楽興撰録

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キャスリーン・フェリアー


ペルゴレージ:スターバト・マーテル
メンデルスゾーン:「エリア」より
グルック/ヘンデル/バッハ
サー・マルコム・サージェント(cond.)/ボイド・ニール(cond.)、他
[DECCA 478 3589]

 英國の伝説的なコントラルト歌手フェリアーの録音を集成した14枚組の箱物。3枚目。不世出のコントラルト、フェリアーは生え抜きの歌手ではなく、技術面では満点とは云へないが、心の奥底まで届く歌声の深さでは空前絶後である。だから、大音楽家たちに愛され、早世したにも拘はらず今尚愛顧されるのだ。フェリアーの本当に優れたレパートリーはバロック音楽とイギリスの歌曲である。素朴であればあるほどフェリアーの声は侵し難い神聖さを帯びる。ペルゴレージの大曲ではフェリアーの謹厳な歌唱に比べて、ソプラノのテイラーの声がコケティッシュ過ぎて興醒めだ。余白に収録されたグルック「オルフェオとエウリディーチェ」、ヘンデル「ロデリンダ」「セルセ」、バッハ「マタイ受難曲」などの歌唱は、深き淵より込み上げる感情の波が高邁で圧倒される。


シューマン:「女の愛と生涯」、歌曲(2曲)
ブラームス:歌曲(2曲)
シューベルト:歌曲(7曲)
ジョン・ニューマーク(p)/フィリス・スパー(p)/ベンジャミン・ブリテン(p)、他
[DECCA 478 3589]

 英國の伝説的なコントラルト歌手フェリアーの録音を集成した14枚組の箱物。4枚目。1947年から1950年の録音で、輝かしい活動期の記録だ。シューマンの大曲に注目したいが、ニューマークのピアノに魅力が乏しく、代表的な録音とは云ひ難い。ヴァルターとのライヴ録音も問題があつたので、この曲には恵まれてゐないやうだ。愛好家にとつて重要なのは、私的録音で状態は良くないがブリテンの伴奏で歌つたシューベルトの3曲だらう。内容で一番琴線に触れるのは余白に収録された2曲の聖歌で、ボイド・ニールによる弦楽伴奏も良い。かういふ曲でフェリアーの声の魔力は発揮される。


ブラームス:4つの厳粛な歌
ショーソン:愛と海の詩
ファーガソン/ワーズワース/ラッブラ
サー・マルコム・サージェント(cond.)/サー・ジョン・バルビローリ(cond.)、他
[DECCA 478 3589]

 5枚目。BBC放送局に残された音源で音質が悪い。フェリアーの録音は少ないので貴重とは云へ、鑑賞には忍耐を要する。ブラームスはサージェント編曲による管弦楽伴奏版で、しかも英語歌唱である。フェリアーの歌は素晴らしいが珍品でしかない。バルビローリの指揮で歌つたショーソンは貴重であるが、元来ソプラノの為の曲なので、これも有難くない。エルネスト・ラッシュのピアノ伴奏で歌つた英國歌曲が良い。ファーガソンの「発見」、ワーズワース「3つの歌曲」、ラッブラ「3つの詩篇」、何れもフェリアーの神々しい声が真に迫る名唱ばかりだ。


スタンフォード/パリー/ヴォーン=ウィリアムズ/ブリッジ/ウォーロック
パーセル/ヘンデル/ヴォルフ/イェンセン/バッハ
フレデリック・ストーン(p)/フィリス・スパー(p)/ミリセント・シルバー(cemb)/ジョン・ニューマーク(p)
[DECCA 478 3589]

 6枚目。都合4種類の音源から構成。重要なのは、ストーンの伴奏で英國歌曲を歌つた1952年6月5日のBBC放送録音だ。スタンフォード2曲、パリー、ヴォーン=ウィリアムズ、ブリッジ、ウォーロック2曲、ブリテンやヒューズが編曲した民謡3曲、計10曲を歌つてをり、他では得られない感銘深い歌唱の連続だ。フェリアーの声を直截的に鑑賞出来る逸品ばかりで、弱音での美しさは神秘的ですらある。次に1949年10月16日、ノルウェーでの放送音源でスパーの伴奏でパーセルとヘンデルの歌劇を2曲ずつとヴォルフのメーリケ歌曲集4曲とイェンセンが聴ける。これも大変素晴らしい。最後に1949年のBBC放送録音でシルバーのハープシコードでバッハのシェメッリ賛美歌集より2曲、1950年ワシントンでのBWV.508のアリアが収録されてゐるが、前者は録音状態が極めて劣悪で鑑賞には適さず、記録としての価値だけに止まる。


イギリス民謡集
フィリス・スパー(p)/ジョン・ニューマーク(p)
[DECCA 478 3589]

