楽興撰録

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クレメンス・クラウス


ベートーヴェン:交響曲第2番/ブルックナー:交響曲第4番より第3楽章/ブラームス:交響曲第3番、ハンガリー舞曲第1番、同3番
ウィーン・フィル
[PREISER RECORDS 90258]

 1929年から1930年にかけて吹き込まれた最初期の録音集。クラウスは録音が少なく、これらの演目は全てこれが唯一の音源となる。ベートーヴェンの交響曲はこの第2番しか残してゐない。テンポは速めで活気はあるが、雑然とした演奏でウィーン・フィルの精度も良くない。クラウスならではの典雅さも聴かれず、颯爽としただけの凡庸な演奏だ。ブルックナーこそ珍品だ。他に録音は一切ない。改訂版を用ゐた演奏で矢鱈とヴァイオリンが目立つ。荒れ目の演奏だが、野人ブルックナーの作品を録音した意気込みは感じられた。ブラームスの交響曲は1930年とは思へないほど生々しい音で、墺プライザーによる復刻技術の素晴らしさに只只感心する。演奏も滴るやうな情念を聴かせ、当時としてはメンゲルベルク盤と双璧を為した名盤である。2曲のハンガリー舞曲は侘びた雰囲気が乙だ。当盤は全曲に亘つて伝説的コンツェルトマイスター、アルノルト・ロゼーの音楽が前面に聴こえてきて、残念ながらクラウスの個性を刻印した録音ではない。


シュトラウス:ティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯、死と変容、「町人貴族」組曲
ミラノ・スカラ座管弦楽団/ロンドン・フィル/ウィーン・フィル
[DUTTON LABORATORIES CDBP 9816]

 流石は英Duttonで、在り来たりではないクラウスのシュトラウス録音の復刻だ。クラウスは戦後にウィーン・フィルを振つて英Deccaにシュトラウスの主だつた作品を録音したが、当盤の復刻は全てDecca録音とは違ふものなのだ。まず、ティルがミラノ・スカラ座管弦楽団との演奏といふのが珍しい。重厚なドイツ風の演奏とは様子が違ふが、劇的な描写力はオペラを本領とするオーケストラの持ち味が成せる技だ。死と変容はロンドン・フィルとの録音で、墺プライザーからも復刻はあつたが、非常に珍しい録音である。唯一の演目でもあり貴重だ。クラウスが指揮するとどんなオーケストラからもウィーン・フィルのやうな妖艶な音を引き出すから摩訶不思議だ。さて、町人貴族はウィーン・フィルとの演奏だが、戦後の録音ではなく1929年10月31日、クラウス最初期の録音なのだ。演奏自体は戦後のDecca録音を採るべきだが、ヴァイオリン独奏が重鎮アルノルト・ロゼーであり興味深い―個性的な奏法なので間違ひない。


シュトラウス一家
ワルツ・ポルカ集
ウィーン・フィル
[Biddulph WHL 001]

 ニューイヤーコンサートの創始者クラウスは当然シュトラウス一家の録音を沢山残してゐるが、最も有名なのはウィーン・フィルを指揮した戦後のDecca録音だらう。当盤は全て戦前の録音で、1929年からのHMV録音と1940年のテレフンケン録音から編まれてゐる。クラウスの深刻振らない粋な音楽造りこそがシュトラウスの演奏における極意なのだ。Decca録音にも云へることだが、ワルツよりもポルカの出来が良い。傑作は「常動曲」で、相性の良さが作為なく出た名演だ。次いで「エジプト風行進曲」、「アンネン・ポルカ」、ヨゼフ・シュトラウスの「鍛冶屋のポルカ」が楽しい。優美な「南国のばら」や「青きドナウ」も名演だ。


ベートーヴェン:ミサ・ソレムニス
ストラヴィンスキー:「プルチネッラ」組曲
デュカ:魔法使ひの弟子
トルーデ・アイッパーレ(S)/ユリウス・パツァーク(T)/ゲオルグ・ハン(Bs)
ウィーン・フィルと合唱団
[DG 435 329-2]

