低成長により国力が著しく低下する日本において
結婚制度を廃止することで少子高齢化社会対策に
有用となりうる方法についての穏健な提案



 かつて経済大国と言われ、技術力で世界の先頭を走り、国民総生産が世界第2位であつた日本は、21世紀に入つてからは低成長を続け、国力を徐々に落としてきた。1990年頃まではアメリカを追走し、後続を大きく離してゐたのに、2010年には中国に抜かれて世界第3位になり、将来第3位からも転落するのが確実視されてゐる。日本の最盛期は1990年頃であつたと定義され、覆される見込みはなささうだ。1990年代には一人あたりの名目GDPは概ね世界第5位内にあり、国民全体が裕福である感覚を保持してゐたが、2010年代には20位前後に順位を落とし、現在では30位前後と確実に落ちてきた。多くの国民が日本は貧しくなつたと感じてゐる。2011年の東日本大震災と原発事故が起こつた頃から日本人は行き詰まりの感覚を抱き始め、内に閉じこもるやうになつた。2020年から見舞はれたコロナ禍では緊縮政策から抜け出せず、世界の情勢と歩調を揃へることなく不況を長引かせた。経済効果を期待されてゐた東京オリンピックもコロナ禍に見舞はれた不運だけでなく、組織力の欠如によつて負の結果しか残せなかつた。2022年にはロシア・ウクライナ戦争が勃発し、急激な物価高騰によつて日本経済はショック死を起こしかけてゐる。国力の衰へが顕在化すると、臆面もなく拡大戦略を取る中国の脅威に晒されるやうになつた。将来の明るい要素が見られないのが日本の大きな問題だ。
 わたしは数年間、この重要な問題について思ひを廻らし、他の方々の見解を慎重に見ていつた。しかし、どんな意見も驚くほど短絡的で、的外れで、長期的な解決には殆ど役に立たないと考へざるを得なかつた。わたしがこれから述べる提案はこの窮状に対する打開案としては極めて確実であり、問題を根本的に解決できる案であることを最初に強調してをきたい。
 実際の提案を述べる前に何故この提案に辿り着いたかを述べる必要があらう。低成長の原因を突き止めるところから始めたい。しばし回りくどいが順を追つて述べていく。
 日本の最盛期が1990年頃であると述べた。日本経済失速の契機は、1991年頃から顕在化したバブル崩壊に発端があるとするのは、衆目の一致するところであらう。そして、バブル崩壊後の経済的失策や政権の混迷に原因があつたとするのが常識的な見解だらう。国力衰退は偏に1998年以降デフレスパイラルに陥つたことにあることも否定し難い事実だ。世界初のデフレスパイラルを起こした国であり、成長率で世界最下位を長期間続ける国に成り下がつた。バブル景気からの反動で、不況に対して保身を図り、堅実な緊縮策を取り続けたことが致命的であつたとされるが、日本人の気質に合つてゐたのだらう、世界の潮流を意識することなく、倹約を最善の策と選んでしまつたことこそデフレスパイラルを生み出してしまつた要因ではないか。だから一概に経済政策の失敗と結論付けることは責任の擦り付けに他ならず、日本人が総意で陥つてしまつた節もあることに留意したい。勿論、皆がこの結果を望んだのではなく、失策に薄々勘付きながらも強い打開策を示すことができなかつたといふのが正しい。
 他にもイノベーションの立ち遅れを指摘する論旨もある。イノベーションがなかつた訳ではないのだが、世界の最先端を誇つてゐた日本のテクノロジーはインターネット時代に入つてからガラパゴス化して、いつの間にか特等席を失つてゐた。グローバル化の波に乗れず、日本の優位を印象付けてゐた特技を失つた訳だから、衰退を象徴的に示してゐるのは間違ひない。だが、これも要因のひとつである。なぜ、世界に通用するイノベーションが生まれなかつたのか。時代の変化に応じて企業や組織の体制が刷新されなかつたことが、イノベーションの発生を妨げたといふ見方もある。これもまた真実であるが、これが日本の国力衰退の最大の要因とするには話を膨らませ過ぎだ。これらが複合的に重なりあつて日本の停滞、低成長を招いたとするのはもつともらしい言説だが、強い結論を忌避しただけで、間違ひはないが真実も薄いといふ、正しく日本の現状を反映した論旨であると言へよう。
 では、低成長の原因は結局のところ何であるのか?
