楽興撰録

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サー・ジョン・バルビローリ


ハイドン:交響曲第88番
シューベルト:グレイト交響曲
ヴェルディ:「ラ・トラヴィアータ」第1幕前奏曲・第3幕前奏曲
ハレ管弦楽団
[Warner Classics 9029538608]

 英バルビローリ協会全面協力の下、遂に出た渾身の全集109枚組。これらは1953年から1954年にかけてのモノーラル録音。ハイドンは唯一の録音で、英Duttonから復刻があつた。上品な英國貴族のやうな佇まいの名演だ。特に情感豊かな弦の美しい合奏による万感極まる黄昏の第2楽章はブラームスが称賛した音楽を再現してゐる。シューベルトは本家EMIから復刻があつた。この11年後に再録音があるが、悠然とした新録音と比べると旧盤は個性が薄く常套的な演奏に聴こえる。録音も古いから特段の価値はなからう。ヴェルディが一番良い。錦糸のやうな弦の合奏から痛切な哀歌が聴ける名演なのだ。


モーツァルト:交響曲第29番、同第41番「ジュピター」
メンデルスゾーン:フィンガルの洞窟
ハレ管弦楽団
[Warner Classics 9029538608]

 英バルビローリ協会全面協力の下、遂に出た渾身の全集109枚組。バルビローリはモーツァルト指揮者ではなく、交響曲の正規録音もこれ以外にはない筈だが、演奏は個性が刻印されてをり中々良い。特に第2楽章で聴かせる浪漫的な歌心は弦楽の美しさと相まつて見事だ。また、メヌエットのトリオにおける可憐な美しさにバルビローリならではの良さが聴ける。とは云へ、全体的には記憶の残るほどの演奏ではない。メンデルスゾーンが聴き応へがある名演だ。緩急を付けた情熱的で激的な解釈で圧倒される。峻厳な雰囲気を重んじる演奏が多い中で、南国の風が吹き荒れるバルビローリの演奏は異端乍ら滅法面白い。


モーツァルト:「魔笛」序曲
ベートーヴェン:「レオノーレ」序曲第3番、交響曲第1番、同第8番
ハレ管弦楽団
[Warner Classics 9029538608]

 英バルビローリ協会全面協力の下、遂に出た渾身の全集109枚組。賢明なるバルビローリは自身の魅力が発揮されるのは王道のベートーヴェンらドイツの古典音楽にはないことを理解してゐた。飽く迄一端に過ぎない録音だが、結果は上々である。「レオノーレ」序曲第3番は常套的な解釈だが情感豊かな名演である。第1交響曲も特色は薄いが、要所を押さへた演奏と云へる。第8交響曲に注目だ。薄手の編成で音の厚みがないのに、熱量が凄まじい。個々の奏者が丁々発止の仕掛け合ひをしてをり、音楽が沸騰してゐるのだ。理想的な演奏であり、聴き逃してはならない。モーツァルトは特段個性がある訳ではないが、威風堂々たる構へで音楽に風格があり感銘深い名演だ。


チャイコフスキー:弦楽セレナード、フランチェスカ・ダ・リミニ
アレンスキー:チャイコフスキーの主題による変奏曲
ロンドン交響楽団/ニュー・フィルハーモニア管弦楽団
[Warner Classics 9029538608]

 英バルビローリ協会全面協力の下、遂に出た渾身の全集109枚組。バルビローリはチェリストとして経歴を始めたこともあり、弦楽器で歌ふことにかけては一家言持つてをり、どの録音も弦楽セクションの見事さが光る。弦楽合奏曲の録音が多いのもバルビローリの特徴だ。1964年にロンドン交響楽団と録音したチャイコフスキーのセレナードとアレンスキーの変奏曲は名アルバムと云へよう。意外と知られてゐないが、チャイコフスキーのセレナードは数ある録音の中でも最高峰で決定盤として推薦したい名演だ。弦楽オーケストラが全力の情熱的な合奏を繰り広げてをり、連綿とした歌との対比も見事、更にチャイコフスキーの指示した広過ぎるデュナーミクを徹底してゐるのだ。チャイコフスキーの歌曲によるアレンスキーの変奏曲は比類のない決定的名盤である。美しい歌も良いが、躍動する合奏にバルビローリの至藝を感得する。抱き合はせでフランチェスカ・ダ・リミニが収録されてゐるが、せめてステレオ録音はオリジナル仕様で復刻して欲しかつた。最晩年の1969年にニュー・フィルハーモニア管弦楽団を指揮しての録音だ。壮絶な演奏だが、締まりがなく感銘は薄い。


