楽興撰録

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ワンダ・ランドフスカ


バッハ:ゴルトベルク変奏曲
バード/ランドフスカ/ダカン/クープラン/スカルラッティ
[united archives UAR018]

 戦前ヨーロッパ録音全集8枚組。先般、惜しくも廃業して仕舞つたunited archivesの最も重要な復刻。ランドフスカの復刻は英Pearlや英Biddulphなどから大分出てゐたが、1928年から1940年に及ぶ戦前ヨーロッパ録音全集は当盤が初めてとなる。アメリカでの録音は含まない。主に録音技術が乏しかつたことから、名声の割にランドフスカの特製チェンバロはその魅力を充分に伝へ切れなかつた恨みがある。しかし、この極上の復刻で聴くと、一世一代限りの特殊楽器がえも云はれぬ高貴な味はひに充ちてゐることが解る筈だ。偉大な音楽家が求めた音が雅に響く。1枚目。最初期の録音となる小品8曲と、1933年に録音されたバッハのゴルトベルク変奏曲が収録されてゐる。ゴルトベルク変奏曲は勿論名演だが、特に小品が良く、バッハ「ハ短調幻想曲」の壮麗さ、自作「オーヴェルニュのブレー第2番」の躍動感、クープラン「恋の鶯」の典雅な趣は絶品である。


クープラン:クラヴザン曲集(26曲)
ラモー/シャンボニエール/ダカン/リュリ
[united archives UAR018]

 2枚目。1934年に録音されたクープランのクラヴザン曲集はランドフスカの最高傑作である。短い曲も詳細に数へると26曲あり、典雅な趣、洒脱な語り口は絶品だ。標題を反映した各楽曲の描き分けが堂に入つてをり、間然する所がない。特製チェンバロの艶やかな音色が千変万化し、聴く者を感じ入らせるだらう。何よりも今まさに生命を吹き込まれたやうな瑞々しさがあり、楽器云々を超えた表現の豊かさに至福のひとときを過ごせるだらう。英Pearlからも復刻されてゐたが、出来れば極上の音で鑑賞出来る当盤で聴くのが良い。ラモーの組曲からの5曲も同様に風流の極みだ。


スカルラッティ:ソナタ集(20曲)
ヘンデル:ハープシコード組曲第2番、同第5番
[united archives UAR018]

 3枚目。1934年に録音されたスカルラッティのソナタ20曲は代表的録音だ。ランドフスカは1939年から1940年にかけて更に20曲の録音を行つてゐる。英Pearlからも出てゐたが、音質の優れた当盤での鑑賞をお薦めする。ランドフスカの遺産では第1にクープラン、第2にバッハが素晴らしいのだが、次いでその分量と内容でスカルラッティを挙げねばなるまい。多様な調性で千差万別の性格が楽しめるソナタの描き分けが見事だ。ヘンデルのハープシコード組曲が実に良い。典雅さと荘厳さがある。第5番の終曲は有名な「調子の良い鍛冶屋」のエアと変奏曲だ。何度も吹き込んだ自家薬籠中の曲で、組曲の中で聴くのも実に感慨深い。最盛期の華やかな技巧も特筆したい。


ヘンデル:ハープシコード組曲第7番、同第10番、同第14番
バッハ:パルティータ第1番、6つの小プレリュードBWV.933〜938、半音階的幻想曲とフーガ
[united archives UAR018]

 4枚目。3枚目の第2番と第5番に続いてヘンデルの組曲が3曲収録されてゐる。第7番の終曲6曲目は有名はパッサカリアで、ハルヴォルセンの二重奏編曲でも知られる曲だ。特殊チェンバロによる壮麗な演奏はヘンデルに打つてつけで、ランドフスカの録音中でクープランやラモーなどと並んで現代でも価値が減じない。バッハは競合盤が多くランドフスカを贔屓にすることは出来ないが、小プレリュード集の感興は流石だ。半音階的幻想曲とフーガは戦前の代表的な名盤であり規範となる。パルティータは最も感銘が薄い。矢張り清廉なリパッティのピアノによる演奏の印象が強過ぎるのだらう。


バッハ:トッカータ、フランス組曲第6番、イタリア協奏曲、イギリス組曲第2番
パッヘルベル:マニフィカト(2曲)、他
[united archives UAR018]

