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世界の八大小説

― サロン・ド・ソークラテース版 ―

ドストエフスキー 『カラマーゾフの兄弟』
ドストエフスキー 『罪と罰』
ドストエフスキー 『悪霊』
カミュ 『ペスト』
スウィフト 『ガリヴァー旅行記』
セルバンテス 『ドン=キホーテ』
バルザック 『ゴリオ爺さん』
ユゴー 『レ・ミゼラブル』


 8とはまた中途半端な―これを見て大概の方はさうお思ひになるでせう。勿論、最初は「世界の十大小説」―モームの向かふを張る積もりはないのですが―と銘打つてみたものの、どうしても8つまでしか挙げることが出来ませんでしたので、格好が付かないと分かりながらも、思ひを偽らずにこのやうな形にしました。8つしかない訳はないだらう―さうお考えになられるのは至極尤もです。遺憾ながらサロン・ド・ソークラテース主幹は未だ『ユリシーズ』と『失はれた時を求めて』を読んでをりませぬ。そんな人間にこんな頁を作る資格は露ほどもないのですが、上記八作品を全て読んでゐる方も稀でせうから何かの役には立つかも知れませぬ。「私が選ぶ十作」などはつい気になつて読んで仕舞ふものですから、この頁も気安い心持ちで見て頂く方がよいのです。上記八作品の中に未読作品がある方や、これから世界文学に挑戦しようとする方の指標になれば幸ひです。


 次に、涙を飲んで選べなかつた作品のことを述べたいと思ひます。まず、飽く迄小説を対象にしましたので、『イーリアス』も『オデュッセイアー』も『オイディプス王』も『神曲』も『ファウスト』も含まれません。これらが世界文学の最も重要な作品であることは忘れずに述べておきたいと思ひます。

 未読であることから含めなかつたものでは、件に挙げた『ユリシーズ』と『失はれた時を求めて』があり、また『戦争と平和』、『源氏物語』、『アラビアン・ナイト』も候補でせう。何れはこれらを読んで九大小説、十大小説、十一大小説と膨れて行くかもしれません。

 短篇にも優れた作品があります。上記八作品に匹敵する作品も沢山思ひ浮かぶのですが、これだけ長篇の名作が並んで仕舞ふと挙げ辛いのが本音です。主幹が個人的にこれらに比肩する名作と思つてゐる作品に、ヘッセ『デミアン』とサン=テグジュペリ『星の王子さま』があります。次点ではボッカッチョ『デカメロン』、ヴォルテールの『ザディーグ』と『カンディード』、カフカの『審判』などが挙げられます。尚、主幹は世評高い『赤と黒』『嵐が丘』『魔の山』を、名作であるとは思ひますが、上記八作品に並ぶものではないと考へてゐることを付け加へておきませう。

 明治大正期の文豪の作品を高く評価するサロン・ド・ソークラテース主幹ですが、日本の作品は世界の不条理に対抗するやうな偉大な思想を展開してをらず、上記八作品と同列に並べられる作品となると、残念ながらひとつも挙げることが出来ません。しかし、それは長篇小説でないといふ詰らない理由が主ですので、個人の内面を探求した深みと充実度においては、二葉亭、鴎外、漱石の作品が世界文学の名作に決して引けをとるものでないことは強く述べてをきたいと思ひます。二葉亭の『浮雲』『其面影』『平凡』、鴎外の『阿部一族』『雁』『渋江抽斎』、漱石の『草枕』『野分』『虞美人草』『それから』『行人』『こころ』『明暗』を筆頭に、他の作家にも優れた名作が沢山あり、日本人にしかよく理解出来ない機微と美しさは掛替えのない宝と云へませう。


 さて、八大小説について少々述べてをきませう。ただし、内容については詳しく触れません。作品を読めばその凄さは分かるでせうから、蛇足を付け加へる必要はないと思ひます。ところで、八大小説にドストエフスキーの作品が3つもあるのは偏り過ぎではないかとお叱りを受けるかもしれませんが、主幹はどれかを削るくらいならひとつも挙げない方がましだと考へてをります。それくらいドストエフスキーは別格なのです。重苦しいドストエフスキーの作品を敬遠する方も多いと思ひますが、一度その毒に当たれば決して抜け出ることの出来ない魔力があります。特に最後の大作『カラマーゾフの兄弟』は空前絶後の作品で、八大小説中第一等の格付けです。魂の救済を扱ふ世界文学の最高峰であり、出来れば多感な青年時代に読むことを薦めます。既成道徳を乗超えることが出来るとする非凡人の思想を展開する『罪と罰』。新たな神になるために理論的に自殺を図る『悪霊』。何れ劣らぬ名作です。

 先ほど『カラマーゾフの兄弟』が唯一つ抜きん出た大作だと述べましたが、その他の7つの小説に明確な順位はありません。あるとすれば個人的なものです。強いて述べれば『ペスト』と『ガリヴァー旅行記』を高く評価します。『ペスト』は行き詰まる現代人社会の選ぶべき道を呈示してゐる偉大な作品と云へます。『ガリヴァー旅行記』は理想を示し、現実を超えねばならぬことを暗示した点で偉大です。この点では『ドン=キホーテ』も同じです。19世紀フランスの生んだ二大傑作『ゴリオ爺さん』と『レ・ミゼラブル』は社会と人生を多角的に描いたものとして決して外すことの出来ない小説で、短篇小説や日本の小説にはない広さと深さを持つてゐます。

 最後に一言。主幹はこれまでの読書で確信を抱いたことがあります。それは回り道をするより王道から入るべきだといふことです。他の作品を読む時間があるなら上記の八作品から当たることを薦めます。勿論、気楽に読破できる作品はひとつもありません。楽しく読み飛ばせる本ではありません。それだけに完読したときの達成感は得難いものでせう。事実読んだだけで人生を変へる力を持つてゐると思ひます。しかし、これらの作品に然程関心をお持ちでなかつた方は、無理をして時間を費やすことはなさらない方が賢明です。書物は求められたときに初めて真理を語りだします。これらの作品の世評を聞き知つてをり、読んでみたいと気になつてゐた方にのみ手に取つて頂きたいのです。世界文学の門は万人に開かれてゐますが、万人が通ることの出来るものではありません。

 我が門を過ぎるもの
 一切の希望を捨てよ  『神曲』

2005.5.12


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