 実は当たり前のやうに言はれ続け、今更述べるのも恥ずかしいことなのだが、少子高齢化が全ての原因の根源にあると考へてゐる。
 そんな周知のことを新しく語らうといふ積もりなら早速興味を失つた、と言はないでいただきたい。これから述べる提案は、少子高齢化問題を如何に確実に克服するかといふ提案なのだから。
 バブル崩壊後の経済政策の失策、デフレスパイラル、イノベーションの不在が問題だと論じる人々も、少子高齢化は大問題ではあるが、日本の低成長にはそれほど関係はない、明確な因果関係はなく、少子高齢化社会に直面した国家でも成長を遂げた例はいくらでもあると論じ、真の要因は別にあると論じてゐるが、最も単純な要因かつ解決困難な大問題を忌避してゐるに過ぎないのだ。
 国民総生産を中国に抜かれた翌年の2011年から日本では人口減少が始まつた。これは国力衰退を如実に示す証だ。人口は単純に国力に影響する。実はアメリカも中国も一人あたりの名目GDPは高くないのだが、人口が多いほど国民総生産が増えるのは当然の理屈だ。そして、一人あたりの名目GDPが下がつて行く原因が、生産年齢人口割合の減少にあるのは理屈としてわかりやすい。1990年代をピークに15歳〜64歳の生産年齢人口は減少の一途を辿つてゐる。これもまた低成長を象徴的に示す傾向なのだ。縮小傾向になつた社会と経済が保守化し、社会構造が瓦解しないやう耐震工事を行つて延命を図るだけで、その補填のために財政赤字を増やし続けた。かうした日和見主義の挙句デフレスパイラルから抜け出せなくなつた。少子化が進んでゐるので、若者の意見は通りにくくなる一方だ。組織や体制が若い世代のために組まれてゐないのには必然的な背景があるのだ。イノベーションが起こらないのは同じ理由からだ。40代や50代の人間が牽引する組織や体制が抱える根源的な問題点であり、人材の割合に原因があるのだから解決が難しいのだ。
 少子高齢化問題を正面から議論せず、政権の失策などの別の視点から低成長の原因を論じようとしてゐたのは、少子高齢化問題そのものを根本的に解決する案が見当たらないからに他ならない。少子高齢化は最後のベビーブームとなつた1973年頃から緩やかに始まつてゐた。日本だけでなく先進諸国の抱える社会問題であるが、その中でも日本は消極的な立場を取り続け、様々な社会問題に影響を及ぼした段階でやうやく対応策を考へ出すといふ有様だ。
 現代日本の低成長と国力低下の原因は有識者によつて大いに議論していただきたいが、少子高齢化に端を発しない原因があるのかを反論いただきたいものだ。或いは低成長問題の解決は少子高齢化を解決することでは得られないといふ反論をいただきたいものだ。
 いよいよ本題に移らう。
 わたしが少子高齢化問題を解決するための方策として提案したいのは、結婚といふ制度および概念を廃止・禁止するといふ政策である。現代の日本において結婚はどれほどの価値があるのだらうか。結婚がもたらす利点は明らかに減つてきたと感じるが、それでも結婚が人生において最も重要で価値がある出来事だと考へてゐる人が殆どだらう。一方で、結婚は紙切れ一枚の価値しかないと言ふ者もゐるし、離婚が常態化して何ら異常なことではなく、離婚率がこれほど高いのであれば、敢へて結婚といふ形を取らなくてもいいのではないかと考へる人も多い筈だ。実際、事実婚や結婚といふ形態に縛られない関係はかなり浸透してきてゐるから、結婚を廃止しても混乱は少ないと考へる方もゐるかもしれない。
 だが、その程度の意味で穏健な提案といふ表現を用ゐたとお考へになるのは早計である。結婚の廃止は、その先に生じる様々な問題を含めて少子高齢化問題克服の端緒であることが諒解できるだらう。
 結婚の廃止・禁止から何が発生するかといふと、家族といふ概念が消滅するのだ。わたしの提案は正しく家族の解体にあるので、結婚の廃止だけに止まるものではない。家族が解体するといふことは子育ての義務がなくなるといふことと同義なのだ。
 現代日本が少子化問題を解決できないで悩んでゐる要因は、出産と育児が一大イベントであるといふ旧態依然とした思想に囚はれて男女の社会的平等を妨げる要因になつてゐるからだ。1985年に男女雇用機会均等法が施行され女性の社会進出が本格化したが、出産と育児への配慮を欠いてゐたので少子化に拍車をかけてしまつた。少子高齢化問題は先進諸国に共通する問題なのだが、欧米との決定的な差をもたらしたのがこの男女雇用機会均等法の不備にある。出産と育児への支援を制度化して確立した欧米が少子化問題を食ひ止めることができたのに対し、日本では反対に加速させるといふ失態を犯した。デフレスパイラルを起こしたことよりも、この失策の方が重大だと言つても過言ではない。やうやく不備を認め改革に着手する動きが見られるが、国力が衰へ財源が確保できないこともあり、スローガンを掲げるだけでうまく行きそうもない。手遅れとまでは言はないが、もつと強力な変革がないと焼け石に水となるだらう。過ちを正せば解決するといふ発想からそろそろ抜け出さないと日本は良くならない。在り方そのものを変へて、問題の原因そのものを根絶してしまう発想こそ求められてゐる。