 ウィーン・フィルとは抜群に相性が良かつた名指揮者クラウスの貴重な実況録音集。ベートーヴェンの大曲は1940年の録音であるが、この頃に同じ顔触れで録音されたハイドンの「天地創造」「四季」のやうに録音状態が水準以上で鑑賞に充分に耐へうる。官能的で優美な音楽を創るクラウスはベートーヴェン作品の録音を僅かしか残してをらず、指向性は明らかに異なる。通常は荘厳に演奏されるミサ曲においてもクラウスの個性が前面に出てをり、異色とも云へる華美な演奏だ。全体的に雑な仕上がりである為、推薦こそしないが精力的で面白い演奏であることは間違ひなく、退屈せずに聴けることは保証する。独唱陣もクラウスのお気に入りで揃へてをり、色気たつぷりのクラウス独自の世界を堪能出来る。シュナイダーハンと思しきヴァイオリン独奏も美しい。ストラヴィンスキーは1952年の録音で、1949年組曲版による演奏だから現代音楽紹介に積極的だつたクラウスの一面を知ることが出来る。機能的な演奏ではなく、侘びた情趣が印象的だ。管楽器の精度が悪く感興が落ちるが、弦楽器は美しい。ボスコフスキーだらうか、ヴァイオリン独奏が突出して巧い演奏だ。デュカは1953年の演奏でクラウスの演目としては特殊だ。残念ながら雑な演奏で特徴も薄い。


第2回ニューイヤーコンサートGP録音(1940年12月31日)
ウィーン・フィル
[WIENER PHILHARMONIKER WPH-L-K-2006/12]

 元旦の恒例行事ニューイヤーコンサートを創始したクラウス。ニューイヤーコンサートの本番録音は生涯最後となつた1954年の記録だけが確認されてゐるが、第2回目の記録が残されてゐると知つた時は驚いた。とは云へ、ニューイヤーコンサート本番前日、即ち1940年12月31日、恐らくゲネラル・プローベを兼ねて行はれた放送用録音である―撮り直しなしの一発録音なのは確かである。年代の水準を超えた残響豊かな録音だ。優美で官能的な演奏は天晴で、特に快活なポルカは全てが名演だ。全12曲で、ヨゼフ・シュトラウス「女性の権威」「モウリネット」「送付済」、シュトラウス2世「ロシア行進曲」「i点のポルカ」は唯一の演目だから重宝する。当盤はウィーン・フィル自主制作盤箱物12CDの1枚であるが、首尾よく一本釣りに成功し入手した。


ハイドン:「天地創造」、交響曲第88番
トルーデ・アイッパーレ(S)/ユリウス・パツァーク(T)/ゲオルク・ハン(Bs)
ウィーン・フィルと合唱団
[PREISER RECORDS 90104]

 1943年の放送音源だが、音質は驚くほど良い。大編成で鳴つた時は流石に音が混濁してゐるが、独唱の声は実に良く録れてゐる。クラウスお気に入りの独唱者で固めた名演で、大変聴き応へがある。様式は勿論古いが、説得力は強い。歌手ではアイッパーレが秀逸で、神々しさと清廉な趣を兼ね備へてをり、過不足がない。伸びやかな声の美しさも特筆したい。次いでハンが圧倒的な存在感を示してゐる。パツァークの甘い声は個性的だが、劇的な歌唱にも見事な適性を示す。ハイドンを得意としたクラウスの指揮は申し分なく、ウィーン・フィルが妙技を聴かせる。合唱の質が水準以下なのが残念だ。余白には何と1929年録音の交響曲第88番が収録されてゐるのだが、電気録音初期の録音とは思へない極上の復刻なのだ。演奏はクラウスの十八番だけに素晴らしく、戦後の録音と比べても遜色がない。


ヴァーグナー:「トリスタンとイゾルデ」第1幕前奏曲、「パルジファル」聖金曜日の音楽
シュトラウス:死と変容、メタモルフォーゼン
ロンドン・フィル

[PREISER RECORDS 90499]

 クラウスは英デッカに相性の良いウィーン・フィルを振つてシュトラウスの管弦楽曲を大方録音したが、「死と変容」の録音はなかつた。ロンドン・フィルとの演奏は補完するを剰りある名演で、オーボエや弦楽器のエロスに充ちた縺れ合ひは尋常ならざる美の饗宴である。バンベルク交響楽団を指揮したメタモルフォーゼンもウィーン・フィルと紛ふばかりの耽美的な響きを現出させてをり、詠嘆奏でる調子には万感迫る。当盤をもつて第一の演奏としたい。ヴァーグナーの2曲も美に耽溺した名演で、ヴァイオリンの疼くやうな吐息は類例のない官能を漂はせる。禁断の響きに彩られた聖金曜日の音楽は殊に絶品である。楽想とクラウスの音楽が奇跡的な融合を果たした究極の1枚として太鼓判を押さう。