ハレ管弦楽団/「ハレ・フェイヴァリッツ」/グレインジャー、ジェルマン、ポンキェッリ、マスネ他
[DUTTON LABORATORIES CDSJB 1006]

 1957年から58年にかけて録音された名曲集で、ハレ管弦楽団の黄金時代の記録である。徹底的に仕込まれた合奏は、無機的な機能美に陥らず、細部の表現にまで血が通つてゐる。殊に弦楽器群の情操豊かな歌は賭け値なく最高であり、中でもグレインジャーが編曲した「ロンドンデリーの歌」は至高の藝術と呼ぶに相応しい絶品である。哀切極まりない歌を奏でる「カヴァレリア・ルスティカーナ」間奏曲も、この曲の最も感動的な演奏と云へる。豪快なシャブリエ「楽しき行進曲」はパレー盤に比肩する名演。ヴェルディの「運命の力」序曲や、ロッシーニの「ウィリアム・テル」バレエ音楽などもトスカニーニ盤に肉迫する名演だ。


ハレ管弦楽団/「ハレ・フェイヴァリッツ」第2巻/スッペ、トゥリーナ、シャブリエ、レハール、シベリウス、グリーグ他
[DUTTON LABORATORIES CDSJB 1013]

 1951年から57年にかけて録音された名曲集で、ハレ管弦楽団の黄金時代の記録である。スッペ「美しきガラテア」序曲やシャブリエ「スペイン」はかのパレー盤に匹敵する威勢の良さで、加へて豪奢な色気がある特級品だ。珍しいレパートリーとなるトゥリーナ「幻想舞曲集」も情感豊かな名演である。得意としたシベリウス「悲しきワルツ」やグリーグ「2つの悲しき旋律」「ペール・ギュント第1組曲」ではハレ管弦楽団の熟成された弦楽合奏の美しさに心奪はれる。レハール「金と銀」やワルトトイフェル「スケーターズ・ワルツ」が悪からう筈がない。不出来な演奏のない名盤で万人に薦めたい。


ハレ管弦楽団/「ハレ・フェイヴァリッツ」第3巻/メンデルスゾーン、ロッシーニ、フンパーディンク他
[DUTTON LABORATORIES CDSJB 1023]

 1957年から59年にかけて録音された名曲集で、ハレ管弦楽団の黄金時代の記録である。第1巻や第2巻に比べると名曲の比率が大きく、却つてバルビローリならではの面白さを聴く楽しみは後退して仕舞つた嫌ひがある。ロッシーニとプッチーニはトスカニーニの燃焼には及ばず、メンデルスゾーンやニコライやヴェーバーやフンパーディンクなどは独墺系の指揮者のやうな仄暗い雰囲気がなく物足りない。弦楽合奏の美しさを引き出したチャイコフスキー「アンダンテ・カンタービレ」は流石に上手い。チェロ独奏を用ゐた編曲が乙だ。最も楽しいのはスーザ「星条旗よ永遠なれ」で、ニューヨーク仕込みの痛快な名演である。


ドヴォジャーク:交響曲第7番、同第8番/ハレ管弦楽団
[The Barbirolli Society SJB 1071-72]

 英バルビローリ協会による決定的な新リマスタリング盤。1957年から1959年にかけてPYEレーベルに録音されたドヴォジャーク作品集2枚組。1枚目は交響曲第7番と第8番だ。第7番は違ふ曲かと思ふほど異常な演奏だ。熱い。異常に熱く、むらむらした官能、あけすけな情欲、南国ラテンの血が騒いだ畑違ひの熱演なのだ。第7番の楽想は暗く、晦渋、重厚、鬱屈した印象があるが、バルビローリの演奏には微塵もそんな要素を感じない。第1楽章冒頭からクラリネットの明るい音色、ヴァイオリンのぎらついた歌が全開だ。快速テンポで全楽器が激しいアクセントを付け、脂ぎつたヴィブラートを伴ひながら歌ひに歌ひまくる。第1楽章頂点の追ひ込みは破滅寸前の沸騰、第4楽章最後の興奮も凄まじい。細部の精度を犠牲にした箇所もあるが、勢ひが断然上回り気にならない。異形の演奏だが、ここまでやると清々しい。中途半端な演奏が多い曲なので、バルビローリ盤は別枠で特薦したい。第8番も同様の演奏で熱気と歌が溢れる。ただ、米國ではとうに派手な演奏が横行してゐたから、第7番ほどの異常さは感じない。否、一点、特筆したいのは第3楽章の第1トリオのヴァイオリンによるポルタメント指定だ。とろけるやうに甘い。


