楽興撰録

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アタウルフォ・アルヘンタ


ベートーヴェン:交響曲第3番「英雄」、ヴァイオリン・ソナタ第8番
アルトゥール・グリュミォー(vn)
スペイン国立放送交響楽団
アタウルフォ・アルヘンタ(p)
[RTVE-Música 65097]

 スペインのレーベルによる未発表録音集4枚組。1枚目。ベートーヴェン作品を収録してゐるが、注目は指揮者としてではなく、アルヘンタがピアノを弾き、グリュミォーの伴奏をしたヴァイオリン・ソナタのライヴ録音である。端正で誠実なピアノは指揮者アルヘンタの一面をよく伝へて呉れる。若きグリュミォーの滴るやうな美音が素晴らしく、愉悦溢れる楽想が生きた名演だ。エロイカはオーケストラの技量が水準程度なので、数多ある名演を凌ぐ内容とは云ひ難い。情熱的な昂揚を聴かせるアルヘンタの棒は音楽の流れが快適で心地良い。


ブラームス:ヴァイオリン協奏曲、ヴァイオリン・ソナタ第2番
イフェディ・メニューイン(vn)/アルトゥール・グリュミォー(vn)
スペイン国立放送交響楽団
アタウルフォ・アルヘンタ(p)
[RTVE-Música 65097]

 2枚目。ブラームス作品を収録。壮年期のメニューインと共演した協奏曲が驚愕の名演だ。何よりも熱の入つたメニューインの独奏が凄まじい。出だしから煽り立てるやうな気魄が充満してをり、思はずたぢろいで仕舞ふ。フルトヴェングラーとの共演では聴かれなかつた没入はメニューイン本来の資質であり、技巧も終止安定してをり、感情の起伏が余す処なく出てゐる。アルヘンタがピアノ伴奏をしたグリュミォーとのソナタは、ベートーヴェン作品よりも相性が良く断然素晴らしい。耽美的なヴァイオリンに情感豊なピアノが絡み、浪漫溢れる名演となつてゐる。甘く感傷的な嫌ひはあるが、憂ひを帯びた歌の抗し難い魅力が勝る。


エスクデロ:バスク協奏曲
ファリャ:恋は魔術師
マルティン・イマス(p)
バイエルン放送交響楽団/スイス・ロマンド管弦楽団
[RTVE-Música 65097]

 3枚目。御家藝となるスペインの作曲家の作品を指揮した1枚で、大変聴き応へがある。バスク出身の作曲家エスクデロのピアノ協奏曲はラヴェルの作品を想起させる傑作だが、取り分け第2楽章が美しく、憂ひを帯びた旋律に思はず切なくなる。遠くから鳴る鐘の音で祈りのやうに閉じられる集結部の美しさは格別だ。この楽章だけでも聴く価値はある。両端楽章は民族色豊かだが、近現代音楽の手法による楽曲で面白みは減退してゐる。管弦楽だけの演奏だが、滾り立つ熱情が迸る「恋は魔術師」は重要な録音だ。冒頭から張詰めた危ふい情感を漲らせてをり、突発的なクレッシェンドの鬼気迫る効果は抜群だ。アンセルメの名盤と共に代表盤として推挙したい。


チャイコフスキー:交響曲第4番
スメタナ:「売られた花嫁」序曲
シュトラウス:ティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯
スイス・ロマンド管弦楽団
[RTVE-Música 65097]

 4枚目。全て1957年8月29日の放送録音。アルヘンタはチャイコフスキーの第4交響曲を同じスイス・ロマンド管弦楽団とDeccaに録音してゐるが、当盤は燃え滾るライヴ録音で違ひは瞭然だ。実演ならではの傷が散見されるが、熱い血潮が溢れてをり、頂点における沸騰寸前の昂揚には胸の高鳴りを禁じ得ない。スメタナとシュトラウスの曲はアルヘンタのレペルトワールを補完する貴重な音源と云へ、蒐集家には喜ばれよう。しかし、熱い演奏ではあるが、オーケストラの精度―特に木管楽器の技量が不安定な為、感興が殺がれる。


ロドリーゴ:アランフェス協奏曲
ファリャ:スペインの庭の夜
ナルシソ・イェペス(g)/ゴンサーロ・ソリアーノ(p)
スペイン国立管弦楽団
[RCA WD 71675]