 5枚目。ランドフスカは1933年にゴルトベルク変奏曲を録音した後、1935年から1936年にかけてバッハ作品を大量に録音した。当盤ではよく知られたイタリア協奏曲、フランス組曲第6番、イギリス組曲第2番、そして、トッカータBWV.912が重要だ。ランドフスカに最も合つた曲はフランス組曲だらう。それよりも充実した名演がトッカータだ。この他に、小プレリュードBWV.924とBWV.939、プレリュードBWV.999、小フーガBWV.961も録音してゐる。斯様な小品の巧さは流石で語り口に脱帽する。パッヘルベルの第2旋法と第8旋法によるマニフィカトは、単純な作品だけに古雅な趣が素直に出てをり非常に美しい。


ヘンデル:協奏曲変ロ長調Op.4-6/ハイドン:チェンバロ協奏曲ニ長調/モーツァルト:ピアノ協奏曲第26番「戴冠式」
ウージェーヌ・ビゴー(cond.)、他
[united archives UAR018]

 6枚目。充実の協奏曲録音だ。オルガン協奏曲として有名なヘンデルの名作から典雅なランドフスカの藝術を満喫出来る。驚くほどチェンバロの音が良く吹き込まれてをり、改めてこの復刻の見事さに感心する。特製チェンバロの良さは華やかな協奏曲において最大限の魅力を発揮する。極上の名演だ。ハイドンの最も有名な協奏曲は更に素晴らしい。技巧的な箇所の処理も鮮やかで、熱を帯びた音楽はランドフスカが単なる古楽復興者ではないことを立証する。深い歌心の緩徐楽章、生気に充ちたハンガリー風ロンド、息の合つたビゴーの伴奏、何れも最高だ。モーツァルトは数少ないピアノでの録音。戦前の代表的な名盤であつた。品が良く可憐な名演だが、強い個性に欠け王座を占める演奏ではない。


ヘンデル:調子の良い鍛冶屋/ハイドン:メヌエット嬰ハ短調、バッロ・テデスコ/モーツァルト:幻想曲二短調/ラモー:組曲ホ短調/バッハ:チェンバロ協奏曲第1番
ウージェーヌ・ビゴー(cond.)、他
[united archives UAR018]

 7枚目。1937年と1938年に録音された絶頂期の記録ばかり。重要なのはバッハの協奏曲と、ラモーの組曲である。バッハはフィッシャーのピアノによる演奏と共に戦前を代表する極上の名盤であつた。求心的で壮麗な演奏は古楽器演奏が全盛の現在でも強い生命力をもつて聴き手に迫る筈だ。典雅なビゴーの伴奏も上等だ。録音も良く、ランドフスカの協奏曲録音の総決算だと云へる。ラモーが傑作だ。有名なタンブーランを含む悲愴感漂ふ名曲を情感豊かに弾いてゐる。これはクープランと並ぶランドフスカの最高の録音だ。「調子の良い鍛冶屋」として知られるヘンデルのエアと変奏の風雅な味はひ、簡素なハイドンの小品2曲の趣味の良さも素晴らしい。モーツァルトは数少ないピアノでの演奏。この曲には特に女流演奏家らの名演が犇めいてをり、ランドフスカの演奏に殊更興味を感じない。寧ろチェンバロで演奏した方が面白みがあつたであらう。


スカルラッティ:ソナタ集(20曲)
[united archives UAR018]

 8枚目。ヨーロッパにおける最後の録音となる1939年と1940年の録音。ランドフスカはスカルラッティのソナタを1934年にもまとめて20曲録音してゐた。これら計40曲分は全て英Pearlからも復刻があつた。演奏は華美で、細部まで表情の描き分けがあり、極上の仕上がりだ。さて、パリ陥落前夜の1940年3月に録音されたニ長調ソナタL.206/Kk.490は演奏中に遠くで鳴る大砲の音が入つて仕舞つたことで有名な録音だ。典雅で静かな曲だけに重い3発の大砲の音は印象的だ。この録音の後にランドフスカは渡米し、ヴィクター・レーベルでの録音活動を開始する。


C.P.E.バッハ:チェンバロ協奏曲ニ長調/ヘンデル:協奏曲変ロ長調Op.4-6/プーランク:田園のコンセール
レオポルト・ストコフスキー(cond.)、他
[Music&Arts CD-821]