オルウィン:交響曲第1番、同第2番
BBC交響楽団/ハレ管弦楽団
[DUTTON LABORATORIES CDSJB 1029]

 英國バルビローリ協会と提携するダットン・レーベルは、バルビローリの稀少録音のCD化を支柱としてゐるが、これは最たるものだらう。不勉強でオルウィンといふ作曲家については何も知らない。作風はヴォーン=ウィリアムズに近いと云へるが、数段晦渋で親しみ難い。第1番は正統的な4楽章制であるが、第2番は2楽章制で楽想もより自由である。第1番の闘争的な第2楽章や祝典的な第4楽章は聴き応へがあるが、第2番は全体に冗長過ぎて良さを感じなかつた。バルビローリの濃密な感情表現は楽想を深く掘り下げてをり流石だ。限定生産品とのことなので、英國音楽愛好家は手遅れにならぬうちに入手すべきだ。


チマローザ:オーボエ協奏曲、アルビノーニ:オーボエ協奏曲、マルチェロ:オーボエ協奏曲、ヘンデル:オーボエ協奏曲、コレッリ、ペルゴレージ/イヴリン・ロスウェル(ob)/ハレ管弦楽団、他
[DUTTON LABORATORIES CDSJB 1009]

 バルビローリの奥方は名オーボエ奏者として知られ、夫婦の共演は大変興味深い。情緒連綿たる両者の音楽は極めて等質性が高い。当盤は英Duttonレーベルによる共演集の1巻目で、バロックと古典の協奏曲全7曲で典雅な音楽を堪能出来る。コレッリとペルゴレージはバリビローリによる編曲でオーボエと弦楽合奏による情感豊かな音楽に仕上がつてゐる。今日の古楽器演奏から見れば情緒過多だが、しっとりとした雰囲気は一種特別な良さがある。チマローザはベンジャミンによる編曲で、特に序奏の哀愁が印象深い。原曲通りなのはアルビノーニの変ロ長調Op.7-3とニ長調Op.7-6の2つの協奏曲で、短い簡素な曲だが可憐だ。名曲マルチェロの協奏曲やヘンデルの第1協奏曲変ロ長調はロスウェルによる編曲で、美しい名演だ。


ハイドン:オーボエ協奏曲、マルチェロ:オーボエ協奏曲、コレッリ:協奏曲、C.P.E.バッハ:ソナタト短調/イヴリン・ロスウェル(ob)/ハレ管弦楽団、他
[DUTTON LABORATORIES CDSJB 1016]

 バルビローリの奥方は名オーボエ奏者として知られ、夫婦の共演は大変興味深い。情緒連綿たる両者の音楽は極めて等質性が高い。当盤は英Duttonレーベルによる共演集の2巻目で、著名なマルチェロの協奏曲とヴァイオリン・ソナタをバルビローリが編曲したコレッリの協奏曲は再録音となる。両曲とも典雅な名演だ。さて当盤の目玉はハイドンの作とされる協奏曲で、威風堂々としたトゥッティで始まる豪快な音楽が楽しめる。バルビローリとの共演はこの3曲のみで、余白はロスウェルがハープシコードやヴィオラ・ダ・ガンバの伴奏で演奏したソナタや小品である。C.P.E.バッハのト短調ソナタとルイエのハ短調ソナタが格調高い名演だ。ヘッド作曲によるシチリアーナの感傷も美しい。


マーラー:交響曲「大地の歌」
ブラームス:アルト・ラプソディー
リチャード・ルイス(T)/キャスリーン・フェリアー(A)
ハレ管弦楽団、他
[APR 5579]

 2003年、幻とされたバルビローリによる「大地の歌」の録音が発売されたと知り、心底腰を抜かしたものだ。冒頭7小節を欠いたエア・チェック盤といふ傷物ではあるが、コントラルトに余命1年半といふフェリアーを迎へての又とない貴重な録音である。バルビローリが指揮するマーラーは耽美的で、上品な―英国的に云へば紳士的な感情が脈打つてゐる。手兵ハレ管弦楽団とは蜜月とも云へる時期にあり、濃密な音楽を築き上げてゐる。殊更、弦楽器の陶酔的な美しさには心奪はれた。テノールは定評あるルイスで万全の布陣。フェリアーは渋く含蓄のある声で、何処までも感情の奥底に訴へかけてくる。抱合はせのブラームスもフェリアーの神々しい声により光彩を放つ名演。


