楽興撰録

声楽 | 歌劇 | 管弦楽 | ピアノ | ヴァイオリン | 室内楽その他



コンチータ・スペルヴィア


録音全集第1巻
フォノティピア録音&オデオン録音(1927年〜1928年)
[Marston 52041-2]

 スペインの情熱が生んだ不世出のメッゾ・ソプラノで、絶対的なカルメン歌ひであるスペルヴィア。復刻は散発で幾つかあつたが、Marstonから全復刻の企画が出た時はどれだけ感謝したことであらうか。往年の歌手らの録音が古めかしさを感じさせるのに対して、スペルヴィアだけは様式よりも感情表現を優先した歌手として新鮮な驚きと感動を与へて呉れる。間断なくヴィブラートを用ゐたモルト・エスプレッシーヴォで歌ひ、高音で張らずディミニュエンドで表情を付ける歌唱はムツィオと共通する。第1巻2枚組の1枚目は32歳頃の初期録音集で、歌劇では「カルメン」の3曲があるが、イタリア語歌唱なのと後年の極上の再録音があるので重要ではない。当盤ではロッシーニ「チェネレントラ」「セビーリャの理髪師」「アルジェのイタリア女」が素晴らしい。特に「アルジェのイタリア女」の4曲は血潮滾る情熱的かつ蠱惑的な名唱だ。10曲のカタルーニャ語やスペイン語によるマネンやトルドラの歌曲やサルスエラの数々は無論別格で、決定的な名唱である。


録音全集第1巻
フォノティピア録音&オデオン録音(1927年〜1928年)
[Marston 52041-2]

 第1巻2枚組の2枚目。お得意の「セビーリャの理髪師」「フィガロの結婚」「ヘンゼルとグレーテル」におけるむず痒い艶やかな歌は今日では決して聴くことの出来ない感情の発露である。重要なのは「ばらの騎士」のオクタヴィアンを歌つた2曲である。間断なく用ゐられるヴィブラートが木目細かく感情の揺れを表現する。しかし、本当に素晴らしいのはスペインの歌曲や民謡だ。御家藝といふのみならず、他の歌手による録音が不要と断言出来る絶品ばかりなのだ。トルドラやトゥリーナなどの名の知られた作曲家の作品は勿論、ファリャが編曲した民謡など情感豊かな歌の数々を、スペルヴィアの妖艶な歌唱が血を通はせ、聴く者を魅了する。情欲の吐息が漏れ出すやうな歌唱は恐るべき誘惑と化す。


録音全集第2巻
フォノティピア録音&オデオン録音(1929年〜1930年)
[Marston 52050-2]

 第2巻2枚組の1枚目。全盛期の録音が収録されてをり、全ての歌唱が驚くべき生命力を放出してゐる。情熱的なヴィブラートと表情豊かなディミュヌエンドが織りなす歌唱は今日の聴き手をも唸らせるだらう。他の歌手を必要としない伝説の歌手のひとりだ。スペインの歌曲やサルスエラは正に独擅場で、チャピ、アルベニス、ロメロ、Alvarezの作品は絶対的だ。8曲から成るGennai"CANZONCINE"は台詞付きで滅法楽しい。その他、有名曲ではロッシーニ「チェネレントラ」の沸き立つやうな熱唱、トーマ「ミニョン」で聴かせる色気は比類がなく、トスティ「最後の歌」の豊かな情感、パイジェッロ"I ZINGARI IN FIERA"の快活さ、ペルゴレージ原作"Se tu m'ami"で聴かせる悲哀、ドリーブ「カディスの娘」の艶やかな情熱など表現の幅が尋常ではない。カルメンだけで語られる歌手ではないのだ。


録音全集第2巻
フォノティピア録音&オデオン録音(1929年〜1930年)
[Marston 52050-2]

 第2巻2枚組の2枚目。ドリーブ「こんにちは、シュゾン」とグリーグ「早咲きの桜草もて」を除けば、全てスペインの楽曲で、他の歌手からは味はへないスペルヴィアの魅力を存分に聴ける。そのドリーブとグリーグだが、情緒過多な歌唱を聴けばスペルヴィアの特異性が如実にわかるだらう。最も重要な録音はファリャの7つのスペイン民謡の全曲で、この曲集の決定的な名唱である。神秘的な情熱を結晶させた歌声に逆らふことなど出来やしない。「恋は魔術師」からの2曲も凄まじい。火を噴きさうな熱気に圧倒される。チャピ「セベデオの娘たち」における魔女の如く妖艶な歌唱は、生命力が桁違ひだ。同様にブレトンやセラーノのサルスエラの素晴らしさも比類がない。歌曲はどれひとつ取つても絶唱と呼ぶに相応しい。有名な曲ではグラナドスのアンダルーサがあり、綺麗事ではない魂の声が琴線に触れる。それ以外では、モレーラ、リバス、トルドラ、ゴメス、それにマネンの編曲した民謡など名唱が盛り沢山だ。


録音全集第3巻
オデオン録音&パーロフォン録音(1930年〜1932年)
ガストン・ミケレッティ(T)、他
[Marston 52060-2]