ベートーヴェン:皇帝ヨーゼフ2世追悼カンタータ、合唱幻想曲
シューベルト:水上の精霊の歌
ウィーン交響楽団、他
[PREISER RECORDS 90553]

 これらの録音は全て1950年に行はれたVoxへの録音だ。合唱幻想曲以外は伊URANIAもCD化してゐた。1790年に作曲された名君ヨーゼフ2世の追悼カンタータと、対として作曲されたレオポルト2世の即位を祝したカンタータは若きベートーヴェンの野心作で、劇的で重厚な追悼カンタータは聴き応へがあるが、録音には恵まれてゐない。クラウス盤は歌手陣が素晴らしく決定的な名盤と太鼓判を押したい。合唱幻想曲はトスカニーニによる1939年のライヴ録音が絶対的な名演で、他の演奏は聴き劣りがするが、華麗なクラウス盤は音質が良く演奏も充実してをり、次点に挙げたい名盤だ。男性合唱によるシューベルト作品は大物指揮者による録音は珍しいので重宝する。


ベートーヴェン:「レオノーレ」序曲第2番/ブラームス:ハンガリー舞曲第1番、同第3番/モーツァルト:交響曲第41番「ジュピター」/パレストリーナ:甘い眠り/シューベルト:未完成交響曲
ウィーン・フィル/ウィーン国立歌劇場合唱団/バンベルク交響楽団
[Venias VN-033]

 クラウスのほぼ全ての録音を集成した97枚組。クラウスは正規セッション録音の割合が僅かで、ライヴ録音が大半を占めるので蒐集が一筋縄では行かず、愛好家必携だ。SP録音時代のウィーン・フィルとのブラームスは墺プライザーより復刻があり、ブレーメン州立フィルハーモニー管弦楽団とのモーツァルトは仏Tahraが発掘した音源で、既に記事にしたので割愛する。クラウスにとつては珍しいベートーヴェンの演奏はウィーン・フィルとで、1954年、最晩年の記録だ。演奏は総じて締まりがなく力瘤もないので、存在感のないベートーヴェン演奏としか形容出来ない。戦中の1942年に記録されたパレストリーナの合唱曲がずしりと感銘を与へる。クラウスが斯様な曲を演奏してゐたとは露知らず。官能的な印象を残す名演だ。1951年録音のバンベルク交響楽団との未完成交響曲は期待外れで、中途半端な印象を受けた。悪い演奏ではなく無難な仕上がりなのだが、クラウス流儀の耽美性はなく特徴が薄いのだ。


シューベルト:グレイト交響曲
エネスク:ルーマニア狂詩曲第1番
ウィーン交響楽団/ウィーン・フィル
[TELDEC 9031-76438-2]

 シューベルトは1951年3月2日、ウィーン交響楽団との演奏記録。エネスクは1950年8月18日、ウィーン・フィルとの演奏記録。ウィーン縁の指揮者であるクラウスにとつてシューベルトは自信のある演目だつたに違ひない。止め処なく歌が溢れ、転調では然りげ無い哀感を漂はせた高雅な演奏を聴かせて呉れる。クラウスが棒を振るとオーケストラが不思議と艶かしい音を出す。洗練されてゐない侘びた音色を引き出す妙味が心憎い名演だ。それ以上にウィーン・フィルを振つたエネスクが物凄い。エネスクにクラウスにウィーン・フィルと、予想も付かない取り合はせだけに珍妙な演奏かと思ひきや、音が洪水のやうに押し寄せる極上の名演なのだ。冒頭からワルツのやうな官能的なリズムと蕩けて仕舞ひさうな美音が留まる処なく流れ出て、次第に狂乱のやうな舞踏へと昇華する。テンポを動かす手綱の取り方が絶妙で舌を巻く。他の録音など不要な決定的名演。


モーツァルト:交響曲第41番
ブラームス:交響曲第1番
ブレーメン州立フィルハーモニー管弦楽団
[Tahra TAH 455]