 8枚目。イギリス民謡集で、1949年から1951年にかけての録音。クィルターが曲を付けた3曲を除いて作者不詳の民謡ばかり。楽曲の藝術的な面白みはないが、素朴な歌だけが持つ生命力は代へ難い。そして、フェリアーの声が持つ神秘がこれほど伝はる歌もないのだ。フェリアーは生え抜きの訓練を受けた歌手ではなかつた。特に外国語のディクションに関しては満点とはいかなかつた。だが、母国語である英語であれば何の問題もない。言語と歌が一体化し、血として巡つて心の奥底から声が発せられる。含蓄のある深い声から湧き上がる情念が聴く者を包み込む。この1枚は得難い体験を与へて呉れるだらう。歌声がかくも慰めを齎すものかと。


シューマン:「女の愛と生涯」
シューベルト:歌曲(6曲)
ブラームス:歌曲(4曲)
ブルーノ・ヴァルター(p)
[DECCA 478 3589]

 9枚目。1949年9月7日のエディンバラ音楽祭での放送録音。1946年、マーラー「大地の歌」演奏会の為にコントラルト歌手を探してゐたヴァルターは、フェリアーと運命的な出会ひをした。やがて、二人の共演は「亡き児を偲ぶ歌」と「大地の歌」の録音に結晶されたが、もうひとつの記録として当盤の歌曲リサイタルが残る。ドイツ語のディクションには幾分問題が残るし、これらの作品が求めた声質とは異なるのだが、深々とした祈りのやうな歌唱は聴く者を包み込む。特にブラームスが全て素晴らしく、殊に「永遠の愛」は胸に迫る感動的な絶唱だ。シューベルトでは「君こそ我が憩ひなれ」が声の魅力で聴かせる名唱だ。但し、残念ながら巨匠ヴァルターのピアノが酷い。ヴァルターは協奏曲の録音を残すほどピアノの腕前には自信があり、晩年はレーマンを筆頭とする歌手の伴奏を務めたが、この日は生彩を欠き良いところがひとつもない。


マーラー:大地の歌、リュッケルト歌曲集より3曲
ユリウス・パツァーク(T)
ウィーン・フィル
ブルーノ・ヴァルター(cond.)
[DECCA 478 3589]

 13枚目。繰り返し発売されてきた大地の歌の決定的名盤で、改めて述べることはないが、他にクレンペラーの名盤もあるとは云へ、これを超える演奏は結局はないのだ。初演者ヴァルターは完全に曲を我が物とし、悪戯に奇怪な管弦楽法を主張せず、東洋的な厭世観を聴かせることに腐心してゐる。頽廃的な世紀末の趣を表現するのにウィーン・フィルは絶妙で、長きにわたつて良好な関係を築いてきたヴァルターの要求に見事に応へて呉れる。フェリアーは勿論最高で、これ以上の歌ひ手は見当たらない。数あるフェリアーの歌唱の中で当盤が一番良いかは議論の余地はあるが、寂寥感の凄みは他の歌手を大きく突き放す。パツァークが当盤の価値を決定的にしてゐる。パツァークは抜けの悪い独特の発声なのに後期ロマン派を得意とし、ヴァーグナーやシュトラウスで強靭さを発揮し一種特別な境地を聴かせる。兎も角、稀代の虚無感によつて刹那的な酒宴を演出するのは唯一無二だ。余白のリュッケルト・リーダーも良い。


「キャスリーン・フェリアーと盟友たち」
サー・マルコム・サージェント(cond.)/サー・ジョン・バルビローリ(cond.)/ブルーノ・ヴァルター(cond.)、他
[Pearl GEM 0229]

 フェリアーのかなり貴重な録音を編んでをり、愛好家や蒐集家には絶対見逃せない1枚だ。収録音源を列挙しよう。サージェント指揮でヘンデル「セルセ」より、ボイド・ニールの指揮でメンデルスゾーン「エリヤ」より、シルヴァーのハープシコード伴奏でテレマンの小カンタータとバッハのBWV.505及びBWV.439より、ゼーフリートやパツァークとの四重唱でブラームスなど3曲、ストーンのピアノ伴奏でブラームスの歌曲4曲、ヴァルター指揮ウィーン・フィルとのマーラー「大地の歌」より第5楽章と第6楽章の最初から4分程度―第5楽章のテノールはピーター・ピアーズだ、バルビローリ指揮でバークレイ「アヴィラの聖テレサの4つの詩」。どれも伝説的なコントラルト歌手の名声を裏付ける名唱ばかりだが、特にヘンデルとマーラーに心奪はれた。マーラーではピアーズも良く、全曲の録音が残つてゐないのが惜しい。次いでパツァークの味のある歌に惹かれる四重唱が良い。余白にニューヨークにおけるパーティーでの楽し気な催しの様子が収録されてゐる。屈託のないお巫山戯も聴かれ微笑ましい。



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