シュトラウス一家:ワルツとポルカ、他(6曲)、レハール:「金と銀」、シュトラウス:「ばらの騎士」よりワルツ、スッペ:序曲(3曲)/ハレ管弦楽団
[DUTTON LABORATORIES CDSJB 1024]

 バルビローリは連綿たる余情で淫らな官能美を聴かせることに特別な才能を示したが、一方でプロムスの豪奢な派手さも好んだ。重要なレパートリーであつたシュトラウス一家の作品は、何れも個性的で邪道であるが、至る所で遊び心を加へた仕掛けが飛び出し滅法楽しい。特に「雷鳴と電光」ポルカの粋の良さは抜群だ。十八番の「金と銀」やエロス漂ふ「ばらの騎士」の美しさは比類がなく、バルビローリの資質に酔ひ痴れることが出来る。それら以上に当盤の白眉と云へるのがスッペの序曲だ。かのパレー盤と互角の名演で、乾いた軽快さとリズムの切れ味ならパレーだが、華麗さと肉感ある歌ならバルビローリが良い。「ウィーンの朝昼晩」「スペードの女王」「怪盗団」の3曲何れとも前のめりの畳み掛けが快調で、最高の出来映えを聴かせて呉れる。


シューベルト:グレイト交響曲、スッペ:序曲(3曲)/ハレ管弦楽団
[DUTTON LABORATORIES CDSJB 1024]

 再びバルビローリを聴く。2枚組の2枚目。1957年に録音された6曲のスッペの序曲の残り3曲が収録されてゐる。「詩人と農夫」「軽騎兵」「美しきガラテア」で、沸き立つやうなリズムと豊麗な歌が融合した痛快な名演ばかりだ。スッペの序曲ならパレー盤とこのバルビローリ盤があれば他は不要だらう。チェリストであつたバルビローリには思ひ入れがあつたであらう「詩人と農夫」の独奏は取り分け美しく、メンゲルベルク盤に比肩する出来だ。当盤はウィーンに縁のある楽曲で構成されてゐるが、バルビローリが得意としたグレイト交響曲も一環として収録されてゐる。1964年の録音で、悠然とした情緒溢れる歌が特色の演奏だ。しかし、この曲の名演は夥しくあり、バルビローリ盤には目新しい特別な面白みはない。


マーラー:交響曲第5番
ニュー・フィルハーモニア管弦楽団
[Warner Classics 9029538608]

 英バルビローリ協会全面協力の下、遂に出た渾身の全集109枚組。バルビローリのレパートリーで、英國音楽、北欧音楽と並んで支柱と云へたのがマーラーだ。1969年、最後期のセッション録音のひとつで、ハレ管弦楽団ではなく格上のニュー・フィルハーモニア管弦楽団を起用したのも、この録音への意気込みが感じられる。しかし、結果は芳しくない。最晩年の録音といふこともあり、落ち着いた情緒豊かな演奏であり、静謐と形容しても良い。反面失つたものも多い。覇気が薄くテンポも遅いままで起伏を感じられない。アダージェットも耽美的で美しいが訴へ掛ける力は弱めだ。室内楽的なマーラーで部分的には世紀末藝術の美を堪能出来るが、総じて感銘が薄いと云はざるを得ない。


ヴォーン=ウィリアムズ:交響曲第8番
バックス:オーボエ五重奏曲
エルガー:希望と栄光の国、他
キャスリーン・フェリアー(A)、他
ハレ管弦楽団
[BBC LEGENDS BBCL 4100-2]

 バルビローリの指揮する英国音楽は、情緒連綿たる趣ながら紳士としての品性を守つてをり、親愛の深さでは群を抜いてゐる。バルビローリに献呈されたR.V.Wの第8交響曲は当盤で3種目の録音となるが、この曲に関してバルビローリを超へるものがあるとは考へ難く、真打ちとも云へる演奏。奥方のイヴリン・ロスウェルの為に編曲を施したバックスは、貴重な記録であるが演奏自体は大したことない。エルガーが録音こそ劣悪なものの深い感動を呼び起こす名演で、フェリアーの含蓄ある歌唱は女神の声と形容しても過ぎたことではないだらう。その他の併録曲ではローソーンの「街角」序曲とウォルトンの戴冠式行進曲「王冠」が景気のいい演奏で極上の逸品。英国音楽に関心のある方は必携の1枚だ。