 1952年3月13日の客演ライヴ録音。音質は流石に仏Tahraで水準以上、潤ひに溢れた音だ。クラウスには相性の良ささうなモーツァルトの録音は思ひの外少なく、興味深い録音だ。だが、ブレーメン・フィルの技量が怪しく、客演といふこともあり、お粗末な内容である。とは云へ、クラウスの魔法とも云へる色気のある颯爽としたフレージングが随所に聴ける。テンポの変動も大きく、結果ブレーメン・フィルがついてこれず、崩れる箇所もあるが、クラウスの意図は伝はる。第4楽章フーガは情熱的で表現の幅も大きくなり、聴き手を魅了する。ブラームスは唯一の音源だ。クラウスらしく重厚さはなく、絢爛たる浪漫を聴かせる。後ろ髪を引かれるやうな熟れた旋律処理は特徴的だ。だが、ここでもブレーメン・フィルの技量が追ひ付かず、細部の解れが頻発する。第3楽章冒頭のクラリネットの旋律が一瞬消える箇所はひやりとする。一転、第4楽章は煽情的で猛烈に熱い。


シュトラウス:「英雄の生涯」、「ツァラトゥストラかく語りき」
ヴィリー・ボスコフスキー(vn-solo)
ウィーン・フィル
[TESTAMENT SBT 1183]

 本家、英Deccaを差し置いて英TESTAMENTがクラウスのシュトラウス録音を復刻した偉業全4枚。自家薬籠中のシュトラウスだが、カラヤンが成し遂げた重厚かつ流麗な名演に比べると、感覚的に古く、技術的にも危ふくてお粗末に聴こえる。特に木管楽器の音色や奏法が不揃ひなので歪な響きがする。翻つて云ふなら、全体に古き良きウィーン・フィルの訛りがあり、ローカルカラー豊かだ。その最たるものがボスコフスキーのソロで、癖のあるポルタメントを間断なく用ひてゐる―同音の連続にも使ふので異様な官能を醸し出してゐる。同様に2曲とも弦楽器セクション、特にヴァイオリンの煽情的な音色が素晴らしい。万人向けではないが、熟成された深い味はひのある演奏だ。


シュトラウス:家庭交響曲、「町人貴族」組曲
ウィーン・フィル
[TESTAMENT SBT 1184]

 本家、英Deccaを差し置いて英TESTAMENTがクラウスのシュトラウス録音を復刻した偉業全4枚。殊更傑出した出来栄えの1枚。オーケストラの調和は耽美的なヴァイオリンが握り、管楽器や打楽器が程よく配合されて蠱惑的な響きを生み出してゐる。家庭交響曲は機能的な音楽造りではなく、主題の描き分けが表情豊かに行はれる。感情に委ねられたヴィブラートが間断なくかけられて何時しか極上の美に包み込まれて仕舞ふ。クラウスの先天的な貴族趣味がウィーン・フィルから引き出した無二の音。「町人貴族」はライナー盤と共にこの曲最高の名演として推奨したい。徹底的にロココを追求した華奢で上品なフレージングこそクラウス盤の奇蹟であり、音の処理の絶妙さには溜息しか出ない。両曲ともボスコフスキーによる官能的な独奏が印象に残る。


シュトラウス:「ドン・キホーテ」、「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯」、「ドン・ファン」
ピエール・フルニエ(vc)
ウィーン・フィル
[TESTAMENT SBT 1185]

 本家、英Deccaを差し置いて英TESTAMENTがクラウスのシュトラウス録音を復刻した偉業全4枚。「ティル」や「ドン・ファン」は人肌の温もりを感じさせる情感麗しい演奏であるが、古き良きウィーンの訛りが残つてゐると云ふ以外には積極的に贔屓する点はなく、他を圧倒する名盤とは云へまい。その点、貴公子フルニエを独奏に迎へた「ドン・キホーテ」は、全体に典雅な趣を漂はせた語り口豊かな名演である。各場面の多彩な描き分けが丹念で一本調子に陥ることがない。精巧さとは対極にある手作りの音色が、作品の持つメルヘンを巧まずに表現してをり好感が持てる。フルニエの穢れのない音色は「憂ひ顔の騎士」の空想に相応しい。


