も魅惑に溢れてゐる。第3番も見事だが、柔和さが勝るのでもう少し力強さが欲しくなる。


ベートーヴェン:チェロ・ソナタ第4番、同第5番、「マカベウスのユダ」の主題による12の変奏曲WoO45、「魔笛」の主題による7つの変奏曲WoO46、「魔笛」主題による12の変奏曲
フリードリヒ・グルダ(p)
[DG 00289 479 6909]

 DG/Decca/Philips全集25枚組。12枚目。ハ長調ソナタの冒頭から高貴な音色と歌に引き込まれる。フルニエ最良の美質が詰まつてゐる。この曲の最上位に置いても良い名演だ。ニ長調ソナタはフーガの表情が柔和で緊張感に欠けて面白くない。フルニエらしい演奏ではあるのだが。変奏曲が滅法素晴らしい。最も良いのは「マカベウスのユダ」変奏曲で、活気あるグルダの音楽が生命を吹き込んでをり、貴公子フルニエとの絶妙な丁々発止が聴ける。両者の共演での白眉はこれだ。比較すると幾分遜色はあるが、2つの「魔笛」変奏曲も同様に見事だ。


ブラームス:チェロ・ソナタ第1番、同第2番
フランク:ソナタイ長調
ルドルフ・フィルクシュニー(p)/ジャン・フォンダ(p)
[DG 00289 479 6909]

 DG/Decca/Philips全集25枚組。15枚目。フィルクシュニーとのブラームスは1965年の録音。フルニエにはバックハウスとの録音もあつた。人肌の温もりが伝はる包み込むやうな音でブラームスの渋みのある楽曲を朗々と鳴らして行く。チェコの名手フィルクシュニーによる滋味豊かな伴奏も見事で、両曲の代表的な名盤と云つても憚りないだらう。しかし、先輩格のフランス人マレシャルがダルレ女史と組んで録音した圧倒的な火花と比較して仕舞ふと、フルニエのこれらの録音は存在価値が全くなくなる。真の音楽はマレシャル盤にある。フランクのソナタはヴァイオリン・ソナタをチェロで弾いたもの。デュ=プレにも同様の録音があつた。フランス情緒が漂ふ名演であるが、所詮は編曲で、原曲を超える魅力は持たない。


シューベルト:アルペジオーネ・ソナタ
メンデルスゾーン:協奏的変奏曲
シューマン:幻想小曲集、民謡風の5つの小品
ショパン:チェロ・ソナタ
ジャン・フォンダ(p)
[DG 00289 479 6909]

 DG/Decca/Philips全集25枚組。16枚目。盛期を過ぎた頃の録音だが、最も性に合つた名曲らを円熟した技で聴かせて呉れる至福の1枚。ドイツの初期ロマン派作品を弾いてフルニエ以上の奏者は探せまい。最初期から繰り返し録音してきたアルペジオーネ・ソナタだが、気品溢れる音色と情熱的な気魄が一体となつた当盤が一番良い出来だらう。技巧的な丁々発止を繰り広げるメンデルスゾーンも最高だ。情緒豊かで陰影が深い。フォンダのピアノも見事で、交響的な広がりを聴かせて呉れる。シューマンは音色自体が詩情を醸し出してをり流石だ。しかし、幾分散漫でやや感銘が劣る。ショパンはフルニエが全霊を込めた激しい演奏で挑んでをり、フォンダのピアノ共々燃え上がつてゐる。かのデュ=プレ盤が大人しく聴こえるほどだ。技巧が万全でない箇所はあるが、熱い音楽が瑣末事を吹き飛ばしてゐる。颯爽とした抒情も美しい。


フランクール/ハイドン/ヴェーバー/ショパン/リムスキー=コルサコフ/シューマン/チャイコフスキー/ドヴォジャーク/パガニーニ、他
ラマール・クラウソン(p)
[DG 00289 479 6909]