 最早多言を要しない決定的名盤であるが、一寸した拘泥はりでスペイン・プレスを求めた。カップリングとジャケットがオリジナル仕様なのが嬉しい。音質も優秀である。ロドリーゴは冒頭から情感豊かな音楽が流れ出し、聴く者を虜にする。音色を繊細に変化させるイェペスの妙技が心憎い。伴奏も素晴らしく、第2楽章の切々とした哀歌は最高だ。アルヘンタはアランフェス協奏曲の伴奏をデ・ラ・マーサの初録音盤でも担当してゐたが、余り芳しい出来ではなかつた。イェペスとはもう1種類録音が残るといふ情報もあるが、未入手な為に確認出来てゐない。名手ソリアーノとのファリャも極上の名演。妖しく官能的な音楽が閃光のやうに明滅するピアノが秀逸だ。細部まで仕上がりを重視したアルヘンタの職人藝にも感服する。万人に薦めたい名盤中の名盤だ。


シャブリエ:スペイン
リムスキー=コルサコフ:スペイン奇想曲
モシュコフスキ:スペイン舞曲第1巻
ドビュッシー:映像、他
ロンドン交響楽団、他
[DECCA 475 7747]

 才気煥発で将来を大いに嘱目されたが、不慮の死で夭折したスペインの若武者アルヘンタのデッカ全録音5枚組。1枚目。「エスパーニャ」といふアルバム名で繰り返し発売されてきた代表的名盤である―ドビュッシー「映像」は除く。スペイン情緒に着想を得た非スペインの作曲家による作品といふ一風変はつた趣向で選曲されてをり、純粋にスペイン人の作品はグラナドス「アンダルーサ」のみだ。アルヘンタの指揮が情熱滾るスペインの血を特徴とするのは勿論だが、師事したシューリヒトに倣ひ、聡明で引き締まつた音楽を引き出してゐることを看過してはならない。精緻な演奏はデッカの優秀録音により助長され、これらの曲の代表的名演として君臨してゐる。からりと乾いた響きと心悲しい哀愁でスペイン情緒を然り気なく漂はせてをり、実に憎らしい。


リスト:ピアノ協奏曲第1番、同第2番
アルベニス:組曲「イベリア」
ジュリアス・カッチェン(p)
ロンドン・フィル/パリ音楽院管弦楽団
[DECCA 475 7747]

 2枚目。2つの協奏曲は屈指の名盤だ。カッチェンはブラームスの大家として知られたが、爽快な技巧と重厚かつ繊細なタッチを駆使する業師で、リストの協奏曲でも威力を発揮してゐる。低音部の安定感がある和音奏法は渋くロマンティックな幻想を醸し、高音部の煌めく快速パッセージの輝きも天晴だ。アルヘンタの伴奏も情熱的で極上だ。派手になり過ぎず壮麗な響きを獲得してゐる。デッカの優秀な録音も素晴らしく、フランソワの名盤と並び推奨したい。スペインの名指揮者アルボスが編曲したアルベニスの「イベリア」が最高だ。これぞ御國物の強みで、神秘的な官能と爆発寸前の熱血で聴かせ、他の演奏を必要としない決定的名演となつてゐる。アルヘンタの残した録音の中でも最高位に置かれる演奏だ。


ベルリオーズ:幻想交響曲
トゥリーナ:幻想舞曲集
パリ音楽院管弦楽団
[DECCA 475 7747]

 3枚目。アルヘンタのセッション録音を丁寧に聴くと、スペインの若武者は情熱の趣くままに演奏された恣意的な音楽などは目指してをらず、極めて精緻で統率力を効かせた繊細な音楽を嗜好してゐることがわかる。幻想交響曲はデッカの優秀録音として知られるが、演奏は面白くない。楽曲が持つ狂気を引き出した演奏ではなく、醒めてをり、結果的に音響を楽しむだけの録音になつてゐる。残念なことだ。抱き合はせのトゥリーナが極上の名演だ。御家藝であり、何よりも響きに生彩がある。艶かしい弦楽器の歌、躍動するリズム、燃え滾る情熱。細部まで生命の通つた決定的名演である。


リスト:前奏曲、ファウスト交響曲
スイス・ロマンド管弦楽団/パリ音楽院管弦楽団
[DECCA 475 7747]


