カペー弦楽四重奏団 ディスコグラフィー / Quatuor Capet Discography
カペー弦楽四重奏団の素晴らしさについては、既に語り尽くされてをり、ここで改めて申し上げることは、実は何もない。ましてディスコグラフィーなど全12曲の録音しかないのだから、作ること自体意味がない。だから、これは私なりのカペーSQへのオマージュであつて、それ以上の何物でもないのだ。 弦楽四重奏団の在り方は大きく分けて2つに分類出来る。一つはカペー、レナー、ブッシュ、ウィーン・コンツェルトハウスなどの第1ヴァイオリン主導型。これに対してブダペスト、バリリ、スメタナ、ボロディン、アルバン・ベルクなどはアンサンブル重視型と云へる。後者の第1ヴァイオリン奏者が弱いと云ふのではない。突出してゐないのである。前者の場合、魅力の殆どが第1ヴァイオリン奏者の藝術性にあり、四重奏団の性格を決定してゐる。 |
品格があり聡明な演奏をすると一般的に思はれ勝ちなカペー弦楽四重奏団だが、同時期に活躍した四重奏団の録音を聴くと、意外な点に気が付く。カペーSQの演奏を特徴付けるのはノン・ヴィブラートとポルタメントである。カペーSQの演奏は、同世代或は先輩格の四重奏団―ロゼーSQ、クリングラーSQ、ボヘミアSQらと、これらの点で共通する。そして、第1次世界大戦を境に勃興し、カペーSQの後塵を拝してゐた四重奏団―レナーSQ、ブッシュSQ、ブダペストSQの各団体がヴィブラート・トーンを基調とするのと、大きな相違点を持つ。しかも、カペーのポルタメントは旧式で、時代を感じる。ポルタメントを甘くかける印象の強いレナーも、カペーとは世代が違ふことが聴きとれる。 しかし、電気録音初期に登場したカペーSQの録音が、旧派の名団体のみならず当時最大の人気を誇つたレナーSQの株を奪ひ尽くした理由は、偏にボウイングの妙技による。1910年以前に記録されたヴァイオリニストの録音を聴くと、弓を押し当てた寸詰まりの音、頻繁な弓の返しが聴かれ、時代を感じさせる。ところが、カペーのボウイングからは、響きが澄み渡るやうに程よく力が抜けてをり、だからといつて空気を含んだ浮ついた音にはなつてゐない。凛と張つたアーティキュレーションは大言壮語を避け、ボウイング・スラーを用ゐることでしなやかなリズムを生み出した。 カペーSQはノン・ヴィブラートとポルタメントを演奏様式とする旧派の一面も持つが、ボウイングに革新的な表現力を持たせたカペーの元に一致団結した名四重奏団である。演奏は、清明で飄々としてゐるが、高潔で峻厳な孤高の世界を呈してゐる。それは丁度雪舟の山水画にも比せられよう。
ルイ=リュシアン・カペー |
Biography & History of Quartetルイ=リュシアン・カペーは、1873年1月8日パリの貧しい家に生まれた。15歳の時、パリ音楽院に入学、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第14番を初演したといふピエール・モーラン教授に師事した。1893年に満場一致の1等賞にて卒業すると、直ちに四重奏団を結成して活動を開始した。ラムルーに見出され、コンセール・ラムルー管弦楽団のコンサート・マスターを勤める。1903年、ベートーヴェンの協奏曲で大成功を収め、独奏者としても名を馳せた。1904年には、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲の全曲連続演奏会を行ひ大反響となつた。欧州各国への演奏旅行は絶賛を博したが、1911年にボンで開催されたベートーヴェン音楽祭にはフランス代表で参加した。1907年よりパリ音楽院の室内楽科教授、1924年からはヴァイオリン科の教授も勤めた。1923年以降毎年ベートーヴェンの弦楽四重奏曲の全曲演奏を行なつた。1928年12月18日パリで急逝した。医師の誤診による為といふ。作曲も手掛け、作品に弦楽四重奏曲やヴァイオリン・ソナタなどがある。 カペーを除く四重奏団員の変遷は次の通りで、括弧内は順に第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロである。第1次(1893〜99、ジロン、アンリ・カサドシュ、カルカネード)、第2次(1903〜10、アンドレ・トゥーレ、アンリ・カサドシュ、ルイ・アッセルマン)、第3次(1910〜14、モーリス・エウィット、アンリ・カサドシュ、マルセル・カサドシュ)、第4次(1919〜28、モーリス・エウィット、アンリ・ブノア、カミーユ・ドゥロベール)。 |
1 | 1928/6/12? | Columbia | Debussy | String Quartet g-moll,Op.10 | |
2 | 1928/6/14-15 | Columbia | Beethoven | String Quartet No.7 F-dur,Op.59-1 "Rasumowsky" | |
3 | 1928/6/15-19 | Columbia | Ravel | String Quartet F-dur | |
4 | 1928/6/19-21 | Columbia | Schubert | String Quartet No.14 d-moll,D.810 "Der Tod und das Mädchen" | |
5 | 1928/6/21-22 | Columbia | Beethoven | String Quartet No.10 Es-dur,Op.74 "Harfe" | |
6 | 1928/10/3 | Columbia | Schumann | String Quartet No.1 a-moll,Op.41-1 | |
7 | 1928/10/? | Columbia | Haydn | String Quartet D-dur,Op.64-5 "Lerchen" | |
8 | 1928/10/? | Columbia | Beethoven | String Quartet No.5 A-dur,Op.18-5 | |
9 | 1928/10/5-8 | Columbia | Beethoven | String Quartet No.14 cis-moll,Op.131 | |
10 | 1928/10/8-10 | Columbia | Beethoven | String Quartet No.15 a-moll,Op.132 | |
11 | 1928/10/11 | Columbia | Mozart | String Quartet No.19 C-dur,K.465 "Dissonanzen" | |
12 | 1928/10/20? | Columbia | Franck | Piano Quintet f-moll | with Marcel Ciampi (p) |
カペー弦楽四重奏団のCDは、国内では東芝EMI、新星堂から発売されてゐたが、Opus蔵から優れた復刻が出たので当分はこれを第一に推そう。海外では、Biddulphからマーストンによる良質な復刻が出てゐたが、現在では入手困難である。この他、Chaconneから出てゐた箱物が、実在感のある音質で、霞がかつた印象ばかりあるカペーSQの復刻から芯の強い音を聴かせてくれた。しかし、これも入手困難だ。 |
ご感想・ご意見、お気付きの点ございましたらこちらまでご連絡下さい。