 戦火を逃れて渡米したランドフスカの貴重なライヴ録音集第1巻2枚組。1枚目。ヘンデルとプーランクは何とストコフスキー指揮ニューヨーク・フィルとの共演で、1949年11月19日の演奏会記録だ。ヘンデルは有名なオルガン協奏曲の編曲で、戦前欧州時代にもセッション録音を残してゐる。音質等も考慮するとこのライヴ録音は鑑賞向きではないが、生気のある演奏に惹かれる。演奏終了時に鮮明に発せられた「ブラヴォ!」はストコフスキーの声だらう。ランドスフカが委嘱し作曲されたプーランク作品には正規セッション録音が残されてゐないので、この録音は値千金だ。プーランクの語法が満載の愉快な曲で、何と云つてもストコフスキーの色彩的な指揮が魅惑的だ。特に第2楽章が素晴らしい。カール・フィリップ・エマニュエルの協奏曲はアドルフ・コルドフスキー指揮、トロントのCBC室内管弦楽団の伴奏による1943年の演奏記録。ランドフスカ唯一の音源で貴重だ。まずはこの名曲を取り上げたことを称賛したい。傑作は疾風の如く駆け抜ける第3楽章で、これぞ古典派、音楽の喜びが詰まつてゐる。


モーツァルト:ピアノ協奏曲第13番、同第22番
ニューヨーク・フィル/アルトゥール・ロジンスキー(cond.)
[Music&Arts CD-821]

 2枚目。2曲とも唯一の演目となり貴重だ。モーツァルトではチェンバロではなくピアノでの演奏だ。端正な演奏であるが、内面から湧き出る浪漫があり陰影が深い。決して過大な表現をしてゐる訳ではなく、そこはかとなく繊細な玄人好みの演奏なのだ。とは云へ、往時では常套的な演奏の範疇であり、ランドフスカの演奏に特別さはない。減り張りのあるロジンスキーの棒と豊麗な響きで包み込むニューヨーク・フィルの伴奏はロマンティックではあるが極めて見事。K.482の第2楽章の美しさは印象深い。録音状態が良ければ屈指の名演と数へられただらう。K.415も総じて素晴らしく大変な名演なのだが、この曲にはハスキルの絶対的な名盤があり、他の演奏は影が薄くなる。


ラモー:クーラント、第2ジーグとロンド/ヘンデル:ハープシコード組曲第7番、同第5番(部分)/バッハ:イギリス組曲第2番/ヴィヴァルディ:協奏曲ニ長調
[Music&Arts CD-959]

 戦火を逃れて渡米したランドフスカの貴重なライヴ録音集第2巻。全て初出音源、ラッカー盤に刻まれた記録だ。1943年、1947年、1949年の放送録音で、音質は概ね水準以上で鑑賞に差し支へはない。ヘンデルとバッハは優れたセッション録音が残されてゐるので稀少価値こそないが、ライヴならではの感情が出てをり、色彩豊かな特製チェンバロの魅力が強く感じられ、ランドフスカが偉大な演奏家であつたことを実感させる演奏の連続だ。ラモーはクラヴザン小品からの部分演奏で、初演目となると思はれるが、典雅な趣が素晴らしい。当盤の目玉はヴィヴァルディであらう。晴れやかな気分に満たされる極上の名演で、終楽章の疾走は爽快だ。


ハープシコード音楽の珠玉
ポーランド古来の舞曲集(パデレフスキの為の演奏)
[Naxos Historical 8.111055]

 ランドフスカがRCAヴィクターに録音した2つのアルバム―1946年録音の「ハープシコード音楽の珠玉」と1951年録音の「パデレフスキの為の演奏」―をひとつに纏めた好企画盤。復刻者がオバート=ソンで、極上の音で一世一代の藝術を堪能出来る。「ハープシコード音楽の珠玉」ではこれまで繰り返し録音されて来た曲目が多く含まれてをり、集大成の感がある。バッハ、スカルラッティ、シャンボニエール、ラモー、クープラン、クロフト、ヘンデル、モーツァルト、ヴィヴァルディとある中で、矢張りスカルラッティとクープランの語り口が絶品だ。壮麗なヘンデル「調子の良い鍛冶屋」は大変な名演で、ヴィヴァルディのニ長調協奏曲は演目としても重宝される。モーツァルトが面白い。ロンドK.485とトルコ行進曲はチェンバロによつてピアノとは全く異なつた表現を獲得してゐる。「パデレフスキの為の演奏」と題されたアルバムからは、ポーランド人音楽家ランドフスカの使命感とも云ふべき気概が伝はつてくる。古いポーランドの作曲家の作品、ランドフスカによる編曲や自作自演、ポロネーズ様式によるラモーやクープランの作品などで、素朴で土俗的な舞踏音楽が力強い。注目はショパンのマズルカ第34番で、ピアノとは違つた絢爛たる趣に目から鱗が落ちる思ひがする。



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