ニールセン:交響曲第4番「不滅」
シベリウス:交響曲第3番
ハレ管弦楽団
[BBC LEGENDS BBCL 4223-2]

 北欧の楽曲を得意としたバルビローリだけに嬉しい音源だ。ニールセンは1965年のライヴ録音で、兎に角熱い演奏だ。実演に付き物のしくじりが散見されるが、感情の爆発した生彩ある音楽で聴き手を虜にする。第4楽章に相当するアレグロでのティンパニの劇的な表現は随一であり、多くの傷を帳消しにする説得力がある。一般的なニールセンの演奏とは路線を異にするが、人間味のあるバルビローリの演奏は感情に訴へ掛ける力を持つてゐるのだ。終演後の聴衆の盛大な歓呼がそれを示してゐる。シベリウスは初出音源で、1969年の演奏記録である。バルビローリは同時期に交響曲全集をセッション録音で残してゐるが、第3番は特に優れた演奏であつた。太古のカヤヌス盤を別格とすれば、バルビローリ盤を第一に推したいほどだ。当盤の演奏も大変素晴らしく完成度も高い。第3楽章の昂揚は実演ならではで、聴衆の熱狂的な興奮も頷ける極上の名演であり、セッション録音と甲乙付け難い価値がある。


マーラー:交響曲第3番
ケルスティン・メイヤー(A)
ハレ管弦楽団と合唱団
[BBC LEGENDS BBCL 4004-7]

 1969年3月3日の実況録音。バルビローリのレパートリーの根幹を成すのはエルガーとマーラーである。かつての手兵ハレ管弦楽団を指揮した晩年の演奏は、ベルリン・フィルとの演奏よりもバルビローリの意向が反映された名演として高く評価されてゐるものである。管弦楽の技量は水準程度だが、自然な呼吸による音楽運びが見事で、第4楽章以降は特に美しい。この曲の屈指の名演としてベルリン・フィル盤と併せて聴きたい。


ブラームス:交響曲第2番
ヴォーン=ウィリアムズ:交響曲第6番
バイエルン放送交響楽団
[Orfeo C 265 921 B]

 1970年4月10日のライヴ録音。バルビローリがバイエルン放送交響楽団に客演したと云ふ極めて珍しい記録だ。ハレ管弦楽団を不死鳥の如く蘇らせたことで尊敬を一身に集めた名指揮者だが、晩年は海外の名門オーケストラに客演し、聴衆を魅了する活動を主にした。当盤はバルビローリが十八番とする演目で組まれてゐるが、矢張りヴォーン=ウィリアムズが無上の素晴らしさだ。深刻な曲想を渋みのある管弦楽の音色で抉り出し、音楽にひたすら没入する姿勢が感動的で、諧謔、諦観、闘争の鬩ぎ合ひが夢幻のやうな美しさに昇華された歌が取り分け絶品だ。一方、残念なことにブラームスは非道い演奏だ。耽美的な歌に溺れて停滞を繰り返し、音楽が全く前進しない。数々の美しい箇所も台無しとなり、最後まで聴き通すのが苦痛なくらいだ。


エルガー:序奏とアレグロ、交響曲第1番
ハレ管弦楽団
[BBC LEGENDS BBCL 4106-2]

 1970年7月24日の演奏会記録。7月29日に心臓発作で急遽したバルビローリの正真正銘最後の演奏記録だ。ライヴ故の傷はある。録音状態も特別良い訳ではない。バルビローリには2曲とも優れたセッション録音があり、この演奏を比較の対象として持ち出すことは殆ど意味がない。当盤は最後の記録といふ意味しかないのだが、幸ひなことに条件が揃つてゐるのだ。演目は十八番エルガー、相方は手塩に掛けて育てたハレ管弦楽団で、白鳥の歌に相応しい内容になつてゐる。2曲ともバルビローリ以外で鑑賞したいとは思はない程の看板曲で、楽曲に対する愛が違ふ。交響曲の第3楽章で聴かせる落日の美しさ、終楽章の感極まつた歌の情感、最高である。序奏とアレグロは更に素晴らしい。



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