 わたしが提案するのは、結婚を任意にするなどといふ中途半端な主張ではない。結婚を禁止にするのだ。徹底しないと社会は何も変はらない。目的は少子化問題の解決にあり、そこを見失はないやうにしないといけない。
 結婚は禁止であり、利害関係も制約も何も発生しない。財産は個人ひとりのものとなる。一緒に住んで暮らすのは自由である。その際の手続きは住民票の移動だけで十分なのだ。さて、多くの方は、夫婦関係はそれでいいかもしれないが出産と育児はだうなるのだ、といふ素朴な疑問を抱くであらう。
 この根幹になる部分を丁寧に述べていかう。結婚を廃止するといふことは、子供は誰のものでもなく国家のものになるといふのが提案の骨子である。何故少子化に歯止めがかからないのかを考へてみるとよい。子供を産みにくい環境があり、子供を育てにくい環境があり、それ以上に子供を必要としてゐない社会なのが現代の日本だ。子供ができたら生まねばならない、育てねばならない、そのために仕事を休まねばならない、キャリアを中断することへの考へ方が非常に立ち遅れてゐる。その上、自分だけの生活で精一杯なのに子供の養育費がのしかかる。日本人の意識が少子化対策に正面切つて向かひ合つてゐないのだ。また、長年物価も賃金も上がらずに低成長を続けた日本では、育児は貧困の問題と隣り合はせだ。貧困に苦しむことがわかつてゐるから、出産と育児を躊躇するのが少子化問題の最深部だ。もう一度釘を刺してをくが、子供を産みやすく育てやすい環境へと変革しやうとする取り組みは、国力が衰へてしまつた日本の現状には合つてゐない。寧ろ貧困家庭の問題を増大させるばかりだ。
 予想される膨大な反論の前に、結婚を廃止した後の子供の扱ひについての提案を述べていかう。最後までお読みいただければ多くの利点を諒解できるだらうし、少子高齢化問題を解決する唯一の提案であることをわかつていただけると思ふ。
 子供が国家のものになることを述べた。結婚が禁止されたのだから、親の概念はなくなり、子供は国家が養育する。出産は国家の費用で賄はれ、女性に経済的な負担はないやうにする。診察費も入院費も無料となる。国家の管理下において行ひ、制度をすり抜け悪用されないやうに国家が指定した病院に限り、出産を管理していく。病院は全国の主要地に設置されることが望ましく、近くにない場合は交通費補助制度が利用できたり、指定病院以外にも医師が出張して応対したりするなどの仕組みを整備する必要があるだらう。出産直前は入院出来る制度も整備すべきで、妊婦全員が全国どこでも同じやうな待遇を受けられることが理想である。この提案の良い点は貧富の差で出産のリスクが異ならないことである。経済的に苦しい立場の女性でも出産に臨めるし、質が同等な手厚い医療が受けられるので、難産であつても費用は国家が負担するから経済的な理由による命の選択をすることがない。お金があれば救へる命といつた問題を生まないのは倫理的にも平等で望ましいのだ。また、母子共に危険がある場合は母親の命を優先するよう定め、法律的に保障する。出産後は体調が戻り次第退院する。そして、国家より出産礼金が一律に支給されるのだ。出産における女性の負担は最小限になり、しかも出産で礼金が入るなら産まないといふ選択肢は大幅に減少する筈だ。出生数を増やすことが大前提なので、仕組みを変へて税金の使ひ道を有効にするべきだ。
 女性にとつてこの制度は利点が大きい。シングルマザーであるなど、育児が困難といふ理由での望まない妊娠は概念として無くなる。体面上、父親が誰であるかも問題にされない。妊娠をしたことに対して、また妊娠させたことに対して責任を負ふ必要がない。妊娠は全国民から祝福されることであり、出産は栄誉とされる。社会的にも妊婦に必要な休暇程度でキャリアの長期断絶はないのだから、企業が配慮することは特にない。男性にとつても家庭を持つといふ重圧や経済力を求められることに悩む必要がない。不釣り合ひな結婚などといふ概念はなくなり、家柄を重んじた親の干渉も霧散する。代はりに愛し合ふ者たちが生活を共にする関係性だけになる。嫌気が差せば関係を解消するだけで、離婚の手続きや体面上の問題なども生じない。婚姻関係から生じた訴訟や慰謝料はなくなり、個人間での関係性の争ひだけになる。不倫といふ概念はなくなり、浮気で関係性が悪化したのならその関係を解消するだけだ。何より結婚がなくなれば浮気の概念も異なつてくるであらう。男女の恋愛は自由奔放になり、気兼ねなくセックスを楽しむのだ。そして、その結果の妊娠と出産をとやかく言はれることもない。堕胎は出産でリスクを伴ふ身体の女性や、強制的に妊娠させられた場合など、事情を鑑みる必要はあるが、女性が希望する場合は現行通り認められる。
 

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