 4枚目。ファウスト交響曲はアルヘンタの代表的な名盤。終結部に声楽の入らない版での珍しい録音。交響曲といふ名前が冠せられてゐる割に散漫な曲だが、交響詩の集大成として聴けば楽しめる。気宇壮大、英雄的な昂揚と誇大妄想寸前の幻想が目眩く楽想は、聴き込めば味が出る。アルヘンタの颯爽とした指揮で上々の仕上がりだ。前奏曲はスイス・ロマンド管弦楽団の技量に不備が散見されるのが残念だ。有名曲だけに優れた録音が多く、アルヘンタ盤に価値は殆どない。フルトヴェングラー盤かメンゲルベルク盤を薦めたい。


チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲、交響曲第4番
アルフレード・カンポーリ(vn)
ロンドン交響楽団/スイス・ロマンド管弦楽団
[DECCA 475 7747]

 5枚目。ヴァイオリン協奏曲が滅法面白い。名手カンポーリはパガニーニを弾く感覚で、徹底的に明るく軽やかに、感傷的な味付けを添へてイタリア楽曲のやうに弾いてゐる。更に、勝手にリズムを崩したりするのはまだしも、装飾音や重音奏法を交へるなど、自由奔放で楽譜を逸脱すること甚だしく、宛ら曲藝のやうだ。それでいて下手物にはならず、説得力があるのだから恐れ入る。是非聴いてをきたい録音のひとつだ。交響曲には他にライヴ録音もあつたが、矢張り精緻なセッション録音の仕上がりは格別だ。しかし、特別な価値を見出せる程の録音ではない。


リスト:ファウスト交響曲
ラヴェル:道化師の朝の歌
シューベルト:グレイト交響曲
ファリャ:恋は魔術師
アナ・マリア・イリアルテ(Ms)
パリ音楽院管弦楽団/チェント・ソリ管弦楽団
[EMI 7243 5 75097 2 5]

 GREAT CONDUCTORS OF THE 20TH CENTURYシリーズ2枚組。ファウスト交響曲はDeccaへの録音で、別項で述べたので割愛する。Club Français du disque原盤のラヴェルとシューベルトが貴重である―ラヴェル作品の録音は他に3曲あつた。道化師の朝の歌は理想的な名演だらう。情熱的なトゥッティの響き、官能的なソロの調べ、雰囲気が良く出てゐる。それ以上にシューベルトが逸品だ。冒頭の明るい伸びやかなホルンからラテンの乾いた風が吹く。チェント・ソリ管弦楽団はフランスのオーケストラ奏者らで臨時編成された名手の集団だ―ホルンは名コル奏者テヴェかと思はれる。主部に入つてからのはしゃいだリズム、低音が弱めのバランスで祝祭的な響きのまま乱舞し、コーダで大見得を切る。斯様に陽気なシューベルトは他にない。第2楽章も軽妙洒脱、第3楽章トリオに入る際の解放感、疲れを知らないまま駆け抜ける第4楽章、異様に明るく軽快な演奏だ。享楽的なオーケストラの音と相まつて徹底してをり、気持ちがよい。この曲の最左翼の名演であると共に、アルヘンタの録音中でも真っ先に挙げたい個性を刻印した名盤だ。コロムビアへの録音である十八番のファリャも素晴らしい。但し、イリアルテの独唱はスペイン情緒豊かだが、綺麗事に終始してゐる感があり、スペルヴィアなどと比べると物足りない。アルヘンタにはベルガンサとの熱狂的なライヴ録音があり、当盤は管弦楽も含め全体的に大人しく聴こえて仕舞ふ。


ストラヴィンスキー:プルチネルラ
ロドリーゴ:夏の協奏曲
ブラームス:交響曲第2番
クリスティアン・フェラス(vn)
フランス国立管弦楽団
[Tahra TAH 427]

 若くして事故死したアルヘンタの貴重なライヴ録音。1951年4月4日、フランス国立管弦楽団に客演した際の記録だ。ストラヴィンスキーは管弦楽の技量に問題があり、現代の水準に慣れた耳でなくても辛い。この非道い演奏でアルヘンタを判断したくないものだ。ロドリーゴは新進気鋭のヴァイオリニストとして頭角を現したフェラスとの共演。フェラスは夏の協奏曲を重要な持ち曲としてをり、エネスクの指揮でDeccaに録音もしてゐる。当盤の演奏も大変見事で、実演ならではの熱さが伝はる。但し総合点は、完成度が高く細部まで集中力が漲つたセッション録音に軍配を上げる。ブラームスが素晴らしい。ライヴの瑕はあるが、瑞々しい音楽が流れてをり、颯爽としたテンポ感が快適だ。弦楽器の歌心を存分に引き出してをり、陽気なラテンの血が騒いでゐる。これぞ第2交響曲の本当の魅力である筈だ。屈指の名演として心に刻んでをきたい。ブックレットにはアルヘンタのディスコグラフィーがあり、資料としての価値も高い1枚だ。サルスエラの録音こそ膨大だが、その他の録音は極めて少ないことがわかる。