 第3巻2枚組の1枚目。「カルメン」からの10曲が収められた最も重要な1枚である。1930年と1931年にスペルヴィアの為に組まれた録音で、フランス語歌唱、管弦楽伴奏でカルメン役の曲を網羅してゐる。古今東西を通じて最高のカルメン歌ひはスペルヴィアである。これは譲れない。絶対だ。カルメンといふ役に対する声質や表現の適性だけではない。純粋な歌唱藝術の高さからもスペルヴィア以上のカルメンは考へられない。煽情的なヴィブラートと思はせ振りなディミュヌエンドの絶妙さ。「ハバネラ」の蠱惑的な歌ひ出しを聴いただけで別世界に引き摺り込まれるだらう。全曲としての録音企画でなかつたのが何よりも惜しい。残りの収録曲はスペイン語、カタルーニャ語などで歌はれる歌曲の数々だ。これもスペルヴィア絶対の名唱ばかりである。ロドリーゴ、モンポウなどの作品やレオヨのサルスエラなど哀愁と陽気さの織り交ざつた多彩な曲を楽しめる。殊にイラディエル「ラ・パロマ」、バルベルデ「クラベリートス」、ホアキン・ニンの編曲による民謡などは絶品だ。ラテン語で歌はれたグノー「アヴェ・マリア」に全身全霊を打ち込むスペルヴィアの特徴が集約されてゐる。


録音全集第3巻
オデオン録音&パーロフォン録音(1930年〜1932年)
[Marston 52060-2]

 第3巻2枚組の2枚目。最も脂の乗り切つた歌唱が吹き込まれてゐる。有名曲ではグノー「ファウスト」より2曲、マスネ「ウェルテル」、トーマ「ミニョン」、サン=サーンス「サムソンとデリラ」、珍しいところではベルリオーズ「ファウストの刧罰」とフランスの作曲家による名曲が収録されてゐる。何れも濃厚な表情付けの忘れ難い名唱だ。個性的なのはプッチーニ「ボエーム」よりムゼッタのアリアだ。フランス語による歌唱だが、これほど情感豊かな名唱は一寸聴いたことがない。奔放なムゼッタを表現し切つた絶唱だ。スペイン語によるスペイン歌曲の素晴らしさについては多くの言葉を要しないだらう。スペルヴィアの域に達した歌手はゐない。珍品ではメンデルスゾーン「無言歌」を編曲して歌つたのは面白い。また、ロンドンでの6曲の吹込みは英國の歌曲を英語で歌つてをり、スペルヴィアのレペルトワールでは特殊だ。コットラウ「サンタ・ルチア」の素晴らしさも忘れずに述べておこう。


録音全集第4巻
オデオン録音&ウルトラフォン録音(1932年〜1933年)
ルイ・アルヌー(T)、他
[Marston 52061-2]

 第4巻2枚組の1枚目。メッゾ・ソプラノの主要曲を殆ど録音して仕舞つたスペルヴィアは絶対的な領域であるスペインの世俗的な歌を続々と吹き込んだ。1932年のスペイン・オデオンに録音した曲目は一般的な興味からは遠いが―1曲だけルビンシテイン「ヘ調のメロディー」の編曲がある―、スペルヴィア以外での歌手で鑑賞する気を一切なくさせる別格中の別格の歌唱ばかりである。ガリシア、カタラン、アンダルシアの言葉も丁寧に使ひ分けてゐる。サルスエラは1曲のみで、ハバネラ、サルダーナ、ボレロなどの様式による俗歌は安つぽい伴奏と相まつて雰囲気満点だ。ニンの編曲した民謡は中でも聴き応へがある。情感豊かなヴィブラートとディミュヌエンドによる歌唱は更に進化を遂げてゐる。


録音全集第4巻
オデオン録音&ウルトラフォン録音(1932年〜1933年)
ルイ・アルヌー(T)、他
[Marston 52061-2]

 第4巻2枚組の2枚目。1932年のスペイン・オデオンへの録音の続きと、1933年のフランス・ウルトラフォンへの録音だ。1932年録音では引き続きスペイン歌曲を吹き込んでゐる。他では聴くことのない曲ばかりだが恐ろしく蠱惑的である。サルスエラも4曲歌つてゐる。これらも別格の名唱だ。重要なのはグラナドス「トナディーリャス」だ。「マハ」の3曲を除く7曲も歌つてをり宝物だ。ウルトラフォン録音はテノールのアルヌーとの共演でレハール「フラスキータ」抜粋が大物だ。フランス語での珍録音で8曲を吹き込んでゐる。また、ギターのクエンコが伴奏をしたスペイン民謡での滾る情熱は比類がない。余白には1930年のフランス・オデオン録音の補遺でトルドラの歌曲が2曲収録されてゐる。カタランでの歌唱だ。


全録音集成第5巻
補遺録音(4曲)/別テイク録音(12トラック)
マリア・バリエントス(S)録音選集
[Marston 51010-2]

 第5巻。全4巻CD8枚で完結の予定であつたが、新発見の4曲が収録されてをり蒐集家は当然持つてゐなくてはなるまい。追加曲はロンガス”Canço de traginers”、グラナドス”Boires Baixes”、チャピ”EL MILAGRO DE LA VIRGEN”、セラーノ”LA REINA MORA”だ。残りは別テイク録音であり、違ひを指摘するのは難しいが厳密には別録音だから有難く拝聴しよう。改めてカルメンの素晴らしい歌唱には圧倒された。本当に惜しい歌手を若くして失つた。スペルヴィアの歌唱は時代を超えた生命力がある。余白にマリア・バリエントスと作曲者自らがピアノ伴奏をしたファリャ「7つのスペイン民謡」全曲、「恋は魔術師」、「コルドバへのソネット」が収録されてゐる。コロムビアへの大変有名な録音で復刻は他にもあつた。自作自演の価値もあり決定的な名盤である。



声楽 | 歌劇 | 管弦楽 | ピアノ | ヴァイオリン | 室内楽その他


BACK