 DG/Decca/Philips全集25枚組。17枚目。1969年1月に録音された小品集。チェロの為に書かれた作品はポッパー「妖精の踊り」、ドヴォジャーク「ロンド」、サン=サーンス「白鳥」くらゐで、ピアノ曲、歌曲、ヴァイオリン曲からの編曲が殆どである。フルニエの円やかで温かみのある高貴な音色はゆつたりとした歌に良く、かうした小品では不出来な演奏はひとつもない。矢張り古典の曲における格調の高さが特別で、フランクール、ハイドン、ヴェーバーのソナタの楽章を編曲したものが巧い。フランスの楽曲、即ちグノー「アヴェ・マリア」とサン=サーンス「白鳥」では御家藝の強みを発揮してゐる。シューマンとの相性も良く、アダージョとアレグロは名演だ。チャイコフスキーの憂ひを帯びた歌も良く、「感傷的なワルツ」「奇想的小品」は絶品だ。他方、ブラームスの歌曲やドヴォジャーク「ロンド」は重厚さが足りなくて面白くない。珍しいパガニーニ「エジブトのモーセによる幻想曲」の豪奢な編曲が滅法楽しい。超絶技巧と歌心が融合した逸品。


バッハ:無伴奏チェロ組曲(全6曲)
[DG 00289 479 6909]

 DG/Decca/Philips全集25枚組。18枚目と19枚目。今更何も述べる必要のない無伴奏チェロ組曲の名盤の中の名盤である。この曲集の録音では結局二強の地位は変はらないやうだ。フルニエ盤とカサルス盤だ。録音の意義や重みを鑑みるとカサルス盤を外すのは不見識で、第6番の圧倒的な気魄は今だに超える者がない。だが、その他の曲はカサルス盤よりも良い演奏が様々ある。全6曲最も安定した良さを聴かせるのはフルニエだ。音色が温かく気品がある。これはあらゆるチェリストを圧倒してゐる要素だ。第1番の冒頭から世界が違ふ。晴れやかで清涼感すら感じさせる。優雅な歌と余裕のあるリズムも相まつて高貴な趣が素晴らしい。これもフルニエ盤の特徴だ。一方で寂寥感には欠け深刻さはない。短調作品ではやや表面的な美しさに傾いてをり物足りない。良いのは第4番、次いで第1番、次に第3番だらう。


ボッケリーニ:チェロ協奏曲
ヴィヴァルディ:協奏曲ホ短調
クープラン:チェロと弦楽合奏の為の演奏会用小品、他
ルツェルン音楽祭弦楽合奏団/ルドルフ・バウムガルトナー(cond.)
アーネスト・ラッシュ(p)
[DG 00289 479 6909]

 DG/Decca/Philips全集25枚組。22枚目。1952年のDeccaへのモノーラル録音。これは2つのアルバムから成る。前半のバウムガルトナーとのボッケリーニ、ヴィヴァルディ、クープランは後にDGにも同じくバウムガルトナーと再録音をしてゐる。フルニエは常に安定した出来を聴かせるので、優劣は付けにくいのだが、この旧盤の方が表現に熱量があつて好ましい。新盤は高貴であり格調高い。好き好きだが大差はない。後半はラッシュとの小品集。演目はバッハ「我心より焦がれ望む」、ブロッホ「ニグン」、クライスラー「クープランの様式によるルイ13世の歌とパヴァーヌ」、ドビュッシー「美しき夕暮れ」、フォレ「糸を紡ぐ女」、ガーシュウィン「3つの前奏曲」より2曲目、ニン「グラナディーナ」。ブロッホは薄口で、珍しいガーシュウィンも洒落過ぎて良くないが、それ以外は貴族的な美しさが滲み出た名演である。


バッハ:ヴィオラ・ダ・ガンバの為のソナタト長調BWV.1027、同ニ長調BWV.1028、同ト短調BWV.1029
ズザーナ・ルージチコヴァー(cemb)
[ERATO WPCC-5021]

 1973年の録音。ヴィオラ・ダ・ガンバの為のソナタ全3曲をチェロで弾いた録音である。フルニエは無伴奏チェロ組曲での名盤を残してをり、このソナタ集でも気品ある名演を堪能出来る。作品の雰囲気を重視し、伴奏はルージチコヴァーのチェンバロで典雅さを加へてゐる。チェロの演奏として楽しむと大変極上であり、フルニエのまろやかで貴族的な音色が充溢してをり、これほど優美な演奏は他では味はへない。一方、作品の持つ古雅な妙味を求めると、フルニエの音色は温かく広がつて包み込むので、だうも人情味が出過ぎて侘びた趣がない。手放しでは称賛出来ないといふのは難癖なのだらうが。



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