シュトラウス:交響的幻想曲「イタリアから」、楽劇「サロメ」より抜粋
ウィーン・フィル
[TESTAMENT SBT 1186]

 本家、英Deccaを差し置いて英TESTAMENTがクラウスのシュトラウス録音を復刻した偉業全4枚。「イタリアから」は畢生の名演である。細部の綻びはあるが、色合ひが耽美的で一種得難い境地にある。シュトラウス特有の官能的な和声がこれほど哀調をもつて響いたことが他にあつたであらうか。低音が重なつて短調に転ずる箇所の泣き濡れた響きは殊更妙味がある。「ソレントの浜辺にて」と題された第3曲目の美しさは格別で、それはもう桃源郷を見るやうな趣と喩へるしかない。録音がさう多くない曲だが、「フニクラ・フニクラ」を主題にした終曲など親しみ易い曲だからもつと演奏されて然るべきだ。抱合はせの「サロメ」は、全曲録音からの抜粋なので別の機会に記す。


ハイドン:交響曲第88番
ラヴェル:スペイン狂詩曲
シュトラウス:家庭交響曲
バイエルン放送交響楽団
[Orfeo C 196 891 A]

 1953年6月4日の実況録音。墺Orfeoの音像の遠いリマスタリングにもどかしさが募るが、演奏内容が素晴らしいので広く薦めたい。クラウスはウィーン・フィルを振つた時に最大限の魅力を発揮したが、南ドイツや英國のオーケストラを振つても官能的で優美な音を引き出す特殊な才能を持つてゐた。クラウスは太古のSP録音期にもセッション録音でハイドンの第88番を端正に演奏してゐた。だが、クラウスの美質が聴けるのはこのライヴ盤の方だ。一見細部に拘泥はらない飄然とした演奏に聴こえるが、実に優美で婀な演奏なのだ。第2楽章の詫びた情感が惻々と訴へてくる。第3楽章のトリオも同様でこれ以上の演奏は考へられない絶妙な雰囲気だ。アーベントロート盤に次ぐ推薦盤だ。ラヴェルは珍しい。妖し気な官能を表出する才能に陶然となる。得意としたシュトラウスが極上でセッション録音を凌ぐ出来だ。特に終盤の昂揚には思はず呑まれる。ライナー盤と共に推奨したい。


1954年ニューイヤーコンサート
ウィーン・フィル
[OPUS蔵 OPK 7006/7]

 創始者クラウスによるニューイヤーコンサートの模様が聴ける値千金のライヴ録音。1940年の大晦日におけるゲネラルプローベを収録したとされる放送録音もあつたが、聴衆の居る実況録音にこそ醍醐味がある。1954年、ニューイヤーコンサート最古の記録が為されたこの年にクラウスは急逝して仕舞つたから奇蹟的に残された一期一会の記録でもある。コンサートは第1部と第2部に分かれ、CD2枚に収められてゐる。ヨゼフの「剣と琴」「ルドルフスハイムの人々」「5月の喜び」とヨハンの「新ピチカート・ポルカ」は当盤のみの演目だ。聴衆の盛大な拍手とアナウンスを交へての臨場感ある録音で、演奏も躍動感があり、名盤とされるセッション録音を遥かに凌ぐ。さて、クラウスのニューイヤーコンサートで最も特徴的なのは、威勢の良いポルカを2回続けて演奏することだ。連続演奏されたのは「休暇旅行で」「新ピチカート・ポルカ」「ハンガリー万歳」「おしゃべりな可愛い口」「狩り」の5曲で、歓声に応へた訳ではなく意図的に仕組まれた演出で行はれてゐる。ポルカで絶対的な名演を聴かせたクラウスの自身のほどが窺へる。特に「ハンガリー万歳」と「狩り」は沸立つやうな名演だ。コンサート終盤、「春の声」が始まると待つてましたとばかり聴衆の歓呼に遮られ、演奏続行不能に陥る場面もあり、更には現在では定番となつた「美しき青きドナウ」での中断もあるが、形骸化してゐない純粋なワルツ王への敬愛の表現がある。そして最後、ウィーンの聴衆が最も愛する「ラデツキー行進曲」が始まると最大の喝采で演奏が止められる。何とも気持ちの良い楽しい演奏会であり、原点を知れる得難い録音だ。



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