メンデルスゾーン:スコットランド交響曲
シュトラウス:ドン・ファン
ファリャ:三角帽子
ウィーン交響楽団
[ORFEO C 277 921 B]

 アルヘンタの良さは精緻なセッション録音にもあるが、情熱的なライヴ録音でより感じられる。得意のファリャは勿論素晴らしいが、それ以上にドン・ファンが忘れ難い名演だ。情欲の旋律が始まるとウィーン交響楽団から艶かしい音を引き出し、ヴァイオリンの官能美には悶絶しさうになる思ひだ。殊に独奏ヴァイオリンの色気は唯事ではない。この名曲から熟爛の美を聴かせた演奏は多いが、性愛を斯くも生々しく音にした演奏はない。スコットランド交響曲とスペインの熱血漢アルヘンタとの相性は一寸想像付かないだらうが、哀感漂ふ真摯な名演で懐が深い。将来を嘱目された器であつただけに突然死が悔やまれる。御國物で評価するだけの指揮者ではない。


ファリャ:恋は魔術師、スペインの庭の夜、はかなき人生、三角帽子、他
テレサ・ベルガンサ(Ms)/ゴンサーロ・ソリアーノ(p)、他
フランス国立放送管弦楽団
[Medici Masters MM025-2]

 1957年2月21日、パリにおける演奏会記録。ファリャ作品だけで組まれたプログラムで、究極の御家藝が堪能出来る。それにしても、期待以上の演奏内容だ。恋は魔術師の冒頭から沸点に達した情熱的な音楽が炸裂してゐる。弱音では官能的な秘め事を語り掛ける。何より若き日のベルガンサによる情念が入つた声が聴けるのが特別だ。アルヘンタにはイリアルテとのセッション録音と管弦楽のみでのライヴ録音があるが、感銘では当盤が一番だ。色彩豊かなアンセルメ盤も怒濤の熱気の前に霞みさうだ。ソリアーノとのスペインの庭の夜も素晴らしい。ライヴならではの感興があり、セッション録音と併せて鑑賞したい。はかなき人生から序奏と「笑ふものたち万歳!」が演奏されてゐる。ベルガンサの悩まし気な歌唱が絶品だ。締めくくりが三角帽子の第2組曲だ。全曲の録音を残して呉れなかつたことが悔やまれる熱演だ。余白にコロムビアにセッション録音したブルトン「アンダルシアの情景」から2曲が収録されてゐる。極上の演奏だ。スペインが生んだ最高の指揮者アルヘンタを聴くならまずはこの1枚だ。血が騒ぐ。


ファリャ:ペドロ親方の人形芝居、クラヴザン協奏曲
ロベール・ヴェイロン・ラクロワ(cemb)、他
スペイン国立管弦楽団
[RCA WD 71324]

 アルヘンタの代表的録音。一寸した拘泥はりでスペイン・プレス盤を求めた。1958年のステレオ録音で音質極上だ。ペドロ親方の人形芝居もクラヴザン協奏曲もランドフスカが初演を担つた曲である。ファリャの野心が楽しめる傑作で、前衛的な手法を縦横無尽に使ひ乍ら、手際良く纏め上げた作品なのだが、演奏機会は少ない。取り上げられない理由は、編成が特殊過ぎるからだらう。ペドロ親方の人形芝居では、ペドロ親方をムングイア、劇の進行役をベルメヨ、ドン=キホーテをトレスが歌ふ。様々な打楽器が織り成す賑やかな音楽で、狂言のやうな歌が絡み愉快だ。乾いた音響で輪郭強く仕上げたアルヘンタの棒も良い。クラヴザン協奏曲は語法が斬新過ぎてランドフスカがレパートリーから外して仕舞つた曲だ。協奏曲とは銘打たれてゐるが、室内楽に近い。独奏楽器たちの鮮烈なアンサンブルが眩い。両曲とも決定的名盤だ。



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